連載小説
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結話:Fate
第一次ローテンブルク暴動。
一人の勇気ある女性が先導した大規模な反乱は、
ローテンブルクにいる人間全員に望まぬ結果のみを残した。


パスカルと双子の姉妹は、病気を治す手段を根本から断たれた。

市民たちは今まで通り圧政による苦しい生活を強いられる。

帝国軍や帝国親衛隊も多大な被害を出した。



そして…



「くそっ!!なぜ民どもはこのような時期に反乱など起こすのじゃ!?
おかげでワシの面目は丸つぶれじゃ!どうしてくれる!?」
「その上兵士にも多大な損害が出てしまった!このままでは私の出世にも…」

ローテンブルク太守のラドミネス、軍団長バイヨンもまた
望まぬ結果を突きつけられている。
これほど大規模な暴動がおこったのだから、統治能力を疑われてしまう。

「起きてしまったことは仕方ありません。
これから挽回していくより他に手段はないかと存じます。」

対するラヴィアは冷ややかに二人の上司に意見する。
彼もまた、アネットの一撃によって右腕を損傷している。
当分の間、利き腕には武器を持てないだろう。


「のうラヴィア…、ワシらはこれからどうすればよいのじゃ。」
「そうだそうだ!このままでは身の破滅だ!」
「ご心配なく。一つ簡単な方法がございます。」
「本当か!?」「え!?マジで!?」
「民の不安を和らげるために高すぎる税率を引き下げ、
同時に反乱を起こした組織の残党を法で処罰いたしますれば
反乱の動機を失い、安定した治世取り戻せるでしょう。
さすれば、宰相殿から事後処理の手腕を評価されるでしょう。」

ラヴィアの提案は、たしかに理にかなっていた。だが…

「却下じゃ!」
「なぜです。」
「民ごときに頭を下げるなど嫌に決まっておろう!」
「そうだラヴィア!太守様の言うとおりだ!」
「……ではどうしろと?」
「法を今以上に厳しくし、逆らう気をなくさせるのじゃ!」
「そして治安維持部隊の増員だな。厳しく取り締まるとしよう!」
「……ふぅ。」


これ以上の対話は不毛と判断したラヴィアは、大広間から退室した。
民の心は依然として燻っている。
このままでは二度目の反乱がいつ起きるかわかったものではない。

「愚かな。奴らは民草のことを何も分かっていない。」


その後、彼が向かったのは兵舎だった。
すでに日が暮れようとする時間、薄暗い兵舎には一人の兵士が残っている。

「リッツ。」
「はっ。」

そこには、全身をアネットの血で染めたリッツが立っていた。

「何も言わずとも分かる。命令違反により3ヶ月の営倉入りを命ずる。いいな。」
「はっ…。」
「だが、恐らく1ヶ月以内に出られるはずだ。」
「?」
「くっくっく、それにしても変わったなお前も。なんという表情をしているんだ。
営倉から出たら鏡を見てみるといい。恐らくお前の人生までそこで変わるからな。」

意味深なことを言いながら、ラヴィアは弟を何の躊躇いもなく営倉に放りこんだ。












一方、こちらはパスカルの家。


ドンドンッ


「パスカル〜。生きてるか〜?」
「ちょいと重大ニュースがあるんだ。開けてくんろ。」

し〜ん…

「…?おかしいな。返事がないな?」

パスカルの様子を見に来た同僚二人と上司一人は、
扉を何度ノックするも、中から返事がない。
どうしたものだろうか。

「まさかパスカルたちまで暴動に参加したんじゃ…」
「んなわけあるか。あいつは起き上がれんほどの重病人なんだぜ。」
「まて、二人とも。耳を澄ましてみるんだ。」


しく…    しく…


「これは…泣声…」
「セウェルス!突入だ!」
「合点!」


意を決して三人は扉を開けて中に入った。そこで見た光景は、
その場にへたり込んで涙を流すイリーナと、気を失って横たわるイレーネだった。

「イリーナちゃん!何があったんだ!?」
「しっかりしろイレーネちゃん!?」

セウェルスとラッドレーは顔色を変えて二人の介抱にあたる。

「パスカルは寝室か!二人とも、双子の方を任せた!」


ヒムラーは寝室に向かう。

そして、そこには血まみれのアネットを抱きかかえたまま
微動だにしないパスカルの姿があった。
アネットにはもう息はなかった。
パスカルは、アネットの身体から流れ出す血で身体を赤く染めている。
その光景は恐ろしくもあり美しくもあった。


「パスカル…」
「うっ!ゴホッゴホッゲホッ!ぶ…部長ですか…、一つ…頼みがあるのですが…」
「頼み?大丈夫だ、アネットさんをかくまったことは誰にも言やぁせんよ。だから…」
「いえ、そうでは…コホッ…ないです。アネットのための…棺桶を…」
「棺桶か!分かった、すぐに持ってくるから待っていろ!
セウェルス、ラッドレー、しばらくこの家に知らん奴を入れるな!俺は棺桶を調達してくる!」


パスカルがアネットを抱きしめているところを誰かに見られたら大事だ。
それに、アネットを入れる棺桶を用意しなければ
パスカルはいつまでもアネットの亡骸を抱いていることだろう。
衛生的にも精神的にも非常によろしくない。

ヒムラーは、急いで教会から適当な理由をつけて棺桶を調達した後、
パスカルの家に急行し、なんとかアネットを収容することが出来た。
だが、問題はまだまだある。


「わざわざ…ゴホッゴホッ!ゲホッ!…ありが…とうござい…ゴホッ!」
「ちいっ!いつの間にか症状が大分悪化してやがる…!」
「ごめんなさい…兄さんの薬、もう…ないんです…」
「このままじゃお兄ちゃんも死んじゃうよぉ…」
「起きたか二人とも!次はパスカルを病院に連れていくぞ!
セウェルスとラッドレーは留守番だ!棺桶を誰にも見せるな!」
『了解!』



今度はパスカルと双子の妹を乗せて、慌しく病院に向かう。
ところが、医者は代金が不足していると言って薬をくれないのだ。

「ねぇ!どうしてお薬くれないの?」
「このままじゃお兄ちゃん死んじゃうかもしれないんだよ?」
「だから何度も言うように、お金が足りてないんだよ嬢ちゃん達には。」
「貴様!それでも人間か!金がないからと言って重病人を見捨てるのか!?」
「ああそうとも。私も人間だ!あんたは医者は病人がいれば
治して当然と思っているのかもしれん。
だがな…薬草一つ手に入れるにしたって非常に金がかかるんだ。
近頃の戦争のせいで薬草は値上がりするわ群生地が涸れるわ…
私にだって生活があるんだ。無理を言わないでもらいたい。」
「…そうか、考えてみればその通りだな。無理を言っていたようだな。」
「分かればいいんだ。金の工面が出来たらまた来てくれ。」


そうは言うものの、安月給の役人の財力ではどうにもならないし、リッツは今いない。
もはやパスカルの病状は八方塞となってしまった。
アネットを失い、これからパスカルをも失うことがあれば
イリーナとイレーネは生きていけないだろう。
奇跡でも起こらない限りは…



「あっ、部長。どうでした?」
「残念だ。薬は高くてとても手が出せない。」
「じゃあパスカルはどうなっちまうんですか!?」
「しばらく…安静にしているしかない…」

彼らの間に先行きの見えない不安と絶望感が広がっていく。

「兄さん…がんばって。私達がずっとついてるから…」
「お兄ちゃん!私達もあきらめないから!」
「二人とも…」



















ドカアアァァァァァァン!!


『!!!!????』

「ばっふぉーい☆たのもーなのじゃ!」
「ちょっ!レナス様!もう少し穏便に…」
「おじゃましまーす!」
「しまーす!」
「まーす!」


急に何の脈絡もなくバフォメットと魔女四人が扉を壊して入ってきたのだ。
家にいた人々は目の前で起きた事態を処理しきれず、フリーズしてしまった。


「ほれ魔女ども、今のうちにセッティングじゃ。」
『はーい!』
「いいんですかねぇ…人の家で勝手にこんなことしても」
「いいからやるのじゃ。遠慮するでない。」


そして、何の断りもなく部屋のあちらこちらに怪しげなアイテムを設置し始める。
その間、再起動を完了したのはパスカルだった。


「ば…バフォメット…だと?」
「おや、気がついたのか。ワシはバフォメットのレナスと申す。よろしくなのじゃ!」
「いやいやいやいや!伝説的な上級悪魔がっ…ゴホゲホッゴホッ!何の用だ…
言っておくが…イリーナとイレーネに手を出したら…ただじゃ済まないぞ…」
「だが断る。」
「手を出す気かーっゲホッゲホッ!」
「まあまあ、そう言うな。これもお主らのためなのじゃ。」
「?」

そうこうしているうちに、いつの間にか部屋が黒幕で覆われ、
明りは無数にあるろうそくについた火のみ。
そのほかにも、怪しい匂いを発する香炉や、
なんかの動物の頭蓋骨といったいかにもな感じの置物が設置される。
外から干渉を受けないように、扉を直して
隠蔽の結界を張ることも忘れない。
どうやら彼女たちはここに簡易サバトを作っているようだった。


