散々なデート
「何してんのさっ!」
「ゴメンゴメン。仕事が――」
「うるさいっ!?全く、レディを待たせるなんて、どうかしてるわ・・・」
ここはとある有名な公共公園。
川のせせらぎを聞きながらこの青年と一人の少女が待ち合わせをしていた。
「ゴメンってば、ベル。な?許してくれよ?」
「イヤったらイヤ!」
顔を膨らませてそっぽを向くベル。
そんな仕草が可愛くて、ついつい彼女の頭を撫でてしまう。
それがまた撫で心地の良い頭で、撫でる度に心地いいほどに手が滑らかに髪を滑り落ちる。
その触り心地は心を和ませてくれている。
「・・・・ところで、デートって何すんのさ・・」
「ん?とりあえず・・・・・公園で寛ごうか?」
そう言うが早いかベンチに座りこむベル。
その表情は「早く来い!」と訴えかけてきているようだった。
「と・・・隣に座りなさいよ・・」
「はいはい・・・」
少し間を開けていたのがいけなかったのか、ベルは自分のすぐ横をバンバンと叩く。
まるで我儘を押し通そうとしている子供の様である。
「ん・・・」
ベルが、俺こと「ヘイル・ギュンター」に凭れかかる。
その安心しきった顔は、本当に可愛い物だ。
身体の一部を除けばだが。
「アイタっ?!」
「あっ・・・・なんで私のお腹に当たってるのよっ?!」
そう、彼女はベルゼブブ、(自称)蝿の女王である。
どうやら彼女はその「女王候補」の中で最も優秀な1人らしいのだが、そんなお嬢様が何故俺のような平凡な男と付き合っているのか。
それは、1週間前までさかのぼる。
―――――――――――――――――
あの時、俺はまだベルの存在を知らなかった。
いつものように学校を終えて家に帰り、特に何をするでもなく怠慢な日々を過ごしていた。
「はぁ・・・・何か面白いものは起こらないモンかなぁ・・」
ベットに寝転んでそんな本末転倒な事を考えていた俺は、そんな考えを芽生えさせた事に後悔を覚える。
意味も無く考え込んでいたその時、空の方から何かが飛んでくるような音が聞こえた。
どうせ何か落下物でも落ちて来たのだろうと思うには少々音が大きい。
まぁ、近くに落ちるだろうから後で見に行ってみよう。
そう考えていた。
ドゴォォォォォォォォォォォォン!?
それは、突然に降って来た。
斜め45度から飛んできた「何か」は、俺の部屋の壁を突き破って俺の目の前で制止した。
あまりの出来ごとに驚きが隠せないでいる俺は、とりあえず飛んできたものを見ようと近づく。
「・・・ぐぅぅ・・」
「なっ?!」
そこにいた「何か」
それは、ヘイルよりも4〜5つ程下に見える幼い少女だった。
幼い少女、略して幼女・・・そんなことよりっ!
親方ァ!空から女の子が!!
これも違う!
「ど・・・・どうすればいいんだ・・・これ・・っ?!」
この女の子をどうしようか迷っていた矢先、視界に人間ではありえない構造が眼に入る。
まず、先程は良く見ていなかったが、頭から一対の触角の様な物が生えている。
ツインテールの髪型と合わせると、なんだか触手が4本あるみたい。
次に、彼女の腕は人間の物では無い。
もっと違う、蟲のような腕。
次に、背中から生えた彼女と同程度の大きな羽根。
そこには、まるで自分が海賊であるかのようにドクロマークが描かれている。
タトゥーのようなものなのだろう。
「ちぃぃ・・・キアラの奴・・・どれだけぶっ飛ばせば気が・・」
「あのぉ・・」
「あぁっ?!」
「ひぃっ!?な・・・なんでもありませんっ!!」
これが、ヘイルとベルの出会いだった。
それから、ベルは半分ヘイルの家に居候する形でヘイルの家に住んでいる。
しかし、実質はベルの独壇場。
何かあるごとにヘイルに手を出しては不貞腐れる。
そんな子供の様な彼女ではあるが、可愛い所もあったりする。
「――えと・・・・ヘイル・・」
「ん?何?」
「その・・・トイレ・・」
どうやらトイレに行きたいらしいが、場所でも分からないのだろうか。
