実録!あのヒット商品ができるまで
「あー、あかん!」
とある住居の一室で、一人の刑部狸が仰向けに倒れる。
先ほどまで彼女が向っていた座卓の上には白紙の束と筆記用具、彼女の周りには無造作に丸めた書きかけの紙が散らばっている。
「新商品の案なんか全然でえへんわあ…。」
どうやらこの刑部狸、店の売り上げを上げるべく新商品の開発を行っていたようだ。まったく作業は進んでいないが。
「なーんぼ頭叩いても空っぽの音しかしよれへんし。嫌やわあ…。」
態度も声も心底憂鬱そうに寝返りを打った彼女の耳に、来客を告げるチャイムの音が鳴った。
「はあ〜い…。」
いつもの数倍は時間をかけて起き上がり、のっしのっしと玄関へ向かっていった。
「だれ〜?」
ゆっくりと扉を開けたその先には、行商をやっている友達のゴブリンが無邪気な笑みを向けてきている。
「やあやあ、わが友サイカよ。ご機嫌はあんまり麗しくないみたいだね。」
「なんや、チェールかいな。また泊めてほしいんか?」
ひとつのところに店を構えるサイカにとって、行商をしているチェールは重要な情報源だ。
サイカはチェール達から情報を得る代わりに、彼女らがここへ来た時の拠点として部屋を貸している。
しかしチェールは首を横に振った。
「やだね、そのじめじめしたのがこっちにまで移っちゃうじゃないか。」
「あ?」
眉を吊り上げたサイカを見て、チェールは慌てて首を振る。
「冗談冗談。今回は近くに来たついでに立ち寄っただけさ。ちょっと耳に入れておきたい話を聞いたんでね。」
「なんや、それ。」
「ここからさほど遠くないところにルベリアって小さい反魔物国家との国境があったろ。あそこから急進派の魔物が攻め込もうとしてるらしいよ。」
「…なんやて?」
戦争とはつまり、商人にとっては物資の流れや需要が大きく変わる出来事だ。武器や食料の流入、兵士が寝泊まりする場所、通商ルートの分断。さまざまなことを考えなければならない。それでチェールはわざわざこちらまで足を運んだというのだ。
チェールに礼を言うと、自室に戻った。足に当たる紙くずを見て、サイカはぽつりとつぶやく。
「そうだ、戦場、見に行こう。」
「…全く話が見えないんだけど。」
国境がよく見渡せる丘の上で、サイカの隣のサキュバスが怪訝な顔をする。
「いや、さっき説明したやん。めっちゃわかりやすく。」
「上の文を丸ごと迫真の演技で再現しきったのはすごいけど、わかりやすいってそういうことじゃないわよ?扉を閉めてからどういういきさつで何をもって『戦場見に行こう』になったのよ?」
「いや、このまま家におっても新製品の案は出てこーへんし、全然違う環境におったらなんか浮かんでくるかなーって。」
「それを最初に言いなさいよ!冒頭の演技何の意味もないじゃない!」
「てへぺろ。」
舌を出してウインクしたサイカにがっくりうなだれるサキュバス。
「っていうかしれっと話を捏造するの止めなさいよ。あのゴブリンの子はもっと子供っぽいし、実際はどっちが歩くの早いかで騒いでただけなくせに。」
「あー!なんでほんまのこというんや!私のカリスマのイメージが!」
「最初っから誰も持ってないわよ。」
あきれ返った様子でため息をついてから、サキュバスは空に舞い上がった。
「とにかく、ここにいれば戦いの様子は見れると思うわ。面倒見るのはここまでだから、何かあっても自分の身は自分で守りなさい。」
「へいへい。」
サキュバスを見送ると、手元の時計を見た。
「もうそろそろやな…。」
時計から草原に目をやると、サキュバスやデビルを筆頭にかなりの数の魔物が集まっていた。その周りには、隠れていて目立たないがおこぼれにあずかろうとする魔物たちも見受けられる。
対するルベリア側も、小国には似合わない数の軍隊を出していた。恐らく、他国からの援軍がいるのだろう。
開戦の時刻になったのだろう。一人のリリムが前に進み出た。
「さあ、あの国に快楽を教え込んであげるわよ!」
首領らしきそのリリムが手を挙げると、一斉に魔物たちが軍隊に迫っていく。
