第四章【前編】
「――助かりました。人がいなかったらどうしようかと」
「いやいや。お礼には及ばんよ」
少し硬めの椅子に腰を下ろし、ふーっと息を吐き出す。
手にしたコップに満たされた冷たい水に口を付けると、乾き切った喉に沁み込んでいくような感覚を覚えた。
「しかしまぁ……こんな人のいない砂漠の真ん中に、若い客人が二人も来るとはねぇ」
水の入ったコップを持ち、老人が私の前に座る。
私は今、この老人の家にいる。街を出て以来、見渡す限りの黄色い砂と灼熱の太陽に照らされ続けていた私とシロは、オアシスにある小さな村を見つけた。だが村は廃れており、誰一人いなかった。
「とりあえず、どこか入れる家に入って一日過ごそうと思ってはいたが……貴方がいて良かった」
「だけどなぁ、あの蛇の娘さんはしばらく休ませた方がいいだろう。ま、それだけなら部屋はあるから好きに使えばいい」
「ありがとうございます」
砂漠の熱に当てられたのか、シロは日が差さないようカーテンを閉めた部屋に寝かせている。ここには水もあるので、休ませておけば回復するはずだ。
「どこか行くのかい?」
「外を見ておこうかと。なにか使えそうな物があれば借りた方がいい」
「そうか。だが、どうにもここ最近、魔物が棲みついたようでな……気を付けなさい。少し行ったところに墓地があるが、ちと厄介な奴もいるでな」
「わかりました。とりあえず、見るだけ見て来ます」
軽く頭を下げ、玄関の戸を開ける。家の中とは違い、むわっとした熱気が全身を包みこんだ。
初めは誰もいない家を虱潰しに調べ、中々目ぼしい物が出て来ず苦戦していた。
老人の家から少しばかり離れた場所にある酒屋に入ってみると、テーブルに誰かが座っていた。黒いフードに身を包み、なにか書物を読んでいるようだ。
はて……この村に人がいるなんて、老人は言っていなかったが……まさか……。
「お前は、何者だ?」
恐る恐る声を掛けると、フードの肩部分がピクリと動き、ゆっくりと首がこちらに向いた。
青白い肌。幼い少女の顔が、目が私を捉えた。薄い唇がキュッと吊り上るのを見た瞬間、私の中で警告音が鳴り響いた。
「しまった!」
気づいた時にはすでに遅い。酒場を飛び出るや否や私は走り出し、それを少女が恐ろしい速度で追いかけてくる。魔術的な力を持っているのか、飛んでいるため速度は向こうが上だ。
追いつかれまいとがむしゃらに走っていると、突然視界が開け、無数の十字架が地面に建てられた場所に出た。
「墓地? いや、そんなことよりもヤツは――」
後ろを振り向こうとした瞬間、全身の毛が一斉に逆立ち、体が硬直した。後ろに迫っているであろう彼女の力かと思ったが、すぐに前方から向けられている威圧感によるものだと察する。
そういえば、老人が墓地がどうとか言っていた気がする。近寄るつもりがなかったため気を抜いていたが、どうやら出くわしたらしい。
すぐ後ろまで来ていたのだろう。先程の魔物娘が「ヒッ!」という小さな悲鳴を上げ、どこかへと去って行った。
「……これは、また面倒なことになりそうだな」
いつでも剣を抜けるよう、柄を握る。まずは相手を確認しなければ。
砂漠の暑さに混じり、微かに別の熱気が吹いてくる。
眼前でふたつの紅い炎が揺れている。
「貴様か、最近現れた厄介者というのは」
『厄介者? ハッ、オレはただ棲み易い場所を見つけただけさ。オレからすれば皺くちゃのあのじじいの方が厄介者だね』
墓地で一番大きな十字架の上に、ソレは姿を現した。
全身を覆う黒い毛。首に掛かった髑髏の首輪。大きくピンと立った耳とゆらりと揺れる尻尾。
紅蓮の炎の如き燃える瞳が、私を捉えた。
「いやいや。お礼には及ばんよ」
