第一話 遥か東の幻の国(下)
―――事実、人魚の血の効果はさすがの一言だった。
ほんとに少量だったが飲ませた日の内に顔を持ち上げる程度に回復し、次の日の朝には目の前に皿を差し出せば自力で飲めるほどにまで回復した。
さらに次の日には立ち上がり歩き回れるほどになり、その次の日には家の中を走り回るようになった。
エサももう流動食みたいなものじゃなくても平気で食べるようになり、干物の魚は一日で食べきるわ保存してあった干し肉はどうやって見つけ出したのか食い荒らされた。
隙あれば家から脱走を試みるので何度も街中を走りまわっては捕えをくり返し、逃げ出さないように普段から窓を閉め切る習慣がついてしまった。
たった一週間の間に迷惑なまでに回復した。本当に不思議なものだ。
「だああぁぁ!!!うぜぇ!!!家の中を走り回るな!!壁によじ登ろうとするな!!落ち着いて飯すら食えねぇ!!」
今日も昼飯である安物のパンと干し肉の取り合いを始めると、閑静な居住区に男の叫び声が響き渡る。
最初こそ大人しかったもののこの猫はかなりのやんちゃ具合なようで、人の飯は隙あらば奪い取ろうとするわ、突如飛びついてきて服に穴を開けるわ、本人はじゃれついてるつもりだろうが腕や足を引っ掻かれて全身切り傷だらけにされるわ。
かと思ったら座ってくつろいでいる自分の膝の上に乗ってきて昼寝を始めたり、すり寄ってゴロゴロと喉を鳴らしたりして甘えてくることもある。本当に猫と言う生き物はきまぐれだ。
「うぜぇ!!!まじでうぜぇ!!!・・・けどすっげー可愛い!!」
猫から逃げ回りながらパンにかぶり付き、動物好きな一面を猫にさらけ出している男の光景は非常にシュールだろう。
しばらく追いかけっこを続けた末に結局自分が疲れてしまい、床に倒れ込んでパンと肉の欠片を猫に放り投げる。
投げられた物を器用に両方口でとらえると、勝ち誇った様子で自分の横に座り食べ始めた。
何だかんだで付かず離れずなこの猫はやはり可愛らしく、つい甘やかしてしまう。ついにやけてしまう口元を隠そうと机の上のジョッキに手を伸ばしたが、肝心の中身が入っていなかった。
「あー、ビール切らしてたか。最近コイツで遊んでばっかだったしなぁ・・・買い出し忘れてたか」
よっこらせ、と年寄りのように声に出して立ち上がると、髪の毛をボリボリと掻きながら外出用の上着を手にとる。
猫が目を丸くしてこちらを見上げていたので、「お前は留守番だ」とだけ言い残して玄関へと向かう。
てっきり付いてきたいのかとも思ったが、猫用のベッドの上に移動すると「いってらっしゃい」のつもりなのか元気な声で、にゃあ、と鳴いた。
その様子に手を上げて返事をして、家の外へと出る。酒屋に向かって歩きだそうとしたが、何かを忘れているような感じがした。
「ええっと、酒屋に行って・・・樽買いしてくっかなぁ・・・、っと、なんか忘れてると思ったら金持ってねーや金」
歩き始めてすぐにサイフを持たなかったことに気が付き、家へと逆戻りする。
家の玄関に手をかけようとしたところで中から物が落ちるような大きな音が聞こえ、そこで一瞬動きを止める。
「・・・あの猫、また暴れてやがるな。人がいなくなった途端にアイツはよう・・・!」
少しやんちゃが過ぎる。そろそろ一回ヒトと言う生き物を怒らせると怖いことを思い知らせてやらないと。
玄関先で首と腕を鳴らして気合を入れると、一気に扉を開けた。
「おいテメェ!人がいなくなった途端に何してやが・・・はぁ?」
「!?」
勢いよく扉を開けて怒鳴ろうとしたが、途中で言葉を止める。
猫しかいないはずだった家の中には、今まさに食器棚に手を伸ばして何かないかと漁る一人の小柄な少女が立っていた。
否、ヒトではなかった。両手両足は毛深いこげ茶色の毛に覆われ、頭のてっぺんには紙と同じ色した二つの突起。
見たこともない生地の袖の広い衣服を身にまとい、下は何も着ていないのかと思わんばかりで、ふとももの大半が露出していた。
極めつけにはそのお尻の位置から伸びた二本の尻尾。この街で何度か実物も見たことがある、キャット種の魔物、ワーキャットだ。
魔物は全身の毛を逆立てて驚愕の表情で止まり、しばらくしてあたふたと辺りを見渡して逃げ道を探す。
逃がしはするものかと玄関に置いてあった教団騎士だったころの剣を手にとると、鞘を投げ飛ばすようにして剣を引き抜き、隙を与えず間合いを詰め喉元に剣を突きつける。
「魔物がコソ泥働いてんのかぁ・・・?テメェどっから入りこんだ!!どこのどいつだ!!」
剣を突きつけられ動けない魔物は視線だけを動かし何かを訴える。
意識は剣の先に向けながらも視線を追うと、そこにはさっきまで猫が寝ようと寝ころんでいたはずのベッドが目についた。
「っ!?猫!おいテメェあの猫どこにやった!!いい加減黙ってないで何か言いやがれ!」
「・・・・・・!!」
魔物は何か困ったかのように口をぱくぱくさせ、やがてあきらめて深呼吸すると、まだ少し憂いのある顔で何かを口にした。
「(何言ってんのかさっぱりだニャ。多分怒ってるんだと思うんだケド、やっぱお皿落としたから怒られてるのかにゃぁ)」
「・・・はあ?」
「う、うにゃぁ〜・・・」
魔物は何か言葉を口にするが、何一つ聞きとれず思わずポカンと固まってしまう。
一瞬どこかの地方の強いなまりかとも思ったが、それにしては文法から何から滅茶苦茶な気がして、そこでようやく魔物が発した言葉が異国語だということに気がつく。
自分が思考をめぐらせているその隙に猫はすばやく矛先から逃げると、肉球つきの巨大な手でこちらに向け今度は聞き取れる言語で叫ぶ。
「きあら!!きあら!!」
「あ・・・?ああ」
指の一つ一つが巨大であるために指を指されていることにあとから気がついたが、名前を呼ばれて思わず返事をしてしまう。
真剣そうな表情で魔物は頷くと、今度は魔物自身を指さすようにしてまた叫んだ。
「カズミ!!オウネ カズミ!!」
「・・・名前、テメェの名前って言いたいのか?」
こちらの質問には答えず、今度は右手で猫用のベッドを指さし左手を自身に向け、三度叫ぶ。
「カズミ、ぬこ!!ぬこ、カズミ!!」
「ぬこ、猫か、はぁなるほど。ベッドで寝てた猫が、だーいへーんしーん」
最後に満足そうに頷くと、両手を上げてポーズをとり、にゃあ、と小さく鳴いた。
それを見てこちらも頷きながら近づくと、分かってくれたかと言わんばかりに胸を張って仁王立ちする。
「なるほどなるほど。事情はよくわかった。猫がお前に変身したんだな。・・・ってそんなわけあるかボケェェェ!!!!」
腰のひねりを加えた渾身の力の左腕によるツッコミを魔物の側頭部に叩き込むと、もにゃあぁぁ!!という断末魔と共に倒れ込み、壁に頭を打って、さらに床に叩きつけられてから動かなくなった。
「なんでノリツッコミしてなきゃいけねぇんだよ。ったく、どうすっかなこのコソ泥・・・それに猫はどこにやったんだ?」
とりあえず投げた鞘を拾い剣を収め、すぐに取れるようにと壁に立てかける。
部屋の中を見渡すが、やはり猫は見当たらない。窓も開けた形跡が無いし、玄関を開けるのは不可能だろう。
そもそもこの魔物はどうやって家の中に入ったのか。玄関から目を離した一瞬に侵入されただろうか。いや、それなら自分は外に出た時家からほんの数歩分しか離れていなかったので音などに気付かないはずがないだろう。
と、謎の魔物と猫の行方について考えていると、何やら窓を叩く音がした。
何事かと思い、うつ伏せに気絶している魔物を横目に窓を開けると、巨大な翼と大きなカバンが一瞬見え、次の瞬間には家の中に勝手に入りこまれていた。
「・・・よぉ昼間っから何してんだプラム。タイミングがいいっちゃあ、いいんだが」
「おっす旦那!なんや外におったらえらい旦那の家がいつも以上に騒がしかったもんでな、ちょっと気になったから見てみようおもてな」
翼を額に当てチーッスと挨拶を終えたプラムは、ここでようやく地面に横たわっている魔物に気がつく。
しばらくぎょっとした表情で魔物を見つめていたが、やがて状況を察したのか目を閉じ頷くと、神妙な面持ちで振り返った。
「旦那・・・昼間っから盛んなことやなぁ。それにしても旦那の好みはネコミミか・・・そないやったらあっしに勝ち目はなかったわ・・・。くっ!ここ数日家の外に張り付いて盗み聞きしたり外出のたびにストーカー行為をしとったんは何のためやったんや!」
「2つの誤解と1つの問題発言どれをどの順番でツッコめばいいのか分からんからとりあえず一発殴らせろ」
「ひぃ!このバイオレンスロリコン男!この前のかなり痛かったんだからもう勘弁や!!・・・んまぁ話は外から聞いとったし、何となく状況はつかめとるけど」
「んで?真面目な話このコソ泥はどこのどいつだ?テメェなら街の人間には詳しいだろうし、魔物のこととなりゃなおさらだろ」
「ふむ、見たところワーキャットっぽいんやけど・・・こんなん街中で見たことないなぁ。それにこの服もここらへんじゃ見いへん服やし・・・どっかの民族衣装やと思ったんやけど・・・えーっと・・・」
そういいプラムはふと思いついたようにカバンを持ち上げひっくり返そうとする。
何か悪い予感がして止めようとするがすでに遅く。ひっくり返されたカバンから大量の新聞が吐きだされた。
「えー、と。確か今日の記事のどっかにあった気がすんなぁ、似たような服の写真。・・・あったこれや!」
「配達物をぶちまけるな!だから人に頼んで一つだけ取り出せばいいだろうが!」
プラムはこちらが怒鳴るのをさらりと聞きながすと、両翼で器用に新聞を広げ、記事の端っこに掲載されている小さな写真を指(?)さす。
そこには確かに倒れている魔物と似たような服装の女性が描かれており、記事の内容にはジパングの魔物特集、と書かれていた。
「ジパング・・・?と言うと、あの黄金島って言われる、遥か東にある伝説の国か?」
「旦那情報に疎いなぁ・・・、ジパングは魔物界では有名やで。まぁあまりに遠いからあっしも行ったことはないんやけど、国の誰しもが魔物と手を取り合い共生しとる、一風変わった国や。文化や価値観がこの辺りとは全く違って、まるで別世界みたいなとこらしいなぁ」
「ほお・・・それで、この魔物は?」
「ジパング地方の服・・・それに二本にわかれた尻尾・・・。ワーキャットかと思ったけど、この子もしかして『ネコマタ』とちゃうか?」
「ネコマタ?」
「んむ、多分やけど、特徴を見るにそうやな。旦那が飼っとった猫がこの子って言うのも多分嘘じゃないやろ。ネコマタは猫に化ける能力をもっとるんや。用心深い性格しとるんか、中々こっちの姿は見せてくれへんだんかなぁ」
「・・・猫が魔物でしたーってオチが本当だと?」
「ん、十中八九」
・・・まさか自分の飼っていた猫が魔物だった?今まで可愛がっていた猫の正体がこの魔物だと言うのか?
