少年の願いと、神官の慈愛。
世界中の海を旅しては、新たに結ばれた人間と魔物の夫妻を探し、儀式を執り行う。
それが海神ポセイドンに仕える神官『シー・ビショップ』達に課せられた使命である。
「二人の新たなる旅立ちに、海神様のご加護があらん事を・・・」
彼女もまた、そのシー・ビショップの一人である。
海の中へと行く漁師の男とマーメイドを見送り、静かに祈りを捧げる。
それは正に、『聖女』という表現がしっくり来る、美しく、清らかな姿であった。
ある日の事。
儀式の済んでいない夫妻を探し、シー・ビショップのステナは大陸の海岸線沿いを泳いでいた。
今のところ、それらしき男女は見当たらない。
しかし、それとは別に、気になる物を見つけた。
「・・・・? どうしたのかしら・・・」
彼女が見つけたのは、砂浜に座り込んでいる一人の少年。
顔を俯けているためその表情ははっきりとは分からないが、微かに頭と肩が震えている事と、
彼の足元の砂の色が僅かに変わっている事から、恐らく泣いていると思われる。
シー・ビショップは、魔物娘でありながらその殆どが温厚且つ心優しい性格であり、
困っている人を見捨ててはおけない性質なのである。
彼女もまた、その例に漏れず、一人砂浜で泣いている少年の元へと向かっていった。
「君、こんな所でどうしたのかな?」
「・・・えぐっ、ぐすっ・・・」
誰かが来た、という事に気付いた様ではあるが、少年は顔を上げない。
ステナはゆっくりと、少年が泣き止むまでその場で待つ事にした。
待つ事凡そ数分。
少年がステナへと顔を向けた。
「こんにちは」
「・・・人魚、さん?」
「えぇ、私はシー・ビショップのステナ。君は何て言うのかな?」
「・・・コルト、です」
「コルト君、って言うんだ。いい名前だね」
柔らかく微笑むステナ。
それを見たコルトも、少しではあるが表情から固さが取れたようである。
「隣、いいかな?」
「え? はい、大丈夫です」
砂浜へと上がり、鱗に覆われた下半身を少年の横に置き、正座の様な体勢をとる。
そして、ステナは本題へと移った。
「ずいぶん、泣いてたみたいだけど・・・どうしたの?」
「・・・聞かない方が、いいと思いますよ」
「無理に聞くつもりは無いけど、誰かに話したら、楽になるんじゃないかな」
「・・・それじゃあ、聞いて貰えますか?」
「私でよければ」
コルトは、静かに語り始めた。
彼が話した事。
この辺りは反魔物派の人間が圧倒的に多く、自分の両親もそうであるという事。
しかし、自分はそれに納得が行かず、両親や教会の人々をなんとか説得しようとしたが、何一つ上手くいかなかったという事。
「教団の人が言ってる、魔物は人間を殺して食べるなんて事が嘘だっていうのは
分かっているんです。それなのに、何も出来ない自分が情けなくて・・・」
ステナは、少年の健気さと、深い哀しみを感じた。
(こんな小さな子が、持てる力の全てを出し尽くして、沢山の大人達に立ち向かおうとしている・・・)
話し終えると、また俯いたコルトの頭を、ステナはそっと抱き寄せた。
当惑しているコルトに、彼女は語りかける。
「ありがとう、本当にありがとう。私は、コルト君のその想いを知って、
とても嬉しくなった。だから、コルト君は情けなくなんかない。
少なくとも、私から見れば、凄く立派だと思うよ」
ステナの豊かな胸の中で、彼女の声を聞いたコルトは、とても安らかな気持ちになった。
まるで、暖かい海の中でゆりかごに揺られているような、心地よい感覚。
コルトは、心の底から、安らぎを感じていた。
しかし、彼は突然、ステナを突き飛ばした。
ステナが驚いていると、コルトは焦燥しきった表情で、こう言った。
「教団の人がこっちに来てます! 急いで隠れて下さい!」
そう言うとコルトは、ステナを海へと押した。
されるがまま、ステナは海へと潜り、辺りから見えなくなった。
その数秒後、三人の大人達がコルトのもとへとやってきた。
「コルト、またお前はこんな所に来て・・・海に棲む魔物にでも襲われたらどうするんだ」
「いい? 魔物は人を襲い、食らうのよ。あなたの友達も、魔物に殺されたんだから!」
「君の親御さんの言う通りです。友人のルド君がどうなったか、覚えているでしょう?」
コルトの両親と、教団の神父がそれぞれコルトを窘める。
