彼女の苦悩
人が魔物と共生するようになると、社会はめざましい変化を見せた。
ドワーフなどの物づくりを生業とする種族の浸透は最も早く、その手先の器用さと品質の追求に妥協しない貪欲さは、工業の発達を加速させた。大工、紙すき、鍛冶屋、専門知識および手間を惜しまぬ根気を必要とする割りに跡継ぎの少なさに辛苦する各々文化系技術関係者たちは、優秀かつ気の良い人材を喜んで迎え入れた。
グラビアアイドルをする魔物が少ないのは、恋人以外に魅力を振りまくことに、彼女たちが気乗りしなかったためであるがしかし、アダルト映像作品に登場することはまれではなく、相手となる男優は必ず自身の伴侶たるインキュバスであり、他者に交わりを見せ付けることに快感を得る性癖の種族や個体は率先して業務に当たり、その演技一切なしの情熱的淫行は男に限らず女も魅入られ、より人類の魔物化への抵抗を削ぐのみならず、魔物にとっても、魔物間の性交技術の研究材料となり、多方面に有益である。バフォメットならびに魔女たちによるサバトの実態を映した超乱交は圧巻の一言につき、もとよりそういった方向に性的嗜好を備えた一部の者のみならず健全であったはずの男性諸君を次々と倫理的地獄へと堕とし込んだ。恋人と淫らにふけり、その上で報酬まで手に入り、布教にもなるという、露出をいとわない魔物娘達にとっては最適な仕事であるが、同時に、年齢に反比例する容姿の魔物の出演は、規制をかけるべきだのかけなくてもよいだのと割と大きな社会問題になった。
しかしやはり、魔物に向かない職業もあって、それが顕著に伺えるものは料理関係である。稲荷や雪女、白蛇や女郎蜘蛛などはともかく、性格が大柄な魔物はあまり凝った料理を得意としない。客商売の品として出せるくらいものとなるとそうとう練習をつまねばならない上に、恋人ができたり結婚したりすると、パートナー以外の不特定多数に業務的として自分の気持ちをこめた食べ物を振舞う日常は望まなくなる傾向にある。先に挙げた料理を得意とするもの達ほどこの特質が強く見られるのは、愛する対象に粘着的ともいえる強い執着があるためである。ただし、パートナーが作った料理を客に運ぶことはあまり問題なく、九尾の稲荷が女将を務める料亭や食堂は人気があり客足が絶えない。いわく、「お客はんにごちそうさん美味かったで、といわれる度、うちの旦那さまの腕の良さを褒められてる気になるもんやさかい、悪い気はしまへん。うふふ」とのことである。
無論共生によって生じたのはメリットばかりではなく、デメリットもかなり存在している。
第一に医療関係者である。魔物やインキュバスは人間とは比較になら無いほど頑丈で免疫も優れているので、滅多に医者の世話になることがなく、国民の魔物化、インキュバス化が進むにつれて患者の減った病院は医者や看護師や入院用ベッド数を減らしてゆくしかなく、失業者は魔物専門の医療研究機関に転職するか、パートナーがいて精さえ供給されれば食べるに困らない魔物化を望むという負のスパイラルが発生していた。介護業も、介護対象の老人たちををバフォメットの魔法や魔女の秘薬によってありえないほど若返らされ、当然魔物やインキュバスにされてしまった。
このまま魔物が増え続け、人間の男を生んでくれる女性が減少することは魔物にとっても人間にとっても種族的継続の危険であると判断した政府は、一般の魔物による無作為な人間の魔物化を禁じ、自発的に魔物になることを望む女性に限って、書類による申告と査定をパスすることを条件化した。
共存社会の影に窮地に立たされた職業がもうひとつあるのだが、これに関しては、魔物たちが声をそろえて、「本来無いほうが良い仕事」という認識を持っていた。
養護施設、言い換えれば孤児院である。
生んだ子供を虐待したり、いらないから、と捨てる人間の価値観だけは、魔物一同、上位種から普及高率種にいたるまで全員が理解を放棄した。
じぶんたちが、いくら求めても容易に得られぬ幸せ。
「こども」
この世の中で一番大切なヒトから精を受けて、お腹の中でカタチを成す、己が分け御霊を、
捨てる? 放置する? 無慈悲に痛めつけて、あげく、命を奪う・・・・・・!!?
