第1話 船出の時
「―――んでさ?アタシは言ってやったんだよ♪」
「――はっはっはっ!そいつぁ面白い!」
「――コイツを見てくれ、どう思う?」
「――すげぇ!こりゃ、50万は下らないんじゃないかっ?!」
「――すっごく大きいじゃん♪」
ここは大衆酒場。
今日も海賊、山賊、空賊、その他にも力自慢や一般の人物も分け隔てなく楽しく賑っている。
「なぁ、マスター?」
「なんだい?」
「聞いたかい?最近この辺りでバケモンが出たって噂――」
カウンターで女性マスターに話しかけた一人の男。
彼が言葉を言い終わる直前に、酒場の扉が開け放たれる音が木霊した。
「木霊した」と表現すればいいほどに、乱暴な開け方をしたのだ。
ドンッと言う大きな音を立てて扉が壁にめり込む。
「――あらら、またやってしまったわ…」
そこに居たのは、一人のシスター服に身を包んだ女性だった。
見た目はギリギリ十代か二十代前半と言ったところだろうか。
手に持っているカバンは何かを押しこんでいるのかパンパンに膨れている。
「ちょっ!私の店になんて事してくれるのさっ!」
「ごめんなさい。あっ、マスター。私にオレンジジュースを…」
素直に謝っておきながら、図々しく注文した彼女。
その顔は、ここの客の誰もが一概にこう思っただろう。
「アレ?何処かで見たような…」
と。
「オレンジジュースね―――って!何簡単に流そうとしてるんだい!」
ノリツッコミも習熟しているのが酒場のマスターだと私は思うのです。
「扉の件ならほら既に…」
見ると、彼女の足元から伸びた触手が工具を持って修理に当たっていた。
それも、職人顔負けの技術力で、あっという間に壁のめり込みは愚か扉の周りだけ新品と言った具合になっている。
しかも修理の後がどこにも見当たらない。
「えっ…あれ……?」
「それでは、オレンジジュースを…」
「あっ、あぁ…」
呆気に取られていたマスターだったが、女性の注文を受けて再びグラスを取ってジュースを注いで彼女の前に渡す。
そこまで来て、一人の男が声を上げた。
「そうだ思い出した!?壁見ろ!壁!」
そこには、一人の女性シスターが明るい笑顔でピースしている。
その下には『dead or alive』と。
その更に下には『10,000,000』と言う数字の隣に世界共通通貨の単位が記されている。
大きく書かれているその名前は、『パール・リード』と書かれていた。
一際大きく掲載されている写真には、シスター服で満面の笑みを浮かべた女性が写っている。
それは、紛れも無くこの場に座ってオレンジジュースを飲もうとしている女性その人に間違いない。
「あ……あ、あんた…パール・リード…」
「はい?どうかされました?」
キョトンとした顔でパールは返事する。
その次の瞬間には物音ひとつ聞こえないほどの沈黙が起こり、その一瞬後には酒場全員の驚愕の声が乱舞していた。
「ど、どうしてそんなヤツがこんな所に…」
「こんな所で悪かったねっ!?」
男が驚いてパールから距離を取ろうとした時に、彼の言った言葉が気に喰わなかったマスターが男の、まだ半分以上残っているビールジョッキを取り上げて片付ける。
しかし、そんな事などお構いなしに男は椅子から乱暴に立ち上がると一目散に走り去っていく。
「……ごめんね、ここは海賊も空賊もましてや山賊も来ないような所だから、皆そう言うのが怖いのよ…」
「えぇ、恐怖を抱くのは正常な反応です。」
そう言うと、パールは両手を合わせて握って形を作って胸の中心に持って行く。
そして、まるで神に祈るかのように瞳を閉じた。
この形式の一連の動きは、遙か北方に伝わるものである。
「……ありがとうございました、オレンジジュース、美味しかったです♪」
「あぁ、そりゃ良かった……そうだ、ついでに飯も――」
マスターがパールに食事をお勧めしようとしたその時。
ドォォォォォォォォォォン!!