少し硬めの椅子に腰を下ろし、ふーっと息を吐き出す。
手にしたコップに満たされた冷たい水に口を付けると、乾き切った喉に沁み込んでいくような感覚を覚えた。
「しかしまぁ……こんな人のいない砂漠の真ん中に、若い客人が二人も来るとはねぇ」
水の入ったコップを持ち、老人が私の前に座る。
私は今、この老人の家にいる。街を出て以来、見渡す限りの黄色い砂と灼熱の太陽に照らされ続けていた私とシロは、オアシスにある小さな村を見つけた。だが村は廃れており、誰一人いなかった。
「とりあえず、どこか入れる家に入って一日過ごそうと思ってはいたが……貴方がいて良かった」
「だけどなぁ、あの蛇の娘さんはしばらく休ませた方がいいだろう。ま、それだけなら部屋はあるから好きに使えばいい」
「ありがとうございます」
砂漠の熱に当てられたのか、シロは日が差さないようカーテンを閉めた部屋に寝かせている。ここには水もあるので、休ませておけば回復するはずだ。
「どこか行くのかい?」
「外を見ておこうかと。なにか使えそうな物があれば借りた方がいい」
「そうか。だが、どうにもここ最近、魔物が棲みついたようでな……気を付けなさい。少し行ったところに墓地があるが、ちと厄介な奴もいるでな」
「わかりました。とりあえず、見るだけ見て来ます」
軽く頭を下げ、玄関の戸を開ける。家の中とは違い、むわっとした熱気が全身を包みこんだ。
初めは誰もいない家を虱潰しに調べ、中々目ぼしい物が出て来ず苦戦していた。
老人の家から少しばかり離れた場所にある酒屋に入ってみると、テーブルに誰かが座っていた。黒いフードに身を包み、なにか書物を読んでいるようだ。
はて……この村に人がいるなんて、老人は言っていなかったが……まさか……。
「お前は、何者だ?」
恐る恐る声を掛けると、フードの肩部分がピクリと動き、ゆっくりと首がこちらに向いた。
青白い肌。幼い少女の顔が、目が私を捉えた。薄い唇がキュッと吊り上るのを見た瞬間、私の中で警告音が鳴り響いた。
「しまった!」
気づいた時にはすでに遅い。酒場を飛び出るや否や私は走り出し、それを少女が恐ろしい速度で追いかけてくる。魔術的な力を持っているのか、飛んでいるため速度は向こうが上だ。
追いつかれまいとがむしゃらに走っていると、突然視界が開け、無数の十字架が地面に建てられた場所に出た。
「墓地? いや、そんなことよりもヤツは――」
後ろを振り向こうとした瞬間、全身の毛が一斉に逆立ち、体が硬直した。後ろに迫っているであろう彼女の力かと思ったが、すぐに前方から向けられている威圧感によるものだと察する。
そういえば、老人が墓地がどうとか言っていた気がする。近寄るつもりがなかったため気を抜いていたが、どうやら出くわしたらしい。
すぐ後ろまで来ていたのだろう。先程の魔物娘が「ヒッ!」という小さな悲鳴を上げ、どこかへと去って行った。
「……これは、また面倒なことになりそうだな」
いつでも剣を抜けるよう、柄を握る。まずは相手を確認しなければ。
砂漠の暑さに混じり、微かに別の熱気が吹いてくる。
眼前でふたつの紅い炎が揺れている。
「貴様か、最近現れた厄介者というのは」
『厄介者? ハッ、オレはただ棲み易い場所を見つけただけさ。オレからすれば皺くちゃのあのじじいの方が厄介者だね』
墓地で一番大きな十字架の上に、ソレは姿を現した。
全身を覆う黒い毛。首に掛かった髑髏の首輪。大きくピンと立った耳とゆらりと揺れる尻尾。
紅蓮の炎の如き燃える瞳が、私を捉えた。
15/11/15 20:09更新 / らーそ
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