しかしだとすると納得もいく。誰も入りこむことのできなかったはずの家にいたことにも、猫がいなくなっていることにも説明がつく。
よくよく見れば髪の毛や毛並みの色があの猫とそっくりだし、棚に手を伸ばしていたのは、中にエサを隠していることを知っていたからだろう。
「・・・・・・ぅ・・・ぬぅ・・・」
「おっと言うとったら起きてしもたか」
目を覚ました魔物は寝ぼけまなこで自分とプラムを交互に見ると怯えるように頭を抱えて部屋の隅っこへにじり寄った。
どうやらさっきのツッコミは相当痛かったらしい。
「(ひぃっ!ごめんなさいごめんなさい!もうしません許してください!)」
「んー・・・ほんま何言うとるか全く分からへんなぁ。ジパング特有の言語かいな」
「じぱんぐ・・・じぱんぐ!じぱんぐ!」
「おうおうわかったわかった。んー、言葉が通じへんのやったらコミニケーションをとろうにもとれへんな・・・。旦那、ちょっと一回家戻るわ。しばらくこの子見といたって」
「・・・?何かジパングの辞書か何かあるのか?」
「んー、まぁもうちょい便利なもんや。まぁ待っといてなー」
「お、おい!」
それだけ言い残してハーピーは入ってきた窓から飛び立ってしまう。
取り残された自分と魔物の間に気まずい空気が流れるが、このまま何も話もせずに待っているのも気がひけたので、とりあえず少しでも話が出来ないかと魔物へと振り返った。
「あー、と猫・・・ずっと俺が飼ってた猫なんだよなぁお前」
「カズミ!」
「あーはいはいカズミなのね?名前・・・なんだよな多分」
魔物はおもむろに床に散らばっていた内の一枚のメモ用紙と木炭を拾い上げると、メモ用紙を机に乗せて何やら文字らしきものを書き始める。
やはり自分の知らない言語で複雑な文字を描き、4文字ほど書いたところで筆を止めた。
そして書き上がったメモ用紙をこちらに突きつた。『桜猫 和海』メモ用紙にはそんな文字が書かれていた。
「オウネ カズミ!」
メモ用紙にしっかりと書かれたその文字と自身の顔を交互に指差し、そう何度も繰り返す魔物。
やはり自分の名前なのであろう。こちらからも指を指してカズミ?と呼びかけると、満足そうに頷いた。
その後続けて新しい紙に今度は図のようなものを描き始め、描き終わるとまた同じように突きつける。
紙に描かれた物は、恐らく魚と思わしき物体と、皿。
それを押しつけるようにして渡すと、猫用ベッドへと歩いて行き、いつもエサを入れるのに使っていた皿を持って帰ってきた。
やはりその皿を同じように突きつけられ、同時に魔物のお腹からぐうぅ、と音が聞こえる。
「・・・腹減っただけかよ!さっきも俺の昼飯取ったばっかりだろ!」
「うにゃー!(ぷりーずぎぶみーめしー!)」
この状況でも空腹を訴えるその度胸には感服だが、皿をもって腕をぶんぶん振りまわして耳をピコピコ動かす様子は、なぜか見ていて嫌な気持ちにはなれなかった。
しばらくは二人睨み合いを続けていたものの、結局押し負けて渋々棚の奥にしまってあったニシンを引っ張り出す。
「・・・これ食わせると今日のお前の夕飯用に取っておいた物だから、また新しく買わなきゃいけないんだが」
この時夕飯を抜きにする、という発想が浮かばなかった辺りはやはり自分は甘いのか。
ニシンの尻尾を指でつまんで魔物の前にぶら下げると、「おぉー」と歓声を上げて口を半開きにしていた。
「・・・やっぱどことなく猫っぽいな」
やはりお腹が空いていたのだろう、我慢できなかったのかよだれを垂らしながら、ぶら下げられたニシンに食らいこうとする。
それを腕を持ち上げてひょいとかわすと、魔物の口が空を噛み、キッと鋭い視線を向けたと思うと今度は右手で叩き落そうとする。
さらにそれをもう一度かわす。次は左手が伸びて、それをかわすとまた口で食らいつこうとする。
最後に全身で飛びかかるようにしてニシンを狙うが、こちらもそれに合わせて天井ギリギリに投げ上げて自分は身を引く。魔物はそのままの勢いで床に倒れ込み、投げたニシンをキャッチした自分に全身の毛を逆立てて威嚇した。
「か・・・可愛い!!見た目こんなでかくなったけど動きと反応は猫だ!!なんだコイツ!!でかいだけの猫に見えてきた!!ごぶぁっ!!」
その反応に思わず吐血しながら床に倒れ込む。何と言う破壊力・・・見た目は魔物だが心は猫!嫌いなはずの魔物と大好きな猫が一体となっているこの背徳感!!
突如血を吐いて倒れ込む自分に驚いた魔物が慌てて駆け寄るが、興奮したときの吐血グセがあるのは慣れていることなのでそれを制する。
「げほっ、げほっ。ああ、面白いものが見れた、クソッ、俺の負けだよ持ってけ!」
体をおこして床に座り直すと、魔物めがけてニシンを放り投げてやる。それを今度は逃がすまいと華麗に空中でキャッチと、喜んで食べ始めた。
あまりに嬉しそうに食べる様子を思わずまじまじと見つめてしまうが、やがて魔物であると言うことを思い出して気を取り直す。だがニシンの頭から口に含んだ魔物はゴロゴロと喉を鳴らしてこちらへすり寄ってくるのだ。そのあまりに猫らしい動作に思わず頭を撫でたくなるが、コイツは魔物と心で言い聞かせて必死に自身を抑制する。
「おっす戻ったでー。ってどうした旦那。口と鼻から血が垂れ流しやが」
何ともおかしな葛藤を続けていると、やがてプラムが帰ってきた。
すり寄る魔物と血を吐き続ける自分を見てやはり冷たい視線を向けるが、とりあえず無視することにした。
「よぉ、戻ってきたか。それより何だったんだ、突然一回家に帰るだなんて」
「いやぁ、言語が分からんなら良いもんあったなぁと思ってな。ほれ、これ」
プラムは器用に両翼でカバンの口を開くと、中に入ってるものをこちに向ける。
中には何とも形容し難い、灰色のプニプニした四角い物体が入っていた。
「ジパング地方の特産品で、『こんにゃく』と呼ばれる食べ物や。んやけど、これは魔物の魔力が込められとる。これはなんと、一口食べればどんな国の言語でも瞬時に翻訳して相手に伝えてくれると言う魔法道具・・・。人呼んで『翻訳こんにゃくおみs』」
「待て待て、何だその常識のない物体は!!つまり食うだけで万国共通言語となると!?ってかなぜか色々とダメな気がするんだが!!」
「はっはっはー!魔物の魔法の技術を舐めてはいかんぞ!ヒト種の常識など通用せん!人間の技術力ではこんな便利道具を作ろうとしても、22世紀ぐらいにならんと作れへんと言われとる。こんな便利道具まで作ってしまわれるとは、まさに魔王様様やな!」
「なぜだろう、とてつもなくダメなことをしている気がするんだが・・・」
「あとで青い猫を見つけたら謝っといてな!」
謎の罪悪感を感じながらもその『こんにゃく』とやらの一部をナイフで切り取ると、ぷにっとした感触と水に覆われたような冷たい温度を感じた。
正直自分には食べ物には見えないが、切り取った物を魔物に渡すと目を輝かせて受け取り、何のためらいもなく口に放り込んだ。
かなり食感が気になる食べ物ではあったが、しばらく味わうように咀嚼した後、幸せそうに目を閉じて飲み込むと、口を開いた。
「うにゃ〜、久しぶりにジパングの食べ物が食えたニャ。なんとも懐かしい味というか何と言いますか・・・」
「うぉ!しゃべった!今まで喋らなかったわけじゃないけどようやく理解出来る言語を発した!」
「んにゃ?あれほんとニャ、キアラ殿がジパングの言語話してるニャ!」
突如言葉が通じるようになり二人して驚くが、唯一プラムだけは両翼を胸の前で組み、誇るような表情でその様子を見つめていた。
「んー、そこの猫さんにも事情を説明するとやな、そのこんにゃくには魔力が込められとって、食えばこっちの国の言葉が分かるようになる、ちゅーわけや。便利なもんやろ?」
「にゃるほどー。わざわざミィのためにありがとニャ!」
そう言って魔物は頭を深々と下げる。意外と礼儀作法は持ち合わせているのか。
「・・・とりあえず確認するが、本当にお前は俺が拾った猫・・・なのか」
「うむー、いかにも。なんにゃらここ一週間の御飯のメニューを間違いなく言える自身もあるニャ!」
「OK理解した、その食い意地のよさで分かった」
「とと、一週間ほど挨拶が遅れたニャ!ミィはジパングの江戸と呼ばれる所の出身、『桜猫 和海』ニャ!以後お見知りおきを〜」
「桜猫・・・ねぇ。確かにここらへんじゃ聞かない響きの名前だ。俺はキアラ=マルトス、この街の・・・何でも屋だ」
「カッコつけへんでもええやん無職やろ。それと、ジパング地方は先に名乗るのがファミリーネーム、後ろがファーストネームやで旦那。和海さんやな!ええ名前やないか!あっしはこの街の新聞配達屋、プラムや!よろしゅうな!」
「うにゃ!二人にはお礼を言っても言いきれないほど感謝してるニャ!ありがとうなのニャ!」
全員の自己紹介を済ませたところで魔物・・・、もとい和海というらしい。は先ほどよりも更に深くお辞儀をする。
ついつられてこちらもお辞儀を返してから頭を上げ、気になっていたことを聞くことにした。
「・・・で、いきなりだがお前は何者だ?一週間前に海上を漂っていた幽霊船で保護したが、まさか遠い異国の魔物だとは。一体何がどうなってこんな所へ?」
「ジパングと言うと、この世界の果てにあるとまで言われる遠い国や。これはあっしも興味あるわ」
「・・・それは、・・・話すと長くなるニャ。どこから話せばいいものか・・・ええっと」
そういい、和海は語り始める。自分がいかにして、この街に辿り着いたか。
遠く離れた異国の地、文化も、人も、魔物もこの国と大きく異なる別世界。
ジパング地方と呼ばれるその国で、和海の元の飼い主であった一人の男性は、常日頃から新天地を目指して旅に出るのが夢だったという。
男性は、長年同士と資金をかき集め、何人もの船乗りを雇い、巨大な船を入手するまでに至った。
詰め込めるだけの食料を詰め込み、乗せれるだけの人を乗せ、和海は男性と共に船に乗り込み、まだ見ぬ新天地を夢見て長期間の航海へと旅立ったのだ。
船の旅は最初の数週間は順調だった。魚を釣り、船の上で調理し、毎日どんちゃん騒ぎで航海を進めたという。
陸伝いに船を進め、食糧を確保しながら北へ向かった。
しかしある日、船は大きな嵐に巻き込まれ、何日もさまよった挙句、気付けば極寒の海の上にいたという。
それでも和海の飼い主であった男性は新天地を目指し、狂ったコンパスを片手に航海を進めた。
そのまま何カ月も見知らぬ海を彷徨い、やがて船に積み込んだ食糧も底をつき、人々は次々と病に倒れていった。
沈まない太陽と、感じたことのない寒さ、分厚い氷の隙間をなんとかかいくぐるような船旅。不思議な世界に迷い込んでしまった生き残った人は、食べるものも少ない中、倒れた仲間を喰らい、船の一部を燃やし、体を寄せ合い寒さをしのぎ、それでも必死に陸地を求めて船を進め続けた。
だけど、日に日に船乗りの数は減り、最後まで生き残っていた主人の最期も看取り、気付けばいつしか残っていたのは和海一人。
和海が生き残れたのは、猫の状態であれば長い毛で寒さをしのげるし、少ない食べ物で生きながらえることが出来たからだ。
そうは言ってもやはり限界はあった。食べる物が一切無くなり、船の壁をかじって飢えをしのぐ日が続き、ついには動くこともできなくなり、一度は死を覚悟したという。
「・・・そこで、キアラ殿に拾われたのニャ。・・・ミィは運がよかったのニャ」
和海は震える声で語り終えると、俯いて目を伏せてしまった。