空気を揺るがすような爆発音が酒場を襲った。
それに加えて鼻を突くような匂い。
どうやら、近くでアルコールを交えた爆発があったようだ。
しかも、どうやら火炎瓶やパイプ爆弾の比ではないほどの規模の様子。
周りからは住人が慌てて外に飛び出してくるし、店からも何人かが様子を見に行こうと野次馬に混ざって行く。
「……どうやら、追いつかれたみたいですね…」
「えっ?それってどう言う――」
マスターが事の真意を確かめようとしたその時、またしても彼女の言葉を遮るように怒号が鳴り響く。
複数人による混乱の声では無い。
一人の人物が、意図的に声を拡張しているようだ。
『聞こえているかぁ?真珠姫よぉ〜?!今すぐ出てこないと、この街まるまるドカンだぜ〜?!』
響いてきたのは、野太い男性の声だった。
そしてその声の主を、パールは知っている。
彼女は別に社会的に顔が広いと言う訳ではない。
言っても指名手配写真くらいでしか知られていないだろう。
しかし、この男は違う。
パールが活動を始めた時から付け狙ってくるタチの悪い酔っ払い。
名前を「セイルス・スミス」と言う。
「またアナタですか……いい加減諦めてください」
「おぅおぅ!言ってくれるじゃねぇか!」
酒場を出たパールは、酒場から直線で200m程離れた位置に立っている一人の男に視線を集中させた。
「今度こそ逃がしゃしねぇぞ?大人しく俺の糧になりやがれぇ!」
この男の目的はただ一つ。
パールを討ち取り、懸賞金を頂く事。
だが、現実はそう甘くはない。
彼がパールを襲ったのはこれで5回目。
一度目は、パールがセイルスを「ダメ人間」と認識するだけで終わる。
二度目は、パールがセイルスを返り討ちにして終了。
三度目は、セイルスがパールの寝込みを襲うが、ドジってそのまま強制労働所へ。
四度目は、三度目の事を話した上でとうとう折れて頭を下げるがもちろん拒否。
だが、それで諦めるほどセイルスは賢くなかったと言う訳だ。
そして今回の襲撃事件に至る。
「全く……これだからアナタの様な人は…」
頭を抱えて困ったパール。
その姿を見て馬鹿にされたと思ったのか、セイルスは怒り心頭になってパールへと迫ってくる。
「これでどうです?」
だが、接近する間も与えずパールは自分の触手でセイルスをはたき落そうとする。
「へへっ!かかりやがった!」
「へっ?キャッ!」
だが、セイルスも全く学ばなかった訳ではないのか、伸びてきた触手を間一髪でかわすと、その内の一本を掴んで強引に引っ張った。
当然、突然の出来事にパールが対応できる筈も無く、そのままぐいぐいと引っ張られてセイルスと密着する。
「へっ!これで逃げられねぇぞ!」
「うわっ、酒臭いですね……」
セイルスと密着してパールが分かった事は3つ。
一つ、いつも酒を飲んでいるのか口が物凄く臭い。
二つ、以前に会った時より無精髭が極端に伸びている。
三つ、以前とは比べ物にならない程に筋力が強くなった。
「えいっ」
「んなっ?!」
だが、それでもパールには遠く及ばなかった。
軽々と拘束を振りほどくと、地面にめり込みそうな程の衝撃でセイルスを触手で殴る。
文字通り地面にめり込んだセイルスは、そのまま気を失って動かなくなった。
顔だけ地面にめり込んで土下座している様な状態だ。
なんだか遠くの野次馬の中から「ウホッ、良いケツ」とか聞こえた気がしないでも無い。
まぁ、何にしろこれでセイルスが襲ってくる事もないだろう。
と言うかあって欲しくない。
いつもこんな調子で脅迫紛いな事をされていてはされる街も迷惑だろう。
「やれやれ…」
「あ…あんた、助けてくれた…んだよな…?」
街の住民Aがパールに恐る恐る近づく。
だが、パールに敵対の意志が無いのが分かるや否や緊張感等何処へやら。
「いえ、助ける程の物では…」
「ありがとう!本当に助かったよ!」
