天使と悪魔と大氷山の謎!
「うううううううううううさあああぶううういいいいいいいい!!」
「これは……思った以上に吹雪いてるね……」
怒り狂い蔓を振り回しながら全速力で追いかけてきたアルラウネからなんとか逃げ切り、カラットフォレストからなんとか無事に帰れた私達は、現在もの凄い吹雪の中にいた。
「凍っちゃう!また翼が凍っちゃう!!」
「ま、まあ翼を覆っているカバーはサバト製だし多分大丈夫だとは思うけど……これは下手に動くと遭難しちゃうな」
「ど、どうするの?非難するにしてもここには雪と氷しかないのよ!?」
何故こんなところにいるのかと言うと……私達は氷山に眠る財宝を探しに来たからだ。
カラットフォレストから帰ってきて早3週間……最初に言っていた気になる4か所の4か所目に来たわけだが……寒さが尋常じゃなかった。
3週間の全てを掛けて防寒対策は完璧にしてきたつもりだった……今私とモーリンは何重にも服を着こんでいるし、フード付きのジャンパーまで着ているし、手袋も一番暖かいのを付けてきたし、翼もまた凍るような悪夢が再現されないようにサバトに特注で飛行の邪魔にならない防寒カバーを作ってもらったのにも関わらず、今まさに寒さに打ちひしがれていた。
私自身寒さには強いと思っていたのだが……どうやらここはその限界値を余裕で越えているようだ。
私と違ってハキハキと喋れてはいるが、身体が小刻みに震えているのでモーリンも寒いのだろう……私は身体どころかさっきから歯がカタカタと鳴っている程震えていた。
「ん〜……一先ずかまくらを作って寒さを防ぐしかないか」
「か、かまくら?」
「ジパング人から聞いたものでさ。雪で作ったドーム状の家というか基地みたいなものさ」
「却下!!雪に囲まれるなんて100%凍え死ぬ!!」
雪国の村に来て、そこに住んでいたジパングの魔物のゆきおんなさんにこの氷山の入口まで案内されて、名物の雪饅頭を食べながら登っていたところまでは良かったのだけど……気付いたら何も遮るものがない中猛吹雪に襲われていたのだ。
傾斜もたいして無いところにいたせいでどっちが上か下かすらわからなくなっている……上ならともかく、間違えて下に向かって斜面が急なところで足を踏み外したら死まで一直線だ。
かといって動かないなら動かないで凍え死ぬ……いったいどうしたらいいものか……
「まあ騙されたと思ってセレナも作るの手伝ってよ。二人が寝転がっても少し余裕があるぐらいの大きさで、壁は丈夫にする為にも分厚めでお願いね」
「わ、わかった……さささ寒かったら雪に埋めるからね!!」
「最近セレナの発言が過激になってる気がするなぁ……まあいいや。ちゃっちゃと作るよ!」
悩んでいたら突然雪で基地を作ろうと言ってきたモーリン。
雪で作った家なんぞ入っていたらあっという間に凍死する事なんて考えないでもわかる事なのに何言ってるんだこの能天気悪魔はなんて心の中で悪態をつきながらも何故か絶対の自信があるので仕方なくモーリンの言う通りに雪の家を作っている私。
動いてないと凍りつく気がするから文句を言いながらもかまくらとかいう拷問部屋みたいな物の作成を手伝わされていると思うと怒りで少し暖かくなるというかもしそのかまくらとやらが少しも暖かくなかったらモーリンを雪の中に埋めてその髪に火をつけて焚火にしてやろうとまるでエンジェルらしくない事を考えながら雪ドームを数10分で作り上げ中に入った。
「……あったか〜い……」
「だろ?寒さの原因になってる風と雪が防げるし寒くないだろ?」
モーリンを疑ってごちゃごちゃと文句を言っていた数分前の私を全力で殴り倒したい気分だ。
「ゴメンねモーリン……もの凄く暖かいよ……」
「気にいってくれたのならボクもジパング人から聞いておいてよかったと思うよ」
かまくらの中はとても暖かく、一枚脱いでも余裕な程だった。
この中で猛吹雪が止む……最低でも視界が確保できるまで弱まるのをのんびりと待ってから先に進む事にした私達。
「う〜……お湯を入れただけで温かいスープになるなんてサバトは凄いものを作るな〜……」
「だね。冷えた身体が温まって余裕が出てきたよ」
持ってきた毛布を雪の上に引いて、雪を鍋に入れて炎系魔術で温めてお湯にし、サバトが開発した『お湯入れて溶くだけスープ たまご』を飲み温まる私達。
本当にレプレシャスのバフォメット率いるサバトはいい仕事をする……バフォメットがドジで天然だから毎度ちょっと不安になるけどね。
「さて、余裕が出てきた事で今回の目的を再確認するよ」
「たしかこの氷山の頂上付近にある溶けない氷の中に眠る財宝を取りに来たんだよね?」
「そう。大昔ここに住んでいたドラゴンが収集していた財宝だ。かなりの財宝コレクターだったらしいけど、古代の竜騎士に殺された後隠し場所がわからなくなっているって話でね。一説によればこの氷山の山頂には溶かす事の出来ない氷があるらしく、その中に入ってるんじゃないかって話なんだよ」
「そう……でもさ、溶けない氷の中に入っているものをどうやって持って行くって言うの?」
「それについては大丈夫。一応考えはあるよ」
身体も温まった事で少し余裕が出てきたので、猛吹雪が止むまでに今回の目的を再確認した。
溶かす事の出来ない氷なんてこの世にあるのかと思ったが、財宝を集めたドラゴンがそういう魔術を掛けている可能性もあるので夢物語とは言えないだろう。
今ですらドラゴン属は高い魔術によって現魔王の魔力を弾き旧時代の姿になる事が可能な種族なのだ……旧時代のドラゴンならそんな無茶苦茶な魔術が使えた可能性だってあるだろう。
そうなるとたとえその氷に閉ざされている財宝を見つけても持ち帰れないのではないかと思ったら、モーリンには何か考えがあるらしく、鞄の中を漁って何かを取り出した。
「それは……?」
「ん〜、簡易転送譜とでも言えばいいのかな?この札を貼った物が瞬時にレプレシャスのサバトに送られる事になってるんだ」
「へぇ……」
それは、転移魔術の魔法陣が描かれた札だった。
どうやらこの札を貼り付けた物体を瞬時にレプレシャスのサバトの呪解室に送る札のようで、溶けない氷に入った財宝を溶けない氷ごと転送して、溶けなくなっている魔術を解いてもらおうという作戦のようだ。