誰が理解できるというのです? そんなこと・・・・・・・・・?
この話をしたとき、日本を取り仕切るリリムは口調こそいつもの通りだったが、相対した人間の政府高官は彼女の静かな怒気に冗談では済まない死線を視た。
リリムは来日している魔物たち、魔界の民間情報局にすぐさま情報を流した。
涙無く泣く子供たちを見捨てるは、魔物の恥である。と付け加えて。
施設の子供たちのうち、女の子の多くはダークエンジェルやダークプリーストに導かれ魔界へと移住、堕落神教へと入信、後に魔物化し、魔界で暮らしたりパンデモニウムへ向かったりした。日本へ戻ってきた娘たちもいたが、日本を出立する以前の陰りはその表情から消えていた。
施設の子供たちのうち、男の子はどうなったかというと、これは魔物同士で取り合いになった。思春期を迎えた少年たちは保護の名の下に未婚の魔物たちに引き取られていき、そのまま美味しくいただかれてしまった。思春期以前の男の子たちに対しては、とある種族が優先的に里親として認められた。
純潔を象徴する魔物、ユニコーンである。
ユニコーンは、自分以外の女性を知った男と関係を持つと、バイコーンという亜種へと変異してしまうゆえに、彼女たちにとって女性を体験していない男性の確保は、これも種族維持にかかわる問題であるとともに、いかに未経験の男性を探り当てるかが非常に大切な鍵となる。
純そうな彼が実は百戦錬磨の猛者だったなんてのは洒落にならないので、真実『純精』な異性の見分け方は外す事のできない重要課題なのだ。
だが誰しも騙されることはあり、しかし一度騙されると即、亜種化という厳しい条件下では異性との接触すら躊躇われ、尚更種の繁栄を難しくしている。そこでいっそのことまだ幼く性に目覚めていないうちから、ユニコーンの好みの男に育てて、しかる後関係を結ぼうというのがこの試みである。
親、家族に不要とされ、温かみのある感情との干渉をもとめていて、かつ魔物が引き取っても苦情が挙がらないという状況はまさに打ってつけなのである。
しかしながらこの政策には、重大かつ不可避な欠点があった。
「そろそろ帰ってくるころかな・・・」
ここにナナイというユニコーンがいる。自宅のリビングで自作のドーナツをかじりながら、ああするべきかこうするべきかと唸っているところにただいま、と少年が帰ってきた。
「おかえり、友。 ドーナツあるわよ。 友の好きなもちもちのやつ。」
少年は天里 友(あまさと とも)といい、およそ10年前に引き取った16歳の少年で、ナナイが夫にする―――――つもりの子なのだが、まだ体は重ねていない。ユニコーンとしてはこの子と肉体関係を結ぶことは躊躇うべきじゃないし、そうなりたいという欲求も強い。
できればもうすぐにでもヤっちゃいたい。むしゃぶりつきたい。
のだが、この10年積み上げてきた信頼関係というか、親愛関係というかそんなものを壊すのが非常に怖くて、第一歩が踏み出せずにいる。もし、友の方に僅かでもナナイに対して劣情のようなものを抱いていると感知できたなら、今すぐ衣服を剥ぎ取ってイタダキマスするのだが、困ったことにそんな気配はマッタク無い。微塵も無い。カケラも無い。胸元の広い服を着た美女に目もくれず、無心にドーナツを頬張っている。
友はほんとにドーナツ好きよね、飽きないの? と問いかけると、別にドーナツなら何でもすきなわけじゃないし、と返してきた。
「僕、母さんのつくったドーナッツが好きなんだよ。」
暮らして世話をしている間に伴侶候補は、こちらを女として出なく母親として認識し、そのまま定着してしまったのである。
魔物にとって情動が本能なら母性というのもまた本能である。長く母として慕われてきた思い出を捨てることは簡単ではないが、このままでは愛しいあの子はいずれ誰かに染められてしまう。そうなったら悔やんでも悔やみきれないそうなる前に早くわたしのものに、けどああ、母親が自分に欲情していると知ったら友は、きっと軽蔑する。汚いものを見る目でわたしを、でもそんな友に襲い掛かって覆いかぶさってっていうのもステキ.・・・・・・でももう二度とあの無垢な瞳を向けてはくれなくなるだろうし、ああ、ああ、・・・・・・・・・。
