転話:Spiral
きっかけはいつも突然もたらされる。
それは偶然かもしれない。
もしかしたら、必然的なものかもしれない。
偶然と必然が積み重なることで、
本人の意図しないきっかけが突然もたらされる。
例えば、敵から攻撃を受けていないにもかかわらず
火薬庫が爆発し、周囲を巻き込んだ大惨事に発展したと仮定する。
火薬庫が爆発するには、中にある火薬のどれか一つ以上が爆発する必要がある。
火薬が爆発するには、導火線に火がつく必要がある。
導火線に火をつけるには、火種がなければならない。
火種を作るには、火打石などで火口に点火し、そこから火を移さなければならない。
どの要因一つ欠けていたとしても、火薬庫の爆発は起こらない。
しかし、逆に言えばその要因すべてがそろってしまえば、爆発はいつでも起こりうる。
アネット革命もまた、そうした偶然や必然の重なりによるものだったのだろうか。
アネット傭兵団の一人、ドロテアは身体にいくつもの軽傷を負いながらひたすら走っていた。
背後からは、数騎の帝国軍騎兵が追撃してきている。
彼女はローテンブルクから東の親魔物国カンパネルラ領のプラムの街に、
マンドラコラの根を調達しに行っていたのだが、運悪くプラムの街は帝国軍の攻撃を受けていた。
それだけではなく、街道上にて帝国軍に発見されてしまい、逃走せざるを得なかったのだ。
「しつこいな!くらえっ!」
ヒュン! ドスッ!
「ぎゃっ!?」
追撃してきた騎兵を一体、振り向きざまに放った矢で落馬させる。
今のが最後の鏃だ。これ以上は攻撃できない。
「怯むな!追え!」
しかしながら、帝国軍はあきらめずに追撃してきている。
すでに半数以下になったにもかかわらず、しぶとい連中である。
とうとう彼女は、フェデリカ達のいる森の中まで逃げ込んだ。
下手をすれば傭兵団全員が危機に陥ってしまうだろうが、
自分の命が助かるには、フェデリカとレナータに助けてもらわなければならない。
だが、偶然にも助けは別のところから来た。
「ゴハァっ!?」
「隊長!?いかがいたしまし…って隊長!?隊長の胸に槍が!!」
「誰だ、我々を攻撃してくる奴は!」
「ここにいるわ!」
ドスッ!
「うぐ!」
そこには、いつのまにかアネットがいた。
彼女はパスカルの容体が安定したのを見て、
フェデリカ達に近況報告をしようとこの森に向かっていたところだったのだ。
だが、偶然にも帝国軍に追われるドロテアが見えたので、
身の危険も顧みずに助けに入ったのだ。
「あ、アネット隊長!?」
「ドロテア!あなたは早く逃げて!こいつらは私が相手するから!」
「貴様、魔物を庇うつもりか!そうはさせん!」
帝国軍騎兵たちは次々にアネットに襲いかかるも、
アネットは見事な槍捌きで一掃する。
さらに、戦線を離脱しようとしていた一人にも
背後から槍を投げて斃してしまった。
「よし、これでもう大丈夫。」
あとは、なるべく死体が発見されないように土や草で偽装する。
武器はちょっと失敬しておこう。
こうして、アネットは再び傭兵団の三人と合流した。
「おかえりアネット。幼馴染の様子はどうだ。」
「ええ、一応薬を使ってるから症状は治まってるんだけど、
そのうち薬も聞かないほどに悪化してくるわ。
でも、ドロテアが戻ってきたってことはマンドラコラの根が…」
「申し訳ありません!アネット隊長!」
ドロテアが突然アネットに対して土下座した。
「私が不甲斐ないばかりに…」
そして先ほど帝国騎兵に追われるまでの一連の流れを説明した。
「大丈夫よドロテア。今回は運がなかっただけ。」
「たしかにマンドラコラの根が手に入らなかったのは残念だが、
ドロテアが生きていれば、あたしは十分だと思う。」
「そうです、こうなれば別の方法を模索しましょう。」
アネットと共にフェデリカとレナータがドロテアを慰める。
ドロテアは責任感が非常に強いので、失敗を背負いこみがちなのだ。
特に今回は見ず知らずの相手とはいえ人命がかかっている。
下手すれば「この命と引き換えに」と言いだしかねない。
「ドロテア。あなたはむしろ良くやってくれたわ。
顔も知らない私の親友のためにここまでしてくれてうれしいの。」
「ありがとうございます…。せめて私が直接診察できれば…」
その後、普段通りの会話を交わして、アネットは再びローテンブルクに戻った。
ドロテアにはあんな風に言ったが事態はかなり深刻だ。
パスカルが処方してもらっている薬は根本的な治療にはつながらないばかりか
値段もかなり高く、長引けば傭兵団の財布にも影響が出る。
結局パスカルの家につくまで考え込んでしまった。
「あ!アネットお姉ちゃんおかえり!」
「おかえりなさいアネット姉さん!」
「ただいま二人とも。パスカルの調子はどう?」
「兄さんならいまぐっすり寝てます。」
「寝てる?そう…ならいいけど。」
「じゃあ私たちは買い物行ってくるから、アネットお姉ちゃんは留守番よろしくー!」
「え、あ、うん。気をつけてね。」
『いってきまーす!』
…
「あの二人の笑顔を見ちゃったら、今の状況を説明する勇気がなくなったじゃない…」
イリーナとイレーネは兄の病気が治ると信じて疑っていない。
それだけに、最有力の治療が困難になったと言ったのなら、
二人はまたしても深く沈みこんでしまうのは目に見えている。
「だけど…、せめてパスカルにだけは話しておかないと。」
パスカルは幾分か落ち着いたのか、咳が出ることなく安らかに寝ている。
顔色はまだいいとは言えないが、悪化の一歩をたどっていった病気は
ここにきてようやく時間稼ぎが出来る。
しかし、時間稼ぎが出来たとしても根本的な治療をしないことには…
「パスカル…」
死の危機に瀕した幼馴染。
故郷を覆う圧政と、人々の苦悩。
魔物だからという理由で迫害される魔物娘たち。
自分一人の力では、どうにもならない問題だろう。
だが、諦めるわけにはいかない。
今まで幾多の困難に立ち向かい打ち勝ってきたのだ。
「私は負けないわ。あなたを救うために、そして故郷の人々を救うために。」
「……む、誰かいるのか?」
「あら、パスカル。起しちゃった?実はちょっと…
いえ、とても残念なお知らせがあるの。」
「まさか…マンドラコラの根が手に入らなくなったとか…」
「ご明察。ローテンブルクから親魔物領に行く道が帝国軍によって封鎖されてるの。
あ、でも帝国軍が撤退して封鎖が解ければ、あらためて取りに行けるかもしれないわ。」
「いや…さすがに僕の命はそれまでもたないだろう。
ふふふ、これも天命ってやつかな?」
「なーに言ってんのよ!元気出しなさい!私だって結構泣きそうな状況なんだから!
でもね、こういう時こそあきらめちゃいけないの。最後まであがいて…」
「うーん、だが…このことはイリーナと…イレーネには内緒に…した方がいいな。
あれ?そういえば二人は?」
「二人なら買い物に行ったわよ。」
と、ここでアネットは帰ってきてから初めてパスカルと二人きりになったと気がつく。
「そういえば私達が二人きりになったのって、初めてじゃない?」
「ああ、確かにそうだね。昔は君に会うときはいつもあの二人がついていたからな。」
「あの二人も見ないうちに結構兄離れしたわよね。
もっとも、世間的に見ればまだかなりブラコン気味だけどね。」
「兄としては複雑だ…」
「でも、だからこそこうして初めて二人きりになれたわけだし…、それにね…」
ドサッ!
アネットは突然、ベットであおむけになっているパスカルの上に覆いかぶさってきた。
「わあっ!あ、アネットいきなりなにをっ!」
「わたしだってパスカルに甘えたかったのよ…。
お父さんとお母さんはもういないし、家ももうなくなってたの。
だから…いまはパスカルだけが故郷で唯一の心の在り処なのよね。」
「…」
「知ってる?故郷を失った冒険者はいかに心が脆いか…。」
そう言うや否や、アネットはパスカルの唇を強引に奪った。
「んっ…んちゅっ!ふうぅん…」
「ふ…ぅ…ん、んんっ!?」
突然の事態に目を白黒させるパスカルに対して、アネットは
口腔に舌をねじ込み、不器用ながらも色々な個所を舐め上げる。
我に返ったパスカルは、慌てて彼女の顔を手で離す。
「い、いきなり何するんだ!病気が感染する…から!」
「いいの!パスカルの病気が治らなければ私も死ぬ。まさに背水の陣ね。
でも、まだまだ甘え足りないの。もっとパスカルを味あわせて…!」
もはやアネットは我慢できなかった。
今まで何度も見てきた魔物と人が愛を交わす光景。
それを自分が経験する日がとうとう来た。
「パスカル…、ずっと前から…愛してたわ。」
「アネット…」
そのままアネットは服を全て脱ぎ去り、
パスカルの上に跨り、自分の処女膜に孔を穿つ。
こうして二人は、しばらくの間お互いを求めあった…
…
「兄さん!アネット姉さん!大変で…」
「お兄ちゃん!アネットお姉ちゃん!女の子が…」
息を切らしながら家に戻ってきた双子は見た!
疲れて再び寝てしまっているパスカルと、
その上に生まれたままの姿でぐったりしているアネットを!
「…あ、やば(汗」
『きゃあぁぁぁあ!!』
ガラガラガチャーン!!ドシーン!バターン!
※落ち着くまでしばらくお待ちください…
「ご、ごめんね二人とも…勝手にパスカルを襲っちゃって…」
「い、いいいいえ!むしろ兄さんの初めてがアネット姉さんで良かったかな?」
「びっくりした…帰ってきたらお兄ちゃんと
アネットお姉ちゃんが…その……、せ…《フォイア!》をしてたなんて…」
「それよりさ!大変なことって何!?」
「ええっと、それがですね…」
二人の話を聞いて、今度はアネットが驚く番だった。
「魔物の公開処刑!?どんな罪があるのか知らないけど、無実かもしれない!
ちょっと私行ってくるから、二人とも留守番お願い!」
アネットは即座に槍を手に取り、押っ取り刀で現場に向かう。
冒険によって鍛えられた脚力は100Mを10秒で駆け抜け、
通りを歩く人を華麗にかわしていく。
そしてたどり着いた中央広場。
そこには、すでに大勢の人だかりが出来ていた。
壇上には帝国軍の部隊長と見られる人物と教会の司祭のような人物が、
人々に向かって何か演説をしている。
「…は人間と変わらない存在になったのではないかと騙る不届き者もいる!だが、
騙されてはならない!彼らは成長すれば人間を襲い、文明を破壊しようとするだろう!
神に選ばれし種である人間に逆らう魔物を、いまここで公開処刑する!
帝国市民らはこれを機に、偽の外見に騙されぬ様、この光景を
しっかりとその目に焼き付けておくがいい!」
アネットは見た。
移動式の檻から引っ張り出され、手かせをされた沢山の魔物の子供たちを。
その表情はすでに生気がなく、絶望に染まっている。
アネットは見た。
何本もある木製の柱を。その周囲に集められる可燃性の干し草を。
アネットは見た。
魔物を憎むどころか、今すぐ止めてあげたいと願いながらも、
自分たちの命が失われることを恐れている市民達の顔を。
導火線に火がついた瞬間だった。
アネットは人垣を押しのけ、壇上に上がったとたん…
ドスッ!!
「ぶべらっ!?」
演説をしていた教会の司祭の胸を槍で一突きにした。
「いいかげんにして!これ以上無辜の命を奪うんだったら、私が容赦しないわ!」
ざわ…
突然現れ、司祭を殺害した屈強な女性の出現に、兵士たちや市民は騒然とした。
が、それは一瞬のこと。
「貴様は先日第四中隊の妨害をした女!やはり貴様も反乱分子だったか!」
「ええそうよ!正義の心を失い、弱きものを甚振るあなた達の行い!
これ以上黙って見ているわけにはいかないの!」
「なんだと!?」
「市民のみなさん!どうか私の話を聞いてください!
かつて魔物は人間を襲う生き物でした。
人間を見るや否や襲い、殺し、奪う存在でした!
ですが今は違います!魔王が変わり、魔物は人間と共存しようと試みています!
いえ、むしろ共存しなければ生きていけない存在になってしまったのです!
ならば私達も、争いをやめて共存の道を…」
「だまれ!!これ以上減らず口をたたくようなら容赦はしない!かかれ!!」
『ははっ!!』
司祭に代わり演説をするアネットを、帝国兵たちが取り囲む。
隊長のサージェントを始め
槍兵が11人
剣兵が10人
弓兵が4人
鎧兵が5人
さらに壇の下にはトールーパー(軽騎兵)が10騎。
総勢31人を一人で相手しなければならない。
「ちょこざいな!」
アネットは怖気づくこともなく包囲網に突撃する。
まず狙うは4人の弓兵!
「ロングスライドォ!!」
ザジュウウウゥゥッ!!
『のわああぁぁ!』
前衛の剣兵3人を一気に粉砕し、矢を構える2人の弓兵に一気に接近する。
ドスドスッ!!
『ぎゃーー!』
弓を撃たれる前に懐へ飛び込み、一気に貫く。
それと同時に、反対側から放たれた矢をその場でかわす。
再び相手の前衛に突入し、
「ミドルスライサァー!!」
ズザアアァァ!!
『うわぁっ!』
残る弓兵を倒す。
彼女の戦いぶりは実に見事で、帝国兵たちの手に負えなかった。
突き、薙ぎ、払い、持てる技の数々を駆使して大暴れする。
そして…
「ブリイィッツ!リッタアァァ!!」
ズドオオォォン!!
