天使である私の先輩方
「……起きます」
窓から差す朝日の光によって快眠から起床しようとしましたが、両腕が何かがのっていて動かせないようです。
どうしてでしょうね、と両脇を見ると毛布の上からでも分かるくらいに不自然に盛り上がっています。
それと可愛らしい寝息と腰辺りに抱きつかれている感触もあります。
「…………」
起きぬけの頭をフルに稼働させて考えて、答えを出しました。
おそらく先輩方でしょう。
「あの、起きてくれませんか先輩方。そろそろ私は起きたいのですが」
軽く揺さぶりをかけると先輩方も快眠から目覚めたようです。
「ふぁーおはようございましゅ、レイスさん」
まだ目覚めて間もないからでしょうか、カノン先輩はろれつの回らないようでふぁーと大あくびをして、エンジェルの証である白く美しい翼を広げます。
「おはようございます、カノン先輩。お目覚めはよろしいですか?」
「はい。とっても気持ちよく眠れました」
「それは結構です。ですが先輩はなぜ私のベットの使ったのですか?先輩のベッドはちゃんとありますよ」
私の素朴な疑問に先輩は、私の横にもう一人いる先輩を指差しました。
「カレンがレイスさんと一緒に寝たいと言ったからです」
……カレン先輩らしいです。
しかし腕や胴から伝わる感触では衣服の感触がない感じがします。
私は空いている手で毛布をはぎ取ると、そこには全裸の、吸い込むような黒い翼を折りたたみ、すやすや寝ているダークエンジェルのカレン先輩がいました。
見た感じ、下半身が変な風に濡れていますし、よくよく見れば私の衣服も変に乱れています。主に下半身が。
「……えっと、カノン先輩。沐浴に行きませんか?」
「……そうですね」
私とカノン先輩は今見た光景を見なかった事にしました。
主よ。私はまたカレン先輩と姦淫を行ってしまったようです。
この私を貴方は許してくれるでしょうか?
____________
この教会には身体を清めるための小さな湖があり、主に祈る前にそこで身体を清める事が日課です。
私とカノン先輩は衣服を脱いで湖に入りました。
「……………」
「……………」
黙々と私たちは正面を向き合って体に着いた汚れを落とします。
しゃべってはいけないというわけではないのですが、なるべく黙々とするのがしきたりのようですし。
ちなみに私は先輩の情欲は持ちません。
いくら私が男性だからといっても、子供の頃から毎日見ていますので。
「あの、レイスさん」
「なんでしょうか先輩?」
「翼を清めてくれませんか?」
気恥ずかしいのかカノン先輩は顔を赤らめています。
先輩方の翼を清める事は子供の頃からしているのですが、こんな反応されると少し困ります。
「ひゅん……ひゃう……」
「先輩、動かないでください。清めきれませんよ」
私は丁寧に先輩の翼を、手洗いですが清めてきます。
翼全体から羽の一本一本まで丁寧に丁重に清めているのですが、さっきから先輩が顔を真っ赤にしています。くすぐったいのでしょうか?
「今日はどうかしました、先輩?普段はそんな顔をなさらないのに」
「いっいえ……だってレイスさんと正面を向いて洗っているから…その…」
「別にいつも通りでしょう。それに私が子供の時からこのようにしているのに」
そして私が翼を清め終えると、カノン先輩は少し息を荒くし、肌もほんのり赤みを帯びていました。
「すみません…はぁ…レイス…さん」
「別にいいです。先輩方の命を聞くのも神父になるために必要ですから」
「……なら、もう一つ命を聞いてくれますか?」
「もちろんですが?」
「……わっ私に……くっ口づ「うふふ…なら私の命も聞いてくれますよねぇ」
あれ、おかしいですね。カノン先輩の声が途中で遮られました。
そしてよく見ると私の隣にカレン先輩がいました。
いつの間に来たのでしょう。
「うふふふふ。レイスさんとお姉様がここで交わっているのですね♪私も混ぜてください」
カレン先輩は色欲に満ちた顔で背後から抱きしめてきました。
「あんっ♪レイスさんの体、まだよく洗えていませんね。綺麗にしてあげないと♪」
「カレン先輩、後ろから抱きつかないでください。先輩の色々な部分が当たるので」
「うふふ……それくらいいいじゃないですかぁ」
「すみません、助けてくださいカノンせんぱ……」
カノン先輩に助けてもらおうとしたのですが、カノン先輩は既に着替えてこの場から離れようとしています。
「先にお祈りをしてますので、えっと……ゆっくりしていってください」
カノン先輩の少し寂しい顔で私を見つめました。
私はそんなカノン先輩に何の言葉を返す事も出来ませんでした。
_____________
その後なんとかカレン先輩のセクハラから解放され、ついでにカレン先輩の沐浴を済ませた後、私達は礼拝堂に祈りを捧げに行きます。
既にカノン先輩は主の像の前で黙々と祈りを捧げていました。
私もカノン先輩の横で目を伏せ祈りを捧げます。
私やおそらくカノン先輩が祈りを捧げているのは、厳密には主神様ただ一人ではありません。
私にとっては主神様と同様に、先代の神父であり、また私の育て親に祈りを捧げます。
私を孤児院から引き取り、この教会に先輩方と住まわせてくださった方。
あの人のおかげで私はこのような人生を送れるのですから。
その時カレン先輩がオルガンで、いまだに私の弾けないミサ曲を弾きました。
カノン先輩も弾く事が出来ますが、オルガンの才能に関して言えばカレン先輩の方が上です。
私は多少は弾けますが、やっぱり修練を積まなければいけないようです。
カノン先輩の普段の軽く明るい表情ではなく、静かで厳かな表情で弾くミサ曲は私達の祈りと同等に神聖です。
私とカノン先輩は曲に耳を傾けながら祈りを捧げました。
_____________
「それで今日は何をしましょうか、先輩?」
私は朝食を取り終えると、今日の日程をカノン先輩にたずねました。
「今日もいつも通りにしましょう。まずは教会の清掃、その後は懺悔室に交替しながら勤めてください」
私は頷きましたが、カレン先輩が少し不服そうです。
「最近そればかりでは退屈ですよぉ。前みたいに結婚式とかの大きなイベントはないのでしょうか?」
「結婚式ですか……そういえば最近執り行いましたね」
数日前にアーリストさんとエリザさんという二人の新郎新婦の結婚式を執り行いました。
二人とも教団の使徒ではなかったので洗礼を行うべきだったんですが、カレン先輩がそれを否定しました。
「愛する二人の契約は主神様以外の方だって祝福するのです。一つの宗教に縛られては二人の愛は昇華されません」
その言葉で洗礼は取り止めになったのです。
その後、結婚式の執り行いが初めてだった私のサポートを先輩方にやっていただき、無事に終わらせる事が出来たのは幸いでした。
いつか、先輩のサポートなしで式を執り行えるようになりたいものです。
ですが式の間中、頻繁にエリザさんが私や先輩方を睨みつけていたのはどうしてでしょうね?