「あれ?ここ…私達のお家だよね?」
「う〜ん、ちょっと自信ないや。」

イリーナとイレーネもまた、
怪しく模様替えをされていく我が家を黙って見ているしかなかった。


「こいつら…一体何する気なんだ?」
「まさか俺たち…生贄に!?」
「ありそうで怖いな…」

そして巻き添えを喰らった役人が三人。


「レナス様〜、準備が出来ました〜」
「そうか、なら早速始めるとするかのう。」
「待て…一体この家で何を始める気だ…」
「なーに、心配するな。おぬしの病気を治してやろうと思ってな。」
「は?……僕の病気を…治す?」
「のうそこの双子よ。おぬしら、魔女になる気はないかの?」
『え!?』
「お主ら兄妹は魔道の素質がそこそこ強いのじゃ。
これを機にワシが新たに作るサバトに所属し、その能力を生かしてみないかのう?
さすればサバトの秘術によって永遠の命を約束しようぞ。」
「胡散臭いな…」
「うさんくさい…じゃと?よかろう、ならば本当かどうか
その身をもって確かめるとよい。
さあ者ども!黒ミサの始まりじゃ!今宵は誰も寝てはならぬぞ!」
『わーーー!』


周りにいた魔女たちはどこからか食べ物が盛りつけられた大皿と、
何十本ものワインを用意しはじめた。
貧民住宅街の一角で、黒き宴が始まろうとしている。





魔女たちは、パスカルとその双子、
さらには役人たちにも酒や料理をふるまった。

「はい、どーぞ♪」
「あ、ああ、すまんな。一杯もらうとしよう。」
「あーんしてくださいね♪」
「いや…恥ずかしいから…」

「部長たちが雰囲気にのまれ始めてる…」
「ほれほれ、おぬしも遠慮なく飲み食いするといい。」
「僕…今重病なんですけど。」
「じゃあ兄さんには私が食べさせてあげますね。」
「お兄ちゃん!このワイン美味しいよ!」
「未成年なのにワインを飲んだのか!?」

こうしてしばらくは和気藹々とした宴会が続いた。
サバトのことはよく知らないパスカルは、始めは警戒していたものの
徐々に態度を軟化させ、すっかり妹たちと寄り添って
黒ミサを楽しみ始めた。








しかし、悪魔というのは得てして狡猾なものである。

始めのうちは害がないと油断させて

戻れないところまで引きずりこんでから

人間を堕落させるのだ。








「お兄ちゃん…なんだか身体が熱いの…」
「うにゅぅ…兄さん…私の身体、なんだか変です…」
「いかんな、酔っ払ったのかもしれない。少し休んだらどうだ?」
「ううん、そうじゃないの。」
「疼くんです…身体の奥が…」
「なんだって…?」

パスカルは初め、妹たちが酔っ払ったものと思っていた。
だが、どうやらそれだけではなさそうだ。
パスカル自身も二人の顔を見ると、思わずドキッとしてしまう。
その上…

(イリーナ…イレーネ…こんなに可愛かったのか。
今すぐ二人を抱きしめてやりたい…だがっ!)

実の妹に欲情し始めている。
その事実に気がついたとき、ようやくパスカルは
レナスの意図を理解した。


「私!兄さんが欲しいです!」「私!お兄ちゃんが欲しいの!」
「――――――――っ!!」
「ほほう、双子の方はもう素直になってきたようじゃな。」
「だめだ…まだ子供なのに!それに血のつながった妹たちだ!」
「そういうお主も、そろそろ素直になるころかの?」


黒ミサの恐ろしいところは、
どんなに理性的な人間であってもその雰囲気にのみこまれれば
自分の気持ちに素直になってしまうことだろう。
欲望と背徳に満ちた魔力の前には、倫理観など無力だ。


「だがっ…人間として、何より生物として…越えてはいけない一線と言うのが…」
「やれやれ、これだからクソ真面目な人間は。
なぜ人生を楽しまず無駄にしようとするかのう。理解に苦しむのじゃ。
じゃがな、お主が抗えば抗うほど妹たちの気持ちを踏みにじることになるのじゃが、
それでもまだ倫理がどうだの道徳がどうだの抜かして拒否するかのう?」
「妹たちの気持ちを踏みにじるだって!?そんなばかな!
むしろ僕はイリーナとイレーネのことを思って…」


【パスカル…】

(この声はアネット!?一体どうして!?)

パスカルの脳内に突如としてアネットの声が響く。
これは幻聴か、はたまた心霊現象か


【イリーナとイレーネの顔を見て。】


パスカルは思わず、自分にもたれかかっている二人の顔を見た。
頬は赤く上気し息遣いも荒いが、
その瞳はどこか悲しさが混じっている。

「お兄ちゃん…私じゃアネットお姉ちゃんの代わりに…なれないの?」
「私たちは…ずっと兄さんから離れたくありません…」


【私はもういない。だから私への未練は全部捨てちゃって。】

(…すまないな、アネット。結局僕は君に何もしてあげられなかったな。)

【そう思うんだったら私以上に二人を愛してあげなさい。わかった?】

(わかった。それが君の意思ならばもう何も言うことはない。)

【じゃ、私は最後にフェデリカ達に挨拶して行くから、あとはよろしくね!】




「イリーナ、イレーネ。本当に僕でいいんだね?」
「はい!私はずっと兄さんのことを愛していましたから!」
「あたりまえだよ!お兄ちゃんじゃないと嫌に決まってるよ!」


パスカルとその妹たちは、ついに禁断の一線を乗り越えた。
イリーナとイレーネはパスカルの胸元にそろって顔を埋め、
パスカルはそんな二人を優しく、そしてしっかりと抱きしめた。


「ふっふっふ、あとはもう成り行きに任せてもよいな。
それにあちらのおまけ役人どももすっかり骨抜き状態だしのう。」


いつの間にか居間から三人の魔女の嬌声と三人の男性の嬉しい悲鳴が聞こえる。

「ワシは次の仕事に向かわねばな。」

レナスはアネットの遺体が入った棺桶と共に、
転移魔法でどこかにワープしていった。




「お兄ちゃん……、んんっ、くちゅ、ちゅば……」
「兄さん……ちゅっ……ちゅぷ、ちゅぷ……」

イリーナとイレーネが交互にパスカルの唇をついばんでいく。
口内に舌を差し入れ、絡ませるように動いたかと思うと、
間髪いれずに次の舌が侵入してくる。
パスカルはその度に迎え入れてやらなければならず、大忙しだ。

「はぁ、はぁ……ついに…兄さんと…キスしちゃいましたぁ。」
「はふぅ……夢にまで見た…お兄ちゃんとの……キス…」
「ふぅ、いよいよもって僕も救いようのない変態だね。」
「じゃあ兄さん、暑いから服脱いじゃいましょう♪」
「ズボンは私が脱がせてあげるね♪」
「え、あ、ああ…」


パスカルはその場でたちまち服を脱がされる。
それはもう下着に至るまで容赦なく。
最終的に完全に裸に剥かれた。


「うわぁ。これがお兄ちゃんの……」
「兄さん…とっても興奮しているんですね。」
「ちょっ!二人とも…そんなにまじまじと見ないでくれ…恥ずかしい…」
「じゃあ私達の服も脱がせて!」
「お願いしますね、兄さん。」
「はいはい。ちょっとじっとしててね。」


パスカルもまたイリーナ、イレーネの順に服を脱がせていく。
二人が幼いころはしょっちゅうやっていたのだが、
大分大きくなった今ではそのようなことはしていない。
それどころか、二人の裸姿だってここ数年は見たことがない。

しかし…

(う〜ん、相変わらず二次性徴がみられないな(汗 )

二人とも胸は平たいし、陰毛一本すら生えていない。

だが、世の中には「むしろそれだからいいんだ!」とのたまう紳士も…

「そ、そんなにまじまじと見られると…」
「恥ずかしいよ…お兄ちゃん…」
「ああごめんごめん。同じことしちゃったね…。
二人とも、とても可愛いよ。」


その後はもう何も言うこともあるまい。
レナスが設けた儀式の中心で、三人は何度となく愛し合った。





















場面は変わって、秘密結社アベッセが隠れ家として使っていた酒場。
もう夜中であり、明りが一切ないため秘蔵にくらいこの場所で
一人の少年……ショータは、緊張した表情で何かが来るのを待っていた。


「さて、上手くいけばいいんだけど…」


バターン!

