連載小説
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起話:Eclips

十年前。

まだこの都市がローテンブルクという名だった時の話。
「赤き城塞」の名を冠するこの都市は、
文化を吸収し次々と国を起こす魔物たちに対する最前線基地として、
また、これ以上人間のテリトリーを侵奪させないための防衛ラインの
役割を担っていた。



この頃のパスカルはローテンブルクの下級役人をしていた。
本人は貧しい家の生まれだが、独学で学問を修め、二十歳の時に役人となった。
下級役人なので給料は決して良くない。
だが、貧困層の住民にとってまともに給料が入る仕事といったら兵士くらいのもの。
下級役人でも、貧困層の住民にとっては夢のような職業だ。


「おっ!パスカル。サビ残終わったのか?」
「今終わったから僕はもう帰るよ。セウェルスは?」
「あ〜、俺は今日は家に帰れそうにねぇな。また今日も仮眠室だぜ。」
「ごめんよ手伝えなくて。僕は家に二人の妹がいるから早く帰ってあげないとね。」
「はっはっは、俺のことは心配するな!気をつけて帰れよ!」
「セウェルスも無理しなよう…、うっ…ゴホッゴホ…」
「お、おい大丈夫かパスカル!?ここのところ咳がひどいぞ。」
「大丈夫…、そのうち治るよ。」
「そうだといいんだが…」


今日も残業を終えたパスカルは同僚のセウェルスと別れ、帰路についた。
彼には年の離れた双子の妹がいるが、両親は病ですでに他界しているため
パスカルが親代わりに身に周りの世話をしなければならない。
彼がもう少し出世できれば少しは楽になるかもしれないが、
何しろ身分が身分なのでその望みは薄いのが現状だ。
どうしても出世したいなら官僚に賄賂を贈るしかないが、
生真面目な彼がそんなことできるわけがなかった。

府庁を出て、官庁施設や裕福層の集まる地区を抜けると
まず中央区画と中流層の市街地を区切る城壁をくぐり、
町の中心に出る。そこからさらに下ってさらに城壁をくぐる。
その先は貧困層が暮らす区画。

「あら、おかえりですかパスカルさん。お仕事ご苦労様でした。」
「ええ、早く妹たちのために帰ってあげないとね。」
「パスカルさん!この前はありがとうございました!
お陰さまでまた商売を続けることが出来そうです。」
「いえいえ、僕は当然のことをしたまでです。」

彼は役人の中でも特に公正に仕事をしているため、
どの市民からもそこそこ人気がある。
ただ、その公明正大さが逆に出世に歯止めをかけているも事実だが…

「こうしてみんなに笑顔で迎えてもらうと、
役人をやっててよかったって思うな…、っ!ケホッ、ゴホッ!
咳が出るな…、今日も早めに…ゴホッ!…休むとしよう。」



パスカルが家につくと、早速双子の妹が出迎えてくれた。

「おかえりなさい兄さん!」
「お兄ちゃんおかえり!」
「ただいまイリーナ、イレーネ。遅くなってごめん。」
「ううん、兄さんも仕事忙しいもんね。」
「でも、たまにはもっと早く帰ってきてくれると嬉しいな。」
「そうだね、僕ももっと早く帰れるように頑張らないとね。」
「じゃあ、兄さんが帰ってきたから夕飯にしましょう。」
「お兄ちゃん!今夜のご飯はお魚を焼いたの!」
「魚か。この季節だと…八羽根トビウオかな?」
「じゃじゃーん!なんと白銀サンマ〜!」
「それはすごいな!」
「兄さん、最近少し風邪気味だから栄養がある物をと思いまして。」
「ありがとう二人とも。僕も早く風邪を治さないとね。」


たとえ貧乏でも、二人の妹といれば満ち足りた生活が送れる。
今夜も三人で身を寄せ合って一つのベットで寝ることだろう。





だが、次の日…

「うっ!…ゴホッゴホッ!ゲホッ!」
「おいおいパスカル!今日は咳が一段と酷いぞ!?今日くらい休んだらどうだ?」
「セウェルスの言うとおりだ。顔がいつもよりつらそうだ。」
「大丈夫だ…セウェルス…ラッドレー、これくらいなら特には…ゴホッゴホッ!」
「どう見ても大丈夫じゃねえよ!無理すると身体に毒だぞ!」

