第43話「絶望と希望」
「(生きてる……。)」
意識を取り戻したコレールが最初に感じたのは、自身の命が未だに途切れていないことへの驚きだった。
やがて、霞がかかった視界が少しずつ鮮明になってくる。
コレールのいる場所は、どこかの大きな城における、玉座の間のようだった。しかし、床には割れた窓のガラス片や、ピクリとも動かない近衛兵たちの体、そして乾いていない血痕が広がる、惨憺たる有様である。
そして広間の中央では、既に人外じみた風貌と化しているムストフィルが、格式の高い服装の青年の首を掴んで持ち上げていた。
「息子よ……お前は私に嘘はつくまいな? 砂の王冠を破壊するための魔道具。その所在についての研究も、この帝都で続けられていたはずだ」
ムストフィルの口ぶりから、コレールは自分が連れてこられた場所が、ウィルザードの帝都にある皇帝の居城であることを理解した。
「魔道具は……どの遺跡を探しても見つからなかった……! それで十分なはずだ……!」
ムストフィルはしばらくの間無言で息子の顔を見つめていたが、コレールが意識を取り戻していることに気がつくと、その体を床に投げ捨てた。
「コレール=イーラ……お前は『赤い砂嵐』の伝説を知っているか? その砂嵐の中には、魂を喰らい生きる『赤の巨人』が潜んでいるという話だ」
ムストフィルはコレールに語りかけながら、砂の王冠を手に持ち上げる。まばゆい光を放つ王冠は泥の様に形を変えて右腕に纏わりついていき、やがて4つの魂の宝玉が埋め込まれた篭手へと変貌した。
「赤の巨人の正体は、古代の魔術師たちが魂の宝玉の実験によって作り出した一種の人造生命体だ。皇帝を守るために産み出された兵器だったが、砂の王冠をめぐる内乱の中で制御を失い、赤い砂嵐をまとって無差別に魂を取り込む災厄と化した。……だがそれも今日までの話だ」
ムストフィルが赤銅の篭手と化した砂の王冠を頭上に掲げる。王冠と宝玉は強い光を放ち、それに呼応するように玉座の間の床に魔法陣が形成され、外壁の外から身の毛もよだつような唸り声が響いてきた。
外部からの強い力によって外壁が崩壊し、その衝撃と散らばった瓦礫が身動きの取れないコレールの体を襲う。
外壁に空いた穴から真紅の砂粒で形作られた巨大な手が差し伸べられる。ムストフィルはその手のひらに足を乗せると、コレールに向かって勝利の笑い声を浴びせかけてきた。
「まずはステンド国にある最後の宝玉を頂きに行くことにしよう! 砂の王冠が完成すれば、赤の巨人も私自身も不滅の存在となる! そうなればもはや砂の王冠を破壊するための魔道具とやらも恐るるに足らん!」
コレールは全身を襲う激痛に耐えながら巨人に向かって必死に手を伸ばすものの、彼女の意識は再び深い闇の中へと沈んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コレールが立っていたのは、一面に白いデュランタの花が広がる、不思議な雰囲気の空間だった。
「私は……死んだのか?」
鱗に覆われた自分の両手を眺めるコレール。
暫く呆然としてからふと顔を上げると、目の前に恰幅の良い中年男性が微笑みを湛えて佇んでいた。
そしてその微笑みは、コレールの記憶にある中で最も古く、そしてもう二度と見られないはずのものだった。
「父さん……?」
「コレール」
かつて魔王軍の諜報部隊に所属し、内通者の裏切りによって命を落としたはずの父親、ディアスの姿が、そこにはあった。
コレールは思わず手を伸ばすが、後少しで触れられるという距離で阻まれる。二人の間には、透明な壁のような何かが立っていた。
「父さん……会えて良かったよ……その、父さんが死んでから色々あって……」
奇妙な状況に戸惑いつつも、自身の現状を伝えるべく話し始める。
