連載小説
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一話 触手なサバト始まりの日
 強い雨が降り、薄暗い陰りが辺りを支配する『森』の中、
 一人の少女が「何を恐れることがある」と言わんばかりの我が物顔で歩を進めていた。

「ククク、始めて来てみたが、こやつら中々に利口ではないか」
 魔界に降る雨は魔力を含み、それにより活性化しているであろう『木々』たちはしかし、
 一見無防備な姿からは考えられないほどに感じられる少女の魔力を警戒してか、
 それとも、そういう目的のために来たわけではない者に手を出すつもりは無いのか、
 少女に向けて食指をのばす個体は一本も無かった。

「まあ噂に聞く最深部ともなればどうなるか分からんが……お、アレが良いかの」
 居並ぶ『木々』たちを眺めながら歩いていた少女は、
 地面から顔を出している程度の、生え立てと見られる個体の前にしゃがみこむ。

 ぐにゅ ぐにゅ

 今まで動きを見せず、どこか遠巻きに眺めているような印象だった『木々』たちが、
 その瞬間にわかにざわめきを見せ始める。

「仲間意識もあるのか、結構結構、安心せい、悪いようにはせぬよ」
 周りを安心させるようにそう宣言をしてから、
 目の前の、まだ手でつかめばいっぱいになる小さな個体に語りかけ始める。

「のうおぬし、うちに来る気は無いか?」
 少女の顔を見上げるように先端を上げでいたその個体は、
 まるで首をかしげるように僅かに斜めに傾いてみせる。

「特別何かをしろと言うわけでもないし、無理矢理何かをされるという事も無いぞ」
 雨はますます強くなり、遠くに雷の音まで鳴り始める天候の中にもかかわらず、
「ただおぬしが成長する姿を見せてくれるだけで良いのじゃ」
 それらを何の障害にもしないその堂々とした少女の姿は威厳と自信を感じさせた。

「それに良い世話役もあてがってやろう、どうじゃ? 来てはくれんか?」
 誘いを受けた個体は、しばらくまわりの仲間たちを見渡すように身を周囲に向けた後、
 まるでうなずくように、勢い良く先端を縦に振って見せた。

 ピシャ ガラガラガラ……

 暗闇を切り裂く稲光に照らされた二本の角が生えた少女は、
「うむ、良い子じゃな♪」
 その姿に似つかわしい可愛らしい笑顔を浮かべていた。










「良く来てくれた、魔女サニーよ、唐突だがおぬしにはこれを育ててもらいたい」
「ほ、本当に唐突ですねリコ様……」 
 ニコニコと楽しそうなお顔で机の上に鉢植えを置くこのお方こそが、
 サニーこと、私の所属するサバトの首領、バフォメットのリコ様だ。
 屈託の無いその笑顔は同性である私でも頬ずりしたくなるほどに可愛らしいが、
 こんな表情を浮かべるときは大抵何かしらがあったりする。

「それは、なんなのでしょう?」
 とりあえずその疑念を押しとどめて鉢植えについて尋ねる。
 よほど背が低い植物なのか、それともまだ芽か種なのか、
 鉢植えが背の高めな机の上に置かれていることもあり、
 魔女である私の背丈では鉢植えの底を覗くことが出来ず、
 鉢植えの中に何が植えられているのか私からでは見ることが出来なかった。

「おお、すまんの、よいしょお、まあ見てみれば分かるのじゃ」
 少し横着をなされてちっちゃな体を机の上に投げ出しながら、
 鉢植えを押して私が見やすい位置まで持ってきてくれる。
 モフモフのお手々を一生懸命に伸ばしている姿はやはり非常に可愛らしい。

(いつ見てもあのお手々から『ブラックソード』なんて異名が付いたとは考えにくいなあ)
 そんなことを考えながら鉢植えを手にとって中を覗き込もうとしたので、
 そこから飛び出してくる何かを避けることが出来ずに……

   ぺちょ

「…………ふぇ?」
 突如として鼻先に乗っかってきた物体に虚をつかれて間の抜けた声を出してしまう。

 目の前すぎてピントが合わずぼやけて見えていた物体に少しずつ焦点が合っていく……
 なにやら先端に小さな穴が開いた細長い形でなんとも言えない香りと暖かい人肌ほどの温度を感じれて血管っぽいごつごつがあってヤワらかいのにカタいシンがあってビクビクとしたうごきがとってもりあるでひょっとしてもしかしてだだだだんせいのあれあれアレアレ……

「キッキッキッキャア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 驚きのあまり、後ずさりした拍子に足をもつれさせて転んでしまい、尻餅をついてしまう。
 鉢植えの中から出てきたそれは、どう見ても……男の人の……おちん……ちん?