「そうじゃよ、危うくワシの愛するこの町が爆破される所だったんじゃからな!」
「本当に、ありがとうございました!」
「おねーちゃん、ありがとー♪」
どうやら、パールの事を勇者か何かと勘違いしているのではなかろうか。
パールからすれば、単なる露払いだけしかしていないのだが。
まぁ、街の人たちが喜んでいればそれでよしと思うパールではあった。
「そうだ、この男どうしま…あれ?」
「……逃げ足だけは早いようですね、全く…」
先程まで地面に顔を埋めていた筈のセイルスは、気が付けばその場には居なかった。
その代わり、地面にはメッセージとして「覚えておけよ?」と一言書かれている。
それをパールは、誰の目にも触れないほど一瞬の早さで触手を動かして砂をかけて消し去った。
まぁ、要するに最初から見なかった事にしたのだ。
「…ところで、本当に爆弾が仕掛けてあったんですか?」
「……えっ?」
「はぁ……調べてみますね?」
そう、それも疑問の一つだ。
たった一人の男が、街一つを混乱させるほどの量の爆弾を入手出来るだろうか。
となれば、考えられるのは限られてきた。
まずは、裏ルートなどを駆使して大量の爆弾を購入する事。
あの男にそんなコネクトがあるとは到底思えない。
次に、自分で独自開発した爆弾を使用する事。
そんな技術を持っていれば、今頃は研究所の中に引き籠っているだろう。
となれば、残るは狂言脅迫。
これしかないだろう。
「………」
「おぉっ?!なんだありゃ!」
「なんかきもちわるいよ〜!」
パールの修道服のスカートの下から、数十本の細い触手が姿を現した。
これは、自分の腕や攻撃用の触手ではなく、探査用の細く長く伸びる触手である。
それが、街の至る所へ四散して行く。
暫くウネウネしていた触手だったが、ピタッと動きが止まったかと思うと、掃除機のコードを回収するが如く触手がパールの中へ戻っていく。
「やっぱり……爆弾に相当する物は、街はずれの非合法銃取扱店以外にはありませんでしたよ?」
「な、なんだってー!?」
皆が同じ様に驚いた顔をしてパールに視線を向けた。
それもそうだろう。爆薬を起爆させると脅迫されて、挙句は何も無かったのだ。
狂言も甚だしい。
「て、言うか非合法銃ってどう言う事だ?」
「私も分かりませんね……こちらの国では何か取り扱いを禁止している銃などはありますか?」
「じゃ…じゃぁ、そろそろ店の用事が…」
「と言うか、ワシらの街じゃ銃なんぞ全部禁止じゃよ!」
老人のその一言で、いち早く帰ろうとしていた男が足を止めた。
と言うより、動けなかったのだ。
なぜなら。
「……へぇ、その銃…私にも見せてくださいませんか?」
「お主!呉服屋のハドラか!」
「そういやお前、この前も厳重注意受けて無かったか?陸軍に」
どうやらこの男、以前から同じような事を繰り返しているらしい。
その証拠に、今回もバレないだろうと思ってだったのか小さなマスケットを隠し持っていた。
それが服から落ちて全ては理解した。
「さって、ハドラさん……でしたっけ?」
「は、はいっ!?」
「街をより良くするには、どうすればいいんでしょうね?」
「……す、すいませんでしたぁ!実は、さっきの男にいくつか銃も渡していましたぁ!!」
どうやら吐いてくれたらしい。
にしても、それなら何故今回はその銃とやらを使わなかったのだろう。
まぁ、どうせ郵送にしたから受け取っていないとかのオチなのだろうが。
「それじゃ、なんだか色々と楽しめたことですし私は失礼しますね♪」
「おう、また来てくれの!ワシはいつでも大歓迎じゃよ!キレーなおねーさん♪」
「ほぉ、ワシなんかよりああ言うシスターさんの方がええんかいの。まぁ、綺麗じゃもんなぁ…」
「げぇ、ばあさん!?」
そんなこんなあって、パールはこの街を離れていく。
とりあえず目指す先は、この街から少し行った所にある小さな村だろうか。
