第五話 天使×天使=最強
前略、たぶん地獄にいるであろう父さん母さん達へ。
アルバイト先に一人の後輩が出来ました。
ただでさえまな板の上の鯉のような心情でしたが、どうやら鯉は捌かれてしまっていたみたいです。
女性上位と言ってもいい現代において、魔物娘が主体で働く店へアルバイトに行こうだなんて間違っていたのかもしれません。
そんな中で、魔物娘の後輩が、アルバイト先の支配人さんに寄生して運ばれてきたんです。
名前は田中かなた。名前からして胡散臭いです。
何もしないどころか邪魔ばかりですが、なんとしても仕事のできる人へ育てていきたいと思っています。 以上
「………ふぅ…」
と、まぁ手紙を書いてみたはいいものの、こんな物出す訳にも行かないし出す宛先もない。
今日も今日とて、学校へ行き、それが終わればアルメリアへ直行だ。
そうそう、一ついい知らせもあった。
店長から言い渡されていたブラック企業を超えるような出勤日数であったが、田中が来た事と、次の日に数名のアルバイトが入ってきた事により、通常のシフト制に組み込んでもらう事が出来た。
こればっかりはほんの少しだけ田中に感謝しなくてはなるまい。
「コンコンッ……お兄ちゃん?もう出れそう?」
「あぁ、アスカ?ちょっと待ってて…」
ちょっとと言っても本当にちょっとである。
ベッドに投げ出されたカバンを引っ手繰って自室を出てアスカを途中まで送って行き、自分も学校へ行く。
そして、今日もまたアルメリアへ行くのだ。
―――――――――――――――――
「おはよーございまーす」
「おぅ爲葉、今は夕方前だぞー?」
「知ってますよ。あと皇さんが店長呼んでましたよ?」
「んぁ、分かった〜…」
来てそうそう、店長とエンカウントしたかと思うと気が滅入る。
しかも冷凍庫に突っ込んでたハズのジュース用アイスが三箱ほど休憩室のテーブルに平積みされているのだが、全て空っぽになっている。
きっと今頃は気付いた皇が鬼のような形相で美弥を探している事だろう。
そうとも知らずフラフラとどこかへ行ってしまう店長にはどこか元気が無いように見える。
シフト表を確認すると、今日は琴音が休みであるようだ。
もしかしなくても、これが原因なのだろう。
「さて、着替えるか………」
「あっ、美弥さん丁度いいとk………」
多分、人生今まで歩んできて一番死に近かった瞬間だっただろう。
ロッカールームに【空】のプレートがぶら下げられているのを確認してから入ったはずだった。
というか確認したってプレートは空の一文字をデカデカと象徴づけている。
ロッカールームは男女共用であり、入口にぶら下げられているプレートは【空】と【用】の二文字が表裏で書かれており、空は空室である事、用は使用中である事を示している。
問題は、今目の前で起こっている状況についてだ。
確かにロッカールームのプレートは【空】と書かれている。
要は誰も使っていないはずなのだ。
だが開けてみたらどうだろう?
子供用のピンク色のスポーツブラが、彼女の森林のような深緑色の肌と不釣り合い過ぎて色が浮き出ているようにも見える。
しかもそれを上下で着けているというのだから、どうも子供っぽいような気が。
そこまで思考を巡らせた所で、強烈な衝撃と共に光定は意識を失った。
―――――――――――
「……うぅ……」
「oh!気ガ付キマシタカー?!」
「あぁ……コルディアさん……ありがとう…」
目が覚めると天使が介抱してくれていた。
というのはまぁほんの少し冗談で。
気が付くと、山田の来る前日にアルバイトを申し込んできた二人の研修生の片割れが光定を膝枕で介抱していた。
彼女の名前は「コルディア・リングハート」近所にある大学の留学生だそうな。
そして彼女の種族はドワーフである。
種族特徴「背が物凄く小さい/ファンタジー物の物語と違ってモジャモジャじゃない/手先が器用」
要約:天使。
「あっ!コルディアちゃん!ダメ破君起きたんだ!」
「あぁ、仁賀さんまで………もう、死んでもいい…」
「ほぇ?!死んじゃヤダよぉ!?」
「ソーデスヨ!死ぬダメデース!絶対!」
そんな事言われても、ダブル天使にこうも迫られたら昇天してしまいかねない。
