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15歳 東方

 ちょうど二ヶ月前に二週間掛けて砂漠を抜け、そこから一ヶ月俺は海岸沿いにルートを取り四つの村と二つの町を経て、俺は今大きな港へ来ている。

 ここから出る船、ここへ入る船、殆どがジパングからの船だ。髪型も一風変わっていて、『髷』を結っている者もいる。着ているモノも袖のある布を一枚体に巻いて、帯で縛っただけの簡単なモノだ。
 髪はみんな黒く、背も小さい者が多い。それになんと言っても驚くのが、俺たちのいたところと違って、魔物が人間と普通に暮らし、現に今目の前で人と一緒に働いている。
 たぶんウルフ種、金色の体毛と一本から二本の尻尾。

「なぁ、あの魔物はなんて言う種だ?」

 近くを通りかかった男に訊いてみた。

「ああ、あの娘(こ)かい?あの娘は名前は『知世(ともよ)』っていって、イナリっつー狐の妖怪だ」

「あぁ、狐の…」

「みんなは『お知』って読んでる。それからこっちじゃ『魔物』じゃなくて『妖怪』っていうんだ。他にもあの娘と同じ妖怪がこの船には五人、ジョロウグモが二人乗ってる」

「忙しいところ悪かったな」

「いや、気にするな。あんたもこの船かい?」

「ああ、世界を回って旅してるんだ。旅の途中で海岸線に出たからな、この際ジパングに渡って見ようと思って」

「へぇ、なあ、後で聴かせてくれよ。旅の話」

「ああ、いいぜ」

「あっしはアカギ、この船で荷の積み出しやってんだ。船が出たら大抵は甲板にいるからよ」

「ああ、仕事がんばってくれ」

「あんがとよぅ」

 アカギは荷物を担いでどこかへ行ってしまった。俺は乗船すると辺りを見回した。
 大きな白い帆が畳まれていて、荷物を出し入れする人々で賑わい、中には旅人らしき姿も見えた。

 マストのにはジョロウグモらしきアラクネ種がその糸を使い、重い荷物を運んでいる。

 俺がそれを見上げていると、余所見をしていた男達がぶつかってきた。

「おっと…」

「…貴様、どこを見ている。どかぬか」

「…ぶつかって来ておいて、俺はさっきからここにいたんだ。余所見をしてたのはあんたたちだろ?」

 男達はジパングの戦士で『サムライ』と呼ばれているらしい。おそらく敬語として同行しているのだろう。腰にはジパング地方独特の形をした刀を持っている。

「ええい、我らに向かって何という口をっ…叩き斬ってくれるっ」

 サムライが刀を抜くと、周りが騒然となった。ジパングではサムライが高位とされている。

「お前ら、騒ぎを起こしてもいいのか?」

「知らぬわ、貴様如き何とでも揉み消せる」

「フッ…やれるもんならやってみろっ…」

「小童子がっ!」

 サムライの一人が刀を振り降ろした。俺は素早くカタールを抜くと下からその刀を迎え斬った。刀は折れて宙に舞うと、船の床に突き立った。俺はカタールをサムライ達に向けた。

「まだやるか?お前達は俺には勝てない」

「…くっ…今はこのくらいにしておいてやる…」

 サムライ達は後ろを向いてバツが悪そうに「どけっ」と男を一人突き飛ばして船の中に入っていった。

 俺はカタールを納めた。すると、お知と呼ばれていた稲荷がやってきた。

「あの…あまりお気を悪くされないでくださいね」

「ああ、気になんてしないさ、あの程度の奴ら」

「そうですか…あ、私知世といいます。この船で荷物の帳簿を付けております。お知って呼んでください」

「俺はワイト、ワイト=クロウズ」

「お強いのですね?」

「そんなことは…場数を踏んでるだけですよ、旅の身でね」

 知世は青い着物でお尻から二本の尻尾が空を向いて延びている。


 船が出航した。風に押されて海原を進んでいた。俺は知世と一緒に甲板にいた。潮風に二人の髪がなびく。

「向こうにはどのくらいで?」

「遅くても一日です。その間はごゆるりと」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 そこにアカギがやってきた。

