連載小説
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前編
キーン、コーン、カーン、コーン……


「ふぁ〜……帰ろっと!」

時間は数時間前に遡る。
今日の授業が全て終わり、わたしは欠伸しながら帰る準備をしていた。

「八木さん、そんなに堂々と帰る宣言しないでよ……嫌がらせ?」
「あ……いや、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「そんな事わかってるわよ…」

今は2月中旬。わたし達は高校3年生。
この二つのワードから導かれるもの……そう、わたし達は今前期試験に向けて最後の追い込み中だ。

いや、わたし達というのにはちょっと語弊があるか。

何故ならば、わたしはもう既に大学への進学は決まっているからだ。
簡単に言えば、わたしは少し前に推薦入試で洛出(らくしゅつ)大学に合格していたのでもう勉強に勤しむ必要がないのだった。
だからわたしは帰る……今からの補講を受けずにだ。

「八木さんもう大学決まってるもんね羨ましい」
「べ、別に楽に入ったわけじゃないわよ!?」
「それはわかってるけど……」

一般入試組の恨めしそうな視線が痛い……
しかしわたしだって別に楽して合格した訳ではないので言わせてもらったが……やはり今勉強している組からは羨ましがられるようだ。

「そ、それじゃあ……」
「ん。また明日ね八木さん」

だからわたしはそんな視線からそそくさと教室を出る事にしたのであった。
本気では無いにしても、皆の目が恐いし、何より他の推薦合格組もそそくさと帰っているからね。


「ヒカリ〜帰ろ〜」

帰宅する為に教室を出て昇降口に向かうわたし。
でもその前に、わたしは親友と一緒に帰ろうと思い、その親友がいる4組(わたしは6組)まで会いに向かった。

「悪いがしょーこ、少し待っててくれないか?」
「いいよ。でも早くしてね」

教室の外から声を掛けたが……わたしの親友で幼馴染みである、金髪で金の輪を頭上に浮かべ、白い翼を生やした幼女……エンジェルの天野光里(あまのひかり)はまだ帰りの準備をしているところであった。
ヒカリもわたしと同じ大学の別の学部を同じように推薦で受け合格しているので、このように一緒に帰れるのだ。
だが、あまり待つ事になると、わたしの教室と同じように皆の視線が痛く感じるのでなるべく早くして欲しい……

「お待たせ。じゃあ帰るか」
「そうだね。でも今日はちょっと買い物付き合ってくれない?」
「は?」

ようやく準備が終わり教室から出てきたヒカリに、わたしは買い物に付き合ってと頼んだ。
しかし、予想通り露骨に嫌な顔をされてしまった。

「しょーこ……まだ他の皆は頑張ってる時期に遊びに行くなんて申し訳ないと思わないのか?」

何故ならは、ヒカリはエンジェルらしく真面目だからである。
いくら自分達が合格しているからといって、学校全体では受験モードだから控えるべきと考えているのだ……流石元生徒会長といったところだ。
だが、わたしは別にただ遊びで買い物に行くわけではない。

「いやさ、わたし達もう卒業じゃんか?」
「ああ、そうだがそれが?」
「それで、記念にサバトの後輩達に贈り物をあげようと思ってね。その贈り物を一緒に選んでほしいのよ」
「ああ、そういう事か」

わたし達はもうじき卒業する。
だからこそ、わたしはサバトの皆に何かプレゼントを贈りたかった。
わたしのサバトは科学部に魔術を融合させた『部活』だから、この先も月1回で黒ミサを開催して会う事になっていたとしても卒業記念としてプレゼントを贈っても問題はないはずだ。
だからわたしは今日、この後に特に用事もないから何を贈ろうか考えるために買い物に行こうと思ったのだ。
ただ、わたし一人の考えだとわたしの趣味に偏るかもしれないので、ヒカリを誘ったのだった。

「それで、結局いいの?」
「まあそういう事なら……私も今の生徒会のメンバーに何かプレゼントしようかな……」
「じゃあ決定で。じゃあ直接デパートに向かおう!」

買い物に行く理由をきちんと言ったらヒカリも納得してくれたようだ。
それどころか、自分も後輩の為に何かプレゼントを贈ろうかと考え始めたようだ。

「あ、悪いが一旦家に寄っていいか?今日は財布持ってきてないんだ」
「あらま……じゃあまずはヒカリの家に寄ってからでいいか。わたしは準備万端だしね」
「そうだな」

だからヒカリも一緒に行く事になった……が、最初から行く事を決めていたわたしと違いヒカリは買い物の準備などできていない。
なので、まずはヒカリの家に寄ってから買い物に出掛ける事になった。
どうせ目的地であるデパートまでの途中にあるし、たいした遠回りでもないという事で二人でヒカリの家に向かったのだった……



「それじゃあ急いで取ってくる。中で待ってるか?」
「んー……いいや外で待ってるよ」
「わかった。じゃあなるべく早く戻ってくるよ」

歩く事数十分。わたし達はヒカリの家に着いた。
外はまだ寒いが、だからといって中で待ってるとグダグダして遅くなってしまう可能性もない事は無いから、わたしはヒカリの家の前で待っている事にした。

