第一話 初交渉 クイーンスライム
21歳の若さではあるが。宮廷魔術師エルンスト・マクスウェルは、一面の白、一面の赤、一面の緑に一面の桃色…まぁ花畑にはいろいろあろう。一面の白、といえば雪景色のことだ。赤は、バラ園も見たが、ひどい血の海だって見たことがある。さて話がそれたが、大抵の色が大地を覆い尽くすのは見たことがある。しかし…一面の青、それも濃厚なサファイアブルーを見たことは未だかつて無かった。いささか気分が悪いのは、たぶんその色のせいだけでは無いのだろうが。
エルンストは黒に銀をあしらったマジシャンローブを纏い、船の舳先に取り付けられる女神像にも似た意匠が施された杖を少し持ち上げながら、ぬかるむ青い大地を踏みしめ歩き続ける。その少し先には、女性の姿が、滑るように先導していた。
「ふぅむ…まぁ、さすがに上物、なんですかねぇ…。」
どこか苦い笑いを浮かべながら、エルンストはその姿を見定める。聞こえたのだろうか、彼女が動きを止めて、こちらに向き直った。大地と同じ青い色の、一糸纏わぬ女性の姿。スライム、である。愛らしい顔は無表情のまま、少し首だけを傾げる、その仕草も実に男心をくすぐる。
「いえ、あなたが美人だ、というそれだけの話ですよ。」
今度は完璧なスマイルでサラリと歯の浮くようなセリフを出して見せる。町娘も宮廷のメイドも貴族の令嬢だろうが虜にするその笑みに対し、スライムは全くの無反応で前に向き直った。
「おや…まぁ、いいですけどね…。」
少し肩をすくめ、また前に進んでいくスライムを追うように、彼は再び青いスライム体を踏みしめて歩き出した。
(成程…自意識があるようには見えない。これが、中枢の女王に統制されると言うことか…)
歩きながら、首を巡らせて周囲を見回す。見渡す限りの青、1キロ四方にも及ぶだろう。スライムの変異体にして上位種、クイーンスライム。その中でも、観測されている中で最大級と呼ばれる個体…通称『メガロポリス』。エルンストはその中心部、即ちこのメガロポリスの女王を目指していた。
通常ならば、この中を歩くことなど自殺行為…いや、死ぬわけではないか。しかし、外縁部で兵士役のスライムに捕まり、彼女の誘惑に心が動く頃には数体のスライムに取り囲まれている。散々快楽漬けにされて抵抗力を失った挙句、女王へ献上され、二度と人里へは戻れない。クイーンスライムに接触した時点で、そういう天国みたいな状況が待っている。
それはそれで悪くないのだが、エルンストがそうならないのにはある理由がある。
端的に言えば。これが、エルンスト・マクスウェルの、魔物とのネゴシエイターとしての、初仕事なのであった。
それより少し前の事。エルンストは、自身の仕える国、ローエンハルトの王城にて、直々に国王に呼び出されていた。跪くエルンストに正対して、ローエンハルト国王が椅子に深々と腰掛けている。そして、その口から伝えられた言葉は、驚くべきものであった。
「…魔物との、共生…ですか?」
「うむ。…元老院、市民議員、全ての決議により、今朝決定した。」
冷静沈着を以て任ずるエルンストではあるが、これには度肝を抜かれた。これまで数年間、ローエンハルトは魔界軍との戦闘を続けており、現在その状況は膠着状態にあるとはいえ、既に領内の村はいくつか魔物の手に落ちている。
「…まぁ、ローエンハルトは魔術の国ですからね、教会の影響力も強くはありませんし。向こうにも、こちらを殺傷する意志が無いのであれば、共生も確かに可能かもしれません。」
「そうじゃろうな。…うむ、わしも、不可能ではない、と考えておるのじゃよ、エル。」
気さくな性格で臣下や民に親しまれる国王は、スラスラと考えを述べたエルンストに気を悪くした様子もなく頷いた。エルンストをニックネームで呼ぶなど、砕けた印象のある老人だが、これでも名君かつ名将として名を馳せている傑物だ。
「しかしの、エル。…不可能ではない、というが、必ずしも簡単な道のりではないと、わしは思う。何せ…違う種族じゃからのぅ。」
「陛下。…それは、国民感情のお話でしょうか?」
こちらを殺傷する意志を持たない新魔族とならば、争う必要など無い、とする意見も確かにある。その一方で、魔物との共生などゴメンだ、奴らを滅ぼし尽くせと、少子化や文化の衰退を憂い、魔物の駆逐を主張する声も小さくはないのだ。
銀縁のスマートなメガネを直しながらそう問うたエルだが、国王は首を横に振った。
「いや、それはこちらで何とかしよう。それに、共生とはいえ…魔物達にも、一定の分は守ってもらう。まぁ、会いたくなければ会わずに済むようなシステムを作ってみるわい。」
正直な話、少し、拍子抜けした。広報のシステムも魔術師の手による物であるのだから、宮廷魔術師たる自分がここに呼び出された理由はその操作であると、早合点していたのだが。
「…では、陛下。単刀直入にお聞きしても宜しいですか?」
「おお、すまんな、話が回りくどかったかな、エル?」
王が破顔して膝を打つ。エルとしても、この国王にはあまり怖れを抱かずに、気兼ねなく接することが出来る。
と、国王は背筋を正す。雰囲気そのものが荘厳になったのを感じ、エルンストも姿勢を正した。どっしりとした声で、国王が告げる。
「ローエンハルト王国、第19代国王、エドワード・ローエンハルトの名において、宮廷魔術師・エルンスト・マクスウェルに命ずる。汝を…魔物に対する交渉人として任命する。」
「はっ…謹んで、君命を承りました。」
頭を垂れて、答えるエルンスト。そしてしばらくして、ただいまの儀式が終わったことを確認してから、彼は顔を上げた。
「交渉役…ネゴシエイターですか。成程…魔物に、この講和と共生を納得させるのですね?」
「うむ。…向こうに飲んでもらう条件は、既に元老院によって明文化されておる。この条文、そのまますんなりと行くとは楽観できんが…何とか頼むぞ、エルンスト。」
期待を込めた言葉に、もう一度深く頭を下げる。
「そして…今から、本当に申し訳ない事を言う…。圧力をかけるような事はしたく無いのでな、この役目はお主一人に一任することとなる。そして、ゆくゆくは複数の種族との交渉も必要となるだろう。その際にも、できるだけ全体の状況を把握した人間…つまりは、お主に動いてもらう事になると考えておる。…すまんな、これは途方もない大役となるだろう…。」
「それは、願ってもない事です、陛下。美しい女性との逢瀬に男が混じるのは無粋。それに、多くの女性との出会いの場があるのは喜ばしいことで御座います。」
「なるほど、お主は本当に女たらしじゃなぁ、水鏡のエルンスト…泣かせた女の涙で『アクアフラッド』が唱えられる男、か。」
エルンストは国王と、二人して大笑する。確かに大役ではあるが、それだけに極めて重要な役回りだ。純粋に、愛国心からやりがいを感じるし、それに。