「あ、ダンナ、ここにいたんですか。お知ちゃんも一緒で」

「アカギさん、おつかれさまです」

「おぅ、お疲れ。さっき何か一騒ぎあったみたいだが?」

「サムライ達にぶつかられて因縁付けられたんだ。言い返したら刀を向けられたよ…」

 俺は呆れ顔で言った。

「そんな、ご無事で?」

「見ての通り怪我一つ無く」

「ワイト様がご自分の武器でサムライの刀を折ってしまわれたんです」

「刀を!?一体どんな武器で?」

 俺は彼に武器を見せて、この武器がサイクロプスが作った物であることと、二年以上使い続けて未だに傷ついていないことを明かした。

「へぇ、それはまた見事な業物…」

「あの、もし宜しければ旅の話をお聞かせ願えませんか?」

「ああ、俺もそれを聞こうと思ってたんだ」

 俺は旅に出た簡単な経緯から、今までの事を二人に話した。出始めにアラクネに襲われたこと、サイクロプスにカタールを貰ったこと、悲しい別れ、砂漠の遺跡の出来事。今旅をしている最大の目的。

「いろいろな事を経験されているんですね…十三歳から妖怪と戦われて」

「ああ、この特異体質のお陰で得してるよ」

「で、そのメリルとかいう娘さんのお姉さんには会えたのかい?」

「いや、まだだ。だが絶対に会って彼女の最期を伝えたい」

「そうですか。会えるとよろしいですね」

「ああ」

「それにしても大変だな、そっちの国は。魔物は凶暴だし、多いし。そりゃ、あいつらが刃が立たねぇわけだよ。なんせあいつら刀持って威張ってて、大飯食らいなだけだもんな」

「けど最近あんな方々は少なくなってきていますわ、昔は多かったですけれども。今はとても優しい方が増えて、威張るようなことはしません。寧ろ謙虚な方が増えて」

「こっちと変わらねぇな。威張ってる奴もいりゃ、謙虚な奴もいるし」

「ああ、全く」

「中へ参りましょう。これから寒くなって参りますわ」

 気が付けは夕日は西に半分沈み、東から月が昇ってきた。俺たちは船の中に入って、それからも色々話して床についた。



 翌日の朝、船は港に着いた。俺はその町の華やかな景色に目を奪われていた。魔物が人と共に闊歩し、何気なく挨拶を交わし、またみんな色とりどりの着物を着ている。そして何より活気があった。

