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第42話「代償B」
「くそっ、最悪の気分だ……!」

悪態をつきつつ鉄柵状の、裏庭の門扉を閉めるドミノ。

ふと視線を上げると、眼前には四人程の兵士たちが立ち尽くしていた。

「見回りか? 今裏庭に行くのは止めといた方が良いぜ。あんたの手には負えない輩が――」

ドミノが言い終わる前に、先頭の兵士の槍が鼻先に触れられる寸前の距離まで突き付けられる。

「……結構な挨拶だな? 俺が一体何をしたって言うんだ?」

「とぼけても無駄だ。『ホワイトパレスの悲劇』で何人の兵士やその家族が、黒魔術と暴徒たちに惨殺されたと思っている!」

「何のことだかさっぱりだ」

「ハースハートの焚書未遂事件の時に、失われたはずの黒魔術を扱う男がいたという目撃情報があったんだ。その男の風貌はちょうど、今のお前に瓜二つだったんだよ! 俺の記憶が正しければ、お前は確か事件の後に消息不明になった奴隷だったよな?」

「(こりゃまずいぞ。何とか誤魔化さねえと。今は黒魔術が使えないってのに)」

ドミノ――もといそのもう一つの人格であるオニモッドが「ホワイトパレスの悲劇」の下手人であることは事実だが、兵士の把握していることは全て状況証拠及び、噂の類いに過ぎない。

ドミノはそこを突いて何とかこの場を切り抜けようと考える。

『よく気がついたな。この私――性格にいうと、この青年の肉体に宿っているもう一つの人格、オニモッドこそがMr.スマイリーの正体だ』

「(――!!?)」

しかし、実際に口をついて出てきた言葉は、兵士たちの疑惑を確信へと変える一言だった。

「貴様……!」

兵士の一人の拳がドミノの顔面に叩きつけられる。口内に血の味を感じながら尻餅をつくと、建物の陰からこちらを覗く、見慣れた顔の存在に気がついた。

「(エミィ! あいつ、俺たちが帰ってこないのを心配して、探しに来たんだ!)」

黒魔術が使えない今、彼女まで標的にされたら、最悪の自体になる可能性は目に見えている。

『エミリア、助けてくれ! こいつら俺を殺すつもりだ!』

ドミノの口から出てきた言葉は、またしても彼の思惑とは正反対の内容だった。

「ドミノさん!」

すぐさま飛び出してドミノの元に駆け寄ろうとするエミリアに、兵士たちの槍が突き付けられる。

「お前もMr.スマイリーの仲間か……!」

「よせ、彼女は関係ない!」

ドミノは兵士の言葉に反論しつつ、精神を集中させてオニモッドとの対話を試みた。

――――――――――――

「(オニモッド! いったい何のつもりだ! 俺が死んだらお前の存在も消えてなくなるんだぞ! それにこのままじゃエミィの身にまで危険が及ぶ!)」

『(そのエミリアの存在が問題なんだよ、ドミノ。君は意識していないだろうがね)』

「(どういうことだ……?)」

『(君が魔物娘と……特にエミリアと接するようになってから、君の残酷な精神の一面が、徐々に穏やかになっていることに私は気がついたのだ。このままでは復讐代行人としての君はいずれ緩やかに死んでいくとことになるだろう。そろそろ本来の君に立ち返る時が来た。罪の無い者の犠牲は悲しいことだが、今の君には良い薬になる)』

「(まさか……!)」

――――――――――

ドミノに槍を突きつけていた兵士は奇妙な感覚を覚えていた。蝋のように白い腕が自分の腕に絡み付き、Mr.スマイリーではなくホブゴブリンへの方へと槍先を誘導している。おまけに頭の中に、凍りつくようなおぞましい声色が語りかけてくる。

『(今の君は仇の生殺与奪を握っている……。まずは奴が大切にしている魔物娘を、奴の目の前で奪ってやろう)』

それは決して幻覚や幻聴などではなく、端から見ればドミノの体から抜け出たオニモッドの魂ともいえる物体が、彼の体に怨霊のごとく纏わりついていた。しかし、兵士にはその何者かの正体も、状況の異様さも客観的に把握する余裕は無かった。

『(さぁ、彼女の喉にその槍を突き刺すんだ。君の家族や同僚の魂が、奴に報いを受けさせろと叫んでいるぞ。君が味わった苦痛を、今度はMr.スマイリーに味合わせてやれ)』

兵士は冷や汗に濡れて震える手で槍の柄を握りしめ直すと、怯えた表情のエミリアに槍の先を近づけていく。オニモッドはエミリアを失ったドミノが、復讐者としてより完璧な存在になる姿を想像して、愉悦に身を震わせた。

『(嗚呼……ドミノ。君の心はエミリアの物ではない。私の物だ。二人でより完璧な存在へと近づこう)』




ゴキャッ!!

