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16歳 再会と運命 |
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メリルの姉を捜して既に二年以上の月日が流れ、俺はすっかり大人の体へと変わっていた。
変わらぬのは銀色の髪と紅い目だけ。身長も伸びれば、声も少し低くなった。ブレスレットは埋め込まれたルビーの輝きを損なわず、ただこの二年九ヶ月の間、俺の腕に輝き続けている。それが俺に憤りを覚えさせた。 去年の春、俺は思わぬ人に再会した。名前はソフィー=クレドリック。俺に魔力の扱い方と、精と魔力の双方を持っていることを明らかにしてくれた世界でも指折りの聡明なケンタウロス。 彼女の流れるような金色の毛はその鍛えられ、またしなやかでもあるその身体と相まって、美というにふさわしい印象を与えるのだ。 −−−−−−−−−− 俺が彼女、師と出会ったのはある都市に立ち寄った時だった。ジパングを離れ、暫くした頃から突然魔法を上手く発動できなくなってしまったのだ。それに伴って、魔力をコントロールして筋力を増加することにも滞りが出始めた。 このままだと、命に関わる。そう判断した俺は、医学、魔法学、その他あらゆる知識、情報がそこに集まると言われている都市『オーデンダイア』へ立ち寄った。 幸い、症状が発症した地点と、オーデンダイアはそう遠くなく、また強力な魔法でその付近には許された魔物しか近づくことは出来なかった。 オーデンダイアは町の中央の巨大な図書館を中心に作られ、そこに住む殆どの人間、魔物が学者や魔導師である。白や水色を基調とした町並みはそのまま神々しく、まさに聖域のような印象を与えた。 俺は図書館に向かうと10階から16階まである魔法、魔力の文献のあるエリアへ直行した。 ところがその数の多さに、俺は生唾を飲んだ。一階の壁が丸々本棚で、上の棚には梯子がなければ届かない。それと同じものがあと5階分もあるのかと思うと頭痛がする。 そんな俺に声を掛けたのが彼女だった。 「もしかして…ワイト、か?」 「え?……ソフィー先生?」 「やっぱりワイトじゃないか、どうしてこんなところに。いや、まず座ろう、ここでたちばなしもなんだからな」 俺は先生に促されるまま、高い椅子に腰を掛けた。先生は立ったまま高めの机に肘をついている。ここの机や椅子はかなり高い。 「もう六年、七年ぶりか?ずいぶんと変わったな」 「当たり前です、俺ももう16ですから」 「どうしてここに?まさか私を捜してということでも無かろう?」 「はい、どこから話せば。あぁ、まず俺の両親は三年前、病気で亡くなりました。俺はそれを機に放浪の旅へ」 「ご両親が…そうか、知らなかった。いずれ、墓にも参らせてもらおう」 「ありがとうございます、両親もきっと喜びます」 俺は軽く頭を下げた。 「放浪の旅か、苦労も多いだろうに」 「まあ多少は。ですがこの体質がかなり重宝してます」 「そうだな、生まれ授かった才能というべきかなんと言うべきか。やはり多くの魔物と戦ったろう」 「はい、幸運なことにサイクロプスのクロアという娘に武器をもらい受けました。俺と相性が中々いいみたいで。ですが、今までに魔物、人間共に一人も死なせてはいません」 「お前らしいな、最小限の被害で済ませようとする」 先生はフフッと笑った。 「ここに寄ったのは、実は先生に会いに来たというのもあながち間違いではないんです。ただ会えるとは思っていませんでしたが」 「どういう事だ?」 「最近、魔力をどうも上手く使えないんです。昔から無意識にしていたコントロールも」 「理由は分からないのか?」 「ええ、それを調べに」 先生は少し考えてから、「よし、付いてきなさい」と言って歩き出した。俺は先生の後を付いていった。 先生は図書館から出ると町の南へ歩き出した。そこは魔導機関を使った医療器具の研究、実用がされているところだった。 