大海は人を選ばず
デカい鉄の塊が海の上に浮かんでいるだなんて未だに信じられない。
この港は確かにそこそこデカいし近くには造船所もあるからちょくちょく新造船のお披露目会なんかはやっている。
ただ、今回の場合は何から何かでケタ違いだ。
あっちを見てもこっちを見ても、メイドやら執事を従えて歩いているドレス姿の婦人やら紳士やらがゾロゾロと歩いている。
彼らは決まって同じ方向へ歩いて行く。
そう、この目の前で浮かんでいる城みたいな船に乗って豪華な船旅を楽しむのだ。
かく言う自分はと言うと…
「ふあぁ〜あ……退屈だなぁ…」
港の入口で潜入を図る馬鹿が居ないかと見回りをする警備員A、それこそが与えられた役割だった。
まぁ、今見張りを任されている場所は人通りこそないものの、だからと言って港の方へ続いているわけでも無い、言わば袋小路のような場所。
わざわざこんな所へ来るやつが居るとすれば、別の港から荷物を運んできた業者くらいだろう。
まぁ今日に限っては港側が入港拒否すらしているらしいが。
「だいったいこんな所に来てまであの船を見ようとかどんな物好き…」
確かに聞こえた。
水の塊が落ちてきたような、バシャアッと言う感じの音が。
まさか海側から泳いで侵入してきたやつでも居たのだろうか?
それともマヌケな貴族様が海にでも飛び込んだのだろうか?
どっちにしても面倒事は避けられないだろう。
「やれやれ、どこの物好きd…っ!?!」
音のした方へ向かってみれば、確かに誰か居るには居た。
ずぶ濡れの修道服を身に纏った女性が、倒れていたのだ。
海中から投げられでもしたんだろうか?
だが何故そもそも海中に居たのだろうか?
なんて考えるよりも先に身体が動いていた。
「おい! 大丈夫かっ!」
声を掛けつつ駆け寄るも返事はなし。
肩を叩いてもそれは変わらない。
もしやと思って口元に耳を近づけると、その予感が当たってしまう。
微かな呼吸すらも聞こえてこない。
「息してないっ! しっかりするんだ!」
首を持ち上げて気道を確保して、さあ心臓マッサージだと思っていたその時。
というよりは、彼女の肌に触れた瞬間だっただろうか。
ただ水で濡れているのとはまた違った、ぬめりのような感触に身体が動かなくなる。
「なんだ…このぬめり…」
まるで魚でも触っているかのようなぬめりに、焦りや義務感は消え去ってしまい代わりに疑問と警戒心が身体の動きを止めさせる。
なぜ彼女の身体はこんな風になっているのか?
そもそも彼女は人間なのか?
「これ、もしかしてまもn…」
その言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。
いきなり動き出した彼女の腕が首に回されて、気付いた時には頭を引き寄せられ唇を奪われていた。
「んんっ?!」
初めてはドッキリみたいな悪戯で濃厚なキスだった。
あっと言う間に舌が口の中へ入って来て、舌を絡め取られていく。
脳が蕩けてしまいそうな甘い刺激と感触に、抵抗どころか身動きすら出来ない。
それからどれだけの間、身体を好きにさせていたのか分からない。
でも、彼女が唇を離すのと一緒にフワフワとしていた意識が戻ってきた事からも、かなり長い間口づけを交わしていたんだろう。
「はぁ…はぁ……な、なんだ…?」
「ふぅ……やっとここまで来れました…」
透き通るような声音でそう呟いた彼女は、こちらをじっと見つめている。
品定めをしているとかそういう感じではなく、なんとなくだがうっとりとしているような。
しばらく見つめ合っていた二人だったが、少女の方からとんでもない事を言い出す。
「…決めました」
「うん…?」
「貴方、私の夫になってくださいな?」
「うん……うんっ?!」
つい流れで相槌を打ってしまったが、何を考えているのだこの半漁人は。
トロンとした瞳でこちらを見つめていたかと思えば、いきなりの求婚。
もしやさっきのキスでスイッチとかが入ってしまったのだろうか。
「宜しい! それでは私の計画に乗って頂きますね!」
無邪気に笑う彼女に、反論しようとする言葉は喉元で引き返していく。
きっとこれは何を言っても聞き入れては貰えないのだろう。
「貴方、お名前は?」
「俺はジャック…ジャック・レナードソン」
「私はローズ・ケイティ…まぁ、もうすぐケイティ姓は捨ててしまうのですけれどっ!」
うふふと笑うローズに手を引かれ、二人は船のある方へ向かう。
と、ここでジャックはある事に気付いた。
彼女は人魚だ。
ならその足はどういう事なのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「はい、何でしょう?」
「さっきまで魚の形してなかったか、その足?」
海のように青い鱗を持った尾をしていた筈の場所は、気が付けば白い肌が覗く素足にすり替わっていた。
新しく生えてきたとでも言うのかと驚いていたジャックだったが、ローズの表情はぱっと明るくなる。
どうして呼び止められたのかと考えていたようで、答えが出て解決してスッキリという訳なのだろう。
「簡単ですよ、魔法です。 ホラ、このスカートも元は尻鰭なんですよ?」
そう言って彼女はスカートの裾を掴んでひらひらと揺らして見せる。
光に反射してなのか、とても幻想的なドレススカートのように思えるが…
「あ、その眼は信じていない眼ですね? ほぉら、これでどうです…んぅっ…」
「っ?!」
ローズは、いきなり自分の腰へジャックの手を滑り込ませた。
ドレスの上下の間にある隙間へ吸い込まれて行った手は、すぐに彼女の教えたかった場所に辿り着く。
鰭の付け根、人間で言えば脇に当たる所に指が触れたのだ。
位置で言うなら、腰と尻の間くらいだろうか。
ちょうど腰のくびれが出来るあたりから、鰭が生えていたのだ。
「そう…そこっ…はんっ」
「……」
確かに振れているのは魚の鰭のような感触そのものだ。
だが、それが彼女の腰から生えている事にどうしても違和感を覚えてしまう。
気になっている内にシャックは指で捏ねるように何度も繰り返し触ってそれが鰭なのかを何度も確認するようになっていく。
彼のちょっとした悪い癖が、ここに来て出てしまっていた。
集中するとそれ以外に気が向かなくなる事があるのだが、今がまさにそんな感じだ。
「んっ……ひゃんっ!」
「…っ!? ご、ごめんっ!」
どうやら特別気持ちいい所を触ってしまったらしく、ローズは身体をビクンと跳ねさせてジャックに凭れ掛かる。
抱き合うような形になって、ここで初めてジャックははっと我に返る事ができた。
周りから見れば、しばしの別れを惜しむ夫婦のように見えるだろう。
