意地と不器用と謎の男A
〜♪
(前回までの仮面ファッカーオーガは!)
「俺はヒノって言うんだ」
「このような街は、消え去らねばなりません。我らが神の元に!」
「あんた、諦めは悪い方かい?」
「変身!」
(『ハーピー!』『ワーキャット!』『デビルバグ!』ハ!キ!バ!ハキバハッキッバッ♪)シャキーン!
「せいやあー!」
「これが・・・仮面・・・ファッカー・・・」
「あーあ、壊れた物は少ないですけど店内ぐちゃぐちゃですよ、店長」
「最悪だわ。げっ、このお皿高いのに」
「あむ。うぇ、しょっぱ!ほったらかしで出てきたから味染み過ぎてる・・・」
ヒナタとティセが店の清掃作業をするなか、ヒノはクレットと向かい合って椅子に座っていた。ヒノの手元には鉄の塊、ファッカーベルトがあり、仕切りに眺めていた。対するクレットはと言えば、口をへの字に結びながら腕組みをして、何かを待っているようだった。
「とりあえず、聞きたいことが色々ある」
視線はベルトに向けたまま、先にヒノが口を開いた。
「アタシに答えられることならね」
「まず、お前は何なんだ?」
ふう、と一息つき目付き悪くヒノを見上げ。
「クレットだ。種族は魔女。それくらい分かれ」
(口悪ぃな)
若干イラッとしたがここで実力行使しては不味い。頭をクールダウンさせ、次の質問に移る。
「このベルト。詳しく教えて貰おうか」
「アタシもよくは知らない。ウチのバフォから聞いたことしか覚えてない」
一度言葉を区切り、ポーチから瓶詰め牛乳を取り出す。封を開けて一口飲み、また口を開く。
「新型の鎧だってこと。メダルを3つ使って発現と装備、換装が出来ること、後は・・・あー面倒くせ」
態度悪く舌打ちをしてまたポーチを漁る。
そして今度は水晶を取り出した。以前のものとは別の物のようで、向こう側がくっきり見える程に透き通っている。
「本人から聞け。説明面倒だ」
(本当態度悪ぃなコイツ)
一発ひっぱたきたい衝動を呑み込み、水晶に集中する。透き通っているはずの水晶がその中身を歪ませる。水晶の映像が段々と鮮明化していくと、白衣に眼鏡をかけたバフォメットの姿が見え。
「仮面ファッカーオーガの誕生じゃ!ハッピーバースデー!」
パーン!
水晶ごしにクラッカーをぶちまけられた。
「クレットから聞いたぞ!お主、あれを使って変身したそうじゃな?」
「ああ・・・そうだけど・・・」
「で、別状は表れなかったか?」
「いや、特には」
「ふむふむ、そーかそーか」
満足げにほくほくした顔を浮かべる水晶の中のバフォメット。眼前にいる毒舌魔女との温度差に、ヒノは少しだけ引いていた。
「よしっ!そのベルトはお主にやろう!クレット、定期報告を頼むぞ!」
「は?ふざけんなし」
「ワシはこれから改良型の開発に入る。あ、後々メダル送るからの。ではグッドラックじゃ!」
ぷつん。
(言いたいことだけ言って切りやがった・・・)
(ざけんなよ糞ババア)
嵐が通り過ぎたようだった。
「聞きたいことは聞けなかったけど、くれるっていってたし。良いもん手に入れたぜ」
「下手したら大変な事になるよ」
「そうツンツンするなって。長い付き合いになりそうなんだしさ」
「何言ってんの?」
他人を完全に見下した態度に固まる。
「アタシはあんなババアの言いなりになんないよ」
手早く水晶をポーチにしまい、椅子から飛び降りる。
「アタシはアタシの望みのためにしか動かないよ。邪魔したね」
冷たく言い放ちさっさと出ていってしまった。傍若無人なふるまいにヒノは引き止めることもできずに、彼女を見送ることしか出来なかった。
〜♪
OP略
カウント・ザ・メダル!