「ここだ」 先生が止まったのは研究棟らしき建物の前だった。先生は扉を開けた。 「キース、キース=ベアマンッ、いるか?」 と叫んだ。中は暗く、魔導機関の部品が散らかっていた。 「そんなに大声出さなくても聞こえるよ、ソフィー」 奥から出てきたのはボサボサの山吹色の髪の男だった。顎髭を薄く生やして、タバコをくわえている。 「済まないがここの魔導器具を貸してくれ」 「いいけど、彼は誰だい?」 「ああ、話したことがあるだろう、精と魔力を持つ少年を。彼がそうだ」 「ワイト=クロウズです」 「ああ、君が彼女の言っていた少年か」 「ワイト、彼はキース=ベアマン。ファミリネームは旧姓のままだが、私の夫だ」 夫ね…夫おぉぉっ!? げっほ、ごほっ、けほっ…はぁ、はぁ、お、思わず咽せちまった。 まさか結婚してるなんて思ってなかった。 「初めまして、ワイト君。僕はキース、旧姓なのは学会じゃあそうじゃないと分からないんだ。あと、こう見えてもまだ25歳だよ」 「俺は今旅をしてます、人捜しも兼ねて」 「そうかい。で、ソフィー、どうしてここの器具を?」 「実はな…」 「…そう言うことなら協力しよう、来たまえ」 俺たちは建物の二階へ上がった。そこには人が一人寝れる程の大きなベッドのような物があった。 ベッドの両脇には球状の取っ手がある。 「そこに寝てみてくれ、それからその取っ手に手を置いてくれ」 俺はそれに横になると取っ手に手を置いた。特に変化は無く、俺は訳の分からぬまま起こされた。 「何か分かったんですか?」 「ああ、こっちの画面を見てくれ」 言われた画面には緑と黄色で分けられた円グラフが出ていた。緑が多く、黄色の範囲が少ない。 「これは?」 「これはね、個体の中の魔力や精の量を測る物だよ。普通は魔力か精のどちらかを指定するんだが、今回は特別に二つとも測ってみた。緑が精、黄色が魔力を示している」 「見て分かると思うが、魔力が圧倒的に少ない。普通人間は精を、魔物は魔力だけを使う。それしかないからな。だがワイトの場合は、両方を持っていても使うのは魔力の方が多いんだ」 それがどう関係があるのか俺には分からなかった。 「分からないと言う顔をしてるね。いいかい?君は多分、有しているのは両方、これは間違いない。だが使う時には魔力を使っているんだ。しかし、身体が生み出すのは精だ。だからバランスが崩れる。今は丁度その最中と言うところだろうね」 「それで、俺にどうしろと?」 「まあ、そう急がないで。今僕たちはこれ以外の画面も見ている。君には分からないだろうけどね。そこで分かったことが一つある」 「何ですか?」 「君の中で、精と魔力が融合しつつあるんだ。バランスを整えて、放出しやすくするために」 「融合?そんなことが…」 「まあ、現状での見解だけどね」 「それから、自分の魔力の特性に付いても知っておいた方がいいだろう?」 そう言って先生は俺の魔力の特性について教えてくれた。 まず俺の魔力は『闇』と『炎』に変化しやすいこと。そして怒りによって誘発されやすいこと。そのほかにも色々。 俺は先生の指示により、一週間その町に滞在して経過を見た。すると見事に融合が完了し、今まで通り扱えるようになった。 先生達はこの結果を事例としてまとめはするものの、学会に発表するような真似はしないと言う。理由は教えてもらえなかった。 −−−−−−−−−− そんなことがあって、俺はそれからもメリルの姉を捜し続け、来月で17になろうしていた。 俺は今森の中を歩いている。道もちゃんと引かれていたが、一つ気になるのは周りを良く見渡すと、切り株が目に付くと言うことだ。 俺は不思議に思いながらもその道を進んでいた。 俺は物音と気配に気付き、カタールを抜いて構える。すると木の上から剣を振りかざした何者かが俺に向かって斬りつけてくる。俺は剣を防ぎ、間合いを取ろうとしたが、それは離れることなく俺と鍔競り合った。 「誰だっ?」 「きさま、そのブレスレットどうしたっ!?」 「なにっ?」 リザードマンが怒りの表情で俺の顔を睨んだ。