連載小説
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承話:Pendulum
もうそろそろ日が暮れようかという時刻に、
貧困層の住居区に数十人からなる帝国兵の部隊がやってきた。



「これより、来る戦の戦費調達のため、臨時徴税を行う!
各人は今すぐ税率通りの税額を納めよ!逆らえば容赦はしない!」


騎乗した部隊長らしき人物がそう宣言すると、
彼の部下の兵士たちが一斉に各家を回り始めた。
兵士たちは完全武装し、鍵がかかっている扉すら破壊して侵入する。


「命令だ!税を納めよ!」
「そんな…、毎期の税ですら厳しいというのに…」
「勘弁して下さい!これ以上はもう…!」
「黙れ!逆らえば容赦しないと言ったはずだ!」

ただでさえ、悪魔すら怯む様な重税を課されているというのに、
これ以上の徴税は貧困層の住民たちにとって死刑宣告に等しかった。
どの家も規定の額を払う能力はなく、ほぼ全財産を巻き上げられ
幼い子供がいる家庭は男女関係なく取り上げられていった。



騒ぎを耳にしたアネットはパスカルの家を出て通りに出る。

「なんてひどい…、これが国を守るべき正規兵のやることなの!?」

目の前に広がる光景を見たアネットは自分の故郷の荒廃ぶりを改めて認識した。
無抵抗な市民を武器で脅し、金を巻き上げる。
今まで自分が討伐してきた盗賊団などと何ら変わりはないではないか。

彼女の心には怒りの炎がともった。

槍を携え、こちらに向かってくる兵士の前に立ちはだかる。


「あなたたち!これ以上無抵抗な市民への蛮行はやめなさい!」
「む、貴様。公務の執行を妨害する気か?」
「なにが公務よ!彼らの生活を踏みにじるのがあなた達の仕事だっていうの?」
「おい、三等兵!何事だ!」
「この女が我々の臨時徴収に抵抗するそうだ!」
「なんだと!我々に逆らうつもりか!」
「ええ、あな達に逆らってでも止めて見せる!」


このやり取りを見て続々と応援に駆け付ける兵士たちに対して、
なおも一歩も引きさがろうとしないアネット。
周囲の住民たちは固唾をのんでこの動きを見ていた。
イリーナとイレーネも気になって家の窓から顔をのぞかせる。

「あ、アネット姉さん…、まさか兵士と…!」
「アネットお姉ちゃん!無理しないで…!」


まさに一触即発の事態。
アネットの力量なら、数十人ほどの弱卒を相手するくらいわけないが、
たとえ勝っても逮捕は免れないだろう。
それでも彼女は、目の前で困っている人たちをほおっておけなかった。


だが、そんな彼女に思わぬ救いの手が差し伸べられた。



「第四中隊のみなさん!今すぐ略奪を中止してください!」



どこからか、凛とした男性の声が聞こえた。

その場にいた人々が声がした方を見ると、そこには黒い馬に騎乗した軍人の青年がいた。
濃い茶髪にまだ幼さが残る童顔な顔立ち。だが、瞳だけはパスカルに似て
くりっと開かれ、深海のように深い青色をしている。声もまだどこかしら子供っぽさが残る。

しかし、着ている軍服はそこらの兵士どころか部隊長より威厳がある
黒一色の布地に、大きく金色の帝国の紋章が入ったものだ。
即ち、彼は帝国親衛隊(インペリアルナイト)と呼ばれる
帝国軍屈指のエリート兵だということが分かる。

彼が連れてきている兵士はわずかに騎兵4騎のみだが、
その威風はここにいる兵士数十人を合わせてもまだ足りない。


「あ、あなた様は…ええっと…」
「帝国親衛隊第一中隊長のリッツです。あなたがこの部隊の責任者で?」
「う、うむ…左様にございます…」
「民の生活を守るべき帝国兵がなぜこのような強盗まがいのことをしているのですか。
今すぐに奪った物を全て民にお返しください。」
「なにをおっしゃいますかリッツ様!強盗とは心外な!
私たちはただ上層部からの指令を受けて正当な公務をしているのです!」
「だからと言ってこのような真似はいけないよ!」


突然の乱入者に驚いたのは帝国軍だけではない。
アネットもまた、槍を構えたまま動けないでいた。

(え、何々?味方なの?いえ、それよりどうしてこんなところに帝国親衛隊が?)

帝国親衛隊と言えば貴族階級を持つ者のみが所属を許される高貴な精鋭集団。
彼女も存在だけは知っていたが、この目で見たのは初めてだ。
しかし、彼…リッツは帝国親衛隊という肩書以外はどことなく頼りなさそうというか…
いまいち部隊長を説得しきれていない様子。

(あーもー!どうせやるならガツンと言っちゃいなさいよ!)


と、そんなアネットの願望は別の形で現れた。




「リッツ。何をしている。」


またしても男性の声。しかし、その声はとても重く響いた。


「え?あ!に…じゃなくてラヴィア将軍!」
「げっ!?ら…ラヴィア様!?」


いつの間にかリッツの後ろにもう一人、黒い馬に騎乗した男性が現れた。
リッツと似た顔立ちで、深い茶髪に深海のような瞳、
しかしその瞳は細められ威圧的になり、鋭い表情が童顔であることを微塵も感じさせない。
そして彼もまた黒一色に帝国の紋章をあしらった軍服を纏う。


「ここにいる兵の責任者は貴様か?」
「は、はひっ!」
「貴様は帝政法に違反し、市民に対する略奪を行った。依って軍紀に照らして処罰する。」
「ですがっ!これは上層部の命令で…」
「弁明は後ほど聞く。なお、第四中隊の兵士どもも同罪だ。連行せよ。」


彼、ラヴィアが来てから状況が一瞬にして変わった。
すでに背後には十数騎の帝国親衛隊が控えており、
略奪を行っていた第四軍団全員を連行していった。

なにはともあれ、ここの住民たちは救われたのだ。
アネットはようやく槍の構えをとく。同時に、汗がドッと流れた。
ここまで緊張したのはいつ振りだろうか?