しかし、コルトはそれに屈しない。
「魔物は人を殺したりなんかしない! ルドは魔物に殺されたんじゃなくて、
教団の人たちにルドの家族と一緒に、他の国に追いやられたんだよ!」
「馬鹿な事を言うんじゃない! 神父様がそんな事をする訳が無いだろ!」
「この前ルドから手紙が届いたんだ、教団の人たちに家を焼かれたって!」
「・・・教団の皆様に何て口を聞くんだ馬鹿野郎!」
コルトの父親が、コルトの頬を平手で叩いた。
それに続いて、母親も首を掴み、絞める。
「あんたは私たちと神父様の言う事だけ聞いていればいいの。あんな愚かな子なんか、
魔物に殺されて当然なのよ!」
みるみる青褪めて行く息子の顔を意に介す事無く、さらに強く頸部を圧迫するコルトの母親。
すると、教団の神父がそれを止める。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。彼はまだこの世の理が分かっていないだけです。
ここは私に任せて、ご両親は家へお戻りください」
そう言ってコルトと両親の間に入る神父。
「申し訳ございません神父様。私共ではどうやら手に負えないようで・・・」
「うちの息子が本当にどうしようもない愚か者で・・・いつもいつもすみません」
「構いませんよ。全ての人間が正しい道を歩く事が出来るようにするのが私共の務めです。
ただ・・・帰る途中、教団に若干の寄付をして頂ければ、今後も・・・」
神父の話に相槌を打ち続け、両親は来た道を戻って行く。
その姿が見えなくなると、神父はコルトに向き直った。
「さて・・・」
コルトの両親と一緒にいた時の温厚そうな表情は消え、冷酷な顔をした神父は言った。
「俺らの事を散々バカにしてくれたなこのクソガキが・・・覚悟はできてるんだろうな!?」
そう言うと神父はいきなりコルトの顔面を殴った。
倒れこむコルトにそのまま殴打を食らわせる。
「テメェみてぇなガキがうだうだ言ってんじゃねーよ! 魔物なんかに人間様の世界を
譲るなんて馬鹿な話があるか? この偽善者が!」
コルトの瞼が切れ、血が流れる。
それでも容赦なく、神父はコルトを殴り続ける。
顎を殴られては、口から血を吐き出し、腹を蹴られては、嘔吐を起こす。
「それからテメェの親に言っとけ! 最近寄付金が減ってるんだよ! 1日に
金貨10枚も出せないってどういうことだこの貧乏人が!」
傷だらけのコルトに暴力をふるい続けたまま、口汚く罵る神父。
しかし、コルトは朦朧とする意識の中、神父に抗う。
「魔物は・・・人間に危害を加えたりなんか・・・しない・・・・・・
本当に・・・・・害悪なのは・・・・金を貪り・・・・
人を騙す・・・・・・貴方たち・・・・・・・教団・・・・だ・・・・・!」
腫れあがってほとんど開かない瞼を限界まで開け、神父の顔を見据え、
教団の悪行を告発するコルト。
その言葉を聞いた神父は激怒した。
「・・・クソガキが調子に乗りやがって・・・死ねえぇ!」
そう言って神父は、コルトの喉に向けて、一気に足を振り降ろした。
―――その瞬間。
「ぐふっ!?」
突然、砂浜に倒れる神父。その側には、ステナがいた。
彼女は、日に数十キロメートル泳ぐと言われているシー・ビショップの鍛えられた尾びれで、
神父の頭を全力で引っ叩き、脳震盪を起こさせたのである。
「コルト君!」
ステナはすぐさま、治癒魔法をコルトにかける。
すると、コルトの身体中にあった傷が次々と消え、顔に血色が戻っていった。
「大丈夫? 一応、少し強めにかけたけど・・・」
「えぇ、大丈夫です。その、ありがとうございます」
そう言うと、コルトは優しく笑った。
「一口に教団といっても、純粋に人間の生き方を説く所もあれば、ここの人たちのように、
金や権力目当ての人たちで組織された、ならず者の集団に近いようなものもあるんです」
少し話をして、哀しげな表情を浮かべたコルト。
彼はそのまま、話を続ける。
「僕なんかが何か出来るなんて思っていません。でも、何もせずにはいられなくて・・・
今回みたいに、中途半端に出しゃばったせいで、ステナさんにまで迷惑をかけてしまうなんて・・・
僕・・・本当に・・・」
目に涙を浮かべ、口籠ったコルト。
「コルト君・・・」
ステナは、コルトを強く抱きしめた。
