連載小説
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共に行く者
 太陽はまだ東の空にあった。しかし、四人は既に行動を開始していた。
 追撃部隊のために彼らはコースを大きく迂回し、一度はその岩柱地帯を抜けた。
 だが既に騎馬隊が自分たちを追跡していることが分かった今、わざわざ動きにくい山岳部のルートを行くことはないと、ベリオン含め、以下三人も賛同の末、高低差の多い山岳部を避け迂回したルートのまま岩柱地帯沿いを平坦な所まで進み、元の川沿いの道へ戻ることにした。

 足場が不安定ではなくなったため、ペースが速くなった。元々岩柱地帯を進むことは敵の目を出来るだけ避けて通れるという『一時凌ぎ』に過ぎず、既に騎馬隊がその岩柱地帯に潜伏していることが発覚した今、当初の利は『いつどこから奇襲を掛けてくるか分からない』という不利に変わったのである。

「ねぇ、ミリィ。このまま行っても間に合うの〜?」
「ん?…ああ、そうだな…シアとリアには明日ヒルデ川中流で落ち合うことになっているから、明日中に着ければ問題ないはずだ」
「だが、出来るだけ急がないといけない。あの二人がいくらブラックハーピーだからといって、ずっと飛んでいられる訳じゃない。
 もし俺たちが遅すぎれば、いくら明日中だからと言っても彼女たちの見つける危険が高まる」
「ああ。あの二人を危険に晒すわけには行かないぜ」
「三人とも、もう少しペースを上げよう」

 四人はそこから小走り状態で進んでいった。道が平坦なので進みやすい。
 十分ぐらい進んで一分休憩を挟みまた十分走る、このペースで約一時間進んだ。
「みんな、まだいけるか?」
「うん、余裕〜♪」
「俺もだ」
「私も問題ない」
「よし、行くぞ」
 ジャンとメグは先に走り出した。「ベリオン…」ベリオンも走り出そうとした時、ミリアリアが呼び止めた。
「なんだ?」
「…気付いているか?」
 ミリアリアは後ろを示すように目を動かした。
「ああ、結構前からだな。今のところは襲ってくる気配はない、ここで俺たちから戦闘を仕掛けて時間を食う必要もないだろう」
「…確かにそうだな」
 二人はそう言ってジャンとメグの後を追った。そして、その後ろから軽装備の騎士らしき者達が数名そのあと追った。

 日はいつの間にか頭上に昇り、未だに山岳部の岩肌が自分たちの右側にそびえ連なっている。
 だがもう一時間もすれば、ヒルデ川沿いの道に入ることが出来そうだった。気がかりなのは追ってきている連中のことだったが、まだ襲ってくる気配はない。
「…奴らどういうつもりなのだろう…?」
「襲ってくる気配なしか…アジトまで尾行する気か、それとも機会を見計らっているのか…」
「向こうは私とベルが気付いていることに勘付いているのか?」
「さぁな、だがどちらにしても気を張らなければな」
 と話ながら走っていると、やがて岩肌の傾斜が緩くなってきた。
「よし…今からこの坂を登って、川沿いの道へ移る。あとは当初の通りだ」
「分かった」
 ジャンとメグが坂を上り始めた。
「ベル、奴らは…?」
「いや、動く気配はないな…」
 奴らは一体何を考えているのか、二人には分からなかった。
(奴らは本当にアジトまで付けてくる気か?…それとも、機会を待っているのか?だとしたらいつがその『機会』なんだ…?)
 ベリオンは頭の中で考錯していた。どのタイミングでこちらから攻撃していいものか、そして相手は何者なのか。
 高い高い坂の上。息を切らせて登った上から見えたのは、昨日まで歩いていた山岳地帯と、そのほぼ中央を流れる川だった。ただその川の流れるところが高いため、川までの坂の高さは登ってきた方の三分の一程度だった。