と、しばらくもしないうちに乱暴に店の扉が開かれた。
入ってきたのはまたしてもラヴィアと配下の帝国親衛隊4人だ。
彼らは手に松明を持っているが、別に放火しに来たわけではない。

「将軍!誰かいます!」
「誰か?………ほう、少年。こんなところに来ていたのか。なんのつもりだ?」
「いやさ、僕ねもう少し追加報酬が欲しいなって思ってさ。」

ショータは内心びくびくしているが、それを表に出すことなくラヴィアに向き合う。

「追加報酬が欲しい、だと?」
「あのね、ここの店にはシュプレムのお姉さん達が魔物をかくまっていた部屋があるんだよね。」
「なるほど、それで俺たちがここに来るのを見越して先回りしていたわけか。
当然、魔物どもがどこにいるか案内してくれるのだろな?」
「もちろんだよ!」
「だったらさっさと教えろ。二階か?それとも物置か?」
「ふふん、やっぱり僕がいて正解だったね。お兄さん危うく二の足を踏むところだったよ。」
「…どういうことだ?」
「この店には隠し部屋があるんだ。たぶんまだそこにいると思うんだ。」
「隠し部屋か…、それはどこだ。」


ショータの後に従って、ラヴィアが付いてくる。
他の四人の兵士は、念のため他の場所も探索している。


「ここの部屋なんだけどさ。」
「酒場によくありがちな、休憩のための寝室か。
ここのどこかに隠し部屋があるというのだな。」

ショータとラヴィアが来たのは、二階にある客間の一室だ。
あるのは椅子と小さな机とベット、それに本棚。

「…この本棚、なぜ酒場の一室なのに本が充実しているのだ。」
「おっ、お兄さん鋭…」
「えっとなになに『くしゃみを止まらなくする10の方法』…新手の呪いの本か何かか?」
「あの〜」
「ふむふむ…『貧家の子女がその両親並びに祖国にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案』か。実に興味深い。」
「本のタイトル長っ!?」
「おい少年。」
「な、なに?」
「さっさと部屋に明かりをともせ。」
「……うん。」



半刻後…




「将軍!魔物は見つかりましたか?」
「アスティウス。茶が一杯、こわい。」
「しょうぐん〜!本読んでる場合じゃないですから!」
「まあまて。後もう少しで読み終わる。」

探索を終えた兵士を尻目に、ラヴィアはひたすら本を読みふけっていた。
こう見えてもラヴィアは、本や文献に目がないのだ。
結局、兵士四人の説得により捜索を再開することになった。


「うむ、取り乱して済まなかった。
だが隠し部屋の位置は大体検討が付いた。すなわち…」

ラヴィアは本棚を横にスライドさせる。
何か特殊な仕掛けがあるのか、力をあまり加えなくても動いた。
そして本棚のあった壁には見事に人一人が通れるほどの穴が開いていた。

「将軍!どうやらここが隠し部屋のようです!」
「それはそうだが…肝心の魔物どもはどこに?」
「あれ?おかしいな。魔物たちはここにいたのになぁ?」

穴の向こうにはそれなりに広い部屋が広がっており、
食料や物資があるところを見ると、
ここで何者かが生活していたのは間違いない。
だが、すでに部屋はもぬけの殻。人っ子ひとりいない。


「あ〜あ、お兄さんが本読んでいる間に逃げちゃったかな?」
「馬鹿な!?そこの窓から脱出したというのか?
しかしそれなら何かしら物音や気配がするはずだが、
そのような動きは一切なかった!もしや少年、我々に嘘をついたな?」
「そんなことないよ!隠し部屋はここしかないもん!」
「将軍…どの道この店には魔物はいなさそうです。
明日になったらまた町中をくまなく捜索いたしましょう。」
「ふぅん、残念だがそれしかあるまい。
というわけだ少年。魔物がいないことには追加報酬はやれん。」
「ちぇっ。」


結局ラヴィアは何も得ることなく酒場を出て行った。
そしてしばらくした後、
ショータは再び隠し部屋に来ていた。


「みんなー。もう大丈夫だよ。」


カタン…

ショータが合図すると、天井から梯子が降りてきた。
そして、その梯子から一人の女性…イルマが降りてきた。

「はふぅ、なんとかばれずに済みましたね。」
「うん。さすがに隠し部屋の上にさらに隠し部屋があるとは思わないよ。」

実はショータ、ラヴィアに協力するふりをして魔物の子供たちを守っていたのだ。
シュプレム邸襲撃の後、自分のしたことを後悔したショータは、
せめて残っている魔物の子供たちを守ってやりたかった。

天井裏にある第二の隠し部屋から、魔物の子供たちがぞろぞろと降りてくる。
ワーラビット、ハーピー、ワーウルフ、ラミア、ect…
全員合わせて20人の大所帯だ。
もちろん彼女たちは全員無理やりこの都市に運び込まれてきたのだ。


「じゃあみんな、今からこの街から脱出するよー!
危険だけど、今夜のうちに逃げないとね!」
『はーい。』


イルマの先導で、彼女たちは酒場から出発した。

この都市から出るためには外側にある城壁を越えなければならない。
人がほとんど通らない裏路地を駆け抜け、
治安維持兵の姿を確認しながら通りを横断する。
何しろ20人で行動する上に、大半は魔物といえども子供なのだ。
必要以上に慎重に行動しなければ。



「いい、みんな。私達はこれからかなり危険なところを通るの。
もしかしたら見つかって殺されちゃうかもしれない。
でも、最後まであきらめないで私についてきて、ね。」
「うん、僕もイルマお姉ちゃんのことを信じるから。」
「そっか。じゃあまずは…」


何時間もかけて城の一番端の区画まで駆け抜けてきたショータとイルマたち。
目の前には城壁の上に上る階段があり、その周りに何十人もの見張りがいる。
普通に突破するのはかなり困難だろう。


「じゃあみんな、口を布でおさてよーね!」
『…………』
「OK。作戦開始。」


イルマは、持ってきたバックから何かの草を取り出し、火をつける。
ショータはその煙を気の板で扇いだ。



「う〜ん……、今夜はやけに眠いな……」
「ふあ〜、いかんいかん…こんなとこで寝たら……減給…」
「俺は〜もうだめだ…おやすみ〜……」

何十人もいた見張りたちは、数分後には全員眠りこけてしまった。


(作戦成功!いくよみんなー!)


それを見た彼女たちは一斉に物陰から駆けだした。
寝ている見張りの横を無事に通過し、
素早く城壁に上る階段を駆け上がっていく。


「やったぁ!城壁の外だ!」
「もうすぐで帰れるんだね!」
「し〜っ、まだ油断しないでね。今縄を下ろすから…」

高さが10メートルもあるローテンブルクの城壁。
何もないところからは登るのも降りるのも一苦労だ。
ハーピーとセイレーンの女の子は比較的安全に降りられたが、
他の魔物の子供たちはそうはいかない。


「慌てなくていいから……、ゆっくりと…」

そうはいっても、急がないと城壁の上の見回りが来てしまう。
こればかりはただ運にゆだねるしかない。

ところが…


「そこにいるのは何者だ!」
「あやしいやつ!動くな!」

「あちゃ〜、見つかっちゃいましたネ。」
「ど、どうするの?僕たちはまだ縄につかまってすらいないのに。」

ついに見回りの兵士に見つかってしまった。
魔物の子供たちは半分以上降りきっているが、
イルマとショータは殿としてまだ城壁の上に残っているのだ。

「ショータ君!ちょっと目を閉じててね!」
「へ?」

ショータは言われるままに目を閉じると…


「おんどりゃ〜」


ぽいっ


カッ!


「ぐわっ!?」
「目がっ!目がああぁぁっ!?」

イルマが放ったのは即席の閃光弾だった。
これで多少時間稼ぎが出来るものの、
急がなければほかの見回りまで呼び寄せてしまう。

この隙に二人も縄を降りて、城壁の下にいる子供たちと合流。

「さ、あそこにある森の中まで全力疾走!」


後はもう我武者羅に走るだけ。急がないと追手が来てしまう。
城壁の上では見張りの兵士の怒号が聞こえる。

急げ!急げ!


彼女たちは後ろを振り向くこともせず、
ひたすら森を目指した。






……






「ぜぇっ、ぜえっ、ここまでくれば…たぶん、だいじょ〜ぶ…かな?」
「う…うん、そうだと…いいね。」
「お姉ちゃん…疲れちゃった…」
「もう走れないよぉ…」

無事、森に逃げ込んだ彼女たちは、その場に腰をおろして休憩することにした。
ここならばじっとしていれば見つかることはそうそうないだろう。

ところが…



ガサッ


「そこにいるのは誰だ。」
『!!』


なんということだろう!
森の奥の方から威嚇するような女性の声が聞こえた。

「潜んでいるのは盗賊か?それとも帝国の兵士か?」
「待って!僕だよ!ショータだよ!」
「え!?」「なに!?」

イルマと何者かが同時に驚きの声をあげた。

「ショータ君…あの人と知り合いなの?」
「大丈夫!安心して!あの人はリザードマンのレナータさんだ。」
「ショータ君じゃない。どうしたの、こんなところで。」
「それが…色々あってこの子たちが帝国兵から追われてるの。助けてあげて!」
「わかったわ。詳しい話はフェデリカ先輩のところに行ってから聞くわ。」


何者かの正体はレナータだったようだ。
そばにいるたくさんの魔物の子供たちを見て驚いたものの、
すぐにフェデリカ達のところまで案内した。



「おうレナータ!どうだった?」
「はい、それが驚くべきことに、先日別れたショータ君が
魔物の子供を大勢引き連れて、ここまで逃げてきたようです。」
「なっ!?一体何があったんだ!」
「う〜ん、ちょっと長くなるけどいいかな?」
「構わない!全部話してくれ!」


こうしてショータはここ数日間の間にローテンブルクで起こったことを話し始めた。

帰る家がなくなって、路頭に迷っていたところをシュプレムに拾ってもらったこと。

その縁あって、アベッセのメンバーと知り合ったこと。

アベッセはローテンブルクに連れされらてきた魔物の子供たちを助けていたこと。

そのうち偶然にもアネットと再会して、革命に動き出したこと。

しかし…

革命は失敗し、シュプレムやアネットは殺されてしまったこと。

生き残ったメンバーは自分とイルマだけだということ。

そして魔物の子供たちを連れて脱出し、今に至る。



「アネット隊長が殺された!?」
「うん…」
ドロテアの表情が絶望に染まっていく。
「あのとき会ったのが、最後になるなんて…」
レナータは表情に出さない物の、声が震えている。
「くそっ!私がそばにいることが出来ればっ!」
そしてフェデリカも悔し涙を浮かべている。