「この共生が長引いてくれれば、ゆくゆくお主にはその取締を一任する地位が約束されるだろう。」
「それもありがたい事です。…それで、手始めに、私はどこから取り掛かれば?」
「まずは、最も大きな方針を、最も大きな権力に伝えることから始めよう。…いきなりの大物だぞ、締めてかかるが良い、エル」
今一度、エルンストは最高の礼を返した。
そしてやってきたのが、この『メガロポリス』である。この個体は、このあたり一体の魔物に対して強い影響力をもち、魔界本国に対しても一定の発言力があるらしい。まず講和を急ごうとするならば、第一に狙うべきポイントとして申し分ない。
延々と続く青に飽き、案内役のスライムにも見飽きて、この任務を与えられた時の事を考えていたエルだが、前を進むスライムが止まったのを見て我に返った。見ると、まさに王城にある謁見の間、そこに置かれる王座を象ったような構造のスライム体があり、その上に、これまた王女の着るドレスのような服を着た女の姿の、スライムが座っている。
気品と母性、包容力に溢れた、優しく美しそうな女性だ。王座の周囲にも何人かのスライムが控えているが、それらとはまるで違ったオーラを感じる。間違いなく、彼女こそがこの『メガロポリス』の女王なのだろう。
彼女が、口を開く。
「貴公が…エルンスト・マクスウェルですか?講和と共生の話は聞いております。…遠いところからの御足労、ご苦労でした。」
優しい声で労われる。彼女が人間の女王ならば、それだけで忠誠を集めるだろう。エルンストは一礼して答える。
「はい。この度は、話し合いに応じて頂き、ありがとうございます、『メガロポリス』の女王よ。」
「それですが…私にも名前があるのですよ、エルンスト殿。私、クラリスと申しますの。もうずいぶん前に愛しあった人間の方につけていただいた名前ですわ。」
「成程…良いお名前です。それではクラリス様、早速ですが、こちらの条文を御覧いただけますか。講和の条文と…共生に際して、そちら側に対して私どもが出す要求でございます。…最も、後者に関しては、話し合いによって詰めていきたいと考えておりますが。」
エルが杖を一振りすると、空中に光の文字が描かれる。クイーンスライム、クラリスは、その文字をジッと眺めた後、手を上げた。すると控えているスライムの一人が、足場のスライム体から板のような物を取り出し、その形に文字を書き取り始めた。
(スライムにも、文字の概念はあるのか…これは、なかなか勉強になりますね。)
少し驚きながら、そのスライムにも見えやすいように、もう一つ同じ文章をその目の前に描き出す。それが終わったあたりで、王座そのものがこちらに近づいてきて、クラリスが発言した。
「いくつか質問をよろしいか、エルンスト殿。…講和の件に関しては、了解いたしました。私からこの地域の魔物、そして本国に伝えておきます。…申し分ありませんわ。それで、共生条件の件ですが。」
講和がすんなりと受け入れられたのは僥倖だ。まぁもともと好戦的な相手では無かったのだから、ここまでは全て計算通り。問題は共生条件で、ここからが腕の見せ所、と言う奴だ。
「まず、居住区を定め、原則そこから出ないようにする、というのはやはり譲れませんか?」
「それは無用の混乱を避けるためで御座います。お互いに十分歩み寄れたなら、いずれは本当の意味での共生も可能になるでしょう。近い未来、とは言えないかもしれませんが。」
「それを聞いて安心いたしました。」クラリスは本当に嬉しそうな表情を浮かべている。「原則、とありますが、例えば他の土地では、ハーピィ族が荷運びを行って人間と共生するケースもあります。このような状況はご存知でしたか?」
「それについては我々も考えております。職業を持つ魔族に対しては、免許制にしてそれを認める考えでおります。」
彼女はそれを聞いて頷き、次に少し眉をひそめて、
「男性との間に子を設けることを禁ずる、女性を魔物にしてしまう事を禁ずる。この二つですが、私たちも全く種族を増やさないと言うわけにはいきませんの…。」
「でしたら、子を設けることは制限付きで認めても構いません。…現在検討中ですが、魔物に対して戸籍制度を適用するという案も出ております。先程の職業免許制にしても、これによってスムーズに進むようになるかと。」
「…すみません、戸籍制度と子を設けることの関係が…よくわからないのですが。」
エルの流暢な発言に、クラリスは少し首をかしげて、問い返した。彼は頷いて、戸籍制度がどういうものであるか、それによって新たに生まれる子供の数を把握すれば、それをある程度コントロールすることも可能であり、また父親に対して、養育費の請求が可能になるという事を説明する。クラリスは、養育費の必要はないが、戸籍制度の重要性については検討する、と答える。
しばらくスムーズに話し合いが続いたところで、クラリスがまた質問を出した。
「…人間の、不当な拘束を禁ずる。…この不当な拘束、この定義ですが…。」
「家族、身寄りの無いものについては知人の手による、捜索願いもしくはこれに準ずる物が出され、その人物が魔物に拘束されていた場合、こちらから彼ないし彼女を解放するように要請を出させて頂きます。これに応じて頂ければ申し訳ありません。」
「よく分かりました。…つまり、こういう事ですか?」
そこで、不意に、クラリスの表情が艶っぽく、まさに魔物らしい表情になった。気づけば、距離が驚くほど近い。思わず鼓動が高鳴るのを感じた。
「男の人が、私たちに夢中になって、離れたくなくなるぐらい私たちを愛して下さっても…お別れしなくてはならない、と?」
突如としてこちらに向けられた、抗いがたい魅力に、若き宮廷魔術師は敏感にその真意を感じ取っていた。つまり、この一件こそが、向こうにとっては、最も受け入れたくない条件なのだ。
「申し訳ありませんが、それを認めてしまうと、私達人間の社会が立ち行かなくなってしまうのですよ。ご理解ください、クラリス様。」
エルンストは、すぐに平静を取り戻し、クールな笑顔で応じる。しかしクラリスはまるで悪びれた風もなく、甘い声で囁き続ける。
「ねぇ、でもそれって、すごく悲しくて辛いことですよ、エルンスト殿?もっともっと気持ちよくなりたいのに、もっともっと気持ちよくしてあげたいのに…それって、人間の男の方にとっても…きっと、撤回したくってたまらなくなる事だと思いますの。」
「それで…その気分を、私に知ってもらおうと…そういうことでしょうか?」
微笑を崩さないまま、こちらから斬り込むと、クラリスの青く透き通った顔は嬉しそうにますます色気を増す。気づけば、ドレスの部分だけがまるで溶けるように地面に滴り、裸体が覗いている。豊満で、瑞々しい、男ならば無反応ではいられない極上の肢体だ。
「物分りのよろしい殿方…だから、この役目に選ばれたのでしょうか?」
「女性の扱いには定評がありますので。…そういうことでしたら、クラリス、とお呼びしても?」