話の中頃から肩が震え始め、後半はえずいて言葉が途切れることも少なくなかった。
辛いことを語らせてしまったかもしれない。聞いてしまったことを少しだけ後悔し、涙をこらえる和海の頭をそっと撫でてあげた。
「あの極寒の海を渡ってきたんか・・・。今年は暖かいとは言え、あの海は氷が分厚すぎてここまで来れたことすら奇跡やわ。辛い思いしてきたなぁ和海さん・・・」
「ミィが悪かったのニャ。馬鹿な航海に出ようとするご主人様を止めなかったのが悪いのニャ・・・。ヒトの姿に戻って一言言うだけで止めれたかもしれなかったのに!」
「落ち付けドアホ。テメェは悪くねぇだろ別に。大体新しいものの発見だとかには犠牲が付きもんなんだよ。それにテメェが生きて、この街に辿り着いてるじゃねぇか。新天地・・・かどうかは知らねぇが、お前達の知らない場所に辿り着いたんだろ?もちろんベストな形とは言わんが、十分収穫ありの旅だった、って言えるだろ?」
口下手な自分ではあるがどうにかそれだけ言いきると、俯く和海の髪の毛を少々強引にかき回す。
しばらく誰も何も言わず重苦しい沈黙が流れ、和海のすすり泣く声だけが部屋に響く。
あのプラムですら険しい表情で黙りこみ、頭を抱えてしまった。
「あー、なんだ、テメェらが黙りこむと調子狂うじゃねぇか。んで和海、テメェはこれからどうするんだ?この街で暮らすのか?」
撫でていた腕を下ろし、俯く和海を覗き込みながら問う。
和海は少し悩み込むように黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「・・・・・・ミィは。・・・生まれた街に・・・帰りたいニャ」
俯いたままの口から、小さく、だけど力強い返事が返ってくる。
ふさふさの両腕で涙をぬぐうと、ゆっくりと顔を上げて真っすぐな視線を向けられる。
「ミィはジパングに戻るニャ。戻って、仲間がどうなったかと、もうこんな危険なことはしないように伝えないといけないニャ!・・・キアラ殿には世話になったニャ。もう体力も回復してきたし、ミィはそろそろジパングに帰るつもりでいるニャ」
「馬鹿野郎。どうやって帰るつもりだよそんな遠くの国まで。大体どうやって帰るつもりだ」
「そんなこと・・・分かんないニャ!けど、ミィは帰ってこのことを伝えないと・・・!」
「・・・ん、ジパングやったら、おおよそ方角は分かる。時間はかかるけど、陸路で長いこと進んで、その先にある島国や」
突如黙っていたプラムがそう呟き、驚いた和海と自分が同時に視線を送る。
ずっと黙っていたのはジパングへの道を考えていたのかもしれない。ぶちまけた新聞などの紙の山を何やら漁り始め、一枚の地図のような物を引っ張り出し、机に広げた。
「えーっと、今おるんがここ、このでっかい大陸の端っこ。んで、この大陸をずー・・・っと東に向かって進むと、その先に黄金の島国の存在がある、って書かれとる。これがジパングのこと。ヒトはもちろん、魔物ですら行くのをためらうほどの距離やな。やけど、無理なわけじゃないと思うで。道中何があるかも分からへんし、何カ月、何年かかるかも分からへんがな・・・」
プラムが指した二点は、見たこともない大規模な地図の中央と端。恐らくジパングという国は、地平線の先のその遥か彼方先だろうことが容易に想像がつく。
机の上に広げられた地図をじっと眺め、和海は複雑そうな顔を作る。
だがその視線はプラムが指し示した点、ジパングと言われたその一点を見つめていた。
「はーあ、あっしもお人よしが抜けへんなぁ。こんな無理な旅に出させても、辿り着けるかどうかなんて分からへんっての。この街に留まらせるのが安全上一番なんやけどなぁ」
「・・・ありがとニャ、方角さえ分かれば、あとはなんとか帰ってみせるニャ」
和海は静かにそう呟き、頭に地図の内容を叩き込むと言って食い入るように見始めたが、地図は何枚かあるからと言われ、プラムからもらっていた。
もらった地図を丁寧に畳んで服の中にしまうと、何か意を決した様子で立ち上がり、開かれた窓の外に視線を送った。
「もうミィは動けるし、いつまでもここに世話になることも出来ないニャ。短い付き合いだったけど、二人には本当に感謝してもしきれないニャ。・・・ミィは今からジパングに帰るニャ!」
力強く宣言する和海に、プラムは「おう!応援するでー!」といつもの調子ではやし立てる。
和海はこちらの方へ振り返ると、何やら自身の服の中をまさぐり、平たい袋のような物を取り出した。
「今まで世話になったけど、お返し出来るものがこれぐらしかなくて悪いニャ・・・。我が国のお守りニャ!これを持っていれば、神様仏様がいつも守ってくれるのニャ!」
「・・・・・・」
「・・・不服なのは分かるのニャ、だけど、これが今持ってる物の中で一番大切なものだと思うニャ・・・。受け取って欲しいのニャ!」
半ば強引にお守りを手渡されると、和海はまた頭を下げ、最後に猫用のベッドを見た。
「世話になったニャ。このことは国に帰ったらみんなに自慢できるニャ」
少し名残惜しそうな様子だったが頭を振って振り払うと、最後にもう一度頭を下げて、玄関に向かって歩きだす。
その後ろ姿はとても小さく、彼女のしようとしていることの大きさに押しつぶされてしまいそうにすら見えた。
「・・・ったく、こういう時は自分の性格が嫌になるな」
「ん?どないした旦那?」
なぜ放っておけないのか。和海は魔物なのでそこいらのニンゲンよりずっと強い。心配することも、そう多くないはずだ。
だけど、わき上がる感情を抑えることが出来ない。これまで感じたことのないような不安ともとれる感情が行動を起こした。
猫のエサ入れの皿を手にとり立ち上がると、それを八つ当たり気味に和海に向って力一杯に投げつけた。
かなりの速度で飛んでいったそれは和海の頭に見事的中すると、ゴッ、と鈍い音とともに跳ね返り、和海自身も玄関のドアに顔面からぶつかった。
「っ〜〜〜!!!!何するニャこのバカ!!!」
「うるせぇどっちが馬鹿だこのドアホ!!今すぐジパングに向かうだぁ?俺が準備する時間がねぇだろぉがボケ!!一日ぐらい待ちやがれこのクソ猫が!!」
「・・・は、はぁ?」
「だ、か、ら!俺も付いてくってんだよ!!一人でそんな長旅が出来るわけがねぇだろ!お守りも旅する人間が持ってなくてどうするんだ!」
手渡されたお守りを手の平をこじ開けて返却し、げんこつを作って軽く頭に乗せる。
言葉の意味を理解出来ないのか、ぽかんとその場にたたずむ和海。
怒りからなのか恥ずかしさからなのか、自分でもわからないが顔が真っ赤になっているのを感じ、後ろからプラムの噴き出す音が聞こえるが、無視して和海に歩み寄る。
「オラ、まず買い出し行くぞ。まず酒だ酒、何しようとしてたかしばらく忘れてたじゃねぇか。そんで、旅に出るんなら必要なものとか調べてかねぇと途中でのたれ死ぬぞ。街で情報も集めないといけねぇだろうが」
「キ・・・キアラ殿?」
「殿もうぜぇ。キアラでいいんだよ、ったく・・・」
「あっ・・・ちょちょちょっと待ってニャ!!もにゃぁー!耳引っ張るにゃー!!」
顔を真っ赤にして動こうとしない和海の耳をつかんで無理矢理外に引きずり出す。
プラムの笑い声がついに大爆笑へと変わるのを無視して、和海を引きずりながら街の酒場へと再び足を向けたのだった―――
―――旅先で野宿する時のための毛布、水を持ち運べるように大きめの革袋の水筒、保存が効く干し肉や干物など、必要そうなものを買い込み、移動用に馬一頭も手配した。
魔物の力を借りるのは気が引けたものの、和海のためということでプラムからも旅の先々で寄ることになりそうな街や集落の情報の知る限りを教えてもらい、「ネコマタと男の旅人を見かけたら力を貸すように」という伝言をハーピー仲間伝いに魔物たちに広めてくれることも約束してくれた。
世話になった人達にも適当に挨拶に周り、ようやく家に辿り着く頃にはもう真っ暗になっていた。
「ぬあぁぁぁ・・・っと、久しぶりに昼間から歩き回ったもんだからさすがに少し疲れたな」
「ぐふっ、もにゃぁ・・・荷物多めに持つとかは男性ならやらないかにゃぁ・・・まだ病みあがりだっていうのに、なんできっかし等分なんだかにゃ・・・」
荷物をとりあえず下ろしてベッドに座ると、和海がついに力尽きて床に倒れ込んだ。
その様子を見ながら買ってきたビールに早速手を伸ばし、中を覗き込む。
「おいおい、そんな体力でジパングにまで帰るとか言ってたのかテメェ。こりゃ放っておいたら街から出て一日も持たねぇででくたばってただろうな」
「う・・・そんなことは・・・ない・・・にゃ・・・」
「目をそらさずにそれを言えたら信じてやる」
考え直してビールの栓をし、それも旅用の大きめのカバンの中に投げ込む。
床に潰れたままの和海は顎を床につけたまま眠そうにしていたが、やがて静かに口を開いた。
「・・・一つ聞きたいんだけど、なんで・・・付いてくるなんて言いだしたのニャ。キアラ殿は、この街での生活とかもあっただろうし、それを捨ててまですることじゃないのニャ」
「ああ?だから殿はいらねぇってんだろ。・・・なんでか、か・・・そんなもん決まってんだろ」
そこで一回区切る。自分でもよくよく考えなおしてみる、旅に出ること、外の世界を見ること、色んな人と出会うだろうこと、和海のこと。
色々と思うことはあったが、そこで一つため息をついた。
「・・・なんニャ?」
「そうだな・・・きまぐれ、だな」
「きまぐれかニャ!?そんな一時の気分だけで故郷を離れるだなんて言うかニャ普通!!」
「るせーんだよ、一回やりてぇと思ったことはやるのが俺のモットーなんだよ。人のモットーに文句つけんじゃねぇ」
和海は少し納得がいかないようだが、無視して上着を脱いで投げ捨てる。
さっさと寝てしまおうと思ったが、考えれば和海の寝るスペースを用意していなかった。
「・・・そういえばお前って、猫の姿には戻れるのか?」
「ん、別にそれぐらいは。あらよっと」
器用にうつ伏せのまま体を跳ねあげると、着地するまでの一瞬の内に見なれた猫へと姿を変えた。
猫らしく身軽に着地をすると、そのまま「みゃあ」と一度だけ鳴いた。
「あれ、鳴けることもないけど、普通に話すのも出来そう。あのこんにゃく意外とすごいのニャ」
「うおっ、猫が喋った!・・・むぅ、猫と会話出来るというのは・・・悪くないな」
「え、ええっと・・・それで、猫の姿になってどうするのニャ?」
「・・・ああ、この家は俺の一人暮らしだからな、当然ベッドが一つしかない。俺はベッドで寝るから、お前はそこの猫用ので寝ろ」
「んニャ・・・にゃんですとー!?だからぁ!普通そういうのはか弱い女の子をベッドで寝かせて自分は毛布にくるまって寝るとか言うのが男ってもんでしょ!まぁあのベッドが快適ではないのかと言われれば快適なのだけど・・・ヒトとしてどうかと思うニャ!!」
「うるせぇ俺はそこまで親切な人間じゃねぇんだよ。俺だって疲れてんだから、お互いを考えればこれがベストだろうが」
「くっ・・・なんという無慈悲な男ニャ・・・だけど、その言い分には一理あるニャ・・・」
「わかったらとっとと寝ろ。明日朝一番でこの街出るぞ。荷物持つの手伝わせるから、テメェも起きろよ」
「う・・・ぐ・・・わ、わかったニャおやすみニャ!!」
二人そこで話をやめ、お互いにベッドに入り目を閉じる。
別に和海にベッドで寝かせてもよかったのだが、それ以上にやりたかったことがあるのだ。
