連載小説
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U:陽と陰と【Double persona】 4章

「……では、本日をもってそなたをグランベルテ王国近衛騎士団の一員とする。
伝統と格式を重んじる近衛騎士の名に恥じぬよう、一層の活躍を期待しよう。」

ここはグランベルテ王国謁見の間。
先日クルトマイヤーがここで近衛騎士叙勲を受け、一悶着あった場所だ。
そして数日もおかないうちに新たに一人が近衛騎士となる。

叙勲を受ける女性騎士……モルティエは一言も発さず、
いつもと変わらずただ幸せそうに微笑みを浮かべて立っている。
この美人だがどこか得体の知れない雰囲気の彼女に
国王は困惑の色を隠せなかった。
なにしろ何を言ってもうんともすんとも答えないので…

一方で近衛騎士たちも、事前予告もなしにいきなり新任騎士が任命され、
しかもそれがクルトマイヤーと同じく下級騎士からの入隊だというので、
誰もが動揺の色を隠せなかった。


「いきなり呼び出されて何事かと思ったら……もうミリアの後任が決まったのか。」
「しかも『奴』と同じ下級から来たらしいな。国王陛下も何考えていらっしゃるのやら…」
「でもさあ、なかなかキレイな顔してるじゃん。」

が、一番驚いていたのは

「おいおい、モルティエまで来たのかよ。コネ作った覚えはないぞ。」

他ならぬ親友のクルトマイヤーその人だった。
確かにクルトマイヤーからすればモルティエは、
実力も互角で、自分に負けず劣らず功績をあげており、
おまけに(口を利かないことを除けば)礼儀作法も完璧であり、
近衛騎士になってもおかしくはない人物だと思っている。
だが、いくらなんでも突然すぎた。

(だが…モルティエがいてくれたほうがむしろ仕事がしやすいかもな。)

彼は思わぬところで味方が増えたと思うと同時に、
どこか引っかかるものを感じていた。




儀式が一通り終わって、夕食を取った後
クルトマイヤーはモルティエのもとを訪ねた。
色々と聞きたいことが山ほどあるのだが、恐らく彼女は
殆ど応えてくれないだろう。昔からそういう人だとわかってはいるのだが……

「モルティエ、いるか。」

彼女は現在、新しく与えられた宿舎に引っ越し作業をしている。
とはいっても彼女自身はクルトマイヤーを含む他の下級騎士たちと同様
私物が殆ど無く、愛用の武器とボロボロの本が数冊、
それとお気に入りの観葉植物(雛菊)くらい。
クルトマイヤーが来た時、彼女は丁度観葉植物の配置を吟味しているところだった。