そして俺が離れると、剣を振りかざして襲ってきた。 「答えろっ!」 彼女は怒濤の攻めで挑んでくるが、俺も負けているわけには行かない。俺も反撃を開始した。 俺は振り下ろされた剣を左手で防ぎ、右手で下から斬り上げると、彼女はそれをかわしてダガーも抜き、俺たちはお互いに相手の右手の剣を左手で受け止めて組み合った。 「これは、ずっと前にメリルというリザードマンから預かった物だっ!俺は彼女の姉を捜してるっ!」 「メリル…だと?」 彼女の様子が変わった。剣から伝わる力が弱くなり、俺もそれに会わせて力を抜いた。 「その話、聞かせろ…私はステラ、メリルの姉だ」 彼女は剣とダガーを納め、そう言った。 「…そんな…メリルが…」 「本当だ…つらいだろうが…」 俺は彼女にメリルの最期を伝えた。 彼女は好きになった男を守って、幸せだったと言い、またその男も最期には気持ちに応えた、そして彼女は安らかな顔で逝った、と。 「…そうか…メリルの最期を見取ってくれた恩人に剣を向けるなど…本当に申し訳なかった…」 「いや、気にしないでくれ。これはあんたに返した方が良さそうだ」 俺はブレスレットを彼女に渡した。彼女はその悲しそうな表情でブレスレットを握りしめ、そしてうつむいて大粒の涙を流していた。彼女は声を押し殺して泣いていた。 「…うぅ…メリル…うっ…」 彼女は暫くすると落ち着いた様子で涙をぬぐった。 「本当にありがとう…感謝する」 「いや、俺の方こそ彼女を救えなくて済まなかった…だがこういうのも何だけど、俺の旅に目的をくれた彼女には感謝している」 「…そうか」 「俺は先に行く、ステラは?」 「私は平気だ。ただ、もう少しここにいる」 「そうか、気を付けてな」 「ああ、ありがとう」 俺は彼女をそこに残したまま先に進んだ。 辺りはすっかり暗くなって俺は野宿することにした。だが道の真ん中でするわけにもいかない。俺はもう一方の小道に進み、坂の上でコートを被って眠りについた。 翌朝、まぶしさに目覚めた俺は綺麗な光景を目の当たりにした。 遠くに海を望める丘の上のさほど高くもない崖の上。遠くの海の中から朝日が昇り、目下には青々とした森、その向こうには山が連なり、転々と村が見えた。 「絶景…か」 俺はコートを着ると荷物を持って坂を下りた。 右が俺の来た道だったハズだ、俺は左へ道を進んだ。 今日の日ももう傾いたころ、俺は誰かが道の脇に座り込んでいるのを見つけた。俺は気配を殺し、ちょっとずつ近づいた。 辺りをきょろきょろと見回し、足をさするような仕草をしている。怪我でもしたのだろうか? もう少し近づくと、正体が分かった。短い丸みを帯びた角、白黒2色の髪の毛、毛の生えた尻尾、つま先の蹄。ホルスタウロスの少女が座り込んで辺りを見回していたのだ。 俺は声を掛けた。 「どうしたんだ?」 「あ、あの〜、足を挫いちゃって〜」 俺は振り向いた彼女の顔を少しの間見つめてしまった。彼女は不思議そうな顔をしたので我に帰った。 「そ、そうか。…町まで連れて行く、背中に乗れよ」 「あ、でも〜私重いですよ…?」 「こう見えても力は強い方なんだ、大丈夫」 「そうですか〜?」 彼女は俺の背中におぶさった。背中に当たる感触に俺は少なからず興奮を覚えて、香ってくる甘い匂いに顔を赤くした。 今までこんな事は無かった。俺は初めての事に少し戸惑ったが、表にはなるべく出さないように町まで歩いた。 「…重くないですか〜?」 「ああ、平気だ」 「ほんとに力持ちなんですね〜」 「まあね」 「私、シーナって言います。この先の村に住んでるんですけど、今日はちょっと用事で村を出て、帰りにぼぉ〜っとしてたら転んじゃって…」 「俺はワイト。旅をしてるんだ」 「へぇ〜、楽しそうですね」 「まぁ、確かに楽しいこともあるけどね…」 俺が歩いてきた道の他にもう一つの道があって、その先に用があったというシーナは、辺りが暗くなってしまい急いで村に戻ろうと走っていたところ、木の根につまずいて転んで足を挫いたらしい。 