「あれからウィルザードって言う場所にクリスと派遣されたんだ。そこで色んな人たちと出会って……見たくもないような光景も見せられたけど……懸命に生きてる人たちもいて……そうだ、私、恋人ができたんだ! 私がだよ、信じられる? ……はは、すごいよな……はは、は……」
違う、そうじゃない。亡くした父に伝えたいことは沢山あるけれど、一番伝えたかったことはそれじゃない。
コレールは乾いた唇をなめると、肩を震わせてあの時伝えられなかった言葉を絞り出した。
「ごめん、父さん……私、父さんを守れなかった……最期を看取ることすら……本当に、ごめん……」
自己嫌悪に沈むコレールに向かって、ディアスは穏やかな、そして少し悲しげに微笑みながら口を開いた。
「自分を責めるな、コレール。覚悟の上だ」
ゆっくりと、顔を上げるコレール。
「母さんはどうしてる? ここの居心地も悪くはないが、もしかしたらアンデッドとして甦ることが出来るかもしれないとも考えてたんだ」
「最期に見たときは、凄く落ち込んでた。父さんを呼び戻そうとも考えたんだけど、母さんは父さんが『ようやく静かに眠れる』と思ってるんじゃないかって……」
「あぁ……なんだ、そんなことを考えていたのか。私はてっきり、仕事ばかりの自分に愛想をつかしたんじゃないかと思ってたところだよ」
コレールは先程父親がそうしていたように、悲しげな笑みを浮かべた。
「そんなことあり得ないって、知ってるくせに」
「意地悪だったな。悪かった。母さんには、『心の準備が出来たら、好きな時に呼んでくれて構わない』と伝えてくれ」
ディアスは透明な壁にそっと手をあてた。コレールもそれに合わせる。
「こちらのことは気に負う必要はない。死んだ者ではなく、生きてる者の為に力を尽くすんだ、コレール」
「分かってる。でも……敵は強大だ。今回ばかりは、少し自信がない」
「ならば信頼に値する者に、頼るんだ。大業は独りで為すものではない」
世界がぼやけていき、コレールはここにいれる時間が残り少ないことを察した。
「また会えるよね?」
「何時も傍にいる」
その会話が最後となり、コレールの意識は、今度は眩い光の中へと落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい……生きてるのか? 頼むから返事をしてくれ!」
目を覚ましたコレールが最初に耳にしたのは、先程ムストフィル3世に締め上げられていた青年のかすれた声だった。
ムストフィル4世。現在のウィルザードの皇帝だ。
「あぁ、良かった……。そなたが噂のコレール=イーラだな? 時間がない。手短に話すから、どうか耳を傾けてくれ」
そう言うと、4世は何者かの血でべっとりと濡れた、短剣をコレールに握らせた。
「これが『砂の短剣』……『砂の王冠』を破壊するために古代人が造り出した遺物だ。王冠に突き刺すだけで良い」
「わ、分かった……でもあんた、まさか……」
コレールは短剣を受けとる時に、4世の胸の辺りにどす黒い血溜まりが出来ていることに気が付いた。
「己の心臓と引き換えに、隠したい物の存在を完全に隠蔽する、強力な封印術だ。王冠の力を手に入れた父上から隠し通すには……これし……か……」
最後まで言い終わる前に、封印術の代償を支払った青年の体は崩れ落ちる。そして、そのまま動かなくなった。
「……いつか魔物娘の導きで、またこの世に戻って来てくれ」
コレールは己の命をウィルザードの未来に捧げた青年の目蓋を閉じさせる。
「砂の王冠の壊し方は分かった。でも今から馬を見つけて、赤の巨人に追い付けるか……?」
「「「コレール!!」」」
それは、一瞬のことだった。
コレールの背後で「ゲート」が開き、五人の腕が彼女の体を掴んだ。
開いてすぐ収縮していくゲートの中に、コレールの体は吸い込まれ、後には静寂だけが残された。
ーーーーーーーーーーーーーー
「はぁっ、はあっ……!!」