「男―!!」
「私が一番いい旦那さんをゲットするのよー!」
…侵攻というより男狩りである。魔物娘さんマジ肉食女子。
「神の名のもとに!国を堕落から守り、邪悪な魔物を殲滅せよ!」
「うおおおおー!!」
こちらも大将の男の掛け声を合図に、槍や剣をもって突撃を開始した。
しばらくたって、戦場は(人間側にとっては)地獄絵図の様相を呈してきた。
「ぎゃあ!」
ラミアやスライムに絡めとられ、動けなくなる者。
「私、あなたみたいなか弱い人を見ると守ってあげたくなっちゃうの…。」
「ひ…ひいいいぃぃ!」
アマゾネスやミノタウロスのような戦闘力の高い魔物に武器を奪われる者。
「やったわ!やっとこっちにも人が逃げてきたわ!」
「や、やめろおおおおお!」
戦場から逃げ出そうとしておこぼれ狙いの魔物に捕まる者。
ほかにも檻の中に生捕った捕虜をおしこめる、サイカとは違う刑部狸の姿もあった。
「大漁大漁!これで新しいニーズにも応えられる!」
「まあ当然っちゃ当然の結果やけど。てかあの檻に書いてあるのって最近できた結婚相談所のマークやん。考えよるな…。」
そんな様子を見ながら、サイカは新製品につながるネタを探していた。
しかし、熱中しすぎたせいか気づけなかったのだ、背後から忍び寄る陰に。
「魔物覚悟おおおおおお!」
サイカが声に気付いて振り返った時には、すでに簡素な鎧を着た騎士が剣を振り下ろしているところだった。
咄嗟に胸元で印を結んだ直後、剣がサイカの頭にめり込んだ。
取った、男がそう思ったのもつかの間、背後から声が聞こえた。
「ちょっと、いきなりなにすんねん!」
振り返ると先ほど頭を割ったはずの刑部狸が不満そうな顔で腕を組んでいた。
もう一度手元に視線を戻すと、剣は一抱えもある丸太に突き刺さっていたのだった。
「ちっ、逃げられたか…だが今度は外さないぞ。」
丸太から抜いた剣を構える男を前に、サイカは慌てて首を振る。
「ちょっと待ちーや!私は魔王軍ちゃうで!一般市民や!」
「一般市民だろうが魔物は魔物だ。八つ裂きにしてやる!」
そんな男の言葉を受け、サイカの目つきが変わる。
「…しゃあない…。」
「そんなに言うならやったる。うちの商品の『5秒で育つ、ぬるぬる触手くん』であんたのあられもない姿をこの場で大公開や!」
「なっ…そんな姑息な手段を!」
たじろいだ男をよそに、さらに畳みかける。
「ああん?じゃあうちの商品の『飲んだ直後から勃起が止まらない!特濃絶倫薬(媚薬成分配合で奥手も猛獣に!)』での大公開のほうがええか?」
「ちょ…」
「それともうちの商品の『腐女子必見、どこでもアッー!』で新境地を開拓してほしいか?」
「ほしくねーよ!てかなんでさっきから攻撃手段がいちいち卑猥なんだよ!」
「卑猥だっていいじゃない、魔物娘だもの。」
「答えになってねえええ!それに毎回うちの商品って言ってるけどあんな子供の教育に悪いもんばかり売ってるのか!?」
「失敬な、ちゃんと普通の商品も売っとるわ。てか魔物相手に商売するならこれくらい普通やがな。」
「くそっ、やっぱり魔物は話が通じねえ…とにかく死ねええ!」
やけくそといった感じで振り下ろされる剣。しかし、その軌道はサイカの想像よりも正確だった。
「なっ…!」
慌ててよけようと身を捩り、バランスを崩して尻もちをついた。
このまま追撃が来ると悟ってギュッと目をつむるサイカ。
「……」
しかし、いつまでたっても相手からの動きはなかった。
「………?」
恐る恐る目を開けると、目の前には剣を振り下ろした格好のまま真っ赤な顔で口をパクパクさせる男。
訝しんでいると、自分でもようやく理由が分かった。股間がやけにスースーする。
「あ、パンツ…。」
そう、男の剣はサイカの下履きだけをいい感じに切った上に転んだ拍子にその部分が破れ、ちょうど男に向けて大事な部分をさらしている図になってしまったのだ。
この状況をどうしようかと考えつつ男と目が合った瞬間。
ブーーーーーーーーッ!!