そんな事を考えていると、彼女はヘイルの服の裾を引っ張ってくる。
「一緒に来てくれない・・?」
「っ!いいよ?」
その時の泣き出しそうな顔にドキッと来てしまったヘイルだが、それを平常心の中に紛れ込ませて難を逃れた彼は、そのままベルについていった。
所変わって、こんなお話もある。
「それじゃ、買い物頼んでいいかい?」
「なんでアタシが・・・・まぁ、いいけど・・」
そう言ってOKしてくれたベルに、ヘイルはメモ用紙とカバンを手渡す。
それを持って彼女は家を出た。そこまでは良かったのだが・・・
「キャァァァァッ!?!」
「っ!?ベルッ!?」
家の目の前でベルの悲鳴が聞こえたヘイルは、慌てて家を飛び出す。
そこで見た物とは・・
「キャンッキャンッ!!」
「ひぃぃぃ・・・」
「・・・・・」
散歩していた人の連れた小型犬、それがベルに吠えていた。
人の膝にも満たない大きさの子犬は、未だにベルに吠えている。
心なしか、遊んで欲しそうにしているようだ。
それに比べ・・
「いやぁ・・・・来ないでぇ・・」
膝を抱えて頭に腕を回して防御態勢を取っている「ソレ」は、小さく拒絶を示しているがどれもこれも子犬に聞こえてなどいないだろう。
それを掻き消す様に吠える犬だが、飼い主は苦笑いをしながら何度も謝りながら犬を引っ張って行ってくれた。
「ほらっ、ベル?もう行ったよ?」
「・・・・ホント・・?」
ヘイルを見つめるその瞳は、先程まで泣いていた事を表す様に潤んでいた。
涙目の彼女の魅力は半端な物では無い。
多分、女王候補と言うのも相応しいのだろう。
力は別として、彼女のその子供っぽさを伺う場面は、他にも見られた。
「――へいるぅ・・・どこなの〜・・?」
とある日、ベルはヘイルと一緒に街の市場まで買い物に来ていた。
しかし、ひょんなこと(ベルが食料品店を見回る)をしている内に、ヘイルの姿を見失って現在絶賛迷子中となっている訳である。
「へいるぅ・・・・・へいるぅ・・・」
泣くのを我慢しながらヘイルを探すベルだが、すぐに涙で視界がにじんで転んでしまう。
そうなると、流石に我慢の限界が訪れて泣き出してしまった。
こうなっては子供同然だ。
幸いにもここは親魔物領と言うか、魔物達を快く受け入れてくれる街である故、他の魔物なども多く在住している。
「どうしたの?こんな所で泣いたりして・・」
とっさにベルの泣き声を聞いてひとりの女性がやって来た。
どうやら子連れらしく、後ろに彼女そっくりの少女が恥ずかしそうに隠れている。
「ひぐっ・・・へいるが・・・・はぐれてぇ・・・」
「なるほど迷子ね?」
なんと的確な判断を下せる物なのだろうか。
即答だったようにも感じる。
「それじゃ、そのヘイルさんって人を・・」
「へ?俺がどうかしました?」
「へ・・・へ・・・・ヘイル〜〜〜っ!」
泣きべそをかきながらヘイルに抱きついたベルは、明らかに涙と鼻水で顔がグシャグシャになっていた。
「ヨシヨシ、もう迷子に・・・あぁっ!こらっ!服で拭くなっ!?」
「・・・・ふふっ♪」
「ままぁ・・・・なんで笑ってるの・・?」
それにしてもこの親子、本当にそっくりだ。
足がタコの様になっているのを見れば、容易にスキュラだと言う事は分かる。
だが、余りにも似過ぎているように思う。
まぁ、その辺りは彼女たちの問題なので、ヘイルもベルも気にしては居ない。
「ま・・まぁ、迷子にはなるなよってことで・・・・ありがとうございました!」
「いえいえ。良かったじゃないですか。」
そう言って笑顔で返してくれた彼女は、そのまま娘と一緒にどこかへ行ってしまった。
「それじゃ、帰ろうか・・」
「うん・・・・」
彼女には、本当に涙目が似合いそうだ。今度、悪戯でもしてやろうと画策するヘイルがそこにはいた。
―――――――――――――――――
そして数日後になって、現在に至る訳である。
正直言って、いつもとそこまで変わりはないのだが、デートの雰囲気と言うものを味わいたいのかベルはオシャレして来ていた。