いつもよりひどく咳き込むパスカルを見かねて、
同僚二人はパスカルに休むよう説得を試みる。
それを見て、上司のヒムラーもパスカルのところに来た。

「二人の言うとおりだパスカル。それほどつらい風邪だと仕事もままならんだろう。
風邪が治るまでしばらく自宅で養生しておけ。」
「ですが…ゴホッ!それでは家計が…」
「確かに欠勤中の給料は引かれるだろうが、命には代えられんだろう。
それに、金が心配だったら俺も何とかしよう。
だから治るまでは仕事のことは忘れて休んでいろ、な?」
「…わかりました、そこまで言うのであれば。」
「わかればいいんだ。ラッドレー、送ってってやれ。」
「へい、了解です。」

ヒムラーはパスカルを説得して家に返した。
それもわざわざ部下のラッドレーに付き添わせて。


「やれやれ、あいつも真面目なのはいいが休む時には休まんとな。」
「だったら俺たちの仕事量を少しは減らしてくださいよ。」
「うむ…そうしたいのは山々なんだが、俺は内政局長に賄賂を贈りたくねぇからな。
こうして面倒なことは全部うちの部署に回ってきやがる。
なんなら俺が移動提案出してやるからお前もほかの部署に移るか?」
「まっさかー、市民をいじめるくらいだったらサビ残やってたほうがまだましですって。」
「ならいい。この部署はローテンブルク最後の良心だ。
中央から派遣されて威張ってる役人どもとは違い、俺たちはこの街で生まれ育ったんだ。
絶対腐った真似なんかしちゃいけねぇ。賄賂なんてもってのほかだ。」


パスカルが所属する部署は、地元出身で構成されている。
そのため、部長であるヒムラーは官僚に賄賂を贈ることを拒み、領民を虐げることを嫌い
結果として他の部署の仕事を押し付けられている。
今では仕事の量はほかの部署の10倍にものぼる。
それでも、1年前にパスカルが来たことで、賄賂の代わりに
都市政策を奏上することで少しずつだが部署の地位を向上させている。
ヒムラーにとってパスカルは何物にも代え難い人材だった。
よって、パスカルの健康を部署の誰もが心配していた。

「さてお前ら、パスカルが元気になるまでつらいかも知れんが
あいつが安心して休めるように俺たちも頑張るぞ。」
『応!』


一方、パスカルは同僚のラッドレーに付き添われて
自宅まで戻っていた。

「ほら、ついたぜパスカル。」
「ケホッ…わざわざ、すまな…ゴホッゴホン!」

ドンドン

「はーい、どちらさまですか?」
「おう!パスカルの病気がひどくなったからここまで送ってきてやったぞ。」
「ええっ!!兄さんが!?」

そう言って勢いよく扉から出てきたのはイリーナだ。
そして一歩遅れてイレーネも出てくる。

「兄さん!大丈夫!?しっかりして!」
「お兄ちゃん!?どうしたの!?」
「今日は咳が一段とひでぇんだ。一応役所にはしばらく休むって言ってある。
だから元気になるまでしっかりパスカルの面倒を見てやってくれ。」
「ゴホゴホゴホッ!すまない…二人とも…」
「大変!すぐに看病の準備しますから!」
「わ、私お粥作ってあげるからね!」
「いいかパスカル。仕事のことは俺たちに任せてゆっくり休んでろ。
俺たちもちょくちょく見舞いに来るからな」
「ありがとう…」

こうして、パスカルはしばらく自宅養生することになった。
その夜に同僚のセウェルスや上司のヒムラーが来て、
病気見舞のお金を置いていったという。










さて、場面は変わってこちらはローテンブルクから30q東の街道。
森と山岳を縫って走るこの街道を、数十人ほどの帝国兵が行軍していた。
方角的に、おそらくローテンブルクに帰還するのだろう。
その上、何やら物品を満載した馬車が2台と、
何かが入れられている移動用の檻を牽く馬車が3台ある。