とか思うのも程々に、状況の把握が必要だろう。
確か着替えようとロッカールームへ入ろうとしたら顔面に強烈な一撃を喰らって…
間違いなく朝顔の仕業である事は確定的に明らかだ。
「いや死なないですよ?」
「ホント?良カッター…」
「もう!コルディアちゃん困らせちゃだめだよ?!」
頬を膨らませてプンスカと怒っている仁賀さん可愛い。
心の底から安心したのか自分の胸を撫で下ろして深呼吸してるコルディアさんも可愛い。
だがどちらも年上だ。
「おぉ、目が覚めたか爲葉」
「まぁ、おかげさまで……」
「とりあえず安心しろ、朝顔は店長が奥の掃除用具ロッカーに監禁したから」
「なんだそりゃ…」
まぁとりあえず、これで危機は去ったと言う事だろうか。
それにしても首が痛い。
「とりあえず着替えてこい?時間的にも客が増え始める」
「あっはい」
慌ててその場から離れてあっという間に着替えて働きに戻る。
正直な所、コルディアさんの膝枕から離れるのは凄くイヤだったが、あのままずっと居座っていてもコルディアさんが嫌な顔をしそうだったので止めておいた事は正解だっただろう。
「おぅ、爲葉ー、朝顔は封印しておいたからな、感謝しろよー?」
「あぁはい、ありがとうございます…」
本当なら喜んで感謝するところなのだろうが、店長の手に持っている物を見てからではとても言い出せそうにない。
モグモグと食べているそれは、普通は客に出しているハズの物なんですがねぇ。
「おい店長?その食べている物はなんだ?」
「あぁコレか?シャーリーに作るよう頼んだら喜んで作って…」
「恐喝か?扇動か?今日は雪姉が居ないってのに元気だなぁオイ?」
皇の静かだが怒の籠った声音の後ろには、邪鬼のオーラとでも呼ぶべきものが立ち込めていた。
きっとマンガ風に表現するなら、周りの小石なんかが浮かび上がってはオーラに触れる度粉々になっているのだろう。
「い、いや…そのだな皇…?なぁ、落ち着こう?」
「……チッ……おい爲葉、収支手帳にコイツの給金下げるよう書いとけ」
「えっ?あ、はい…」
そういうのって経理の担当なのだが、まぁ光定はほぼ全ての事が出来るようにさせられていたのでしょうがないと言えばしょうがないだろう。
―――――――――
「おいシャーリー、卵料理はよく見とけっての!」
「あぁっ!?は、はいぃ!」
どうやら研修生のシャーリーが料理を焦がしてしまったらしい。
みればフライパンには黄土色から更にくすんだような色をした卵焼きが一枚丸々に広がっていた。
オムライスを作ろうとしていたらしい。
「……はぁ…火傷しなくて良かったな…」
「ふぇ?」
「作り直せよ?それで3度目だから流石に入ったオーダーはやったけど…」
咄嗟にシャーリーの両手を取って様子を見る皇の目は真剣そのものだった。
特にこれといって心を読めるような事も無いシャーリーからも、しっかり心配してくれている事が見て取れる。
損得勘定や悪意の全く無い、純粋に誰かを心配する気持ちに満ちた瞳がシャーリーの手を見つめていた。
それに、見るとカウンターの上には出来立てのオムライスと天津飯が二つづつ並んでいて、背後のホワイトボードにはそれぞれのテーブル番号が掛かれていた。
「oh!シャーリーちゃん、何してるデスカー?」
「ふぁ?!コルディアちゃん?!な、なんでもないよ?あはは…」
「ソーデスカー?これ全部持ってイキマース♪」
そう言うと、コルディアは二つのトレイに四つのメニューを器用に乗せて運んで行った。
小さな体に乗せられた大きめの二つのトレイが、見ていると天秤のように見えてくる。
時々危なっかしそうにグラグラと揺れていたものの、どうやら無事に配膳できているらしい。
出来る事なら、そのまま何もないまま平和に時間が過ぎて行けばよかったのに。
「おっ?何この子可愛いじゃーん」
「ホントホント、なぁここ座りなよ」
「えっ何?お前ってそんな小さい子までイケんの?」
「バッカお前、俺の守備範囲はこれよりもうちょい下まで行けんぞ?」
「why?!ここソーイウ店じゃ無いデース!」
どうやらまたしても不祥事が起こってしまいそうだ。
こんな事では客足はますます遠のいてしまうんじゃないだろうか?
