天使と悪魔の出会い!
「さあて、地上へ向かいますか」
誰に聞かせるのでもなく……というか、自分にそう言い聞かせて、天界から地上へ続く道を抜ける。
私は下位神属のエンジェルの一人だ。主神様より命を受け、人間と共に地上に蔓延る魔物を殲滅させに行くため、勇者の待つ教会へ向かっていた。
争いは嫌いであるが……欲に溺れるだけでなく禁欲的な人々まで欲に溺れさせようとする憎き魔物へ主神様の名のもとに罰を与える為、私は戦う訓練もした。攻撃魔術から戦闘補助的な魔術まで完璧に覚えた。
つまり、準備は万端だ。満を持して私は地上の遥か上空を飛ぶ。
「さてと、主神様に言われた教会はっと……」
高い上空から向かうように言われた教会を探す。
転移系の魔術は得意ではないので、こうして地道に探すしかない……こういった戦闘向きでは無い魔術の勉強もサボらなければ良かったとこれほど思った事は無かった。
「ううむ……どこでしょうか……」
特徴は覚えているので肉眼で地道に探す事は可能だが……詳しい場所まで聞いていなかったからそれっぽいものを探す事になる。
教会なのでそう間違える事は無いと思うが……遥か上空からでは探しにくい。
そう、今私は遥か上空……かなり高い場所にいたのだ。
「もう少し降りてみる必要が……あれ?」
上空は地上と比べ寒い。
圧力やら気温やらが関係してくるようだがそんな専門知識持ってない私は仕組みなどまったくわからないが、とにかく地上と比べ空は寒い。
特に今この地域では冬なので上空の気温は零下になるほど寒い。
私自身は寒さに強い事と教会を探すのに夢中になって気付いていなかったが……私の腰から生える翼は寒すぎて凍りついていた。
今までは動かし続けていたからなんとか飛べていたが……少し下降するために止めた途端、自分の意志ではほとんど動かせなくなってしまった。
「あ……ああ……おち……!?」
もちろん、翼がまともに動かないのでは飛べるはずが無い。
「ひ、ひゃあああああああああああああああああっ!!」
私は悲鳴を上げながら、自分の意志とは無関係に地上へゆっくりと、段々加速しながら墜ち始めた。
「ああああ動けえええええええ私の翼ようごけえええええええっ!!」
必死になって翼を動かそうとする私。
このままでは魔物を討伐するどころか地面に叩き付けられてぺちゃんこになってしまう。
それだけは避けなければ……パニックになっている私の頭の中ではもはやそれしか考えられず、墜ちて行く中ひたすらに翼を動かそうとしていた。
「よおおおし少しずつ動いてきたああああああってもう地面がすぐそこにいいいいいっ!?」
必死に動かそうとしたのが功を奏したのか、それとも地面に墜ちていくうちに解凍されてきたのか、少しずつだが動くようになってきた。
一安心したところで目の前……というか下を見てみたら……もう地面衝突まで数百メートル程しかないところまで墜ちていた。
このままでは結局ぺちゃんこなので今度は必死になって翼を動かしてどうにか落下を止め浮かび上がろうとするが……
「ぶーーーつーーーかーーーるーーーーーーーーー!!」
人間(じゃなくてエンジェルだけど)死ぬ気でやればなんとかなるようで、結構墜落の勢いは弱まった。しかし、地面にぶつかる事は回避できなさそうだ。
ぺちゃんこになるような勢いは既になく、命こそは助かりそうだがかなりの痛みは襲ってくるだろう……その怖さに私は思わず目を瞑ってしまった。
「うわああああふにゅっ!?」
「ごはっ……!?」ビリィッ
そのまま何も見ずに墜ち続けていき、地面にぶつかると思った瞬間……何かが破れる音と共に柔らかいものにぶつかった。
「にゃへ……ごふっ!!」
「が……あ……」
そのまま地面に背中から叩き付けられた私……途中でクッションがあったおかげでそこまで痛くは無いものの、衝撃が身体を走り変な痺れでふらふらとする。
「いてて……」
「ぐ……な、何が……」
それよりも、先程から私以外の女性の声が聞こえてくる。
もしかして……というかもしかしなくてもやっぱり私は落ちた時誰か他の人にぶつかったのだろう……柔らかかったのはおそらくこの女性の身体だろう。
「すみません……ついうっかり翼が凍っちゃ…………」
いきなり人様に迷惑を掛けてしまった。それはいくらなんでも不味い。
だから私は痛みを堪えつつ、どうにか起き上がって私とぶつかったであろう人の無事を確認するため声がする方を見たら……
「な、何だよいったい……天使?」
「あ、悪魔……!?」
その女性は、人間ではなかった。
一見普通の女性のようにも見えたが、人間には存在しないパーツ……頭から捻じ曲がった角、腰からは蝙蝠の様な翼と先端がハート型に膨らんだ群青色の尻尾をはやしていた……つまりこの女性は悪魔、いや、サキュバスだった。
どうやら私は落下地点にいたサキュバスの豊満な胸に飛び込んだようだ……男を惑わす巨大兵器に自ら突っ込んでしまったのは嫌だが、おかげで痛みも軽減したと考えると複雑だ。
「く……心配して損した……」
「ちょい待ち。人に高速タックルかましておいてそれはいくらなんでも失礼じゃないか?たとえ堕落していないエンジェルでもそこは謝っておこうよ」
「……すみませんでしたー……」
「心の籠って無い謝罪ありがとう。エンジェルって魔物に冷たいんだね」
魔物の無事を一瞬でも心配した事を悔やんだら、サキュバス本人に突っ込まれてしまった。
まあたしかに悪いのは私だ。どう頑張ってイチャモン付けようにも100%悪いのは自分だから謝るべきだろう。
だから一応謝りはしたけど……主神様の敵は私の敵、そんな相手に謝る気がしなかった。
むしろ今この場で罰を与えてやろうかと思ったほどだ。謝罪が棒読みになっても仕方ないだろう。
だがしかし……
「はぁ……ああーっ!!」
「何よいきなり……」
「あ……あわわ……」
「?」
いきなり叫んだかと思えば、何かを持ってわなわなと震え始めたサキュバス……若干涙目になり始めている。
よく見るとボロボロになった紙きれを持っているようだが……もしかして……
「あ〜折角書いてもらったルーン文字翻訳表が〜」
「えっと……もしかしなくても……私が何か不味い事……した?」
「そうだよ!あんたがボクにぶつかったせいでボロボロに破れちゃったじゃないか!!どうしてくれる!?これじゃ謎の解読も出来ないじゃん!!」
どうやら大切なものだったらしく、ボロボロになった紙きれを私に見せながら半泣きで文句を言ってきたサキュバス。
流石に涙目で言われると如何に相手が魔物と言えど罪悪感を感じてしまう。
「えっと……ごめん……」
「謝っても意味無いよ!!あーもうまた頼みに行くのも悪いしどうしよう〜」
だから私は咄嗟に謝ったが……たしかに謝ったところで紙が元に戻るわけではない。
「えっと……ルーン文字の訳……だよね?」
「そうだよ!お宝を手に入れる為に専門家に多額のお金とフェラ1回と本番1回で頼んで聞き出したんだから!!」
「それなら私少しはわかるけど?」
「あーもう……え?」
流石にこれは相手が魔物だからどうこう言って償わないのは悪い気がした。
だから私はサキュバスに、自分はルーン文字が少しはわかる事を告げた。
「本当に?」
「う、うん。あまりに複雑だとわからないかもしれないけど……」
「充分だ!じゃあちょっとついて来て!!」
「あ、ちょっと!」
そしたら腕を掴まれて、そのまま急に飛び立たれた。もちろん腕を掴まれたままだから私も引っ張られる形で宙に浮いている。
私は早く教会に向かわなければならないからその穢れた手を離してほしい……が、よく考えたらこうなった原因は私のうっかりなのだから文句は言えなかった。
「はぁ……仕方ないか……」
とりあえず少しだけ付き合って、その後で罰を与えてから教会に向かおう。
そう思いながら、私も完全に動くようになった翼を羽ばたかせてサキュバスと一緒に飛んだのであった……
…………
………
……
…
「はい到着っと。ちょっとこっちに来て」
「ここは……遺跡?」
結構早い速度で墜落した場所から移動する事数10分……苔むした古い遺跡まで連れてこられた。
たしかお宝がどうこう言っていたので、この遺跡にお宝でも眠っているのだろうか?
