ストーカー・デス
私、フリル・エンダーは現在、ある事にハマっている。
ある事と言うのは…
「……っ?!…またか…」
誰かの視線を感じて後ろを振り返る一人の青年がいた。
彼の名はオリオン。
ここシャングリラで兵士たちの教導官をやっている、言ってしまえば教師のようなものだ。
そして…
「フリルー?お前なのかー?」
周りを見渡しながら呼ぶのは彼の伴侶の名。
そう、オリオンはフリルの夫なのである。
「……やれやれ…気のせいか…?」
いいえ、そんな事はありませんとも。
ただ、彼の前へ出て行くのはまだまだ早計と言うもの。
何の理由も無く気配を殺して彼の様子をうかがっている訳ではない。
勿論、このままずっと見ていていいと言うなら見つめていますとも。
「……」
夕暮れ時の街道だからでしょうか、人がゾロゾロと。
そのうち見失ってしまいそうですが私程の実力ともなればそんな事はございません。
「………まだか…」
オリオンが立ち止ったのは、街道では結構有名なファラオ像の前でした。
なんでも建国記念に造られたそうですが、今はそんな事関係ありません。
有名な、もっと言ってしまえば目印にはもってこいな場所に立ち止まって「まだか」と呟く。
これはつまり、誰かと待ち合わせをしているのでは。
これはもしかするともしかするかもしれません。
「………ん?そういえば……よし、持ってるな。エチケットだもんな…」
何かを思い出したように財布を取り出したかと思えば、中身を覗いて一安心するとポケットに戻しました。
財布を覗いてエチケットがどうのと。
これはつまり、今から会うのは女性、それも性行が目的なのでしょうか?
私は知っているのです、オリオンの財布の小銭入れの中にはいつも未開封のコンドームが一枚入っている事を。
いつ聞いても「これはお守りだから」とはぐらかされますが、やっぱりこういう目的の為に持っていたのでしょうか。
…いえ、ここで飛び出すのはまだ早いでしょう。
もしかするとただ単に所持金の確認をしているだけかも知れませんし。
「おう、待たせたなオリオン」
「いえ今来た所ですよ、アテンさん」
暫く待っていましたが、どうやらオリオンの会う相手とはアテンさんだったようです。
ファラオの夫にしてこのシャングリラの中核に居る、要はとっても偉い人。
オリオンとは昔からの付き合いだそうで、以前にパーティーを開いた時はずっとお喋りしてました。
「にしても…嫌がらせか何かか?俺がアイツ苦手なの知っててこんな場所に呼び出すなんて…」
「あっはは、相変わらずなんですね。でも、目印にはもってこいでしょ?」
アテンさんはファラオさまが苦手。
それはシャングリラの国民ならだいたい皆が知っている事でした。
なんでも逢瀬のインパクトが凄かったのと、恐妻家な所があるんだそうで。
ファラオさま本人はインタビューを受けている時に否定していましたが、きっとカカア天下とか言うやつなんでしょうか。
謎です。
「まぁそうだけど……とりあえず行くか」
「そうしますか」
そう言って二人が歩き出した先にあったのは……ホテルでした。
勿論えっちぃ目的専用のホテルという訳ではありませんし方向が一緒と言うだけでそこへ行くとも限りません。
ですが、その方向にある物と言えば後はえっちぃ目的専門のホテルくらいしかなくて…
つまりこれは、ホテルの室内で「男と男のおつきあい」というやつをするつもりなのでは。
まさかアテンさんにそんな趣味があったとは…いや、恐妻家の夫はそういう傾向にあるのかもしれません。