腰に手を忍ばせる所さえ見ていなければ、の話だが。
「はぁ…はぁ……まだダメ……続きは後でしましょう…ね?」
「あ、後…? ってちょ、そっちは…」
唐突にジャックの手を掴んだローズはある方向へと走り出す。
そのドレス姿でよくもまあそんなに走れるものだと感心するより先に突っ込むべき事があった。
彼女が走って行く方向にあるのは、タイタン号へと続く大きく長い階段だ。
貴族の人たちはもうだいたい乗り込んでいるようで、今は乗り合わせる記者の抽選を行っているらしい。
数字が発表されていく毎に一喜一憂する記者を見ているのはいいが、ジャックは記者でもなんでもない。
寧ろ進む先で門番みたいな事をしている青年の同業者だ。
「失礼、レディ。どちら様で?」
「ローズ・ケイティ…ケイティ神父の娘です」
「っと、貴女がそうでしたか。神父様たちがお探しでしたよ…そちらの方は?」
来てしまった。
面識こそないだろうが、きっと名前を聞いてしまえばピンと来てしまうのではないだろうか。
元から素行の悪さでちょっとした有名人だった事もあると言うのに、こんな所でバレてしまえば何を言われるか分かった物ではない。
誘拐犯扱いされたって何も言い返せないだろう。
「ジャック・レナードソン、私の婚約者です。彼にはちょっとしたサプライズを演出してもらいますので、同行して貰いました」
「ジャック…? …そうでしたか、よい航海を、レディ・ローズ」
「ありがとうございます」
すんなり通されてしまった。
少しの間怪しんでいたあたりすごくドキドキしたが、なんとか誤魔化せたらしい。
それとも彼女の威光の前に陰っただけなのか。
「さあ、行きましょう?」
「い、行くってどこへ?!」
「そんなの決まってます! お父様たちの所へ!」
こんなにも両親へ婚約者を挨拶に行かせたがる女性なんて見た事も聞いた事もない。
常識がないだけなのか、それとも分かっていて両親の元へ連れて行こうとしているのか。
普通なら「娘はやれん!」だとか「二度と顔を見せるな」と言われながら顔面を殴られて追い返されるのが通例だろう。
だが、娘がこんな鉄砲玉のような娘だ、父親の方もどこかしらネジが飛んでいてもおかしくない。
どうか頭のネジがどこかおかしな人でありますように、そんな訳のわからない願いを胸に秘めつつジャックはローズに付いていく。
「それにしても綺麗ですね」
「…? ローズが?」
「っ! んもう、ジャックったらっ!…ジャック様って呼んだ方がいいですか? なんて…キャッ!」
なんとも表情の移り変わりが激しい娘だ。
そんな彼女に手を引かれながら、ジャックはローズに惹かれているのだなと実感する。
本来であれば、こんな面倒くさそうな性格をした女性なんてこちらからお断りだ。
「いやいや、ジャックでいいよ……というか様付けは恥ずかしいし…」
「恥ずかしがるジャックもステキ!」
うふふと無邪気に笑う彼女を見ていると、どうしようもなく胸が高鳴るのを感じる。
心の中で彼女の勢いに苛立ちを感じている自分と愛おしさでどうにかなってしまいそうな自分とがぶつかりあう。
まぁ、そんな自分の心情など気にも留めず、ローズはずんずんと船内を練り歩いて回っていた。
両親と会うのが目的というよりは、船の中を探検する方がよっぽど楽しいらしい。
「こっちの方も見て…っ!」
「どうしたn…っ!」
気が付けば、駐車場のような場所にまで足を運んでいた。
どこの国のメーカーかも分からないが、見るからに高級そうな車がズラリと並んでいる。
車にはそこまで詳しくないが、見る分には少し楽しくはあった。
いきなり車窓から人の手がバンッと叩きつけられたりしなければ、もっと和やかな気持ちで眺められただろうに。
「……んっ…もっと…ねぇ…もっと強くっ!」
「はぁ…はぁ……こ、こうかなっ?」
「んいぃ! いいわっ! すっごくいい!」
見るべきじゃなかった。
車の中では一組の男女が激しく交じわっていたのだから。
ぐちゅぐちゅと音を立て、激しく腰を振る男と、身を委ね男に抱きつき善がる女がそこにはいた。
こんな所、ローズが見たりしたら彼女の勢いに火が着いてしまうだろう。
そう思いながらふと隣を見ると、彼女の反応は意外な物だった。
「………」
「…? ローズ?」
ローズは、二人が致している姿を見て驚いたような顔をして言葉を無くしていた。
ポカンと開けられた口からは、甘い吐息が漏れている。
「ローズ…? ローズ?」
「ひゃいっ!?」
ビクンと身体を震わせて素っ頓狂な声を上げるローズ。
だが、それは避けるべき事態だ。
見つからないようそっとこの場から離れて行こうと思った矢先に彼女の声だ。
すぐそこで致している二人が気付かない筈がない。
「誰だそこにいる…のは…」
「あららぁ……これは…困ったわねぇ…」
車の窓から身を乗り出してきた二人が、ジャックたちを見てローズ同様唖然とする。
そうして、なんやかんやが過ぎて…
「さっきはごめんなさいね? あの時この人ったら、いきなり車でシたいだなんて言いだすものだから…」
「うぐっ……返す言葉もない…」
「あっはは…」
「…… (なんだこれ?!)」
ディナーの時間となり、ジャックはローズに連れられて会食の場へやってきていた。
彼女の両親との合流も叶い、こうして四人で食事になっているという訳だ。
勿論、船は既に出航している。
船員の話を聞くに、世界一周をグルリと回るらしいが、本当に可能なんだろうか?
まぁ、そんな話はともかくとして、だ。
「……あ、改めまして…ジャック・レナードソンと言います…」
「っ…私はケーニッヒ・ケイティ、しがない神父をやっております」
「妻のレジーナ・ケイティです。お義母さんって呼んでいいのよ?」
「お、お母さんっ?!」
なんとも破天荒な家族だった。
「それにしても…ローズがやっと…やっと…」
「えっ?」
「散々「王子様を見つけるまで結婚はしない!」と言っていたのに…」
「ちょっ!」
「素敵な王子様に巡り合えて良かったわね、ローズ…」
冗談ではない。
ジャックは王子様でも無ければ善良な市民でもなく、どちらかと言えば素行の悪い程度の中途半端な悪人だ。
それを王子様なんていう善良の塊みたいな存在と照らし合わせるなど言われている本人が一番恥ずかしい。
例え比喩だとしても、息苦しさを感じずにはいられない。
何か物申してやろうと思っていたジャックだったが、彼よりもローズの方が早く動いていた。
「違うわ二人とも!」
そうだ、ハッキリと言ってくれ。
彼はそんなに潔白な存在じゃないと。
「彼は私の旦那様よ!」
違う、そうじゃない!
「あ、違ったわ」
そう、今言うべきはそこじゃない。
「彼は私の"最愛の"旦那様よ!」
そこかー!
