すれ違った心は…
じゃあ次の話に入る前に、またちょっと難しい話をしよう。
つまらなそうだと思ったら僕の話を飛ばすのも自由だ。
聞かなくても別に話は楽しめるしね。
飛ばす人は、一段と広くなってる改行空白を目印にしてほしい。
さて、君たちは『プロパガンダ』って知ってるかな?
「自分たちは正しい!んでもって敵は悪いやつだ!」っていうのを
あらゆる手段を使って宣伝することだね。
国とか大きな組織とかが、自分たちの正当性を主張して
支持する人を増やすときにはやっぱり宣伝が一番
効果的でなおかつお手軽なんだ。
いくら自分たちは正しいと思っても、
周りがそう思ってくれないと何の意味もないからね。
そして、その手段は実に多種多様だ。
演説やポスターなんかはもちろん、文明が発達すれば
テレビやラジオ、そして映画なんかも積極的に使われる。
その気になれば四六時中プロパガンダが流されるなんてことも……
ま、中世に生きる僕たちには結構手段は限られるけどね。
じゃあテレビやラジオがない時代のプロパガンダって何だろうか。
まず代表的なのは『建物』だ。
みんなもよく知ってる世界遺産……ピラミッドや古墳、
巨像、コロッセオ、豪華な宮殿、塔、お寺や教会、ect…
これらはみんな立派なプロパガンダ。そこにあるだけで効果絶大だ。
立てた人が如何に力が強かったかがよくわかるからね。
「魔王城」なんかも存在自体が魔物にとってのプロパガンダだね。
次に『英雄』。
中世は今みたいに「一人ひとりがオンリーワン」じゃないから、
カリスマ的存在はそれだけで歩く広告になれるんだ。
これはみんな納得できるんじゃないかな。
戦場で一騎当千の活躍をする国士無双の人物がいる国の軍隊は、
とにかく強いのは、実はその人の強さのおかげというよりも
兵士みんなのやる気が自然に出るからなんだ。
魔物にも同じことが言えるね。
たとえ魔女が10000人集まって攻撃してくるよりも
一匹のバフォメットが率いる100人のサバトの方が断然強いし、
魔物の群れをリリムが率いてたらそれだけで勝ちは確定だね。
『歌』だってそうだ。
リズムは生物の精神に直接影響を及ぼすからね。
太鼓の打音は活力を湧かし、笛の音色は心をリフレッシュさせる。
そして人間の耳は幸か不幸か、ポジティブな単語を聞くと
それだけでいい気分になれるんだ。
だから吟遊詩人が語る戦いのお話は、実は死人が出る残酷なお話でも
聞いてて楽しいし、心に残ればそれは憧れに変わるんだ。
あと、セイレーンが歌う魔歌が強力だって言われるのは、
防ぐのが難しいからなんだろうね。
そして忘れちゃいけないのが『本』だね。
中世は本が貴重……と、言うよりも紙自体が貴重品だ。
まあ、僕たちが生きてるいわゆるファンタジー世界には、
なぜか製紙技術があるから、紙自体は安物かもしれないけど
ぶっちゃけ印刷技術がないんだよね。だから全部手書きさ。
いくらファンタジーだから識字率100%あたりまえの世界でも、
本の数自体が少なければ、当然価値は跳ね上がるね。
だって読みたくても読めないんだもん。
だから本をたくさん持ってるのは国家とかお金持ちだけ。
あとはよくてせいぜい2,3冊か、日記くらいかな。
本は貴重品。
だから、みんな本に書いてあることは真実だって思い込んでしまう。
本に書いてあることが嘘かどうかなんて疑わないんだ。
本に自分たちは強い正義の味方だって書いちゃえば
たいていそれは真実になる。
少しの嘘や誇張なんて気にならないくらい……
さて、ここからがいよいよ本題だ。
前回、ハッピーエンドは時として
権力者の都合で話が書き換えられてしまうって話をしたよね。
つまり、お姫様物語も立派なプロパガンダなんだ。
あーあ…また夢のないことを……。みんなごめんね。
でもこれは事実。純粋な子供に読み聞かせる童話も
プロパガンダの魔の手からは逃れることはできなかったんだ。
いや、むしろ童話自体、半分はプロパガンダを目的として
つくられたものだったりするんだ。
みんなが大嫌いな『教団』はプロパガンダの性質をよく理解してる。
彼らは魔物を倒すために、宣伝も駆使しているんだ。
あるときは戦死した英雄を美化したり、
またあるときは美少年の聖歌隊を結成して賛美歌を歌わせたり、
ところによっては無理やり勇者を作り出すなんてこともしてるよね。
さて、教団の宣伝には次のような法則がある。
1.われわれは平穏な生活を望んでいる。