「がはっ!じょ…女王陛下…万歳…」
「ふぅ、ジェネラル・キル完了ね。」
指揮していた部隊長を倒した。
これにより、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行くかと思われた。
しかし…
「隊長の仇を取れ!」
「増援を呼び寄せろ!」
「なんとしてでもあの女を討ち取るのだ!」
「あ…あれ?」
隊長を倒されたら普通の部隊なら退却していく。
だが、そもそもここは帝国兵の本拠地の一つなわけで、
城の方から増援部隊が次々と駆け付けてきている。
アネット大ピンチ!
「だけど!この子たちを守るためにも、引くわけにはいかない!」
と、アネットが再び槍を構えたその時…
ボトッ、ボトボトボト
「え、え?何?」
壇上に、どこからか布で覆われた球状の物が投げ込まれ…
ボフン!!
モクモクモクモクモクモクモク
「わーーーーっ!?」
「誰だ!?煙幕を投げ込んだのは!」
「ゲホッゲホッ!煙い!喉が痛い…」
「畜生!何も見えねえ!」
ワーワー
謎の物体は破裂して大量の煙を噴出した。
どうやら、その正体は非常に強力な煙玉のようで、
兵士や市民達を巻き込んで、場を大混乱に陥れた。
もちろんアネットも、ただでは済まない。
「ゲホッ!ゲホッ!ちょ、ちょっと、これは一体どうなって…コホッゴホッ!」
「今のうちですわ!早めに確保を!」
「了解!こっちは任せてください!」
「じゃあ僕はこっちを!」
「?」
この視界不良の大混乱の中、組織的に動く人影が見えた。
一体彼らは…と考えていたアネットの腕を
何者かが強く握るのが感じられた。感覚的には女性の手だ。
「だ、誰っ!?」
「あなたもここにいては危険ですわ!いいからこっちにいらっしゃい!」
「ちょっとちょっと!え、え?本当にどうなってるの?」
アネットは訳が分からないうちに掴まれた腕を引っ張られて、
思わずそっちのほうに駆けだす。
壇から降り、煙でパニックに陥っている市民達の間強引に通過し、
視界不良の中、市街地の細い通路を右に左に何回も曲がっていく。
そして、腕を引かれるまま一軒の店の中に入った。
この間わずか1・2分ほどだった。
「ふん…なんたる様だ。どうやら少々遅かったようだな。」
「ラヴィア将軍!残念ながら実行犯の女性も、
煙幕弾を投げ込んだ犯人も発見できませんでした!」
「仕方がない。後で民家を徹底的に探索だ。」
「ははっ!」
ラヴィア率いる帝国親衛隊が到着したのは、すでに煙幕が晴れた後だった。
とりあえず市民をラヴィアが一喝して元の生活に戻させ、
同時に犯人の特定と捜索を行った。
まさに、間一髪でアネットはラヴィアとの交戦を避けられたのだ。
(犯人はおそらく先日見かけた冒険者の娘だろう。
義憤に駆られたのだろうが、もう少し後先考えるべきだったな。
それに、この手口はおそらくシュプレムらの仕業だ。
奴らもそろそろ動きだし始めたようだな。それもこの悪い時期に…)
「さ、ここまで来れば安心ですわ。」
「ううっ、あなたは一体?」
アネットの目の前には、一人の超絶美人の女性がいた。
緩いウェーブがかかった銀髪の髪の毛は腰のあたりまで伸び、
瑠璃色の大きな瞳が美しい顔をより一層引き立てている。
ただちょっと残念なのは、着ている服はかなりぼろぼろなところか。
ちなみに、先ほどまでは顔からすっぽりとローブで覆っていたため
どのような顔をしているかわからなかった。
「綺麗…、まるでエンジェルみたい…」
「あら、エンジェルみたいだなんて言ってくれて嬉しいわ。
はじめましてアネットさん。私はシュプレムと申しますわ。」
「シュプレムさん…?」
「そして、秘密結社『アベッセ』へようこそ。」
「はい?秘密結社!?」
幾分か落ち着きを取り戻し、周囲を見渡す。
そこには小さな酒場のような場所で、十数人の男女がいる。
そのうちの一人の壮年男性が椅子から立って話しかけてきた。
「久しぶりだなぁアネット。俺のこと覚えてるか?」
「えっと、だれだっけ?」
「まあ覚えてなくても無理ねえな。俺は元ローテンブルク冒険者ギルドの
ギルド長だったエンデルクだぜ。」
「ああ!ギルド長だったんですか!久しぶりです!
で、なんでこんなところにいるんですか?それに『元』って?」
「んー、冒険者ギルドはクビになったぜ。
ラドミネスの野郎に賄賂やらなかったからな!はっはっはっは!」
「そ、それはそれは…」
「さて、私達『アベッセ』について少し説明するわね。」
シュプレムによると、秘密結社アベッセは主に中流階級の知識人や
腕の立つ反政府的な人たちが集まってできた組織だそうだ。
彼らは、帝国の圧政からこの都市を救うにはどうしたらいいかを
語り合う組織だったのだが、いつの間にか目標は『革命』となり
いつかは人と魔物が一緒に暮らせる街にしたいのだそうだ。
「処刑されそうになった魔物の子供たちもほら、ちゃんと助けましたわ。」
「ありがとうございます!私の苦労が報われました!」
手かせをされていた魔物の子供たちも、アネットのもとに駆け寄ってくる。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「もうだめかと思った…」
「助けてもらえてよかったね。私も嬉しいよ。」
「その子たちはしばらくの間この店の二階で過ごしてもらうわ。
カリン、その子たちと遊んであげててくれるかしら。」
「はーい♪」
カリンと呼ばれた若い女の子が、子供たちを二階につれて行った。
「さて、説明もそこそこに、冒険者のあなたなら何でここに
連れて来られたのか、分かると思うと思うの。」
「…つまり、私の腕を見込んで、革命に参加してほしいと。
でもシュプレムさんは初対面なのにどうして私のことを知ってるの?」
「ええ、あなたのことは貧民街の争いの際に初めて知りましたが、
それよりも、これを御覧なさい。」
シュプレムはアネットに一枚の羊皮紙を差し出した。
「こ、これ!私の指名手配書じゃない!」
「安心しなさいなアネットさん。私達はあなたを突きだしたりしませんわ。
ですがこの指名手配書は数日前にユリスで手に入れた物。
恐らくは今日か少なくとも明日には、帝国にも指名手配が回り
あなたはすぐに街を歩けなくなってしまうでしょう。」
「くっ…まさかこんな大事なところで竹箆返しがくるなんて…
なんだか本格的に手詰まりになってきたわ。」
「その前に、大勢の前で帝国兵相手に無双した時点でアウトだと思いますわ。」
「ですよねー。」
アネットは改めて自分がやったことの無謀さに気がついた。
熟練の冒険者である彼女は、勇気と無謀は違う物と分かってはいるのだが
パスカルの病気具合が彼女を焦らせ、強力な正義感が後押しした結果…
このままではフェデリカ達と合流することすら難しいだろう。
もはや、彼女のとるべき行動は一つのみ。
「わかったわ。私も革命に参加するわ!」
「参加してもらえて嬉しいわ。じゃあ、改めてメンバーを紹介するわね。」
シュプレムによって、次々にメンバーが紹介される。
学生から、元帝国軍の小隊長、さらに魔法使いまでいる。
ちなみに先ほどの煙幕弾を作ったのは、イルマという女性魔道士だ。
「爆弾娘のイルマでーす!よろしくぅ!」
「え、ええ。こちらこそよろしく(なんか見かけによらず物騒な子…)」
そして…
「あれ、君はもしかして!」
「(ゲッ!?)あ、あれ!?アネットおねえちゃんだ…!」
「ショータ君じゃない!元気だった?そしてどうしてここに?」
「あら、アネットさん。この子と顔見知りで?」
「ここまで来る途中一緒に旅したの。でも、家に帰ったんじゃないの?」
「おとうさんと…おかあさん…、いなくなっちゃってた…」
「そうなの!かわいそうだと思わない?こんな可愛い子が家をなくして
路頭に迷ってたのよ!でも今は私が保護してめいいっぱい可愛がってるわ♪
あ〜も〜、このふにふにほっぺにもちもちの肌!最高!たまんないわ!ハァハァ…」
「あーうー…シュプレムお姉さま…」
「よ、よかったねショータ君!(まさかのショタコン!?)」
(あ、危ない危ない…何とか辻褄が合ったけど…
まさかもう一度アネットさんに合うなんて…)
なぜショータがここいいるのか。
それは、ラヴィアによってシュプレムの家に潜入させられたのだが、
シュプレムは想像を絶するショタコンで、何の疑いもなく家に招き入れてしまった。
そして暇さえあればあんなことやそんなことまでしていた。
始めのうちは嬉しかったが、いまでは人類の限界に挑戦させられつつある…
「それで、革命はいつになるの?個人的な事情があるから、
出来る限り早くやりたいんだけど。」
「大丈夫よ、準備はもう9割済んでいますわ。
なにしろこの計画は2年間もかけて準備しているのですから。
そして決行日は…明後日になります。」
「明後日!?」
「はい、私が調べた情報によりますと、親魔物国と交戦している
帝国軍はこの都市に駐留する第三師団に援軍を求めており、
それに応じるために明日にはこの城にある大半の兵力を、援軍に割くようですの。」
「なるほど!明後日なら帝国軍はそう簡単に戻ってこれないわね!」
「ええ、それに加え私の屋敷には密かに雇った私兵や傭兵が200人いますの。
これらを主力にして、同時にここにいるメンバーで圧政に不満を持つ市民達を
立ちあがらせて、ともに府庁を占拠するのです!」
「おおっ!」
アネットの心には、再び希望が芽生えてきた。
まさかこんなところで協力者が一気に増えるとは思ってもみなかったのだ。
(まっててパスカル!それにフェデリカ、ドロテア、レナータ…!
あなた達と一緒に暮らせる国を作るために、私はやって見せる!)
「遅いね、アネットお姉ちゃん。」
「騒ぎはもう終息したみたいなんですが。」
「アネット…また厄介なことに…巻き込まれてなければいいのだが…うっ!
コホッケホッ!ケホンケホンッゴホッ!」
「兄さん!?」「お兄ちゃん!?」
「す…すまん…、また咳が…ゴホッゴホッ!」
一向に帰ってくる気配がないアネットを心配する三人。
先ほど起きた事件が事件だけに、アネットが飛び込んで行った可能性は高い。
ひょっとしたら、捕まってしまったのかもしれない。
「あいつめ…ケホッケホッ!あんな…ことしておき…ながら
帰ってこない…なんていうことになったら…承知しないからな…」
「そうよね兄さん…最後まで責任とってもらわなければ。」
「こうなったら意地でもアネットお姉ちゃんは結婚してもらわなくちゃ!」
「おいおい…」
と、そこに…
バタァン!
「ぱ、パスカルさん!ここにアネットさんはいますか!?」
「リッツじゃないか…ゴホッケホッ!どうした…んだい…」
ものすごい勢いで家に入ってきたのはリッツだった。
「どうしたんだじゃありません!アネットさんがとうとう
本格的に帝国兵相手に戦いを挑んだ挙句…兵士数十人を斃してしまって!」
『な!なんだってえぇぇぇぇええ!』
「現在アネットさんは消息不明です!ですが発見されたら即捕縛もしくは…」
「ついに…やらかしたか…」
「でもここにはいないようだね。一体どこに行ったんだろう?」
「リッツ兄さんの権限でなんとかしてアネット姉さんを救えませんか?」
「お願い!アネットお姉ちゃんを助けてあげて!」
「……僕だってアネットさんを助けたいさ。でも……
僕は帝国に忠誠を誓った帝国親衛隊の一人だ…」
リッツは葛藤していた。
自分の良心を優先して、帝国親衛隊としての誇りを捨てるか。
それとも帝国の忠誠に従って、親友の幼馴染の命を奪うか。
究極の選択を迫られることになる。
「とりあえず…、今晩はこのうちに泊まっても…いいですか?」
「わかった。…コホン!今晩はここで…じっくり考えるといい。」
「それとですね、パスカルさん。とうとうこんな物が。」
リッツがパスカルに見せたのは、アネットの指名手配書だ。
「…遅かれ早かれ、アネットは追われる身になるのか。…やれやれ。」
「アネットお姉ちゃん、大丈夫かな?」
「もしかしたらこっそりとこの街を出て行って、どこかに逃げたかもしれませんね。」
「ゴホッゴホッ!…おそらく、それはない。
あいつは…むかしから一つのことに…取り組み始めたらっケホッゴホッ!
やり通すまであきらめない…性格だ。だから…まだ、この街のどこかに…いるはず…」
「僕がこんなこと言うのもなんだけど、無事だといいね。」
ちなみに、彼らはアネットを心配するあまり、
パスカルの治療手段がほぼ断たれたことに気がつくまで若干の時間を要した。
そして、結局アネットはその日にパスカルの家に帰ることはなかった。
リッツも次の日の朝には、再び公務に戻って行った。
その日の夜、ラヴィア宅にて…
「少年。何か有力な情報はつかんだか?」
「あ、ああ!これでいいのか?」
ショータはこっそりシュプレムの家から抜けだし、
色々と書き込まれている羊皮紙をラヴィアに見せた。
「…ほう、ついに決行日が決まったようだな。
私兵の人数といい、用意した武器の数といい、相当な力の入れようだ。
そのうえこんな場所に活動拠点を持っていたとはな。
全くをもってとんでもない奴だ。その頭を少しは帝国のために使ってくれればな…」
「ど、どう?」
「素晴らしい。やはり俺が見込んだ通り、お前には密偵の才能がある。
しかし…、なんかやつれたか?そんなにつらいのか?」
「実は《しかじかかくかく》で…」
「よかったじゃないか。予想以上に気に入られて。
その調子でもう少し潜入しててくれ。これは報酬だ、受け取っておけ。」
「お!やった!金貨がひぃ…ふぅ…みぃ…、……ってうぉう!
