「空白」を取り戻したい的なお話
「おいあんた、見えて来たぜ。」
馬車をガラガラ響かせながら御者は、声だけで荷台に乗る青年を起こす。
「う…あの外壁…間違いない、ルージュリナだ。」
眠い目をこすりながら短い金髪に薄い黄色の瞳を持つ青年、シトリは、それでも神妙な面持ちで見えてきた外壁を見つめる。思い出すのは数日前の叔父と父の会話だった。
「ルージュリナが親魔物領になり…魔界化したそうだ。」
「なに?あんなにも大きく栄えていたルージュリナがか?」
久々に家を訪れた叔父は父に向けてそう言い、父は顎鬚を弄びながら懐疑的な目を向けていた。
「お前の住んでいた頃はな。最近では花はともかく鉱石が全く取れず、徐々に衰退していったらしくな、そこを突かれて街長共々魔物に襲われ、陥落した…って噂だ。」
「ぬぅ…十年…十年も経てば変わるか。あの美しい街がな…残念だ。」
「ねぇ叔父さん!ルージュリナには行ったんですか!?」
辛抱堪らずシトリは会話に割って入り聞いた。二人はギョッとしてシトリを見つめ、叔父は咳払いをすると話し出した。
「いや〜、行ってはいない。ルージュリナの近くの町まで行って話を聞いたんだ。噂話とは言え、親魔物領の土地など怖くて近づけんよ。」
「シトリ、お前ルージュリナに何かあるのか?」
「いやその、ルージュリナにはたくさん思い出があるから…だからどうなってしまったのか確かめたいんだ…あの子の事も…。」
「あの子…?それはまさか隣に住んでいた宝石商の所の御令嬢の事か?」
「う…覚えてたんだ…;」
「覚えているとも。私の仕事の都合とは言え、お前にとって初恋の子にあんな別れ方をしたのだからな。」
「は、初恋だなんて、それとは違うよ!!///」
「…しかしそうか…シトリ、どうしてもルージュリナに行きたいか?」
父は恥ずかしがるシトリを無視して肩に手を置くと、真摯な目で伺った。
「…あぁ、行きたい!確かめなきゃいけないんだ!」
「ならば馬車を用意しよう。準備しなさい。」
「お、おい!ジバル!いいのか自分の息子をっ!?」
「いいのさ兄さん。こいつがこんな感じになる時は必ず何か行動を起こす時だ。どうせ駄目だと言ったところで夜逃げなりなんなりしてルージュリナへ向かう…ならば手を貸すさ。それにこいつはもう二十歳だ。自分で考えられるさ…」
「う…;」
すべてお見通しな父に頭が上がらないでいると、父から旅行用のバックと短剣を手渡された。
「これは私のお古だ。お前にやろう。」
「父さん…。」
「…幸せに、な。」
「へ…?」
最後に父はそんな言葉を呟いたような気がしたが、良く聞き取れなかった。
そんなこんな物思いに耽っていると、いつの間にか壁門を通り過ぎて街中へと入るところであった。
「…戻って…来たんだよな…?」
シトリはポカンと口を開けたまま街中を見渡す。
外壁から先にあるこの広場から見る景色に記憶との違いがあまりない。しかし明らかに歩いている人が少ない。そしてその歩いている人に紛れて、魔物が極自然に歩いていた。
「ありがとうございます!それでは!」
「おう、気を付けろよ。」
御者と別れ、記憶を頼りに昔の家までの道を辿り出す。
「…う〜ん、十年前の記憶じゃ流石に無理かなぁ…どこだろうここ?「トリコロミール」?…カフェかなこれ??」
今歩いている広い通りは、シトリの記憶には存在しなかった。周りの家屋を見ると比較的新しい建物である事が分かり、十年の間にできた通りである可能性が高かった。すなわち迷子なのだと確信し、頭を抱える。
「…仕方ない、ガイドセンターはまだ残っているはずだから、そこで道を聞くかな…あ、ここがどこかもわからないじゃん;」
「もし?お困りかしら?」
「うっ!!?///」
シトリが一人唸っていると、そこに美しい女性の声がして即座に振り返った。
そこにいたのは銀の長髪を棚引かせ、胸元をざっくり開いた赤いドレスを身に纏う絶世の美女だった。しかし、妙だった。その人の姿を見た途端、否、声を聴いた途端に、頬が熱くなり身体が金縛りにでもあったかの様に上手く動かないのだ。
身体の中で唯一動く箇所があったが、その部位は何と陰茎。陰茎のみがムクムクと膨張を始めたのだ。
「見たところ迷子の様だけれど…どうかしら?私が迷わない様に行きたいところまで道案内してあげよっか?♥」
「あ…あ…///」
妖艶に微笑む美女の姿に、目が離せない。ドレスの左サイドにはスリットが入っており、チラリと白い太腿が見え隠れする。
そこでシトリは思ってしまった。
(僕はこの人に誘われてる…///)
「そう…いい子…♥」
そう思った途端足が自然と美女の方へと歩き出す。
(…シトリ!)
そんな時、シトリを呼ぶ声が聞こえた。…忘れもしない、あの子の声だった。
「………!!駄目だっ!!!」
「えっ?嘘…!?」
シトリは頭を掻き毟り大粒の汗を掻き、息も絶え絶えその人を睨みつける。
白で統一された双角に羽、そして尻尾を生やした姿は、サキュバスの様にも見えたが、何処か凄みや高貴さを感じさせていた。
魔物は、赤い目を丸くしてシトリを見ていた。
「一体どうして…ん?あれは?…あら!?…あらあらまぁまあ!!クスッ♥そういう事ね♥」
「はぁ…はぁ…?…その、すみません。僕には会わないといけない人がいるんです。申し訳ありませんが、誘いには乗れません。」
魔物が何処かを見て楽しげな顔に変わるのを少し不思議に思ったが、心に余裕のないシトリはきっぱりと誘惑を断ってみせた。
「そうでしょうね♥こちらこそ悪かったわね。貴方があまりに可愛いから、からかいたくなってしまったの♥ごめんなさい♥」
魔物の舌をチロッと出して可愛らしく謝る姿に、再度顔が猛烈に熱くなり股間のモノがそそり立ち始めた。が、またもあの子の姿が頭に浮かび、熱と股間のを鎮まらせた。その様子を見て魔物はお腹を抱えて笑っていた。
またからかわれたと気付くが、不思議と怒りが湧いてこない。むしろその人が笑っている姿を見ているだけで幸せな気分になる。
(え…?何故…!?)
そこでシトリはハッとし、すぐに周りを見渡してゾッとする。通りにいるほぼ全ての人が、その魔物に見惚れていた。そして見惚れていない者は憧れ、或いは神でも見るような羨望と淫らな視線を送っていた。
「い、いえ!分かってくれたなら大丈夫です!」
この魔物は異常だ、規格外だと、シトリはその状況を作りだしている魔物に畏れを抱き、すぐにその場を離れる事を決心する。
「許してくれるのね!ふふ、ありがとう♥それでは失礼するわ…ご機嫌よう♥あ、それと貴方が探しているものはこの通りのすぐ右隣りの道を歩いた先にあるわ。」
「えっ!?なんでっ!?ちょっと待っ…」
「ロロネ姉さま♥」
「っ!!」
驚きのあまり魔物を方へ振り向き問おうとするも、もう一体同じ種族と思われる青いドレスを身に纏った魔物が、空から優雅に下りて来たため慌てて止まる。
「見てたよぉ♥魅了に失敗するだなんて美への意識が足りないんじゃないの?♥」
「仕方ないでしょう?邪魔されちゃったんだもの。それよりも美への意識が足りないんだなんて言うようになったわねデルフェニ?」
「だぁってそうでしょう?現に男逃しちゃってるんだもん♥」
「ほんと言うわねぇ!いいわ!ならどちらが魅了で多くの男性を…………」
「…さて!さっさと行くかな;」
口喧嘩を始める魔物に嫌な予感がしたため、シトリは足早にその場を離れるのだった。
「本当にあった…。僕の家だ。でも…」
魔物の言う通りに歩いていると、探していた嘗(かつ)ての家へと辿り着いた。しかしそこに、宝石商を営んでいた隣の家は、土台すらない更地へと変わってしまっていた。
最悪の結末を予想して鼓動が早くなり足が震えた。
「そんなところで立ち尽くしてどうしたんですか、シトリ?」
不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
こんなにも会いたかったのに、いざ顔を合わせるとなると緊張と、一抹の不安で胸の鼓動が早くなる。
シトリは意を決してゆっくりと振り向いた。
「入らないんですか?そこはあなたのお家ですよ♪」
絹の様な白い長髪、そして如何にも好奇心旺盛といったキラキラした青緑色の瞳で微笑む姿は、正しく彼女であった。
「スフェン!!」
「うん!スフェンです♪」
嬉しさのあまり、目頭が熱くなる。が、別れた時のスフェンの姿と違う事に気づいて狼狽える。
彼女からは赤黒い角と羽、尻尾が生えており、耳も長い。服装というのも、はち切れんばかりの双丘を、ケープの様なもので上から覆い隠し、生地が腿までしかない前掛けの様なものを身に纏っただけの極めて破廉恥なものであった。
「魔物…サキュバス……」
「…うん。サキュバスになっちゃった。」
顔を見れない。
当然服装の事もあって顔を合わせるのが恥ずかしい。しかし、会いたかった人が魔物と化していたと知って、どんな顔をしたらよいのかわからなくなってしまった。
「とりあえず、中に入りませんか?♥」
「あ、あぁ…」
シトリは促されるまま家へと上がり込む。そこに広がるのは、十年前と変わらぬ景色だった。
この家での生活が、スフェンと遊んだ日々が目に写る。
「わかる…この家に入ってすぐの部屋は、こんな間取りだった…!ソファも…食卓のテーブルも…懐かしい…」
「シトリ〜、お腹すいてますよね?お昼ご飯にしますよ!わたしね、料理つくれるようになったんですよ!♥」
「えっ!?あ、ああそうだね!スフェンの手料理か…初めてだな!はは!///」
「…んもう…すぐできるから待ってて下さいね…。」
シトリは避けるようにスフェンから目線を外した。
スフェンはぷくっと頬を膨らませて一言いうと、キッチンへと向かう。その後ろ姿を、シトリは複雑な表情で見るのだった。
(僕は一体…スフェンとどう接したらいいんだ…?やっと再会出来たのに魔物になってて…わからないよ…)
シトリがそんな事を思いながら見つめていると、スフェンは調理を始めた。シトリは改めて今のスフェンの容姿を見る。
サキュバス特有の角や羽、尻尾は有るものの、元から低い背丈はあまり伸びていなければ顔も童顔で、当時のまま時間が過ぎていない様にも見えた。しかし、彼女の胸元でたゆんと揺れる豊満すぎる乳房が、謎に時の流れを感じさせた。
(う〜ん、スフェンのおっぱいで時間を感じるとか…再会した相手に対してあんまりではないか…?)