こちらも杖を置き、ローブを脱いで下着姿になる。適度に鍛えられた細身な体が顕になる。こうなればもう、やることは一つだ。
「構いませんわ。…ですが、エルンストとはいささか長くて呼びづらいですわね…。」
「知人は良く、エル、と私を呼びます。よろしければ、そのように。」
「それでは…エル?魔族と人間の、愛のために。…私に、溺れてしまいなさい?」
そう言って、クラリスはエルに抱きつき、濃厚なキスを迫ってきた。エルもそれに応じる。舌を絡めあうと、時々彼女が、ん、と声を上げるのが分かるので、スライムにも性感はあるようだ。
人間の女性とも非常に経験が豊富で、魔物とも何度か体を重ねた事のあるエルンストだが、女王というだけあってクラリスの舌使いはなかなか経験した事のないレベルだった。気をしっかり持たないと、気が遠くなってしまいそうなくらい快い。スライム独特の質感も手伝って、未知の快感と言う奴だ。
とはいえ、彼もローエンハルトきってのプレイボーイだ。相手の感じる部位を的確に調べ、そこを責める。だんだんと、同じくらいの高さにあった二人の頭の位置関係が変わってきた。クラリスの首から力が抜け、エルンストがそれを上から押さえ込む形になっていく。
「ん…んぅ…ぅん…ちゅ…」
独特の質感を持った頭や体を掻き撫でながら、キスを続ける。いよいよ激しく行こうかとエルンストが思った矢先、不意に口の中で動くクラリスの舌の、感覚が変わった。
「…!?」
思わず一瞬動きを止めてしまう。変形した舌…いや、もともと舌の形を取っていたに過ぎないスライム体が、突如として完全に予想していない位置を撫でてきた。予測外の快感に驚いたエルンストは目を開け、クラリスの顔に浮かぶ余裕の笑みを見た。
まずい。一度、唇を離そうとするが、首に回された腕が強い粘性を出して、抵抗する力を吸収してしまって身動きが取れない。気づけば完全にクラリスに抱きすくめられ、そこから逃れられなくなっていた。
「ん…ちゅ…逃がしませんわよ…?」キスを続けながら、くぐもった声を出すクイーンスライム。「体はとりあえず捕まえましたわ。次は心を…ね?」
クラリスの舌が自由自在に変形し、歯茎、舌の付け根、口蓋と同時に複数箇所をくすぐる。さらに、人間の舌では届かないような喉奥までの愛撫には、一瞬嫌悪感を覚えたものの、すぐにどこか背徳的な、『口から侵食される』快感として抗いがたいものとなっていく。
ディープキスだけでなく、クイーンスライムはその体を使ってさらに攻撃を仕掛けてきた。表面の質感を自由に操作できるのか、エルンストの性感帯にぶつかる部分はまるで舌で舐めるようにヌルヌルと蠢き、そうでない部分は瑞々しく、上質なもち肌を思わせる感触でもって攻め立ててくる。強い快感に勃起してしまったエルの乳首を、クラリスの豊満なバストが飲み込み、吸い上げる。これも意表を突く悦楽で、まるでそこから甘い痺れを全身に流し込まれているように感じてしまう。
「くぅ…んっ…あ…ぅ…」
人間では出来ない、魔物ならでは、スライムならではの、拘束、キス、全身愛撫のコンビネーションが宮廷魔術師を翻弄する。しかし、クラリスはまだ、すでに先走りを出しつつある牡器官には一度も触れてはいない。いや、足まで絡めてきているのに触れていないのだから、意図的に変形さえして勃起を避けているのだ。
焦らされている、と分かっていながらも、キスが激しくなるにつれて、陰茎がうずくのを止められない。ひときわ強く舌を吸い上げられたときに自制が途切れ、腰が浮いてしまう。すると、クイーンスライムが唇を離し、勝ち誇りながらも母性を感じさせる笑みをエルの目の前で浮かべた。
「…ふふ、焦らしたことをお詫びしましょうか。…その印に…」
拘束を解かないまま、クラリスは変形して、女性器がエルンストに見えるくらいまで体を離した。腕と足が伸び、まるでエルンストからハンモックでぶら下がっているようだ。
「見えますか、エル?私の…スライムのアソコ。…あなたのペニスは、今からここに入るのです…。」
股の間にはヴァギナ、いやこれだってその形をしているだけに過ぎないのだが、透明感のあるスライム体で出来ているにも関わらず奥の見えない暗さで、まるで男性そのものを咀嚼しようとするように、生々しくうごめいていた。朦朧とした意識が、その感触を想像してしまう。
クイーンスライムはひときわ深く艶めかしく笑み、伸ばした四肢を縮め、一気に結合してきた。
「んぁあああううっ!」
クラリスが嬌声を上げる。対面座位に近い体勢での挿入は全くといっていいほど抵抗なく済んだが、やはり感じるらしい。少しスライム体が温度を増したようにすら感じた。
そして、エルンストが人外の快楽に喘ぐのはそのすぐ後だった。信じられないほどの弾力が牡性器を締め付け、そのくせ熱く潤うヒダが、まるで極上の口淫のように蠢く。無粋に腰を振らずとも、たちまちのうちに果ててしまいそうなほどの感触だった。
クイーンスライムもそれをわかっているのだろう、またしても抱きつき、スライムの質感を使った全身愛撫を再開する。その淫らな動きに似あわず、今度は可愛らしくキスをねだって唇を突き出してきた。何も考えられず、唇を重ねると、またしてもわずかな隙間からスライムが侵入し、執拗な攻撃を繰り返す。その間もクラリスの膣はひとりでにエルンストの陰茎をしゃぶりたて、亀頭を柔らかく吸いたてる。
「ふふ…ぁん…我慢、しているわね、エル?」クラリスがキスを止め、蠱惑的な声をかける。
「く…ぅあ…っ…」
「耐えることなど許さないわ…エル、女王の命令よ…」
膣の動きが、全身を責め立てるスライム体の動きが、どんどん激しくなる。喘ぎ声を噛み殺すエルンストの、耳元に、クラリスが顔を寄せて、脳を直接犯そうとでもいうように、甘く囁く。
「…イッてしまいなさい。」
その命令のせい、というわけでもなく、実際には、動きが激しくなったためなのだろうが。
「う…くぅっ!」
エルンストは、クイーンスライムの膣中に、白い精液を吐き出してしまった。まるでそれ自体が生き物のように、嬉々として脈動するスライム体が、精液を飲み干していく。一瞬、クラリスの下腹部が白濁するのが見えたが、すぐにそれは全体へと拡散して見えなくなった。
「ふふ…そんな顔で果てるのね、エルは。…かわいいわ。」
クラリスは一度体を離し、ちゃんとした形を取り戻した手で、多幸感にぼうっとしたエルンストの頬を挟んで軽くキスをした。ペニスはまだクイーンスライムの中に飲み込まれており、やわやわと刺激されて硬度を保っていた。
「これからあなたは、何度もこうして、私の命令で達するのです。そして、私無しでは生きられなくなる。…素敵でしょう?」
そうして何度も男性を王国の住人にしてきた。とある事情から、この近辺では不老不死の薬たる人魚の血がまず手に入らないため、彼らは死んでいったが…。
