外伝:そうだ!温泉を掘ろう! BACK NEXT

水上要塞カナウスでは、カナウス軍と十字軍が
真っ向から睨み合いながらも、特に動きもない日々が続いている。
要塞内の住民も戦時中にもかかわらず緊張感に慣れ、
普段通り釣りをしたり、井戸端会議に花を咲かせたり、
海水浴をしたり、睦あったり、交わったり、子作りしたり、
すっかり日常生活を取り戻していた。

そして、サンメルテの人々と共に要塞に逃れてきたベルカ傭兵団もまた、
直接戦闘のない日々が続いていささか暇を持て余している。


「あ゙ーー〜〜〜…ゔーーー〜〜〜〜〜………あちい…」

屈強なオーガの戦士であるベルカも、
赤道付近の熱帯気候をもろにうけて石畳の上に寝転がっている。
昨夜は暇だからと言って朝まで海賊たちと浴びるように酒を飲み、
ついでに何人かと乱交していたせいで、やや腰が痛い。

それでも何か大事があれば急いで飛び起きて、
一瞬でやる気を取り戻すかもしれないのだが、
時には怠けることも必要なのかもしれない。
常に緊張していたら、いざという時に力が出ないこともあるのだから。


「あ、隊長、ここにいたんですね。」
「ん〜〜何か用か?」

彼女が怠けているところに、傭兵団副隊長を務めるアマゾネスが来た。

「あのですね、一週間ほどお暇をいただきたいと思いまして。」
「んっ…別にかまわん。奴らは当分攻めてくる気がないみたいだし。
けどたった一週間休暇を使って何するんだ?」
「実はですねー、ここから少し離れたところに私の故郷があるんですよ。
せっかくなので故郷の人たちに顔を見せに行こうと。」
「なんだ、お前の故郷がこの近くにあるのか。知らなかった。」
「私も故郷の話はほとんどしませんでしたからねえ。
そんな訳で私は十数年ぶりに故郷に顔を出してきますので。」
「ほいよ。よかったら一週間だけじゃなくて二、三週間行っててもいいんだぞ。」
「いえいえ、仮にも今は戦争中ですから長い間部隊を離れるわけにはいきませんよ。
では行ってきます!なんでしたらお土産も持ってきます!」
「おう!気をつけて行って来い!土産はなるべく酒で!」
「はーい!」

軽くやり取りを済ませた後、副隊長はベルカの元を後にした。
彼女が言っていたように数十年ぶりの帰郷で、その足取りも軽い。


「故郷…か。」

帰る地を持たないベルカには、その後ろ姿が少しうらやましく思えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、一方の十字軍陣地では……


ガキンッ! キンッ! カァン!

「はっ!やぁぁっ!」「えぇいっ!」

司令部がある建物の裏手に少し広くなっている場所があり、
そこでは軍団最年少コンビのレミィとサンが、エル相手に訓練をしていた。
エルはまだ若いとはいえ全力を出している二人同時に相手しながら、
なおかつ炎天下にもかかわらず表情に疲労の色はみられず、汗一つ掻いていない。
対するレミィとサンは日焼けした顔を真っ赤にしながら、
汗だくになりつつそれぞれの得物で打ちかかっている。

ガキン!カン!キーン!カン!カキーン!

「サン!足運びが遅くなっている!隙が出てきたぞ!」
「は、はいっ!!」
「レミィ!攻撃が単調だ!そんなことでは敵にダメージを与えられん!」
「はいぃっ!!」
「自分が苦しい時は敵も苦しいとは限らない!弱った素振りを見せるな!」
『応っ!!』
「そうだ!いいぞ!その調子だ!」

エル特有の女性声が怒号となって彼女たちに降り注ぐ。
これがご褒美だとのたまう兵士たちもいるようだが、
今の彼女たちにはそのようなことを感じている余裕は微塵もない。

レミィの剣、デスブラッドが紅色の刀身をうならせて縦に横にと斬りかかり、
サンの槍、スレンドスピアが銀の穂先を輝かせながら果敢に突きを放つ。
また、親友同士であるがゆえにチームワークも抜群に冴える。
エルも鍛え甲斐があると思っているのか、指導に熱が入っている。

「よーし、次はこちらからも仕掛ける!攻撃が当たったら自分は即死だと思え!」
『お……ぉぅ…』
「さっきまでの威勢はどうした!声が小さくなっているのは、身体が弱っている証拠だ!」
『はいっ!!』
「いいか!目の前には天下一品のケーキがある!しかしそのケーキは勝った奴しか食べられない!
俺は今まさにそのケーキを食べようとしている!お前らが食べたかったら俺を打ち倒せ!
勝って絶品のケーキを幸せそうに頬張るか、負けてボロボロになって地面に這いつくばるか!
全てはお前らの戦い方次第だ!やる気出たか!根性見せろ!」
『はいっ!!!!!』

その光景はまさに狂気だった。
青銅の棒で攻撃してくるエルに怯まず果敢に攻撃する二人。
だが、炎天下の中長時間激しい動きを続けていた二人は、
次第に限界が見え始め、今や気力のみで身体を動かしている状態だ。

「サン!槍の構えが遅い!」

ガンッ!

「きゅぅ……」

頭部への攻撃を防げなかったサンはその場で気絶して倒れる。

「レミィ!攻撃箇所だけに気を取られるな!」

バシィッ!

「はぁうっ!?」

レミィもまた脇腹に打撃を受け気絶してしまった。


「ふぅ、お前たちも大分上達したな。
日に日に成長するのが実感できて、俺も嬉しい………
と、気絶してるときに言っても褒めたことにならんな。」

今日もまた少しやりすぎたかなと思いながらも、
気絶した二人を建物の日陰に運び、介抱する。
こういった激しい訓練の後にはきちんと手当てしないと、
下手して死なれてしまってはかなわない。


「訓練は終わりましたかエルさん?」
「ユリアさん。ええ、丁度今終わったところです。」

武器の音がしなくなったからか、訓練が終わった直後に
近くの建物からユリアが姿を見せた。
手には水の入った桶とタオルと救急箱を持っている。

「ふふふ…見事に気絶してますね。目が×になってますよ♪
それにこんなに汗だくになってしまって……熱いのに大変ですね。
さ、これで熱を冷まして、起きたら水分を補給させましょう。」
「何だかユリアさん、まるでお母さんみたいですね。」
「まあ、そうでしょうか?」

確かに、訓練で倒れた女の子二人を甲斐甲斐しく世話をする様子は、
どことなく母親か、あるいは面倒見の良い姉を彷彿とさせる。

「それにしても……エルさんは全然汗を掻いてませんね。」
「俺は昔から汗を掻かない体質らしくて……
新陳代謝が悪いのかは知りませんが、俺にも原因が良く分かっていません。
それに……その…」
「?」
「ファーリルやカーターに言われたのですが…
俺の汗の匂いはどことなく砂糖の匂いがすると。」
「…それは不思議ですね。今度私も試させてもらってもよろしいでしょうか?」
「い、いえ…恥ずかしいので出来れば勘弁願いたいかなと。
では俺は他の兵士たちの訓練も見てきますので、二人の介抱をお願いします。」
「はい、承知しました♪いってらっしゃいませ。」

……実はユリア、エルの体臭についてはある程度知っている。
偶にエルと同じ幕舎で寝ることがあるが、一晩幕舎に籠っていると
ある程度匂いも籠り、心なしかとても男性と思えないようなふわっとした
匂いがする。エルは絶対どこかでホルモンバランスが狂ってるのだろう。
髪は長いわ、髭もすね毛もほとんどないわ、喉仏は目立たないわ、
現代に生きていたら確実に性同一性障害と見なされても仕方がないくらいだ。

本当に、彼は何者なのだろう?