ちゃんとあるどころか10枚余分にある!」
「出来が良かったから追加報酬だ。これからもせいぜい頑張るのだな。」
「うん!僕がんばる!」
ショータは再びシュプレムの家に向かう。
「いやー!あの人、とてもおっかないけど予想以上に気前がいいや!
それに《フォイア!》してお金がもらえるんだから、
こんなにいい仕事はほかにはないよね!僕ってやっぱ天才?なんてね!」
深い事情を知らないショータ。
ラヴィアにとってはいい手駒になってしまっている。
「あのガキ、頭の回転は大分早いようだが、肝心なところで詰めが甘い。
その手にある金貨30枚が、どれだけの人命を失わせるのか…
よーく考えてみれば気付くと思うのだがな。」
次の日には、アベッセの情報通り帝国軍の大軍が援軍として
ローテンブルクから出陣していった。
出陣していった兵力はおよそ8000人。
これにより、ローテンブルクの守備兵は1000人程度になった。
その中から府庁の直接的な警備兵の人数は、
200人にも満たないであろう。
そして…
「準備完了だ!」
「いよいよ民衆は立ち上がるぞ!」
「中流層も貧困層も分け隔てなく、心が一丸となってきた!」
「ある意味で、ラドミネスどもがやり放題やってくれたおかげで
もはや金持ち以外は奴らを支持なんかしないだろう!」
酒場に集まっているアベッセのメンバー達は、
いよいよ興奮して各々が武器を手に「その時」を待っていた。
「みなさん、時は満ちましたわ。
いよいよ私たちも立ち上がる日が来たのです!」
『おーーっ!』
「ですが、まだ勝った気でいるには早すぎます。
いくら少ないとはいえ、まだ守備兵がいます。
彼らはまかりなりにも訓練され、質のいい武器を持った兵士です。
彼らを打ち破り、太守の首をあげて初めて私達は勝利の栄光をつかむのです!」
『おーーーっ!』
「では、最終的な作戦の確認をしましょう。」
アベッセの革命における作戦。
まずはシュプレム以外は、午後に行われる教会による中央広場での説法の時に
全員で武器を持って乱入して、演説台を占拠する。
これにより民衆の注目を集めた後演説を行い、なるべく多くの民衆の賛同を得る。
また、彼らの代用武器として竹槍も数百本用意した。
演説の役目は本来は元ギルド長のエンデルクがやる予定だったが、
話し合いの末にアネットがやることになった。
つまり、アネットは今回の革命の先頭を行くことになったのだ。
「やってくれますね?」
「ええ!喜んで!私が先頭に立ってみんなを導くわ!」
アネットもやる気満々だ。
同時に、シュプレムは自宅に戻って即座に私兵を編成し、
途中で革命軍と合流して一気に府庁を占領する。
シュプレムの私兵なら戦闘経験が豊富な者で構成されているので、
この戦いにおける主力となるだろう。
「じゃあ最後に何か質問はある?」
「私から質問です。」
「どうしましたかアネットさん?」
「この革命が成功し、ここの太守を討ち取ったら誰が行政をやるのですか?」
「それについては問題ないわ。ここにいるのは誰もが知識人よ。
それに…新しい首長にはあなたになってもらおうかしら。」
「わ、私が!?」
「ええ、出会ってからこの二日間で確信しましたの。
あなたには私以上に人をまとめ上げる力と前に進む力がありますわ。
ですから、革命が成功した暁には、あなたにリーダーをやってもらおうと思うのです。
皆さんも異存はありませんよね!」
「そうですな、アネットさんの下なら喜んで働けるでしょう。」
「みんなも文句なしについてきてくれるはずです!」
「異議なし!」
「ふふふ、いかがですかアネットさん。皆さんもこう言っていますよ。」
「…わかりました!私にも魔物の仲間がいるの!
ミノタウルスのフェデリカ、ケンタウルスのドロテア、リザードマンのレナータ、
みんなが一緒に住めるような街づくりをしていこうと思うの!」
パチパチパチパチパチ!
メンバー全員から喝采の拍手が送られた。
今ここに、アネットは革命のリーダーとなったのだ。
「さあ、時間がないわ!武器は全員にいきわたったかしら?」
『おーーーっ!!』
「酒は置いて行けよ!剣の数は足りているか?」
「足りないどころか、有り余ってるぜ!」
「じゃあみんな!出発よ!」
アネットとアベッセのメンバーは動き出した。
途中の通路でシュプレムと別れ、残る全員は中央広場へと向かう。
後に「第一次ローテンブルク暴動」と呼ばれる事件は、こうして始まった。
「…ですから我々の生活が苦しいと思われるのは、全てにおいて
魔物の存在に根底原因があるのです。魔物がこの世に蔓延る限り
我々はつらく苦しい戦いを強いられているのです…」
今日も、教会の司祭(担当は毎日変わる)が壇上で説法をしていた。
説法と言っても、内容はひたすら「父なる神を信じよう」やら
「魔物は悪だから根絶すべし」などの面白くもなんともない内容だ。
正直な話、市民たちは度重なる重税や兵役で疲れ切っており、
教会の説法など右から左へ受け流していた。
だが、この日は違った。
「どきなさい!あなた達の話なんて誰も聴きたくないのよ!」
ゲシッ!
「ゥボアー!?」
アネットは説法をしていた司祭を強引に蹴り倒し、演説台を占領。
アベッセのメンバーがそれに続いた。
ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…
突然出現した武装集団に、市民たちは騒然となった。
しかも先頭に立っているのは、先日帝国兵と戦った女性ではないか。
市民たちは先を争って演説台の回りに集まった。
「みなさん!聞いてください!私はアネットという一介の冒険者です!
この街に生まれ、この街で育ち、そして6年の旅を経て戻ってきました。
私がいた頃のローテンブルクは貧しいながらも、生活に極端に困ることもなく
明日への希望を持ちながら生きることが出来ました!しかし、今はどうでしょう!
度重なる重税!無辜の市民に対する暴行!厳しすぎる法律!
安心した生活が出来るのは一部のお金持ちと貴族だけ!
このままでは私達は彼らの奴隷になっているのと何ら変わりはありません!」
アネットの演説が始まると、あちらこちらから市民達が集まってくる。
開始3分後にはすでに中央広場は大勢の人で埋め尽くされた。
「ですが!それも今日で終わりです!今こそ私達は立ち上がるのです!
私達の手で暴政を打倒し、私達の手で新しい国を作るのです!
もちろん、少なからず帝国兵の抵抗を受けるでしょう!
場合によっては多くの犠牲が出るかもしれません!
しかし、それを恐れていてはいつまでも現状は変わらないままです!
私達に力がないからと高をくくっている悪人達に、
私達民衆の底力を見せつけてあげましょう!」
ワー!ワー!
「アネットさん!俺たちも付いていくぜ!」
「もうこんな地獄のような生活はまっぴらだ!」
「革命だ!僕たちの手で新しい世界を作るんだ!」
「武器ならこのフライパンが…あ!そうだ、包丁があるじゃない!」
「ラドミネスの野郎!今に見てろよ!俺がその首をねじ切ってやる!」
集まった市民たちはアネットの演説を聞いて、徐々にやる気になってきている。
「帝国の悪徳太守!そしてそれに従う役人や兵士たち!
怒れる民衆の声が聞こえるかしら!もうあなた達の支配は拒絶するという声よ!
私たち一人一人の力は大したことないかもしれないけど、
これだけの熱い心がこだまし合うとき、その力はあなた達の予想を覆すわ!
さあ!みんな!立ち上がりましょう!今こそ明日を求める戦を始めるときよ!」
おーーーーーーーーーーっ!!
そして、当然この騒ぎを聞きつけて治安維持兵がやってきた。
「な、なんだこの騒ぎは!?」
「どうやら暴動か住民反乱のようです!」
「市民たちよ!今すぐ集会をやめよ!」
「騒ぎを起こす者は厳罰に処すぞ!今すぐ中止せよ!」
「アネットさん!治安維持兵たちがきました!」
「わかったわ、私が先頭に立つからみんなあとに続いて!」
「敵が来たぞー!」
「追い払え!」
ワーワー
「イルマ!例の物を!」
「はいはーい♪」
アネットの指示で、イルマが台車から木製の樽を取り出す。
「それ、た〜るっ♪」
ポイッ
ドカーン!!
「ぐわっ!」
「た、樽が爆発した!?」
樽爆弾の一撃で治安維持兵の集団は怯んだ。
「今が攻撃のチャンスよ!全軍突撃!」
「進め!邪魔する奴は殺してでも排除しろ!」
「武器を持ってない奴には竹槍を用意してある!それを持って立ち上がれ!」
「私達もアネットさんに続くのよ!」
ワーワー
広場にいた市民たちは一丸となってアネットに続いた。
先頭に立つアネットは瞬く間に帝国兵を撃破し、止まることなく前進する。
そしてついに、中心街の区画と上流階級の区画を分ける城壁まで到達し、
守備兵150人と激突した。
「いい、みんな!もうすぐシュプレムさんが私兵を率いて合流するわ!
恐れることなく、目の前の敵を打ち倒すのよ!」
『おーっ』
歌声が聞こえるか!怒れる民衆の歌声が!
二度と奴隷にならないと決めた人々の声だ!
私達の心と心が一つになる時、新たな未来が始まる!
明日が来た時、そうさ明日が!
「ええい!帝国軍の威信にかけて、反乱軍を一歩も先に入れるな!」
「市民相手でも手加減は不要だ!全力で阻止しろ!」
ワーワー
一方そのころ、シュプレム邸では
「さあみなさん、ついにこの日が来ましたわ。
今日を持ってローテンブルクの歴史は皆さんの手で書き換えられるのです。
人と魔物が共存できる都市を作るためにも、戦いに勝ちましょう!」
『ははっ!』
シュプレムは私兵をエントランスに集め、今まさに出陣するところであった。
男女合わせて197人の冒険者と傭兵が武器を構え、
美しくも気高い雇用主の命令を待っている。
「では私たちも出陣…」
バアンッ!
『!?』
「シュプレム、およびその私兵。ついに動き出したようだな。」
いきなり玄関の扉から入ってきたのは、ラヴィアと彼の率いる帝国親衛隊50人だった。
「貴様らの陰謀はすべて見とおしていた。諦めて縄にかかるがいい。」
「くっ!そんな…なぜ帝国親衛隊がっ!」
シュプレムの計画はいきなり破綻寸前に追い詰められた。
「ですがっ!私達はあきらめませんわ!私達の手で新しい未来を作ると決めたのです!
あなたを討ち取ってでもこの革命を成し遂げて見せましょう!」
「あくまで抵抗する気か。全軍かかれ!謀反人どもを討ち取るのだ!」
「こちらも攻撃を開始いたします!いきましょう!」
ワーワー
こうして、シュプレム邸においてシュプレムの私兵とラヴィア率いる帝国親衛隊が激突した。
「リッツ。お前はシュプレムから目を離すな。周りの雑魚は俺が片付ける。」
「は、はい!」
リッツもまたラヴィアと共に戦っている。
リッツの初陣がまさか住民反乱になろうとは、本人も思っていなかった。
それに、シュプレムを倒した後は…
アネットとの直接対決がまっている。
「なんで…、どうしてだろう?」
エントランスの奥にある階段から指揮をとるシュプレムから目を離さぬ様、
努めながらも、未だに彼の心は大きく葛藤していた。
自分はいま非常に愚かなことをしているのではないか。
そう思えてならない。
それに引き換え、ラヴィアは思考に一点の曇りもなく反乱軍を討ち取っていく。
ラヴィアの振う勇者の剣は、瞬く間に30人もの手練の傭兵を切り倒す。
そのうえ、彼の率いる帝国親衛隊の強さもまた帝国軍一般兵のそれを大きく上回っていた。
ものの数分で、私兵の大半が討ち取られた。
しかし、帝国親衛隊の被害は重軽症者含めてわずか4人。死者も出ていない。
「…そんな、わたくしが財産をなげうって雇った傭兵たちが…
ここは裏口から脱出して、アベッセの仲間と合流するしかありませんわ…」
ついに、シュプレムもその場から逃げだした。
「ラヴィア将軍!シュプレムさんが逃げ出します!」
「わかった。いくぞリッツ。」
シュプレムが逃亡を開始するや否や、リッツとラヴィアもまた後を追った。
そして、裏の使用人口から出ようとした彼女に、ラヴィアが追いついた。
「逃がさん。覚悟せよ。」
「くっ!私だって!」
もはや逃げきれないと判断したシュプレムは、魔道書を開く。
「灰すら焼きつくす炎よ!【エルファイヤー(業火)】!!」
彼女の手から巨大の火の玉が発せられた、が
ラヴィアは軽々と回避し、剣を一閃した!
ザシュアァ!