2.しかし敵側(魔物や異教徒)が一方的にわれわれの破滅を望んだ。
3.敵の指導者(魔王)は悪魔のような奴だ(っていうか悪魔そのものだ)。
4.われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な大儀・使命のために戦う。
5.そしてこの大義は神聖にて崇高なものである。
6.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが、敵はわざと残虐行為におよんでいる。
7.敵は卑劣な魔法や戦略を用いている。
8.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
9.主神も正義の戦いを支持している。
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。
うーん、なんていうか……怖いね?特に10番とか。
こんなの子供のころから教えられ続けられれば、
そりゃ誰だって魔物を憎く思っちゃうのも仕方ないんじゃないかな。
でもね、さすがに子供に初めから怖いことは教えられない。
まずは『正義』っていうのはどんなものなのかを
教える下地を作ることが大切なんだよね。
そのために、お姫様物語は格好の材料ってわけさ。
美しいお姫様を悪の手から守る正義の味方ってかっこいいよね。
そして子供たちは、自分も勇者になって魔物をたくさん倒したいと
思うようになっていくんだ。
そう、今回紹介するのは
密かなプロパガンダとして作られた、悲しいお話。
昔々…ひとつの大きな国がありました。
その大きな国は豊かで、人も多く住んでいて、立派な騎士が何人もいる
それはそれは恵まれた国でした。
この国のお姫様は小さいころから何一つ不自由ない生活を送っていました。
…いえ、ひとつだけ叶わないことがありました。
それはお城の外に出ること。
大事な大事なお姫様は、お城の外に出ることができません。
でも、まだまだ子供のお姫様は好奇心が旺盛な女の子。
いつもお城の中にいては退屈してしまいます。
なんとかしてお城から出る機会をうかがっていました。
そしてある日、お城の人たちの目を盗んでついに脱出に成功しました。
始めてみる城壁の外の風景。城下町には建物がたくさん並んでいて、
辺りを見回しているだけでもとても楽しくなってしまいます。
でもお姫様は外のことをまったく知りません。
なのでものの数分で見事に道に迷ってしまいます。
初めのうちは楽しかった風景が、徐々にお姫様を不安にさせました。
と、そこにひとりの男の子が来て、お姫様に声をかけました。
どうやら男の子は女の子がお姫様だと知らないようで、
道に迷ったの?よかったら案内しようか?と、
やさしく接してあげます。
お姫様は渡りに船とばかりに、見ず知らずの男の子に
町やさらに外の案内を頼みました。
幸運にも男の子は悪意のない純粋な男の子で、
お姫様は一日中あちらこちらを一緒に見て歩きました。
その長いようで短い時間は、お姫様にとって
今までに味わったことのないとても素敵な時間でした。
しかし、夕方には楽しい時間は終わってしまいました。
お姫様を探していたお城の人たちに見つかってしまったのです。
お姫様も男の子もこっぴどく怒られ、そのままお姫様は
お城の人たちに手を惹かれて連れて行かれます。
そしてそのとき初めて、男の子は女の子がお姫様だったと知り、
お姫様は男の子がこの国の騎士の子供だったと知ります。
二人はごくわずかな時間に約束を交わしました。
男の子は大きくなって騎士になり、お姫様を守ること。
お姫様は騎士になった男の子の手をとること。
その二人は子供の間二度と会うことはありませんでした。
しかし、二人にとってその日にした約束は、
人生を左右するほどの影響を与えました。
男の子はお姫様を守れるような立派な騎士を目指して
日々厳しい訓練を積極的にこなしました。
お姫様も、男の子に頼られるような素敵なお姫様を目指して
退屈な勉強を文句ひとついわずこなしました。
一日だけしか会っていないというのにここまでお互いに想い合えたのは
奇跡といってもいいかもしれません。
ところが、運命の歯車は二人を祝福しなかったのです。
二人は大人になり、
女の子だったお姫様は美しく高貴な女性になり、