「さぁ、次は…あなたから、私を求めてくださいな?」
何時の間にやら床がせりあがって出来たスライムのベッドに、クラリスがエルンストを引き倒す。正常位とでも言うべき体勢で、クイーンスライムは再びエルンストを下から抱きすくめようとする。
「…では、お言葉に甘えると致しましょうか、クラリス?」
さっきまで悦楽に呑まれていたとは思えない、冷静な声が響く。クラリスがふと違和感を持った時には。
「っ…んぁ、ふぅ、んっ、い、ああああっ!?」
釘を打つように激しいピストン運動が開始されていた。エルンストの、一度出した後とは思えない勃起に、激しい快楽によって硬化し、痙攣するスライム体が絡みつく。
「いやはや、なんとまぁ…いいですね、スライムの中も。人間の女性とは、また違った味わいがあります。…感じるとどうなるのでしょう?」
「ぅ、くぅあ、あなた…さっきのは、ぁ、演技、ひぁ…!?」
喘ぎながら、声を搾り出すクイーンスライムに、エルンストは微笑みながら答える。
「いえ、まさか。餌にされる、という良さを満喫しておりましたよ?…まぁ、持久力だけは自信があるもので。一日に十三人と体を交えたこともありますから…。」
余裕の表情で、ねちっこく激しく、抽送を繰り返す宮廷魔術師の牡性器に、今度はクラリスが翻弄されつつあった。さらに、エルンストは、上を向いてなお美しい形を保つスライムのバストに口を近づけ、しゃぶりついた。
「ふぁ、はぁ…ん、ぅっ…」
甘い声をあげながらも、クラリスはそのままエルンストの体に腕を回し、さっきのように拘束してしまおうとする。と、そこでまたしても。
「ん…!?あ、ああ、な、何…これぇっ!?」
突如としてエルが舐めている胸から湧き上がった、焼け付くような快楽に、思わず叫び声を上げてしまう。彼が口を離した後を見ると、円を描くように並べられた文字が淡い光を放っており、その中心から異物が流れ込んでくるのを感じる。
「お気に召しましたか?皆さんこれをやると、喜んでくださるのですよ。…本当はご法度なんですがね、体内に直接、それも性感帯に媚薬を流しこむのは。」
最近の戦闘魔術師がよくやる、口の中で詠唱を完成させる技法のアレンジだ。相手の体に直接魔法陣を刻み込み、媚薬を生成する。普通は血流やリンパに乗せるのだが、どうやらスライム相手にはその心配はいらないらしい。これも一つ、勉強になった。
そして、媚薬で敏感になった胸を、思いっきり揉みしだく。普通なら痛いと思えるほどの強さだが、濃厚な媚薬に毒された体はほぼあらゆる刺激を快楽へと自動的に置き換える。我を忘れて刺激に溺れるクラリスに、また一つ気づいたことがある。
「ふぅむ…人間の体に近い方が、感度がいいのですね?…しかしそもそも、スライムに性感は必要なのか?…いやしかし、サキュバス系の…成程…」
「さ、さっきから…あなた、な…何なのですか…?」
「おや、失礼…そうですね、私の生きる糧は美しい女性と美しい謎ですが…まぁ、前者を前にしているのですから、後者の話をするのは無粋ですね、申し訳ない…」
言いながら、今度はもう片方の乳房に魔法陣を刻み込んだ。数分前まで余裕の表情でエルンストを攻めていたクイーンスライムは、今や男がほとんど動かなくても一方的に高められるほど、媚薬によって高められていた。そこへダメ押しとばかりにエルンストがピストン、バストへの愛撫、さらにはおへそにまで継続媚薬の魔法陣を刻み込む。
「いや、やぁ、ダメ、もう、ふぁ、ああああ、ん、いやああああああっ!」
怒涛のごとき攻勢に、抵抗する間もなくクラリスは絶頂を迎えた。同時にその反動で、エルンストもまた射精する。魔物としての本能なのか、精液を打ち付けられる度に、膣が強烈に蠕動し、エルも自身の脈動を無視してさらに抽送を続ける。
このまま一方的にもう一度くらい絶頂があるかと思われた矢先、クイーンスライムはエルンストを振りほどき、滑るように距離をとった。
「ぁ…はぁ…あ、少し…休ませて頂きます…、本当に、凄いお方…。」
息も絶え絶えにそう告げるクラリスに、エルは変わらず微笑みかける。
「お褒めに預かり光栄です…。ですが、失礼ながら、まだ収まりが付かないのですが?」
「それ、でしたら…この子たちが、相手を務めましょう。」
すると、地面のスライム体から、次々に女性の形のスライムが浮かび上がってきた。それも、様々なタイプの女性だ。幼いもの、成熟したもの、メイド服のもの…。
「エルンスト・マクスウェル…久しぶりですわ、こんなに、感じさせてくれたのは…」クラリスは疲れきりながらも、好色な顔を見せる。「私も…いえ、私たちも、クイーンスライムとしての本領発揮と行きましょう。」
たちまちのうちに数え切れない数になったスライムに、エルンストはしかし顔色一つ変えずに応じる。
「いやはや…なかなか、ネゴシエイターも役得だ。…これだけのハーレム、そうそう経験出来るものでは無い、という話ですよ。」
もはやお互いの頭に、交渉事は無い。ここからは…そう、いわば親睦を深めるためのコト。
いつの間に後ろに来たのか、一匹のスライムが背中に胸を押し付けながら抱きついてきた。それを皮切りに、何匹ものスライムがエルンストに殺到した…。
「ふぅ…ぁ…ん…ふふ…ホントに…良かったですよ、エル…。」
数時間後、お互いに数十回の絶頂を経験し、スライム体のベッドで、エルンストとクラリスは抱き合っていた。何十というスライム達は、床に倒れて満足げに眠っている。女王も、力尽きて笑っていた。とはいえ宮廷魔術師は相変わらず、空を写す湖面の如く、ゆるがない笑顔で余裕をみせている。クラリスはそれを愛しそうに眺めながら、告げた。
「…共生条件の件ですが。…分かりました、そちらの条件を承諾致します。」
「よろしいのですか?何でしたらまだ、本国で協議を重ねても…」
発言しかけたエルンストの口を、軽いキスで塞いで、クラリスは続ける。
「…エル?…素敵ですね、人間と魔物…それに限らず、男と女が愛しあうというのは。…一刻も早く、その障害をなくしたい。講和も共生も、早いに越したことはありません。」
「…そうですね。ご理解、感謝します。…枕営業ならぬ、枕交渉のようで何とも、という話ですがね。」
それだけ言って、軽いキスを返し、ベッドから起き上がる。クラリスは名残惜しそうな顔をしたが、引き止めることはしなかった。代わりに、地面と同じく青い色の空を見上げ、エルンストに、言った。
「…さようなら、エルンスト。願わくば…いえ、きっと。あなたというネゴシエイターが、人間と魔物にとって、英雄になれますように。」
「…さぁ、先のことは分かりかねます。私の役目は始まったばかりですから。…ああ、それと。」
歩き出しながら言い返したエルンストだが、途中で踵を返して振り返り、深々と、気障ったらしくすらあるほどに、スマートに一礼した。