「………聞いていますかレイスさん?」
カレン先輩が私の顔を覗き込みました。
何やらあの後も話は続いていたようです。
「すみません。話を聞いていませんでした」
「うふふふ…だからぁこの教会で乱交パーティーを開催するかどうかです」
カレン先輩……話の展開についていけません。
___________
基本的に教会の内部の掃除は私が担当しています。
掃除好きではないのですが、先輩方には主にステンドグラスや屋根の掃除を頼んでいるので妥当でしょうが。
現在、カノン先輩が屋根の掃除を担当してカレン先輩が懺悔室の掃除と勤めを行っています。
しかしここの懺悔室では、懺悔というより相談を聞いたりする方が多いいのが悩みです。
特に魔物の方々が多いせいでしょうか、主に夜の姦淫についてのことや夫の愚痴なんかも聞いていたりします。
その際にカレン先輩の対応と返答は素晴らしいらしく、いつも魔物の方々には感謝されていました。
先代がいた頃には、まだカレン先輩は堕落していなかった。
しかし先代がこの教会を去った後すぐに堕落なさったのは、私が未熟だったからでしょう。
先代には、カノン先輩とカレン先輩、そしてこの教会を託されたというのに。
そういえば、先代はこの教会に出るとき何とおっしゃったでしょうか………
「僕はおそらくこの教会には戻ってこないだろうけど、あの二人のことは任せるよ。大丈夫。君が××だとしても、もう立派な神父だ」
「僕の管理から離れる事で、二人が堕落しちゃたりするかもしれないけどその時は頑張ってね。」
「具体的には襲われる前に押し倒してしまえ」
…………あの時の先代はとてもいい笑顔をしていましたね。
思わず私は先代を殴ってしまいましたが、それでもあの別れ方はないと思います。
_________________
昼までには教会の掃除は終了し、昼食を取った後に私達三人はミサの為の買い出しに街に出かけました。
普通の教会は教団から資金が出るそうですが、ここの教会は小さいですから募金や副業を行う事で保っています。
副業といっても、簡単な農業などの仕事の手伝いですが……
それに先代が残してくれた、何をして集めたのか分からない資金が教会には保存されています。
ですがまだ使うつもりはありません。
だって教会の一室が宝石や金塊、銀塊で埋まっているのは不気味ですからね。
本当に先代は何をやっていたのでしょうか……
カノン先輩とカレン先輩と一緒に街を歩くと、街の人達が友好的に話しかけてくれて、食材等を分けてくれるのはありがたい事です。
特にカレン先輩にお世話になった方々からいただけるので、カレン先輩には感謝すべきなのでしょう。
その後、カノン先輩とカレン先輩にお金を渡して、買い物に行かせると私は街の景色を見つめました。
街行く人々の活気のある姿を見ると、やっぱり心が安らぎます。
「こんにちは、神父さん」
その時、結婚式を執り行った新郎、アーリストさんが声をかけてきました。
「こんにちは、アーリストさん。伴侶との生活はどうでしょうか?」
「神父さんとあの二人の天使さんの祝福のおかげで充実しています」
「私のような未熟者にそう言っていただけると嬉しい限りです」
「今日も仕事ですか?」
「ええ、エリザの為にも働かないといけないので」
アーリストが嬉しそうに笑う姿を見て、私も嬉しくなりました。
そんな中、不意に殺気を感じて背後を振り返りました。
殺気の出所は路地の方から、しかも耳をすませると歯ぎしりの音が聞こえます。
「アーリストさん、今すぐここを離れましょう。命を狙われている可能性がありますので」
「えーっと、神父さん。その殺気は気にしなくていいですよ。妻のものですし」
「……そういえば伴侶の方はメドゥーサさんでしたね」
「はい。嫉妬深い僕の最愛の妻ですよ」
照れて頬を赤らめているアーリストさんを見て、羨望を感じました。
私も彼の様に恋に生きたいものです。
……神父である時点でなんとも言えませんが。
「それではお仕事頑張ってください、アーリストさん。貴方と伴侶に祝福を」
「こちらこそすみません。それと、一つ聞いてもいいでしょうか?」
質問をしてきたアーリストさんの目には困惑と疑問が入り混じっていました。
「何でしょう?」
「エリザが貴方の事を見ていたので、少し聞いたんです……失礼ですが、もしかして神父さんは…………」
_________________
買い物を終了させた私達は教会に戻り、懺悔室には私が担当する事になりました。
一方先輩方は、教会の奥で何やら怪しげなことをしているようです。
気になる事は気になるのですが、まずは目の前の懺悔に耳を傾けなくてはいけません。
「神父さん。最近妻に内緒で浮気していて、浮気相手に子供が出来てしまって……どうしたらいいでしょう?」
若い男性の声ですが、絶望的疲れている声をしています。
………やっぱり私では役不足の様です。カレン先輩に替わってもらった方がいいかもしれません。
というより教会の懺悔室はお悩み相談の場ではないのですけどね。
「まず奥さんと話をつけるべきだと思います。一応重婚は可能ですので、うまく夫婦仲を円滑にすべきでは……」
「それが神父さん……えっと浮気相手が魔物で、妻が人間なんです。しかも二人が犬猿の仲で、会っただけで大変なことになるんです」
「すいませんが、あくまでも貴方の問題なので私が言え事は何もないですね」
「ちょ…そこを導いてくれるのが神父さんじゃないんですか!!」
「……色欲に埋もれた貴方の自業自得かと……一応最悪とも言える案がありますが聞きたいですか?」
「たっ頼む。この際最悪だろうとなんだろうと構わない。教えてくれ」
私はこの男性の必死な声に軽くため息を吐き、最悪の案を示しました。