「聞いたぞ。第三王女様の護衛になったんだってな、良かったじゃないか。
身辺警護と言えば出世街道だ…早速問題児になった俺からみると羨ましい限りだ。」

クルトマイヤーの口調は歓迎と皮肉が半々と言ったところ。

「ま、お前がいてくれれば俺も精神的に楽になる。
欲を言えばインザーギとボーリューもいてくれればよかったんだが、
ま…これからもよろしく頼む。」

モルティエもクルトマイヤーの言葉にコクンと頷くと、お互いに握手を交わした。
どうやら彼女も一緒に頑張ってほしいと思っているようだ。


そんな時、家の玄関の扉をたたく音が聞こえた。
誰か来客が来たようだ…まだ引越しの最中にもかかわらず。

「モルティエさーん?いるー?荷物の整理を手伝ってあげようかー?」

男性の声だ。
モルティエはこの声に聴き覚えがないので首をかしげていたが、
クルトマイヤーはこの声に聴き覚えがあった。

「この声はヴルムザー先輩か。……ん、代わりに出てほしいって?仕方ないな。」

モルティエに頼まれて玄関の戸を開けると、なかなかイケメンの近衛騎士が立っていた。

「今晩はモルティエさ……ってちょっとまった!?何でお前がいるんだクルトマイヤー!!」
「これはこれはヴルムザー先輩、このような時間に何かご用でしょうか?」
「御用も何もここはモルティエさんの宿舎だろう………君に用は無いんだよ。
ただモルティエさんが引っ越しをしてるって言うから手伝ってあげようと思ってね。
それより君こそこんな所で何をしているんだ。もしや…なにか
いかがわしいことをしようとしているのではあるまいな。だとしたら先輩として……」
「俺はモルティエとは友人ですので、近衛騎士昇格へのお祝いを言いに来ただけです。」
「ふん、まあいいさ。とにかく中へ入れてもらうよ。」
「おいモルティエ、中に入りたいって言ってるがどうする?」

モルティエはゆっくり顔を左右に振った。入ってほしくないらしい。

「お断りします……だ、そうです。」
「な、何を…!というかお前はさっきから何様だ!
上官命令だクルトマイヤー!そこをどけ!」
「……………何か。」
「……っ、い、いゃ…もう何でもない……」

ヴルムザーはクルトマイヤーに詰め寄るも、
彼の眼を直視しただけで竦み上がって何も言えなくなってしまう。

「仕方ない、きょうはもうこの辺にしておくよ。
だがモルティエさん…僕の助けが必要だったらいつでも言っておくれよ。
あと、くれぐれも後でクルトマイヤーに襲われないように気を付けたまえ。」

あわよくばモルティエと仲良くなってそのまま抱いてやろうと思っていたヴルムザーだったが、
結局これ以上は無理と判断し大人しく退散するようだ。
もっとも…クルトマイヤーがいなければ場合によってはモルティエに
ボコボコにされていた可能性もあるので、そういった意味では命拾いしたといえる。

「おっと、それとだねモルティエさん……
くれぐれもクリスティーネ姫にクルトマイヤーを少しでも近づけてはいけないよ。
いいかい、指一本たりとも触れさせたりしないように!」

そんなことを言って彼は逃げるようにどこかへ行ってしまった。

「ふん……そういうことを本人の前で言うか普通?
…?どうしたモルティエ?何か怪訝そうな顔をしているな。
言いたいことがあったら言ってみればいい。」

それでも彼女は一切口を開かない。
それがまるで彼女に課された義務であるかのように。

「そんなんでクリス…ティーネ様さまと意思疎通できるのか?
とにかく…重大な役目を仰せつかったのだからしっかりこなしてくれよ。
それが例え、俺が相手であってもな…容赦はいらんぞ。」

その言葉に、モルティエは小さく頷いた。





クルトマイヤーが帰った後も、彼女は特に何をするわけでもなく
一人で黙々と思考にふけっていた。

と、いうのも彼女は数年前、クルトマイヤーがなぜ近衛騎士を
目指しているのか本人から聞いたことがあった。
なので彼女は、二人はすでに感動の再会を果たし、再び仲を深め…
場合によってはすでに肉体関係まで結んでしまっているかもしれないと思っていた。
ああ見えてもクルトマイヤーは目的のためなら手段を選ばない男だし、
さらにクリスティーネがクルトマイヤーのことをずっと想っていることも
モルティエはなぜかつかんでいる。

にもかかわらず…クリスティーネ護衛の後任に抜擢されたのはほかならぬ自分であり、
しかもその理由が『クルトマイヤーへの対抗手段になる』というのだ。
聞いた話では、二人は再会した時からすでに絶交状態だったという。
明らかに何かがおかしい…そう感じている彼女だが、
近衛にきたばかりの今では、まだ情報が少なすぎた。

しかし、それよりもっと疑問だったのが、
絶交して気が立っているはずのクルトマイヤーからは
そのような気配があまり感じられず、むしろ
家を出て行く時の足取りはどこか喜びが感じられた。

一体彼女の知らないところで何が起きているというのか…





翌日はクルトマイヤーも受けた近衛騎士入隊の洗礼…
そう、48人(クルトマイヤーを除く全員)がかりでモルティエに模擬戦を挑んだ。
結果は言わずもがな……モルティエは瞬く間に48人全員を打ち倒し
クルトマイヤーに並ぶ快挙を達成した。
続いて、モルティエとクルトマイヤーが一騎打ちをすることになった。
この一騎打ちの様子を興味深く思ったクリスティーネが、
優雅に紅茶を飲みながら見物している。