あっけにとられるサイカの前で、男は大量の鼻血を吹き出しながら仰向けに倒れていった…。
男が目を覚ますと、サイカが顔を覗き込む。
「お、目ぇ覚めたか。ああ、服はちゃんと着替えたから心配いらんで。」
「!!」
慌てて上半身だけ起こした男に、サイカは押しとどめるように手のひらを向ける。
「こらこら、貧血用の薬は飲ませたけど、そんないきなり動いたらあかんで。」
体調はよさそうで安心したわ、と笑顔を見せるサイカに、男がおずおずと切り出す。
「お前…俺を助けたのか?」
「当たり前やん、あんな鼻血垂れ流しで放置はちょっとかわいそうやろ。」
「魔物は人間を殺して楽しむんじゃなかったのか?」
戸惑いの目を向ける男に、サイカは軽快に笑って答える。
「あっはっはっは!それいつ時代の話やねん!魔王が代替わりしたんは大分前やで?」
「現にこの戦場でも何人も行方不明に…。」
「それは魔王軍の子が自分の夫にして連れ帰ったからやなあ。まあ3日もすれば自分の奥さんにすっかりメロメロやで。」
「……。」
何か思うところがあるのだろう、難しい顔で俯いた男にサイカが再び声をかける。
「ところで名前なんて言うんや?パンツ破れたくらいで鼻血吹いて倒れるほど初心な人って初めて見たから興味がわいてきたわ。」
「う、うるせえ!俺はアトラスだ!これまでの騎士団の生活で女なんて食堂のおばちゃんとゴリラみたいな見た目の先輩くらいしか接点がなかったんだから仕方ねーだろ!?」
再び顔を真っ赤にするアトラスに、サイカはくすくす笑って応戦する。
「アトラスねー。あ、私はサイカっていうねん。因みに言うけど、魔物が3日で男を落とせるのには理由があってな、住処に連れ帰ると調教とか逆レイプとかフェ…。」
「ああああ!言うな!」
アトラスがさらに赤面した時、二人の後ろから声がかかった。
「アトラス、お前まで堕落したのか?」
サイカが振り返る前に背中に衝撃が走り、草原に倒れ伏すことになった。
「げほっ…!?」
「団長!」
アトラスに団長と呼ばれた壮年の男は、サイカを蹴り飛ばした足をおろして冷たい目で二人を見つめる。
「女の味を覚えぬよう、子供のころから女と交わらせずに鍛えてやったというのに…。こんなに簡単に魔物に負けるとは、嘆かわしい。」
「なっ…団長は魔物が攻め込んでくる目的を知っていたのか!?知ってて俺に嘘をついたのか!?」
「どちらにしても、あんなにだらしのない行為に抵抗のない魔物どもは汚らわしいと思わんかね。」
狼狽するアトラスをしり目に団長は近くに落ちていたアトラスの剣を拾い上げ、彼の足もとへと放った。
「とはいえ我々はこの戦いで兵士を失いすぎた。お前はまだ若く、殺すのは惜しい。その剣であの魔物を殺し、主神様と私への忠誠を示したならこの場は許してやろう。」
「……。」
アトラスは立ち上がって剣を拾うと、蹴られたダメージでいまだに動けないサイカとなおも冷たい視線を送る団長、そして自分の剣を順に見つめた。
「はよ…せえや…。」
その時だ、サイカが弱弱しく言葉を発した。
「はよ私を刺さんかい…。せやないとあんた、そのおっさんに殺されるで…。」
「……。」
その言葉を聞いたアトラスは、意を決したように剣を構えた。
「う…うおおおおおおお!!」
辺りに鉄のぶつかる甲高い音がこだまする。
アトラスの剣は、団長の抜いた剣とかみ合っていた。
「アトラス!何しとんねん!」
「アトラス貴様…やはり魔物の手によって堕落させられていたか。」
目を見開くサイカを背に、アトラスは団長の目を見据える。
「どうとでも言え。…団長。俺にはどうも魔物が邪悪な存在には見えない。」
「そんなことを言うのは、堕落したという証拠だ!」
団長が剣を振り払い、アトラスもそれに合わせて距離を取る。
「魔物がいいやつなのか悪いやつなのか、そこの判断はまだ俺にもついてない。でもな、俺を看病してくれた時のサイカの手は暖かかった。」
「それがどうした!」
切りかかる団長の剣を、アトラスは自分の剣で受け止める。
「魔物もな、俺たちと同じ血の通った生き物なんだよっ…!」
剣を押し返そうと歯を食いしばるアトラスの足に、団長が鋭い蹴りを入れた。アトラスはなすすべなく地面にたたきつけられる。
「がはっ…!」
変わらず冷たい目で見降ろしたままの団長が剣を振り上げた。
「たとえそうであったとしても、あの淫乱な魔物がよい存在であるはずがない。」
「くっ!」
突き立てられた剣を転がって避け、その勢いで立ち上がる。
鎧で蹴られたせいか足が思った以上に痛んでアトラスは顔を顰めた。