「そう、ここは古代の遺跡。ここに魔王が代替わりする以前の時代のお宝が眠ってるというわけ」
「へぇ……じゃあそのお宝が眠ってる部屋に入るためにルーン文字の解読が必要って事?」
「おっ鋭いじゃん。半分正解だよ。正確には部屋に入る事は出来るんだけど、それだけじゃお宝の眠る場所に繋がらないってわけ。複雑な魔力か何かで隠されてるのさ」
「なるほど」
そう思って聞いてみたが、やはりそうらしい。
「ほらここ。この扉に書かれてるのってルーン文字だろ?ゴーレムの腕に書かれてるのと似てるしそうかなと思ってさ」
「どれどれ……うん。多分そうだね」
階段を何度か下りたりしながら内部を更に20分程歩き続けたら目的の場所に着いたようで、サキュバスは私に扉に書かれている文字を見せてきた。
遺跡内部は光る苔がびっしりと貼りついているおかげで文字を見る事は容易だった。
たしかにこの形状はルーン文字だ……これなら解読できそうである。
「えっと……『汝宝を得たくば滾る鼓動に光を遮る蝶を映せ』……だって」
「ふーん……滾る鼓動に光を遮る蝶、ね……」
私が難なく訳した後、ブツブツと呟きながら扉の奥に進むサキュバス。
私もその後を追って部屋の中に入る……その部屋は小さなホール程度の大きさの直方体型の部屋で中には2本の柱が立っているだけで他に何もなく、目の前の壁には旧時代のバフォメットのような禍々しい悪魔の全身の絵が大きく描かれていただけだった。
「滾る鼓動って言うのはおそらく心臓の事だね。君の訳からすると光を遮る蝶っていうものをこの絵の心臓部分に映せばいいって事だろうけど……これが何の事かわからないんだよね。君何かわかるかい?」
「ううん……単純に黒い蝶の事かな?」
「それは微妙だね……この辺りにそんな色の翅を持つ蝶なんて生息していないからね」
たしかに滾る鼓動は心臓の事で当たっているだろう。
問題は光を遮る蝶だ……黒い翅の蝶はいるだろうけど、この付近に生息していないとなるとそのままの意味では無いだろう。
気が付けば、放っておけばいいものを、何故か私もサキュバスと一緒に謎を解いていた。
まあ、お宝が気になるのもあるし、罰を与えるのはお宝が見つかった後でもいいだろう……そう思って私は、再び謎解きに専念した。
「光を遮る……ってのは、つまり闇って事か?」
「ああ、そうかも……闇というより影じゃないかな?闇は光が無い状態だけど、影は光を遮って出来るものだからね」
「なるほど……影の蝶かぁ……あ、もしかして!!」
何か思いついたのか、サキュバスは背負っていたバッグを漁り始め……
「じゃじゃーん、サバト印の懐中電灯〜!ちょっとこれ壁に向けて持ってて!」
「え?あ、はい……」
先端から光を放射する筒を取り出し、壁に向けて持っていてくれと私に渡してきた。
「何をする気?」
「陰で蝶を作るのさ……こんな風にね!」
そう言って、自分の両手を中指と薬指の間だけ広げ、親指を交差させて懐中電灯の前に持ってくるサキュバス。
「……なるほど。たしかに蝶だね……」
「だろ?」
壁に映し出されたその影は……少し歪ながらもたしかに蝶に見えた。
そう、漲る鼓動に光を遮る蝶が映し出されていた。
「これで何か反応があれば……ん?」
「なんでしょう……地面が揺れているような……って壁に何か文字みたいなものが!」
しばらくそのまま映し出していると、突然地響きが発生した。
いったいどうしたのかと思っていたら、両壁に大きなルーン文字が浮かび上がっていた。
「なあ、なんて書いてあるんだい?」
「ちょっと待って下さい……なになに……『謎を解きし者よ。汝の命を贄として、外界の者に宝を授からん』……ってこれってまさか……」
「うーん……意味をそのまま取るとしたら、ボク達がここで死ぬ代わりに外に宝が現れるってことかな?」
「いやあああああああああああああああああああああっ!!」
そこに書かれていた文字は……要約すると私達に死ねと言っているものだった。
パニックになって叫び続ける私……地上に来て早々どうしてこんな事になってしまったのか……
「落ち着いて!ここでパニックになってても助からないよ!」
「そ、それもそうね!早く脱出を……って扉が開かない!!」
サキュバスに肩をバシンと叩かれて少しだけ落ち着いた私は、とりあえず脱出するために入ってきた扉に手を掛けたが、押しても引いてもビクともしなかった。
「どうやら魔術か何かで鍵を掛けたようだね……」
「ええっそんな!!」
「無理矢理こじ開けるしかないね……ちょっとどいて!!」
がっちりと閉まっている扉を腕の力で開けるのは無理そうだ……だから壊して開けるつもりなのか、両手を扉に突き出したサキュバス。
「いくよ!『ダークインパクト』!!」
そして闇の魔力の塊を扉にぶつけ、爆発させたのだが……
「ちっ!結構頑丈だね……」
傷こそ扉に付いたものの、扉を吹き飛ばすまでには至らなかった。
「私もやってみます!『ホーリーアロー』!!」
「……駄目だ!このままじゃ埒が明かない!」
次は私もと、光の束を弓状に発射する魔術を扉にぶつけた……一応さっきのとは違う傷は付いたが壊れる気配が無かった。
何度かやっていれば壊れない事も無いのだろうけど……そんな時間は残されて無さそうだ。
「どうしよう……こんなところで生き埋めになるのは嫌だよぉ……」
「それはボクもだよ。ダメもとだけど、二人で同時に放った後でも普通に動ける範囲での最大攻撃魔術をぶつけてみよう!!」
「……ええ、わかったわ!!」
少しずつ壁や天井が崩壊してきた……急いで脱出しないとこのまま遺跡に埋められてしまう。
そうなっては困るどころじゃないので、私達の息を合わせて同時に最大限の威力を誇る魔術を放ち扉を破る事にした。
それで扉を破れる保障は一切無いが、何もしないよりはやってみる価値がある。
「……準備はいいかい?」
「ええ、いつでも行けるわ……」
「そう……じゃあいくよ……」
「ええ……」
全身の魔力を両腕に集中させ……