アネットはラヴィアにお礼を言うことにした。

「…ありがとうございます。あなたのおかげでここの住民は救われました。」
「住民を救った?」
「はい!あなたが来なければ私たちはこれからどうしていけばいいのか…」
「礼ならこのリッツに言うことだな。」
「あ……」
「い、いやお礼なんていいよ!僕は結局何もできなかったし…」
「では俺はこいつらを連れて兵舎に戻る。リッツ、お前はどうするんだ?」
「僕はまだ私用がありますから。」
「そうか、遅くならんようにな。」


それだけ言うと、ラヴィアは踵を返しこの場を去る。
まさにダークヒーローといった趣だ。


「あーあ、やっぱりにいさんには敵わないな…」
「リッツさん、でいいのかしら?」
「え!?な、何?」
「さっきは止めてくれてありがとう。あなたが止めてくれなければ
私はあの兵士たちと一緒に逮捕されていたところだわ。」
「そんな…、お礼を言われるまでのことはしてないよ。
それよりも、君の名前は?見たところここの民とは雰囲気が違うけど。」
「私はアネット。冒険者よ。私もここで生まれ育ったんだけど、
六年前に冒険に出て、今日戻ってきたところよ。」
「冒険者かぁ、あれだけの兵士相手に一人でも物怖じしないところを見ると
相当熟練の冒険者のようだね。」
「ううん、あれは単に弱い者いじめを見過ごせなかっただけ。」
「そうなんだ…。実は僕も同じ理由で飛び込んできたんだ。
まあ、用件はそれだけじゃないんだけどね。」
「まだ何かやることがあるの?」
「うん、僕の友人が重病だって聞いたからお見舞いにって。」
「重病人の友達?それってまさか…」

「おーうい!リッツくーん!」

リッツを呼ぶ声が聞こえた。
それとこちらに向かって駆けてくる人影が複数。

ヒムラーを始めとするパスカルの所属部署の役人たちだ。
彼らは息を切らせながらも全力疾走してくる。

「ぜえっ…、ぜえっ…、だ、第四中隊は…?」
「安心してくださいヒムラーさん。第四中隊は兄率いる帝国親衛隊が連行しました。
強制徴収された金品や幼子たちもみな無事です。」
「おお、それはよかった…」
「つうことはパスカルと妹たちも無事なんだな?」

「あの、失礼ですが皆さんパスカルとはお知合いなんですか?」

先ほどからやや取り残され気味のアネットが会話に入りこむ。

「ん、ああ、俺たちはパスカルの仕事仲間だが…、あんたは?」
「私はアネットといいまして…」

アネットはパスカルの同僚らに、自分は冒険者をやっていて六年前に旅立ち
それまではこの貧困層の住居区で生まれ育ち、パスカルとも幼馴染であることを話した。

「なんと、あんたもパスカルの知り合いか。だったら話は早い。
俺たちは役人でな。太守が兵士を動員して貧困区で臨時徴税をやるって話を聞いて
急いでリッツ君に事の次第を知らせたんだよ。」
「僕とパスカルさんは三年前、士官候補生だった時に偶然知り合って仲良くなったんだ。」
「そうなの…、皆さんどうもありがとうございました。」
「なに、俺たちもこの街の生まれよ。困った時はお互いさまってもんだ。」


(私がいない間にずいぶんと社交範囲を広げたみたいね)


アネットがここを旅立つ前のパスカルは、幼い双子の面倒と内職をしながらも
必死の勉学に励み、めったなことでは家から出ない少年だった。
それが今では役人となり、思わぬ人脈が出来つつあった。

もっとも、魔物と親交を深めたアネットもまた同一だと思われるが…









「せまい〜」
「入りきらねぇ!」
「ン…ケホッコホッ!そ、そんなに大人数で押し掛けるから…」

あの後アネットを始めとした面子は、一度に全員パスカルの家に押しかけた。
ただでさえ本棚が面積を圧迫しているパスカルの部屋に、十人近くの人がいるのだ。
その混雑は大変なものだった。

「と、とにかくパスカルさん、ご飯は食べられそうですか?」
「それは…ゴホッ、なんとか大丈夫…だ。」
「ああっ!そうだ!何か食べるもの買ってきてあげるって言ったのに!忘れてた!」
「だ、大丈夫だよアネットお姉ちゃん!食べるものはまだあるから!」
「しかし…、休んでも一向に良くなる気配がないな。」
「やはりただの風邪ではない、ということだろうか?」


そんなわけで、狭いながらも臨時のパスカル救出会議が行われた。
まずリッツは今日のところはいったん自宅に戻り、明日改めて医者を探す。
彼の門限は非常に厳しいので、なるべく早めに帰る必要がある。
役人たちは今晩この家に泊まりこんで、パスカルの症状を詳しく観察する。
そしてアネットは…

「私の知人で医術に詳しい人が郊外に住んでいます。
私は彼女にアドバイスをもらいに行きます!」
「そんな人がいるんですか!でも、もうすぐ城門が閉まる時間です。
急がなくては間に合いません。僕が城門まで馬で送っていきましょう!」
「ええ、お願いするわ!」
「まあまて。帰る時のことを考えろ。この通行証を持っていけ。」
「ヒムラーさん、これは…」
「俺のだけど気にするな。それがないと戻るのは難しいからな。」
「何から何までありがとうございます!必ず返しますから!」