和海は今は猫の状態。寝ている猫というのは見ているとすごく癒されるのだ。
ただ単に、猫の寝顔が見たいだけ。さすがに怒られそうなので、そんなこと直接言う気はなかった。
「はふぅ・・・可愛いよなぁ・・・。この状態なら可愛いままなのに・・・。こんな可愛い猫と離れるなんて嫌じゃねぇかよぉ・・・」
自分でも馬鹿らしいと思うが、旅に付いて行く理由にこの猫のこともやはり大きかった―――
―――・・・一つ重要なことを忘れていたかもしれない。きまぐれで和海に付いて行くとは言ったものの、問題があったのだ。
自分が大好きな猫であるのも事実だ。やはり可愛い。ってかやばいマジ可愛い。
だが、彼女の半身はネコマタと呼ばれる魔物である。それもまた事実である。
そして魔物という生き物は、どの種も洩れなく好色で、積極的に男性と交わろうとする。
あまりに普通に接していたので忘れていた。だが今はハッキリと実感した。和海は魔物なのだった。
「なぁ和海、一つ聞きてぇことがあるんだが」
そう問うと、わざとらしく首を傾げて疑問の動作を作る。続きを言えということか。
「俺達、旅に出るんだったら、お互いそれなりに信頼とかいるよな?」
今度はコクコクと頷いて返事を返す。
「OK、ここまで話が通じてよかった。じゃあなぜテメェは人の寝込みを襲ってるんだ?」
大人しくベッドで寝ていたはずの猫・・・今はヒトの姿になっている和海が、ここでようやく口に含んでいたモノから離れる。
口の中に残ったものを舌で絡めて遊んでから、それを飲み込んでようやく返事を返した。
「んにゅ?これも信頼の証ってことにならないかニャ?ミィの口の中もなかなか気持ちの良いものだったであろーう!」
「この・・・ド阿呆がっ!!」
猫状態の和海の寝顔を満足するまで眺めた後、眠りについたのだが、しばらくして下半身に違和感を感じ目を覚ますと、ベッドに和海が潜りこんできていた。
いつの間にか自分は下半身に身につけていたものを全て脱がされ、対して和海はいつも通りのジパング特有の衣服を身につけていた。
寝ぼけて上手く働かない脳みそのままに快感に流されぼーっとしていると、意識がハッキリして来た時には和海の口の中で果てていた。
気持ちよくなかったと言えば嘘になるし、なんだかもったいないような気もしたが、そんな感情に浸る前に色々と問題がありすぎた。
「なんニャ。人の寝顔をじろじろ見てきたクセに。ミィが股間をぺろぺろしてるのは許さないと言うかニャ。不平等ニャ!」
「うっ、ばれてたのかよ!だけどそれ以前にその二つはつりあわねぇだろうがボケ!」
こちらが怒鳴り声を上げているのも知らぬ顔で、顔や服についた精液を拭い、舐めとる和海。
必死に怒りを起こそうとするも、その動きの一つ一つが扇情的で、一度出しておきながらも身体の奥から強い欲求を感じてしまう。
猫が顔を洗うように精液を舐めとると、そのままの手で男根を押しつぶしながら前のめりに顔を近づけられる。
まるでこちらの心情を見透かすかのような細い瞳孔に至近距離で見つめられ、和海の着ている衣服から、髪から、こちらの欲望を煽るような甘い香りが鼻腔をくすぐり誘惑する。
「んー・・・まぁ何はともあれ一発どうかニャ?誘惑の魔法が効いてきてるはずだから、そもそも我慢出来るとも思わないのだけどニャ・・・?」
「っ・・・そんな小細工しやがって・・・!」
誘惑の魔法のせいなのか、今上に乗っかられている状況でなければ、今すぐにでも押し倒したいほどの衝動に駆られる。
この状況でも体の小さな和海を払いのけ、立場を逆転させることなど容易いことだったが、それはなんとか理性で抑えている状態だった。
そんな心の葛藤を知ってか知らずか、和海は細い瞳孔を更に細め、唇が触れんばかりに近づいて甘い声で囁く。
「にゃふふ・・・心配しなくてもいいのニャ。魔物とヒトでは普通よりも子供は出来にくいニャ。ちょっとやそっとじゃ影響しないのニャ。安心するニャー」
その言葉を聞いて理性のタガが一つ外れる。
無意識に体が動き、和海の両肩つかんで体をひねる。
気がつけば和海を押し倒した形になっており、思わず自分の行動に驚くが、下半身から感じる体の疼きが行動を止めさせようとはしてくれない。
「テメェ・・・責任とれよ・・・」
「そういうセリフは言う方が逆だと思うニャー」
その言葉に流されかけてた理性が一瞬戻りかけるが、またすぐに色欲に塗りつぶされる。
少々乱暴に和海の両足をつかみ、広げると、むき出しになった和海の蜜壷が露わになった。
「こんなこともあろうかと下は常にはいてないのニャ!魔物として当然のマナーなのニャ!」
「いくら魔物でも下半身露出させて歩いてるのは見たことねぇよ!!」
「にゃんと!この国の魔物はずいぶんとオクテなのかにゃぁ」
場違いな会話で空気は和むものの、やはり体の疼きは止まらない。
我慢できずに自身の先端を和海の蜜壷にあてがうと、いつでも受け入れ可能であることを示すようにぬるりとした感触が伝わってきた。
「ふあっ・・・、こう見えても実はまだ初めてだから・・・、その、やさしくしてにゃん?」
「そういうことはこの魔法を少し弱めたあとに・・・言えっ!」
「ひっ・・・にゃあぁぁ!!!」
話しながらに腰に力を入れ、一気に最奥まで突き抜く。
和海の体が大きく跳ね、同時に膣にヒダがモノに絡みつくようにして締め付けられる。
挿入の刺激に思わず身体が震えるが、その行為により身体の中の欲望に火が付き、余韻に浸ることなくいきなり抽送運動を始める。
「んっ、にゃぁっ!そんながっつかないのニャ!も、もうちょっと最初ぐらいゆっくりする、にゃあんっ!」
和海の膣内は程よい抵抗こそ感じるものの、拒絶されるようなことはなく、包まれるような感覚で締め付け、脳が白くなるほどの快楽を受ける。
初めてである、と言った証拠である鮮血が愛液に混じり薄く染み出るが、本人に痛みは薄いようで快楽に蕩けきった表情をしていた。
とはいえ、たとえ少々痛そうな素振りを見せたとしてもそれに対応することは出来なかったかもしれないが。
「こ、これは・・・んっ、思った以上にっ気持ち良いのにゃっ!はっ、膣で・・・おっきいのが動いてるのにゃぁっ!」
何度か膣を突く度に角度を変え、その都度変わる和海の反応を楽しむ。
弱いところを探すように何度も角度を変え、一番反応のよかった所で固定した。
服の中に腕を突っ込み胸をまさぐると、それに反応して和海顔がさらに上気し、口から小さな声が漏れる。
行為によって服が乱れ、両肩が露出したその様子はひどく扇情的で、下半身にさらなる熱がこもる。
「ふっ、くんっ!ナカで・・・まだおっきくなってるにゃ!ミィも・・・気持ち、よくって!」
やがて抽送運動を続けていくうちに段々と和海の声が高く、切迫しているものへと変わっていく。
膣もリズミカルに収縮を始め、限界が近いことを告げる。
もう少し和海の膣を堪能していたかったが、自身ももう限界が近い。
胸をいじっていた腕を引っ込め、全身を支えるようにして腕をつくと、突きあげる速度を上げてラストスパートをかける。
「やあぁっ!!そんなに・・・したら!!イクっ、イっちゃうにゃあぁ!!やらっ!みぃだけじゃなくって・・・きあらもぉ!!」
「おう・・・俺・・・もっ!」
その言葉を合図に和海の身体が弓なりにしなり、身体がビクンと震える。
膣内はまるで絞りとろうとするかのように収縮し、その刺激が強い射精感を引き起こした。
最後に理性が働き、男根を勢いよく膣内から引き抜く。その際にカリで抉るような刺激を双方に与え、溜まっていた物を吐きだした。
「ふあぁっーー!!!」
和海は一番甲高く叫び、全身を硬直させる。
そんな和海の衣服の上を、顔を、引き抜かれた男根から吐きだされた精子が白く染め上げていく。
射精後の強い虚脱感に襲われ、力の抜け切った身体を和海の横に並べ、二人無言で荒くなった呼吸を整える。
何かを話かけようとも思ったが言葉が出ず、どうしたものかと考え向きを変えると、不意に和海と目があった。
荒い呼吸のままだがなぜか表情は不満気で、少し膨れた顔をしていた。
「ぶー、外に出すだなんて意気地なしだにゃー。せっかくの着物がべとべとになっちゃたのニャ!」
「はぁ!?知るかよんなこと。・・・それに仮にもこれから長旅だっていうのに、万が一にでも子供なんて出来たらどうするつもりだよ」
「こっちだって魔力の補充が上手くいかないのニャ!ちゃんと意味ある行為なのでナカに出すようにするのニャ!」
「んなもんそこらの飯で補充しろ!こんな生活続けてたら気がどうにかなるわ!」
「ミィにメロメロにされた地点でどうにかなってるニャ!諦めて言うこと聞くのニャ!!」
「るせぇ!誰がテメェの思い通りに何かなるか!・・・はぁ、疲れるわテメェといると・・・」
「普通男にとってはこれはご褒美ニャ、怒られることなんて無いはずなのにー!こっちだって気の使い方に困るニャ!」
「んだとテメェ!」
「なんニャ!もう一戦交えるかニャ!?」
「そうはならねぇよ!!」
だけど、一緒にいると、なんだか楽しい。
お互いにそんな気持ちを抱えていたものの、口に出すのは恥ずかしくて、照れ隠しに口が悪くなって口論になってしまう。
この時自分に芽生えた感情が何なのか。その正体に気付くには、まだ少し時間がかかりそうだった―――
―――窓を開け、夜風に当たりながら昼に買ってきたビールを口にする。
安物で苦いビールを喉に流し込み、わずかなアルコールの味を噛みしめる。
「・・・またお酒を飲んでるのニャ。あんまり飲み過ぎるのも体によくないと思うんだがにゃぁ」
「なんだ、まだ起きてたのか。明日早いんだから、とっとと寝ろっての」
「うにゃーまだ身体が疼いて・・・冗談だニャ!そんな怖い顔しないでほしいニャ!・・・それにしても、キアラどの・・・キアラは、ビールが好きなのかニャ?」
「ん?ああ、好きだよ。そりゃもう毎日飲んでなきゃ死にそうなぐらいにはな」
「あ・・・アルコール中毒だニャ・・・救いようが無いのニャ。ミィはひどい男に拾われたのニャ」
「言いたい放題だなテメェ・・・。酒飲んで気分良くなってなかったら間違いなく一発ブン殴ってるぞ」
楽しそうにクシシと笑う和海を見て、思わず頬が緩む。
普段はそこまで美味いと感じない酒が、この時は少し気分よく飲めたのだった―――
―――やがて和海は静かに寝息を立て始め、本格的に夢の中へ入っていった。
そんな頃にもまだ一人ビールを飲み、宝石を散りばめたような、夏の星空を見上げ続ける。
静かな時の流れの中、突如肺が痛み、せき込む。
「ゲホッ!ゲホッ・・・!チッ・・・ったくうぜぇな・・・」
押さえた手を離してみると、そこにはべったりと吐き出した血が付いていた。
体を蝕む病魔。最初に血を吐いたのは3年ほど前だったか。
気が付いた時には手遅れだった。患ったら最後、生き延びることは出来ない死の病。
高い治癒効果のあると言われるユニコーンのツノを砕いた粉を酒に混ぜ、毎日飲んでいるが、症状は重くせいぜい進行を遅らせる程度にしかならない。
これまで2年間は親から離れ、自分の残された人生やりたいことを自由にやるように、金もいくら使っても構わないと言われた。
最初の内は遊び呆け、さまざまな娯楽を楽しんだがやがて虚しいだけと気が付いた。いつしか誰かの役に立って死にたい、そう思い様々な仕事を試してみた。
そして今は横で眠る『助けたいと思った一人の少女』。彼女をジパングにまで送り届ければ、一つ大きな人助けとなるだろう。