「現在三角関係だからギスギスしているのですね。ならもう一人浮気相手を作って四角関係にしてしまうのというのはどうでしょう」
「どういう意味ですか?」
「つまり新たな愛人の登場であなたの妻と浮気相手に共通の敵を作るんです。そうすれば多少なりとも協力関係を築いていけるのではないでしょうか」
「なっなるほど。それで?」
「その後はうまくその二人を誘導して重婚してしまえばいいと思います」
何というか自分で言っておきながら明らかに最悪の案です。
しかもこれ、明らかに待っているのは四角関係のさらなる泥沼化ですよね。
しかし男性の方はかなり舞い上がってしまっているようです。
「神父さんありがとうございます。これでこの泥沼の関係を少しは変える事が出来る」
そう言って男性は懺悔室を後にしました。
まあ、この男性のがまた来た時はカレン先輩にアドバイスでもしてもらいましょう。
_________________
その日の夜、教会での仕事が終了して私室に戻ると、突然の軽い爆発音。
「「誕生日おめでとうございます、レイスさん」」
「………えっ?」
突然の事で頭が混乱しました。
まずは状況確認。先輩方の手にはクラッカーを持っていてさっきの爆発音はこれでしょう。紙吹雪が飛んでいます。
次にテーブルの上には豪華な料理、部屋には飾り付けがなされています。
なるほど、さっきからやっていた怪しげな事はこの準備でしたか。
「うふふ、レイスさんが今日が誕生日の事忘れていたみたいなので驚かせる作戦は成功したみたいです」
「いつも頑張って仕事をしているレイスさんにご褒美ですよ」
私へのサプライズが成功して満足げに笑っている先輩達。ですが……
「あのー先輩、誕生日は明日なんですが……」
その瞬間空気が凍りつきました。
先輩達の笑顔が凍りつき、ギギギと首をこちらに向けました。
「えっとレイスさん。今の発言をもう一度?」
「私の誕生日明日なんですけど……」
「「…………………」」
絶望的に空気が重いです。
というよりも先輩。私の誕生日くらい覚えてください。
私は毎年先輩方の誕生日を祝っているのに……
「やっぱり明日だったじゃない、カレンのばかー!!!」
「私は悪くないもん、カノンのばかー!!!」
そう言って、わーわーと喧嘩をする先輩方。私はその喧嘩の仲裁に入りました。
「えっと喧嘩はやめてくださいカノン先輩、カレン先輩」
「むー」
「むー」
口を膨らませてそっぽを向く先輩方。それを見て私は不謹慎だと思っても、笑みがこぼれてしまいます。
この子供ぽい行動が可愛いものです。
「笑わないでください、レイスさん」
「そうです。私達だって頑張って飾り付けや料理の準備をしたんですから」
「そうですよね。先輩方、一日早いですが私の誕生日を祝っていただきありがとうございます」
この後、私と先輩は一緒に食事を取りとても楽しい時間を過ごしました。
……カレン先輩がワインに酔ってしまって私を押したそうとしましたが。
_______________
「うっ……やっぱりべとべとしますね」
カレン先輩に押し倒され美味しく頂かれる前に何とか脱出したのですが、体中が先輩の唾液まみれです。
しかも今回はカノン先輩も交じえていたので余計にです。
「しょうがない。シャワーでも浴びますか」
服をきちんとたたみながら脱ぐと同時に、胸をきつく隠していた晒を外しました。
「はあ……いつ見てもこの光景には落ち込みますね」
年を追うごとに成長する女性的な部分を見てげんなりします。
それが嬉しく思えない。逆に悲しくなります。
だって私は男性ですから。
ため息を吐きながら、今日アーリストさんとした会話を思い出しました。
____________________
「もしかして神父さんは女性ですか?」
アーリストさんの、その質問を聞いて私はにっこりとほほ笑んで「はい」と答えました。
この質問に答えるのも久しぶりです。
「どうやって気づきましたか?一応、胸は晒で隠していますし筋肉もつけている筈なので大概はばれないのですが」
「最初の方で少し。神父さんが顔立ちも声も中性的だったので、何となくそう思ったんです。でも……」
「ですが顔立ちも声も中性的だった。ですが、しぐさは完璧な男性のものだった。そうでしょう」
「はい。いままでに色々な人を見てきましたが、間違いなくしぐさは男性のものでした」
「ならどうして気づいたんですか?」
「恥ずかしいことながら妻が教えてくれたんです」
アーリストさんは気恥ずかしそうに言いました。
「妻は自分以外の女性が僕に近づくと嫉妬してしまうんですよ。だから教会にいた天使さんにはすぐに嫉妬したし、それに神父さんの性別も分かったそうです」
「なるほど。参考にしたいのですが、私のどこがいけなかったのでしょうか?」
「エリザ曰く、姿や声は中性的で殆どの魔物や人間もだまされるでしょうけど、臭いは醜悪な売女のものだと言っていました」
それを聞いて私はなるほどと頷きました。
確かに体臭に関しては何も手を打っていませんでした。
これからは気をつけないと。
「ですがどうして神父さんは女性なのに男装をしているのですか?」
「簡単ですよ。私は肉体的には女性ですけど、精神的には男性なんですよ」
「えっ……」
「勘違いしないで欲しい事は、性転換したわけではありません。
私は、生まれつき自分の事を男性だと認識しているんです。肉体は女性ですけど」
そこで一旦話を区切り、アーリストさんを見ました。
彼の表情は驚きと困惑が入り混じっっています。
そんな彼を見ながら話を続けました。
「私自身に変なトラウマがあったりするわけではないのですけどね。私を引き取ってくれた神父様は、性同一障害とおっしゃられていましたっけ」