俺が村に着く頃には辺りは薄暗かった。そのまま医者に彼女を診せて、宿に向かった。 「よかったな、大した事無くて」 「はい、ありがとうございます〜」 俺は彼女を家まで送り届けると、近くの宿に入って休んだ。 翌朝、俺は彼女の様子を見に行った。彼女の家は、昨日の夜は分からなかったが屋根が赤く、こぢんまりとした物だった。 俺は家のドアをノックした。シーナが歩いてくる音がして、ゆっくりとドアが開き、白黒の髪の毛が覗いた。 「あら、おはようございます〜」 「おはよう。痛みは少しは引いた?」 「はい。これでも一応魔物ですから。それで…あの、お礼をしたいの」 「お礼?どんな?」 「ンッフフ、ヒミツで〜す」 彼女は楽しそうに笑うと「朝ご飯まだですか〜?」と訊いた。 「いや、もう済ませた」 「そう〜、それじゃあ〜またあとで〜」 「ああ、また」 俺は久しぶりに羽を伸ばすことにした。今日はゆっくりとすごそう、そう思った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私は朝ご飯を食べ終わって食器を片付けて、洗濯や掃除をした。 ん〜、どんなお礼をしようかな〜、掃除が終わって椅子に座って考えた。 時計を見たらもうお昼を過ちゃってる、お昼ご飯食べ損なっちゃった…。それにミルクも届けなきゃ。 (あ、そうだ〜) あの綺麗な花なら喜んでもらえるかも。私はそう思って、出かけることにした。 まだちょっと痛いけど、歩いていけば大丈夫。 この前、ミルクを届けた帰り道に道草して見つけた花。白い花弁が5枚付いていて、でも普通の花とは違ってキラキラ光ってる。コウタクがある、っていうのかな。ミルクを届けた帰りに摘んでこよっと。 …喜んでくれたらいいな… 私は今日の分のミルクを荷車に積んで、村を出た。足はやっぱり痛いけど、そっちに体重を掛けなければ平気。私が向かってるのは隣の村。2時間で着く距離で、お日様がずっと道を照らしてる。 「ミルクいりませんか〜?」 「あ、シーナちゃん。三本ちょうだい」 「は〜い、どうぞ〜」 「俺にも三本」 「ウチにはこの大きいやつをもらうよ」 「ど〜ぞ、ありがとうございましたぁ〜」 隣の町に着いて、ミルクを売り始めるとお客さんがいっぱい来てあっと言う間に全部売れちゃった。 私は軽くなった荷車を引いて隣村を出て、帰り道の途中で荷車を置いて道を反れた。崖の上に坂道を上って何本も咲いている花を見つけた。 お日様に照らされて、キラキラして、四角形の花弁が風になびいてる。 私は花を三輪摘んで道に戻った。 (喜んでくれたらいいな…) そう思って何だかウキウキしてきた。けどちょっと暗くなって来ちゃったなぁ。 「よう、ねぇちゃん。待ちな」 知らない男の人が私を止めた。 「なに〜?」 「その花渡してもらおっか…」 「ごめんなさ〜い、これはダメなの〜」 この人、何で花が欲しいんだろう。 「…そうか。…おい、お前らっ」 木や茂みの影から5人の男の人が出てきた。手には斧や剣を持ってる。 (この人達…盗賊だ…) 私は顔を強ばらせた。私は花を持って森の中に逃げ込んだ。 あの人達、どうしてこの花が欲しいんだろう。私は木の陰に隠れて、息を潜めた。走ったせいで足が痛い。 辺りはさらに暗くなってきて、夕日の光も淡くなった。 (…こっちにくる…) 私は慌てて立ち上がり、痛い足を引きずって逃げた。 「いたぞっ」 どうしよう…見つかっちゃった。私は必死に逃げたが、挟み込まれてしまった。 「どうしても渡さねぇのか?」 「これは…ダメ…」 「そうか、なら…殺して奪うだけだ!」 斧が月明かりに輝いた。私は怖くて悲鳴を上げた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺は昼過ぎまで宿のベッドでぐっすり寝ると、村を見て回った。のどかな村だった。ここには魔物に対する敵意が無く、村に怪我をして入ってきた魔物を治療、看病し、また共に暮らすこともあるという。 