「う…う〜〜ん………ぁ、冷たい…」
「ふえぇ……なんか、きもちい……」
どうやら二人とも気が付いたようだ。
「お目覚めですかレミィさん、サンさん。」
「うわっとととと!ユリア様!?またしてもご迷惑を!」
「ユリアさま〜〜、わざわざ私達のために……」
「いいんですよ。あれだけ激しく訓練したのでしたら、
ゆっくり体を休ませてあげないといけませんよ。」
「はぐぅ…そうは言いましても…」
「このところ、毎日ユリア様のお世話になっているので…」
「それに、これは私の役目ですから♪」

どうやら、二人は毎日エルに訓練を申し込んでは気絶し、
最後にはユリアに介抱されているらしい。

「さ、どうぞ。氷入りのお水も持ってきましたから。」
「ありがとうございます!もうのどが渇いて渇いて…!」
「いただきます!ごくっごくっ……ごくっ…」
「ぷはーーーっ!!生き返りますぅ!!」
「この一杯のために《ry》!!」

その後も二人は水を飲みながら、打たれた部分の怪我を治してもらい、
数分後には完全復活してユリアの元を後にした。




さて、エルによって散々痛めつけられた二人は、
少し気分転換のために陣地を散策している。

「あつい〜〜〜……あついあついあつい〜〜」
「レミィ…あついって連呼すると余計暑くならない?」
「あついものはあついんだもん!」
「軍人なんだからさ、我慢しようよ。兵士たちに示しつかないよ。」
「サンにしては立派な意見だわね…」
「『しては』は余計!……っとあれ?あそこにいるのナンナさんじゃない?」
「ホントだ。なんか…ふらふらしてない?大丈夫かしら?」

サンの言った通り、薄紫の長髪に季節の花を模した美しい髪止めをしている
どこかはかなげな少女…第一軍団第七師団参軍のナンナがいた。
彼女はレミィとサンの一歳年上で、同じ帝国出身の貴族だ。
得意分野は主に治療で、戦場では騎乗衛生兵(トルバドール)を率いている。


「ナンナさーん!お疲れ様ですー!」
「?………あ、レミィさんにサンさん、御機嫌ようございます(ペコリ)。」
一つ年下相手にもかかわらず、丁寧にお辞儀するナンナ。
「そ、そんな堅苦しい挨拶しなくてもいいですから!
ところでナンナさん…足元がふらついていましたけれど、大丈夫ですか?」
「あ、はい……それがこのところ熱中症の兵士が増えておりまして…
特に私達帝国出身の人々は暑さに弱く、体調を崩しがちですの。」
「そっかぁ…私とレミィは別に何ともないけど、気をつけなきゃね。」
「私も体調を崩した兵士たちを手当てしていたのですが、
私自身も陽にあたりすぎてしまい……体調を崩してしまって…」
ナンナ自身もやや箱入りで育ったせいか、少々身体が弱い。
それでも、令嬢にしてはなかなか逞しく成長している方だ。
「ありゃ〜…それは大変、私達が支えますから一緒に宿舎に戻りましょう!」
「いえ、ですがご迷惑では…」
「大丈夫です。私達は今特にやることもありませんから。」

とりあえず、レミィとサンはナンナを連れて宿舎に行くことにした。




三人は、宿舎の会議場兼休憩室にてしばらく休むことにした。
他の将軍たちはまだ一生懸命働いている最中なので少々後ろめたいが…

また、この部屋には三人の他だけではなく、
カーターとゼクト(第三軍団副軍団長)、それにメリア(第四軍団第三師団長)が
書類の山の前で何か話し合いをしている。
三人は、カーターたちの邪魔にならないように、少し離れて椅子に腰かける。

「は〜ぁ〜…あつぅい…」
「建物に入ったら入ったでまた暑いです…。」
「兵士たちが倒れるのも無理ありませんわね。」

建物は主に石組みなので外に比べればまだましだが、
それでも断熱性には多少難がある構造かもしれない。

「それにさぁ、ここ海岸だから風が塩っぽいよね…」
「折角目の前に海があるのに泳ぐこともできないし。」
「井戸を掘っても塩水しか出ません。水の確保も難しいですわね。」
『はぁ〜』

三人そろって溜息をつく。

「で、ナンナさん、やっぱり兵士達も元気が出ないんですか?」
「はい……諸国同盟の方々はまだ何とかなっていらっしゃるようですが、
私達帝国出身の方々は少し活力がなくなってしまわれています。
リッツ様も『これでは訓練効率が落ちてしまう』と申されておりまして。」
「リッツ将軍はエル司令官ほどじゃないけどかなり厳しい指導をしますからね。」
「私も親衛隊になったばかりの時は……う〜ん、あまり思い出したくない(汗」
「炎天下、毎日汗だくになって、おまけに潮風が身にしみる。
お肌が荒れないか心配になってきました。」
「お風呂入りたいな…」
「お風呂ですか?」

サンが何気なく風呂に入りたいと呟くと、
ナンナがなぜか反応した。

「そう言えば兵士さんたちも言っておりましたね……お風呂に入りたいと。」
「あー、確かに…このところお風呂入ってないや。
面倒だから海水を沸かしてそれで身体を拭いてるけど、
たまにはお風呂に入りたいですよね。」
「でしょ!でしょ!私達帝国出身者はお風呂大好きですもん!」

帝国はユリス諸国同盟のさらに北に広がる国であるがゆえに、
気候はやや寒く、首都でも冬になれば平均気温は氷点下、
国土の半分が亜寒帯(東北から北海道みたいな気候)の高地であり
辺境になれば冷帯(シベリア並み…何で人が住めるのレベル)もありうる。
そのため帝国の人々は身体を温める温泉に造詣が深く、
湯の血行促進がどれほど効果的かを理解している。

…というか、帝国は水質が悪いのでそもそも温めないと水が使えないらしい。


「でもここじゃ無理ですね。」
「ええ、全くですわ。」
「何しろ掘っても掘っても海水しか湧かない場所ですから。
いくら温かくても塩水は傷に染みますからね。」

悲嘆に暮れる三人。ところが……

「風呂入れるぞ。」
「え、そうなんですk……って、え?」
『ええぇっ!?』

さっきまで立ち話をしていたカーターが、
いつのまにか三人の後ろに仁王立ちしていた。

「どうした?風呂に入れるんだ、喜べ。」
「喜べと言われましても…いきなりなんで驚いてしまいまして。」
「本当ですか!?こんな地にお風呂できるんですか?」
「信じられんか?だったら実際に見てみるといい、付いてこい。」
『は、はいっ。』
 
 
 
 
 
 
 
陣地から少し離れたところに岩山が連なる地がある。
見渡す限りの荒れ地で、草木が殆ど生えておらず、
野生動物や魔物の姿がほとんど見当たらない。
おまけに、卵が腐ったような臭いもする。
一体こんな場所に何があるというのだろう。


「くはいでふわね。(臭いですわね)」
「これ……硫黄の匂いだ…」
「ほんとだ〜」

初めて嗅ぐ硫黄の匂いに鼻をつまむナンナとは対照的に、
レミィとサンは硫黄の匂いに慣れているようだった。

「ほら、あれを見ろ。」

カーターが指差す先には、荒れ地のど真ん中に広がる大きな池があり、
その池からは視界が霞むほどの湯気が立ち上っており、
さらにその周りでは十字軍の兵士たちが大勢で建設を行っている。
中央の温泉から周囲に水道を引き、建物に引き込んでいるのが分かる。

「湯治場、もうそろそろ完成いたしますな。」
「ほっほっほ、楽しみですねぇ。」

年配の将軍であるゼクトとメリアはことさら完成が待ち遠しいようだ。


「こんな所にお湯が出るなんて……不思議ですわ。」
「だろう。それにこの地は夜になっても地面が温かいんだ。
近くに火山があるという訳ではないんだが、
地熱が強い地なのだろうな、ここは。」
「カーター軍団長!ちょっと入ってきていいですか?」
「言っておくが男性兵士も作業してる。
見られてもいいっていうなら入ってきてもいい。」
「大丈夫です!追い出しますから!」
「ははは、強引だねレミィ。」
「メリア様も行きましょう♪」
「これこれ、そう引っ張るものではないよ。」