「ふんふふ〜ん♪」

ただ黙って待っているのも辛いので、鼻歌を歌いながらヒカリが来るのを待っていたのだが……


「おいテメェ……今俺は金欠で困ってるんだ……有り金全部渡せや!!さもなくば……わかってるだろうな!?」
「ひっひいぃぃぃ!!」

「ふふふふっふふ〜……ん?」

どこかそう遠くない場所から、なんとも古臭くバカバカしい脅しと、ひ弱そうな男の子の悲鳴が聞こえてきた。

「なあおい頼むよ坊ちゃん…俺達金が必要なんだよ」
「有り金全部寄越さねえってんなら、テメェの顔がヘコむ事になっちまうぜ?」
「あ、だ、誰か〜!!」

どうやら複数人が一人を囲ってカツアゲでもしようとしているらしい……
声が聞こえた場所から考えて、おそらくそこの路地裏が現場だろう……
場所的に人通りは少なく、きっとわたし以外にこの声が聞こえている人はいないだろう……

「た、助けあぐっ!!」
「おいおい静かにしろよー近所迷惑だろ?」
「そもそも誰も助けになんか……」
「待ちなさいアンタ達!!そこで何してるの!?」
「あん?マジで誰か来たのかよ……」

助けられるのはわたしだけ……そう思った時には、わたしは既にその男の子を助ける為に動き出していた。
見てみると、そこには予想通り大人しそうな男の子と複数人のズボンを下げてたり髪を変に立たせていたり無駄にボタンを外してこの寒い時期に露出しているダサい男共……簡単に言えば不良が7人もいた。
既に男の子は腹部を殴られてしまったようだ……苦しそうに呻きながらわたしのほうを見ている。

「なんだ、ただのガキじゃねえか」
「いやまて!こいつは……バフォメットだ!」
「そうよ!わたしはバフォメット!痛い目に遭いたくないなら男の子を離してどこか行きなさい!!」

流石に少し怖いけど、臆する事無く男の子救う為にそう言い放つわたし。
わたしはバフォメット……だから一人一人よりは強い自信はあるが、こう多いと流石に返り討ちにあう気がする。
だから自身の強大な魔力を垂れ流しながらスゴむ事でなんとか去ってもらおうとしたのだが……

「へんっバフォメットだからなんだ!一人ならたいした事ないぜ!」
「こっちは7人いるしな。返り討ちにしてそのまま俺達でマワしてやるよ」
「ちっ……」

残念ながら誰一人としてこの場から去る事はなかった。
相手を傷付けるような魔術なんか使えないわたしは、流石にこの人数を相手にする事は出来そうにない……

「さあ何をする気なんだいバフォメットちゃん」
「こうする気よ!くらえ!!」
「うぐっ!?」
「わわっ…!」

だからわたしは、自身の身体能力を活かして距離を一気に詰め、大人しい男の子の肩を掴んでいた男の足を蹄が上手い具合に当たるように蹴り飛ばした。
痛みにもがく不良……男の子はその隙に逃げ出す事が出来た。

「くそっ!!この山羊女!!」
「きゃっ!」

だがしかし、今度はわたしが他の奴に腕を掴まれてしまった。
これぐらいならと腕を振り払おうとしたのだが、思ったより強かったうえにさらに他の不良どもがわたしを押さえつけ始めたので、わたしはあっという間に動けなくなってしまった。

「あっ!その……」
「わたしは大丈夫だから早く逃げて!」
「はっはい!ありがとうございました!」

その様子をオドオドと見ていた男の子……彼が助けてくれるとは思えないし、また不良どもに絡まれても面倒なので逃げ去るようにわたしは叫んだ。
わたしの声を聞いた途端、男の子はわたしにお礼を一言述べて早足で去って行った。

「ほー大丈夫だなんてよく言えたな」
「もしかして俺達にレイプされる事が楽しみなのか?」
「誰があんた達なんかにんぶっ!?」
「うるせぇ少し黙れ!!」

もちろんわたしは全くもって大丈夫ではない。
流石にこの大人数に押さえつけられると暴れる事もままならず、叫んで誰かに気付かれるようにしようとしたら口を塞がれてしまった。

「むー!」
「へへ…俺一度幼女とシてみたかったんだよ」
「ちょっお前ロリコンかよ!」
「うるせーな、バフォメットとかそのための存在だろ?まず俺からな!」
「仕方ねえな、ロリコンに譲ってやるよ!」
「むぐー!」

ロリコン失格なこいつらに犯される……そんなの絶対に嫌だ。だからわたしは必死に身体を動かし抵抗しようとしている。
でも、必死に抵抗を続けているけど思うようにいかない……それどころか余計強くわたしを押さえつけてくる。

「安心しろよ。挿入する前にちゃんと前戯はしてやるから、な?」
「ほ〜らおまんこ触られて気持ち良いんだろ〜?」
「むむぐ〜っ!!」
「ははっ涙まで浮かべてそんなに気持ちいいか!」

上手く暴れて抜け出せないままでいると、不良の1人がわたしの陰唇をスカートを捲りパンツの上から触り始めた。
別に誰か好きな人がいるわけではないけど、こいつらに触られたって気持ち悪いだけだ……嫌悪感とレイプされるという恐怖が混ざり涙が溢れてきそうになる……

「ん〜あんま濡れてこねえな……仕方ないこのまま挿入するか」
「むーっ!むーぐっ!?」
「うるせえなこれ以上暴れるともっと乱暴に扱うぞ?あ゛?」

こんな気持ち悪い奴等にわたしの処女が奪われる……そんなの絶対嫌だ。
だから必死に暴れていたのだが……そんなわたしにイラついたのか、頭を思いっきり殴られてしまった。