「ふふふ……やはり私の眼には狂いはなかったようですね姫様。
っつつ…まだちょっと先ほどの傷が痛みます。」
「カメリア、貴女も鍛えなおした方がいいかもしれないわよ。」
「はっ、面目ございません。」
「まぁ…私を守る時間も減っちゃうかもしれないからほどほどにね。
それにしてもあの二人、本当に凄いわね。攻撃と防御の鋭さが段違いだわ。」

下級騎士のころから幾度となく死線を掻い潜ってきた二人の武技は、
無駄がなく、かつ感覚的な重さを伴った素晴らしいものだった。
見ているだけで近衛騎士たちの技がいかに稚拙なものかはっきり分かるくらいに。

「クルトは………あの斧で何を守ってきたのかしら…」

クリスティーネの視線は、彼女を守る役目を担っているモルティエではなく、
あのとき、顔も見たくないと言ったクルトマイヤーに釘づけになっている。

(もし…クルトがあの力で私を守ってくれたら、どれだけ心強いことか……
クルトの力があれば…どんな奴が襲ってきてもやっつけてくれそう…
そう、煩い貴族たちやお節介な近衛騎士たちを全部やっつけて
そしたら…あの高い城壁も飛び越えて外の世界に連れてってくれるかもしれない。
クルト……クルト…あなたはどうして、私の敵になってしまったの…)

原因のほとんどが自分にあることは薄々気づいているのだが、
認めてしまったら最後、心が崩壊してしまうかもしれない。


「いかがしましたか姫様?顔色がよくないように思えるのですが。」
「!!??……い、いえ…なんでもないわ。そう…なんでもないの。」
「そうですか?体調がすぐれないのでしたら遠慮なさらずに申してください。
いざとなったら姫様を抱えてでもベッドに運んでいきますので。」
「えぇ……」

どうやらクリスティーネは思い詰めているうちに顔が険しくなっていたようだ。
ちなみにカメリアは失礼のないように言っているが、
暗に『今日は身体が重い日ですか?』と訊ねているようだ。

そうこうしているうちに模擬戦は終わり、二人は引き分けとなった。
この大健闘に周りで見ていた何人かがまばらに拍手をし、
二人をよく思っていない者たちも思わず息をのむほどだった。
だが、それ以上に……

(ふあぁ……クルトって本当に凄い!強くてかっこいい!)

人気のない生垣からこの様子を見ていたもう一人のクリス……
先日現れたドッペルゲンガーは、モルティエ相手に大立ち回りを見せた
クルトマイヤーの雄姿に惚れぼれしてしまっている。
本来彼女は自分の正体がばれないようにするため、
クリスティーネ本人とその周囲の環境の情報収集に来ていたのだが、
危うくそのことを忘れそうになっていた。

(おっといけないいけない、ばれないように……)

あくまで彼女は慎重に事を運んでいる。
ドッペルゲンガーは正体がばれることを最も恐れるものだ。





一日の勤めを終えたクルトマイヤーはいつも通り宿舎に帰還する。
いつもは身体ではなく精神的にくたくたになって帰ってくるのだが、
今日はいつもと逆で肉体的な疲労はあるがなぜか気分がいい。
きっと、久々に思う存分汗をかいたからだろう。
着ていた上着を無造作に脱いで椅子の上に放り投げ…

「んっ…今日はゆっくり眠れそう……………だ?」

思いっきりベットで横になろうと思っていたが、
何やらシーツが不自然なくらいぽっこり盛り上がっているのが見える。
妙な予感がしたクルトマイヤーがそーっとベットに近付いた、次の瞬間。

