連載小説
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1.少年の両親
「うぅ・・・うん?」
「あ、起きました?」

起きたら、知らない天井が広がっていた。
使い古された表現だが、今のオーガの思っていることを最も適切に表せる言葉だろう。

(アタシは確か・・・小屋に来て、子供を見つけて、そいつに襲い掛かろうとしたら
急にその気が無くなって、それから・・・)
「ごめんなさい。ちょっと、眠り薬を使わせてもらいました」

そう言いながら、少年はオーガに紅茶を差し出した。
・・・が、その瞬間、同時に盛大な腹の虫の音が鳴った。

「・・・腹減った」
「・・・えっと、何かお作りしますね」



「ウマいっ! 何だこれ、全部ウマいじゃねーか!」
「あはは、ありがとうございます」

干し肉にかぶりつき、野菜サラダを口の中にかき込み、スープを具ごと水の様に飲む。
少年はオーガの見事な食べっぷりを見ているだけでお腹一杯のようだ。

「あー食った食った。ごっそさん」
「お粗末様です」

出された料理を全て平らげ、満足気なオーガ。
食欲が満たされた所で、漸く本題に入る。

「で、お前一体何モンだ?」
「僕ですか? えーっと・・・」

何故か、口篭る少年。

「何だ、話せない理由でもあんのか?」
「いや、その・・・何と言いますかね」
「話すなら話す。話さないなら話さない。さっさと決めろ」
「あー・・・その、僕、名前が無いんですよ」

「・・・は?」

困惑。
名前が無い。一体どういう事なのだろうか。

「いやいや、名前が無いって事は無いだろ」
「うーん、正確には本来の名前を知らないって言う方が正しいですかね。物心ついた頃から、
 ずっと『破魔蜜』って 呼ばれてましたから。」
「はまみつ? 何だそりゃ」
「ちょっと長い話になりますけど、いいですか?」
「30文字以内で」
「・・・多分、無理です」
「冗談だから真に受けるな。話してみろ」

少年は、ゆっくりと語り始めた。

「僕の体には、どういう訳か魔物を呼び寄せる力があるんです。それが原因で、
 生まれてからすぐに教会の人たちに引き取られました。
 僕を置いて、その周辺に落とし穴を掘ったり、魔物が僕に気を取られている隙に、
 不意打ちで襲い掛かったり・・・魔物を倒す為に使われるハニートラップとして使われていたので、
 『破魔蜜』と呼ばれていた・・・と、思います」
「思います?」
「教会の人たちから直接説明があった訳ではありませんからね。あくまで僕の経験に基づいた推測です」
「ま、お前の言ってる事が本当なら、妥当な所だろうけどな。事実アタシも引っかかったし」
「ですね。だから僕は、名乗れるような名前を持っていないんです」

苦笑する少年。
その表情には、諦観の含みがあった。

それを見て、オーガは唐突に言った。

「よし、じゃあ今日からお前、『シロ』な」
「・・・・・え?」
「全体的に色白だからシロ。この上なく分かりやすい名前だろ?」

少年に名前をつけた。
それも、単なる思いつきの名前を、である。

「シロ・・・ですか。はい、分かりました」
「うむ、素直でよろしい」
「あはは・・・あの、そちらの名前も、伺って宜しいでしょうか?」
「アタシ? アタシはエトナ」
「エトナさんですね。分かりました」

こうして、少年に新たな名前がつけられた。



「・・・あれ、待てよ?」
「どうされました?」
「いや、どうしてアタシは今、お前の持ってる能力に中てられてないんだろうな、って」
「あぁ、それはこのお守りのおかげです」

シロは服の内ポケットから小さな巾着袋の様な物を取り出し、話し始めた。

「このお守りには、僕の持ってる力を抑える術式が組み込まれています。だから今、エトナさんは
 平常心を保っていられるんです」
「だったら何時もそれ持ってればいいじゃねーか」
「丁度、術式の効果が切れる頃だったんで、魔術師の方にもう一個作ってもらいに行ってたんですよ。
 これ、結構製作に時間が掛かるみたいで、その間に一度家に戻ろうとしたんですが、その時に丁度エトナさんと・・・」
「あー、成程。・・・ん、そうだ。もう一つあった」
「僕を襲おうとした時の事、ですか?」
「そうそれ。いや、アタシが言うのもアレな話だけどさ、何かお前に襲い・・・戦いを挑もうとしたら
 何か急に、『そんな事をやっちゃいけない!』っていう気持ちになってさ。
 これも、お守りの効果か?」
「いえ。そっちは、教会にいたころかけられた呪文の効果です。教会の人たちは、
 僕を守る為だと言っていましたが、実際の目的は僕の能力のさらなる活用のためでしょう。
 事実、僕の能力のせいで襲いたくてたまらないのに、その気持ちを強引に抑えられて、
 精神崩壊を起こして死んだ魔物もいましたから」

