便利屋
「依頼の内容を聞こう」
「君は依頼を百パーセント遂行するらしいが、いくら君でも無理かもしれんよ?」
「無理かどうかは聞いてから考える、決めるのはお前じゃない」
タバコのにおいだ。俺はタバコを吸わないが依頼者によってはタバコを吸う者もいるのは仕方ない。
ここにはテーブルと一対のソファー、依頼者の貴族の老人と俺しかいない。俺は便利屋をしている。依頼は物探しから…裏の事まで。
「今回暗殺して欲しいのはリーマン=フックという男だ。奴は私の成そうとすることを悉く邪魔してくれる。奴さえいなくなれば…」
この欲と利己心にまみれた金持ちが。汚いことを散々して来た癖に偉そうに下々の者を見下して。
「奴がいるのは屋敷の地下、一番奥の部屋だ。警備は百人以上で塀の周りから屋敷の中、庭に至るまでずっと見張っている。半日で警備は交代して、いなくなるのはほんの一瞬だ。それで侵入できるのか?」
「フッ…」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「簡単なことだな…ところでリーマンはどんなことを?」
「奴はな―」
そこから男は深く聞きもしないことをべらべらと話し始めた。自分自身のして来たことまでも。
「…もういい、話しすぎだ」
そう話しすぎだ。
「そ、そうだな。しかし、よくも今まで私の邪魔を…フッフッフッ…だがこれで奴の人生もお終いだ」
「…そうだ」
俺は出口へ向かって歩き、ドアノブに手を掛けて最後の一言を言い放った。
「お前もな」
「ウィルソン=フォートラーだな。リーマン=フック暗殺未遂容疑で逮捕する」
奴は状況を飲み込めないでいる。ドアの向こうにいたのは保安の連中で、実は俺がこの男から暗殺の依頼を受けているのを知った知り合いの保安が、この男をどうしても捕らえたがっていたが捕らえ損ねていたため俺が協力した。つまり、この男をはめたのだ。
立件は暗殺未遂だが、本命は別の件だ。内容は知らない、特に興味もないのだが。
俺はこれを保安からの正式な依頼としているため報酬も入るが、今の状況は半分しか依頼内容を遂行していない。
俺は夜になってリーマンの屋敷に行った。確かに塀の周りはボディーガードが固めていて入るのは難しそうにも見える。しかし、俺にはこういうところに入るための手が幾つかあった。
まずその一つは魔法だろう。だが姿を丸々消してくれる様な便利な魔法は上級の魔物でなければ使えない。
俺は魔導具であるコートを着ている。このコートは魔力を流し込むと着ている部分の姿を消してくれるのだ。とはいっても陽炎の様に視認できるのだが。だからこそ夜に侵入するのだ。
そして現に今俺は既に塀の中に入ってしまっている。
庭も何とかクリアして、屋敷の窓から中の様子を除いた。中は明かりが付いていてコートは役に立ちそうになかった。
(そろそろか…)
俺は懐中時計を見た。針がカチッ…カチッ…カチッ…と動き、屋敷の裏に仕掛けた爆弾が爆発した。
「何だ!?」
「侵入者かっ!」
「何かが爆発したんだ」
ボディガード達は思惑通りに裏の方に行ってしまった。俺は表面から堂々と屋敷の中に入り、地下へ降りる階段の扉を開けて内側から鍵を掛けた。
階段を下りていくと二人のボディガードがいた。俺は静かに近づき、一人を手刀で気絶させ、振り向いたもう一人も頭を蹴って気絶させた。