 坂を下り、川沿いの道を行く一行だったが、やはりベリオンとミリアリアは後ろから付けてくる五人が気になっていた。
 ここまで三時間近く付けてきているのだから、その正確な人数が分かってもおかしくはなかった。
 ヒルダ川は、バギドナ岩柱地帯の約十キロ地点から始まり、その谷となったほぼ中央を流れ、岩柱地帯の二百キロ地点で西へとカーブしていた。
 今一行がいるのは199キロ地点、つまり、もう少しすれば川が曲がって四人は西に曲がることになるのだ。
 その先は草原地帯が広がり、街や村がいくつも点在していた。川はその草原地帯を北上し、やがて海へと流れ込んでいる。
「もうちょっとで草原地帯か…」
「そだね〜、明日のお昼までにはシア達と会えるね」
 ジャンとメグは待ちに待ったように言った。二人は全く奴らに気付いていない。
「…ああ、そうだな」
「ほら、見えてきたぞ」
 川が向こうの方で左に曲がっていくのが見える。
「…ベル、奴らはまだ…?」
「ああ、だが仕掛けてくるならこの辺りだ…気を付けろ」
「どうしたんだよ、二人ともー!早く来ないと置いてくぞぉ」
「ああ、わかった」
 ベルは何だかあの二人を見ていると自分がこんなに気を張っているのがばからしくなってくるとも思ったが、そういうわけには行かないのも承知していた。ミリアリアは苦笑しながら溜息を漏らした。

 やがて、川に沿って草原地帯に出ようとした頃だった。
 岩の影や崖の上から深い紫色の鎧の軽装備の騎士達が四人、一行の前に立ちはだかった。
 そしてベリオンたちの後ろにもあの付けていた五人が姿を現した。
「おい、なんだこいつら!?」
「騎士?でも何か格好が…」
 彼らは他の騎士とは違い、兜ではなく仮面を付けていた。仮面には横向きに細い一本の覗き穴が空いていて、鎧は薄い物だった。装飾は得になく、剣は右肩に垂直に背負っていた。
「ベル、こいつらは…?」
「…先鋭隊だな…ジパングの『ニンジャ』と呼ばれる戦士を手本にしている。こいつらはかなりの手練れだ…
 メグ、もしあの針以外に武器がないなら、お前は出来るだけ戦闘を避けろ」
「なんで?」
「こいつら…攻撃が早い上に重いんだ…」
「ちゃんと防げないと…と言うことだな」
 その時、一人がとんでもない速さで背中の刀を抜いて四人に襲いかかった。
「なっ!」
 四人は慌てて散らばり、戦闘態勢に入った。

 ミリアリアに付いた三人が、絶えること無い連続攻撃を仕掛けていた。ミリアリアの剣と奴らの刀が競り合う音が鳴り、ミリアリアは攻撃を当てることが出来なかった。
「くっ…!」
 彼女は後ろからの攻撃を避けたが髪の毛が少しハラハラと待った。そして右からの攻撃を受けて、押し返したと思うとその騎士は投げナイフを飛ばした。
 彼女は幾つかを弾き落としたが残ったナイフが彼女の衣服を切り裂いた。
(避けきれないっ―?!)
 ミリアリアはいったん間合いを取った。
 その頃ベリオンは三人に囲まれていたが慌てることはなかった。いや、慌てれば負けると言うことを知っていたのだ。
 後ろからの攻撃を剣ではじき返し、後ろを振り向いて剣を薙いだ。近づいていた騎士達は跳び下がって間合いを取る。
 攻撃してきた刀を受け流し、別方向から来る攻撃を剣で弾いた。跳び上がった騎士が刀を突き立てようとしていたが、自らその下に潜り込み剣を持ち替えて右手で腹を殴り飛ばした。
「はあぁっ!」
 次の瞬間前後から騎士が挟み撃ちにしようと同時に迫ってきた。一方に構えばもう一方に斬られるという危機だったが、ベリオンは慌てず剣を持ち替え左手で鞘を持ち、剣で前の、鞘で後ろの騎士の刀を防いだ。
 剣を引き、体勢を崩した騎士を蹴り飛ばして鞘で刀を上げると振り返って騎士の腹部を斬り裂いた。
 その時ジャンの方から一人の騎士が飛んできた。
「わりぃ、ベル」
 ジャンが襲いかかってきた騎士を自慢の蹴りで蹴り飛ばしたのだ。
「平気だ」
(混戦になってきたな…奴らのことだ、臨機応変にターゲットを変えるぞ…) ジャンもナイフと蹴りで騎士達を凌いでいた。だが蹴りもナイフも避けられ、やはり押され気味だった。
 メグは逃げ回りながら投げナイフを投げたが、彼らも投げナイフを正確に当て返していた。ナイフは金属音を上げて地面に落ち、やがて騎士達の投げナイフがメグの脚を掠めた。
「うあっ―!」
 メグはバランスを崩し転けてしまった。その後ろから奴らのナイフが飛んできていた。
「っ…」
 メグは思わず目を瞑った。一瞬してから目を開けると目の前にはベリオンがナイフをたたき落として立っていた。
「大丈夫か、メグ?」
「うん、ありがと」
「二人とも!草原に抜けてしまうぞっ!」
「おうよっ!」
「分かった!」
 四人は敵を押しのけ草原地帯へ走り抜けた。目前には七人の騎士が立っていた。
「ベル…二人も倒したのか…」
「やるな…こっちは一人もだ…」
「自慢できることじゃない」
「来るよっ!」
 騎士達が四人に襲いかかろうとする。ベリオン達も応戦の構えを取った。