「「せーの!!」」
「『ジェノサイドシャドウ』!!」
「『ジェノサイドホーリー』!!」
動けるだけの魔力を残して、二人同時に最大攻撃魔術を放った。
全てを破壊する闇の球と全てを破壊する光の球……二つの上級破壊魔術が混じり合って、奇妙な模様を描く黒と白が混ざった球は轟々と大きな音を出しながら扉に当たり爆散し……辺りを爆風が襲った。
「きゃっ!!」
「く……この……大丈夫か!?」
「うん!ありがとう!!」
爆風に吹き飛ばされ壁に叩きつけられそうになる私……だが、予め部屋に聳え立っていた柱に尻尾を巻き付けて飛ばないようにしていたサキュバスに腕を掴まれ、柱に手繰り寄せられてしがみつく事でどうにか吹き飛ばされずに済んだ。
「……よし!扉どころか結構な範囲が吹き飛んだぞ!!」
「そうとわかれば早く脱出しようよ!!」
「言われなくても!」
爆風が止んだ後、扉があった方を見ると……ただでさえ威力の高い魔術二つが合体して相乗的に威力が上がったものに耐えられるはずも無く、跡形も無く吹き飛んでいた。
それどころか途中の通路も破壊されており、まだ遠くではあるが外の明かりが見えた。
歩いて行こうにも通路は瓦礫の山、さらに遺跡は崩れる一方なので、私達は飛んで一直線に出口を目指していた。
「もう少し、もう少しで外に!!これで助かる!!」
「もうそろそろ天井が落ちてきそうだ……急いで脱出を……危ない!!」
「えっ……きゃあっ!?」
あと数百メートルで脱出できる……そう思った時、突然サキュバスに体当たりされて少し飛ばされた。
「いったい何を……はっ!?」
「くっ……があっ!?」
いきなりぶつかってきて何をする気か……そう思って非難の目をサキュバスに向けようと思ったら、さっきまで私が飛んでいた場所にはサキュバスがいて、その上には大きな瓦礫が落ちて来ていた。
どうやら私をかばって突き飛ばしてくれたらしいが……その後の回避が間に合わず、彼女の翼に直撃してしまった。
「く……そ……」
どうにか身体は避けたので気絶まではしていないようだが、そのまま螺旋状に旋回しながら墜落していくサキュバス……翼に傷を負ったため上手く飛べないようだ。
「後ちょっとだってのに……!?」
「しっかりしなさい!一緒に脱出するよ!!」
「あ、うん……」
だから私は、墜ちていくサキュバスの腕を掴み出口まで飛んだ。
普段誰かを抱えながら飛ばないのでかなり飛びにくいけど……今はどうにか飛んで脱出するしかない。
「駄目っ!出口が塞がれちゃう!!」
瓦礫で塞がって行く出口……完全に閉まりきる前に脱出しようにも、誰かを掴んだまま飛んだ事は無いので上手く速度を出せず間に合いそうにもない。
サキュバスの腕を離して一人で全力を出せばなんとか脱出は可能だろうが……それはしたくなかった。
「ここは任せて!『ハートボム』!!」
だから出来るだけ速く、今出せる限界速度で出口に向かっていたが、瓦礫を避けながらだとどうしても間に合いそうも無く、段々と辺りは闇に包まれてきた。
もう駄目かと思ったその時、私に掴まっていたサキュバスがピンクのハート型の魔術を壁に向けて発射した。
名前の通り爆発性の魔術のようで、塞がってしまっていた出口の一部を吹き飛ばして脱出の余地を作った。
どうやら移動を私に任せ、飛べない自分は残った魔力で出口を確保する事にしたらしい……こんな状況でよくそんな判断が出来るものだ。
「いっけえええええええっ!!」
「そおれええええええええっ!!」
任された期待に応えるべく、私は全身の力を振り絞って出口へ突っ込んだ。
途中瓦礫に当たりそうになるも、ぶら下がっている形になっているサキュバスが身体を揺らし軌道修正してくれるおかげでもう瓦礫を気にする事無く光の射すほうに向かって全速力で飛び……
「脱出だああああああ!!」
「まっぶしー!!」
崩壊ももう最後なのか天井そのものが降ってくると同時に、私達は遺跡から外へ脱出した。
遺跡内に入ってからそんなに経っていないはずなのに、太陽の眩しさが嬉しかった。
「ハァ……ハァ……た、助かったぁ……」
「ハァ……ハァ……へへ……助かったな!」
大きな音を立てながら崩れ落ちていく遺跡の外に倒れ込む私達……荒い息を荒げながら、遺跡が跡形も無くなって行く様子を二人で見ていた。
「ふぅ〜……死ぬかと思った……」
「だな〜。あはははっ!」
「……何笑ってるんです?死にかけたんですよ?あなたに至っては翼に怪我を負ってるし……」
「いやあ……生きてるなと思ってさ。それにボク、ちょっと楽しかったしね」
「はぁ……」
当分動けそうにもない私達……魔力も体力も、ついでに気力も尽きているので当たり前だ。
なんとか生きている事を噛みしめていると、サキュバスが突然笑い始めた。
なんでも今の危険が楽しかったらしい……まったく呆れたものだ。
一緒になってわくわくしながら遺跡の謎を解いたり息を合わせて扉を破壊したり崩れゆく遺跡の中落下物をドキドキして避けながら飛んだり互いに助け合ったりして脱出して脱力して二人して寝転がっている事のどこが楽しいのか……
……あれ?案外楽しかった気がしてきたぞ?
「まったく……ふふ……」
「なんだ君も楽しかったんじゃないか……はは……」
「ふふふ……あははは!たしかにちょっぴり楽しかったかも!こんなスリル初めて!」
天界で暮らしていた時はこんなスリル溢れる体験した事なんか無かった。
普段から楽しくても何か物足りないと思ってた事もあるけど……どうやら私はこんなスリル溢れる冒険が大好きらしい。
おもわずサキュバスと一緒に笑い始めた私……ワクワクした心が笑いを止める事を拒んでいた。
「ははっだよな!でも楽しみはこれで終わりじゃないぜ?」
「え?」
そうやって笑い合っていたら、ニヤッとした表情でそう私に言ってきたサキュバス。
これで終わりじゃないとはいったい……無事崩れゆく遺跡も脱出できた事だしもう終わりでは……
いやまてよ?どうして遺跡は崩れ落ちていたんだ?