ただ札にした都合上転送の範囲指定がされているらしく、それ以上の物は範囲内の部分しか転送されないようで……今回はその仕組みを利用して溶けない氷の財宝がある部分だけを強制的に切り取って転送するとの事だ。
たしかにそれなら上手く行くかもしれない。そう思いながら札を見ていた私に、一つの疑問がよぎった。
「これって……私達は転送できるの?」
「生命体は無理だってさ。だからボク達は到着して転送した後下山しないと駄目ってわけ」
「うっそお……」
物体を転送するって聞いた時からまさかとは思っていたけどそのまさかで、私達はこの山を自力で下山しなければならなかった。
登りと違い下りは本気で怖い……落ちたら一溜まりも無いのに登り以上に足を滑らせやすいからだ。
私達には翼が生えているので落ちても飛べばいいだけではあるが……地上にきた瞬間に凍りついた翼の事を思い出すと不安で仕方が無かった。
今回はあの時以上に寒いのだ……しかもたとえカバーのおかげで翼が凍らずに済んだとしても、その上に雪が積もっていたらと考えると……なんと恐ろしい事か……
それでも他に方法がないのでそうするしかない……が、まあ帰りの事は帰りに考える事にしよう。
「はぁ……やみそうもないし、今日はここで一晩明かすか……」
「ここで?暖かさはわかったけど耐久性に些か疑問が残ってるんだけど……」
「よっぽど暴れ無ければ多分大丈夫だと思うけど……でも暗く猛吹雪の中洞窟や横穴を探すのはもっと危険だと思うよ?」
「それもそうだね……」
気がついたら外が真っ暗になっていた。
一応かまくら内は私の発光魔術で明るいが、出入り口の外は光が漏れている範囲より向こうは雪が降っている事すら確認出来なかった。
これでは動く事はまず不可能だ……なのでモーリンが言った通り、この雪を固めただけで出来たかまくらで一晩明かさざるをえないだろう。
仕方が無いので麓の村で貰ったじゃがいもで作ったソテーと、『お湯入れて溶くだけスープ わかめ』を夕飯に食べてジッとする事にした。
こういう場面で炎系の魔術は大いに役立つものだと実感できる……別にこういう事に使うために覚えたのではないが、別の面で役に立つ事があるという事を学べた貴重な体験だと思えばちょっとはこの状況でも楽しくもなった。
「ほらセレナ、もうちょっと寄ってよ。別にやましい事するわけじゃないんだからさ。ただくっついていたほうが暖かいと思ってるだけだからさ」
「いいけど……前みたいに変な所は触らないでよ?」
「変な所?いったいどこの事を言ってうそうそ冗談だからそのいかにも魔術で攻撃しますみたいなポーズしないでよ」
「まったく……こんな状況で変な事しようと思わないでよね……」
幾らかまくら内だからと言っても、暖を取るに越した事は無い。
という事で私達は互いに寝袋に入って抱き合って温まる事にした。まあ探検時はいつもの事の様な気がするがそこは気にしない事にしておこう。
「ん……今まで意識して触った事無かったけど、セレナの髪ふわふわだね……」
「まあ生まれつきそういう髪質みたいだからね。しかしモーリンの胸大きいよね……」
「Gカップだからね。もしかして羨ましい?」
「ちょっとね……まあペタンコにはペタンコなりの良さもあるってサバトの人達も言ってるしそこまでは気にしてないけどね」
「はは……それが幼女の美と背徳を信条にしているサバトだからね。でもおっぱい大きくないとパイズリとか出来ないよ?」
「そんなの出来なくてもいいですー。男の人を幸せにするのにはそんなのなくても良いですからね」
「ねえ、それってエッチな事が男の人を幸せにするって意味?」
「うんまあね……最近近所の人がそういう事やってるのがよく見えてるけど……本当に旦那さんは幸せそうな顔をしているからね……こんな風に考えるようになってきたって事は魔物になりつつあるって事なのかな?」
「そうだね……でも言ってる事は間違ってないよ。互いに気持ち良くて幸せだからこそ、魔物は旦那さんとセックスするんだから……愛情や幸せってものを形として示してる行為なんだもん……」
「そういいながらもモーリンは好きでもない相手とシてるよね……」
「まあね……今のボクには好きな人が居ないってのもあるけど……好きな人が出来たらその人以外とするなんて考えられないよ」
「そういうものかぁ……」
互いに密着した状態で、普段あまり話題に出さない事を話題にする私達。
互いの考えを述べあいながら、いつしか二人して夢の世界に旅立って行ったのであった……
…………
………
……
…
「さーて、天気は良好!」
「一気に頂上を目指そう!」
目が覚めた私達が外の様子を見ると……辺りに深々と積もった雪と、その雪を眩しく照らす太陽が昇っていた。
多少吹き下ろす様な冷たい風は吹いているものの、実にいい天気であった。
だから私達は天気のいい内に進むだけ進んでおこうと荷物を詰めてかまくらから抜けだし、『お湯入れて溶くだけスープ オニオン』を啜りながら頂上を目指していた。
「昨日は吹雪でわからなかったけど、あの米粒みたいにある家の集まりってあの村だよね?」
「そうだね。かなり高い場所まで登ってきたようだ。そこまで標高の高い山でもないし、頂上まであと半分も無いかもね」
順当に氷山を登って行く私達。
ただでさえ山道は進むのが大変なのに、積もっている雪のせいで足下を取られ中々先に進めない。
それでもなるべく歩いて先に進み、急な崖になっているところは飛んで安全に進むうちに、いつしかかなり遠い場所まで見る事が出来るような高さまで着いていた。
少しではあるが太陽が近く感じる……雲は今のところ全然見当たらないのが助かる。
「結構登ってきたけど……ドラゴンの寝床はどこだろうね」
「それがわからないからな……グラキエスの一人や二人でもいれば聞けるけど、この山登ってから魔物ですら見てないからな」
ただ、目的としている場所も全然見当たらない。
途中横穴や洞窟みたいになっている場所も数ヵ所あったが、どれも財宝や溶けない氷どころか何もなかった。
結構高い場所まで登ってきたが、本当に頂上付近になりそうだった。
「ハァ……ちょっと疲れてきたね……」