「ぐ……」
「大人しく俺達に犯されてろや。それじゃあ挿入するぞ」

殴られた衝撃で意識が朦朧としてる中、ジーっとズボンのファスナーが下ろされる音が聞こえてきた……
もう駄目なのかと諦めかけていたその時……

「う……」
「ん?なんdあがっ!?」
「……?」
「くそっ!何なんだテメエは!?」
「な、なに……?でも今のうち……」

不良共の呻き声が聞こえたと同時に、わたしを押さえつけている力が急に弱くなった。
どうやら誰かがわたしを助けようと不良共を殴り倒しているらしい……準備が終わって出てきたヒカリだろうか?
ともかくわたしを押さえつける力は減った……これぐらいならとわたしは力を振り絞り、どうにか不良共から離れる事が出来た。
一体誰が助けてくれたのだろうと、体勢を立て直してから振り向いてみたら……


「はっ!」
「な、何だテメェは!?」
「つ、強い!!」
「ぶべらっ!」


不良共を次々と薙ぎ倒している見知らぬ男子が居ましたとさ……



……………………



「おーい、バフォ様?」
「……はっ!?」

そして時間は現在に戻る。
とりあえずここ数時間のうちに起こった事を纏めると……わたしはヒカリと買い物をする予定で、ヒカリが準備するのを待っていたら不良共に絡まれている男の子を助け、そしてわたしが捕まってしまい犯されそうになっているところをこの少し好みな男の子が助けてくれたと……


……つまりわたしはこの男の子に助けてもらったと……

「あ、あと、えと、そ、その……あ、ありがとう……」
「いやあどういたしまして!バフォ様を助けられて俺は光栄に思います!!」

未だに何が起きたのか脳が処理しきれていないけれど……とりあえずわたしはこの男の子に助けられたという事だけは理解出来た。
だからわたしは、混乱しながらもどうにか言葉を絞り出しお礼を言った。

「あ、えっと……さっきからやたらバフォ様って言ってくるけど……」
「あ、ご、ゴメン!俺は……」

それにしても、さっきからわたしの事をバフォ様と言ってくる男の子……バフォメットという種族を尊敬してるのだろうか?
つまり……れっきとした由緒正しいロリコンなのだろうか……そう思い聞こうとしたところで……

「おーいしょーこ〜、どこに……ってなんだこれは!?」
「あ、ヒカリ」

準備を終えて、家の前から消えたわたしを探していた様子のヒカリが現れた。

「おい大丈夫なのかしょーこ!?」
「う、うん。犯されそうになったけど大丈夫……」
「なんだって!?貴様か?貴様がしょーこを……」
「違うから彼は助けてくれた人で倒れてるのがわたしを犯そうとしてた奴等だから」
「ぬ、そ、そうか……」

とりあえず簡易的な説明をしようとしたら、ヒカリがベタな間違いをしそうだったので慌てて説明し直した。

「お友達?」
「あ、うん。友達。えっと君は……」

とりあえずヒカリはおいといて、まずは目の前に居るわたしを助けてくれた男の子の事だ。
わたしの事をバフォ様なんて呼ぶし、なにより何者なのか気になるので、わたしは名前を尋ねてみた。

「あ、自己紹介がまだだったね。俺は大場明人(おおばあきと)」
「大場君ね……わたしは八木晶子(やぎしょうこ)。こっちのエンジェルは友達の天野光里。本当に助けてくれてありがとうね」
「いやあ……かなり嫌がってたし、俺八木さんみたいな可愛い子を虐めるような悪い奴等放っておけないからさ……」
「か、かわいい!?」

どうやら彼は大場君というらしい……わたしの事を可愛いだなんて言ってくれ…いやいや、それはおいといて…悪い奴らを放っておけないという強い正義感を持っているようだ。

「すまない大場。しょーこを助けてくれてありがとう。それでこいつらどうするんだ?」
「親父に言うつもりだけど……邪魔にならないよう隅に寄せておくよ」
「親父?」
「俺の親父は刑事だからね」
「へえ〜」

大場君のお父様は刑事さんらしい……どおりで正義感が強いわけだ。

「じゃあ親父呼ぶから……何か用事があったかもしれないけど、事情を聞かないといけないからちょっと待っててね」
「う、うん……」

わたしは大場君に言われた通り、ヒカリと二人ここで待機する事になったのだった……



…………



………



……







「今日はもう遅いし買い物は無理そうだね……いつ行こうか?」
「むしろそんな目に遭ってよく買い物行く気なんか起きるな……時々しょーこの思考がわからなくなるよ」
「それとこれとは別。それに大場君のおかげで被害は無かったからね」

大場君がお父様に連絡してパトカーが到着した後、わたしは事情を説明した。
あの不良共は揃って補導された……実際未遂に終わったからわたしがもう気にしないと言った事もあり、刑務所に入ったりどころか罰を受ける事はないようだが、今頃こっぴどく説教を受けている最中だろう。

「ところでしょーこ、大場の父親と顔見知りだったようだが……」
「あー2年程前にちょっとお世話になってた刑事さんだったにゃははは……」
「あーロリコン化チョコ事件か……あればかりは私も弁解の余地は無いが?」
「ちゃんと反省してる……」