続く
「――はっはっはっ!そいつぁ面白い!」
「――コイツを見てくれ、どう思う?」
「――すげぇ!こりゃ、50万は下らないんじゃないかっ?!」
「――すっごく大きいじゃん♪」
ここは大衆酒場。
今日も海賊、山賊、空賊、その他にも力自慢や一般の人物も分け隔てなく楽しく賑っている。
「なぁ、マスター?」
「なんだい?」
「聞いたかい?最近この辺りでバケモンが出たって噂――」
カウンターで女性マスターに話しかけた一人の男。
彼が言葉を言い終わる直前に、酒場の扉が開け放たれる音が木霊した。
「木霊した」と表現すればいいほどに、乱暴な開け方をしたのだ。
ドンッと言う大きな音を立てて扉が壁にめり込む。
「――あらら、またやってしまったわ…」
そこに居たのは、一人のシスター服に身を包んだ女性だった。
見た目はギリギリ十代か二十代前半と言ったところだろうか。
手に持っているカバンは何かを押しこんでいるのかパンパンに膨れている。
「ちょっ!私の店になんて事してくれるのさっ!」
「ごめんなさい。あっ、マスター。私にオレンジジュースを…」
素直に謝っておきながら、図々しく注文した彼女。
その顔は、ここの客の誰もが一概にこう思っただろう。
「アレ?何処かで見たような…」
と。
「オレンジジュースね―――って!何簡単に流そうとしてるんだい!」
ノリツッコミも習熟しているのが酒場のマスターだと私は思うのです。
「扉の件ならほら既に…」
見ると、彼女の足元から伸びた触手が工具を持って修理に当たっていた。
それも、職人顔負けの技術力で、あっという間に壁のめり込みは愚か扉の周りだけ新品と言った具合になっている。
しかも修理の後がどこにも見当たらない。
「えっ…あれ……?」
「それでは、オレンジジュースを…」
「あっ、あぁ…」
呆気に取られていたマスターだったが、女性の注文を受けて再びグラスを取ってジュースを注いで彼女の前に渡す。
そこまで来て、一人の男が声を上げた。
「そうだ思い出した!?壁見ろ!壁!」
そこには、一人の女性シスターが明るい笑顔でピースしている。
その下には『dead or alive』と。
その更に下には『10,000,000』と言う数字の隣に世界共通通貨の単位が記されている。
大きく書かれているその名前は、『パール・リード』と書かれていた。
一際大きく掲載されている写真には、シスター服で満面の笑みを浮かべた女性が写っている。
それは、紛れも無くこの場に座ってオレンジジュースを飲もうとしている女性その人に間違いない。
「あ……あ、あんた…パール・リード…」
「はい?どうかされました?」
キョトンとした顔でパールは返事する。
その次の瞬間には物音ひとつ聞こえないほどの沈黙が起こり、その一瞬後には酒場全員の驚愕の声が乱舞していた。
「ど、どうしてそんなヤツがこんな所に…」
「こんな所で悪かったねっ!?」
男が驚いてパールから距離を取ろうとした時に、彼の言った言葉が気に喰わなかったマスターが男の、まだ半分以上残っているビールジョッキを取り上げて片付ける。
しかし、そんな事などお構いなしに男は椅子から乱暴に立ち上がると一目散に走り去っていく。
「……ごめんね、ここは海賊も空賊もましてや山賊も来ないような所だから、皆そう言うのが怖いのよ…」
「えぇ、恐怖を抱くのは正常な反応です。」
そう言うと、パールは両手を合わせて握って形を作って胸の中心に持って行く。
そして、まるで神に祈るかのように瞳を閉じた。
この形式の一連の動きは、遙か北方に伝わるものである。
「……ありがとうございました、オレンジジュース、美味しかったです♪」
「あぁ、そりゃ良かった……そうだ、ついでに飯も――」
マスターがパールに食事をお勧めしようとしたその時。
ドォォォォォォォォォォン!!
