第二章【後編】
「わぁぁぁぁ! 放せ! 降ろせ!」
全身の筋肉が強張り、頭の中が真っ白になって叫んだ。
「やめろっ、は、放せぇ!」
「わわっ? なになに、どうなってるの!?」
頭上から声が聞こえたが、すぐにそんなものは頭の中から弾き出され、手足をばたつかせて私を掴んでいるソレから逃れようとする。
遥か下の方ではそんな私を、白やトイ、他の人々まで呆気にとられた様子で見上げていた。
そうして、私自身も真下を見たことにより、更に恐怖感が腹の底から湧き出てきた。
「嫌だ! 高い場所は苦手なのだーっ」
「暴れるなー! 落としちゃう!」
一瞬体が浮いたかと思うと、すぐさま両脇になにか鋭い物が滑り込み、ガッチリと抑えられてしまう。
それはよく見る鳥のような脚の形をしており、それが肩から脇にかけて、しっかりと掴んでいた。
けれどやはり、恐怖には叶わず――
「放せぇ! おのれ……HANASE!!」
若干発音が変な事になったが、ありったけの声で叫びありったけの力でソレを振りほどく。
やっとの思いで脱出――と思えば、下では悲鳴が上がっていた。
城の最上階程度の高さはあるだろうか――まぁそれはどうでもいい。
シロが、私のほうへ来ようとしているのが見えた。
「シロ、止まれ!」
「は――」
「シロさん、危ない!」
トイが慌ててシロを止めた瞬間。
ズシ……ッ。
重い音がして、地面に着地した。
足がジィンと痺れて、しばらく立てずにしゃがみ込む。
シロが、恐る恐る近づいて来て、不安の混じった声で尋ねる。
「だ……大丈夫?」
「問題ない。この程度で折れるほど、私の骨は柔らかくない」
手も使ってゆっくりと立ち上がり、心配そうにしているシロの側に行く。
背後でばさばさという音が聞こえ、振り向く。
「嘘……あの高さから落ちて平気なの? 信じられない……」
「これでも既に、今と同じことを経験していてな。その頃は一週間立てなかったが」
「団長さん、ホントに人間ですか。普通なら一週間でも無理ですよ」
トイが若干引いているが、事実なのでスルーした。
私は気を引き締めて、唖然として立っている少女を見た。
腕の部位が翼になっており、脚の形を見ても、鳥の魔物にしか見えない。
「トイ、あの子は」
「あ、はい。えっと……多分、セイレーンってやつかな。確か、この町の近くに住んでるって聞いたことがあります」
「ふむ。ではまず、きみの名前を教えてほしい」
目を見て尋ねると、少女は上擦った声で答えた。
「ナ、ナギ」
「ではナギ。何故きみは私を連れて」
「なんでそんなに切り替え早いのよ」
「ちょ、シロ! 誤魔化していたのに……」
私とシロのやり取りを見てなのか、ナギがしゅんと肩を落とし、寂しそうに言った。
「なんだ……やっぱりいる≠だ。気づいてたくせに……馬鹿なの」
「むっ。なにがいるのだ」
小声で聞き取り辛かったが、かろうじて聞き取ることが出来た。
ナギが更に寂しそうな表情になり、私達を見る。
「あんたには、その女がいるんでしょ」
「シロのことか」
「……私には、誰も見向きもしてくれないのに」
その言葉を聞いたトイが、私達の前に出る。
俯いているナギのほうへと、一歩一歩静かに近づく。
「ひょっとしてきみは、団長さんのことが気になってたのかな? それで歌を歌ってまで連れて行こうとしたんだ」
「そうなのか? ナギ」
ナギは肩を小さく揺らし、ぽつりぽつりと話し出した。
「私は、歌を歌うのが苦手で、ずっとずっと前からここにいたのに誰も誘えなくって……人前に出るのも、よく剣を持った人とかがいるから怖くて無理だったし……他の子達はみんな、すぐに男の人とどこかに行って、いつの間にか、ここには私一人しかいなくなってて」
「寂しかったのかな。長い間、話し相手もいなくて、ずっと一人ぼっちで」
ナギは、ゆっくりと近づくトイに気づかない様子で、身動ぎせず話し続ける。
「だから、あの日――頑張って町まで出てみた。剣を持った人達がいたから、夜に行ってみたの。どこも真っ暗だったけど、一ヵ所だけ明かりが付いてて、覗いてみたら、その男がそこにいたのよ」
それは恐らく、私とトイだろう。
彼に魔物についてどう思う、と聞いた、あの日。
「なにを話してるかはわかんなかったけど、窓の外から覗いてる間、どうしようもなく気になって……けど、次の日にはもういなくなってた。やっと会えたと思ったら、今度は見たこともない奴を連れてて、悔しくて」
「だから、あんなことをしたんだね。気付いてほしくて」
「歌も頑張って練習した。なのに、『嫌だ』『放せ』って」
「い、いや! それはそういう意味ではなくてだな――」
「団長さん落ち着いて。きみも、ぼくの話を聞いて。あの人は、きみの事を嫌っているわけじゃなくて、ちょっと驚いただけなんだ。むしろ、きみのことが大好きだと思うよ? 団長さんだけじゃない、ぼくらも」