なんて考えてた頃には動いていた人物が居た。
片割れに一人の少女を連れて。
「お客様、そんなちんちくりんよりこっちのJKはいかがですか?」
「んぁ?その子もいいじゃねーか、こっち来てお話しようぜ」
「あの……その…」
「ウブさがまたタマら…タマ……タマがぁあぁぁぁあぁぁぁ…」
美弥が、朝顔を連れて不埒な青年集団の席へやってきていた。
傍らには起動させたままの通信水晶をぶらさげていて、どこかと通信状態にししたままなのだろう。
布を一枚被せるだけであんなにもバレにくくする事ができるんだなぁと光定は外野から見て関心していた。
そして後はお察しの通り、朝顔をキャバ嬢のような扱いで呼んでいた青年の股間へ蹴りを入れていた。
ストライクだったようで、男は自分のタマを抑えてその場に崩れ落ちる。
「お、おいっ!何するんだよっ!店長呼べ店長!」
「私が店長だが?」
「アンタかよ!この店の従業員はどうなって…むぐぅっ!?」
「まぁまぁ、料理があるんだし食ってから話そうや…冷めたらマズいだろう?」
外野の空気は静まり返ってるけどなっ?!
今頃は、多分皇とシャーリーが必死に客の人数分のお詫び品を作っている所だろう。
「んっ……んぐっ…お、おい…アンタ店長なんだろ…?!」
口の中に突っ込まれた天津飯を思いっきり飲み込んでから、美弥へ向き直り怒りに満ちた顔を向ける。
「そうだな、店長だな私は」
どうでもいいかのような仕草で答えつつ、朝顔の手を取って彼女の暴走を抑えようとする。
実際、それでいくらか冷静さが保たれているらしく、朝顔はなんとか自制出来ているようだ。
「客の事殴る店員が居ていいのかよ!」
「ファミレスをキャバクラと間違えるんだ、何かの見間違いじゃないのか?」
そう言って、一瞬だけ朝顔の手を放してやる。
すると悲鳴と共に朝顔は自分の打ちのめして倒れている方の男へ蹴りで追撃をかける。
「うごごご……へぶしっ!」
「み、見ろよ!仲間が暴行されてるんだぞっ?!」
「あぁ、このちんちくりんに暴行を加えたんだから、当然だろう?」
「ヒッ!」
これは酷いいいがかりを見た。
あの男がコルディアに暴行を加えたと言っても、せいぜい自分たちの席へ無理矢理手繰り寄せて座らせたのと、肩を抱いた程度だろう。
まぁ、後者に関しては暴行に当たる場合もあるのかもしれないが、それにしても酷い内容だ。
そんな酷い事をするものだからか、コルディアの瞳は恐怖からか涙ぐんでいる。
若干、眼の据わっている美弥に怯えているようにも見えるが気にしなーい。
「こ、コイツぅ……う、訴えてやるからなぁっ!」
「……生きて帰れたらな…」
ボコボコにされて気絶している仲間を抱えて、二人組は店を去って行く。
当然のごとく、無銭飲食だ。
立ち去る寸前にボソッと呟いた美弥は、そのまま逃げ去る二人組を見送った。
「………」
「て、店長サン…」
暫くの静寂の後、動き始めたのは誰でもない美弥であった。
「お客様方、お怪我はありませんでしたか?ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。お詫びにデザートを
無料にて提供させて頂きますので、どうか引き続きお寛ぎ下さいませ。重ね重ね、申し訳ありませんでした…」
そういったメッセージを、全てのテーブルに言って回っていた。
全て言い終わる頃には、どうやらデザートの方も準備が出来ているらしく、カウンターの上にはズラリと並ぶケーキが見える。
配り始める前には店内は客による拍手の雨で騒がしい事になっていた。
あの男たち、かなりの声量で叫んでいたようだが、どうやら席の隅からスミまで届いていたらしい。
「店長…」
少し関心していた光定だったが、拍手に混じって遠くの方からほんの少しだけ悲鳴が聞こえたような気がしてふと我に返る。
そういえば店長ってこんな人だったなと改めて思い出す。
――――――――――――――――
「………」
「………」
外もすっかり暗くなり、客足もほとんどなくなった頃にもなると光定は、ぼちぼちにでも家へ帰る準備を進めていた。
が、そんな時にふとコルディアと仁賀が同じ場所で何かを黙々としている事に気付く。
場所的には休憩室の入り口だ。
「二人とも、何してるんです…?」
「ひゅぃ?!な、ナンデモナイデース…」
「うあぁ?!……って、なんだダメ破君かぁ…」
どうやら何かやましい事をしているようだ。
休憩室の入り口の囲いにはマジックで書いたような線が何本か。
そして彼女たちはそれぞれ黒と赤のマジックを持っている。
