40.おしまいと、はじまり。
王都ジェルスティン居住区の、とあるタワーマンション。
ここに住んでいるのは、商人なら商館経営クラス、兵士なら隊長クラス、
政治家なら大臣クラスの者達。
広々とした部屋のデザインは王国でも名うての芸術家が制作を務め、
一般市民の収入では飲まず食わずの生活でも住めない。
高い地位に相応しい住まいと家賃を誇る、高級マンションである。
「おい、今日のメシどうした」
「知らないわよ! 勝手にどっかで食ってきなさい!」
「チッ、この金食い虫が」
「何よ! 誰のおかげでお金貰えたと思ってるのよ!」
シロを売ってからというものの、二人は自堕落極まりない生活を続けていた。
朝から晩まで遊び呆け、迷惑千万な行いも金でどうにかしようとし、
それができなければ怒鳴り散らす喚き散らす。
それ以外でやることといえば、金を独り占めする為に、どうやったら
合法的に相手を殺すことができるか考えるくらい。
我が子のことについては、『考えない』のではなく『考えたことが無い』。
いつも通り、喧嘩から始まる朝。
基本的に、こうなると夫であるハインが部屋を出るまで続くのだが、
この日は別の要因で、一時休戦となった。
「あ? 何か鳴ったぞ」
「誰か来たわね。アンタ出なさいよ。そっちの方近いし」
「チッ、面倒だな」
部屋に、インターホンの音が響いた。
来客となれば、流石に多少は配慮しないわけにはいかない。
ドアを開けると、顔の殆どを覆う大きなフードを被った、何者かが立っていた。
少し間が空いてから、喋りだす。
「お久しぶりです。破魔蜜くんのことで、お話があります」
話の内容は、ハイン、カリスタ双方にとって、驚きのことだった。
教団から逃げた破魔蜜を捕まえた。
しかし、教団はもう、その力で十分に成果を上げた。
ついては、そろそろお子さんをお返ししてもいい。
勿論、以前支払った金貨は返す必要は無い。
「本人も連れてきています。・・・ほら、入りなさい」
教団員が手招きをすると、部屋に一人の少年が入ってきた。
勿論、ハインとカリスタの息子である。
「ほら。この二人が、お前の父さんと母さんだよ」
「はい」
ちょこんと、教団員の隣に座る。
それを見て、教団員は話を続けた。
「いかがなさいますか? 必要ならば、能力を抑える術式をこちらで組みます。
教団では教育も行っていましたし、知能も年相応にあります。
お二人のお子さんですし、一緒に暮らされた方が宜しいのでは?」
前日の夜。
シロは、エトナにあることを頼んでいた。
「敢えて、一度だけチャンスを与えようって思うんです」
「・・・は?」
シロは、思っていた。
王都での二人の振る舞いは、クズ以外の何者でもない。
しかし、自分が絡んだら、どういう振る舞いをするのかは、まだ定かではない。
「エトナさんには、僕の両親に会ってもらいます。
そして、僕を二人に返してもいい、と言って下さい」
「ちょっ、お前何考えてるんだ!?」
「あぁ、当然ですけど何があろうと、僕は両親の下に帰るなんて真っ平です。
それだけは絶対にありえません」
「・・・それなら、まぁ、いいんだけど、どうするんだ?