「か…はっ…」
「無駄なあがきをしなければ、手荒な真似はせずに済んだのだがな。
もっとも、そのあと裁判にかけ、死刑判決も確定だろうが。」
「どうして……、私の…計画は完璧…だったはずなのに…」
「我々も無策ではない。密偵を入れておいて正解だったな。」
「な…なんです…って…」
「さて、俺も暇ではない。今楽にしてやるからな。」
「……ごめんなさい…あねっ…とさん」
ドスッ
ラヴィアはシュプレムの介錯を終えると、再びエントランスに戻ってきた。
すでに私兵は一人の例外を残して全員討ち取った。
もはや尋問の必要はないので、わざわざ残すこともないからだ。
「さて、少年。」
「…………」
「君がやったことの重大さ、ようやく理解できたか?」
「…どうして」
「だがな、これだけでは終わらん。我々は市街地の暴徒の制圧に赴く。
これは貴様への最後の報酬だ。人々の血と引き換えに手に入れる金の重さ、
少年盗賊の貴様はこの機会によく知っておくといい。
あとは自分の好きに生きるんだな。」
唯一の例外と言うのは、ショータだった。
いたるところが血に染まったエントランスの中央で、呆然とたたずむ彼に
ラヴィアは非情な言葉と共に、金貨30枚を手渡した。
合計60枚の金貨があれば3ヶ月くらいは遊んで暮らせるだろう。
しかし…
「では全軍、これより市街地の暴徒の制圧に向かう!
被害が拡大しないうちに急げ!」
『ははっ!』
ラヴィアは、なおも呆然とするショータを置いて、
一路暴動の排除に向かって行った。
そのころアネット達は、ちょうど帝国軍の防衛線を突破したところだった。
「アネットさん!どうやら裕福層の住宅街で戦闘があったようです!」
「ついにシュプレムさんが立ち上がって、こっちに向かってるんだわ!
私達が勝つ時も近いわよ!全軍再び突撃!」
ワーワー
アネットを先頭に民衆たちはひたすら府庁を目指す。
帝国兵の反撃も散発的になっており、突破は時間の問題だ。
(いける!これならいける!まっててねパスカル!
それにフェデリカ、ドロテア、レナータ!
私はこの戦いに勝って、全員が仲良く暮らせる未来を作って見せる!)
「アネットさん!あれを!」
「あ!ついに来たのね…」
彼らはこちらに向かって住宅街を駆けてくる集団を見つけた。
始めは誰もが、シュプレムの増援だと信じて疑わなかった。
しかし…
「違うわ!みんな!あれは、あの服装は!帝国親衛隊よ!」
『な、なにいいぃぃぃ!!』
「うそ…そんな、帝国親衛隊が残っていたなんて…」
「やばい!あいつら相手じゃ俺たちに勝ち目はねぇ!」
「怖気づくな!頑張れば何とかなるはずだ!」
現れたのは味方ではなく敵。それも精鋭の帝国親衛隊だ。
その上、先頭にはラヴィアが立ち、凄まじい威圧感を放っている。
「止まれ!!」
ざわっ…
ラヴィアの一喝で、驚いた暴徒たちは足を止めてしまった。
その鬼のような表情を直視した者は、腰を抜かし
戦闘意欲を失っていく。
「昼間から働きもせず、無益な集会を開いて暴動など許し難い。
扇動者に唆された市民どもは、今からでも遅くはない
普段通りの生活に戻るのだ。命令に従わない者は厳罰に処す。
なお、別のところで反乱を起こしていたシュプレムとその私兵は
先ほど我々が一人残らず討ち取った。」
『!!』
「しゅ…シュプレムさんが討ち取られた…?
うそでしょ!まだ立ち上がってから半刻もたってないのよ!」
「もう一度諸君告げる!今すぐ元の生活に戻り、
先導者はおとなしく縄にかかれ。さもなくば帝国親衛隊が
逆らうものを皆殺しにする。全軍!武器を構えよ!」
『ははっ!』
ラヴィアの号令により、帝国親衛隊が一斉に武器を構える。
「ここで退いてなるものか!全軍突撃!」
『おおーーーっ!!』
ここに、市民対帝国親衛隊の壮絶な市街戦が始まった。
「リッツ、不本意ながらこれがお前の初陣だ。剣を構え、反乱軍を討ち取れ。」
「で、ですがラヴィア将軍…」
「なんだ、命令が聞けないというのか?」
「……っ!わかりました、いきます!」
ついに、リッツは初めて馬上で剣を抜いた。
彼の装備するファルシオンは、日の光を反射し鋭く輝いた。
「せいやぁ!」
ドカッ!
「ぎゃあっ!」
「…っ、僕は…とうとう…」
リッツはアベッセのメンバーの一人を一太刀で斬り倒した。だが…
「た〜るっ!」
ドガアァン!!
「う…うわああぁぁっ!」
イルマが投げた樽爆弾の爆風を喰らい、その場に落馬したリッツ。
そしてそこに、竹槍で武装した市民が襲いかかる。
ドスッ!
「うぐはっ!?」
刺された脇腹から出血する。だが傷は浅い方だ。
リッツは再びファルシオンを振い、反撃する。
ズシャアッ!!
「ち…ちくしょう…っ!」
「はぁっ、はあっ…、危なかった…」
だが暴徒はまだまだ向かってくる。彼らを止めるためにも戦わなければ。
「やはりな。扇動の首謀者は貴様だったか。」
「あなたはラヴィア将軍!なんで私達の気持ちを理解してくれないの?」
「理解する必要もないし、理解する気もないからな。
その上、何を血迷ったか暴力革命を起こすとは、見下げた冒険者だ。」
「うるさいっ!今の私には幼馴染の命が掛ってるの!負けるわけにはいかない!」
「いいだろう、かかってこい。」
ついに、大将同士の一騎打ちも始まった。
アネットは助走をつけた後一気にラヴィアに向かって跳躍した。
ガキイィィン!!
キィン!カアン!キーンッ!
アネットはラヴィアに向かって容赦なく連撃を放つ。
一方のラヴィアも、馬から降りてアネットに接近しようと試みる。
「ほう、これほどの腕を持つ奴と戦ったのは久しぶりだ。」
「何この人…とんでもなく強いわ…」
ラヴィアは剣と槍の武器相性をものともせず、アネットを追いつめていく。
対するアネットは、必殺技を打ちこむ機会をうかがっていた。
ガンッ!キキィン!カキィン!カーン!
「喰らいなさい!ブリイィィッツ!リッタアァァーーー!!」
バリバリ!ズドオォン!!
アネット必殺の雷撃槍が決まった!…ように見えたが
「かなり、やる。だがまだまだだな!」
「ああっ!!」
ザンっ!ザシュウゥッ!!ズバアッ!!
「――――――――っ!!」
アネットはラヴィアの斬撃をかわしきれなかった。
胸部、腹部、左腕を一瞬で切り刻まれ、そこから夥しい量の血が噴出する。
「反乱首謀者及び指名手配人のアネット・レオーネは
この帝国親衛隊第一大隊長ラヴィアが討ち取った!」
「アネットさんがやられた!?そんな…」
「シュプレムさんも失った我らはどうすればいいんだ!?」
この瞬間、彼女の敗北が確定した。
(あ……、私…、死んじゃうんだ……)
あと少し。
あと少しで全てが上手くいったのに。
私は、何をしているんだろう。
立たなくちゃ。
進まなくちゃ。
パスカルを助けるためにも…
傭兵団のみんなと再び楽しく過ごすためにも…
でも、立てない。
身体が動かない。
私の身体から、熱がどんどん奪われていく。
あと少し。
もう一度だけ。
動けっ!!!
も う す こ し だ け !!
ザクッ!!
「なっ!?」
倒したものと油断していたラヴィアの右腕に、
アネットのウイングドスピアが深々と突き刺さっていた。
「……私は…、決して…立ち止まりはしないっ!!
私のことを待っている人たちのためにも!……っくは…」
「ちぃっ!しぶとい奴だ!」
ラヴィアは、右腕に刺さっている槍の先端を無理やり引き抜くと、
そのまま槍を奪い、アネットの首筋に叩きつける。
バキィ!!
「がっ…」
そのまま地面にたたきつけられるアネット。
三か所の切り傷に加え全身を強打。
もはや動くことはできない。
「おのれ…、俺の利き腕を…」
「だ、大丈夫ですかラヴィア将軍!?」
「心配するな。この程度の傷、なんともない。
それより、指導者を失って混乱している今が好機だ。
容赦なく攻撃を加えよ!二度と立ち上がる気を起させないくらいにな!」
『ははっ!!』
ワーワー
指導者を失った反乱軍はもろかった。
帝国親衛隊は、武器を持っている者を容赦なく斬り伏せていき、
大勢の市民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
こうして、第一次ローテンブルク暴動は、帝国側の勝利に終わった。
帝国軍にも100人以上の犠牲者が出たが、暴徒の被害は
死者600人以上、重軽症者1000人以上という大被害を出した。
アベッセのメンバーのほとんどはその場で討ち取られ、
帝国親衛隊にも数人の犠牲者が出た。
リッツは始めの竹槍攻撃以外は傷を負わず、
逆に一人で十数人を倒す活躍ぶりを見せた。
「や、やりました…ラヴィア将軍。」
「ご苦労…と、言いたいところだが、お前に最後の任務を与える。」
「最後の任務…ですか?」
「リッツ。お前にこれを渡す。」
ラヴィアがリッツに渡したのは、アネットが持っていたウイングドスピアだった。
「将軍…まさか…」
「その槍で、その女にとどめを刺しておけ。容赦はするな。」
「っ!!」
「しかと申しつけたぞ。俺はこれからラドミネス太守に事の次第を報告した後
戦後処理を行わねばならん。だから、戦死者の処理は各小隊長に任せておく。」
それだけ言うと、ラヴィアは府庁の方に行ってしまった。
「僕が、アネットさんにとどめを……、刺せるわけないだろう!!」
リッツは生まれて初めて、兄のことを恨んだ。
せっかく仲良くなれたのに、よりによって止めを刺せとは…
心優しい彼に、そのようなことが出来るわけがなかった。
アネットはすでに虫の息。たとえ手当てをしても助からない。
だったら、せめて…
「ごめん、みんな!ちょっと行ってくる!」
「リッツ小隊長!?どちらへ?」
リッツはアネットを抱いて馬に跨り、そのまま市街地の方に駆けて行った。
目指すは、パスカルの家。
せめて、彼にだけはアネットの死を看取ってほしい。
そんな思いで、リッツはひたすら馬を走らせた。
ドンドン
「はーい、どちら様ですかー?」
「僕だ。リッツだ。それと…アネットさんも一緒だよ。」
「アネット姉さんが!?今開けますからね!」
「アネットお姉ちゃんが帰ってきたの!?」
パタパタと駆けてくる音が聞こえる。
『――――!!』
「ごめん…、二人とも。パスカルさんに…合わせてくれるかい?」
「あ…ああ、あ…アネッ…ト姉さんが…」
「……、きゅぅ」
夥しい出血により全身が血で染まったアネットと、
幾多の返り血で、これまた全身が染まったリッツを見て、
イリーナは心臓が止まるかのごとく驚き、イレーネに至っては気絶してしまった。
「…本当に、ごめん。」
リッツはアネットを抱えたまま、パスカルの寝室に入った。
「…パスカルさん。」
「リッツ…それに、アネット…、どうして…そんなことに。」
リッツは無言で、血まみれのアネットをパスカルに手渡した。
リッツ自身も混乱していて、自分が何をやっているのか分からない状態だ。
だが、パスカルは拒絶することなく、受け入れた。
「………、ぱ…スカル…、ごめん……、ドジ…っちゃった…」
「うっ!ゴホッゴホッ!!…何が…あったのか。」
「……………私は、もう…だめみた…い…。」
「見ればわかる!なんで君が僕より先に死にそうになってるんだ!」
「あのね……、わたしから………お願いがあるの……」
「お願い?」
アネットは瀕死の身体で、パスカルに色々伝えた。
この街の外の森に、自分の仲間がいるから、あって自分の死を伝えてほしいということ。
自分の遺体はその森に、仲間と一緒に埋めてほしいということ。
そして…、パスカルには何としてでも病気を治して長生きしてほしいこと。
「…本当はね…フェデリカ達とも…もういち…ど、だけ会いたかった……」
「まったく、ほんとうに君は…なんでもかんでも…やりたがるんだな。」
「で…も…、最後に………、私と……キスして…くれたら……うれしい…な。」
パスカルは、無言でアネットを引き寄せてその口にキスをした。
目の前にリッツがいるのにもかかわらず…
いや、リッツはすでに家の外に出ていた。
止めを刺せという命令を破り、勝手に部隊から抜けだした帝国親衛隊。
おそらくこれから厳しい処分が待っているだろう。
「あーあ…、僕はどうすれば後悔しなかったんだろうね?
帰ったら兄さんに教えてもらおうかな…」
返り血に染まったリッツをみた住民たちは、いそいそと逃げ出している。
その表情には、いつもの明るさや優しさはない。
底知れぬ威圧感と恐怖を伴って歩いていることを、
本人は気付いていなかった。
「ふむ…一足ばかり遅かったようじゃのう。」
「そうですねレナス様。もう終わってしまったみたいです。」
「大体おぬしら魔女は支度に時間がかかりすぎるのじゃ。
ワシみたいに最低限の衣服と武器さえあれば素早く行動できるのじゃがな。」
「バフォいレナス様と違って私達魔女は繊細なんですっ!
レナス様みたいに殆ど布だけじゃ、風邪をひいてしまいますよぅ!」
「バフォいとはなんじゃバフォいとは!?少し黙っちょれ!」
ポカ!