「ジパングってのは、どこもこんなに賑わってるのか?」

「いいえ、ここは港町ですから特別ですわ。他にも人の多いところでは賑やかでしょうが、どこもかしこもと言うわけではございません」

 俺はとりあえず知世に案内されて町中を見て回ることにした。
 立ち並ぶ家々は全て木造、他とはまた違う感じに俺は驚きっぱなしだった。

 すれ違う人は殆ど、俺を物珍しそうに見ていた。銀色の髪に赤い目、俺たちには普通の服もところ変われば珍しい物になるのか。

「これで一通り見て回ったのか…」

「ええ、これから私は『妖怪長屋』に帰りますが一度お越しになりませんか」

「妖怪長屋?」

「長屋というのは要するに共同住宅です。妖怪長屋は私たち妖怪が住んでいる長屋です」

「おもしろそうだな」

「こちらです」

 俺は彼女の後を付いていった。すると長い一つの屋根の下に扉が数個並んでいる建物があった。これが長屋か。

 戸を開けて出てきたのはアラクネ…じゃなかった。ジョロウグモだ。

「あら知世ちゃん、帰ってきたのね?あら、そっちの男の子は?」

 彼女は揉み上げが長いショートカットで桜の刺繍が入った黒い着物を着ていた。俺は男の子と言われたのが久しぶりで、頭をポリポリと掻いた。

「ワイト様といって、旅の方です。町を案内して、こちらへ」

「あら、そうなの。初めまして、未夜です」

「ワイトです、よろしく」

「ここはね、妖怪達が済んでるの。みんな仲良くやってるのよ。職場をかねてる娘もいるし、ただの家って娘もいるわ」

「職場ってどんなことを?」

「そうねぇ、私たちジョロウグモなら服を作ったり、河童なら魚を捕って市に出したり、それから結構前、2年前だったかしら。そのくらいに来た娘は鍛冶をしてるわ」

 二年前…鍛冶?どっかに引っかかる物があった。

「もしかしてサイクロプスの娘か?」

「ええ、そうよ。でもよく分かったわね」

 彼女、未夜がそう言った時、一番奥の戸が開いて青い肌の赤髪が俺の視界に入ってきた。

「あ、クロアちゃん。丁度あなたの話をしてたのよ」

「え?」

「あっ…」

「あっ…」

 驚いた。やっぱりあの娘だ、この今まで俺の命を救ってくれたカタールをくれたあの娘だ。

「あなたは…」

「あら、知り合い?」

「ああ、俺の武器をくれた人だ」

 彼女が大量の金属を持ってこっちに向かってきた。

「二年ぶりかしら…?武器の調子はどう?」

「さすがだよ、切れ味も全然落ちてないし傷も殆ど無い、よく見れば二つ三つってところさ。」

「そう、それはよかったわ」

「そう言えばあんたの名前聞いてなかったな。クロアっていうのか」

「そうよ、あなたの名前も教えてくれる?」

「ワイト=クロウズ、サークルマウンテンの出身なんだ」

 俺のいた村の付近には空から見ると輪のような形に山が連なり、村はそのほぼ中心に位置していた。

「そうなの」

「どこへ行くんだ?そんなに鉄を持って」

 彼女はいかにも軽々とその両手に金属の延べ棒が入った箱を担いでいる。

「鉄だけじゃないわ、もちろんそれもあるけど、金、銀、白金、銅、青銅、コバルトとか、いろんな金属が入ってるわ。まあ、鉄と銅が一番多いかしら」

 俺は「へぇ〜」といって頬を掻いた。

「今から仕事場に行くのよ、私の家は金属の保管庫に使ってて、鍛冶場はあそこの山奥よ」

 彼女は長屋の向こうに見える山を見つめて言った。わざわざ寝床と職場を話している理由は何なのか気になったが、彼女は俺がそんな気でいるなど露知らず、長屋の西側の広めの路地裏から町を出て山に向かった。