「おかえり!!クルト!!」
「わぁっ!?く…クリス様!?ただいま、戻りました!」

シーツの中から飛び出してきたクリスティーネにいきなり首元に抱き付かれ、
素早い動きで立位置を180°回転させられたのち、ベットに思い切り押し倒される。
この間実に1秒弱の早業……クルトマイヤーもびっくりだ。

「ふふふっ…ごめんねクルト。私、待ちきれなくて。」
「まったく、本当にびっくりしましたよ。
戦場ですら遅れを取ったことがないのに、まさかクリス様に…。
でも嬉しいですよ。クリス様が僕を待っていてくれたなんて。……んっ、ちゅっ」
「はふっ♪……ちゅ、ちゅむっ…んんっ、クルト…今日もお疲れ様♪
模擬戦のときのクルト、かっこよかったわ。さすが…私の騎士様……」
「ありがとうございます。ですが…本来クリス様を守るのは
どちらかと言えばモルティエの方ですけどね。」
「それは…そうだけど……」

この時クルトマイヤーは、ふと小さな疑問がわいた。
モルティエはクリスティーネの護衛をしていると同時に監視もしているわけであり、
クリスティーネはその監視網をくぐり抜けてここにいるはずである。
だとしたらモルティエは初日から大きなミスをしていることになるが……

「でも私の本当の騎士はクルトだけ♪
だからクルトも、私以外のことは考えちゃ……いやよ。」
「申し訳ありません。お詫びに、今夜も精一杯愛しますから。」

そのまま二人はお互いの服、下着をはがし肌を重ね合う。
先日も数え切れないくらい絶頂を極め、昨日の夜も激しく貪りあったにもかかわらず、
若い二人は口付けを交わしながらお互いの欲望を刺激し合った。

「さ、クリス様。少し恥ずかしいかもしれませんが、
僕の顔の方に後ろを向けてくれませんか?」
「こ、こう?」

クリスティーネはゆっくりと方向を変えて、クルトマイヤーの胸元あたりに腰を下ろした。
すると、クリスの秘所を生暖かい何かが撫でる感覚がした。

「ひゃんっ!?…く、クルト?」
「おっと、驚かせてしまいましたか。」

そう言いつつもクルトマイヤーは舌をクリスティーネの恥部にキスをする。
それだけでクリスティーネの蜜壺からピュッと蜜が噴き出し、
唾液と混ざり合ってどんどん周囲を潤していく。

「んっ…もう、クルトったら♪こうなったら私も……あむっ、んぐっ」
「うあっ……クリス様、それ……いいです。」

彼女のぽってりとした唇が屹立をゆっくりと呑み込んでいき、
柔らかな弾力と共にすさまじい刺激を与えてくる。
クルトもあまりの気持ちよさに思わずうめき声を出してしまう。

双方とも自分の性器を相手の顔面にさらしながら、
負けてなるものかとより一層刺激を強くする。
手を使い口を使い、鼻腔に立ちこめる相手の濃い臭いを存分に感じながら、
舌に絡みつく愛する人の愛液を心行くまで味わいながら……

「んんっ……やんっ、んっ!?くうと……いふ!いっひゃうっ!ぐっ……ほぁっ…じゅっ!」
「僕も…!僕もそろそろ……出そうで…はっ…んんっ!」

我慢の限界に達したクルトマイヤーの剛直がクリスティーネの喉奥で精を吐き出し、
濃くてえぐい香りがクリスティーネの中を蹂躙する。

「ひゃっ!?んんんんんんんっ!?」

クリスティーネもたまらず身体を大きく跳ねあげ、
失禁したかと思うほどの愛蜜をクルトマイヤーの顔に直撃させた。


「はぁっ…はぁっ……クルト…」
「わかってますクリス様…んっ、どうかそのまま……」

クリスティーネをそのまま四つん這いの状態にし、
自身はそのまま後ろから覆いかぶさるように彼女の身体を抱きしめた。

「く、クルト…?これは…一体……?」
「この方が僕にとってクリス様といっぱい肌を重ねられますから。
ただ…横顔しか見れなくなってしまうのが欠点ですけど……。」
「じゃあ、その分たくさん触れてね♪」
「はい。」