家にある筈の無いような、高級感漂う小さなイヤリングが、彼女の小さめな耳を強調させる。
普段は結んだりもしないベルの髪は、現在ポニーテールだ。
一昨日くらいに、ヘイルが言った一言を意識しているらしい。
「俺、実はポニーテール萌えだから」
その一言が、彼女の心を大きく動かしているとはヘイルは気付きもしない。
「お待たせしました、お嬢様」
「な・・・なによそれ・・」
「えっ?執事だけど・・・ダメだった?」
「だっ・・・・ダメじゃ・・・ない・・」
暫くベンチに座っていたが、唐突に空腹を訴える音が聞こえたヘイルは、ベルを残してすぐそこで移動販売しているホットドッグ屋で二つのホットドッグを買ってくる。
出来たてのそれはホクホクと温かそうな湯気を立てて自己主張しているっぽい。
因みにベルは、辛い物が食べられないらしく、片方はケチャップもマスタードも入っていない。
かわりにピクルスを刻んだ物が筋の様に並んでいるが。
「い・・・・いただきます・・」
「いただきま〜す♪」
それぞれに一声言ってからホットドッグに口を付けた。
熱さの所為なのか、ベルの顔が少々上気しているのを見たヘイルが、何となしにハンカチで拭いてやろうとするが、顔を背けられてしまう。
嫌われるような事を何かしただろうかとも考えながら、ヘイルは悪戯をする子供の様な笑みを浮かべて、ベルの頭を撫でまわしていく。
「こ・・・こら・・・やめろよぉ・・・」
「えっ?イヤだったか?ゴメ・・」
「やっ!止めないでっ!」
言っている事が支離滅裂だ。
そう頭の中で考えながらも、ヘイルは続けてベルの頭を撫で続けた。
周りから見れば、仲の良いカップルがニコニコと笑顔を向け合っているようにしか見えない。
リアルを充実出来ていない者達にとっては、これほどまでに屈辱的な事も無いだろう。
「あっ・・・・ペロッ」
「っ!?」
唐突に、本当に唐突だった。
ベルはいきなりヘイルの唇を軽く舐めたのである。
どうやら唇に付いていたケチャップが落ち掛けていたのを取っただけらしい。
それでも、外野の連中からすれば羨まし過ぎると言うもの。
しかっし、そんな視線もなんのそので、二人はちょっとしたムードに包まれつつあった。
「・・・ケチャップ、落ち掛けてたわよ?」
「あ・・ありがと・・」
ケチャップを舐め取って、そのまま食べたベル。
その表情は、久し振りに味わうケチャップの味に顔を歪めそうになっていた。
ここまでダメと言う事は、ケチャップを使った料理は彼女に振舞わない方がよさそうだ。
隠し味もまたNGだろう。
涙ぐんでいるその顔には、次期女王候補の表情など微塵も無い。
あるのは、ヘイルの彼女としてのか弱い一人の女の子だけである。
「・・・・なんか、皆睨んでない・・?」
「えっ・・?」
やっと外野連中の視線に気づいたベルが、そいつらを睨みつける。
それと同時に、どこから集まって来たのか色んな種類の羽虫達が湧いて飛び始める。
蝿、蚊、蜂、虻、蛾等々。
皆ベルの味方をしているかのように外野連中を追い払っていく。
何匹かは美味しいものに巡り合えたかのように人に張り付いていたが。
なにはともあれ、結果的に人払いは完了している。
その点ではあの虫たちに感謝しなくては。
だが同時に、それはヘイルも同じように怖い目に会わせたとも受け取れてしまう。
「えぇっと・・・・・ベル・・?」
「・・・・・うるさい・・」
暫く黙っていたベルを心配して、ヘイルが声を掛けるが彼女は眼に涙を溜めながらヘイルを突き離すように低く唸った。
反応的に言葉が詰まったヘイル。
その反応を見て「しまった」と思うベルは、リズミカルにヘイルを突き飛ばすと何処かに走り去ってしまった。
「あっ、ベル・・」
「・・・・(もうダメだ・・・私、ヘイルに嫌われた・・・もう会ってくれないし愛してもくれない・・)」
何処かへ走り去って行くベルのスピードは正しく蝿のようで、物凄い速さで公園を抜けて視界から居なくなってしまう。