論点が全く動いていない。
頑固なのか、それとも単にジャック以外の事に興味がないのか。
「ローズ…立派になって…」
「お母さんも嬉しいわ…」
「えっ! いやあの…」
論点がズレてしまっているからか、否定する事も反論する事も出来そうにない。
認めるしか無いのか、とは思うものの自分の頭の中でも肯定的な自分が居る事が不思議で仕方ない。
あんな突発的な出会いをしておいて、ほぼ一方的に告白されて。
しかも心のどこかではときめいている自分が居る。
ジャックはそう感じずには居られなかった。
「でも良かったの?」
「えっ…」
「貴女、婚約者が居たじゃないの」
そんな事一言も聞いていない。
居るんだったらなぜジャックを選んだと言うのだ。
「要らないわ、あんな浮気性の殿方なんて」
「浮気性?」
「私の目の前で堂々と女を侍らせていたのよ。 それも何人も! あげく「君もおいでよ」ですって? 冗談じゃないわ!」
あぁ、それは彼女が怒るのも無理はない。
そんな男が相手なのなら誰だってそうするだろう。
周りに居た女性たちも、きっと彼が金持ちだからとかで居るのだろうか。
「それに、もうジャックという夫を見つけましたから!」
「ちょっ……もう…」
ジャックの腕にローズがしがみつき、傍から見てもラブラブに見えるカップルの完成である。
ローズの嬉しそうに笑う笑顔に、ジャックもついキュンとしてしまう。
「ジャック…」
「何…?」
「愛してます…」
目を閉じてローズが顔を近づけてくる。
両親の居る前でするべきじゃないだろうという気持ちも、もう少し時間を置いてから決めるべきじゃないかという気持ちもある。
だが、今はこうするべきだと、頭で考えるより身体が先に動いていた。
「おぉ!」
「ローズ、お幸せにね!」
別に結婚式での誓いのキスと言う訳じゃない。
求められたから交わすだけの、軽いキスだ。
何も重い意味なんてない、二人が愛を確かめ合うだけの行為。
ただ目の前に彼女の両親がまじまじと見ているというだけのこと。
「やれやれ…困ったお嫁さんだ」
「ふふっ……これからも、うーんと困らせてあげます!」
無邪気に笑う彼女の笑みは、きっとどんな酒や料理より美味だっただろう。
もうすっかり、彼女と共に歩んで行こうという決意が心の中で完成していた。
「……我慢できない! お父様! 私の部屋は?」
「この鍵の部屋だけど……あぁ…」
彼女の顔を見て全てを察したらしく、ケーニッヒはローズにあっさりと部屋のカギを渡してくれた。
引っ掛かっているタグの色からしてゴージャスな部屋なのだろう。
なにせ金色だし。
「ありがとう! 二人とも愛してる!」
「あぁ、二人とも頑張ってなーーー…」
席を離れるジャックとローズ、そしてそれを見送るケーニッヒは、レジーナにお姫様抱っこでどこかへ運ばれていく所だった。
もう慣れているのか、彼の様子は恥ずかしげもなく運ばれて行っているようだったが、どこへ運ばれる事やら。
気が付けばもう、部屋の前まで来ていた。
「っ!? なんだこの部屋…」
中に入ってみると一面がピンク色に張り巡らされた壁紙。
6人くらい雑魚寝してもスペースが余りそうな程の大きなベッド。
天井に掛かる、いくつもの鏡。
嗅覚が馬鹿になってしまいそうな程に濃く甘い、果実のような匂い。
「夫婦の果実アリマス」と書かれた看板とそれっぽい装飾のついた冷蔵庫。
そして何より、頭がクラッとなってしまいそうな程に濃い魔物の魔力が充満したその部屋は、明らかに寝泊りをするための部屋ではなかった。
「ってぇ〜い!」
「うぉわぁっ?!」
部屋に入って扉をしっかり閉めた途端に、ローズはジャックをベッドの方へ放り投げる。
どこにそんな力があるのかと思う程の怪力で放り投げられたジャックは、そのままベッドへと落下した。
柔らかいどころか身体を包み込んでくるような柔らかさで受け止められた事を考えるに、これも魔物娘たちが作ったという事なのだろうか。
少なくとも人間の手でここまで柔軟なベッドを作る事は不可能だろう。
まるで身体の全てが女性の胸の上に置かれているような柔らかさは、それだけでジャックの思考を蕩けさせてしまった。
「っく……頭がぼーっとして…」
「それはそうですよ。 だって、陶酔の果実を使った媚香が充満してるんですから」
「とうす…あぅ…」
聞いたことがある。
陶酔の果実と呼ばれる、葡萄のような果物があると。
一般市場に出回る事はあまり無いのだが、入手自体は簡単。
使い道としては媚薬のような効果があるので夫婦が致す前に食べたりするといいんだそうな。
勿論、普通に食べても美味しいのでちょっと高級なデザート店なんかには並んでいたりする。
それを、まさか媚薬どころか媚香として使うとは。
おかげで慣れていない陶酔感にあてられてしまったジャックは喋る言葉もふわふわとして呂律が回り切っていない。
「『そういうお部屋』なんですよ、ここは…さぁ!愛を育みましょう!二人の愛をっ!」
「ちょ、まっ…はぁぁぁ…」
服越しに体を触られるだけで、身体中の毛が総毛立ちその場でイッてしまいそうな程に強い快感が波のように押し寄せてくる。
顔は上気して真っ赤になっているだろう。
こんな顔、誰かに見られでもしたら恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
いや、ローズにはじっくりと見られているか。
「………うふっ…」
「うぁっ! ろ、ろーずっ…やめっ…でるぅぅぅ…」
彼女は見逃さなかった。
ジャックの身体に触れるだけで、彼の股間が異様に盛り上がっているのを。
そして彼女はそのチャンスを逃す程暇を持て余している訳ではない。
「まだだめです、我慢してくださいよー?」
「そんっ…なことっ……うあぁぁぁぁ…」
「っ…まだ…まだだめです」
必死に射精を我慢するジャックの、泣き出しそうな顔を見ているとローズの心は嗜虐心でいっぱいになっていく。
この可愛い顔をずっと見ていたい。
けれど、彼をこのままにさせておくだけでは自分が保ちそうにない。
ズボン越しにでも分かる程ビクビクと震えているこれが欲しいのだ。
「それじゃ行きますよ? こーんにち…わっ?!」
「あぐぅぅっ!!」
ゆっくりとズボンを降ろしていくはずが、気が付けばローズは一気にズボンを引き降ろしていた。
その中から出て来たのは、ジャックの限界まで勃起した逸物。
それが、バネのように跳ねてローズの顔を打ったのだ。
「あっ…あぁぁっ…」
「ろ…ろー…ろーずっ?!」
ローズの心の中はもう限界だった。
彼のモノを自分の膣に受け入れたい。
二人が繋がって本当の意味で愛し合いたい。
ロマンチックな恋とかその辺に放り出して、ただドロドロに蕩けるような逢瀬を過ごしたい。
そんな感情が、ローズを一気に突き動かす。
心のブレーキが壊れたとでも表現すればいいだろうか。
「ジャック…愛してるっ! ジャックっ!」
「ろーず……ぼ…おれも…愛して…るぅっ!!?」
ジャックの言葉が終わると同時に、ローズは腰を沈めて自らの膣にジャックを迎え入れる。
いや、迎え入れると言うよりは貪り始めたと言った方がいいかもしれない。
「んぅぅぅっ!! ジャック! じゃぁぁっく!」
「うぁぁっ! っ?! ローズ…血がっ!」
激しく腰を振り乱れるローズに対し、頭の芯まで蕩けきっていたジャックの意識は急に冷めていく。
彼女の股から血が流れ出ているからだ。
どこか怪我をしていると言う訳でも無いし、これは繋がっている箇所の内側から溢れ出てきている。
つまり…
「んぅ…心配しないで、ただの処女膜だからぁ…それより、ジャックも腰を動かしてぇ!」
「しょじょっ……うあっ…ローズぅ!」
ぐちょぐちょと淫靡な音を立てながら、何度も腰を振って子宮の入り口を突き上げて行く。
媚薬にすっかり意識をやられていたジャックは、腰を突き入れる度に頭がおかしくなってしまいそうな刺激が彼を襲う。
いつの間にジャックから腰を振るようになっていたかなど、最早どうでもいい。
二人が互いを想い合い、こうして快楽の波に溺れている。
それこそが大事なのだから。
「は…はっ…はっ…っ!じ、じゃぁっく!!そこ、そこぉ!」
「うぐっ……一気に締まって…ここか?」
「あっはぁぁ!!」
声を高らかに喘ぎ、頬を紅潮させるローズを見ていると、ジャックはどうしようもない高揚感に心が高鳴る。
ローズの為にと動くモーション全てが身体中の快感を奮いあがらせていく。
下半身が魚?喘ぎ声が耳に響く?そんなもの、部屋の外が騒がしい事以上にどうでもいい。
「出っ……出るっ!」
「なかぁ! いっちばんおくにぃ!」
快楽を得るための素早く浅い腰の振り方から、ローズをしっかりと孕ませる為のじっくり奥深くまで抉るような腰の振り方へと変わっていく。
一番奥で何かに当たる感覚を見つけると、それを亀頭で穿り返すようにして腰をグイグイと捻じ込んでいった。
ほんの先端が内側へ入っただけでもかなりの刺激だというのに、入り口はキュンキュンと亀頭を締め付け吸い付いてきて精液をねだる。