囲いに刻まれた線も同じく赤と黒で書かれていて、どちらも同じような場所から睨み合っている。
これはつまり…
「……どんぐりの背比べって知ってるか?」
「っ?!な、なんで皇さんがここに…」
「そ、ソーデス……まだkitchenのcleaningに…」
もう終わったんだよ、という前に皇の両手は仁賀とコルディアの髪を片手づつで器用に弄り倒していた。
どうやら何度か見た手直しを行った後で最終的には二人とも二つ結びで収まったようだ。
髪を下ろした状態の二人もなかなかに可愛い。
ただどちらも涙目なのが悔やまれる所ではあるが。
「woo……こ、これは皇サンからのお仕置きデース……ダメ破さぁぁん!!」
「ひぐっ……えぐっ……もうお嫁に行けない……ダメ破くぅぅぅん!!」
あぁ、なんて幸せなんだろう。
背後で睨むように見ている皇さんさえ居なければさりげなく射精していたかもしれない。
両手に花とはまさにこの事。
「あーよしよし……まだまだ二人とも可愛いですよー…」
「流石ダメ破君……って!ちっちゃくないよ?!」
「わ、私もデース!ちっちゃくなんてないデスヨー?!」
そうやってムキになっているのもまた可愛い。
というかどうして可愛い=ちっちゃい に結びつくんだろうか。
これが分からない。
「おい爲葉……お前…」
「分かってますよ。それくらい弁えて…あっ…」
とりあえず泣きそうな二人を宥めようと休憩室を出たのが運の尽きだった。
その先で事務作業を終わらせたのか、書類を手にした朝顔と目が合う。
次の瞬間には思いっきり殴り飛ばされている光定の姿があるのであった。
オチが吹っ飛びオチというのもどうかと思うが、これにて今回は終了。もちろんの事、続く!
アルバイト先に一人の後輩が出来ました。
ただでさえまな板の上の鯉のような心情でしたが、どうやら鯉は捌かれてしまっていたみたいです。
女性上位と言ってもいい現代において、魔物娘が主体で働く店へアルバイトに行こうだなんて間違っていたのかもしれません。
そんな中で、魔物娘の後輩が、アルバイト先の支配人さんに寄生して運ばれてきたんです。
名前は田中かなた。名前からして胡散臭いです。
何もしないどころか邪魔ばかりですが、なんとしても仕事のできる人へ育てていきたいと思っています。 以上
「………ふぅ…」
と、まぁ手紙を書いてみたはいいものの、こんな物出す訳にも行かないし出す宛先もない。
今日も今日とて、学校へ行き、それが終わればアルメリアへ直行だ。
そうそう、一ついい知らせもあった。
店長から言い渡されていたブラック企業を超えるような出勤日数であったが、田中が来た事と、次の日に数名のアルバイトが入ってきた事により、通常のシフト制に組み込んでもらう事が出来た。
こればっかりはほんの少しだけ田中に感謝しなくてはなるまい。
「コンコンッ……お兄ちゃん?もう出れそう?」
「あぁ、アスカ?ちょっと待ってて…」
ちょっとと言っても本当にちょっとである。
ベッドに投げ出されたカバンを引っ手繰って自室を出てアスカを途中まで送って行き、自分も学校へ行く。
そして、今日もまたアルメリアへ行くのだ。
―――――――――――――――――
「おはよーございまーす」
「おぅ爲葉、今は夕方前だぞー?」
「知ってますよ。あと皇さんが店長呼んでましたよ?」
「んぁ、分かった〜…」
来てそうそう、店長とエンカウントしたかと思うと気が滅入る。
しかも冷凍庫に突っ込んでたハズのジュース用アイスが三箱ほど休憩室のテーブルに平積みされているのだが、全て空っぽになっている。
きっと今頃は気付いた皇が鬼のような形相で美弥を探している事だろう。
そうとも知らずフラフラとどこかへ行ってしまう店長にはどこか元気が無いように見える。
シフト表を確認すると、今日は琴音が休みであるようだ。
もしかしなくても、これが原因なのだろう。
「さて、着替えるか………」
「あっ、美弥さん丁度いいとk………」
多分、人生今まで歩んできて一番死に近かった瞬間だっただろう。
ロッカールームに【空】のプレートがぶら下げられているのを確認してから入ったはずだった。
というか確認したってプレートは空の一文字をデカデカと象徴づけている。
ロッカールームは男女共用であり、入口にぶら下げられているプレートは【空】と【用】の二文字が表裏で書かれており、空は空室である事、用は使用中である事を示している。
問題は、今目の前で起こっている状況についてだ。
確かにロッカールームのプレートは【空】と書かれている。
要は誰も使っていないはずなのだ。
だが開けてみたらどうだろう?