しかもオリオンまでそんな趣味があっただなんて、妻として私はすごくショックです。
そういえば、最近エッチな要求をしてもどこか鬱陶しそうに断られている気も…
これは追跡せねば。
「にしても、ホントに俺で良かったのか?他にもたくさん居るだろうに」
「いやいや、こういうのはアテンさんじゃなきゃダメなんですよ。他の誰かじゃ意味が無いっていうか」
歩き始めて数分もしない内にとんでもない事を聞いてしまいました。
どうやらオリオンはアテンさんだけでなく何人もこういった関係の人物がいるようです。
しかも一人や二人ではなく「たくさん」との事。
今すぐにでも問い質してやりたい所ですが、もう少し調べてみた方がいいでしょう。
もっといろんなことが分かるかも知れません。
とりあえず家に帰ったらキュッと締める事は確実でしょう。
「意味が無いって…それこそ知り合いの女の子とか誘ったらいいんじゃないか?」
「いやぁ、女の子て言ってもねぇ……なんか噂話にしてバラ撒きそうじゃないですか?「私あの人とどこそこに行ったんだー」って…今回のはそういうのを防ぐ為にも、アテンさんにしようって思ったんですよ」
なんと疑り深い事か、我が旦那は。
それほどまでに秘密にするような事だという事は、間違いなくイケナイ事なのでしょう。
「シャングリラの情報網はすごいですよ?明日の兵舎の献立からアテンさんのほくろの数まで把握してると思います」
「んなっ!?なんでそんな事まで知ってるんだよ。つーかキモいわ!」
例え方の気持ち悪さはさておき、情報網の凄さは確かに私も痛感している。
無くしたと思っていた妹のナイフを翌日には私の友人が届けに来た時は驚いた物だ。
なんでもオリオンの教練中に置き忘れてしまっていたらしく、同じくオリオンの教練を受けに来ていた友人が見つけて回収してくれていたという。
確かそれ以来だったでしょうか、その友人と仲良くなりはじめたのは。
「あー…まぁ例えはさておき、この辺でしたっけ?」
「あぁ、この辺だな」
追跡していて悲しい事実を知ってしまいました。
二人が目指していた場所は、紛れもなく件のホテルだったのです。
そういえば昔は本当にそういう目的専門のホテルを改装してビジネスホテルにしたという話を聞いた気が。
その名残かそういう目的でホテルを利用する客も多いんだとか。
オリオンとアテンさんもそういう目的で入るつもりなのでしょうか。
いや、まだ確定と言う訳ではありません。
言うなれば「黒に限りなく近いグレー」という奴です。
「じゃ、行きますか」
「おうよ…あ、道具は中で買うのか?」
「そうですね……ウチにあるのは壊れちゃいましたし、そうしましょうか」
オリオンの一言で、儚い希望は崩れ去ってしまいました。
最近、我が家で壊れてしまった道具と言えば、私を縛る為に使う荒縄とお尻に突っ込む球状のアレが連なった棒ではないですか。
前者は私がもがいた時に脆かったのか易々と引き千切ってしまい、後者は突っ込まれるのがイヤ過ぎて尾の針で串刺しにしてしまっています。
今思い返すと、あれがもし男性器だったらと考えると恐ろしいですね。
なんせ刺した所と逆側の方へ貫通して、大きな穴が開いていたんですもん。
「壊れるって……お前そんなに好きだったっけ?」
「ええ、好きですよ?実は仕事から帰ったらいつもやってます。妻に見つからないようにやるのは骨が折れますよ」
やめて!もうこれ以上貴方の痴態を晒さないで!
