連載小説
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こんなの絶対おかしいよ
彼女の名前はカルラ・エルベート。反魔物国家カルドフィアの小さな農村、ミスア村の出身である。その日も教会に祈りをささげ、畑を耕す。そんないつもと変わらない1日を終えて帰途についていた。

「あー…今日も疲れたー!もう背骨バッキバキだわー。こんなのばあちゃんになる前に背中曲がるっつーの。」
疲れがたまると愚痴の一つも言いたくなるものだ。途中からはため息も加わる。
「はあ…っていうかもうちょっと美人に生まれたかったわよ。そりゃ親は恨んでないけど特に性格が悪いわけでもないのに25にもなって未婚とか…。」
現代ならば25で未婚は何もおかしくはないが、ここは図鑑世界。大抵の男女は10代で結婚してしまうものである。

次々と結婚していく同郷の友人たちを見ながらお見合いをしまくった時期もあったがどれも不発に終わった。友人たちもいつまでも未婚のカルラに遠慮しているのか、一緒に遊ぶこともほとんどなくなってしまった。つまるところぼっちというやつである。
「ホント神様って理不尽だわー。今の人生が不幸なのは前世の行いが悪かったからとかふざけんなっつーの。そんなもん前世の間に清算させとけって話…。」

新たに湧いてきたこの世界への愚痴を言い終わるか言い終わらないくらいのタイミングで、後ろから悲鳴と大きな物音が響いてきた。何事かと後ろを振り返った時には自分の目前まで暴走した馬車が迫ってきていた…。













「………………………はっ!?」
飛び起きたカルラの目に飛び込んできたのは、何もない空間だった。だだっ広い灰色の空間が果てしなく向こうまで続いていて、自分以外は本当に何も存在しない空間だった。

落ち着いて自分の置かれた状況が分かってくると、今度は一気に不安と混乱が押し寄せてくる。それを押さえようとカルラは頭を抱えた。
「えーっと、ちょっと待って今思い出す。今日は畑仕事をいつも通りの時間に終えて、帰ってくる途中で悲鳴が聞こえて、振り返ったら視界いっぱいに馬車があって、なんかぶつかったような蹴られたような感触も若干…。」
てことは私…。
「し、死んじゃったの!?嘘お!?」
地味でモテないながらも堅実に主神様の教えを守って暮らしてきた結果がこれかよ!こんなの絶対おかしいよ!
「うおおおお…もしかしてアレか、神様に文句を言ったのがいけなかったのか…?だとすると主神様って器小さいな!」
改めて見回してみるが、相変わらず目に飛び込んでくるのはひたすら何もない灰色の空間だけ。主神教の教えによれば神を信じて教義に背かなかったに者は天からの迎えが来るはずなのだが、誰かが来るような気配もなかった。
「あーもーこれからどうすりゃいいんだよー…。天使様が迎えに来てくださるとか真っ赤な嘘じゃん…。」
絶望に駆られて頭を掻きむしった時だった。

「そうだよねー。ホント主神様ってひっどい奴だよねー。」
ここに存在しないはずの自分以外の声が降ってきた。
驚いて顔をあげるカルラをよそに、声の主が言葉を続ける。
「一途に自分を信じてくれた信者にこの仕打ちだもんね。もうどっちが悪魔だかって感じよ。」
少女は一目見ただけでも人間ではないことがわかる。青い肌と黒い蝙蝠のような翼、翼と同じく真黒な尻尾、そして何かたくらみを隠しているような意地悪そうな笑顔。これはもしかして、いやもしかしなくても。
「あ…悪魔…?」
ようやく声を絞り出したカルラに、デビルは人懐こい笑みを浮かべる。
「せいかーい。一発で当てたあなたには一人でも複数でも楽しめる大人のおもちゃセットを…。」
「え、遠慮しておきますっ!」
大人のおもちゃが何なのかはわからないけど悪魔のくれるものにまともなものがないのは間違いない!っていうか。
「悪魔が私に何の用なのよ?なんか私の読んだ本と違ってすごいかわいらしい姿だけど、その姿で安心させて魂を食べようとかそういう魂胆なわけ?」
私は騙されないぞ!という気持ちを込めて睨んでは見たものの、当のデビルにはあまり効いていないようだった。むしろ嬉しそうに体をクネクネさせている。
「やだー。可愛いなんて褒めても何も出ないぞっ☆ っていうか魂を食べるなんて情報が古い〜。それ前の代の魔王の話じゃん。」
「別に褒めるつもりで言ってないって!っていうか前の代とか何わけのわからないこと言ってるのよ!」
「まあそれは置いといて…。」
「置くなー!!」
いかんいかん、完全に悪魔のペースに乗せられている。落ち着け私!悪魔の誘いに屈するな!そう考えて一旦落ち着こうとしていると、急にデビルが真剣な顔になった。