ナギが、やっと気づいたのか顔を跳ね上げ、目の前にいるトイの顔を凝視する。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいて、なんともいえない罪悪感が込み上げてきた。
「ここにいるみんな、きみを嫌ったりはしないよ。嫌いなら、シロさんだってここにはいないだろうし。大丈夫、みんなきみのことを追い出したりしない。話を聞いてほしいなら、ちゃんと聞いてくれるはずだよ」
「……本当?」
「ああ、本当だとも。現にみんな、こうしてじっくり耳を傾けてくれているじゃないか」
トイが振り返ると、町の人々が、優しい笑みを浮かべてうなずいた。
皆が皆、彼女達を嫌っているわけではない。こうして、話を聞いたり笑いかけてくれる者もいる。
それまで堪えていたのだろうナギの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
泣き出してしまった小さな少女を、トイはそっと抱きかかえると、私達に向けて微笑んだ。
そうして、泣き止むまでずっと、優しく頭を撫で続けた。
◇◇◇◇
二日後の朝、私とシロはトイと向き合う形で町の入口に立っていた。
「トイ。準備まで手伝ってもらってすまない」
「いいえ。ぼくはほとんど手をつけてませんよ。お礼を言うならこの子にどうぞ。自分も手伝うって言ったのは、この子だし」
そう言う彼の目線の先には、彼の背に隠れているナギがいた。
恥ずかしいのか、顔を少し出して様子を窺っている。
「そうだったか。ありがとう、ナギ」
「うっ」
目線を合わせてお礼を言うと、さっと顔を隠してしまった。
今ではすっかりトイに懐いているらしく、逃げ出したりはしない。
「ナギはぼくのとこに住んでもらうことにしました。そうすれば、団長さんが来た時にだってすぐ会えるでしょう?」
「そうだな。その方が私も安心だ」
「さぁ、もう行って下さい。出発は早いほうがいい」
トイが地図を手渡し、ナギが大きな袋を差し出す。
「……いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
袋を受け取り、空いている手でシロの手を握る。
そうして、私達は町を出た。
「ねぇ」
「なんだ」
「負けないからね」
「ふむ……なら、私も頑張らねば」
向かうは、砂漠。
全身の筋肉が強張り、頭の中が真っ白になって叫んだ。
「やめろっ、は、放せぇ!」
「わわっ? なになに、どうなってるの!?」
頭上から声が聞こえたが、すぐにそんなものは頭の中から弾き出され、手足をばたつかせて私を掴んでいるソレから逃れようとする。
遥か下の方ではそんな私を、白やトイ、他の人々まで呆気にとられた様子で見上げていた。
そうして、私自身も真下を見たことにより、更に恐怖感が腹の底から湧き出てきた。
「嫌だ! 高い場所は苦手なのだーっ」
「暴れるなー! 落としちゃう!」
一瞬体が浮いたかと思うと、すぐさま両脇になにか鋭い物が滑り込み、ガッチリと抑えられてしまう。
それはよく見る鳥のような脚の形をしており、それが肩から脇にかけて、しっかりと掴んでいた。
けれどやはり、恐怖には叶わず――
「放せぇ! おのれ……HANASE!!」
若干発音が変な事になったが、ありったけの声で叫びありったけの力でソレを振りほどく。
やっとの思いで脱出――と思えば、下では悲鳴が上がっていた。
城の最上階程度の高さはあるだろうか――まぁそれはどうでもいい。
シロが、私のほうへ来ようとしているのが見えた。
「シロ、止まれ!」
「は――」
「シロさん、危ない!」
トイが慌ててシロを止めた瞬間。
ズシ……ッ。
重い音がして、地面に着地した。
足がジィンと痺れて、しばらく立てずにしゃがみ込む。
シロが、恐る恐る近づいて来て、不安の混じった声で尋ねる。
「だ……大丈夫?」
「問題ない。この程度で折れるほど、私の骨は柔らかくない」
手も使ってゆっくりと立ち上がり、心配そうにしているシロの側に行く。
背後でばさばさという音が聞こえ、振り向く。
「嘘……あの高さから落ちて平気なの? 信じられない……」
「これでも既に、今と同じことを経験していてな。その頃は一週間立てなかったが」
「団長さん、ホントに人間ですか。普通なら一週間でも無理ですよ」
トイが若干引いているが、事実なのでスルーした。
私は気を引き締めて、唖然として立っている少女を見た。
腕の部位が翼になっており、脚の形を見ても、鳥の魔物にしか見えない。
「トイ、あの子は」
「あ、はい。えっと……多分、セイレーンってやつかな。確か、この町の近くに住んでるって聞いたことがあります」
「ふむ。ではまず、きみの名前を教えてほしい」
目を見て尋ねると、少女は上擦った声で答えた。