「軍団長。」
「なんだゼクト。」
「彼女たちは、本当に追い出してでも入る気です。」
「そのようだな…」

…数分後

「カーター様!ゼクト様!…その、メリア様達に追い出されました…」
「折角建設を終えてひとっ風呂浴びようと思った矢先になんたる仕打ち!」
「お前ら……」

立場の上下があるとはいえ、あっという間に強引に追い出された
男性兵士たちが少々不憫だった。














さて、そこからさらに離れた地…
そこには広い谷間にうっそうと茂る森がある。
人里から離れたこの地にはアマゾネスが住んでいて、
そこそこの規模の集落を築いて生活を営んでいる。

「んー、久しぶりに戻ってきたけど、全然変わってないなー。」

訪れたのは、冒頭でベルカに休暇をもらった副隊長のアマゾネス。
彼女がここを出たのは十数年前だったのだが、
何一つ変わっていない村の様子に安心する。

「ユリスの人たちにめちゃくちゃにされてたらどうしようと思ったけど、
この様子だと標的に放ってないみたいだし、もしかしたら
逆に私たちアマゾネス相手には手も足もでなかったりして。」

「あら?あなた見ない顔ね?どこの部族?」

と、一人のアマゾネスに声をかけられる。

「私忘れられてた!?…まあそりゃこれだけ長い間旅してればね。」
「?……もしかしてあなた、里を出てたの?」
「うん、まあね。」
「それはすごい!エリートじゃない!外の世界でいい男は見つかったの?」
「ええ、そりゃもうたくさんいたよ。」
「うわー、私も憧れるな〜……、あれ、でも旦那さんは?」
「うーん、実は私、師匠みたいな人がいてね、私の夢は
その師匠と一緒の旦那さんを持つことなんだ。」
「な、何と言う大胆な心構え!感動した!」

やけにオーバーリアクション気味のアマゾネスだったが、
立ち話もなんだと言うので家に案内してもらうことにした。

「あ、そうだ。名前まだ聞いてなかった。」
「私の名前?私はアタランテ。あーちゃんでいいよ。」

今まで名前が出て来なかったこの副隊長は名をアタランテと言うらしい。
名前を出す機会がなかっただけで、決して名前を付けてないということはない。

「ときにあーちゃん。最近この周辺に大勢の人間が来たの知ってるか?」
「もしかして十字軍のこと?」
「そうそう!そのくるせーだーってやつ!」
「知ってるも何も、私は彼らと戦ってる最中なんだけど。」
「わーお!あーちゃんってばやっぱ凄いや!
やっぱその師匠みたいな人と一緒に戦ってるんでしょ?
きっと充実したバトルライフ送ってるだろーなー、羨ましい!」
「あはは……まあね。」

実際は大半の時間を睨み合いに費やしていることは秘密だ。

「実はね、この里でもさ、明後日に大規模な『男狩り』にいくんだ!
なんでも少し離れた岩山だらけの荒れ地に大勢の人間が集まってるんだって!」
「岩山だらけの荒れ地に?何してるんだろう?」
「それがね、どうやらお湯を掘ってるみたいなんだ。」
「ほう、お湯を…。」
「お湯と言えばお風呂!お風呂でのんびりしてる男たちに、
開放的に襲いかかる私達!そんでもってその場で湯煙エッチ!
あーもー!妄想が止まらない!どーしよー!」
「うーん……ま、確かにそれは美味しい話だね。」

(とはいっても相手はあの十字軍…大怪我しなきゃいいけど。)

アタランテはなまじ十字軍の実力を知っているだけあって、
多少の不安を覚えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

それからさらに数日経ち…

「お風呂が完成したわよー!!」
『ひゃっほおおぉぉぅっ!!』

ワーワー

昼夜分かたぬ突貫工事までして建設した湯治場がついに完成した。
中央の湯畑から溢れる見た目以上に豊富な湯を、
水路を使って八つの浴場に供給し、大規模な温泉施設となっている。
さらに、一つの浴場には約200人が浸かることが出来る、
かなり大規模な物であった。

湯治場完成の報告を受けて、エルとユリアも現地を訪れた。


「どうだエル。我ら帝国軍の技術の粋を集めて作った湯治場は。」
「とりあえず…お前らの風呂への情熱が凄まじいことは分かった。
連日の猛暑にもかかわらず、よりによって熱い風呂を作るとは…」

エルは感心半分呆れ半分のようだ。
諸国同盟の兵士たちの中にも、暑くて汗を掻いたから
風呂に入ろうという発想が理解できない人は大勢いる。
しかしながら、帝国出身の兵士たちにとって、風呂は活力の源なのだ。

「で、肝心の浴場だが、
こっちの二つが男性用で、向こうの六つが女性用だ。」
「男性風呂がやけに少ないんだな。」
「十字軍は女性兵士の方が圧倒的に多いから仕方ないだろう。」
「まあ…それはそうだが…」

何度も言うように、十字軍の兵士は男性:女性比は1:3。だから浴場の配分も1:3。
一方将軍は男性の方が若干多いだけに、浴場の配分がよけい不公平に見える。

「さてさて、中はどうなってるのかなっと。」

一方浴場内は浴槽がかなり大きめに作られていて、
半分ほどが屋根のない露天風呂となっている。
さらに地熱によって暖められた地面を利用して、
岩盤浴を楽しめるスペースまで存在する。
さすがのエルも絶句するしかなかった。

「すごいな………!」
「だろ?みんなこの日のために頑張ってたんだからな。」
「ははっ!まったくどいつもこいつも面白いな!
当然、ここまでやったからには、戦闘でいつも以上に活躍してくれるな。」

既に浴場では建設を終えた兵士たちが一番乗りで入浴している。
誰もかれもが風呂の気持ちよさにうつつを抜かしていて、
その光景を見たエルは思わず満面の笑みを受かべる。
戦闘になると勇敢に戦う屈強な帝国兵たちも、
風呂に入れば穏やかな表情になるようだ。

「にしても本当に気持ちよさそうだな。よし!俺も少し入ってみるか!」
『!!??』

浴場に衝撃が走った。

「おっおおぉぉお待ちくだされ総司令官!!」
「どうしたブロイゼ?」

今まさに上着を脱ごうとするエルを、
カーターの横に控えていたブロイゼ(第三軍団第五師団長)が、
慌てて止めに入った。

「総司令官!ここは男湯ですぞ!」
「?…そりゃそうだ。」

だが、よく周りを見渡せば浴場にいる男性たちは
まるでメドゥーサに睨まれて石化したようにその場で固まり、
唯一カーターだけは片隅で肩を震わせている。

「ですからこの場で裸になるのは………………」
「問題な………、……、おいブロイゼ。」
「…………」
「………」
「……」
「…」

たっぷり数十秒間、ひたすら静寂が支配する。


「は……、ははは……、は…」
「も!申し訳ありませんでした総司令官!!」
「あっはっはっはっはっはっは!!けっさくだなこりゃ!!」

その場に膝をついて大いに落ち込むエル。
自分の失言に気付いて慌てて謝罪するブロイゼ。
そして絶賛大爆笑中のカーター。

「そーかそーか、それもそうだよな。
俺が裸になったら風呂が(鼻血的な意味で)血の池地獄だもんな。」
「い、いえ…俺も風呂の熱気でとぼけたのか…ついうっかり……その…」
「だったら水風呂で頭冷やしてろ!!」

ブンッ!! ザッバーーン!!