「いたーい…」
「さて、見よ魔女ども。動乱の気配はめっきり消えてしまったが、
未だにこの都市には『負』の気で満ちておる。
もう一度大々的に点火してやれば、よく燃えるかもしれぬのう。」
「私達にはわかりません…」
「おぬしらとは年季が違うのじゃ。わしには感じるぞ…
理不尽に踏みにじられた者たちの不満の心がのう。
では、わしらもこの都市で一旗揚げるとしよう。
まずは、この渦巻く『負』の気配の中心にいくとしようぞ。」
ローテンブルクの上空で、4人の魔女を引き連れていたバフォメットが
混乱冷めやらぬ要塞都市に降りていった。
彼女たちの目指す先、そこには…
それは偶然かもしれない。
もしかしたら、必然的なものかもしれない。
偶然と必然が積み重なることで、
本人の意図しないきっかけが突然もたらされる。
例えば、敵から攻撃を受けていないにもかかわらず
火薬庫が爆発し、周囲を巻き込んだ大惨事に発展したと仮定する。
火薬庫が爆発するには、中にある火薬のどれか一つ以上が爆発する必要がある。
火薬が爆発するには、導火線に火がつく必要がある。
導火線に火をつけるには、火種がなければならない。
火種を作るには、火打石などで火口に点火し、そこから火を移さなければならない。
どの要因一つ欠けていたとしても、火薬庫の爆発は起こらない。
しかし、逆に言えばその要因すべてがそろってしまえば、爆発はいつでも起こりうる。
アネット革命もまた、そうした偶然や必然の重なりによるものだったのだろうか。
アネット傭兵団の一人、ドロテアは身体にいくつもの軽傷を負いながらひたすら走っていた。
背後からは、数騎の帝国軍騎兵が追撃してきている。
彼女はローテンブルクから東の親魔物国カンパネルラ領のプラムの街に、
マンドラコラの根を調達しに行っていたのだが、運悪くプラムの街は帝国軍の攻撃を受けていた。
それだけではなく、街道上にて帝国軍に発見されてしまい、逃走せざるを得なかったのだ。
「しつこいな!くらえっ!」
ヒュン! ドスッ!
「ぎゃっ!?」
追撃してきた騎兵を一体、振り向きざまに放った矢で落馬させる。
今のが最後の鏃だ。これ以上は攻撃できない。
「怯むな!追え!」
しかしながら、帝国軍はあきらめずに追撃してきている。
すでに半数以下になったにもかかわらず、しぶとい連中である。
とうとう彼女は、フェデリカ達のいる森の中まで逃げ込んだ。
下手をすれば傭兵団全員が危機に陥ってしまうだろうが、
自分の命が助かるには、フェデリカとレナータに助けてもらわなければならない。
だが、偶然にも助けは別のところから来た。
「ゴハァっ!?」
「隊長!?いかがいたしまし…って隊長!?隊長の胸に槍が!!」
「誰だ、我々を攻撃してくる奴は!」
「ここにいるわ!」
ドスッ!
「うぐ!」
そこには、いつのまにかアネットがいた。
彼女はパスカルの容体が安定したのを見て、
フェデリカ達に近況報告をしようとこの森に向かっていたところだったのだ。
だが、偶然にも帝国軍に追われるドロテアが見えたので、
身の危険も顧みずに助けに入ったのだ。
「あ、アネット隊長!?」
「ドロテア!あなたは早く逃げて!こいつらは私が相手するから!」
「貴様、魔物を庇うつもりか!そうはさせん!」
帝国軍騎兵たちは次々にアネットに襲いかかるも、
アネットは見事な槍捌きで一掃する。
さらに、戦線を離脱しようとしていた一人にも
背後から槍を投げて斃してしまった。
「よし、これでもう大丈夫。」
あとは、なるべく死体が発見されないように土や草で偽装する。
武器はちょっと失敬しておこう。
こうして、アネットは再び傭兵団の三人と合流した。
「おかえりアネット。幼馴染の様子はどうだ。」
「ええ、一応薬を使ってるから症状は治まってるんだけど、
そのうち薬も聞かないほどに悪化してくるわ。
でも、ドロテアが戻ってきたってことはマンドラコラの根が…」
「申し訳ありません!アネット隊長!」
ドロテアが突然アネットに対して土下座した。
「私が不甲斐ないばかりに…」
そして先ほど帝国騎兵に追われるまでの一連の流れを説明した。
「大丈夫よドロテア。今回は運がなかっただけ。」
「たしかにマンドラコラの根が手に入らなかったのは残念だが、
ドロテアが生きていれば、あたしは十分だと思う。」
「そうです、こうなれば別の方法を模索しましょう。」
アネットと共にフェデリカとレナータがドロテアを慰める。
ドロテアは責任感が非常に強いので、失敗を背負いこみがちなのだ。
特に今回は見ず知らずの相手とはいえ人命がかかっている。
下手すれば「この命と引き換えに」と言いだしかねない。
「ドロテア。あなたはむしろ良くやってくれたわ。
顔も知らない私の親友のためにここまでしてくれてうれしいの。」
「ありがとうございます…。せめて私が直接診察できれば…」
その後、普段通りの会話を交わして、アネットは再びローテンブルクに戻った。
ドロテアにはあんな風に言ったが事態はかなり深刻だ。
パスカルが処方してもらっている薬は根本的な治療にはつながらないばかりか
値段もかなり高く、長引けば傭兵団の財布にも影響が出る。
結局パスカルの家につくまで考え込んでしまった。
「あ!アネットお姉ちゃんおかえり!」
「おかえりなさいアネット姉さん!」
「ただいま二人とも。パスカルの調子はどう?」
「兄さんならいまぐっすり寝てます。」
「寝てる?そう…ならいいけど。」
「じゃあ私たちは買い物行ってくるから、アネットお姉ちゃんは留守番よろしくー!」
「え、あ、うん。気をつけてね。」
『いってきまーす!』
…
「あの二人の笑顔を見ちゃったら、今の状況を説明する勇気がなくなったじゃない…」
イリーナとイレーネは兄の病気が治ると信じて疑っていない。
それだけに、最有力の治療が困難になったと言ったのなら、
二人はまたしても深く沈みこんでしまうのは目に見えている。
「だけど…、せめてパスカルにだけは話しておかないと。」
パスカルは幾分か落ち着いたのか、咳が出ることなく安らかに寝ている。
顔色はまだいいとは言えないが、悪化の一歩をたどっていった病気は
ここにきてようやく時間稼ぎが出来る。
しかし、時間稼ぎが出来たとしても根本的な治療をしないことには…
「パスカル…」
死の危機に瀕した幼馴染。
故郷を覆う圧政と、人々の苦悩。
魔物だからという理由で迫害される魔物娘たち。
自分一人の力では、どうにもならない問題だろう。
だが、諦めるわけにはいかない。
今まで幾多の困難に立ち向かい打ち勝ってきたのだ。
「私は負けないわ。あなたを救うために、そして故郷の人々を救うために。」
「……む、誰かいるのか?」
「あら、パスカル。起しちゃった?実はちょっと…
いえ、とても残念なお知らせがあるの。」
「まさか…マンドラコラの根が手に入らなくなったとか…」
「ご明察。ローテンブルクから親魔物領に行く道が帝国軍によって封鎖されてるの。
あ、でも帝国軍が撤退して封鎖が解ければ、あらためて取りに行けるかもしれないわ。」
「いや…さすがに僕の命はそれまでもたないだろう。
ふふふ、これも天命ってやつかな?」
「なーに言ってんのよ!元気出しなさい!私だって結構泣きそうな状況なんだから!
でもね、こういう時こそあきらめちゃいけないの。最後まであがいて…」
「うーん、だが…このことはイリーナと…イレーネには内緒に…した方がいいな。
あれ?そういえば二人は?」
「二人なら買い物に行ったわよ。」
と、ここでアネットは帰ってきてから初めてパスカルと二人きりになったと気がつく。
「そういえば私達が二人きりになったのって、初めてじゃない?」
「ああ、確かにそうだね。昔は君に会うときはいつもあの二人がついていたからな。」
「あの二人も見ないうちに結構兄離れしたわよね。
もっとも、世間的に見ればまだかなりブラコン気味だけどね。」
「兄としては複雑だ…」
「でも、だからこそこうして初めて二人きりになれたわけだし…、それにね…」
ドサッ!
アネットは突然、ベットであおむけになっているパスカルの上に覆いかぶさってきた。
「わあっ!あ、アネットいきなりなにをっ!」
「わたしだってパスカルに甘えたかったのよ…。
お父さんとお母さんはもういないし、家ももうなくなってたの。
だから…いまはパスカルだけが故郷で唯一の心の在り処なのよね。」
「…」
「知ってる?故郷を失った冒険者はいかに心が脆いか…。」
そう言うや否や、アネットはパスカルの唇を強引に奪った。
「んっ…んちゅっ!ふうぅん…」
「ふ…ぅ…ん、んんっ!?」
突然の事態に目を白黒させるパスカルに対して、アネットは
口腔に舌をねじ込み、不器用ながらも色々な個所を舐め上げる。
我に返ったパスカルは、慌てて彼女の顔を手で離す。
「い、いきなり何するんだ!病気が感染する…から!」
「いいの!パスカルの病気が治らなければ私も死ぬ。まさに背水の陣ね。
でも、まだまだ甘え足りないの。もっとパスカルを味あわせて…!」
もはやアネットは我慢できなかった。
今まで何度も見てきた魔物と人が愛を交わす光景。
それを自分が経験する日がとうとう来た。
「パスカル…、ずっと前から…愛してたわ。」
「アネット…」
そのままアネットは服を全て脱ぎ去り、
パスカルの上に跨り、自分の処女膜に孔を穿つ。
こうして二人は、しばらくの間お互いを求めあった…
…
「兄さん!アネット姉さん!大変で…」
「お兄ちゃん!アネットお姉ちゃん!女の子が…」
息を切らしながら家に戻ってきた双子は見た!
疲れて再び寝てしまっているパスカルと、
その上に生まれたままの姿でぐったりしているアネットを!
「…あ、やば(汗」
『きゃあぁぁぁあ!!』
ガラガラガチャーン!!ドシーン!バターン!
※落ち着くまでしばらくお待ちください…
「ご、ごめんね二人とも…勝手にパスカルを襲っちゃって…」
「い、いいいいえ!むしろ兄さんの初めてがアネット姉さんで良かったかな?」
「びっくりした…帰ってきたらお兄ちゃんと
アネットお姉ちゃんが…その……、せ…《フォイア!》をしてたなんて…」
「それよりさ!大変なことって何!?」
「ええっと、それがですね…」
二人の話を聞いて、今度はアネットが驚く番だった。
「魔物の公開処刑!?どんな罪があるのか知らないけど、無実かもしれない!
ちょっと私行ってくるから、二人とも留守番お願い!」
アネットは即座に槍を手に取り、押っ取り刀で現場に向かう。
冒険によって鍛えられた脚力は100Mを10秒で駆け抜け、
通りを歩く人を華麗にかわしていく。
そしてたどり着いた中央広場。
そこには、すでに大勢の人だかりが出来ていた。
壇上には帝国軍の部隊長と見られる人物と教会の司祭のような人物が、
人々に向かって何か演説をしている。
「…は人間と変わらない存在になったのではないかと騙る不届き者もいる!だが、
騙されてはならない!彼らは成長すれば人間を襲い、文明を破壊しようとするだろう!
神に選ばれし種である人間に逆らう魔物を、いまここで公開処刑する!
帝国市民らはこれを機に、偽の外見に騙されぬ様、この光景を
しっかりとその目に焼き付けておくがいい!」
アネットは見た。
移動式の檻から引っ張り出され、手かせをされた沢山の魔物の子供たちを。
その表情はすでに生気がなく、絶望に染まっている。
アネットは見た。
何本もある木製の柱を。その周囲に集められる可燃性の干し草を。
アネットは見た。
魔物を憎むどころか、今すぐ止めてあげたいと願いながらも、
自分たちの命が失われることを恐れている市民達の顔を。
導火線に火がついた瞬間だった。
アネットは人垣を押しのけ、壇上に上がったとたん…
ドスッ!!
「ぶべらっ!?」
演説をしていた教会の司祭の胸を槍で一突きにした。
「いいかげんにして!これ以上無辜の命を奪うんだったら、私が容赦しないわ!」
ざわ…
突然現れ、司祭を殺害した屈強な女性の出現に、兵士たちや市民は騒然とした。
が、それは一瞬のこと。
「貴様は先日第四中隊の妨害をした女!やはり貴様も反乱分子だったか!」
「ええそうよ!正義の心を失い、弱きものを甚振るあなた達の行い!
これ以上黙って見ているわけにはいかないの!」
「なんだと!?」
「市民のみなさん!どうか私の話を聞いてください!
かつて魔物は人間を襲う生き物でした。
人間を見るや否や襲い、殺し、奪う存在でした!
ですが今は違います!魔王が変わり、魔物は人間と共存しようと試みています!
いえ、むしろ共存しなければ生きていけない存在になってしまったのです!
ならば私達も、争いをやめて共存の道を…」
「だまれ!!これ以上減らず口をたたくようなら容赦はしない!かかれ!!」
『ははっ!!』
司祭に代わり演説をするアネットを、帝国兵たちが取り囲む。
隊長のサージェントを始め
槍兵が11人
剣兵が10人
弓兵が4人
鎧兵が5人
さらに壇の下にはトールーパー(軽騎兵)が10騎。
総勢31人を一人で相手しなければならない。
「ちょこざいな!」
アネットは怖気づくこともなく包囲網に突撃する。
まず狙うは4人の弓兵!
「ロングスライドォ!!」
ザジュウウウゥゥッ!!
『のわああぁぁ!』
前衛の剣兵3人を一気に粉砕し、矢を構える2人の弓兵に一気に接近する。
ドスドスッ!!
『ぎゃーー!』
弓を撃たれる前に懐へ飛び込み、一気に貫く。
それと同時に、反対側から放たれた矢をその場でかわす。
再び相手の前衛に突入し、
「ミドルスライサァー!!」
ズザアアァァ!!
『うわぁっ!』
残る弓兵を倒す。
彼女の戦いぶりは実に見事で、帝国兵たちの手に負えなかった。
突き、薙ぎ、払い、持てる技の数々を駆使して大暴れする。
そして…
「ブリイィッツ!リッタアァァ!!」
ズドオオォォン!!