神聖ステンド国、リネス=アイルレットの執務室に、ゲートを通ってコレールが飛び込んできたのを見たフォークスは、ギリギリのところで自分の魔力が持ってくれたことに感謝した。
魂の宝玉を引き剥がされて尚、肉体にわずかに残存していた魔力を使い、コレールの状況を遠視、そしてゲートを一瞬開くことで、なんとか彼女の体をここまで連れ戻したのだ。
「フォークス……もう十分だ。今のうちにこの国から……いや、ウィルザード大陸から逃げた方が良い」
「妹殺しの蛮族の指示なんか受けねえよ……それに、ウィルザードから離れるつもりも無い。俺が死ぬとしたら、家族が産まれて、死んだこの地でだ」
魔力を使い果たした自分の体を支えるアラークにそう吐き捨てると、フォークスはよろめきながら近くの椅子に座りこんだ。
「大丈夫、コレール!? 怪我は無い!?」
「あぁ、平気だよ……ゲートに挟まれて体が真っ二つになりかけた以外はな。クリス、今どんな状況だ?」
「教えてやるよ。この世の終わりだ」
クリスの代わりにドミノが答える。ドミノが執務室の窓を開けると、遠景に赤い砂嵐を纏った巨大な人影がこちらの方向に近づいてきてるのが見て取れた。
「今カエデとフレイアがこちらの軍を……それと、近隣の魔王軍に加えて、ルーキという名のバフォメットがサバトを率いて、赤の巨人を食い止めようとしている。だが、時間稼ぎが精一杯だ」
窓の外の光景を見つめるコレールの隣で、リネスが呟いた。
「いいや、まだ終わりじゃない」
コレールは皇帝から渡された「砂の短剣」を、皆の前で取り出した。
「こいつを砂の王冠に突き刺せば、王冠を破壊することができる。きっとそれで赤の巨人も止めることができるはずだ」
コレールは手のひらの中の短剣をぐっと握りしめると、意を決した表情でこれまで旅をしてきた仲間たちに向かって口を開いた。
「聞いてくれ! 私はこれからこの短剣で砂の王冠を破壊しに行く。けれど、軍隊でも敵わないような怪物相手に独りで戦うのは無謀だ。だから……みんな、力を貸してほしい」
コレールは続ける。
「私たちは、別に明確な一つの大業を成すために、チームになったわけじゃない。背負っているものも、性格も、種族ですらバラバラだ。だけど……あの化け物が多くの人々を傷つけようとしているこの状況で、やりたいと思っていることは同じだと信じてる!」
「ウィルザードの人たちを守らないと! 私は魔王軍としての正義を果たすわ!」
いの一番に、クリスがコレールの呼びかけに応えた。
「コレール。君に協力して、贖罪への第一歩とする。もう過去から目を背け、逃げ続ける人生に戻るつもりはない」
アラークが立ち上がり、覚悟を決めた様子で口を開く。
「正義にも贖罪にも興味はねえけど……この国のすべてを自分の思うままに支配したいっていう野望がへし折られたときの、玉無し上皇様の顔は見たいかな」
ドミノは相変わらずの性格の悪さがにじみ出た笑顔で呟いた。
「正直行きたくないけど、コレールは行くんでしょ? なら僕も行って、戦うよ。死ぬときは一緒」
パルムの口調は穏やかだったが、その瞳は命を捨てることすらいとわない覚悟に満ちていた。
「ありがとう、パルム。エミィは巨人と戦って負傷した人たちの手当に回ってくれ」
「はい……分かりました!」
先程まで赤の巨人に対する恐怖で押し黙っていたエミリアもまた、コレールの言葉に力強く頷いた。
「アイルレット。馬は残ってるか?」
「……2頭だけなら」
「カクニも連れて行く。よし、みんな行くぞ!」
我先にと執務室から飛び出していくコレールたちの背中を見送ると、リネスはぽつりと呟いた。
「神よ……いや、ウィルザードの全ての人知を超越せし存在よ。どうか、彼女らに加護があらんことを」
第44話に続く。
意識を取り戻したコレールが最初に感じたのは、自身の命が未だに途切れていないことへの驚きだった。