と言いたい気持ちが溢れそうになりますが、ここは我慢です。
しかし、まさか教練の仕事から帰ってくる度にやっていたとは。
職場が一緒な関係上、一緒に帰りたい気持ちはあるのですが時間が合わず私がいつも先に帰って晩ごはんの支度をしているというのに、帰ってきたオリオンは…
はっ!そういえば以前に部屋を覗こうとしたらすごく怒られた事が。
あの時も真っ最中だったのでしょうか。
部屋を見た感じだと一人だった事から、もしかすると自分で自分のお尻の穴に…
「……んっ?フリルー?」
「っ!?は、はははい、なんですか?」
急に後ろから声を掛けられては驚くというものです。
しかも声を掛けてきたのがケプリ警備隊の人、つまりは警察の方でした。
これはあれですか、素行が怪しいと見て私に職務質問をしに来たのでしょうか。
「にゃはは、ビクビクして面白いなー…っとと、王様知らない?」
「アテンさんならさっきオリオンと一緒に…っ!?」
いけない、ここで二人を引き離してしまえば先程までの確たる証拠が未確定のまま終わってしまう。
言葉の数々を投げかけてもきっとうまい具合にかわされて誤魔化されてしまう。
それは避けなくては。
私のやってきたことの意味がなくなってしまう。
「えぇと……あっち!あっちに行きました」
「そうか、ありがとねフリルー」
危機は去った。
あの無邪気な笑顔を向けられていると、虚偽で彼女たちを間違った方角へ動かしてしまった事に対して罪悪感が募りますが今はそんな事はどうでもいい。
夫の変態的な行動の真意を突き止めるため、踏み台になって頂く!
「……あ、あれっ?!」
ちょっとだけでも目を離したのが悪かった。
思えばあのホテルへ入る直前のような会話内容だったのだから、ケプリさんを無視してでも監視を続けていればよかった。
今になって後悔しても遅い。
こうなったら彼らが同性愛にかまけている所を急襲してやりましょう。
「すみません!ここにアテンさんが来ませんでしたか?」
「アテンさんが?いいえ、見てませんが…」
しまった!まだ部屋を借りる手続きまでいっていないのか。
それかこの男性とは別の人が受付を対応してしまったのかも知れない。
もしそうだったとすれば部屋を探し当てるのは難しいだろう。
「そうですか、分かりました」
「はぁ…」
今思えば、あそこまで勢いをつけて誰かに話しかけた事なんてなかったかも知れない。
いつもいつも臆病で内向的な方だと自分でも思っている私が、あんなにも慌てて声を荒げていたのだから。
「オリオン……一体どこに…あっ…」
「うん?フリルちゃんか?」
「ちょっ!マズいですよ!荷物隠して……ふ、フリル、どうした、こんな所で…?」
ホテルを出た所でアテン、オリオン両名とバッタリ。
これでは尾行の意味がないではないですか。
仮にもシャングリラの兵士達からは希望のエースみたいな扱いを受けているのに、得意の潜伏が出来ていないとは何事かと思います。
でもそんな事はもうこの際どうでもいい。
慌てて何かを隠そうとするオリオンの態度を見て、怒りの炎が燃え上がるってなもんです。
慌てて隠すという事は、私に知られたくない「やましいもの」がその包みの中にあるという事。
こうなったら直接問い質します、都合よく二人一緒に居るので好都合です。
「オリオンっ!!これは一体っ!どういう事っ?!」
「ちょっ、どうしたフリル?!何をそんなに怒って…」
「そりゃ怒りもしますっ!アテンさんと…アテンさんなんかと……私と言うものがありながらーっ!!」
「ちょ!何言って…うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
思いっきり刺したら、マンガみたいに「ブスリッ」って音出るんですね。
=======
=======
「ーー なっ?!面白いだろっ?!」
「や、やめてくださいよ恥ずかしい…」
「………死にたい…」
あれから数日後、私はアテンさんに呼ばれて庭園パーティーに招待されていました。
シャングリラの外交や内政は一切関係の無い、ただ楽しむ為のパーティー。
アテンさんはこういうのが結構好きな人で、時たまこういう催しを開いてシャングリラ建国以前からの知り合いや友人らを呼んでバカ騒ぎに興じている。
勿論オリオンもその一人である為、私を連れて御馳走になりに来ている訳である。
が、その話題は先日の一件で持ちきりだった。
「アテンさんが男色家ってどう勘違いしたらそうなるんですか…っぷぷっ…」
「だ、だって……集合場所にデートスポットを…」
「だから、あれは目印に丁度いいからってだけだって!」
よく考えてみればそうでした。
そもそもあの銅像、若年カップルたちの中ではデートする際の集合場所としてよく使われているのです。
最初こそ、そんな思考に至らなかったとはいえ前提部分に大きく影響を受けていたのでしょう。
あと私達の事を笑ったそこの方、貴方は後でこの尻尾で串刺しにします。
「それに、ホテルの方に向かっていくから…」
「あれはな、ホテルじゃなくてその近所の雑貨屋に用があったんだよ。というかなんで俺までホモみたいな扱い受けるんだよ……しかも変な事聞いてきたよな?自分の部屋でアナr…」
「わぁぁぁぁぁぁぁああ!!わぁあああああっ!!」
それについては私も深く反省しているつもりです。
買いに言っていた道具というのが、まさか貫いてしまった刺激棒などではなく細工用のハサミだったとは。
確かに、少し前に刃が割れたとかで処分した物がありましたが、まさかそれの事だっただなんて。
「で、だ。今日はちょっとしたサプライズを用意してある!なぁオリオン!」
「はい」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、小さな小包でした。
手のひらに収まるような大きさの箱を綺麗な柄の紙で梱包までしてくれて。
何か祝うような日でしたっけ?