「…出来たけど、大丈夫ですか?」
頭を抱えながら唸っていると、目の前に心配そうに顔を覗きこむスフェンの顔があった。
シトリは驚きのあまり声も出ずに後ろに飛び退いた。そんな有様にスフェンは、目に見えて肩を落として今にも泣き出してしまいそうな顔になってしまう。
「…あ…」
そこでようやく、シトリは自分の犯した間違いに気づく。
「ち、違うんだ!これは…」
「ううん…知ってます。「魔物」…なんですもんね…。」
「違うんだ…本当に…そうだ、ご飯…お昼ご飯食べよう…?」
「…うん。」
スフェンは寂しげに笑った。ズキッと胸の奥が痛くなる。
気まずさからテーブルを睨んでいると、見た事ない野菜中心の料理が並べられていく。
「お、美味しそう…」
並べられた料理はどれも輝いて見え、まるで宝石をそのまま料理にしてしまったかのような魅力を放っていた。お腹も鳴り、涎が口の中で増産される。
シトリの暗い気持ちは、料理の前に何処かに行ってしまった。
「…良かった♥どうぞ召し上がれ♪」
「いただきます!」
シトリの素直な反応にスフェンは少し元気を取り戻し、昼食を促す。
シトリも食欲のまま料理にがっついた。
まず何の変哲もない丸パンと、血の様に赤いゼリーが目に入る。ゼリーからは仄かに甘い香りがし、パンとの相性は言わずもがなである。
パンを食べ終わると次にメインディッシュと思われる野菜料理に手を伸ばす。
噴かしたジャガイモの様な芋を中心に挽き肉と、水が固まったかの様な野菜が円形に添えられ、透明なソースが掛かっていた。芋と挽き肉のこってりした味が口いっぱいに広がるも、ソースがその味を調えているのか飲み物の様に食物が喉を通過する。
デザートに青い小さな実が皿に一粒入っていた。一瞬「これだけ?」っとも思ったが違い、強い酸味が口の中をさっぱりさせてくれた。
「ご馳走様!驚いたよ!スフェンのご飯とっても美味しかった!」
「本当!?良かった〜♥それじゃあ食べ終わった事ですし、行きましょうか…デート♥」
「デッ!?///」
「あはは、冗談♪冗談ですよ♥一緒に街を見て廻りませんか?!変わった所も変わらない所も見に!」
顔を真っ赤にするシトリの顔を見て、スフェンは楽しそうにはしゃいで笑顔を向けた。その姿が、昔見た悪戯を成功させて笑うあの頃のスフェンと重なり、気づかされるのだった。
(確かに変わったのかもしれない…ううん、変わったんだ。でも、スフェンは…スフェンの笑顔は何も変わってなんかいなかった…!僕はこの笑顔に…///)
「街か…うん!一緒に行こう!」
「あっ!?♥///」
シトリは一人嬉しくなりスフェンの手を取りドアへと向かう。
スフェンも突然の行動に驚くも、すぐに幸せそうに目を細めるのだった。
そうして二人は街を廻った。昔からある花屋に入って花を眺めたり、新しく出来たアクセサリー店の並ぶ通りを巡った。
そして二人にとって思い出深い、街を一望できる丘の上まで来た頃には、陽が落ち始めていた。
「未だに信じられないよ。この街が…街周辺が魔界だなんて…。」
十年前の姿をほぼ残している景色をボーっと見つめながら、シトリはそんな事を呟いた。
スフェンも景色を見ながらシトリの隣に並ぶ。
「『明緑魔界』ですからね。この魔界を作ったのは街長の奥さんで、ヴァンパイアって種族なんですけど、「ヴァンパイアだって人と共に歩めるんだ」って、その象徴としてこの魔界に変えたって言うんです。説明は省きますけど、ヴァンパイアみたいな魔物が魔界に変えれば、普通は薄暗い唯の魔界に変わるんです。そう思うと並大抵の決意ではないんだなって…凄い人なんだなって思わされちゃうんですよ。」
「そうか…、なんか物知りになったね。」
「ふふん♥たっくさんお勉強しましたからね!…シトリは向こうでは何をしてたんですか?やっぱり学者のお勉強?」
スフェンにニコニコと笑顔を向けられて照れるも、自身の今までを話し始めた。
「…そうだね。ひたすら勉強をしていたな。父さんみたいな地質学者になる為に、頑張ってたから…今もまだまだだよ。…スフェンは?」
「私は…いろいろあったかな…。」
そう言うスフェンの寂しげな笑顔は、この先二度と忘れる事はないであろう。それほどまでに印象的で悲しいものであった。
「聞いたかもしれませんけど、シトリたちが引っ越して二年くらいかな?宝石が突然採れなくなって、私たち含めた宝石商は、どんどん潰れていってしまいました。それでもお父さんは、私に不便のない生活をって働いて…働いて…」
「もういいよ!スフェンが辛いだけだよ!!話さなくて、大丈夫だよ!」
シトリは声高に止めた。スフェンの顔色が悪く、話すのが辛そうだから。しかし何よりシトリ自身がその先の話を察してしまい、怖くて聞いていられなかったのだ。
そんなシトリをスフェンは悲しげな笑顔を向けて肩に手を置き首を振った。
「ありがとう…でも、シトリには知っておいてほしいから…全部。」
「スフェン…。」
その手は、小刻みに震えている。だが本人の確かな意思が伝わって何も言えなくなる。
「…お父さんは働きすぎて死んじゃいました。お金も無くなっちゃってお家も潰れて、お母さんと共に孤児院で住み込みで働くことになったんです。それが六年前。そしてここから本当に重要な事ですよ。…三年前、私が魔物になった日の事…。」
「魔物に…なった日…。」
その言葉に息を飲む。
スフェンもそうは言ったものの目を瞑り口をなかなか開かず、それだけで辛い出来事だというのを感じさせた。そして遂に、目と口を重々しく開いた。
「…三年前、この街を原因不明の病気が流行しました。とっても高い熱が出て、死んじゃう病気。今はもう大丈夫だけど、お母さんもこの病で死んじゃって…そして私も…この病に罹ったんです。」
「まさか…」
頭に浮かんだ答えで戦慄する。
スフェンはまたも寂しげに笑顔を向けながら告げた。
「うん…。魔物…サキュバスになる事で死なずに済んだ…。丁度その頃に街長の奥さんになる人がこの街に現れて、その仲間と共に街に尽力してくれました。そうして晴れて街は復興して、私は嘗てシトリが暮らしてた家が売りに出されていると知って、借金をして住み着き、今に至る…って事。…ごめんなさい。暗い話で…」
「そんな事ない!!」
「…っ!?♥///」
シトリはそう叫ぶとスフェンを強く抱き締めた。
その抱擁は、辛い時に傍に居てあげられなかった懺悔と、再開時の態度の後悔と、何も知らずに生活してきた自分への怒りを孕んでいた。
「僕の方こそごめん!魔物ってだけでスフェンを恐れて…どんな生活を強いられてきたかも知らずに…!」
「そんなことないですよ。私がお父さんにもお母さんにも、くれぐれもシトリには現状を伝えないでって、お願いしてたから…。」
「え…なんで…?」
「もし伝えたら、シトリは学者にならず私の所に来ちゃったでしょう?シトリには…私の所為で夢を諦めさせたくなかった…。」
「いいんだ!そんなの…学者よりも…スフェンが大事だ!」
「シ、シトリ…!♥」
「スフェン、僕の手を見て…。」
「えっ?…っ!!♥♥」
シトリの手の上には、美しい装飾の成された純白の小箱が乗っている。そしてその中に、黄色の水晶があしらわれた銀色の指輪が飾られるかのように入っていた。
スフェンは驚きと嬉しさのあまり声を失った。
「僕と…結婚してください。僕は、君が好きだった。興味津々で見つめてくる目も、悪戯を仕掛けては笑うその顔も…ずっと見てたかった。ずっと…隣にいたかった…。だからこれからは、一緒に居てくれるかい?///」
スフェンにとって、待ち望んでいたものだった。十年前、否、シトリと出会い徐々に恋をしてからずっと夢見ていたものであった。
スフェンの顔に、幸せな笑みと一筋の涙が零れる。
「…はい!♥ずぅっと一緒ですよ♥シトリ!♥」
その言葉を聞き届け、シトリは恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑い、箱から指輪を取り出してスフェンの薬指にはめてみせた。
そして二人はそのまま顔を見合わせて極自然にキスをした。長く深くキスは続いて、名残惜しげに唇が離されるもお互い見つめ合ったまま固まった。
「…行こうか。僕たちの家に…///」
「うん…♥」
シトリがようやく口を開いてそう言うと、手を繋いで丘を下り出した。そして家のある通りに着いた頃には辺りはもうすっかり暗くなり、魔灯花がポゥっと二人を祝福するかのように優しく照らしていた。
家に着いてドアを開けると、シトリはスフェンに連れられシトリが嘗て使っていた部屋へと入った。
その部屋も他の部屋同様に以前の姿のままの様にも見えた。だが、辺りからは、スフェンの芳香がベッドを中心に漂っていた。
「いつも…この部屋で寝てたんだね?///」