「そうね……高い所の空気は薄いっていうし、余計疲労が溜まるのかもね……あそこの横穴で一休みしようよ」
登っているうちに息切れし始めたので、私達は近くにあった横穴に入って休憩する事にした。
その横穴にも残念ながら財宝らしきものは見当たらないので、休まったら暗くなるまでまた登ろうと思う。
「お湯入れて溶くだけスープシリーズって後どれだけ残ってる?」
「ん〜……7……いや、今から飲むから6回分かな?試食したとき美味しかったからと多めに貰っておいてよかったね」
「だね。今度から暑い所に行く時以外は持って行こうかな」
「賛成。味も豊富だから簡単に飽きがこないのも良いよね……ん?なんだこれ?」
『お湯入れて溶くだけスープ ポタージュ』を飲みながら横穴で休憩する私達だったが……喋ってる途中で、岩陰に隠れて何かが落ちている事に気付いた。
なんだろうと思って手に取ってみたら……それは『やかん』だった。
「やかん……?なんでこんな物がこんな場所に?」
「不思議だな……誰かが住んでいたわけでもなさそうだし、どうしてこんなところに……誰かが登山中に忘れて行ったとか?」
「ああ……こんな山を登る物好きもいるんだね……目的は私達と一緒だったのかな?」
山に住むグラキエスがやかんなんて使うとは思えない。少し錆びてるところからしてもちょっと前に置いてかれてると思われる。
つまりこれはこの山に来た登山者の忘れ物と考えるのが妥当である。
このやかんの持ち主が何者で、何が目的でこの山を登っていたか気にならない事は無いけど……今はとにかく財宝を探すほうが先決なので、体力がある程度回復した私達は、やかんはそのまま置いて登る事にした。
ゴミだから回収するべきだろうが、こんな氷山を余計な荷物を運んで登る余裕は無い。
「さてと、そろそろ頂上だけど日が暮れちゃいそうだね」
「ううむ……ドラゴンの寝床はどこにあるのか……」
あれから一心不乱に登り続けた結果、私達はついに頂上付近まで到着する事が出来た。
ここから見渡せる景色はまさに絶景だ……聳え立つ山を一望でき、人の住む街は小さな灯りの集合体に見え、そして夕日に輝く氷海……セルキーの親子らしき人影が仲良く氷の上で遊んでいるのが見える。
だが、今回はこの絶景を見に来たのではなく、あくまでも財宝を探しに来たのだ。
「仕方ない……洞窟や洞穴もなさそうだし、今日もかまくら作ってそこで一晩あかすか……」
「今日は吹雪いてないからちょっと余裕もあるし、少しだけ広くしようか」
ただ、頂上付近になってもそれらしきものは見当たらなかった。
もしかしたら山の反対側にあるのかもしれないが、今から向かうと完全に真っ暗になってしまうため、私達はここで野宿の準備をする事にした。
「こっからここまでで作っちゃえば多少は広く……ん?」
「あれ……セレナの身体が少し低くなってるような……って沈んでる!?」
「へ……あわわ!?きゃああああああああああっ!!」
どこに作ろうか考えながら跳ねていたのがいけなかったのか、足下の雪が沈んだと思ったら、あっという間に崩れてしまった。
どうやら私が立っていた場所の下は空洞になっていたようで、私は沢山の雪と共に墜落していった。
「ぐ……ぐぶ……」
「おーい、大丈夫かセレナ〜」
「ぐぶー!!ぷはっ!!なんなのこれ……」
雪がクッションになってくれたおかげで幸いたいした怪我は無いが、私の身体は顔から雪に埋もれてしまった。
なんとか脱出しようと必死にもがいていたら、後から穴に下りてきたモーリンに足を掴まれ引っこ抜かれた。
「ここは……洞窟?」
「みたいだね……どうやら雪のせいで入口が塞がっていたみたいだ。大きな穴が奥にも続いているね。もしかして……」
雪の上に立って状況を確認してみると……さほど高いところからは落ちてなかったようだが、とにかく大きい穴だった。
視線を前にすると、落ちてきた穴と同じ位大きな穴があった。どうやらこの穴は奥に続いているようだ。
大きさからして旧世代のドラゴンが楽々通れる幅だろう……つまり、ここが例のドラゴンの住処であった可能性が高い。
そう思った私達は奥に行ってみた……奥に進むにつれ、壁が土から氷になって行く。
「まるで氷の世界にでも来たようだな」
「そうだね……反射して自分達の姿が見えるけど、ドラゴンはこんなところに住んでたのかな?」
まるで氷のお城の中を探索している様に思えてくる洞窟だった。
表面が綺麗で複雑な構造をしているからか、氷が反射して私達の姿が幾重にも映し出される。
「さて、こんな事普通の人間や魔物には出来ないよね……だからこの奥にはきっと……あれ?」
「え……これって……」
そして洞窟の最奥まで来た私達は……在り得ない物を見た。
「何か……太い氷の柱があったと思われるところが……無くなってる?」
「そんな……」
部屋の中央、おそらく封じ込められていたであろう財宝と共に、氷の柱が消えていた。
「多分ここに財宝があったと思う……けど、もう既に誰かが持ち出した後みたいだ……」
「そんな……これって溶けない氷じゃないの?」
「ちょっと試してみるよ……『イ―ビルフレア』!」
「……溶けないね……」
炎の魔術をその柱の跡にぶつけてみたが、たしかに溶けなかった。
という事はここに宝があった事や、その宝は誰かに持ち出されていた事は確定だろう……なんだか無駄足を喰らった気分になり、急に力が抜けてしまった。
「まあ……たまにはこんな事もあるよね……」
「あー悔しいなぁ……財宝持って行ったの誰なんだろう……」
「さあね……きっとあのやかんの持ち主だとは思うよ」
既に先客に持ち出されていた財宝……今回は全く手に入らないとなるとがっかりするのも仕方ないだろう。
こうなってしまうと早く帰りたくもなってくるが、暗い中の下山はシャレにならない程危ないのでここで一晩過ごす事になった。
財宝が無いのをずっと見る事になるので凄く悔しくもなるが、氷で出来た洞窟で一晩寝れるという貴重な体験が出来ると楽しむ事とした。
「あ……ねえちょっとこれ見てよセレナ」
「ん?何モーリン……ってそれは!?」
氷の柱跡に座って『お湯入れて溶くだけスープ やさい』を飲んでいたら、氷がバラバラに砕けている場所から何かを持ってきたモーリン。
