読切小説
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妹と寝た話


 これはとある魔物夫婦のお話。
 魔物共生社会において、夫婦が夫婦になる前の、魔物になるまでのお話。




 僕の名前は時任 臨輔(ときとう りんすけ)と言う。
 男二人女二人の四人兄妹の長男で、末の妹と体の関係を持つ、父曰く人間のクズらしく、その点に全く異論はない。『家族』という人間関係を根底からぶち壊した男が張られるレッテルとしてはそれでもまだ軽すぎるんだろう。そう、僕らは魔物でもインキュバスでもなく、ありふれた人間の兄妹として、一線を越えていた。
 その点、妹は明らかに異常で、行為がばれてもあっけらかんとしていたのは人間であるうちから魔物の素質をそなえていた。

 しかし、両親に僕らを止める手立てはなく、僕の部屋に妹は訪れる事をやめず、ベッドは音を立てて揺れた。僕か妹を家から追い出し、一人暮らしさせても、追い出した先で逢瀬は続けられるし、親戚の家に片方を預けるには問題がディープすぎて叔父も叔母も関わりを持ちたがらないだろう、かといってやめろと言われ殴られた程度で やめられるわけがない。やめるにはあまりにも気持ちが良すぎた。妹が僕の上でその小さなお尻をスライドさせて結合部から蜜液がほとばしるたび、二人とも涎をたらして喘いで濡れた。避妊具を使うことを絶対としたところが、わずか0.02ミリに宿った僕の最後の兄心で、それすらも踏み越えてこようとする妹にはすこし圧倒されていた。




 きっかけは父の酒を拝借し、部屋でちびちびやっていた時に、優名がやってきて、この好奇心旺盛な妹に少しばかり分け与えたところすぐにべろんべろんになり、きゃはきゃはと笑い声がとまらなくなって、もう部屋に戻りなとうながしたところ、やだーっと抱きついてきた。引き剥がそうとする僕に抵抗をする優名がエスカレートし、鼻先を舐めてきて、思わず体が硬直したところを押し切られ、マウントポジションをとられてしまい、押し返そうと華奢な体に両手を延ばした先が女の子の柔らかいふくらみで、気まずくなって手を引っ込めようとしたら、妹は両手で僕の右手を覆い、そのまま衣服越しに自分の胸を揉みしだきはじめ、その豹変ぶりに僕が呆然としていると、もう一方、開いている僕の左手に噛み付き、しゃぶり、入りきらない指を四本とも咥えのど奥に送り込もうとして、頭ごと顎を大きく回転させた。
 異様な光景だった。
 まるで妹が別人、いや人ですらなくなったような、僕を唾で溶かして飲み込んでゆく捕食生命であるかのように感じられた。

 恐くなった。
 自分の中から、倫理を物ともせず踏みにじるカタチのない怪物が現れて、このまま流されてしまえと下半身に血と共に集まって、性の暴力を象徴する猛りをその一点に凝縮し、このままでは本当に状況は悪化することを確信させた。
 しかし隠す余裕を失ったあせりは、妹にその隆起を気づかせる要因になってしまったのだろう、僕の腹の上に置いていた腰を、さらに下のほうへと移動させると、血流がつくった頂上に跨り、腰をグラインドさせた。感覚が鋭くなったそれを荒く刺激され、いよいよ体に力が入らなくなった。いいや、力が入らなくなったのは体じゃない、兄を兄たらんとする気力、意志の鋭さだ。
 僕は果てた。出てゆく熱は下着やズボン、僕のこころの大事な部分を汚して広がり、後悔は冷静さを伴って頭上より舞い降りる。
 若干呆けた頭で、まだ達しておらず動き続ける優名を、もう抵抗する気もなくぼんやりと見てた。そこに居るのは兄を兄とも分からなくなった妹の姿を借りたケダモノで、ただただ勢いにまかせた乱暴な情欲の塊だった。そいつが僕を揺らす。穿いているフリルのついたスカートを揺らす。ベッドを揺らす。僕たち兄妹が過ごして来た日常を揺らす。そしてガラガラと崩れていく価値観は、ある意味、僕の人生の終わりの象徴だった。
 摩擦がズボンの中をぬちゃぬちゃとかき混ぜて、気持ちの悪い感触がつたわる反面、刺激されていた肉は再び欲望を吸収し、膨れ上がる。優名が頂点に達するのと僕がまたほとばしるのは同時だった。
 はぁ、はぁ、妹は息を整えながら倒れこみ、そのまま眠ってしまう。僕は見上げる先の天井がいつもと違う色合いをしていると思った。きっと天井は、昨日までの色にはもう、戻らないんだろうな。何も見たくなくて腕で視界を隠した。
 ひどく惨めな気分だった。