「あ……あのぉ……」
「あの時、俺を怒ってくれたのが俺を思っての事だって知った時、すっごく嬉しかった。だからって訳じゃないけどさ……
これ、受け取ってくれないか?」
「え…えぇぇぇ……」
こういう時、どんな顔して向き合えばいいんでしょう?
たぶんこれが二人きりだったりしたら嬉しさのあまりに泣き崩れてたんじゃないでしょうか。
「えと……あの…」
「開けてみて?」
箱を開けてみると、中にはしっかりとした感じの小さな箱が入っていました。
メガネケースみたいな材質の、触っているだけで高級感の伝わってくるその箱は、見ただけで何が入っているのかだいたいの予想がつきます。
「っ?!これって…」
「そう、指輪だよ。手作りの。まぁ、手作りだからちょっとブカブカかも知れないけど、そこはゴメンな……結婚の時に渡せなかったから、遅れちゃったけど今渡すよ。俺の妻になってくれ」
「っっっ?!?!」
嬉しさのあまりにオリオンに抱きついたのまでは、本当にいい雰囲気だったと思います。
そこまでなら。
きっと後になって、どうしてこんな事をしたのかと聞かれたら「ついクセで」としか答えられないでしょう。
「ちょっ、おいおいフリ…るぅっ?!」
「オリオンっ!オリオンっ!オリオォン!」
嬉しくなると私、つい刺しちゃうんです。
気が付いた頃には、過呼吸なんじゃないかってくらい激しく息をするオリオンが今まで見た事もないくらいバッキバキのモノをぶら下げて私の事を押し倒していました。
公衆の面前だというのに、誰も止めないどころかあちらはあちらの夫婦同士で盛り上がっているようで。
それなら乗るしかないでしょう、このビッグウェーブに!
「フリルっ!お前なぁぁぁぁっ!お前ってやつあぁぁっ!!」
「きゃんっ!?お、オリオンっ!オリオン〜っ!」
そこから先の事はあまり覚えていません。
ただ、脳が蕩けてしまうんじゃないかというほどの甘い時間を過ごせたような気はしています。
正直言って、私の幸せの絶頂期だったんじゃないでしょうか。
======
======
あれから数週間後、最初は私とのヤりすぎで足腰が立たなくなっていたオリオンでしたが、今となってはすっかり元気になって教導職にも復帰。
私も含めてみんなの育成に精を出してくれています。
そして今現在はと言うと…
「……っ!?そこかっ!」
いいえ私はそこじゃありません。
とはいえ、最近だんだんと私の気配を感知してきているようですね。
極力気配は殺すようにして、また彼の位置からでは視覚的にもほぼ見えない位置取りを選んで後を着けているというのに、これでは潜伏する意味が無くなってしまうではないですか。
「まったく…」
こうやって困っている夫の姿を遠くから眺めているのもすごく満たされますね。
これだからやめられないのです、ストーカー行為は。
これから先も、ずっと私は貴方の事を見ていますよ?ずっと…ずっと…
お わ り
ある事と言うのは…
「……っ?!…またか…」
誰かの視線を感じて後ろを振り返る一人の青年がいた。
彼の名はオリオン。
ここシャングリラで兵士たちの教導官をやっている、言ってしまえば教師のようなものだ。
そして…
「フリルー?お前なのかー?」
周りを見渡しながら呼ぶのは彼の伴侶の名。
そう、オリオンはフリルの夫なのである。
「……やれやれ…気のせいか…?」
いいえ、そんな事はありませんとも。
ただ、彼の前へ出て行くのはまだまだ早計と言うもの。
何の理由も無く気配を殺して彼の様子をうかがっている訳ではない。
勿論、このままずっと見ていていいと言うなら見つめていますとも。
「……」
夕暮れ時の街道だからでしょうか、人がゾロゾロと。
そのうち見失ってしまいそうですが私程の実力ともなればそんな事はございません。
「………まだか…」