そんなことを、考えていた。
医者に発病当初言われた余命は3年。それも、ゆっくりと毎日を過ごしたと仮定して。
それから2年。残された時間は、旅を終えるのに十分な時間とは言い難い。
「・・・教団に怒られそうだが、俺は神様なんて信じるタチの人間じゃねぇんだが・・・。一つ頼みが出来たぜ。俺はもういつ死んでもいいって今まで思ってたが、せめてコイツを送り届ける間だけ、生き長らえさせてくれねぇかなぁ。そんぐらいいいだろう?カミサマよぉ・・・」
旅立ちの前夜。誰にも知られることもなく、一人血の味のする不味い酒を飲む。
少女の願いを叶えるために。忍び寄る死神を、遠ざけるために・・・。
ほんとに少量だったが飲ませた日の内に顔を持ち上げる程度に回復し、次の日の朝には目の前に皿を差し出せば自力で飲めるほどにまで回復した。
さらに次の日には立ち上がり歩き回れるほどになり、その次の日には家の中を走り回るようになった。
エサももう流動食みたいなものじゃなくても平気で食べるようになり、干物の魚は一日で食べきるわ保存してあった干し肉はどうやって見つけ出したのか食い荒らされた。
隙あれば家から脱走を試みるので何度も街中を走りまわっては捕えをくり返し、逃げ出さないように普段から窓を閉め切る習慣がついてしまった。
たった一週間の間に迷惑なまでに回復した。本当に不思議なものだ。
「だああぁぁ!!!うぜぇ!!!家の中を走り回るな!!壁によじ登ろうとするな!!落ち着いて飯すら食えねぇ!!」
今日も昼飯である安物のパンと干し肉の取り合いを始めると、閑静な居住区に男の叫び声が響き渡る。
最初こそ大人しかったもののこの猫はかなりのやんちゃ具合なようで、人の飯は隙あらば奪い取ろうとするわ、突如飛びついてきて服に穴を開けるわ、本人はじゃれついてるつもりだろうが腕や足を引っ掻かれて全身切り傷だらけにされるわ。
かと思ったら座ってくつろいでいる自分の膝の上に乗ってきて昼寝を始めたり、すり寄ってゴロゴロと喉を鳴らしたりして甘えてくることもある。本当に猫と言う生き物はきまぐれだ。
「うぜぇ!!!まじでうぜぇ!!!・・・けどすっげー可愛い!!」
猫から逃げ回りながらパンにかぶり付き、動物好きな一面を猫にさらけ出している男の光景は非常にシュールだろう。
しばらく追いかけっこを続けた末に結局自分が疲れてしまい、床に倒れ込んでパンと肉の欠片を猫に放り投げる。
投げられた物を器用に両方口でとらえると、勝ち誇った様子で自分の横に座り食べ始めた。
何だかんだで付かず離れずなこの猫はやはり可愛らしく、つい甘やかしてしまう。ついにやけてしまう口元を隠そうと机の上のジョッキに手を伸ばしたが、肝心の中身が入っていなかった。
「あー、ビール切らしてたか。最近コイツで遊んでばっかだったしなぁ・・・買い出し忘れてたか」
よっこらせ、と年寄りのように声に出して立ち上がると、髪の毛をボリボリと掻きながら外出用の上着を手にとる。
猫が目を丸くしてこちらを見上げていたので、「お前は留守番だ」とだけ言い残して玄関へと向かう。
てっきり付いてきたいのかとも思ったが、猫用のベッドの上に移動すると「いってらっしゃい」のつもりなのか元気な声で、にゃあ、と鳴いた。
その様子に手を上げて返事をして、家の外へと出る。酒屋に向かって歩きだそうとしたが、何かを忘れているような感じがした。
「ええっと、酒屋に行って・・・樽買いしてくっかなぁ・・・、っと、なんか忘れてると思ったら金持ってねーや金」
歩き始めてすぐにサイフを持たなかったことに気が付き、家へと逆戻りする。
家の玄関に手をかけようとしたところで中から物が落ちるような大きな音が聞こえ、そこで一瞬動きを止める。
「・・・あの猫、また暴れてやがるな。人がいなくなった途端にアイツはよう・・・!」
少しやんちゃが過ぎる。そろそろ一回ヒトと言う生き物を怒らせると怖いことを思い知らせてやらないと。
玄関先で首と腕を鳴らして気合を入れると、一気に扉を開けた。
「おいテメェ!人がいなくなった途端に何してやが・・・はぁ?」
「!?」
勢いよく扉を開けて怒鳴ろうとしたが、途中で言葉を止める。
猫しかいないはずだった家の中には、今まさに食器棚に手を伸ばして何かないかと漁る一人の小柄な少女が立っていた。
否、ヒトではなかった。両手両足は毛深いこげ茶色の毛に覆われ、頭のてっぺんには紙と同じ色した二つの突起。
見たこともない生地の袖の広い衣服を身にまとい、下は何も着ていないのかと思わんばかりで、ふとももの大半が露出していた。
極めつけにはそのお尻の位置から伸びた二本の尻尾。この街で何度か実物も見たことがある、キャット種の魔物、ワーキャットだ。
魔物は全身の毛を逆立てて驚愕の表情で止まり、しばらくしてあたふたと辺りを見渡して逃げ道を探す。
逃がしはするものかと玄関に置いてあった教団騎士だったころの剣を手にとると、鞘を投げ飛ばすようにして剣を引き抜き、隙を与えず間合いを詰め喉元に剣を突きつける。
「魔物がコソ泥働いてんのかぁ・・・?テメェどっから入りこんだ!!どこのどいつだ!!」
剣を突きつけられ動けない魔物は視線だけを動かし何かを訴える。
意識は剣の先に向けながらも視線を追うと、そこにはさっきまで猫が寝ようと寝ころんでいたはずのベッドが目についた。
「っ!?猫!おいテメェあの猫どこにやった!!いい加減黙ってないで何か言いやがれ!」
「・・・・・・!!」
魔物は何か困ったかのように口をぱくぱくさせ、やがてあきらめて深呼吸すると、まだ少し憂いのある顔で何かを口にした。
「(何言ってんのかさっぱりだニャ。多分怒ってるんだと思うんだケド、やっぱお皿落としたから怒られてるのかにゃぁ)」
「・・・はあ?」
「う、うにゃぁ〜・・・」
魔物は何か言葉を口にするが、何一つ聞きとれず思わずポカンと固まってしまう。
一瞬どこかの地方の強いなまりかとも思ったが、それにしては文法から何から滅茶苦茶な気がして、そこでようやく魔物が発した言葉が異国語だということに気がつく。
自分が思考をめぐらせているその隙に猫はすばやく矛先から逃げると、肉球つきの巨大な手でこちらに向け今度は聞き取れる言語で叫ぶ。
「きあら!!きあら!!」
「あ・・・?ああ」
指の一つ一つが巨大であるために指を指されていることにあとから気がついたが、名前を呼ばれて思わず返事をしてしまう。
真剣そうな表情で魔物は頷くと、今度は魔物自身を指さすようにしてまた叫んだ。
「カズミ!!オウネ カズミ!!」
「・・・名前、テメェの名前って言いたいのか?」
こちらの質問には答えず、今度は右手で猫用のベッドを指さし左手を自身に向け、三度叫ぶ。
「カズミ、ぬこ!!ぬこ、カズミ!!」
「ぬこ、猫か、はぁなるほど。ベッドで寝てた猫が、だーいへーんしーん」
最後に満足そうに頷くと、両手を上げてポーズをとり、にゃあ、と小さく鳴いた。
それを見てこちらも頷きながら近づくと、分かってくれたかと言わんばかりに胸を張って仁王立ちする。
「なるほどなるほど。事情はよくわかった。猫がお前に変身したんだな。・・・ってそんなわけあるかボケェェェ!!!!」
腰のひねりを加えた渾身の力の左腕によるツッコミを魔物の側頭部に叩き込むと、もにゃあぁぁ!!という断末魔と共に倒れ込み、壁に頭を打って、さらに床に叩きつけられてから動かなくなった。
「なんでノリツッコミしてなきゃいけねぇんだよ。ったく、どうすっかなこのコソ泥・・・それに猫はどこにやったんだ?」
とりあえず投げた鞘を拾い剣を収め、すぐに取れるようにと壁に立てかける。
部屋の中を見渡すが、やはり猫は見当たらない。窓も開けた形跡が無いし、玄関を開けるのは不可能だろう。
そもそもこの魔物はどうやって家の中に入ったのか。玄関から目を離した一瞬に侵入されただろうか。いや、それなら自分は外に出た時家からほんの数歩分しか離れていなかったので音などに気付かないはずがないだろう。
と、謎の魔物と猫の行方について考えていると、何やら窓を叩く音がした。
何事かと思い、うつ伏せに気絶している魔物を横目に窓を開けると、巨大な翼と大きなカバンが一瞬見え、次の瞬間には家の中に勝手に入りこまれていた。
「・・・よぉ昼間っから何してんだプラム。タイミングがいいっちゃあ、いいんだが」
「おっす旦那!なんや外におったらえらい旦那の家がいつも以上に騒がしかったもんでな、ちょっと気になったから見てみようおもてな」
翼を額に当てチーッスと挨拶を終えたプラムは、ここでようやく地面に横たわっている魔物に気がつく。
しばらくぎょっとした表情で魔物を見つめていたが、やがて状況を察したのか目を閉じ頷くと、神妙な面持ちで振り返った。
「旦那・・・昼間っから盛んなことやなぁ。それにしても旦那の好みはネコミミか・・・そないやったらあっしに勝ち目はなかったわ・・・。くっ!ここ数日家の外に張り付いて盗み聞きしたり外出のたびにストーカー行為をしとったんは何のためやったんや!」
「2つの誤解と1つの問題発言どれをどの順番でツッコめばいいのか分からんからとりあえず一発殴らせろ」
「ひぃ!このバイオレンスロリコン男!この前のかなり痛かったんだからもう勘弁や!!・・・んまぁ話は外から聞いとったし、何となく状況はつかめとるけど」
「んで?真面目な話このコソ泥はどこのどいつだ?テメェなら街の人間には詳しいだろうし、魔物のこととなりゃなおさらだろ」
「ふむ、見たところワーキャットっぽいんやけど・・・こんなん街中で見たことないなぁ。それにこの服もここらへんじゃ見いへん服やし・・・どっかの民族衣装やと思ったんやけど・・・えーっと・・・」
そういいプラムはふと思いついたようにカバンを持ち上げひっくり返そうとする。
何か悪い予感がして止めようとするがすでに遅く。ひっくり返されたカバンから大量の新聞が吐きだされた。
「えー、と。確か今日の記事のどっかにあった気がすんなぁ、似たような服の写真。・・・あったこれや!」
「配達物をぶちまけるな!だから人に頼んで一つだけ取り出せばいいだろうが!」
プラムはこちらが怒鳴るのをさらりと聞きながすと、両翼で器用に新聞を広げ、記事の端っこに掲載されている小さな写真を指(?)さす。
そこには確かに倒れている魔物と似たような服装の女性が描かれており、記事の内容にはジパングの魔物特集、と書かれていた。
「ジパング・・・?と言うと、あの黄金島って言われる、遥か東にある伝説の国か?」
「旦那情報に疎いなぁ・・・、ジパングは魔物界では有名やで。まぁあまりに遠いからあっしも行ったことはないんやけど、国の誰しもが魔物と手を取り合い共生しとる、一風変わった国や。文化や価値観がこの辺りとは全く違って、まるで別世界みたいなとこらしいなぁ」
「ほお・・・それで、この魔物は?」
「ジパング地方の服・・・それに二本にわかれた尻尾・・・。ワーキャットかと思ったけど、この子もしかして『ネコマタ』とちゃうか?」
「ネコマタ?」
「んむ、多分やけど、特徴を見るにそうやな。旦那が飼っとった猫がこの子って言うのも多分嘘じゃないやろ。ネコマタは猫に化ける能力をもっとるんや。用心深い性格しとるんか、中々こっちの姿は見せてくれへんだんかなぁ」
「・・・猫が魔物でしたーってオチが本当だと?」
「ん、十中八九」
・・・まさか自分の飼っていた猫が魔物だった?今まで可愛がっていた猫の正体がこの魔物だと言うのか?