「フェデリカ先輩。私達は隊長亡き今、どうすればいいのでしょう。」
「そうだな、まずこの子たちを安全なところまで送ってあげなきゃな。
その後は……、アネットの仇討かな?」
「そうよ!隊長の仇討をしなきゃ!」
「私も、アネット隊長の無念を晴らしたい…」

三人の会話を聞いていたイルマも、そこに加わる。

「私も一人だけ生き残るのはつらいよ〜。だから、仲間にいれて、お願い。」」
「だがな…イルマさん、恐らく私達でも勝つのは無理だ。きっと…死ぬだろう。」
「今の私に必要なもの!それは立派な死に場所!」

アネットの仇討を巡って物騒な会話が繰り広げられる。
だが、そこに



ヒュウウゥゥゥン


「ばっふぉーい☆19:55分、夜のレナスなのじゃ♪」
『!!??』
「うおぅ!?誰だお前は!なんでバフォメットがいきなり現れるんだ!」

またしても突然レナスが出現した。よほどアポなし訪問が好きと思われる。
これにはフェデリカも驚きだ。


「かっかっか!まあそう慌てんでもよい。」
「これが慌てずにいられるかっつーの!」
「なんじゃ、せっかくアネットを連れてきてやったというに。」
「アネットを連れてきた…?」

レナスのこの一言に、全員は驚きから立ち直り、
レナスの言葉に耳を傾け始めた。

「お主らも聞いておるじゃろう。あの町に住むこやつの幼馴染について。」
「確か、パスカルさんでしたよね。」
「そうじゃレナータとやら。アネットはのう、瀕死の重傷を負いながらも
奇跡的にもパスカルの腕の中に辿り着き、そこで息絶えたのじゃ。
見てみるがよい、こやつが最後に見せた表情を。
おっと、子供たちは見てはいかんぞ。
今夜はもう疲れたであろうから馬車の中で寝るとよい。」
『はーい。』

レナスはあらかじめ子供たちにショックを与えないよう、退かせた。

「さっきから思っているが、なぜ私達のことをそこまで詳しく知っているんだ?」
ドロテアはようやく全員が疑問に思っていることを口にした。
「それはサバトの企業秘密なのじゃ。
それよりも、この棺桶の中にアネットの遺体が入っておる。
今夜は通夜で看取ってやるとよい。」


レナスが棺桶の蓋を開ける。
中には、全身を血に染めながらも安心したような顔で眠りにつくアネットの遺体があった。


「隊長!!」
「くっ…何というお姿に…」
「しかし、本当に安らかな表情をしてやがる…。
アネット…よかったな、愛する人の腕の中で眠ることが出来て。」
「レナスさん!あなたの魔法でアネットさんを生き返らせることは出来ないんですか!」

イルマはバフォメットのレナスなら可能ではないのかと考えた。

「残念ながらそれは無理というものじゃ。
それに生き返ったとしてもそれはもはや人ではなく、グールという魔物になるからのう。」
「そんな…、私はまだアネットさんと友達になったばかりなのに!」
「僕も、もっとアネットお姉ちゃんとお話…したかったのに…。」

ショータもまた、悲しさに涙を流す。


その間にも、レナスは話を続ける。

「のうフェデリカよ。おぬし、アネットの遺志を継ぐ気はないかのう?」
「アネットの遺志を継ぐ?」
「アネットはな、故郷の人々のために…そして、お主らと共に暮らせるように、
勇気を持って立ち上がったのじゃ。じゃが、ゴールまであと一歩足りなかった。
その一歩をフェデリカ、お主が代わりに踏みしめるのじゃ。
人と魔物が共に暮らせる国を作るという意志を…継いでやれんかのう。」
「ああ、私にできるというならなんだってやってやるぞ!なあドロテア!レナータ!」
「はい!喜んで!」「私でお役にたてるのなら。」
「それにショータ君も!イルマちゃんも!」
「うん!僕も頑張るよ!」「一度は失敗したけど、次こそは!」
「皆やる気のようじゃな。ま、当然と言えば当然かのう。」


悲しんでばかりではいられない。
志半ばで倒れたアネットの遺志をついで、自分たちが頑張らなければならない。
フェデリカを中心に、アネット傭兵団とその他二人が一致団結した。


「ただその前に、あの子らを安全なところに避難させねばなるまい。
ワシは一旦あの子らを親魔物国まで転移魔法で送っていくが、
夜明け前までには戻ってくる。それまでアネットのそばにいてやってくれ。」
「わかったぜレナス。今晩は私らで通夜しているから、子供たちを頼んだ。」


そう決めた後、レナスは素早く馬車の周囲に魔法陣を描き、
その後子供たちを乗せた馬車で徒歩1週間分の距離を転移する。
もちろん、これだけ大規模な転移魔法は一人でやると魔力の消耗が激しい。
だが、それでもレナスは疲れを厭わず行動している。


(アネットよ…『神の災い』の時作った借りは、今返してやるからのう。待っておれ!)

過去、アネットに助けてもらった恩を返すためにも、
自由奔放なバフォメットは、けなげに頑張っていた。






















様々な思惑が交差した夜が明け、ローテンブルクに陽が昇る。

結局パスカルは夜遅くまでイリーナ・イレーネと交わっていた。
さぞかし起きるのが辛くなるだろうと思いきや、

「ふあ〜ぁ、なんでだろう久々にとても清々しい朝だ。」

その理由は起きてすぐ分かった。

「あれ…息が、苦しくない…。胸が…軽い!
イリーナ!イレーネ!朝だ、起きた起きた!」
「うにゅ〜」「うむ〜」

パスカルは喜びのあまり、寝ている二人を叩き起こした。

「おはよ〜ございます…兄さん」
「お兄ちゃん…おはよ〜」
「おはよう二人とも。二人のおかげで元気になったよ。」
「え?兄さんが元気に……、あっ本当です!」
「お兄ちゃん朝から元気一杯だね!」
「うんうん、これで病気に悩まされる心配は…ってあれ?」

心なしかイリーナとイレーネの視線は自分の下腹部に…
そういえば、三人とも何も着ないまま寝ていたのだ。
昨日双子は初めてなのに3Pという高難易度の行為をしたというのに、
早速パスカルの朝の生理現象に興味深々だ。

「兄さん、苦しそうなくらい腫れあがってます…」
「まっててね!すぐに楽にしてあげるから!」
「いやいやいや!そっちじゃなくて―――」
『いただきまーす!』


しばらくおまちください…


「ごちそうさまでしたお兄ちゃん!」
「昨夜あれだけやったというのに…」
「あ、兄さん。声の調子がいいですね?もしかして。」
「そうだよ!元気になったっていうのは病気が治ったっていう意味だよ!」
『……てへっ☆』
「まったく…しょうがないやつらだな。」
「ごめんなさい兄さん。でも病気が治って本当に良かった!」
「これからずっとお兄ちゃんと一緒に居られるんだね!嬉しい!」

一夜にして大きく関係が進展した兄妹。
イリーナとイレーネはもう兄に対して遠慮することはない。
なぜなら…


コンコンッ

「イリーナちゃん、イレーネちゃん。新しい服をここに置いておくよ。」
『はーい!』
「それとパスカルさんも、新しい装備をどうぞ。」
「わかりました。」

最年長の魔女が、タイミングを見計らって彼らの着替えを部屋に運んできた。
三人はその場でいそいそと着替え始める。


「みてーお兄ちゃん!可愛いでしょー!」
「兄さん、これで私達も魔女になったんですね。」
「なかなか似合っているじゃないか二人とも。」

イリーナとイレーネは赤を基調とした魔道服と装飾のついたとんがり帽子を着用している。
さらに、樫で作られた杖を持てば見た目は立派な魔女だ。

「兄さんの方も、お仕事の服より似合ってると思います!」
「お兄ちゃんの服もかっこいい!」
「ははは、そう言ってくれると嬉しいな。」

パスカルもまた、白を基調とした魔道士のローブをはおり、
生まれて初めて肩布を着用した。まるで高位の魔法使いのような趣だ。


「じゃあ、とりあえず朝ごはんにでも…」





ドオオォォン!!
バキィッ!!
ドガシャアァァ!!

