情愛の彼方(4)
男と女の爛れたにおいに満ちた部屋、里嶺 美亜乃は目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしく、けだるい体を起こして混濁した意識の中、何を考えるでもなく境一を求める。
彼の首筋に、胸に、顔に、腹に、肩に、足に、腰に、自分の中へと入ってくる大切なところに、唇を這わせる。甘く吸い付いてあとを残す。すこし強く噛んで、自分の形をつける。舌で境一の肌を味わいながら自分の唾液を塗る。境一に自分のにおいを混ぜ込んでゆく・・・・・・・。
部屋の空気すら彼女の一部。魔力に満ちて湿った部屋、この中にあってよい息をするものは境一と自分の二つだけ。ここは美亜乃の領域。彼女の子宮。境一は充満した胎液のごとき魔力に浸され、すでに彼女の一部。そう彼は彼女の赤ん坊。彼女自身が胎盤となり、胎児を造り上げていく。
『わたしだけのもの』に。
けぇちゃん、かわいいね、 けぇちゃん、きもちいいね、
けぇちゃん、あはは、 けぇちゃん、けぇちゃん、・・・・・・・・・
ふたりの交わりはここにきて、ひどくゆっくりしたものとなっている。
彼女は彼の上に乗ってもすぐには動かず、じっくりと彼のカタチを味わう。
腰の筋を締めて、自分の中に確かに彼がいる事を確かめて、笑みがこぼれる。
腰を持ち上げて、下ろす。お互いのカタチがなぞりあうことを実感できるようそこに意識を集めて、行為の感覚を堪能する。ひとつひとつの動作にため息が漏れる。
肌を伝って落ちる汗艶やかに、わずかに差し込む光をもって薄くきらめくその肢体、実に淫ら。淫魔サキュバスにふさわしい姿である。
ふくよかな胸が、細い首筋が、へそを中心に延びる縦のラインが、重みのある腰が、闇の中にぼうっと浮かび上がり、まるでその体全体がなめまかしく喘ぎ、わらっているかのよう。
今、この体は間違いなく悦楽の渦に呑まれているのだ。
ああ・・・うう・・・・・・う・・あああ・・・
そしてその体の相手をしている者も。
行為は美亜乃が眠りに落ちるまで続き、目を覚ましては再開する。
境一の意識はすでに主体性を失い、自他の判断すらつかない。
姉の名を呼ぶ事もなければその肌に自ら触れる事もなく、愛ある言葉をささやく事もなく、それでも美亜乃はこの瞬間が幸せであると疑わない。彼女もすでに、その自我を磨耗させているのである。そこにいる相手がどういうことになっているかも分からないほど。
コトリ、と。
音をたてて何かが倒れた。そんなものもう、美亜乃のこころに届くはずがないのに、視界の端にとらえたそれを何故だろう、彼女は無視できなかった。
のそり、と机に近づきそれを手に取ると、写真立ての中、人間の自分とサキュバスの少女が海を背景に笑っていた。
りん、ちゃん・・・・・・・。
りんちゃん・・・?
りん―――――――ちゃんて、だれ・・・だっけ・・・?
だれ―――――――――――――――――――――――
あれ・・・ 〈あれ・・・?〉
・・・・・・・・まあ、・・・いい・・・・・・か・・・
〈ホントにイイの・・・?〉
なんだかとても大切な、『 』だった気がするのだけれど、思い出せない。
思い出しては、―――――――――いけない、ような、気が、する。
でも。
〈ホントに、忘れて、イイの・・・?〉
なにかが、少しだけ意識の片隅でうごめく。わたしに、抵抗をする。
だが、かぶりを振る。
違う。大切なのはこの一瞬だ。幸せは「今」にあり、その前も後ろもどうでも良い。
そうだなにをしてるんだわたしは
わたしは――――――――――
わたしには けぇちゃんだけ あればいい
きびすを返して境一のもとへと戻り、行為の再開を、
――――――――――なに これ。
できなかった。
あ・・・れ・・・わたし・・・?
けいちゃんといっしょにいて・・・・・・?
なに?『これ』・・・。え・・・?
けいちゃんが、・・・・・・・・・あれ?
『これ』。 ・・・・・・・・・・?
え・・・・・・・・・・・・?
ほんの少し、理性のめぐりの中に戻った彼女の目に、ようやく、現実が映った。
もはやそれはインキュバスですらなかった。美亜乃の知る境一の姿を、面影程度にも残していない。
え・・・う・・・ぐぅ
お・・・・・ぐ・・・・ぉ・・・
呻いた。と言うことは生きている。『これ』は生きもの・・・・・・
でも・・・え・・・・・・
まだ思考を完全に取り戻せていない美亜乃は状況も経緯も判断できないが、しかしそれが何であるか、なんとなく、分かってきた。分かってきてしまった。
『これ』 け・・・い・・・・・・?