「はぁぁぁぁ!!」
「あはぁぁぁ!!」
頭の中まで蕩けてしまいそうな刺激に、ジャックもローズも耐えられる訳もない。
互いに叫ぶように喘ぎ絶頂へ達すると同時にローズの子宮の中へ精液をドクドクと流し込んでいく。
精液を吐き出す度に激しく揺れる肉棒に、ローズも刺激されて潮を噴いて果てていた。
「はぁ…はぁ……よかったよ…」
「はぁ…はぁ…ええ、とっても…」
思う存分上り詰めて、お互いどちらからともなくベッドへ倒れ込む。
きっと後にも先にもどちらでも、一番最高の心地で果てた事だろう。
「……」
「……ふふっ…どうしたの? もう一回シたい?」
「…あぁ、それもあるけど…」
たった一回で満足するほどジャックもローズも小食ではない。
出来る事なら今すぐにでも第二回戦を始めたい所だった。
部屋の外の騒がしい声さえなければ。
「……ごめん、ちょっと見てくる」
「問題ないわよ?」
「…? なにか知ってるのか?」
外で騒ぐ声を知った上で、ローズの態度は怯えるでも怖がるでもなく、まるで自分が関与していると言わんばかりに余裕を見せていた。
慌てて外へ出るべく服を着ていたジャックを見つめながら、さっきどっぷりと吐き出されて膣内に収まらず零れてきた精液を指で掬い上げて舐め取る。
艶やかな舌使いであっと言う間に指から消えた精液すべてを一呑みにして満足そうな、なんとも扇情的な笑みをジャックへ向けた。
「これは私達水棲種たちの通例のようなもの…なんですって」
「通例…?」
「遠回しな言い方は面倒だしそのまま言うわね? この船、渦潮で沈むわ」
「っ?!?」
彼女が何を言っているのか、正直言って理解が追い付きそうにない。
この船は人類の叡智を結集させて創り上げた、世界最大級の豪華客船だ。
勿論、渦潮や嵐といった災害にも十分耐える設計のはず。
それを彼女はあっさり沈むと言いきって見せた。
「ま、待ってくれ…この船が沈む…?」
「ええ。 大昔の伝説にもあったでしょう?蝋で作った翼で天を目指した男は、蝋を溶かされ落ち消えたって。 これはその海上バージョン」
ちょっと間違っていたりする分かり易い解説をありがとう。
そう言いたかった気持ちを寸前で飲み込み、結論を急ぐ。
「…その事を知ってるのは…」
「私だけじゃないわ。 お父さんやお母さん、乗員の水棲種やその家族、それに一部の資産家たち…最後のは宝物の価値を引き上げるのが目的かしらね、薄汚いわ」
「ローズ…」
「そもそも、この一隻でどれだけ海が汚されてしまうのか分かってないのよ、お偉い様たちは… 私達魔物の事なんてまるで考えていやしない」
「ローズ」
「魔物が女性へ姿を変えて、この世界へ進出して半世紀以上 それでも人間の認識なんてそう変わる物でもなかったって事なのよ」
「ローズ! 落ち着いて…落ち着いてくれ」
頭に血が上っているローズを落ち着かせようと、ジャックは彼女を抱き寄せた。
腰ヒレや尻ヒレ、胸ヒレがジャックを包むように絡まって来て、それと一緒にローズの腕がジャックを抱きしめてくる。
顔のすぐ横で、確かに彼女は泣いていた。
「ローズ……この船が好きだった?」
「ぐすっ…勿論よ。 初めて貴方と会うきっかけになった船、初めてを貴方と一緒に散らせた船なのよ? 大好きに決まってるじゃない…ジャックには劣るけどね」
涙を流す彼女の後ろ、扉の向こうの騒がしい声がだんだんと悲鳴に変わっていくのが聞こえてくる。
続けて、船が激しく揺れ始めた。
渦潮に巻き込まれたのだろうという事はすぐにわかる。
「愛してる…愛してるよ、ローズ」
「私もよジャック…このまま一緒に、水底まで行きましょう?」
「え、水底?」
つまりはこの船と一緒に沈むという事だろうか?
いやいやいや、人魚のローズはともかく普通の人間であるジャックが水中に居られるのなんて二分と持たない。
ましてや水底だなんて、この辺りの海がどれほどの深さなんて分かったものじゃない。
少なくともこんな大きな船が沈む程度には深いのだろう。
「そうよ? 水底で私達、結婚式を挙げるの」
「んん?! 結婚式?」
「そうよ だって私の種族はシー・ビショップ 仲間の婚儀を祝う者 …だったら、私達が祝われてもいいじゃない?」
いよいよ船が大きな音を上げて沈み始めたらしい。
船の中にまで浸水してきたようだ。
足元が水浸しになって行く。
「ええとローズ?」
「何かしら、愛しの旦那様?」
「俺は普通の人間だ。 それが水中でも大丈夫だと思うのかい?」
それなら心配無用、そう言ってローズはジャックの顔を寄せてキスを交わした。
ねっとりと舌を絡ませ合い、合わせられた唇に隙間など全くない。
そのまま扉を開けると、大量の水が流れ込んでくる。
水流に流れ流され、外へ放り出される頃には水中の底深くまで到達しているではないか。
科学がどうのというのは良く分からないジャックだったが、彼だって水圧がなんたるかは知っている。
「っ?!」
『口を開けてはダメよ』
水中の仄暗い場所へ放り出された事にも驚いていたジャックだが、それよりもローズの声が頭の中に響いてきた事の方が驚きだった。
まるで、絡められた舌から直接送られてくるかのような、心地良い声。
さっきから続けている深いキスも相まって頭の中が蕩けてしまいそう。
「……」
『そうそのまま……そのまま、セックスしちゃいましょうか』
そう聞こえるが早いか、ローズの腰ヒレがまるで手のように器用に動いてジャックのズボンを降ろしてしまう。
尾ひれがズボンを引っ手繰ってぐるぐると絡め取ってしまった。
「っ!?」
『さあ、神様も見てるわ…一緒に…んんぅ!!』
キスをしながらの挿入、それも泳ぎながらのセックスというのはなんと気持ちの良いものだろう。
人間では到底体験できないものだからなのだろうか、その刺激は甘く蕩けてしまうかのようだ。
ローズが言う神様というのが何なのかは見る事が出来なかったが、ジャックからすれば交わっているローズさえ見えていればそれで良かった。
「っはぁ! ローズ! ローズぅ!」
「ジャック! あぁ、そこ…もっと激しくして、ジャック!」
もはや何故海中で呼吸が出来ているかなんてどうでもいい。
ローズと気持ち良くなりたい。
一緒にどこまでも昇り詰めたいと願う自分の心にジャックは全てを支配されていた。
身体も、心も、魂さえも。
−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−
あれから、何年かの時が過ぎた。
あの船の沈没は世界的なニュースとなり、今では知らない人など居ない程に有名な事件として今も噂されている程だ。
なんか沈没原因が巨大渦潮ではなく巨大な氷山だったり、逃げ延びた船員のインタビューで乗員が皆呆けた顔になっていたとか言われているが、過ぎた事はどうでもいい。
今となってはタイタン号という船はこの世から消え、今住んでいる国の近くに船体が真っ二つの状態となって放置され漁礁になっていた。
「ジャック? じゃーっく?」
「……? ローズ?」
「あぁ、ジャック、やっと見つけたわ。私の愛しの旦那様」
いつもの殺し文句を携えて、あの頃と変わらない姿のローズがジャックを探しにやってきた。
流石にあの時と同じ装いと言う訳ではないが、純白の神官服に身を包んだ彼女はとても綺麗だ。
「今日もここで絵を描いてたのね?」
「ああ。 俺、小さい頃の夢は画家だったから」
「あら初耳 帰ったら小さい頃の事も聞かせてくれる?」
「勿論だとも」
彼の名はジャック。 ジャック・レナードソン。
この水棲種たちの住まう海中都市で画家をやっている。
今日も神官であるローズ・レナードソンと一緒に仲良く暮らしている。
最近の楽しみは、彼女のお腹の子供が生まれてくるのを待つ事だ。
おしまい
この港は確かにそこそこデカいし近くには造船所もあるからちょくちょく新造船のお披露目会なんかはやっている。
ただ、今回の場合は何から何かでケタ違いだ。
あっちを見てもこっちを見ても、メイドやら執事を従えて歩いているドレス姿の婦人やら紳士やらがゾロゾロと歩いている。
彼らは決まって同じ方向へ歩いて行く。
そう、この目の前で浮かんでいる城みたいな船に乗って豪華な船旅を楽しむのだ。
かく言う自分はと言うと…
「ふあぁ〜あ……退屈だなぁ…」
港の入口で潜入を図る馬鹿が居ないかと見回りをする警備員A、それこそが与えられた役割だった。
まぁ、今見張りを任されている場所は人通りこそないものの、だからと言って港の方へ続いているわけでも無い、言わば袋小路のような場所。
わざわざこんな所へ来るやつが居るとすれば、別の港から荷物を運んできた業者くらいだろう。
まぁ今日に限っては港側が入港拒否すらしているらしいが。
「だいったいこんな所に来てまであの船を見ようとかどんな物好き…」
確かに聞こえた。
水の塊が落ちてきたような、バシャアッと言う感じの音が。
まさか海側から泳いで侵入してきたやつでも居たのだろうか?