アタシが会ったところで、どうにもならないと思うんだが」
「そのまま会うのではなく、教団員に変装して頂きます。
大きめのフードと手袋があれば、角と肌の色は誤魔化せるでしょう。
そこで、エトナさんは教団員の演技をして、僕を二人に返していい、と言って下さい」
「気は進まねぇが・・・まぁ、シロの頼みなら」
「ごめんなさい。無理を言って」
「いや、大丈夫。それにシロのことだ。何か考えあってのことだろ?」
「はい。その後の反応次第で、後に続く流れが変わります。
そのまま僕を引き取ってくれそうならいいんですが、拒否した場合は・・・」
(さて、どうなるか)
フードの何者かとは、教団員に扮したエトナ。
シロの両親を前に、相当な怒りがこみ上げているが、努めて冷静に、演技に徹している。
エトナの考える可能性は二つ。
一つは、シロを引き取る。90%はそうすると見ている。
もう一つは、シロを引き取らない。残りの10%。
「今更どの面下げて暮らせば良いのか・・・」といった、自責の念から来る理由で、
このまま教団で育ててもらう、という選択。
事前に、シロから様々な可能性を提示されたが、エトナはこの二つのどちらかだと思っている。
というより、流石にクズでも、息子本人を目の前にして。
「いらねぇよ! 余計な穀潰しなんて、誰が欲しがるんだよ!」
「そっちで勝手にしてちょうだい! それで成果上がったら、もっと金寄こしなさいよ!」
自己利の理由で、突き返す真似なんてしないだろうと、先程までは思っていた。
「・・・そう、ですか」
拳を握り、必死にこらえる。
あと、少しだけ。それが終われば、シロの頼みを完遂できる。
引き取ることを拒否した場合。
エトナは、なるべく声色を変えないようにして、呟いた。
「月々の養育費として銀貨10枚。
今月は日割り分として、銀貨2枚を差し上げるつもりでしたが・・・」
「早く言えよ。なら引き取る」
「少なくない? 銀貨20枚にしなさいよ」
金が貰えると聞いて、即座に手の平返し。
それどころか、支給金額の吊り上げを要求。
エトナの我慢は、もう限界。
それを感じたシロは、この後少し間を置いてから言うつもりだった事を、
すぐに声にした。
「お父さん、お母さん。今日は僕、このお金でおっきなハンバーグが食べたいな」
これが、本当に最後のチャンス。
久しぶりに再会した我が子の、ささやかなおねだり。
シロが知りたいことは、二つ。
自分の能力が無かったら、二人は自分を捨てなかったのか。
金貨一万枚という大金ではなく、僅かな金であれば、自分を選んでくれるのか。
一つ目は、自分を突き返そうとした両親を見て、能力は関係なかったと、証明された。
二つ目は、この願いを聞いてくれれば、養育費を貰えると言う理由があったとしても、
自分を育てる意志があると判断できる。
心優しいシロが、最後に与えたチャンス。
それを、両親は。
「「金のなる木が、食べ物なんて食うんじゃない!」」
醜悪極まりない自己利によって、棒に振った。
「・・・だから言ったろ、いらないって」
「・・・えぇ、残念です。事と次第によっては、多少加減しようかな、と思ってたんですが」
「あ? 何言ってんだお前・・・ら・・・!?」
エトナが、フードを取る。
目の前に魔物が現れた衝撃に慄くハインをよそに、シロは目の笑ってない笑顔で。
「僕の声、覚えていて下さいね。
父さんとか母さんとか呼ぶなんて、もう無いですから」
「どうでもいいわよ! 誰なのこの魔も・・・」
「黙れ」
「ヒッ」
ドスの利いた声で、カリスタを静まらせ。
「では・・・父さん、母さん。
最後の最後までクズでいてくれて、本当にありがとうございます」
二人に近づき。
「これで僕は、心置きなく」
拳を、握り固め。
「あなた方を、殴れます」
「ぐぇっ!」
右の拳は、父、ハインのエラをえぐるようにして。
「ぐぉっ!」
左の拳は、母、カリスタの鼻に真っ直ぐに。
渾身の一撃が、決まった。
「エトナさんも、お願いします。
もう、この二人の声聞きたくないんで、気絶させて下さい」
「おう。一発で決める」
シロの両親の、最後の言葉は。
「いきなり何してんだ! このクソ・・・」
「それが親にすること!? 大体・・・」
最後の最後まで、自分達のことしか考えておらず。
「死んじまうと面倒だから・・・・・・耐えろよ?」
「「グハッ!!!!!」」
目の前に迫り来る拳に、飲み込まれた。
少し後に、分かったこと。
鍵をかけないまま部屋を出たところ、マンションの管理人が部屋に入っていった。
どうやら、シロの両親は支払い能力がありながら、家賃を滞納していたらしい。
加えて、各地での迷惑行為が、法を侵すレベルのものもあったと判明。
一つ当たりの罪は少ないが、数が数。
業を煮やした人々が、遂に二人を正式に訴えることを決定。
元よりそんな能力は無いが、物理的に隔離されることによって、
報復の心配すら、無くなった。
「・・・終わったな」
「はい」
馬車の中で、二人寄り添って語る。
シロの両親を殴るまでのことと、殴った後のこと。
「シロ、あの場で殺さずに耐え切ったアタシを褒めてくれ。
ムカつきが収まらねぇ」
「当然です。エトナさん、本当によく我慢してくれました。
流石に殺しちゃうと大事になりますけど・・・それでもいいかな、と思いましたし」
「にしても、いいの決めたな。やっぱりシロはセンスある。
ちょっと教えた位で、あぁも綺麗にブチ込めるヤツなんて、そうそういねぇよ」