「んなもん国による文化の違い程度のもんだろうが!俺は少なくともサイカを信じる!あんな笑顔ができる奴が悪い奴なわけがねえ!」
アトラスの言葉を聞いたサイカが、驚いた様子で切りかかっていく彼を見つめる。
「アトラス…。」
「甘い!」
団長は切りかかってきたアトラスをいなし、先ほどと同じ場所に蹴りを入れた。
「ぐあっ!」
ただでさえダメージを受け、ほとんど根性で走っていた足が嫌な音を立てた。崩れ落ちるように倒れたアトラスに団長が再び剣を振り上げる。
「地獄に落ちろ!」
その場面に割って入るようにバチバチと通電する音がしたと思えば、団長がそのままの姿勢で固まる。
「…!?」
事態が呑み込めていないアトラスと同じ顔をして、団長はその場に倒れた。
「ちょっとおっちゃーん。私のこと忘れてへん?」
その団長の後ろでは羽根飾りのついた鞭を手に、意地の悪そうな笑みを浮かべたサイカがたっていた。
「サイカ!大丈夫なのか!?」
何とか体を起こしたアトラスに、サイカは笑って手を振る。
「おう、大体あれくらいのキックで私をどうにかできたと考えるんがアホっちゅーもんや。」
「え、じゃあ…。」
「痛そうにしてたんは途中から演技やったで。隙ができたらこのうちの商品である『サンダーバードの羽根を使用したSM用鞭、悔しい!でも感じちゃう…ビクンビクン』を叩き込んだろうと思ってな。」
「うわあ…本当に団長がビクビクしてる…。」
心底嫌なものを見たという顔で痙攣する団長を見つめるアトラス。
「というかこれ、俺がサイカを殺そうとしたらどうなってたんだ…?」
「触手をけしかけて大公開させようと思ってた。」
「あ、あぶねえ。選択を誤れば(社会的に)死んでるところだった…。」
思わず頭を抱えるアトラスの隣で、サイカが腕組をする。
「それにしてもこいつどないしよ。鞭が最大出力やったからかなかなか痺れが引かへんし…いっそ開発中の『どこでもアッー!改良型(いい男度1,5倍増)』の実験台にでも…。」
そんな二人に、ダークエルフが近づいてきた。サイカに親しげに話しかける。
「はあい、サイカ。久しぶりね。」
「おお、『ドSな魔物娘連合』会長のエルザやないか。どないしたん?」
肩書を聞いて怪訝な顔から驚きの表情に変わったアトラスをしり目に、二人は話を進めていく。
「うちの会員にヴァンパイアの子がいてねえ、彼女が召使にそこの男をご所望なのよ。」
エルザに見つめられた団長はいまだにビクンビクンしていた。
「なるほど、そいつがほしいけど戦いは昼間でヴァンパイアは出てこられへん。それでエルザが来たんか。」
「そういうこと。彼女は友達でもあるから、私が一肌脱いであげようと思ってねえ。」
妖艶な笑みを浮かべるエルザにアトラスが恐る恐る話しかける。
「あのー…でもなんで団長なんですか?いうこと聞きそうにないですけど…。」
「あらあ、だって調教するなら反抗的でないと。突っかかって来る奴の心を片っ端から折っていくのが調教の醍醐味でしょう?」
楽しそうに笑うエルザに、何も言えないアトラスであった。
あれからエルザは団長を縛り上げて荷車に積み、ついでに『サンダーバードの羽根を使用したSM用鞭、悔しい!でも感じちゃう…ビクンビクン』を「彼女へのお祝いに」と買っていった。
「…なんか今頃団長がかわいそうに思えてきた…。」
座り込んだ状態でサイカに足に包帯を巻いてもらいながらアトラスが呟く。
「魔物娘ってのは人間を誘惑して虜にするもんやで。あいつも1か月もすれば変態ドM男に生まれ変わってるやろ。」
「それより…ありがとう。嬉しかったで。」
「え?」
きょとんとしているアトラスの手を、包帯を巻き終わったサイカが握る。
「私のこと信じる言うてくれて、あんなに必死になって戦ってくれて。」
「あ、あのときは必死だったんだよ。それに、結局サイカは俺がいなくても大丈夫だったみたいだしな。」
目をそらすアトラスに、サイカが迫った。
「それでな、私アトラスのこと好きになってもてん。」
「…は?」
「なあアトラス!結婚しよ!結婚!どうせこの国もじきに親魔物国になるし、魔物やからって拒む理由もないやろ?」
「ええええええ!?いやいや展開早くねえ!?友達から始めて恋人になるって過程がごっそり抜けおちてるぞお前!」
思わず後ずさったアトラスにサイカが詰め寄る。
「魔物やったら珍しいことでもないっていうか惚れた=結婚やから!」
「ままままま待ってくれ!そんな急に言われても…。」
「…やっぱり迷惑やった?私の思いは無駄になってまうん?」
袖で顔を隠してぐすんと鼻を鳴らすサイカに、アトラスはたじろぐ。
「わ、わかった!わかったから泣き止んでくれ!」
