連載小説
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U:陽と陰と【Double persona】 1章
「えっと、どうしたの?」
「!!」


ここは見慣れた城下町の繁華街からちょっと奥に入った路地。
治安は悪くはないが、特に店があるわけでもないこの人気のない場所に、
町ではあまり見かけないような服を着た一人の小さな女の子がいた。
やや明るい茶色の繊細な髪の毛に、人形のようなくりっとしたかわいい顔。
一目見ただけでも、彼女がそこらの町娘でないことは明らかだった。


「べっ、べつにわたしはあやしいものじゃないわ!」
「べつにあやしいっておもったわけじゃないけど…
ただ、みないかおだな〜っておもったし、なんかキョロキョロしてるから
もしかしてしらないまちにきてまいごになったのかなって。」
「(ぎくっ!?)」

どうやら迷ったらしい。
しかし女の子はわたわたと手を上下に振りながら、
真っ赤な顔で必死になって弁明する。

「ち、ちちち、ちがうの!わたしはこのまちにすんでるの!
で、ででで、でも!わたしあんまりそとでたことなかったから!
ちょっとまわりがめずらしくてついキョロキョロしちゃっただけよ!」
「そ…そう………」

女の子のあまりの必死な姿に思わず気圧されたが、
そんなあわてた姿もなかなかかわいらしかった。
どうやらこの子はどこかの貴族かお金持ちの娘なのだろう。
きっと今まで箱入りで育てられ、あまり外に出たことがないのかもしれない。
それなら納得がいく。

だったらどこから来たか聞いて、送ってあげるのが正解だろう。
でも、もしかしたら……

「でも、この辺はあまり見てて楽しいものないよ。」
「…ぅ。」
「ねぇ、せっかく外に出たんだ。もしよければぼくがみちあんないしようか?」
「…!!いいの!?」
「ぼくもきょうはこれといってやることはないから。
たのしいところをいっぱいみせてあげるよ。」
「わぁい!やったー!じゃ、よろしくね!」


…こんな簡単にほいほいついてきちゃっていいんだろうか?
いつか身代目的で誘拐されちゃうかもしれない。
けどまあ、それはおいといて。
この箱入り女の子にどこを案内してあげようか…と、一瞬考えると


「どこか行きたいところ…っていってもわかんないか。
そうだ!じゃあまずあのおおきなおしろから…」
「らめえぇぇぇっ!!」
「え!?」
「おしろはだめ!おしろはだめなのぉ!」
「え、えええ?」

まず真っ先に思い浮かんだのがこの町にあるとても立派なお城。
近くで見せてあげたらきっと喜ぶだろうと思っていたのに、
なぜかいきなり大声で徹底拒否されてしまった。
顔を見れば先ほどのかわいい笑顔がかなり怯えた表情になり、
目じりには涙すら浮かんでいる。

「なんで?おしろ、おっきくてりっぱですごいんだよ?」
「やだっ!あそこにいったらつれもどさ……じゃなくて
おしろにいったらころされちゃうからいっちゃだめだって
おとうさんとおかあさんにいわれたの!」
「そ、そんなことないって!へんなことしなきゃだいじょうぶだよ!」
「でもやだっ!ぜったいいきたくない!」
「ううん、そこまでいやならしょうがない、ほかのところにしよう。
まずはいっしょにいちばでもみていこうか。みてるだけでもたのしいよ。」
「うん!いきましょいきましょ!」

またしても表情を一転させて、かわいい笑顔を見せる女の子。
このこと一緒なら、いつも見ているこの町が
もっと楽しく見えるかもしれない。
はぐれないように手と手をしっかり握って、二人は走り出した。

「そうだ、きみのなまえは?」
「え!?なまえ?」
「うん、なまえ。」
「なまえ………うぅんと…」
「?」
「そう!クリス!わたしクリスっていうの!」
「クリスかぁ。けっこうふつうのなまえだね。」
「そ、そう…よかった…」
「?」
「あ…いや、そのっ!あ、あなたこそおなまえは?」
「ぼく?ぼくのことはクルトってよんでくれればいいよ。」
「わかったわ!じゃクルト、みちあんないよろしく!」
「あっはっは、いきなりよびすてなんだね。
こっちこそよろしく、クリス。」


その後、クリスと一緒にいろんな場所を回った。
どうやらクリスにとって本当に初めてのところばかりらしく、
好奇心の赴くままにあっちこっち走り回る。

各地から大勢の人が集う中央市場で、見たこともない品々に目を輝かせ、
噴水広場では、ちょうど来ていた大道芸人のパフォーマンスに興奮し、
町の外の広々とした平原にとても驚いていた。