一応呼ばれていたお母様やお父様は一足先に家に帰っていった。
お父様はまたわたしが襲われたりしないかと心配していたが、そう立て続けに起こる事は無いだろうし、それに……

「あー親父が言っていたあのヘンテコな事件って八木さんの話だったんだ」
「う……」
「その通りだ大場。もっと言ってやれ」

このとおりわたし達を助けてくれた大場君もボディーガードとして一緒について来てくれているのだ。
それを聞いたお母様は安心だと含み笑いをしながらお父様と帰っていったのだが……その笑みはいったいなんだろうか?
お母様の事だし、もしかしたらわたしの思っている事がわかっているのかもしれない……

「……」
「何、八木さん?俺の顔に何か付いてる?」
「え、あ、いやなんでも……」
「?」

わたしは……大場君の事が気になっていた。というか……わたしは大場君の事を好きだと思っている。
普段リア充爆発しろとか言ってるわりに本気で誰かに恋した事とか無かったけど、大場君の顔を見るとドキドキするし、イチャイチャしたいし、甘えたいと思っている。
これは……どう考えてもわたしは大場君に恋してるのだろう。

「大場君って強いんだね」
「え?俺なんか全然弱いよ」
「あの人数を不意打ちとはいえ倒しておいて何が弱いだ。少なくとも魔物の私やしょーこよりは強いぞ」
「そうなのかな?一応格闘部だからある程度は戦えるけど……」
「なるほど。だからあんなに身のこなしが良かったのか……」

学校の男子はわたしより弱いのばかり……見下していたわけじゃないけど、お兄ちゃんにするならバフォメットであるわたしよりも強い男性がよかった。
大場君は強くてカッコいいだけでなく優しい……こんな人がいたらいいなというわたしの理想のお兄ちゃん像がそのまま形になっているようだった。

「ところで、大場は私達と同じ学年らしいが受験は大丈夫なのか?」
「うん。俺は洛出大学に推薦合格してるから……」
「えっ!?じゃあわたし達と一緒じゃん!」
「えっそうなんだ!じゃあこれから大学でもよろしくな!」

そんな大場君の事でわかった事は……わたし達と同じ学年で、この近所に住んでおり、ヒカリと同じ元生徒会長で頭が良くて理系、部活は格闘部で刑事のお父様がいる事だけ。
全然知らない事が多いけど、通う大学が同じという事は、これから知る時間は沢山あるという事だ。

「お、私の家が見えてきた。じゃあ私はこれで」
「あ、じゃあねヒカリ。また明日学校で」
「ああ。じゃあな」

話をしているうちにヒカリの家が見えてきたので、ここでヒカリとは別れる事になった。
つまりここからわたしの家までは二人きりになるという事だ……とても緊張する……

「あ、そうだ大場」
「ん?なんだい天野さん?」

わたし達が歩き始めたところで、家に入ろうとしたヒカリが急に大場君を呼び止め……

「しょーこの事頼んだぞ。しょーこを悲しませたり不幸な目に合わせたら承知しないからな」
「ん、わかった。もちろんそのつもりでボディーガードを引きうけてるしね」
「……ああ、ならいい……」

いきなり、いつもよりトーンを低めで大場君にそう言ったヒカリ。
それはどこか大場君を脅しているようにも聞こえる……ヒカリの事だしそんな事は無いと思うが、真剣な表情で言うものだからどこかそんな雰囲気が漂っている。

「もうヒカリったら……わたしの事を心配してくれるのは嬉しいけど、そう不幸な目に遭う事は無いって」
「……そうではないのだが……まあいい。じゃあしょーこ、また明日」
「うん、また明日」

そんなヒカリをなだめながら、わたし達はヒカリと別れ再び歩き始めたのだった。


「天野さんと八木さんって相当仲良いんだね。あそこまで心配するなんてさ」
「まあわたしとヒカリは幼稚園に入る前からの幼馴染みだからね。さっきも言ったけど、ヒカリはエンジェルでも魔物だから不思議ではないわよ」
「そうだね。ま、俺は天野さんに言われた通り、いや、言われなくても八木さんを護るだけさ」

もう暗くなってしまった空の下、他愛のない話をしながら歩くわたし達。

「そういえばさ、最初わたしの事をバフォ様って言ってたのはなんで?」
「ん〜……実は俺義姉さん…兄貴のお嫁さんがバフォメットでさ、兄貴から聞かされて思ってるんだ……バフォメットという種族、ひいてはロリは全身全霊を込めて愛で護るものだってね」
「そ、そうなんだ……だからバフォ様ね……」
「そういうこと。プニプニの肌にくりっとした瞳、何よりも無垢な笑顔!幼女の魅力を教えてくれたバフォ様は素晴らしい!」

ずっと疑問には思っていたけど結局聞きそびれていた事……どうしてわたしの事をバフォ様だなんて呼んだのかを聞いてみた。
そしたらこう返された……どうやらお兄さんがいるらしく、そのお兄さんはわたしと同じバフォメットと結婚し、サバトの教えである「幼い少女の背徳と魅力」を存分に教わった後大場君にもその教えを説いたようで、バフォメットを尊敬するロリコンが完成されてしまったようだ。
一般的には残念イケメンなのかもしれないけど……わたしにとっては好都合だった。

