森の少女
「あいつ、どこ行ったんだろ……」
森に入ってから数分、やっと見つけた鹿を取り逃がし、オレはぶつぶつと文句を垂れていた。
オレの家は村の外れにある。父さんと母さんと三人で暮らしていて、基本は狩りで生計を立てている。
要はあの鹿を見つけないと今日の飯は抜き、ということだ。
「くそっ、絶対見つけてやるぜ」
獣のような声を喉から出しながら周囲に目を配らせ耳を澄ませると、微かにではあるが、どこからか葉の揺れる音がした。
風かと思ったが、そこだけやたらと音が大きい。大きな生き物が蠢いているかのような音だ。
「そっちか!」
すぐに手に持っていた槍を構え、茂みのほうに飛び込む。
背の高い葉っぱを飛び越えると、槍を前方へ突き出し――
「うわっと!」
「ひゃあ!?」
目の前にいたものが鹿でもなければ動物でもないことに瞬時に気づき、手を止める。昔から動体視力や瞬発力は良かったため、すぐに反応出来た。
そこにいたのは小柄な少女で、目を丸くしてオレを見上げている。
本当は真っ先に謝るべきなんだろうけど、少女の体を見てしまったせいか、声どころか言葉のひとつも頭に浮かばなかった。
森に擬態しているかのような淡い緑色の肌と、肘から先にあるはずのない大きな花。足であるはずの部分も、触手のような形状をしている。
両手の花や背中の辺りからも、数えきれないほどの触手が生え、うねうねと動いている。
「あ……ああぁ……」
ガタガタと震える少女を目の前にして、オレはしばらく思考を止めていた。
◇◇◇◇
たっぷり時間をかけて心を落ち着かせる頃には、少女の震えも止まっていた。
少女は少し離れた場所にある崖から落ちてしまったらしく、足(?)に怪我をして動けなくなっていたところをオレに発見されたと言う。
最初は動けていて、仲間に薬草のある場所を聞いて探していたが、次第に痛みが増し、途方に暮れていたらしい。
「――で、無闇に動いたせいで傷が若干悪化したと……?」
「うぅ……こんなつもりじゃなかったのに……」
「ちなみにこっちに薬草なんてもんはほとんどないぞ。村のやつらがほとんど採っちまったからな。薬草があるのはもっと奥」
「そんなぁ」
自分の応急手当用の傷薬を塗りながら教えてやると、少女はふにゃりと顔を歪めてしゅんとした。
それでも、いつも自分用に薬を持っていたオレに見つかっただけ良かっただろう。はたしてこの薬が効くのかは謎だが。
「まあ、一応この薬はここら辺の薬草から作ったやつだから、効くとは思う。保障はしないけどな」
「ありがとう」
「布巻いておくけどいいよな? これ以上傷大きくされるのも困るし。ついでにこの薬持って帰れ」
薬の入った茶色い小瓶を渡そうと手を伸ばす。
少女もそれを受け取ろうとし、オレの手がびっしり生えた触手の中に埋まった。
ぬめっとした感触と、無数の触手に撫でられるくすぐったさで、小瓶を手放してすぐに手を引っ込めてしまった。
「あっ、ごめんなさい……」
「い、いや……すまん」
お互いに気まずい雰囲気になり、うつむいた。
両手の花から出ているのかは知らないが、とろりとした液体が手についている。
それを見下ろしていると、少女が消え入りそうな声で話しかけてきた。
「あの……今度、お薬のお返し、しますね」
「え? いや、別にこれくらい家にいくらでもあるし」
「というより、わたしがお返ししたいんです。だから、またここに来てくれますか?」
顔を上げると、少女が目を少し潤わせて返事を待っていた。
そのせいか、断ろうとしても中々言葉に出来ず、無意識にうなずいていた。
「わかったよ。んじゃ、傷治ったら、いつでも来い。毎日森には来るから」
「はい! ……わたし、ニィナって言います」
「ソウだ。そんじゃ、オレはまだやんなきゃいけないことあるから、もう行くぞ」
「はい。ありがとう、ソウ」
笑顔で送り出してくれるニィナに手を振って、オレは鹿を追いかけて森の奥へと走った。