でも、楽しい時間は得てして早く過ぎ去ってしまうもの。
一緒にはしゃいで走り回っているうちに、次第に日は暮れ
空は夕焼け色に染まっていった。


「あは〜、さすがにつかれたわ。」
「ぼくも、いちにちじゅうはしってたからつかれちゃった。」

街の真ん中にある噴水広場の石造りのベンチに腰かけて、
お互いに満喫した楽しい時間の余韻に浸った。
疲れてはいるものの、その疲れすらむしろ心地よい。

「もう、ゆうがただね。」
「うん……もっとクルトとあそんでいたかったわ。」
「でももうかえらなきゃ。おとうさんもおかあさんも、きっとしんぱいしてるよ。」
「うん…」
「そうだ!クリスのうちってどこなの?よかったらおくってくよ。」
「へ!?い、いやいやいや!そ、それは…!」
「まかせてよ!『きし』たるもの、おんなのこのみはさいごまでまもるものなんだから!」
「き、きし?」
「あはは、じつはね、ぼくのおとうさんがこのくにのきしなんだ。
だからぼくね、いまきしめざしてがんばってるところ。
まあ、まだぜんぜんつよくないからたよりないかもしれないけどね。」
「そう…なんだ。」
「ほら、さいごまでクリスをおくってくよ。なんならいっしょにおこられてもいいかな。」
「でもっ…わたしは、わたしは……その…」
「?」
「じ、じつは…」

と、その時


「いたぞ!あそこだ!やっと見つけた!」
「姫ー!!姫様ー!!」

「み…みつかっちゃった…、どうしよ…」
「え?えっと、ひめって、もしかして……」

鎧を着た大人たち数人がこっちに走ってくる。
しかもよく見れば

「げっ!と…じゃなくてちちうえ!?」
「うそっ!?」

「姫様!探しましたぞ!勝手にお城を抜け出すなど、なんという危険なことを…」
「ご、ごめんなさ〜い!」
「そしてクルト!!どうしてお前が姫様と一緒にいるんだ!!」
「もうしわけありませぬちちうえ!クリスがまさかおひめさまだったなんて…!」

二人して駆けつけた騎士…もとい父上に怒られてしまった。
それにしてもクリスがこの国のお姫様だったなんて知らなかった。
この国には四人のお姫様がいるけど、今まで見たこともなかった。
クリスが何番目のお姫様かは知らないけど、結構年下のほうなのかな。

「姫様、後で王様やお妃様にきちんと謝るのですよ。
よし!ケイク、フェルニス、姫様を城までお連れしてさしあげよ!」
『ははっ!!』
「あ、ちょ…ちょっとまって!クルト!!」
「な…なに?」

二人の騎士に半ば強引に連れられていくクリスが、
こちらを振り向いて、何かを言おうとしていた。


「いつかほんとうの『きし』になって!また、わたしといっしょにいてほしいの!」
「…っ!!」
「わたしもきっと!クルトにあってもはずかしくない、りっぱなおひめさまになってみせるから!
やくそくよ!クルト!ぜったいにやくそくだから!つぎにあうときまでに!きっと!」
「わかったよクリス!ぼくもぜったいにつよくてりっぱなきしになるから!
クリスのために!いちばんつよいきしになって、またあいにいくから!」


お互いに全力で叫んだ約束。
不思議だな。今日会ったばかりなのに、こんな大事な約束するなんて。
でも……なんだかすごくうれしい。


「こらっ!」

ゴチンッ!!

「あうっ!?ち、ちちうえ……」
「お前…わかってるのか?俺がいたからよかったものの、
下手すればお前もつかまってもおかしくはないんだぞ!」
「ごめんなさい。はんせいしています。」

そして父さんは相変わらず厳しい。
そのあと五分くらい説教が続いた。

「ま、反省しているようだし、許してやろう。王様には俺が代わりに弁明しておいてやる。」
「…ありがとう。」
「うむ。さてと、話は変わるが、さっきの『約束』…本気で守る気はあるか?」
「もちろんだよ!!一度した約束は絶対に破りたくない!」
「よし。どんな辛いことがあっても諦めないと誓えるか?」
「うん!」
「ふふふ…そうか、親の欲目かもしれんが…お前はなかなか骨がありそうだ。
いいだろう!少し早いかもしれんが、明日からお前を徹底的に鍛えてやる!覚悟しろよ!」
「はいっ!!がんばります!!」