しかしだとすると納得もいく。誰も入りこむことのできなかったはずの家にいたことにも、猫がいなくなっていることにも説明がつく。
よくよく見れば髪の毛や毛並みの色があの猫とそっくりだし、棚に手を伸ばしていたのは、中にエサを隠していることを知っていたからだろう。
「・・・・・・ぅ・・・ぬぅ・・・」
「おっと言うとったら起きてしもたか」
目を覚ました魔物は寝ぼけまなこで自分とプラムを交互に見ると怯えるように頭を抱えて部屋の隅っこへにじり寄った。
どうやらさっきのツッコミは相当痛かったらしい。
「(ひぃっ!ごめんなさいごめんなさい!もうしません許してください!)」
「んー・・・ほんま何言うとるか全く分からへんなぁ。ジパング特有の言語かいな」
「じぱんぐ・・・じぱんぐ!じぱんぐ!」
「おうおうわかったわかった。んー、言葉が通じへんのやったらコミニケーションをとろうにもとれへんな・・・。旦那、ちょっと一回家戻るわ。しばらくこの子見といたって」
「・・・?何かジパングの辞書か何かあるのか?」
「んー、まぁもうちょい便利なもんや。まぁ待っといてなー」
「お、おい!」
それだけ言い残してハーピーは入ってきた窓から飛び立ってしまう。
取り残された自分と魔物の間に気まずい空気が流れるが、このまま何も話もせずに待っているのも気がひけたので、とりあえず少しでも話が出来ないかと魔物へと振り返った。
「あー、と猫・・・ずっと俺が飼ってた猫なんだよなぁお前」
「カズミ!」
「あーはいはいカズミなのね?名前・・・なんだよな多分」
魔物はおもむろに床に散らばっていた内の一枚のメモ用紙と木炭を拾い上げると、メモ用紙を机に乗せて何やら文字らしきものを書き始める。
やはり自分の知らない言語で複雑な文字を描き、4文字ほど書いたところで筆を止めた。
そして書き上がったメモ用紙をこちらに突きつた。『桜猫 和海』メモ用紙にはそんな文字が書かれていた。
「オウネ カズミ!」
メモ用紙にしっかりと書かれたその文字と自身の顔を交互に指差し、そう何度も繰り返す魔物。
やはり自分の名前なのであろう。こちらからも指を指してカズミ?と呼びかけると、満足そうに頷いた。
その後続けて新しい紙に今度は図のようなものを描き始め、描き終わるとまた同じように突きつける。
紙に描かれた物は、恐らく魚と思わしき物体と、皿。
それを押しつけるようにして渡すと、猫用ベッドへと歩いて行き、いつもエサを入れるのに使っていた皿を持って帰ってきた。
やはりその皿を同じように突きつけられ、同時に魔物のお腹からぐうぅ、と音が聞こえる。
「・・・腹減っただけかよ!さっきも俺の昼飯取ったばっかりだろ!」
「うにゃー!(ぷりーずぎぶみーめしー!)」
この状況でも空腹を訴えるその度胸には感服だが、皿をもって腕をぶんぶん振りまわして耳をピコピコ動かす様子は、なぜか見ていて嫌な気持ちにはなれなかった。
しばらくは二人睨み合いを続けていたものの、結局押し負けて渋々棚の奥にしまってあったニシンを引っ張り出す。
「・・・これ食わせると今日のお前の夕飯用に取っておいた物だから、また新しく買わなきゃいけないんだが」
この時夕飯を抜きにする、という発想が浮かばなかった辺りはやはり自分は甘いのか。
ニシンの尻尾を指でつまんで魔物の前にぶら下げると、「おぉー」と歓声を上げて口を半開きにしていた。
「・・・やっぱどことなく猫っぽいな」
やはりお腹が空いていたのだろう、我慢できなかったのかよだれを垂らしながら、ぶら下げられたニシンに食らいこうとする。
それを腕を持ち上げてひょいとかわすと、魔物の口が空を噛み、キッと鋭い視線を向けたと思うと今度は右手で叩き落そうとする。
さらにそれをもう一度かわす。次は左手が伸びて、それをかわすとまた口で食らいつこうとする。
最後に全身で飛びかかるようにしてニシンを狙うが、こちらもそれに合わせて天井ギリギリに投げ上げて自分は身を引く。魔物はそのままの勢いで床に倒れ込み、投げたニシンをキャッチした自分に全身の毛を逆立てて威嚇した。
「か・・・可愛い!!見た目こんなでかくなったけど動きと反応は猫だ!!なんだコイツ!!でかいだけの猫に見えてきた!!ごぶぁっ!!」
その反応に思わず吐血しながら床に倒れ込む。何と言う破壊力・・・見た目は魔物だが心は猫!嫌いなはずの魔物と大好きな猫が一体となっているこの背徳感!!
突如血を吐いて倒れ込む自分に驚いた魔物が慌てて駆け寄るが、興奮したときの吐血グセがあるのは慣れていることなのでそれを制する。
「げほっ、げほっ。ああ、面白いものが見れた、クソッ、俺の負けだよ持ってけ!」
体をおこして床に座り直すと、魔物めがけてニシンを放り投げてやる。それを今度は逃がすまいと華麗に空中でキャッチと、喜んで食べ始めた。
あまりに嬉しそうに食べる様子を思わずまじまじと見つめてしまうが、やがて魔物であると言うことを思い出して気を取り直す。だがニシンの頭から口に含んだ魔物はゴロゴロと喉を鳴らしてこちらへすり寄ってくるのだ。そのあまりに猫らしい動作に思わず頭を撫でたくなるが、コイツは魔物と心で言い聞かせて必死に自身を抑制する。
「おっす戻ったでー。ってどうした旦那。口と鼻から血が垂れ流しやが」
何ともおかしな葛藤を続けていると、やがてプラムが帰ってきた。
すり寄る魔物と血を吐き続ける自分を見てやはり冷たい視線を向けるが、とりあえず無視することにした。
「よぉ、戻ってきたか。それより何だったんだ、突然一回家に帰るだなんて」
「いやぁ、言語が分からんなら良いもんあったなぁと思ってな。ほれ、これ」
プラムは器用に両翼でカバンの口を開くと、中に入ってるものをこちに向ける。
中には何とも形容し難い、灰色のプニプニした四角い物体が入っていた。
「ジパング地方の特産品で、『こんにゃく』と呼ばれる食べ物や。んやけど、これは魔物の魔力が込められとる。これはなんと、一口食べればどんな国の言語でも瞬時に翻訳して相手に伝えてくれると言う魔法道具・・・。人呼んで『翻訳こんにゃくおみs』」
「待て待て、何だその常識のない物体は!!つまり食うだけで万国共通言語となると!?ってかなぜか色々とダメな気がするんだが!!」
「はっはっはー!魔物の魔法の技術を舐めてはいかんぞ!ヒト種の常識など通用せん!人間の技術力ではこんな便利道具を作ろうとしても、22世紀ぐらいにならんと作れへんと言われとる。こんな便利道具まで作ってしまわれるとは、まさに魔王様様やな!」
「なぜだろう、とてつもなくダメなことをしている気がするんだが・・・」
「あとで青い猫を見つけたら謝っといてな!」
謎の罪悪感を感じながらもその『こんにゃく』とやらの一部をナイフで切り取ると、ぷにっとした感触と水に覆われたような冷たい温度を感じた。
正直自分には食べ物には見えないが、切り取った物を魔物に渡すと目を輝かせて受け取り、何のためらいもなく口に放り込んだ。
かなり食感が気になる食べ物ではあったが、しばらく味わうように咀嚼した後、幸せそうに目を閉じて飲み込むと、口を開いた。
「うにゃ〜、久しぶりにジパングの食べ物が食えたニャ。なんとも懐かしい味というか何と言いますか・・・」
「うぉ!しゃべった!今まで喋らなかったわけじゃないけどようやく理解出来る言語を発した!」
「んにゃ?あれほんとニャ、キアラ殿がジパングの言語話してるニャ!」
突如言葉が通じるようになり二人して驚くが、唯一プラムだけは両翼を胸の前で組み、誇るような表情でその様子を見つめていた。
「んー、そこの猫さんにも事情を説明するとやな、そのこんにゃくには魔力が込められとって、食えばこっちの国の言葉が分かるようになる、ちゅーわけや。便利なもんやろ?」
「にゃるほどー。わざわざミィのためにありがとニャ!」
そう言って魔物は頭を深々と下げる。意外と礼儀作法は持ち合わせているのか。
「・・・とりあえず確認するが、本当にお前は俺が拾った猫・・・なのか」
「うむー、いかにも。なんにゃらここ一週間の御飯のメニューを間違いなく言える自身もあるニャ!」
「OK理解した、その食い意地のよさで分かった」
「とと、一週間ほど挨拶が遅れたニャ!ミィはジパングの江戸と呼ばれる所の出身、『桜猫 和海』ニャ!以後お見知りおきを〜」
「桜猫・・・ねぇ。確かにここらへんじゃ聞かない響きの名前だ。俺はキアラ=マルトス、この街の・・・何でも屋だ」
「カッコつけへんでもええやん無職やろ。それと、ジパング地方は先に名乗るのがファミリーネーム、後ろがファーストネームやで旦那。和海さんやな!ええ名前やないか!あっしはこの街の新聞配達屋、プラムや!よろしゅうな!」
「うにゃ!二人にはお礼を言っても言いきれないほど感謝してるニャ!ありがとうなのニャ!」
全員の自己紹介を済ませたところで魔物・・・、もとい和海というらしい。は先ほどよりも更に深くお辞儀をする。
ついつられてこちらもお辞儀を返してから頭を上げ、気になっていたことを聞くことにした。
「・・・で、いきなりだがお前は何者だ?一週間前に海上を漂っていた幽霊船で保護したが、まさか遠い異国の魔物だとは。一体何がどうなってこんな所へ?」
「ジパングと言うと、この世界の果てにあるとまで言われる遠い国や。これはあっしも興味あるわ」
「・・・それは、・・・話すと長くなるニャ。どこから話せばいいものか・・・ええっと」
そういい、和海は語り始める。自分がいかにして、この街に辿り着いたか。
遠く離れた異国の地、文化も、人も、魔物もこの国と大きく異なる別世界。
ジパング地方と呼ばれるその国で、和海の元の飼い主であった一人の男性は、常日頃から新天地を目指して旅に出るのが夢だったという。
男性は、長年同士と資金をかき集め、何人もの船乗りを雇い、巨大な船を入手するまでに至った。
詰め込めるだけの食料を詰め込み、乗せれるだけの人を乗せ、和海は男性と共に船に乗り込み、まだ見ぬ新天地を夢見て長期間の航海へと旅立ったのだ。
船の旅は最初の数週間は順調だった。魚を釣り、船の上で調理し、毎日どんちゃん騒ぎで航海を進めたという。
陸伝いに船を進め、食糧を確保しながら北へ向かった。
しかしある日、船は大きな嵐に巻き込まれ、何日もさまよった挙句、気付けば極寒の海の上にいたという。
それでも和海の飼い主であった男性は新天地を目指し、狂ったコンパスを片手に航海を進めた。
そのまま何カ月も見知らぬ海を彷徨い、やがて船に積み込んだ食糧も底をつき、人々は次々と病に倒れていった。
沈まない太陽と、感じたことのない寒さ、分厚い氷の隙間をなんとかかいくぐるような船旅。不思議な世界に迷い込んでしまった生き残った人は、食べるものも少ない中、倒れた仲間を喰らい、船の一部を燃やし、体を寄せ合い寒さをしのぎ、それでも必死に陸地を求めて船を進め続けた。
だけど、日に日に船乗りの数は減り、最後まで生き残っていた主人の最期も看取り、気付けばいつしか残っていたのは和海一人。
和海が生き残れたのは、猫の状態であれば長い毛で寒さをしのげるし、少ない食べ物で生きながらえることが出来たからだ。
そうは言ってもやはり限界はあった。食べる物が一切無くなり、船の壁をかじって飢えをしのぐ日が続き、ついには動くこともできなくなり、一度は死を覚悟したという。
「・・・そこで、キアラ殿に拾われたのニャ。・・・ミィは運がよかったのニャ」
和海は震える声で語り終えると、俯いて目を伏せてしまった。
話の中頃から肩が震え始め、後半はえずいて言葉が途切れることも少なくなかった。
辛いことを語らせてしまったかもしれない。聞いてしまったことを少しだけ後悔し、涙をこらえる和海の頭をそっと撫でてあげた。