「力になれなくてごめんね。私には、こうすることぐらいしかしてあげられないの・・・」
そのまま、コルトの背中を摩りながら、自らのふくよかな胸に、コルトの顔を抱き寄せるステナ。
彼女の目から、涙が零れ落ちた。
どれくらい、経ったのだろうか。
コルトはステナの胸の中で、眠りについていた。
海よりも深き慈愛に満ちた表情で、ステナはコルトの頭を撫でる。
「こんなに頑張ってる子が・・・何で、あんな目に遭わなきゃいけないのかな・・・」
この世の理不尽さを嘆き、今度は哀しげな表情になったステナ。
すると、コルトの瞼がゆっくりと開く。
「あ・・・ステナさん」
「コルト君、少しは落ち着いた、かな?」
「はい。その・・・ありがとう、ございました」
「どういたしまして。・・・コルト君」
「・・? はい?」
「これは、私を守ってくれたお礼と、君の頑張りに対するご褒美」
ステナは、コルトの唇に優しく口づけた。
そして、軽く舌を入れ、コルトの舌と絡ませる。
「んんっ!? ん・・・」
「・・・んっ」
ほんの数秒ほどで離れると、二人の間に唾液の銀糸ができた。
「ええっと・・・その・・・」
「ごめん、嫌・・・だった?」
「いえ、その・・・恥ずかしかったですけど、嬉しいです」
シー・ビショップは、どこかに住居を構えるといった事はしない。
彼女を必要とする多くの人間と魔物の為、世界中を旅して回る。
「それじゃ、さよなら」
「あの・・・ステナさん!」
「?」
「その・・・またいつか、会えますよね?」
シー・ビショップは、どこか特定の場所に、個人的な理由で立ち寄る事は許されない。
しかし、ステナは答えた。
「えぇ。きっと」
「また来てください! その頃には、この国でも人間と魔物が共存できるようにしますから!」
「・・・ありがとう。コルト君」
そして、海へ潜り、コルトのいる海岸から離れる。
「・・・私はシー・ビショップ。私の個人的な感情で、多くの夫妻を見捨てるわけにはいかない・・・
・・・だけど・・・」
十分に離れた距離から、海面に顔を出し、海岸の方を向くステナ。
そこには、未だ脳震盪から目覚めない、神父がいるだけであった。
それが海神ポセイドンに仕える神官『シー・ビショップ』達に課せられた使命である。
「二人の新たなる旅立ちに、海神様のご加護があらん事を・・・」
彼女もまた、そのシー・ビショップの一人である。
海の中へと行く漁師の男とマーメイドを見送り、静かに祈りを捧げる。
それは正に、『聖女』という表現がしっくり来る、美しく、清らかな姿であった。
ある日の事。
儀式の済んでいない夫妻を探し、シー・ビショップのステナは大陸の海岸線沿いを泳いでいた。
今のところ、それらしき男女は見当たらない。
しかし、それとは別に、気になる物を見つけた。
「・・・・? どうしたのかしら・・・」
彼女が見つけたのは、砂浜に座り込んでいる一人の少年。
顔を俯けているためその表情ははっきりとは分からないが、微かに頭と肩が震えている事と、
彼の足元の砂の色が僅かに変わっている事から、恐らく泣いていると思われる。
シー・ビショップは、魔物娘でありながらその殆どが温厚且つ心優しい性格であり、
困っている人を見捨ててはおけない性質なのである。
彼女もまた、その例に漏れず、一人砂浜で泣いている少年の元へと向かっていった。
「君、こんな所でどうしたのかな?」
「・・・えぐっ、ぐすっ・・・」
誰かが来た、という事に気付いた様ではあるが、少年は顔を上げない。
ステナはゆっくりと、少年が泣き止むまでその場で待つ事にした。
待つ事凡そ数分。
少年がステナへと顔を向けた。
「こんにちは」
「・・・人魚、さん?」
「えぇ、私はシー・ビショップのステナ。君は何て言うのかな?」
「・・・コルト、です」
「コルト君、って言うんだ。いい名前だね」
柔らかく微笑むステナ。
それを見たコルトも、少しではあるが表情から固さが取れたようである。
「隣、いいかな?」
「え? はい、大丈夫です」
砂浜へと上がり、鱗に覆われた下半身を少年の横に置き、正座の様な体勢をとる。
そして、ステナは本題へと移った。
「ずいぶん、泣いてたみたいだけど・・・どうしたの?」
「・・・聞かない方が、いいと思いますよ」