「うぐっ―!」
 突然四人の間を何かが突き抜け、騎士の一人が倒れた。そして続け敵視が続々と倒れている。
「なんだ…?」
「…矢?」
 ジャンは慌てて辺りを見回した。メグはその騎士に刺さった物を確認し、辺りを見回した。
 騎士達は矢を切り落としながら撤退していった。四人は騎士の撤退した安堵と、矢を放ったのが誰か分からない疑問と不安の中にいた。しかし、ベリオンだけがその刺さった矢をマジマジと見つめ口角を上げた。
「回りには誰もいない…」
「…いや、いるさ。ただ、三人の思ってる範囲にはいないだけだ…」
「ベル、どういうことだ…?」
「あそこの崖の上だ」
 ベルが指さしたのはここから二百メートルも離れた崖の上だった。草原の中にいくつもある黄土色の崖肌の上に何か立っているのが見えた。
「まさか…あんな所から…」
「…矢が届く分けないじゃん」
 ベリオンは早々に剣を納め、その方向へ向かって歩き出していた。三人は訳の分からぬまま、ベリオンの後を追った。
「知り合いなのかな?」
「さぁ、どうだろうな…」
「なんにしたって、あの距離から矢を命中させるなんてどうかしてるぜ?」
「そうかな〜?さっきはあんなこと言ったけど、世界は広いよ〜」
 笑顔でいう彼女をジャンは少ししかめた顔で「ふ〜ん」と言った。
 遠くに崖から降りてきた人物が馬に乗ってきたのが見えた。馬と人はどんどん大きくなり、その姿がしっかりと見えた。