「…じゃあ結婚してくれる?」
「えーっと…。」
「するん!?」
強い語調で詰め寄られ、思わず頷いたのをサイカは見逃さなかった。はじけるような笑顔になってアトラスに抱き付く。
「ほんまに!?やったあ!私もついに念願の旦那さんをゲットやで!ついでに新製品の案も浮かんだし、ええことづくめや!」
「よ、よかったな、おめでとう…。」
そんなサイカに対してどこか上の空といったアトラス。しかも顔が赤い。
「ん〜?なにそんなに顔赤くしとん?あ、もしかして抱き着かれるのも初体験やった?」
「い、いや、ちが…。」
「ほんまかあ〜?ほれほれ。」
ニヤニヤしながらぐいぐい胸を押し付けてみるサイカ。
「お、おい!む、む、胸が!」
「胸ちゃうやろ?おっぱいやろ?ほら言うてみい。お、っ、ぱ、い。」
「あ、あああ…。」
「もお、何その反応?めっちゃかわいいやん!んーっ…。」
「んっ!?」
二人の唇が重なる。その感触をアトラスが自覚した瞬間、意識が遠のいていった。
「え、ちょ、アトラス!?キスしただけで倒れるん!?どんだけ初心やねん!つーか鼻血垂らすな!起きろアトラスー!!」
(仕方ないだろ…俺が接した女なんて食堂のおばちゃんと…ガクッ)
サイカの前途は多難である。
とある住居の一室で、一人の刑部狸が仰向けに倒れる。
先ほどまで彼女が向っていた座卓の上には白紙の束と筆記用具、彼女の周りには無造作に丸めた書きかけの紙が散らばっている。
「新商品の案なんか全然でえへんわあ…。」
どうやらこの刑部狸、店の売り上げを上げるべく新商品の開発を行っていたようだ。まったく作業は進んでいないが。
「なーんぼ頭叩いても空っぽの音しかしよれへんし。嫌やわあ…。」
態度も声も心底憂鬱そうに寝返りを打った彼女の耳に、来客を告げるチャイムの音が鳴った。
「はあ〜い…。」
いつもの数倍は時間をかけて起き上がり、のっしのっしと玄関へ向かっていった。
「だれ〜?」
ゆっくりと扉を開けたその先には、行商をやっている友達のゴブリンが無邪気な笑みを向けてきている。
「やあやあ、わが友サイカよ。ご機嫌はあんまり麗しくないみたいだね。」
「なんや、チェールかいな。また泊めてほしいんか?」
ひとつのところに店を構えるサイカにとって、行商をしているチェールは重要な情報源だ。
サイカはチェール達から情報を得る代わりに、彼女らがここへ来た時の拠点として部屋を貸している。
しかしチェールは首を横に振った。
「やだね、そのじめじめしたのがこっちにまで移っちゃうじゃないか。」
「あ?」
眉を吊り上げたサイカを見て、チェールは慌てて首を振る。
「冗談冗談。今回は近くに来たついでに立ち寄っただけさ。ちょっと耳に入れておきたい話を聞いたんでね。」
「なんや、それ。」
「ここからさほど遠くないところにルベリアって小さい反魔物国家との国境があったろ。あそこから急進派の魔物が攻め込もうとしてるらしいよ。」
「…なんやて?」
戦争とはつまり、商人にとっては物資の流れや需要が大きく変わる出来事だ。武器や食料の流入、兵士が寝泊まりする場所、通商ルートの分断。さまざまなことを考えなければならない。それでチェールはわざわざこちらまで足を運んだというのだ。
チェールに礼を言うと、自室に戻った。足に当たる紙くずを見て、サイカはぽつりとつぶやく。
「そうだ、戦場、見に行こう。」
「…全く話が見えないんだけど。」
国境がよく見渡せる丘の上で、サイカの隣のサキュバスが怪訝な顔をする。
「いや、さっき説明したやん。めっちゃわかりやすく。」
「上の文を丸ごと迫真の演技で再現しきったのはすごいけど、わかりやすいってそういうことじゃないわよ?扉を閉めてからどういういきさつで何をもって『戦場見に行こう』になったのよ?」
「いや、このまま家におっても新製品の案は出てこーへんし、全然違う環境におったらなんか浮かんでくるかなーって。」
「それを最初に言いなさいよ!冒頭の演技何の意味もないじゃない!」
「てへぺろ。」
舌を出してウインクしたサイカにがっくりうなだれるサキュバス。
「っていうかしれっと話を捏造するの止めなさいよ。あのゴブリンの子はもっと子供っぽいし、実際はどっちが歩くの早いかで騒いでただけなくせに。」
「あー!なんでほんまのこというんや!私のカリスマのイメージが!」
「最初っから誰も持ってないわよ。」
あきれ返った様子でため息をついてから、サキュバスは空に舞い上がった。
「とにかく、ここにいれば戦いの様子は見れると思うわ。面倒見るのはここまでだから、何かあっても自分の身は自分で守りなさい。」