……






――――――――――――――――――――――――――――――――――







身体が小刻みに揺れる。
ゴトゴトときしむ車輪の音と、パカパカと鳴る馬の蹄の音、
そして人と人が話す声が耳に入る。

「…………ん…」

閉じていた瞼をゆっくりと開く。
すると、そこには今まさに自分の方を向いた二人の男性騎士の顔があった。

「お!起きたかマイヤー。」
「はっはっは、さすがの君も今回の任務はこたえたかい?」
「……あぁ、インザーギ、ボーリュー。ん…
いつのまにか寝てしまったようだな。すまない。」
「まぁ、そう言うなって。強行軍で三日も寝てなかったんだろ。
むしろもっと寝ててもいいくらいなんだぜ?」
「あ…ぁ…そうふぁいうものの……(←あくび)
鎧を着ている騎士が無防備にも居眠りするなど…、いかん…、まだ眠気が………」
「まぁまぁ、この辺りは別に戦場ってわけじゃないし。
少しは休んでおかないとね。それに、帰った後すぐにアレがあるんでしょ?」
「ん、それもそうだな…。」


もう少し詳しく状況を説明すると、
現在4人の騎士が馬車で数百名の兵士を伴いながら街道を行軍している最中だ。

彼らは、この地方でも一・二を争う大国…グランベルテの軍隊で、
つい昨日まで、辺境に巣くっていたジャイアントアントの群れを
巣ごと殲滅するという大規模な軍事行動を行っていた。
初め、一般兵のみで戦っていたが、全く歯が立たず
寧ろ多数の兵士が犠牲になる(実際はアレだが)大損害を被る始末だったが、
中央軍が虎の子である王国騎士たちを差し向けてからというものの、
王国騎士たちの獅子奮迅の活躍により、見事ジャイアントアントの巣を
駆除することが出来たのだ。

その中でも特に目覚ましい活躍をしたのが今この馬車に乗っている、
深紅の髪にルビーのような瞳を持つ騎士…クルトマイヤー。
若いながらも王国屈指の実力を持ちながら、勇敢かつ冷静な性格で、
王国お抱えの勇者たち並かそれ以上の戦闘力を持つ。
三日三晩続いたジャイアントアント駆逐戦では、大斧を振いつつ
ほぼ休むことなく先頭で突撃を繰り返していた。
それゆえ現在は蓄積した疲労により眠たそうにしている。

しかしながら、彼は勇敢な騎士であると同時に
時に冷酷で非情な一面があり、笑顔を見た者は一人もいないと
言われるほど常に厳しい表情をしている。
実際、彼は他人に厳しく、それ以上に自分にも厳しかった。
大抵の者は彼の目を見るだけでおそれおののいてしまい、
上官さえも彼の顔をまともに見られず、思わず視線をそむけてしまうという。
彼にとって気軽に話せる相手は今や同じ馬車に乗っている
同期の騎士三人のみである。


「懐かしい夢をみた。」
「夢?マイヤー君も夢なんて見るんだ?」
「人である以上、たまには夢を見るものなんだろうな。」
「んでもって夢の内容も気になるぜ。どんな夢だったんだ。」
「子供の頃の…な。そう…子供の頃の。」

クルトマイヤーは瞳を閉じると、
再びまどろみの中へと落ちて行った。

(また、会えるだろうか…。)



「寝たな。」
「寝たね。」

二人の男性騎士…インザーギとボーリューは再び静かに眠り始めた
恐ろしくも頼もしい親友を見てやや苦笑いしながら会話を再開する。


「マイヤーと共に戦うのも、今日で最後かもしれんな。」
「はは、そう考えると何だか感慨深いね。実力は違えども、
同期の中で残ってる騎士は俺たち四人だけだから。」
「そしてそのうちの一人は、王様のお膝元にいっちまうわけか。」

クルトマイヤーはこれまで培った功績により、
このたび国王直々に近衛騎士に加えられることとなったのだ。

近衛騎士は、王国でも50人程度しか配備されないエリートばかりで、
実力に加えて、ある程度の家柄があることも必要だった。
まさに、王国騎士たちの憧れと言っても過言ではない。
そう、表面上は………


だが、その実態はみてくれとはかなりかけ離れている。
確かに十年ほど前までは王国でも屈指の騎士たちがそろい、
一人ひとりが一騎当千の兵であった。
しかし、伝統と格式を重んじる近衛騎士たちは老齢化し、
壮年の騎士らもある者は戦死し、ある者は魔物に連れ去られた。
その上、魔物がまだ現在のような擬人女性化以前から大国として君臨するこの国は、
戦乱が少なくなった現在は政治中枢の腐敗が進み、貴族による汚職は日常茶飯事、
要職は裏工作で地位を得た有能とは言い難い者が占めることとなった。