子供用のピンク色のスポーツブラが、彼女の森林のような深緑色の肌と不釣り合い過ぎて色が浮き出ているようにも見える。
しかもそれを上下で着けているというのだから、どうも子供っぽいような気が。
そこまで思考を巡らせた所で、強烈な衝撃と共に光定は意識を失った。
―――――――――――
「……うぅ……」
「oh!気ガ付キマシタカー?!」
「あぁ……コルディアさん……ありがとう…」
目が覚めると天使が介抱してくれていた。
というのはまぁほんの少し冗談で。
気が付くと、山田の来る前日にアルバイトを申し込んできた二人の研修生の片割れが光定を膝枕で介抱していた。
彼女の名前は「コルディア・リングハート」近所にある大学の留学生だそうな。
そして彼女の種族はドワーフである。
種族特徴「背が物凄く小さい/ファンタジー物の物語と違ってモジャモジャじゃない/手先が器用」
要約:天使。
「あっ!コルディアちゃん!ダメ破君起きたんだ!」
「あぁ、仁賀さんまで………もう、死んでもいい…」
「ほぇ?!死んじゃヤダよぉ!?」
「ソーデスヨ!死ぬダメデース!絶対!」
そんな事言われても、ダブル天使にこうも迫られたら昇天してしまいかねない。
とか思うのも程々に、状況の把握が必要だろう。
確か着替えようとロッカールームへ入ろうとしたら顔面に強烈な一撃を喰らって…
間違いなく朝顔の仕業である事は確定的に明らかだ。
「いや死なないですよ?」
「ホント?良カッター…」
「もう!コルディアちゃん困らせちゃだめだよ?!」
頬を膨らませてプンスカと怒っている仁賀さん可愛い。
心の底から安心したのか自分の胸を撫で下ろして深呼吸してるコルディアさんも可愛い。
だがどちらも年上だ。
「おぉ、目が覚めたか爲葉」
「まぁ、おかげさまで……」
「とりあえず安心しろ、朝顔は店長が奥の掃除用具ロッカーに監禁したから」
「なんだそりゃ…」
まぁとりあえず、これで危機は去ったと言う事だろうか。
それにしても首が痛い。
「とりあえず着替えてこい?時間的にも客が増え始める」
「あっはい」
慌ててその場から離れてあっという間に着替えて働きに戻る。
正直な所、コルディアさんの膝枕から離れるのは凄くイヤだったが、あのままずっと居座っていてもコルディアさんが嫌な顔をしそうだったので止めておいた事は正解だっただろう。
「おぅ、爲葉ー、朝顔は封印しておいたからな、感謝しろよー?」
「あぁはい、ありがとうございます…」
本当なら喜んで感謝するところなのだろうが、店長の手に持っている物を見てからではとても言い出せそうにない。
モグモグと食べているそれは、普通は客に出しているハズの物なんですがねぇ。
「おい店長?その食べている物はなんだ?」
「あぁコレか?シャーリーに作るよう頼んだら喜んで作って…」
「恐喝か?扇動か?今日は雪姉が居ないってのに元気だなぁオイ?」
皇の静かだが怒の籠った声音の後ろには、邪鬼のオーラとでも呼ぶべきものが立ち込めていた。
きっとマンガ風に表現するなら、周りの小石なんかが浮かび上がってはオーラに触れる度粉々になっているのだろう。
「い、いや…そのだな皇…?なぁ、落ち着こう?」
「……チッ……おい爲葉、収支手帳にコイツの給金下げるよう書いとけ」