その手に持っていたのは……中に真珠らしきもので出来たネックレスと金の王冠が入っている氷の塊だった。
「どうやらこの柱の財宝を持って行った人がこれだけ見落としたようだね。他にも無いかパッと見てみたけどなさそうだったよ」
「これを見る限り、細かく砕いて……いや、表面が切ったみたいになってるな……誰かが溶けない氷を切り離したって事?」
「おそらくね……」
その氷の塊は、表面が切り口みたいに綺麗にスパッとなっていた……試しに私も溶かすのではなく壊してみようとしたが、傷はほぼつかなかった。信じられない話だが、ここの財宝を持って行った誰かは、溶けない氷を切って持ち去ったという事だろう。
そんな芸当が出来る者が居ると言うのだろうか……
「……まさかな……」
「ん?どうしたのモーリン?考え事?」
「ん、まあね……でも気にしないで。別にたいした事じゃないから。自信も無いしね」
この氷を持ったまま何かを考えてたモーリン。
何か引っかかった事があったようだが、本人が気にするなというので特に気にしない事にした。
……………………
「さて、ちょっと雲行きが怪しいけど……下山しますか」
「そうだね……少しずつ飛んで降りればそう時間を掛けずに降りれるとは思うよ」
財宝の大半を手に入れられなかった悔しさを胸に一晩寝た後、とりあえず2つだけ財宝が入った氷の塊をサバトに転送した後、私達は下山する事にした。
本来ならば山を素直に降りずに飛んで降りれば良いだけなのだが……頂上から吹き下ろすように吹いている風のせいで長時間の飛行は危険なので、慎重に一歩ずつ降りる事にしたのだ。
外に出ると雲行きが怪しく、今にでも雪が降りそうだったが……食糧も残り少なくなってきたのでなるべく早く下る事にしたのだった。
「よいしょっと……あわわわっ」
「大丈夫かセレナ。風もさっきより強くなってるから飛ばされないように気をつけるんだよ」
「うん……」
時々飛ばされそうになりながらも順調に下りていく私達。
「うわ……雪が……」
「これは不味いかもね……たしか登る時ここら辺に洞窟や横穴は見て無かったはずだし、早くもっと降りたほうがいいか……」
しかし、半分ぐらいまで降りたところで雪が降り始め……あっという間に猛吹雪になり始めた。
「くっ……これはまたかまくらでも作って風をしのいだほうが良いかな?」
全く先は見えなくなり、風のせいで飛ぶどころか歩く事すらままならない。
これじゃあ降りるどころか無事に前に進む事も出来ないので、モーリンにそう提案してみたのだが……返事が返って来なかった。
「モーリン……あれ?モーリンどこ!?」
おかしいと思って振り向いてみたら……いるはずのモーリンの姿が無かった。
まさかはぐれたのかと思って、辺りを明るくして視界を広くしたが……近くに居なかった。
もしかして途中で倒れて埋もれてはいないかと近くを探ってみたが……特に人が埋もれているような場所は無かった。
つまり……私は完全にモーリンとはぐれてしまっていた。
「どうしよ……モーリン〜!!」
精一杯叫んではみるものの、吹きつける風の中では少し離れてしまえば声も聞こえないだろう。
「モーリン!いたら返事しtきゃあああああああっ!!」
それでも私はモーリンを探す為に吹雪の中を歩きまわり……崖か何かで足を滑らせてしまった。
それほど落下はしなかったので気絶はしなかったが足を捻ってしまったようだ……立とうとしても痛くて立てなかった。
止みそうもない吹雪の中で足を捻る……状況は最悪だった。
「さささ寒い……どどどどうしよう……」
動けない私に容赦なく襲いかかる吹雪……いつしか私の身体には雪が積もり、私から体温を奪って行った。
朦朧としてきた意識の中、どうにかして先に進もうとほふく前進で動いているが……腕の感覚も無くなってきてピクリとも動かせなくなっていた。
私はこのままモーリンにも出会えずに雪に埋もれて誰にも知られず死んでいく……そんな悲しい最期は嫌だが、もはやどうする事も出来なかった。
「あ……う……………………」
閉じていく瞼、動かす事の出来ない身体、積もって行く雪……
私は、自分が埋もれていくのを感じながら、静かに意識を手放してしまった…………
………
……
…
「……れな、しっかりしろセレナ!!」
「はっ!?」
身体を揺さぶられて、私の意識は再び覚醒した。
意識が無くなる前と違って目の前には雪が無く、洞窟とモーリンの顔が見える……
「……モーリン……?」
「良かった……もう駄目かと思ったよ……目を覚まして良かった……!!」
泣きながら私に抱きついてくるモーリン……どうやら心配を掛けてしまったようだ。
「ここは……?」
「ここはこの山に住むイエティの家だよ。吹雪の中動けなかったボクやセレナを助けてくれたんだよ!」
「あ!目を覚ましたようだね!!大丈夫だった?」
「あ……はい。ありがとうございます……」
私達はイエティに助けられたらしい。モーリンの後ろから湯気が出ている鍋を持っている白いもこもこ……イエティがにっこりしながら近付いて来ていた。
どうやら吹雪の中を散歩していたら私と同じく足を滑らせて雪に埋もれて動けなくなっていたモーリンを見つけたらしく、そのモーリンが私の事を伝え、冷たくなって倒れていた私を温めながらこの家……というか洞窟に運んでくれていたらしい。
「これ温まるから二人とも食べるといいよ!!」
「ありがとうございます」
「ではいただきます」
イエティさんが用意してくれた暖かい鍋をつつきながらお互いの無事を確認し合う私達。
もしイエティさんがいなかったらと思うと……本当に運が良かったと思わざるをえない。
「吹雪が止むまではここでのんびりしててもいいけど、私の旦那様には手を出さないでね〜」
「ボク寝取りは趣味じゃないので安心して下さい」
「私もです」
鍋のおかげで寒さのせいで動かなかった身体も少しずつ動くようになってきた。
でも外は相変わらず猛吹雪なので、イエティさんの家で時間を潰し、吹雪が止んでから下山した私達。
この山で見た景色や遭遇した体験、それと、吹雪が止むまで何度もイエティさんから旦那自慢された事は忘れないだろう。
ちょっとした悔しさを残しながら、私達は無事家に帰ったのであった。
「これは……思った以上に吹雪いてるね……」