やがて、霞がかかった視界が少しずつ鮮明になってくる。
コレールのいる場所は、どこかの大きな城における、玉座の間のようだった。しかし、床には割れた窓のガラス片や、ピクリとも動かない近衛兵たちの体、そして乾いていない血痕が広がる、惨憺たる有様である。
そして広間の中央では、既に人外じみた風貌と化しているムストフィルが、格式の高い服装の青年の首を掴んで持ち上げていた。
「息子よ……お前は私に嘘はつくまいな? 砂の王冠を破壊するための魔道具。その所在についての研究も、この帝都で続けられていたはずだ」
ムストフィルの口ぶりから、コレールは自分が連れてこられた場所が、ウィルザードの帝都にある皇帝の居城であることを理解した。
「魔道具は……どの遺跡を探しても見つからなかった……! それで十分なはずだ……!」
ムストフィルはしばらくの間無言で息子の顔を見つめていたが、コレールが意識を取り戻していることに気がつくと、その体を床に投げ捨てた。
「コレール=イーラ……お前は『赤い砂嵐』の伝説を知っているか? その砂嵐の中には、魂を喰らい生きる『赤の巨人』が潜んでいるという話だ」
ムストフィルはコレールに語りかけながら、砂の王冠を手に持ち上げる。まばゆい光を放つ王冠は泥の様に形を変えて右腕に纏わりついていき、やがて4つの魂の宝玉が埋め込まれた篭手へと変貌した。
「赤の巨人の正体は、古代の魔術師たちが魂の宝玉の実験によって作り出した一種の人造生命体だ。皇帝を守るために産み出された兵器だったが、砂の王冠をめぐる内乱の中で制御を失い、赤い砂嵐をまとって無差別に魂を取り込む災厄と化した。……だがそれも今日までの話だ」
ムストフィルが赤銅の篭手と化した砂の王冠を頭上に掲げる。王冠と宝玉は強い光を放ち、それに呼応するように玉座の間の床に魔法陣が形成され、外壁の外から身の毛もよだつような唸り声が響いてきた。
外部からの強い力によって外壁が崩壊し、その衝撃と散らばった瓦礫が身動きの取れないコレールの体を襲う。
外壁に空いた穴から真紅の砂粒で形作られた巨大な手が差し伸べられる。ムストフィルはその手のひらに足を乗せると、コレールに向かって勝利の笑い声を浴びせかけてきた。
「まずはステンド国にある最後の宝玉を頂きに行くことにしよう! 砂の王冠が完成すれば、赤の巨人も私自身も不滅の存在となる! そうなればもはや砂の王冠を破壊するための魔道具とやらも恐るるに足らん!」
コレールは全身を襲う激痛に耐えながら巨人に向かって必死に手を伸ばすものの、彼女の意識は再び深い闇の中へと沈んでいった。
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コレールが立っていたのは、一面に白いデュランタの花が広がる、不思議な雰囲気の空間だった。
「私は……死んだのか?」
鱗に覆われた自分の両手を眺めるコレール。
暫く呆然としてからふと顔を上げると、目の前に恰幅の良い中年男性が微笑みを湛えて佇んでいた。
そしてその微笑みは、コレールの記憶にある中で最も古く、そしてもう二度と見られないはずのものだった。
「父さん……?」
「コレール」
かつて魔王軍の諜報部隊に所属し、内通者の裏切りによって命を落としたはずの父親、ディアスの姿が、そこにはあった。
コレールは思わず手を伸ばすが、後少しで触れられるという距離で阻まれる。二人の間には、透明な壁のような何かが立っていた。
「父さん……会えて良かったよ……その、父さんが死んでから色々あって……」
奇妙な状況に戸惑いつつも、自身の現状を伝えるべく話し始める。
「あれからウィルザードって言う場所にクリスと派遣されたんだ。そこで色んな人たちと出会って……見たくもないような光景も見せられたけど……懸命に生きてる人たちもいて……そうだ、私、恋人ができたんだ! 私がだよ、信じられる? ……はは、すごいよな……はは、は……」
