幕間
ここはローテンブルクから遠く離れた、ユリスという地域。
この地域には数十の都市国家が割拠しており、
時には助け合い、時には反目しあいながら人々が生活している。
そのユリス地方都市国家群の中でも最大勢力を誇るロンドネルという国がある。
六年前にこの都市の郊外に天まで届く謎の巨大な槍が突き刺さり、
ユリス諸都市を大いに震撼させた「神の災い」事件が起きた。
この事件を解決するのに九ヶ月もかかり、槍の魔力による魔力汚染で
一時期はユリスが魔界化する危険もあった。
だが、この事件によって幾多の新米冒険者が育ったのも事実で、
冒険初心者だったアネットも多大な経験を積んだ。
アネットはそれ以降もしばらくロンドネルの冒険者ギルドを拠点に活動を続け、
四年後にはギルド長に熟練の冒険者と認められた。
そんなアネットと関係が深い、ロンドネル冒険者ギルドでのお話…
「そう、そこに貼ってくれればよい。」
「んしょ、んしょ」
「まったく…、あやつもとんでもないことを仕出かしたのう。」
まだ陽が出て間もなくの時間、まだほとんど人がいないギルドのエントランスで
一人の老婆と一人の女の子が掲示板に新しい依頼を貼り出していた。
ギルド内にはいくつか掲示板があり、簡単な依頼や高額報酬の依頼などに分けられている。
その中でも、今貼り出している掲示板は「緊急性が高い」ものである。
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『アネット・レオーネの捕縛または討滅』
依頼主:エリス中央教会
「このたび我々中央教会の教会騎士団は邪悪なる魔物を根絶
すべく…(中略)…したのだが、アネットなる冒険者によって
我々の聖戦は妨害され、神の剣たる教会騎士団は多大な被害
を受けた。これはまさに全知全能たる神への反逆であると
みなし…(中略)…よって、反逆者アネットを管理する
立場にあるロンドネル冒険者ギルドに対し、彼女の捕縛を
命ずるとともに、我々に引き渡すよう要求する。
やむ負えぬ場合は、討滅してもよい。」
依頼難度:B 重要度:A 緊急性:S
報酬:20000コール
―――――――――――――――――――――――――――
ギルドにとっては身内の討伐依頼であり、かなり複雑な気分だ。
そして、そもそも個人の討伐依頼はかなり珍しい。
「あとこれとこれを簡易依頼板に貼り付けて来ておくれ。」
「わかった。」
老婆が女の子に指示を出すと、自身は改めて依頼の貼りだしを見る。
実は、この老婆がここのギルドのギルド長である。
地面につくかつかないかまで伸びた白髪、人を威圧しかねない目、
そして最も特徴的なのは左腕が欠けていることであった。
「まあ、アネットが魔物とつるんでおったのは知っておったし、
問題を起こさぬならそれでよいと放置してきたのじゃが、
いよいよ庇える限界を超えてしまったようじゃ。
せめてもの救いは、冒険者の資格は剥奪できるものではないことかのう。」
かつて彼女はロンドネル市街に相棒のミノタウルスを連れてこようとして、ひと騒動起こし
一時は逮捕されそうな彼女をめぐって、城兵とミノタウルスが衝突する寸前までいった。
その後もたびたび、反魔物方針を転換するよう要求してきたが、
この都市には反魔物にせざるを得ない事情があるので、そうはいかない。
と、そこに再び女の子が戻ってきた。
女の子はやや長めの金髪で、とても可愛らしい顔をしている。
「貼ってきた。」
「うむ、ご苦労。」
「にしても久々の討伐依頼だよね。最近採取や地図作成の依頼ばかり来るし、
山賊や盗賊は狩りつくしちゃったし、魔物が出るところが遠くなったし…
冒険者のみんなも討伐依頼が少なくて暇してるんじゃない?」
「お前が片っ端から討伐をしすぎるからじゃ。