「僕は、力任せに突き出しただけです。それでよかったんでしょうか」
「それが一番大事。特にこういう時は。
細々した事は抜きにして、全力でブン殴る。それが正解だ」
躊躇する理由など、どこにもなかった。
何も気に留める必要が無くなったが故の、全力のパンチ。
恐らくは、これが最初で最後。
エトナは思う。
今までの言動からしてシロは、これで旅は終わり、お別れになると言うだろうと。
「エトナさん、これで旅は終わりです。
僕とエトナさんが旅を続ける理由は無くなりました」
予想通り。
当然、そんなことを許す訳が無い。
どんな言葉で撤回させるか、軽く思案していた所。
「そこで、なんですが」
「どこかで、二人で暮らしてみませんか?」
想定外の提案が、シロの口から出た。
「・・・・・・え?」
「今まで行った町ならどこでも、受け入れてもらえると思います。
僕の故郷のラシッド、港町タリアナ、宿場町ロコ、商業都市ノノン、
娯楽都市シャルク、軍事都市ゲヌア。
それぞれの場所で、関わりの深い人が出来ました」
「・・・そうだな。シロの活躍で」
「そんな大層なこと、してませんけどね。
・・・えっと、つまり。旅はこれで一旦おしまいですけど、
今度はどこかに腰を据えて、エトナさんとの時間を過ごしたいんです。
当座の生活費はありますし、図々しい話ですが、ある程度なら
お金を頂いたり、貸して頂けそうな方はいます」
「アタシとの、時間・・・それって」
「率直に、聞きます。僕はまだ9歳です。だから、結婚はできませんが・・・」
エトナの手を、そっと握り。
明るい光の宿った瞳で、エトナを見つめて。
「結婚を前提として、エトナさんと共に、これからの生を送らせて下さい。
回答は、はいかYESでお願いします」
二人の出会い、旅の始まり。
そのきっかけとなった、エトナの問い。
同じ形で、旅の終わりに告げられた、シロからのプロポーズを。
「はい。これからも、ずっと、一緒に・・・な」
エトナは、静かに受けた。
「それじゃ、どこで暮らすか決めましょうか。
エトナさんが隣にいれば、どこでもいいんですけどね」
「アタシも。シロが隣にいれば、どこだって最高だ。
だから逆に難しいな。どうするよ?」
旅の終わりは、別れではない。
長い年月を重ねて、ゆっくりと歩く、新しい旅の始まり。
二人の旅は、これからが本番。
その一日目が、今、始まった。
ここに住んでいるのは、商人なら商館経営クラス、兵士なら隊長クラス、
政治家なら大臣クラスの者達。
広々とした部屋のデザインは王国でも名うての芸術家が制作を務め、
一般市民の収入では飲まず食わずの生活でも住めない。
高い地位に相応しい住まいと家賃を誇る、高級マンションである。
「おい、今日のメシどうした」
「知らないわよ! 勝手にどっかで食ってきなさい!」
「チッ、この金食い虫が」
「何よ! 誰のおかげでお金貰えたと思ってるのよ!」
シロを売ってからというものの、二人は自堕落極まりない生活を続けていた。
朝から晩まで遊び呆け、迷惑千万な行いも金でどうにかしようとし、
それができなければ怒鳴り散らす喚き散らす。
それ以外でやることといえば、金を独り占めする為に、どうやったら
合法的に相手を殺すことができるか考えるくらい。
我が子のことについては、『考えない』のではなく『考えたことが無い』。
いつも通り、喧嘩から始まる朝。
基本的に、こうなると夫であるハインが部屋を出るまで続くのだが、
この日は別の要因で、一時休戦となった。
「あ? 何か鳴ったぞ」
「誰か来たわね。アンタ出なさいよ。そっちの方近いし」
「チッ、面倒だな」
部屋に、インターホンの音が響いた。
来客となれば、流石に多少は配慮しないわけにはいかない。
ドアを開けると、顔の殆どを覆う大きなフードを被った、何者かが立っていた。
少し間が空いてから、喋りだす。
「お久しぶりです。破魔蜜くんのことで、お話があります」
話の内容は、ハイン、カリスタ双方にとって、驚きのことだった。
教団から逃げた破魔蜜を捕まえた。
しかし、教団はもう、その力で十分に成果を上げた。
ついては、そろそろお子さんをお返ししてもいい。
勿論、以前支払った金貨は返す必要は無い。
「本人も連れてきています。・・・ほら、入りなさい」
教団員が手招きをすると、部屋に一人の少年が入ってきた。
勿論、ハインとカリスタの息子である。
「ほら。この二人が、お前の父さんと母さんだよ」
「はい」
ちょこんと、教団員の隣に座る。
それを見て、教団員は話を続けた。
「いかがなさいますか? 必要ならば、能力を抑える術式をこちらで組みます。
教団では教育も行っていましたし、知能も年相応にあります。
お二人のお子さんですし、一緒に暮らされた方が宜しいのでは?」
前日の夜。
シロは、エトナにあることを頼んでいた。
「敢えて、一度だけチャンスを与えようって思うんです」
「・・・は?」
シロは、思っていた。
王都での二人の振る舞いは、クズ以外の何者でもない。
しかし、自分が絡んだら、どういう振る舞いをするのかは、まだ定かではない。
「エトナさんには、僕の両親に会ってもらいます。
そして、僕を二人に返してもいい、と言って下さい」
「ちょっ、お前何考えてるんだ!?」
「あぁ、当然ですけど何があろうと、僕は両親の下に帰るなんて真っ平です。
それだけは絶対にありえません」
「・・・それなら、まぁ、いいんだけど、どうするんだ?