男の子は血の滲むような努力の末、国でも一二を争う強い騎士になりました。
そう、二人とも理想のまま育っていたのです。
騎士とお姫様は十数年ぶりに再会しました。
しかし、このとき二人は大喧嘩をしてしまいました。
いえ、二人とも大人なのでポカポカ叩き合う程度ではありません。
それは山が割れて谷ができたといっていいほどの決定的な対立でした。
それ以来二人は相手のこと非常に嫌いあうことになります。
なぜこんなことになってしまったのでしょう。
それは……二人が憧れていたのは『子供のときの理想』。
長い長い大人になる過程で、お互いを見ずに進んだ二人が見たのは
理想を裏切った相手の姿…
騎士から見たお姫様は、高慢で不遜。
お姫様から見た騎士は、冷徹で非情。
なんとも悲しいことです。
お互いを嫌いあってしまった二人ですが、
心の片隅にはまだ、相手を嫌いになりきれていない部分もありました。
それは、わずかに残っていた子供の心…
月日はたち、王国に魔の手が伸び始めました。
そう、魔王が豊かな王国に目をつけて、多くの魔物を送り込んできたのです。
初めのうちは騎士たちの活躍により王国は善戦しました。
しかし数があまりにも違いすぎました。
倒しても倒しても沸いてくる魔物を相手に戦い続けた騎士たちは疲れ果て、
徐々にやられていってしまいます。
ついに国王は、国民とともに別の国に逃げることにしました。
当然お姫様も一緒に国から脱出しようとします。
その上、国を守るはずの騎士たちまで逃げ出す始末です。
ですが、人々を逃がすために最後まで戦う騎士もいます。
その中にはお姫様と絶交した騎士の姿もありました。
脱出する寸前、お姫様が見たのは自分たちを逃がすために
死を覚悟で戦っている…大嫌いな騎士の姿でした。
その姿を見た瞬間、お姫様の心の中で何かが動き、
ついに、お姫様は脱出する方向とは逆に、騎士の元に向かいました。
そして三度目の再会。
そこで二人は気がつきました。
自分たちが見ていたのは、相手の顔ではなく
被っている『大人』という仮面であることを………
そんなつまらないものに惑わされて、
お互いを嫌いあっていた二人は、
互いに謝り、互いに許しあいました。
運命に引き裂かれながらも、恋を実らせた二人…
それはあまりにも遅すぎました。
二人はすでに魔物に囲まれているのです。
ですが騎士はあきらめません。
今こそ、子供のときに交わした約束を果たすとき。
お姫様も、騎士を信じてともに戦うことにしました。
そして…二人はもう一度約束を交わしました。
生き残ったら、今度こそ、お互いのそばを離れないと。
その後、二人がどうなったかはわかりません。
なぜなら二人は帰ってこなかったから。
そのまま魔物にやられてしまったのかもしれませんし、
実は魔物の囲みを突破して、ひっそりとどこかで暮らしているのかもしれません。
でも、確実なのは……もう二人は離れたところにいない。
きっといつまでもいっしょにいることでしょう。
どうだったかな。なかなか感動的でしょ。
え?ハッピーエンドじゃないじゃないかって?
うん、まあ…この話はバッドエンドになっちゃったお話だからね。
でもさ、無理やりハッピーエンドにつなげることもできなくはないよね。
このお話はただ単に「最後は分かり合えました、よかったよかった」
で終わるんだけど、実際はそれだけじゃ終わらないのがミソなんだ。
教訓:虚栄を張るな。素直が一番。
これが子供向け。
教訓:仲が悪いと敵(魔物)に付け込まれる。
こちらは精神論。
特に教団の勢力が強いところだと、このお話で二人の心がすれ違ったのは
実は魔物の仕業で、悪魔が二人の仲を引き裂いたっていう話になってたりもするんだ。
そんな馬鹿なって思うかもしれないけど、
知識がないとすんなり信じてしまうものなんだよね。
さて、こんな風に正義が負けてしまうお話もあるんだけど、
こういったお話は悪者を気づかないうちに憎ませる効果があるんだ。
つまり、巧妙なプロパガンダってわけさ。いやー怖いね。
でもね…それよりももっとひどい事実があるんだ。
それはね、このお話の元となった事実で恋の立役者となった子が
いつの間にか一番の悪者にされちゃったことなんだよね。
まったく、大人ってひどいと思わないかい?
じゃあこれから、真実のお話を聞かせてあげよう。
みんなもぜひ、このお話を読んで、子供に真実を知らせてあげるといい。
あれ?これってプロパガンダかな?