屹立でゆっくりと谷間をなぞり、入り口を見出すと
痛くないよう気遣いながらゆっくりとその身を沈めていく。
ちょっと前に決壊を起こし、氾濫をおこしている蜜壺は
クルトマイヤーが入ってきた瞬間、急速に締まりを取り戻し
一度捕まえたら二度と離さないと言わんばかりにギュッと吸いついてくる。

「やっ、あっ、ああああぁぁぁぁっ!?あ、熱い…クルトが、私の中にぃ!
いつもよりも……深い…はぁっ、んっ…、子宮まで入って…きそう……」
「いつもながら、すごい……締め付け、ですね。
押しつぶされてしまいそうなくらい……」

彼はゆっくりと腰を引き、膣を擦りあげていく。
その強い快感に、思わず彼女を強く抱きしめた。
その動きはもはやほとんど本能に近い感覚だった。

「んっ、んんんっ、んんぅっ……」

クリスティーネも身体の中をかき乱される快感を受け止めるのに精いっぱいで、
顔を枕に強く押し付けながら、崩れそうな体を維持している。
その姿がさらにクルトマイヤーの加虐心をそそり、
より強く激しく腰を打ち付けていく。
バチンバチンと肌と肌がぶつかり合う音…二人の荒々しい息遣い…

「はっ、はっ…あんっ、あんっ……クルト、好き…!大好き!
こんなありふれた言葉でしか伝えられないのが……苦しくて…!」
「大丈夫、ですよ。クリス様の想いはしっかりと伝わって……いますから!」

抱きしめているのに抱きしめられているような心地。
きっと挿入した自身が彼女に包まれているからだろう。
クリスティーネはクルトマイヤーの方を向いてキスをねだる。
無言のおねだりに応じたクルトマイヤーは、喘ぎ声を洩らす彼女の口にかぶさり、
求められるままに舌を絡ませ合う……かなり辛い体勢であるにもかかわらず
二人は器用にお互いの体の向きを合わせて今以上の快感に溺れていく。
今の二人には息継ぎをしている間ももどかしい。

「クルト……クルト!一緒に行こう!一緒に!」
「はいっ、クリス様!あっ、くっ…」

二人の身体は、まるでそれが当然であるかのように同時に悲鳴を上げる。

トクン、ビュッ、ビュッ

寸分違わず重なりあった口と口。
止まらない熱い想いがクリスティーネの子宮を満たしていく。

「や…はぁん……、で…出てる♪私のお腹の中に……クルトのせーしが…
はっきり、わかるくらい……♪妊娠しちゃう……
クルトと……私の赤ちゃん、できちゃう………」
「クリス様……」

そう…二人が行っている行為は、お互いを深く愛し合うことであると同時に
お互いの子孫を作る行為でもあるのだ。




「ありがと…クルト。とっても気持ち良かった♪」
「ふふ…それは何よりです。僕も、何も考えられなくなるくらい……」

高位の余韻に浸りながら、二人はベッドに身を包んで裸のまま抱き合う。
クルトマイヤーの腕をまくら代わりにしながら、
まだ身体の興奮が収まらないクリスティーネは上気した顔で愛しい人を見つめる。

「クルト……私、毎日こうしてクルトと一緒に過ごしたい。」
「僕もですよクリス様。誰のためでなく…クリス様のためだけに…」

それは現状ではかなわぬ夢のように思えた。
しかし……

「だったらね、私に良い考えがあるの。」
「良い考え?」
「そう…ずっと一緒に暮らせるかもしれない、良い考えが♪」
「それは……どういう…」


ガラーン!ガラーン!ガラーン!