それともマヌケな貴族様が海にでも飛び込んだのだろうか?
どっちにしても面倒事は避けられないだろう。
「やれやれ、どこの物好きd…っ!?!」
音のした方へ向かってみれば、確かに誰か居るには居た。
ずぶ濡れの修道服を身に纏った女性が、倒れていたのだ。
海中から投げられでもしたんだろうか?
だが何故そもそも海中に居たのだろうか?
なんて考えるよりも先に身体が動いていた。
「おい! 大丈夫かっ!」
声を掛けつつ駆け寄るも返事はなし。
肩を叩いてもそれは変わらない。
もしやと思って口元に耳を近づけると、その予感が当たってしまう。
微かな呼吸すらも聞こえてこない。
「息してないっ! しっかりするんだ!」
首を持ち上げて気道を確保して、さあ心臓マッサージだと思っていたその時。
というよりは、彼女の肌に触れた瞬間だっただろうか。
ただ水で濡れているのとはまた違った、ぬめりのような感触に身体が動かなくなる。
「なんだ…このぬめり…」
まるで魚でも触っているかのようなぬめりに、焦りや義務感は消え去ってしまい代わりに疑問と警戒心が身体の動きを止めさせる。
なぜ彼女の身体はこんな風になっているのか?
そもそも彼女は人間なのか?
「これ、もしかしてまもn…」
その言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。
いきなり動き出した彼女の腕が首に回されて、気付いた時には頭を引き寄せられ唇を奪われていた。
「んんっ?!」
初めてはドッキリみたいな悪戯で濃厚なキスだった。
あっと言う間に舌が口の中へ入って来て、舌を絡め取られていく。
脳が蕩けてしまいそうな甘い刺激と感触に、抵抗どころか身動きすら出来ない。
それからどれだけの間、身体を好きにさせていたのか分からない。
でも、彼女が唇を離すのと一緒にフワフワとしていた意識が戻ってきた事からも、かなり長い間口づけを交わしていたんだろう。
「はぁ…はぁ……な、なんだ…?」
「ふぅ……やっとここまで来れました…」
透き通るような声音でそう呟いた彼女は、こちらをじっと見つめている。
品定めをしているとかそういう感じではなく、なんとなくだがうっとりとしているような。
しばらく見つめ合っていた二人だったが、少女の方からとんでもない事を言い出す。
「…決めました」
「うん…?」
「貴方、私の夫になってくださいな?」
「うん……うんっ?!」
つい流れで相槌を打ってしまったが、何を考えているのだこの半漁人は。
トロンとした瞳でこちらを見つめていたかと思えば、いきなりの求婚。
もしやさっきのキスでスイッチとかが入ってしまったのだろうか。
「宜しい! それでは私の計画に乗って頂きますね!」
無邪気に笑う彼女に、反論しようとする言葉は喉元で引き返していく。
きっとこれは何を言っても聞き入れては貰えないのだろう。
「貴方、お名前は?」
「俺はジャック…ジャック・レナードソン」
「私はローズ・ケイティ…まぁ、もうすぐケイティ姓は捨ててしまうのですけれどっ!」
うふふと笑うローズに手を引かれ、二人は船のある方へ向かう。
と、ここでジャックはある事に気付いた。
彼女は人魚だ。
ならその足はどういう事なのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「はい、何でしょう?」
「さっきまで魚の形してなかったか、その足?」
海のように青い鱗を持った尾をしていた筈の場所は、気が付けば白い肌が覗く素足にすり替わっていた。
新しく生えてきたとでも言うのかと驚いていたジャックだったが、ローズの表情はぱっと明るくなる。
どうして呼び止められたのかと考えていたようで、答えが出て解決してスッキリという訳なのだろう。
「簡単ですよ、魔法です。 ホラ、このスカートも元は尻鰭なんですよ?」
そう言って彼女はスカートの裾を掴んでひらひらと揺らして見せる。
光に反射してなのか、とても幻想的なドレススカートのように思えるが…
「あ、その眼は信じていない眼ですね? ほぉら、これでどうです…んぅっ…」
「っ?!」
ローズは、いきなり自分の腰へジャックの手を滑り込ませた。
ドレスの上下の間にある隙間へ吸い込まれて行った手は、すぐに彼女の教えたかった場所に辿り着く。
鰭の付け根、人間で言えば脇に当たる所に指が触れたのだ。
位置で言うなら、腰と尻の間くらいだろうか。
ちょうど腰のくびれが出来るあたりから、鰭が生えていたのだ。
「そう…そこっ…はんっ」
「……」
確かに振れているのは魚の鰭のような感触そのものだ。
だが、それが彼女の腰から生えている事にどうしても違和感を覚えてしまう。
気になっている内にシャックは指で捏ねるように何度も繰り返し触ってそれが鰭なのかを何度も確認するようになっていく。
彼のちょっとした悪い癖が、ここに来て出てしまっていた。
集中するとそれ以外に気が向かなくなる事があるのだが、今がまさにそんな感じだ。
「んっ……ひゃんっ!」
「…っ!? ご、ごめんっ!」
どうやら特別気持ちいい所を触ってしまったらしく、ローズは身体をビクンと跳ねさせてジャックに凭れ掛かる。
抱き合うような形になって、ここで初めてジャックははっと我に返る事ができた。
周りから見れば、しばしの別れを惜しむ夫婦のように見えるだろう。
腰に手を忍ばせる所さえ見ていなければ、の話だが。
「はぁ…はぁ……まだダメ……続きは後でしましょう…ね?」
「あ、後…? ってちょ、そっちは…」
唐突にジャックの手を掴んだローズはある方向へと走り出す。
そのドレス姿でよくもまあそんなに走れるものだと感心するより先に突っ込むべき事があった。
彼女が走って行く方向にあるのは、タイタン号へと続く大きく長い階段だ。
貴族の人たちはもうだいたい乗り込んでいるようで、今は乗り合わせる記者の抽選を行っているらしい。
数字が発表されていく毎に一喜一憂する記者を見ているのはいいが、ジャックは記者でもなんでもない。