「………なるほどなんとなく神父さんの事は理解できました。ならどうして神父をやっているのですか」
「こちらも簡単な話ですよ。先代の神父様のあとを継ぎたかった、たったそれだけの話ですよ。話はそれだけですか?」
「なら最後に一つだけ。神父さんは、誰かに恋をした事はありますか」
「はい。ちなみに私は男性には興味はありませんよ。普通に女性が好きです。だから世の中の普通に恋ができる男性がとても羨ましくて、憎々しいです」
「すみません。こんな質問をしてしまって……」
「いいんですよ。私も久々に私の正体を知ってくれた人がいて嬉しいので」
そうして私とアーリストさんは別れました。
__________________
「……さーて、そろそろ寝るとしましょう」
明日も早い事ですので早めの就寝を心がけなくてはいけません。
しかし何故かまた私のベッドに妙なふくらみがありました。
「……先輩。自分のベッドがあるならそちらで眠ったほうがいいと思いますよ」
「たまにはいいじゃないですか、レイスさん」
ベッドにいたのはカノン先輩でした。てっきりカレン先輩だと思っていたのに。
そんな私を無視して、カノン先輩は私の腕を引きました。
「一緒に寝ましょう、レイス」
「もう、子供じゃないんですけどね」
苦笑いしながら私はカノン先輩の腕に抱かれました。
久しぶりに先輩に抱きしめられて、私の心拍数は異常に上がっていきます。
二人して、あと少しで口づけを交えられる距離まで顔を近づけました。
「何か辛い事があったのですか?レイスは何かあるとすぐに自分一人で抱えてしまう時があるから困ります」
「……先輩は、誰かに恋をした事はありますか?」
「ありますよ。今もしています。それがどうかしましたか?」
「私はとある女性に恋をしています。でもその人に私みたいな人が恋をしていいか分からないんです。だって、私は精神的には男性かもしれませんが体は女性なんです。きっと拒絶されるし、もしも拒絶されなかったとしてもこの体では子供を作れません。そんな私を、受け入れてくれる筈がない……」
私は先輩の前で涙を流しました。
その時、カノン先輩は私の体を強く抱きしめ、頭を撫でました。
「大丈夫ですよ、レイス。貴方の事は貴方と同じくらい私もよく知っています。だから大丈夫」
「……でも」
「貴方は人を見る目がありますよ。貴方が好きになった人は絶対に受け入れてくれますよ。断言してもいいです」
優しく私を抱擁するカノン先輩に、私は胸に秘めていた想いを口にしました。
「私は、カノン先輩の事が好きなんです」
「えっ……」
カノン先輩の顔を見ながら、私は告げました。
「子供の頃から好きでした。こんな体でも先輩方は受け入れてくれた。とても嬉しかったんです。だからそんな先輩が好きになりました」
カノン先輩の体に情欲を持たなかったけれど、心には恋をしたのだから。
「こんな私を、先輩は愛してくれますか?」
「……当たり前ですよ。そんな事を聞くなんて愚問です」
カノン先輩は頬を赤く染め、それでもにっこりと私にほほ笑みました。
「私もレイスの事が大好きですよ。私の後輩で、一番大切な人だから」
そして私とカノン先輩は口づけを交わしました。
私の心を受け入れてくれる女性と共に。
_______________
そして私の誕生日当日、朝目が覚めるとカレン先輩が「うふふふふふ、昨夜はお楽しみだったのですねー」とくすくすと笑っていました。
その言葉に私とカノン先輩は顔を真っ赤にしてしまいました
後日、私がカノン先輩に対して言った言葉をカレン先輩にも尋ねました。
「カノンがなんて言ったか知りませんが、私はレイスの事が好きですよ」
そう言うと急に私の唇を奪い、淫靡な眼差しでさらに続けました。
「だから、レイス。私と交わりましょう」
「えっと……今日はお断りしときます」
「それでは、後日にしてくれるというのですね」
「そういうわけではないのですが……」
_________________
主よ、そして先代の神父様。今私は今満たされて生きています。
貴方の使いである二人の天使様が私を認めてくれたから。
この幸せを感じながら、私は今日も神父として仕事を続けることにします。
私のような迷い人を救うために。
窓から差す朝日の光によって快眠から起床しようとしましたが、両腕が何かがのっていて動かせないようです。
どうしてでしょうね、と両脇を見ると毛布の上からでも分かるくらいに不自然に盛り上がっています。
それと可愛らしい寝息と腰辺りに抱きつかれている感触もあります。
「…………」
起きぬけの頭をフルに稼働させて考えて、答えを出しました。
おそらく先輩方でしょう。
「あの、起きてくれませんか先輩方。そろそろ私は起きたいのですが」
軽く揺さぶりをかけると先輩方も快眠から目覚めたようです。
「ふぁーおはようございましゅ、レイスさん」
まだ目覚めて間もないからでしょうか、カノン先輩はろれつの回らないようでふぁーと大あくびをして、エンジェルの証である白く美しい翼を広げます。
「おはようございます、カノン先輩。お目覚めはよろしいですか?」
「はい。とっても気持ちよく眠れました」
「それは結構です。ですが先輩はなぜ私のベットの使ったのですか?先輩のベッドはちゃんとありますよ」
私の素朴な疑問に先輩は、私の横にもう一人いる先輩を指差しました。
「カレンがレイスさんと一緒に寝たいと言ったからです」
……カレン先輩らしいです。
しかし腕や胴から伝わる感触では衣服の感触がない感じがします。
私は空いている手で毛布をはぎ取ると、そこには全裸の、吸い込むような黒い翼を折りたたみ、すやすや寝ているダークエンジェルのカレン先輩がいました。