 先を行くベリオンとその人物が接触した。そのすぐあとに三人も接触した。
 三人はその人物が女性だと知って驚いたようだが、身につけている物を見てハッとした。
 彼女が身につけているのはベリオンの家にあった鎧だった。剣も弓もあそこにあった物だった。
 彼女は黒髪を後ろで髪飾りで束ね、前髪を髪留めで左右に分けて留めていた。
「…俺と共に…この者達と共に行ってくれるのか?」
「…私は…あなたの『義』を見極めに来たのです。私がそれをガルーダ家にそぐわぬものと思えば、私は迷わずあなたを…斬ります」
「なっ…」
「斬るって…」
 三人はその言葉に驚いた。関係性は知らないが、そんな物騒なことを言うなんて、と思っていた。ただ一人、ベリオンだけは「…そうか」と言った。
「それまでは、俺と共に歩むというのだな?」
「はい」
「ならば今は…助かった、ありがとう。そして、ここに来てくれたことに感謝する。メリッサ」
「はい、兄上♪」
 彼女はさっきまでの真剣なムードとは打って変わって、明るい笑顔で嬉しそうに答えた。声のトーンが上がったようだ。いや、さっきは下げていたのかもしれない。
 そして三人はその少女の「兄上」という言葉の意味をやっと理解した。
「兄上…兄上っ!?」
「お、おい、ベル。お前妹がいたのか!?」
「ああ」
 とミリアリアとジャンが驚いていると、いつの間にかメグがメリッサに挨拶していた。
「メグだよ、よろしく」
「ええ、よろしく」
「魔物に敵意とか向けてないの?」
「実際ありますけど、それは本質を見ないでのことだから。だから、今から変わるかもしれません」
「メリッサってよんでいい?」
「ええ、よろしく。メグ」
 メリッサはメグと握手をしたあと、ミリアリアとジャンの方を向いた。
「メリッサ殿、援護感謝します。私はミリアリア=バーク」
「ジャン=キエルだ。しっかし、まさかベルに妹がいたなんてな」(それも美人)
「殿なんて…メリッサ=ファナ=ガルーダです。メリッサと呼び捨てにしてください」
「そうか。よろしくメリッサ」
「よろしくお願いします、ミリアリアさん、ジャンさん」
 メリッサは手をそろえてお辞儀した。そして笑顔を彼らに見せた。
「兄上、これからどうなさるのですか?」
「これから魔人の騎士団のアジトへ向かう。あと、『兄上』ってのはやめとけ」
「………じゃ兄さんで」
 メリッサは少し悩んでからそういった。
「よし。で、お前は一体どうして?」
「私はあのあとどうするべきか悩みました。兄う…いえ、兄さんを追って行くべきか、戦場で相対するのを待つべきか。
 そして昨日、兄さん達がこっちの方に逃げてきたという報告を聞いて、いても立ってもいられなくなってこの鎧を着たんです。そして、馬を駆って今日の朝この辺りに着いて待っていたのです」
 ベリオンは数度コクコクと頷いて、「すまないな」と言った。
「…だが、俺は教団のして来た横暴が許せない。罪のない人を…自由を踏み躙(にじ)って、何が正義だ…!」
 ミリアリア達はベリオンの険しい表情を見て、静かに頷いた。
「あ、そうだ、メリッサ。さっきの援護が君だとしたら、どうやってあんな長距離で命中させることが出来たんだ?」
「そうそう、俺も訊こうと思ってたんだ」
 メリッサは微笑んで矢を一本矢筒から抜き、弓を構えて弦を引いた。
「今からあの木に向かって射ますね」
 メリッサは狙いを定め、右の指を話した。矢は風を切って進んでいったが、何かがミリアリアたちの見てきた矢の動きと違う、違和感があった。
 メリッサの放った矢は、その木の幹に命中した。
「おぉ…」
「すげぇ…」
「それだけか?何か気付かなかったか?」
 え?と言う顔をミリアリアとジャンが揃ってした。そして真剣に考えていた。分からない様子だ、だが二人とも何か違和感には気付いていた。
「なんだろう、何かが違うような…」
「わっかんねぇ…」
「二人ともぉ〜、本当に分かんないの〜?」
 メグが嬉しそうに言った。
「じゃあメグは分かったてのかよ?」
「うんっ♪」
 メグは元気良く返事をした。
「矢がね、落ちなかったの〜」
「あ!なるほどっ」
「そうか!」
 そう。メリッサの矢は『まっすぐ』遠い木に向かっていった。本当ならば、矢は重力に引かれ下方向に湾曲するはずである。なぜなのか。
「そう、私の持つこの弓は、その弦に触れた矢に自動的に魔法を掛けるんです。矢に『まっすぐ飛ぶ』という魔法を。…いえ、正確に言えば『任意の角度に曲げる』事が出来る魔法です、限界はありますけど」
「だが、狙いが正確でなければどちらにしても同じ事だ。あの距離で正確に定めることが出来たのは?」
「私、元々目がいいんですの。あとは勘ですね」
「勘!?」
「勘というのは大切なんですよ?勘というのは、それまでの経験や情報から無意識に導き出された『答え』なんです。ですから勘違いや思いこみとは違うものです」
「へぇ。でもメリッサの経験って…?」
 ジャンが不思議そうに訊いた。「ああ、実は…」そこでベリオンが口を開いた。
「メリッサはこう見えても俺と一緒に前線に出ていた事がある。それに軍の階級は『中佐』だ。小隊を率いた経験も数回ある」
「なんだって?!」
「本当かよっ?!…あ、あのよ。わりぃけど、年齢は…」
「十九です」
「わ〜、凄い!二十一才の少将と十九才の大佐だって〜!」
 ミリアリアとジャンは、「それを『わ〜、凄い』で済ますお前が凄いよ」と思ってメグを見た。
 そしてそれは、この二人がどれだけの場数と戦場をくぐり抜け、そしてその中で生き残ることを可能にした戦闘能力の高さを物語っていた。