俺は見つからずに奥の扉まで来た。この扉の中にリーマンがいる。俺は後ろの腰に装備した一丁の銃を抜いた。
「魔力変換弾式自動小銃」と何とも長い名前だが、型式はカルロ−2A。
このカルロ−2Aは俺が少し手を加えて、ギリギリ殺人しない様にしてある。
俺は扉に銃を向けた。そして扉の向こうを目掛けてはなった。魔力の弾丸は扉を貫通、そして誰かが倒れる様な音がした。俺は扉を開けて中にはいると改めてリーマンが背中に被弾して気絶しているのを確認し、机の上の書類をまとめて盗りまた見つからない様に脱出した。
翌朝には俺の盗ってきた書類が証拠となってリーマンは逮捕された。俺は保安の知り合いから報酬を受け取った。この分だと朝帰りだ。
「助かったよ、ウチら保安はあの二人のやってることを掴んではいたんだがなぁ…あいつら証拠をださねぇんだよ」
「そうか。俺なら自由に動き回れる、ということか」
「ああ、助かったよ」
俺が家に帰ったころには暗かった空は既に明るみ、小鳥がさえずっていた。
俺の家はそれほど散らかっていない。いや、散らかるだけの物がないのだ。家にはトイレとバスルーム、寝室を兼ねたキッチンダイニングしかない。
家具はと言えば丸テーブルと高めのチェアが一対。横長のソファーとそれに合わせた高さの机。ベッドとその横にあるディスクとスタンドとクローゼット程度だ。あと壁の鏡とコート掛け。
俺は家に入るとコートを歩きながら脱ぎ、コート掛けに投げかけた。そしてホルスターを外して丸テーブルに置くと、そこに置いてあったワインをグラスに注ぎ、ソファーに座り込んだ。
カーテンの隙間から日差しが部屋に入り込み、部屋に舞う埃を目に映した。壁に掛かった鏡が俺の姿を映しだした。赤みがかった茶色の髪はだいぶ長くなっていた。
俺はワインを飲み干しグラスをテーブルに置くとベッドに倒れる様に寝転がり、そのまま寝てしまった。
「フリート…お前にはここで死んでもらう…」
「な…何を言ってるんだ、ハーロック…」
「お前はもう邪魔だ…お前の作ったあの魔導器具は俺が兵器に転用させてもらった…」
「ハーロック、なんて事を…!」
「この世は金がすべて…お前はここで死ねっ!」
ザシュッ―
「ぐあぁぁっ―」
「ちっ、右腕しか落とせなかったか…」
「―ぐはっ…はっ…はっ…ハァァロックゥゥ…」
「お前の妹…ローラ、だったか?彼女もこのことに気付いたんでな…始末したよ…」
「な…そんな…嘘だ…嘘だぁぁっ!」
ザクッ―
「―わあぁっ…ふっ…はぁ…」
俺は飛び起きた。くそっ、久しぶりに夢に見ち待った…もう昼過ぎか、なんて嫌な目覚めだろう。
気晴らしにいつもカフェにでも行こう。俺はカルロを持ってコートを着ると家を出てすぐに左に曲がった。
水色の壁が特徴的な気のいいマスターがいるカフェだ。店の名前は『レスト』でどこかの言葉で『休息』の意味だ。
「いらっしゃい、いつものでいいかい?」
マスターは俺にそう言った。この町に来てからよく来ているから俺の好みはよく分かってくれている。マスターは少し痩けた顔で、髪の毛は横と後ろにしかない。
「ああ」
店の中を見渡すと昼過ぎだけ会って人が多かった。外の通りにも人や魔物が多く行き交っている。俺はカウンター席に座って出てきたコーヒーを飲んだ。
ふと横に目をやると、この町では見かけないワーキャットがミルクを飲んでいた。黒い毛並で髪は長く後ろで三つ編みにしていた。