見た感じ、下半身が変な風に濡れていますし、よくよく見れば私の衣服も変に乱れています。主に下半身が。
「……えっと、カノン先輩。沐浴に行きませんか?」
「……そうですね」
私とカノン先輩は今見た光景を見なかった事にしました。
主よ。私はまたカレン先輩と姦淫を行ってしまったようです。
この私を貴方は許してくれるでしょうか?
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この教会には身体を清めるための小さな湖があり、主に祈る前にそこで身体を清める事が日課です。
私とカノン先輩は衣服を脱いで湖に入りました。
「……………」
「……………」
黙々と私たちは正面を向き合って体に着いた汚れを落とします。
しゃべってはいけないというわけではないのですが、なるべく黙々とするのがしきたりのようですし。
ちなみに私は先輩の情欲は持ちません。
いくら私が男性だからといっても、子供の頃から毎日見ていますので。
「あの、レイスさん」
「なんでしょうか先輩?」
「翼を清めてくれませんか?」
気恥ずかしいのかカノン先輩は顔を赤らめています。
先輩方の翼を清める事は子供の頃からしているのですが、こんな反応されると少し困ります。
「ひゅん……ひゃう……」
「先輩、動かないでください。清めきれませんよ」
私は丁寧に先輩の翼を、手洗いですが清めてきます。
翼全体から羽の一本一本まで丁寧に丁重に清めているのですが、さっきから先輩が顔を真っ赤にしています。くすぐったいのでしょうか?
「今日はどうかしました、先輩?普段はそんな顔をなさらないのに」
「いっいえ……だってレイスさんと正面を向いて洗っているから…その…」
「別にいつも通りでしょう。それに私が子供の時からこのようにしているのに」
そして私が翼を清め終えると、カノン先輩は少し息を荒くし、肌もほんのり赤みを帯びていました。
「すみません…はぁ…レイス…さん」
「別にいいです。先輩方の命を聞くのも神父になるために必要ですから」
「……なら、もう一つ命を聞いてくれますか?」
「もちろんですが?」
「……わっ私に……くっ口づ「うふふ…なら私の命も聞いてくれますよねぇ」
あれ、おかしいですね。カノン先輩の声が途中で遮られました。
そしてよく見ると私の隣にカレン先輩がいました。
いつの間に来たのでしょう。
「うふふふふ。レイスさんとお姉様がここで交わっているのですね♪私も混ぜてください」
カレン先輩は色欲に満ちた顔で背後から抱きしめてきました。
「あんっ♪レイスさんの体、まだよく洗えていませんね。綺麗にしてあげないと♪」
「カレン先輩、後ろから抱きつかないでください。先輩の色々な部分が当たるので」
「うふふ……それくらいいいじゃないですかぁ」
「すみません、助けてくださいカノンせんぱ……」
カノン先輩に助けてもらおうとしたのですが、カノン先輩は既に着替えてこの場から離れようとしています。
「先にお祈りをしてますので、えっと……ゆっくりしていってください」
カノン先輩の少し寂しい顔で私を見つめました。
私はそんなカノン先輩に何の言葉を返す事も出来ませんでした。
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その後なんとかカレン先輩のセクハラから解放され、ついでにカレン先輩の沐浴を済ませた後、私達は礼拝堂に祈りを捧げに行きます。
既にカノン先輩は主の像の前で黙々と祈りを捧げていました。
私もカノン先輩の横で目を伏せ祈りを捧げます。
私やおそらくカノン先輩が祈りを捧げているのは、厳密には主神様ただ一人ではありません。
私にとっては主神様と同様に、先代の神父であり、また私の育て親に祈りを捧げます。
私を孤児院から引き取り、この教会に先輩方と住まわせてくださった方。
あの人のおかげで私はこのような人生を送れるのですから。
その時カレン先輩がオルガンで、いまだに私の弾けないミサ曲を弾きました。
カノン先輩も弾く事が出来ますが、オルガンの才能に関して言えばカレン先輩の方が上です。
私は多少は弾けますが、やっぱり修練を積まなければいけないようです。
カノン先輩の普段の軽く明るい表情ではなく、静かで厳かな表情で弾くミサ曲は私達の祈りと同等に神聖です。
私とカノン先輩は曲に耳を傾けながら祈りを捧げました。
_____________
「それで今日は何をしましょうか、先輩?」
私は朝食を取り終えると、今日の日程をカノン先輩にたずねました。
「今日もいつも通りにしましょう。まずは教会の清掃、その後は懺悔室に交替しながら勤めてください」
私は頷きましたが、カレン先輩が少し不服そうです。
「最近そればかりでは退屈ですよぉ。前みたいに結婚式とかの大きなイベントはないのでしょうか?」
「結婚式ですか……そういえば最近執り行いましたね」
数日前にアーリストさんとエリザさんという二人の新郎新婦の結婚式を執り行いました。
二人とも教団の使徒ではなかったので洗礼を行うべきだったんですが、カレン先輩がそれを否定しました。
「愛する二人の契約は主神様以外の方だって祝福するのです。一つの宗教に縛られては二人の愛は昇華されません」
その言葉で洗礼は取り止めになったのです。
その後、結婚式の執り行いが初めてだった私のサポートを先輩方にやっていただき、無事に終わらせる事が出来たのは幸いでした。
いつか、先輩のサポートなしで式を執り行えるようになりたいものです。
ですが式の間中、頻繁にエリザさんが私や先輩方を睨みつけていたのはどうしてでしょうね?