「がはっ!じょ…女王陛下…万歳…」
「ふぅ、ジェネラル・キル完了ね。」
指揮していた部隊長を倒した。
これにより、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行くかと思われた。
しかし…
「隊長の仇を取れ!」
「増援を呼び寄せろ!」
「なんとしてでもあの女を討ち取るのだ!」
「あ…あれ?」
隊長を倒されたら普通の部隊なら退却していく。
だが、そもそもここは帝国兵の本拠地の一つなわけで、
城の方から増援部隊が次々と駆け付けてきている。
アネット大ピンチ!
「だけど!この子たちを守るためにも、引くわけにはいかない!」
と、アネットが再び槍を構えたその時…
ボトッ、ボトボトボト
「え、え?何?」
壇上に、どこからか布で覆われた球状の物が投げ込まれ…
ボフン!!
モクモクモクモクモクモクモク
「わーーーーっ!?」
「誰だ!?煙幕を投げ込んだのは!」
「ゲホッゲホッ!煙い!喉が痛い…」
「畜生!何も見えねえ!」
ワーワー
謎の物体は破裂して大量の煙を噴出した。
どうやら、その正体は非常に強力な煙玉のようで、
兵士や市民達を巻き込んで、場を大混乱に陥れた。
もちろんアネットも、ただでは済まない。
「ゲホッ!ゲホッ!ちょ、ちょっと、これは一体どうなって…コホッゴホッ!」
「今のうちですわ!早めに確保を!」
「了解!こっちは任せてください!」
「じゃあ僕はこっちを!」
「?」
この視界不良の大混乱の中、組織的に動く人影が見えた。
一体彼らは…と考えていたアネットの腕を
何者かが強く握るのが感じられた。感覚的には女性の手だ。
「だ、誰っ!?」
「あなたもここにいては危険ですわ!いいからこっちにいらっしゃい!」
「ちょっとちょっと!え、え?本当にどうなってるの?」
アネットは訳が分からないうちに掴まれた腕を引っ張られて、
思わずそっちのほうに駆けだす。
壇から降り、煙でパニックに陥っている市民達の間強引に通過し、
視界不良の中、市街地の細い通路を右に左に何回も曲がっていく。
そして、腕を引かれるまま一軒の店の中に入った。
この間わずか1・2分ほどだった。
「ふん…なんたる様だ。どうやら少々遅かったようだな。」
「ラヴィア将軍!残念ながら実行犯の女性も、
煙幕弾を投げ込んだ犯人も発見できませんでした!」
「仕方がない。後で民家を徹底的に探索だ。」
「ははっ!」
ラヴィア率いる帝国親衛隊が到着したのは、すでに煙幕が晴れた後だった。
とりあえず市民をラヴィアが一喝して元の生活に戻させ、
同時に犯人の特定と捜索を行った。
まさに、間一髪でアネットはラヴィアとの交戦を避けられたのだ。
(犯人はおそらく先日見かけた冒険者の娘だろう。
義憤に駆られたのだろうが、もう少し後先考えるべきだったな。
それに、この手口はおそらくシュプレムらの仕業だ。
奴らもそろそろ動きだし始めたようだな。それもこの悪い時期に…)
「さ、ここまで来れば安心ですわ。」
「ううっ、あなたは一体?」
アネットの目の前には、一人の超絶美人の女性がいた。
緩いウェーブがかかった銀髪の髪の毛は腰のあたりまで伸び、
瑠璃色の大きな瞳が美しい顔をより一層引き立てている。
ただちょっと残念なのは、着ている服はかなりぼろぼろなところか。
ちなみに、先ほどまでは顔からすっぽりとローブで覆っていたため
どのような顔をしているかわからなかった。
「綺麗…、まるでエンジェルみたい…」
「あら、エンジェルみたいだなんて言ってくれて嬉しいわ。
はじめましてアネットさん。私はシュプレムと申しますわ。」
「シュプレムさん…?」
「そして、秘密結社『アベッセ』へようこそ。」
「はい?秘密結社!?」
幾分か落ち着きを取り戻し、周囲を見渡す。
そこには小さな酒場のような場所で、十数人の男女がいる。
そのうちの一人の壮年男性が椅子から立って話しかけてきた。
「久しぶりだなぁアネット。俺のこと覚えてるか?」
「えっと、だれだっけ?」
「まあ覚えてなくても無理ねえな。俺は元ローテンブルク冒険者ギルドの
ギルド長だったエンデルクだぜ。」
「ああ!ギルド長だったんですか!久しぶりです!
で、なんでこんなところにいるんですか?それに『元』って?」
「んー、冒険者ギルドはクビになったぜ。
ラドミネスの野郎に賄賂やらなかったからな!はっはっはっは!」
「そ、それはそれは…」
「さて、私達『アベッセ』について少し説明するわね。」
シュプレムによると、秘密結社アベッセは主に中流階級の知識人や
腕の立つ反政府的な人たちが集まってできた組織だそうだ。
彼らは、帝国の圧政からこの都市を救うにはどうしたらいいかを
語り合う組織だったのだが、いつの間にか目標は『革命』となり
いつかは人と魔物が一緒に暮らせる街にしたいのだそうだ。
「処刑されそうになった魔物の子供たちもほら、ちゃんと助けましたわ。」
「ありがとうございます!私の苦労が報われました!」
手かせをされていた魔物の子供たちも、アネットのもとに駆け寄ってくる。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「もうだめかと思った…」
「助けてもらえてよかったね。私も嬉しいよ。」
「その子たちはしばらくの間この店の二階で過ごしてもらうわ。
カリン、その子たちと遊んであげててくれるかしら。」
「はーい♪」
カリンと呼ばれた若い女の子が、子供たちを二階につれて行った。
「さて、説明もそこそこに、冒険者のあなたなら何でここに
連れて来られたのか、分かると思うと思うの。」
「…つまり、私の腕を見込んで、革命に参加してほしいと。
でもシュプレムさんは初対面なのにどうして私のことを知ってるの?」
「ええ、あなたのことは貧民街の争いの際に初めて知りましたが、
それよりも、これを御覧なさい。」
シュプレムはアネットに一枚の羊皮紙を差し出した。
「こ、これ!私の指名手配書じゃない!」
「安心しなさいなアネットさん。私達はあなたを突きだしたりしませんわ。
ですがこの指名手配書は数日前にユリスで手に入れた物。
恐らくは今日か少なくとも明日には、帝国にも指名手配が回り
あなたはすぐに街を歩けなくなってしまうでしょう。」
「くっ…まさかこんな大事なところで竹箆返しがくるなんて…
なんだか本格的に手詰まりになってきたわ。」
「その前に、大勢の前で帝国兵相手に無双した時点でアウトだと思いますわ。」
「ですよねー。」
アネットは改めて自分がやったことの無謀さに気がついた。
熟練の冒険者である彼女は、勇気と無謀は違う物と分かってはいるのだが
パスカルの病気具合が彼女を焦らせ、強力な正義感が後押しした結果…
このままではフェデリカ達と合流することすら難しいだろう。
もはや、彼女のとるべき行動は一つのみ。
「わかったわ。私も革命に参加するわ!」
「参加してもらえて嬉しいわ。じゃあ、改めてメンバーを紹介するわね。」
シュプレムによって、次々にメンバーが紹介される。
学生から、元帝国軍の小隊長、さらに魔法使いまでいる。
ちなみに先ほどの煙幕弾を作ったのは、イルマという女性魔道士だ。
「爆弾娘のイルマでーす!よろしくぅ!」
「え、ええ。こちらこそよろしく(なんか見かけによらず物騒な子…)」
そして…
「あれ、君はもしかして!」
「(ゲッ!?)あ、あれ!?アネットおねえちゃんだ…!」
「ショータ君じゃない!元気だった?そしてどうしてここに?」
「あら、アネットさん。この子と顔見知りで?」
「ここまで来る途中一緒に旅したの。でも、家に帰ったんじゃないの?」
「おとうさんと…おかあさん…、いなくなっちゃってた…」
「そうなの!かわいそうだと思わない?こんな可愛い子が家をなくして
路頭に迷ってたのよ!でも今は私が保護してめいいっぱい可愛がってるわ♪
あ〜も〜、このふにふにほっぺにもちもちの肌!最高!たまんないわ!ハァハァ…」
「あーうー…シュプレムお姉さま…」
「よ、よかったねショータ君!(まさかのショタコン!?)」
(あ、危ない危ない…何とか辻褄が合ったけど…
まさかもう一度アネットさんに合うなんて…)
なぜショータがここいいるのか。
それは、ラヴィアによってシュプレムの家に潜入させられたのだが、
シュプレムは想像を絶するショタコンで、何の疑いもなく家に招き入れてしまった。
そして暇さえあればあんなことやそんなことまでしていた。
始めのうちは嬉しかったが、いまでは人類の限界に挑戦させられつつある…
「それで、革命はいつになるの?個人的な事情があるから、
出来る限り早くやりたいんだけど。」
「大丈夫よ、準備はもう9割済んでいますわ。
なにしろこの計画は2年間もかけて準備しているのですから。
そして決行日は…明後日になります。」
「明後日!?」
「はい、私が調べた情報によりますと、親魔物国と交戦している
帝国軍はこの都市に駐留する第三師団に援軍を求めており、
それに応じるために明日にはこの城にある大半の兵力を、援軍に割くようですの。」
「なるほど!明後日なら帝国軍はそう簡単に戻ってこれないわね!」
「ええ、それに加え私の屋敷には密かに雇った私兵や傭兵が200人いますの。
これらを主力にして、同時にここにいるメンバーで圧政に不満を持つ市民達を
立ちあがらせて、ともに府庁を占拠するのです!」
「おおっ!」
アネットの心には、再び希望が芽生えてきた。
まさかこんなところで協力者が一気に増えるとは思ってもみなかったのだ。
(まっててパスカル!それにフェデリカ、ドロテア、レナータ…!
あなた達と一緒に暮らせる国を作るために、私はやって見せる!)
「遅いね、アネットお姉ちゃん。」
「騒ぎはもう終息したみたいなんですが。」
「アネット…また厄介なことに…巻き込まれてなければいいのだが…うっ!
コホッケホッ!ケホンケホンッゴホッ!」
「兄さん!?」「お兄ちゃん!?」
「す…すまん…、また咳が…ゴホッゴホッ!」
一向に帰ってくる気配がないアネットを心配する三人。
先ほど起きた事件が事件だけに、アネットが飛び込んで行った可能性は高い。
ひょっとしたら、捕まってしまったのかもしれない。
「あいつめ…ケホッケホッ!あんな…ことしておき…ながら
帰ってこない…なんていうことになったら…承知しないからな…」
「そうよね兄さん…最後まで責任とってもらわなければ。」
「こうなったら意地でもアネットお姉ちゃんは結婚してもらわなくちゃ!」
「おいおい…」
と、そこに…
バタァン!
「ぱ、パスカルさん!ここにアネットさんはいますか!?」
「リッツじゃないか…ゴホッケホッ!どうした…んだい…」
ものすごい勢いで家に入ってきたのはリッツだった。
「どうしたんだじゃありません!アネットさんがとうとう
本格的に帝国兵相手に戦いを挑んだ挙句…兵士数十人を斃してしまって!」
『な!なんだってえぇぇぇぇええ!』
「現在アネットさんは消息不明です!ですが発見されたら即捕縛もしくは…」
「ついに…やらかしたか…」
「でもここにはいないようだね。一体どこに行ったんだろう?」
「リッツ兄さんの権限でなんとかしてアネット姉さんを救えませんか?」
「お願い!アネットお姉ちゃんを助けてあげて!」
「……僕だってアネットさんを助けたいさ。でも……
僕は帝国に忠誠を誓った帝国親衛隊の一人だ…」
リッツは葛藤していた。
自分の良心を優先して、帝国親衛隊としての誇りを捨てるか。
それとも帝国の忠誠に従って、親友の幼馴染の命を奪うか。
究極の選択を迫られることになる。
「とりあえず…、今晩はこのうちに泊まっても…いいですか?」
「わかった。…コホン!今晩はここで…じっくり考えるといい。」
「それとですね、パスカルさん。とうとうこんな物が。」
リッツがパスカルに見せたのは、アネットの指名手配書だ。
「…遅かれ早かれ、アネットは追われる身になるのか。…やれやれ。」
「アネットお姉ちゃん、大丈夫かな?」
「もしかしたらこっそりとこの街を出て行って、どこかに逃げたかもしれませんね。」
「ゴホッゴホッ!…おそらく、それはない。
あいつは…むかしから一つのことに…取り組み始めたらっケホッゴホッ!
やり通すまであきらめない…性格だ。だから…まだ、この街のどこかに…いるはず…」
「僕がこんなこと言うのもなんだけど、無事だといいね。」
ちなみに、彼らはアネットを心配するあまり、
パスカルの治療手段がほぼ断たれたことに気がつくまで若干の時間を要した。
そして、結局アネットはその日にパスカルの家に帰ることはなかった。
リッツも次の日の朝には、再び公務に戻って行った。
その日の夜、ラヴィア宅にて…
「少年。何か有力な情報はつかんだか?」
「あ、ああ!これでいいのか?」
ショータはこっそりシュプレムの家から抜けだし、
色々と書き込まれている羊皮紙をラヴィアに見せた。
「…ほう、ついに決行日が決まったようだな。
私兵の人数といい、用意した武器の数といい、相当な力の入れようだ。
そのうえこんな場所に活動拠点を持っていたとはな。
全くをもってとんでもない奴だ。その頭を少しは帝国のために使ってくれればな…」
「ど、どう?」
「素晴らしい。やはり俺が見込んだ通り、お前には密偵の才能がある。
しかし…、なんかやつれたか?そんなにつらいのか?」
「実は《しかじかかくかく》で…」
「よかったじゃないか。予想以上に気に入られて。
その調子でもう少し潜入しててくれ。これは報酬だ、受け取っておけ。」
「お!やった!金貨がひぃ…ふぅ…みぃ…、……ってうぉう!