ああするべきか、こうするべきか、今日もユニコーンは頭を抱えている。
ドワーフなどの物づくりを生業とする種族の浸透は最も早く、その手先の器用さと品質の追求に妥協しない貪欲さは、工業の発達を加速させた。大工、紙すき、鍛冶屋、専門知識および手間を惜しまぬ根気を必要とする割りに跡継ぎの少なさに辛苦する各々文化系技術関係者たちは、優秀かつ気の良い人材を喜んで迎え入れた。
グラビアアイドルをする魔物が少ないのは、恋人以外に魅力を振りまくことに、彼女たちが気乗りしなかったためであるがしかし、アダルト映像作品に登場することはまれではなく、相手となる男優は必ず自身の伴侶たるインキュバスであり、他者に交わりを見せ付けることに快感を得る性癖の種族や個体は率先して業務に当たり、その演技一切なしの情熱的淫行は男に限らず女も魅入られ、より人類の魔物化への抵抗を削ぐのみならず、魔物にとっても、魔物間の性交技術の研究材料となり、多方面に有益である。バフォメットならびに魔女たちによるサバトの実態を映した超乱交は圧巻の一言につき、もとよりそういった方向に性的嗜好を備えた一部の者のみならず健全であったはずの男性諸君を次々と倫理的地獄へと堕とし込んだ。恋人と淫らにふけり、その上で報酬まで手に入り、布教にもなるという、露出をいとわない魔物娘達にとっては最適な仕事であるが、同時に、年齢に反比例する容姿の魔物の出演は、規制をかけるべきだのかけなくてもよいだのと割と大きな社会問題になった。
しかしやはり、魔物に向かない職業もあって、それが顕著に伺えるものは料理関係である。稲荷や雪女、白蛇や女郎蜘蛛などはともかく、性格が大柄な魔物はあまり凝った料理を得意としない。客商売の品として出せるくらいものとなるとそうとう練習をつまねばならない上に、恋人ができたり結婚したりすると、パートナー以外の不特定多数に業務的として自分の気持ちをこめた食べ物を振舞う日常は望まなくなる傾向にある。先に挙げた料理を得意とするもの達ほどこの特質が強く見られるのは、愛する対象に粘着的ともいえる強い執着があるためである。ただし、パートナーが作った料理を客に運ぶことはあまり問題なく、九尾の稲荷が女将を務める料亭や食堂は人気があり客足が絶えない。いわく、「お客はんにごちそうさん美味かったで、といわれる度、うちの旦那さまの腕の良さを褒められてる気になるもんやさかい、悪い気はしまへん。うふふ」とのことである。
無論共生によって生じたのはメリットばかりではなく、デメリットもかなり存在している。
第一に医療関係者である。魔物やインキュバスは人間とは比較になら無いほど頑丈で免疫も優れているので、滅多に医者の世話になることがなく、国民の魔物化、インキュバス化が進むにつれて患者の減った病院は医者や看護師や入院用ベッド数を減らしてゆくしかなく、失業者は魔物専門の医療研究機関に転職するか、パートナーがいて精さえ供給されれば食べるに困らない魔物化を望むという負のスパイラルが発生していた。介護業も、介護対象の老人たちををバフォメットの魔法や魔女の秘薬によってありえないほど若返らされ、当然魔物やインキュバスにされてしまった。
このまま魔物が増え続け、人間の男を生んでくれる女性が減少することは魔物にとっても人間にとっても種族的継続の危険であると判断した政府は、一般の魔物による無作為な人間の魔物化を禁じ、自発的に魔物になることを望む女性に限って、書類による申告と査定をパスすることを条件化した。
共存社会の影に窮地に立たされた職業がもうひとつあるのだが、これに関しては、魔物たちが声をそろえて、「本来無いほうが良い仕事」という認識を持っていた。
養護施設、言い換えれば孤児院である。
生んだ子供を虐待したり、いらないから、と捨てる人間の価値観だけは、魔物一同、上位種から普及高率種にいたるまで全員が理解を放棄した。
じぶんたちが、いくら求めても容易に得られぬ幸せ。
「こども」
この世の中で一番大切なヒトから精を受けて、お腹の中でカタチを成す、己が分け御霊を、
捨てる? 放置する? 無慈悲に痛めつけて、あげく、命を奪う・・・・・・!!?
誰が理解できるというのです? そんなこと・・・・・・・・・?