「ここだけの話さ、あんたまだ死んでないのよ。」
「…へ?」
素っ頓狂な声をあげたカルラに微笑みかけ、デビルは続ける。
「臨死体験ってやつ?花畑にいたとか川が見えたとかそういうの。まああんまり長居すると本当に死んじゃうけど、今ならまだ戻れるわよ。」
「マジでか!?ありがとう!」
片手をあげてダッシュしかけたカルラを、デビルが襟首を掴んで引き戻した。
「はい、人の話は最後まで聞くー。」
「ぐえ! げほっ、ごほっ…。片手で大人を引っ張るとかさすが悪魔…。」
苦しそうにうめくカルラに、蠱惑的な笑みを浮かべたデビルが顔を寄せる。
「あんたさあ…いいの?本当に生き返っちゃって。」
「は?」
何を言ってるんだ、と言い出そうとしたカルラを手で制してデビルはさらに続ける。
「このまま生き返ったっていいことないんじゃない?結婚できるかもわからないモテない生活を続けて、友達にも気を使われて、何十年もひたすら農作業しかない人生を送って、夫や子供と暮らす幸せも知らないで、それで孤独な老人としてひっそりと死ぬの。それでもいいの?」
「それは…。」
「どうせならここで思い切って転生しちゃわない?今ならいい転生先があるのよ。国一番のお金持ちの家で、そこの夫婦は美男美女のおしどり夫婦で、そこで生まれた子供はみーんな綺麗で、幸せバラ色人生を送っているわ。どう?悪い話じゃないでしょ?」
確かに私もあの変わり映えのない生活は好きではなかった。せめてお金なり恋人なり、何か心のよりどころになる楽しみが一つでもあれば楽しい人生と言えたのかもしれない。そういう意味では確かに悪い話ではなかった。でも。
「やっぱり悪魔の話は信じられない。そんなにうまい話がその辺に転がってるわけないじゃない。」
「あはは、まあ普通はそんな反応よねー。」
しょうがないか、と笑ってからデビルは再び真剣な顔つきに戻る。
「じゃあさ、なんでわざわざまだ生き返れるって話したかわかる?普通もう死んだって嘘ついた方が勧誘しやすいじゃない。」
「それは…確かになんでだろう。」
「私たちデビルは取引ごとについては嘘つかないからよ。聞かれれば嘘は言わない。さっきの転生の話も本当にあることよ。」
「……。」
確かにまったくでたらめとも言えない主張だ。少なくともカルラの見た書物に登場する悪魔たちは、ミスリードをさせるようなことはしても嘘は絶対につかない。
「それにさ、主神教信じてたっていいことなかったじゃん。信者のだれもが真剣に主神様にお祈りをささげているけど、報われる人ってどれだけいるの?心を込めて祈っている人を洪水で流したり強盗に襲わせて殺すのって神様のすること?」
「……。」
デビルの囁くような声から出される誘惑に、カルラの信仰心は揺らいでいた。悪魔の言うとおりだ。信者たちは一生懸命主神様に祈りをささげているが、この世がよくなる兆しは一向にない。教会の人たちは魔物に領土を取られて主神様がお怒りなのだと言っていたが、それならもっと大規模に神族を派遣するなり方法があるはずだ。考えれば考えるほど、主神様に対する疑念だけが大きくなっていった。
「これが最後のチャンスよ。このまま生き返って今までの味気ない生活に逆戻りする?それとも私の誘いに乗ってバラ色人生をやり直す?」
デビルの大きな赤い瞳には、揺れ動くカルラの姿が写っていた。やがて、その心の中で秤の動く物音がしたのをデビルは聞いたような気がした。
「……。転生…させてください。」
ついにカルラは陥落した。デビルは勝利の笑みをたたえ、カルラに手を伸ばす。
「じゃあ行きましょ。転生のための準備があるから一旦は死んでもらうけど、それが済めば幸せな人生はあんたのものよ。」
複雑な表情のまま、カルラはデビルの手を取る。そして二人で灰色の空間を奥へ、死へと向かっていった。
「あ、さっき言った大人のおもちゃセットの話だけど、あんたが無事生まれたら出産祝いとして贈るから楽しみにしといて。」
「いらん!つーか渡すの確定だったんかい!」
ぎゃーぎゃー騒ぐカルラをよそに、デビルは内心ほくそ笑んだ。
(あなたの娘として相応しい素質を持った魂を見つけましたよ。すぐに転生させますからね…魔王様。)



