それでなくとも、平和なことはいいことなんじゃぞ。」
「むぅ…、どこか攻めてこないかな。そろそろ初陣したい!」
「なんつーことを言うんじゃお前は!」
「せーんそー!せーんそー!」
「遊び感覚で連呼するでない。」
「アル爺先生…、戦争が…したいです…」
「いやいやいや。」
「私は戦争が好きだ!」
「よろしいならばお仕置きだ。」
「…ごめんなさい。調子に乗りました。」
「12歳で戦争を望むとか恐ろしいのうお前は。」
「そういう教育した人が悪いと思う。」
「ほっほっほ、ちがいないわい!」
老婆と女の子は物騒な会話を交わしながら、
貼り出された依頼の一覧を確認する。
ちなみに、女の子はギルド長の玄孫である。
すでに6歳のころから冒険者をやっており、現在は士官学校に入学したばかりだ。
「とりあえず戦争したいっていうのは冗談として、とうとうアネットさんが
教会から指名手配されちゃったみたいだね。」
「うむ、いつかはやらかすとは思っていたが、これほどまでに大事になるとはのう。
それに最近になって帝国領の国境付近で、帝国軍の輜重隊が襲われていると聞く。
輜重隊には魔物の住む村からの略奪品や捕らえられた魔物を積んでいたらしい。
これらもおそらくアネットとゆかいな仲間どもが原因だろう。」
「…捕まる日もそう遠くないかもね。」
「そうじゃな。あと数日もすれば帝国にもこの知らせが届き、
アネットを捕らえるために動きだすだろうね。そうなればもはや逃げられまい。」
「じゃあこれ貼っても意味ないんじゃない?」
「かもしれんのう。じゃが、これも仕事の内。
金欠の冒険者どもに少しは夢を見させてやるとしよう。」
いくら身内の冒険者だとしても、ひとたび事件を起こせばただの敵となる。
自分たち冒険者の信用を損ねる者は、討伐されてしかるべきだ。
それが例え、今までに数多くの冒険をこなし、功績を上げてきた者であっても…
「確かにアネットはかなり腕が立つ冒険者であるし、仲間もかなり強力じゃが、
奴は常に先頭に立つタイプの人間だから、そう遠くないうちに目立つ事件を起こし
その上で、自身は矢面に立って犠牲になるじゃろう。」
「あのひと無駄に正義感が強いからね…、
困ってる人を見たら後先かまわず突撃していくと思うよ。」
「うむ。じゃがな、この機会だから覚えておくがいい。」
ギルド長の表情が急に険しくなる。
「アネットのような奴は、たとえ一人だけで死んでも大きな影響を残す可能性が大きい。
いや、場合によっては死後に与える影響の方が、生前よりも大きい場合だってあるのじゃ。」
かつて最高ランクの個人討伐対象とされた『白竜術師』や『進撃の炎使い』は、
死後も奴らによってもたらされた影響が現在まで続いている。
しかし、わしは死した後この世に何を残せるというのだろうか。」
「……………」
「とにかく、あやつはおそらくただでは死なん。
たとえ志半ばで倒れようとも、その遺志を受け継ぐものがきっといるだろう。
それは、彼女の遺志を継ぐものを根絶せぬ限り、続くこと。」
「つまりアネットさんは、死んだ後も永遠に戦い続けるといこと?」
「ま、簡単に言えば、そんなところかのう。」
「なんか格好いいねそれ。」
しかし…
二人はこの後、自分たちの考えはまだ甘かったことを認識させられることになる。
「ところでさ、せっかく個人討伐の対象アネットさんに、
なにかかっこいい称号をつけてあげよう!」
「称号か…。さしあたり、『自由の女神』といったところか?」
そして
女の子は、将来自分がアネットと戦うことになろうとは
この時点では微塵も思っていなかった。
11/03/18 16:19更新 / バーソロミュ
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