オリオンが立ち止ったのは、街道では結構有名なファラオ像の前でした。
なんでも建国記念に造られたそうですが、今はそんな事関係ありません。
有名な、もっと言ってしまえば目印にはもってこいな場所に立ち止まって「まだか」と呟く。
これはつまり、誰かと待ち合わせをしているのでは。
これはもしかするともしかするかもしれません。
「………ん?そういえば……よし、持ってるな。エチケットだもんな…」
何かを思い出したように財布を取り出したかと思えば、中身を覗いて一安心するとポケットに戻しました。
財布を覗いてエチケットがどうのと。
これはつまり、今から会うのは女性、それも性行が目的なのでしょうか?
私は知っているのです、オリオンの財布の小銭入れの中にはいつも未開封のコンドームが一枚入っている事を。
いつ聞いても「これはお守りだから」とはぐらかされますが、やっぱりこういう目的の為に持っていたのでしょうか。
…いえ、ここで飛び出すのはまだ早いでしょう。
もしかするとただ単に所持金の確認をしているだけかも知れませんし。
「おう、待たせたなオリオン」
「いえ今来た所ですよ、アテンさん」
暫く待っていましたが、どうやらオリオンの会う相手とはアテンさんだったようです。
ファラオの夫にしてこのシャングリラの中核に居る、要はとっても偉い人。
オリオンとは昔からの付き合いだそうで、以前にパーティーを開いた時はずっとお喋りしてました。
「にしても…嫌がらせか何かか?俺がアイツ苦手なの知っててこんな場所に呼び出すなんて…」
「あっはは、相変わらずなんですね。でも、目印にはもってこいでしょ?」
アテンさんはファラオさまが苦手。
それはシャングリラの国民ならだいたい皆が知っている事でした。
なんでも逢瀬のインパクトが凄かったのと、恐妻家な所があるんだそうで。
ファラオさま本人はインタビューを受けている時に否定していましたが、きっとカカア天下とか言うやつなんでしょうか。
謎です。
「まぁそうだけど……とりあえず行くか」
「そうしますか」
そう言って二人が歩き出した先にあったのは……ホテルでした。
勿論えっちぃ目的専用のホテルという訳ではありませんし方向が一緒と言うだけでそこへ行くとも限りません。
ですが、その方向にある物と言えば後はえっちぃ目的専門のホテルくらいしかなくて…
つまりこれは、ホテルの室内で「男と男のおつきあい」というやつをするつもりなのでは。
まさかアテンさんにそんな趣味があったとは…いや、恐妻家の夫はそういう傾向にあるのかもしれません。
しかもオリオンまでそんな趣味があっただなんて、妻として私はすごくショックです。
そういえば、最近エッチな要求をしてもどこか鬱陶しそうに断られている気も…
これは追跡せねば。
「にしても、ホントに俺で良かったのか?他にもたくさん居るだろうに」
「いやいや、こういうのはアテンさんじゃなきゃダメなんですよ。他の誰かじゃ意味が無いっていうか」
歩き始めて数分もしない内にとんでもない事を聞いてしまいました。
どうやらオリオンはアテンさんだけでなく何人もこういった関係の人物がいるようです。
しかも一人や二人ではなく「たくさん」との事。
今すぐにでも問い質してやりたい所ですが、もう少し調べてみた方がいいでしょう。
もっといろんなことが分かるかも知れません。
とりあえず家に帰ったらキュッと締める事は確実でしょう。
「意味が無いって…それこそ知り合いの女の子とか誘ったらいいんじゃないか?」
「いやぁ、女の子て言ってもねぇ……なんか噂話にしてバラ撒きそうじゃないですか?「私あの人とどこそこに行ったんだー」って…今回のはそういうのを防ぐ為にも、アテンさんにしようって思ったんですよ」
なんと疑り深い事か、我が旦那は。