現在、オーガが使えるメダルは・・・
ハーピー・カラー
ワーキャット・カラー
デビルバグ・カラー
「一本勝負、初め!」
ブラックエデンにある道場の一つ、そこで一組の少年と少女が試合を始めようとしていた。少年の方は頭をスキンヘッドにしており、目付きの悪さも相まって不良のような印象を感じさせる。 一方、少女はリザードマンで、長い髪を一本に束ね、その曇りなき瞳が凜とした印象を与える。
木刀を両手に構えた少年が試合開始と共に少女に飛びかかる。二つの木刀を力一杯彼女に叩き込む。が、それは一本の木刀によってしっかり防がれていた。
少年が木刀を引くとそれを待っていたかのように、少女からの連続攻撃が始まる。縦切り、返し切り、横切り、返し切り、袈裟切り、返し切り。振り回してはそれを返し切りと共に体勢を立て直す。
後退によって攻撃を避けていたが、次第に壁に追い詰められ。
「面!」
少年の眼前で寸土めされる木刀。
「勝負あり!リザ・ジラフィナ!」
審判を務めていた師範の声を聞き、少女ーリザーが木刀を引いた。少年はと言えば、すっかり木刀を取り落としてしまい、ポカンとした表情をリザに向けている。
「私の249勝目ね、ツイン」
得意気な顔で微笑むリザに、ツインと呼ばれた少年の顔が一瞬だけ赤く染まる。その顔はすぐに苦虫を噛み潰したような表情になり、彼が虫の居どころの悪さを感じていることが分かる。
「んだよ、負けた相手に『私強いですよ』アピールして楽しいかよ」
「うーん・・・、ちょっと楽しいかも♪」
「ちっ」
試合中の凛とした表情とは打って変わり、いたずらっ子のような無邪気な表情に、舌打ちと共に顔を反らす。自分の顔が綻びかけているのをしられたくなかったから。
「今日はもう帰る」
突発的にそう言い放つと、さっさとバッグに道具をしまい始める。
「負けたから不貞腐れちゃった?」
「・・・・・・」
「こらこらリザ、挑発するんじゃない」
「・・・おい、リザ」
「うん?」
道場の入り口で足を止め、リザに向き直って彼女を指差す。
「いつか絶対負かしてやるからな、覚えとけ」
「『次は』って言わないところが、ツインらしいよね」
「うっせ」
ぶっきら棒に言い、少年は走り去る。
「何で君にだけ勝てないのかな」
「ですよね、師範(せんせい)」
師範のいう通り、実はツインの剣の腕はとっくにリザを追い抜いているはずなのだ。実際、この道場内でリザより強い門下生はそれなりにいるのだが、彼はその門下生を5、6人は負かしている。従って彼はリザより強いはずだが、何度試合しても、不可解なことに彼女にだけ負けるのである。
「調子でも悪いんでしょうか・・・」
実は自分が原因だとは露にも思わない蜥蜴少女であった。
「くっそ、自主トレしてたら遅くなっちまった」
集中し過ぎんのも考え物だよな、と自嘲しながら家路を急ぐ。
今、ツインが走っているのはブラックエデンの歓楽街の裏通りである。本来、彼ほどの年頃が彷徨くには決して誉められた場所ではない。ならば何故こんなところを通っているのか。なんのことはない、自宅へ帰るのに、一番の近道になるからである。
だから今の彼は帰宅すること以外頭になく、前から歩いてくる茶色のコートを羽織った黒髪に灰色のメッシュを入れた男にも、別段興味はなかった。
「見返したくないかい?」
すれ違い様に声をかけられる。その一言に、彼は足を止めてしまった。
「何?」
「女の子に負けて悔しくないかい?」
動揺。
何故この男が知っているのだ?