「えっ?あ、はい…」
そういうのって経理の担当なのだが、まぁ光定はほぼ全ての事が出来るようにさせられていたのでしょうがないと言えばしょうがないだろう。
―――――――――
「おいシャーリー、卵料理はよく見とけっての!」
「あぁっ!?は、はいぃ!」
どうやら研修生のシャーリーが料理を焦がしてしまったらしい。
みればフライパンには黄土色から更にくすんだような色をした卵焼きが一枚丸々に広がっていた。
オムライスを作ろうとしていたらしい。
「……はぁ…火傷しなくて良かったな…」
「ふぇ?」
「作り直せよ?それで3度目だから流石に入ったオーダーはやったけど…」
咄嗟にシャーリーの両手を取って様子を見る皇の目は真剣そのものだった。
特にこれといって心を読めるような事も無いシャーリーからも、しっかり心配してくれている事が見て取れる。
損得勘定や悪意の全く無い、純粋に誰かを心配する気持ちに満ちた瞳がシャーリーの手を見つめていた。
それに、見るとカウンターの上には出来立てのオムライスと天津飯が二つづつ並んでいて、背後のホワイトボードにはそれぞれのテーブル番号が掛かれていた。
「oh!シャーリーちゃん、何してるデスカー?」
「ふぁ?!コルディアちゃん?!な、なんでもないよ?あはは…」
「ソーデスカー?これ全部持ってイキマース♪」
そう言うと、コルディアは二つのトレイに四つのメニューを器用に乗せて運んで行った。
小さな体に乗せられた大きめの二つのトレイが、見ていると天秤のように見えてくる。
時々危なっかしそうにグラグラと揺れていたものの、どうやら無事に配膳できているらしい。
出来る事なら、そのまま何もないまま平和に時間が過ぎて行けばよかったのに。
「おっ?何この子可愛いじゃーん」
「ホントホント、なぁここ座りなよ」
「えっ何?お前ってそんな小さい子までイケんの?」
「バッカお前、俺の守備範囲はこれよりもうちょい下まで行けんぞ?」
「why?!ここソーイウ店じゃ無いデース!」
どうやらまたしても不祥事が起こってしまいそうだ。
こんな事では客足はますます遠のいてしまうんじゃないだろうか?
なんて考えてた頃には動いていた人物が居た。
片割れに一人の少女を連れて。
「お客様、そんなちんちくりんよりこっちのJKはいかがですか?」
「んぁ?その子もいいじゃねーか、こっち来てお話しようぜ」
「あの……その…」
「ウブさがまたタマら…タマ……タマがぁあぁぁぁあぁぁぁ…」
美弥が、朝顔を連れて不埒な青年集団の席へやってきていた。
傍らには起動させたままの通信水晶をぶらさげていて、どこかと通信状態にししたままなのだろう。
布を一枚被せるだけであんなにもバレにくくする事ができるんだなぁと光定は外野から見て関心していた。
そして後はお察しの通り、朝顔をキャバ嬢のような扱いで呼んでいた青年の股間へ蹴りを入れていた。
ストライクだったようで、男は自分のタマを抑えてその場に崩れ落ちる。
「お、おいっ!何するんだよっ!店長呼べ店長!」
「私が店長だが?」
「アンタかよ!この店の従業員はどうなって…むぐぅっ!?」
「まぁまぁ、料理があるんだし食ってから話そうや…冷めたらマズいだろう?」
外野の空気は静まり返ってるけどなっ?!