「ぬわああぁぁぁっ!!!」

「行くぞカーター!まったくもう…ぷんすかぷんすか!」
「くっくっくっ……笑いすぎて片腹どころか両腹がいたい!」
「笑うのやめろ。首を柱に吊るすぞコノヤロウ。」

ブロイゼを片手で放り投げて水風呂に強制ダイブさせ、
子供のような怒り顔でその場を後にした。

「そう言えばエル、今のやり取りは士官学校にいた当時、
初めて同期生たちと一堂に顔を合わせた時にした自己紹介を思い出させるよな!」
「この上さらに苦い悪夢を思い出させるな……」



(―回想―)


「まず言っておくが……………俺は女性じゃないからな。」
「え?」
「うそっ!」
「あれ?先輩からは美しい女性だと聞いたのですけど?」
「いや、どこからどう見ても女性でしょう…」
ここでファーリルのフォローが入る。
「あはは、確かにエルはこんな見た目だけど、前の穴はいてないからね。」
「ファーリル…もっとまともなフォローをだな…」

『 処 女 か ! ! 』
「違っがぁあああうっ!!!そーゆーことじゃなくてだな!」
「やだなみんな。エルはちゃんと生えてるから…その、《Rohrstock》がね。」
『 ふ た な り か ! ! 』
「よし!お前ら表出ろ!実力で分からせてやる!」
「エルも落ち着いて……」

(―回想終了―)


「はぁ…、まあとにかく、これで兵士たちの士気を維持しやすくなる。
いざという時にモチベーションが低くてはどうにもならんからな。」
「おうよ。帝国秘伝の温泉の力は伊達じゃないぜ。
これでまたしばらく兵をこき使えるってわけだ。」
「……まあな。やってもらわなければならんことは山ほどある。」


エルとカーターはしばらく施設を巡回したあと、本陣に戻っていった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、また場面は変わって湯治場の西側にある岩山。
この地に人間が大勢集まっているという話を聞いたアマゾネス達が、
とうとうこの地にまでやってきた。
総数およそ200人。アマゾネスの『里』単位ではかなりの大人数だ。
200人の若きアマゾネス達を率いるのは族長の孫娘マイヘラ。
リーダーの一族というのはアマゾネスの世界では単なる肩書でしかないが、
その肩書が彼女に程よいプレッシャーを与え、鍛えられた結果
同世代の中でトップの実力を持つまでとなった。

「うっひゃ〜、前まで何にもなかった荒れ地にあんなもの建てるなんて!
しかもあんなに人間がたくさん!どうやら楽しめそうね!」

岩山の陰から湯治場全体を見通し、標的を探る。
中央の湯畑から湧き出る膨大な湯気で視界が悪いものの、
アマゾネスの視力は人間のそれとは比べ物にならないくらい強い。

「ん〜……なんか女ばっかりね。男はどこかしら?オ・ト・コ!」
「あ、見てマヘイラ!向こうの建物には男しかいないみたい!
しかもみんな裸でお湯につかって、凄い無防備だ!」
お供の一人が、最も北側にある男性専用浴場を見つけた。
「おっと、ずいぶんいっぱいいるじゃない!
決めた!襲撃場所はあっちの建物よ!行くわよみんな!」
『おーっ!!』



襲撃場所に選ばれたのは、先ほどまでエルが視察していた浴場だ。
今ではすっかり何事もなかったかのように、
帝国兵200人近くが、故郷を出て以来の温泉風呂に浸かっている。
外では一応警備兵が巡回しているので、皆すっかり油断している。

「大丈夫っすかブロイゼ将軍?」
「ああ…放りこまれた時は溺れるかと思ったが、さすがにもう大丈夫だ。」
水風呂に放り込まれたブロイゼを心配するイーフェ。
「それもありますが、総司令官の機嫌を損ねたんですから、お咎めが…」
「ん…それについては大丈夫だ。総司令官は本気で怒ってはいない。
確かに総司令官を落ち込ませてしまったのは俺も深く反省しているが……
だからといって軍法会議なんてことにはならんだろう。
実際あの人が本気で怒ったらあの程度では済まんぞ。」
「そ、そうっすよね……」

というかあれくらいはむしろスキンシップ程度らしい。

「だが俺も悪いことしちまったなぁ…。
俺も昔は外見で色々酷い目にあってきたから
総司令官の気持ちが分かる気がする。」
「ブロイゼ将軍が外見で差別を?」
「分かるだろ?俺の肌ってやけに黒いし、
髪の毛だってこんなん(天然パンチパーマ)だし。
おかげでよぅ…よそ者だの醜いだの魔人だのさんざん言われたぜ。」

そんなブロイゼが帝国の将軍になれたのは、
ひとえに彼の絶え間ない努力によって積み重ねられた勲功が、
三柱臣の一人であるウェリントン卿(レミィの父親)の目にとまったからだ。

「苦労したんっすね。」
「おうよ。だがこの軍は多国籍にもかかわらず…いや
多国籍だからこそ俺の外見について誰もとやかく言わないし、
何だかんだ言って居心地のいい場所だ―」


バリーン!!

「な、何だ今の音は!?」

何かが盛大に破れる物音がした。

「あっはっは!人間の男ども、よく聞け!私達は誇り高きアマゾネスの戦士!
お前たちはおとなしく私達の婿になれ!さもなくば少し痛い目を見るよ!」

「敵だ!アマゾネスだ!」
「おい、見張りは一体何をしていたんだ!?」
「何でもいいから手に持てる物で応戦せよ!!」

ワーワー

それは一瞬の出来事だった。
マヘイラ率いるアマゾネスの集団が、人間ならとても通れないような崖を駆け降り、
油断していた見張りを撃破し、一気に男性浴場に突っ込んできた。
ブロイゼ、イーフェを含む兵士たちは丸腰であり、
さらに奇襲を受けたことで場は大混乱に陥った。

「くそっ…ダメだ!まともに武器も防具も無くては戦いにならねぇ!
逃げろ!捕まったら連れ去られるぞ!」
「逃がす物か〜!大人しく私達の夫になれ!」

ブロイゼとイーフェはなんとか浴場からの脱出に成功、
さらにこの騒ぎを聞きつけて、イーフェの部下の中隊長が
弓兵を率いて駆けつけてきた。ちなみに中隊長は女性だった。

「い…イーフェ長官!(注:イーフェも冒険者ギルド長をしている。)
一体何が起きたというのです!」
「アマゾネスの攻撃だ!今風呂場は絶賛混乱だ!
弓兵を連れてきたのなら心強い、早速追い払おう!」
「ですがここは男湯で……いえ、今はそんなこと言っている場合じゃないですね!」

ほぼ全員女性兵士の部隊は、ためらいつつも男性浴場に突入。
逃げまどう男性兵士たちを襲うアマゾネス達に向けて攻撃を仕掛けた。

「マヘイラ様!新手です!」
「むぅ、ちょっと数が多いね。しょうがない、みんな今日は引きあげるよ!」
『おーっ!!』

「こらー!兵士たちは置いてけー!」
「兵士たちを拉致してどうする気よ!!」

マヘイラの士気は実に見事なものだった。
相手の虚を突いて奇襲をし、混乱している間に襲いかかり、
さらには自分たちの力を見極めたうえで迷いなく撤退の指示を下した。
天性の戦上手といっても過言ではない。

アマゾネス達は、イーフェ軍の弓攻撃を難なく掻い潜り、
包囲される前に元来た急峻な崖をアマゾネスの脅威の身体能力で、
悠々と引き上げて行った。

湯治場には250名ほど兵士がいたが、
そのうち、190名がアマゾネス達に拉致されてしまった。
追撃しようにも、人間の身ではとても無理だ。


「ブロイゼ将軍…今度こそ本気で怒られるんっすかねぇ?」
「たぶんな。だが、とにかく報告だ。総司令官に知らせろ。
それと斥候を出して少しでも奴らの後を追うんだ!急げ!」

…男性浴場がアマゾネスの襲撃を受ける…
この報は、あっという間に湯治場全体に広がり、
本陣に戻ったエル、および本陣にいた兵士たちにあっという間に広がった。
これは、情報伝達網が特段優れているというよりも、
ただ単に女性率が高いこの軍では、噂が広まる速度が
時として相対性力学を越えることがあるのだとか。