 メリッサはこの後どうするかを話し合っている時に「まず町に行きましょう」と言った。
「だが、私たちやベルは…」
 とミリアリアが言ったが、メリッサは「私とジャンさんは人ですし顔も割れていません。ですから町に行ってちょっとした物資や、あと緑色の布も買ってきます」と言った。
「…?なぜ、布を?」
「え、だってミリアリアさんの服破れてますよ?胸元や太股の部分が…」
 ミリアリアや他のみんなはきょとんとした顔で、自分もしくはミリアリアの方を向いた。
 確かに胸元の部分が破れて大きく開き、彼女の割と大きな胸が大胆な服を着た程度に見えていた。太股の部分のタイツも所々穴が空いて、逆にエロティックに…
「△○※@#&%〜〜!?」
 ミリアリアは半分パニックになって胸元を隠し、尻尾で脚を覆った。
「うわっ…エロ…」
「あ、ああ、あんまり見るな…!」(恥ずかしい…)
「ああ、わりぃわりぃ…って、ベルは何ともないのかよ?」
 ベリオンは落ち着いた様子で視線を外し、背を向けていた。だがその内心をメリッサだけは見抜いていた。
「ミリィ、昨日買ったマントがあるだろ。それでも羽織っておけ」
「あ、ああ。そうする…」
「ベルは紳士だねぇ」
「誰かとは大違い」
「うっせ」
「うっふふ…」
 メリッサが思わず吹き出した。
「兄はあれでも凄く動揺しているの、回り込んで顔を見たら多分真っ赤だわ」
「へぇ、そうなんだぁ〜」
「そうよ、兄はああ見えてそういうことにはとてもシャイなの。小さい頃は良く一緒にお風呂に入っていたんだけど、私は全然平気だった頃に兄から『一緒に風呂にはいるのはよそう』って言って来たのよ?」
「ホントに以外。紳士って言うかむっつりスケベだな」
「うっふふふふふ…」
 一行は町を目指した。川沿いを行けば町がその側にあるはずだ、そこで『必要』な買い物をする。
 ミリアリアは終始顔を赤く染めて俯いたままで、ベリオンも先頭を歩き後ろを振り返ろうとはしなかった。
 そんな二人を見て、ジャンやメグは今にも吹き出しそうだった。メリッサの乗ってきた馬は、どこかの町でいったん預かって貰うことにした。
「町が見えたぞ、二人とも」
 ジャンは二人ともの部分を強調した。その意図を知ってか知らずか、ミリアリアは直接、ベリオンはその後ろ姿で睨み付けた。
「おっと…」
 ジャンとメリッサが町に入り、残されたベリオンとミリアリア、メグの三人は当然待つことになるわけだが、ベリオンは二人に背を向けたままだった。
「メグ…何をニヤニヤしてるんだ…?」
「ううん、何も♪」