「女性に…さようならは、言わないようにしているのですよ。…ご縁があれば、また。」
再び向かい合ったその表情は、またしても変わることの無い、完璧な微笑だった。
エルンストは黒に銀をあしらったマジシャンローブを纏い、船の舳先に取り付けられる女神像にも似た意匠が施された杖を少し持ち上げながら、ぬかるむ青い大地を踏みしめ歩き続ける。その少し先には、女性の姿が、滑るように先導していた。
「ふぅむ…まぁ、さすがに上物、なんですかねぇ…。」
どこか苦い笑いを浮かべながら、エルンストはその姿を見定める。聞こえたのだろうか、彼女が動きを止めて、こちらに向き直った。大地と同じ青い色の、一糸纏わぬ女性の姿。スライム、である。愛らしい顔は無表情のまま、少し首だけを傾げる、その仕草も実に男心をくすぐる。
「いえ、あなたが美人だ、というそれだけの話ですよ。」
今度は完璧なスマイルでサラリと歯の浮くようなセリフを出して見せる。町娘も宮廷のメイドも貴族の令嬢だろうが虜にするその笑みに対し、スライムは全くの無反応で前に向き直った。
「おや…まぁ、いいですけどね…。」
少し肩をすくめ、また前に進んでいくスライムを追うように、彼は再び青いスライム体を踏みしめて歩き出した。
(成程…自意識があるようには見えない。これが、中枢の女王に統制されると言うことか…)
歩きながら、首を巡らせて周囲を見回す。見渡す限りの青、1キロ四方にも及ぶだろう。スライムの変異体にして上位種、クイーンスライム。その中でも、観測されている中で最大級と呼ばれる個体…通称『メガロポリス』。エルンストはその中心部、即ちこのメガロポリスの女王を目指していた。
通常ならば、この中を歩くことなど自殺行為…いや、死ぬわけではないか。しかし、外縁部で兵士役のスライムに捕まり、彼女の誘惑に心が動く頃には数体のスライムに取り囲まれている。散々快楽漬けにされて抵抗力を失った挙句、女王へ献上され、二度と人里へは戻れない。クイーンスライムに接触した時点で、そういう天国みたいな状況が待っている。
それはそれで悪くないのだが、エルンストがそうならないのにはある理由がある。
端的に言えば。これが、エルンスト・マクスウェルの、魔物とのネゴシエイターとしての、初仕事なのであった。
それより少し前の事。エルンストは、自身の仕える国、ローエンハルトの王城にて、直々に国王に呼び出されていた。跪くエルンストに正対して、ローエンハルト国王が椅子に深々と腰掛けている。そして、その口から伝えられた言葉は、驚くべきものであった。
「…魔物との、共生…ですか?」
「うむ。…元老院、市民議員、全ての決議により、今朝決定した。」
冷静沈着を以て任ずるエルンストではあるが、これには度肝を抜かれた。これまで数年間、ローエンハルトは魔界軍との戦闘を続けており、現在その状況は膠着状態にあるとはいえ、既に領内の村はいくつか魔物の手に落ちている。
「…まぁ、ローエンハルトは魔術の国ですからね、教会の影響力も強くはありませんし。向こうにも、こちらを殺傷する意志が無いのであれば、共生も確かに可能かもしれません。」
「そうじゃろうな。…うむ、わしも、不可能ではない、と考えておるのじゃよ、エル。」
気さくな性格で臣下や民に親しまれる国王は、スラスラと考えを述べたエルンストに気を悪くした様子もなく頷いた。エルンストをニックネームで呼ぶなど、砕けた印象のある老人だが、これでも名君かつ名将として名を馳せている傑物だ。
「しかしの、エル。…不可能ではない、というが、必ずしも簡単な道のりではないと、わしは思う。何せ…違う種族じゃからのぅ。」
「陛下。…それは、国民感情のお話でしょうか?」
こちらを殺傷する意志を持たない新魔族とならば、争う必要など無い、とする意見も確かにある。その一方で、魔物との共生などゴメンだ、奴らを滅ぼし尽くせと、少子化や文化の衰退を憂い、魔物の駆逐を主張する声も小さくはないのだ。
銀縁のスマートなメガネを直しながらそう問うたエルだが、国王は首を横に振った。
「いや、それはこちらで何とかしよう。それに、共生とはいえ…魔物達にも、一定の分は守ってもらう。まぁ、会いたくなければ会わずに済むようなシステムを作ってみるわい。」
正直な話、少し、拍子抜けした。広報のシステムも魔術師の手による物であるのだから、宮廷魔術師たる自分がここに呼び出された理由はその操作であると、早合点していたのだが。
「…では、陛下。単刀直入にお聞きしても宜しいですか?」
「おお、すまんな、話が回りくどかったかな、エル?」
王が破顔して膝を打つ。エルとしても、この国王にはあまり怖れを抱かずに、気兼ねなく接することが出来る。
と、国王は背筋を正す。雰囲気そのものが荘厳になったのを感じ、エルンストも姿勢を正した。どっしりとした声で、国王が告げる。
「ローエンハルト王国、第19代国王、エドワード・ローエンハルトの名において、宮廷魔術師・エルンスト・マクスウェルに命ずる。汝を…魔物に対する交渉人として任命する。」
「はっ…謹んで、君命を承りました。」
頭を垂れて、答えるエルンスト。そしてしばらくして、ただいまの儀式が終わったことを確認してから、彼は顔を上げた。
「交渉役…ネゴシエイターですか。成程…魔物に、この講和と共生を納得させるのですね?」
「うむ。…向こうに飲んでもらう条件は、既に元老院によって明文化されておる。この条文、そのまますんなりと行くとは楽観できんが…何とか頼むぞ、エルンスト。」
期待を込めた言葉に、もう一度深く頭を下げる。
「そして…今から、本当に申し訳ない事を言う…。圧力をかけるような事はしたく無いのでな、この役目はお主一人に一任することとなる。そして、ゆくゆくは複数の種族との交渉も必要となるだろう。その際にも、できるだけ全体の状況を把握した人間…つまりは、お主に動いてもらう事になると考えておる。…すまんな、これは途方もない大役となるだろう…。」
「それは、願ってもない事です、陛下。美しい女性との逢瀬に男が混じるのは無粋。それに、多くの女性との出会いの場があるのは喜ばしいことで御座います。」
「なるほど、お主は本当に女たらしじゃなぁ、水鏡のエルンスト…泣かせた女の涙で『アクアフラッド』が唱えられる男、か。」
エルンストは国王と、二人して大笑する。確かに大役ではあるが、それだけに極めて重要な役回りだ。純粋に、愛国心からやりがいを感じるし、それに。
「この共生が長引いてくれれば、ゆくゆくお主にはその取締を一任する地位が約束されるだろう。」
「それもありがたい事です。…それで、手始めに、私はどこから取り掛かれば?」
「まずは、最も大きな方針を、最も大きな権力に伝えることから始めよう。…いきなりの大物だぞ、締めてかかるが良い、エル」
今一度、エルンストは最高の礼を返した。