怒り狂い蔓を振り回しながら全速力で追いかけてきたアルラウネからなんとか逃げ切り、カラットフォレストからなんとか無事に帰れた私達は、現在もの凄い吹雪の中にいた。
「凍っちゃう!また翼が凍っちゃう!!」
「ま、まあ翼を覆っているカバーはサバト製だし多分大丈夫だとは思うけど……これは下手に動くと遭難しちゃうな」
「ど、どうするの?非難するにしてもここには雪と氷しかないのよ!?」
何故こんなところにいるのかと言うと……私達は氷山に眠る財宝を探しに来たからだ。
カラットフォレストから帰ってきて早3週間……最初に言っていた気になる4か所の4か所目に来たわけだが……寒さが尋常じゃなかった。
3週間の全てを掛けて防寒対策は完璧にしてきたつもりだった……今私とモーリンは何重にも服を着こんでいるし、フード付きのジャンパーまで着ているし、手袋も一番暖かいのを付けてきたし、翼もまた凍るような悪夢が再現されないようにサバトに特注で飛行の邪魔にならない防寒カバーを作ってもらったのにも関わらず、今まさに寒さに打ちひしがれていた。
私自身寒さには強いと思っていたのだが……どうやらここはその限界値を余裕で越えているようだ。
私と違ってハキハキと喋れてはいるが、身体が小刻みに震えているのでモーリンも寒いのだろう……私は身体どころかさっきから歯がカタカタと鳴っている程震えていた。
「ん〜……一先ずかまくらを作って寒さを防ぐしかないか」
「か、かまくら?」
「ジパング人から聞いたものでさ。雪で作ったドーム状の家というか基地みたいなものさ」
「却下!!雪に囲まれるなんて100%凍え死ぬ!!」
雪国の村に来て、そこに住んでいたジパングの魔物のゆきおんなさんにこの氷山の入口まで案内されて、名物の雪饅頭を食べながら登っていたところまでは良かったのだけど……気付いたら何も遮るものがない中猛吹雪に襲われていたのだ。
傾斜もたいして無いところにいたせいでどっちが上か下かすらわからなくなっている……上ならともかく、間違えて下に向かって斜面が急なところで足を踏み外したら死まで一直線だ。
かといって動かないなら動かないで凍え死ぬ……いったいどうしたらいいものか……
「まあ騙されたと思ってセレナも作るの手伝ってよ。二人が寝転がっても少し余裕があるぐらいの大きさで、壁は丈夫にする為にも分厚めでお願いね」
「わ、わかった……さささ寒かったら雪に埋めるからね!!」
「最近セレナの発言が過激になってる気がするなぁ……まあいいや。ちゃっちゃと作るよ!」
悩んでいたら突然雪で基地を作ろうと言ってきたモーリン。
雪で作った家なんぞ入っていたらあっという間に凍死する事なんて考えないでもわかる事なのに何言ってるんだこの能天気悪魔はなんて心の中で悪態をつきながらも何故か絶対の自信があるので仕方なくモーリンの言う通りに雪の家を作っている私。
動いてないと凍りつく気がするから文句を言いながらもかまくらとかいう拷問部屋みたいな物の作成を手伝わされていると思うと怒りで少し暖かくなるというかもしそのかまくらとやらが少しも暖かくなかったらモーリンを雪の中に埋めてその髪に火をつけて焚火にしてやろうとまるでエンジェルらしくない事を考えながら雪ドームを数10分で作り上げ中に入った。
「……あったか〜い……」
「だろ?寒さの原因になってる風と雪が防げるし寒くないだろ?」
モーリンを疑ってごちゃごちゃと文句を言っていた数分前の私を全力で殴り倒したい気分だ。
「ゴメンねモーリン……もの凄く暖かいよ……」
「気にいってくれたのならボクもジパング人から聞いておいてよかったと思うよ」
かまくらの中はとても暖かく、一枚脱いでも余裕な程だった。
この中で猛吹雪が止む……最低でも視界が確保できるまで弱まるのをのんびりと待ってから先に進む事にした私達。
「う〜……お湯を入れただけで温かいスープになるなんてサバトは凄いものを作るな〜……」
「だね。冷えた身体が温まって余裕が出てきたよ」
持ってきた毛布を雪の上に引いて、雪を鍋に入れて炎系魔術で温めてお湯にし、サバトが開発した『お湯入れて溶くだけスープ たまご』を飲み温まる私達。
本当にレプレシャスのバフォメット率いるサバトはいい仕事をする……バフォメットがドジで天然だから毎度ちょっと不安になるけどね。
「さて、余裕が出てきた事で今回の目的を再確認するよ」
「たしかこの氷山の頂上付近にある溶けない氷の中に眠る財宝を取りに来たんだよね?」
「そう。大昔ここに住んでいたドラゴンが収集していた財宝だ。かなりの財宝コレクターだったらしいけど、古代の竜騎士に殺された後隠し場所がわからなくなっているって話でね。一説によればこの氷山の山頂には溶かす事の出来ない氷があるらしく、その中に入ってるんじゃないかって話なんだよ」
「そう……でもさ、溶けない氷の中に入っているものをどうやって持って行くって言うの?」
「それについては大丈夫。一応考えはあるよ」
身体も温まった事で少し余裕が出てきたので、猛吹雪が止むまでに今回の目的を再確認した。
溶かす事の出来ない氷なんてこの世にあるのかと思ったが、財宝を集めたドラゴンがそういう魔術を掛けている可能性もあるので夢物語とは言えないだろう。
今ですらドラゴン属は高い魔術によって現魔王の魔力を弾き旧時代の姿になる事が可能な種族なのだ……旧時代のドラゴンならそんな無茶苦茶な魔術が使えた可能性だってあるだろう。
そうなるとたとえその氷に閉ざされている財宝を見つけても持ち帰れないのではないかと思ったら、モーリンには何か考えがあるらしく、鞄の中を漁って何かを取り出した。
「それは……?」
「ん〜、簡易転送譜とでも言えばいいのかな?この札を貼った物が瞬時にレプレシャスのサバトに送られる事になってるんだ」
「へぇ……」
それは、転移魔術の魔法陣が描かれた札だった。
どうやらこの札を貼り付けた物体を瞬時にレプレシャスのサバトの呪解室に送る札のようで、溶けない氷に入った財宝を溶けない氷ごと転送して、溶けなくなっている魔術を解いてもらおうという作戦のようだ。
ただ札にした都合上転送の範囲指定がされているらしく、それ以上の物は範囲内の部分しか転送されないようで……今回はその仕組みを利用して溶けない氷の財宝がある部分だけを強制的に切り取って転送するとの事だ。
