第三話 剛腕の鬼神
一週間が七日であるとして、その内の一日くらいは休みたい。
身体を休め、日々の疲れを癒して明日より始まる苦行の日々に備える。
それは、働く人々全てが思う事だろう。
「はぁ…なんで土日まで働かないと行けないんだか……」
大きなため息をつきながらも、光定はまるでいつも行ってるかのような足取りで仕事へ向かう。
天気は晴れ、先日のように雪が降っている訳でも無く温かい日差しが直に差し込んできて気持ちが良い。
こんな天気の日には何か良い事が起こりそうな気がする。
「……ん?」
「ふあぁぁぁぁ〜っ!遅刻だよぉぉ〜……あっ!ダメ破君♪」
爲葉です、と突っ込むのも吝かではないが、その顔に免じて許してやろう。
なんて言葉が口から出るでもなく。
「あ、仁賀さん♪おはようござ…」
「それじゃ、アルバイト頑張ってねーーーー!」
そう叫びながら、颯爽とどこかへ駆けて行ってしまう。
てっきり今日もアルバイトに入っていたのかと思っていたが、違ったようだ。
それにしても可愛い。
「……やっとかぁ…」
歩き始めて15分ほどでレストランの場所へ辿りつく。
とは言っても、早歩きで足を止めずに歩いて15分である。
普通に歩いて、足も止まっていたらもっと時間がかかるだろう。
「……ってられるか!おい、行くぞ!」
「……うよっ!こんな店、二度とくるかぁ!」
若い男の二人組が、店から飛び出して来た。
何があったのかは知らないし知りたくないが、どうやら相当慌てているらしい。
死に物狂いで走り去って行く姿は、さながら全世界のライダーにたった二人で立ち向かうザコ怪人の心境だろうか。
「…あぁ、私だ。今店から出て行った連中、襲っちまえ。根こそぎ絞り取れ、良いな?」
「…ええと、店長、一体何が?」
魔力で動く水晶体、魔道連絡端末を使って店長が誰かと話していた。
だが、一言告げるとそれも終わって端末をポケットに仕舞い込む。
それにしてもこの店長、一体どう言う了見をしてるのだろうか。
あろうことか店から客を追い出すなど…
「あん?無銭飲食だよ。食うだけ食ってマズいから金なんか払うかってな」
「あぁ、なるほど…」
それなら案外納得できるかもしれない。
警察沙汰になれば客も寄り付かなくなるかも知れない。
それも考慮して自身を犠牲にしてまでも不埒な客人にご退場ねg…
「まぁ、私は一向に構わないんだけどな。小遣い増えるし」
「っ…」
一瞬でも信用したのが馬鹿らしくなってきた。
この人は、店の事などなんのその、不正を働いた客から根こそぎ絞り取っていたらしい。
もしやさっきの指示らしきものもそれと同じなのだろうか。
と言う事は、確実にこの人、複数犯の親玉だ。
警察に突き出した方が世の為人の為な気がして来たぞ。
「さって、爲葉も来た事だし今日の予定は〜……げっ」
「ん?どうしたんですか?」
シフトの書かれているボードを確認して見ると、どうやら自分以外には店長と、他に二名の人が働きに来るだけだそうだ。
ボードに書かれているその二名の名前には「臼井 章」と「鬼島 朝顔」と書かれていた。
「……爲葉、生き残れよ…?」
「?」
先程までの表情と全く違う、ゲッソリとした表情で肩に手を置いてくる。
性別が逆だったらセクハラで訴えますよ?
それにしても、その言葉は一体どういう意味なのだろうか?
「すみませーん、遅刻しましたー!」
どうやら件の二名のどちらかがやってきたようだ。
どちらにせよ会うのは初めてだから、第一印象は悪くないようにしないと。
「あ、あぁおはよう……あさがお…」
どうやら鬼島さんが先に来たようだ。
それはそれとして、店長にはその場から動いて欲しい。
このままでは鬼島さんの顔が見れないではないか。
だがまぁ、既にスカートを履いているのが見えた時点で女性であることは認識した。
「…?店長さん、後ろの人、誰ですか?」
「あ?あぁ、昨日から入った新入りだ。仲良くしてやってくれ…」
なんでそんなに冷や汗をかくのか理解に苦しむ。
それはそうとして、早くどいてくれないと顔が見えないではないか。
「今だっ!」
「ふぇ?キャーーーッ!!」
店長が必死に道を塞ぐものだから、隙間を縫って身を乗り出す。
すると、鬼島さんの顔がやっと見えた。
しかし、次の瞬間には見たくも無いのに白い天井しか見れなくなっていた。
なんで?どうして?