呼び止めようとするヘイルの声も虚しく響くだけ。
そしてベルは涙を流しながら、自分のした事に後悔を募らせていく。
実際ヘイルはそんな事は微塵も思っていないのに。
―――――――――――――
「はぁ・・はぁ・・」
あれから数時間。
ヘイルは死に物狂いで走り回ってベルを探していた。
今まで一緒に行った、公園や市場、散歩道に河の秘境まで。
しかし、そのいずれにもベルの姿は見当たらない。
「ベル〜!どこだ〜!」
「・・・ん?ベル・・?もしかして・・」
「うわぁっ!」
狭い路地裏を通って近道しようと思っていたヘイルだったが、その脚はいつしか地面を離れていた。
視界を回せば見えたのは、ベルに似た、少し妖艶そうな女性。
その容姿もベルと同じで、蝿を彷彿とさせている。
その女性は、自分の名前を「ベーフェ」と名乗った。
なんとなく口に出してみると男の名前のような気がしてならない。
彼女は名前を何度も呼ばれていると勘違いして、少し悪戯っぽくヘイルの頬をつまみあげた。
「い・・いだぃ・・いだいでふ・・・ベーフェさん・・」
「ならいいわ。」
何が良いのだろうか。
「ところで、貴方さっきベルって言ったわよね?」
「えぇ、貴方と似たような少女d・・・」
言葉を最後まで続ける事無く、ヘイルの意識は唐突に閉ざされた。
その意識を刈り取ったのは言うまでも無くベーフェ。
「この子が彼女の・・・ふふふ・・」
なんだかNTR展開が期待されそうな言葉だが、そのような展開にはならない。
―――――――――――――――――――
「・・・ひっく・・・」
ベルは、ヘイルの家のベランダで身体を縮ませて啜り泣いていた。
このベランダは、すっかり整頓されていて花がいくつか風に揺られて踊っているだけ。
それだけでは、彼女の悲しみや後悔は拭えない。
「やれやれ・・・貴方の好き「だった」人よ?」
「・・っ!?へ・・いる・・」
暫く泣きながら途方に暮れていたベルだったが、少しすると一人の女性が青年を抱えて飛んできた。
その女性とはベーフェ、その青年とは気絶したヘイルだ。
「さぁ、選びなさい?まだ彼の事が好き?嫌いだったら私が食べて・・」
「好きっ!!」
それはものの見事な即答だった。
まるでベーフェの最後の一文を言わせないかのように大声で叫ぶ。
その声は、気絶しているヘイルには届かないがベーフェにはキッチリと届く。
「やっぱりそうなんだ・・・大事になさい?」
「ふぇ?アンタが見せつける為に・・」
「はっ!だ〜れが妹の前で寝取るモンですか。それに・・・」
そう言って、ヘイルの服をめくる。
「この子、こんなに傷だらけになってもアンタを探してたのよ?嫌いだと思う方がおかしいわよ。」
「っ・・・・」
そこには、草で擦りきったり石に躓いたりして出来たであろう傷跡が生々しくあった。
血こそそこまで出ていないが、数が相当数に及ぶようでかなり痛々しい。
「大事になさいよ?アンタの彼氏でしょ?」
「・・・・うん・・」
ベーフェからヘイルを渡されたベルは、そのまま彼に抱きつく。
その幼い身体でヘイルを支えるベルの顔には、笑顔と嬉しさしかなかった。
―――――――――――――――――――――
――――――――――
あれから数年後、ヘイルは常人には出来ないほどの活躍を次々と残し、「生きる伝説」とまで称されるほどの有名人になっていた。
「―――では、自分の力は――」
「――お答願います、Mr.ヘイル!」
「――その少女のおかげで――」
数十人の報道陣が囲む中で、今日もいつもと同じように会見(本人未承諾@街道)が行われていた。
「はい、そしてこの子が――」
あれからすっかり大人びた顔立ちになったヘイルは、スッと隣を示す。
そこには、貴婦人の様な純白で綺麗なドレスを身に纏う一人の少女――ベル――がいた。
今までも、そしてこれからもこの二人は、どんなカップルも羨ましがるようなラブラブっぷりで一生を愛し愛されながら過ごしたと言う。
fin