その頃エルは自分の直属の兵士たちの訓練に当たっていたが、
書記官からアマゾネス襲来の報告を受けて直ちに訓練を中止し、
後のことをカーターとファーリルに任せて、
ユリアとマティルダ、それに直属兵1000人を連れて湯治場に戻ってきた。


「ブロイゼ、報告は聞いた。襲撃したアマゾネスはどこに向かった?」
「はっ、奴らは北西側の岩山を抜けてきたようで、追撃は困難。
また偵察兵の報告によりますと、ここからさらに西の地に
アマゾネスの大集落があると、現地の者から教えてもらったそうです。」
「うむ、それだけ分かれば十分だ。」
「申し訳ありませぬ総司令官…俺が油断したせいでこのような事態に…」
「気にするな。今回は全体としての責任だ、もちろん俺も含めてな。
ブロイゼ将軍を中心に湯治場の守備強化を検討しておけ。
アマゾネスにさらわれた兵士たちの救出は俺が直接指揮を執る。」
「ですが…もう夜は更けています。せめて明朝にしては?」
「いや、時が経てが状況はより悪化する。迅速に行動しなければ。」

エルは素早く現地の将軍たちに指示すると、すぐさま追撃に移ることにした。
時間的に襲撃から半日が経過し、すっかり夜になってしまっているが、
仲間の身の危険を前に、悠長なことは言っていられない。

「マティルダ、出撃の準備は?」
「いつでも出撃出来ます!」
「うむ。ユリアさんは疲労回復魔法をお願いします。」
「わかりました。魔法を展開します。」

いつものようにユリアの魔法が兵士全員を包む。
これで、多少無茶しても全く疲れることはない。
人間だけではなく、馬にも効果があるところもミソだ。

「よし!クレールヘン隊、出撃!
我らに喧嘩を売るということはどういうことか、教育してやれ!」
『応!』


エル部隊は暗闇の中、月明かりだけを頼りに荒れ地を走る。
夜の荒れ地は昼間と比べて嘘のように寒く、足場も不安定だ。
夜に行軍するのは本当は賢明ではない。
それでも彼らは止まることなく走り続ける。
丘を越え、巨岩が付き出る斜面を走り、
そして…丁度日の出の時間に、アマゾネスの里がある広大な森を発見。
驚くことに実に四刻(8時間)も走り続けたのだ。

「あれか。」
「この辺りの谷間の広大な森林地帯と言えばあそこしかありませんが、
ここから見た限りでは森のどのあたりにあるのか分かりませんね。」
「どうやらこの先は徒歩で行った方がよさそうだ。
300人ほど近くの草原で馬を見ていろ。残りはついてこい。」

まだ夜が明けたばかりの森は暗く、視界が悪い。
樹も草も伸び放題で、とても亜人が住んでいるとは思えない。

「アマゾネスだけではない。他の魔物にも注意しろ。」
「これだけ深い森ですから…何が出てもおかしくないですね。」

なるべく音を立てないよう慎重に草をかき分ける。

「あ…エル様。」
「何か、見つかったのか?」

先頭を歩いていた兵士が何かを見つけたようだ。

「前方に、草が掻き分けられた跡が見えます。」
「どれ……なるほど、確かに誰かが通った跡があるな。」

もっと近づいてみれば、地面に足跡が…それもかなり多数あった。
間違いない、ここはアマゾネス達の通り道なのだろう。
エルたちはさらに進むことにした。
蛇のように、静かに、そして慎重に…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その頃、アマゾネスの里では…

昨夜は多数の男性の確保に成功し、里中がお祭り騒ぎだった。
酒や食べ物が多数用意され、さらに手に入れた男性とその場で交わって
その様子はまさに『酒池肉林』と言うにふさわしかった。
一夜明けた今となっては、宴会が行われた広場には食器や
食い散らかした食べ物、そして酒が入っていたと思われる甕が散乱し、
あたりは強烈な酒の匂いと野外交尾後の汗と愛液の匂いがまだ残っている。

アタランテも昨日の宴会に参加し、酒を浴びるように飲んだが
二日酔いの気配が全くないどころか、いつも傭兵団に居る時と
変わらない早い時間に起きた。

「む〜〜ぅ、おはよーあーちゃん……」
「あ、おはようリジュア。あなたまでこんなに早く起きることないのに。」
アタランテにも実家があり、父母も健在だったが
昨日の夜は結局一晩一緒に飲み明かしたリジュアの家に泊っていた。
「だって…あーちゃん、なんか荷造りしてるんだもん。もう帰っちゃうの?」
「うん……ごめんね、ちょっと隊長に知らせておきたいことがあるから。」
「そう、なんだ。あーちゃんも忙しいんだね。
じゃあ私も途中まで見送らせてよ。私以外まだ誰も起きてないみたいだからさ。」
「ありがとう。また故郷を離れるのはちょっとさみしいけど、
またいつか…ここに戻ってくるからね。」

両親にも別れを告げ、朝早く里を出たアタランテ。
なぜ彼女がこれほど帰還を急ぐのか。

「早く…隊長やアロンさんに知らせないと!」

村の入口にある樹のアーチをくぐり、数日前に来た道を戻る。
陽が昇ってしばらくたったが、森の中はまだ薄暗い。

(ん?おかしいな?人の気配がする……それも大勢…)

彼女は感覚的に、人の気配を察知した。
しかし、辺りを見回しても猫一匹見当たらない。
それに何かがいる音もしない。

(気のせいかな?)

不気味に思いながらも、彼女は帰り途を急ぐことにした。





アタランテを見送ったリジュア。
せっかく新しい友達が出来たのに、
すぐに帰ってしまったので、少し寂しいようだ。

「外の世界……私もいつか行ってみたいなぁ。
でもそのためにはもっと強くならないと!」

彼女は今回の男狩りには参加しなかった。
アタランテから外の話を聞いているうちに、
自分もまた里を出て、外の世界で男を見つけて
一緒に外で暮らしたい……そう思うようになったからだ。
だが、里から出るにはそれにふさわしい実力を身につけて、
里長から実力を認められなければならない。
誇り高きアマゾネスの戦士が簡単にやられてしまうようでは、
種族全体の恥になるからである。

「まずは…言われた通り素振り1000回から。」
「バカモノ。半人前は一人前の倍努力しなければ。」
「あうっ…おっしゃる通りで………え?」

背後から綺麗な女性の声がした。
だが、振り返ろうと思ったその時

スッ

「ひぃ…!」

首筋に何か冷たい物が当たる。
そう…まるで武器のような質量のある冷たさだ。

「とりあえず長を呼べ。客人だ。
昨日捕まえた兵士たちの大将が話がある…とね。」
「あ…ああ、分かった。」

首に当てられた物が離れたと同時に、
彼女は無我夢中で走りだした。
既に彼女の心は恐怖一色に塗りつぶされている。


「みんなー!!起きてー!!一大事よ!!」

「何?何?」
「なんだなんだ?」
「一体何があったというの?」

何事かと飛び起きて家から出てくるアマゾネスとその夫たち。
暫くしないうちに里長も呼び出された。

「どうしたのよリジュア!こんな早くに叩き起こすなんて!」
里長のペテンシレイアは低血圧で、
さんざん飲み食いした翌日に早く叩き起こされて相当不機嫌だった。
「ですから、侵入者です!なんでも昨日攫ってきた兵士たちの大将らしいです!」
「連れ戻しに来たってわけね。何もこんなに早く来なくてもいいじゃない。」
「文句は相手に直接言ってやってください…」

入り口広場まで駆けつけると、すでに大勢のアマゾネス達が集まっていた。
誰もが遠巻きにある一点を見ていることに気が付く。

「はいはい、ちょっとどきなさい。侵入者ってどこよ。」
「あっ!里長様!あれです、あの長い金髪の!」
「気をつけて下さい、あいつ…ただものじゃありません。」
「ほう……」