今頃は、多分皇とシャーリーが必死に客の人数分のお詫び品を作っている所だろう。
「んっ……んぐっ…お、おい…アンタ店長なんだろ…?!」
口の中に突っ込まれた天津飯を思いっきり飲み込んでから、美弥へ向き直り怒りに満ちた顔を向ける。
「そうだな、店長だな私は」
どうでもいいかのような仕草で答えつつ、朝顔の手を取って彼女の暴走を抑えようとする。
実際、それでいくらか冷静さが保たれているらしく、朝顔はなんとか自制出来ているようだ。
「客の事殴る店員が居ていいのかよ!」
「ファミレスをキャバクラと間違えるんだ、何かの見間違いじゃないのか?」
そう言って、一瞬だけ朝顔の手を放してやる。
すると悲鳴と共に朝顔は自分の打ちのめして倒れている方の男へ蹴りで追撃をかける。
「うごごご……へぶしっ!」
「み、見ろよ!仲間が暴行されてるんだぞっ?!」
「あぁ、このちんちくりんに暴行を加えたんだから、当然だろう?」
「ヒッ!」
これは酷いいいがかりを見た。
あの男がコルディアに暴行を加えたと言っても、せいぜい自分たちの席へ無理矢理手繰り寄せて座らせたのと、肩を抱いた程度だろう。
まぁ、後者に関しては暴行に当たる場合もあるのかもしれないが、それにしても酷い内容だ。
そんな酷い事をするものだからか、コルディアの瞳は恐怖からか涙ぐんでいる。
若干、眼の据わっている美弥に怯えているようにも見えるが気にしなーい。
「こ、コイツぅ……う、訴えてやるからなぁっ!」
「……生きて帰れたらな…」
ボコボコにされて気絶している仲間を抱えて、二人組は店を去って行く。
当然のごとく、無銭飲食だ。
立ち去る寸前にボソッと呟いた美弥は、そのまま逃げ去る二人組を見送った。
「………」
「て、店長サン…」
暫くの静寂の後、動き始めたのは誰でもない美弥であった。
「お客様方、お怪我はありませんでしたか?ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。お詫びにデザートを
無料にて提供させて頂きますので、どうか引き続きお寛ぎ下さいませ。重ね重ね、申し訳ありませんでした…」
そういったメッセージを、全てのテーブルに言って回っていた。
全て言い終わる頃には、どうやらデザートの方も準備が出来ているらしく、カウンターの上にはズラリと並ぶケーキが見える。
配り始める前には店内は客による拍手の雨で騒がしい事になっていた。
あの男たち、かなりの声量で叫んでいたようだが、どうやら席の隅からスミまで届いていたらしい。
「店長…」
少し関心していた光定だったが、拍手に混じって遠くの方からほんの少しだけ悲鳴が聞こえたような気がしてふと我に返る。
そういえば店長ってこんな人だったなと改めて思い出す。
――――――――――――――――
「………」
「………」
外もすっかり暗くなり、客足もほとんどなくなった頃にもなると光定は、ぼちぼちにでも家へ帰る準備を進めていた。
が、そんな時にふとコルディアと仁賀が同じ場所で何かを黙々としている事に気付く。
場所的には休憩室の入り口だ。
「二人とも、何してるんです…?」
「ひゅぃ?!な、ナンデモナイデース…」
「うあぁ?!……って、なんだダメ破君かぁ…」
どうやら何かやましい事をしているようだ。
休憩室の入り口の囲いにはマジックで書いたような線が何本か。
そして彼女たちはそれぞれ黒と赤のマジックを持っている。
囲いに刻まれた線も同じく赤と黒で書かれていて、どちらも同じような場所から睨み合っている。
これはつまり…
「……どんぐりの背比べって知ってるか?」
「っ?!な、なんで皇さんがここに…」
「そ、ソーデス……まだkitchenのcleaningに…」
もう終わったんだよ、という前に皇の両手は仁賀とコルディアの髪を片手づつで器用に弄り倒していた。
どうやら何度か見た手直しを行った後で最終的には二人とも二つ結びで収まったようだ。
髪を下ろした状態の二人もなかなかに可愛い。
ただどちらも涙目なのが悔やまれる所ではあるが。
「woo……こ、これは皇サンからのお仕置きデース……ダメ破さぁぁん!!」
「ひぐっ……えぐっ……もうお嫁に行けない……ダメ破くぅぅぅん!!」
あぁ、なんて幸せなんだろう。
背後で睨むように見ている皇さんさえ居なければさりげなく射精していたかもしれない。
両手に花とはまさにこの事。
「あーよしよし……まだまだ二人とも可愛いですよー…」
「流石ダメ破君……って!ちっちゃくないよ?!」
「わ、私もデース!ちっちゃくなんてないデスヨー?!」
そうやってムキになっているのもまた可愛い。
というかどうして可愛い=ちっちゃい に結びつくんだろうか。
これが分からない。
「おい爲葉……お前…」
「分かってますよ。それくらい弁えて…あっ…」
とりあえず泣きそうな二人を宥めようと休憩室を出たのが運の尽きだった。
その先で事務作業を終わらせたのか、書類を手にした朝顔と目が合う。
次の瞬間には思いっきり殴り飛ばされている光定の姿があるのであった。
オチが吹っ飛びオチというのもどうかと思うが、これにて今回は終了。もちろんの事、続く!
15/10/22 23:21更新 / 兎と兎
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