白いブラウスの上から、黒いノースリーブの薄手のジャケットを来ている。彼女はかなり人に近いところで生活しているのだろう。
ワーキャットは人に紛れて生活すると上半身にも着衣する様になる。
彼女に三人の少年が近づいていった。
「なぁ、そこの姉ちゃん」
「私?」
彼女は透き通った低めの声だった。彼女は振り向いて訊いた。多分ナンパだろうと思ってみていた。
「一緒に遊ばない?」
「悪いけど私そんな気分じゃないのよ」
「そう、そりゃ残念だ、じゃ」
「待て、お前達」
少年達は店を出ようとした。俺はそれを引き止めた。
「…なんだよ」
「盗った物を返せ」
俺は横目で彼らの表情が引きつるのを見た。やっぱり盗ったか…
「何のことだよ、兄さん…俺たちは何も…」
「その右のポケットに入っているのは?」
彼らは舌打ちするとその中の一人がナイフを取り出した様だ。カウンターの向こうの食器棚のガラスに映っている。
俺はそいつが近づいたのを確かめ、素早く左手でカルロを抜くと椅子から立ち上がりナイフをかわして、顎に銃口を押し当てた。
「財布を置いて消えろ…俺は今機嫌が悪い…」
「わ、わかった、わかったぁ!」
財布を床に放り出すと彼らは大慌てで逃げ去った。俺は財布拾って軽く払うと彼女に渡した。
「気を付けろ、ここはいい町だが、安全な訳じゃない。偶にああいう輩がいるんだ」
「ごめんなさい、助かったわ」
彼女はそのブルーの瞳で俺を見つめてそう言った。大きくて目尻が少し上がった目、少し厚い唇が色気を感じさせた。
「いい物を持ってるのね、仕事は?」
「便利屋をしてる。舞い込むのは大概危ない『人捜し』だがな」
俺は少し口角を上げて言った。
「そう。私はシエラ=スカイファーム、あなたは?」
「フリート=ヴァンレッタだ」
彼女は町を転々としているそうだ。気に入った町を見つけて住もうと考えて町を探しているらしい。
俺は彼女の胸元に輝いているエメラルドの様な銀装飾のネックレスに目がいった。かなり大きい物だ。
「…あ、これ?…母の形見のネックレスよ。これがどうかしたの?」
視線に気付いた彼女がそう答えてくれた。
「いや、珍しかったからな…すまない」
「いいのよ」
「シエラはもう宿は決めてるのか?」
「いいえ、まだよ」
「昔俺が止まっていた宿があるんだ、そこなら紹介できる」
「ほんとに?…じゃあ、お願いするわ」
俺はコーヒーとミルクの代金を払うと彼女を宿に案内した。緑色の屋根の二階建ての建物、俺は別れる前にある物を取り出した。
「この男を知らないか?」
俺が取り出したのはある男の写真。俺とその男、そして一人の女性が写っている。
「いいえ、知らないわ。ごめんなさい」
「そうか」
「誰なの?」
「…昔の友人だ」
俺は写真をしまった。
「そう、会えるといいわね」
「…ああ」
俺は家に帰った。夕日が窓から入り込み赤く照らしていた。そのとき、右腕がうずき出した。
(右腕が…今更…)
翌朝、俺はノックの音で起こされた。依頼だろうか。
「フリート、あんたが昨日連れてきた嬢ちゃん知らないかい?」
それはあの宿のおかみさんだった。ひどく困った様子だ。
「いや、彼女がどうかしたのか?」
「実は、彼女が昨日の晩散歩に行ったきり帰ってきてないみたいなのよ。荷物もまだ置いてあるし…」
俺は嫌な予感がした。そう言えばこの辺で旅人をさらって身代金を要求する輩がいるらしい話を聞く。まさか、さらわれたのか…?