「何でそんなことを聞く」
「そういう顔をしていたからねぇ」
男は此方を向いてはいないため、その表情を伺うことは出来ないが、肩が微かに揺れている。笑っているのだろうか。
「君が望むのなら、それを実現化できるようにしてあげよう」
ペラリ。
ツインに背を向けたまま、男は一枚のカードを取り出した。鍬形虫のイラストが描かれているだけのものなのだが、ツインはそれに強く惹かれた。だが同時に恐怖も感じていた。
「いらないなら無理にとは言わないさ」
カードを懐に仕舞い、男が歩き出す。
少年は葛藤していた。彼女を見返したいと思う気持ちと、それに手を伸ばせば大変なことになるという本能的な恐怖と。
葛藤の末に少年が出した決断は。
「・・・ま、待って・・・くれ」
生ある者の最も強き欲求は欲望である。まだまだ青二才である彼に、欲望に抗う術はなかったのかもしれない。
「んっ・・・・・・はっー!よく寝たー!」
「でしょうね!寝たの私と同じ時間なのに、起きたのが昼前ならさぞよく寝れたでしょうね!」
「ははっ。疲れ溜まってたのかもな」
明けて昼。大きく伸びをしてすっきりした寝起きにいい気分になっていたところに、思い切り刺のある言葉で水を差される。尤も、それで機嫌を損なうようなヒノではないが。
「もうすぐ開店なんだからね。ヒノのご飯作って暇ないの、さっさと出ていきなさい」
「つれねーな、んなこと言ってっと男出来ねーぞ?」
「知性ある生物の最底辺になりたいなら手伝ってあげるけど?」
ティセの目がギラリと光る。そしてこれまたいつ出したのか鞭が出現している。しかも二本。
ヒノは知っていた。本当に切れた彼女はただのサディストではない。処刑人なのだということを。
「スイマセンデシタサッサトタチサリマス!」
その毒牙にかかる前に、ヒノは逃げ出すように寝室を、そして店を飛び出していくのだった。
「ふう、テーブルセットはこれで良いかしらね」
ところ変わって店の一階、営業スペース。ヒノを追い出してすぐ、一階で開店準備を再開し、開店30分前という時間で客を迎えるための準備が完了した。そこに。
がちゃ。
「おはようございます、店長」
「おはよ、ヒナタ」
金髪の青年、ヒナタが出勤してきた。今日も元気そうである。
「いきなりで悪いんだけどヒナタ、買い出しお願い」
「分かりました」
「ありがとね。えーと、書くもの書くもの・・・」
壁に引っ掛けた物入れからメモ帳とボールペンを取りだし、ささっと必要なものを書き連ねていく。
「30秒で行ってきなさい」
「いや、無理でしょう・・・」
「うん、まあなるべく急いでちょうだい」
「はい」
そしてヒナタは市場へと足早に駆けていくのだった。
(・・・また変身したい)
特に目的もなく街をふらつきながら、そんなことを思う。どうやら先日のアレが癖になっているらしい。
(また化け物現れねえかなー)
不謹慎極まりない。が、彼女は闘争を楽しむ種族の一柱なのである。そんな彼女があのような力を手にしてしまえば、使いたい衝動に駆られてしまうのは仕方の無いことだろう。
その頃、毒舌魔女ことクレットは、ブラックエデン商店街の中心部にある公園へと足を運んでいた。
白いベンチにちょこんと腰掛け、両手にそれぞれ3本ずつ色とりどりのアイスキャンディーを抱えている。
赤いアイスを一なめしては黄色いアイスを頬張る。青いアイスをムシャムシャと食べ進めたかと思えば、黒と白のアイスを一口でかじる。そのような食べ方をして頭痛に見舞われないのだろうか。
「ババアの言いなりになるのはしゃくだから断ったけど、あのベルトは興味深かったなー」
久しぶりにゾクゾクした。出来ることならばあれこれいじくり回して分解したりしてみたかった。しかし、あんなことを言った手前、おめおめと姿を現しにいくのは彼女のプライドが許さなかった。
(なんか良い屁理屈作れないかなー)
真に根性の悪い幼女である。
(なんだ?この気配・・・)
感じたことのない気配が不意にクレットに伝わる。(人でも魔物でもない。でも穏やかじゃあなさそうだ)
僅かな興味。彼女を突き動かすは、自らの欲望。その欲望のため、彼女は残ったアイスを口に放り込み、不敵な笑みを浮かべてその場をあとにした。
(前回までの仮面ファッカーオーガは!)