村を歩けば中の良さそうな魔物と人の夫婦とすれ違う。この辺りでなければあまり見ることは出来ないだろう。 俺は彼女の家の前を通りかかった。あれからどのくらい時間が経ったのか、辺りは夕日に赤く照らされていた。俺は彼女の家のドアを叩いた。 応答はなく、鍵がかかっていた。 (いないのか…?) 俺がそう思って家の前に立っていると、一人の老人が声を掛けてきた。 「シーナちゃんに何か用かね?」 「あ、特に用と言うほどのことでも…」 「彼女のミルクはおいしいって評判でね、今日も隣の村に売りに行ったんだけど、まだ帰ってないのかい?」 「ああ、そうみたいですね」 「それはおかしいな…彼女は二時くらいに村を出て、隣町まで二時間。向こうじゃ彼女のミルクはすぐに売れるだろうからもう帰っていてもおかしくはないんだがね」 「そうなんですか。…俺、捜してきます」 老人は彼女の家を見た。 「彼女はね、小さい頃この村に住んでいたホルスタウロスの娘さんでね。その母親の死んだあと、私も、この村の物達はみな自分たちの子として育ててきた大切な娘(こ)なんだ」 「………」 「…頼んで、いいかね?」 「はい」 老人は微笑んで俺を見ると、そう言った。俺は何かを感じて返事をした。 俺は村を出ると、彼女が言ったという隣村までの道を小走りで進んだ。夕日が更に傾き、俺の影を長く映した。 三分の一ほど来た頃、俺は道の脇に何かがあるのを見つけた。荷車だ、荷車の付近には蹄のあとと、複数の足跡。どちらも森へ向かっているようだった。 俺もその足跡を追って森の中に入った。この辺りは盗賊が出ると言う話だ。 なら彼女はそいつらに襲われた可能性が高く、もし今逃げているとすると急がなければならなかった。 あの足跡は俺が村を出て二十分経った頃。あの足で走り続けるのは無理だろうから、捕まったかどこかに隠れていると思う。 捕まっていないことを祈って、森の中を探し続けた。無闇に呼び声を立てるのは危険だった、本当に厄介なことになった。 (これは…!) 俺は彼女の蹄の後が木の近くに付いているのを見つけた、まだ新しい。この近くにいるはずだと見渡した時だった。 「きゃあぁっ―!」 彼女の声だ。俺は暗くなった森を駆け抜けて彼女と、その周りの盗賊らしき影を見つけた。 月の光の反射した物が斧だと一瞬で判別すると、俺はカタールを抜きながら彼女と奴の前に立ちはだかった。 俺の右肩から腹に掛けて激しい痛みが走り、俺の血飛沫が見えた。 (……仕込み…かよ…) 俺は確かに斧の刃は完璧に防いだ。だが言い変えれば、俺が防いだのは『斧の刃』だけなのだ。 斧の刃は90度刀身の背の方に開き、そのよく考えれば不自然に長い折れた柄の中からは鋭い短剣が飛び出し、俺の右肩に突き刺さり、身体を斬り裂いたのだ。 「ワイトさん―!」 「何だてめぇ?いい反応だったがな」 「…くそっ…何で彼女を…?」 俺は痛みを堪えてふらつきながらも、構えて問いかけた。くそ…血が溢れて来やがる… 「死ぬ奴に言ったって意味ねぇだろぅっ?」 俺は目の前の男の持つ短剣を防ぎながら、カタールを振った。だが痛みで腕の動きが鈍り、上手く攻撃することが出来ない。 周りにいた男達も武器を振り上げて襲ってきた。手傷を負って彼女を庇いながらの1対5の戦闘。いつものようにはいかなかった。 短剣の突きを受け流しては別の男の攻撃を受け止め、跳ね返し、また別の男に向かって牽制にしかならない攻撃をする。 次々と迫る刃を防いで、彼女を守るのが精一杯だ。…視界が霞んできた。息も荒くなってるみたいだ…。 「うおっ―」 俺は強い一撃を防いだ勢いで、ふらついた足下が崩れて倒れた。 「はっ、ざまぁねぇな。二人一緒に死んでもらうとするか…」 「ワイトさん、血が…」 「くそっ、見るな…ホルスタウロスや…ミノタウロスは…赤い物を見ると…」 「うん…確かにそうだけど今はどうもないから…」 「それでも見るな…、あんまり見ていいもんじゃない…」 俺は涙を零し始めた彼女に着ていたコートを被せた。 意識が朦朧としてきた。