彼女は郊外の森にいるはずのドロテアに相談すべく、リッツと共に城門に向かった。
さすがに彼らに知人が魔物だとはいえない。それに、ドロテアは街には入れない。
劇的な改善は見込めないが、医者に相談できない今はこれが確実な手段だった。

閉まる寸前だった城門を何とか抜けて、一路郊外の森を目指す。









「誰だっ!」
「私よ私!アネットよ!」

森に入って十数分くらいのところで野営していたフェデリカ達を発見したアネット。
別れてからまだ半日もたっていないのに戻ってきたアネットに
三人は少し驚くも、フェデリカはアネットの分の夕食も作り始めた。

「アネット隊長でしたか。もう用事はお済ですか。」
「いや、むしろこれから滞在が少し長引きそうだ。」

アネットはフェデリカ達に中で起きている事情を説明した。

「幼馴染が病気、ですか…。症状はどのような物なのですか?」
「聞いた話によると少し前から咳が止まらなくなり、
気がつくと話すのも困難なほど悪化していたそうだ。」
「ただの風邪じゃないみたいだなドロテア。」
「ええ、それどころかもっと悪い可能性もあります…」
「もっと悪い可能性って、どういうこと!?」
「聞いた限りでは何とも言えませんが、症状から察するにそれは『肺結核』です。」
『は、肺結核!?』

ドロテアを除く三人は相当ショックを受けた。
何しろ結核と言えば、人間が罹患すれば奇跡でも起こらない限り
治ることはないといわれているポピュラーな重病だ。

「お、おいドロテア!アネットの友人を助ける手段はないのか!?」
「うーん、あることにはあります。」
「本当!?どんなのでもいいから話してくれる?」
「まずは『人魚の血』ですね。これがあれば病気に対する抵抗力が大幅に増し、
さらに不老長寿になるという優れモノです。」

人魚の血……主にマーメイドやメロウから入手。不老長寿の素として珍重される。
      ただし、この時代は魔物の間であっても海辺の町以外では入手しにくい。

「しかし、それを手に入れるには少なくともカナウス地方までいかなければなりません。
それでは往復に時間がかかりすぎて間に合わない可能性がありますね。」
「レナータの言うとおりね。他には何かないの?」
「マンドラコラの根にはあらゆる薬の基となる成分が含まれています。
これならばプラムの街に行けばおそらく手に入りますし、効能も確かです。」

マンドラコラの根…マンドラコラの根は成熟しているほど薬草としての効果が高いといわれる。
         一応量産も可能で、魔物の生活圏であれば比較的手に入りやすい。

「おお!それはいい!」
「医術の知識があるドロテアならでは素材ね!
じゃあ今のところ第一候補はマンドラコラの根っこと…」
「あとは一種の賭けになりますが、もしあの都市にサバトが潜伏していれば
そこで治してもらえるかもしれません。ですが確実性があまり高くありません。」

サバト入信…サバトに入れば、直轄のバフォメットや魔女による高度な魔法治療が受けられる。
      欠点としては、世間体が気になる人にとって入信はかなり勇気がいることか。

「まあ、ああいう反魔物都市では地下組織だから、あっても探すのは至難の業ね。」
「それ以外にもドラゴンの血液という手もありますが、入手は困難を極めるので除外します。」
「じゃあもうマンドラコラの根で決まりだな。」
「私もそれが一番確実かと思います。」
「では、私が一走りして素材の入手を行ってきます。」
「え?今から行くの?もう暗いわよ。」
「アネット隊長のご友人を長く苦しめるわけにはいきません。
一秒でも早く素材を入手し、特効薬を生成します。」


そう言うや否や、ドロテアはその足で闇夜を駆けて行った。

「たのんだわ、ドロテア…」










その夜…

ローテンブルクの府庁にある大広間に二人の人物がいた。

一人は玉座に腰かけている、いかにも老獪な表情の老人。
もう一人は、そのそばに控えている、黒い顎鬚を蓄えた初老の男性騎士。

彼らは、呼び出した人物が来るのをじっくりと待っていた。


と、そこへ二人の人物が入ってきた。


「帝国親衛隊大隊長、ラヴィア。参上いたしました。」
「帝国親衛隊中隊長、リッツ。参上いたしました。」
「ふん、帝国親衛隊の指揮官のくせに我らを待たせるとは何様のつもりだ。」
「呼び出しの時刻まではまだ若干の余裕があります。
普段呼び出ししても時間を厳守しない太守様が我らより先に待っているとは
よほど私たちに問い詰めたいことがあるのでしょうな。」
「ラヴィア!口を慎まんか!ラドミネス様に向かって失礼であるぞ!」


ちなみに太守の名はラドミネスといい、
そばに控えるのは帝国軍第六師団長のバイヨンという。
彼らはとにかく悪名が高く、
この都市の行政と軍事を用いて私腹を肥やしていた。
そんな彼らが、ラヴィアとリッツを呼び寄せた理由はもちろん…


「双方、第四中隊が行った臨時徴税を妨害し、
あまつさえラヴィアは彼らを無理やり営倉(兵士の刑務所)に入れたという。
いかに帝国親衛隊を率いる者だとしても、今回の専横はまことに許し難い。
よって、双方にはワシから直接懲罰を…」

ラドミネスは厳しい顔つきで二人を詰問する。
しかし、そこでラヴィアが再び口を開いた。

「太守殿。臨時徴税の命令を下したのはあなたですよね。」
「む?まあ、そうじゃが…」
「帝政法第13条『為政者として民の平穏な生活の維持をせず、無為に苦しめ、
又は職権を濫用し、民の負担を強いる行為を行うものは、その職位を剥奪す。』
との記載があります。臨時徴税を行ってよいのは重大な事件があるにもかかわらず
国庫の蓄えが圧倒的に不足している時のみに限られます。」
「うっ…、ま、まてラヴィア!」
「実行行為を行った兵士たちは命令に従わざるを得なかったとの理由で減刑されます。
また、指揮を執った部隊長も彼の独断ではないため謹慎と減給で済むでしょう。
しかしながら、太守様が指示したとあればまぎれもない職権乱用。
よって、このことを私直々に女王陛下に奏上いたします。」