「なっ!?この鐘は!」
「きゃっ!?」

突然けたたましく鳴り響いた大きな鐘の音。
クルトマイヤーは反射的に身を起こし、すぐにベットから飛び起きる。

「クリス様!緊急集合の合図です!」
「え、あ…うん!」

この鐘は、王国に急な危機がもたらされた時だけに鳴らされる……
ひとたび鐘が鳴ったら、騎士たちはたとえどんな時間であろうと
最優先に王宮に馳せ参じなければならないのだ。

「クルト、あなたは先に行ってて!私もすぐに行くから!」
「わかりました!」


















一方同じ日の夜クリスティーネの部屋にて。

「はい、お疲れさまでしたモルティエさん。王宮には慣れましたか?」
「あっははっ!今日は久しぶりに愉快な日だったわね。
あの大臣達や騎士たちの唖然とした表情、そうそう見られるモノじゃないわ♪」

モルティエの王宮デビューは上々。
クルトマイヤーに対抗できる戦力を手に入れ、クルトマイヤーへの牽制だけでなく
他の貴族達からも一目置かれるようになるだろう。
ただ、模擬戦は引き分けに終わったものの、
あのときどっちが勝っていても恐らくクリスティーネは複雑な思いだっただろう。
モルティエが負ければそれはクルトマイヤーへの対抗手段として不足と言う意味だし、
クルトマイヤーが負ければそれは………
とにかく二人がいい感じに引き分けてくれたおかげで、彼女も上機嫌だった。

「でもこの子……本当に全然しゃべらないわね。何か言ったらどうなの?」

モルティエは答えず、微笑んでいる。

「い、意思疎通大丈夫かしら?」
「モルティエさんにも何か事情があるのでしょう。」
「そうね…私の言うことを素直に聞いてくれればそれで構わないわ。
御苦労さま二人とも、今日はもう寝る。」
「はい、では私達はこれで退出いたします。お休みなさいませ。」
「……まって、モルティエにはちょっと話があるからここに残りなさい。
カメリアはいいわ、二人だけで話したいことがあるの。」
「あら、そうでしたか。ではモルティエさん、お先に失礼しますね。」

カメリアが部屋から出たことを確認すると、
クリスティーネはモルティエに椅子に座るよう促し、
自身はベッドの下からごそごそと何かを取り出している。
取りだしたのは、綺麗な葡萄色の液体が入った大きめの瓶だ。

「飲みなさい。あなたは特別よ。」

グラスに注がれた飲み物には毒は入ってなさそうだが、
それ以前にどこからどう見てもワインのようだった。

「今からあなたには私の愚痴を聞いてもらうんだから。
まあそれくらいの報酬はあってしかるべきよね。」

どうやらクリスティーネはモルティエが口を利かないことをいいことに、
徹底的に聞き役に徹してもらうつもりらしい。
日頃からストレスがたまり気味の彼女には発散が必要だった。

「それでね!あなたが来る直前にあった叙勲式のことだけど…
うん、そう。クルトの叙勲式のことよ。あの日私は――」


自分が用意したワインを半ばやけ気味に飲みながら、
クリスティーネはモルティエ相手に延々とクルトのことについて話し始めた。
その内容はクルトを責めながらも、どこか自分自身も非があるかのような…
初めのうちは淡々としゃべっていたのだが、そのうち酔いが回ってきたのか
顔を紅潮させ、口調は荒くなり、ついには涙まで流しながら

「どうして私じゃダメなのよ!」
「私はこんなに…あの人のことが……好きなのに!」
「どうして…どうして!」

ついに、心の底に秘めていた感情を初めて他人に打ち明けはじめた。
彼女はもしかしたら、殆ど自分に非があると思っているのかもしれない。
まるで狙いを定めずに乱れ打つ矢のように、
クリスティーネの口からクルトへの執着と自分への罵声が無尽蔵に飛び出す。
その屋は撃ち放つと同時に方向を変え、自身に刺さっていくように……
見ていてとても痛々しい光景だった。

モルティエは何も言わない。
黙って彼女の愚痴を聞くことに徹する。
差し出されたグラスにも一切口を付けず、真摯に彼女の言葉を受け止める。


が、突然椅子から立ち上がると、泣きじゃくるクリスティーネの手を引き寄せた。


「………ぇ?」

そして…その長身で包み込むようにクリスティーネを自分の胸に抱き寄せ、
長めの指を持つその手で優しく髪の毛を撫でる。
まるで…愛しい子供をあやす母親のように、ゆっくりと……