アタシが会ったところで、どうにもならないと思うんだが」
「そのまま会うのではなく、教団員に変装して頂きます。
大きめのフードと手袋があれば、角と肌の色は誤魔化せるでしょう。
そこで、エトナさんは教団員の演技をして、僕を二人に返していい、と言って下さい」
「気は進まねぇが・・・まぁ、シロの頼みなら」
「ごめんなさい。無理を言って」
「いや、大丈夫。それにシロのことだ。何か考えあってのことだろ?」
「はい。その後の反応次第で、後に続く流れが変わります。
そのまま僕を引き取ってくれそうならいいんですが、拒否した場合は・・・」
(さて、どうなるか)
フードの何者かとは、教団員に扮したエトナ。
シロの両親を前に、相当な怒りがこみ上げているが、努めて冷静に、演技に徹している。
エトナの考える可能性は二つ。
一つは、シロを引き取る。90%はそうすると見ている。
もう一つは、シロを引き取らない。残りの10%。
「今更どの面下げて暮らせば良いのか・・・」といった、自責の念から来る理由で、
このまま教団で育ててもらう、という選択。
事前に、シロから様々な可能性を提示されたが、エトナはこの二つのどちらかだと思っている。
というより、流石にクズでも、息子本人を目の前にして。
「いらねぇよ! 余計な穀潰しなんて、誰が欲しがるんだよ!」
「そっちで勝手にしてちょうだい! それで成果上がったら、もっと金寄こしなさいよ!」
自己利の理由で、突き返す真似なんてしないだろうと、先程までは思っていた。
「・・・そう、ですか」
拳を握り、必死にこらえる。
あと、少しだけ。それが終われば、シロの頼みを完遂できる。
引き取ることを拒否した場合。
エトナは、なるべく声色を変えないようにして、呟いた。
「月々の養育費として銀貨10枚。
今月は日割り分として、銀貨2枚を差し上げるつもりでしたが・・・」
「早く言えよ。なら引き取る」
「少なくない? 銀貨20枚にしなさいよ」
金が貰えると聞いて、即座に手の平返し。
それどころか、支給金額の吊り上げを要求。
エトナの我慢は、もう限界。
それを感じたシロは、この後少し間を置いてから言うつもりだった事を、
すぐに声にした。
「お父さん、お母さん。今日は僕、このお金でおっきなハンバーグが食べたいな」
これが、本当に最後のチャンス。
久しぶりに再会した我が子の、ささやかなおねだり。
シロが知りたいことは、二つ。
自分の能力が無かったら、二人は自分を捨てなかったのか。
金貨一万枚という大金ではなく、僅かな金であれば、自分を選んでくれるのか。
一つ目は、自分を突き返そうとした両親を見て、能力は関係なかったと、証明された。
二つ目は、この願いを聞いてくれれば、養育費を貰えると言う理由があったとしても、
自分を育てる意志があると判断できる。
心優しいシロが、最後に与えたチャンス。
それを、両親は。
「「金のなる木が、食べ物なんて食うんじゃない!」」
醜悪極まりない自己利によって、棒に振った。
「・・・だから言ったろ、いらないって」
「・・・えぇ、残念です。事と次第によっては、多少加減しようかな、と思ってたんですが」
「あ? 何言ってんだお前・・・ら・・・!?」
エトナが、フードを取る。
目の前に魔物が現れた衝撃に慄くハインをよそに、シロは目の笑ってない笑顔で。
「僕の声、覚えていて下さいね。
父さんとか母さんとか呼ぶなんて、もう無いですから」
「どうでもいいわよ! 誰なのこの魔も・・・」
「黙れ」
「ヒッ」
ドスの利いた声で、カリスタを静まらせ。
「では・・・父さん、母さん。
最後の最後までクズでいてくれて、本当にありがとうございます」
二人に近づき。
「これで僕は、心置きなく」
拳を、握り固め。
「あなた方を、殴れます」
「ぐぇっ!」
右の拳は、父、ハインのエラをえぐるようにして。
「ぐぉっ!」
左の拳は、母、カリスタの鼻に真っ直ぐに。
渾身の一撃が、決まった。
「エトナさんも、お願いします。