 町の中のメリッサとジャンは手に食料と布を持って、町を出ようとしていた。
「お嬢様…?」
 その時男が声を掛けてきた。
「…お嬢様…ああ、やっぱりメリッサお嬢様じゃありませんか…!」
「グラハム…グラハムですか?」
「そうでございます」
 グラハムは背丈は百六十センチほどのふっくらとした小男で、はやした髭はピンとはねあがり、角のない四角っぽい顔をしていた。身だしなみは整えられ、物腰はとても穏やか且つ丁寧だった。
「メリッサ、知り合いか?」
「ええ。紹介します、こちらは私たち兄妹の世話をしてくれていたグラハムよ。グラハム、こちらはジャンさん。私の友人です」
「どうぞお見知り置きを。…お嬢様、今回の事を誠にどう思っていいのやら…」
 今回のこととは一連の騒ぎのことだろう。
「グラハム、そのことですが…」
 メリッサは、事の経緯とベリオンの意志、そして自分たちの状況とジャン達の身分を他の者には聞こえないように気を付けて話した。
「ああ、そうでしたか。ベリオン様が…」
「あなたは、どう思いますか?」
「…あなた様は、私めの性格をご存じでしょう?もちろんあなた方側に着かせていただきます。代々我々は、ガルーダ家に仕える身。第一ジャン殿がお聞かせくださった事が本当だとするならば、教団は道を外れております。ご安心を、お嬢様。我ら一同、共には行けませぬが尽力を着くし、何かあれば助太刀いたします」
 グラハムはかしこまって言った。
「ありがとうグラハム。あなたには気苦労を掛けますね。早速で悪いのですが、私達はこれからアジトへ向かうのですが、そこには『デイーネ』を連れてゆけません。しばらくの間、彼女の面倒をお願いできますか?」
「仰せのままに」
「ありがとう、グラハム」
 グラハムはこの町の出口で待つと言った。メリッサは後で『彼女』を連れてくると約束した。
 町を出ていったんグラハムと別れた後、ジャンはメリッサに訊いた。
「あのさ、デイーネってだれ?」
「私の乗ってきた馬のことです。彼女とは長い付き合いですから…」
「そっか」
 三人の元に戻ると、町でグラハムにあったことと彼らがこちら側に着いてくれたことを報告した。
 ベリオン含め、三人はそのことに喜んだ。
 荷物の整理を付けると、メリッサはデイーナをグラハムの元に連れて行くことにした。
 デイーナを走らせ町まで行くと、約束通りグラハムが待っていた。
「では、お預かりいたします」
「はい。デイーナ、いい子にしているのですよ」
 デイーナは返事をするかのようにブルルッと鳴いた。グラハムはデイーナに跨り「はっ」と声を上げた。デイーナは彼を乗せ、足早に走り去った。
 メリッサが四人の元まで戻ると、そこには三人しか居なかった。
「兄様は?」
「ベルなら挨拶してくると言ってどこかへ行ったぞ」
「そうですか…」
「グラハム殿とはどのような人物なのだ?」
「グラハムは、一言で言うなら私たち兄妹のもう一人の親のようなものでしょうか…」
「そうか。大切な者なのだな」
「ええ」

「グラハムッ」
「どぉっ!…これは、ベリオン様」
 ベリオンの声にデイーナを止め、その姿を確認すると感慨深く声を掛けた。そしてデイーナから降りた。
「グラハム、今回のことで迷惑を掛けた。済まない…」
 ベリオンは頭を下げた。グラハムは慌てた様子で手を振った。
「いえ!そんな、頭を上げてください。一族の当主が、このような家臣に軽々しく頭を下げては―」
「いや、何を言うか。グラハムは、俺たち兄妹の親のような者だ。ここまで育ててくれて、どんなに礼を言えばいいのか…それに、我らの味方に付いてくれたことも本当に嬉しく思っている」
「…私たち『シルビエンテ・デル・アルダ(暁の従者)』は代々続くガルーダ家に仕えると、この一族の始まりし時に契りを交わしております。その子孫である我々も、この家に仕えていられることを誇りに思っているのです。
 ベリオン様の為さろうとしていること、その理由(わけ)はメリッサ様より窺っております。皆も理解してくれるでしょう。この争乱の時代何が正しいのか見極める『目』をあなた方ご兄妹は持っていると信じております」
「…グラハム…」
「ベリオン様、どうか御身をお大事に。メリッサお嬢様にも、そして同志の皆様にもお伝えください」
「ああ」
 グラハムは頷き、デイーネに再び跨った。
「我が主らの道に幸大からんことを!」
 グラハムはそう言い残して掛けていった。ベリオンはその後ろ姿を感謝の気持ちいっぱいに見送った。