―――――――――――――――
「………うぅん…」
「あっ、起きたかい?」
気が付くと、休憩室のソファに寝かされていたようだ。
隣には見知らない男の人が温かな笑顔を向けてきている。
どうやら気付かない内に眠っていたようだ。
そんなどこぞの眠り病でもあるまいに。
「…うん、もう大丈夫みたいだね。しっかし災難だよねー、彼女の蹴り、痛かったでしょー?」
何と言うか、いつでもニコニコしていて最初の内は「あ、話しやすい人で良かった」と思っていた。
なのに、喋り始めて数秒もしない内にどうだろう。
いつまで経ってもニコニコしていて、なんとなく殴りたくなってくる衝動に駆られてしまう。
「は、はあ…」
「あっ、僕は臼井って言うんだ。よろしくね、えぇと……爲葉君?」
この人が今日来る予定だったもう一人の人か。
それしにても、なぜ男性が居るだけでこうも安心出来るのだろうか?
昨日言われた「餌場にうんたら」がヤケに心の中に残って仕方が無い。
「えと、今は……12時ぃっ!?」
確かここへ来たのが9時過ぎだったから、大体2〜3時間は寝ていた事になる。
仕事二日目でこれでは先が思いやられてしょうがない。
「うわぁ!し、仕事入りますね」
「あ、ちょっと……大丈夫かなぁ……ククッ、面白い子が入ったね」
慌てて休憩室を飛び出して行く僕を見送りながらも、やっぱり臼井さんはニコニコしたままだった。
まぁ、どうしてそんなにニコニコしてるのかはすぐに分かる訳だけど。
「アサガオー、そう堕ち込むなよー」
「店長、それ上手い事言ったつもりなんですか…」
休憩室を出ると、どうやら店長とさっきの鬼島さんが話しているらしかった。
「あら、爲葉君起きたのねー♪」
「あっ、琴音さん。はい、もうすっかり…」
今日は休みだったと思っていたが、どうやら他にも居たらしい。
昨日も居た、琴音さんだった。
どうやら店長にベッタリくっ付いているらしく、祭りなんかでよく売ってる抱っこ人形を彷彿とさせていた。
しかし、鬼島さんはどれだけ落ち込んでいるのだろうか。
座り込んで壁とにらめっこしながら地面に指で文字を書いている。
……地面が微かに抉れて平仮名の「の」を連続して書いてるような跡があるがまぁ、気にしない。
と言うより、気にしたら負けかなと思っている。
「おぉ、新入り起きたのか。ほれ、アサガオも機嫌直せ。な?」
「は、はい……あ、あの…さっきは本当にごめんなさい…」
どうやら立ち直れそうだ。
顔までよく見れば、肌は緑色だし額からはご立派な角が一対生えている。
あぁ、なるほどオーガ種な訳だ。
つまり、気絶する瞬間の強烈な痛みは蹴り上げられた事による物だったと。
第一種危険人物と認識した方が良さそうだ。
じゃないと身体が保てないぞこれは。
「本当に…本当にごめんなさい…」
どうやらマジ泣きしているらしい。
声が震えていて、猛烈に反省しているらしいし、もう手を出す事もないだろう。
「ま、まぁ…事故にあったと思えばふんうにっ!?」
「あっ」
「あっ」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
いつの間にか、またもや宙を舞っていた。
しっかし、この店は結構新築なのだろうか?
天井が白くてきれいだ…
「まさか一瞬で間合いを見切っていたとはな…爲葉、恐ろしい奴…」
「でも、1mm近付いただけで射程圏内になって…」
「後は足払いでバランス崩されて、そのまま強烈な右アッパー、追い打ちに体重乗せた肘鉄が絶妙のタイミングで決まったね♪」
ソウシテ、ボクノイシキハ、キエサッタ。
――――――――――――――――――――
「……ぅぁ…」
「っ!?だ、だ、ダメ破くぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
気が付くと、そこは見知らぬ白い天井だった。
そして、隣には今朝に慌ただしくしていたままの格好の仁賀さんが大泣きしながら布団ごしにしがみ付いてくる。
ん?布団越し?