「よーし、全員ここで小休止だ。」
「ひーこら、やっと休めるぜ。」
「この分だと到着は夕方かね?」

部隊の隊長らしきアクスナイト(斧装備の騎士)が
兵士たちに小休止の命令を出す。
坂道の多いこの街道はそこそこ疲れやすい。


だが、この様子を森の中からうかがう影が複数。


「やつら、ここで小休止するつもりらしいな。」
「アネット隊長。今が襲撃のチャンスでは。」
「ええ、ここなら急には身動きが取れないし格好の機会ね!」
「なら決まりですな。」
「坊やは危ないからここでおとなしくしてろよ。」
「うん!おねえちゃんたちがもどってくるまでまってる!」
「いい子だ。じゃあいくぞ三人とも!」
『おーっ!』


掛け声とともに、四つの影が森を抜けた。

「ダブルショット!」

ヒュンヒュン!
ドスドスッ!

「がっ!?」「うぐっ!」


まずはケンタウルスが崖の上から矢を二本つがえて
一番近い檻を運搬していた兵士二人を射抜く。

「おい、どうした!?何があった!?」
「どこからか弓矢が…」

「せいやぁ!」

シュバッ!ザシュゥッ!


続いて最も俊敏なリザードマンが崖を一気に飛び降りて、
声を上げさせる猶予も与えず二人を剣で葬る。

「おりゃさっさー!!」

ズシィ!!
ベキベキベキッ!

「ぎゃああぁぁ!!」

「おら木端ども!覚悟しな!」

身長が2mもある巨大なミノタウルスが、
崖際にいた兵士をその巨体で踏みつぶし、そこから突撃する。

「魔物だ!魔物が襲撃してきたぞ!」
「応戦しろ!ここでこいつらを討ち取れば勲功が増えるぞ!」

「人間もいるけどね!」
「!!」

「ブリィッツ!リッタアァァッ!!」

ズカアァン!!

「ぐふぉ!?」

最後に、槍を持った人間の女性が、
雷魔法を組み合わせた突きで背後から重装歩兵を貫く。


突然の襲撃に帝国兵たちは虚を突かれ混乱した。
兵士たちは右往左往し、組織的な反撃が行えない。

「な、何をしているお前ら!さっさと魔物どもを討ち取らんか!」

隊長は必死に兵士たちを叱咤するが、混乱は収まらない。
それどころか…

「へぇ、どうやらあなたがこの部隊の隊長のようね!」
「な、ななな、何だ貴様は!人間の!しかも女の分際で!
魔物に味方し我ら帝国軍に逆らうというのか!」
「ルロ村で奪った物を全部置いていきなさい!
そうすれば命だけは助けてあげるわ!」
「ほざけ!この第二中隊長ルーメルが貴様を討ち取ってくれる!」

部隊長は女性に向かって馬上から斧を振り下ろすも、軽く回避される。

「隙あり!喰らえ!ブリッツリッター!!」

ズドオォン!!

「ぐべらばさ!?」

猛烈な刺突が部隊長の腹部を貫き、さらに電撃が身を焦がす。
そして最後には力なく落馬した。


「ルーメル隊長が一撃で!?」
「俺たちが戦っても勝ち目がねぇ!」
「逃げろ〜〜」

こうして、隊長を失った帝国軍の兵士たちは
蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「案外あっさり終わったわね。手軽で結構!
フェデリカ、檻の中にいる子たちをお願い。」
「あいよー。」

フェデリカと呼ばれたミノタウルスは手に持つ斧を振い、檻を破壊する。
3台の檻の中にはセイレーンやワーシープなど
戦闘能力を持たない魔物たちが閉じ込められていた。

「ふえぇ…た、助かったぁ…」
「危ないところだったな。だが、もう大丈夫だ。」
「助けてくれてありがとう!この恩は一生忘れないわ!」
「そう言ってくれると助けた甲斐があったってもんだ。」

と、そこに崖の上から弓で援護していたケンタウルスが、
背中に男の子を乗せてここまで降りてきた。

「アネット隊長。ショータ君を連れてきました。」
「あら、ありがとうドロテア。迎えに行ってくれたのね。」
「わー、おねえちゃんたちすごーい!
まだちょっとしか戦ってないのに、悪い奴らをやっつけちゃった!」
「はっはっは、少年よ正義はいつも勝つのよ!」
「うん!せいぎはかならず勝つ!」