「プックックック、ア〜ッハッハッハッハッハ、サニー、ひどい格好になっとるぞ」
 言われて気が付いてみると、転んだ時にミニスカートがまくれ上がってしまっていて、
 お気に入りの白いパンツが丸見えになってしまっていた。

「リ、リコ様ーーーーー! もう、なんなんですかそれは!」
 慌てて服を直して立ち上がり、リコ様に抗議する。
 このお方はたまにこういった悪戯を仕掛けてくるから油断ならない。
 でもこうして楽しそうに笑うリコ様もとても可愛らし……くない! 可愛くなんかない!
 そうやっていつも甘やかすからいけないのだ、ここは毅然とした態度を取らねば。

「リコ様! ただの悪戯なら失礼させてもらいますからね!」
 そう言い捨てて部屋から出て行こうとするのだが……
「あ、すまん悪かった、ちょっと待って、ああ、わ、わしが悪かったから待ってくれぇ〜」
 リコ様は素早く私に追いすがり引き止めようとしてくる。
 無視して行こうとすると、私の腰にすがり付いて情けないお顔で懇願してくるのだ。
 今にも泣き出してしまいそうなリコ様もやはりとても…………うぐぐ。





「それで、結局どんな御用なのですか」
 ……ええ、許しちゃいましたよ、負けちゃいましたよ。
 リコ様の可愛らしさに勝てる者など誰もいないのです。

「う、うむ、さっきも言ったがな、触手の研究のためにこの子を育ててほしいのじゃ」
 少しは反省してくれたのか、少し遠慮がちに詳しいお話を聞かせてくれる。
 感情があるのだろうか、鉢植えの中の触手も少しうなだれ気味に傾いている。

「ある程度は文献等で調べてあるが、やはり実際に見てみることが大事じゃからな」
 そう言いながら、触手のほうにふかふかのお手々を伸ばすと、
 触手の方もその手に絡み付いてじゃれてみせる。
 ……いいな、お手々触りたい。

「それには成長過程から観察するのが一番じゃ、そこで、おぬしにはその過程を観察してもらい、結果を報告してほしいのじゃ」
 お話は大体理解できたが、研究熱心なリコ様にしては珍しい点があったので尋ねてみる。

「えっと、今回はご自分では観察をなされないのですか?」
 このような研究は大抵ご自分でなされていて、あまり周りの手を借りないリコ様が、
 研究物をこうして他人に預けることは珍しいことだ。

「ん? いや、自分でやっても良いのじゃがな、おぬしにやらせたほうが色々と面白そうな……ま、待て待て、悪い意味ではないのじゃ」
 不穏なお言葉に少し目を険しくしてしまったが、まずはお話の続きを聞いてみる。

「まあ本当に色々あるが……まず、おぬしは魔女にしてはお子様度が足りなさすぎる!」
 ……このお方はいきなり何を言い出すのだろう。

「しっかり者の妹というのにも十分に需要のあるものじゃが、それにも一定量のお子様度は必要なのじゃ、しっかりしている部分と、年相応の子供っぽい部分、それぞれに相反する要素があればこそ、それぞれが引き立つのじゃ、おぬしにはそれがとんと足りない!」
 至極真剣なお顔でお話をしてくれるが……とりあえず力説するリコ様は可愛らしい。

「そこで一つ、小さな生き物を育てさせることによって、おぬしのお子様度を引き立てようと言うわけじゃ、いわゆるマスコットキャラクターと言うやつじゃな」
 ようやく育成理由には繋がったが、それがなぜ触手なのだろう。
 その触手は長話に飽きたのかだらしなくグタリと体を伸ばしていたが、
 私の視線に気づいたかのように体をぱたぱたと振って見せた。
 ……たしかに、愛嬌が無いとは言わないが。

「それにの……おぬしにもそろそろ兄上が出来た方が良いと思ってな」
 …………このお方は……いきなり何を言い出すのだろう。
 触手を育てることとお兄様が出来ることに何の関係があるのだろうか。