 日が落ち、夜になった。あれから約十五キロほど進んだところで野宿をすることにした。
 近くの岩の影に胸を腕で隠した上半身裸のミリアリアと、その側で服の穴を繕うメリッサの姿があった。
「済まない、こんな事をさせてしまって…」
「いいえ、好きなんです、裁縫。それに旅をする以上、いつまでも貴族ではいられません。自分のするべき事、出来ることはやらなくては」
 ミリアリアは俯いて少し笑った。
「…ご立派なのですね…」
「いえ…そんな」
「とても立派です。それに強くて…私のような腰抜けとは違う…」
「いいえ、ミリアリアさんもお強いではありませんか?」
「私はまだまだ未熟です。だから奴らの攻撃も避けられなかった…」
「…そう、ですが自分を過信せず、まだ未熟だと思い鍛錬なさる事が立派なのです。自分を見つめることが出来る、素敵なことだと思いますよ?私は」
「メリッサ殿…」
 ミリアリアはメリッサを見つめた。
「ほら、メリッサ殿ではなくて…」
「…メリッサ。ありがとう、少し元気が出たよ。私のこともミリアリアではなくミリィと呼んでくれ」
「はい、ミリィ。服も直りましたよ」
「ありがとう」
 服を着ると、色が丁度同じで、縫い目も目立たなかった。そういう模様に思えるようにメリッサが得意の趣向を凝らしたお陰だった。
「さ〜、次はタイツだね〜」
「うわっ!」
「きゃっ!」
 いつの間に岩の上にいたメグに二人は驚いた。
「ほらほら、早く脱ぎなよ〜」
「な、メグっ!」
「なに〜?恥ずかしいの〜?女同士なんだし良いじゃん」
「だ、だが、それでもマジマジ見られていると…」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。生足くらい」
 確かにタイツを脱いでも下半身真っ裸というわけでも無いが、それでもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 そんな会話を少し離れて聞かされているベリオンとジャンは堪ったものではなかった。
「…もう少し静かに話してくれないのか…」
「…もしかしてわざとじゃねぇかと思えてくるな…」
 と飲み物を口に運んだ時。
「あー!ミリィって、履いてるの白なんだ〜」
「ブーーッ!ゲッホ、ケッホ…」
「プーーッ!エホッ、ゴホッ…」

 その後メグが男性陣からもミリアリアからも拳骨を食らったのは言うまでもない。
「なんで〜っ!ミリィは分かるけど、なんで二人まで〜っ!?」
「うっせ、バーカ!」
「………」
「…メグの馬鹿者…(//_//)」
「うっふふふ…」
10/03/19 03:05更新 / アバロン
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■作者メッセージ
今回はエロ×ギャグを入れてみました。序盤で先鋭部隊の存在も提示しまして、その後メリッサのかっこいい登場、と。

メリッサのイメージは、戦いになると真剣且つクール。言葉遣いはかしこまったものにして、オフの時は少し子供らしく、でも丁寧に。

グラハムはアガサ・クリスティーの『名探偵ポアロ』のエルキュール・ポアロをモデルに、潔癖性な所と堂々さを抜いて家臣にふさわしい優しいイメージにしました。アニメの『ポアロとマーブル』の絵を見て頂ければイメージしやすいかと。

『そういえばお色気無かったな〜』と思って急遽投入。そしてまさかのほぼ違和感なしのいい感じ(自分的には)になったという感じです。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33