ドロテアと呼ばれたケンタウルスは、男の子を下ろし
捕まっていた魔物たちに外傷はないか確認を始めた。

「アネット隊長。幸い捕まっていた子たちに目立った外傷はないようです。」
「それはよかったわ。だけど衰弱してるかもしれないから
何か症状を訴える子がいたら診てあげてね。」
「わかりました。」

ドロテアは医術に詳しいケンタウルスで、
仲間がけがをしたときにも頼りになる存在だ。

「アネット隊長。」
「どうしたのレナータ?」

レナータと呼ばれたリザードマンが、
馬車の中身を点検したことを報告する。

「馬車の荷台を調べたところ、略奪された物品はまだ手つかずでした。
おそらくこれらもローテンブルクに運び込むつもりだったのでしょう。」
「そうね…、でも私たちはこれからローテンブルクに行くんだ。
この荷物は持っていけないな。」
「一度プラムの街まで引き返しますか?」
「う〜ん…」

「あの〜、私は馬車を操縦できますので
よろしかったら一台は私に任せてください。」

そう言ったのは捕まっていたワーキャットだ。

「先ほど私たちで話し合ったんですが、もう一台の馬車の荷物は
私たちのお礼ということで、貴方達に差し上げます。」
「なに!?しかし、これは依頼ではないし、お礼にしては多すぎる。」
「いいんですよ、むしろ私たちはもっとお礼したいくらいなんですから。
それに、ここにおいて置いても誰かに取られてしまいます。」
「わかったわ。もう一台の馬車は有難く受け取るわ。」
「そうしてくれると嬉しいです。では、私たちはプラムの街に行きます。」
「ええ、気をつけてね。」

こうして、捕まっていた魔物たちは改めてお礼を言って
馬車と共に東の方に戻って行った。


「いやー、いいことした後は気持ちがいいなアネット!」
「そうね。正義の味方を気取るつもりはないけど、
人助けが出来るって素晴らしいわ。」
「ではアネット隊長、私たちもローテンブルクに向かうとしましょう。」
「ええ。」

そしてアネットと呼ばれた人間の女性は、
鹵獲した馬車に乗り込み、手綱を手に取る。

「さ、故郷までもうすぐよ。」




アネット傭兵団…

人間一人と魔物三人で構成されるかなり小規模な傭兵団。
だが、四人ともかなりの実力の持ち主だ。


まず、ミノタウルスのフェデリカ。

短めの銀髪に、健康的な褐色の肌を持ち。
そしてなにより、2mを超える巨体が特徴である。
サイクロプスと並んで大きな個体が多いミノタウルスの中でも
フェデリカほどの身長を持つ者はそうそういない。
彼女の得物は、サイクロプスに特注した大きな戦斧だ。
並みの武器では彼女の怪力に耐えられず壊れてしまうのだが、
この斧はどんなに荒く扱っても決して壊れることはない。
性格は、猪突猛進ながらも義に厚く、困った人をほおっておけない。
また、人の意見を素直に聞くのも彼女のいいところだろう。


次に、ケンタウルスのドロテア。

長めの茶髪を後ろで結び、ポニーテールにしている。
この地方では珍しく、顔がやや平たく、東洋系の顔立ちをしている。
遥か東の草原の出身で、幼いころから旅を続けている草原の戦士。
弓の扱いが抜群にうまく、愛用の短弓を使った速射が得意なほか、
2・3本の矢を同時に放って命中させることもできる。
また、長い旅の間に獲得した医術も彼女の持ち味だ。
責任感が強く、有言実行をモットーとしている。


続いて、リザードマンのレナータ。

薄紫の髪の毛に、やや太い眉毛。深い緑色の鱗におおわれている。
革製の鎧のみを防具とし、非常に身軽な格好をしている。
アネット傭兵団に入ってまだ1年ほどだが、仲間からの信頼は厚い。
戦いになると、鋼鉄製の大剣を軽々と扱い、敵を切り裂く。
本人の素早さは傭兵団の中で最速。よって切り込み役も務める。
常に真顔で、表情に喜怒哀楽を現すことは少ないものの、
心の中には常に熱い闘争心を秘めている。