「……あ、お宝!!」
「おっと。本気で忘れていたんだね。当初の目的はそれだったろ?」
途中から脱出する事ばかり考えていたからすっかり忘れていたが……そういえば遺跡が崩れ落ちた後にお宝が出てくるんだった。
「動けるようになったら見に行こうよ」
「そうだね……というか私もう少しは動けるよ。なんかお宝の事思い出したら元気出てきたし……」
「そうか!じゃあボクも動こうかな……お宝も見たいし、君を見てたら少しだけ元気になって来たよ」
お宝が手に入ると思うと、歩こうという元気が湧いてきた。
ふらふらと覚束ない足取りで瓦礫の中を歩く私達……足元が崩れやすいので注意して、二人で互いを支え合いながらお宝とやらを探す。
そして、丁度あの部屋の真上辺りに来たときだった。
「いったいどこに……あ、何か光って……」
「えっどこだい?」
「ほらあそこ、遺跡の柱が重なってる辺り……あれは……」
「あー……うん。そうだよ。きっとあれだ!!」
どこにあるのかと周りを見ながら歩いていたら、視界の淵で何かが光ったのが見えた。
もしかしてと思い、二人して光った場所に駆け足で向かう。
そして……
「ハァ……あ、あったー!!」
「うおー!これ凄いよ!!」
私達が見つけた物は……色とりどりの宝石が付いた装飾品だった。
本物かどうかは私には判別付かないけれど、紅い宝石や翠色の宝石が散りばめられているネックレスに、純白な宝石が付いた杖なんかもあった。
たとえ宝石が偽物だったとしても、一種の工芸品としてそこそこの値が付くのではないかという程綺麗な装飾品が、宝石箱の中から溢れていた。
「今までも何度かこういった宝があった事もあるけど、ここまでは初めてだよ!」
「今までも?何度か遺跡とかにお宝を探した事があるの?」
「ああ……あ、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはモーリン。こう見えてトレジャーハンターをしてるんだ」
「へぇ……そうなんだ……」
Vサインをしながら私に自己紹介してきたモーリン。どうやらサキュバスだけどトレジャーハンターでもあるらしい。
そういえば二人で危機も脱したのに関わらず未だに互いの名前すら知らなかった。
という事で、私も自己紹介する事にした。
「私はセレナ。一応魔物を倒す為に主神様の命を受けて地上に来たんだけど……」
「けど?」
私がここにいるのは魔物を倒す勇者の手伝いとして教会に向かおうとして、墜落してモーリンと出会ったからであって……本来ならばここでモーリンをこの手で殺めるか再起不能になるまで痛めつけるべきなのだろう。
「なんかもうどうでもいいや。他の魔物ならともかく、今更モーリンを殺せって言われても出来ないしね」
「お、おう……それで良いの?いやボクとしては嬉しいけどさ……」
「いいんじゃない?私が行かないなら他の誰かが派遣されるだろうしね」
でも、それはもう私には出来なかった。
ほんの少しとはいえ、苦楽を共にしたモーリンに裁きを下すなんて、私には出来なかった。
もちろんそれは正しくは無いだろうし、主神様の意志に歯向かうわけだから天界からは永久追放されるだろう。
でも、それでももうよかった。
教会に行きモーリンと争うか、それとも天界や役目を投げ捨ててモーリンと笑っているか、どちらかいいのかという選択に……私は迷わず後者を選んだ。それだけの事だ。
「まあそれで良いならさ、このお宝を袋に入れるの手伝ってよ。ボクが住んでる街で鑑定してもらって気にいった物以外はお金と交換してもらうからさ。もちろんセレナにも分け前をあげるよ」
「あ、いいの?」
「もちろんさ!セレナがいなければ謎解きも出来なかったわけだし、もし紙が無事のままで一人で遺跡に行ってたらきっと今ボクはこの瓦礫の下に埋もれてたわけだからね」
「じゃあ……早速行動に移ろうか!袋だしてよ!」
「ああ!この袋に詰めるだけ詰めて、詰め切れなかった分はポケットに入れたり身につけたりして全部貰っちゃおう!」
始まりは最悪だった。
長く訓練して、主神の命令で準備万端で地上の教会に向かったはいいけど、自分のミスで死に掛けるという、これから何時思い出しても恥ずかしい事をしたのだ。
しかもなんとか死なずに済んだはいいけど、墜落地点には敵である魔物がいたうえに、その魔物が持つ大切なものを破るという失態まで犯したのだ……最悪と言わずに何と言おうか。
「よし。これで全部かな?」
「だね。それじゃあ行こうか。モーリンが住んでる街ってここからどれぐらいなの?」
「んー、歩いて行くと1ヶ月以上は掛かるかな。でも大丈夫。近くの街にポータルがあるからそれ使えばひとっ飛びさ。セレナは今お金持ってる?」
「少しだけなら……天界じゃあまり使う機会無かったからね」
「まあ足りなかったらボクが出すよ。これだけあればはした金になるだろうしね」
でも……その最悪は、最高の始まりにしか過ぎなかった。
「あ、と……そういえばセレナってこれからどうするの?」
「これから?この宝をお金に換えてもらうんじゃ……」
「あーそうじゃなくてその先だよ。天界にも帰れないし教会にもいかないしでどう生活していくのさ?」
「あ……しまった……」
「考えてなかったんかい」
「……うん……」
その魔物……モーリンとの出会いがきっかけで、私は主神からの使命よりも大切な事を見つけられたのだから。
「じゃあさ、一つ提案があるんだけど……ボクと一緒に住まないか?」
「え……いいの?」
「もちろん。一人暮らしだけどちょっと家が広いせいで寂しかったからね。でも一つ条件がある!」
「な、何?まさかエンジェルやめてダークエンジェルになれだなんて言わないよね?それはまだ抵抗があるから嫌だよ!」
「まさか。別にボクはそんなの気にしないよ。そうじゃなくてさ……」
世間的には……特に神属的に見たらなんとも愚かな事と思われるかもしれないけれど、私はこっちのほうがあっていると思う。
「ボクと一緒に住む代わりにさ、ボクの宝探しに付き合ってよ!」
「え……そんな事で良いの?」
「そんな事って……言っておくけど1年の間に家にいるより宝探ししてるほうが多いよ?あちこち巡って情報集めたり、今回みたいに危険な目に遭うかもしれないんだよ?」
「全然気にしないよ!というかむしろ私から今度も連れてってって言おうとしてたぐらいだもん!こんなに楽しかったの初めてだし、もっとトレジャーをハントしたい!」
「じゃあ決まりだ!ここにコンビ結成だね!」
「だね!これからもよろしくねモーリン!!」
「ああ、こちらこそよろしくなセレナ!!」
堅苦しい使命は他の真面目なエンジェルや神属に任せて、私はモーリンと宝探しをする事にした。
そう……これから私は、モーリンと共にトレジャーハンターとして生きていくのだ。
がっしりと握手したその手を、もう穢れた手だなんて思う事は微塵も無かった。
誰に聞かせるのでもなく……というか、自分にそう言い聞かせて、天界から地上へ続く道を抜ける。
私は下位神属のエンジェルの一人だ。主神様より命を受け、人間と共に地上に蔓延る魔物を殲滅させに行くため、勇者の待つ教会へ向かっていた。
争いは嫌いであるが……欲に溺れるだけでなく禁欲的な人々まで欲に溺れさせようとする憎き魔物へ主神様の名のもとに罰を与える為、私は戦う訓練もした。攻撃魔術から戦闘補助的な魔術まで完璧に覚えた。
つまり、準備は万端だ。満を持して私は地上の遥か上空を飛ぶ。
「さてと、主神様に言われた教会はっと……」