そして…近衛騎士という役職もまた上位貴族の子弟の箔付けと化し、
それまで常に前線で戦ってきた王国騎士との間には、
貴賤の上下で軋轢が生じてしまっていた。
実力で近衛騎士の地位を手に入れたクルトマイヤーは、
今や国中の騎士の注目の的であった。

王都に帰還したら、彼の正式な受勲式が行われる。


「でもよ、いくら王様の命令とは言えマイヤーはなんで近衛に行くんだ?
こいつのことだからわざわざ貴族どもの犬になるよりも、
前線で戦ってた方が性に合うと思うんだがなぁ。」
「そだね。俺も辞退するんじゃないかって思ってたけど……。
ま、もしかしたらマイヤー君なら、かつて騎士の花形と言われた
近衛の姿を正してくれるかもしれない。」
「おっ、そうか。そうだよな!マイヤーならあの実力もないのに威張るばっかの
ボンボン騎士どもをみっちりしごいてくれそうだしな!へっ、ザマーみろってんだ!」

言いたい放題言うインザーギ。近衛騎士団はよほど下級騎士に嫌われているらしい。

…と、ボーリューの肩が指でツンツンと突つかれると同時に
隣の騎士から紙の切れ端を渡された。そこにはなかなか可愛らしい字で

わたしは本当の理由(わけ)をしってるよ♪

と書かれていた。


「え?本当の理由?」
「モルティエ…いちいち筆談しないで口で話せよ。」

紙を渡すだけで先ほどから一切口を利かない女性騎士…モルティエは
ただニコニコ微笑むだけで『本当の理由』とやらを話す気配がない。

「教える気がないんだったら初めから紙渡さないでよ。」
「同意。モルティエとまともに意思疎通できるのはマイヤーだけだからな。
本当の理由なぁ……、おっそうだ、もしかしたらマイヤーめ
近衛騎士になってそのまま逆玉する気か?」
「あはははは!もしそうだったら笑えるよね!
お姫様と結婚するために頑張ってきましたなんてマイヤーらしくないもん!」
「うっはっはっは!だよな!今まで恋愛のレ文字もなかったこいつが
そんな子供っぽいファンシー理由で騎士になったなんてな!」
「おっとインザーギ君、声が大きいよ。マイヤー君に聞かれたら大変だ。」


「……聞こえてるからな。」
『ごめんなさい。』









夕刻には、彼らは何事もなく王都ノルバニアに到着。
その頃にはすでに体力を十分回復していたクルトマイヤーは
すぐさま砂埃や泥や返り血で汚れた戦闘用の板金鎧から
畏まった場で着用する騎士の正装に着替える。

「では行ってくる。」
「おう、もう二度と会わんかもしれないが、近衛に行っても元気でやれよ!」
「くれぐれも君まであっちの『お仲間』にならないようにね。
俺たちは俺たちで、君に負けないよう頑張っていくからさ。」
「ふっ…そうだな。ありがとう、インザーギ、ボーリュー、モルティエ。
お前たちが友達でいてくれて本当によかった。
ま、今日が今生の別れってこともあるまい。その気になればすぐ会えるさ。」

珍しくにっこりと笑うクルトマイヤー。
彼が笑うと、どこか腕白な子供のような表情を見せる。

「おっ、久々に笑ったなコンチクショウ!
そんなに俺たちと別れるのが嬉しいってか?」
「はっはっは!このバカが、そんなことあるわけないだろ!」
「ねぇモルティエ。君も何か声かけてやりなよ。」

コネよろしく

「だからお前は紙切れじゃなくて直接口で言えよ!そして内容も空気読め!」
「…ボーリュー、もしモルティエが何か喋ったら一報入れてくれ。
恐らくこの王国が崩壊する前兆だ。」
「冗談きついってば。もう、俺たちってどうしてこう
どつき合うことでしかコミュニケーションできないんだろうね。」
「ロクでもねー騎士だな俺たちは…」
「全くだ!本当にロクでもないな!さて、時間も押してることだ。
死ぬなよロクでなしの戦友ども!」


親友たちに別れを告げて、クルトマイヤーは王城の正門をくぐり
その足でまずは謁見の間に向かっていった。
表情はすでにいつもの感じにもどってはいるが、
彼の心はとても晴れやかだった。

(ついにこの時が来たか…。本当に長い道のりだった。
インザーギ達と別れるのは辛いが、まあ…あいつらにもまた会えるだろう。
それにしてもあいつら…変なところで勘がするどい。)