空気を揺るがすような爆発音が酒場を襲った。
それに加えて鼻を突くような匂い。
どうやら、近くでアルコールを交えた爆発があったようだ。
しかも、どうやら火炎瓶やパイプ爆弾の比ではないほどの規模の様子。
周りからは住人が慌てて外に飛び出してくるし、店からも何人かが様子を見に行こうと野次馬に混ざって行く。
「……どうやら、追いつかれたみたいですね…」
「えっ?それってどう言う――」
マスターが事の真意を確かめようとしたその時、またしても彼女の言葉を遮るように怒号が鳴り響く。
複数人による混乱の声では無い。
一人の人物が、意図的に声を拡張しているようだ。
『聞こえているかぁ?真珠姫よぉ〜?!今すぐ出てこないと、この街まるまるドカンだぜ〜?!』
響いてきたのは、野太い男性の声だった。
そしてその声の主を、パールは知っている。
彼女は別に社会的に顔が広いと言う訳ではない。
言っても指名手配写真くらいでしか知られていないだろう。
しかし、この男は違う。
パールが活動を始めた時から付け狙ってくるタチの悪い酔っ払い。
名前を「セイルス・スミス」と言う。
「またアナタですか……いい加減諦めてください」
「おぅおぅ!言ってくれるじゃねぇか!」
酒場を出たパールは、酒場から直線で200m程離れた位置に立っている一人の男に視線を集中させた。
「今度こそ逃がしゃしねぇぞ?大人しく俺の糧になりやがれぇ!」
この男の目的はただ一つ。
パールを討ち取り、懸賞金を頂く事。
だが、現実はそう甘くはない。
彼がパールを襲ったのはこれで5回目。
一度目は、パールがセイルスを「ダメ人間」と認識するだけで終わる。
二度目は、パールがセイルスを返り討ちにして終了。
三度目は、セイルスがパールの寝込みを襲うが、ドジってそのまま強制労働所へ。
四度目は、三度目の事を話した上でとうとう折れて頭を下げるがもちろん拒否。
だが、それで諦めるほどセイルスは賢くなかったと言う訳だ。
そして今回の襲撃事件に至る。
「全く……これだからアナタの様な人は…」
頭を抱えて困ったパール。
その姿を見て馬鹿にされたと思ったのか、セイルスは怒り心頭になってパールへと迫ってくる。
「これでどうです?」
だが、接近する間も与えずパールは自分の触手でセイルスをはたき落そうとする。
「へへっ!かかりやがった!」
「へっ?キャッ!」
だが、セイルスも全く学ばなかった訳ではないのか、伸びてきた触手を間一髪でかわすと、その内の一本を掴んで強引に引っ張った。
当然、突然の出来事にパールが対応できる筈も無く、そのままぐいぐいと引っ張られてセイルスと密着する。
「へっ!これで逃げられねぇぞ!」
「うわっ、酒臭いですね……」
セイルスと密着してパールが分かった事は3つ。
一つ、いつも酒を飲んでいるのか口が物凄く臭い。
二つ、以前に会った時より無精髭が極端に伸びている。
三つ、以前とは比べ物にならない程に筋力が強くなった。
「えいっ」
「んなっ?!」
だが、それでもパールには遠く及ばなかった。
軽々と拘束を振りほどくと、地面にめり込みそうな程の衝撃でセイルスを触手で殴る。
文字通り地面にめり込んだセイルスは、そのまま気を失って動かなくなった。
顔だけ地面にめり込んで土下座している様な状態だ。
なんだか遠くの野次馬の中から「ウホッ、良いケツ」とか聞こえた気がしないでも無い。
まぁ、何にしろこれでセイルスが襲ってくる事もないだろう。
と言うかあって欲しくない。
いつもこんな調子で脅迫紛いな事をされていてはされる街も迷惑だろう。
「やれやれ…」
「あ…あんた、助けてくれた…んだよな…?」
街の住民Aがパールに恐る恐る近づく。
だが、パールに敵対の意志が無いのが分かるや否や緊張感等何処へやら。
「いえ、助ける程の物では…」
「ありがとう!本当に助かったよ!」
「そうじゃよ、危うくワシの愛するこの町が爆破される所だったんじゃからな!」
「本当に、ありがとうございました!」