そして、隊長のアネット。

若葉を思わせる気緑色のストレートヘアーに、白いバンダナをしている。
身長は人間の女性にしては高い方で、175程度はあるだろう。
その瞳には、常に前に進む意思が強く表れており、
若いながらも歴戦の冒険者といった風格が現れている。
彼女の武器はウイングドスピアという、穂先に羽のような部位がついた槍。
手頃な長さで、しかも軽い。一対一でも一対多でも戦える性能を持つ。
彼女の必殺技「ブリッツリッター」は簡単な雷魔法を槍に刻んでおき
相手を突くと同時に電撃を見舞う豪快な技だ。
三人の魔物を従えるだけあって、リーダーの素質が強く
常にみんなの先頭に立って導いていく勇敢な女性なのだ。

アネットはローテンブルクの生まれで、
15歳のときに冒険者となって、各地を転戦し
その中でフェデリカを始めとする三人と出会った。
そして、21歳になり久しぶりに故郷に戻ってきたのだ。



…ついでに。
今彼女たちと行動を共にしている男の子はショータという。
ローテンブルクに帰りたいが、
一人では帰れないと嘆いていたところに
たまたまアネット達と出会い
ローテンブルクまで送ってもらえることになった。
見た限りでは、かなり無邪気で明るい性格だ。
生まれはアネットと同じく貧困層らしい。





さて、アネット達はローテンブルクまであと1qの地点まで来た。
アネット以外の魔物たちはローテンブルクには入れないので、
用が住むまで近くの森の中で待っててもらうことになった。

「ごめんね、しばらく不便すると思うけど。」
「心配すんなアネット。私たちは元々森に住んでたんだからさ。」
「むしろ人間の街の中よりもこうした森の中の方がよほど安全です。」
「私たちのことは気にしないで、思う存分故郷を楽しんできてください。」
「ありがとう三人とも。なるべく早く戻ってくるわ。」
「じゃーね!おねえちゃんたち!バイバーイ!」
「おう!坊やも強く生きろよ!」


こうしてフェデリカ達と別れたアネットとショータは、
ローテンブルクの東門をくぐろうとする。
しかし、衛兵に止められた。

「おいお前たち!通行証はあるのか?」
「え、え?つうこうしょう?」
「生憎私たちはそんな物は持ってない。」

だいたいアネットがここを出た時にはそんなの持ってなかった。

「だったら身元保証金を…」
「身分証明できるものならあるわ。」
「は?」
「ほら、これでどうかしら?」
「うっ!そ、それは!」

彼女が衛兵に見せたのは一枚の羊皮紙。
そこに書かれているのは…

――――――――――――――――――――

氏名:アネット 性別:女性 

  「A」ランク冒険者

出身:帝国領ローテンブルク

取得年齢:19歳

貴殿の冒険者としての腕前と信頼を認め
ここに、貴殿を熟練の冒険者と認定する。
数多の冒険者の模範となり、
栄誉ある活躍をすることを期待する。


ロンドネル冒険者ギルド長官
アルレイン.V.クレールヘン  印

――――――――――――――――――――


「一応これはユリスのだけど、
ローテンブルクでの登録証もあるわよ。」
「う、うむ…これはまさしくロンドネルの…」
「わかったならさっさと通しなさい。急いでるの。」
「…ちっ、いいだろう通れ。」


アネットは2年前にユリスの地方都市で取得した
熟練冒険者の証明を見せると、衛兵は黙って通すしかなかった。
身分保障ができなければ、規則により身分保証金を取られるのだが
なにしろほぼ腐りきった行政が支配しているので、
その金額は法外なものになっていただろう。


「さて少年。町には入れればあとは自由よ。」
「ありがとーおねえちゃん!これでぼくも家にかえれるよ!」
「うんうん、元気でいるのよ。
あと、これは少ないけど生活費の足しにしてね。」
「わぁ〜、金貨だ!こんなにありがとう!」
「くじけるなよ少年!じゃあね!」

そう言ってアネットはかっこよくその場を立ち去った。




「ふっふっふ、まずは作戦大成功…」

ショータ少年の顔から先ほどの無邪気な表情が消えた。

「いや〜、僕って頭いいね!
こうして傭兵団の人たちと一緒に行動すれば安全だし、
食事の心配も路銀の心配もいらないし、
楽にこの警備が厳しい都市に入ることが出来た。
それに、傭兵団の人たち美人ばっかりだったしね!
お金ももらえるなんて!」