「ゴメンゴメン。仕事が――」
「うるさいっ!?全く、レディを待たせるなんて、どうかしてるわ・・・」
ここはとある有名な公共公園。
川のせせらぎを聞きながらこの青年と一人の少女が待ち合わせをしていた。
「ゴメンってば、ベル。な?許してくれよ?」
「イヤったらイヤ!」
顔を膨らませてそっぽを向くベル。
そんな仕草が可愛くて、ついつい彼女の頭を撫でてしまう。
それがまた撫で心地の良い頭で、撫でる度に心地いいほどに手が滑らかに髪を滑り落ちる。
その触り心地は心を和ませてくれている。
「・・・・ところで、デートって何すんのさ・・」
「ん?とりあえず・・・・・公園で寛ごうか?」
そう言うが早いかベンチに座りこむベル。
その表情は「早く来い!」と訴えかけてきているようだった。
「と・・・隣に座りなさいよ・・」
「はいはい・・・」
少し間を開けていたのがいけなかったのか、ベルは自分のすぐ横をバンバンと叩く。
まるで我儘を押し通そうとしている子供の様である。
「ん・・・」
ベルが、俺こと「ヘイル・ギュンター」に凭れかかる。
その安心しきった顔は、本当に可愛い物だ。
身体の一部を除けばだが。
「アイタっ?!」
「あっ・・・・なんで私のお腹に当たってるのよっ?!」
そう、彼女はベルゼブブ、(自称)蝿の女王である。
どうやら彼女はその「女王候補」の中で最も優秀な1人らしいのだが、そんなお嬢様が何故俺のような平凡な男と付き合っているのか。
それは、1週間前までさかのぼる。
―――――――――――――――――
あの時、俺はまだベルの存在を知らなかった。
いつものように学校を終えて家に帰り、特に何をするでもなく怠慢な日々を過ごしていた。
「はぁ・・・・何か面白いものは起こらないモンかなぁ・・」
ベットに寝転んでそんな本末転倒な事を考えていた俺は、そんな考えを芽生えさせた事に後悔を覚える。
意味も無く考え込んでいたその時、空の方から何かが飛んでくるような音が聞こえた。
どうせ何か落下物でも落ちて来たのだろうと思うには少々音が大きい。
まぁ、近くに落ちるだろうから後で見に行ってみよう。
そう考えていた。
ドゴォォォォォォォォォォォォン!?
それは、突然に降って来た。
斜め45度から飛んできた「何か」は、俺の部屋の壁を突き破って俺の目の前で制止した。
あまりの出来ごとに驚きが隠せないでいる俺は、とりあえず飛んできたものを見ようと近づく。
「・・・ぐぅぅ・・」
「なっ?!」
そこにいた「何か」
それは、ヘイルよりも4〜5つ程下に見える幼い少女だった。
幼い少女、略して幼女・・・そんなことよりっ!
親方ァ!空から女の子が!!
これも違う!
「ど・・・・どうすればいいんだ・・・これ・・っ?!」
この女の子をどうしようか迷っていた矢先、視界に人間ではありえない構造が眼に入る。
まず、先程は良く見ていなかったが、頭から一対の触角の様な物が生えている。
ツインテールの髪型と合わせると、なんだか触手が4本あるみたい。
次に、彼女の腕は人間の物では無い。
もっと違う、蟲のような腕。
次に、背中から生えた彼女と同程度の大きな羽根。
そこには、まるで自分が海賊であるかのようにドクロマークが描かれている。
タトゥーのようなものなのだろう。
「ちぃぃ・・・キアラの奴・・・どれだけぶっ飛ばせば気が・・」
「あのぉ・・」
「あぁっ?!」
「ひぃっ!?な・・・なんでもありませんっ!!」
これが、ヘイルとベルの出会いだった。
それから、ベルは半分ヘイルの家に居候する形でヘイルの家に住んでいる。
しかし、実質はベルの独壇場。
何かあるごとにヘイルに手を出しては不貞腐れる。
そんな子供の様な彼女ではあるが、可愛い所もあったりする。
「――えと・・・・ヘイル・・」
「ん?何?」
「その・・・トイレ・・」
どうやらトイレに行きたいらしいが、場所でも分からないのだろうか。
そんな事を考えていると、彼女はヘイルの服の裾を引っ張ってくる。