そこにいたのは、一言で言えば絶世の美女。
ユリス人特有の抜けるような白い肌に、美しく長い金の髪が
端正な顔立ちと相まって、完璧に美しい外見を形作る。

「来たか。君がこの集落の里長か。」
「いかにも。私がアマゾネスの里長ペテンシレイアよ。あなたは?」
「俺はエルクハルト。お前たちに拉致された兵士たちの司令官だ。」


(……こいつ人間よね?なのにこの圧迫感は……)

ペテンシレイアがまず感じたのは、その凄まじいプレッシャー。
一人しかいないのに、その場に百人いるかのようだ。
しかしそれ以上に彼女を困惑させたのは、エルの口調。
女性声で発せられる尊大な男口調は、
見た目とのギャップを大いに増幅させている。


「要件はただ一つ。お前らに拉致された兵士たちの返還だ。
無条件にとは言わん。身代金くらいは払ってやるさ。」
「…あなたね、それが相手にものを頼む態度なのかしら。」
「別に俺たちが悪いことをしたわけじゃない。
だから謙ったり、土下座したりする必要はないだろう。
むしろ非は、襲撃した末に人員を強奪したお前らにある。」
「言ってくれるじゃない。でも、無理よ。
私達が手に入れた念願の夫を手放すなんて考えられないわ。」

一対一の交渉は平行線をたどる。
双方とも全く譲歩する気がないので当然だ。

「何を言っても無駄。仮に私が折れても、あの子たちが手放しはしないわ。」
「ふむ…こちらとしてもなるべく穏便に返還してもらいたかったのだが、
それでも返さないというなら、実力行使に出る。それでもいいのか。」
「力づくでとりかえす?寝言は寝て言いなさい。
あなた一人で何が出来るっていうの?」
「一人でとは言ってない。仮にも俺は約100000人を率いる司令官だ。
その気になればこの里を森林ごと消し飛ばすのはわけない。」
「………数の暴力ってわけね。」

同数ならまだしも、100000人もの大人数で押し寄せられたら
さすがに勝つことは難しい。
ペテンシレイアの首筋に冷や汗が一筋流れる。
相手は冗談言っている顔ではない。恐らく本気だろう。

「じゃあこうしましょう。男狩りに行った子たち全員と戦って、
もしあなたが勝てたら、連れて来た男たちは全員返すわ。」
「いいだろう、面白そうじゃないか。」
「大層な自信ね……マヘイラ!いる?」
ペテンシレイアに呼ばれて、後ろの方からマヘイラが降りてきた。
「ここに。」
「お前か…襲撃の指揮を取ったアマゾネスは。
話は聞いている。なかなか見事な手際だったようだな。」
「おだててくれてもランツ(マヘイラが手に入れた夫の名前)は返さないわ。」

マヘイラに続いて、続々とアマゾネス達が集まってくる。
各々が手に武器を持ち、やる気満々の様子。
さらに背後には、拉致された兵士たちの姿も見える。
やや不安そうな顔をしているが、目立った外傷はないようだ。

「もしあなたが負けたら……後は言わなくても分かるわよね。」
「俺も晴れてアマゾネスの夫というわけだな。」
「え?おっと?あなたは女性だからアマゾネスそのものになるのよ。
さすがに女同士じゃ結婚も子供もできないわ!………ってどうしたの?」
「……いや、何でもない。かかってくるならさっさとかかってこい。」
「あらそう。なら遠慮なく!」

ブウンッ!

言うなり、マヘイラはいきなり大剣で斬りかかってくる。
それを合図に、他のアマゾネス達も一斉にエルに向かっていく。

エルはまず振り下ろされた大剣を僅かに動いて躱し、
そのまま右手でマヘイラの顎を軽くつかみ、そのまま引き倒す。

「いっ…?!」

そして膝関節に踵を落とし、動きを封じる。ここまで2秒。
次に別のアマゾネスの斬撃がくるので、手首に手刀を打ち込み武器を落とす。
振りかえりざまに回し蹴り、纏めて4人を弾き飛ばす。

「これでどうだぁ!」

更に別のアマゾネスが槌を振り下ろす。
攻撃後の硬直を突く一撃、彼女は命中を確信した。だが…

ガキィン!

『なぁっ!?』

別の味方の攻撃と衝突。危うく同士打ちする所だった。
しかもエルの姿は一瞬にして消えた。

ゴッ!バカッ!

「うっ!」「ぃあぁっ!」

気が付く間もなく背後から肘鉄。
何が起きているか分からず戸惑うアマゾネス数人に、
目にもとまらぬ速さで顎の下の急所を打ち抜く。
加減しないと顎の骨が砕けるか、下手すれば舌を噛み切って死んでしまう。

アマゾネス200人を相手に怯むどころか、素手で一方的に倒し続ける。
戦い方自体は身体の急所を的確に粉砕するえげつない方法だが、
無駄のない流れるような動き、それにほぼ瞬間移動のような
人間離れした挙動は、まるで女神の枚を見ているような美しさがあり、
強さはまるでドラゴンと戦っているかのようだ。
ペテンシレイアも、エルの常識外れの強さを目の当たりにして
ただただ唖然とするだけだった。

「冗談じゃないわ……あいつ、もしかして………魔物?」

人化術は極めると感覚が鋭い魔物ですら、ほぼ人間と区別がつかなくなる。
恐らく彼女は人化術も戦闘術も極めたかなり高位の魔物なのだろうと
勝手に結論付けた。そうでもしないと彼女自身が納得できない。

唖然としているうちに、エルの周りには戦闘不能になったアマゾネス達が
死屍累々と横たわり、動ける者も目に見えて減ってゆく。
とうとう、3分後には立ち向かった205人全員がのされてしまった。

「よーし、全員片付いた。これで要件は呑んでくれるよな?」
「くぅ………」

どうやらペテンシレイアはエルの実力を見誤っていたようだ。
さすがにここまで一方的に叩きのめされるとぐうの音もでない。

「だ……め…」
「ん?」

足の関節をやられて動けないマヘイラが、
必死になってエルに手を伸ばそうとしている。

「私は…ランツのことが、好きだから……手放したくない…
お願い…愛する人を、取らないで……たとえ死んでも…絶対に!」
「マヘイラ……」

這いつくばってでも夫を取られまいとするマヘイラの姿に、
ペテンシレイアの心を突き動かした。

「…エルクハルトとかいったわね。
どうやらあなたには、今の条件じゃ簡単すぎたみたいね。
だったら今度は、この里のアマゾネス全員を倒して見せなさい!」
「何だと?約束を破る気か?」
「条件が釣り合わないのよ!あなたは強すぎる!
だから全員を相手して勝ってみなさい!
いくらあなたが強くても無理でしょうね!」
「つまり……最初から約束を守る気はなかったというわけか。」
「問答無用!かかれ!」
『おーーーっ!!』

仲間の危機に、里にいるアマゾネス全員が集まってきた。
その数およそ2100人、中にはアマゾネス達の夫とみられる男性達も、
こちらに向けて武器を構えているのが見える。

「貴様らがそうくるなら、こちらも手段を選んではいられないな。」

エルの右手が頭上に掲げられる。すると……

ザッ ザザザッ ザザッ ザザザザッ

広場を囲むように、周囲の草むらから一斉にエル部隊の兵士たちが姿を現した。

「こ……これは…」
「貴様ら全員、完全に包囲した。
これ以上やるというのなら、皆殺しにしてくれる。」
「こ…のっ!なんてことをっ…」

いくらアマゾネス族が勇猛果敢と言っても、
包囲された状態でこれだけ多数の人間を相手すれば、
例え撃退できたとしても里はほぼ壊滅状態に陥ってしまう。
孫娘達には夫を絶対手放させたくない。
かといって無暗に戦いを仕掛ければ幾多の人命が失われる。
先ほどまで素手だったエルも、今は片手に方天画戟を装備し
手加減は一切してくれないだろう。
また、もしかしたらこの場でエルに頭を下げて、
夫を返す代わりに別の物を贈呈することで話を纏めるという手もあるが、
誇り高きアマゾネスの戦士が人間相手に頭を下げたとなれば、
末代までの恥。断じて認められない。