「おぉ、目が覚めたか、爲葉」
どうやら仁賀さんと一緒に店長も見舞いに来ていたらしい。
というか、気が付いたら病院で寝てたって結構恐怖に感じる。
「今日はマトモに仕事してなかったが、まぁアレの仕業だからな。今日の分の給料は治療費から差し引いておくから安心しろ」
そう言って指差す先には、部屋の入り口で扉に隠れながらモジモジしている鬼島さんの姿が。
と言うか、この店長何か物凄く恐ろしい事を言った気がする。
「ほ、ホントにご、ごごごごめんなさいっ!」
「あ、朝顔ちゃんは悪くないよっ!で、でもダメ破君が悪い訳でもないし…えぇと…えぇと…うあぁぁぁぁ」
誠心誠意頭を下げて謝っているんだし、このくらいで許そうかとも思う。
あ、アタフタして困っている仁賀さんも可愛い。
「……ふんっ!」
「はどぅーっ!」
何故かいきなり横っ腹を店長に殴られた。
しかも何を思ってか、中指だけ微妙に突き出して杭を打たれたように痛い。
「ちょっと店長!ダメ破君怪我人なんだよっ!?なんでそんな事…」
「ふん、ちょっとこの前読んだマンガの治療法を試そうと思ってさ。確か、波紋…だったっけな」
確実に間違ってるし、そんな思考に至るのは子供だけで十分だろう。
そんな事より、本当に呼吸が出来ないくらいになる程の激痛なのだが、どうすればいいのだろうか。
――――――――――――――――――――
「はぁ…参ったよ……」
結局、夜になるまで病院の世話になってしまった。
医師から「日帰りで退院できる事自体が奇跡」とまで言われたが、店長の使った波紋とやらが功を相しただなんて認めてなるものか。
結局、今日一日は散々な結果に終わってしまった。
今現在は家の居間に居る。
「大変だったんだねー」
「あわわ、光定……そんな危険な…」
「許せないねっ!光定をボッコボコにした奴がっ!」
「落ちつけミナ!今は食事中だろうがっ!」
これでは、折角の一家団欒が類を見ない程にメシマズ状態だった。
もう食卓での会話は今日の事で持ち切り。
どうにかして切り替えたい気持ちはあるのだが、姉妹たちがそれを許さなかった。
「それで、光定?お前はソイツを訴えないのか?」
流石は検事をしているシグレ姉さん的思考だ。
なんとも現実的で、尚且つ肉親を守るには最も安全で最良の手段だ。
「いや、すごく反省してるみたいだったし、初対面っていう事もあったから大目に見ようかと…」
「あむぁあああいっ!缶詰に入った白桃よりも甘過ぎるぞ、光定ぁぁ」
「静かにしろっ!」
こっちが喋っている最中だと言うのに、ビールジョッキ片手にミナ姉さんが立ちあがる。
まぁ、それがどれだけ非常識で行儀が悪いかなんて計測のしようもない。
あっという間にシグレ姉さんの左ストレートが顔面の芯を捉えた。
「飯ぐらい静かに食え、全く…」
父さん母さん、家庭内暴力が悪化して行ってるよぉ。
なんて言葉が何度もお経を唱えるように足元から聞こえてくるが、気にしたら負けだ、うん。
「……」
「……」
「…zzz」
「っ!ヒメア姉さん!起きろっ!」
暫くシーンとしながらも皆がそれぞれに黙々と飯を食う時間が過ぎる。
訳でも無く、ヒメア姉さんが不意に首をコクリコクリと揺らし始めた。
よく見れば、食事中だと言うのに眠っている。
すぐさま起こして事なきを得て本当に良かった。
「あっ……ありがとうね、光定…」
「全く……心配かけないでよね」
「うん、ごめん…」
なんやかんやありながらも、今日も無事に終わりを迎える。
あぁ、これから先の仕事、頑張って行けるんだろうか…
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身体を休め、日々の疲れを癒して明日より始まる苦行の日々に備える。
それは、働く人々全てが思う事だろう。
「はぁ…なんで土日まで働かないと行けないんだか……」
大きなため息をつきながらも、光定はまるでいつも行ってるかのような足取りで仕事へ向かう。