「最初は別の部屋で寝てたんです♥でも段々…この部屋で寝る様になっちゃいました♥」
そう言うとシトリの後ろからスフェンがぶつかった。態勢を崩す程の威力すらなかったが、背中から伝わるふにゅんとした柔らかな感触を即座に察してビクンッと身体が跳ね上がらせた。
「ふおあっ!?///えっ!?何してるのスフェン!?///」
「あはは!変な顔!」
シトリが顔を真っ赤にして照れるのを他所に、スフェンはお腹を抱えて笑っていた。
シトリはスフェンの悪戯で笑う遠い日の姿に、羞恥から子供の頃に戻ったような気持ちになり満面の笑みを浮かべた。
「やったな!そんな悪戯っ子のスフェンには…こうしてやる!」
「ひゃん!♥あは!やめ!脇弱いの!んはははっ!!」
シトリはスフェンの後ろに周ると脇を擽(くすぐ)った。
スフェンは身をよじって擽りを嫌がったが、本気で嫌がってる様子はなく楽しそうであった。
「お返しです!おりゃっ!」
「横っ腹は駄目だって!くくくっ!ちょっ…いひっ!このぉ!」
「あひひ!それそれ…きゃっ!?」
「スフェンッ!!」
お互い擽りじゃれついると、スフェンはベッドに足を引っかけて態勢を崩した。シトリは慌てて庇いに掛かり、そのまま二人一緒にベッドへ倒れた。
気づけばシトリがスフェンを押し倒している様な態勢になっており、ケープ状の服もずれて大きくも美しい乳房が丸見えになっていた。
シトリの顔にボッと熱が集中する。
そんな中スフェンは照れるでもなく変わらず満ニコニコと笑みを浮かべていた。
「また変な顔してますね!シトリの変な顔もっと見たいです♪」
そう言うとシトリの右手を取り、己の乳房に押し付けてしまった。ふにゅりとした柔らかな乳房に、シトリの手は沈み込んで掌から先が埋まってしまった。
「ううぇっほわっー!!///」
「あはははは♪楽しい!面白いです♥」
シトリは乳房に手が包まれる感触に奇声を上げ、その顔を見たスフェンは満面の笑みを浮かべて大笑いするのであった。
「顔真っ赤っか!♪シトリの見た事ない顔…最高に楽しい…愉しいです…♥」
スフェンは右手を放してベッドに座ると、今度はシトリに抱き付いた。
これはスフェンが満足している時に取る行動で、こんなところも変わらないんだなと思う一方、あの頃にはない乳房の感触に、ペニスが勃起を始めてしまった。
「えっと…そろそろ離して…」
「ん?何かお腹に当たってますね?」
「待って!!」
止める間もなくスフェンは抱擁を止めると、シトリの股間を注視した。シトリは慌てて隠すも、手遅れであった。
「勃起してましたよね今…私のおっぱいで?」
「違っ…これは……ごめん!」
「嬉しいです!♥」
「えっ?…ってのあっ///」
予想外の反応に動揺していると、スフェンは服を取り払い今度はシトリの両手を掴んで乳房にグリグリと押し付けた。
「シトリがおっぱい好きで安心しました♥大きすぎるくらい育っちゃいましたからね。それに昔から抱き付いて押し当ても何にも反応しませんでしたから、少し不安でした♪」
「待って。昔から…?」
「はい!昔からです♪♥因みにこのおっぱいは魔物になる前からの天然おっぱいですよ!」
「えぇ…。じゃあ、さっきみたく抱き付くのもまさか僕にだけ…?」
「そうですね、シトリにしかあんなふうに抱き付くことはありませんよ。で、どうですか!?私のおっぱいは気持ちいいですか!?」
(え?じゃあつまりスフェンも昔から僕のこと好きで、めっちゃ積極的にアピールしてたってこと…?)
目を輝かせながら感想を迫るスフェンに対して、明かされた衝撃の事実にシトリは一人困惑して目を伏せた。
「はぁ〜…僕の鈍感…。」
「…?どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ!おっぱいの感触だったっけ?!…おっぱいの…感触……感触……///」
シトリは慌てて乳房の感触を確か為に揉んだが、押し込めば底なしに手を沈ませ、止めればゆっくり押し返されるその圧倒的な触り心地に手が止まらず、どんどん呼吸を荒くさせていった。
その有様にスフェンはまたも面白げに笑った。
「やん♥シトリの手、どんどんえっちな触り方になってきました♥気持ちいいんですね!♥やったぁ♪♥それじゃあ今度はシトリのおちんちんを見せて下さい!♥」
「ちょっとぉっ!!?///」
そう言うと瞬く間にシトリの手を離して押し倒し、ズボンに手を掛けた。シトリは脱がせまいと大暴れしたが、魔物と化したスフェンの腕力の前には無意味だった。
「ふわぁ…!これがシトリのおちんちん…♥雄臭くって大っきくて、素敵です♥」
「もう…やだよぉ…///」
抵抗虚しくパンツ毎ズボンを脱がされ、勃起して反り勃つペニスを曝け出してしまった。
目を輝かせながら凝視するスフェンに、シトリは恥ずかしさと居た堪れなさで顔を伏せてしまった。
そんな事など他所にスフェンはペニスに顔を近づけて臭いを嗅ぎ、恍惚な表情を送っていた。
「こんなの…我慢できません♪♥ハムッ♥」
「ああぁっ!!///」
しばらく見つめていたスフェンであったが、内に芽生えた欲望に任せて遂にペニスを口に咥えた。
シトリから悲鳴にも似た喘ぎ声が上がる。
「ジュッ…フ…パァ…♥面白い声〜♥シトリの面白い声、もっと聞かせて下さい♪♥ハプッ!♥…クポ…クチュ…」
「ダ…メだぁ///スフェン〜///」
「ンヒュッ!♪♥」
シトリはその初めて受ける快感に、敢え無くスフェンの口内に射精してしまう。
「…この口の中にへばりつく臭くて濃厚なの…これが精液…♥美味しすぎて最高すぎて…あぁ♥上手く言い表せません…♥」
スフェンはうっとりとした表情でそう呟くと、萎えた肉棒を己の乳房の間に挟み込んだ。
「な、何を…?///」
「決まってます♥シトリをもっと気持ち良くして、もっと美味しい精液を飲むんです♥ところで…挟まれるのは気持ちいいですか?好きですか?♥」
「あぐっ…///気持ちいいよ…///おっぱいがすっごく柔らかくて包み込まれるのに、しっかり圧迫もされて…うあっ!///さっき射精したのにまたっ…勃つっ!///」
「あはっ♪♥勃ちました!♥どんどん私のおっぱい感じて下さい!♥」
「待って!!///そんな激しっっくあぁー!!///」
ニュップニュップとリズミカルにしごかれ、即勃起したペニスは乳房の中で即射精された。
「ん〜美味しい〜♥っと、シトリ大丈夫?」
「…大丈夫だけど…ずるいよ…。僕だってスフェンを事気持ち良くしてあげたいのに…じゃなくて!」
「そっかぁ♥それもそうですね!それじゃあ私をたくさん触って、たくさん気持ち良くして下さいね♥」
シトリの訴えにスフェンはニヘッと嗤い、残っている衣服を外すとベッドに仰向けに寝転がって誘った。
「…綺麗だ…。まるで…まるで神様みたいだ…///」
「嬉しいです♥なら私は、シトリだけの女神様になってあげます♥さぁ、触って下さい…♥」
シトリは生唾を飲み込むと、自身も衣服を脱ぎスフェンの上へと来て手を乳房の上へと乗せた。
「…それじゃあ遠慮なく…揉むよ///」
「あん♥やっぱりおっぱい…ふふ、くすぐったいです♥」
シトリは乳房を揉む行為に興奮で息を荒くさせていき、その手もどんどん厭らしくなっていく。それに合わせてスフェンの息も艶っぽくなり表情も微笑みからトロンとしたものに変わっていった。
色欲に満ちた目と快楽に蕩けた目が合う。そしてどちらからともなく唇を重ね、舌を絡めた。
息が苦しくなり唇を離すと、二人の間に銀の架け橋が築かれていた。
「スフェン…気持ち良い…かな?」
「うん…♥シトリの手付きが厭らしくって、温かくて…愛されてるのが分かってとっても幸せ♥気持ちいいです…♥」
「っ!///チュビッ!チュッ…チューー///」
「きゃふっ!!♥」
シトリは蕩けながらも微笑むスフェンを、もっと堪能したい、もっと気持ち良くさせたいと、目に付いたピンク色の乳首を両方とも口に入れた。
「乳首っは♥やっあぁん♥♥」
スフェンは乳首を目一杯吸われる快感に、口をだらしなく緩ませ嬌声を上げた。その様にシトリの責めはヒートアップする。
右の乳首を解放すると、左手でぷっくりした乳輪毎鷲掴んで揉み上げ引っ張り、乳首をシコシコとしごく。
左乳首も目一杯吸い、舌で舐め転がして刺激を与える。そしてあまった右手を、遂に秘所へと這わせるのだった。
中指と薬指は溢れ出る愛液によってすんなり入り、淫らな水音を立てた。シトリはグチャグチャと指を出し入れしては膣内を擦り掻き混ぜた。
「ああっ!!♥んあっはぅんんんっ♥あっーー♥♥」
スフェンはシトリによる責めに、最早叫びと化している喘ぎ声を上げて、程なくして一際大きく身体を震わせ強張らせ痙攣した。
「気持ち良い…♥おっぱいも膣内も…気持ち良いよぉ〜♥」
「っ///…スフェンもう、挿入れていいよね…?///」