たしかにそれなら上手く行くかもしれない。そう思いながら札を見ていた私に、一つの疑問がよぎった。
「これって……私達は転送できるの?」
「生命体は無理だってさ。だからボク達は到着して転送した後下山しないと駄目ってわけ」
「うっそお……」
物体を転送するって聞いた時からまさかとは思っていたけどそのまさかで、私達はこの山を自力で下山しなければならなかった。
登りと違い下りは本気で怖い……落ちたら一溜まりも無いのに登り以上に足を滑らせやすいからだ。
私達には翼が生えているので落ちても飛べばいいだけではあるが……地上にきた瞬間に凍りついた翼の事を思い出すと不安で仕方が無かった。
今回はあの時以上に寒いのだ……しかもたとえカバーのおかげで翼が凍らずに済んだとしても、その上に雪が積もっていたらと考えると……なんと恐ろしい事か……
それでも他に方法がないのでそうするしかない……が、まあ帰りの事は帰りに考える事にしよう。
「はぁ……やみそうもないし、今日はここで一晩明かすか……」
「ここで?暖かさはわかったけど耐久性に些か疑問が残ってるんだけど……」
「よっぽど暴れ無ければ多分大丈夫だと思うけど……でも暗く猛吹雪の中洞窟や横穴を探すのはもっと危険だと思うよ?」
「それもそうだね……」
気がついたら外が真っ暗になっていた。
一応かまくら内は私の発光魔術で明るいが、出入り口の外は光が漏れている範囲より向こうは雪が降っている事すら確認出来なかった。
これでは動く事はまず不可能だ……なのでモーリンが言った通り、この雪を固めただけで出来たかまくらで一晩明かさざるをえないだろう。
仕方が無いので麓の村で貰ったじゃがいもで作ったソテーと、『お湯入れて溶くだけスープ わかめ』を夕飯に食べてジッとする事にした。
こういう場面で炎系の魔術は大いに役立つものだと実感できる……別にこういう事に使うために覚えたのではないが、別の面で役に立つ事があるという事を学べた貴重な体験だと思えばちょっとはこの状況でも楽しくもなった。
「ほらセレナ、もうちょっと寄ってよ。別にやましい事するわけじゃないんだからさ。ただくっついていたほうが暖かいと思ってるだけだからさ」
「いいけど……前みたいに変な所は触らないでよ?」
「変な所?いったいどこの事を言ってうそうそ冗談だからそのいかにも魔術で攻撃しますみたいなポーズしないでよ」
「まったく……こんな状況で変な事しようと思わないでよね……」
幾らかまくら内だからと言っても、暖を取るに越した事は無い。
という事で私達は互いに寝袋に入って抱き合って温まる事にした。まあ探検時はいつもの事の様な気がするがそこは気にしない事にしておこう。
「ん……今まで意識して触った事無かったけど、セレナの髪ふわふわだね……」
「まあ生まれつきそういう髪質みたいだからね。しかしモーリンの胸大きいよね……」
「Gカップだからね。もしかして羨ましい?」
「ちょっとね……まあペタンコにはペタンコなりの良さもあるってサバトの人達も言ってるしそこまでは気にしてないけどね」
「はは……それが幼女の美と背徳を信条にしているサバトだからね。でもおっぱい大きくないとパイズリとか出来ないよ?」
「そんなの出来なくてもいいですー。男の人を幸せにするのにはそんなのなくても良いですからね」
「ねえ、それってエッチな事が男の人を幸せにするって意味?」
「うんまあね……最近近所の人がそういう事やってるのがよく見えてるけど……本当に旦那さんは幸せそうな顔をしているからね……こんな風に考えるようになってきたって事は魔物になりつつあるって事なのかな?」
「そうだね……でも言ってる事は間違ってないよ。互いに気持ち良くて幸せだからこそ、魔物は旦那さんとセックスするんだから……愛情や幸せってものを形として示してる行為なんだもん……」
「そういいながらもモーリンは好きでもない相手とシてるよね……」
「まあね……今のボクには好きな人が居ないってのもあるけど……好きな人が出来たらその人以外とするなんて考えられないよ」
「そういうものかぁ……」
互いに密着した状態で、普段あまり話題に出さない事を話題にする私達。
互いの考えを述べあいながら、いつしか二人して夢の世界に旅立って行ったのであった……
…………
………
……
…
「さーて、天気は良好!」
「一気に頂上を目指そう!」
目が覚めた私達が外の様子を見ると……辺りに深々と積もった雪と、その雪を眩しく照らす太陽が昇っていた。
多少吹き下ろす様な冷たい風は吹いているものの、実にいい天気であった。
だから私達は天気のいい内に進むだけ進んでおこうと荷物を詰めてかまくらから抜けだし、『お湯入れて溶くだけスープ オニオン』を啜りながら頂上を目指していた。
「昨日は吹雪でわからなかったけど、あの米粒みたいにある家の集まりってあの村だよね?」
「そうだね。かなり高い場所まで登ってきたようだ。そこまで標高の高い山でもないし、頂上まであと半分も無いかもね」
順当に氷山を登って行く私達。
ただでさえ山道は進むのが大変なのに、積もっている雪のせいで足下を取られ中々先に進めない。
それでもなるべく歩いて先に進み、急な崖になっているところは飛んで安全に進むうちに、いつしかかなり遠い場所まで見る事が出来るような高さまで着いていた。
少しではあるが太陽が近く感じる……雲は今のところ全然見当たらないのが助かる。
「結構登ってきたけど……ドラゴンの寝床はどこだろうね」
「それがわからないからな……グラキエスの一人や二人でもいれば聞けるけど、この山登ってから魔物ですら見てないからな」
ただ、目的としている場所も全然見当たらない。
途中横穴や洞窟みたいになっている場所も数ヵ所あったが、どれも財宝や溶けない氷どころか何もなかった。
結構高い場所まで登ってきたが、本当に頂上付近になりそうだった。
「ハァ……ちょっと疲れてきたね……」
「そうね……高い所の空気は薄いっていうし、余計疲労が溜まるのかもね……あそこの横穴で一休みしようよ」
登っているうちに息切れし始めたので、私達は近くにあった横穴に入って休憩する事にした。