「あははは!じゃあ今度わたしの……じゃなくてお母様のサバトも見に来てよ」
「よければ是非!って八木さん自身のじゃなくて?」
「わたしのはお母様のサバトと違ってまだ部活みたいなものだからね。魔術科学部だなんて呼ばれてるぐらいで、魔術と科学の融合を中心にしてるサバトなんだ。本拠地も今はまだ高校だし、わたしが卒業するから一応わたしの部屋が仮本拠地にはなるけど規模は小さいよ」
「ん〜魔術と科学の融合か……それは見てみたい!ぜひ今度活動を見学させてよ!」
「そ、そこまで言うなら良いけど……」

サバト見学にもノリノリだ……もしかしたら科学や魔術が好きなだけかもしれないけど、それはそれでわたしと趣味が一緒なわけだから嬉しい。

「そ、そういえば大場君って彼女とか居るの?」
「いないよ。俺全くモテないからね。魔物や女性と話をした事はあっても告白とかはされた事無いよ」
「へ、へえ〜そうなんだ〜、意外だね」
「そう?俺なんて全然ダメだし、そんなに意外でもないと思うけどな……」

魔物の魔力は微量にしか感じなかったから魔物の彼女はいないとは思っていたが、こんなにカッコいいから人間の彼女ぐらいいるかもとは思ったのだが……どうやら今現在フリーらしい。
これはチャンスかもしれない……けど、今はまだ告白なんて出来ない……わたしは、まだ大場君の事を知らなさすぎるからだ。

「あ、と……もう家か……」
「うわ〜……凄い立派な家……」
「まあ、この街では一番大きな家だからね」

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう……そんなに話をしないうちにもうわたしの家に着いてしまった。

「それじゃあ八木さん。今後も気をつけてね」
「あ、う、うん……」

もっと大場君と一緒に居たいが……さすがに理由も無く引き留めるわけにはいかないし、今日はもうお別れだ。
だけど……このまますんなりと帰しなどしない。

「あ、あのさ大場君……」
「ん、なんだい八木さん?」
「助けてもらったお礼って事でさ……今度の土日のどっちかで一緒にどこかへお出掛けしない?」
「えっ?いやお礼なんていいよ。困ってる人を助けるのは当たり前だし……」
「わたしがお礼したいの。強引かもしれないけど、買い物でもレジャーでもいいから一緒に行こうよ」
「うーん……八木さんがそう言うなら……」

わたしは……礼をしたいというのを口実に、大場君とのお出掛けの約束を取りつける事にした。
あくまでもお礼だが……わたしにとってはデートのようなものだ。

「じゃあ決まり!えっと……こう言ってからなんだけど、どこか行きたい場所ってある?」
「ん〜……そうだ。たしか最近電車で1時間ぐらいの街に大型遊園地がオープンしたって聞いたけど、そこに行ってみる?」
「あー、そんな話もあったわね……じゃあそこに行こうか!」

大型遊園地へのデート……まさに理想的である。

「それじゃあ日曜日に行こうか。集合場所は駅で、時間は……ちょっと早いけど8時ぐらいで良い?」
「うん!楽しみにしてるね!!それじゃあまた!!」
「ああ!また日曜日に!」

わたしはウキウキしながら大場君と約束して、満面の笑みを浮かべ手を大きく振りながら別れた。


「あー楽しみ!」
「おかえり晶子。なんじゃ、デートの約束でもしたのかの?」
「あ、お母様。ただいま」

その笑顔のまま家に入ったら、ニヤッとした表情のバフォメット……わたしのお母様が台所から現れた。

「ま、まあデートと言えばデートかな……」
「その様子じゃと告白などはしておらんようじゃの……」
「う……そ、そうだけど……」

そして今度は呆れ顔でそう言ってきた……
たしかに告白は出来ていない……というか、振られるのが怖くて告白なんか出来なかったというのもあるし、まだ告白するべきじゃないと思ったからだ。

「晶子、お主は勢いが足りんのう……ガツンと行かんか、ガツンと!」
「いやあ……大場君の気持ちはわかってないし、それに一目惚れですぐ告白ってのは……お互いの事をわかってからというか……むしろ大場君の方から言ってほしいなというか……」
「はぁ……まったく晶子は……」

わたしとしては一目惚れの勢いで告白するよりもっと相手の事を知ってから告白したいし、出来れば相手から告白してもらいたいほどだ。
そうお母様に言ったら予想通り大きな溜め息を吐かれてしまった……

「慎重過ぎかつ後手に回り過ぎじゃ……そうこうしとるうちに他の女子に取られても知らぬぞ?」
「う……」

お母様の言う事はもっともだ。いつまでも機会を待っていたら先に他の誰かに大場君を取られてしまうかもしれない。

「別に付き合い始めてからお互いの事を知っていけばいいじゃろうに、何が不安なんじゃ?」
「いや……付き合い始めてからわたしに合わなかったってなったらなと……」
「そんなもの自分に合うように少しずつ調きょ……改変していけば良いだけじゃ」
「……言い換えてもそんなに良い言葉じゃないよお母様……」
「うるさいわ!黙ってわたしのアドバイスを聞いておれ!」

ちょっと言葉の選び方はおかしいけど、お母様の言う事は間違っていないと思う。
自分から動かず他の人に取られてしまったら元も子もない……どんな人か知ってから付き合うのじゃなくて、より親密になる過程でその人を知っていけばいい……まさにその通りだ。
だから……今度のデートの時にでも告白してみようかと思えてきた。断られるのは怖いが、誰かに取られるよりはいいだろう。