「俺はヒノって言うんだ」
「このような街は、消え去らねばなりません。我らが神の元に!」
「あんた、諦めは悪い方かい?」
「変身!」
(『ハーピー!』『ワーキャット!』『デビルバグ!』ハ!キ!バ!ハキバハッキッバッ♪)シャキーン!
「せいやあー!」
「これが・・・仮面・・・ファッカー・・・」
「あーあ、壊れた物は少ないですけど店内ぐちゃぐちゃですよ、店長」
「最悪だわ。げっ、このお皿高いのに」
「あむ。うぇ、しょっぱ!ほったらかしで出てきたから味染み過ぎてる・・・」
ヒナタとティセが店の清掃作業をするなか、ヒノはクレットと向かい合って椅子に座っていた。ヒノの手元には鉄の塊、ファッカーベルトがあり、仕切りに眺めていた。対するクレットはと言えば、口をへの字に結びながら腕組みをして、何かを待っているようだった。
「とりあえず、聞きたいことが色々ある」
視線はベルトに向けたまま、先にヒノが口を開いた。
「アタシに答えられることならね」
「まず、お前は何なんだ?」
ふう、と一息つき目付き悪くヒノを見上げ。
「クレットだ。種族は魔女。それくらい分かれ」
(口悪ぃな)
若干イラッとしたがここで実力行使しては不味い。頭をクールダウンさせ、次の質問に移る。
「このベルト。詳しく教えて貰おうか」
「アタシもよくは知らない。ウチのバフォから聞いたことしか覚えてない」
一度言葉を区切り、ポーチから瓶詰め牛乳を取り出す。封を開けて一口飲み、また口を開く。
「新型の鎧だってこと。メダルを3つ使って発現と装備、換装が出来ること、後は・・・あー面倒くせ」
態度悪く舌打ちをしてまたポーチを漁る。
そして今度は水晶を取り出した。以前のものとは別の物のようで、向こう側がくっきり見える程に透き通っている。
「本人から聞け。説明面倒だ」
(本当態度悪ぃなコイツ)
一発ひっぱたきたい衝動を呑み込み、水晶に集中する。透き通っているはずの水晶がその中身を歪ませる。水晶の映像が段々と鮮明化していくと、白衣に眼鏡をかけたバフォメットの姿が見え。
「仮面ファッカーオーガの誕生じゃ!ハッピーバースデー!」
パーン!
水晶ごしにクラッカーをぶちまけられた。
「クレットから聞いたぞ!お主、あれを使って変身したそうじゃな?」
「ああ・・・そうだけど・・・」
「で、別状は表れなかったか?」
「いや、特には」
「ふむふむ、そーかそーか」
満足げにほくほくした顔を浮かべる水晶の中のバフォメット。眼前にいる毒舌魔女との温度差に、ヒノは少しだけ引いていた。
「よしっ!そのベルトはお主にやろう!クレット、定期報告を頼むぞ!」
「は?ふざけんなし」
「ワシはこれから改良型の開発に入る。あ、後々メダル送るからの。ではグッドラックじゃ!」
ぷつん。
(言いたいことだけ言って切りやがった・・・)
(ざけんなよ糞ババア)
嵐が通り過ぎたようだった。
「聞きたいことは聞けなかったけど、くれるっていってたし。良いもん手に入れたぜ」
「下手したら大変な事になるよ」
「そうツンツンするなって。長い付き合いになりそうなんだしさ」
「何言ってんの?」
他人を完全に見下した態度に固まる。
「アタシはあんなババアの言いなりになんないよ」
手早く水晶をポーチにしまい、椅子から飛び降りる。
「アタシはアタシの望みのためにしか動かないよ。邪魔したね」
冷たく言い放ちさっさと出ていってしまった。傍若無人なふるまいにヒノは引き止めることもできずに、彼女を見送ることしか出来なかった。
〜♪
OP略
カウント・ザ・メダル!