クルトマイヤーが騎士を目指した理由は他でもない。
インザーギ達が言ってた子供っぽいファンシーな動機……
この国の第三王女クリスティーネとの子供の頃に誓った約束を果たすためだった。

彼がまだ10にも満たない歳の頃、
退屈のあまり城を抜け出してきたクリスティーネに出会い、
お互いに意気投合し、一日中二人で城下町を駆け巡った。
夕方になった頃に城から捜索に来た近衛騎士である彼の父親に発見され、
楽しかった時間に終止符が打たれた。
別れ際になって彼女から騎士になって再び自分の元に来てほしいという約束をし、
彼女もまた立派な姫君になるべく努力すると言っていた。

その日を境に父親を始め、先輩の騎士たちから必死に武術を習いはじめた。
元々彼には才能があったのもあるが、それ以上に彼は同世代の何倍、何十倍と
訓練を積み重ねて行った結果、メキメキと力量を身につけて行ったのだ。
当然つらく厳しい日々が続いたが、彼が泣きごと一つ言わなかったのは
心の中に常に幼い日にクリスティーネとかわした約束が原動力となっていたからだ。

士官学校を経て初陣、そして戦場に身を投じる日々。
その頃既に今の彼の性格は完成されていて、その容赦のない戦術は
敵味方双方から恐れられるまでにそう時間はかからなかった。
ただ、彼の厳しさはあくまで『騎士としてのクルトマイヤー』になるために
作り上げた人格であり、本来のクルトマイヤーはいまもなお
彼の心の奥に眠っているのかもしれない。




「第三王国騎士師団長クルトマイヤー・ハロルド、王命により参上いたしました。」
「うむ、面を上げよクルトマイヤー。そなたの活躍、余も聞き及んでおる。
その上此度の討伐戦では常に先陣で戦い、ほぼ無傷で戻ってきたそうではないか。
何たる胆力!何たる勇気!余はそなたの様な騎士を誇りに思う!」
「ははっ、もったいなきお言葉。」


謁見の間で、国王の会見を受けるクルトマイヤー。
周囲には政府高官や文官、
これから彼が所属するであろう近衛騎士らがみえる。
今まさに、クルトマイヤーは正式な近衛騎士となる。
そのための儀礼とあってその場はおごそかな雰囲気に包まれている。

しかし……


おごそかな雰囲気もあるが、それ以上に何か…嫌な空気が混じっていた。
新たなエリート誕生を歓迎する場の雰囲気とはとても思えない、

恐怖や不安…軽蔑や嫉妬…
あらゆるネガティブな感情の入り混じった嫌な空気だ。


その上、離れた所からはかすかに耳元でささやき合う声…
内容が歓迎や羨望といったものであったらまだしも、
最前線で戦い、僅かな音にも敏感になっている彼の聴覚には


下級騎士の分際で我々と肩を並べようというのか。おこがましい。

教養のかけらも感じさせない。あんな者が同じ騎士とは信じられない。

あの目を見たか。まるで血のようなぞっとする目だ。

多くの命を平然と奪ってきたと言う。なんという冷酷な奴なのだ。



等々。
もちろん、そのような言葉が耳に入って不愉快でいられぬわけがない。

(…なるほど。奴らにとって俺は所詮、卑しき戦う道具ってわけか。
それはもうこのさいどうでもいい。恐らくこの先は俺一人で戦わねばならない。
だが…クリス様のためなら…)

話には聞いていたが、いきなりこのような待遇を受けるとは
彼が予想していた以上に王国の中枢は淀みきっているのだろう。


「……では、本日をもってそなたをグランベルテ王国近衛騎士団の一員とする!
伝統と格式を重んじる近衛騎士の名に恥じぬよう、一層の活躍を期待する!」
「ははっ!!」

重く暗い雰囲気の中でも、儀式は何事もなく順調に行われ、
最後に近衛騎士団長から新たな正装と、近衛騎士の紋章入りの下賜品を受け取る。
この時を持って、クルトマイヤーはついに念願まであと一歩のところまで来たことになる。

(そう…あとは……)


「ではクルトマイヤー。今日からそなたはこの王宮に勤務することになる。
そのために、この場で共に働く者達の顔を知っておかなければならん。
では、宰相から順に挨拶を。」