ちゃんとあるどころか10枚余分にある!」
「出来が良かったから追加報酬だ。これからもせいぜい頑張るのだな。」
「うん!僕がんばる!」
ショータは再びシュプレムの家に向かう。
「いやー!あの人、とてもおっかないけど予想以上に気前がいいや!
それに《フォイア!》してお金がもらえるんだから、
こんなにいい仕事はほかにはないよね!僕ってやっぱ天才?なんてね!」
深い事情を知らないショータ。
ラヴィアにとってはいい手駒になってしまっている。
「あのガキ、頭の回転は大分早いようだが、肝心なところで詰めが甘い。
その手にある金貨30枚が、どれだけの人命を失わせるのか…
よーく考えてみれば気付くと思うのだがな。」
次の日には、アベッセの情報通り帝国軍の大軍が援軍として
ローテンブルクから出陣していった。
出陣していった兵力はおよそ8000人。
これにより、ローテンブルクの守備兵は1000人程度になった。
その中から府庁の直接的な警備兵の人数は、
200人にも満たないであろう。
そして…
「準備完了だ!」
「いよいよ民衆は立ち上がるぞ!」
「中流層も貧困層も分け隔てなく、心が一丸となってきた!」
「ある意味で、ラドミネスどもがやり放題やってくれたおかげで
もはや金持ち以外は奴らを支持なんかしないだろう!」
酒場に集まっているアベッセのメンバー達は、
いよいよ興奮して各々が武器を手に「その時」を待っていた。
「みなさん、時は満ちましたわ。
いよいよ私たちも立ち上がる日が来たのです!」
『おーーっ!』
「ですが、まだ勝った気でいるには早すぎます。
いくら少ないとはいえ、まだ守備兵がいます。
彼らはまかりなりにも訓練され、質のいい武器を持った兵士です。
彼らを打ち破り、太守の首をあげて初めて私達は勝利の栄光をつかむのです!」
『おーーーっ!』
「では、最終的な作戦の確認をしましょう。」
アベッセの革命における作戦。
まずはシュプレム以外は、午後に行われる教会による中央広場での説法の時に
全員で武器を持って乱入して、演説台を占拠する。
これにより民衆の注目を集めた後演説を行い、なるべく多くの民衆の賛同を得る。
また、彼らの代用武器として竹槍も数百本用意した。
演説の役目は本来は元ギルド長のエンデルクがやる予定だったが、
話し合いの末にアネットがやることになった。
つまり、アネットは今回の革命の先頭を行くことになったのだ。
「やってくれますね?」
「ええ!喜んで!私が先頭に立ってみんなを導くわ!」
アネットもやる気満々だ。
同時に、シュプレムは自宅に戻って即座に私兵を編成し、
途中で革命軍と合流して一気に府庁を占領する。
シュプレムの私兵なら戦闘経験が豊富な者で構成されているので、
この戦いにおける主力となるだろう。
「じゃあ最後に何か質問はある?」
「私から質問です。」
「どうしましたかアネットさん?」
「この革命が成功し、ここの太守を討ち取ったら誰が行政をやるのですか?」
「それについては問題ないわ。ここにいるのは誰もが知識人よ。
それに…新しい首長にはあなたになってもらおうかしら。」
「わ、私が!?」
「ええ、出会ってからこの二日間で確信しましたの。
あなたには私以上に人をまとめ上げる力と前に進む力がありますわ。
ですから、革命が成功した暁には、あなたにリーダーをやってもらおうと思うのです。
皆さんも異存はありませんよね!」
「そうですな、アネットさんの下なら喜んで働けるでしょう。」
「みんなも文句なしについてきてくれるはずです!」
「異議なし!」
「ふふふ、いかがですかアネットさん。皆さんもこう言っていますよ。」
「…わかりました!私にも魔物の仲間がいるの!
ミノタウルスのフェデリカ、ケンタウルスのドロテア、リザードマンのレナータ、
みんなが一緒に住めるような街づくりをしていこうと思うの!」
パチパチパチパチパチ!
メンバー全員から喝采の拍手が送られた。
今ここに、アネットは革命のリーダーとなったのだ。
「さあ、時間がないわ!武器は全員にいきわたったかしら?」
『おーーーっ!!』
「酒は置いて行けよ!剣の数は足りているか?」
「足りないどころか、有り余ってるぜ!」
「じゃあみんな!出発よ!」
アネットとアベッセのメンバーは動き出した。
途中の通路でシュプレムと別れ、残る全員は中央広場へと向かう。
後に「第一次ローテンブルク暴動」と呼ばれる事件は、こうして始まった。
「…ですから我々の生活が苦しいと思われるのは、全てにおいて
魔物の存在に根底原因があるのです。魔物がこの世に蔓延る限り
我々はつらく苦しい戦いを強いられているのです…」
今日も、教会の司祭(担当は毎日変わる)が壇上で説法をしていた。
説法と言っても、内容はひたすら「父なる神を信じよう」やら
「魔物は悪だから根絶すべし」などの面白くもなんともない内容だ。
正直な話、市民たちは度重なる重税や兵役で疲れ切っており、
教会の説法など右から左へ受け流していた。
だが、この日は違った。
「どきなさい!あなた達の話なんて誰も聴きたくないのよ!」
ゲシッ!
「ゥボアー!?」
アネットは説法をしていた司祭を強引に蹴り倒し、演説台を占領。
アベッセのメンバーがそれに続いた。
ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…ざわ…
突然出現した武装集団に、市民たちは騒然となった。
しかも先頭に立っているのは、先日帝国兵と戦った女性ではないか。
市民たちは先を争って演説台の回りに集まった。
「みなさん!聞いてください!私はアネットという一介の冒険者です!
この街に生まれ、この街で育ち、そして6年の旅を経て戻ってきました。
私がいた頃のローテンブルクは貧しいながらも、生活に極端に困ることもなく
明日への希望を持ちながら生きることが出来ました!しかし、今はどうでしょう!
度重なる重税!無辜の市民に対する暴行!厳しすぎる法律!
安心した生活が出来るのは一部のお金持ちと貴族だけ!
このままでは私達は彼らの奴隷になっているのと何ら変わりはありません!」
アネットの演説が始まると、あちらこちらから市民達が集まってくる。
開始3分後にはすでに中央広場は大勢の人で埋め尽くされた。
「ですが!それも今日で終わりです!今こそ私達は立ち上がるのです!
私達の手で暴政を打倒し、私達の手で新しい国を作るのです!
もちろん、少なからず帝国兵の抵抗を受けるでしょう!
場合によっては多くの犠牲が出るかもしれません!
しかし、それを恐れていてはいつまでも現状は変わらないままです!
私達に力がないからと高をくくっている悪人達に、
私達民衆の底力を見せつけてあげましょう!」
ワー!ワー!
「アネットさん!俺たちも付いていくぜ!」
「もうこんな地獄のような生活はまっぴらだ!」
「革命だ!僕たちの手で新しい世界を作るんだ!」
「武器ならこのフライパンが…あ!そうだ、包丁があるじゃない!」
「ラドミネスの野郎!今に見てろよ!俺がその首をねじ切ってやる!」
集まった市民たちはアネットの演説を聞いて、徐々にやる気になってきている。
「帝国の悪徳太守!そしてそれに従う役人や兵士たち!
怒れる民衆の声が聞こえるかしら!もうあなた達の支配は拒絶するという声よ!
私たち一人一人の力は大したことないかもしれないけど、
これだけの熱い心がこだまし合うとき、その力はあなた達の予想を覆すわ!
さあ!みんな!立ち上がりましょう!今こそ明日を求める戦を始めるときよ!」
おーーーーーーーーーーっ!!
そして、当然この騒ぎを聞きつけて治安維持兵がやってきた。
「な、なんだこの騒ぎは!?」
「どうやら暴動か住民反乱のようです!」
「市民たちよ!今すぐ集会をやめよ!」
「騒ぎを起こす者は厳罰に処すぞ!今すぐ中止せよ!」
「アネットさん!治安維持兵たちがきました!」
「わかったわ、私が先頭に立つからみんなあとに続いて!」
「敵が来たぞー!」
「追い払え!」
ワーワー
「イルマ!例の物を!」
「はいはーい♪」
アネットの指示で、イルマが台車から木製の樽を取り出す。
「それ、た〜るっ♪」
ポイッ
ドカーン!!
「ぐわっ!」
「た、樽が爆発した!?」
樽爆弾の一撃で治安維持兵の集団は怯んだ。
「今が攻撃のチャンスよ!全軍突撃!」
「進め!邪魔する奴は殺してでも排除しろ!」
「武器を持ってない奴には竹槍を用意してある!それを持って立ち上がれ!」
「私達もアネットさんに続くのよ!」
ワーワー
広場にいた市民たちは一丸となってアネットに続いた。
先頭に立つアネットは瞬く間に帝国兵を撃破し、止まることなく前進する。
そしてついに、中心街の区画と上流階級の区画を分ける城壁まで到達し、
守備兵150人と激突した。
「いい、みんな!もうすぐシュプレムさんが私兵を率いて合流するわ!
恐れることなく、目の前の敵を打ち倒すのよ!」
『おーっ』
歌声が聞こえるか!怒れる民衆の歌声が!
二度と奴隷にならないと決めた人々の声だ!
私達の心と心が一つになる時、新たな未来が始まる!
明日が来た時、そうさ明日が!
「ええい!帝国軍の威信にかけて、反乱軍を一歩も先に入れるな!」
「市民相手でも手加減は不要だ!全力で阻止しろ!」
ワーワー
一方そのころ、シュプレム邸では
「さあみなさん、ついにこの日が来ましたわ。
今日を持ってローテンブルクの歴史は皆さんの手で書き換えられるのです。
人と魔物が共存できる都市を作るためにも、戦いに勝ちましょう!」
『ははっ!』
シュプレムは私兵をエントランスに集め、今まさに出陣するところであった。
男女合わせて197人の冒険者と傭兵が武器を構え、
美しくも気高い雇用主の命令を待っている。
「では私たちも出陣…」
バアンッ!
『!?』
「シュプレム、およびその私兵。ついに動き出したようだな。」
いきなり玄関の扉から入ってきたのは、ラヴィアと彼の率いる帝国親衛隊50人だった。
「貴様らの陰謀はすべて見とおしていた。諦めて縄にかかるがいい。」
「くっ!そんな…なぜ帝国親衛隊がっ!」
シュプレムの計画はいきなり破綻寸前に追い詰められた。
「ですがっ!私達はあきらめませんわ!私達の手で新しい未来を作ると決めたのです!
あなたを討ち取ってでもこの革命を成し遂げて見せましょう!」
「あくまで抵抗する気か。全軍かかれ!謀反人どもを討ち取るのだ!」
「こちらも攻撃を開始いたします!いきましょう!」
ワーワー
こうして、シュプレム邸においてシュプレムの私兵とラヴィア率いる帝国親衛隊が激突した。
「リッツ。お前はシュプレムから目を離すな。周りの雑魚は俺が片付ける。」
「は、はい!」
リッツもまたラヴィアと共に戦っている。
リッツの初陣がまさか住民反乱になろうとは、本人も思っていなかった。
それに、シュプレムを倒した後は…
アネットとの直接対決がまっている。
「なんで…、どうしてだろう?」
エントランスの奥にある階段から指揮をとるシュプレムから目を離さぬ様、
努めながらも、未だに彼の心は大きく葛藤していた。
自分はいま非常に愚かなことをしているのではないか。
そう思えてならない。
それに引き換え、ラヴィアは思考に一点の曇りもなく反乱軍を討ち取っていく。
ラヴィアの振う勇者の剣は、瞬く間に30人もの手練の傭兵を切り倒す。
そのうえ、彼の率いる帝国親衛隊の強さもまた帝国軍一般兵のそれを大きく上回っていた。
ものの数分で、私兵の大半が討ち取られた。
しかし、帝国親衛隊の被害は重軽症者含めてわずか4人。死者も出ていない。
「…そんな、わたくしが財産をなげうって雇った傭兵たちが…
ここは裏口から脱出して、アベッセの仲間と合流するしかありませんわ…」
ついに、シュプレムもその場から逃げだした。
「ラヴィア将軍!シュプレムさんが逃げ出します!」
「わかった。いくぞリッツ。」
シュプレムが逃亡を開始するや否や、リッツとラヴィアもまた後を追った。
そして、裏の使用人口から出ようとした彼女に、ラヴィアが追いついた。
「逃がさん。覚悟せよ。」
「くっ!私だって!」
もはや逃げきれないと判断したシュプレムは、魔道書を開く。
「灰すら焼きつくす炎よ!【エルファイヤー(業火)】!!」
彼女の手から巨大の火の玉が発せられた、が
ラヴィアは軽々と回避し、剣を一閃した!
ザシュアァ!