涙目になりながらも淫らに笑うスフェンの姿に、シトリの興奮は最高潮に達し、ペニスを愛液に塗れた秘所に押し当てながら聞いた。
「うん♥一つになって、一緒に気持ち良く…なろ?♥」
「行くよ…スフェンッ!///くはっ!///」
「ああぁんっ!♥♥」
シトリのペニスが、スフェンの秘所に挿入り込む。結合部からは愛液に混じって血が滴った。
「うっ…ギチギチで…キツい///ハッ、スフェン!痛くない?痛いよね…ごめん。」
シトリは己の衝動的にとってしまった行動に眉を八の字にして落ち込んだが、そんな顔を見たスフェンは頭を優しく撫で、笑顔を見せつけた。
「ふふ♥心配し過ぎですよ♥シトリとやっと繋がれて…幸せ過ぎちゃって気持ち良過ぎちゃって…痛いなんて感じる暇、ありませんでした♥…さぁ、思う存分…動いて下さい…ね?♥」
「スフェンッ!///」
「ぁんっ♥そう!それです!♥気持ち…良いでっふぁあっ♥♥」
スフェンの言葉と誘惑に、シトリの理性は遂に外れて腰を動かし始めた。その動きはぎこちないものであったが、じっくり味わう様な身体を大きく動かした緩急あるものであった。
スフェンも歓喜の嬌声を上げながらシトリの頭を抱き、自らの胸の谷間へと押し付けるのだった。
「もご…スフェン…///スフェン…///ンチュッ!」
切なげに名を呼びながら谷間から抜け出すと、再び唇を重なて舌を絡めた。
動きも徐々に激しくなっていき、舌も離された。
「スフェンッ!///もう、射精ちゃうっっよぉっ!///」
「はいっ!!♥膣内に…下さいっ!!♥」
「うああっ!?///射精っっる!!///」
激しくなる動きにスフェンは足でシトリの身体を挟み込んで膣内を締め付けた。
その快感にシトリはスフェンに中出し絶頂をキメてしまった。
「はぁ…はぁ…///射精しちゃった…スフェンの、ナカに……ぬ、抜かなきゃ…あぁあっくっっ!///…そんな…僕のチンコ…まだこんな…!?」
絶頂して我に返ったシトリは、快感に悶えながらも何とかペニスを引き抜いた。そして射精して尚硬いままのペニスにドン引きする。
「気持ち良い…♥こんなにも中出しが気持ち良いだなんて…我慢なんて出来ない…もっと欲しくなっちゃうじゃないですかっ!!♥♥」
「あぁっ!?///どうしたのスフェッあぅわーーっ!!?///」
そんなこんな余所見をしていると、完全に淫らな魔物としてスイッチが入ってしまったスフェンが、シトリを押し倒してそのまま騎乗位を始めてしまう。
「シトリィ♥もっとぉ…おっぱいっ♥ん…触って下さ…い♥」
「うぅっ///何…これ…///頭働かない…なのに、もっとスフェンが欲しいよ…///触りたい…責めたい…感じたいっ!!///」
最初は暴走を止めようと思っていたシトリであったが、即座に思考が色に支配される。
それもそのはず、真の魔物…真のサキュバスとして目覚めたスフェンが、催淫魔法を無意識に使い、シトリの性欲を爆発的に高めたのだ。
「大っきなおっぱいも、大っきな乳輪も、大っきな乳首も全部っ♥全部シトリの好きにして下さいっっ〜〜あっ♥♥」
そんな事など露知らず、スフェンは乳房を力任せに握られ、乳輪を締め上げられ、乳首を抓(つね)られて更に乱れるのであった。
「うおおおっっ!!///」
「あああっ!!激しいです!♥そんな激しくしたら私おかしくぅっっ!?♥♥そんにゃ♥射精しながっ♥りゃ、突かれてますぅっ♥♥」
そして無意識且つ初めて使う催淫魔法は制御などされておらず、瞬く間にシトリを色に狂う淫獣へと変えてしまった。
ドクドクと止めどなく精液が膣と子宮に注ぎ込まれて溢れ、二人の動きと共に汗と白濁液が飛び散った。
「あひっ♥も…らめぇ♥イッちゃいますっっ♥♥」
「あぁっ!!イけ、イけぇーっっっ!!!///」
「ふあぁーーーはぁーーーんっっ♥♥♥」
垂れ流されたていた精液だが、一際大きく突かれると同時に尋常じゃない量のが叩き込まれた。
当然その射精の快感でシトリは絶頂し、スフェンも身体をビクビクと震わせたまま崩れる様にシトリに倒れ込んだ。
スフェンの絶頂により魔法の解けたシトリは、息も絶え絶えスフェンの身を案じた。
「ごめんよ…僕がだらしないから…嫌だったよね…?」
「…ううん、全然♥とっても気持ち良かったですよ?♥サキュバスって…魔物ってすごいです。あんなに乱暴に滅茶苦茶にされたのに…ん♥シトリの精子をまだ欲しいってキュンキュンするんです♥」
「あっはは、そっか;」
そう淫らな笑みを浮かべながらシトリの右手を取ってぐちゃぐちゃな秘所に押し当てるスフェンに、シトリは最早笑うしかなかった。
「…うん、決めた。僕は学者になるのは諦めるよ。ここでスフェンと暮らす。」
右手を引っ込め左手でスフェンの頭を撫でながら、シトリはそう宣言した。
そんなシトリをスフェンは嬉しそうに、それでいて心配そうな瞳で伺っていた。
「いいんですか…?ここに暮らすのは兎も角、学者になるのを諦めるなんて言って…?」
「いいさ。言ったでしょ?学者になる事よりもスフェンの方が大事だって。まずは身体を鍛えるよ。スフェンの性欲について行けるくらいに…ね。その後この街で新しい仕事を探すさ。けど、これで僕の十年は「空白」になっちゃうな…。その空白の分…埋めてくれるかい?///」
「もちろんです!♥会えなかった分の「空白」も合わせて…埋めていきましょうね♥♥」
そう嬉しげに言い、スフェンはシトリを強く抱き締めた。
そんなスフェンにシトリは、感謝と嬉しさに頬を緩ませて目を閉じると、想起される思い出と共に眠りに就くのであった。
「ん…あれ?スフェンは??」
朝起きるとスフェンの姿ない。ボーっとした頭が、昨日の行為を思い出させて顔に火を噴かせて股間を脹れさせた。
「こ、こんなんじゃいけない…///」
シトリは頬をピシャピシャ叩くと服を着て部屋から出る。すると、
「遅かったですねっ!!さぁデートに出発ですよ!♪」
「え?え!?///」
突然スフェンに手を引かれ、街中へと引きずり出された。その服装は胸こそ大きいが十年前を髣髴させる人間そのままの姿であった。
「人の姿に戻れるの!?いや、それよりデートって!?///」
「この街は十年前と比べると随分大きくなりました。まだまだ見せたいところがいっぱいあります♪だから…一緒に見て廻ろ♥あ、角とかは魔法で消してるだけですよ!魔物ってすごいんです!!」
「あはは、なるほど…。それじゃあ早速行こうか!」
「うん♥」
こうして二人は手を繋ぎ直し、どちらともなく笑顔を向けて街中へと一歩を踏み出すのであった。「空白」を幸せで埋める為に。
〜おまけ〜
「貴方があまりに可愛いから、からかいたくなってしまったの♥ごめんなさい♥」
魅了に失敗したリリム、ロロネは青年に可愛らしく謝罪した。
青年が頬を赤くする遥か後方では、サキュバスが魔力を送り続けて妨害していた。
ロロネはその健気で必死なサキュバスの姿に笑い、笑いながら三年前のあの日を思い出した。
『死ぬ訳にはいかないんです!まだ私は彼に想いを伝えていません!彼に…シトリと一つになる為だったら、魔物にでも何にでもなりますっ!!』
(まさか私が魔物に変えた子が、私の魅了を打ち破るなんて…幸せにね♥)
ロロネはこれからの二人を想像して、祝福する心を胸に秘めて一人笑うのだった。
馬車をガラガラ響かせながら御者は、声だけで荷台に乗る青年を起こす。
「う…あの外壁…間違いない、ルージュリナだ。」
眠い目をこすりながら短い金髪に薄い黄色の瞳を持つ青年、シトリは、それでも神妙な面持ちで見えてきた外壁を見つめる。思い出すのは数日前の叔父と父の会話だった。
「ルージュリナが親魔物領になり…魔界化したそうだ。」
「なに?あんなにも大きく栄えていたルージュリナがか?」
久々に家を訪れた叔父は父に向けてそう言い、父は顎鬚を弄びながら懐疑的な目を向けていた。
「お前の住んでいた頃はな。最近では花はともかく鉱石が全く取れず、徐々に衰退していったらしくな、そこを突かれて街長共々魔物に襲われ、陥落した…って噂だ。」
「ぬぅ…十年…十年も経てば変わるか。あの美しい街がな…残念だ。」
「ねぇ叔父さん!ルージュリナには行ったんですか!?」
辛抱堪らずシトリは会話に割って入り聞いた。二人はギョッとしてシトリを見つめ、叔父は咳払いをすると話し出した。
「いや〜、行ってはいない。ルージュリナの近くの町まで行って話を聞いたんだ。噂話とは言え、親魔物領の土地など怖くて近づけんよ。」
「シトリ、お前ルージュリナに何かあるのか?」
「いやその、ルージュリナにはたくさん思い出があるから…だからどうなってしまったのか確かめたいんだ…あの子の事も…。」
「あの子…?それはまさか隣に住んでいた宝石商の所の御令嬢の事か?」
「う…覚えてたんだ…;」