と、国王が宰相に挨拶を促そうとしたが、肝心の宰相の姿が見えない。

「申し上げます陛下。宰相閣下は現在あまりの多忙で持ち場を離れられないとのこと。
誠に申し訳ありませぬが、この場は代理として私が……。」

男性文官…恐らく宰相の秘書だろう。彼は国王に宰相欠席を知らせる。

「ふむ、ならば仕方あるまい。聞いての通りだ、
また後日改めて挨拶に伺うといい。」
「わかりました。」


その後実知ることになるのだが、宰相はただ単に
どこぞの馬の骨とも知らない下級騎士の儀礼に付き合うのは面倒だと思い
適当な理由をつけて欠席したというのだ。

一方、騎士長は老齢だったが比較的まともな人物のようだった。

「若いながらも抜群の強さを持つと言うではないか!頼もしい!
これからは我々のお手本にもなってほしいものだな!」
「ええ、努力いたします。」


その後も薄っぺらい挨拶や、やや皮肉や軽蔑が混じった
(中には敵意を隠しきれていなかったり、挨拶自体を拒む者すらいた)
挨拶が続く。恐らく普通の騎士であればこの時点で逆上して
斬りかかっているかもしれない。
しかし、むしろ彼はそれ相応の毒のある挨拶を返す。
すでに彼と彼らの対立は決定的なものとなっているようだ。



そしてついに……


「私、第二王女のオルティナと申します……。
なかなか会う機会はないかと思いますが…よろしくお願いいたします。」
「はっ、こちらこそ以後お見知りおきを。」

王族の番が回ってきた。
第一王女セレスティアは他国に嫁いでいるためこの場にはおらず、
第二王女もまた短い挨拶と共にそそくさと逃げるようにその場を後にした。


次に入ってきたのは……

赤を基調とした高貴なドレスに身を包んだ長い茶色の長髪が特徴の
とても美しい女性。第三王女クリスティーネ。

彼女は、お付きの女性騎士二人と共に
緊張した足取りでこちらにやってきた。


(クリスティーネ様…いや、クリス…やっと会えた。)

これほど緊張したのは初陣以来か…いや初めてかもしれない。
心臓は狂ったように鼓動を早め、首筋に一滴の汗が流れる。
顔が熱くなってはいないので表情に出てはいないと思われるが、
一瞬でも気を緩めれば顔まで緩んでしまうことだろう。

一方のクリスティーネは顔を赤らめ、
気のせいか、どこか希望に満ちている…というよりも
なぜだろうか、囚人が恩赦で終身刑を免れるかもしれないと
知った時のような表情をしている。


「第三王女…クリスティーネ……」

声が若干震えている。喜びと恐怖が入り混じった様な。

クルトマイヤーもまた、再会の嬉しさで舞い上がりそうだったが
今はそのようなときではない。
その場に跪き『騎士クルトマイヤー』の顔で、あいさつを交わす。

「この度近衛騎士に配属になりましたクルトマイヤーと申します。」
様式通りの導入。
「第三王女クリスティーネ様におかれましては、ご機嫌麗しく…(省略)」
失礼にならないよう格式ばった挨拶。
「初めてお目にかかりましたが故、なにかと無礼なところもあるかと存じますが、
姫様の失礼にならぬ様、精一杯精進する心構えで御座います。」
本当は初めてではない。しかしこれも様式…
「以後、見知り置きをお願いいたします。」

あいさつが終わり、ふとクリスティーネの顔を見上げる。その表情は…


絶望…?


「……近衛騎士クルトマイヤー。その場に立ちなさい。」

突然、高圧的な口調で起立を命じたクリスティーネ。
何をする気だろうと深く考えずその場に立ち上がると……
 
 
 
 
 
 
 
バチーーン!!!
 
 
 
「なっ…………!!」

乾いた音が謁見の間に響き、そして無音。

クリスティーネがクルトマイヤーの頬を全力で平手打ちしたのだ。
突然のことで思考が混濁するクルトマイヤー。
だが、それだけでは終わらなかった。


「私は…あなたなんて大っ嫌い!!
もう二度と、私に顔を見せないで!!」


「……クリスティーネ様。私が無礼を働いたのであれば謝罪します。
しかしながら、いくら嫌悪するといえども、面と向かって人を平手打ちにするとは。
王族としてあるまじき行為…クリスティーネ様におかれましては、
もう少し王族らしい慎みを心がけるべきかと存じます。」
「ふんっ!!」

彼は彼で平手打ちされたにもかかわらず、激怒するどころか
冷静に淡々と…それでいて威圧の籠った諫言を容赦なく向ける。
対するクリスティーネは諫言を聞いていたのかいないのか知らないが、
そのまま謁見の間から出て行ってしまった。