「一緒に来てくれない・・?」
「っ!いいよ?」
その時の泣き出しそうな顔にドキッと来てしまったヘイルだが、それを平常心の中に紛れ込ませて難を逃れた彼は、そのままベルについていった。
所変わって、こんなお話もある。
「それじゃ、買い物頼んでいいかい?」
「なんでアタシが・・・・まぁ、いいけど・・」
そう言ってOKしてくれたベルに、ヘイルはメモ用紙とカバンを手渡す。
それを持って彼女は家を出た。そこまでは良かったのだが・・・
「キャァァァァッ!?!」
「っ!?ベルッ!?」
家の目の前でベルの悲鳴が聞こえたヘイルは、慌てて家を飛び出す。
そこで見た物とは・・
「キャンッキャンッ!!」
「ひぃぃぃ・・・」
「・・・・・」
散歩していた人の連れた小型犬、それがベルに吠えていた。
人の膝にも満たない大きさの子犬は、未だにベルに吠えている。
心なしか、遊んで欲しそうにしているようだ。
それに比べ・・
「いやぁ・・・・来ないでぇ・・」
膝を抱えて頭に腕を回して防御態勢を取っている「ソレ」は、小さく拒絶を示しているがどれもこれも子犬に聞こえてなどいないだろう。
それを掻き消す様に吠える犬だが、飼い主は苦笑いをしながら何度も謝りながら犬を引っ張って行ってくれた。
「ほらっ、ベル?もう行ったよ?」
「・・・・ホント・・?」
ヘイルを見つめるその瞳は、先程まで泣いていた事を表す様に潤んでいた。
涙目の彼女の魅力は半端な物では無い。
多分、女王候補と言うのも相応しいのだろう。
力は別として、彼女のその子供っぽさを伺う場面は、他にも見られた。
「――へいるぅ・・・どこなの〜・・?」
とある日、ベルはヘイルと一緒に街の市場まで買い物に来ていた。
しかし、ひょんなこと(ベルが食料品店を見回る)をしている内に、ヘイルの姿を見失って現在絶賛迷子中となっている訳である。
「へいるぅ・・・・・へいるぅ・・・」
泣くのを我慢しながらヘイルを探すベルだが、すぐに涙で視界がにじんで転んでしまう。
そうなると、流石に我慢の限界が訪れて泣き出してしまった。
こうなっては子供同然だ。
幸いにもここは親魔物領と言うか、魔物達を快く受け入れてくれる街である故、他の魔物なども多く在住している。
「どうしたの?こんな所で泣いたりして・・」
とっさにベルの泣き声を聞いてひとりの女性がやって来た。
どうやら子連れらしく、後ろに彼女そっくりの少女が恥ずかしそうに隠れている。
「ひぐっ・・・へいるが・・・・はぐれてぇ・・・」
「なるほど迷子ね?」
なんと的確な判断を下せる物なのだろうか。
即答だったようにも感じる。
「それじゃ、そのヘイルさんって人を・・」
「へ?俺がどうかしました?」
「へ・・・へ・・・・ヘイル〜〜〜っ!」
泣きべそをかきながらヘイルに抱きついたベルは、明らかに涙と鼻水で顔がグシャグシャになっていた。
「ヨシヨシ、もう迷子に・・・あぁっ!こらっ!服で拭くなっ!?」
「・・・・ふふっ♪」
「ままぁ・・・・なんで笑ってるの・・?」
それにしてもこの親子、本当にそっくりだ。
足がタコの様になっているのを見れば、容易にスキュラだと言う事は分かる。
だが、余りにも似過ぎているように思う。
まぁ、その辺りは彼女たちの問題なので、ヘイルもベルも気にしては居ない。
「ま・・まぁ、迷子にはなるなよってことで・・・・ありがとうございました!」
「いえいえ。良かったじゃないですか。」
そう言って笑顔で返してくれた彼女は、そのまま娘と一緒にどこかへ行ってしまった。
「それじゃ、帰ろうか・・」
「うん・・・・」
彼女には、本当に涙目が似合いそうだ。今度、悪戯でもしてやろうと画策するヘイルがそこにはいた。
―――――――――――――――――
そして数日後になって、現在に至る訳である。
正直言って、いつもとそこまで変わりはないのだが、デートの雰囲気と言うものを味わいたいのかベルはオシャレして来ていた。