「………聞いていますかレイスさん?」
カレン先輩が私の顔を覗き込みました。
何やらあの後も話は続いていたようです。
「すみません。話を聞いていませんでした」
「うふふふ…だからぁこの教会で乱交パーティーを開催するかどうかです」
カレン先輩……話の展開についていけません。
___________
基本的に教会の内部の掃除は私が担当しています。
掃除好きではないのですが、先輩方には主にステンドグラスや屋根の掃除を頼んでいるので妥当でしょうが。
現在、カノン先輩が屋根の掃除を担当してカレン先輩が懺悔室の掃除と勤めを行っています。
しかしここの懺悔室では、懺悔というより相談を聞いたりする方が多いいのが悩みです。
特に魔物の方々が多いせいでしょうか、主に夜の姦淫についてのことや夫の愚痴なんかも聞いていたりします。
その際にカレン先輩の対応と返答は素晴らしいらしく、いつも魔物の方々には感謝されていました。
先代がいた頃には、まだカレン先輩は堕落していなかった。
しかし先代がこの教会を去った後すぐに堕落なさったのは、私が未熟だったからでしょう。
先代には、カノン先輩とカレン先輩、そしてこの教会を託されたというのに。
そういえば、先代はこの教会に出るとき何とおっしゃったでしょうか………
「僕はおそらくこの教会には戻ってこないだろうけど、あの二人のことは任せるよ。大丈夫。君が××だとしても、もう立派な神父だ」
「僕の管理から離れる事で、二人が堕落しちゃたりするかもしれないけどその時は頑張ってね。」
「具体的には襲われる前に押し倒してしまえ」
…………あの時の先代はとてもいい笑顔をしていましたね。
思わず私は先代を殴ってしまいましたが、それでもあの別れ方はないと思います。
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昼までには教会の掃除は終了し、昼食を取った後に私達三人はミサの為の買い出しに街に出かけました。
普通の教会は教団から資金が出るそうですが、ここの教会は小さいですから募金や副業を行う事で保っています。
副業といっても、簡単な農業などの仕事の手伝いですが……
それに先代が残してくれた、何をして集めたのか分からない資金が教会には保存されています。
ですがまだ使うつもりはありません。
だって教会の一室が宝石や金塊、銀塊で埋まっているのは不気味ですからね。
本当に先代は何をやっていたのでしょうか……
カノン先輩とカレン先輩と一緒に街を歩くと、街の人達が友好的に話しかけてくれて、食材等を分けてくれるのはありがたい事です。
特にカレン先輩にお世話になった方々からいただけるので、カレン先輩には感謝すべきなのでしょう。
その後、カノン先輩とカレン先輩にお金を渡して、買い物に行かせると私は街の景色を見つめました。
街行く人々の活気のある姿を見ると、やっぱり心が安らぎます。
「こんにちは、神父さん」
その時、結婚式を執り行った新郎、アーリストさんが声をかけてきました。
「こんにちは、アーリストさん。伴侶との生活はどうでしょうか?」
「神父さんとあの二人の天使さんの祝福のおかげで充実しています」
「私のような未熟者にそう言っていただけると嬉しい限りです」
「今日も仕事ですか?」
「ええ、エリザの為にも働かないといけないので」
アーリストが嬉しそうに笑う姿を見て、私も嬉しくなりました。
そんな中、不意に殺気を感じて背後を振り返りました。
殺気の出所は路地の方から、しかも耳をすませると歯ぎしりの音が聞こえます。
「アーリストさん、今すぐここを離れましょう。命を狙われている可能性がありますので」
「えーっと、神父さん。その殺気は気にしなくていいですよ。妻のものですし」
「……そういえば伴侶の方はメドゥーサさんでしたね」
「はい。嫉妬深い僕の最愛の妻ですよ」
照れて頬を赤らめているアーリストさんを見て、羨望を感じました。
私も彼の様に恋に生きたいものです。
……神父である時点でなんとも言えませんが。
「それではお仕事頑張ってください、アーリストさん。貴方と伴侶に祝福を」
「こちらこそすみません。それと、一つ聞いてもいいでしょうか?」
質問をしてきたアーリストさんの目には困惑と疑問が入り混じっていました。
「何でしょう?」
「エリザが貴方の事を見ていたので、少し聞いたんです……失礼ですが、もしかして神父さんは…………」
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買い物を終了させた私達は教会に戻り、懺悔室には私が担当する事になりました。
一方先輩方は、教会の奥で何やら怪しげなことをしているようです。
気になる事は気になるのですが、まずは目の前の懺悔に耳を傾けなくてはいけません。
「神父さん。最近妻に内緒で浮気していて、浮気相手に子供が出来てしまって……どうしたらいいでしょう?」
若い男性の声ですが、絶望的疲れている声をしています。
………やっぱり私では役不足の様です。カレン先輩に替わってもらった方がいいかもしれません。
というより教会の懺悔室はお悩み相談の場ではないのですけどね。
「まず奥さんと話をつけるべきだと思います。一応重婚は可能ですので、うまく夫婦仲を円滑にすべきでは……」
「それが神父さん……えっと浮気相手が魔物で、妻が人間なんです。しかも二人が犬猿の仲で、会っただけで大変なことになるんです」