だが彼女は一人のはずだ…身代金を要求する相手はいない。どういう事なのか。
俺はおかみさんと一緒に宿まで行ってみた。そして彼女の部屋に入ろうとした。
「ちょっと、あんた…これ」
おかみさんが何かを持ってきた。手紙の様だ。
俺はそれを開いた。そこれは次の様な内容だった。
『 連れの男へ
ワーキャットの女は俺たちが預かった。
命が惜しければ金をもって廃炭坑まで来い。逆らっ
た場合、女はバラバラにして届けてやる。
期限は明日の正午までだ 』
俺は事態が掴めた。彼女は俺と一緒にいる時に目を付けられ、そして誘拐されたってことだ。
「…勘違い、か。仕方ないな」
半分は俺のせいで攫われた様なもんだ。見殺しにするわけには行かない。
「君は依頼を百パーセント遂行するらしいが、いくら君でも無理かもしれんよ?」
「無理かどうかは聞いてから考える、決めるのはお前じゃない」
タバコのにおいだ。俺はタバコを吸わないが依頼者によってはタバコを吸う者もいるのは仕方ない。
ここにはテーブルと一対のソファー、依頼者の貴族の老人と俺しかいない。俺は便利屋をしている。依頼は物探しから…裏の事まで。
「今回暗殺して欲しいのはリーマン=フックという男だ。奴は私の成そうとすることを悉く邪魔してくれる。奴さえいなくなれば…」
この欲と利己心にまみれた金持ちが。汚いことを散々して来た癖に偉そうに下々の者を見下して。
「奴がいるのは屋敷の地下、一番奥の部屋だ。警備は百人以上で塀の周りから屋敷の中、庭に至るまでずっと見張っている。半日で警備は交代して、いなくなるのはほんの一瞬だ。それで侵入できるのか?」
「フッ…」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「簡単なことだな…ところでリーマンはどんなことを?」
「奴はな―」
そこから男は深く聞きもしないことをべらべらと話し始めた。自分自身のして来たことまでも。
「…もういい、話しすぎだ」
そう話しすぎだ。
「そ、そうだな。しかし、よくも今まで私の邪魔を…フッフッフッ…だがこれで奴の人生もお終いだ」
「…そうだ」
俺は出口へ向かって歩き、ドアノブに手を掛けて最後の一言を言い放った。
「お前もな」
「ウィルソン=フォートラーだな。リーマン=フック暗殺未遂容疑で逮捕する」
奴は状況を飲み込めないでいる。ドアの向こうにいたのは保安の連中で、実は俺がこの男から暗殺の依頼を受けているのを知った知り合いの保安が、この男をどうしても捕らえたがっていたが捕らえ損ねていたため俺が協力した。つまり、この男をはめたのだ。
立件は暗殺未遂だが、本命は別の件だ。内容は知らない、特に興味もないのだが。
俺はこれを保安からの正式な依頼としているため報酬も入るが、今の状況は半分しか依頼内容を遂行していない。
俺は夜になってリーマンの屋敷に行った。確かに塀の周りはボディーガードが固めていて入るのは難しそうにも見える。しかし、俺にはこういうところに入るための手が幾つかあった。
まずその一つは魔法だろう。だが姿を丸々消してくれる様な便利な魔法は上級の魔物でなければ使えない。
俺は魔導具であるコートを着ている。このコートは魔力を流し込むと着ている部分の姿を消してくれるのだ。とはいっても陽炎の様に視認できるのだが。だからこそ夜に侵入するのだ。
そして現に今俺は既に塀の中に入ってしまっている。
庭も何とかクリアして、屋敷の窓から中の様子を除いた。中は明かりが付いていてコートは役に立ちそうになかった。
(そろそろか…)
俺は懐中時計を見た。針がカチッ…カチッ…カチッ…と動き、屋敷の裏に仕掛けた爆弾が爆発した。
「何だ!?」
「侵入者かっ!」
「何かが爆発したんだ」
ボディガード達は思惑通りに裏の方に行ってしまった。俺は表面から堂々と屋敷の中に入り、地下へ降りる階段の扉を開けて内側から鍵を掛けた。