家にある筈の無いような、高級感漂う小さなイヤリングが、彼女の小さめな耳を強調させる。
普段は結んだりもしないベルの髪は、現在ポニーテールだ。
一昨日くらいに、ヘイルが言った一言を意識しているらしい。
「俺、実はポニーテール萌えだから」
その一言が、彼女の心を大きく動かしているとはヘイルは気付きもしない。
「お待たせしました、お嬢様」
「な・・・なによそれ・・」
「えっ?執事だけど・・・ダメだった?」
「だっ・・・・ダメじゃ・・・ない・・」
暫くベンチに座っていたが、唐突に空腹を訴える音が聞こえたヘイルは、ベルを残してすぐそこで移動販売しているホットドッグ屋で二つのホットドッグを買ってくる。
出来たてのそれはホクホクと温かそうな湯気を立てて自己主張しているっぽい。
因みにベルは、辛い物が食べられないらしく、片方はケチャップもマスタードも入っていない。
かわりにピクルスを刻んだ物が筋の様に並んでいるが。
「い・・・・いただきます・・」
「いただきま〜す♪」
それぞれに一声言ってからホットドッグに口を付けた。
熱さの所為なのか、ベルの顔が少々上気しているのを見たヘイルが、何となしにハンカチで拭いてやろうとするが、顔を背けられてしまう。
嫌われるような事を何かしただろうかとも考えながら、ヘイルは悪戯をする子供の様な笑みを浮かべて、ベルの頭を撫でまわしていく。
「こ・・・こら・・・やめろよぉ・・・」
「えっ?イヤだったか?ゴメ・・」
「やっ!止めないでっ!」
言っている事が支離滅裂だ。
そう頭の中で考えながらも、ヘイルは続けてベルの頭を撫で続けた。
周りから見れば、仲の良いカップルがニコニコと笑顔を向け合っているようにしか見えない。
リアルを充実出来ていない者達にとっては、これほどまでに屈辱的な事も無いだろう。
「あっ・・・・ペロッ」
「っ!?」
唐突に、本当に唐突だった。
ベルはいきなりヘイルの唇を軽く舐めたのである。
どうやら唇に付いていたケチャップが落ち掛けていたのを取っただけらしい。
それでも、外野の連中からすれば羨まし過ぎると言うもの。
しかっし、そんな視線もなんのそので、二人はちょっとしたムードに包まれつつあった。
「・・・ケチャップ、落ち掛けてたわよ?」
「あ・・ありがと・・」
ケチャップを舐め取って、そのまま食べたベル。
その表情は、久し振りに味わうケチャップの味に顔を歪めそうになっていた。
ここまでダメと言う事は、ケチャップを使った料理は彼女に振舞わない方がよさそうだ。
隠し味もまたNGだろう。
涙ぐんでいるその顔には、次期女王候補の表情など微塵も無い。
あるのは、ヘイルの彼女としてのか弱い一人の女の子だけである。
「・・・・なんか、皆睨んでない・・?」
「えっ・・?」
やっと外野連中の視線に気づいたベルが、そいつらを睨みつける。
それと同時に、どこから集まって来たのか色んな種類の羽虫達が湧いて飛び始める。
蝿、蚊、蜂、虻、蛾等々。
皆ベルの味方をしているかのように外野連中を追い払っていく。
何匹かは美味しいものに巡り合えたかのように人に張り付いていたが。
なにはともあれ、結果的に人払いは完了している。
その点ではあの虫たちに感謝しなくては。
だが同時に、それはヘイルも同じように怖い目に会わせたとも受け取れてしまう。
「えぇっと・・・・・ベル・・?」
「・・・・・うるさい・・」
暫く黙っていたベルを心配して、ヘイルが声を掛けるが彼女は眼に涙を溜めながらヘイルを突き離すように低く唸った。
反応的に言葉が詰まったヘイル。
その反応を見て「しまった」と思うベルは、リズミカルにヘイルを突き飛ばすと何処かに走り去ってしまった。
「あっ、ベル・・」
「・・・・(もうダメだ・・・私、ヘイルに嫌われた・・・もう会ってくれないし愛してもくれない・・)」
何処かへ走り去って行くベルのスピードは正しく蝿のようで、物凄い速さで公園を抜けて視界から居なくなってしまう。
呼び止めようとするヘイルの声も虚しく響くだけ。