高い上空から向かうように言われた教会を探す。
転移系の魔術は得意ではないので、こうして地道に探すしかない……こういった戦闘向きでは無い魔術の勉強もサボらなければ良かったとこれほど思った事は無かった。
「ううむ……どこでしょうか……」
特徴は覚えているので肉眼で地道に探す事は可能だが……詳しい場所まで聞いていなかったからそれっぽいものを探す事になる。
教会なのでそう間違える事は無いと思うが……遥か上空からでは探しにくい。
そう、今私は遥か上空……かなり高い場所にいたのだ。
「もう少し降りてみる必要が……あれ?」
上空は地上と比べ寒い。
圧力やら気温やらが関係してくるようだがそんな専門知識持ってない私は仕組みなどまったくわからないが、とにかく地上と比べ空は寒い。
特に今この地域では冬なので上空の気温は零下になるほど寒い。
私自身は寒さに強い事と教会を探すのに夢中になって気付いていなかったが……私の腰から生える翼は寒すぎて凍りついていた。
今までは動かし続けていたからなんとか飛べていたが……少し下降するために止めた途端、自分の意志ではほとんど動かせなくなってしまった。
「あ……ああ……おち……!?」
もちろん、翼がまともに動かないのでは飛べるはずが無い。
「ひ、ひゃあああああああああああああああああっ!!」
私は悲鳴を上げながら、自分の意志とは無関係に地上へゆっくりと、段々加速しながら墜ち始めた。
「ああああ動けえええええええ私の翼ようごけえええええええっ!!」
必死になって翼を動かそうとする私。
このままでは魔物を討伐するどころか地面に叩き付けられてぺちゃんこになってしまう。
それだけは避けなければ……パニックになっている私の頭の中ではもはやそれしか考えられず、墜ちて行く中ひたすらに翼を動かそうとしていた。
「よおおおし少しずつ動いてきたああああああってもう地面がすぐそこにいいいいいっ!?」
必死に動かそうとしたのが功を奏したのか、それとも地面に墜ちていくうちに解凍されてきたのか、少しずつだが動くようになってきた。
一安心したところで目の前……というか下を見てみたら……もう地面衝突まで数百メートル程しかないところまで墜ちていた。
このままでは結局ぺちゃんこなので今度は必死になって翼を動かしてどうにか落下を止め浮かび上がろうとするが……
「ぶーーーつーーーかーーーるーーーーーーーーー!!」
人間(じゃなくてエンジェルだけど)死ぬ気でやればなんとかなるようで、結構墜落の勢いは弱まった。しかし、地面にぶつかる事は回避できなさそうだ。
ぺちゃんこになるような勢いは既になく、命こそは助かりそうだがかなりの痛みは襲ってくるだろう……その怖さに私は思わず目を瞑ってしまった。
「うわああああふにゅっ!?」
「ごはっ……!?」ビリィッ
そのまま何も見ずに墜ち続けていき、地面にぶつかると思った瞬間……何かが破れる音と共に柔らかいものにぶつかった。
「にゃへ……ごふっ!!」
「が……あ……」
そのまま地面に背中から叩き付けられた私……途中でクッションがあったおかげでそこまで痛くは無いものの、衝撃が身体を走り変な痺れでふらふらとする。
「いてて……」
「ぐ……な、何が……」
それよりも、先程から私以外の女性の声が聞こえてくる。
もしかして……というかもしかしなくてもやっぱり私は落ちた時誰か他の人にぶつかったのだろう……柔らかかったのはおそらくこの女性の身体だろう。
「すみません……ついうっかり翼が凍っちゃ…………」
いきなり人様に迷惑を掛けてしまった。それはいくらなんでも不味い。
だから私は痛みを堪えつつ、どうにか起き上がって私とぶつかったであろう人の無事を確認するため声がする方を見たら……
「な、何だよいったい……天使?」
「あ、悪魔……!?」
その女性は、人間ではなかった。
一見普通の女性のようにも見えたが、人間には存在しないパーツ……頭から捻じ曲がった角、腰からは蝙蝠の様な翼と先端がハート型に膨らんだ群青色の尻尾をはやしていた……つまりこの女性は悪魔、いや、サキュバスだった。
どうやら私は落下地点にいたサキュバスの豊満な胸に飛び込んだようだ……男を惑わす巨大兵器に自ら突っ込んでしまったのは嫌だが、おかげで痛みも軽減したと考えると複雑だ。
「く……心配して損した……」
「ちょい待ち。人に高速タックルかましておいてそれはいくらなんでも失礼じゃないか?たとえ堕落していないエンジェルでもそこは謝っておこうよ」
「……すみませんでしたー……」
「心の籠って無い謝罪ありがとう。エンジェルって魔物に冷たいんだね」
魔物の無事を一瞬でも心配した事を悔やんだら、サキュバス本人に突っ込まれてしまった。
まあたしかに悪いのは私だ。どう頑張ってイチャモン付けようにも100%悪いのは自分だから謝るべきだろう。
だから一応謝りはしたけど……主神様の敵は私の敵、そんな相手に謝る気がしなかった。
むしろ今この場で罰を与えてやろうかと思ったほどだ。謝罪が棒読みになっても仕方ないだろう。
だがしかし……
「はぁ……ああーっ!!」
「何よいきなり……」
「あ……あわわ……」
「?」
いきなり叫んだかと思えば、何かを持ってわなわなと震え始めたサキュバス……若干涙目になり始めている。
よく見るとボロボロになった紙きれを持っているようだが……もしかして……
「あ〜折角書いてもらったルーン文字翻訳表が〜」
「えっと……もしかしなくても……私が何か不味い事……した?」
「そうだよ!あんたがボクにぶつかったせいでボロボロに破れちゃったじゃないか!!どうしてくれる!?これじゃ謎の解読も出来ないじゃん!!」
どうやら大切なものだったらしく、ボロボロになった紙きれを私に見せながら半泣きで文句を言ってきたサキュバス。
流石に涙目で言われると如何に相手が魔物と言えど罪悪感を感じてしまう。
「えっと……ごめん……」
「謝っても意味無いよ!!あーもうまた頼みに行くのも悪いしどうしよう〜」
だから私は咄嗟に謝ったが……たしかに謝ったところで紙が元に戻るわけではない。
「えっと……ルーン文字の訳……だよね?」
「そうだよ!お宝を手に入れる為に専門家に多額のお金とフェラ1回と本番1回で頼んで聞き出したんだから!!」
「それなら私少しはわかるけど?」
「あーもう……え?」
流石にこれは相手が魔物だからどうこう言って償わないのは悪い気がした。
だから私はサキュバスに、自分はルーン文字が少しはわかる事を告げた。
「本当に?」
「う、うん。あまりに複雑だとわからないかもしれないけど……」
「充分だ!じゃあちょっとついて来て!!」
「あ、ちょっと!」
そしたら腕を掴まれて、そのまま急に飛び立たれた。もちろん腕を掴まれたままだから私も引っ張られる形で宙に浮いている。
私は早く教会に向かわなければならないからその穢れた手を離してほしい……が、よく考えたらこうなった原因は私のうっかりなのだから文句は言えなかった。
「はぁ……仕方ないか……」
とりあえず少しだけ付き合って、その後で罰を与えてから教会に向かおう。
そう思いながら、私も完全に動くようになった翼を羽ばたかせてサキュバスと一緒に飛んだのであった……
…………
………
……
…
「はい到着っと。ちょっとこっちに来て」
「ここは……遺跡?」
結構早い速度で墜落した場所から移動する事数10分……苔むした古い遺跡まで連れてこられた。
たしかお宝がどうこう言っていたので、この遺跡にお宝でも眠っているのだろうか?