肉塊が地面に叩きつけられ、骨がへし折れる音が裏庭から響き、ドミノだけではなく興奮する兵士たちの意識を一瞬で現実へと揺り戻した。

「な……何だ今の音は?」

「おいあれ……勇者様と、ロウ大臣じゃないのか!?」

鉄柵で造られた裏庭の門を通して、兵士たちはカエデとジャック=ロウが地面でこんがらがっているのを目の当たりにする。

――時間は少し遡る。

ホワイトパレスの屋根から身を投げ出したロウの体は、落下の途中で同様に飛び出したカエデの体に抱き止められた。

落下の衝撃はカエデの肉体が全て受け止めたことで、ロウはかすり傷で済んだものの、当然カエデの方は無事では済まない。

「んん……何だか変でござる……前を向いているのに後ろが見える……?」

思わずエミリアを置いて駆けつけた兵士たちは、その惨状に思わず口を覆った。

「あっ、もしかして……んぐっ……(ゴキッ)あぁ、これで元通り!」

カエデは完全に捻れて前後が逆になった首を、あろうことか自分の手で直接捻り直すことで、無理やり正しい位置に戻す。魔物娘、それも肉体的には既にアンデッドと化している落武者でなければ不可能な、無茶苦茶なやり方である。

「馬鹿にしやがって……何のつもりだ!」

「大臣、止めてください!」

ロウは兵士たちの制止も聞かずにカエデの胸ぐらを掴むと、喉元に短剣を突き付けた。

「俺に借りでも作りたかったのか!? それとも単なる同情か!? 俺はお前の母親を殺した人間だぞ! 命を救われた位で改心するとでも思ったのか!?」

ロウの鬼気迫る剣幕にも一切怯まず、カエデは彼の目を真っ直ぐに見据えて口を開く。

「拙者は……勇者でござる! 個人的な感情は二の次にし、この国の国民を守るために、命を捧げることこそが使命!例え親の仇であろうと、目の前で死のうとする国民を見捨てるわけにはいかない……絶対に!」

ロウは脂汗をかきながら尚もカエデの喉に短剣を突き付けていたが、しばらくすると、まるで糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


『見るに堪えない茶番だな。君もそう思うだろう?』

オニモッドはロウとカエデのやり取りを一笑に付すと、一人残されてエミリアに槍を向ける兵士に語り掛ける。

『さぁ、早く殺すんだ。もたもたしていると騒ぎを聞きつけた他の連中が駆け付けてくるぞ』

憎悪、後悔、葛藤、悲痛……とても一言では言い表すことが出来ないような、複雑に入り混じった感情が兵士の顔には浮かんでいた。

「あの……」

その表情を目の当たりにしたエミリアは、今まさに殺されるか否かの状況でありながら、心配そうに声をかける。

長い沈黙の後、兵士は手の中の槍を振り払うかのように投げ捨てた。

「誰が……誰がお前などの言うことに従うか。怪物め」

『…馬鹿な……そんなことはあり得ない!』

オニモッドの顔面から、薄気味悪い笑みが拭い去られる。

『あの落武者の娘に影響されたとでもいうのか!? 考え直せ! 復讐は美徳だ! お前が大切にしていた人々の、『報復せよ』という言葉が聞こえないのか!?』

兵士は狼狽するオニモッドに対して心底見下した目線を向けてから、そのまま何も言わずに踵を返し、その場を立ち去った。

『愚かな……!』

自身の目論見通りにことが動かなかった現実を受け止められないオニモッドは、兵士が投げ捨てた槍を拾おうと手を伸ばす。だがその指先が触れる前に、何かが彼の体の動きを固まらせた。

「(もう止めよう、オニモッド。お前の……いや、俺たちの負けだ)」

『(ドミノ……? 駄目だ、君の意識はまだ眠っているべきだ)』

ドミノの顔面では真っ白な皮膚と、血の通った皮膚の色が互いにせめぎ合うように現れては消えていた。

「(あの兵士は、俺もエミィも殺さなかった。自分の意志で俺たちのことを赦すことを選んだ。俺たちの信念を、行動で否定したんだ)」

『(よせドミノ、そんなことを言うな! お前は私のものだ! 余計なことを考えず、私のやり方に従っていれば良い! ウィルザードからクズを一掃しよう! 残酷なことはすべて私が代わりに受け持ってやる!)』