その横穴にも残念ながら財宝らしきものは見当たらないので、休まったら暗くなるまでまた登ろうと思う。
「お湯入れて溶くだけスープシリーズって後どれだけ残ってる?」
「ん〜……7……いや、今から飲むから6回分かな?試食したとき美味しかったからと多めに貰っておいてよかったね」
「だね。今度から暑い所に行く時以外は持って行こうかな」
「賛成。味も豊富だから簡単に飽きがこないのも良いよね……ん?なんだこれ?」
『お湯入れて溶くだけスープ ポタージュ』を飲みながら横穴で休憩する私達だったが……喋ってる途中で、岩陰に隠れて何かが落ちている事に気付いた。
なんだろうと思って手に取ってみたら……それは『やかん』だった。
「やかん……?なんでこんな物がこんな場所に?」
「不思議だな……誰かが住んでいたわけでもなさそうだし、どうしてこんなところに……誰かが登山中に忘れて行ったとか?」
「ああ……こんな山を登る物好きもいるんだね……目的は私達と一緒だったのかな?」
山に住むグラキエスがやかんなんて使うとは思えない。少し錆びてるところからしてもちょっと前に置いてかれてると思われる。
つまりこれはこの山に来た登山者の忘れ物と考えるのが妥当である。
このやかんの持ち主が何者で、何が目的でこの山を登っていたか気にならない事は無いけど……今はとにかく財宝を探すほうが先決なので、体力がある程度回復した私達は、やかんはそのまま置いて登る事にした。
ゴミだから回収するべきだろうが、こんな氷山を余計な荷物を運んで登る余裕は無い。
「さてと、そろそろ頂上だけど日が暮れちゃいそうだね」
「ううむ……ドラゴンの寝床はどこにあるのか……」
あれから一心不乱に登り続けた結果、私達はついに頂上付近まで到着する事が出来た。
ここから見渡せる景色はまさに絶景だ……聳え立つ山を一望でき、人の住む街は小さな灯りの集合体に見え、そして夕日に輝く氷海……セルキーの親子らしき人影が仲良く氷の上で遊んでいるのが見える。
だが、今回はこの絶景を見に来たのではなく、あくまでも財宝を探しに来たのだ。
「仕方ない……洞窟や洞穴もなさそうだし、今日もかまくら作ってそこで一晩あかすか……」
「今日は吹雪いてないからちょっと余裕もあるし、少しだけ広くしようか」
ただ、頂上付近になってもそれらしきものは見当たらなかった。
もしかしたら山の反対側にあるのかもしれないが、今から向かうと完全に真っ暗になってしまうため、私達はここで野宿の準備をする事にした。
「こっからここまでで作っちゃえば多少は広く……ん?」
「あれ……セレナの身体が少し低くなってるような……って沈んでる!?」
「へ……あわわ!?きゃああああああああああっ!!」
どこに作ろうか考えながら跳ねていたのがいけなかったのか、足下の雪が沈んだと思ったら、あっという間に崩れてしまった。
どうやら私が立っていた場所の下は空洞になっていたようで、私は沢山の雪と共に墜落していった。
「ぐ……ぐぶ……」
「おーい、大丈夫かセレナ〜」
「ぐぶー!!ぷはっ!!なんなのこれ……」
雪がクッションになってくれたおかげで幸いたいした怪我は無いが、私の身体は顔から雪に埋もれてしまった。
なんとか脱出しようと必死にもがいていたら、後から穴に下りてきたモーリンに足を掴まれ引っこ抜かれた。
「ここは……洞窟?」
「みたいだね……どうやら雪のせいで入口が塞がっていたみたいだ。大きな穴が奥にも続いているね。もしかして……」
雪の上に立って状況を確認してみると……さほど高いところからは落ちてなかったようだが、とにかく大きい穴だった。
視線を前にすると、落ちてきた穴と同じ位大きな穴があった。どうやらこの穴は奥に続いているようだ。
大きさからして旧世代のドラゴンが楽々通れる幅だろう……つまり、ここが例のドラゴンの住処であった可能性が高い。
そう思った私達は奥に行ってみた……奥に進むにつれ、壁が土から氷になって行く。
「まるで氷の世界にでも来たようだな」
「そうだね……反射して自分達の姿が見えるけど、ドラゴンはこんなところに住んでたのかな?」
まるで氷のお城の中を探索している様に思えてくる洞窟だった。
表面が綺麗で複雑な構造をしているからか、氷が反射して私達の姿が幾重にも映し出される。
「さて、こんな事普通の人間や魔物には出来ないよね……だからこの奥にはきっと……あれ?」
「え……これって……」
そして洞窟の最奥まで来た私達は……在り得ない物を見た。
「何か……太い氷の柱があったと思われるところが……無くなってる?」
「そんな……」
部屋の中央、おそらく封じ込められていたであろう財宝と共に、氷の柱が消えていた。
「多分ここに財宝があったと思う……けど、もう既に誰かが持ち出した後みたいだ……」
「そんな……これって溶けない氷じゃないの?」
「ちょっと試してみるよ……『イ―ビルフレア』!」
「……溶けないね……」
炎の魔術をその柱の跡にぶつけてみたが、たしかに溶けなかった。
という事はここに宝があった事や、その宝は誰かに持ち出されていた事は確定だろう……なんだか無駄足を喰らった気分になり、急に力が抜けてしまった。
「まあ……たまにはこんな事もあるよね……」
「あー悔しいなぁ……財宝持って行ったの誰なんだろう……」
「さあね……きっとあのやかんの持ち主だとは思うよ」
既に先客に持ち出されていた財宝……今回は全く手に入らないとなるとがっかりするのも仕方ないだろう。
こうなってしまうと早く帰りたくもなってくるが、暗い中の下山はシャレにならない程危ないのでここで一晩過ごす事になった。
財宝が無いのをずっと見る事になるので凄く悔しくもなるが、氷で出来た洞窟で一晩寝れるという貴重な体験が出来ると楽しむ事とした。
「あ……ねえちょっとこれ見てよセレナ」
「ん?何モーリン……ってそれは!?」
氷の柱跡に座って『お湯入れて溶くだけスープ やさい』を飲んでいたら、氷がバラバラに砕けている場所から何かを持ってきたモーリン。
その手に持っていたのは……中に真珠らしきもので出来たネックレスと金の王冠が入っている氷の塊だった。