ショータの正体。
それは、各地を転々とする盗賊だった。
一見すると人畜無害なショタっ子だが、実はかなりの演技派。
その演技を演技と見破れた者はごくわずか。
子供らしく振舞いつつ標的に近づき、相手を油断させ
懐に入った段階で何かしらの行動を起こすのだ。
その相手は人間、魔物問わず(どちらかというと魔物の方が騙しやすいが)
特に女性が被害にあうことあ多い。主に金銭と、精神的に…
はっきり言ってかなり厄介な盗賊である。

「さ〜てと、まずは品定めと参りますかね。」

そう言って彼は中央区画に向かって行った。






そんなことはつゆ知らず、アネットは一路貧困層の住宅街に向かう。
自分がここを飛び出してだいぶ経つが、人々の目に生気がない。
昔は厳しくてもそれなりに生き生きとした日常があったのだが…

「パスカルは今どうしてるかな?
あんだけ勉強してたんだ。きっと役人あたりになっているだろう。」

気になる。とても気になる。

両親が3年前に亡くなったことは、ユリスの冒険者ギルド長に知らされた。
あとでお墓参りをしておこう。

それより気になるのは幼馴染のパスカルのことだ。
歩む道は大きく違ったけれど、アネットにとって
故郷で一番気が置けない人物だ。



貧困層の住宅街に入ると、人々はすぐに彼女がアネットだと気付いた。

「まあアネットちゃんじゃないかい!」
「フェーンおばさん、久しぶり!」
「んまあ、ずいぶんみないうちに大きうなったもんね。」
「おっ、アンネおばさんはちっとも変わらないね!」
「そうそうアネットちゃん!あんたの幼馴染のパスカルさんなんだけどさ。」
「え、パスカルがどうかしたの?」
「なんでもひどい風邪をひいて寝込んでるみたいよ。
せっかく来たんだからあんたもお見舞いに行ってやったら……、あら?」

パスカルが風邪をひいて寝込んだと聞いた時点で、
アネットは疾風の如く駆けだした。
彼のことが急に心配になってきた。


「ふぅ、ここ、でいいのよね…」

パスカルが引っ越していなければ、ここで間違いないはず!


ドンドン!

「パスカルー!いる〜?」


ドタドタドタドタ!

中から何かが駆けてくる音が聞こえる。

ガチャッ

「その声はアネットお姉ちゃん!?帰ってきたの!?」
「あら…イリーナだっけ?イレーネだっけ?」
「イレーネだよ!アネットお姉ちゃん!早くこっちに来て!」
「ちょ、ちょっと…」

イレーネは有無を言わさずアネットの手を引っ張っていく。

「お兄ちゃ〜ん!イリーナ〜!アネットお姉ちゃんが帰ってきたよ!!」
「うそっ!アネット姉さんが!?」
「や、やっほ〜イリーナ!元気だった?」
「むぅ、アネットお姉ちゃんはイリーナの方は間違えないんだ…」
「いやいや…あなたがイレーネってわかってるんだから間違えないわよ。」

「ゴホッ、ゴホゴホ!アネットか…、ひさし…ケホッ…ぶりだな…」
「ちょっとパスカル!酷い咳じゃない!」
「ゲホッ…、すまん…今…しゃべるのも…ゲホッゴホッゴホッ!つらい…」
「すごい熱ね…、ただの風邪にしては症状が重すぎるわ。」
「でも、お医者さんを呼びに行っても来てくれないの…」
「どうせお金持ってないだろうって…」
「酷い…」

アネットは改めて貧困層が置かれた状況を思い知った。
稼いだお金は重い税金によってほとんど持っていかれ、
重い病気にかかろうものなら医者にも診てもらえず、
自分で治すか死を待つのみ。

「まっててパスカル!今からお父さんとお母さんのお墓参りをしてから
薬と栄養がつく食べ物を買って戻ってくるから…」
「アネット…、行く前に一つだけ…ゴホゴホッ!知ってほしいことが…」
「な、なによパスカル。」
「ゲホッゴホッ!…お前の両親の墓は…ケホッ!もう…ない…」
「……ぇ?」
「あのね…アネットお姉ちゃん…、
お姉ちゃんのお父さんとお母さんのお墓は…」
「そして私たちのお父さんとお母さんのお墓も…」
「貧困層の…墓は、去年教会の…拡張工事の際…潰された…」
「う…そ、そん…な、うそでしょ?
まだ私…お墓参りに…行ってないんだよ?
それなのに…それ…なの…に、おとう…さん、おか…あさん…」