「すいませんが、あくまでも貴方の問題なので私が言え事は何もないですね」
「ちょ…そこを導いてくれるのが神父さんじゃないんですか!!」
「……色欲に埋もれた貴方の自業自得かと……一応最悪とも言える案がありますが聞きたいですか?」
「たっ頼む。この際最悪だろうとなんだろうと構わない。教えてくれ」
私はこの男性の必死な声に軽くため息を吐き、最悪の案を示しました。
「現在三角関係だからギスギスしているのですね。ならもう一人浮気相手を作って四角関係にしてしまうのというのはどうでしょう」
「どういう意味ですか?」
「つまり新たな愛人の登場であなたの妻と浮気相手に共通の敵を作るんです。そうすれば多少なりとも協力関係を築いていけるのではないでしょうか」
「なっなるほど。それで?」
「その後はうまくその二人を誘導して重婚してしまえばいいと思います」
何というか自分で言っておきながら明らかに最悪の案です。
しかもこれ、明らかに待っているのは四角関係のさらなる泥沼化ですよね。
しかし男性の方はかなり舞い上がってしまっているようです。
「神父さんありがとうございます。これでこの泥沼の関係を少しは変える事が出来る」
そう言って男性は懺悔室を後にしました。
まあ、この男性のがまた来た時はカレン先輩にアドバイスでもしてもらいましょう。
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その日の夜、教会での仕事が終了して私室に戻ると、突然の軽い爆発音。
「「誕生日おめでとうございます、レイスさん」」
「………えっ?」
突然の事で頭が混乱しました。
まずは状況確認。先輩方の手にはクラッカーを持っていてさっきの爆発音はこれでしょう。紙吹雪が飛んでいます。
次にテーブルの上には豪華な料理、部屋には飾り付けがなされています。
なるほど、さっきからやっていた怪しげな事はこの準備でしたか。
「うふふ、レイスさんが今日が誕生日の事忘れていたみたいなので驚かせる作戦は成功したみたいです」
「いつも頑張って仕事をしているレイスさんにご褒美ですよ」
私へのサプライズが成功して満足げに笑っている先輩達。ですが……
「あのー先輩、誕生日は明日なんですが……」
その瞬間空気が凍りつきました。
先輩達の笑顔が凍りつき、ギギギと首をこちらに向けました。
「えっとレイスさん。今の発言をもう一度?」
「私の誕生日明日なんですけど……」
「「…………………」」
絶望的に空気が重いです。
というよりも先輩。私の誕生日くらい覚えてください。
私は毎年先輩方の誕生日を祝っているのに……
「やっぱり明日だったじゃない、カレンのばかー!!!」
「私は悪くないもん、カノンのばかー!!!」
そう言って、わーわーと喧嘩をする先輩方。私はその喧嘩の仲裁に入りました。
「えっと喧嘩はやめてくださいカノン先輩、カレン先輩」
「むー」
「むー」
口を膨らませてそっぽを向く先輩方。それを見て私は不謹慎だと思っても、笑みがこぼれてしまいます。
この子供ぽい行動が可愛いものです。
「笑わないでください、レイスさん」
「そうです。私達だって頑張って飾り付けや料理の準備をしたんですから」
「そうですよね。先輩方、一日早いですが私の誕生日を祝っていただきありがとうございます」
この後、私と先輩は一緒に食事を取りとても楽しい時間を過ごしました。
……カレン先輩がワインに酔ってしまって私を押したそうとしましたが。
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「うっ……やっぱりべとべとしますね」
カレン先輩に押し倒され美味しく頂かれる前に何とか脱出したのですが、体中が先輩の唾液まみれです。
しかも今回はカノン先輩も交じえていたので余計にです。
「しょうがない。シャワーでも浴びますか」
服をきちんとたたみながら脱ぐと同時に、胸をきつく隠していた晒を外しました。
「はあ……いつ見てもこの光景には落ち込みますね」
年を追うごとに成長する女性的な部分を見てげんなりします。
それが嬉しく思えない。逆に悲しくなります。
だって私は男性ですから。
ため息を吐きながら、今日アーリストさんとした会話を思い出しました。
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「もしかして神父さんは女性ですか?」
アーリストさんの、その質問を聞いて私はにっこりとほほ笑んで「はい」と答えました。
この質問に答えるのも久しぶりです。
「どうやって気づきましたか?一応、胸は晒で隠していますし筋肉もつけている筈なので大概はばれないのですが」
「最初の方で少し。神父さんが顔立ちも声も中性的だったので、何となくそう思ったんです。でも……」
「ですが顔立ちも声も中性的だった。ですが、しぐさは完璧な男性のものだった。そうでしょう」
「はい。いままでに色々な人を見てきましたが、間違いなくしぐさは男性のものでした」
「ならどうして気づいたんですか?」
「恥ずかしいことながら妻が教えてくれたんです」
アーリストさんは気恥ずかしそうに言いました。
「妻は自分以外の女性が僕に近づくと嫉妬してしまうんですよ。だから教会にいた天使さんにはすぐに嫉妬したし、それに神父さんの性別も分かったそうです」
「なるほど。参考にしたいのですが、私のどこがいけなかったのでしょうか?」