「彼女の武器、評判はいいんだけど高くてあんまり市場に出回らないらしいのよ。だから『幻の業物』って言われてるわ」

 未夜が彼女の曲がった路地を見てそう言った。「幻の業物」とはなんともいい呼び名だ。そんな物を俺が持っているのは幸運かもしれない。

 そこにアカギが姿を現した。短いツンツンした髪の毛が生えた頭に額当てをして。

「どうしたんだ、それ?」

「この人はいつもはこんな格好なんですよ。ちょっとしたおしゃれなんです」

「ああ、俺みたいな稼ぎじゃこのくらいしか買えなくてよ。それにしてもみんな、こんなところで立ち話かい?」

「ええ、まぁ。あ、そうそう、ワイト様の言っていたサイクロプスって、新しく越してきたクロアさんだったんですよ」

「えっ、そうなのかい?へぇ〜、そんなことあるもんかねぇ」

 未夜が壁に寄り掛かった。

「で、アカギのにぃさんは何のようなのさ?」

「ん、いやまぁ…あ、そうだ、宿見つけておきましたぜ?港の近くでさぁ」

 何だか急に話を変えられたような気がするが、宿を見つけてくれてたことはありがたかった。

「あ、悪いな。そんなことまで」

「旅の話を聞かせてくれたお礼でさぁ。ところで、昼飯はまだですかい?」

 そういえば太陽はもう南に高く昇っている。町の見物ですっかり時間をつぶせたようだ。

「ああ、そう言えばまだだったな…」

「上手いところを知ってんだ、行きやせんか?」

「そうだね、どうせならこの四人で行こうよ、アカギのにぃさんの奢りでさ」

 未夜は微笑んでいった。アカギは「えっ」という顔をしてうつむいて頭を掻きながら

「仕方ねぇなぁ…」

とぼそり。俺たちはアカギの案内で町の西の店に入った。のれんには「うどん」と書いてある。

「あ、知ってるよ、ここ。うまいって今評判だよ」

 未夜は俺の後ろから入ってきて嬉しそうに言った。上手いところで食えるから嬉しいのか、奢りだから嬉しいのか。…多分どっちもかな。

「おやっさん、狐うどん二つ。ダンナとねぇさんは何にします?」

「俺は同じのをくれ」

「私は素うどんでいいよ」

 店主は「あいよ」と言うと調理に取りかかった。俺たちが席に座った後から店が混んできたので、何ともいいタイミングだったらしい。



「あ〜、旨かった。ダンナ、お口に合いましたか?」

「ああ、すごく。…ところでアカギ、何で俺を『ダンナ』って呼ぶんだ?俺はお前より六歳は若いだろ?」

「あっは…年の割に大人びてるもんでつい」

 俺は背が高く、人から言わせれば落ち着いた印象だそうで、実年齢より上に見られることが多い。

「そうか、呼びにくくなけりゃワイトでいいぜ?」

「そうすか?じゃ、ワイトって遠慮無く呼ばせてもらうよ」

 店を出て歩いていると、昨日船でいちゃもん付けてきた奴らを妖怪長屋の前で見つけた。

「あいつら、あんなところで何してんだ?」

 暫く見ていると西の路地裏から仲間らしき一人が姿を見せた。そして何かを話して山の上を指した。

 俺は何だか嫌な気がした。

「お知ちゃん、あいつらが何話してたか聞こえなかったか?」

「え?はい…少しなら。確か『奴の何とかはあの山の中腹』とか『手筈がなんとか』とか『あれがあれば奴にどうだ』って…」

 少し考えて、俺は何となく奴らのすることが分かったような気がした。だがそれより早くアカギが動き出していた。

「アカギ、ちょっと待てっ!」

「待ってたら手遅れになる、ワイトッ」

 アカギはそう言って数分前に走り去った奴らの後を追った。

「ねぇ、一体どういう事なのよ?」

「あの私にも教えてください」

「…はぁ…これはまだの推測だけどな、多分奴らはクロアを襲って武器を奪う気だ」

「何ですって?」

 俺の考えでは、奴らは昨日俺に負けていらだっているはずだ。その上に刀を無くし、奴らは自尊心を傷つけられたのだろう。威張って自分たちが一番偉いなんて考えそうな奴らだ、卑怯な手でも使ってクロアから武器を奪い取る気に違いないと思った。
 知世に聞いた話の断片からも伺うことは出来た。

『奴の仕事場はあの山の中腹』『手筈は整った』『あれがあれば奴に勝てるはずだ』

 アカギはそれに気付いて飛び出していったんだと思う。

「でもアカギのにぃさん、そんなに無鉄砲だったかね?」

「いえ、ああ見えても冷静な方でした…」

(完全にいつもと様子が違った訳か…)

 俺はとりあえず奴らとアカギの後を追うことにした。二人にはこの後の行動を指示しておいた。

       −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 俺は奴らの後を気付かれないように木の陰に隠れながら追った。