「覚えているとも。私の仕事の都合とは言え、お前にとって初恋の子にあんな別れ方をしたのだからな。」
「は、初恋だなんて、それとは違うよ!!///」
「…しかしそうか…シトリ、どうしてもルージュリナに行きたいか?」
父は恥ずかしがるシトリを無視して肩に手を置くと、真摯な目で伺った。
「…あぁ、行きたい!確かめなきゃいけないんだ!」
「ならば馬車を用意しよう。準備しなさい。」
「お、おい!ジバル!いいのか自分の息子をっ!?」
「いいのさ兄さん。こいつがこんな感じになる時は必ず何か行動を起こす時だ。どうせ駄目だと言ったところで夜逃げなりなんなりしてルージュリナへ向かう…ならば手を貸すさ。それにこいつはもう二十歳だ。自分で考えられるさ…」
「う…;」
すべてお見通しな父に頭が上がらないでいると、父から旅行用のバックと短剣を手渡された。
「これは私のお古だ。お前にやろう。」
「父さん…。」
「…幸せに、な。」
「へ…?」
最後に父はそんな言葉を呟いたような気がしたが、良く聞き取れなかった。
そんなこんな物思いに耽っていると、いつの間にか壁門を通り過ぎて街中へと入るところであった。
「…戻って…来たんだよな…?」
シトリはポカンと口を開けたまま街中を見渡す。
外壁から先にあるこの広場から見る景色に記憶との違いがあまりない。しかし明らかに歩いている人が少ない。そしてその歩いている人に紛れて、魔物が極自然に歩いていた。
「ありがとうございます!それでは!」
「おう、気を付けろよ。」
御者と別れ、記憶を頼りに昔の家までの道を辿り出す。
「…う〜ん、十年前の記憶じゃ流石に無理かなぁ…どこだろうここ?「トリコロミール」?…カフェかなこれ??」
今歩いている広い通りは、シトリの記憶には存在しなかった。周りの家屋を見ると比較的新しい建物である事が分かり、十年の間にできた通りである可能性が高かった。すなわち迷子なのだと確信し、頭を抱える。
「…仕方ない、ガイドセンターはまだ残っているはずだから、そこで道を聞くかな…あ、ここがどこかもわからないじゃん;」
「もし?お困りかしら?」
「うっ!!?///」
シトリが一人唸っていると、そこに美しい女性の声がして即座に振り返った。
そこにいたのは銀の長髪を棚引かせ、胸元をざっくり開いた赤いドレスを身に纏う絶世の美女だった。しかし、妙だった。その人の姿を見た途端、否、声を聴いた途端に、頬が熱くなり身体が金縛りにでもあったかの様に上手く動かないのだ。
身体の中で唯一動く箇所があったが、その部位は何と陰茎。陰茎のみがムクムクと膨張を始めたのだ。
「見たところ迷子の様だけれど…どうかしら?私が迷わない様に行きたいところまで道案内してあげよっか?♥」
「あ…あ…///」
妖艶に微笑む美女の姿に、目が離せない。ドレスの左サイドにはスリットが入っており、チラリと白い太腿が見え隠れする。
そこでシトリは思ってしまった。
(僕はこの人に誘われてる…///)
「そう…いい子…♥」
そう思った途端足が自然と美女の方へと歩き出す。
(…シトリ!)
そんな時、シトリを呼ぶ声が聞こえた。…忘れもしない、あの子の声だった。
「………!!駄目だっ!!!」
「えっ?嘘…!?」
シトリは頭を掻き毟り大粒の汗を掻き、息も絶え絶えその人を睨みつける。
白で統一された双角に羽、そして尻尾を生やした姿は、サキュバスの様にも見えたが、何処か凄みや高貴さを感じさせていた。
魔物は、赤い目を丸くしてシトリを見ていた。
「一体どうして…ん?あれは?…あら!?…あらあらまぁまあ!!クスッ♥そういう事ね♥」
「はぁ…はぁ…?…その、すみません。僕には会わないといけない人がいるんです。申し訳ありませんが、誘いには乗れません。」
魔物が何処かを見て楽しげな顔に変わるのを少し不思議に思ったが、心に余裕のないシトリはきっぱりと誘惑を断ってみせた。
「そうでしょうね♥こちらこそ悪かったわね。貴方があまりに可愛いから、からかいたくなってしまったの♥ごめんなさい♥」
魔物の舌をチロッと出して可愛らしく謝る姿に、再度顔が猛烈に熱くなり股間のモノがそそり立ち始めた。が、またもあの子の姿が頭に浮かび、熱と股間のを鎮まらせた。その様子を見て魔物はお腹を抱えて笑っていた。
またからかわれたと気付くが、不思議と怒りが湧いてこない。むしろその人が笑っている姿を見ているだけで幸せな気分になる。
(え…?何故…!?)
そこでシトリはハッとし、すぐに周りを見渡してゾッとする。通りにいるほぼ全ての人が、その魔物に見惚れていた。そして見惚れていない者は憧れ、或いは神でも見るような羨望と淫らな視線を送っていた。
「い、いえ!分かってくれたなら大丈夫です!」
この魔物は異常だ、規格外だと、シトリはその状況を作りだしている魔物に畏れを抱き、すぐにその場を離れる事を決心する。
「許してくれるのね!ふふ、ありがとう♥それでは失礼するわ…ご機嫌よう♥あ、それと貴方が探しているものはこの通りのすぐ右隣りの道を歩いた先にあるわ。」
「えっ!?なんでっ!?ちょっと待っ…」
「ロロネ姉さま♥」
「っ!!」
驚きのあまり魔物を方へ振り向き問おうとするも、もう一体同じ種族と思われる青いドレスを身に纏った魔物が、空から優雅に下りて来たため慌てて止まる。
「見てたよぉ♥魅了に失敗するだなんて美への意識が足りないんじゃないの?♥」
「仕方ないでしょう?邪魔されちゃったんだもの。それよりも美への意識が足りないんだなんて言うようになったわねデルフェニ?」
「だぁってそうでしょう?現に男逃しちゃってるんだもん♥」
「ほんと言うわねぇ!いいわ!ならどちらが魅了で多くの男性を…………」
「…さて!さっさと行くかな;」
口喧嘩を始める魔物に嫌な予感がしたため、シトリは足早にその場を離れるのだった。
「本当にあった…。僕の家だ。でも…」
魔物の言う通りに歩いていると、探していた嘗(かつ)ての家へと辿り着いた。しかしそこに、宝石商を営んでいた隣の家は、土台すらない更地へと変わってしまっていた。
最悪の結末を予想して鼓動が早くなり足が震えた。
「そんなところで立ち尽くしてどうしたんですか、シトリ?」
不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
こんなにも会いたかったのに、いざ顔を合わせるとなると緊張と、一抹の不安で胸の鼓動が早くなる。
シトリは意を決してゆっくりと振り向いた。
「入らないんですか?そこはあなたのお家ですよ♪」
絹の様な白い長髪、そして如何にも好奇心旺盛といったキラキラした青緑色の瞳で微笑む姿は、正しく彼女であった。
「スフェン!!」
「うん!スフェンです♪」
嬉しさのあまり、目頭が熱くなる。が、別れた時のスフェンの姿と違う事に気づいて狼狽える。
彼女からは赤黒い角と羽、尻尾が生えており、耳も長い。服装というのも、はち切れんばかりの双丘を、ケープの様なもので上から覆い隠し、生地が腿までしかない前掛けの様なものを身に纏っただけの極めて破廉恥なものであった。
「魔物…サキュバス……」
「…うん。サキュバスになっちゃった。」
顔を見れない。
当然服装の事もあって顔を合わせるのが恥ずかしい。しかし、会いたかった人が魔物と化していたと知って、どんな顔をしたらよいのかわからなくなってしまった。
「とりあえず、中に入りませんか?♥」
「あ、あぁ…」
シトリは促されるまま家へと上がり込む。そこに広がるのは、十年前と変わらぬ景色だった。
この家での生活が、スフェンと遊んだ日々が目に写る。
「わかる…この家に入ってすぐの部屋は、こんな間取りだった…!ソファも…食卓のテーブルも…懐かしい…」
「シトリ〜、お腹すいてますよね?お昼ご飯にしますよ!わたしね、料理つくれるようになったんですよ!♥」
「えっ!?あ、ああそうだね!スフェンの手料理か…初めてだな!はは!///」
「…んもう…すぐできるから待ってて下さいね…。」
シトリは避けるようにスフェンから目線を外した。
スフェンはぷくっと頬を膨らませて一言いうと、キッチンへと向かう。その後ろ姿を、シトリは複雑な表情で見るのだった。
(僕は一体…スフェンとどう接したらいいんだ…?やっと再会出来たのに魔物になってて…わからないよ…)
シトリがそんな事を思いながら見つめていると、スフェンは調理を始めた。シトリは改めて今のスフェンの容姿を見る。
サキュバス特有の角や羽、尻尾は有るものの、元から低い背丈はあまり伸びていなければ顔も童顔で、当時のまま時間が過ぎていない様にも見えた。しかし、彼女の胸元でたゆんと揺れる豊満すぎる乳房が、謎に時の流れを感じさせた。
(う〜ん、スフェンのおっぱいで時間を感じるとか…再会した相手に対してあんまりではないか…?)