「あの極寒の海を渡ってきたんか・・・。今年は暖かいとは言え、あの海は氷が分厚すぎてここまで来れたことすら奇跡やわ。辛い思いしてきたなぁ和海さん・・・」
「ミィが悪かったのニャ。馬鹿な航海に出ようとするご主人様を止めなかったのが悪いのニャ・・・。ヒトの姿に戻って一言言うだけで止めれたかもしれなかったのに!」
「落ち付けドアホ。テメェは悪くねぇだろ別に。大体新しいものの発見だとかには犠牲が付きもんなんだよ。それにテメェが生きて、この街に辿り着いてるじゃねぇか。新天地・・・かどうかは知らねぇが、お前達の知らない場所に辿り着いたんだろ?もちろんベストな形とは言わんが、十分収穫ありの旅だった、って言えるだろ?」
口下手な自分ではあるがどうにかそれだけ言いきると、俯く和海の髪の毛を少々強引にかき回す。
しばらく誰も何も言わず重苦しい沈黙が流れ、和海のすすり泣く声だけが部屋に響く。
あのプラムですら険しい表情で黙りこみ、頭を抱えてしまった。
「あー、なんだ、テメェらが黙りこむと調子狂うじゃねぇか。んで和海、テメェはこれからどうするんだ?この街で暮らすのか?」
撫でていた腕を下ろし、俯く和海を覗き込みながら問う。
和海は少し悩み込むように黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「・・・・・・ミィは。・・・生まれた街に・・・帰りたいニャ」
俯いたままの口から、小さく、だけど力強い返事が返ってくる。
ふさふさの両腕で涙をぬぐうと、ゆっくりと顔を上げて真っすぐな視線を向けられる。
「ミィはジパングに戻るニャ。戻って、仲間がどうなったかと、もうこんな危険なことはしないように伝えないといけないニャ!・・・キアラ殿には世話になったニャ。もう体力も回復してきたし、ミィはそろそろジパングに帰るつもりでいるニャ」
「馬鹿野郎。どうやって帰るつもりだよそんな遠くの国まで。大体どうやって帰るつもりだ」
「そんなこと・・・分かんないニャ!けど、ミィは帰ってこのことを伝えないと・・・!」
「・・・ん、ジパングやったら、おおよそ方角は分かる。時間はかかるけど、陸路で長いこと進んで、その先にある島国や」
突如黙っていたプラムがそう呟き、驚いた和海と自分が同時に視線を送る。
ずっと黙っていたのはジパングへの道を考えていたのかもしれない。ぶちまけた新聞などの紙の山を何やら漁り始め、一枚の地図のような物を引っ張り出し、机に広げた。
「えーっと、今おるんがここ、このでっかい大陸の端っこ。んで、この大陸をずー・・・っと東に向かって進むと、その先に黄金の島国の存在がある、って書かれとる。これがジパングのこと。ヒトはもちろん、魔物ですら行くのをためらうほどの距離やな。やけど、無理なわけじゃないと思うで。道中何があるかも分からへんし、何カ月、何年かかるかも分からへんがな・・・」
プラムが指した二点は、見たこともない大規模な地図の中央と端。恐らくジパングという国は、地平線の先のその遥か彼方先だろうことが容易に想像がつく。
机の上に広げられた地図をじっと眺め、和海は複雑そうな顔を作る。
だがその視線はプラムが指し示した点、ジパングと言われたその一点を見つめていた。
「はーあ、あっしもお人よしが抜けへんなぁ。こんな無理な旅に出させても、辿り着けるかどうかなんて分からへんっての。この街に留まらせるのが安全上一番なんやけどなぁ」
「・・・ありがとニャ、方角さえ分かれば、あとはなんとか帰ってみせるニャ」
和海は静かにそう呟き、頭に地図の内容を叩き込むと言って食い入るように見始めたが、地図は何枚かあるからと言われ、プラムからもらっていた。
もらった地図を丁寧に畳んで服の中にしまうと、何か意を決した様子で立ち上がり、開かれた窓の外に視線を送った。
「もうミィは動けるし、いつまでもここに世話になることも出来ないニャ。短い付き合いだったけど、二人には本当に感謝してもしきれないニャ。・・・ミィは今からジパングに帰るニャ!」
力強く宣言する和海に、プラムは「おう!応援するでー!」といつもの調子ではやし立てる。
和海はこちらの方へ振り返ると、何やら自身の服の中をまさぐり、平たい袋のような物を取り出した。
「今まで世話になったけど、お返し出来るものがこれぐらしかなくて悪いニャ・・・。我が国のお守りニャ!これを持っていれば、神様仏様がいつも守ってくれるのニャ!」
「・・・・・・」
「・・・不服なのは分かるのニャ、だけど、これが今持ってる物の中で一番大切なものだと思うニャ・・・。受け取って欲しいのニャ!」
半ば強引にお守りを手渡されると、和海はまた頭を下げ、最後に猫用のベッドを見た。
「世話になったニャ。このことは国に帰ったらみんなに自慢できるニャ」
少し名残惜しそうな様子だったが頭を振って振り払うと、最後にもう一度頭を下げて、玄関に向かって歩きだす。
その後ろ姿はとても小さく、彼女のしようとしていることの大きさに押しつぶされてしまいそうにすら見えた。
「・・・ったく、こういう時は自分の性格が嫌になるな」
「ん?どないした旦那?」
なぜ放っておけないのか。和海は魔物なのでそこいらのニンゲンよりずっと強い。心配することも、そう多くないはずだ。
だけど、わき上がる感情を抑えることが出来ない。これまで感じたことのないような不安ともとれる感情が行動を起こした。
猫のエサ入れの皿を手にとり立ち上がると、それを八つ当たり気味に和海に向って力一杯に投げつけた。
かなりの速度で飛んでいったそれは和海の頭に見事的中すると、ゴッ、と鈍い音とともに跳ね返り、和海自身も玄関のドアに顔面からぶつかった。
「っ〜〜〜!!!!何するニャこのバカ!!!」
「うるせぇどっちが馬鹿だこのドアホ!!今すぐジパングに向かうだぁ?俺が準備する時間がねぇだろぉがボケ!!一日ぐらい待ちやがれこのクソ猫が!!」
「・・・は、はぁ?」
「だ、か、ら!俺も付いてくってんだよ!!一人でそんな長旅が出来るわけがねぇだろ!お守りも旅する人間が持ってなくてどうするんだ!」
手渡されたお守りを手の平をこじ開けて返却し、げんこつを作って軽く頭に乗せる。
言葉の意味を理解出来ないのか、ぽかんとその場にたたずむ和海。
怒りからなのか恥ずかしさからなのか、自分でもわからないが顔が真っ赤になっているのを感じ、後ろからプラムの噴き出す音が聞こえるが、無視して和海に歩み寄る。
「オラ、まず買い出し行くぞ。まず酒だ酒、何しようとしてたかしばらく忘れてたじゃねぇか。そんで、旅に出るんなら必要なものとか調べてかねぇと途中でのたれ死ぬぞ。街で情報も集めないといけねぇだろうが」
「キ・・・キアラ殿?」
「殿もうぜぇ。キアラでいいんだよ、ったく・・・」
「あっ・・・ちょちょちょっと待ってニャ!!もにゃぁー!耳引っ張るにゃー!!」
顔を真っ赤にして動こうとしない和海の耳をつかんで無理矢理外に引きずり出す。
プラムの笑い声がついに大爆笑へと変わるのを無視して、和海を引きずりながら街の酒場へと再び足を向けたのだった―――
―――旅先で野宿する時のための毛布、水を持ち運べるように大きめの革袋の水筒、保存が効く干し肉や干物など、必要そうなものを買い込み、移動用に馬一頭も手配した。
魔物の力を借りるのは気が引けたものの、和海のためということでプラムからも旅の先々で寄ることになりそうな街や集落の情報の知る限りを教えてもらい、「ネコマタと男の旅人を見かけたら力を貸すように」という伝言をハーピー仲間伝いに魔物たちに広めてくれることも約束してくれた。
世話になった人達にも適当に挨拶に周り、ようやく家に辿り着く頃にはもう真っ暗になっていた。
「ぬあぁぁぁ・・・っと、久しぶりに昼間から歩き回ったもんだからさすがに少し疲れたな」
「ぐふっ、もにゃぁ・・・荷物多めに持つとかは男性ならやらないかにゃぁ・・・まだ病みあがりだっていうのに、なんできっかし等分なんだかにゃ・・・」
荷物をとりあえず下ろしてベッドに座ると、和海がついに力尽きて床に倒れ込んだ。
その様子を見ながら買ってきたビールに早速手を伸ばし、中を覗き込む。
「おいおい、そんな体力でジパングにまで帰るとか言ってたのかテメェ。こりゃ放っておいたら街から出て一日も持たねぇででくたばってただろうな」
「う・・・そんなことは・・・ない・・・にゃ・・・」
「目をそらさずにそれを言えたら信じてやる」
考え直してビールの栓をし、それも旅用の大きめのカバンの中に投げ込む。
床に潰れたままの和海は顎を床につけたまま眠そうにしていたが、やがて静かに口を開いた。
「・・・一つ聞きたいんだけど、なんで・・・付いてくるなんて言いだしたのニャ。キアラ殿は、この街での生活とかもあっただろうし、それを捨ててまですることじゃないのニャ」
「ああ?だから殿はいらねぇってんだろ。・・・なんでか、か・・・そんなもん決まってんだろ」
そこで一回区切る。自分でもよくよく考えなおしてみる、旅に出ること、外の世界を見ること、色んな人と出会うだろうこと、和海のこと。
色々と思うことはあったが、そこで一つため息をついた。
「・・・なんニャ?」
「そうだな・・・きまぐれ、だな」
「きまぐれかニャ!?そんな一時の気分だけで故郷を離れるだなんて言うかニャ普通!!」
「るせーんだよ、一回やりてぇと思ったことはやるのが俺のモットーなんだよ。人のモットーに文句つけんじゃねぇ」
和海は少し納得がいかないようだが、無視して上着を脱いで投げ捨てる。
さっさと寝てしまおうと思ったが、考えれば和海の寝るスペースを用意していなかった。
「・・・そういえばお前って、猫の姿には戻れるのか?」
「ん、別にそれぐらいは。あらよっと」
器用にうつ伏せのまま体を跳ねあげると、着地するまでの一瞬の内に見なれた猫へと姿を変えた。
猫らしく身軽に着地をすると、そのまま「みゃあ」と一度だけ鳴いた。
「あれ、鳴けることもないけど、普通に話すのも出来そう。あのこんにゃく意外とすごいのニャ」
「うおっ、猫が喋った!・・・むぅ、猫と会話出来るというのは・・・悪くないな」
「え、ええっと・・・それで、猫の姿になってどうするのニャ?」
「・・・ああ、この家は俺の一人暮らしだからな、当然ベッドが一つしかない。俺はベッドで寝るから、お前はそこの猫用ので寝ろ」
「んニャ・・・にゃんですとー!?だからぁ!普通そういうのはか弱い女の子をベッドで寝かせて自分は毛布にくるまって寝るとか言うのが男ってもんでしょ!まぁあのベッドが快適ではないのかと言われれば快適なのだけど・・・ヒトとしてどうかと思うニャ!!」
「うるせぇ俺はそこまで親切な人間じゃねぇんだよ。俺だって疲れてんだから、お互いを考えればこれがベストだろうが」
「くっ・・・なんという無慈悲な男ニャ・・・だけど、その言い分には一理あるニャ・・・」
「わかったらとっとと寝ろ。明日朝一番でこの街出るぞ。荷物持つの手伝わせるから、テメェも起きろよ」
「う・・・ぐ・・・わ、わかったニャおやすみニャ!!」
二人そこで話をやめ、お互いにベッドに入り目を閉じる。
別に和海にベッドで寝かせてもよかったのだが、それ以上にやりたかったことがあるのだ。
和海は今は猫の状態。寝ている猫というのは見ているとすごく癒されるのだ。
ただ単に、猫の寝顔が見たいだけ。さすがに怒られそうなので、そんなこと直接言う気はなかった。
「はふぅ・・・可愛いよなぁ・・・。この状態なら可愛いままなのに・・・。こんな可愛い猫と離れるなんて嫌じゃねぇかよぉ・・・」
自分でも馬鹿らしいと思うが、旅に付いて行く理由にこの猫のこともやはり大きかった―――
―――・・・一つ重要なことを忘れていたかもしれない。きまぐれで和海に付いて行くとは言ったものの、問題があったのだ。