 次の日から、僕は優名とは口を聞けなくなってしまって、父も母も不審がっていた。弟の優輔と、もうひとりの妹は、何も聞いてはこなかった。
 もう、優名に酒を飲ますのはやめよう、いやそれ以前に、飲酒によってあんな風に変貌してしまうなら、誰と一緒でも危険だ。それをよく言って自覚させなければ、と思いながらも、優名と目を合わせられらない状態が一週間以上続いた。自分も二度と酒をやらない気持ちを固めたのは、あの日、自分の意志をくじいた要因のひとつにして大きな割合を占めるものであることを認識したからだ。それは責任逃れを含んでもいたけど、道理としては多分、間違ってもいない判断のはずで、きっと酔っていなければ情欲に流されることもなかったんだ、と思うことで、自分の気持ちを少しでも立ち直らせようとした。忘れられない後ろめたさに抗うにはそう考える他はなかった。
 そしてもうすこししたら、優名にあの日のことを伝えよう。きっと覚えていないだろうけど、はっきりとそういう事実があったことを聞かせて、いかに酒が優名自身に危険かを教えよう。そう、もう少ししたら・・・・・・。
 その考えは、甘かった。


 決意を胸に帰宅し、自室の部屋のドアを開けると、むわっとやや酸っぱいような、湿ったにおいがして、暗い部屋の中ににちゃにちゃと液状の音がする。なんだ、と明かりをつけて、目に飛び込んできたのは。
 散らばったカンチューハイの空き缶、脱ぎ捨てられた服、僕がいつも寝ているベッド、その上にいる全裸の妹が、足を広げて、こちらに自慰を見せ付けている。僕が帰ってくるまで何度もしたのだろう、全身が完全にふやけて、髪は頬に張り付いて、ぐったりしながらも指先は動いて、産道に通じる穴を中心に下半身全体がぐちゃぐちゃに濡れて、布団のシーツまで大きく染みている。
 肩にかけた荷物が床に落ちた。僕は自分がどこにいるのかも分からなくなってしまった。
 
 そして優名のへその下、文字がにじんでいないのは油性ペンによるのか、鏡を見て自分で書いたんだろう、崩れた一文が、はっきりと、綴られていた。
 それはまさしく狂気そのものだった。


     『臨輔 専用』


 マジックで引っ張った矢印が、腹の下の下まで延びて、はっきりとそこを指し示している。
 ケダモノは、笑っていた。もう逃がしはしないと。その口に咥えているものは、薄いピンク色の、避妊具。
 秘穴はてらてらぬめり光って、淫臭を放ち、それはまるで、そこだけが別の意志を持って息をしているかのようだった。逃げようとも思えなかった。部屋に踏み入り、呼吸によって取り入れたケダモノの情臭はのどをひりつかせ、脳髄を焼いた。そして
「りんすけ」
 知性を持たないはずのケダモノが言葉を放ち
「きて・・・・・・・・・!」
 『僕を』誘う。僕が誰であるか分かっていて、誘う。それはケダモノが自分が誰であるかを分かっているということ。ここがどこで、今がいつで、そして自分の行いの意味を認識しているということだ。
 だったら。
 だったら、ここに居るのはケダモノじゃない、異常ではあっても、理性を無くした猛獣じゃない。

 これは、優名だ。

 僕の妹は、兄の僕を、女として求めている。
 否、これはもう僕の妹じゃない。こんなことをするのは妹じゃない。そもそも妹は僕を名前で呼んだりしない。

 こいつは、優名という、『女』なのだ。

 そして『僕』は。


 ただの。『 』。





 それからは毎日ドラッグストアでコンドームを買った。
 両親は共働きで帰りは遅いので、思う存分、性に溺れた。優名は声を抑えないし、僕も抑えさせなかったから、間違いなく弟の優輔も、もう一人の妹も、気づいていたと思うけど、二人は親に言う事もしなければ、侮蔑のまなざしを向けてくることもなく、特に優輔にいたっては行為中に部屋に入ってきて、借りてくよ、とCDを持って行ったりする位だった。もしかしてこの兄妹の中でまともだったのって僕だけなんだろうか、いや、今一番まともじゃないのは僕か。優名の胸の中で笑った。


 それからしばらくして、何故か親にばれて、二人そろって散々殴られたし、罵られた。反撃も反論もしなかったのは、殴られて当たり前だと言う自覚のほかに、父が泣いていたからというのもある。