「…出来たけど、大丈夫ですか?」
頭を抱えながら唸っていると、目の前に心配そうに顔を覗きこむスフェンの顔があった。
シトリは驚きのあまり声も出ずに後ろに飛び退いた。そんな有様にスフェンは、目に見えて肩を落として今にも泣き出してしまいそうな顔になってしまう。
「…あ…」
そこでようやく、シトリは自分の犯した間違いに気づく。
「ち、違うんだ!これは…」
「ううん…知ってます。「魔物」…なんですもんね…。」
「違うんだ…本当に…そうだ、ご飯…お昼ご飯食べよう…?」
「…うん。」
スフェンは寂しげに笑った。ズキッと胸の奥が痛くなる。
気まずさからテーブルを睨んでいると、見た事ない野菜中心の料理が並べられていく。
「お、美味しそう…」
並べられた料理はどれも輝いて見え、まるで宝石をそのまま料理にしてしまったかのような魅力を放っていた。お腹も鳴り、涎が口の中で増産される。
シトリの暗い気持ちは、料理の前に何処かに行ってしまった。
「…良かった♥どうぞ召し上がれ♪」
「いただきます!」
シトリの素直な反応にスフェンは少し元気を取り戻し、昼食を促す。
シトリも食欲のまま料理にがっついた。
まず何の変哲もない丸パンと、血の様に赤いゼリーが目に入る。ゼリーからは仄かに甘い香りがし、パンとの相性は言わずもがなである。
パンを食べ終わると次にメインディッシュと思われる野菜料理に手を伸ばす。
噴かしたジャガイモの様な芋を中心に挽き肉と、水が固まったかの様な野菜が円形に添えられ、透明なソースが掛かっていた。芋と挽き肉のこってりした味が口いっぱいに広がるも、ソースがその味を調えているのか飲み物の様に食物が喉を通過する。
デザートに青い小さな実が皿に一粒入っていた。一瞬「これだけ?」っとも思ったが違い、強い酸味が口の中をさっぱりさせてくれた。
「ご馳走様!驚いたよ!スフェンのご飯とっても美味しかった!」
「本当!?良かった〜♥それじゃあ食べ終わった事ですし、行きましょうか…デート♥」
「デッ!?///」
「あはは、冗談♪冗談ですよ♥一緒に街を見て廻りませんか?!変わった所も変わらない所も見に!」
顔を真っ赤にするシトリの顔を見て、スフェンは楽しそうにはしゃいで笑顔を向けた。その姿が、昔見た悪戯を成功させて笑うあの頃のスフェンと重なり、気づかされるのだった。
(確かに変わったのかもしれない…ううん、変わったんだ。でも、スフェンは…スフェンの笑顔は何も変わってなんかいなかった…!僕はこの笑顔に…///)
「街か…うん!一緒に行こう!」
「あっ!?♥///」
シトリは一人嬉しくなりスフェンの手を取りドアへと向かう。
スフェンも突然の行動に驚くも、すぐに幸せそうに目を細めるのだった。
そうして二人は街を廻った。昔からある花屋に入って花を眺めたり、新しく出来たアクセサリー店の並ぶ通りを巡った。
そして二人にとって思い出深い、街を一望できる丘の上まで来た頃には、陽が落ち始めていた。
「未だに信じられないよ。この街が…街周辺が魔界だなんて…。」
十年前の姿をほぼ残している景色をボーっと見つめながら、シトリはそんな事を呟いた。
スフェンも景色を見ながらシトリの隣に並ぶ。
「『明緑魔界』ですからね。この魔界を作ったのは街長の奥さんで、ヴァンパイアって種族なんですけど、「ヴァンパイアだって人と共に歩めるんだ」って、その象徴としてこの魔界に変えたって言うんです。説明は省きますけど、ヴァンパイアみたいな魔物が魔界に変えれば、普通は薄暗い唯の魔界に変わるんです。そう思うと並大抵の決意ではないんだなって…凄い人なんだなって思わされちゃうんですよ。」
「そうか…、なんか物知りになったね。」
「ふふん♥たっくさんお勉強しましたからね!…シトリは向こうでは何をしてたんですか?やっぱり学者のお勉強?」
スフェンにニコニコと笑顔を向けられて照れるも、自身の今までを話し始めた。
「…そうだね。ひたすら勉強をしていたな。父さんみたいな地質学者になる為に、頑張ってたから…今もまだまだだよ。…スフェンは?」
「私は…いろいろあったかな…。」
そう言うスフェンの寂しげな笑顔は、この先二度と忘れる事はないであろう。それほどまでに印象的で悲しいものであった。
「聞いたかもしれませんけど、シトリたちが引っ越して二年くらいかな?宝石が突然採れなくなって、私たち含めた宝石商は、どんどん潰れていってしまいました。それでもお父さんは、私に不便のない生活をって働いて…働いて…」
「もういいよ!スフェンが辛いだけだよ!!話さなくて、大丈夫だよ!」
シトリは声高に止めた。スフェンの顔色が悪く、話すのが辛そうだから。しかし何よりシトリ自身がその先の話を察してしまい、怖くて聞いていられなかったのだ。
そんなシトリをスフェンは悲しげな笑顔を向けて肩に手を置き首を振った。
「ありがとう…でも、シトリには知っておいてほしいから…全部。」
「スフェン…。」
その手は、小刻みに震えている。だが本人の確かな意思が伝わって何も言えなくなる。
「…お父さんは働きすぎて死んじゃいました。お金も無くなっちゃってお家も潰れて、お母さんと共に孤児院で住み込みで働くことになったんです。それが六年前。そしてここから本当に重要な事ですよ。…三年前、私が魔物になった日の事…。」
「魔物に…なった日…。」
その言葉に息を飲む。
スフェンもそうは言ったものの目を瞑り口をなかなか開かず、それだけで辛い出来事だというのを感じさせた。そして遂に、目と口を重々しく開いた。
「…三年前、この街を原因不明の病気が流行しました。とっても高い熱が出て、死んじゃう病気。今はもう大丈夫だけど、お母さんもこの病で死んじゃって…そして私も…この病に罹ったんです。」
「まさか…」
頭に浮かんだ答えで戦慄する。
スフェンはまたも寂しげに笑顔を向けながら告げた。
「うん…。魔物…サキュバスになる事で死なずに済んだ…。丁度その頃に街長の奥さんになる人がこの街に現れて、その仲間と共に街に尽力してくれました。そうして晴れて街は復興して、私は嘗てシトリが暮らしてた家が売りに出されていると知って、借金をして住み着き、今に至る…って事。…ごめんなさい。暗い話で…」
「そんな事ない!!」
「…っ!?♥///」
シトリはそう叫ぶとスフェンを強く抱き締めた。
その抱擁は、辛い時に傍に居てあげられなかった懺悔と、再開時の態度の後悔と、何も知らずに生活してきた自分への怒りを孕んでいた。
「僕の方こそごめん!魔物ってだけでスフェンを恐れて…どんな生活を強いられてきたかも知らずに…!」
「そんなことないですよ。私がお父さんにもお母さんにも、くれぐれもシトリには現状を伝えないでって、お願いしてたから…。」
「え…なんで…?」
「もし伝えたら、シトリは学者にならず私の所に来ちゃったでしょう?シトリには…私の所為で夢を諦めさせたくなかった…。」
「いいんだ!そんなの…学者よりも…スフェンが大事だ!」
「シ、シトリ…!♥」
「スフェン、僕の手を見て…。」
「えっ?…っ!!♥♥」
シトリの手の上には、美しい装飾の成された純白の小箱が乗っている。そしてその中に、黄色の水晶があしらわれた銀色の指輪が飾られるかのように入っていた。
スフェンは驚きと嬉しさのあまり声を失った。
「僕と…結婚してください。僕は、君が好きだった。興味津々で見つめてくる目も、悪戯を仕掛けては笑うその顔も…ずっと見てたかった。ずっと…隣にいたかった…。だからこれからは、一緒に居てくれるかい?///」
スフェンにとって、待ち望んでいたものだった。十年前、否、シトリと出会い徐々に恋をしてからずっと夢見ていたものであった。
スフェンの顔に、幸せな笑みと一筋の涙が零れる。
「…はい!♥ずぅっと一緒ですよ♥シトリ!♥」
その言葉を聞き届け、シトリは恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑い、箱から指輪を取り出してスフェンの薬指にはめてみせた。
そして二人はそのまま顔を見合わせて極自然にキスをした。長く深くキスは続いて、名残惜しげに唇が離されるもお互い見つめ合ったまま固まった。
「…行こうか。僕たちの家に…///」
「うん…♥」