天気は晴れ、先日のように雪が降っている訳でも無く温かい日差しが直に差し込んできて気持ちが良い。
こんな天気の日には何か良い事が起こりそうな気がする。
「……ん?」
「ふあぁぁぁぁ〜っ!遅刻だよぉぉ〜……あっ!ダメ破君♪」
爲葉です、と突っ込むのも吝かではないが、その顔に免じて許してやろう。
なんて言葉が口から出るでもなく。
「あ、仁賀さん♪おはようござ…」
「それじゃ、アルバイト頑張ってねーーーー!」
そう叫びながら、颯爽とどこかへ駆けて行ってしまう。
てっきり今日もアルバイトに入っていたのかと思っていたが、違ったようだ。
それにしても可愛い。
「……やっとかぁ…」
歩き始めて15分ほどでレストランの場所へ辿りつく。
とは言っても、早歩きで足を止めずに歩いて15分である。
普通に歩いて、足も止まっていたらもっと時間がかかるだろう。
「……ってられるか!おい、行くぞ!」
「……うよっ!こんな店、二度とくるかぁ!」
若い男の二人組が、店から飛び出して来た。
何があったのかは知らないし知りたくないが、どうやら相当慌てているらしい。
死に物狂いで走り去って行く姿は、さながら全世界のライダーにたった二人で立ち向かうザコ怪人の心境だろうか。
「…あぁ、私だ。今店から出て行った連中、襲っちまえ。根こそぎ絞り取れ、良いな?」
「…ええと、店長、一体何が?」
魔力で動く水晶体、魔道連絡端末を使って店長が誰かと話していた。
だが、一言告げるとそれも終わって端末をポケットに仕舞い込む。
それにしてもこの店長、一体どう言う了見をしてるのだろうか。
あろうことか店から客を追い出すなど…
「あん?無銭飲食だよ。食うだけ食ってマズいから金なんか払うかってな」
「あぁ、なるほど…」
それなら案外納得できるかもしれない。
警察沙汰になれば客も寄り付かなくなるかも知れない。
それも考慮して自身を犠牲にしてまでも不埒な客人にご退場ねg…
「まぁ、私は一向に構わないんだけどな。小遣い増えるし」
「っ…」
一瞬でも信用したのが馬鹿らしくなってきた。
この人は、店の事などなんのその、不正を働いた客から根こそぎ絞り取っていたらしい。
もしやさっきの指示らしきものもそれと同じなのだろうか。
と言う事は、確実にこの人、複数犯の親玉だ。
警察に突き出した方が世の為人の為な気がして来たぞ。
「さって、爲葉も来た事だし今日の予定は〜……げっ」
「ん?どうしたんですか?」
シフトの書かれているボードを確認して見ると、どうやら自分以外には店長と、他に二名の人が働きに来るだけだそうだ。
ボードに書かれているその二名の名前には「臼井 章」と「鬼島 朝顔」と書かれていた。
「……爲葉、生き残れよ…?」
「?」
先程までの表情と全く違う、ゲッソリとした表情で肩に手を置いてくる。
性別が逆だったらセクハラで訴えますよ?
それにしても、その言葉は一体どういう意味なのだろうか?
「すみませーん、遅刻しましたー!」
どうやら件の二名のどちらかがやってきたようだ。
どちらにせよ会うのは初めてだから、第一印象は悪くないようにしないと。
「あ、あぁおはよう……あさがお…」
どうやら鬼島さんが先に来たようだ。
それはそれとして、店長にはその場から動いて欲しい。
このままでは鬼島さんの顔が見れないではないか。
だがまぁ、既にスカートを履いているのが見えた時点で女性であることは認識した。
「…?店長さん、後ろの人、誰ですか?」
「あ?あぁ、昨日から入った新入りだ。仲良くしてやってくれ…」
なんでそんなに冷や汗をかくのか理解に苦しむ。
それはそうとして、早くどいてくれないと顔が見えないではないか。
「今だっ!」
「ふぇ?キャーーーッ!!」
店長が必死に道を塞ぐものだから、隙間を縫って身を乗り出す。
すると、鬼島さんの顔がやっと見えた。
しかし、次の瞬間には見たくも無いのに白い天井しか見れなくなっていた。
なんで?どうして?