「へいへい。」
サキュバスを見送ると、手元の時計を見た。
「もうそろそろやな…。」
時計から草原に目をやると、サキュバスやデビルを筆頭にかなりの数の魔物が集まっていた。その周りには、隠れていて目立たないがおこぼれにあずかろうとする魔物たちも見受けられる。
対するルベリア側も、小国には似合わない数の軍隊を出していた。恐らく、他国からの援軍がいるのだろう。
開戦の時刻になったのだろう。一人のリリムが前に進み出た。
「さあ、あの国に快楽を教え込んであげるわよ!」
首領らしきそのリリムが手を挙げると、一斉に魔物たちが軍隊に迫っていく。
「男―!!」
「私が一番いい旦那さんをゲットするのよー!」
…侵攻というより男狩りである。魔物娘さんマジ肉食女子。
「神の名のもとに!国を堕落から守り、邪悪な魔物を殲滅せよ!」
「うおおおおー!!」
こちらも大将の男の掛け声を合図に、槍や剣をもって突撃を開始した。
しばらくたって、戦場は(人間側にとっては)地獄絵図の様相を呈してきた。
「ぎゃあ!」
ラミアやスライムに絡めとられ、動けなくなる者。
「私、あなたみたいなか弱い人を見ると守ってあげたくなっちゃうの…。」
「ひ…ひいいいぃぃ!」
アマゾネスやミノタウロスのような戦闘力の高い魔物に武器を奪われる者。
「やったわ!やっとこっちにも人が逃げてきたわ!」
「や、やめろおおおおお!」
戦場から逃げ出そうとしておこぼれ狙いの魔物に捕まる者。
ほかにも檻の中に生捕った捕虜をおしこめる、サイカとは違う刑部狸の姿もあった。
「大漁大漁!これで新しいニーズにも応えられる!」
「まあ当然っちゃ当然の結果やけど。てかあの檻に書いてあるのって最近できた結婚相談所のマークやん。考えよるな…。」
そんな様子を見ながら、サイカは新製品につながるネタを探していた。
しかし、熱中しすぎたせいか気づけなかったのだ、背後から忍び寄る陰に。
「魔物覚悟おおおおおお!」
サイカが声に気付いて振り返った時には、すでに簡素な鎧を着た騎士が剣を振り下ろしているところだった。
咄嗟に胸元で印を結んだ直後、剣がサイカの頭にめり込んだ。
取った、男がそう思ったのもつかの間、背後から声が聞こえた。
「ちょっと、いきなりなにすんねん!」
振り返ると先ほど頭を割ったはずの刑部狸が不満そうな顔で腕を組んでいた。
もう一度手元に視線を戻すと、剣は一抱えもある丸太に突き刺さっていたのだった。
「ちっ、逃げられたか…だが今度は外さないぞ。」
丸太から抜いた剣を構える男を前に、サイカは慌てて首を振る。
「ちょっと待ちーや!私は魔王軍ちゃうで!一般市民や!」
「一般市民だろうが魔物は魔物だ。八つ裂きにしてやる!」
そんな男の言葉を受け、サイカの目つきが変わる。
「…しゃあない…。」
「そんなに言うならやったる。うちの商品の『5秒で育つ、ぬるぬる触手くん』であんたのあられもない姿をこの場で大公開や!」
「なっ…そんな姑息な手段を!」
たじろいだ男をよそに、さらに畳みかける。
「ああん?じゃあうちの商品の『飲んだ直後から勃起が止まらない!特濃絶倫薬(媚薬成分配合で奥手も猛獣に!)』での大公開のほうがええか?」
「ちょ…」
「それともうちの商品の『腐女子必見、どこでもアッー!』で新境地を開拓してほしいか?」
「ほしくねーよ!てかなんでさっきから攻撃手段がいちいち卑猥なんだよ!」
「卑猥だっていいじゃない、魔物娘だもの。」
「答えになってねえええ!それに毎回うちの商品って言ってるけどあんな子供の教育に悪いもんばかり売ってるのか!?」
「失敬な、ちゃんと普通の商品も売っとるわ。てか魔物相手に商売するならこれくらい普通やがな。」
「くそっ、やっぱり魔物は話が通じねえ…とにかく死ねええ!」
やけくそといった感じで振り下ろされる剣。しかし、その軌道はサイカの想像よりも正確だった。
「なっ…!」
慌ててよけようと身を捩り、バランスを崩して尻もちをついた。
このまま追撃が来ると悟ってギュッと目をつむるサイカ。
「……」
しかし、いつまでたっても相手からの動きはなかった。
「………?」
恐る恐る目を開けると、目の前には剣を振り下ろした格好のまま真っ赤な顔で口をパクパクさせる男。
訝しんでいると、自分でもようやく理由が分かった。股間がやけにスースーする。
「あ、パンツ…。」
そう、男の剣はサイカの下履きだけをいい感じに切った上に転んだ拍子にその部分が破れ、ちょうど男に向けて大事な部分をさらしている図になってしまったのだ。
この状況をどうしようかと考えつつ男と目が合った瞬間。
ブーーーーーーーーッ!!