もう、この二人の声聞きたくないんで、気絶させて下さい」
「おう。一発で決める」
シロの両親の、最後の言葉は。
「いきなり何してんだ! このクソ・・・」
「それが親にすること!? 大体・・・」
最後の最後まで、自分達のことしか考えておらず。
「死んじまうと面倒だから・・・・・・耐えろよ?」
「「グハッ!!!!!」」
目の前に迫り来る拳に、飲み込まれた。
少し後に、分かったこと。
鍵をかけないまま部屋を出たところ、マンションの管理人が部屋に入っていった。
どうやら、シロの両親は支払い能力がありながら、家賃を滞納していたらしい。
加えて、各地での迷惑行為が、法を侵すレベルのものもあったと判明。
一つ当たりの罪は少ないが、数が数。
業を煮やした人々が、遂に二人を正式に訴えることを決定。
元よりそんな能力は無いが、物理的に隔離されることによって、
報復の心配すら、無くなった。
「・・・終わったな」
「はい」
馬車の中で、二人寄り添って語る。
シロの両親を殴るまでのことと、殴った後のこと。
「シロ、あの場で殺さずに耐え切ったアタシを褒めてくれ。
ムカつきが収まらねぇ」
「当然です。エトナさん、本当によく我慢してくれました。
流石に殺しちゃうと大事になりますけど・・・それでもいいかな、と思いましたし」
「にしても、いいの決めたな。やっぱりシロはセンスある。
ちょっと教えた位で、あぁも綺麗にブチ込めるヤツなんて、そうそういねぇよ」
「僕は、力任せに突き出しただけです。それでよかったんでしょうか」
「それが一番大事。特にこういう時は。
細々した事は抜きにして、全力でブン殴る。それが正解だ」
躊躇する理由など、どこにもなかった。
何も気に留める必要が無くなったが故の、全力のパンチ。
恐らくは、これが最初で最後。
エトナは思う。
今までの言動からしてシロは、これで旅は終わり、お別れになると言うだろうと。
「エトナさん、これで旅は終わりです。
僕とエトナさんが旅を続ける理由は無くなりました」
予想通り。
当然、そんなことを許す訳が無い。
どんな言葉で撤回させるか、軽く思案していた所。
「そこで、なんですが」
「どこかで、二人で暮らしてみませんか?」
想定外の提案が、シロの口から出た。
「・・・・・・え?」
「今まで行った町ならどこでも、受け入れてもらえると思います。
僕の故郷のラシッド、港町タリアナ、宿場町ロコ、商業都市ノノン、
娯楽都市シャルク、軍事都市ゲヌア。
それぞれの場所で、関わりの深い人が出来ました」
「・・・そうだな。シロの活躍で」
「そんな大層なこと、してませんけどね。
・・・えっと、つまり。旅はこれで一旦おしまいですけど、
今度はどこかに腰を据えて、エトナさんとの時間を過ごしたいんです。
当座の生活費はありますし、図々しい話ですが、ある程度なら
お金を頂いたり、貸して頂けそうな方はいます」
「アタシとの、時間・・・それって」
「率直に、聞きます。僕はまだ9歳です。だから、結婚はできませんが・・・」
エトナの手を、そっと握り。
明るい光の宿った瞳で、エトナを見つめて。
「結婚を前提として、エトナさんと共に、これからの生を送らせて下さい。
回答は、はいかYESでお願いします」
二人の出会い、旅の始まり。
そのきっかけとなった、エトナの問い。
同じ形で、旅の終わりに告げられた、シロからのプロポーズを。
「はい。これからも、ずっと、一緒に・・・な」
エトナは、静かに受けた。
「それじゃ、どこで暮らすか決めましょうか。
エトナさんが隣にいれば、どこでもいいんですけどね」
「アタシも。シロが隣にいれば、どこだって最高だ。
だから逆に難しいな。どうするよ?」
旅の終わりは、別れではない。
長い年月を重ねて、ゆっくりと歩く、新しい旅の始まり。
二人の旅は、これからが本番。
その一日目が、今、始まった。
17/05/16 22:44更新 / 星空木陰
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