違う、そうじゃない。亡くした父に伝えたいことは沢山あるけれど、一番伝えたかったことはそれじゃない。
コレールは乾いた唇をなめると、肩を震わせてあの時伝えられなかった言葉を絞り出した。
「ごめん、父さん……私、父さんを守れなかった……最期を看取ることすら……本当に、ごめん……」
自己嫌悪に沈むコレールに向かって、ディアスは穏やかな、そして少し悲しげに微笑みながら口を開いた。
「自分を責めるな、コレール。覚悟の上だ」
ゆっくりと、顔を上げるコレール。
「母さんはどうしてる? ここの居心地も悪くはないが、もしかしたらアンデッドとして甦ることが出来るかもしれないとも考えてたんだ」
「最期に見たときは、凄く落ち込んでた。父さんを呼び戻そうとも考えたんだけど、母さんは父さんが『ようやく静かに眠れる』と思ってるんじゃないかって……」
「あぁ……なんだ、そんなことを考えていたのか。私はてっきり、仕事ばかりの自分に愛想をつかしたんじゃないかと思ってたところだよ」
コレールは先程父親がそうしていたように、悲しげな笑みを浮かべた。
「そんなことあり得ないって、知ってるくせに」
「意地悪だったな。悪かった。母さんには、『心の準備が出来たら、好きな時に呼んでくれて構わない』と伝えてくれ」
ディアスは透明な壁にそっと手をあてた。コレールもそれに合わせる。
「こちらのことは気に負う必要はない。死んだ者ではなく、生きてる者の為に力を尽くすんだ、コレール」
「分かってる。でも……敵は強大だ。今回ばかりは、少し自信がない」
「ならば信頼に値する者に、頼るんだ。大業は独りで為すものではない」
世界がぼやけていき、コレールはここにいれる時間が残り少ないことを察した。
「また会えるよね?」
「何時も傍にいる」
その会話が最後となり、コレールの意識は、今度は眩い光の中へと落ちていった。
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「おい……生きてるのか? 頼むから返事をしてくれ!」
目を覚ましたコレールが最初に耳にしたのは、先程ムストフィル3世に締め上げられていた青年のかすれた声だった。
ムストフィル4世。現在のウィルザードの皇帝だ。
「あぁ、良かった……。そなたが噂のコレール=イーラだな? 時間がない。手短に話すから、どうか耳を傾けてくれ」
そう言うと、4世は何者かの血でべっとりと濡れた、短剣をコレールに握らせた。
「これが『砂の短剣』……『砂の王冠』を破壊するために古代人が造り出した遺物だ。王冠に突き刺すだけで良い」
「わ、分かった……でもあんた、まさか……」
コレールは短剣を受けとる時に、4世の胸の辺りにどす黒い血溜まりが出来ていることに気が付いた。
「己の心臓と引き換えに、隠したい物の存在を完全に隠蔽する、強力な封印術だ。王冠の力を手に入れた父上から隠し通すには……これし……か……」
最後まで言い終わる前に、封印術の代償を支払った青年の体は崩れ落ちる。そして、そのまま動かなくなった。
「……いつか魔物娘の導きで、またこの世に戻って来てくれ」
コレールは己の命をウィルザードの未来に捧げた青年の目蓋を閉じさせる。
「砂の王冠の壊し方は分かった。でも今から馬を見つけて、赤の巨人に追い付けるか……?」
「「「コレール!!」」」
それは、一瞬のことだった。
コレールの背後で「ゲート」が開き、五人の腕が彼女の体を掴んだ。
開いてすぐ収縮していくゲートの中に、コレールの体は吸い込まれ、後には静寂だけが残された。
ーーーーーーーーーーーーーー
「はぁっ、はあっ……!!」