 そして今奴らの後からクロアちゃんの仕事場らしき小屋に付いた。窓の中からは金属を叩く音と、赤い炎の色が見えている。

 だが奴らはどこに行ったのか、俺が木の陰に隠れた間に奴らの姿は目の前から消えていた。

 俺が奴らを木の陰から探していると、小屋の中から彼女の声がした。

「やめろ、勝手に触るな。お前なんか…」

 彼女が侍の一人を追って小屋から出てきた。どうやら武器を奪おうとして見つかったらしい。いくら侍といえども妖怪の彼女の力には敵わない。

 へまをしたのかと一瞬思ったが、すぐにそれは違ったのだと明らかにされる。

「動くなよ、妖怪っ!」

 小屋の影、俺からも見えない方から侍が飛び出し、彼女の首と背後に刀を突きつけた。こいつが奴らの策だったんだ。わざと見つかっておびき出し、背後から脅して武器を奪い取る。
 侍の風上にも置けないような奴らだ、俺の表情は奴らを睨んでいたと思う。今にも助けたいが、逆に今は危なかった。

「嫌だと言ったら…?」

「切り捨てる」

 彼女の問いかけに奴らの中の一人が答えた。
 その瞬間、彼女は手に持っていた槌で背後の二人目掛けて薙ぎ払った。それでも奴らは侍だった。攻撃を避けられて刀で斬りつけられた。

「うっ…」

「ちいっ…大人しくしていれば良かったものをっ!」

 刀が振り上げられた瞬間、俺はどうにも堪らなくなって気の棒を掴んで飛び出していた。

 俺は刀を振り上げた侍を背後から気の棒で叩き付け、彼女はその隙に小屋の陰に隠れようとしたが、刀を喉に突きつけられ動けなくなってしまった。

 俺は次々に振り下ろされる刀を無我夢中でかわして、侍が持っていた刀を抜き取った。
 だが次に振り下ろされた刀を俺はかわせなかった。額当てが落ちて、右目の風景が真っ赤に染まる。どうやら額を斬りつけられたようで、ひりひりと痛むが、そんなことを言っている暇はなかった。

 奪った脇差しは昨日ワイトが折った刀を短い鞘に入れていたもので、その刃はひどい刃こぼれをしていた。

「ばかめ、そんな刀で何をする気だ…?」

「くそっ…」

「船で働く下っ端が、俺たち侍さまに盾突いてんじゃねぇよ。そっちのクソ妖怪も大人しく刀を渡してりゃよかったんだ」

「このぉっ…!」

 俺は奴らに刀を振りかざして斬りかかった、けど奴らの一人が俺の後ろに回って背中を蹴って、俺は転倒した。
 一人が刀を振り下ろした。俺は刀でそれを受け止めているが、起きあがることが出来なかった。俺は奴らの足を払ってやっとの思いで起きあがると、でたらめに刀を振った。

 その刀は一人の腕を捕らえたが、刃こぼれのせいで中途半端に血を流させるだけだったが、どうやら奴を怒らせるには充分だったらしい。

「いてっ…。…このクソ虫野郎っ!もう死ねやぁっ!」

 俺に向けられた刀が振り下ろされた。

(くそっ…死ぬのか…?)

 俺の顔の目の前にまで刃は接近していた。そして突如金属音を響かせその刃は軌道を変え、俺を切り裂くことはなかった。

「うがっ…」

「てめぇらがそろそろ死んでみるか?」

 俺は尻餅を着いて、声のした方を向いた。纏った服の裾と銀色の髪を風になびかせて、クロアちゃんに刀を突きつけていた侍の背中を切り裂いたワイトが血の付いた剣を侍に向けていた。

       −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 危ないところだった。とりあえずアカギが気に目印を残してくれたお陰で迷わずに来られたけど、武器がカタールじゃなかったら完全にアウトだった。

 速さを求められて、気絶よりも斬りつけることを選んだのは本意じゃなかった。ただ、死なないように加減したから平気だろ。………あ、出血死があったな、二人とも怪我してるみたいだし急がねぇと。

「てめぇ昨日の…」

「女と一般市民に三人がかりか…?…相当強いらしいな、てめぇらはよ」

「だまれ、こんなクソ妖怪と下郎に正々堂々等、もったいないわっ」

 俺は本当に怒っていると思う。こんなクソ妖怪と下郎?…つくづく思い上がりやがったそれこそ下郎どもめ…。
 俺はこいつらに対しての殺さない理由を『命を無駄に奪うことをよしとしないこと』から『こんなクソどもの命なんざ、奪うだけ俺の価値が下がる』って事に変えた。