階段を下りていくと二人のボディガードがいた。俺は静かに近づき、一人を手刀で気絶させ、振り向いたもう一人も頭を蹴って気絶させた。
俺は見つからずに奥の扉まで来た。この扉の中にリーマンがいる。俺は後ろの腰に装備した一丁の銃を抜いた。
「魔力変換弾式自動小銃」と何とも長い名前だが、型式はカルロ−2A。
このカルロ−2Aは俺が少し手を加えて、ギリギリ殺人しない様にしてある。
俺は扉に銃を向けた。そして扉の向こうを目掛けてはなった。魔力の弾丸は扉を貫通、そして誰かが倒れる様な音がした。俺は扉を開けて中にはいると改めてリーマンが背中に被弾して気絶しているのを確認し、机の上の書類をまとめて盗りまた見つからない様に脱出した。
翌朝には俺の盗ってきた書類が証拠となってリーマンは逮捕された。俺は保安の知り合いから報酬を受け取った。この分だと朝帰りだ。
「助かったよ、ウチら保安はあの二人のやってることを掴んではいたんだがなぁ…あいつら証拠をださねぇんだよ」
「そうか。俺なら自由に動き回れる、ということか」
「ああ、助かったよ」
俺が家に帰ったころには暗かった空は既に明るみ、小鳥がさえずっていた。
俺の家はそれほど散らかっていない。いや、散らかるだけの物がないのだ。家にはトイレとバスルーム、寝室を兼ねたキッチンダイニングしかない。
家具はと言えば丸テーブルと高めのチェアが一対。横長のソファーとそれに合わせた高さの机。ベッドとその横にあるディスクとスタンドとクローゼット程度だ。あと壁の鏡とコート掛け。
俺は家に入るとコートを歩きながら脱ぎ、コート掛けに投げかけた。そしてホルスターを外して丸テーブルに置くと、そこに置いてあったワインをグラスに注ぎ、ソファーに座り込んだ。
カーテンの隙間から日差しが部屋に入り込み、部屋に舞う埃を目に映した。壁に掛かった鏡が俺の姿を映しだした。赤みがかった茶色の髪はだいぶ長くなっていた。
俺はワインを飲み干しグラスをテーブルに置くとベッドに倒れる様に寝転がり、そのまま寝てしまった。
「フリート…お前にはここで死んでもらう…」
「な…何を言ってるんだ、ハーロック…」
「お前はもう邪魔だ…お前の作ったあの魔導器具は俺が兵器に転用させてもらった…」
「ハーロック、なんて事を…!」
「この世は金がすべて…お前はここで死ねっ!」
ザシュッ―
「ぐあぁぁっ―」
「ちっ、右腕しか落とせなかったか…」
「―ぐはっ…はっ…はっ…ハァァロックゥゥ…」
「お前の妹…ローラ、だったか?彼女もこのことに気付いたんでな…始末したよ…」
「な…そんな…嘘だ…嘘だぁぁっ!」
ザクッ―
「―わあぁっ…ふっ…はぁ…」
俺は飛び起きた。くそっ、久しぶりに夢に見ち待った…もう昼過ぎか、なんて嫌な目覚めだろう。
気晴らしにいつもカフェにでも行こう。俺はカルロを持ってコートを着ると家を出てすぐに左に曲がった。
水色の壁が特徴的な気のいいマスターがいるカフェだ。店の名前は『レスト』でどこかの言葉で『休息』の意味だ。
「いらっしゃい、いつものでいいかい?」
マスターは俺にそう言った。この町に来てからよく来ているから俺の好みはよく分かってくれている。マスターは少し痩けた顔で、髪の毛は横と後ろにしかない。
「ああ」
店の中を見渡すと昼過ぎだけ会って人が多かった。外の通りにも人や魔物が多く行き交っている。俺はカウンター席に座って出てきたコーヒーを飲んだ。
ふと横に目をやると、この町では見かけないワーキャットがミルクを飲んでいた。黒い毛並で髪は長く後ろで三つ編みにしていた。
白いブラウスの上から、黒いノースリーブの薄手のジャケットを来ている。彼女はかなり人に近いところで生活しているのだろう。
ワーキャットは人に紛れて生活すると上半身にも着衣する様になる。
彼女に三人の少年が近づいていった。
「なぁ、そこの姉ちゃん」
「私?」
彼女は透き通った低めの声だった。彼女は振り向いて訊いた。多分ナンパだろうと思ってみていた。