―――――――――――――――
「………うぅん…」
「あっ、起きたかい?」
気が付くと、休憩室のソファに寝かされていたようだ。
隣には見知らない男の人が温かな笑顔を向けてきている。
どうやら気付かない内に眠っていたようだ。
そんなどこぞの眠り病でもあるまいに。
「…うん、もう大丈夫みたいだね。しっかし災難だよねー、彼女の蹴り、痛かったでしょー?」
何と言うか、いつでもニコニコしていて最初の内は「あ、話しやすい人で良かった」と思っていた。
なのに、喋り始めて数秒もしない内にどうだろう。
いつまで経ってもニコニコしていて、なんとなく殴りたくなってくる衝動に駆られてしまう。
「は、はあ…」
「あっ、僕は臼井って言うんだ。よろしくね、えぇと……爲葉君?」
この人が今日来る予定だったもう一人の人か。
それしにても、なぜ男性が居るだけでこうも安心出来るのだろうか?
昨日言われた「餌場にうんたら」がヤケに心の中に残って仕方が無い。
「えと、今は……12時ぃっ!?」
確かここへ来たのが9時過ぎだったから、大体2〜3時間は寝ていた事になる。
仕事二日目でこれでは先が思いやられてしょうがない。
「うわぁ!し、仕事入りますね」
「あ、ちょっと……大丈夫かなぁ……ククッ、面白い子が入ったね」
慌てて休憩室を飛び出して行く僕を見送りながらも、やっぱり臼井さんはニコニコしたままだった。
まぁ、どうしてそんなにニコニコしてるのかはすぐに分かる訳だけど。
「アサガオー、そう堕ち込むなよー」
「店長、それ上手い事言ったつもりなんですか…」
休憩室を出ると、どうやら店長とさっきの鬼島さんが話しているらしかった。
「あら、爲葉君起きたのねー♪」
「あっ、琴音さん。はい、もうすっかり…」
今日は休みだったと思っていたが、どうやら他にも居たらしい。
昨日も居た、琴音さんだった。
どうやら店長にベッタリくっ付いているらしく、祭りなんかでよく売ってる抱っこ人形を彷彿とさせていた。
しかし、鬼島さんはどれだけ落ち込んでいるのだろうか。
座り込んで壁とにらめっこしながら地面に指で文字を書いている。
……地面が微かに抉れて平仮名の「の」を連続して書いてるような跡があるがまぁ、気にしない。
と言うより、気にしたら負けかなと思っている。
「おぉ、新入り起きたのか。ほれ、アサガオも機嫌直せ。な?」
「は、はい……あ、あの…さっきは本当にごめんなさい…」
どうやら立ち直れそうだ。
顔までよく見れば、肌は緑色だし額からはご立派な角が一対生えている。
あぁ、なるほどオーガ種な訳だ。
つまり、気絶する瞬間の強烈な痛みは蹴り上げられた事による物だったと。
第一種危険人物と認識した方が良さそうだ。
じゃないと身体が保てないぞこれは。
「本当に…本当にごめんなさい…」
どうやらマジ泣きしているらしい。
声が震えていて、猛烈に反省しているらしいし、もう手を出す事もないだろう。
「ま、まぁ…事故にあったと思えばふんうにっ!?」
「あっ」
「あっ」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
いつの間にか、またもや宙を舞っていた。
しっかし、この店は結構新築なのだろうか?
天井が白くてきれいだ…
「まさか一瞬で間合いを見切っていたとはな…爲葉、恐ろしい奴…」
「でも、1mm近付いただけで射程圏内になって…」
「後は足払いでバランス崩されて、そのまま強烈な右アッパー、追い打ちに体重乗せた肘鉄が絶妙のタイミングで決まったね♪」
ソウシテ、ボクノイシキハ、キエサッタ。
――――――――――――――――――――
「……ぅぁ…」
「っ!?だ、だ、ダメ破くぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
気が付くと、そこは見知らぬ白い天井だった。
そして、隣には今朝に慌ただしくしていたままの格好の仁賀さんが大泣きしながら布団ごしにしがみ付いてくる。
ん?布団越し?