『ギャーー!』


「何だ今の大きな音は!?」
「居間から聞こえたよ!」
「何があったのかしら?」


三人があわてて居間に入ると、
ミノタウルスとケンタウルスとリザードマンと人間二人とバフォメットが、
破壊した机を下敷きにしていた。


「い、いかん…この人数では少し狭すぎたようじゃ…」
「いたたた…」
「どいてくれ〜、動けん〜」

パスカルは慌ててレナスに問い詰めた。

「ちょっとレナスさん!何してるんですか!それにこの人たちは一体?」
「おお…パスカルか。昨夜はお楽しみだったようじゃな♪」
「いやいや、それよりも目の前の状況を説明してくれませんかねぇ?」

「パスカル?お前がパスカルなのか?」
「え、はい、そうですが。」
「そうかそうか!私はフェデリカっていうんだ!見ての通りミノタウルスの戦士さ!
そしてアネット傭兵団でアネットと一緒に戦ってたんだ。よろしくな!」
「そうだったんですか!こちらこそ初めまして。
アネットとは幼馴染でしたが、結局何もしてやれなくて、申し訳ない。」
「いや、レナータから聞いたぜ。アネットは君の腕の中で安らかに眠れたって。
今はもうアネットはいないが、こうして会えてよかった。これからもよろしくな!」
「はいよろしくお願いします。」

パスカルとフェデリカが握手を交わす。
「私はドロテア。ケンタウルスだ。もっと早く会っていれば君の病気を治せたかも。」
「レナータです。これからよろしくお願いします。」

さらにドロテアとレナータもあいさつを交わす。
ここでようやく、中と外の交流が行われたことになった。

その後は各人の交流と、朝食の準備、それに壊してしまった机の修理など
慌しい光景が展開された。
その上、狭い家にかつてない大人数(合計16人)がいるので
パスカルの家の中は大混乱を起こした。


「せまい〜!」
「フェデリカさんデカ過ぎ!」
「だれだ私のお尻にさわったのは!?」

「れ…レナスさん、これでは近所迷惑…というか
治安維持兵に見つかってしまうと…」
「まっておれ。先ほど調べたが右隣は空き家じゃ。
この際じゃから使わせてもらうとするのじゃ!
手始めに壁と壁に穴をあけて通路を作るぞい。」
「えーっ。」

切羽詰まったレナスはとんでもないことを言い始めた。
だが、ヒムラーやセウェルス、ラッドレーの三人は…

「いいじゃん。この際だから使わせてもらうか。」
「どうせ使わないなら有効活用ってものよ!」
「ンじゃ早速作業開始!」
「あまり音を立てないようにしてね…」


その後は防音魔法と隠蔽魔法を駆使して突貫工事を行い、
周辺住民に気づかれないように家屋を合併した。
魔物ならではの荒技だ。

だが、これで彼らの拠点作りは一応完了した。
後はどのような方法で再び革命を起こすのかを話し合うことにした。
この場はフェデリカをリーダーとして、
目標の日程と、それに向けての過程を話し合う。


「いいか、昨日の革命はなぜ失敗してしまったのか。
それは敵が予想以上に強かったからだ。
イルマから聞いた話によると、帝国親衛隊とやらが非常に強力らしい。」
「少なくとも、彼らをどうにかしないと。
正面からまともにやり合っても勝ち目は薄いからね。」
「その上リッツ君も結局あちら側についてしまった。
彼はああ見えてもかなり腕が立つからな、苦労するだろう。」
「まずはパスカル、君の意見を聞かせてほしい。」
「わかりました。」

パスカルはその場に立ち上がると、
ローテンブルク市街地の見取り図を取り出した。

「まず、始めから攻めようとはせず、防御に徹することです。」
「どうして?」
「相手を消耗させる。これにつきます。
二度目の暴動がおこったとなれば、政府側もかなり慌てるでしょう。
なので鎮圧のために積極的に攻撃してくるはずです。」
「なるほどのう。守りやすいところで迎え撃ち、敵に損害を強いるわけじゃな。
しかも敵は慌てておるから、兵糧攻めなど出来はせぬ。」
「じゃあそのためには急ごしらえでもいいから防壁を作らないとね。」


話し合った結果、彼らが選んだ場所はやはり町の中心の大広場だ。
ここに入るための四本の道に、袋などで土塁を形成してバリケードを作り、
そこに立て篭もって応戦するのだ。
あとは、再び住民たちを説得して戦いに協力してもらうことも欠かせない。
なにしろ数がそろわなければ、戦い抜くのは難しい。


「よっしゃ!それならおれたちに任せてくれ!」

そう言って立ち上がったのはヒムラーだ。

「俺たちの部署は住民と所属兵士の戸籍を管理しているんだ。
それを利用して共に戦ってくれる奴らを見つけることにするぜ。」
「確かにそれなら味方がかなり増えるな…。しかし、密告されたらどうする?」

ドロテアの言うとおり、一人でも事の次第を漏らせば大変だ。

「ああ、だからこそ慎重に信頼できるかどうか見極めなればな。
難しいことだが、なるべく頭数をそろえにゃならん。やるしかないさ。」
「じゃったら魔女どもも人間に変装させて連れていくとよかろう。
嘘発見器や記憶消去装置を持たせての♪」
「えげつねぇが、仕方ないな。」


作戦会議はまだまだ続く。

パスカルはまだ病欠ということにしておいて、
イリーナとイレーネと共に魔法を使うための訓練をする。

ショータとイルマは、罠や投擲物の作成をする。
ショータは街で安全に行動できるので、買い出しなんかもできる。

フェデリカ、ドロテア、レナータはバリケードに使う土塁の準備。
土塁が足りなければ小麦粉が入った袋でも代用できるかもしれない。

武器の調達が難しいが、武器屋などで何とか買い集めるほかないだろう。


そして、目標期日は2週間後。
徴税日の前日、市民の不安が最高潮になった時がチャンスだ。



「よーし!みんな、アネットの頑張りを無駄にしないために、頑張ろう!!」
『おーーーーっ!!』

防腐魔法が施された棺桶の前で、全員は必勝を誓った。



彼らは動き出す。歴史の分岐点へ。





「一陣の風よ!刃となりて敵を討て!【エイルカリバー】!!」

パスカルの手から風邪の刃が形成され、木々を切り裂く。

「炎の矢よ!撃ち抜け!【ファイヤーアロー】!!」

イリーナの放つ炎の矢が命中地点を焦がす。

「走れ蒼き稲妻!【プラズマシュート】!!」

イレーネ根が放つ収束電撃は、地面に穴を穿った。


「ふふふ、やはりこの兄妹には大いなる才能があるのう。
魔法といい…少女愛傾向といい…」



1日が過ぎ…




「イ〜ッヒッヒッヒ!イィ〜ッヒッヒッヒ!」
「…………」

イルマが奇妙な笑い声をあげながら釜で何かをかき混ぜる。
助手に任命された魔女は、呆れた様子で見ている。

「イ〜ッヒッヒッヒ!イィ〜ッヒッヒッヒ!」
「……あの〜」

カッ!!


「やった〜!パイナップルのかんせ〜い☆」
(このテンションの差がなんとかならないかな…)




3日が過ぎ…



「話はきかせてもらった。俺の部隊は革命に参加するぜ!なあお前ら!」
「はい!我々の武器は故郷のために振うのですから!」
「この手でラドミネスの野郎をぶっ殺してやる!」
「ありがとうなクラッスス…、命懸けになると思うがよろしく頼む。」
(嘘発見器に反応なし!この人は本当の味方ね!)

ヒムラーは守備部隊の一部を説得することに成功した。
今説得したのは第2大隊所属の第7中隊の40人だ。
頼れる戦力になるだろう。


「それにこの都市が親魔物国になれば……
嬢ちゃんみたいな可愛い魔物娘と知り合いに
なれるかもしれんからな!……っといかん鼻血が。」
「…同志よ!やはり話して正解だったな。」
「サバト入会ならいつでも受け付けていま〜す!」
「よっしゃ!俺たちの明日のために頑張るぞ!」
『サーイエッサー!!』



1週間が過ぎ…



「なぁ、もうこれ以上は小麦粉の袋でいいんじゃないか?」
「だめですフェデリカ先輩。もし雨が降った時にダメになってしまいます。」

フェデリカとレナータはずっと土嚢作り作業。

「ふむぅ…一応毒消しも作っておこうかな。
それとも時間はかかるが高度な回復薬を調合しておくか…」

ドロテアは薬草から薬を調合している。


「あ、そうだそうだ。今の内に斧の手入れをしないとな。
切れ味が落ちてたら大変だ。」
「その斧もずいぶん使いこんでいますね。
フェデリカ先輩の戦い方だと斧に負担がかかって
すぐに壊れてしまいそうだと思っていたのですが。」
「まあな、この斧は知り合いのサイクロプスに特別に作ってもらったんだ。
あいつは私の武器の使い方を知り尽くしてるからな、
お陰で世界に一つ私だけの斧を作ってもらったってわけだ。」


武器の手入れも忘れずに。




10日が過ぎ…


「いらっしゃーい!ってあら?」
「あのっ!武器を買いたいんで…」
「君はシュプレムさんの家にいた男の子じゃない!」
「(ギクッ!)」
「生きてたんだ〜!よかった!よかった!」
「え、ええ、えええええ!?」

武器を仕入れに来たショータは、突然武器屋の女性鍛冶屋に抱きしめられる。
やはり慎重的な位置関係上、胸が顔に押しつけられる。

「む、むぐぐ…」
「私ね、シュプレムさんに武器を売ってたから
君のことは何回か見たことあるの!でも、あの事件に巻き込まれて
もしかしたら死んじゃったんじゃないかと思ったけど…
はっ!もしかしてシュプレムさんの仇討!?
それなら構うことはないわ!好きな武器をあげるわ!
その代り…」
「ま、まっってまって武器屋のお姉ちゃん!
実は武器を買いに来たのはシカジカ、カクカクで…」


ショータは思わず本当のことを話してしまう。
だが、どうやらここの武器屋の女性は味方だったようだ。


「そうだったの!それなら私も協力するわ!
前の革命のときは何もできなかったけど…
私の武器が役に立てるんだったら好きなだけ持っていって!」
「本当!?ありがとう!僕もとっても嬉しい!」
「えっとね…その代り、なんだけどさ…」
「え?」
「お金の代わりに…お姉さんとイイコトしない…?」
「え…あ、うん…」
「ふふふ…、シュプレムさんみたいに
上手くできないかもしれないけど…よろしくね…」

(な、何だかよくわからないけど…上手く行った…のか?)