そしてベルは涙を流しながら、自分のした事に後悔を募らせていく。
実際ヘイルはそんな事は微塵も思っていないのに。
―――――――――――――
「はぁ・・はぁ・・」
あれから数時間。
ヘイルは死に物狂いで走り回ってベルを探していた。
今まで一緒に行った、公園や市場、散歩道に河の秘境まで。
しかし、そのいずれにもベルの姿は見当たらない。
「ベル〜!どこだ〜!」
「・・・ん?ベル・・?もしかして・・」
「うわぁっ!」
狭い路地裏を通って近道しようと思っていたヘイルだったが、その脚はいつしか地面を離れていた。
視界を回せば見えたのは、ベルに似た、少し妖艶そうな女性。
その容姿もベルと同じで、蝿を彷彿とさせている。
その女性は、自分の名前を「ベーフェ」と名乗った。
なんとなく口に出してみると男の名前のような気がしてならない。
彼女は名前を何度も呼ばれていると勘違いして、少し悪戯っぽくヘイルの頬をつまみあげた。
「い・・いだぃ・・いだいでふ・・・ベーフェさん・・」
「ならいいわ。」
何が良いのだろうか。
「ところで、貴方さっきベルって言ったわよね?」
「えぇ、貴方と似たような少女d・・・」
言葉を最後まで続ける事無く、ヘイルの意識は唐突に閉ざされた。
その意識を刈り取ったのは言うまでも無くベーフェ。
「この子が彼女の・・・ふふふ・・」
なんだかNTR展開が期待されそうな言葉だが、そのような展開にはならない。
―――――――――――――――――――
「・・・ひっく・・・」
ベルは、ヘイルの家のベランダで身体を縮ませて啜り泣いていた。
このベランダは、すっかり整頓されていて花がいくつか風に揺られて踊っているだけ。
それだけでは、彼女の悲しみや後悔は拭えない。
「やれやれ・・・貴方の好き「だった」人よ?」
「・・っ!?へ・・いる・・」
暫く泣きながら途方に暮れていたベルだったが、少しすると一人の女性が青年を抱えて飛んできた。
その女性とはベーフェ、その青年とは気絶したヘイルだ。
「さぁ、選びなさい?まだ彼の事が好き?嫌いだったら私が食べて・・」
「好きっ!!」
それはものの見事な即答だった。
まるでベーフェの最後の一文を言わせないかのように大声で叫ぶ。
その声は、気絶しているヘイルには届かないがベーフェにはキッチリと届く。
「やっぱりそうなんだ・・・大事になさい?」
「ふぇ?アンタが見せつける為に・・」
「はっ!だ〜れが妹の前で寝取るモンですか。それに・・・」
そう言って、ヘイルの服をめくる。
「この子、こんなに傷だらけになってもアンタを探してたのよ?嫌いだと思う方がおかしいわよ。」
「っ・・・・」
そこには、草で擦りきったり石に躓いたりして出来たであろう傷跡が生々しくあった。
血こそそこまで出ていないが、数が相当数に及ぶようでかなり痛々しい。
「大事になさいよ?アンタの彼氏でしょ?」
「・・・・うん・・」
ベーフェからヘイルを渡されたベルは、そのまま彼に抱きつく。
その幼い身体でヘイルを支えるベルの顔には、笑顔と嬉しさしかなかった。
―――――――――――――――――――――
――――――――――
あれから数年後、ヘイルは常人には出来ないほどの活躍を次々と残し、「生きる伝説」とまで称されるほどの有名人になっていた。
「―――では、自分の力は――」
「――お答願います、Mr.ヘイル!」
「――その少女のおかげで――」
数十人の報道陣が囲む中で、今日もいつもと同じように会見(本人未承諾@街道)が行われていた。
「はい、そしてこの子が――」
あれからすっかり大人びた顔立ちになったヘイルは、スッと隣を示す。
そこには、貴婦人の様な純白で綺麗なドレスを身に纏う一人の少女――ベル――がいた。
今までも、そしてこれからもこの二人は、どんなカップルも羨ましがるようなラブラブっぷりで一生を愛し愛されながら過ごしたと言う。
fin
11/06/30 22:08更新 / 兎と兎