「実はの、文献に寄ればこの触手らには面白い性質があってな」
 私の怪訝な顔を察したのか、リコ様は説明を始めてくれたのだが、
「それも、丁度おぬしにはぴったりの……」

 コンコン コンコン

 突然のノックによって、それは遮られてしまった。

「む、入るが良い」
 入室の許可を得て、部屋の中に青年が勢い良く入ってきた。
「失礼しまッス! リコ様、それにサニー先輩も、おはようございます!」
「ライトか、おはよう」「おはようございます、ライト君」
 ビシっとした姿勢で挨拶をしてくれたのは、このサバトの信者の一人、ライト君だった。
 かつて冒険者だったころに培われたという、きびきびとした言動が印象的な好青年だ。

「リコ様、また『ブラックソード』に挑戦者っスよ」
「……ほう? クックック、まったく命知らずが多くて結構なことじゃ」
 リコ様はこの地にサバトの拠点を立てる際、場所を秘密にするどころか大々的に宣伝し、
 教団領へ「文句があるならかかって来るが良い」などと宣言までして見せたのだ。

 一応場所的には親魔物派の領域であり、
 軍では進みにくい険しい地形にあるため、軍隊の類が攻めてきたことは無いが、
 代わりに教団の勇者や騎士、それらに雇われた冒険者等がやってくることがあるのだ。

 命知らずなどと言っているが、勿論リコ様は挑戦者の命を奪うことなどしない、
 しかし、(性的な)説得をして信者にしたり(性的な)研究の実験台にしたり、
 気が向いた相手はわざとなにもせず逃がしたりと処遇は気まぐれだ。
 ライト君も挑んできた冒険者で、リコ様に勝負で負けてサバトの信者になったのだ。
 その時の怪我を介抱したのが私で、その縁で先輩と懐かれるようになったと言うわけだ。

「それで、今日はどんなやつが来たのじゃ?」
「勇者っぽい女の人で、一人でここまで来れたみたいっスよ」
「そうか……」
 一瞬だけ、楽しそうだったお顔が曇る、女の人と言うことは、
 最近来るのを楽しみになされている、お気に入りの『あの子』ではないからだ。

「まあ良い、中々に楽しめそうな相手じゃしな」
 しかし、すぐに気を取り直される、
 元々挑戦者たちとのお遊びは大好きなお方なのだ。

「さて、そう言うわけでサニーよ、その触手の世話、しかと頼むぞ」
 挑戦者を迎え撃つべく、空間転移の魔法を展開するリコ様に不適な笑みが浮かぶ。
 ああ、凛々しいリコ様も可愛らしい、じゃなくて!

「そう言うわけって、リコ様、まだ説明は……」
「フ、それは育てて見てのお楽しみじゃ、行って来る!」
 そう言うだけ言って、リコ様は魔法で消えてしまった。

「まったくもう……どうしよう、この子」
 うねうねと体をくゆらしていた触手は、
 自分に興味が向いたのを察知したように身をピンと立ててみせる。

「先輩、気になってたんですが、コイツなんなんスかね?」
「……わかんない」
 わかんない、結局なんで触手でお兄様が出来るんだろう、
 そういえば育て方もわかんない、後で調べておかなければ……

 大体リコ様は種族柄とはいえ、いつもいつもお子様すぎるのだ。
 あんな悪戯はするし、頼みごとも唐突だし、

 かっこいいからと言って、わざわざ雨の中お出かけになるし、
 ……お風邪を召されたら大変だといつも言っているのに。
 雰囲気が出ると言って、お部屋をわざと暗くするし、
 ……お目々に悪いからといつも注意しているというのに。
 それにお片づけはなさらないし、トマトはお残しになるし、
 本当にいつも……もう……もう……!

「リコ様のバカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 突然大声を出した私に、ライト君は鉢植えを抱きしめて、
 触手はライト君にすがりつくようにして驚いてしまったけれど、
 私は普段からの積み重ねもあり、リコ様への憤りを抑えることが出来なかった。

 とりあえず、さっきの悪戯のお仕置きに今日のリコ様のおやつは抜きにしよう。


                     続く
12/07/12 20:50更新 / びずだむ
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■作者メッセージ
初めての連載でございます。
今回はタイトルの通り触手がメインです。
出来うる限り図鑑にそった表現を心がけながら頑張りたいと思います。

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