「か…はっ…」
「無駄なあがきをしなければ、手荒な真似はせずに済んだのだがな。
もっとも、そのあと裁判にかけ、死刑判決も確定だろうが。」
「どうして……、私の…計画は完璧…だったはずなのに…」
「我々も無策ではない。密偵を入れておいて正解だったな。」
「な…なんです…って…」
「さて、俺も暇ではない。今楽にしてやるからな。」
「……ごめんなさい…あねっ…とさん」
ドスッ
ラヴィアはシュプレムの介錯を終えると、再びエントランスに戻ってきた。
すでに私兵は一人の例外を残して全員討ち取った。
もはや尋問の必要はないので、わざわざ残すこともないからだ。
「さて、少年。」
「…………」
「君がやったことの重大さ、ようやく理解できたか?」
「…どうして」
「だがな、これだけでは終わらん。我々は市街地の暴徒の制圧に赴く。
これは貴様への最後の報酬だ。人々の血と引き換えに手に入れる金の重さ、
少年盗賊の貴様はこの機会によく知っておくといい。
あとは自分の好きに生きるんだな。」
唯一の例外と言うのは、ショータだった。
いたるところが血に染まったエントランスの中央で、呆然とたたずむ彼に
ラヴィアは非情な言葉と共に、金貨30枚を手渡した。
合計60枚の金貨があれば3ヶ月くらいは遊んで暮らせるだろう。
しかし…
「では全軍、これより市街地の暴徒の制圧に向かう!
被害が拡大しないうちに急げ!」
『ははっ!』
ラヴィアは、なおも呆然とするショータを置いて、
一路暴動の排除に向かって行った。
そのころアネット達は、ちょうど帝国軍の防衛線を突破したところだった。
「アネットさん!どうやら裕福層の住宅街で戦闘があったようです!」
「ついにシュプレムさんが立ち上がって、こっちに向かってるんだわ!
私達が勝つ時も近いわよ!全軍再び突撃!」
ワーワー
アネットを先頭に民衆たちはひたすら府庁を目指す。
帝国兵の反撃も散発的になっており、突破は時間の問題だ。
(いける!これならいける!まっててねパスカル!
それにフェデリカ、ドロテア、レナータ!
私はこの戦いに勝って、全員が仲良く暮らせる未来を作って見せる!)
「アネットさん!あれを!」
「あ!ついに来たのね…」
彼らはこちらに向かって住宅街を駆けてくる集団を見つけた。
始めは誰もが、シュプレムの増援だと信じて疑わなかった。
しかし…
「違うわ!みんな!あれは、あの服装は!帝国親衛隊よ!」
『な、なにいいぃぃぃ!!』
「うそ…そんな、帝国親衛隊が残っていたなんて…」
「やばい!あいつら相手じゃ俺たちに勝ち目はねぇ!」
「怖気づくな!頑張れば何とかなるはずだ!」
現れたのは味方ではなく敵。それも精鋭の帝国親衛隊だ。
その上、先頭にはラヴィアが立ち、凄まじい威圧感を放っている。
「止まれ!!」
ざわっ…
ラヴィアの一喝で、驚いた暴徒たちは足を止めてしまった。
その鬼のような表情を直視した者は、腰を抜かし
戦闘意欲を失っていく。
「昼間から働きもせず、無益な集会を開いて暴動など許し難い。
扇動者に唆された市民どもは、今からでも遅くはない
普段通りの生活に戻るのだ。命令に従わない者は厳罰に処す。
なお、別のところで反乱を起こしていたシュプレムとその私兵は
先ほど我々が一人残らず討ち取った。」
『!!』
「しゅ…シュプレムさんが討ち取られた…?
うそでしょ!まだ立ち上がってから半刻もたってないのよ!」
「もう一度諸君告げる!今すぐ元の生活に戻り、
先導者はおとなしく縄にかかれ。さもなくば帝国親衛隊が
逆らうものを皆殺しにする。全軍!武器を構えよ!」
『ははっ!』
ラヴィアの号令により、帝国親衛隊が一斉に武器を構える。
「ここで退いてなるものか!全軍突撃!」
『おおーーーっ!!』
ここに、市民対帝国親衛隊の壮絶な市街戦が始まった。
「リッツ、不本意ながらこれがお前の初陣だ。剣を構え、反乱軍を討ち取れ。」
「で、ですがラヴィア将軍…」
「なんだ、命令が聞けないというのか?」
「……っ!わかりました、いきます!」
ついに、リッツは初めて馬上で剣を抜いた。
彼の装備するファルシオンは、日の光を反射し鋭く輝いた。
「せいやぁ!」
ドカッ!
「ぎゃあっ!」
「…っ、僕は…とうとう…」
リッツはアベッセのメンバーの一人を一太刀で斬り倒した。だが…
「た〜るっ!」
ドガアァン!!
「う…うわああぁぁっ!」
イルマが投げた樽爆弾の爆風を喰らい、その場に落馬したリッツ。
そしてそこに、竹槍で武装した市民が襲いかかる。
ドスッ!
「うぐはっ!?」
刺された脇腹から出血する。だが傷は浅い方だ。
リッツは再びファルシオンを振い、反撃する。
ズシャアッ!!
「ち…ちくしょう…っ!」
「はぁっ、はあっ…、危なかった…」
だが暴徒はまだまだ向かってくる。彼らを止めるためにも戦わなければ。
「やはりな。扇動の首謀者は貴様だったか。」
「あなたはラヴィア将軍!なんで私達の気持ちを理解してくれないの?」
「理解する必要もないし、理解する気もないからな。
その上、何を血迷ったか暴力革命を起こすとは、見下げた冒険者だ。」
「うるさいっ!今の私には幼馴染の命が掛ってるの!負けるわけにはいかない!」
「いいだろう、かかってこい。」
ついに、大将同士の一騎打ちも始まった。
アネットは助走をつけた後一気にラヴィアに向かって跳躍した。
ガキイィィン!!
キィン!カアン!キーンッ!
アネットはラヴィアに向かって容赦なく連撃を放つ。
一方のラヴィアも、馬から降りてアネットに接近しようと試みる。
「ほう、これほどの腕を持つ奴と戦ったのは久しぶりだ。」
「何この人…とんでもなく強いわ…」
ラヴィアは剣と槍の武器相性をものともせず、アネットを追いつめていく。
対するアネットは、必殺技を打ちこむ機会をうかがっていた。
ガンッ!キキィン!カキィン!カーン!
「喰らいなさい!ブリイィィッツ!リッタアァァーーー!!」
バリバリ!ズドオォン!!
アネット必殺の雷撃槍が決まった!…ように見えたが
「かなり、やる。だがまだまだだな!」
「ああっ!!」
ザンっ!ザシュウゥッ!!ズバアッ!!
「――――――――っ!!」
アネットはラヴィアの斬撃をかわしきれなかった。
胸部、腹部、左腕を一瞬で切り刻まれ、そこから夥しい量の血が噴出する。
「反乱首謀者及び指名手配人のアネット・レオーネは
この帝国親衛隊第一大隊長ラヴィアが討ち取った!」
「アネットさんがやられた!?そんな…」
「シュプレムさんも失った我らはどうすればいいんだ!?」
この瞬間、彼女の敗北が確定した。
(あ……、私…、死んじゃうんだ……)
あと少し。
あと少しで全てが上手くいったのに。
私は、何をしているんだろう。
立たなくちゃ。
進まなくちゃ。
パスカルを助けるためにも…
傭兵団のみんなと再び楽しく過ごすためにも…
でも、立てない。
身体が動かない。
私の身体から、熱がどんどん奪われていく。
あと少し。
もう一度だけ。
動けっ!!!
も う す こ し だ け !!
ザクッ!!
「なっ!?」
倒したものと油断していたラヴィアの右腕に、
アネットのウイングドスピアが深々と突き刺さっていた。
「……私は…、決して…立ち止まりはしないっ!!
私のことを待っている人たちのためにも!……っくは…」
「ちぃっ!しぶとい奴だ!」
ラヴィアは、右腕に刺さっている槍の先端を無理やり引き抜くと、
そのまま槍を奪い、アネットの首筋に叩きつける。
バキィ!!
「がっ…」
そのまま地面にたたきつけられるアネット。
三か所の切り傷に加え全身を強打。
もはや動くことはできない。
「おのれ…、俺の利き腕を…」
「だ、大丈夫ですかラヴィア将軍!?」
「心配するな。この程度の傷、なんともない。
それより、指導者を失って混乱している今が好機だ。
容赦なく攻撃を加えよ!二度と立ち上がる気を起させないくらいにな!」
『ははっ!!』
ワーワー
指導者を失った反乱軍はもろかった。
帝国親衛隊は、武器を持っている者を容赦なく斬り伏せていき、
大勢の市民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
こうして、第一次ローテンブルク暴動は、帝国側の勝利に終わった。
帝国軍にも100人以上の犠牲者が出たが、暴徒の被害は
死者600人以上、重軽症者1000人以上という大被害を出した。
アベッセのメンバーのほとんどはその場で討ち取られ、
帝国親衛隊にも数人の犠牲者が出た。
リッツは始めの竹槍攻撃以外は傷を負わず、
逆に一人で十数人を倒す活躍ぶりを見せた。
「や、やりました…ラヴィア将軍。」
「ご苦労…と、言いたいところだが、お前に最後の任務を与える。」
「最後の任務…ですか?」
「リッツ。お前にこれを渡す。」
ラヴィアがリッツに渡したのは、アネットが持っていたウイングドスピアだった。
「将軍…まさか…」
「その槍で、その女にとどめを刺しておけ。容赦はするな。」
「っ!!」
「しかと申しつけたぞ。俺はこれからラドミネス太守に事の次第を報告した後
戦後処理を行わねばならん。だから、戦死者の処理は各小隊長に任せておく。」
それだけ言うと、ラヴィアは府庁の方に行ってしまった。
「僕が、アネットさんにとどめを……、刺せるわけないだろう!!」
リッツは生まれて初めて、兄のことを恨んだ。
せっかく仲良くなれたのに、よりによって止めを刺せとは…
心優しい彼に、そのようなことが出来るわけがなかった。
アネットはすでに虫の息。たとえ手当てをしても助からない。
だったら、せめて…
「ごめん、みんな!ちょっと行ってくる!」
「リッツ小隊長!?どちらへ?」
リッツはアネットを抱いて馬に跨り、そのまま市街地の方に駆けて行った。
目指すは、パスカルの家。
せめて、彼にだけはアネットの死を看取ってほしい。
そんな思いで、リッツはひたすら馬を走らせた。
ドンドン
「はーい、どちら様ですかー?」
「僕だ。リッツだ。それと…アネットさんも一緒だよ。」
「アネット姉さんが!?今開けますからね!」
「アネットお姉ちゃんが帰ってきたの!?」
パタパタと駆けてくる音が聞こえる。
『――――!!』
「ごめん…、二人とも。パスカルさんに…合わせてくれるかい?」
「あ…ああ、あ…アネッ…ト姉さんが…」
「……、きゅぅ」
夥しい出血により全身が血で染まったアネットと、
幾多の返り血で、これまた全身が染まったリッツを見て、
イリーナは心臓が止まるかのごとく驚き、イレーネに至っては気絶してしまった。
「…本当に、ごめん。」
リッツはアネットを抱えたまま、パスカルの寝室に入った。
「…パスカルさん。」
「リッツ…それに、アネット…、どうして…そんなことに。」
リッツは無言で、血まみれのアネットをパスカルに手渡した。
リッツ自身も混乱していて、自分が何をやっているのか分からない状態だ。
だが、パスカルは拒絶することなく、受け入れた。
「………、ぱ…スカル…、ごめん……、ドジ…っちゃった…」
「うっ!ゴホッゴホッ!!…何が…あったのか。」
「……………私は、もう…だめみた…い…。」
「見ればわかる!なんで君が僕より先に死にそうになってるんだ!」
「あのね……、わたしから………お願いがあるの……」
「お願い?」
アネットは瀕死の身体で、パスカルに色々伝えた。
この街の外の森に、自分の仲間がいるから、あって自分の死を伝えてほしいということ。
自分の遺体はその森に、仲間と一緒に埋めてほしいということ。
そして…、パスカルには何としてでも病気を治して長生きしてほしいこと。
「…本当はね…フェデリカ達とも…もういち…ど、だけ会いたかった……」
「まったく、ほんとうに君は…なんでもかんでも…やりたがるんだな。」
「で…も…、最後に………、私と……キスして…くれたら……うれしい…な。」
パスカルは、無言でアネットを引き寄せてその口にキスをした。
目の前にリッツがいるのにもかかわらず…
いや、リッツはすでに家の外に出ていた。
止めを刺せという命令を破り、勝手に部隊から抜けだした帝国親衛隊。
おそらくこれから厳しい処分が待っているだろう。
「あーあ…、僕はどうすれば後悔しなかったんだろうね?
帰ったら兄さんに教えてもらおうかな…」
返り血に染まったリッツをみた住民たちは、いそいそと逃げ出している。
その表情には、いつもの明るさや優しさはない。
底知れぬ威圧感と恐怖を伴って歩いていることを、
本人は気付いていなかった。
「ふむ…一足ばかり遅かったようじゃのう。」
「そうですねレナス様。もう終わってしまったみたいです。」
「大体おぬしら魔女は支度に時間がかかりすぎるのじゃ。
ワシみたいに最低限の衣服と武器さえあれば素早く行動できるのじゃがな。」
「バフォいレナス様と違って私達魔女は繊細なんですっ!
レナス様みたいに殆ど布だけじゃ、風邪をひいてしまいますよぅ!」
「バフォいとはなんじゃバフォいとは!?少し黙っちょれ!」
ポカ!
「いたーい…」
「さて、見よ魔女ども。動乱の気配はめっきり消えてしまったが、
未だにこの都市には『負』の気で満ちておる。
もう一度大々的に点火してやれば、よく燃えるかもしれぬのう。」
「私達にはわかりません…」
「おぬしらとは年季が違うのじゃ。わしには感じるぞ…
理不尽に踏みにじられた者たちの不満の心がのう。
では、わしらもこの都市で一旗揚げるとしよう。
まずは、この渦巻く『負』の気配の中心にいくとしようぞ。」
ローテンブルクの上空で、4人の魔女を引き連れていたバフォメットが
混乱冷めやらぬ要塞都市に降りていった。
彼女たちの目指す先、そこには…
11/03/29 16:54更新 / バーソロミュ
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