あっけにとられるサイカの前で、男は大量の鼻血を吹き出しながら仰向けに倒れていった…。
男が目を覚ますと、サイカが顔を覗き込む。
「お、目ぇ覚めたか。ああ、服はちゃんと着替えたから心配いらんで。」
「!!」
慌てて上半身だけ起こした男に、サイカは押しとどめるように手のひらを向ける。
「こらこら、貧血用の薬は飲ませたけど、そんないきなり動いたらあかんで。」
体調はよさそうで安心したわ、と笑顔を見せるサイカに、男がおずおずと切り出す。
「お前…俺を助けたのか?」
「当たり前やん、あんな鼻血垂れ流しで放置はちょっとかわいそうやろ。」
「魔物は人間を殺して楽しむんじゃなかったのか?」
戸惑いの目を向ける男に、サイカは軽快に笑って答える。
「あっはっはっは!それいつ時代の話やねん!魔王が代替わりしたんは大分前やで?」
「現にこの戦場でも何人も行方不明に…。」
「それは魔王軍の子が自分の夫にして連れ帰ったからやなあ。まあ3日もすれば自分の奥さんにすっかりメロメロやで。」
「……。」
何か思うところがあるのだろう、難しい顔で俯いた男にサイカが再び声をかける。
「ところで名前なんて言うんや?パンツ破れたくらいで鼻血吹いて倒れるほど初心な人って初めて見たから興味がわいてきたわ。」
「う、うるせえ!俺はアトラスだ!これまでの騎士団の生活で女なんて食堂のおばちゃんとゴリラみたいな見た目の先輩くらいしか接点がなかったんだから仕方ねーだろ!?」
再び顔を真っ赤にするアトラスに、サイカはくすくす笑って応戦する。
「アトラスねー。あ、私はサイカっていうねん。因みに言うけど、魔物が3日で男を落とせるのには理由があってな、住処に連れ帰ると調教とか逆レイプとかフェ…。」
「ああああ!言うな!」
アトラスがさらに赤面した時、二人の後ろから声がかかった。
「アトラス、お前まで堕落したのか?」
サイカが振り返る前に背中に衝撃が走り、草原に倒れ伏すことになった。
「げほっ…!?」
「団長!」
アトラスに団長と呼ばれた壮年の男は、サイカを蹴り飛ばした足をおろして冷たい目で二人を見つめる。
「女の味を覚えぬよう、子供のころから女と交わらせずに鍛えてやったというのに…。こんなに簡単に魔物に負けるとは、嘆かわしい。」
「なっ…団長は魔物が攻め込んでくる目的を知っていたのか!?知ってて俺に嘘をついたのか!?」
「どちらにしても、あんなにだらしのない行為に抵抗のない魔物どもは汚らわしいと思わんかね。」
狼狽するアトラスをしり目に団長は近くに落ちていたアトラスの剣を拾い上げ、彼の足もとへと放った。
「とはいえ我々はこの戦いで兵士を失いすぎた。お前はまだ若く、殺すのは惜しい。その剣であの魔物を殺し、主神様と私への忠誠を示したならこの場は許してやろう。」
「……。」
アトラスは立ち上がって剣を拾うと、蹴られたダメージでいまだに動けないサイカとなおも冷たい視線を送る団長、そして自分の剣を順に見つめた。
「はよ…せえや…。」
その時だ、サイカが弱弱しく言葉を発した。
「はよ私を刺さんかい…。せやないとあんた、そのおっさんに殺されるで…。」
「……。」
その言葉を聞いたアトラスは、意を決したように剣を構えた。
「う…うおおおおおおお!!」
辺りに鉄のぶつかる甲高い音がこだまする。
アトラスの剣は、団長の抜いた剣とかみ合っていた。
「アトラス!何しとんねん!」
「アトラス貴様…やはり魔物の手によって堕落させられていたか。」
目を見開くサイカを背に、アトラスは団長の目を見据える。
「どうとでも言え。…団長。俺にはどうも魔物が邪悪な存在には見えない。」
「そんなことを言うのは、堕落したという証拠だ!」
団長が剣を振り払い、アトラスもそれに合わせて距離を取る。
「魔物がいいやつなのか悪いやつなのか、そこの判断はまだ俺にもついてない。でもな、俺を看病してくれた時のサイカの手は暖かかった。」
「それがどうした!」
切りかかる団長の剣を、アトラスは自分の剣で受け止める。
「魔物もな、俺たちと同じ血の通った生き物なんだよっ…!」
剣を押し返そうと歯を食いしばるアトラスの足に、団長が鋭い蹴りを入れた。アトラスはなすすべなく地面にたたきつけられる。
「がはっ…!」
変わらず冷たい目で見降ろしたままの団長が剣を振り上げた。
「たとえそうであったとしても、あの淫乱な魔物がよい存在であるはずがない。」
「くっ!」
突き立てられた剣を転がって避け、その勢いで立ち上がる。
鎧で蹴られたせいか足が思った以上に痛んでアトラスは顔を顰めた。
「んなもん国による文化の違い程度のもんだろうが!俺は少なくともサイカを信じる!あんな笑顔ができる奴が悪い奴なわけがねえ!」
アトラスの言葉を聞いたサイカが、驚いた様子で切りかかっていく彼を見つめる。
「アトラス…。」
「甘い!」
団長は切りかかってきたアトラスをいなし、先ほどと同じ場所に蹴りを入れた。
「ぐあっ!」
ただでさえダメージを受け、ほとんど根性で走っていた足が嫌な音を立てた。崩れ落ちるように倒れたアトラスに団長が再び剣を振り上げる。
「地獄に落ちろ!」
その場面に割って入るようにバチバチと通電する音がしたと思えば、団長がそのままの姿勢で固まる。
「…!?」