それほどまでに秘密にするような事だという事は、間違いなくイケナイ事なのでしょう。
「シャングリラの情報網はすごいですよ?明日の兵舎の献立からアテンさんのほくろの数まで把握してると思います」
「んなっ!?なんでそんな事まで知ってるんだよ。つーかキモいわ!」
例え方の気持ち悪さはさておき、情報網の凄さは確かに私も痛感している。
無くしたと思っていた妹のナイフを翌日には私の友人が届けに来た時は驚いた物だ。
なんでもオリオンの教練中に置き忘れてしまっていたらしく、同じくオリオンの教練を受けに来ていた友人が見つけて回収してくれていたという。
確かそれ以来だったでしょうか、その友人と仲良くなりはじめたのは。
「あー…まぁ例えはさておき、この辺でしたっけ?」
「あぁ、この辺だな」
追跡していて悲しい事実を知ってしまいました。
二人が目指していた場所は、紛れもなく件のホテルだったのです。
そういえば昔は本当にそういう目的専門のホテルを改装してビジネスホテルにしたという話を聞いた気が。
その名残かそういう目的でホテルを利用する客も多いんだとか。
オリオンとアテンさんもそういう目的で入るつもりなのでしょうか。
いや、まだ確定と言う訳ではありません。
言うなれば「黒に限りなく近いグレー」という奴です。
「じゃ、行きますか」
「おうよ…あ、道具は中で買うのか?」
「そうですね……ウチにあるのは壊れちゃいましたし、そうしましょうか」
オリオンの一言で、儚い希望は崩れ去ってしまいました。
最近、我が家で壊れてしまった道具と言えば、私を縛る為に使う荒縄とお尻に突っ込む球状のアレが連なった棒ではないですか。
前者は私がもがいた時に脆かったのか易々と引き千切ってしまい、後者は突っ込まれるのがイヤ過ぎて尾の針で串刺しにしてしまっています。
今思い返すと、あれがもし男性器だったらと考えると恐ろしいですね。
なんせ刺した所と逆側の方へ貫通して、大きな穴が開いていたんですもん。
「壊れるって……お前そんなに好きだったっけ?」
「ええ、好きですよ?実は仕事から帰ったらいつもやってます。妻に見つからないようにやるのは骨が折れますよ」
やめて!もうこれ以上貴方の痴態を晒さないで!
と言いたい気持ちが溢れそうになりますが、ここは我慢です。
しかし、まさか教練の仕事から帰ってくる度にやっていたとは。
職場が一緒な関係上、一緒に帰りたい気持ちはあるのですが時間が合わず私がいつも先に帰って晩ごはんの支度をしているというのに、帰ってきたオリオンは…
はっ!そういえば以前に部屋を覗こうとしたらすごく怒られた事が。
あの時も真っ最中だったのでしょうか。
部屋を見た感じだと一人だった事から、もしかすると自分で自分のお尻の穴に…
「……んっ?フリルー?」
「っ!?は、はははい、なんですか?」
急に後ろから声を掛けられては驚くというものです。
しかも声を掛けてきたのがケプリ警備隊の人、つまりは警察の方でした。
これはあれですか、素行が怪しいと見て私に職務質問をしに来たのでしょうか。
「にゃはは、ビクビクして面白いなー…っとと、王様知らない?」
「アテンさんならさっきオリオンと一緒に…っ!?」
いけない、ここで二人を引き離してしまえば先程までの確たる証拠が未確定のまま終わってしまう。
言葉の数々を投げかけてもきっとうまい具合にかわされて誤魔化されてしまう。
それは避けなくては。
私のやってきたことの意味がなくなってしまう。
「えぇと……あっち!あっちに行きました」
「そうか、ありがとねフリルー」
危機は去った。
あの無邪気な笑顔を向けられていると、虚偽で彼女たちを間違った方角へ動かしてしまった事に対して罪悪感が募りますが今はそんな事はどうでもいい。
夫の変態的な行動の真意を突き止めるため、踏み台になって頂く!