アネットはその場に崩れ落ちた。
目からは大粒の涙がこぼれ始めた。

「ごめん…なさい!おとうさんおかあさん!私がもっと早く帰ってくれば!
私が親不幸だったばかりに!もうお墓参りもできないなんて!
いや!そんなのいや!私のせいで!ごめんなさい!ごめんなさい!」

狂ったように泣き叫ぶアネット。
もはやいつもの凛々しい表情はどこにもなかった。

「…………すまん、アネット…ゴホッゴホッ!
僕は…ゲホッ!ここの役人…なのに…止められなかった…
僕が無力だった…ばかりに…こんなこと…ケホッケホッ!」

パスカルは泣き叫ぶアネットを受け止めてあげたかった。
しかし、近付くとアネットにまで病気が染るかもしれない。
彼はただただ、手で頭をなでて慰めてあげることしかできなかった。



しかし、彼らが悲しみに浸っているところに
さらなる追い打ちがかかろうとしていた。



「…イリーナ、イレーネ…なんだか外が…騒がしい。」
「本当です…。一体どうしたのでしょう?」
「なんかいやな予感がするよ…お兄ちゃん。」



この時貧困層の区画に、数十人の兵士が立ち入ってきていた。
彼らは手当たり次第に家々を回っているようだ。


それはまるで昼間の太陽が欠けていくような、
絶望の闇の始まり…

11/03/05 00:45更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ

登場人物評


パスカル 下級役人
年齢:21歳
主人公。年の離れた双子の妹を持つ生真面目な青年。内政能力はかなりの物。
現在彼が罹患している病気は『結核』。この時代だとほぼ助からないといわれている。

イリーナ・イレーネ
年齢:12歳
パスカルの双子の妹。姉がイリーナで妹がイレーネ。ぱっと見区別が難しい。
そして両方とも重度のブラコン。両親が早く他界したのが原因か。

アネット 勇者21Lv
年齢:21歳
武器:ウイングドスピア
15歳のときに冒険者となり、以来6年間各地を旅してきた凄腕の冒険者。
魔物とは結構親しく、魔物を虐げる者には容赦しない正義の味方。

フェデリカ ミノタウルス19Lv
武器:サイクロプスの斧
アネットと一番初めに知り合ったミノタウルスの戦士。豪胆な性格。
特徴は何と言ってもその巨体。オパーイもグレート級。

ドロテア ケンタウルス14Lv
武器:短弓
自分の能力を生かせる人を求めてはるばる東からやってきた草原の民。
責任感が非常に強い半面、けっこういろんなことを背負いこみがち。

レナータ リザードマン13Lv
武器:鋼の大剣
かつてアネットに勝負を挑み、敗北したため、以後アネットに忠誠を誓う。
表情が非常に乏しいが、アネットからすると口調で感情が分かるとか。

セウェルス 下級役人
年齢:22歳
パスカルの同僚。彼の方が1歳年上だが、役所に入ったのは同じ時期。
仕事についての愚痴は絶えないが、勤務態度は結構真面目。

ラッドレー 下級役人
年齢:24歳
パスカルの同僚。4年間ずっと下級役人。一向に出世の気配が見えない。
下町口調が特徴。誰とでも気兼ねなく話せるのは一種の才能か。

ヒムラー 部長
年齢:45歳
名前からしてアレっぽいが、昔堅気の地元密着型のお役人。
上司というよりも、どちらかといえば親方といった感じが強い。

ショータ シーフ12Lv
年齢:?
武器:グラディウス or 超絶演技力
一見すると人畜無害なショタっ子だが、実はかなりの演技派。
子供らしく振舞いつつ標的に近づき、鍛え抜かれた寝技で襲いかかる。
泣かせた魔物は数知れず、数多の女性をコマしてきた鬼畜ショタ。
…と、言う設定になってる特別ゲストキャラです。
トレム・デル氏からお借りしました!この場にてお礼を申し上げます。


参謀本部追記:どうでもいいですが、偶然にも9999文字でした。

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