転生して最初に感じたのは苦しさだった。酸素を求め、声が出るのも構わずに必死で呼吸をする。これが生まれるということなのだろうか、前世の自分もこうして生まれてきたのだろうか、ぼんやり考えていると声が聞こえた。
「やっと生まれてきてくれたわね…。はじめまして、私の赤ちゃん。」
疲れてはいるものの嬉しさをはらんだ声色。間違いない、この人生で私の母親となる人物だ。
悪魔はああ言っていたが、やはり自分の目で確かめて初めて信じることができるというもの。さあ、美女でありますように…!

恐る恐る目を開けてみると、目の前で自分に微笑みかけていたのは期待以上の絶世の美女だった。
さぞ手入れされているであろう絹のような光沢を放つ白い髪、やさしさと妖艶さを併せ持つ不思議な魅力が印象的な赤い瞳、すべてがこの世のものとは思えないオーラを放っている。出産直後でやつれてはいるが、それでも普通の女性では到底かなわないような美しさだった。

「よかった、今回も無事に生まれてくれたんだな…。」
声のした方に顔を向けるとこちらは父親だった。母親のような不思議な妖艶さはないにしろ、くっきりした目鼻立ちや強い意志の宿る瞳は十分なほどイケメンだ。

よっしゃあああああ!これ自分が思ってたよりも美男美女夫婦じゃん!
こんな二人から生まれたなら将来美女は間違いなし!覚悟を決めただけはあった、見事に私の希望を…ってあれ?
よくよく見てみると父親こそ普通だが、母親には角、翼、尻尾と普通の人間には存在しないものが存在していた。これってもしかして…。
いやいやいやいやいやないって絶対ないっていくら悪魔の誘いに乗ったからっていきなり魔物の子供ってことはないはずだよね!?そうだこれはコスプレなんだ、このあたりには出産する時にコスプレする妙な風習があるんだそうだきっとそれだ。

降ってわいた疑念を打ち消そうとした矢先、助産師と思しき女性(この人にも角と翼と尻尾が生えている)が衝撃の一言を放った。
「おめでとうございます、魔王様!第三十二王女の誕生を心からお祝いいたします!」

………………今なんと?

魔王様とか聞こえなかった?

そんで私が第三十二王女…。

これはつまり、そういうことだよね…?

魔物…。

「おぎゃあああああああああああああ!!!」
「あらあら、まだ泣き足りないのかしら?元気な子ね♪」



こうして魔界の第三十二王女、レイチェルはこの世に生を受けたのであった。
14/08/03 16:03更新 / 飛燕
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■作者メッセージ
細かくネタを書く形式を続けていたら長い文章を書きたくなって、ちょうどネタも降りてきたのでやってしまいました…。

というか連載やってると他のネタがポンポン浮かんでくるんですよねえ。そんで今回ついに抑えきれなくなったと…。

頑張って両方完結させるので許してください!

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