そしてやってきたのが、この『メガロポリス』である。この個体は、このあたり一体の魔物に対して強い影響力をもち、魔界本国に対しても一定の発言力があるらしい。まず講和を急ごうとするならば、第一に狙うべきポイントとして申し分ない。
延々と続く青に飽き、案内役のスライムにも見飽きて、この任務を与えられた時の事を考えていたエルだが、前を進むスライムが止まったのを見て我に返った。見ると、まさに王城にある謁見の間、そこに置かれる王座を象ったような構造のスライム体があり、その上に、これまた王女の着るドレスのような服を着た女の姿の、スライムが座っている。
気品と母性、包容力に溢れた、優しく美しそうな女性だ。王座の周囲にも何人かのスライムが控えているが、それらとはまるで違ったオーラを感じる。間違いなく、彼女こそがこの『メガロポリス』の女王なのだろう。
彼女が、口を開く。
「貴公が…エルンスト・マクスウェルですか?講和と共生の話は聞いております。…遠いところからの御足労、ご苦労でした。」
優しい声で労われる。彼女が人間の女王ならば、それだけで忠誠を集めるだろう。エルンストは一礼して答える。
「はい。この度は、話し合いに応じて頂き、ありがとうございます、『メガロポリス』の女王よ。」
「それですが…私にも名前があるのですよ、エルンスト殿。私、クラリスと申しますの。もうずいぶん前に愛しあった人間の方につけていただいた名前ですわ。」
「成程…良いお名前です。それではクラリス様、早速ですが、こちらの条文を御覧いただけますか。講和の条文と…共生に際して、そちら側に対して私どもが出す要求でございます。…最も、後者に関しては、話し合いによって詰めていきたいと考えておりますが。」
エルが杖を一振りすると、空中に光の文字が描かれる。クイーンスライム、クラリスは、その文字をジッと眺めた後、手を上げた。すると控えているスライムの一人が、足場のスライム体から板のような物を取り出し、その形に文字を書き取り始めた。
(スライムにも、文字の概念はあるのか…これは、なかなか勉強になりますね。)
少し驚きながら、そのスライムにも見えやすいように、もう一つ同じ文章をその目の前に描き出す。それが終わったあたりで、王座そのものがこちらに近づいてきて、クラリスが発言した。
「いくつか質問をよろしいか、エルンスト殿。…講和の件に関しては、了解いたしました。私からこの地域の魔物、そして本国に伝えておきます。…申し分ありませんわ。それで、共生条件の件ですが。」
講和がすんなりと受け入れられたのは僥倖だ。まぁもともと好戦的な相手では無かったのだから、ここまでは全て計算通り。問題は共生条件で、ここからが腕の見せ所、と言う奴だ。
「まず、居住区を定め、原則そこから出ないようにする、というのはやはり譲れませんか?」
「それは無用の混乱を避けるためで御座います。お互いに十分歩み寄れたなら、いずれは本当の意味での共生も可能になるでしょう。近い未来、とは言えないかもしれませんが。」
「それを聞いて安心いたしました。」クラリスは本当に嬉しそうな表情を浮かべている。「原則、とありますが、例えば他の土地では、ハーピィ族が荷運びを行って人間と共生するケースもあります。このような状況はご存知でしたか?」
「それについては我々も考えております。職業を持つ魔族に対しては、免許制にしてそれを認める考えでおります。」
彼女はそれを聞いて頷き、次に少し眉をひそめて、
「男性との間に子を設けることを禁ずる、女性を魔物にしてしまう事を禁ずる。この二つですが、私たちも全く種族を増やさないと言うわけにはいきませんの…。」
「でしたら、子を設けることは制限付きで認めても構いません。…現在検討中ですが、魔物に対して戸籍制度を適用するという案も出ております。先程の職業免許制にしても、これによってスムーズに進むようになるかと。」
「…すみません、戸籍制度と子を設けることの関係が…よくわからないのですが。」
エルの流暢な発言に、クラリスは少し首をかしげて、問い返した。彼は頷いて、戸籍制度がどういうものであるか、それによって新たに生まれる子供の数を把握すれば、それをある程度コントロールすることも可能であり、また父親に対して、養育費の請求が可能になるという事を説明する。クラリスは、養育費の必要はないが、戸籍制度の重要性については検討する、と答える。
しばらくスムーズに話し合いが続いたところで、クラリスがまた質問を出した。
「…人間の、不当な拘束を禁ずる。…この不当な拘束、この定義ですが…。」
「家族、身寄りの無いものについては知人の手による、捜索願いもしくはこれに準ずる物が出され、その人物が魔物に拘束されていた場合、こちらから彼ないし彼女を解放するように要請を出させて頂きます。これに応じて頂ければ申し訳ありません。」
「よく分かりました。…つまり、こういう事ですか?」
そこで、不意に、クラリスの表情が艶っぽく、まさに魔物らしい表情になった。気づけば、距離が驚くほど近い。思わず鼓動が高鳴るのを感じた。
「男の人が、私たちに夢中になって、離れたくなくなるぐらい私たちを愛して下さっても…お別れしなくてはならない、と?」
突如としてこちらに向けられた、抗いがたい魅力に、若き宮廷魔術師は敏感にその真意を感じ取っていた。つまり、この一件こそが、向こうにとっては、最も受け入れたくない条件なのだ。
「申し訳ありませんが、それを認めてしまうと、私達人間の社会が立ち行かなくなってしまうのですよ。ご理解ください、クラリス様。」
エルンストは、すぐに平静を取り戻し、クールな笑顔で応じる。しかしクラリスはまるで悪びれた風もなく、甘い声で囁き続ける。
「ねぇ、でもそれって、すごく悲しくて辛いことですよ、エルンスト殿?もっともっと気持ちよくなりたいのに、もっともっと気持ちよくしてあげたいのに…それって、人間の男の方にとっても…きっと、撤回したくってたまらなくなる事だと思いますの。」
「それで…その気分を、私に知ってもらおうと…そういうことでしょうか?」
微笑を崩さないまま、こちらから斬り込むと、クラリスの青く透き通った顔は嬉しそうにますます色気を増す。気づけば、ドレスの部分だけがまるで溶けるように地面に滴り、裸体が覗いている。豊満で、瑞々しい、男ならば無反応ではいられない極上の肢体だ。
「物分りのよろしい殿方…だから、この役目に選ばれたのでしょうか?」
「女性の扱いには定評がありますので。…そういうことでしたら、クラリス、とお呼びしても?」
こちらも杖を置き、ローブを脱いで下着姿になる。適度に鍛えられた細身な体が顕になる。こうなればもう、やることは一つだ。
「構いませんわ。…ですが、エルンストとはいささか長くて呼びづらいですわね…。」
「知人は良く、エル、と私を呼びます。よろしければ、そのように。」