現在、オーガが使えるメダルは・・・
ハーピー・カラー
ワーキャット・カラー
デビルバグ・カラー
「一本勝負、初め!」
ブラックエデンにある道場の一つ、そこで一組の少年と少女が試合を始めようとしていた。少年の方は頭をスキンヘッドにしており、目付きの悪さも相まって不良のような印象を感じさせる。 一方、少女はリザードマンで、長い髪を一本に束ね、その曇りなき瞳が凜とした印象を与える。
木刀を両手に構えた少年が試合開始と共に少女に飛びかかる。二つの木刀を力一杯彼女に叩き込む。が、それは一本の木刀によってしっかり防がれていた。
少年が木刀を引くとそれを待っていたかのように、少女からの連続攻撃が始まる。縦切り、返し切り、横切り、返し切り、袈裟切り、返し切り。振り回してはそれを返し切りと共に体勢を立て直す。
後退によって攻撃を避けていたが、次第に壁に追い詰められ。
「面!」
少年の眼前で寸土めされる木刀。
「勝負あり!リザ・ジラフィナ!」
審判を務めていた師範の声を聞き、少女ーリザーが木刀を引いた。少年はと言えば、すっかり木刀を取り落としてしまい、ポカンとした表情をリザに向けている。
「私の249勝目ね、ツイン」
得意気な顔で微笑むリザに、ツインと呼ばれた少年の顔が一瞬だけ赤く染まる。その顔はすぐに苦虫を噛み潰したような表情になり、彼が虫の居どころの悪さを感じていることが分かる。
「んだよ、負けた相手に『私強いですよ』アピールして楽しいかよ」
「うーん・・・、ちょっと楽しいかも♪」
「ちっ」
試合中の凛とした表情とは打って変わり、いたずらっ子のような無邪気な表情に、舌打ちと共に顔を反らす。自分の顔が綻びかけているのをしられたくなかったから。
「今日はもう帰る」
突発的にそう言い放つと、さっさとバッグに道具をしまい始める。
「負けたから不貞腐れちゃった?」
「・・・・・・」
「こらこらリザ、挑発するんじゃない」
「・・・おい、リザ」
「うん?」
道場の入り口で足を止め、リザに向き直って彼女を指差す。
「いつか絶対負かしてやるからな、覚えとけ」
「『次は』って言わないところが、ツインらしいよね」
「うっせ」
ぶっきら棒に言い、少年は走り去る。
「何で君にだけ勝てないのかな」
「ですよね、師範(せんせい)」
師範のいう通り、実はツインの剣の腕はとっくにリザを追い抜いているはずなのだ。実際、この道場内でリザより強い門下生はそれなりにいるのだが、彼はその門下生を5、6人は負かしている。従って彼はリザより強いはずだが、何度試合しても、不可解なことに彼女にだけ負けるのである。
「調子でも悪いんでしょうか・・・」
実は自分が原因だとは露にも思わない蜥蜴少女であった。
「くっそ、自主トレしてたら遅くなっちまった」
集中し過ぎんのも考え物だよな、と自嘲しながら家路を急ぐ。
今、ツインが走っているのはブラックエデンの歓楽街の裏通りである。本来、彼ほどの年頃が彷徨くには決して誉められた場所ではない。ならば何故こんなところを通っているのか。なんのことはない、自宅へ帰るのに、一番の近道になるからである。
だから今の彼は帰宅すること以外頭になく、前から歩いてくる茶色のコートを羽織った黒髪に灰色のメッシュを入れた男にも、別段興味はなかった。
「見返したくないかい?」
すれ違い様に声をかけられる。その一言に、彼は足を止めてしまった。
「何?」
「女の子に負けて悔しくないかい?」
動揺。
何故この男が知っているのだ?