ま、細かいことは気にしない方向で。
では、はじまりはじまり……
つまらなそうだと思ったら僕の話を飛ばすのも自由だ。
聞かなくても別に話は楽しめるしね。
飛ばす人は、一段と広くなってる改行空白を目印にしてほしい。
さて、君たちは『プロパガンダ』って知ってるかな?
「自分たちは正しい!んでもって敵は悪いやつだ!」っていうのを
あらゆる手段を使って宣伝することだね。
国とか大きな組織とかが、自分たちの正当性を主張して
支持する人を増やすときにはやっぱり宣伝が一番
効果的でなおかつお手軽なんだ。
いくら自分たちは正しいと思っても、
周りがそう思ってくれないと何の意味もないからね。
そして、その手段は実に多種多様だ。
演説やポスターなんかはもちろん、文明が発達すれば
テレビやラジオ、そして映画なんかも積極的に使われる。
その気になれば四六時中プロパガンダが流されるなんてことも……
ま、中世に生きる僕たちには結構手段は限られるけどね。
じゃあテレビやラジオがない時代のプロパガンダって何だろうか。
まず代表的なのは『建物』だ。
みんなもよく知ってる世界遺産……ピラミッドや古墳、
巨像、コロッセオ、豪華な宮殿、塔、お寺や教会、ect…
これらはみんな立派なプロパガンダ。そこにあるだけで効果絶大だ。
立てた人が如何に力が強かったかがよくわかるからね。
「魔王城」なんかも存在自体が魔物にとってのプロパガンダだね。
次に『英雄』。
中世は今みたいに「一人ひとりがオンリーワン」じゃないから、
カリスマ的存在はそれだけで歩く広告になれるんだ。
これはみんな納得できるんじゃないかな。
戦場で一騎当千の活躍をする国士無双の人物がいる国の軍隊は、
とにかく強いのは、実はその人の強さのおかげというよりも
兵士みんなのやる気が自然に出るからなんだ。
魔物にも同じことが言えるね。
たとえ魔女が10000人集まって攻撃してくるよりも
一匹のバフォメットが率いる100人のサバトの方が断然強いし、
魔物の群れをリリムが率いてたらそれだけで勝ちは確定だね。
『歌』だってそうだ。
リズムは生物の精神に直接影響を及ぼすからね。
太鼓の打音は活力を湧かし、笛の音色は心をリフレッシュさせる。
そして人間の耳は幸か不幸か、ポジティブな単語を聞くと
それだけでいい気分になれるんだ。
だから吟遊詩人が語る戦いのお話は、実は死人が出る残酷なお話でも
聞いてて楽しいし、心に残ればそれは憧れに変わるんだ。
あと、セイレーンが歌う魔歌が強力だって言われるのは、
防ぐのが難しいからなんだろうね。
そして忘れちゃいけないのが『本』だね。
中世は本が貴重……と、言うよりも紙自体が貴重品だ。
まあ、僕たちが生きてるいわゆるファンタジー世界には、
なぜか製紙技術があるから、紙自体は安物かもしれないけど
ぶっちゃけ印刷技術がないんだよね。だから全部手書きさ。
いくらファンタジーだから識字率100%あたりまえの世界でも、
本の数自体が少なければ、当然価値は跳ね上がるね。
だって読みたくても読めないんだもん。
だから本をたくさん持ってるのは国家とかお金持ちだけ。
あとはよくてせいぜい2,3冊か、日記くらいかな。
本は貴重品。
だから、みんな本に書いてあることは真実だって思い込んでしまう。
本に書いてあることが嘘かどうかなんて疑わないんだ。
本に自分たちは強い正義の味方だって書いちゃえば
たいていそれは真実になる。
少しの嘘や誇張なんて気にならないくらい……
さて、ここからがいよいよ本題だ。
前回、ハッピーエンドは時として
権力者の都合で話が書き換えられてしまうって話をしたよね。
つまり、お姫様物語も立派なプロパガンダなんだ。
あーあ…また夢のないことを……。みんなごめんね。
でもこれは事実。純粋な子供に読み聞かせる童話も
プロパガンダの魔の手からは逃れることはできなかったんだ。
いや、むしろ童話自体、半分はプロパガンダを目的として
つくられたものだったりするんだ。
みんなが大嫌いな『教団』はプロパガンダの性質をよく理解してる。
彼らは魔物を倒すために、宣伝も駆使しているんだ。
あるときは戦死した英雄を美化したり、
またあるときは美少年の聖歌隊を結成して賛美歌を歌わせたり、
ところによっては無理やり勇者を作り出すなんてこともしてるよね。
さて、教団の宣伝には次のような法則がある。
1.われわれは平穏な生活を望んでいる。
2.しかし敵側(魔物や異教徒)が一方的にわれわれの破滅を望んだ。