シトリがようやく口を開いてそう言うと、手を繋いで丘を下り出した。そして家のある通りに着いた頃には辺りはもうすっかり暗くなり、魔灯花がポゥっと二人を祝福するかのように優しく照らしていた。
家に着いてドアを開けると、シトリはスフェンに連れられシトリが嘗て使っていた部屋へと入った。
その部屋も他の部屋同様に以前の姿のままの様にも見えた。だが、辺りからは、スフェンの芳香がベッドを中心に漂っていた。
「いつも…この部屋で寝てたんだね?///」
「最初は別の部屋で寝てたんです♥でも段々…この部屋で寝る様になっちゃいました♥」
そう言うとシトリの後ろからスフェンがぶつかった。態勢を崩す程の威力すらなかったが、背中から伝わるふにゅんとした柔らかな感触を即座に察してビクンッと身体が跳ね上がらせた。
「ふおあっ!?///えっ!?何してるのスフェン!?///」
「あはは!変な顔!」
シトリが顔を真っ赤にして照れるのを他所に、スフェンはお腹を抱えて笑っていた。
シトリはスフェンの悪戯で笑う遠い日の姿に、羞恥から子供の頃に戻ったような気持ちになり満面の笑みを浮かべた。
「やったな!そんな悪戯っ子のスフェンには…こうしてやる!」
「ひゃん!♥あは!やめ!脇弱いの!んはははっ!!」
シトリはスフェンの後ろに周ると脇を擽(くすぐ)った。
スフェンは身をよじって擽りを嫌がったが、本気で嫌がってる様子はなく楽しそうであった。
「お返しです!おりゃっ!」
「横っ腹は駄目だって!くくくっ!ちょっ…いひっ!このぉ!」
「あひひ!それそれ…きゃっ!?」
「スフェンッ!!」
お互い擽りじゃれついると、スフェンはベッドに足を引っかけて態勢を崩した。シトリは慌てて庇いに掛かり、そのまま二人一緒にベッドへ倒れた。
気づけばシトリがスフェンを押し倒している様な態勢になっており、ケープ状の服もずれて大きくも美しい乳房が丸見えになっていた。
シトリの顔にボッと熱が集中する。
そんな中スフェンは照れるでもなく変わらず満ニコニコと笑みを浮かべていた。
「また変な顔してますね!シトリの変な顔もっと見たいです♪」
そう言うとシトリの右手を取り、己の乳房に押し付けてしまった。ふにゅりとした柔らかな乳房に、シトリの手は沈み込んで掌から先が埋まってしまった。
「ううぇっほわっー!!///」
「あはははは♪楽しい!面白いです♥」
シトリは乳房に手が包まれる感触に奇声を上げ、その顔を見たスフェンは満面の笑みを浮かべて大笑いするのであった。
「顔真っ赤っか!♪シトリの見た事ない顔…最高に楽しい…愉しいです…♥」
スフェンは右手を放してベッドに座ると、今度はシトリに抱き付いた。
これはスフェンが満足している時に取る行動で、こんなところも変わらないんだなと思う一方、あの頃にはない乳房の感触に、ペニスが勃起を始めてしまった。
「えっと…そろそろ離して…」
「ん?何かお腹に当たってますね?」
「待って!!」
止める間もなくスフェンは抱擁を止めると、シトリの股間を注視した。シトリは慌てて隠すも、手遅れであった。
「勃起してましたよね今…私のおっぱいで?」
「違っ…これは……ごめん!」
「嬉しいです!♥」
「えっ?…ってのあっ///」
予想外の反応に動揺していると、スフェンは服を取り払い今度はシトリの両手を掴んで乳房にグリグリと押し付けた。
「シトリがおっぱい好きで安心しました♥大きすぎるくらい育っちゃいましたからね。それに昔から抱き付いて押し当ても何にも反応しませんでしたから、少し不安でした♪」
「待って。昔から…?」
「はい!昔からです♪♥因みにこのおっぱいは魔物になる前からの天然おっぱいですよ!」
「えぇ…。じゃあ、さっきみたく抱き付くのもまさか僕にだけ…?」
「そうですね、シトリにしかあんなふうに抱き付くことはありませんよ。で、どうですか!?私のおっぱいは気持ちいいですか!?」
(え?じゃあつまりスフェンも昔から僕のこと好きで、めっちゃ積極的にアピールしてたってこと…?)
目を輝かせながら感想を迫るスフェンに対して、明かされた衝撃の事実にシトリは一人困惑して目を伏せた。
「はぁ〜…僕の鈍感…。」
「…?どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ!おっぱいの感触だったっけ?!…おっぱいの…感触……感触……///」
シトリは慌てて乳房の感触を確か為に揉んだが、押し込めば底なしに手を沈ませ、止めればゆっくり押し返されるその圧倒的な触り心地に手が止まらず、どんどん呼吸を荒くさせていった。
その有様にスフェンはまたも面白げに笑った。
「やん♥シトリの手、どんどんえっちな触り方になってきました♥気持ちいいんですね!♥やったぁ♪♥それじゃあ今度はシトリのおちんちんを見せて下さい!♥」
「ちょっとぉっ!!?///」
そう言うと瞬く間にシトリの手を離して押し倒し、ズボンに手を掛けた。シトリは脱がせまいと大暴れしたが、魔物と化したスフェンの腕力の前には無意味だった。
「ふわぁ…!これがシトリのおちんちん…♥雄臭くって大っきくて、素敵です♥」
「もう…やだよぉ…///」
抵抗虚しくパンツ毎ズボンを脱がされ、勃起して反り勃つペニスを曝け出してしまった。
目を輝かせながら凝視するスフェンに、シトリは恥ずかしさと居た堪れなさで顔を伏せてしまった。
そんな事など他所にスフェンはペニスに顔を近づけて臭いを嗅ぎ、恍惚な表情を送っていた。
「こんなの…我慢できません♪♥ハムッ♥」
「ああぁっ!!///」
しばらく見つめていたスフェンであったが、内に芽生えた欲望に任せて遂にペニスを口に咥えた。
シトリから悲鳴にも似た喘ぎ声が上がる。
「ジュッ…フ…パァ…♥面白い声〜♥シトリの面白い声、もっと聞かせて下さい♪♥ハプッ!♥…クポ…クチュ…」
「ダ…メだぁ///スフェン〜///」
「ンヒュッ!♪♥」
シトリはその初めて受ける快感に、敢え無くスフェンの口内に射精してしまう。
「…この口の中にへばりつく臭くて濃厚なの…これが精液…♥美味しすぎて最高すぎて…あぁ♥上手く言い表せません…♥」
スフェンはうっとりとした表情でそう呟くと、萎えた肉棒を己の乳房の間に挟み込んだ。
「な、何を…?///」
「決まってます♥シトリをもっと気持ち良くして、もっと美味しい精液を飲むんです♥ところで…挟まれるのは気持ちいいですか?好きですか?♥」
「あぐっ…///気持ちいいよ…///おっぱいがすっごく柔らかくて包み込まれるのに、しっかり圧迫もされて…うあっ!///さっき射精したのにまたっ…勃つっ!///」
「あはっ♪♥勃ちました!♥どんどん私のおっぱい感じて下さい!♥」
「待って!!///そんな激しっっくあぁー!!///」
ニュップニュップとリズミカルにしごかれ、即勃起したペニスは乳房の中で即射精された。
「ん〜美味しい〜♥っと、シトリ大丈夫?」
「…大丈夫だけど…ずるいよ…。僕だってスフェンを事気持ち良くしてあげたいのに…じゃなくて!」
「そっかぁ♥それもそうですね!それじゃあ私をたくさん触って、たくさん気持ち良くして下さいね♥」
シトリの訴えにスフェンはニヘッと嗤い、残っている衣服を外すとベッドに仰向けに寝転がって誘った。
「…綺麗だ…。まるで…まるで神様みたいだ…///」
「嬉しいです♥なら私は、シトリだけの女神様になってあげます♥さぁ、触って下さい…♥」
シトリは生唾を飲み込むと、自身も衣服を脱ぎスフェンの上へと来て手を乳房の上へと乗せた。
「…それじゃあ遠慮なく…揉むよ///」
「あん♥やっぱりおっぱい…ふふ、くすぐったいです♥」
シトリは乳房を揉む行為に興奮で息を荒くさせていき、その手もどんどん厭らしくなっていく。それに合わせてスフェンの息も艶っぽくなり表情も微笑みからトロンとしたものに変わっていった。
色欲に満ちた目と快楽に蕩けた目が合う。そしてどちらからともなく唇を重ね、舌を絡めた。
息が苦しくなり唇を離すと、二人の間に銀の架け橋が築かれていた。
「スフェン…気持ち良い…かな?」
「うん…♥シトリの手付きが厭らしくって、温かくて…愛されてるのが分かってとっても幸せ♥気持ちいいです…♥」
「っ!///チュビッ!チュッ…チューー///」
「きゃふっ!!♥」
シトリは蕩けながらも微笑むスフェンを、もっと堪能したい、もっと気持ち良くさせたいと、目に付いたピンク色の乳首を両方とも口に入れた。