思わぬところで大量に武器を手に入れたショータだった。





13日が過ぎ…



「いよいよ明日だね。」
「アネット姉さん、私達やりとげます!」
「見ててねアネットお姉ちゃん!私たち頑張るから!」

「うん、これだけ武器がそろえば十分かな〜。」
「お手柄じゃぞ、少年。どうやってこれだけの武器を集めたのじゃ?」
「えへへ…それは秘密…」

「呼応してくれた兵士は何人いる?」
「へぇ!しめて150人くらいでさぁ!」
「よくこれだけ集まったな。大したものだ。」

「土塁の用意は十全。後は馬車に乗せて運ぶだけ。」
「回復薬もできるだけ作ったわ。足りるといいんだけど。」

「いいかみんな!我々が負ければ、アネットに顔向けが出来ない。
気張れよ。私達の後ろには、明日の希望を待つ人がいるのだからな。」






そして当日…


空には黒い雲が広がり、
ローテンブルクの街は重い空気に包まれていた。



歌声が聞こえるかい?怒れる民衆の歌声が



正午過ぎ、ローテンブルクの府庁に早馬が飛び込んできた。

「ラドミネス様!バイヨン様!大変です!
またしても暴動が発生しました!それも前回より大規模です!」
「なんじゃと!ええい愚かな人民どもめ、なぜおとなしく生活できぬ!?」
「ええい!ラヴィアを呼べ!今すぐ鎮圧させるのだ!」



それが、第二次ローテンブルク暴動、開始の合図だった。




二度と屈することはないという人々の歌声だ



ローテンブルク、街の中心の大広場にはまたしても大勢の人が集まっている。

その中央、演説のための壇にはアネット傭兵団のメンバー三人が登っていた。


「ローテンブルクのみなさん!我々はアネット傭兵団です!
そう!2週間前に、勇気を持って立ち上がり、犠牲となった
冒険者アネットと共に旅をしてきた…魔物です!」

ざわ…ざわ…


突然町の中心に魔物が現れたのだ。市民たちは騒然となっている。


私たちの心臓の鼓動がこの街の意識と共鳴する時


「私はミノタウルスのフェデリカ!そして、
ケンタウルスのドロテアとリザードマンのレナータ!
私達はアネットの遺志をついで、この街を圧政から解放すべく立ちあがる!
私達は魔物だけど、決して市民に害を加えたりはしない!」

レナータが、アネットの遺品であるウイングドスピアを掲げる。

「みなさん、今こそ共にアネット隊長の無念を晴らしましょう!
私達の手でアネット隊長が夢見た明るい明日を取り戻しましょう!」

ワーワー!

パチパチパチパチパチ!


民衆の間で燻っていた火が、再び大きな炎となった。


「俺たちの手でアネットさんの仇を討つぞ!」
「前は負けちまったけど、今度こそは…!」
「魔物と過ごす生活か。悪くないかもね。」


「よーし!みんな、ちょっと手伝ってほしいんだ!
今からこの広場に通じる四つの道に防壁を作る!
そこで帝国兵の攻撃を食い止めるんだ!
そして敵の攻撃の手が緩んだらそう攻撃をかける!
土塁用の袋は沢山ある!早めに作ってしまおう!」
『おーーっ!!』
「防壁を作れー!帝国兵の攻撃から身を守るんだ!」

ワーワー



新たな命が生まれ、明日が始まるのだ



「ラヴィア!何をしておる!さっさと暴徒どもを皆殺しにしてこい!」
「お言葉ですが太守様、今回はもはや手遅れかと。
あのとき私の意見を聞かないからこうなるのです。」
「黙れ黙れ!お前は軍人らしく、上司の命令を聞いてればいいんだ!
とっとと行け!さもなくば命令違反で処罰するぞ!」
「…わかりました。これより住民反乱の鎮圧にあたります。」


命令を受けたラヴィアは重い足取りで兵舎へと向かう。

「嫌な天気だ。一雨きそうだな…」

だからといって、作戦を中止しようなどとは微塵も思っていない。
兵舎に着いた彼は、帝国軍1200人と帝国親衛隊200人に指示を出し、
町の中心にいる反乱軍の討伐指令を下した。
そして、準備が出来た大隊から鎮圧に向かって行った。


「さて、親衛隊は少しの間待機していろ。5分程度したら戻ってくる。」


そう言ってラヴィアが向かった先は営倉。
リッツがまだ牢屋の中に入れられているのだ。


歌声が聞こえるか!怒れる民衆の歌声が!


「リッツ、出ろ。あと、今は俺のことを兄と呼ぶことを許可する。」
「本当に…兄さんの言った通りだね。まだ2週間しかたってないよ。」

少々やつれてはいるが、リッツは身体の不調を訴えることなく牢から出た。

「わかってるよ兄さん。また住民反乱がおきたんだよね。
そしてまた何の罪もない市民たちを殺さなきゃいけないんだよね…」
「住民反乱がおきたのは確かだ。だが、お前には別の任務を与えようと思ってな。」
「別の任務…?」
「いいか、良く覚えておけ。府庁の地下、食料貯蔵庫の北端を調べてみろ。
そこにこの都市から出るための隠し通路が存在する。」
「!!」
「お前は今からそこを抜けて外に出たら、出口付近で待機していろ。
何時間か待っていればその出口から二人の男が出てくるだろう。
お前の任務は、そいつらを殺すことだ。」
「なんか変な任務だね。とても兄さんが出す任務とは思えないよ。」
「まあな。最後の掃除程度に思ってくれればいい。
そして、任務が終わったら……自分の好きにするといい。」
「え!?自分の好きにしていいって…どういうこと!?」
「それくらい自分で考えろ。俺にはそろそろ時間がない。
お前はきちんと任務を果たしておくんだぞ。」
「はい、兄さん。」
「よしそれでいい。では最後に…俺の武器とお前の武器…交換しよう。
今からこのファルシオンは俺の武器だ。
その代りお前には、この勇者の剣をやる。大切に使えよ。」

そう言って、ラヴィアはにっこりとほほ笑んだ。

「…!!兄さんが…笑った!?雨でも降らなければいいんだけど!?」
「今にも雨が降りそうだけどな。じゃあな、リッツ。元気で過ごせよ。」

ラヴィアは営倉から去った。
不可解なことの連続で、立ち尽くしていたリッツだったが、
やがて何かを決意したかのように、営倉から出て行った。


二度と奴隷にならないと決めた人々の声だ


ポツ…

「む?」
ラヴィアの頬に水滴が落ちる。

ポツ…ポツ…ポツリ…

「やはり降ってきたか。」


まばらに降ってきた水滴はやがてその勢いを増し、
数分後には本格的な雨となってローテンブルク一体に降り注いだ。





私達の心と心が一つになる時、新たな未来が始まる




「帝国兵が来たぞ!北の通路からだ!全員応戦準備!」
『おーーっ!』

フェデリカ率いる反乱軍は、まず北の通路から迫る帝国兵を迎撃する。
フェデリカは自らレナータと共に先頭に立ち、
周囲をヒムラー達と呼応した寝返り兵で固める。
そして背後から市民たちが投擲物で援護するのだ。

雨が降ってきたにもかかわらず、士気は高いままだ。


明日が来た時、そうさ明日が


「おのれ反乱軍どもめ!邪魔なものを作りやがって!
雨も降ってきたことだ、早く片を付けるぞ!いけっ!」
『ははっ!!』

帝国兵の大隊長が各中隊に指示を出す。
支持を受けた帝国兵たちはバリケードに向かって突撃を開始する。
そしてついにフェデリカと帝国兵が交戦。


「おらおら!私の斧が受けられるか!」

ガンッ!ドカッ!

「げっ!?何で魔物が!?」
「さては市民ども!魔物に心を売ったか!愚かな!」
「魔物だ!魔物がいるぞ!殺せ!」

「フェデリカさんに続け!弓兵部隊、構え!……放て!」

ワーワー


この戦いに参加し共に闘う勇者はいないか


帝国兵たちは何度も攻撃を試みるが、
バリケードとフェデリカ達に阻まれて思うように進めず、
背後から放たれる弓や石などで逆に損害が増してしまう。



「第5騎兵中隊!西側から回り込め!第12・13中隊は東側から攻撃せよ!」
「第1大隊が苦戦しているぞ!第2・3大隊も戦闘に加われ!」

帝国軍は増援要請をする。
ところが、予想外の事態が起こった。


あの城壁の向こうには新しい世界があるのか


「兄さん!南側から大勢の帝国兵が来てるわ!」
「そうか、50人ほど僕についてきてくれ。応戦する!」
「がんばろうね!お兄ちゃん!」

パスカル、イリーナ、イレーネはレナスは以下の魔女たちと共に
南通路の守りを固め始める。だが…


「待ってくれ!我々第2大隊全員に交戦の意思はない!」
「え!?なんだって!」

第二大隊の大隊長が、一人でバリケードに接近してくる。

「我々もバイヨンのもとで働くのはうんざりしていた。
これからは我々第二中隊も力を貸したい。いいかな?」
「ええ!願ってもないことです!共に戦いましょう。」
「よっしゃ!なら話は早い!俺たちは第3大隊の相手をするから
南側通路のことは任せてくれ!」


なんと、第2大隊が丸ごと反乱軍に寝返ったのだ。
この報告を聞いた第3大隊は慌てて第2大隊への攻撃に向かった。


戦いに参加して自由を勝ち取ろう



戦闘開始から数十分が経過し、雨足が大分強まってきた。
降り注ぐ雨は視界を妨げるほどではないにしろ、
服が水分を吸って重くなるため戦いにくい。
それでも市民たちは果敢に武器を振って、帝国兵と戦っている。


なお、女性は肌が透けてしまうが、この際関係ない。


歌声が聞こえるか?怒れる民衆の歌声が


「重歩兵が来たぞ!」
「なんてことだ、弓矢も石も効いてないぞ!」

ついに帝国兵は重装部隊を西側から投入した。
非力な市民たちではダメージを与えられない。
だが、反乱軍にも手がないわけではない。

「業火よ!灰すら残さず焼きつくせ!【ヘルファイア(焔撃)】!!」

ボオオオォォ!!