「ナ、ナギ」
「ではナギ。何故きみは私を連れて」
「なんでそんなに切り替え早いのよ」
「ちょ、シロ! 誤魔化していたのに……」
私とシロのやり取りを見てなのか、ナギがしゅんと肩を落とし、寂しそうに言った。
「なんだ……やっぱりいる≠だ。気づいてたくせに……馬鹿なの」
「むっ。なにがいるのだ」
小声で聞き取り辛かったが、かろうじて聞き取ることが出来た。
ナギが更に寂しそうな表情になり、私達を見る。
「あんたには、その女がいるんでしょ」
「シロのことか」
「……私には、誰も見向きもしてくれないのに」
その言葉を聞いたトイが、私達の前に出る。
俯いているナギのほうへと、一歩一歩静かに近づく。
「ひょっとしてきみは、団長さんのことが気になってたのかな? それで歌を歌ってまで連れて行こうとしたんだ」
「そうなのか? ナギ」
ナギは肩を小さく揺らし、ぽつりぽつりと話し出した。
「私は、歌を歌うのが苦手で、ずっとずっと前からここにいたのに誰も誘えなくって……人前に出るのも、よく剣を持った人とかがいるから怖くて無理だったし……他の子達はみんな、すぐに男の人とどこかに行って、いつの間にか、ここには私一人しかいなくなってて」
「寂しかったのかな。長い間、話し相手もいなくて、ずっと一人ぼっちで」
ナギは、ゆっくりと近づくトイに気づかない様子で、身動ぎせず話し続ける。
「だから、あの日――頑張って町まで出てみた。剣を持った人達がいたから、夜に行ってみたの。どこも真っ暗だったけど、一ヵ所だけ明かりが付いてて、覗いてみたら、その男がそこにいたのよ」
それは恐らく、私とトイだろう。
彼に魔物についてどう思う、と聞いた、あの日。
「なにを話してるかはわかんなかったけど、窓の外から覗いてる間、どうしようもなく気になって……けど、次の日にはもういなくなってた。やっと会えたと思ったら、今度は見たこともない奴を連れてて、悔しくて」
「だから、あんなことをしたんだね。気付いてほしくて」
「歌も頑張って練習した。なのに、『嫌だ』『放せ』って」
「い、いや! それはそういう意味ではなくてだな――」
「団長さん落ち着いて。きみも、ぼくの話を聞いて。あの人は、きみの事を嫌っているわけじゃなくて、ちょっと驚いただけなんだ。むしろ、きみのことが大好きだと思うよ? 団長さんだけじゃない、ぼくらも」
ナギが、やっと気づいたのか顔を跳ね上げ、目の前にいるトイの顔を凝視する。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいて、なんともいえない罪悪感が込み上げてきた。
「ここにいるみんな、きみを嫌ったりはしないよ。嫌いなら、シロさんだってここにはいないだろうし。大丈夫、みんなきみのことを追い出したりしない。話を聞いてほしいなら、ちゃんと聞いてくれるはずだよ」
「……本当?」
「ああ、本当だとも。現にみんな、こうしてじっくり耳を傾けてくれているじゃないか」
トイが振り返ると、町の人々が、優しい笑みを浮かべてうなずいた。
皆が皆、彼女達を嫌っているわけではない。こうして、話を聞いたり笑いかけてくれる者もいる。
それまで堪えていたのだろうナギの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
泣き出してしまった小さな少女を、トイはそっと抱きかかえると、私達に向けて微笑んだ。
そうして、泣き止むまでずっと、優しく頭を撫で続けた。
◇◇◇◇
二日後の朝、私とシロはトイと向き合う形で町の入口に立っていた。
「トイ。準備まで手伝ってもらってすまない」
「いいえ。ぼくはほとんど手をつけてませんよ。お礼を言うならこの子にどうぞ。自分も手伝うって言ったのは、この子だし」
そう言う彼の目線の先には、彼の背に隠れているナギがいた。
恥ずかしいのか、顔を少し出して様子を窺っている。
「そうだったか。ありがとう、ナギ」
「うっ」
目線を合わせてお礼を言うと、さっと顔を隠してしまった。
今ではすっかりトイに懐いているらしく、逃げ出したりはしない。
「ナギはぼくのとこに住んでもらうことにしました。そうすれば、団長さんが来た時にだってすぐ会えるでしょう?」
「そうだな。その方が私も安心だ」
「さぁ、もう行って下さい。出発は早いほうがいい」
トイが地図を手渡し、ナギが大きな袋を差し出す。
「……いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」
袋を受け取り、空いている手でシロの手を握る。
そうして、私達は町を出た。
「ねぇ」
「なんだ」
「負けないからね」
「ふむ……なら、私も頑張らねば」
向かうは、砂漠。
13/11/16 14:37更新 / らーそ
戻る
次へ