「それでは…エル?魔族と人間の、愛のために。…私に、溺れてしまいなさい?」
そう言って、クラリスはエルに抱きつき、濃厚なキスを迫ってきた。エルもそれに応じる。舌を絡めあうと、時々彼女が、ん、と声を上げるのが分かるので、スライムにも性感はあるようだ。
人間の女性とも非常に経験が豊富で、魔物とも何度か体を重ねた事のあるエルンストだが、女王というだけあってクラリスの舌使いはなかなか経験した事のないレベルだった。気をしっかり持たないと、気が遠くなってしまいそうなくらい快い。スライム独特の質感も手伝って、未知の快感と言う奴だ。
とはいえ、彼もローエンハルトきってのプレイボーイだ。相手の感じる部位を的確に調べ、そこを責める。だんだんと、同じくらいの高さにあった二人の頭の位置関係が変わってきた。クラリスの首から力が抜け、エルンストがそれを上から押さえ込む形になっていく。
「ん…んぅ…ぅん…ちゅ…」
独特の質感を持った頭や体を掻き撫でながら、キスを続ける。いよいよ激しく行こうかとエルンストが思った矢先、不意に口の中で動くクラリスの舌の、感覚が変わった。
「…!?」
思わず一瞬動きを止めてしまう。変形した舌…いや、もともと舌の形を取っていたに過ぎないスライム体が、突如として完全に予想していない位置を撫でてきた。予測外の快感に驚いたエルンストは目を開け、クラリスの顔に浮かぶ余裕の笑みを見た。
まずい。一度、唇を離そうとするが、首に回された腕が強い粘性を出して、抵抗する力を吸収してしまって身動きが取れない。気づけば完全にクラリスに抱きすくめられ、そこから逃れられなくなっていた。
「ん…ちゅ…逃がしませんわよ…?」キスを続けながら、くぐもった声を出すクイーンスライム。「体はとりあえず捕まえましたわ。次は心を…ね?」
クラリスの舌が自由自在に変形し、歯茎、舌の付け根、口蓋と同時に複数箇所をくすぐる。さらに、人間の舌では届かないような喉奥までの愛撫には、一瞬嫌悪感を覚えたものの、すぐにどこか背徳的な、『口から侵食される』快感として抗いがたいものとなっていく。
ディープキスだけでなく、クイーンスライムはその体を使ってさらに攻撃を仕掛けてきた。表面の質感を自由に操作できるのか、エルンストの性感帯にぶつかる部分はまるで舌で舐めるようにヌルヌルと蠢き、そうでない部分は瑞々しく、上質なもち肌を思わせる感触でもって攻め立ててくる。強い快感に勃起してしまったエルの乳首を、クラリスの豊満なバストが飲み込み、吸い上げる。これも意表を突く悦楽で、まるでそこから甘い痺れを全身に流し込まれているように感じてしまう。
「くぅ…んっ…あ…ぅ…」
人間では出来ない、魔物ならでは、スライムならではの、拘束、キス、全身愛撫のコンビネーションが宮廷魔術師を翻弄する。しかし、クラリスはまだ、すでに先走りを出しつつある牡器官には一度も触れてはいない。いや、足まで絡めてきているのに触れていないのだから、意図的に変形さえして勃起を避けているのだ。
焦らされている、と分かっていながらも、キスが激しくなるにつれて、陰茎がうずくのを止められない。ひときわ強く舌を吸い上げられたときに自制が途切れ、腰が浮いてしまう。すると、クイーンスライムが唇を離し、勝ち誇りながらも母性を感じさせる笑みをエルの目の前で浮かべた。
「…ふふ、焦らしたことをお詫びしましょうか。…その印に…」
拘束を解かないまま、クラリスは変形して、女性器がエルンストに見えるくらいまで体を離した。腕と足が伸び、まるでエルンストからハンモックでぶら下がっているようだ。
「見えますか、エル?私の…スライムのアソコ。…あなたのペニスは、今からここに入るのです…。」
股の間にはヴァギナ、いやこれだってその形をしているだけに過ぎないのだが、透明感のあるスライム体で出来ているにも関わらず奥の見えない暗さで、まるで男性そのものを咀嚼しようとするように、生々しくうごめいていた。朦朧とした意識が、その感触を想像してしまう。
クイーンスライムはひときわ深く艶めかしく笑み、伸ばした四肢を縮め、一気に結合してきた。
「んぁあああううっ!」
クラリスが嬌声を上げる。対面座位に近い体勢での挿入は全くといっていいほど抵抗なく済んだが、やはり感じるらしい。少しスライム体が温度を増したようにすら感じた。
そして、エルンストが人外の快楽に喘ぐのはそのすぐ後だった。信じられないほどの弾力が牡性器を締め付け、そのくせ熱く潤うヒダが、まるで極上の口淫のように蠢く。無粋に腰を振らずとも、たちまちのうちに果ててしまいそうなほどの感触だった。
クイーンスライムもそれをわかっているのだろう、またしても抱きつき、スライムの質感を使った全身愛撫を再開する。その淫らな動きに似あわず、今度は可愛らしくキスをねだって唇を突き出してきた。何も考えられず、唇を重ねると、またしてもわずかな隙間からスライムが侵入し、執拗な攻撃を繰り返す。その間もクラリスの膣はひとりでにエルンストの陰茎をしゃぶりたて、亀頭を柔らかく吸いたてる。
「ふふ…ぁん…我慢、しているわね、エル?」クラリスがキスを止め、蠱惑的な声をかける。
「く…ぅあ…っ…」
「耐えることなど許さないわ…エル、女王の命令よ…」
膣の動きが、全身を責め立てるスライム体の動きが、どんどん激しくなる。喘ぎ声を噛み殺すエルンストの、耳元に、クラリスが顔を寄せて、脳を直接犯そうとでもいうように、甘く囁く。
「…イッてしまいなさい。」
その命令のせい、というわけでもなく、実際には、動きが激しくなったためなのだろうが。
「う…くぅっ!」
エルンストは、クイーンスライムの膣中に、白い精液を吐き出してしまった。まるでそれ自体が生き物のように、嬉々として脈動するスライム体が、精液を飲み干していく。一瞬、クラリスの下腹部が白濁するのが見えたが、すぐにそれは全体へと拡散して見えなくなった。
「ふふ…そんな顔で果てるのね、エルは。…かわいいわ。」
クラリスは一度体を離し、ちゃんとした形を取り戻した手で、多幸感にぼうっとしたエルンストの頬を挟んで軽くキスをした。ペニスはまだクイーンスライムの中に飲み込まれており、やわやわと刺激されて硬度を保っていた。
「これからあなたは、何度もこうして、私の命令で達するのです。そして、私無しでは生きられなくなる。…素敵でしょう?」
そうして何度も男性を王国の住人にしてきた。とある事情から、この近辺では不老不死の薬たる人魚の血がまず手に入らないため、彼らは死んでいったが…。
「さぁ、次は…あなたから、私を求めてくださいな?」
何時の間にやら床がせりあがって出来たスライムのベッドに、クラリスがエルンストを引き倒す。正常位とでも言うべき体勢で、クイーンスライムは再びエルンストを下から抱きすくめようとする。
「…では、お言葉に甘えると致しましょうか、クラリス?」