寧ろ進む先で門番みたいな事をしている青年の同業者だ。
「失礼、レディ。どちら様で?」
「ローズ・ケイティ…ケイティ神父の娘です」
「っと、貴女がそうでしたか。神父様たちがお探しでしたよ…そちらの方は?」
来てしまった。
面識こそないだろうが、きっと名前を聞いてしまえばピンと来てしまうのではないだろうか。
元から素行の悪さでちょっとした有名人だった事もあると言うのに、こんな所でバレてしまえば何を言われるか分かった物ではない。
誘拐犯扱いされたって何も言い返せないだろう。
「ジャック・レナードソン、私の婚約者です。彼にはちょっとしたサプライズを演出してもらいますので、同行して貰いました」
「ジャック…? …そうでしたか、よい航海を、レディ・ローズ」
「ありがとうございます」
すんなり通されてしまった。
少しの間怪しんでいたあたりすごくドキドキしたが、なんとか誤魔化せたらしい。
それとも彼女の威光の前に陰っただけなのか。
「さあ、行きましょう?」
「い、行くってどこへ?!」
「そんなの決まってます! お父様たちの所へ!」
こんなにも両親へ婚約者を挨拶に行かせたがる女性なんて見た事も聞いた事もない。
常識がないだけなのか、それとも分かっていて両親の元へ連れて行こうとしているのか。
普通なら「娘はやれん!」だとか「二度と顔を見せるな」と言われながら顔面を殴られて追い返されるのが通例だろう。
だが、娘がこんな鉄砲玉のような娘だ、父親の方もどこかしらネジが飛んでいてもおかしくない。
どうか頭のネジがどこかおかしな人でありますように、そんな訳のわからない願いを胸に秘めつつジャックはローズに付いていく。
「それにしても綺麗ですね」
「…? ローズが?」
「っ! んもう、ジャックったらっ!…ジャック様って呼んだ方がいいですか? なんて…キャッ!」
なんとも表情の移り変わりが激しい娘だ。
そんな彼女に手を引かれながら、ジャックはローズに惹かれているのだなと実感する。
本来であれば、こんな面倒くさそうな性格をした女性なんてこちらからお断りだ。
「いやいや、ジャックでいいよ……というか様付けは恥ずかしいし…」
「恥ずかしがるジャックもステキ!」
うふふと無邪気に笑う彼女を見ていると、どうしようもなく胸が高鳴るのを感じる。
心の中で彼女の勢いに苛立ちを感じている自分と愛おしさでどうにかなってしまいそうな自分とがぶつかりあう。
まぁ、そんな自分の心情など気にも留めず、ローズはずんずんと船内を練り歩いて回っていた。
両親と会うのが目的というよりは、船の中を探検する方がよっぽど楽しいらしい。
「こっちの方も見て…っ!」
「どうしたn…っ!」
気が付けば、駐車場のような場所にまで足を運んでいた。
どこの国のメーカーかも分からないが、見るからに高級そうな車がズラリと並んでいる。
車にはそこまで詳しくないが、見る分には少し楽しくはあった。
いきなり車窓から人の手がバンッと叩きつけられたりしなければ、もっと和やかな気持ちで眺められただろうに。
「……んっ…もっと…ねぇ…もっと強くっ!」
「はぁ…はぁ……こ、こうかなっ?」
「んいぃ! いいわっ! すっごくいい!」
見るべきじゃなかった。
車の中では一組の男女が激しく交じわっていたのだから。
ぐちゅぐちゅと音を立て、激しく腰を振る男と、身を委ね男に抱きつき善がる女がそこにはいた。
こんな所、ローズが見たりしたら彼女の勢いに火が着いてしまうだろう。
そう思いながらふと隣を見ると、彼女の反応は意外な物だった。
「………」
「…? ローズ?」
ローズは、二人が致している姿を見て驚いたような顔をして言葉を無くしていた。
ポカンと開けられた口からは、甘い吐息が漏れている。
「ローズ…? ローズ?」
「ひゃいっ!?」
ビクンと身体を震わせて素っ頓狂な声を上げるローズ。
だが、それは避けるべき事態だ。
見つからないようそっとこの場から離れて行こうと思った矢先に彼女の声だ。
すぐそこで致している二人が気付かない筈がない。
「誰だそこにいる…のは…」
「あららぁ……これは…困ったわねぇ…」
車の窓から身を乗り出してきた二人が、ジャックたちを見てローズ同様唖然とする。
そうして、なんやかんやが過ぎて…
「さっきはごめんなさいね? あの時この人ったら、いきなり車でシたいだなんて言いだすものだから…」
「うぐっ……返す言葉もない…」
「あっはは…」
「…… (なんだこれ?!)」
ディナーの時間となり、ジャックはローズに連れられて会食の場へやってきていた。
彼女の両親との合流も叶い、こうして四人で食事になっているという訳だ。
勿論、船は既に出航している。
船員の話を聞くに、世界一周をグルリと回るらしいが、本当に可能なんだろうか?
まぁ、そんな話はともかくとして、だ。
「……あ、改めまして…ジャック・レナードソンと言います…」
「っ…私はケーニッヒ・ケイティ、しがない神父をやっております」
「妻のレジーナ・ケイティです。お義母さんって呼んでいいのよ?」
「お、お母さんっ?!」
なんとも破天荒な家族だった。
「それにしても…ローズがやっと…やっと…」
「えっ?」
「散々「王子様を見つけるまで結婚はしない!」と言っていたのに…」
「ちょっ!」
「素敵な王子様に巡り合えて良かったわね、ローズ…」
冗談ではない。
ジャックは王子様でも無ければ善良な市民でもなく、どちらかと言えば素行の悪い程度の中途半端な悪人だ。
それを王子様なんていう善良の塊みたいな存在と照らし合わせるなど言われている本人が一番恥ずかしい。
例え比喩だとしても、息苦しさを感じずにはいられない。
何か物申してやろうと思っていたジャックだったが、彼よりもローズの方が早く動いていた。
「違うわ二人とも!」
そうだ、ハッキリと言ってくれ。
彼はそんなに潔白な存在じゃないと。
「彼は私の旦那様よ!」
違う、そうじゃない!
「あ、違ったわ」
そう、今言うべきはそこじゃない。
「彼は私の"最愛の"旦那様よ!」
そこかー!