このことを聞いたラドミネスは急に顔を真っ青にした。



「じっ…じじじ実はなラヴィア!りっ臨時徴税を提案したのはバイヨンだ!」
「うおおぉぉい!!何を言うんだあんたは!!」

突如責任転嫁されたバイヨンは慌てふためいている。

「中流層から取った後は貧乏人どもからだって言ったのはラドミネス様でしょう!」
「だが第四中隊に命令を下したのは師団長であるお前だろう!」
「だからと言って私の独断ではないでしょう!
あ、ラヴィア!俺も第四中隊長と同じで上から命令されただけだから…」
「ふざけるな!お前にも分け前やってるのに自分だけ責任を逃れるつもりか!」
「もういいよ、あんたこの機会に太守やめちまえ!」
「貴様こそ、失態続きのへっぽこ司令官なんか更迭されろ!」


この低レベルかつ言ってはならない情報を多量に含んだ口論を、
ラヴィアとリッツは冷ややかな目で見つめていた。

「言い争いはそこまでにしてください。今回の責任の元は太守様にあります。」
「な、なにぃ!」
「ほら見たことか。」
「ただし、軍事力の行使権は師団長にあります。よって
第四中隊を動員した責任は免れない物と心得てください。」
「俺も!?俺もなのか!?」
「ざまwww」
「では私はあなた方の罪状を作成するのでこれにて失礼します。」
「え、ちょ、まて!話しあおう!話せばわかる!」
「そ、そうだ!何ならお前にも分け前を…!」
「これ以上お話している暇はありません。リッツ、行くぞ。」
「ははっ。」


二人にはもはやラヴィアを止める余裕はなかった。


「どうするんだバイヨン!このままではワシらは破滅だ!」
「こうなったら罪状が帝都にどかないようにするか、
宰相殿に贈り物をして揉消すか、いっそのことラヴィアの投獄を…」
「この際手段は選んでおれぬ!すべて実行するのだ!」
「ですがそれだと工作のための金が…」
「金の心配はいらん。明後日には第七中隊が魔物狩から
戻ってくるじゃろう。その戦利品を使えば問題なかろう。」
「おお、それなら心配いりませんな!」

利害が一致した二人は速攻で縁りを戻し、
自分たちの保身のためにあれこれ画策しはじめた。









「リッツ。」
「はいラヴィア将軍。」
「私はこれから女王陛下への直訴状を書く。
よって今晩は遅くなるから先に家に帰るがいい。」
「わかりました。」

あの後大広間から出た二人は、府庁のエントランスで別れる。


「はぁ、今日は色々あって疲れたな。
早く家に帰って明日に備えなきゃ。」

府庁を出たリッツは富裕層の住居区に向かう。

彼の家は武で名をあげた名家。
先祖代々帝国親衛隊の一員として帝国に忠誠を誓ってきたのだ。
父も母も他国との戦いで戦死し、家族と呼べるのは今では兄のラヴィアのみ。
そのラヴィアも公私分離を徹底し、勤務中に「にいさん」と言おうものなら
鉄拳制裁を喰らわせ、あくまでも自分の部下として特別扱いはしない。
リッツは清廉潔白で文武両道な兄のことを大いに尊敬しているが、
心優しい性格のリッツにとって兄の冷徹さは苛酷に思えた。

「僕も強くなりたいけど…、やっぱ兄さんみたいには無理かな。」


そんなことを呟くリッツは、ふと夜道に誰かがいることに気がついた。

よく見るとそれはボロボロのローブを纏った小さな男の子で、
壁にもたれかかって泣きじゃくっていた。


「うっ……、ぐすっ…ぐすん…、おなかすいたよ…」
「ねえそこの君、どうしたの?」
「ぐすっ…えぐっ………、ぇ?」
「お家はどこ?」
「(ふるふる)」
「お父さんかお母さんは?」
「(ふるふる)」
「…そう、君、孤児なんだ…」

ローテンブルクでは孤児は珍しくない。
よって孤児院や教会などに預けられることが多いが、
この子は拾ってくれる家を求めて裕福層のところまで来てしまったのだろう。
そうリッツは判断した。


「わかった。今夜、僕の家に泊まっていきなよ。」
「ふぇ…いいの!?」
「いいかい、ここは綺麗なお家が多いけど、危ないところなんだよ。」

こんな見た目貧しい子供がうろついていたところを誰かに見られれば、
たちまち軍に通報が入り、連れ去られてしまうか、
最悪の場合捕まった挙句奴隷として働かされることもありうる。

明日パスカルのところに行く前に、
この子を孤児院で保護してもらわないといけないだろう。


「さ、ついたよ。ここが僕の家だ。」
「うわぁ!お兄ちゃんのお家、おっきいね!」
「ははは、ただ大きいだけだよ。今から何か食べる物を作るからね。」
「うん!」


この後リッツは男の子に夕飯を作ってあげたり、新しい服を着させたり
身体を拭いて汚れを落としてあげたりもした。
そして、寝る部屋とベットも用意してあげた。
ここまでお人よしな帝国親衛隊はおそらく彼以外いないだろう。