「大体お主は……」
「お〜い法子(のりこ)、晶子、ご飯出来たよ〜」
「おっと、兄上がお呼びじゃ。アドバイスはご飯の後じゃな」
「はーい」

お母様のアドバイスはかなり助かった……わたしをその気にさせたのだから。
だが、今日はちょっと疲れてるのだからアドバイスとやらが長くなりそうなのは勘弁してほしい……なんて思っていたらお父様がタイミングよくご飯だと言ってくれたので長くなりそうだった話は一先ず止まった。
この後はお父様とお母様がイチャイチャするように誘導させれば長い話も回避できるだろうなと考えながら、わたしは夜ご飯を食べたのであった。



====================



「大場君お待たせ!」
「俺も今着いたとこだから気にしないで。それじゃあ行こうか」
「そうだね!」

そわそわしながら日々を過ごしていたらあっという間に来てしまった日曜日。
わたしは寝坊する事無く待ち合わせの時間に集合場所に着いたが、そこには既に大場君が待っていた。

「八木さん今日は可愛い恰好をしてるね。幼女の中の幼女、バフォ様の中のバフォ様だよ!」
「あ、うん……今日のためにオシャレしてきたんだ!なんか微妙だけど褒めてくれてありがとうね!」

今日のわたしは勝負服を着ている。
もちろん大場君とのデートの為でもあるし、今日告白するんだという想いも表している。

「切符はもう買っておいたよ。はい」
「あ、ありがと。何円だった?」
「いやいや、これぐらいは俺が持つよ。流石に入場チケットとかは払えないけど、数百円だしね」
「え、そんなの悪いよ。わたしがお礼したいって事だし、むしろわたしに出させてよ」
「うーん……じゃあこうしよう。切符は俺が払うから、昼食代は八木さんが払う。これでいい?」
「んーまあ……じゃあそれで……」

ちょっとした言い合いをしながらも、わたし達は電車に乗り込んで大型遊園地に向かったのだった……



……………………



「さて、受付は何処かなっと」
「あ、あの行列じゃない?」

電車に揺られる事小1時間、わたし達は大型遊園地の入口まで辿り着いた。
日曜日だからか、開園時間になったばかりだというのに、既に受付は行列が出来あがっていた。

「凄い混みようね……」
「卒業式や終業式前だからそこまで混んでないかと思ったけど、やっぱ日曜日は混むね」
「そうだね……どうやら親子連れや大学生カップルが多いようね。あちこちでかわいい子供を見掛けるし、イチャイチャしてる男女もいるわね」

一つのアトラクションに1時間待ちもありえるかなと思いながらも、せっかく来たわけだし楽しまないとと思い行列に並ぶ。

「とりあえずパンフレットは用意してあるからさ、これみながらどこ回るか決める?」
「用意周到だね八木さん。そうだね、先にある程度決めちゃおうか」

たとえ行列で順番待ちが多くたって、今みたいに大場君と楽しくお喋りをしていればいいだけだからね。

「うーん……八木さん絶叫系大丈夫?」
「絶叫系は難しいかな……」
「あ、ジェットコースターとかフリーフォールって苦手?」
「ううん。わたしは絶叫系問題無いよ。バンジージャンプとかも平気でやった事あるし」
「じゃあこのヘルハリケーンっていうジェットコースター乗ろうよ。きっと楽しいよ」
「いや多分身長制限的に無理。この手の絶叫系って制限あるけど、わたし小さいから引っ掛かる事多いのよ」
「あーそっか。じゃあ絶叫系は無しで行こうか」

事前にこの遊園地のウェブページで印刷しておいたパンフレットを片手に、今日はどの順番で回るかを決め始めたわたし達。

「身長制限を考えると……メリーゴーラウンドとか?」
「そうだね。あとはコーヒーカップとかこのシューティングのやつとか、あと多分規模の小さい絶叫系ならギリギリ引っかからずに行けるよ」
「なるほどね。それじゃあ入ったらまず入り口付近にあるライトコースターっていうのに乗ろうよ」
「あーさっきのより二回りほど小さいジェットコースターね……もしかして大場君って絶叫系好き?」
「うん、まあね。よく親父や兄貴に乗せられてて、いつの間にか自分から進んで乗るようになってたよ」
「へぇ〜」

バフォメットであるが故に身長制限が鬱陶しいが、それでも回れるものを沢山回っていこうと思う。

「あ、今日の午後3時からステージイベントやるそうだよ」
「へぇ〜面白そうじゃん!じゃあこの時間はステージ行こうよ!」
「そうだね!おみやげは……最後で良いか」
「一応お母様とヒカリから頼まれてるから買うのは決定だけど、持って歩くのは疲れるからね」
「俺も義姉さんに何か甘いお菓子系のものを頼まれてるからね……それに自分達用にもさ」

そして、最後には……

「あ、でもさ……おみやげとか買った後、ホントに最後の最後は観覧車に乗ろうよ」
「観覧車?ああこれね。おみやげとか買った後でいいの?」
「うん。最後は観覧車に乗って、それから帰りたいって最初から決めてたんだ」
「いいよ、最後は観覧車に乗ろうか!」
「うん!」