不意に、シロは俯いた。
自らの能力によって多くの魔物娘が死んだ事に、強い自責の念を感じているのだろう。

「知らなかったじゃ済まされない事をいくつもやってたんですよ、僕。
 少し前に、僕のいた教会が魔王軍に襲撃されて、そのどさくさに紛れて教会を抜け出して
 今はこの山奥で生活をしています。
 幸い、麓の街は所謂『訳あり』の人を何も聞かずに受け入れてくれるみたいでして、
 買い物をしたり、街の人と世間話をしたりして、結構楽しく暮らしています。
 ・・・何時も思うんですよ。たくさんの魔物を殺した僕が、こんなに幸せでいいのかな、って」

シロの目尻から、涙が零れ落ちる。

「僕が殺してしまった魔物を弔う為に、お墓を作りましたが、それで魔物が生き返る事はない。
 ・・・ただの自己満足なんですよね、こんなの。
 もう死のうかな、とも思いましたけど、死ぬ勇気も無くて。
 生きる資格なんて無いのに、死にたくも無いなんて・・・本当、自分に嫌気が・・・うわああぁぁん!」

大きく声を上げ、泣きじゃくるシロ。
それを見ていたエトナは、そっと彼を抱き寄せた。

「泣け泣け。涙と一緒に余計な罪悪感流しちまえ。
 お前は一切悪くない。アタシが保証する。悪いのは教会のバカ共だ。」

右手でやや乱雑にシロの頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、左手でしっかりと抱きしめるエトナ。
すると突然、シロがエトナの背中を激しく叩いた。

「んんん! んんんんんんんんん!」
「え、どうした!?」

驚いてシロを抱く手を離すエトナ。
それと同時にシロは大きく後ろに体を反らし、大きく息を吸う。
どうやら、強く抱きしめられた時、エトナの胸によって呼吸が出来なくなっていたようである。

「はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・」
「・・・あーっ! 悪い、大丈夫か?」
「なんとか。ちょっと綺麗な川が見えましたけど」



「随分波乱万丈な人生歩んでるんだな。まだ小せぇのに」
「おかげさまで、一人暮らしの色々なスキルは習得済みです」
「見た感じ10歳そこらってとこだろ? 普通ならまだ親と一緒だろうな」
「そう・・・なんですかね。両親の顔を覚える前に教会に引き取られて、
 ずっと道具扱いされてきましたから、僕、知らない事が多いんですよ。」
「んじゃ覚えとけ。まずお前は何も悪い事はしていない。悪いのは教会のバカと、
 教会のバカにお前を引き取らせたお前の両親だ」
「いや、幼い頃は教会の方々が居なかったら僕は死んでましたから。
 それに、僕は両親の事も悪いとは思ってませんよ?」
「・・・そうなのか? 普通に考えたら、何で一緒にいてくれなかったんだー、とか、
 恨み言の一つや二つはあるだろ」
「教会に入ってから暫くして分かったんですけど、交換だったらしいんですよ」
「・・・うん? 何と何がだ?」
「王国金貨1万枚。教会が僕の両親に提示した、僕との交換材料です」



「・・・は?」



「教会の人の話を小耳に挟みまして。僕の能力の事を知って、取引を持ちかけたみたいなんです。
 王国金貨が1万枚もあれば、一生働かずに暮らせますからね。
 扱いに困る力を持った子供一人ぐらい、差し出すのも当然ですよ」

ここまでの話の流れのまま、淡々と語るシロ。
一方エトナは、シロの衝撃の過去に驚き、固まった。

それから数十秒。
一体どうしたのだろうと、シロが首を傾げた時、エトナは何とか頭を再起動させたようだ。

「えっと・・・それはつまり、お前は両親に金貨1万枚ごときで売られた、という事か?」
「ですね」
「・・・・・・・・・・・」

両親に、売られた。
あまりに重過ぎる過去。
それを何事も無かったかのように喋るシロ。

エトナは、キレた。

「とりあえず言っとく。お前バカか!?」
「え、どうしたんですか突然?」
「お前両親に売られたんだぞ!? 恨みの一つや二つ所の話じゃねーだろ!」
「いや、こんな面倒な能力持った子供を金貨1万枚で引き取るっていうんですよ?
 大体の人は応じると思いますが」
「何で冷静に分析できるんだよんな事を! お前いくつだよ!?」
「一応、来月で10歳ですけど」
「今9歳!? 一桁台の年で親の事情とか一々考えんなこのませガキ!
 お前ぐらいのガキなら毎日元気に遊びまくってればいいんだよ!」
「僕はどちらかというと本を読んだりする方が・・・」
「どっちでもいいわそんなん!」