だが…





「ふっふっふ…、計画通り。」

その正体はショータだった!
彼は孤児のふりをして誰でもいいからお人よしに近付き、
家に入りこもうとしていたのだ。
超お人よしのリッツはまんまと騙されたわけだ。


「しっかし、声をかけてくれた相手が
帝国親衛隊の軍服を着ているのには驚いたなぁ。
正直捕まるのかとヒヤヒヤしたよ。」


なんとか地が出るのを抑えた甲斐あって、
見事に彼の屋敷に入ることが出来た。
あとは「仕事」をするだけだ。


「さーて、こんだけ大きい屋敷なんだ。
宝や値打ち物がいっぱいあるだろな。」

リッツはもう寝てしまっているが、起きる可能性もある。
なるべく早めに仕事を終えたいところである。


……………



………






「おかしいな?ほとんど何もないんだけど…」

色々な部屋を回ってみたが、高価そうなものは一つも見当たらない。
絵、陶器、宝石類、メダル、装飾品
よほど貧しい家でない限りどれかはあるはずだ。
でも、ない。何もない。あるのは本くらいだ。
どうなってるのだろうか、この家は?


「だけど僕はあきらめないぞ!せっかくのチャンスなんだ!」


そして、ついに彼はリッツが寝ている部屋の隣に侵入することを決心した。
かなりの危険が伴う。しかし、虎穴に入らずんばなんとやら
何の収穫もなしにこの家を出るわけにはいかない。

さて、部屋に入ったショータ。
どうやらここは誰かもう一人の寝室のようだが、今は誰もいない。

「お、金庫発見!」

ついに見つけた金目の匂いがするもの。
見たところ固定式なのでそのまま持っていくことはできないが、
なんとか解錠できないかと試してみることにした。


「これはまた複雑な仕組みだな。でもなんとかして…」
「その金庫には鍵はかかってないぞ。」
「え、そうなの!ラッキ――」




ラヴィアが現れた!

ショータは恐怖で動けない!




「――――――――――――――ナンテコッタイ」
「さて、少年。観念しろ。」

グワシッ

「キャー!キャー!たすけてマミー!オウマイガッデム!」
「大分錯乱してるな。」

「なんかさわがしい…、あれ、にいさん帰ってたの?」
「ああ、ところでリッツ。こいつはなんだ?」
「え?あれ?君、にいさんの部屋に入っちゃったの!?」
「しゃべる!全部しゃべるから命だけは勘弁して!」
「げっ!こいつ漏らしてやがる!?」


こうして、運悪く家に帰ってきたラヴィアに見つかったショータは、
今までの経緯を徹底的に白状させられた。


「ごめんなさい…」
「もう!だめだよ!二度とこんなことしちゃ!」
「リッツ。お前も易々と騙されどうする。」
「反省します…」

家に帰ったラヴィアは仕事中の時に比べ若干さばけているが、
持ち前のスキル『恐怖』は健在だ。


「しかし残念だったな。この館には必要最小限の物しかない。」
「ぼくのうちは先祖代々武一直線だから質素なんだよね。」
「うわ〜ん、なんかさんざんだ〜」
「さて、現行犯で取り押さえたから明日には軍につきだすが…」
「(ガクガクブルブル)」
「俺が今から出す課題に従うというのであれば、なかったことにしてもいい。」
「か…課題!?やるやる!助かるんだったらなんでも…!」

なんとラヴィアはショータに司法取引を持ちかけたのだ!
いつもの彼からすると珍しいことだった。

「お前に課す任務。それはとある家への潜入だ。」
「潜入…?」
「いいか、これが富裕層住宅街の大まかな地図だが、
ここの家にはシュプレムという女性が住んでいる。
そいつの動向を把握し、何か怪しい動きがあったら知らせてくれればいい。」


ラヴィアが言うには、そのシュプレムという女性は
富裕層の家庭の一人娘で、様々な知識が豊富な名士である。
明るく活発な性格だが、帝国の統治を公然と批判するばかりでなく
なにやら裏で住民反乱を画策しているとの噂がある。
このところ情勢が不安定なので、彼女が動き始めるかもしれない。

あと、彼女はショタコンでも有名だ。

「…と、言うわけだ。有益な情報を知らせてくれたのなら
その場で金貨20枚支払おう。どうだ?」
「わ…わかったよ!危険だけどやってみる!」
「いいの、にいさん?こんなことして。」
「使えるモノは何でも使う。それも元をとるまで、な。」
「…鬼だ(ボソッ)」
「何か言ったか?」
「いやいやいやいや!何も言ってないよ!」





そんなこんなで、夜が更け、朝になり、陽が昇る。




パスカルの家では、結局同僚たちが泊まり込みをした。
下級役人たちが床で雑魚寝している光景はなんともシュールだ。

「みなさーん!朝ですよ!」
「ん、おおイレーネちゃんか…、おはよう…あいたたた…」
「ですから昨晩あれほど床に寝るのはやめた方がいいと言ったのですが。」
「ぬぅ…、だがパスカルの苦痛を思えばこれしきこと!」

彼らもしなくていい苦労をしてまでパスカルのことを気にかけていた。
適当に朝食を仕入れてみんなで食べる。
そしてパスカルの容体はやはり良くなる気配がないようだ。

「ひはひぶひょう(しかし部長)」
「セウェルス。口にものを入れながら話すな。聞き取れん。」
「ゴクン。しかし部長、夜中に交代で観察しましたが、
どうやら寝ている間も時折咳が出るようです。」
「それは苦しかろうな…」
「それどころか部長、これを見てくだせえ。」
「どうしたラッドレー、それはパスカルの枕………おい、その赤黒い染みは?」
「血…ですかね…」

………

「こりゃあ…また…」
「双子には知らせたか?」
「いえ、先ほど俺が気がついたのですが…
恐らく隠してもばれるのは時間の問題かと。」
「まいったな。あの双子が知ったらパニックを起こすぞ。」