事態が呑み込めていないアトラスと同じ顔をして、団長はその場に倒れた。
「ちょっとおっちゃーん。私のこと忘れてへん?」
その団長の後ろでは羽根飾りのついた鞭を手に、意地の悪そうな笑みを浮かべたサイカがたっていた。
「サイカ!大丈夫なのか!?」
何とか体を起こしたアトラスに、サイカは笑って手を振る。
「おう、大体あれくらいのキックで私をどうにかできたと考えるんがアホっちゅーもんや。」
「え、じゃあ…。」
「痛そうにしてたんは途中から演技やったで。隙ができたらこのうちの商品である『サンダーバードの羽根を使用したSM用鞭、悔しい!でも感じちゃう…ビクンビクン』を叩き込んだろうと思ってな。」
「うわあ…本当に団長がビクビクしてる…。」
心底嫌なものを見たという顔で痙攣する団長を見つめるアトラス。
「というかこれ、俺がサイカを殺そうとしたらどうなってたんだ…?」
「触手をけしかけて大公開させようと思ってた。」
「あ、あぶねえ。選択を誤れば(社会的に)死んでるところだった…。」
思わず頭を抱えるアトラスの隣で、サイカが腕組をする。
「それにしてもこいつどないしよ。鞭が最大出力やったからかなかなか痺れが引かへんし…いっそ開発中の『どこでもアッー!改良型(いい男度1,5倍増)』の実験台にでも…。」
そんな二人に、ダークエルフが近づいてきた。サイカに親しげに話しかける。
「はあい、サイカ。久しぶりね。」
「おお、『ドSな魔物娘連合』会長のエルザやないか。どないしたん?」
肩書を聞いて怪訝な顔から驚きの表情に変わったアトラスをしり目に、二人は話を進めていく。
「うちの会員にヴァンパイアの子がいてねえ、彼女が召使にそこの男をご所望なのよ。」
エルザに見つめられた団長はいまだにビクンビクンしていた。
「なるほど、そいつがほしいけど戦いは昼間でヴァンパイアは出てこられへん。それでエルザが来たんか。」
「そういうこと。彼女は友達でもあるから、私が一肌脱いであげようと思ってねえ。」
妖艶な笑みを浮かべるエルザにアトラスが恐る恐る話しかける。
「あのー…でもなんで団長なんですか?いうこと聞きそうにないですけど…。」
「あらあ、だって調教するなら反抗的でないと。突っかかって来る奴の心を片っ端から折っていくのが調教の醍醐味でしょう?」
楽しそうに笑うエルザに、何も言えないアトラスであった。
あれからエルザは団長を縛り上げて荷車に積み、ついでに『サンダーバードの羽根を使用したSM用鞭、悔しい!でも感じちゃう…ビクンビクン』を「彼女へのお祝いに」と買っていった。
「…なんか今頃団長がかわいそうに思えてきた…。」
座り込んだ状態でサイカに足に包帯を巻いてもらいながらアトラスが呟く。
「魔物娘ってのは人間を誘惑して虜にするもんやで。あいつも1か月もすれば変態ドM男に生まれ変わってるやろ。」
「それより…ありがとう。嬉しかったで。」
「え?」
きょとんとしているアトラスの手を、包帯を巻き終わったサイカが握る。
「私のこと信じる言うてくれて、あんなに必死になって戦ってくれて。」
「あ、あのときは必死だったんだよ。それに、結局サイカは俺がいなくても大丈夫だったみたいだしな。」
目をそらすアトラスに、サイカが迫った。
「それでな、私アトラスのこと好きになってもてん。」
「…は?」
「なあアトラス!結婚しよ!結婚!どうせこの国もじきに親魔物国になるし、魔物やからって拒む理由もないやろ?」
「ええええええ!?いやいや展開早くねえ!?友達から始めて恋人になるって過程がごっそり抜けおちてるぞお前!」
思わず後ずさったアトラスにサイカが詰め寄る。
「魔物やったら珍しいことでもないっていうか惚れた=結婚やから!」
「ままままま待ってくれ!そんな急に言われても…。」
「…やっぱり迷惑やった?私の思いは無駄になってまうん?」
袖で顔を隠してぐすんと鼻を鳴らすサイカに、アトラスはたじろぐ。
「わ、わかった!わかったから泣き止んでくれ!」
「…じゃあ結婚してくれる?」
「えーっと…。」
「するん!?」
強い語調で詰め寄られ、思わず頷いたのをサイカは見逃さなかった。はじけるような笑顔になってアトラスに抱き付く。
「ほんまに!?やったあ!私もついに念願の旦那さんをゲットやで!ついでに新製品の案も浮かんだし、ええことづくめや!」
「よ、よかったな、おめでとう…。」
そんなサイカに対してどこか上の空といったアトラス。しかも顔が赤い。
「ん〜?なにそんなに顔赤くしとん?あ、もしかして抱き着かれるのも初体験やった?」
「い、いや、ちが…。」
「ほんまかあ〜?ほれほれ。」
ニヤニヤしながらぐいぐい胸を押し付けてみるサイカ。
「お、おい!む、む、胸が!」
「胸ちゃうやろ?おっぱいやろ?ほら言うてみい。お、っ、ぱ、い。」
「あ、あああ…。」
「もお、何その反応?めっちゃかわいいやん!んーっ…。」
「んっ!?」
二人の唇が重なる。その感触をアトラスが自覚した瞬間、意識が遠のいていった。
「え、ちょ、アトラス!?キスしただけで倒れるん!?どんだけ初心やねん!つーか鼻血垂らすな!起きろアトラスー!!」
(仕方ないだろ…俺が接した女なんて食堂のおばちゃんと…ガクッ)
サイカの前途は多難である。
14/02/14 19:19更新 / 飛燕