「おぉ、目が覚めたか、爲葉」
どうやら仁賀さんと一緒に店長も見舞いに来ていたらしい。
というか、気が付いたら病院で寝てたって結構恐怖に感じる。
「今日はマトモに仕事してなかったが、まぁアレの仕業だからな。今日の分の給料は治療費から差し引いておくから安心しろ」
そう言って指差す先には、部屋の入り口で扉に隠れながらモジモジしている鬼島さんの姿が。
と言うか、この店長何か物凄く恐ろしい事を言った気がする。
「ほ、ホントにご、ごごごごめんなさいっ!」
「あ、朝顔ちゃんは悪くないよっ!で、でもダメ破君が悪い訳でもないし…えぇと…えぇと…うあぁぁぁぁ」
誠心誠意頭を下げて謝っているんだし、このくらいで許そうかとも思う。
あ、アタフタして困っている仁賀さんも可愛い。
「……ふんっ!」
「はどぅーっ!」
何故かいきなり横っ腹を店長に殴られた。
しかも何を思ってか、中指だけ微妙に突き出して杭を打たれたように痛い。
「ちょっと店長!ダメ破君怪我人なんだよっ!?なんでそんな事…」
「ふん、ちょっとこの前読んだマンガの治療法を試そうと思ってさ。確か、波紋…だったっけな」
確実に間違ってるし、そんな思考に至るのは子供だけで十分だろう。
そんな事より、本当に呼吸が出来ないくらいになる程の激痛なのだが、どうすればいいのだろうか。
――――――――――――――――――――
「はぁ…参ったよ……」
結局、夜になるまで病院の世話になってしまった。
医師から「日帰りで退院できる事自体が奇跡」とまで言われたが、店長の使った波紋とやらが功を相しただなんて認めてなるものか。
結局、今日一日は散々な結果に終わってしまった。
今現在は家の居間に居る。
「大変だったんだねー」
「あわわ、光定……そんな危険な…」
「許せないねっ!光定をボッコボコにした奴がっ!」
「落ちつけミナ!今は食事中だろうがっ!」
これでは、折角の一家団欒が類を見ない程にメシマズ状態だった。
もう食卓での会話は今日の事で持ち切り。
どうにかして切り替えたい気持ちはあるのだが、姉妹たちがそれを許さなかった。
「それで、光定?お前はソイツを訴えないのか?」
流石は検事をしているシグレ姉さん的思考だ。
なんとも現実的で、尚且つ肉親を守るには最も安全で最良の手段だ。
「いや、すごく反省してるみたいだったし、初対面っていう事もあったから大目に見ようかと…」
「あむぁあああいっ!缶詰に入った白桃よりも甘過ぎるぞ、光定ぁぁ」
「静かにしろっ!」
こっちが喋っている最中だと言うのに、ビールジョッキ片手にミナ姉さんが立ちあがる。
まぁ、それがどれだけ非常識で行儀が悪いかなんて計測のしようもない。
あっという間にシグレ姉さんの左ストレートが顔面の芯を捉えた。
「飯ぐらい静かに食え、全く…」
父さん母さん、家庭内暴力が悪化して行ってるよぉ。
なんて言葉が何度もお経を唱えるように足元から聞こえてくるが、気にしたら負けだ、うん。
「……」
「……」
「…zzz」
「っ!ヒメア姉さん!起きろっ!」
暫くシーンとしながらも皆がそれぞれに黙々と飯を食う時間が過ぎる。
訳でも無く、ヒメア姉さんが不意に首をコクリコクリと揺らし始めた。
よく見れば、食事中だと言うのに眠っている。
すぐさま起こして事なきを得て本当に良かった。
「あっ……ありがとうね、光定…」
「全く……心配かけないでよね」
「うん、ごめん…」
なんやかんやありながらも、今日も無事に終わりを迎える。
あぁ、これから先の仕事、頑張って行けるんだろうか…
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12/11/16 20:37更新 / 兎と兎
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