「無理に聞くつもりは無いけど、誰かに話したら、楽になるんじゃないかな」
「・・・それじゃあ、聞いて貰えますか?」
「私でよければ」
コルトは、静かに語り始めた。
彼が話した事。
この辺りは反魔物派の人間が圧倒的に多く、自分の両親もそうであるという事。
しかし、自分はそれに納得が行かず、両親や教会の人々をなんとか説得しようとしたが、何一つ上手くいかなかったという事。
「教団の人が言ってる、魔物は人間を殺して食べるなんて事が嘘だっていうのは
分かっているんです。それなのに、何も出来ない自分が情けなくて・・・」
ステナは、少年の健気さと、深い哀しみを感じた。
(こんな小さな子が、持てる力の全てを出し尽くして、沢山の大人達に立ち向かおうとしている・・・)
話し終えると、また俯いたコルトの頭を、ステナはそっと抱き寄せた。
当惑しているコルトに、彼女は語りかける。
「ありがとう、本当にありがとう。私は、コルト君のその想いを知って、
とても嬉しくなった。だから、コルト君は情けなくなんかない。
少なくとも、私から見れば、凄く立派だと思うよ」
ステナの豊かな胸の中で、彼女の声を聞いたコルトは、とても安らかな気持ちになった。
まるで、暖かい海の中でゆりかごに揺られているような、心地よい感覚。
コルトは、心の底から、安らぎを感じていた。
しかし、彼は突然、ステナを突き飛ばした。
ステナが驚いていると、コルトは焦燥しきった表情で、こう言った。
「教団の人がこっちに来てます! 急いで隠れて下さい!」
そう言うとコルトは、ステナを海へと押した。
されるがまま、ステナは海へと潜り、辺りから見えなくなった。
その数秒後、三人の大人達がコルトのもとへとやってきた。
「コルト、またお前はこんな所に来て・・・海に棲む魔物にでも襲われたらどうするんだ」
「いい? 魔物は人を襲い、食らうのよ。あなたの友達も、魔物に殺されたんだから!」
「君の親御さんの言う通りです。友人のルド君がどうなったか、覚えているでしょう?」
コルトの両親と、教団の神父がそれぞれコルトを窘める。
しかし、コルトはそれに屈しない。
「魔物は人を殺したりなんかしない! ルドは魔物に殺されたんじゃなくて、
教団の人たちにルドの家族と一緒に、他の国に追いやられたんだよ!」
「馬鹿な事を言うんじゃない! 神父様がそんな事をする訳が無いだろ!」
「この前ルドから手紙が届いたんだ、教団の人たちに家を焼かれたって!」
「・・・教団の皆様に何て口を聞くんだ馬鹿野郎!」
コルトの父親が、コルトの頬を平手で叩いた。
それに続いて、母親も首を掴み、絞める。
「あんたは私たちと神父様の言う事だけ聞いていればいいの。あんな愚かな子なんか、
魔物に殺されて当然なのよ!」
みるみる青褪めて行く息子の顔を意に介す事無く、さらに強く頸部を圧迫するコルトの母親。
すると、教団の神父がそれを止める。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。彼はまだこの世の理が分かっていないだけです。
ここは私に任せて、ご両親は家へお戻りください」
そう言ってコルトと両親の間に入る神父。
「申し訳ございません神父様。私共ではどうやら手に負えないようで・・・」
「うちの息子が本当にどうしようもない愚か者で・・・いつもいつもすみません」
「構いませんよ。全ての人間が正しい道を歩く事が出来るようにするのが私共の務めです。
ただ・・・帰る途中、教団に若干の寄付をして頂ければ、今後も・・・」
神父の話に相槌を打ち続け、両親は来た道を戻って行く。
その姿が見えなくなると、神父はコルトに向き直った。
「さて・・・」
コルトの両親と一緒にいた時の温厚そうな表情は消え、冷酷な顔をした神父は言った。
「俺らの事を散々バカにしてくれたなこのクソガキが・・・覚悟はできてるんだろうな!?」
そう言うと神父はいきなりコルトの顔面を殴った。
倒れこむコルトにそのまま殴打を食らわせる。
「テメェみてぇなガキがうだうだ言ってんじゃねーよ! 魔物なんかに人間様の世界を
譲るなんて馬鹿な話があるか? この偽善者が!」
コルトの瞼が切れ、血が流れる。
それでも容赦なく、神父はコルトを殴り続ける。
顎を殴られては、口から血を吐き出し、腹を蹴られては、嘔吐を起こす。