「……あ、あれっ?!」
ちょっとだけでも目を離したのが悪かった。
思えばあのホテルへ入る直前のような会話内容だったのだから、ケプリさんを無視してでも監視を続けていればよかった。
今になって後悔しても遅い。
こうなったら彼らが同性愛にかまけている所を急襲してやりましょう。
「すみません!ここにアテンさんが来ませんでしたか?」
「アテンさんが?いいえ、見てませんが…」
しまった!まだ部屋を借りる手続きまでいっていないのか。
それかこの男性とは別の人が受付を対応してしまったのかも知れない。
もしそうだったとすれば部屋を探し当てるのは難しいだろう。
「そうですか、分かりました」
「はぁ…」
今思えば、あそこまで勢いをつけて誰かに話しかけた事なんてなかったかも知れない。
いつもいつも臆病で内向的な方だと自分でも思っている私が、あんなにも慌てて声を荒げていたのだから。
「オリオン……一体どこに…あっ…」
「うん?フリルちゃんか?」
「ちょっ!マズいですよ!荷物隠して……ふ、フリル、どうした、こんな所で…?」
ホテルを出た所でアテン、オリオン両名とバッタリ。
これでは尾行の意味がないではないですか。
仮にもシャングリラの兵士達からは希望のエースみたいな扱いを受けているのに、得意の潜伏が出来ていないとは何事かと思います。
でもそんな事はもうこの際どうでもいい。
慌てて何かを隠そうとするオリオンの態度を見て、怒りの炎が燃え上がるってなもんです。
慌てて隠すという事は、私に知られたくない「やましいもの」がその包みの中にあるという事。
こうなったら直接問い質します、都合よく二人一緒に居るので好都合です。
「オリオンっ!!これは一体っ!どういう事っ?!」
「ちょっ、どうしたフリル?!何をそんなに怒って…」
「そりゃ怒りもしますっ!アテンさんと…アテンさんなんかと……私と言うものがありながらーっ!!」
「ちょ!何言って…うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
思いっきり刺したら、マンガみたいに「ブスリッ」って音出るんですね。
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「ーー なっ?!面白いだろっ?!」
「や、やめてくださいよ恥ずかしい…」
「………死にたい…」
あれから数日後、私はアテンさんに呼ばれて庭園パーティーに招待されていました。
シャングリラの外交や内政は一切関係の無い、ただ楽しむ為のパーティー。
アテンさんはこういうのが結構好きな人で、時たまこういう催しを開いてシャングリラ建国以前からの知り合いや友人らを呼んでバカ騒ぎに興じている。
勿論オリオンもその一人である為、私を連れて御馳走になりに来ている訳である。
が、その話題は先日の一件で持ちきりだった。
「アテンさんが男色家ってどう勘違いしたらそうなるんですか…っぷぷっ…」
「だ、だって……集合場所にデートスポットを…」
「だから、あれは目印に丁度いいからってだけだって!」
よく考えてみればそうでした。
そもそもあの銅像、若年カップルたちの中ではデートする際の集合場所としてよく使われているのです。
最初こそ、そんな思考に至らなかったとはいえ前提部分に大きく影響を受けていたのでしょう。
あと私達の事を笑ったそこの方、貴方は後でこの尻尾で串刺しにします。
「それに、ホテルの方に向かっていくから…」
「あれはな、ホテルじゃなくてその近所の雑貨屋に用があったんだよ。というかなんで俺までホモみたいな扱い受けるんだよ……しかも変な事聞いてきたよな?自分の部屋でアナr…」
「わぁぁぁぁぁぁぁああ!!わぁあああああっ!!」
それについては私も深く反省しているつもりです。
買いに言っていた道具というのが、まさか貫いてしまった刺激棒などではなく細工用のハサミだったとは。
確かに、少し前に刃が割れたとかで処分した物がありましたが、まさかそれの事だっただなんて。
「で、だ。今日はちょっとしたサプライズを用意してある!なぁオリオン!」
「はい」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、小さな小包でした。
手のひらに収まるような大きさの箱を綺麗な柄の紙で梱包までしてくれて。
何か祝うような日でしたっけ?