「(俺たちは元々一つだった。もうこんな不安定で歪な関係は終わりにしよう)」

『(駄目だ駄目だ駄目だ! 私を捨てるなドミノ、ドミノ、ドミノォォォォ……)』

ドミノは自身の頭の中から、オニモッドの声が永久に無くなっていく感覚を味わっていた。過去の苦痛から逃れるために切り離された二つの人格が、今ここでようやく元の一つの魂へと統合されたのだった。


「ドミノさん……大丈夫ですか、ドミノさん!」

エミリアに体を揺さぶられ、ドミノの意識はようやく現実の方へと揺り戻される。

「ああ……もう平気だ。エミィ、危険な目に合わせてごめんな」

「私は大丈夫です……! あの、Mr.スマイリーは……」

「あいつか。あいつは、殺されちまったよ」

そう言うと、ドミノは無言でエミリアの体に抱き着く。

「本当にごめんな、エミリア。謝らなくちゃな、その……今までお前を不安にさせてきたこと、全部に」

震える声で語るドミノに、エミリアは戸惑いつつも抱擁を返した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

中庭へと駆け付けたコレール、パルム、リネスの3人が最初に目にしたのは、顔面に青痣をつくったまま座り込むドミノと、彼に寄り添うエミリアの姿だった。

「俺は大丈夫だボス……あの勇者様の方を先に……いや、それよりもまずは親父たちの方がどうなったか確かめないと」

リネスはクーデーター未遂の主犯の身柄を取り押さえるために、ロウとカエデたちの方へと向かったが、コレールとパルムは即座に、クリスの体を腕に抱いて俯くアラークの方へと走り寄った。

「ここで何があったんだアラーク……!」

刺し傷が心臓付近にあることから、もう助からないことを察したコレールが、血の気の引いた様子でアラークを問い詰める。

「全て……私の責任だ……」

体温が失われていくクリスの体を腕に抱きながら、アラークは絞り出すような声で呟いた。

「違う! 俺のせいだ! 俺がもう少し冷静になっていれば! 親父を殺して自分も死ぬ以外の選択肢を考えていれば! クリスさんはこんなことにならずに済んだ!」

「やめてカーティス……これは私自身が考えて選択した行動よ。あの子と同じ……」

泣きわめきながら地面を殴りつけるカーティスに対してそう告げると、リネスに介抱されているカエデの方へちらりと視線を向け、その後すぐにその視線をアラークの方へと戻した。

「お願いアラーク……もう自分の過去から逃げないで。生きていれば償い続けることが出来る。あなたは強いから、私がいなくても自分の犯した罪に、向き合って生きることが出来るはずよ」

「……分かった……!」

アラークの口から出てきたのは、深い悲しみと後悔の念を、決して死に行く恋人には察せまいとする男の声だった。

「それとカーティス……貴方の血は呪われてなんかいないわ。人が何者かを決めるのは、流れる血じゃなくて、その人自身の行動よ。だから自分の人生を打ち捨てたりしないで……ベルの側にいてあげて」

「クリスさん……ごめん……!」

クリスの温かい言葉に、カーティスは大粒の涙を流しながら自身の心を蝕んでいた「呪い」が氷解していくのを感じていた。

「コレール……貴女とは色んなところで馬が合わない部分もあったけど……貴女の友人としていられたことを、誇りに思っているわ」

「……私もだよ」

力ない笑みを浮かべるコレールの目じりから、一筋の涙が零れ落ちる。

「ドミノ……」

「えっ、俺か?」

まさか自分にまで遺言を遺すつもりだとは思っていなかったドミノは、素っ頓狂な声を漏らす。

「前に私の寝袋にフンコロガシを仕込んだのは、あんただって知ってるからね!」

「俺だけ遺言の内容酷くねぇか!?」

騒ぎ立てるドミノを無視して、クリスはエミリアの方に顔を向ける。

「エミィ……貴女の隣にいると、いつでも心が安らぐのを感じていたわ。ドミノと付き合っていくのは大変だろうけど、あいつの面倒を見てあげて」

エミリアは号泣しているせいでまともに話すことが出来ず、しゃくり上げながら首をぶんぶんと縦に振った。

「パルムも、コレールのことお願いね。今まで話せなかった分、コレールといっぱい話してあげて」

「……分かった」

「あっ……もうやばいかも。何も見えなくなってきた……みんな……今までありがと……辛いこともあった……けど……旅は……楽しかっ……」

クリスの瞳から永遠に光が喪われると、アラークは開いたままの彼女の瞼をそっと閉じさせてから、体温を失った肉体を激しくかき抱いた。





「(余計なことをするな。あの男は大切な人を失い、復讐は果たされた。このまま何も言わずに立ち去るんだ)」

建物の陰から事の一部始終を見ていたフォークスは、そう自分に言い聞かせていた。だが、頭の中の考えとは裏腹に、その右手は自身の胸に埋め込まれた「魂の宝玉」へと伸びていく。