「それからテメェの親に言っとけ! 最近寄付金が減ってるんだよ! 1日に
金貨10枚も出せないってどういうことだこの貧乏人が!」
傷だらけのコルトに暴力をふるい続けたまま、口汚く罵る神父。
しかし、コルトは朦朧とする意識の中、神父に抗う。
「魔物は・・・人間に危害を加えたりなんか・・・しない・・・・・・
本当に・・・・・害悪なのは・・・・金を貪り・・・・
人を騙す・・・・・・貴方たち・・・・・・・教団・・・・だ・・・・・!」
腫れあがってほとんど開かない瞼を限界まで開け、神父の顔を見据え、
教団の悪行を告発するコルト。
その言葉を聞いた神父は激怒した。
「・・・クソガキが調子に乗りやがって・・・死ねえぇ!」
そう言って神父は、コルトの喉に向けて、一気に足を振り降ろした。
―――その瞬間。
「ぐふっ!?」
突然、砂浜に倒れる神父。その側には、ステナがいた。
彼女は、日に数十キロメートル泳ぐと言われているシー・ビショップの鍛えられた尾びれで、
神父の頭を全力で引っ叩き、脳震盪を起こさせたのである。
「コルト君!」
ステナはすぐさま、治癒魔法をコルトにかける。
すると、コルトの身体中にあった傷が次々と消え、顔に血色が戻っていった。
「大丈夫? 一応、少し強めにかけたけど・・・」
「えぇ、大丈夫です。その、ありがとうございます」
そう言うと、コルトは優しく笑った。
「一口に教団といっても、純粋に人間の生き方を説く所もあれば、ここの人たちのように、
金や権力目当ての人たちで組織された、ならず者の集団に近いようなものもあるんです」
少し話をして、哀しげな表情を浮かべたコルト。
彼はそのまま、話を続ける。
「僕なんかが何か出来るなんて思っていません。でも、何もせずにはいられなくて・・・
今回みたいに、中途半端に出しゃばったせいで、ステナさんにまで迷惑をかけてしまうなんて・・・
僕・・・本当に・・・」
目に涙を浮かべ、口籠ったコルト。
「コルト君・・・」
ステナは、コルトを強く抱きしめた。
「力になれなくてごめんね。私には、こうすることぐらいしかしてあげられないの・・・」
そのまま、コルトの背中を摩りながら、自らのふくよかな胸に、コルトの顔を抱き寄せるステナ。
彼女の目から、涙が零れ落ちた。
どれくらい、経ったのだろうか。
コルトはステナの胸の中で、眠りについていた。
海よりも深き慈愛に満ちた表情で、ステナはコルトの頭を撫でる。
「こんなに頑張ってる子が・・・何で、あんな目に遭わなきゃいけないのかな・・・」
この世の理不尽さを嘆き、今度は哀しげな表情になったステナ。
すると、コルトの瞼がゆっくりと開く。
「あ・・・ステナさん」
「コルト君、少しは落ち着いた、かな?」
「はい。その・・・ありがとう、ございました」
「どういたしまして。・・・コルト君」
「・・? はい?」
「これは、私を守ってくれたお礼と、君の頑張りに対するご褒美」
ステナは、コルトの唇に優しく口づけた。
そして、軽く舌を入れ、コルトの舌と絡ませる。
「んんっ!? ん・・・」
「・・・んっ」
ほんの数秒ほどで離れると、二人の間に唾液の銀糸ができた。
「ええっと・・・その・・・」
「ごめん、嫌・・・だった?」
「いえ、その・・・恥ずかしかったですけど、嬉しいです」
シー・ビショップは、どこかに住居を構えるといった事はしない。
彼女を必要とする多くの人間と魔物の為、世界中を旅して回る。
「それじゃ、さよなら」
「あの・・・ステナさん!」
「?」
「その・・・またいつか、会えますよね?」
シー・ビショップは、どこか特定の場所に、個人的な理由で立ち寄る事は許されない。
しかし、ステナは答えた。
「えぇ。きっと」
「また来てください! その頃には、この国でも人間と魔物が共存できるようにしますから!」
「・・・ありがとう。コルト君」
そして、海へ潜り、コルトのいる海岸から離れる。
「・・・私はシー・ビショップ。私の個人的な感情で、多くの夫妻を見捨てるわけにはいかない・・・
・・・だけど・・・」
十分に離れた距離から、海面に顔を出し、海岸の方を向くステナ。
そこには、未だ脳震盪から目覚めない、神父がいるだけであった。
10/12/06 00:18更新 / 星空木陰