「エリザ曰く、姿や声は中性的で殆どの魔物や人間もだまされるでしょうけど、臭いは醜悪な売女のものだと言っていました」
それを聞いて私はなるほどと頷きました。
確かに体臭に関しては何も手を打っていませんでした。
これからは気をつけないと。
「ですがどうして神父さんは女性なのに男装をしているのですか?」
「簡単ですよ。私は肉体的には女性ですけど、精神的には男性なんですよ」
「えっ……」
「勘違いしないで欲しい事は、性転換したわけではありません。
私は、生まれつき自分の事を男性だと認識しているんです。肉体は女性ですけど」
そこで一旦話を区切り、アーリストさんを見ました。
彼の表情は驚きと困惑が入り混じっっています。
そんな彼を見ながら話を続けました。
「私自身に変なトラウマがあったりするわけではないのですけどね。私を引き取ってくれた神父様は、性同一障害とおっしゃられていましたっけ」
「………なるほどなんとなく神父さんの事は理解できました。ならどうして神父をやっているのですか」
「こちらも簡単な話ですよ。先代の神父様のあとを継ぎたかった、たったそれだけの話ですよ。話はそれだけですか?」
「なら最後に一つだけ。神父さんは、誰かに恋をした事はありますか」
「はい。ちなみに私は男性には興味はありませんよ。普通に女性が好きです。だから世の中の普通に恋ができる男性がとても羨ましくて、憎々しいです」
「すみません。こんな質問をしてしまって……」
「いいんですよ。私も久々に私の正体を知ってくれた人がいて嬉しいので」
そうして私とアーリストさんは別れました。
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「……さーて、そろそろ寝るとしましょう」
明日も早い事ですので早めの就寝を心がけなくてはいけません。
しかし何故かまた私のベッドに妙なふくらみがありました。
「……先輩。自分のベッドがあるならそちらで眠ったほうがいいと思いますよ」
「たまにはいいじゃないですか、レイスさん」
ベッドにいたのはカノン先輩でした。てっきりカレン先輩だと思っていたのに。
そんな私を無視して、カノン先輩は私の腕を引きました。
「一緒に寝ましょう、レイス」
「もう、子供じゃないんですけどね」
苦笑いしながら私はカノン先輩の腕に抱かれました。
久しぶりに先輩に抱きしめられて、私の心拍数は異常に上がっていきます。
二人して、あと少しで口づけを交えられる距離まで顔を近づけました。
「何か辛い事があったのですか?レイスは何かあるとすぐに自分一人で抱えてしまう時があるから困ります」
「……先輩は、誰かに恋をした事はありますか?」
「ありますよ。今もしています。それがどうかしましたか?」
「私はとある女性に恋をしています。でもその人に私みたいな人が恋をしていいか分からないんです。だって、私は精神的には男性かもしれませんが体は女性なんです。きっと拒絶されるし、もしも拒絶されなかったとしてもこの体では子供を作れません。そんな私を、受け入れてくれる筈がない……」
私は先輩の前で涙を流しました。
その時、カノン先輩は私の体を強く抱きしめ、頭を撫でました。
「大丈夫ですよ、レイス。貴方の事は貴方と同じくらい私もよく知っています。だから大丈夫」
「……でも」
「貴方は人を見る目がありますよ。貴方が好きになった人は絶対に受け入れてくれますよ。断言してもいいです」
優しく私を抱擁するカノン先輩に、私は胸に秘めていた想いを口にしました。
「私は、カノン先輩の事が好きなんです」
「えっ……」
カノン先輩の顔を見ながら、私は告げました。
「子供の頃から好きでした。こんな体でも先輩方は受け入れてくれた。とても嬉しかったんです。だからそんな先輩が好きになりました」
カノン先輩の体に情欲を持たなかったけれど、心には恋をしたのだから。
「こんな私を、先輩は愛してくれますか?」
「……当たり前ですよ。そんな事を聞くなんて愚問です」
カノン先輩は頬を赤く染め、それでもにっこりと私にほほ笑みました。
「私もレイスの事が大好きですよ。私の後輩で、一番大切な人だから」
そして私とカノン先輩は口づけを交わしました。
私の心を受け入れてくれる女性と共に。
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そして私の誕生日当日、朝目が覚めるとカレン先輩が「うふふふふふ、昨夜はお楽しみだったのですねー」とくすくすと笑っていました。
その言葉に私とカノン先輩は顔を真っ赤にしてしまいました
後日、私がカノン先輩に対して言った言葉をカレン先輩にも尋ねました。
「カノンがなんて言ったか知りませんが、私はレイスの事が好きですよ」
そう言うと急に私の唇を奪い、淫靡な眼差しでさらに続けました。
「だから、レイス。私と交わりましょう」
「えっと……今日はお断りしときます」
「それでは、後日にしてくれるというのですね」
「そういうわけではないのですが……」
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主よ、そして先代の神父様。今私は今満たされて生きています。
貴方の使いである二人の天使様が私を認めてくれたから。
この幸せを感じながら、私は今日も神父として仕事を続けることにします。
私のような迷い人を救うために。
10/12/19 15:16更新 / 影人