この話をしたとき、日本を取り仕切るリリムは口調こそいつもの通りだったが、相対した人間の政府高官は彼女の静かな怒気に冗談では済まない死線を視た。
リリムは来日している魔物たち、魔界の民間情報局にすぐさま情報を流した。
涙無く泣く子供たちを見捨てるは、魔物の恥である。と付け加えて。
施設の子供たちのうち、女の子の多くはダークエンジェルやダークプリーストに導かれ魔界へと移住、堕落神教へと入信、後に魔物化し、魔界で暮らしたりパンデモニウムへ向かったりした。日本へ戻ってきた娘たちもいたが、日本を出立する以前の陰りはその表情から消えていた。
施設の子供たちのうち、男の子はどうなったかというと、これは魔物同士で取り合いになった。思春期を迎えた少年たちは保護の名の下に未婚の魔物たちに引き取られていき、そのまま美味しくいただかれてしまった。思春期以前の男の子たちに対しては、とある種族が優先的に里親として認められた。
純潔を象徴する魔物、ユニコーンである。
ユニコーンは、自分以外の女性を知った男と関係を持つと、バイコーンという亜種へと変異してしまうゆえに、彼女たちにとって女性を体験していない男性の確保は、これも種族維持にかかわる問題であるとともに、いかに未経験の男性を探り当てるかが非常に大切な鍵となる。
純そうな彼が実は百戦錬磨の猛者だったなんてのは洒落にならないので、真実『純精』な異性の見分け方は外す事のできない重要課題なのだ。
だが誰しも騙されることはあり、しかし一度騙されると即、亜種化という厳しい条件下では異性との接触すら躊躇われ、尚更種の繁栄を難しくしている。そこでいっそのことまだ幼く性に目覚めていないうちから、ユニコーンの好みの男に育てて、しかる後関係を結ぼうというのがこの試みである。
親、家族に不要とされ、温かみのある感情との干渉をもとめていて、かつ魔物が引き取っても苦情が挙がらないという状況はまさに打ってつけなのである。
しかしながらこの政策には、重大かつ不可避な欠点があった。
「そろそろ帰ってくるころかな・・・」
ここにナナイというユニコーンがいる。自宅のリビングで自作のドーナツをかじりながら、ああするべきかこうするべきかと唸っているところにただいま、と少年が帰ってきた。
「おかえり、友。 ドーナツあるわよ。 友の好きなもちもちのやつ。」
少年は天里 友(あまさと とも)といい、およそ10年前に引き取った16歳の少年で、ナナイが夫にする―――――つもりの子なのだが、まだ体は重ねていない。ユニコーンとしてはこの子と肉体関係を結ぶことは躊躇うべきじゃないし、そうなりたいという欲求も強い。
できればもうすぐにでもヤっちゃいたい。むしゃぶりつきたい。
のだが、この10年積み上げてきた信頼関係というか、親愛関係というかそんなものを壊すのが非常に怖くて、第一歩が踏み出せずにいる。もし、友の方に僅かでもナナイに対して劣情のようなものを抱いていると感知できたなら、今すぐ衣服を剥ぎ取ってイタダキマスするのだが、困ったことにそんな気配はマッタク無い。微塵も無い。カケラも無い。胸元の広い服を着た美女に目もくれず、無心にドーナツを頬張っている。
友はほんとにドーナツ好きよね、飽きないの? と問いかけると、別にドーナツなら何でもすきなわけじゃないし、と返してきた。
「僕、母さんのつくったドーナッツが好きなんだよ。」
暮らして世話をしている間に伴侶候補は、こちらを女として出なく母親として認識し、そのまま定着してしまったのである。
魔物にとって情動が本能なら母性というのもまた本能である。長く母として慕われてきた思い出を捨てることは簡単ではないが、このままでは愛しいあの子はいずれ誰かに染められてしまう。そうなったら悔やんでも悔やみきれないそうなる前に早くわたしのものに、けどああ、母親が自分に欲情していると知ったら友は、きっと軽蔑する。汚いものを見る目でわたしを、でもそんな友に襲い掛かって覆いかぶさってっていうのもステキ.・・・・・・でももう二度とあの無垢な瞳を向けてはくれなくなるだろうし、ああ、ああ、・・・・・・・・・。
ああするべきか、こうするべきか、今日もユニコーンは頭を抱えている。
13/05/06 06:35更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)