 そうして今、僕の前に立ちはだかる問題は、優名が避妊具の使用をやめるよう言ってきていることで、初めてのときじぶんからそれを用意したのは、僕に最後に残るだろう、兄妹間での妊娠という現実的な恐れを視野から外させるためのものだったらしい。そして今、お互い離れる必要性すらも思い浮かばなくなった段階で、もうこの小道具は邪魔なだけだと言い放った。
 さてどうしようか、そういえばなんだんだでゴムを使わなかったときってないな、してみたいきもするなあと、彼女が机の下で咥えてる状態で考えた。


 またある日のこと、父に呼ばれ、父の部屋へ入ると、両親そろって土下座してきた。
 頼むから、優名と別れてくれ、と。
 恥も外聞も親の尊厳も捨てた、全霊の言葉。
 子供たちに幸せになってほしいからこその言葉。
 近親相姦なんて、どうあがいても破滅でしかない、と。

 それにうなずく事はできなかったが、拒否することもできなかった。親が、親として、子供を想っている事が伝わってきて、だから、その場から逃げ出すことしかできなかった。

 


 僕はもう、僕と優名は、これからのことを考えずにはいられないのではないか、と熟考した末、これしかない、という案を行動に移した。
 県庁へ行き、ある書類を一式貰ってきて、それを彼女へと渡した。
 魔物化申請書と書かれたそれは、魔物になるために国に提出するもの。
 男からこれを渡すことは、自分のために魔物になって欲しいということ、自分をインキュバスにして欲しいということ、総じて、プロポーズの意味を含んでいる。
 優名は、嬉しいと言って、すぐさま必要事項を記入すると、それを提出しようとしたが、僕はそれを制止し、その前に両親に見せた。覚悟を示す、という意味合いで。
 父も、母も、何も言わなかった。
 何も、言わなかった。




 優名が魔物になって、初めて繋がる折、彼女が言った言葉は衝撃的だった。

 「もしも別れを切り出されていたら、飢え死にしていたかもしれない。」
 魔物でない時点で、精を与えられなくて、飢え死にするってのはへんだろうと返すと、こう続けた。

 「いままでさ、おにいちゃんとシて、あたしが飲んだ精液って、どこへ行ったと思う?」
 おにいちゃん、と呼ばれたのは久しぶりで、何か含みがあるのかと考えたが、わからない。質問には、そりゃ、飲んだんだから胃に収まって体に吸収されたんだろうと答えた。そうだね、と肯定する。

 体の中に吸収されたものは、栄養として、〔使われる〕よね。どういう風に〔使われる〕んだと思う?

 ・・・・・・・・・・・・?
 どういう風・・・・・・?


 「あたしたちのカラダは、たんぱく質でできています。そして、精液はたんぱく質を含んでいます。」

 ・・・・・・あ。

 「気づいた? そう、あたしが飲んだたんぱく質は、あたしを形作るために使われている。あたしの飲んだ精液は、あたしのカラダを形作っている。 ね? あたし今、”おにいちゃんでデキてる”んだよ?」


 言葉に詰まってしまう。なんと言えばいいのか分からない。

「精液にはDHAも含まれてる。知ってる? DHAってね、脳をつくるのに使われてるんだよ。」
「――――の、う?」
「そう、脳。考えることも、思うことも、感じることも、何かを欲しがることも全部全部、あたしは、おにいちゃんの精液でできた脳みそでしてるんだ。あたしはゼンブ、おにいちゃんのどろっどろのザーメン漬けにされて、生きてるんだよ」

 ね、おにいちゃんが居なくなったらあたし、生きていけないでしょ。

 なんという理論の飛躍。これじゃまさしく超理論だ。しかし、優名の恍惚とした表情を見ていたら反論する気にもなれなくなってしまった。
 では何故いまさらおにいちゃんなんて言い出したのか問うと、
「女のあたしや、これからの妻としてのあたしだけじゃなくて、これまでの、妹として生きてきたあたしのことも、貰って欲しいから」


 



 その後、僕と優名は結婚した。でも、周囲はあまり驚いた様子はなく、拒絶される事もなく、学生なので、夫婦で登校している。そう言えば、後輩の天里も義理の母親と婚姻したといっていた。つまり、魔物と暮らしている社会では、そう騒ぎ立てることもないことなのだろう。まあ授業をサボって保健室でシていた時はさすがに怒られたけど。

 妻で、女で、妹で。最高の伴侶と、今も暮らしている。





 

  そうこれは、なんの変哲もない、ありふれた魔物夫婦の話。
13/04/29 02:24更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)

■作者メッセージ
妹の魔物種を特定しなかったのは、読み手の方々に好きに考えて欲しかったからですが、なんだか話し全体に魔物成分が薄くなってしまいました。反省。
・・・・・・? そういえば、妊婦さんが魔物化した場合、中の赤ちゃんはどうなるのかな。魔物化するのか? でも男の子だったら・・・?

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