森に入ってから数分、やっと見つけた鹿を取り逃がし、オレはぶつぶつと文句を垂れていた。
オレの家は村の外れにある。父さんと母さんと三人で暮らしていて、基本は狩りで生計を立てている。
要はあの鹿を見つけないと今日の飯は抜き、ということだ。
「くそっ、絶対見つけてやるぜ」
獣のような声を喉から出しながら周囲に目を配らせ耳を澄ませると、微かにではあるが、どこからか葉の揺れる音がした。
風かと思ったが、そこだけやたらと音が大きい。大きな生き物が蠢いているかのような音だ。
「そっちか!」
すぐに手に持っていた槍を構え、茂みのほうに飛び込む。
背の高い葉っぱを飛び越えると、槍を前方へ突き出し――
「うわっと!」
「ひゃあ!?」
目の前にいたものが鹿でもなければ動物でもないことに瞬時に気づき、手を止める。昔から動体視力や瞬発力は良かったため、すぐに反応出来た。
そこにいたのは小柄な少女で、目を丸くしてオレを見上げている。
本当は真っ先に謝るべきなんだろうけど、少女の体を見てしまったせいか、声どころか言葉のひとつも頭に浮かばなかった。
森に擬態しているかのような淡い緑色の肌と、肘から先にあるはずのない大きな花。足であるはずの部分も、触手のような形状をしている。
両手の花や背中の辺りからも、数えきれないほどの触手が生え、うねうねと動いている。
「あ……ああぁ……」
ガタガタと震える少女を目の前にして、オレはしばらく思考を止めていた。
◇◇◇◇
たっぷり時間をかけて心を落ち着かせる頃には、少女の震えも止まっていた。
少女は少し離れた場所にある崖から落ちてしまったらしく、足(?)に怪我をして動けなくなっていたところをオレに発見されたと言う。
最初は動けていて、仲間に薬草のある場所を聞いて探していたが、次第に痛みが増し、途方に暮れていたらしい。
「――で、無闇に動いたせいで傷が若干悪化したと……?」
「うぅ……こんなつもりじゃなかったのに……」
「ちなみにこっちに薬草なんてもんはほとんどないぞ。村のやつらがほとんど採っちまったからな。薬草があるのはもっと奥」
「そんなぁ」
自分の応急手当用の傷薬を塗りながら教えてやると、少女はふにゃりと顔を歪めてしゅんとした。
それでも、いつも自分用に薬を持っていたオレに見つかっただけ良かっただろう。はたしてこの薬が効くのかは謎だが。
「まあ、一応この薬はここら辺の薬草から作ったやつだから、効くとは思う。保障はしないけどな」
「ありがとう」
「布巻いておくけどいいよな? これ以上傷大きくされるのも困るし。ついでにこの薬持って帰れ」
薬の入った茶色い小瓶を渡そうと手を伸ばす。
少女もそれを受け取ろうとし、オレの手がびっしり生えた触手の中に埋まった。
ぬめっとした感触と、無数の触手に撫でられるくすぐったさで、小瓶を手放してすぐに手を引っ込めてしまった。
「あっ、ごめんなさい……」
「い、いや……すまん」
お互いに気まずい雰囲気になり、うつむいた。
両手の花から出ているのかは知らないが、とろりとした液体が手についている。
それを見下ろしていると、少女が消え入りそうな声で話しかけてきた。
「あの……今度、お薬のお返し、しますね」
「え? いや、別にこれくらい家にいくらでもあるし」
「というより、わたしがお返ししたいんです。だから、またここに来てくれますか?」
顔を上げると、少女が目を少し潤わせて返事を待っていた。
そのせいか、断ろうとしても中々言葉に出来ず、無意識にうなずいていた。
「わかったよ。んじゃ、傷治ったら、いつでも来い。毎日森には来るから」
「はい! ……わたし、ニィナって言います」
「ソウだ。そんじゃ、オレはまだやんなきゃいけないことあるから、もう行くぞ」
「はい。ありがとう、ソウ」
笑顔で送り出してくれるニィナに手を振って、オレは鹿を追いかけて森の奥へと走った。
14/02/23 09:12更新 / らーそ