この遊園地にある大きな観覧車に乗って……その中で告白をしようと思う。
ちょっとロマンチック過ぎるかもしれないけど……二人きりになれるところで告白したいのだ。

「あとは……昼食をどこで食べるかだね」
「ん〜……大場君食べたいものある?」
「八木さんと食べるのならなんでもいいよ」
「……嬉しいけど恥ずかしい事言うなぁ……」
「え?何か言った?」
「ううん、なんでも。じゃあお腹空いた時に近くにあるお店で食べようか」

最後の告白を必ず成功させる……でも、もちろんそれまでも楽しまないと。

「お、そろそろ受付出来そうだね」
「やっとか〜。受付だけで数十分も待つと思わなかったな」
「だね。受付で待たされた分も思いっきり遊ばないと。1日フリーパスで良いよね?」
「もちろん!」

そう思いながら、わたし達は受付を済ませ、遊園地の中に入っていったのだった……




…………



………



……








「うっぷ……」
「ゴメンね八木さん……大丈夫?」
「え、ええ一応……」

ジェットコースターもガンシューティングもメリーゴーラウンドも、どんなアトラクションも上手い具合にそう長く並ばずサクサク乗れて、二人で十分すぎるほど大はしゃぎした。
お昼ご飯は園内にあったお店のシャキシャキレタスと肉汁がにじみ出るようなハンバーグ、それと水気をたっぷり含んだトマトが挟んであるハンバーガーを食べたけれど、ファストフード店とは比べ物にならない位美味しかった。
ハンバーガーそのものの味もそうだが、おそらく大場君と一緒に食べたというのが大きいだろう。

「背中擦ったりしたほうがいい?」
「いや大丈夫……もう少しベンチで休んだらおみやげ買いに行こう」
「無理はしないでね?一応休憩所もあるようだし、そっちで休憩するのも……」
「多分休憩所は性的な意味でいろんなカップルが休憩してるだろうからパス……」
「あーまあそんな気もする……」

その後もスライダーやバイキングなど様々な種類のアトラクションを楽しみ、ステージイベントも大いに盛り上がった。
そして今からおみやげを買いに向かうのだが……わたしは今現在気持ち悪くてダウンしていた。

「本当にゴメンね……調子に乗って回し過ぎた……」
「いいよ……もっと回してって言ったのわたしだし……」

それは……直前に乗ったコーヒーカップで、わたし達はテンションを上げ過ぎてグルグルと回し過ぎた結果、わたしは目を回してしまったからであった。
降りたときよりはマシになったが、未だに視界がふらふらとしていてまともに歩けそうにもない……

「しばらくこのままにさせて……」
「うん、わかった。あ、そうだ。何か飲み物欲しい?」
「飲み物?」
「うん。何か飲んだほうがスッキリするかなと」

だからわたしは、コーヒーカップの近くにあったベンチに寝転んでいた。

「じゃあお願い……お金は後で払う……」
「何か希望はある?」
「カルピスで……なかったら炭酸じゃなければなんでもいいや……」
「了解!じゃあすぐ買ってくるからここで待っててね!」

大場君が何か飲み物を買ってきてくれるそうなので、わたしは好物のカルピスを頼み、ジュースを買いに走っていく大場君の背中をベンチの上で見つめていた。


「……」

大場君が帰ってきた後、おみやげを買って……そして観覧車に乗る予定だ……今日一日一緒に居て、やっぱりわたしは大場君に告白しようと思うようになっていた。
やっぱりわたしは大場君の事が好きだし、それに今日1日ずっと一緒に居て、大場君の事が結構わかった気がするからだ。
彼はとても優しいし、冴えてるし、心も力も強いし、ついでに顔も悪くない。
「なんか凄く顔を赤らめて睨まれたり、やたらボディタッチしてきたりする魔物はいたけど、俺モテた事は無いんだよね」とか言ってたから鈍感な所もあるし、「俺よりいい人なんて沢山いるからな……」なんてやたら自分を低く見てるところもあるけれど、それすらわたしにとっては良い点にしか思えなかった。

「はぁ……でも怖いな……」

だからこそ、フラれた時が怖い……もしフラれたら、わたしは立ち直る事が出来るのだろうか?

「でもまあ……告白するしかないか……」

それでも、告白しないで後悔するよりはいい……だから告白しよう……そう思うと、自然と勇気と元気が湧いてきた。

「おまたせ。もう寝て無くて大丈夫?」
「うん。もう少しだけ休んだら歩けそう」
「そっか。はい、頼まれてたカルピス」
「ありがと……?」

決意して寝転んだ姿勢から座りなおしたところで、飲み物を買いに行っていた大場君が戻ってきた。
早速わたしが頼んだカルピスを大場君から受け取ったのだが……何故か大場君の顔が真っ赤だった。

「どうしたの顔真っ赤だよ?」
「えっ、いやあその……」

何故真っ赤なのかを聞こうとしたけど、なかなか言おうとしない大場君。
こういう時ってわたしのパンツが見えてるとかってパターンもあるけど、自分で見えていないのを確認してるためわたしが直接関係してるわけではないと思うが……やたら目が泳いでいるが……何か恥ずかしい事でもあっただろうか?