「乳首っは♥やっあぁん♥♥」
スフェンは乳首を目一杯吸われる快感に、口をだらしなく緩ませ嬌声を上げた。その様にシトリの責めはヒートアップする。
右の乳首を解放すると、左手でぷっくりした乳輪毎鷲掴んで揉み上げ引っ張り、乳首をシコシコとしごく。
左乳首も目一杯吸い、舌で舐め転がして刺激を与える。そしてあまった右手を、遂に秘所へと這わせるのだった。
中指と薬指は溢れ出る愛液によってすんなり入り、淫らな水音を立てた。シトリはグチャグチャと指を出し入れしては膣内を擦り掻き混ぜた。
「ああっ!!♥んあっはぅんんんっ♥あっーー♥♥」
スフェンはシトリによる責めに、最早叫びと化している喘ぎ声を上げて、程なくして一際大きく身体を震わせ強張らせ痙攣した。
「気持ち良い…♥おっぱいも膣内も…気持ち良いよぉ〜♥」
「っ///…スフェンもう、挿入れていいよね…?///」
涙目になりながらも淫らに笑うスフェンの姿に、シトリの興奮は最高潮に達し、ペニスを愛液に塗れた秘所に押し当てながら聞いた。
「うん♥一つになって、一緒に気持ち良く…なろ?♥」
「行くよ…スフェンッ!///くはっ!///」
「ああぁんっ!♥♥」
シトリのペニスが、スフェンの秘所に挿入り込む。結合部からは愛液に混じって血が滴った。
「うっ…ギチギチで…キツい///ハッ、スフェン!痛くない?痛いよね…ごめん。」
シトリは己の衝動的にとってしまった行動に眉を八の字にして落ち込んだが、そんな顔を見たスフェンは頭を優しく撫で、笑顔を見せつけた。
「ふふ♥心配し過ぎですよ♥シトリとやっと繋がれて…幸せ過ぎちゃって気持ち良過ぎちゃって…痛いなんて感じる暇、ありませんでした♥…さぁ、思う存分…動いて下さい…ね?♥」
「スフェンッ!///」
「ぁんっ♥そう!それです!♥気持ち…良いでっふぁあっ♥♥」
スフェンの言葉と誘惑に、シトリの理性は遂に外れて腰を動かし始めた。その動きはぎこちないものであったが、じっくり味わう様な身体を大きく動かした緩急あるものであった。
スフェンも歓喜の嬌声を上げながらシトリの頭を抱き、自らの胸の谷間へと押し付けるのだった。
「もご…スフェン…///スフェン…///ンチュッ!」
切なげに名を呼びながら谷間から抜け出すと、再び唇を重なて舌を絡めた。
動きも徐々に激しくなっていき、舌も離された。
「スフェンッ!///もう、射精ちゃうっっよぉっ!///」
「はいっ!!♥膣内に…下さいっ!!♥」
「うああっ!?///射精っっる!!///」
激しくなる動きにスフェンは足でシトリの身体を挟み込んで膣内を締め付けた。
その快感にシトリはスフェンに中出し絶頂をキメてしまった。
「はぁ…はぁ…///射精しちゃった…スフェンの、ナカに……ぬ、抜かなきゃ…あぁあっくっっ!///…そんな…僕のチンコ…まだこんな…!?」
絶頂して我に返ったシトリは、快感に悶えながらも何とかペニスを引き抜いた。そして射精して尚硬いままのペニスにドン引きする。
「気持ち良い…♥こんなにも中出しが気持ち良いだなんて…我慢なんて出来ない…もっと欲しくなっちゃうじゃないですかっ!!♥♥」
「あぁっ!?///どうしたのスフェッあぅわーーっ!!?///」
そんなこんな余所見をしていると、完全に淫らな魔物としてスイッチが入ってしまったスフェンが、シトリを押し倒してそのまま騎乗位を始めてしまう。
「シトリィ♥もっとぉ…おっぱいっ♥ん…触って下さ…い♥」
「うぅっ///何…これ…///頭働かない…なのに、もっとスフェンが欲しいよ…///触りたい…責めたい…感じたいっ!!///」
最初は暴走を止めようと思っていたシトリであったが、即座に思考が色に支配される。
それもそのはず、真の魔物…真のサキュバスとして目覚めたスフェンが、催淫魔法を無意識に使い、シトリの性欲を爆発的に高めたのだ。
「大っきなおっぱいも、大っきな乳輪も、大っきな乳首も全部っ♥全部シトリの好きにして下さいっっ〜〜あっ♥♥」
そんな事など露知らず、スフェンは乳房を力任せに握られ、乳輪を締め上げられ、乳首を抓(つね)られて更に乱れるのであった。
「うおおおっっ!!///」
「あああっ!!激しいです!♥そんな激しくしたら私おかしくぅっっ!?♥♥そんにゃ♥射精しながっ♥りゃ、突かれてますぅっ♥♥」
そして無意識且つ初めて使う催淫魔法は制御などされておらず、瞬く間にシトリを色に狂う淫獣へと変えてしまった。
ドクドクと止めどなく精液が膣と子宮に注ぎ込まれて溢れ、二人の動きと共に汗と白濁液が飛び散った。
「あひっ♥も…らめぇ♥イッちゃいますっっ♥♥」
「あぁっ!!イけ、イけぇーっっっ!!!///」
「ふあぁーーーはぁーーーんっっ♥♥♥」
垂れ流されたていた精液だが、一際大きく突かれると同時に尋常じゃない量のが叩き込まれた。
当然その射精の快感でシトリは絶頂し、スフェンも身体をビクビクと震わせたまま崩れる様にシトリに倒れ込んだ。
スフェンの絶頂により魔法の解けたシトリは、息も絶え絶えスフェンの身を案じた。
「ごめんよ…僕がだらしないから…嫌だったよね…?」
「…ううん、全然♥とっても気持ち良かったですよ?♥サキュバスって…魔物ってすごいです。あんなに乱暴に滅茶苦茶にされたのに…ん♥シトリの精子をまだ欲しいってキュンキュンするんです♥」
「あっはは、そっか;」
そう淫らな笑みを浮かべながらシトリの右手を取ってぐちゃぐちゃな秘所に押し当てるスフェンに、シトリは最早笑うしかなかった。
「…うん、決めた。僕は学者になるのは諦めるよ。ここでスフェンと暮らす。」
右手を引っ込め左手でスフェンの頭を撫でながら、シトリはそう宣言した。
そんなシトリをスフェンは嬉しそうに、それでいて心配そうな瞳で伺っていた。
「いいんですか…?ここに暮らすのは兎も角、学者になるのを諦めるなんて言って…?」
「いいさ。言ったでしょ?学者になる事よりもスフェンの方が大事だって。まずは身体を鍛えるよ。スフェンの性欲について行けるくらいに…ね。その後この街で新しい仕事を探すさ。けど、これで僕の十年は「空白」になっちゃうな…。その空白の分…埋めてくれるかい?///」
「もちろんです!♥会えなかった分の「空白」も合わせて…埋めていきましょうね♥♥」
そう嬉しげに言い、スフェンはシトリを強く抱き締めた。
そんなスフェンにシトリは、感謝と嬉しさに頬を緩ませて目を閉じると、想起される思い出と共に眠りに就くのであった。
「ん…あれ?スフェンは??」
朝起きるとスフェンの姿ない。ボーっとした頭が、昨日の行為を思い出させて顔に火を噴かせて股間を脹れさせた。
「こ、こんなんじゃいけない…///」
シトリは頬をピシャピシャ叩くと服を着て部屋から出る。すると、
「遅かったですねっ!!さぁデートに出発ですよ!♪」
「え?え!?///」
突然スフェンに手を引かれ、街中へと引きずり出された。その服装は胸こそ大きいが十年前を髣髴させる人間そのままの姿であった。
「人の姿に戻れるの!?いや、それよりデートって!?///」
「この街は十年前と比べると随分大きくなりました。まだまだ見せたいところがいっぱいあります♪だから…一緒に見て廻ろ♥あ、角とかは魔法で消してるだけですよ!魔物ってすごいんです!!」
「あはは、なるほど…。それじゃあ早速行こうか!」
「うん♥」
こうして二人は手を繋ぎ直し、どちらともなく笑顔を向けて街中へと一歩を踏み出すのであった。「空白」を幸せで埋める為に。
〜おまけ〜
「貴方があまりに可愛いから、からかいたくなってしまったの♥ごめんなさい♥」
魅了に失敗したリリム、ロロネは青年に可愛らしく謝罪した。
青年が頬を赤くする遥か後方では、サキュバスが魔力を送り続けて妨害していた。
ロロネはその健気で必死なサキュバスの姿に笑い、笑いながら三年前のあの日を思い出した。
『死ぬ訳にはいかないんです!まだ私は彼に想いを伝えていません!彼に…シトリと一つになる為だったら、魔物にでも何にでもなりますっ!!』
(まさか私が魔物に変えた子が、私の魅了を打ち破るなんて…幸せにね♥)
ロロネはこれからの二人を想像して、祝福する心を胸に秘めて一人笑うのだった。
21/09/17 13:37更新 / 矛野九字