論点が全く動いていない。
頑固なのか、それとも単にジャック以外の事に興味がないのか。
「ローズ…立派になって…」
「お母さんも嬉しいわ…」
「えっ! いやあの…」
論点がズレてしまっているからか、否定する事も反論する事も出来そうにない。
認めるしか無いのか、とは思うものの自分の頭の中でも肯定的な自分が居る事が不思議で仕方ない。
あんな突発的な出会いをしておいて、ほぼ一方的に告白されて。
しかも心のどこかではときめいている自分が居る。
ジャックはそう感じずには居られなかった。
「でも良かったの?」
「えっ…」
「貴女、婚約者が居たじゃないの」
そんな事一言も聞いていない。
居るんだったらなぜジャックを選んだと言うのだ。
「要らないわ、あんな浮気性の殿方なんて」
「浮気性?」
「私の目の前で堂々と女を侍らせていたのよ。 それも何人も! あげく「君もおいでよ」ですって? 冗談じゃないわ!」
あぁ、それは彼女が怒るのも無理はない。
そんな男が相手なのなら誰だってそうするだろう。
周りに居た女性たちも、きっと彼が金持ちだからとかで居るのだろうか。
「それに、もうジャックという夫を見つけましたから!」
「ちょっ……もう…」
ジャックの腕にローズがしがみつき、傍から見てもラブラブに見えるカップルの完成である。
ローズの嬉しそうに笑う笑顔に、ジャックもついキュンとしてしまう。
「ジャック…」
「何…?」
「愛してます…」
目を閉じてローズが顔を近づけてくる。
両親の居る前でするべきじゃないだろうという気持ちも、もう少し時間を置いてから決めるべきじゃないかという気持ちもある。
だが、今はこうするべきだと、頭で考えるより身体が先に動いていた。
「おぉ!」
「ローズ、お幸せにね!」
別に結婚式での誓いのキスと言う訳じゃない。
求められたから交わすだけの、軽いキスだ。
何も重い意味なんてない、二人が愛を確かめ合うだけの行為。
ただ目の前に彼女の両親がまじまじと見ているというだけのこと。
「やれやれ…困ったお嫁さんだ」
「ふふっ……これからも、うーんと困らせてあげます!」
無邪気に笑う彼女の笑みは、きっとどんな酒や料理より美味だっただろう。
もうすっかり、彼女と共に歩んで行こうという決意が心の中で完成していた。
「……我慢できない! お父様! 私の部屋は?」
「この鍵の部屋だけど……あぁ…」
彼女の顔を見て全てを察したらしく、ケーニッヒはローズにあっさりと部屋のカギを渡してくれた。
引っ掛かっているタグの色からしてゴージャスな部屋なのだろう。
なにせ金色だし。
「ありがとう! 二人とも愛してる!」
「あぁ、二人とも頑張ってなーーー…」
席を離れるジャックとローズ、そしてそれを見送るケーニッヒは、レジーナにお姫様抱っこでどこかへ運ばれていく所だった。
もう慣れているのか、彼の様子は恥ずかしげもなく運ばれて行っているようだったが、どこへ運ばれる事やら。
気が付けばもう、部屋の前まで来ていた。
「っ!? なんだこの部屋…」
中に入ってみると一面がピンク色に張り巡らされた壁紙。
6人くらい雑魚寝してもスペースが余りそうな程の大きなベッド。
天井に掛かる、いくつもの鏡。
嗅覚が馬鹿になってしまいそうな程に濃く甘い、果実のような匂い。
「夫婦の果実アリマス」と書かれた看板とそれっぽい装飾のついた冷蔵庫。
そして何より、頭がクラッとなってしまいそうな程に濃い魔物の魔力が充満したその部屋は、明らかに寝泊りをするための部屋ではなかった。
「ってぇ〜い!」
「うぉわぁっ?!」
部屋に入って扉をしっかり閉めた途端に、ローズはジャックをベッドの方へ放り投げる。
どこにそんな力があるのかと思う程の怪力で放り投げられたジャックは、そのままベッドへと落下した。
柔らかいどころか身体を包み込んでくるような柔らかさで受け止められた事を考えるに、これも魔物娘たちが作ったという事なのだろうか。
少なくとも人間の手でここまで柔軟なベッドを作る事は不可能だろう。
まるで身体の全てが女性の胸の上に置かれているような柔らかさは、それだけでジャックの思考を蕩けさせてしまった。
「っく……頭がぼーっとして…」
「それはそうですよ。 だって、陶酔の果実を使った媚香が充満してるんですから」
「とうす…あぅ…」
聞いたことがある。
陶酔の果実と呼ばれる、葡萄のような果物があると。
一般市場に出回る事はあまり無いのだが、入手自体は簡単。
使い道としては媚薬のような効果があるので夫婦が致す前に食べたりするといいんだそうな。
勿論、普通に食べても美味しいのでちょっと高級なデザート店なんかには並んでいたりする。
それを、まさか媚薬どころか媚香として使うとは。
おかげで慣れていない陶酔感にあてられてしまったジャックは喋る言葉もふわふわとして呂律が回り切っていない。
「『そういうお部屋』なんですよ、ここは…さぁ!愛を育みましょう!二人の愛をっ!」
「ちょ、まっ…はぁぁぁ…」
服越しに体を触られるだけで、身体中の毛が総毛立ちその場でイッてしまいそうな程に強い快感が波のように押し寄せてくる。
顔は上気して真っ赤になっているだろう。
こんな顔、誰かに見られでもしたら恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
いや、ローズにはじっくりと見られているか。
「………うふっ…」
「うぁっ! ろ、ろーずっ…やめっ…でるぅぅぅ…」
彼女は見逃さなかった。
ジャックの身体に触れるだけで、彼の股間が異様に盛り上がっているのを。
そして彼女はそのチャンスを逃す程暇を持て余している訳ではない。
「まだだめです、我慢してくださいよー?」
「そんっ…なことっ……うあぁぁぁぁ…」
「っ…まだ…まだだめです」
必死に射精を我慢するジャックの、泣き出しそうな顔を見ているとローズの心は嗜虐心でいっぱいになっていく。
この可愛い顔をずっと見ていたい。
けれど、彼をこのままにさせておくだけでは自分が保ちそうにない。
ズボン越しにでも分かる程ビクビクと震えているこれが欲しいのだ。
「それじゃ行きますよ? こーんにち…わっ?!」
「あぐぅぅっ!!」
ゆっくりとズボンを降ろしていくはずが、気が付けばローズは一気にズボンを引き降ろしていた。
その中から出て来たのは、ジャックの限界まで勃起した逸物。
それが、バネのように跳ねてローズの顔を打ったのだ。
「あっ…あぁぁっ…」
「ろ…ろー…ろーずっ?!」
ローズの心の中はもう限界だった。
彼のモノを自分の膣に受け入れたい。
二人が繋がって本当の意味で愛し合いたい。
ロマンチックな恋とかその辺に放り出して、ただドロドロに蕩けるような逢瀬を過ごしたい。
そんな感情が、ローズを一気に突き動かす。
心のブレーキが壊れたとでも表現すればいいだろうか。
「ジャック…愛してるっ! ジャックっ!」
「ろーず……ぼ…おれも…愛して…るぅっ!!?」
ジャックの言葉が終わると同時に、ローズは腰を沈めて自らの膣にジャックを迎え入れる。
いや、迎え入れると言うよりは貪り始めたと言った方がいいかもしれない。
「んぅぅぅっ!! ジャック! じゃぁぁっく!」
「うぁぁっ! っ?! ローズ…血がっ!」
激しく腰を振り乱れるローズに対し、頭の芯まで蕩けきっていたジャックの意識は急に冷めていく。
彼女の股から血が流れ出ているからだ。
どこか怪我をしていると言う訳でも無いし、これは繋がっている箇所の内側から溢れ出てきている。
つまり…
「んぅ…心配しないで、ただの処女膜だからぁ…それより、ジャックも腰を動かしてぇ!」
「しょじょっ……うあっ…ローズぅ!」
ぐちょぐちょと淫靡な音を立てながら、何度も腰を振って子宮の入り口を突き上げて行く。
媚薬にすっかり意識をやられていたジャックは、腰を突き入れる度に頭がおかしくなってしまいそうな刺激が彼を襲う。
いつの間にジャックから腰を振るようになっていたかなど、最早どうでもいい。
二人が互いを想い合い、こうして快楽の波に溺れている。
それこそが大事なのだから。
「は…はっ…はっ…っ!じ、じゃぁっく!!そこ、そこぉ!」
「うぐっ……一気に締まって…ここか?」
「あっはぁぁ!!」
声を高らかに喘ぎ、頬を紅潮させるローズを見ていると、ジャックはどうしようもない高揚感に心が高鳴る。
ローズの為にと動くモーション全てが身体中の快感を奮いあがらせていく。