「……理想など、所詮は理想でしかないのだな。」

彼は怒っていなかった。いや、怒り心頭だからこそ
逆にここまで冷静になれるのだろう。


「クルトマイヤー新任騎士。」
「ん?」

ふと、彼に女性の声がかかる。
声をかけたのは先ほどまでクリスティーネにつき従っていた
女性近衛騎士の一人だった。


「…私は、あそこまで逆上なさった姫様を一度として見たことはない。」
「奇遇ですね。実は俺もです。」
「ふざけるな!!貴様、姫様に何かしたのだろう!!
何をした!答えよ!返答によってはただでは済まんぞ!!」
「何をした何も…先ほど謁見したばかりです。
よほど虫が好かなかったのでしょう。ですが、何度も言いますように
姫君ともあろうものが公衆の面前で人を賤しめるとはいかがなものでしょう?
貴女からも、クリスティーネ様に一言物申しておいてもらいたい。」
「あくまで…非はないといいはるつもりか!のぼせあがるな下級騎士が!
今この場で貴様の性根を正してやる!受け取れ!」


突然の事態に動揺し、騒々しくなった周囲をよそに
一方的にまくし立てた女性騎士は、お付きの者から突剣(レイピア)を受け取ると、
それをクルトマイヤーの足元に投げてよこした。

「近衛騎士ミリア。貴殿に決闘を申し込む。応じるなら武器を取れ。」
「………決闘ですか。近衛騎士は下級騎士と違って
無暗な争いはしないと聞いていましたが、少々違うようですね。」
「これは姫様の名誉の問題だ。姫様を傷つけた罪を償ってもらう。」

ミリアと名乗った近衛騎士は腰に差してある突剣を抜いた。
クルトマイヤーもそれに応じ、投げ渡された突剣を鞘から抜く。


「せいやっ!!」

キィン!

「はっ!やあぁっ!」

ヒュヒュン!キン!


積極的に突きを繰り出すミリア。
もし彼女の突撃が喉より上に当たれば大けがは免れない。

(なるほど、近衛騎士だけあって模範的な攻撃をしてきている。
だが…形はあくまで模範の域を出ない。本当にこの程度なのか?
まさか手を抜いているわけではないだろう。悪いが、早めに決めさせてもらう。)


彼女の突きは確かにすばらしく、無駄があまりない動きだった。
しかし、クルトマイヤーにとって動きを見切るのは訳なかった。


ガッ!

「っ!?」

突きの隙をついて、柄でミリアの手の甲を打ち

バシッ!

「かはっ!?」

突剣の側面で首筋に打撃を与える。これで彼女は立てなくなり
その場に崩れ落ちた。決闘はあっけないほど簡単に決着がついたのだった。


「いかがでしょうミリアさん。
俺が勝ったらどうするかっていう条件は、特に決めてませんでしたね。」
「く…くうぅ……」
「ですがミリアさん、俺はお節介なんでね、あなたにも一言忠告しておきます。」

そう言ってクルトマイヤーは、突剣を彼女の首元につきつける。

「もしここ戦場であれば…あなたの様な戦い方では勝てません。」
「なんです…って…」
「付け上がっていたのはどうやらそちらのほうですね。なんと無様な。
これならまだ実戦を一回経験した下級騎士の方がましというものです。
その程度の腕前で姫様を守るなど……身の程をわきまえられよ!!」
「ひっ!………ああぁ……」

先ほどの威勢はもうなく、クルトマイヤーがむけるルビーのような瞳を直視したとたん
顔を恐怖一色で染め上げ、目に涙を浮かべるミリア。
直後、どこからともなく臭気が込み上げてきた。


「国王陛下、失礼いたしました。」
「あ…ああ…そうだな、改めておぬしの強さはわかった……。
じゃ、じゃが…この場で決闘沙汰はいかん…いかんぞ。」

騒々しかった周囲はすでにしーんと静まりかえり、
あたふたとする国王がまたなんとも滑稽に映った。

(臣下の統御もできず…謁見の間では禁止されている武力行使をも止められぬとは。
これでは臣下になめられているも同然。これが…この国の王の実態か。)

下級騎士以下はそれほど国王に会う機会がないため、
ほとんどはうわさでしかこの国の実情を知ることができない。
しかもその噂すら悪い噂ばかり聞こえてくる。
実態はもっとひどいことが容易に想像できる。


「では陛下…続けましょうか?」
「い、いや!そなたも今日は疲れたであろう!
残りの者はまた後日各自で親交を深めるとよい!では、本日の儀礼はこれまで!」


うやむやのうちに、最悪な形となった儀礼は終わった。
クルトマイヤーは終わってもなお表面上は平然としていた。
しかし心の中は穏やかではなかった。


(…今までの俺の苦労はなんだのだろうか。
そしてこれから、おれは何のために戦えばいいのだろう?)