俺はそんな中でも立ち上がり、構えた。霞んだ人影が動いたみたいだが、俺は意識を失った。その直前に腕が動いた気がした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ワイトの息は荒くて、とってもつらそう。赤い物を見ると凶暴になる種のはずの私には、何の異変もなかった。理由なんて分からない。 彼の顔が滲んできた、涙が出てる… そうだ、つらいんだ。私のせいで彼が…彼が…死にそうになってるっ… 「それでも見るな…、あんまり見ていいもんじゃない…」 彼は私に脱いだコートを被せた。彼の匂いと…血の臭いがする。 周りの様子は分からなかった。ただ音だけが聞こえてくる。 誰かが動いた音、その次に聞こえてきたのは… 「ぐはっ―!」 「ひっ―」 私は聞こえてきた声に驚いて声を出してしまった。ワイトの声じゃない…盗賊の声…? 「お前、よくもっ―うがっ!」 まただ。また盗賊の声。 「てめ……な、なんだ、なんなんだよそれっ…!?」 (なに?何が起こってるの…?…怖いよ…助けて) ワイトは何も言わなかった。ただそこに立っている気がする。土を蹴るジャリッて音と、悲鳴、何かが倒れる音… 「ワイトさん…どうしたの?ワイトさん…?」 私は周りが静かになったのが怖くなって声を出した。けど何も聞こえない。あ、違う。良く耳を澄ませたら何か聞こえる。…呻き声? 私はコートを少し捲って様子を見た。 (…っ!) 私は驚いてコートを完全に取り払った。目の前には倒れて呻いている盗賊達と静かなワイト、そして彼の足下に刺さった剣だった。 「ワイトさん、ワイトさんっ…ワイトッ…!」 私は彼に駆け寄って身体を揺すった。彼の周りは血に染まっていた。 「どうしたっ!?」 そこに誰かがやってきた。私は思わず身構えてそっちを見た。 「…シーナじゃないか?…これはっ!?」 「ステラさん…」 ステラが血の臭いに気付いてやってきた。 「ワイト…、ワイトかっ?」 「ワイトを知ってるの?」 「ああ、まあな。だが一体これは…」 「お願い、彼を助けて…死んじゃう…」 私は近づいてきて屈んだ彼女にすがり付いた。また沢山涙が出てきた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺は目を開けた。ぼやけたピントがはっきりと合い、木の天井が見えた。 「うっ…」 右肩から胸、腹。起きあがろうとすると痛んだ。俺は辺りを見回して、自分がベッドの上に寝ていたのを知った。身につけているのは薄い青色をした一枚の布のような服。俺の身体には包帯が巻かれていた。 ベッドの右横には木の小さな棚があって、その上に俺のカタールが置かれていた。左側の窓から日が差し込んでいる。俺は何があったのか思い出した。 「そう言えば俺は…あの後…」 そう、俺はあの後どうしたんだろう。意識を失ってそれっきり記憶がない。あの盗賊達は?シーナは?俺はどうしてここに… いくら考えても答えは出なかった。 誰かがドアを開けて入ってきた。 「あ、気が付いたのか?」 「ステラ…どうして?」 そうか、ステラが来てあいつらを追い払ってくれたのか… 「お前が盗賊を…?」 「いや、私ではない。何も覚えていないのか?」 「ああ、何も」 「そうか。私が駆けつけた時には盗賊は皆、重傷のまま倒れていた」 「じゃあ、誰が?」 「ワイト…?」 入り口をステラの隙間から白黒の髪の毛と短い角が見えた。ステラは横にのいた。 「ワイトォッ…」 シーナが反べそをかいて俺に駆け寄って思い切りハグをした。 「いっ…ててて…」 「あ、ごめんなさい…。…よかった…死んじゃうかと思ったぁ…もし死んじゃってたら…私ぃ…」 「…お前は平気か?」 「うん…平気…」 彼女は涙を拭っているが、その次から次へ涙を流していた。俺はそんな彼女を見て、申し訳なく、だが嬉しく思った。 (俺は、まだ…生きてるんだな…) 医者の話では俺は丸四日寝ていたらしい。