「そう、ここは古代の遺跡。ここに魔王が代替わりする以前の時代のお宝が眠ってるというわけ」
「へぇ……じゃあそのお宝が眠ってる部屋に入るためにルーン文字の解読が必要って事?」
「おっ鋭いじゃん。半分正解だよ。正確には部屋に入る事は出来るんだけど、それだけじゃお宝の眠る場所に繋がらないってわけ。複雑な魔力か何かで隠されてるのさ」
「なるほど」
そう思って聞いてみたが、やはりそうらしい。
「ほらここ。この扉に書かれてるのってルーン文字だろ?ゴーレムの腕に書かれてるのと似てるしそうかなと思ってさ」
「どれどれ……うん。多分そうだね」
階段を何度か下りたりしながら内部を更に20分程歩き続けたら目的の場所に着いたようで、サキュバスは私に扉に書かれている文字を見せてきた。
遺跡内部は光る苔がびっしりと貼りついているおかげで文字を見る事は容易だった。
たしかにこの形状はルーン文字だ……これなら解読できそうである。
「えっと……『汝宝を得たくば滾る鼓動に光を遮る蝶を映せ』……だって」
「ふーん……滾る鼓動に光を遮る蝶、ね……」
私が難なく訳した後、ブツブツと呟きながら扉の奥に進むサキュバス。
私もその後を追って部屋の中に入る……その部屋は小さなホール程度の大きさの直方体型の部屋で中には2本の柱が立っているだけで他に何もなく、目の前の壁には旧時代のバフォメットのような禍々しい悪魔の全身の絵が大きく描かれていただけだった。
「滾る鼓動って言うのはおそらく心臓の事だね。君の訳からすると光を遮る蝶っていうものをこの絵の心臓部分に映せばいいって事だろうけど……これが何の事かわからないんだよね。君何かわかるかい?」
「ううん……単純に黒い蝶の事かな?」
「それは微妙だね……この辺りにそんな色の翅を持つ蝶なんて生息していないからね」
たしかに滾る鼓動は心臓の事で当たっているだろう。
問題は光を遮る蝶だ……黒い翅の蝶はいるだろうけど、この付近に生息していないとなるとそのままの意味では無いだろう。
気が付けば、放っておけばいいものを、何故か私もサキュバスと一緒に謎を解いていた。
まあ、お宝が気になるのもあるし、罰を与えるのはお宝が見つかった後でもいいだろう……そう思って私は、再び謎解きに専念した。
「光を遮る……ってのは、つまり闇って事か?」
「ああ、そうかも……闇というより影じゃないかな?闇は光が無い状態だけど、影は光を遮って出来るものだからね」
「なるほど……影の蝶かぁ……あ、もしかして!!」
何か思いついたのか、サキュバスは背負っていたバッグを漁り始め……
「じゃじゃーん、サバト印の懐中電灯〜!ちょっとこれ壁に向けて持ってて!」
「え?あ、はい……」
先端から光を放射する筒を取り出し、壁に向けて持っていてくれと私に渡してきた。
「何をする気?」
「陰で蝶を作るのさ……こんな風にね!」
そう言って、自分の両手を中指と薬指の間だけ広げ、親指を交差させて懐中電灯の前に持ってくるサキュバス。
「……なるほど。たしかに蝶だね……」
「だろ?」
壁に映し出されたその影は……少し歪ながらもたしかに蝶に見えた。
そう、漲る鼓動に光を遮る蝶が映し出されていた。
「これで何か反応があれば……ん?」
「なんでしょう……地面が揺れているような……って壁に何か文字みたいなものが!」
しばらくそのまま映し出していると、突然地響きが発生した。
いったいどうしたのかと思っていたら、両壁に大きなルーン文字が浮かび上がっていた。
「なあ、なんて書いてあるんだい?」
「ちょっと待って下さい……なになに……『謎を解きし者よ。汝の命を贄として、外界の者に宝を授からん』……ってこれってまさか……」
「うーん……意味をそのまま取るとしたら、ボク達がここで死ぬ代わりに外に宝が現れるってことかな?」
「いやあああああああああああああああああああああっ!!」
そこに書かれていた文字は……要約すると私達に死ねと言っているものだった。
パニックになって叫び続ける私……地上に来て早々どうしてこんな事になってしまったのか……
「落ち着いて!ここでパニックになってても助からないよ!」
「そ、それもそうね!早く脱出を……って扉が開かない!!」
サキュバスに肩をバシンと叩かれて少しだけ落ち着いた私は、とりあえず脱出するために入ってきた扉に手を掛けたが、押しても引いてもビクともしなかった。
「どうやら魔術か何かで鍵を掛けたようだね……」
「ええっそんな!!」
「無理矢理こじ開けるしかないね……ちょっとどいて!!」
がっちりと閉まっている扉を腕の力で開けるのは無理そうだ……だから壊して開けるつもりなのか、両手を扉に突き出したサキュバス。
「いくよ!『ダークインパクト』!!」
そして闇の魔力の塊を扉にぶつけ、爆発させたのだが……
「ちっ!結構頑丈だね……」
傷こそ扉に付いたものの、扉を吹き飛ばすまでには至らなかった。
「私もやってみます!『ホーリーアロー』!!」
「……駄目だ!このままじゃ埒が明かない!」
次は私もと、光の束を弓状に発射する魔術を扉にぶつけた……一応さっきのとは違う傷は付いたが壊れる気配が無かった。
何度かやっていれば壊れない事も無いのだろうけど……そんな時間は残されて無さそうだ。
「どうしよう……こんなところで生き埋めになるのは嫌だよぉ……」
「それはボクもだよ。ダメもとだけど、二人で同時に放った後でも普通に動ける範囲での最大攻撃魔術をぶつけてみよう!!」
「……ええ、わかったわ!!」
少しずつ壁や天井が崩壊してきた……急いで脱出しないとこのまま遺跡に埋められてしまう。
そうなっては困るどころじゃないので、私達の息を合わせて同時に最大限の威力を誇る魔術を放ち扉を破る事にした。
それで扉を破れる保障は一切無いが、何もしないよりはやってみる価値がある。
「……準備はいいかい?」
「ええ、いつでも行けるわ……」
「そう……じゃあいくよ……」
「ええ……」
全身の魔力を両腕に集中させ……