何故エトナに怒られているのか分からないシロ。
何故シロが冷静でいられるのか分からないエトナ。

二人の噛み合わない会話は、しばらく続いた。



一頻り説教を(喋り疲れて)終えたエトナ。
シロはというと、依然としてエトナの言った事がよく分からないようである。

「えっと、まとめると僕は両親を恨むべきなんですか?」
「聞くなそんなの・・・というか分かれ・・・」
「うーん、と言われましても、よく分からないんですよね・・・」
「何故困り顔になる・・・困ってるのはアタシの方だっての・・・」

そこで会話が途切れ、静寂が二人を包む。
数分後、エトナが話を切り出した。

「・・・シロ。お前さ、麓の街以外でどっかに行った事ってあるか?」
「え? うーん、たまに野草を取りにこの山を登ったり下ったりはしますけど、
 麓の街で大体生活に必要なものは揃いますから、そこを除くとなると・・・
 特に無いですね」
「・・・そっか」

すっと立ち上がり、シロを見下ろしたエトナ。
何か、意を決した様な表情である。

「なぁ、シロ」
「何ですか?」
「両親、殴りに行かねぇか」



「・・・え?」



「とんでもねぇ馬鹿げた事をしてくれたお前の両親の顔面に、一発キツいのをお見舞いしてやるんだ。
 テメェらが売っ払った息子は、こんなに元気ですよ、ってな」
「・・・何故?」
「お前が特に両親を恨んでない事は分かった。けどな、アタシは許せねぇんだ。
 自分で産んだガキを売るなんていう外道が、大金貰ってのうのうと暮らしてる事が」

シロを真っ直ぐ見据え、毅然とした態度でエトナは言った。
流石にシロも、何かを感じ取った様である。

「・・・よく分からないんですが、エトナさんが僕の事を真剣に考えてくれている、という事は
 分かりました。ありがとうございます」
「どーいたしまして。・・・それで、だ」

一呼吸置いて。

「両親探しながら、世界を見てみねぇか。
 世の中にはお前の知らない、色々な事があるんだよ。
 うまい食い物、綺麗な景色、面白い祭り・・・もちろん、いい事ばかりじゃねぇ。
 だけどさ、山と街の往復よりは、楽しいと思うぞ?」

白い歯を見せ、ニコリと笑う。

「アタシは無駄に物分りのいいガキは嫌いだが、
 両親もいねぇのに立派に生きてるガキは嫌いじゃねぇ。
 それに・・・アタシは強い男が好きだ。不意打ちで薬を使ったとはいえ、
 アタシはやられた。お前は下手すりゃそこら辺の男よりずっと強い」

僅かに、顔を赤らめる。

「まぁ、要するにだ・・・アタシについて来い。
 お前の両親殴るついでに、いいモン見せてやるよ」

左の掌に、右手を拳固にして、打ち付ける。
表情も、ニヤリとした笑いに変わった。

「それじゃ、はっきり聞く。
 ・・・アタシについて来い。回答ははいかYESで答えろ」

シロの心は、決まっていた。

「はい。こんな僕で良ければ、喜んで」
「よし決まり! それじゃ荷物まとめろ! 世界を股にかけた大冒険の始まりだ!」
「その前に、麓の街でお守りをたくさん作ってもらわないと。
 あとお世話になった人に挨拶も・・・」
「5秒で済ませろ! はい1、2・・・」
「無理言わないで下さいよ・・・」

不思議な魅力を持つ少年、シロ。
それにゾッコンのオーガ、エトナ。

二人の旅が今、始まった。
11/06/26 19:07更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
お久しぶりです。星空木陰です。
震災の影響でSSを更新できずにいましたが、復帰いたしました。
プロローグだけで3000以上の閲覧数と2の投票を頂き、感謝の気持ちで一杯です。
さて、ついに始まりました。シロとエトナの二人旅。
彼と彼女は、これから一体どんな事をしていくのでしょうか。
(6月26日 本文一部修正)

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