「ぐわっ!」「あっ!あっ!あちちっ!」

パスカルが放った炎魔法は、雨でも威力を落とすことなく重歩兵を焼く。

「兄さん!援護します!」「いくよ!お兄ちゃん!」

イリーナ・イレーネを始めとする魔女たちが、
魔法で弾幕を形成する。これでは重歩兵たちは近づけない。
さらに…

「そ〜れ!パ・イ・ナ・ツ・プ・ル!」

ポイッ

「おっと、なんだなんだ?」

イルマが重装歩兵に向かって何かを投げる。
見た目は普通のパイナップルなので、重歩兵の一人が
思わず受け止めてしまった。
だが、もちろん普通のパイナップルではない!


ドガアアァァァァン!!

「ぎゃあぁぁあ!?」「パイナップルが爆発した!?」

パイナップル=手榴弾の隠語



二度と立ち止まらないと誓った人々の歌声だ



「者ども!帝国親衛隊、ここに参上した。
これより反乱軍の討伐を開始する。覚悟せよ!」

開始から1時間が経過し、ついに宿敵である帝国親衛隊が到着した。
総勢約200騎の黒い軍団の姿は、かなりの威圧感を伴っている。


「ラヴィア将軍が来たぞ!」
「帝国親衛隊だ!これで我々の勝利は確実だ!」

頼もしい増援部隊の到着で、帝国兵たちの士気が大きく上がった。


君の心臓の鼓動が皆の勇気と共鳴する時


「帝国親衛隊が来たぞ!」
「くっ!今度こそ勝てるといいが…」
「だが、あいつらこそアネットさんを殺した奴らだ!」
「怯むな!俺たちはもう逃げないと決めたんだ!」

反乱軍の間に動揺が広がる。
無理もない、前回の暴動では一方的にやられてしまったのだから、
その時の恐怖は今でも少なからず残っている。


新たな一歩を踏み出し、明日が始まるのだ


「ねえフェデリカお姉ちゃん!」
「おっ!なんだい、ショータ少年。」
「僕ね、あいつの弱点を知ってるよ!」
「っ!本当か!」

ショータは2週間前のあの日、偶然にもラヴィアの弱点を知ってしまった。
今思えば、ショータの指摘がなければフェデリカは死んでいたかもしれない。


「あのね…ひそひそ…」
「なるほどな…わかった!これでアネットの仇を討てる!レナータ!ドロテア!続け!」
「ええ!」「はい。」

反乱軍は総力を挙げて帝国親衛隊に挑む。


全てを投げ捨ててともに進んでくれるか?


「全員下馬!徒歩でバリケードを突破するぞ!」
『応!』

ラヴィアの指示で、帝国親衛隊は全員その場で下馬し、徒歩で攻撃を開始。

「ラヴィア将軍!やはりありました!騎兵止めの罠が!」
「うむ、下馬したのは正解だったな。
帝国親衛隊に小細工は通用せぬ!進め!」


生きるか死ぬか、チャンスをつかんで立ちあがろう


「なんてやつらだ!騎兵を転ばせるためのピアノ線をいともあっさり見抜きやがった!」
「あのラヴィアとかいう人間…予想以上に手ごわい相手となりそうですね…」

フェデリカ、ドロテアは改めてラヴィアの機転に舌を巻いた。
だが、そうしているうちに帝国親衛隊は突入してくる。

「防げ防げ!槍を構え、弓を放て!」
「バリケードの中に一歩たりとも入れるな!」

ワーワー



我々の血で祖国の大地を潤そう




反乱軍はバリケードを起点に、必死の抵抗を試みる。
槍を密集させ、矢を休みなく放つ。
だが、それでも帝国親衛隊の攻撃は止まらない。
ラヴィアを先頭に、ついにバリケードまで接近されてしまった。

「どけっ!お前らじゃ俺の相手にならんことなど考えるまでもないだろう!」

ザシュウゥッ!ドカァッ!

「ぐおぉっ!?」「や、やられた…」
「全軍前進!邪魔な土塁を破壊せよ!」
「土塁の破壊だ!切り崩せ!」「命中精度の悪い弓矢なんか気にするな!」

相変わらず驚異的な強さを持って強引に防衛線を突破しようとしている。
だが、反乱軍の強さでは彼らには敵わない。
このままでは前回の悪夢が再び蘇ることになる。


歌声が聞こえるか!怒れる民衆の歌声が!


「みんながんばれ!私も先頭に立って戦うからな!」

いてもたっても居られなくなったフェデリカは、
ついに帝国親衛隊の中に単身切り込んでいく。
レナータとドロテアも後に続く。

フェデリカもまた凄まじく強かった。
数十キロもある巨大な斧を振り回し、瞬く間に帝国親衛隊を討ち取っていく。
『LILAC』と銘打たれた特注の巨大斧は、武器や鎧ごと相手を真っ二つにし、
自身の巨体も相まって、帝国親衛隊に少なからず恐怖を与えた。


「なんだあのミノタウルスは…、まるで神話の『ロードスの巨像』みたいだ。
だが…再び強敵に会えたな。楽しませてくれよ。」

ラヴィアは一直線にフェデリカに向かっていく。
だが、フェデリカもラヴィアに接近する。

「あんたがラヴィアのようだね!アネットの仇を討たせてもらうよ!」
「ほう、貴様もあの女の知り合いか。
ならばちょうどいい。お前もあの女のところに送ってやる。」
「アネット傭兵団のミノタウルス、フェデリカ!参る!」


ガキイィン!!


二度と奴隷にならないという人々の歌声だ


フェデリカの一撃をラヴィアはファルシオンで受け流す。
そしてそのまま、何合も打ち合い続ける。

「フェデリカ先輩!加勢します!」
「私も弓矢で援護します!」

その上、レナータとドロテアがチームワークを生かして援護してくる。

「ちぃっ、3対1か。いやむしろこれくらいのハンデは当然だな。」

人数的に不利だというのに、ラヴィアは顔色を変えずに戦闘を続行する。
他の帝国親衛隊も加勢しようとするが、西側から
援護に駆け付けたパスカルやイリーナ・イレーネ達の魔法に阻まれる。


私たちの心臓の鼓動がこの街の意識と共鳴する時


キィン!カン!ガキィン!

武器と武器が激しく激突する。
初めのうちはラヴィアがやや優勢だった。
ところが、いつの間にか不利になってきている。

(こいつら…こちらがわざと隙を見せているというのに
なかなか踏み込んでこようとしない。
いや…、それどころか俺の右肩あたりばかりを狙ってきているっ!)

ラヴィアは焦っていた。
右腕と言えば、2週間前にアネットの最後の一撃により負傷したところだ。
このまま超重量を伴う攻撃を受け続ければ…


新しい人生がスタートし、明日が訪れるのだ!


「……ぉぉぉおおおおっ!!」
「!!」

カアァン!!

ラヴィアは一か八かの賭けに出た。
腕の損壊を覚悟でファルシオンを思い切り斧に打ち付けたのだ。

「ちいっ!?」
「甘い!これで終わらせる!」

右腕が痛む。
だが、今の一撃でフェデリカは斧を振り上げた態勢で止まってしまう。
その隙をついたラヴィアはフェデリカの右肩を…!


ドカッ!!



この戦いに参加し共に闘う勇者はいないか!



「―――――っ!!」
「あ、危なかった…。」


その場に崩れ落ちたのはラヴィアだった。

なぜなら…


フェデリカは攻撃を受ける寸前に、斧の柄の底でラヴィアの右腕を直撃したのだ!
偶然にも、壊れにくくするために柄を強化していたのが功をなし、
より大きなダメージを与えることが出来たのだ。
おかげでラヴィアの攻撃は、フェデリカの肩にわずかな傷を作っただけで終わった。


「大丈夫ですか!フェデリカ先輩!?」
「ああ、大丈夫。かすり傷だ。それよりも、今こそ攻撃のチャンスだ!」
『おーーーっ!!』

ラヴィアがその場に倒れたのを見た反乱軍は勢いを取り戻した。
全員が一丸となって帝国親衛隊に立ち向かっていった。



あの城壁の向こうには新しい世界があるのか?