「そうだな…別の提案をしようか。最初に懸ってきたアマゾネス…そうお前だ。」
「私に提案……?」

エルはなぜか、マヘイラに対して取引を持ちかけた。

「お前たちも、我々と共にアルトリア奪還を目指してみないか?」
「え!?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!それはどういう……」
耳を疑うような内容にペテンシレイアが憤るも、
エルの手がそれを制した。あくまで交渉相手はマヘイラだということなのだろう。
「その代り、お前たちが攫った兵士たちはそのまま娶ることを認めよう。」
「でも、あなたたちは魔物を滅ぼしに来たんじゃないの!?」
「魔物と戦っているのは事実だが、目標はあくまでアルトリア奪還だ。
特に君は部隊長としての素質がある。大いに活躍できるだろう。
どうだ?悪い話じゃないと思わないか?」
「私が……外の世界で戦う…………う〜〜ん…」

アマゾネスだって魔物の一種であり、本人たちも自覚している。
なので、同胞である魔物と戦うのは若干抵抗がある。
だが、それと同時に外の世界をもっとたくさん見てみたいとも思うし、
戦士の血がさらなる強敵を夢見て疼くことも否定できない。

「少し、考える時間をもらえないかしら?」
「いいだろう。半日ほど待ってやる。それまでに答えを出すように。」


そう言ってエルは再び右手で合図を出す。
すると、包囲していた兵士たちが徐々に引き上げて行くではないか。
まさに一発触発の事態だったが、この場は穏便に済ますことに成功したようだ。
後はマヘイラの返答次第である。








その後、エル部隊は全員村の入り口付近に集合した。

「お疲れさまでしたエルさん。美しい戦いぶりでしたね。」
「ありがとうございますユリアさん。」

ユリアから水筒を受け取って、水を一口飲む。

「包囲を解いてよかったのですかエル様?」
「包囲したのは単なる脅しに過ぎない。
もし奴らが要求を蹴ったのなら、その時こそ全員でこの里を強襲する。」
「もし彼女たちが人質を盾にしたら…?」
「奴らがそんなことをするとは思えんが、もししたとしても容赦するな。」
「ははっ。」


やや時間が経ち、昼になって、エルたちは携行食で昼食を取っていると
マヘイラが多数のアマゾネスと、連れ去られた兵士たちを連れてきた。

「来たか。答えは決まったのか。」
「ええ……決めました。これから私たち若きアマゾネスの戦士は、
夫たちと共に戦っていこうと思います。」
「わかった。この場で歓迎しよう。」

最終的に、マヘイラと彼女が率いる若きアマゾネス達は
十字軍への加入を申し出た。
魔物が反魔物軍に加わるのは異例の事態であり、
後にも先にも、このような例はほぼ無いと思われる。

「さて、不幸にも捕らえられてしまった兵士たちよ。
君たちは実に運が良かった。何しろ心強い妻が付いてくるんだからな。」
「はっ…面目ないです……」
「ですがエル様、わざわざ助けに来ていただき、俺…感激です!」
「十字軍は仲間を見捨てたりしない。だが、
今回のつけはきっちり戦場の活躍で賄ってもらうからな。」
『ははっ!!』


こうして、アマゾネスの襲撃に端を発した今回の事件は、
エル自身によって、最終的に兵士全員が生還を果たし
おまけに強力な戦力を組み込むことに成功した。

アマゾネス達を軍に加えることに対しては、
ユニースをはじめ、反感を持った将軍も少なくはなかったが、
「人でも魔物でも、使える奴はとことん使う。」
というエルの一言で、しぶしぶ承知したようだ。
兵士たちの間でもまだ関係がそこまでよくはないものの、
長期間かけて訓練し、連携できるようにするつもりだ。

また、今回の騒動を受けて温泉施設の防備をさらに強化し、
結果露天風呂が無くなってしまったのは残念である。


「ふぅ…極楽極楽っと。」
「本当、いいゆだね。」

事件が終わって数日したある日、
カーターとファーリルが一日の仕事を終えて湯につかっていた。

「はーっ、風呂に入ってるとこう…心が穏やかになるよな。」
「うんうん。」
「…世界が平和になりますようにっと。」
「さすがに穏やかになりすぎじゃないかな(汗」
ドSのカーターにこんなことを言わせるとは、湯の力恐るべし!
「エルも入ればいいのにな。」
「ははは、ブロイゼのあの件まだ引きずってるみたいだね。
でもまあしばらくすれば気にしなくなるでしょ。」
「そうだな。その時はあいつの脚線美をたっぷり拝ませてもらうか。」
「変態だー!」
「おいこら引くなよ。冗談だって。ユニースじゃあるまいし。」

と、そこに別の数人の男性が浴場に入ってきた。

「おーっす。入らせてもらうぜ。」
「頭〜、まずは身体流さねぇと。」
「うむ…良い湯加減。」

「あれ、君たち誰?」

三人とも、ファーリルにとって見覚えのない面子だった。
筋骨隆々の大男に、褐色スキンヘッドの屈強な男、
それにさばさばした感じの若い男性。

カーターは、一人にだけ見覚えがあった。

「おい…ちょっと待て。なぜ敵の大将がここにいる?」
「おっ!お前はあんときの鞭使い大将じゃねぇか!久しぶりだな!」

なんと!カナウス軍の棟梁アロンが浴場に来ていたのだ!!

「敵地のど真ん中まで何しに来たんだお前は?」
「何って風呂入りに来たに決まってんだろ。」
「まあまあ鞭の旦那、この場では戦いなんて忘れてくつろぎましょうや。」
「あはは、君たちは本当に肝が据わってるね!」
「呆れたものだな…ま、いいや。こんな所で喧嘩するのも馬鹿馬鹿しい。
だがな、浴槽にタオルを入れるなよ。あと石鹸は浴槽で使うな。」
「あ、ああ…ルールは守らないとな。」

こんな珍妙な事態になるのもまた湯の力か…
ちなみにアロンは、この場所をアタランテの報告により知ったらしい。






で、一方エルはと言えば……

「ん〜〜、こいつはいい。暑い日に風呂なんてどうかしてると思ったが、
実際入ってみれば実にいい心地だな。」

ブロイゼの一件で男性浴場に入ることすら躊躇われたエルは、
湯治場がある岩山の少し高いところに、
他の将軍たちには内緒で専用の浴場を作ってもらった。

大きさはせいぜい三・四人が入れるかどうかだが、
元々エルしか使う予定がないので十分な広さだ。
さらに、この浴場に来るには崖を登るか、
飛竜に乗ってこなければならないので、
誰にも邪魔されることなくゆっくりと入ることが出来る。

「ふふふ、総司令官特権の濫用だな。でも悪くはないな。」


邪魔されずにゆっくり入ることが出来る……はずだった。


ヒュゥン!

「エルさん!湯加減はどう?」
「誰だ…と思ったらミーティアか……」

偵察妖精のミーティアが現れた!

「帰れ。ここは司令官専用だ。許可なく立ち入りを禁ず。」
「いやいやそんな冷たいこと言わないで下さいよ〜。
折角ですからお身体洗って差し上げますね♪」
「遠慮しよう。後鼻血を拭け。」

ミーティアは転移魔法が使えるので、難地形もひとっ飛び。
さらに風呂覗き放題という……

だが、忘れてはならない。
もう一人ほど、気軽に転移魔法が使える者がいることを。


ヒュゥン! ザブーン!