「あれ、ラッドレーさん何で兄さんの枕カバーを持ってるんですか?」
「げっイリーナちゃん!あ、いや、これはだな…」
「お洗濯しますから貸してください。」

ひょい

「あ、ちょっと!イリーナちゃーん!?」
「非常にまずいな…」






「い、いやああああぁぁぁぁ!!い、いいイレーネ!ちょっと!!」
「な、なになにイリーナ!!」
「あちゃぁ…、やっちまった…」
「え、こ、これ、にいさんの…、そんなっ!!」
「二人とも!落ち着くんだ!」


しかし、ヒムラーの言葉もむなしく、二人は完全にパニックに陥った。


「いやっ!いやあっ!兄さんが!兄さんがっ!!」
「お兄ちゃんが死んじゃう!どうすればいいの!?」
「ゴッ…ゴホッ…二人とも、大丈夫…うっコホッケホッだ…、
咳のしす…ぎで、喉を…きった…ゴホッゴホッゴホンッ!!」


ガチャッ


「どうしたの!?何の騒ぎ?」
「リッツ君か!実はパスカルの咳にとうとう血が…!」
「ええっ!?そ、それは大変だ!急いで馬車の手配をしてくる!」
「おう!俺も行くぞ!」

リッツは話を聞くや否やヒムラーを伴って市街地に向けて馬を走らせる。
そして、そこで馬車を借りて再びパスカルの家まで戻ってきた。


「パスカルさん、立てますか?」
「大丈夫…足腰は、特に問題は…ゴホッゴホッゲホッ!!」
「無理するな!苦しい時は苦しいと言えよ!」
「いいかい二人とも。アネットさんが来るまで待っててね。
あとで僕も戻って向かに来るから。」
「うん…、心配ですけどアネット姉さんにも知らせなくっちゃ。」
「早く戻ってきてね!リッツお兄ちゃん!」
「あれ?僕いつの間にお兄ちゃんに!?」
「リッツ君!いくぞ!」
「は、はい!じゃあ留守番よろしくね!」


それはまるで救急車のように、馬車はひたすら道を急いで行った。


アネットがパスカルの家に到着したのはそれから30分後だった。


「おはよー!パスカル、イリーナ、イレーネ、元気ー?」
「アネット姉さん!」「アネットお姉ちゃん!」
「あら?お役人のみなさんは?…あとパスカルもいないんだけど?」
「アネット姉さん…実は…」


少女説明中…


「くっ、やっぱりドロテアの見込みは正しかったようね…
二人とも、パスカルは確実に『結核』に罹患しているみたい。」
『結核!?』
「け、結核って…たしか治すことが出来ないって…」
「どうしよう…お兄ちゃん死んじゃうのかな…
そんなのやだ…そんなのやだよ!」
「よく聞いて二人とも。お姉ちゃんが昨日会った知り合いが
実は結核も治しちゃう薬を作れるらしいの。」
『本当!?』
「でも五日くらいかかるかもしれない。それまでなんとしても
パスカルには頑張って生きてもらわないと…」
「私も精一杯兄さんの看病しなきゃ!」
「私も!お兄ちゃんのためならなんでもするよ!」
「ええ、私もできる限りなんとかするわ。」


その後一刻が経過し、パスカルを乗せた馬車が戻ってきた。


「今戻ったよ。」
「ああ…、アネットも…戻っていたんだな…」
「パスカル!具合はどうなの!?」
「どうやら医者の診断では『結核』だそうだ。
一応咳止めと、処方箋をもらったけど…、
根本的な治療は難しいかもしれないって…」
「あのねリッツさん!実は朗報があるの!」


またしても説明中…


「なんだって!そんなすごい薬があるのか!」
「そうなの!その薬を今私の知人が取りに行ってるんだけど…」


「それは…もしや…『マンドラコラの根』…か?」
『えっ!?』

突如聞きなれない単語を口にしたパスカル。

「取りに…行くのに…往復で4・5日かかる…とすれば、
行き先は…おそらく、親…魔物領カンパネルラの…プラムの街だろう…
そこで…簡単に手に入って…なおかつ効果が…高い薬の素材といえば
マンドラコラの…根以外思い付かない…」
「パスカル、まさかそこまで知ってるなんて。」
「そして…アネット。君が言う知人は…もしや魔物か?」
「!?」

わずかな情報からこれだけ的確な結論を導き出したパスカルに
アネットは改めて驚嘆した。

しかし、ここには新入りとはいえ…
一人の帝国親衛隊がいるのだ。

「そ、そんな!アネットさんが魔物と知り合いだなんて…!」
「リッツ…よく聞いて。魔物は…リッツが士官…学校で習ったような…
凶暴な存在では…ない。むしろ彼らは我々と…共存したがっている…」
「えっ?そ、そうなの…?」
「よかった!パスカルが魔物に対する正しい知識を持っていて!
あ、そうだ。パスカルの具合が少し良くなったから、
これからみんなに私の経験した冒険を話してあげるわ!」
「アネットお姉ちゃんのお話!聞きたい!」
「私も!アネット姉さんの活躍が知りたいです!」
「リッツ、お前は…どうするんだ?」
「うん、僕も興味があるよ。本当の魔物の姿に。」


こうして彼女は、自分の経験した武勇伝を語り始めた。


ユリス地方に突如出現した謎の巨大槍の正体を知りたくて故郷を飛び出した話

黒い森で遭難しかけながらも、歪みを作っていた強力なピクシーを退治した話

ただ一人で帝国軍から村を守っていたミノタウルスと出会った話

主を失い、寂しさゆえ遺跡に人を閉じ込めていた九十九神と和解した話

広い大草原をケンタウルスと一緒に駆け抜けた話

未踏の地底湖の最下層まで冒険し、貴重な素材を持ち帰った話

心に熱い炎を秘めるリザードマンと決闘した話

滞在していた島の大部分が突如海底に沈んだ話

そして、故郷が恋しくなって長い道のりを戻ってきた話



彼女の話にパスカル兄妹やリッツは食い入るように聞いていた。
だが…


「それでね、アルラウネの蜜がもっと欲しくなったグリズリーさんは、
そのままアルラウネさんを押し倒して、イチャイチャ状態に!」
「ほえぇ〜…」「ふあぁ〜…」
「なるべく教育上よくない場面は…飛ばしてほしい…」