「…………っ!……っ!」

言葉にならない嗚咽を漏らしながら、
涙でくしゃくしゃになった顔をモルティエの胸元にうずめる。







「ありがとう、モルティエ。落ち着いたわ。かっこ悪いところ見せたわね。」

十数分間胸元で泣きじゃくって、ようやく気を取り戻したクリスティーネ。
お陰で少し酔いも覚めてきたようだ。

「ねぇ……モルティエ。あなた、いままでずっとクルトと一緒に戦ってきたんだよね。」

コクンと頷く。

「もし…今からクルトに謝れば、クルトは許してくれるのかな?
あのときはあんなこと言っちゃったけど、クルトはクルトだから。
え、意味分からないって?ええっとね……つまり…、
クルトは私のこと……どう、思ってるのかな?」

こんなことを聞いても答えが返ってくるわけない。
そう思っていたクリスティーネだったが…
モルティエはにっこりとほほ笑みながら懐から羊皮紙とペンを取り出し、
そこに何か書き込んでいる。



ガラーン!ガラーン!ガラーン!



「あっ!これは緊急招集の鐘!こんな時に一体…?」

この部屋にも大きな鐘の音が鳴り響く。
すると、しばらくもしないうちにカメリアが部屋に飛び込んできた。

「姫様!緊急招集です!すぐに用意を!」
「大丈夫、私はまだ普段着のままよ!今行くわ!」

三人はいざ鎌倉とばかりに駆け足で部屋を飛び出していった。



主がいなくなった部屋では、消さずに残っている明かりが
テーブルの上にある空きビンと、空のグラスと満杯のグラス、
そして、一枚の羊皮紙を照らしている。
羊皮紙には、可愛らしい字でこう書いてあった。


『クルトは今でも姫様だけを愛しています』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
グランベルテ王宮大広間には、深夜にもかかわらず大勢の人が集まっている。
王国の危機を告げる鐘の音は例外なく全ての人を叩き起こした。
この鐘が鳴ったにもかかわらず集合しない者は処刑されるからだ。

玉座に座る王の前で、宰相が事情を説明し始めた。


「たった今入った報告だ。
王国最東端拠点であるザザリア砦が……魔物の大軍に襲われ、陥落した!」

ざわっ

武官文官ともその報告に驚き、お互いに顔を見合わせる。

「静粛に!……この報告を伝えた伝令は昼夜問わず駆けてきたそうだが、
恐らく魔物の大軍はすでに王国領土をかなりのところまで進んでいるだろう!
事は急を要する!軍隊は早急に軍備を整え、出陣するのだ!」

軍人たちは大慌てでそれぞれの部隊を召集し始めた。
近衛騎士隊も同様に、隊長の指示を仰ぐべく一か所に集まる。

と、ここで…この国の第三皇子が国王にあることを確認しに来た。

「父上…私と婚姻予定のシアノの姫君がこちらに向かっているようですが……」
「む、そうだったな。だがまあ…かまわん。そのままこちらに向かわせろ。」

半年ほど前に軍事力で脅して支配下に加えた小国から人質として
その国唯一の姫を護送するよう言いつけてあり、
護送団は現在大急ぎでこちらに来ているという。
だが国王は今回の事態をやや甘く見ており、
すぐに何とかすれば問題ないと思っているようだ。


(やれやれ、こんな非常時に何を言っているのやら……)

やり取りをたまたま耳にしたクルトは呆れつつも隊長の指示を受けた。
近衛騎士は基本的に王宮警備が任務となり、
彼らが動くのはどうやらよほど切羽詰まった時に限られるようだ。



これより、王国の運命をかけた戦いが幕を開ける。
12/07/19 20:44更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
最近、ドッペルゲンガーらしいエッチってなんだろうとふと考えます。
色々な解釈ができる子なので大いに悩むところです。

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