「おねーちゃん、ありがとー♪」
どうやら、パールの事を勇者か何かと勘違いしているのではなかろうか。
パールからすれば、単なる露払いだけしかしていないのだが。
まぁ、街の人たちが喜んでいればそれでよしと思うパールではあった。
「そうだ、この男どうしま…あれ?」
「……逃げ足だけは早いようですね、全く…」
先程まで地面に顔を埋めていた筈のセイルスは、気が付けばその場には居なかった。
その代わり、地面にはメッセージとして「覚えておけよ?」と一言書かれている。
それをパールは、誰の目にも触れないほど一瞬の早さで触手を動かして砂をかけて消し去った。
まぁ、要するに最初から見なかった事にしたのだ。
「…ところで、本当に爆弾が仕掛けてあったんですか?」
「……えっ?」
「はぁ……調べてみますね?」
そう、それも疑問の一つだ。
たった一人の男が、街一つを混乱させるほどの量の爆弾を入手出来るだろうか。
となれば、考えられるのは限られてきた。
まずは、裏ルートなどを駆使して大量の爆弾を購入する事。
あの男にそんなコネクトがあるとは到底思えない。
次に、自分で独自開発した爆弾を使用する事。
そんな技術を持っていれば、今頃は研究所の中に引き籠っているだろう。
となれば、残るは狂言脅迫。
これしかないだろう。
「………」
「おぉっ?!なんだありゃ!」
「なんかきもちわるいよ〜!」
パールの修道服のスカートの下から、数十本の細い触手が姿を現した。
これは、自分の腕や攻撃用の触手ではなく、探査用の細く長く伸びる触手である。
それが、街の至る所へ四散して行く。
暫くウネウネしていた触手だったが、ピタッと動きが止まったかと思うと、掃除機のコードを回収するが如く触手がパールの中へ戻っていく。
「やっぱり……爆弾に相当する物は、街はずれの非合法銃取扱店以外にはありませんでしたよ?」
「な、なんだってー!?」
皆が同じ様に驚いた顔をしてパールに視線を向けた。
それもそうだろう。爆薬を起爆させると脅迫されて、挙句は何も無かったのだ。
狂言も甚だしい。
「て、言うか非合法銃ってどう言う事だ?」
「私も分かりませんね……こちらの国では何か取り扱いを禁止している銃などはありますか?」
「じゃ…じゃぁ、そろそろ店の用事が…」
「と言うか、ワシらの街じゃ銃なんぞ全部禁止じゃよ!」
老人のその一言で、いち早く帰ろうとしていた男が足を止めた。
と言うより、動けなかったのだ。
なぜなら。
「……へぇ、その銃…私にも見せてくださいませんか?」
「お主!呉服屋のハドラか!」
「そういやお前、この前も厳重注意受けて無かったか?陸軍に」
どうやらこの男、以前から同じような事を繰り返しているらしい。
その証拠に、今回もバレないだろうと思ってだったのか小さなマスケットを隠し持っていた。
それが服から落ちて全ては理解した。
「さって、ハドラさん……でしたっけ?」
「は、はいっ!?」
「街をより良くするには、どうすればいいんでしょうね?」
「……す、すいませんでしたぁ!実は、さっきの男にいくつか銃も渡していましたぁ!!」
どうやら吐いてくれたらしい。
にしても、それなら何故今回はその銃とやらを使わなかったのだろう。
まぁ、どうせ郵送にしたから受け取っていないとかのオチなのだろうが。
「それじゃ、なんだか色々と楽しめたことですし私は失礼しますね♪」
「おう、また来てくれの!ワシはいつでも大歓迎じゃよ!キレーなおねーさん♪」
「ほぉ、ワシなんかよりああ言うシスターさんの方がええんかいの。まぁ、綺麗じゃもんなぁ…」
「げぇ、ばあさん!?」
そんなこんなあって、パールはこの街を離れていく。
とりあえず目指す先は、この街から少し行った所にある小さな村だろうか。
続く
12/01/11 22:37更新 / 兎と兎
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