下半身が魚?喘ぎ声が耳に響く?そんなもの、部屋の外が騒がしい事以上にどうでもいい。
「出っ……出るっ!」
「なかぁ! いっちばんおくにぃ!」
快楽を得るための素早く浅い腰の振り方から、ローズをしっかりと孕ませる為のじっくり奥深くまで抉るような腰の振り方へと変わっていく。
一番奥で何かに当たる感覚を見つけると、それを亀頭で穿り返すようにして腰をグイグイと捻じ込んでいった。
ほんの先端が内側へ入っただけでもかなりの刺激だというのに、入り口はキュンキュンと亀頭を締め付け吸い付いてきて精液をねだる。
「はぁぁぁぁ!!」
「あはぁぁぁ!!」
頭の中まで蕩けてしまいそうな刺激に、ジャックもローズも耐えられる訳もない。
互いに叫ぶように喘ぎ絶頂へ達すると同時にローズの子宮の中へ精液をドクドクと流し込んでいく。
精液を吐き出す度に激しく揺れる肉棒に、ローズも刺激されて潮を噴いて果てていた。
「はぁ…はぁ……よかったよ…」
「はぁ…はぁ…ええ、とっても…」
思う存分上り詰めて、お互いどちらからともなくベッドへ倒れ込む。
きっと後にも先にもどちらでも、一番最高の心地で果てた事だろう。
「……」
「……ふふっ…どうしたの? もう一回シたい?」
「…あぁ、それもあるけど…」
たった一回で満足するほどジャックもローズも小食ではない。
出来る事なら今すぐにでも第二回戦を始めたい所だった。
部屋の外の騒がしい声さえなければ。
「……ごめん、ちょっと見てくる」
「問題ないわよ?」
「…? なにか知ってるのか?」
外で騒ぐ声を知った上で、ローズの態度は怯えるでも怖がるでもなく、まるで自分が関与していると言わんばかりに余裕を見せていた。
慌てて外へ出るべく服を着ていたジャックを見つめながら、さっきどっぷりと吐き出されて膣内に収まらず零れてきた精液を指で掬い上げて舐め取る。
艶やかな舌使いであっと言う間に指から消えた精液すべてを一呑みにして満足そうな、なんとも扇情的な笑みをジャックへ向けた。
「これは私達水棲種たちの通例のようなもの…なんですって」
「通例…?」
「遠回しな言い方は面倒だしそのまま言うわね? この船、渦潮で沈むわ」
「っ?!?」
彼女が何を言っているのか、正直言って理解が追い付きそうにない。
この船は人類の叡智を結集させて創り上げた、世界最大級の豪華客船だ。
勿論、渦潮や嵐といった災害にも十分耐える設計のはず。
それを彼女はあっさり沈むと言いきって見せた。
「ま、待ってくれ…この船が沈む…?」
「ええ。 大昔の伝説にもあったでしょう?蝋で作った翼で天を目指した男は、蝋を溶かされ落ち消えたって。 これはその海上バージョン」
ちょっと間違っていたりする分かり易い解説をありがとう。
そう言いたかった気持ちを寸前で飲み込み、結論を急ぐ。
「…その事を知ってるのは…」
「私だけじゃないわ。 お父さんやお母さん、乗員の水棲種やその家族、それに一部の資産家たち…最後のは宝物の価値を引き上げるのが目的かしらね、薄汚いわ」
「ローズ…」
「そもそも、この一隻でどれだけ海が汚されてしまうのか分かってないのよ、お偉い様たちは… 私達魔物の事なんてまるで考えていやしない」
「ローズ」
「魔物が女性へ姿を変えて、この世界へ進出して半世紀以上 それでも人間の認識なんてそう変わる物でもなかったって事なのよ」
「ローズ! 落ち着いて…落ち着いてくれ」
頭に血が上っているローズを落ち着かせようと、ジャックは彼女を抱き寄せた。
腰ヒレや尻ヒレ、胸ヒレがジャックを包むように絡まって来て、それと一緒にローズの腕がジャックを抱きしめてくる。
顔のすぐ横で、確かに彼女は泣いていた。
「ローズ……この船が好きだった?」
「ぐすっ…勿論よ。 初めて貴方と会うきっかけになった船、初めてを貴方と一緒に散らせた船なのよ? 大好きに決まってるじゃない…ジャックには劣るけどね」
涙を流す彼女の後ろ、扉の向こうの騒がしい声がだんだんと悲鳴に変わっていくのが聞こえてくる。
続けて、船が激しく揺れ始めた。
渦潮に巻き込まれたのだろうという事はすぐにわかる。
「愛してる…愛してるよ、ローズ」
「私もよジャック…このまま一緒に、水底まで行きましょう?」
「え、水底?」
つまりはこの船と一緒に沈むという事だろうか?
いやいやいや、人魚のローズはともかく普通の人間であるジャックが水中に居られるのなんて二分と持たない。
ましてや水底だなんて、この辺りの海がどれほどの深さなんて分かったものじゃない。
少なくともこんな大きな船が沈む程度には深いのだろう。
「そうよ? 水底で私達、結婚式を挙げるの」
「んん?! 結婚式?」
「そうよ だって私の種族はシー・ビショップ 仲間の婚儀を祝う者 …だったら、私達が祝われてもいいじゃない?」
いよいよ船が大きな音を上げて沈み始めたらしい。
船の中にまで浸水してきたようだ。
足元が水浸しになって行く。
「ええとローズ?」
「何かしら、愛しの旦那様?」
「俺は普通の人間だ。 それが水中でも大丈夫だと思うのかい?」
それなら心配無用、そう言ってローズはジャックの顔を寄せてキスを交わした。
ねっとりと舌を絡ませ合い、合わせられた唇に隙間など全くない。
そのまま扉を開けると、大量の水が流れ込んでくる。
水流に流れ流され、外へ放り出される頃には水中の底深くまで到達しているではないか。
科学がどうのというのは良く分からないジャックだったが、彼だって水圧がなんたるかは知っている。
「っ?!」
『口を開けてはダメよ』
水中の仄暗い場所へ放り出された事にも驚いていたジャックだが、それよりもローズの声が頭の中に響いてきた事の方が驚きだった。
まるで、絡められた舌から直接送られてくるかのような、心地良い声。
さっきから続けている深いキスも相まって頭の中が蕩けてしまいそう。
「……」
『そうそのまま……そのまま、セックスしちゃいましょうか』
そう聞こえるが早いか、ローズの腰ヒレがまるで手のように器用に動いてジャックのズボンを降ろしてしまう。
尾ひれがズボンを引っ手繰ってぐるぐると絡め取ってしまった。
「っ!?」
『さあ、神様も見てるわ…一緒に…んんぅ!!』
キスをしながらの挿入、それも泳ぎながらのセックスというのはなんと気持ちの良いものだろう。
人間では到底体験できないものだからなのだろうか、その刺激は甘く蕩けてしまうかのようだ。
ローズが言う神様というのが何なのかは見る事が出来なかったが、ジャックからすれば交わっているローズさえ見えていればそれで良かった。
「っはぁ! ローズ! ローズぅ!」
「ジャック! あぁ、そこ…もっと激しくして、ジャック!」
もはや何故海中で呼吸が出来ているかなんてどうでもいい。
ローズと気持ち良くなりたい。
一緒にどこまでも昇り詰めたいと願う自分の心にジャックは全てを支配されていた。
身体も、心も、魂さえも。
−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−
あれから、何年かの時が過ぎた。
あの船の沈没は世界的なニュースとなり、今では知らない人など居ない程に有名な事件として今も噂されている程だ。
なんか沈没原因が巨大渦潮ではなく巨大な氷山だったり、逃げ延びた船員のインタビューで乗員が皆呆けた顔になっていたとか言われているが、過ぎた事はどうでもいい。
今となってはタイタン号という船はこの世から消え、今住んでいる国の近くに船体が真っ二つの状態となって放置され漁礁になっていた。
「ジャック? じゃーっく?」
「……? ローズ?」
「あぁ、ジャック、やっと見つけたわ。私の愛しの旦那様」
いつもの殺し文句を携えて、あの頃と変わらない姿のローズがジャックを探しにやってきた。
流石にあの時と同じ装いと言う訳ではないが、純白の神官服に身を包んだ彼女はとても綺麗だ。
「今日もここで絵を描いてたのね?」
「ああ。 俺、小さい頃の夢は画家だったから」
「あら初耳 帰ったら小さい頃の事も聞かせてくれる?」
「勿論だとも」
彼の名はジャック。 ジャック・レナードソン。
この水棲種たちの住まう海中都市で画家をやっている。
今日も神官であるローズ・レナードソンと一緒に仲良く暮らしている。
最近の楽しみは、彼女のお腹の子供が生まれてくるのを待つ事だ。
おしまい
18/07/04 09:06更新 / 兎と兎