「(でも……このままだと俺一人ただの間抜けみたいだな)」

フォークスは覚悟を決めると、建物の陰からコレールたちの前に姿を現した。

「フォークス? お前ここで一体何を――」

事情を把握しきれていないコレールが問いただそうとする前に、魂の宝玉から黄金色の光の筋が溢れ出した。

強大な魔力が宝玉からクリスの心臓へと注ぎ込まれ、温かさを失ったはずの肉体が少しずつ温度を取り戻していく。

「――っはぁっ!!あれ、私……?」

心臓が金色の光を放つのと同時に、クリスは永遠の闇から抜け出し、意識を取り戻した。目の前の現実にアラークは声を失い、エミリア、パルム、カーティスといった子供たちは歓喜の声を上げてクリスの体に抱き着く。

「フォークス!」

コレールは四つん這いになって息も絶え絶えのフォークスに向かって駆け寄った。

「勘違いするなよ……お前らのためにやったんじゃない……あの勇者様のためだ……『誰も死なせたくない』らしいからな……」

フォークスはぜぇぜぇと息を吐きながら、兵士たちに連行されていくロウの背中を見守るカエデの方へとちらりと目をやった。

「へへ……結局……最後の最後で魔物娘のガキに絆されちまったな……良いんだか悪いんだか……」

「悪いフォークス。事情がさっぱり飲み込めないんだけど……」

「お前のお仲間の猫ちゃんから聞いてくれ。もう今の俺に一から説明するような体力は――」

そう言いかけたところで、突然フォークスの動きが凍り付いたかのようにピタリと停止した。

「おい、コレール……」

「どうした?」

「お前、魂の宝玉は今持って……いや、持っているはずだ。魔力の波長を感じる」

「何の話−−」

「今すぐここから逃げろ!!」

フォークスが血相を変えて叫ぶが、全ては遅きに失した。

雷が落ちたかのような衝撃と轟音が裏庭を襲い、そこにいた全ての人たちが一斉に吹き飛ばされた。


――――――――――――


視界に白いもやがかかる状況の中、コレールは何者かの襲撃を受けたことを察しつつも、指一本動かせずにいた。

薄汚れてボロボロだが、元は上質だったのであろう服をまとった男が、フォークスの胸に手をかざしている。

男の手の中にある魔道具、それは紛れもなく「砂の王冠」だった。その窪みにはクリスの魔杖の先端にあった魂の宝玉が既にはめ込まれており、苦痛に悲鳴を上げるフォークスの胸から引き剥がされた宝玉も、同様に吸い込まれていった。

「ここにはアイルレットが発掘した宝玉を求めに来たのだが……これは嬉しい誤算だったな」

以前の獅子を思わせる雰囲気とはかけ離れた、幽鬼に取り憑かれたかのような風貌の男−−上皇ムストフィル3世は、そうつぶやきながらコレールの懐を探る。

「やはり魔王の命令で魂の宝玉を集めていたか……だが、それらももはや我が手の内にある」

盗難を防ぐために、常に肌身離さず持ち歩いていたのが仇となり、ムストフィルの手に一気に4つの宝玉が渡ってしまう。それはつまり、上皇がウィルザードの全てを支配する準備の殆どが整ったことを意味していた。

「コレール=イーラ。今この場で殺すことは造作もないが、お前にはハースハートで一杯喰わされた借りがある。そこでだ。私が全てを手に入れるまでの光景をその目で見届けさせてやることにしよう」

抵抗しようにも、今のコレールには身悶えすることすら困難である。ムストフィルは王冠を輝かせて、フォークスが使っていたものと同じ「ゲート」を開く。そしてコレールの手首を掴むと、彼女と共に転移先へつながる亜空間へと消えていった。

−−第43話に続く。
20/07/07 16:57更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
個人的に、「復讐」の対義語は「自己犠牲」だと考えています。

そして復讐が連鎖するのと同様に、自己犠牲による赦しもまた連鎖するのです。

長くなりましたが、このシリーズもようやく最終章へと入りました。コレールたちによるウィルザードの旅の結末が描かれるまで、もうしばらくお待ち下さい。

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