触れて、確かめようとしたその時、背後から声がした。
「そこまでです。」
彼の首筋に、胸に、顔に、腹に、肩に、足に、腰に、自分の中へと入ってくる大切なところに、唇を這わせる。甘く吸い付いてあとを残す。すこし強く噛んで、自分の形をつける。舌で境一の肌を味わいながら自分の唾液を塗る。境一に自分のにおいを混ぜ込んでゆく・・・・・・・。
部屋の空気すら彼女の一部。魔力に満ちて湿った部屋、この中にあってよい息をするものは境一と自分の二つだけ。ここは美亜乃の領域。彼女の子宮。境一は充満した胎液のごとき魔力に浸され、すでに彼女の一部。そう彼は彼女の赤ん坊。彼女自身が胎盤となり、胎児を造り上げていく。
『わたしだけのもの』に。
けぇちゃん、かわいいね、 けぇちゃん、きもちいいね、
けぇちゃん、あはは、 けぇちゃん、けぇちゃん、・・・・・・・・・
ふたりの交わりはここにきて、ひどくゆっくりしたものとなっている。
彼女は彼の上に乗ってもすぐには動かず、じっくりと彼のカタチを味わう。
腰の筋を締めて、自分の中に確かに彼がいる事を確かめて、笑みがこぼれる。
腰を持ち上げて、下ろす。お互いのカタチがなぞりあうことを実感できるようそこに意識を集めて、行為の感覚を堪能する。ひとつひとつの動作にため息が漏れる。
肌を伝って落ちる汗艶やかに、わずかに差し込む光をもって薄くきらめくその肢体、実に淫ら。淫魔サキュバスにふさわしい姿である。
ふくよかな胸が、細い首筋が、へそを中心に延びる縦のラインが、重みのある腰が、闇の中にぼうっと浮かび上がり、まるでその体全体がなめまかしく喘ぎ、わらっているかのよう。
今、この体は間違いなく悦楽の渦に呑まれているのだ。
ああ・・・うう・・・・・・う・・あああ・・・
そしてその体の相手をしている者も。
行為は美亜乃が眠りに落ちるまで続き、目を覚ましては再開する。
境一の意識はすでに主体性を失い、自他の判断すらつかない。
姉の名を呼ぶ事もなければその肌に自ら触れる事もなく、愛ある言葉をささやく事もなく、それでも美亜乃はこの瞬間が幸せであると疑わない。彼女もすでに、その自我を磨耗させているのである。そこにいる相手がどういうことになっているかも分からないほど。
コトリ、と。
音をたてて何かが倒れた。そんなものもう、美亜乃のこころに届くはずがないのに、視界の端にとらえたそれを何故だろう、彼女は無視できなかった。
のそり、と机に近づきそれを手に取ると、写真立ての中、人間の自分とサキュバスの少女が海を背景に笑っていた。
りん、ちゃん・・・・・・・。
りんちゃん・・・?
りん―――――――ちゃんて、だれ・・・だっけ・・・?
だれ―――――――――――――――――――――――
あれ・・・ 〈あれ・・・?〉
・・・・・・・・まあ、・・・いい・・・・・・か・・・
〈ホントにイイの・・・?〉
なんだかとても大切な、『 』だった気がするのだけれど、思い出せない。
思い出しては、―――――――――いけない、ような、気が、する。
でも。
〈ホントに、忘れて、イイの・・・?〉
なにかが、少しだけ意識の片隅でうごめく。わたしに、抵抗をする。
だが、かぶりを振る。
違う。大切なのはこの一瞬だ。幸せは「今」にあり、その前も後ろもどうでも良い。
そうだなにをしてるんだわたしは
わたしは――――――――――
わたしには けぇちゃんだけ あればいい
きびすを返して境一のもとへと戻り、行為の再開を、
――――――――――なに これ。
できなかった。
あ・・・れ・・・わたし・・・?
けいちゃんといっしょにいて・・・・・・?
なに?『これ』・・・。え・・・?
けいちゃんが、・・・・・・・・・あれ?
『これ』。 ・・・・・・・・・・?
え・・・・・・・・・・・・?
ほんの少し、理性のめぐりの中に戻った彼女の目に、ようやく、現実が映った。
もはやそれはインキュバスですらなかった。美亜乃の知る境一の姿を、面影程度にも残していない。
え・・・う・・・ぐぅ
お・・・・・ぐ・・・・ぉ・・・
呻いた。と言うことは生きている。『これ』は生きもの・・・・・・
でも・・・え・・・・・・
まだ思考を完全に取り戻せていない美亜乃は状況も経緯も判断できないが、しかしそれが何であるか、なんとなく、分かってきた。分かってきてしまった。
『これ』 け・・・い・・・・・・?
触れて、確かめようとしたその時、背後から声がした。
「そこまでです。」
12/09/18 01:38更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)
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