騎士としての自分を支えてきた大きな何かが、一瞬のうちに崩れ去った。

一日目から逃げ出したくなった。

インザーギやボーリュー、モルティエたちのもとに戻りたい。

だがそれは許されないこと。

この道は自分で選んだ道なのだから。


「ふっ…ならば明日からは、自分のためだけに頑張ってみるか。」

自分が自分に虚勢を張る。
でも、こうしないといつか……















今まで自分がいた場所は客観的にみても地獄だと思う。
軍事大国グランベルテは常に隣国と戦争状態にある。
騎士は一般兵たちとともに日ごろから前線に投入され、
死と隣り合わせの日々を過ごしている。
満足に休むこともできず、満足に食べることもできないときもある。
給金もわずか。だから略奪も横行し、罪なき者たちの命まで奪う時もある。
それに比べれば、王宮勤務は安全で何もかもが満ち足りた生活が保障される。
まさにこの世の天国と言っても過言ではない。

クルトマイヤーは地獄での生活に慣れすぎて
地獄すらも楽しむ悪魔になってしまったのかもしれない。
しかし、それを差し引いても天国での生活は
地獄の生活よりも苦痛でしかなかった。
そう、このゴミためのような腐りきった天国は……


勤務初日から、訓練で近衛騎士全員を相手に模擬戦をやる羽目になった。
もちろん上官を含む全員を軽く叩き伏せたが、
むしろ近衛騎士がほとんど実力を伴っていないことに不安を覚えた。

自分を軽蔑したものは、一睨みするだけで何も言わなくなった。
三日も過ぎた頃には国王すらも恐怖で目を合わせられなくなった。

だが、それらは些細なことだ。
むしろ問題なのは王女クリスティーネとの関係だった。
儀礼の日以来、クルトマイヤーも何度か彼女を目にする機会があった。
しかし、彼女は彼の目から見て立派な姫に映ってはいなかった。
常にお引きのものをつき従えた高慢で自己中心的な人物、
その上話を聞くところによれば、教養は非常に立派ではあるが
それを鼻にかけ、才能のないものをひどく見下す性格だという。
要するに、彼女はクルトマイヤーが理想としていた立派なお姫様ではなかった。
確かに一度だけ会った女性が、約束を守るなんて考えた彼が愚かなのかもしれない。


「くそっ……今日もいやな一日だった。」

寄宿舎に戻った時の彼の第一声は毎日これだ。
よほどこの世界は性に合わないらしい。

「やることと言えば形だけの訓練に、非効率な見回り……
伝統と格式を重んじる近衛騎士とはとても思えんな。」


ばふっと、寝心地のいい寝床に身を投げる。
この場所だけが今や彼が唯一気を緩められるところだ。

「ふぅ……」

溜息が出る。
ふと脳裏に浮かぶのは王女クリスティーネの顔だった。
しかし、それは今や彼にとって苦痛でしかない。

「俺もあきらめが悪い。もう……終わったというのにな。
こっちこそ、顔も見たくない。思い出したくもない。」

苦痛から逃げるために無理やり別のことを考える。
そういえば無口なモルティエは今どうしているだろうと考えた

その直後



トントントンッ トントントンッ

「…?」


玄関の戸を誰かが叩いている。
もう夜だというのに、自分に何の用だろうか?

「こんな時間に誰だ。」

彼は警戒しながら寝室を出て玄関の扉に近づく。
ところが、驚くべき返事が返ってきた。

「私です。クリスティーネ……いえ、クリスです。」
「何!?」

ありえない。だが、声はクリスティーネ王女そのもの。
だがなぜ彼女が自分の家を知っているのだろうか。
それ以前に、絶交したばかりの彼女が何の用で……

(声だけでは真偽はわからん、確かめるしかないか…)

いざという時のために立ち回りがしやすいよう短剣を腰に装着し、
警戒しながらゆっくりと、かつ自然な動きでドアを開ける。
するとそこには


「こんばんは、クルト……会いたかった……」
「クリス…様?」

赤いドレスをまとった、美しくそれでいてかわいらしい姿。
クリスティーネがそこにいた。
12/01/28 17:37更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
導入が……長い!!もう少し短くならないかな、う〜ん……

え?魔物娘が出てきてないって?
いやですね〜、いるじゃありませんか。ほら、すぐそこに…

追記:前回の文章に誤字がありましたので訂正いたしました。
ご指摘いただきまして感謝しています。

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