3.敵の指導者(魔王)は悪魔のような奴だ(っていうか悪魔そのものだ)。
4.われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な大儀・使命のために戦う。
5.そしてこの大義は神聖にて崇高なものである。
6.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが、敵はわざと残虐行為におよんでいる。
7.敵は卑劣な魔法や戦略を用いている。
8.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
9.主神も正義の戦いを支持している。
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。
うーん、なんていうか……怖いね?特に10番とか。
こんなの子供のころから教えられ続けられれば、
そりゃ誰だって魔物を憎く思っちゃうのも仕方ないんじゃないかな。
でもね、さすがに子供に初めから怖いことは教えられない。
まずは『正義』っていうのはどんなものなのかを
教える下地を作ることが大切なんだよね。
そのために、お姫様物語は格好の材料ってわけさ。
美しいお姫様を悪の手から守る正義の味方ってかっこいいよね。
そして子供たちは、自分も勇者になって魔物をたくさん倒したいと
思うようになっていくんだ。
そう、今回紹介するのは
密かなプロパガンダとして作られた、悲しいお話。
昔々…ひとつの大きな国がありました。
その大きな国は豊かで、人も多く住んでいて、立派な騎士が何人もいる
それはそれは恵まれた国でした。
この国のお姫様は小さいころから何一つ不自由ない生活を送っていました。
…いえ、ひとつだけ叶わないことがありました。
それはお城の外に出ること。
大事な大事なお姫様は、お城の外に出ることができません。
でも、まだまだ子供のお姫様は好奇心が旺盛な女の子。
いつもお城の中にいては退屈してしまいます。
なんとかしてお城から出る機会をうかがっていました。
そしてある日、お城の人たちの目を盗んでついに脱出に成功しました。
始めてみる城壁の外の風景。城下町には建物がたくさん並んでいて、
辺りを見回しているだけでもとても楽しくなってしまいます。
でもお姫様は外のことをまったく知りません。
なのでものの数分で見事に道に迷ってしまいます。
初めのうちは楽しかった風景が、徐々にお姫様を不安にさせました。
と、そこにひとりの男の子が来て、お姫様に声をかけました。
どうやら男の子は女の子がお姫様だと知らないようで、
道に迷ったの?よかったら案内しようか?と、
やさしく接してあげます。
お姫様は渡りに船とばかりに、見ず知らずの男の子に
町やさらに外の案内を頼みました。
幸運にも男の子は悪意のない純粋な男の子で、
お姫様は一日中あちらこちらを一緒に見て歩きました。
その長いようで短い時間は、お姫様にとって
今までに味わったことのないとても素敵な時間でした。
しかし、夕方には楽しい時間は終わってしまいました。
お姫様を探していたお城の人たちに見つかってしまったのです。
お姫様も男の子もこっぴどく怒られ、そのままお姫様は
お城の人たちに手を惹かれて連れて行かれます。
そしてそのとき初めて、男の子は女の子がお姫様だったと知り、
お姫様は男の子がこの国の騎士の子供だったと知ります。
二人はごくわずかな時間に約束を交わしました。
男の子は大きくなって騎士になり、お姫様を守ること。
お姫様は騎士になった男の子の手をとること。
その二人は子供の間二度と会うことはありませんでした。
しかし、二人にとってその日にした約束は、
人生を左右するほどの影響を与えました。
男の子はお姫様を守れるような立派な騎士を目指して
日々厳しい訓練を積極的にこなしました。
お姫様も、男の子に頼られるような素敵なお姫様を目指して
退屈な勉強を文句ひとついわずこなしました。
一日だけしか会っていないというのにここまでお互いに想い合えたのは
奇跡といってもいいかもしれません。
ところが、運命の歯車は二人を祝福しなかったのです。
二人は大人になり、
女の子だったお姫様は美しく高貴な女性になり、
男の子は血の滲むような努力の末、国でも一二を争う強い騎士になりました。
そう、二人とも理想のまま育っていたのです。
騎士とお姫様は十数年ぶりに再会しました。
しかし、このとき二人は大喧嘩をしてしまいました。