自分が大好きな猫であるのも事実だ。やはり可愛い。ってかやばいマジ可愛い。
だが、彼女の半身はネコマタと呼ばれる魔物である。それもまた事実である。
そして魔物という生き物は、どの種も洩れなく好色で、積極的に男性と交わろうとする。
あまりに普通に接していたので忘れていた。だが今はハッキリと実感した。和海は魔物なのだった。
「なぁ和海、一つ聞きてぇことがあるんだが」
そう問うと、わざとらしく首を傾げて疑問の動作を作る。続きを言えということか。
「俺達、旅に出るんだったら、お互いそれなりに信頼とかいるよな?」
今度はコクコクと頷いて返事を返す。
「OK、ここまで話が通じてよかった。じゃあなぜテメェは人の寝込みを襲ってるんだ?」
大人しくベッドで寝ていたはずの猫・・・今はヒトの姿になっている和海が、ここでようやく口に含んでいたモノから離れる。
口の中に残ったものを舌で絡めて遊んでから、それを飲み込んでようやく返事を返した。
「んにゅ?これも信頼の証ってことにならないかニャ?ミィの口の中もなかなか気持ちの良いものだったであろーう!」
「この・・・ド阿呆がっ!!」
猫状態の和海の寝顔を満足するまで眺めた後、眠りについたのだが、しばらくして下半身に違和感を感じ目を覚ますと、ベッドに和海が潜りこんできていた。
いつの間にか自分は下半身に身につけていたものを全て脱がされ、対して和海はいつも通りのジパング特有の衣服を身につけていた。
寝ぼけて上手く働かない脳みそのままに快感に流されぼーっとしていると、意識がハッキリして来た時には和海の口の中で果てていた。
気持ちよくなかったと言えば嘘になるし、なんだかもったいないような気もしたが、そんな感情に浸る前に色々と問題がありすぎた。
「なんニャ。人の寝顔をじろじろ見てきたクセに。ミィが股間をぺろぺろしてるのは許さないと言うかニャ。不平等ニャ!」
「うっ、ばれてたのかよ!だけどそれ以前にその二つはつりあわねぇだろうがボケ!」
こちらが怒鳴り声を上げているのも知らぬ顔で、顔や服についた精液を拭い、舐めとる和海。
必死に怒りを起こそうとするも、その動きの一つ一つが扇情的で、一度出しておきながらも身体の奥から強い欲求を感じてしまう。
猫が顔を洗うように精液を舐めとると、そのままの手で男根を押しつぶしながら前のめりに顔を近づけられる。
まるでこちらの心情を見透かすかのような細い瞳孔に至近距離で見つめられ、和海の着ている衣服から、髪から、こちらの欲望を煽るような甘い香りが鼻腔をくすぐり誘惑する。
「んー・・・まぁ何はともあれ一発どうかニャ?誘惑の魔法が効いてきてるはずだから、そもそも我慢出来るとも思わないのだけどニャ・・・?」
「っ・・・そんな小細工しやがって・・・!」
誘惑の魔法のせいなのか、今上に乗っかられている状況でなければ、今すぐにでも押し倒したいほどの衝動に駆られる。
この状況でも体の小さな和海を払いのけ、立場を逆転させることなど容易いことだったが、それはなんとか理性で抑えている状態だった。
そんな心の葛藤を知ってか知らずか、和海は細い瞳孔を更に細め、唇が触れんばかりに近づいて甘い声で囁く。
「にゃふふ・・・心配しなくてもいいのニャ。魔物とヒトでは普通よりも子供は出来にくいニャ。ちょっとやそっとじゃ影響しないのニャ。安心するニャー」
その言葉を聞いて理性のタガが一つ外れる。
無意識に体が動き、和海の両肩つかんで体をひねる。
気がつけば和海を押し倒した形になっており、思わず自分の行動に驚くが、下半身から感じる体の疼きが行動を止めさせようとはしてくれない。
「テメェ・・・責任とれよ・・・」
「そういうセリフは言う方が逆だと思うニャー」
その言葉に流されかけてた理性が一瞬戻りかけるが、またすぐに色欲に塗りつぶされる。
少々乱暴に和海の両足をつかみ、広げると、むき出しになった和海の蜜壷が露わになった。
「こんなこともあろうかと下は常にはいてないのニャ!魔物として当然のマナーなのニャ!」
「いくら魔物でも下半身露出させて歩いてるのは見たことねぇよ!!」
「にゃんと!この国の魔物はずいぶんとオクテなのかにゃぁ」
場違いな会話で空気は和むものの、やはり体の疼きは止まらない。
我慢できずに自身の先端を和海の蜜壷にあてがうと、いつでも受け入れ可能であることを示すようにぬるりとした感触が伝わってきた。
「ふあっ・・・、こう見えても実はまだ初めてだから・・・、その、やさしくしてにゃん?」
「そういうことはこの魔法を少し弱めたあとに・・・言えっ!」
「ひっ・・・にゃあぁぁ!!!」
話しながらに腰に力を入れ、一気に最奥まで突き抜く。
和海の体が大きく跳ね、同時に膣にヒダがモノに絡みつくようにして締め付けられる。
挿入の刺激に思わず身体が震えるが、その行為により身体の中の欲望に火が付き、余韻に浸ることなくいきなり抽送運動を始める。
「んっ、にゃぁっ!そんながっつかないのニャ!も、もうちょっと最初ぐらいゆっくりする、にゃあんっ!」
和海の膣内は程よい抵抗こそ感じるものの、拒絶されるようなことはなく、包まれるような感覚で締め付け、脳が白くなるほどの快楽を受ける。
初めてである、と言った証拠である鮮血が愛液に混じり薄く染み出るが、本人に痛みは薄いようで快楽に蕩けきった表情をしていた。
とはいえ、たとえ少々痛そうな素振りを見せたとしてもそれに対応することは出来なかったかもしれないが。
「こ、これは・・・んっ、思った以上にっ気持ち良いのにゃっ!はっ、膣で・・・おっきいのが動いてるのにゃぁっ!」
何度か膣を突く度に角度を変え、その都度変わる和海の反応を楽しむ。
弱いところを探すように何度も角度を変え、一番反応のよかった所で固定した。
服の中に腕を突っ込み胸をまさぐると、それに反応して和海顔がさらに上気し、口から小さな声が漏れる。
行為によって服が乱れ、両肩が露出したその様子はひどく扇情的で、下半身にさらなる熱がこもる。
「ふっ、くんっ!ナカで・・・まだおっきくなってるにゃ!ミィも・・・気持ち、よくって!」
やがて抽送運動を続けていくうちに段々と和海の声が高く、切迫しているものへと変わっていく。
膣もリズミカルに収縮を始め、限界が近いことを告げる。
もう少し和海の膣を堪能していたかったが、自身ももう限界が近い。
胸をいじっていた腕を引っ込め、全身を支えるようにして腕をつくと、突きあげる速度を上げてラストスパートをかける。
「やあぁっ!!そんなに・・・したら!!イクっ、イっちゃうにゃあぁ!!やらっ!みぃだけじゃなくって・・・きあらもぉ!!」
「おう・・・俺・・・もっ!」
その言葉を合図に和海の身体が弓なりにしなり、身体がビクンと震える。
膣内はまるで絞りとろうとするかのように収縮し、その刺激が強い射精感を引き起こした。
最後に理性が働き、男根を勢いよく膣内から引き抜く。その際にカリで抉るような刺激を双方に与え、溜まっていた物を吐きだした。
「ふあぁっーー!!!」
和海は一番甲高く叫び、全身を硬直させる。
そんな和海の衣服の上を、顔を、引き抜かれた男根から吐きだされた精子が白く染め上げていく。
射精後の強い虚脱感に襲われ、力の抜け切った身体を和海の横に並べ、二人無言で荒くなった呼吸を整える。
何かを話かけようとも思ったが言葉が出ず、どうしたものかと考え向きを変えると、不意に和海と目があった。
荒い呼吸のままだがなぜか表情は不満気で、少し膨れた顔をしていた。
「ぶー、外に出すだなんて意気地なしだにゃー。せっかくの着物がべとべとになっちゃたのニャ!」
「はぁ!?知るかよんなこと。・・・それに仮にもこれから長旅だっていうのに、万が一にでも子供なんて出来たらどうするつもりだよ」
「こっちだって魔力の補充が上手くいかないのニャ!ちゃんと意味ある行為なのでナカに出すようにするのニャ!」
「んなもんそこらの飯で補充しろ!こんな生活続けてたら気がどうにかなるわ!」
「ミィにメロメロにされた地点でどうにかなってるニャ!諦めて言うこと聞くのニャ!!」
「るせぇ!誰がテメェの思い通りに何かなるか!・・・はぁ、疲れるわテメェといると・・・」
「普通男にとってはこれはご褒美ニャ、怒られることなんて無いはずなのにー!こっちだって気の使い方に困るニャ!」
「んだとテメェ!」
「なんニャ!もう一戦交えるかニャ!?」
「そうはならねぇよ!!」
だけど、一緒にいると、なんだか楽しい。
お互いにそんな気持ちを抱えていたものの、口に出すのは恥ずかしくて、照れ隠しに口が悪くなって口論になってしまう。
この時自分に芽生えた感情が何なのか。その正体に気付くには、まだ少し時間がかかりそうだった―――
―――窓を開け、夜風に当たりながら昼に買ってきたビールを口にする。
安物で苦いビールを喉に流し込み、わずかなアルコールの味を噛みしめる。
「・・・またお酒を飲んでるのニャ。あんまり飲み過ぎるのも体によくないと思うんだがにゃぁ」
「なんだ、まだ起きてたのか。明日早いんだから、とっとと寝ろっての」
「うにゃーまだ身体が疼いて・・・冗談だニャ!そんな怖い顔しないでほしいニャ!・・・それにしても、キアラどの・・・キアラは、ビールが好きなのかニャ?」
「ん?ああ、好きだよ。そりゃもう毎日飲んでなきゃ死にそうなぐらいにはな」
「あ・・・アルコール中毒だニャ・・・救いようが無いのニャ。ミィはひどい男に拾われたのニャ」
「言いたい放題だなテメェ・・・。酒飲んで気分良くなってなかったら間違いなく一発ブン殴ってるぞ」
楽しそうにクシシと笑う和海を見て、思わず頬が緩む。
普段はそこまで美味いと感じない酒が、この時は少し気分よく飲めたのだった―――
―――やがて和海は静かに寝息を立て始め、本格的に夢の中へ入っていった。
そんな頃にもまだ一人ビールを飲み、宝石を散りばめたような、夏の星空を見上げ続ける。
静かな時の流れの中、突如肺が痛み、せき込む。
「ゲホッ!ゲホッ・・・!チッ・・・ったくうぜぇな・・・」
押さえた手を離してみると、そこにはべったりと吐き出した血が付いていた。
体を蝕む病魔。最初に血を吐いたのは3年ほど前だったか。
気が付いた時には手遅れだった。患ったら最後、生き延びることは出来ない死の病。
高い治癒効果のあると言われるユニコーンのツノを砕いた粉を酒に混ぜ、毎日飲んでいるが、症状は重くせいぜい進行を遅らせる程度にしかならない。
これまで2年間は親から離れ、自分の残された人生やりたいことを自由にやるように、金もいくら使っても構わないと言われた。
最初の内は遊び呆け、さまざまな娯楽を楽しんだがやがて虚しいだけと気が付いた。いつしか誰かの役に立って死にたい、そう思い様々な仕事を試してみた。
そして今は横で眠る『助けたいと思った一人の少女』。彼女をジパングにまで送り届ければ、一つ大きな人助けとなるだろう。
そんなことを、考えていた。
医者に発病当初言われた余命は3年。それも、ゆっくりと毎日を過ごしたと仮定して。
それから2年。残された時間は、旅を終えるのに十分な時間とは言い難い。
「・・・教団に怒られそうだが、俺は神様なんて信じるタチの人間じゃねぇんだが・・・。一つ頼みが出来たぜ。俺はもういつ死んでもいいって今まで思ってたが、せめてコイツを送り届ける間だけ、生き長らえさせてくれねぇかなぁ。そんぐらいいいだろう?カミサマよぉ・・・」
旅立ちの前夜。誰にも知られることもなく、一人血の味のする不味い酒を飲む。
少女の願いを叶えるために。忍び寄る死神を、遠ざけるために・・・。
11/12/22 17:21更新 / 如月 玲央
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