「「せーの!!」」
「『ジェノサイドシャドウ』!!」
「『ジェノサイドホーリー』!!」
動けるだけの魔力を残して、二人同時に最大攻撃魔術を放った。
全てを破壊する闇の球と全てを破壊する光の球……二つの上級破壊魔術が混じり合って、奇妙な模様を描く黒と白が混ざった球は轟々と大きな音を出しながら扉に当たり爆散し……辺りを爆風が襲った。
「きゃっ!!」
「く……この……大丈夫か!?」
「うん!ありがとう!!」
爆風に吹き飛ばされ壁に叩きつけられそうになる私……だが、予め部屋に聳え立っていた柱に尻尾を巻き付けて飛ばないようにしていたサキュバスに腕を掴まれ、柱に手繰り寄せられてしがみつく事でどうにか吹き飛ばされずに済んだ。
「……よし!扉どころか結構な範囲が吹き飛んだぞ!!」
「そうとわかれば早く脱出しようよ!!」
「言われなくても!」
爆風が止んだ後、扉があった方を見ると……ただでさえ威力の高い魔術二つが合体して相乗的に威力が上がったものに耐えられるはずも無く、跡形も無く吹き飛んでいた。
それどころか途中の通路も破壊されており、まだ遠くではあるが外の明かりが見えた。
歩いて行こうにも通路は瓦礫の山、さらに遺跡は崩れる一方なので、私達は飛んで一直線に出口を目指していた。
「もう少し、もう少しで外に!!これで助かる!!」
「もうそろそろ天井が落ちてきそうだ……急いで脱出を……危ない!!」
「えっ……きゃあっ!?」
あと数百メートルで脱出できる……そう思った時、突然サキュバスに体当たりされて少し飛ばされた。
「いったい何を……はっ!?」
「くっ……があっ!?」
いきなりぶつかってきて何をする気か……そう思って非難の目をサキュバスに向けようと思ったら、さっきまで私が飛んでいた場所にはサキュバスがいて、その上には大きな瓦礫が落ちて来ていた。
どうやら私をかばって突き飛ばしてくれたらしいが……その後の回避が間に合わず、彼女の翼に直撃してしまった。
「く……そ……」
どうにか身体は避けたので気絶まではしていないようだが、そのまま螺旋状に旋回しながら墜落していくサキュバス……翼に傷を負ったため上手く飛べないようだ。
「後ちょっとだってのに……!?」
「しっかりしなさい!一緒に脱出するよ!!」
「あ、うん……」
だから私は、墜ちていくサキュバスの腕を掴み出口まで飛んだ。
普段誰かを抱えながら飛ばないのでかなり飛びにくいけど……今はどうにか飛んで脱出するしかない。
「駄目っ!出口が塞がれちゃう!!」
瓦礫で塞がって行く出口……完全に閉まりきる前に脱出しようにも、誰かを掴んだまま飛んだ事は無いので上手く速度を出せず間に合いそうにもない。
サキュバスの腕を離して一人で全力を出せばなんとか脱出は可能だろうが……それはしたくなかった。
「ここは任せて!『ハートボム』!!」
だから出来るだけ速く、今出せる限界速度で出口に向かっていたが、瓦礫を避けながらだとどうしても間に合いそうも無く、段々と辺りは闇に包まれてきた。
もう駄目かと思ったその時、私に掴まっていたサキュバスがピンクのハート型の魔術を壁に向けて発射した。
名前の通り爆発性の魔術のようで、塞がってしまっていた出口の一部を吹き飛ばして脱出の余地を作った。
どうやら移動を私に任せ、飛べない自分は残った魔力で出口を確保する事にしたらしい……こんな状況でよくそんな判断が出来るものだ。
「いっけえええええええっ!!」
「そおれええええええええっ!!」
任された期待に応えるべく、私は全身の力を振り絞って出口へ突っ込んだ。
途中瓦礫に当たりそうになるも、ぶら下がっている形になっているサキュバスが身体を揺らし軌道修正してくれるおかげでもう瓦礫を気にする事無く光の射すほうに向かって全速力で飛び……
「脱出だああああああ!!」
「まっぶしー!!」
崩壊ももう最後なのか天井そのものが降ってくると同時に、私達は遺跡から外へ脱出した。
遺跡内に入ってからそんなに経っていないはずなのに、太陽の眩しさが嬉しかった。
「ハァ……ハァ……た、助かったぁ……」
「ハァ……ハァ……へへ……助かったな!」
大きな音を立てながら崩れ落ちていく遺跡の外に倒れ込む私達……荒い息を荒げながら、遺跡が跡形も無くなって行く様子を二人で見ていた。
「ふぅ〜……死ぬかと思った……」
「だな〜。あはははっ!」
「……何笑ってるんです?死にかけたんですよ?あなたに至っては翼に怪我を負ってるし……」
「いやあ……生きてるなと思ってさ。それにボク、ちょっと楽しかったしね」
「はぁ……」
当分動けそうにもない私達……魔力も体力も、ついでに気力も尽きているので当たり前だ。
なんとか生きている事を噛みしめていると、サキュバスが突然笑い始めた。
なんでも今の危険が楽しかったらしい……まったく呆れたものだ。
一緒になってわくわくしながら遺跡の謎を解いたり息を合わせて扉を破壊したり崩れゆく遺跡の中落下物をドキドキして避けながら飛んだり互いに助け合ったりして脱出して脱力して二人して寝転がっている事のどこが楽しいのか……
……あれ?案外楽しかった気がしてきたぞ?
「まったく……ふふ……」
「なんだ君も楽しかったんじゃないか……はは……」
「ふふふ……あははは!たしかにちょっぴり楽しかったかも!こんなスリル初めて!」
天界で暮らしていた時はこんなスリル溢れる体験した事なんか無かった。
普段から楽しくても何か物足りないと思ってた事もあるけど……どうやら私はこんなスリル溢れる冒険が大好きらしい。
おもわずサキュバスと一緒に笑い始めた私……ワクワクした心が笑いを止める事を拒んでいた。
「ははっだよな!でも楽しみはこれで終わりじゃないぜ?」
「え?」
そうやって笑い合っていたら、ニヤッとした表情でそう私に言ってきたサキュバス。
これで終わりじゃないとはいったい……無事崩れゆく遺跡も脱出できた事だしもう終わりでは……
いやまてよ?どうして遺跡は崩れ落ちていたんだ?