神聖ステンド国、リネス=アイルレットの執務室に、ゲートを通ってコレールが飛び込んできたのを見たフォークスは、ギリギリのところで自分の魔力が持ってくれたことに感謝した。
魂の宝玉を引き剥がされて尚、肉体にわずかに残存していた魔力を使い、コレールの状況を遠視、そしてゲートを一瞬開くことで、なんとか彼女の体をここまで連れ戻したのだ。
「フォークス……もう十分だ。今のうちにこの国から……いや、ウィルザード大陸から逃げた方が良い」
「妹殺しの蛮族の指示なんか受けねえよ……それに、ウィルザードから離れるつもりも無い。俺が死ぬとしたら、家族が産まれて、死んだこの地でだ」
魔力を使い果たした自分の体を支えるアラークにそう吐き捨てると、フォークスはよろめきながら近くの椅子に座りこんだ。
「大丈夫、コレール!? 怪我は無い!?」
「あぁ、平気だよ……ゲートに挟まれて体が真っ二つになりかけた以外はな。クリス、今どんな状況だ?」
「教えてやるよ。この世の終わりだ」
クリスの代わりにドミノが答える。ドミノが執務室の窓を開けると、遠景に赤い砂嵐を纏った巨大な人影がこちらの方向に近づいてきてるのが見て取れた。
「今カエデとフレイアがこちらの軍を……それと、近隣の魔王軍に加えて、ルーキという名のバフォメットがサバトを率いて、赤の巨人を食い止めようとしている。だが、時間稼ぎが精一杯だ」
窓の外の光景を見つめるコレールの隣で、リネスが呟いた。
「いいや、まだ終わりじゃない」
コレールは皇帝から渡された「砂の短剣」を、皆の前で取り出した。
「こいつを砂の王冠に突き刺せば、王冠を破壊することができる。きっとそれで赤の巨人も止めることができるはずだ」
コレールは手のひらの中の短剣をぐっと握りしめると、意を決した表情でこれまで旅をしてきた仲間たちに向かって口を開いた。
「聞いてくれ! 私はこれからこの短剣で砂の王冠を破壊しに行く。けれど、軍隊でも敵わないような怪物相手に独りで戦うのは無謀だ。だから……みんな、力を貸してほしい」
コレールは続ける。
「私たちは、別に明確な一つの大業を成すために、チームになったわけじゃない。背負っているものも、性格も、種族ですらバラバラだ。だけど……あの化け物が多くの人々を傷つけようとしているこの状況で、やりたいと思っていることは同じだと信じてる!」
「ウィルザードの人たちを守らないと! 私は魔王軍としての正義を果たすわ!」
いの一番に、クリスがコレールの呼びかけに応えた。
「コレール。君に協力して、贖罪への第一歩とする。もう過去から目を背け、逃げ続ける人生に戻るつもりはない」
アラークが立ち上がり、覚悟を決めた様子で口を開く。
「正義にも贖罪にも興味はねえけど……この国のすべてを自分の思うままに支配したいっていう野望がへし折られたときの、玉無し上皇様の顔は見たいかな」
ドミノは相変わらずの性格の悪さがにじみ出た笑顔で呟いた。
「正直行きたくないけど、コレールは行くんでしょ? なら僕も行って、戦うよ。死ぬときは一緒」
パルムの口調は穏やかだったが、その瞳は命を捨てることすらいとわない覚悟に満ちていた。
「ありがとう、パルム。エミィは巨人と戦って負傷した人たちの手当に回ってくれ」
「はい……分かりました!」
先程まで赤の巨人に対する恐怖で押し黙っていたエミリアもまた、コレールの言葉に力強く頷いた。
「アイルレット。馬は残ってるか?」
「……2頭だけなら」
「カクニも連れて行く。よし、みんな行くぞ!」
我先にと執務室から飛び出していくコレールたちの背中を見送ると、リネスはぽつりと呟いた。
「神よ……いや、ウィルザードの全ての人知を超越せし存在よ。どうか、彼女らに加護があらんことを」
第44話に続く。
21/03/24 22:57更新 / SHAR!P
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