免疫のない双子にとって、強烈な話もあった。



「…と、いうわけで私はこの街に戻ってきたのでした。
しかし私がいる限り物語は終わらない!私たちの冒険はこれからだ!」

『パチパチパチパチ!』

アネットが一通り話し終えると四人から拍手が起こった。


「そっかぁ、僕は今まで魔物は忌むべき存在だって思ってたけど、
彼女たちも僕たち人間とあまり変わらないね。」
「ただ…本能に忠実すぎる気もするが…」
「アネット姉さんのお話楽しかったです!」
「聞いててわくわくしちゃったね!」
「そう言ってくれると私も嬉しいわ。さてと、もうこんな時間ね。
二人とも、これから買い物に行くんだけど一緒に行かない?」
「行きたい!…けどお兄ちゃんが…」
「兄さんは?」
「行ってきなよ。僕が留守番してるから。」
「じゃあリッツ、パスカルをよろしくね。」


アネットは双子を連れて市場に行くことにした。
買い物に行く三人をパスカルとリッツが見送った。


「な、言っただろう。魔物は恐れるような存在じゃないって。」
「そうだね…、魔物と手を取り合って生きる世界か。
そんなこと今まで考えもしなかったな。」
「実はね…、ここの市民たちは…そこそこ気がついてるんだ。
魔物は忌むべき…ものとは限らない。きっと共存…できるってね。
プラムの街を…始めとした親魔物領に行った…人が結構いるから
その人たちから聞いた…話があちらこちらで浸透してるんだよ。」
「それでか。このところ教会も信者が減って、それを取り戻すために
無理矢理拡張工事をしてもっと大々的に字とを集めようとしてたし。」

実はこのことに行政は危機感を抱いており、そのせいで
城門における検問が非常に厳しくなった。

しかし、近頃行われる魔物狩で捕らえられ運ばれてくる魔物を目にする機会も増え、
むしろ魔物に同情する人たちを増やす結果になっている。
ローテンブルクの治安情勢はますます悪化するばかりだ。


「そういえばパスカルさん。話は変わるんだけど、シュプレムっていう人知らない?」
「シュプレム…?あの自称民主主義の第一人者の…無駄に明るい女性のことか?
役人の間では良くも悪くも有名だが…直接の面識はない。なんでそんな話を?」
「いや、知らないんならいいんだ。彼女、どうやらにいさんにマークされてるみたい。」
「リッツの兄さん…あの鬼将軍ラヴィアさんか。シュプレムさん終わったな…」

(ふぅ、どうやらパスカルさんが巻き込まれる心配はないようだね。)






一方こちらは買い出しに出かけた三人。



「今晩のおかずは何がいい?お肉?お魚?私お金結構持ってるからなんでも買えるよ!」
「う〜ん、今日は兄さんが好きなカレーライスかな?」
「カレー!?久しぶりー!!」
「ニンジンとジャガイモとカレールーを買いましょう、姉さん!」
「えっと…、お肉も買いましょうね。」
「あ!そうそうお肉も!私たち貧乏でお肉買えなかったからついうっかり!」
「…聞いててかなり悲しいわ。お肉いっぱい買って、どうせなら
今晩は盛大にハンバーグカレーにしてもいいのよ。」
「…!!アネット姉さん肥満!!」
「腹黒!!」
「そういうのは太っ腹っていうのよ!!よく覚えておきなさい。」
『はーい。』
「あとは飯盒と簡易鍋…って野外炊飯するんじゃないからそんなのいらないわね。」



「ねぇ、アネット姉さん。」
「どうしたのイリーナ?」
「姉さんがこの街に戻ってきたのって、故郷が恋しくなったからですよね?」
「?…ええ、そうよ。」
「あのねアネットお姉ちゃん!
私もイリーナも思ったんだけと、もっと別の理由があるんじゃないかって。」
「アネット姉さんが戻ってきた本当の理由って…」
「な、なに二人とも…」

『兄さん(お兄ちゃん)に会いたかったから、でしょ?』
「なっ!?///」

突然の双子の言葉に、アネットの顔は一瞬で真っ赤に染まった。

「やっぱり図星のようですね♪」
「お姉ちゃん顔赤〜い♪」
「そ、そんな!私はパスカルのことなんかなんとも思ってないんだからね!」
「いまさらツンデレしても無駄ですよ。」
「私たちにはわかるの。さっきの冒険の話を聞いた時から。」
「…あなた達って、やっぱりあのパスカルの妹なのね。」

話を聞いただけでここまで洞察してきた二人に、
アネットは舌を巻いた。

確かに、アネットが故郷に寄りたかったのは、望郷の念と
父親と母親の墓参りをしたかったというのもあるが、
なによりも、パスカルに会いたかった。
幼いころから淡い恋心を抱いていた幼馴染。
冒険のためにこの街を出るときも、最後まで見送ってくれた。
そして、冒険をしているうちに何度も見てきた、
魔物と人間の男性の間に芽生えたラブロマンス。