「一緒に遊ばない?」
「悪いけど私そんな気分じゃないのよ」
「そう、そりゃ残念だ、じゃ」
「待て、お前達」
少年達は店を出ようとした。俺はそれを引き止めた。
「…なんだよ」
「盗った物を返せ」
俺は横目で彼らの表情が引きつるのを見た。やっぱり盗ったか…
「何のことだよ、兄さん…俺たちは何も…」
「その右のポケットに入っているのは?」
彼らは舌打ちするとその中の一人がナイフを取り出した様だ。カウンターの向こうの食器棚のガラスに映っている。
俺はそいつが近づいたのを確かめ、素早く左手でカルロを抜くと椅子から立ち上がりナイフをかわして、顎に銃口を押し当てた。
「財布を置いて消えろ…俺は今機嫌が悪い…」
「わ、わかった、わかったぁ!」
財布を床に放り出すと彼らは大慌てで逃げ去った。俺は財布拾って軽く払うと彼女に渡した。
「気を付けろ、ここはいい町だが、安全な訳じゃない。偶にああいう輩がいるんだ」
「ごめんなさい、助かったわ」
彼女はそのブルーの瞳で俺を見つめてそう言った。大きくて目尻が少し上がった目、少し厚い唇が色気を感じさせた。
「いい物を持ってるのね、仕事は?」
「便利屋をしてる。舞い込むのは大概危ない『人捜し』だがな」
俺は少し口角を上げて言った。
「そう。私はシエラ=スカイファーム、あなたは?」
「フリート=ヴァンレッタだ」
彼女は町を転々としているそうだ。気に入った町を見つけて住もうと考えて町を探しているらしい。
俺は彼女の胸元に輝いているエメラルドの様な銀装飾のネックレスに目がいった。かなり大きい物だ。
「…あ、これ?…母の形見のネックレスよ。これがどうかしたの?」
視線に気付いた彼女がそう答えてくれた。
「いや、珍しかったからな…すまない」
「いいのよ」
「シエラはもう宿は決めてるのか?」
「いいえ、まだよ」
「昔俺が止まっていた宿があるんだ、そこなら紹介できる」
「ほんとに?…じゃあ、お願いするわ」
俺はコーヒーとミルクの代金を払うと彼女を宿に案内した。緑色の屋根の二階建ての建物、俺は別れる前にある物を取り出した。
「この男を知らないか?」
俺が取り出したのはある男の写真。俺とその男、そして一人の女性が写っている。
「いいえ、知らないわ。ごめんなさい」
「そうか」
「誰なの?」
「…昔の友人だ」
俺は写真をしまった。
「そう、会えるといいわね」
「…ああ」
俺は家に帰った。夕日が窓から入り込み赤く照らしていた。そのとき、右腕がうずき出した。
(右腕が…今更…)
翌朝、俺はノックの音で起こされた。依頼だろうか。
「フリート、あんたが昨日連れてきた嬢ちゃん知らないかい?」
それはあの宿のおかみさんだった。ひどく困った様子だ。
「いや、彼女がどうかしたのか?」
「実は、彼女が昨日の晩散歩に行ったきり帰ってきてないみたいなのよ。荷物もまだ置いてあるし…」
俺は嫌な予感がした。そう言えばこの辺で旅人をさらって身代金を要求する輩がいるらしい話を聞く。まさか、さらわれたのか…?
だが彼女は一人のはずだ…身代金を要求する相手はいない。どういう事なのか。
俺はおかみさんと一緒に宿まで行ってみた。そして彼女の部屋に入ろうとした。
「ちょっと、あんた…これ」
おかみさんが何かを持ってきた。手紙の様だ。
俺はそれを開いた。そこれは次の様な内容だった。
『 連れの男へ
ワーキャットの女は俺たちが預かった。
命が惜しければ金をもって廃炭坑まで来い。逆らっ
た場合、女はバラバラにして届けてやる。
期限は明日の正午までだ 』
俺は事態が掴めた。彼女は俺と一緒にいる時に目を付けられ、そして誘拐されたってことだ。
「…勘違い、か。仕方ないな」
半分は俺のせいで攫われた様なもんだ。見殺しにするわけには行かない。
10/01/25 12:24更新 / アバロン
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