「どうやらこの柱の財宝を持って行った人がこれだけ見落としたようだね。他にも無いかパッと見てみたけどなさそうだったよ」
「これを見る限り、細かく砕いて……いや、表面が切ったみたいになってるな……誰かが溶けない氷を切り離したって事?」
「おそらくね……」
その氷の塊は、表面が切り口みたいに綺麗にスパッとなっていた……試しに私も溶かすのではなく壊してみようとしたが、傷はほぼつかなかった。信じられない話だが、ここの財宝を持って行った誰かは、溶けない氷を切って持ち去ったという事だろう。
そんな芸当が出来る者が居ると言うのだろうか……
「……まさかな……」
「ん?どうしたのモーリン?考え事?」
「ん、まあね……でも気にしないで。別にたいした事じゃないから。自信も無いしね」
この氷を持ったまま何かを考えてたモーリン。
何か引っかかった事があったようだが、本人が気にするなというので特に気にしない事にした。
……………………
「さて、ちょっと雲行きが怪しいけど……下山しますか」
「そうだね……少しずつ飛んで降りればそう時間を掛けずに降りれるとは思うよ」
財宝の大半を手に入れられなかった悔しさを胸に一晩寝た後、とりあえず2つだけ財宝が入った氷の塊をサバトに転送した後、私達は下山する事にした。
本来ならば山を素直に降りずに飛んで降りれば良いだけなのだが……頂上から吹き下ろすように吹いている風のせいで長時間の飛行は危険なので、慎重に一歩ずつ降りる事にしたのだ。
外に出ると雲行きが怪しく、今にでも雪が降りそうだったが……食糧も残り少なくなってきたのでなるべく早く下る事にしたのだった。
「よいしょっと……あわわわっ」
「大丈夫かセレナ。風もさっきより強くなってるから飛ばされないように気をつけるんだよ」
「うん……」
時々飛ばされそうになりながらも順調に下りていく私達。
「うわ……雪が……」
「これは不味いかもね……たしか登る時ここら辺に洞窟や横穴は見て無かったはずだし、早くもっと降りたほうがいいか……」
しかし、半分ぐらいまで降りたところで雪が降り始め……あっという間に猛吹雪になり始めた。
「くっ……これはまたかまくらでも作って風をしのいだほうが良いかな?」
全く先は見えなくなり、風のせいで飛ぶどころか歩く事すらままならない。
これじゃあ降りるどころか無事に前に進む事も出来ないので、モーリンにそう提案してみたのだが……返事が返って来なかった。
「モーリン……あれ?モーリンどこ!?」
おかしいと思って振り向いてみたら……いるはずのモーリンの姿が無かった。
まさかはぐれたのかと思って、辺りを明るくして視界を広くしたが……近くに居なかった。
もしかして途中で倒れて埋もれてはいないかと近くを探ってみたが……特に人が埋もれているような場所は無かった。
つまり……私は完全にモーリンとはぐれてしまっていた。
「どうしよ……モーリン〜!!」
精一杯叫んではみるものの、吹きつける風の中では少し離れてしまえば声も聞こえないだろう。
「モーリン!いたら返事しtきゃあああああああっ!!」
それでも私はモーリンを探す為に吹雪の中を歩きまわり……崖か何かで足を滑らせてしまった。
それほど落下はしなかったので気絶はしなかったが足を捻ってしまったようだ……立とうとしても痛くて立てなかった。
止みそうもない吹雪の中で足を捻る……状況は最悪だった。
「さささ寒い……どどどどうしよう……」
動けない私に容赦なく襲いかかる吹雪……いつしか私の身体には雪が積もり、私から体温を奪って行った。
朦朧としてきた意識の中、どうにかして先に進もうとほふく前進で動いているが……腕の感覚も無くなってきてピクリとも動かせなくなっていた。
私はこのままモーリンにも出会えずに雪に埋もれて誰にも知られず死んでいく……そんな悲しい最期は嫌だが、もはやどうする事も出来なかった。
「あ……う……………………」
閉じていく瞼、動かす事の出来ない身体、積もって行く雪……
私は、自分が埋もれていくのを感じながら、静かに意識を手放してしまった…………
………
……
…
「……れな、しっかりしろセレナ!!」
「はっ!?」
身体を揺さぶられて、私の意識は再び覚醒した。
意識が無くなる前と違って目の前には雪が無く、洞窟とモーリンの顔が見える……
「……モーリン……?」
「良かった……もう駄目かと思ったよ……目を覚まして良かった……!!」
泣きながら私に抱きついてくるモーリン……どうやら心配を掛けてしまったようだ。
「ここは……?」
「ここはこの山に住むイエティの家だよ。吹雪の中動けなかったボクやセレナを助けてくれたんだよ!」
「あ!目を覚ましたようだね!!大丈夫だった?」
「あ……はい。ありがとうございます……」
私達はイエティに助けられたらしい。モーリンの後ろから湯気が出ている鍋を持っている白いもこもこ……イエティがにっこりしながら近付いて来ていた。
どうやら吹雪の中を散歩していたら私と同じく足を滑らせて雪に埋もれて動けなくなっていたモーリンを見つけたらしく、そのモーリンが私の事を伝え、冷たくなって倒れていた私を温めながらこの家……というか洞窟に運んでくれていたらしい。
「これ温まるから二人とも食べるといいよ!!」
「ありがとうございます」
「ではいただきます」
イエティさんが用意してくれた暖かい鍋をつつきながらお互いの無事を確認し合う私達。
もしイエティさんがいなかったらと思うと……本当に運が良かったと思わざるをえない。
「吹雪が止むまではここでのんびりしててもいいけど、私の旦那様には手を出さないでね〜」
「ボク寝取りは趣味じゃないので安心して下さい」
「私もです」
鍋のおかげで寒さのせいで動かなかった身体も少しずつ動くようになってきた。
でも外は相変わらず猛吹雪なので、イエティさんの家で時間を潰し、吹雪が止んでから下山した私達。
この山で見た景色や遭遇した体験、それと、吹雪が止むまで何度もイエティさんから旦那自慢された事は忘れないだろう。
ちょっとした悔しさを残しながら、私達は無事家に帰ったのであった。
13/06/16 20:24更新 / マイクロミー
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