さっきまで悦楽に呑まれていたとは思えない、冷静な声が響く。クラリスがふと違和感を持った時には。
「っ…んぁ、ふぅ、んっ、い、ああああっ!?」
釘を打つように激しいピストン運動が開始されていた。エルンストの、一度出した後とは思えない勃起に、激しい快楽によって硬化し、痙攣するスライム体が絡みつく。
「いやはや、なんとまぁ…いいですね、スライムの中も。人間の女性とは、また違った味わいがあります。…感じるとどうなるのでしょう?」
「ぅ、くぅあ、あなた…さっきのは、ぁ、演技、ひぁ…!?」
喘ぎながら、声を搾り出すクイーンスライムに、エルンストは微笑みながら答える。
「いえ、まさか。餌にされる、という良さを満喫しておりましたよ?…まぁ、持久力だけは自信があるもので。一日に十三人と体を交えたこともありますから…。」
余裕の表情で、ねちっこく激しく、抽送を繰り返す宮廷魔術師の牡性器に、今度はクラリスが翻弄されつつあった。さらに、エルンストは、上を向いてなお美しい形を保つスライムのバストに口を近づけ、しゃぶりついた。
「ふぁ、はぁ…ん、ぅっ…」
甘い声をあげながらも、クラリスはそのままエルンストの体に腕を回し、さっきのように拘束してしまおうとする。と、そこでまたしても。
「ん…!?あ、ああ、な、何…これぇっ!?」
突如としてエルが舐めている胸から湧き上がった、焼け付くような快楽に、思わず叫び声を上げてしまう。彼が口を離した後を見ると、円を描くように並べられた文字が淡い光を放っており、その中心から異物が流れ込んでくるのを感じる。
「お気に召しましたか?皆さんこれをやると、喜んでくださるのですよ。…本当はご法度なんですがね、体内に直接、それも性感帯に媚薬を流しこむのは。」
最近の戦闘魔術師がよくやる、口の中で詠唱を完成させる技法のアレンジだ。相手の体に直接魔法陣を刻み込み、媚薬を生成する。普通は血流やリンパに乗せるのだが、どうやらスライム相手にはその心配はいらないらしい。これも一つ、勉強になった。
そして、媚薬で敏感になった胸を、思いっきり揉みしだく。普通なら痛いと思えるほどの強さだが、濃厚な媚薬に毒された体はほぼあらゆる刺激を快楽へと自動的に置き換える。我を忘れて刺激に溺れるクラリスに、また一つ気づいたことがある。
「ふぅむ…人間の体に近い方が、感度がいいのですね?…しかしそもそも、スライムに性感は必要なのか?…いやしかし、サキュバス系の…成程…」
「さ、さっきから…あなた、な…何なのですか…?」
「おや、失礼…そうですね、私の生きる糧は美しい女性と美しい謎ですが…まぁ、前者を前にしているのですから、後者の話をするのは無粋ですね、申し訳ない…」
言いながら、今度はもう片方の乳房に魔法陣を刻み込んだ。数分前まで余裕の表情でエルンストを攻めていたクイーンスライムは、今や男がほとんど動かなくても一方的に高められるほど、媚薬によって高められていた。そこへダメ押しとばかりにエルンストがピストン、バストへの愛撫、さらにはおへそにまで継続媚薬の魔法陣を刻み込む。
「いや、やぁ、ダメ、もう、ふぁ、ああああ、ん、いやああああああっ!」
怒涛のごとき攻勢に、抵抗する間もなくクラリスは絶頂を迎えた。同時にその反動で、エルンストもまた射精する。魔物としての本能なのか、精液を打ち付けられる度に、膣が強烈に蠕動し、エルも自身の脈動を無視してさらに抽送を続ける。
このまま一方的にもう一度くらい絶頂があるかと思われた矢先、クイーンスライムはエルンストを振りほどき、滑るように距離をとった。
「ぁ…はぁ…あ、少し…休ませて頂きます…、本当に、凄いお方…。」
息も絶え絶えにそう告げるクラリスに、エルは変わらず微笑みかける。
「お褒めに預かり光栄です…。ですが、失礼ながら、まだ収まりが付かないのですが?」
「それ、でしたら…この子たちが、相手を務めましょう。」
すると、地面のスライム体から、次々に女性の形のスライムが浮かび上がってきた。それも、様々なタイプの女性だ。幼いもの、成熟したもの、メイド服のもの…。
「エルンスト・マクスウェル…久しぶりですわ、こんなに、感じさせてくれたのは…」クラリスは疲れきりながらも、好色な顔を見せる。「私も…いえ、私たちも、クイーンスライムとしての本領発揮と行きましょう。」
たちまちのうちに数え切れない数になったスライムに、エルンストはしかし顔色一つ変えずに応じる。
「いやはや…なかなか、ネゴシエイターも役得だ。…これだけのハーレム、そうそう経験出来るものでは無い、という話ですよ。」
もはやお互いの頭に、交渉事は無い。ここからは…そう、いわば親睦を深めるためのコト。
いつの間に後ろに来たのか、一匹のスライムが背中に胸を押し付けながら抱きついてきた。それを皮切りに、何匹ものスライムがエルンストに殺到した…。
「ふぅ…ぁ…ん…ふふ…ホントに…良かったですよ、エル…。」
数時間後、お互いに数十回の絶頂を経験し、スライム体のベッドで、エルンストとクラリスは抱き合っていた。何十というスライム達は、床に倒れて満足げに眠っている。女王も、力尽きて笑っていた。とはいえ宮廷魔術師は相変わらず、空を写す湖面の如く、ゆるがない笑顔で余裕をみせている。クラリスはそれを愛しそうに眺めながら、告げた。
「…共生条件の件ですが。…分かりました、そちらの条件を承諾致します。」
「よろしいのですか?何でしたらまだ、本国で協議を重ねても…」
発言しかけたエルンストの口を、軽いキスで塞いで、クラリスは続ける。
「…エル?…素敵ですね、人間と魔物…それに限らず、男と女が愛しあうというのは。…一刻も早く、その障害をなくしたい。講和も共生も、早いに越したことはありません。」
「…そうですね。ご理解、感謝します。…枕営業ならぬ、枕交渉のようで何とも、という話ですがね。」
それだけ言って、軽いキスを返し、ベッドから起き上がる。クラリスは名残惜しそうな顔をしたが、引き止めることはしなかった。代わりに、地面と同じく青い色の空を見上げ、エルンストに、言った。
「…さようなら、エルンスト。願わくば…いえ、きっと。あなたというネゴシエイターが、人間と魔物にとって、英雄になれますように。」
「…さぁ、先のことは分かりかねます。私の役目は始まったばかりですから。…ああ、それと。」
歩き出しながら言い返したエルンストだが、途中で踵を返して振り返り、深々と、気障ったらしくすらあるほどに、スマートに一礼した。
「女性に…さようならは、言わないようにしているのですよ。…ご縁があれば、また。」
再び向かい合ったその表情は、またしても変わることの無い、完璧な微笑だった。
11/04/27 01:35更新 / T=フランロンガ
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