「……あ、お宝!!」
「おっと。本気で忘れていたんだね。当初の目的はそれだったろ?」
途中から脱出する事ばかり考えていたからすっかり忘れていたが……そういえば遺跡が崩れ落ちた後にお宝が出てくるんだった。
「動けるようになったら見に行こうよ」
「そうだね……というか私もう少しは動けるよ。なんかお宝の事思い出したら元気出てきたし……」
「そうか!じゃあボクも動こうかな……お宝も見たいし、君を見てたら少しだけ元気になって来たよ」
お宝が手に入ると思うと、歩こうという元気が湧いてきた。
ふらふらと覚束ない足取りで瓦礫の中を歩く私達……足元が崩れやすいので注意して、二人で互いを支え合いながらお宝とやらを探す。
そして、丁度あの部屋の真上辺りに来たときだった。
「いったいどこに……あ、何か光って……」
「えっどこだい?」
「ほらあそこ、遺跡の柱が重なってる辺り……あれは……」
「あー……うん。そうだよ。きっとあれだ!!」
どこにあるのかと周りを見ながら歩いていたら、視界の淵で何かが光ったのが見えた。
もしかしてと思い、二人して光った場所に駆け足で向かう。
そして……
「ハァ……あ、あったー!!」
「うおー!これ凄いよ!!」
私達が見つけた物は……色とりどりの宝石が付いた装飾品だった。
本物かどうかは私には判別付かないけれど、紅い宝石や翠色の宝石が散りばめられているネックレスに、純白な宝石が付いた杖なんかもあった。
たとえ宝石が偽物だったとしても、一種の工芸品としてそこそこの値が付くのではないかという程綺麗な装飾品が、宝石箱の中から溢れていた。
「今までも何度かこういった宝があった事もあるけど、ここまでは初めてだよ!」
「今までも?何度か遺跡とかにお宝を探した事があるの?」
「ああ……あ、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはモーリン。こう見えてトレジャーハンターをしてるんだ」
「へぇ……そうなんだ……」
Vサインをしながら私に自己紹介してきたモーリン。どうやらサキュバスだけどトレジャーハンターでもあるらしい。
そういえば二人で危機も脱したのに関わらず未だに互いの名前すら知らなかった。
という事で、私も自己紹介する事にした。
「私はセレナ。一応魔物を倒す為に主神様の命を受けて地上に来たんだけど……」
「けど?」
私がここにいるのは魔物を倒す勇者の手伝いとして教会に向かおうとして、墜落してモーリンと出会ったからであって……本来ならばここでモーリンをこの手で殺めるか再起不能になるまで痛めつけるべきなのだろう。
「なんかもうどうでもいいや。他の魔物ならともかく、今更モーリンを殺せって言われても出来ないしね」
「お、おう……それで良いの?いやボクとしては嬉しいけどさ……」
「いいんじゃない?私が行かないなら他の誰かが派遣されるだろうしね」
でも、それはもう私には出来なかった。
ほんの少しとはいえ、苦楽を共にしたモーリンに裁きを下すなんて、私には出来なかった。
もちろんそれは正しくは無いだろうし、主神様の意志に歯向かうわけだから天界からは永久追放されるだろう。
でも、それでももうよかった。
教会に行きモーリンと争うか、それとも天界や役目を投げ捨ててモーリンと笑っているか、どちらかいいのかという選択に……私は迷わず後者を選んだ。それだけの事だ。
「まあそれで良いならさ、このお宝を袋に入れるの手伝ってよ。ボクが住んでる街で鑑定してもらって気にいった物以外はお金と交換してもらうからさ。もちろんセレナにも分け前をあげるよ」
「あ、いいの?」
「もちろんさ!セレナがいなければ謎解きも出来なかったわけだし、もし紙が無事のままで一人で遺跡に行ってたらきっと今ボクはこの瓦礫の下に埋もれてたわけだからね」
「じゃあ……早速行動に移ろうか!袋だしてよ!」
「ああ!この袋に詰めるだけ詰めて、詰め切れなかった分はポケットに入れたり身につけたりして全部貰っちゃおう!」
始まりは最悪だった。
長く訓練して、主神の命令で準備万端で地上の教会に向かったはいいけど、自分のミスで死に掛けるという、これから何時思い出しても恥ずかしい事をしたのだ。
しかもなんとか死なずに済んだはいいけど、墜落地点には敵である魔物がいたうえに、その魔物が持つ大切なものを破るという失態まで犯したのだ……最悪と言わずに何と言おうか。
「よし。これで全部かな?」
「だね。それじゃあ行こうか。モーリンが住んでる街ってここからどれぐらいなの?」
「んー、歩いて行くと1ヶ月以上は掛かるかな。でも大丈夫。近くの街にポータルがあるからそれ使えばひとっ飛びさ。セレナは今お金持ってる?」
「少しだけなら……天界じゃあまり使う機会無かったからね」
「まあ足りなかったらボクが出すよ。これだけあればはした金になるだろうしね」
でも……その最悪は、最高の始まりにしか過ぎなかった。
「あ、と……そういえばセレナってこれからどうするの?」
「これから?この宝をお金に換えてもらうんじゃ……」
「あーそうじゃなくてその先だよ。天界にも帰れないし教会にもいかないしでどう生活していくのさ?」
「あ……しまった……」
「考えてなかったんかい」
「……うん……」
その魔物……モーリンとの出会いがきっかけで、私は主神からの使命よりも大切な事を見つけられたのだから。
「じゃあさ、一つ提案があるんだけど……ボクと一緒に住まないか?」
「え……いいの?」
「もちろん。一人暮らしだけどちょっと家が広いせいで寂しかったからね。でも一つ条件がある!」
「な、何?まさかエンジェルやめてダークエンジェルになれだなんて言わないよね?それはまだ抵抗があるから嫌だよ!」
「まさか。別にボクはそんなの気にしないよ。そうじゃなくてさ……」
世間的には……特に神属的に見たらなんとも愚かな事と思われるかもしれないけれど、私はこっちのほうがあっていると思う。
「ボクと一緒に住む代わりにさ、ボクの宝探しに付き合ってよ!」
「え……そんな事で良いの?」
「そんな事って……言っておくけど1年の間に家にいるより宝探ししてるほうが多いよ?あちこち巡って情報集めたり、今回みたいに危険な目に遭うかもしれないんだよ?」
「全然気にしないよ!というかむしろ私から今度も連れてってって言おうとしてたぐらいだもん!こんなに楽しかったの初めてだし、もっとトレジャーをハントしたい!」
「じゃあ決まりだ!ここにコンビ結成だね!」
「だね!これからもよろしくねモーリン!!」
「ああ、こちらこそよろしくなセレナ!!」
堅苦しい使命は他の真面目なエンジェルや神属に任せて、私はモーリンと宝探しをする事にした。
そう……これから私は、モーリンと共にトレジャーハンターとして生きていくのだ。
がっしりと握手したその手を、もう穢れた手だなんて思う事は微塵も無かった。
13/05/12 23:24更新 / マイクロミー
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