「てめぇら、もう喋らなくていいぞ…空気が汚れる…」

「何、この小僧がっ!」

 俺はサムライと呼ぶことをためらうような、いや、サムライなんて絶対に呼びたくない奴らのうちの一人の攻撃をゆっくりと歩きながら紙一重で避け、そして右に持ったカタールで腕を胴を浅く素早く斬り裂き、蹴り飛ばした。

 俺はなるべく『殺さない』だけで『傷つけない』訳じゃなくなった。

 斬られた男は傷口を押さえて苦痛の声を上げているが、俺はそれ以上の慈悲の念を向けられなかった。そしてアカギの側に落ちていたカタールを拾った。

 残った男は俺に刀を投げつけた。俺はカタールで叩き落とすと、目線を戻したが、男はそこにはいなかった。
 逃げたのかと思ったがそうじゃなかった。奴は小屋に入り、手に付いた彼女の作った武器を持ちだし、俺と対峙した。

「こいつさえあればお前などには…!」

 本当にこいつは…。ここまで来ると哀れにさえ思える。

 襲いかかってきた奴に俺は応戦した。

「はっはっはっ!軽いっ、強いっ、最高ではないかっ!」

 彼女の武器は見ため以上の軽さ、丈夫さ、そして持ったものの戦闘力をわずかだが引き上げる魔力を有していた。
 たとえ相手が屑だろうと、戦士の端くれならばこの剣を持っている限りは厄介にならざる負えなかった。

 奴の攻撃を受け止め、受け流し、俺の攻撃も受け止められる。互角に見える攻防戦だったと思う。
 奴の振り下ろした剣を受け止めるには片手でと言うわけには行かなかった。俺は右のカタールで受け流し、左のカタールで突こうとしたが、思いの外に速い速度で剣を振り替えしそれを受け止める。
 受け止めたカタールの表面を滑らせるように、相手の剣がその輝く水平になった刃を俺に届かせようとする。

 俺はカタールでそれを弾き、そして刀身の側面を蹴り上げ、カタールを地面に突き刺し後方転回(バク転)で距離を取った。

 向こうも俺に蹴られた勢いで後ろに数歩退き、約10メートルの距離が二人の間に空いている。

 男は俺に剣を振り上げ走り寄った。勝負は、俺が男の剣を左のカタールで防ぎ、右のカタールで腹部を切り抜けた事によって幕を閉じた。


 その後、三人は牢屋より先に医者に行くことになった。俺が合図をすると、知世と未夜が保安を連れてやってきて、三人を担架で連れて行った。

 戦いの終わったすぐ後、クロアは俺のもとにやってきた。

「助かった、ありがとう」

「礼は俺じゃなくて、あいつに言った方がいい」

「…そうだな」

 彼女は座り込んでいるアカギの元に行くと、隣に屈んだ。

「血…平気?」

「あ、ああ。ちょっと痛いけどね…君は?」

「平気、少し切れただけ。もう血も固まってる」

「…そうか、よかった」

「なんであたしなんかを?ちょっと話したことがあるだけで…妖怪だし、それに一つ目なのよ?」

「…俺はその大きな瞳が好きなんだ。その綺麗な目が。単眼でも君は綺麗だ」

 おっと…、これはこれは。そういうこと。クレアは意外な言葉におどおどしている。

「…あ、ありがと」

「それだけ?」

「え?」

「…付き合ってもらおうなんて厚かましいかな?」

「えっ…なっ…えぇっ……付きあ…えぇ?」

 驚きすぎたのか?喋れてないぞ。

「俺じゃ嫌か?」

「あの…私で…よければ…喜んで」

 俺は後ろを向いた。

10/01/12 22:33 アバロン

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サムライの字をカタカナか漢字か、始点によって使い分けてみた。
ちょっとしたこだわりです。
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33