「ラヴィア将軍!!」
「くっ……、動かん…。俺の利き腕が……っ!」
「誰か!ラヴィア将軍の手当てを!」

ラヴィアの右腕には大きな傷が出来ていた。
先ほどの戦いで、治りかけていた傷が再び開いてしまったのだ。

ショータが言っていたラヴィアの弱点。
それは、酒場でラヴィアの相手をしていた時に、
ラヴィアが右腕に幾重にも包帯を巻いていたのを見たことだ。
それが分かれば、後は利き腕にわざと負担をかけさせるように戦えばいいのだ。
この情報がなければフェデリカはラヴィアの誘導で大技を振い、
その隙を突かれて重傷を負っていたことだろう。



歌声が聞こえるかい?未来のために身をささげた女性の歌声が!



「将軍、いかがいたしますか!?退却は…」
「ならん。我々帝国親衛隊は最後の一兵まで戦うのだからな!
全軍怯むな!進め!帝国親衛隊の威信にかけて!」
『応!』


雨が降りしきる中、両軍は最後の力を振り絞って激突する。
バリケードはすでに崩壊寸前まで破壊されている。
だが、帝国親衛隊はその人数を半分以下に減らしていた。


そして…


あれこそ


(いいかいイリーナ・イレーネ。訓練通りやれば大丈夫。)
(はい!兄さん!私たち兄妹の力を一つに合わせましょう!)
(じゃあいくよ、お兄ちゃん!やればできるよ!)


いつの間にか、建物の屋根の上に
パスカル・イリーナ・イレーネがそれぞれ三角形になるように立ち、
手の中で魔力を練り上げる。


「ラヴィア様!屋根の上に人が!」
「……やつらは…魔道士か!動向に注意せよ!」


だがもうおそい。



明日を運んでくれる歌声なのだ



『トライアングルアターーーック!!!』

ズドオオオォォォォン!!!


三人はありったけの魔力を、帝国親衛隊の密集地帯に放った。
生成された膨大な魔力は核熱となって敵を焼いた。
この攻撃にラヴィアを始めとする帝国親衛隊の大半が巻き込まれ、
一気に消し炭となった。


「……かはっ…リッ…ツ、…願わくば……、いつか…
元の……優しい…心を取り戻し…て…」

大ダメージを受けたラヴィアは、その場で仰向けになりながら目を閉じた。


もうすこしだけ…


「やった!ついに帝国親衛隊を打ち破ったぞ!」
「後はもう恐れるモノは何もない!行くぞみんな!
バリケードを出て府庁の占領に向かうぞ!」
『おーーーーーっ!!』


もうすこしだけ…!


「申し上げます太守様!ラヴィア将軍率いる帝国親衛隊は全滅!
反乱軍は間もなくこの府庁に押し寄せてきます!」

報告を聞いたラドミネスとバイヨンは、飛び上がらんばかりに驚いた。

「ええい!あの能無しどもめ!ワシらの言うとおりに動けんのか!」
「ここに残っている兵士を総動員せよ!反乱軍どもを一歩も入れるな!」
「は、はいっ!」

慌てて命令を下したラドミネスは、そそくさと何かの準備をし始めた。

「バイヨン!ワシはこの城から脱出するぞ!さらばだ!」
「お、お待ちください太守様!私もお供いたします!」


あと一日…


「府庁の守備兵に告ぐ!今すぐ門を開けてくれ!
さもないと無駄な血を流すことになるぞ!」
「だまれ!反乱軍に屈する腰抜けはここにはおらん!帰れ!」
「ほう、その意気やよし。じゃがワシの魔法を耐えられるかのう?
【ノスフェラート】!」


レナスの幻惑魔法が守備隊を襲い、たちまち無力化させる。

「今だ!門をぶち破れ!」

ワーワー


「だめです!もう持ちこたえられそうにありません!」
「ラヴィア将軍がやられ……府庁の門も突破された。
もはや帝国領ローテンブルクもこれまでか…」


戦闘開始から3時間余り。
ついに反乱軍はローテンブルクの中枢に突入していった。
この時点で大勢はほぼ決まったといってよい。


あと一日!



その頃、太守のラドミネスと軍団長のバイヨンは方々の態で、
隠し通路からローテンブルクの外へと脱出していた。

「た、太守様…ようやく出口です。」
「やれやれ、どうにか助かったようじゃのう…」
「しかし予想以上に雨が強いですな。」
「まったくじゃ。このまま歩けば風邪をひいてしまう……おや?」
「太守様!何やら人影がこちらに向かってきますぞ!」


雨の中を近付いてくる人影に、二人は思わず身構える。
だが、良く見ればそれは一人の帝国親衛隊だった。




明日は必ず来る。我らが生きる限り。




「…お待ちしておりました。太守様、軍団長。」
「おお!帝国親衛隊か!助かったわい!」
「これで安全に帝国へ戻れますな。」
「帝国に戻る…?いえ、お二方はこのあと別のところに行かなくてはなりません。」
「ん、なんじゃ、別のところ……って、おおおっ!?き、貴様は…!」
「げえっ!?ら、らら…ラヴィア!!生きていたのか!?」

深い茶色の髪に、鋭く威圧的に細められた深海のような瞳。
その姿はまさしく、帝国親衛隊最強を誇るラヴィアそのものだった。


「では、時間が惜しいので早速お送りいたしましょう。…………地獄までっ!!」

ビシイィッ!!ザシュウゥゥッ!!


もう一日…


彼は、二人の悪徳人間が断末魔の叫びを上げる余裕すら与えず首を刎ねた。
圧政を敷き、人々を苦しませた悪魔はあっけなく排除されたのだ。


「兄さん。任務は完了しました。しかしながらこの都市はもう終わりですね。」

彼…リッツは、兄との約束を果たすと、一人通路を出て雨降る森を歩く。
ふと、足元にできた大きな水たまりをのぞいてみる。
水面に映るのは、一人の帝国親衛隊の顔。

「ふ…ふふふ…。なるほど、これが僕の…いや、俺の顔か。
まったく、これじゃあまるで………死神…だな。」


彼はそのまま、ローテンブルクから姿を消した。


あ と も う す こ し だ け !






戦いは終わった。


アネットの仇討から始まったこの暴動は、瞬く間にその勢いを増した。

力なき市民たちが、敵だと教えられてきた魔物から助けを借りることで

圧政から逃れ、自由を勝ち取ったのだ。



「アネット!!ついにやったぞ!私達はやり遂げたんだ!!」

フェデリカが大広間で歓喜の声をあげた。
アネットが目指した理想は、今ここに始まったのだ。
これからは市民たちの手で、この都市を運営していくことだろう。

もちろん、良いことばかりではない。

恐らく帝国は、近いうちに奪還に乗り出してくるだろう。
行政機能を立て直すとともに、軍備も増強しなくてはならない。
その上、だれが指導者となるかを決める必要がある。
リーダーがいなければ、集団は成り立たないからだ。


「おめでとうございます、フェデリカさん。」
「ん?ああ、パスカルか。そっちもごくろーさん。これでアネットも報われるよ。」
「まったくです。ただ少し残念なのが、元凶である元太守の行方が
依然として分からないままです。このまま捜索しますか?」
「いや、もういいだろう。そいつはもう二度と戻ってこないだろう。」
「それもそうですね。では、早速税制度の見直しと都市方針に関する…」
「まてまて!そう難しい単語を並べるな…っていうかなんでそれを私に相談するんだ!?」
「行政の最終権限は市長にありますからね♪」
「私が市長!?ムリムリムリムリ!!私難しいこと分からないもん!」
「ですが…、すでに我々は…」


パスカルに促されて後ろを振り返る。

数時間とはいえ、共に戦った仲間たちがそこにいた。


「僕たちが相談した結果、新しい親魔物国家としてフェデリカさんに
市長になってもらうことにしました。ええ、全会一致です。」
「い…いや…私は自信がない…」
「さあ!みんなからもお願いしてみようか!」


「フェデリカさん!どうかお願いします!」
「なぁに!足りない分はパスカルや俺たちが補うさ!」
「フェデリカ先輩、アネット隊長の意思を最後まで通してみましょう!」
「我々も一致団結しますから!」

もしかしたら、みんな責任を取るのが嫌だったのかもしれない。
しかし、ローテンブルクの人々全員がフェデリカに市長になることを望んでいたのだ。


「しゃあねえな。そのかわり、一つだけ条件がある。」
「ええ、なんなりと。」
「この都市の名前は私が決める!
この街の名前は………、『自由都市アネット』だ!!」

『自由都市アネット、万歳!!』


(これでいいよな、アネット。君はこれから一つの街になって、
ここに住むみんなのことを見守っていくんだ。
私はまだ無力だけど、みんなと一緒に頑張っていくよ。)



第二次ローテンブルク暴動により、ローテンブルクの帝国勢力は排除され、
新たに親魔物国家『自由都市アネット』が建国された。

この一連の流れは『アネット革命』と名付けられ、
公正多くの革命事件に影響を与えたと言われる。


フェデリカは、市民たちの希望により市長に就任。
ドロテアとレナータは将軍となって、都市の防備を引き受けた。

そしてパスカルは、上司のヒムラーより上の内政局長となって、
二人の妹…いや、妻とともに都市の復興に努めた。


また、市長の方針によりこの都市に身を寄せる者は
基本的に誰でも受け入れるとし、
他に類を見ないほどの速さで発展していった。



アネットの努力は決して無駄にはならなかった。
それどころか、彼女が立ち上がらなければこの都市は自由の恩恵を受けられなかっただろう。

常に人々の先頭に立ち、自由を求めて戦った勇敢な女性は
いまでもこの都市の心となって、人々を見守っているのだ。

11/04/11 13:48更新 / バーソロミュ
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