「ミーティアさん!抜け駆けはいけませんよ!」
「ひゃぁっ!?…って…ゆ、ユリアさん……」
「ちぇーっ、ユリアさんまで来ちゃったのかー。」
「はい♪お背中流しに来ました。」

さすがのエルも、ユリアが来たことには大いに驚いたようだ。

「身体なら浴槽に入る前に洗いましたから…」
「いいえ、お湯で身体を洗い流すだけではなく、
マッサージなどして疲れを癒して差し上げられたらと。」
「じゃあユリアさん背中を洗ってあげて!私が前洗うから!」
「だめです!エルさんの……その、大切な部分は…
私がお世話して差し上げるのが使命ですから!」
「大切な部分のお世話だって!ユリアさんのえっち〜♪」
「ち、違います!これも全てエルさんのためです!」
「いや、だから二人とも……」

とんでもないことを言い出す二人にエルも困惑気味。

「あら、そう言えばエルさんは何で胸にまでタオルを巻いてるんですか?」
「え?…あ、あれ?………完全に無意識だった!」
「それにさ〜、さっきユリアさんが飛んできた時、
『ひゃあ』とか言ってたよね。」
「そ…そんな………」



「あは……は、はは…は……」
「あの…エルさん。大丈夫ですか?」
「重症だねぇ…。」

エルは再び大きく落ち込んでしまった。
しかも今回は誰のせいでもなく、全て自分の無意識だったのだ。
落ち込みようは相当なものだった。

「今日は……もう戻って寝よう。そうしよう。
明日になればきっと忘れるさ……はは、はは…」

あっという間に服に着替え、
ユリアとミーティアを浴場に置いたまま夜の崖を下っていった。

「よっぽどショックだったんだろうね。」
「エルさんのコンプレックスですからね。」

エルには弱点がないとみんな言うが、
大きな大きな弱点がある。
努力ではどうしようもない大きな弱点が。

「さてと…」
「?」
「ひゃっはー!エルさんの出汁が染みたお湯だー!」
「ミーティアさん…はしたないですよ。」

何となくデジャブを感じたユリアだった。

「まあ折角ですから、私もゆっくり浸かるとしますか。」

はしたないといいつつも、やはりエルが入った後と思うと
自然に胸がドキドキしてくる。
さすがに匂いこそしないが…

「でもさー、普段は物静かなユリアさんが、
こんなに積極的だったなんて思わなかったな。」
「あらあら。私は普段どんな目で見られているんでしょう?」
「ユリアさんて実はムッツリスケベ?なんちゃって?」
「うーん、そうなのかもしれませんね。」
「否定しないんだ。」


思うことがある。
自分は少し気持ちを前面に出しすぎているのではないかと。

最近エルは、レミィとサンを重点的に指導していて、
マティルダを始めエル直属兵全員がやきもちを焼き始めているのだが、
自分はどうだろう。
訓練が終わったと同時に、いつも耐えられず
気絶してしまう二人を介抱するのは、親切心からか。
それとも……エルが二人を介抱するのを無意識に阻止しようとしているのか。

自分の使命は何だ。
少なくとも嫉妬したり、身体を洗ってあげることではないだろう。

「でも、私だって女の子ですから。」
「え?何が?」
「いえ、別に何でも……あら?何やら人の気配が。」
「人の気配?」

耳を澄ませば、確かに誰かが崖を登ってくる音が聞こえる。
それも一人だけではなく複数人の。

……


「いよっしゃ!マティルダ一番乗り!ってあれ、ユリア様?」
「マティルダさん!それにクレールヘン部隊のみなさん!」
「うわー!ユリア様に先を越された―!」
「マティルダ先輩…私とてこれしきのこと…!」
「エル様の入った後の浴場……そのためなら私は!」
「み…皆様……これはいったい……」

崖を続々と登ってくるクレールヘン部隊の兵士たち。
彼女たちの目的はただ一つ!エルが入浴した後の浴場!

「いくらユリア様といえども一人占めは許せません!」
「そうです!私達にも入浴する権利があるはずです!」

(エルさん……どうやらお風呂場を移す必要がありそうです。)

エル直属の1000人の兵士たちは十字軍の中で最も錬度が高く、
一人ひとりが将軍クラスの強さを持つ精鋭なのだが、
エル命度も半端ではなく、こうして普通の人では登れない崖を
全員で気合で登ってくる根性も見せる。

ユリアも、羨ましいと思うと同時に
やはりちょっと嫉妬してしまったそうな。
12/03/01 19:18 up

コラムの羽
『ユリスの水は硬い?』

やあみんなごきげんよう!第二軍団長のファーリルだ。
今回のコラムのテーマはずばり『水』!生きて行く上で水は欠かせないね。
古代から人間は水があるところを中心に栄えてきたんだけど、
それと同時に魔物も水があるところには多く生息する傾向があるんだ。
歴史書なんかにも、人間と魔物が水源の取り合いをしたなんて
話が良く載ってたりするから興味深いよね。


さて、話は変わるけどみんなは『硬水ダイエット』って知ってるかな?

そもそもなんで水が硬いの?と思うかもしれないけど、
水の中に含まれてる物質の多さで『水の硬度』っていうのが決まるんだ。
ダイエットする時には水を飲むといいって言われてるけど、
何でかって言うと食べ物から摂取する分の水分が足りなくなっちゃ困るから、
普段より多めに水分補給する必要があるんだ。
で、それと同時に身体に必要な栄養素のなかで、カルシウムや鉄分も
不足しがちになるから、結果的に貧血になったり骨までダイエットしちゃうんだ。
そう言う時には『硬水』を飲むと水分もカルシウムも鉄も取れて一石三鳥!
ってわけなんだ。硬水にはそういう成分が結構含まれてるからね。

でもね、硬水ってまずいんだ。

特にダイエットに使うような硬水は本当にまずい。なんたって鉄の味がするんだ。
ユリスの水は基本的に殆どが硬水で、中には直接飲めない水もあるんだ。
どうしてこうなるかって言うと、ユリスの土地は全体的に石灰質だからだ。
雨水が地面にしみ込む過程で石灰質の土を通るから、色々水に溶け込むんだ。
そして地下水となって川を流れる。人間が飲む。まずい、もう一杯ってわけさ。
帝国の水なんかは水があまりにも苦いから沸騰させないと飲めないくらいだし、
塩を抜いた後の海水なんてもってのほか。しょっぱくなくなったから大丈夫なんて
油断してると、本当に苦いからね。苦汁(にがり)っていわれるくらいだからね…
美味しいお茶を飲もうとするなら、雨水をためて消毒しなきゃならない。
うーん、面倒なことこの上ないね。

で、硬い水もあればもちろん柔らかい水だってある。

いわゆる『軟水』ってやつさ。ジパングの水は基本的に殆ど軟水なんだよね。
ジパングの水が美味しいって言われるのは、水の硬度が低いからなんだ。
余計な物が混ざってないから口当たりはまろやかで美味しい。
そんな水が当たり前に飲めるなんて羨ましすぎるよ。
硬水なんて…まずいし、身体洗う時にもべとべとするし、洗濯物が変色するし、
水道管を詰まらせるし、錆びるのも速いし、良いとこなんて全くないんだよね。
そんなジパングの恵まれた人たちはユリス地方の水には要注意だ。
不味いだけならまだしも、下手すれば水が合わなくてお腹を壊しちゃうからね。
水を飲むときはまず沸かす。出来れば濾過して飲む。これ鉄則だ。
ユリスは中世ヨーロッパ地方をモデルにしてるから水がまずいけど、
他の図鑑世界だとどうなるんだろうね、気になるなぁ。

ちなみに魔界の水は、ウインディーネを量産できるくらい魔力汚染されてるから、
飲んだら人間をやめることを覚悟しておこうね。


水一つとってもここまで深く考察できるなんて、世界は本当に楽しいね。
今回のコラムはここまで!次回もお楽しみにね!

バーソロミュ
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