俺はここに血まみれの、とにかく危険な状態でステラに運ばれてきて、実際のところ死んでもおかしくなかったらしい。 そんな俺の命を助けたのが、シーナの持っていた花だったのだ。その花の名前は『ギブズブラッド』通称血の花と呼ばれる魔草だった。 この花はある者の血をその花弁に垂らすと、結晶化し、細かに砕いて体内に入れると、その者の血を与えた血の二百倍の量の血を生み出す。その花は適度な魔力、新月の日を除いた毎日の月光、そして自然の最適な量の雨があって初めて花を咲かせるところまで行くのだという。 開花は初めて花を開いてから一ヶ月の間。それが過ぎれば微粒の種子となって風に乗って散ってしまう。しかし、摘んでしまえば約半年の間枯れずにあるという。 市場の間では約三ヶ月分の生活費に相当する値で取り引きされる。これがシ−ナの狙われた理由だった。 つまり今ここに俺がいるのは幸運とシーナのお陰だった。 盗賊達は一命こそ取り留めたが、未だにベッドの上らしい。時たま、譫言のように「あれは…あれは…く、来るなぁ…」と繰り返しているらしい。 何があったのか俺も気になるが、実際のところ分からない。 シーナは俺が退院するまでの間、ずっと見舞いに来てくれている。俺が目を覚ました次の日には「よかったら飲んでください」とミルクを持ってきてくれた。「おいしい」と答えると、彼女は何とも言えない嬉しそうな顔で笑った。 そして医者も驚くほどの回復で、傷はその後を残して塞がり退院の日がやってきた。 「どうも世話になった」 「なに、けが人を治すのが俺の仕事だ」 俺は医者の先生に挨拶をすると、シーナの家に向かった。そして前のように家のドアをコンコンとノックする。 「はぁ〜い」 ドアが開いて彼女の可愛い顔が覗く。 「ワイト〜、もう退院したの〜?」 「ああ、お前のミルクのお陰かもなぁ」 「そう言ってくれると嬉しいな…入って」 俺は家の中に入った。そう言えば家の中にはいるのは初めてだった。二人がけの机と椅子が家の中央に置かれ、奥は寝室とトイレとバスルーム。小さな棚が二つ置かれただけで、家具はそのくらいだった。 棚の上の壁に写真が掛けられていた。三人写っていて、真ん中の小さい子供が彼女。どことなく面影があって、今と変わらない満面の笑顔で嬉しそうにしている。彼女の方と手を繋いでいる挑発のホルスタウロスの女性は、彼女とどこか似ている、彼女の母親だろう。 そして、彼女の頭に手を置いている男性…この人は、あの日この家の前で会った老紳士だ。 「なあ、この写真のこの男の人って…」 「パパだよ〜?」 「なんだって?この人だ、シーナがあの時間に帰っていないのはおかしいって言ってたのは…」 「ほんとに!?」 「ああ、間違いない」 「…そう、パパが…。パパはね、ずっと世界中をお仕事で回ってるの。お医者さんなんだ」 「そうだったのか…じゃああの日はたまたまここに…」 「一目会って喋りたかったな…」 俺はあの時彼の言った「頼んで、いいかね?」という一言を不意に思い出した。あのときの顔も。どこか悲しそうでもあった、しかし、喜びも混じっていた。 「なぁ、シーナ…」 「なに?」 「シーナ、一緒に暮らさないか?」 「え…?」 「俺な、あの時…君の父さんに会った時『はい』って言っちまったんだよ。頼んでいいかって訊かれてさ。だから…一緒に暮らそう」 彼女は俯いて、「うん」と一言言った。俺はそんな彼女を抱きしめて唇を奪った。 俺たちは家を建てた。村の中じゃなかったけど、最高の場所に。 俺が彼女に出会った日の朝、とても綺麗な景色を見たあの丘の坂の上に― 10/01/15 00:29 アバロン
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やっと終わらせることが出来ました。
盗賊達がどうしてそうなったのかは、この少し後に判明するんです。 どんなものを見たのかは… そのうち書くかもしれません |
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