「あ……あのぉ……」
「あの時、俺を怒ってくれたのが俺を思っての事だって知った時、すっごく嬉しかった。だからって訳じゃないけどさ……
これ、受け取ってくれないか?」
「え…えぇぇぇ……」
こういう時、どんな顔して向き合えばいいんでしょう?
たぶんこれが二人きりだったりしたら嬉しさのあまりに泣き崩れてたんじゃないでしょうか。
「えと……あの…」
「開けてみて?」
箱を開けてみると、中にはしっかりとした感じの小さな箱が入っていました。
メガネケースみたいな材質の、触っているだけで高級感の伝わってくるその箱は、見ただけで何が入っているのかだいたいの予想がつきます。
「っ?!これって…」
「そう、指輪だよ。手作りの。まぁ、手作りだからちょっとブカブカかも知れないけど、そこはゴメンな……結婚の時に渡せなかったから、遅れちゃったけど今渡すよ。俺の妻になってくれ」
「っっっ?!?!」
嬉しさのあまりにオリオンに抱きついたのまでは、本当にいい雰囲気だったと思います。
そこまでなら。
きっと後になって、どうしてこんな事をしたのかと聞かれたら「ついクセで」としか答えられないでしょう。
「ちょっ、おいおいフリ…るぅっ?!」
「オリオンっ!オリオンっ!オリオォン!」
嬉しくなると私、つい刺しちゃうんです。
気が付いた頃には、過呼吸なんじゃないかってくらい激しく息をするオリオンが今まで見た事もないくらいバッキバキのモノをぶら下げて私の事を押し倒していました。
公衆の面前だというのに、誰も止めないどころかあちらはあちらの夫婦同士で盛り上がっているようで。
それなら乗るしかないでしょう、このビッグウェーブに!
「フリルっ!お前なぁぁぁぁっ!お前ってやつあぁぁっ!!」
「きゃんっ!?お、オリオンっ!オリオン〜っ!」
そこから先の事はあまり覚えていません。
ただ、脳が蕩けてしまうんじゃないかというほどの甘い時間を過ごせたような気はしています。
正直言って、私の幸せの絶頂期だったんじゃないでしょうか。
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あれから数週間後、最初は私とのヤりすぎで足腰が立たなくなっていたオリオンでしたが、今となってはすっかり元気になって教導職にも復帰。
私も含めてみんなの育成に精を出してくれています。
そして今現在はと言うと…
「……っ!?そこかっ!」
いいえ私はそこじゃありません。
とはいえ、最近だんだんと私の気配を感知してきているようですね。
極力気配は殺すようにして、また彼の位置からでは視覚的にもほぼ見えない位置取りを選んで後を着けているというのに、これでは潜伏する意味が無くなってしまうではないですか。
「まったく…」
こうやって困っている夫の姿を遠くから眺めているのもすごく満たされますね。
これだからやめられないのです、ストーカー行為は。
これから先も、ずっと私は貴方の事を見ていますよ?ずっと…ずっと…
お わ り
17/02/07 23:25更新 / 兎と兎