彼と会えないことで、彼女の恋心は募るばかりだった。

「それにね、アネットお姉ちゃんが私たちの
本当のお姉ちゃんになってくれたらもっとうれしいよ。」
「アネット姉さん、兄さんの病気が治ったら結婚しませんか?」
「ら、らって、パスカルの気持ちはっ…!」
「兄さんだったら大丈夫です。姉さん以外の人は眼中にありません。」
「それと私たちは例外ね!」
「………でも、私は冒険者でパスカルはこの街の役人よ。
すぐに離れ離れになっちゃうじゃない。」

アネットの言うとおり、冒険者であり傭兵団の隊長である彼女は
仲間を見はなすことはできないのだ。
しかし、姉妹はなおも食い下がる。

『だったら私たちも付いてく!』
「!!」
「私とイレーネと兄さんって、実はけっこう高い
魔道の素質を持っていることが最近判明したんです。」
「だから私たちが魔法の練習をすれば私たちも冒険できると思うの!」
「パスカルと冒険か…、悪くないかも。」


アネットは想像する。
どこまでも続く道を愛するパスカルと共に、
フェデリカ達とイリーナ、イレーネを加えて賑やかに冒険する。
なんてすばらしい光景だろう!


けれども、同時に一つ問題がある。
パスカルは役人をやめなければならない。
そうなれば、逆にパスカルが上司やリッツと別れなければならない。
自分は良くても、パスカルに申し訳ないのだ。


でも、ここに住み着くとなればアネット傭兵団は解散。
おまけに、行政は最悪だ。


アネットの心は振り子のように
あっちいったりこっちいったりを繰り返す。


「アネット姉さん…、すごく悩んでる…」
「む、無理しなくていいよアネットお姉ちゃん!ゆっくり考えて行こ!」
「そうね…。」
「でもね、本当は私も兄さんと結婚できたらいいなって思ってるんです。」
「ブッ…!?」
「私だって!お兄ちゃんのこと愛してるもん!」
「ちょ、ちょっとあなたたち!?」

まさかの近親愛暴露にアネットは噴き出した。

「でも私たちは血がつながってるから結婚できません…」
「だからせめてアネットお姉ちゃんならって思って!」
「よかった戻ってきて…、このままだったら
あなた達いつか禁断の一線を越えてたかもしれないわ…」


そして、後に越えることになるのだが…


「わかったわ!二人と私の未来、そしてパスカルのためにも!
私はできる限りなんとかしてみるわ!」
「ほんとうですか姉さん!」
「期待していいの?」



アネットの脳裏には、自分かパスカルが仲間との離別を強いられる道ではなく
自分の仲間の誰もが一緒に暮らせるもう一つの道が浮かんできた。



それは…、この都市を親魔物領にしてしまうという

到底一人では成し遂げることのできない

途方もなく無謀な道だった。


11/03/11 15:05更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
登場人物評


リッツ インペリアルナイト12Lv
年齢:18
武器:ファルシオン(剣)
つい先日士官学校を卒業したばかりの帝国親衛隊の卵。パスカルとは図書館で知り合った。
平凡な童顔で、威風は軍服のみ。しかし、明るく前向きでとても心優しい性格。

ラヴィア インペリアルナイト30Lv
年齢:25
武器:勇者の剣
帝国近衛騎士団の部隊長の一人。自分にも他人にも厳しい鬼軍曹で、上司であっても容赦なし。
リッツの兄だが性格は真反対。顔だけは似ている。そして現時点最強キャラ。

ラドミネス バロン20Lv
年齢:65
武器:銀の槍
ローテンブルクの太守。かつては将軍だったが、今は行政官となって都市の権限を一手に握る。
典型的な悪代官。宰相に賄賂を贈って今の地位を得、自身も甘い汁を吸う。

バイヨン  パラディン18Lv
年齢:52
武器:ハルベルト
ローテンブルクに駐屯する軍団の将軍。ローテンブルクの軍事面を司っている。
彼もまた例外なく賄賂と権利乱用で甘い汁を吸う。かなり自分勝手な将軍。





フェデリカ「私の出番少ねぇーーー!!っていうかこれ魔物の話だよな!
魔物がちっとも活躍しないじゃん。こんな話で大丈夫か?(大丈夫だ、問題ない。【反語?】)

それはまあいいにしても、キャラ増えすぎじゃない?
構想段階では6人くらいしか考えてなかったのに、増えるわ増えるわ。
現時点で登場人物評が15人もいるぞ!しかも今後さらに増えるとか…、
本編でもキャラが多すぎて把握しきれない方が多いというのに、その過ちを繰り返す。
参謀本部の悪い癖だな。もっと絞るべきだったか。
でもな、やっぱり誰ひとり欠けても物語は成立しないんだよな。
いまさら後には引けないし、頑張るしかないか。

さて、ちなみに次回はちょっと幕間の話が入る予定だそうだ。
外伝のさらに外伝ってなんだろうね?
気楽に待っててくれると嬉しいな。

じゃ、そういうことで私は寝るっ!おやすみっ!」



……………


………





ってうおい!!なんだなんだ!揺れる!地面が揺れる!!
地震だ!地震が起きてるぞ!!うっかり寝てる場合ではないぞ!!

なになに震源は宮城県三陸沖…
最大震度は……7だと!?えらいこった!!
しかもここ山梨でも震度5強!!やばい!!
うーん、これは被害が大きいんじゃないか!?

読者のみんなもどうか無事でいてくれよ!!
震度7と言ったら自由都市アネットの城壁も粉々だからな!!」

アネット「みんな、無事!?」
ドロテア「怪我はないか!?」
レナータ「どうか被害が大きくならないように…」
パスカル「津波にも気をつけて!」
イリーナ「避難のときはあわてずに!」
イレーネ「最後まであきらめないで!
リッツ「僕たちは何もできないけど、どうかみんな無事で…」


どうかこの地震が、文献に残るような大惨事にならないことを願います。

参謀本部より。

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