「何でそんなことを聞く」
「そういう顔をしていたからねぇ」
男は此方を向いてはいないため、その表情を伺うことは出来ないが、肩が微かに揺れている。笑っているのだろうか。
「君が望むのなら、それを実現化できるようにしてあげよう」
ペラリ。
ツインに背を向けたまま、男は一枚のカードを取り出した。鍬形虫のイラストが描かれているだけのものなのだが、ツインはそれに強く惹かれた。だが同時に恐怖も感じていた。
「いらないなら無理にとは言わないさ」
カードを懐に仕舞い、男が歩き出す。
少年は葛藤していた。彼女を見返したいと思う気持ちと、それに手を伸ばせば大変なことになるという本能的な恐怖と。
葛藤の末に少年が出した決断は。
「・・・ま、待って・・・くれ」
生ある者の最も強き欲求は欲望である。まだまだ青二才である彼に、欲望に抗う術はなかったのかもしれない。
「んっ・・・・・・はっー!よく寝たー!」
「でしょうね!寝たの私と同じ時間なのに、起きたのが昼前ならさぞよく寝れたでしょうね!」
「ははっ。疲れ溜まってたのかもな」
明けて昼。大きく伸びをしてすっきりした寝起きにいい気分になっていたところに、思い切り刺のある言葉で水を差される。尤も、それで機嫌を損なうようなヒノではないが。
「もうすぐ開店なんだからね。ヒノのご飯作って暇ないの、さっさと出ていきなさい」
「つれねーな、んなこと言ってっと男出来ねーぞ?」
「知性ある生物の最底辺になりたいなら手伝ってあげるけど?」
ティセの目がギラリと光る。そしてこれまたいつ出したのか鞭が出現している。しかも二本。
ヒノは知っていた。本当に切れた彼女はただのサディストではない。処刑人なのだということを。
「スイマセンデシタサッサトタチサリマス!」
その毒牙にかかる前に、ヒノは逃げ出すように寝室を、そして店を飛び出していくのだった。
「ふう、テーブルセットはこれで良いかしらね」
ところ変わって店の一階、営業スペース。ヒノを追い出してすぐ、一階で開店準備を再開し、開店30分前という時間で客を迎えるための準備が完了した。そこに。
がちゃ。
「おはようございます、店長」
「おはよ、ヒナタ」
金髪の青年、ヒナタが出勤してきた。今日も元気そうである。
「いきなりで悪いんだけどヒナタ、買い出しお願い」
「分かりました」
「ありがとね。えーと、書くもの書くもの・・・」
壁に引っ掛けた物入れからメモ帳とボールペンを取りだし、ささっと必要なものを書き連ねていく。
「30秒で行ってきなさい」
「いや、無理でしょう・・・」
「うん、まあなるべく急いでちょうだい」
「はい」
そしてヒナタは市場へと足早に駆けていくのだった。
(・・・また変身したい)
特に目的もなく街をふらつきながら、そんなことを思う。どうやら先日のアレが癖になっているらしい。
(また化け物現れねえかなー)
不謹慎極まりない。が、彼女は闘争を楽しむ種族の一柱なのである。そんな彼女があのような力を手にしてしまえば、使いたい衝動に駆られてしまうのは仕方の無いことだろう。
その頃、毒舌魔女ことクレットは、ブラックエデン商店街の中心部にある公園へと足を運んでいた。
白いベンチにちょこんと腰掛け、両手にそれぞれ3本ずつ色とりどりのアイスキャンディーを抱えている。
赤いアイスを一なめしては黄色いアイスを頬張る。青いアイスをムシャムシャと食べ進めたかと思えば、黒と白のアイスを一口でかじる。そのような食べ方をして頭痛に見舞われないのだろうか。
「ババアの言いなりになるのはしゃくだから断ったけど、あのベルトは興味深かったなー」
久しぶりにゾクゾクした。出来ることならばあれこれいじくり回して分解したりしてみたかった。しかし、あんなことを言った手前、おめおめと姿を現しにいくのは彼女のプライドが許さなかった。
(なんか良い屁理屈作れないかなー)
真に根性の悪い幼女である。
(なんだ?この気配・・・)
感じたことのない気配が不意にクレットに伝わる。(人でも魔物でもない。でも穏やかじゃあなさそうだ)
僅かな興味。彼女を突き動かすは、自らの欲望。その欲望のため、彼女は残ったアイスを口に放り込み、不敵な笑みを浮かべてその場をあとにした。
11/06/04 03:34更新 / Joker!
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