いえ、二人とも大人なのでポカポカ叩き合う程度ではありません。
それは山が割れて谷ができたといっていいほどの決定的な対立でした。
それ以来二人は相手のこと非常に嫌いあうことになります。
なぜこんなことになってしまったのでしょう。
それは……二人が憧れていたのは『子供のときの理想』。
長い長い大人になる過程で、お互いを見ずに進んだ二人が見たのは
理想を裏切った相手の姿…
騎士から見たお姫様は、高慢で不遜。
お姫様から見た騎士は、冷徹で非情。
なんとも悲しいことです。
お互いを嫌いあってしまった二人ですが、
心の片隅にはまだ、相手を嫌いになりきれていない部分もありました。
それは、わずかに残っていた子供の心…
月日はたち、王国に魔の手が伸び始めました。
そう、魔王が豊かな王国に目をつけて、多くの魔物を送り込んできたのです。
初めのうちは騎士たちの活躍により王国は善戦しました。
しかし数があまりにも違いすぎました。
倒しても倒しても沸いてくる魔物を相手に戦い続けた騎士たちは疲れ果て、
徐々にやられていってしまいます。
ついに国王は、国民とともに別の国に逃げることにしました。
当然お姫様も一緒に国から脱出しようとします。
その上、国を守るはずの騎士たちまで逃げ出す始末です。
ですが、人々を逃がすために最後まで戦う騎士もいます。
その中にはお姫様と絶交した騎士の姿もありました。
脱出する寸前、お姫様が見たのは自分たちを逃がすために
死を覚悟で戦っている…大嫌いな騎士の姿でした。
その姿を見た瞬間、お姫様の心の中で何かが動き、
ついに、お姫様は脱出する方向とは逆に、騎士の元に向かいました。
そして三度目の再会。
そこで二人は気がつきました。
自分たちが見ていたのは、相手の顔ではなく
被っている『大人』という仮面であることを………
そんなつまらないものに惑わされて、
お互いを嫌いあっていた二人は、
互いに謝り、互いに許しあいました。
運命に引き裂かれながらも、恋を実らせた二人…
それはあまりにも遅すぎました。
二人はすでに魔物に囲まれているのです。
ですが騎士はあきらめません。
今こそ、子供のときに交わした約束を果たすとき。
お姫様も、騎士を信じてともに戦うことにしました。
そして…二人はもう一度約束を交わしました。
生き残ったら、今度こそ、お互いのそばを離れないと。
その後、二人がどうなったかはわかりません。
なぜなら二人は帰ってこなかったから。
そのまま魔物にやられてしまったのかもしれませんし、
実は魔物の囲みを突破して、ひっそりとどこかで暮らしているのかもしれません。
でも、確実なのは……もう二人は離れたところにいない。
きっといつまでもいっしょにいることでしょう。
どうだったかな。なかなか感動的でしょ。
え?ハッピーエンドじゃないじゃないかって?
うん、まあ…この話はバッドエンドになっちゃったお話だからね。
でもさ、無理やりハッピーエンドにつなげることもできなくはないよね。
このお話はただ単に「最後は分かり合えました、よかったよかった」
で終わるんだけど、実際はそれだけじゃ終わらないのがミソなんだ。
教訓:虚栄を張るな。素直が一番。
これが子供向け。
教訓:仲が悪いと敵(魔物)に付け込まれる。
こちらは精神論。
特に教団の勢力が強いところだと、このお話で二人の心がすれ違ったのは
実は魔物の仕業で、悪魔が二人の仲を引き裂いたっていう話になってたりもするんだ。
そんな馬鹿なって思うかもしれないけど、
知識がないとすんなり信じてしまうものなんだよね。
さて、こんな風に正義が負けてしまうお話もあるんだけど、
こういったお話は悪者を気づかないうちに憎ませる効果があるんだ。
つまり、巧妙なプロパガンダってわけさ。いやー怖いね。
でもね…それよりももっとひどい事実があるんだ。
それはね、このお話の元となった事実で恋の立役者となった子が
いつの間にか一番の悪者にされちゃったことなんだよね。
まったく、大人ってひどいと思わないかい?
じゃあこれから、真実のお話を聞かせてあげよう。
みんなもぜひ、このお話を読んで、子供に真実を知らせてあげるといい。
あれ?これってプロパガンダかな?
ま、細かいことは気にしない方向で。
では、はじまりはじまり……
11/11/26 11:48更新 / バーソロミュ
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