「ん?気になるな〜言ってよ」
「ん〜と、えっとね……」

少し急かしたら言う気になったようで、大場君は顔が真っ赤になっている理由を口にした。

「さっきそのカルピスを買いに行ったんだけどさ…その…飲み物を売ってる人がサキュバスでさ……カルピス注文したらその……えと……」
「あー……」

しどろもどろしながらも理由を言い始めた大場君。
『カルピス』『サキュバス』のワードを聞いた瞬間、わたしの中で一つの答えが出てきた。

「もしかしてだけどさ……その店員さんに「あなたのカルピスを飲ませたら?」みたいな事言われた?」
「えっ!?あ、うん。そのとおり……『バフォメットなら…妹にはお兄ちゃんの濃厚カルピスが一番よ』なんて言われた……」

やはり下ネタか……
以前わたしも似たような事を別の場所で言われた事がある。だからなんとなく予想はついていた。
わたしの場合は「市販のじゃなくてお兄ちゃんのカルピス飲ませてもらったら?」だった……当時は(今もだけど)お兄ちゃんなんかいなかったから余計な御世話だと怒鳴ったけど。

「わたしはそれでもいいけどね……」
「へっ!?」
「あ、いやなんでもない!カルピスありがと!」

でもわたし的にはそれでもいいかな……という煩悩を口にしてしまっていたようだ。
もしかしたら少し聞こえて引かれたかな……と思って大場君の顔を見たが、どうやらボソッと言ったからきちんと聞き取られてまではいないようだ。セーフ。

「んく……ん……ふぅ……」
「……おいしい?」
「まあね。あ、ちょっと白いの零れちゃった」
「えっと……からかってる?」
「ばれた?大場君の通っている高校もわたしの通ってるところほどじゃないけど魔物多いし、魔物に囲まれて生活してるなら下ネタにも強いかと思いきや結構初心な反応してたからついね」
「ぬ……ところで気分はもういいの?」
「とりあえずちょっとスッキリしたかな?ありがとね」

さっきの発言を咄嗟に冗談っぽくしながらも、せっかく買ってきてもらった事だし、とりあえず普通のカルピスを飲む事にする……一口、二口と飲んだところで大分さっぱりした。

「ん〜ふぅ……」
「ん?眠いの大場君?」
「ちょっとね……はしゃいだ分流石に少し疲れたなと」
「あ〜じゃあ買いに行かせて悪かったね」
「いやいや、それぐらいなんともないよ」

そのまま少しずつ飲んでいたら、大場君が突然欠伸をし始めた。
どうやら少し疲れが出てきたらしい……まあ一日中はしゃぎっぱなしだったから疲れも溜まるだろう……わたしはまだ大勝負が残っているので疲れてる場合じゃないけど。
まあ大場君も言う程疲れてるわけではなさそうだし、そろそろ動き始めようと思う。

「よいしょっと」
「ん?もう立ち上がって平気なの?」
「うん。一応歩けるぐらいにはなったかなと。そろそろ日も暮れそうだし、おみやげ買いに行こうよ」
「まあ八木さんが平気なら……じゃあ行こうか」

だからわたしは立ち上がって、おみやげを買いに行く事にした。

「さてと、とりあえずそこのお店でいいかな?」
「そうだね。色々とお店はあるけど、大体どこでも同じようなものが売ってるだろうし」

一番近いおみやげショップに入り、何かないかと見て回るわたし達。

「うーん……甘いものか……無難にチョコかなぁ……」
「自分も食べたいし、わたしはお母様用にこのクッキー買おうっと。ヒカリはこの遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみで良いかな……」
「あ、ねえ八木さん、このストラップ可愛くない?」
「ん……わあ〜カワイイ〜!!これ自分用に買おうっと!!」
「じゃあ俺も……そうだ!お互いにプレゼントし合うってのはどう?」
「えっ?あーうん。そうだね。そうしよっか!」

家族にはお菓子でいいかなと思いながら色々と見ていたら、大場君がわたしの肩を叩いてこの遊園地のマスコットキャラのストラップを見せてきた。
それはわたし好みの可愛いストラップだったので素直にそう言ったら、お互いにプレゼントし合おうと大場君が言い始めた。
これは良い思い出になる……そう思ってわたしはその案に賛同した。

「ん〜……ヒカリの分も買ったし、これくらいでいいかな……」
「じゃあレジ行こうか。いっぱいあるけど少し持ってあげようか?」
「いやこれぐらいなら大丈夫だよ」

大場君には同じストラップの色違いを、家族にはお菓子でヒカリ用にぬいぐるみを手にとって、わたし達はレジに並ぶ。

「そもそも魔物は基礎が人間より丈夫だからね。これぐらい軽々と持てるよ」
「それもそうか。でも重かったら言ってね」
「うん!大場君こそさっき疲れたって言ってたし、持ってあげようか?」
「いやいや、流石に大丈夫だよ」

その間も大場君とのお喋りは止まらない……

「はい、じゃあ大場君、これわたしからのプレゼントね!」
「ありがとう八木さん!じゃあこれは俺からのプレゼント」
「ありがとう大場君!」

会計も終わり、早速わたし達は買ったストラップをお互いに交換し合う。
大場君からのプレゼントが嬉しすぎてつい顔がにやけてしまう……無くさないように大切にしなければ。


「それじゃあ観覧車に乗りに行こうか。それともまだ何か乗る?」
「ううん。観覧車で良いよ。行こうか……」

ストラップを鞄にしまったところで、いよいよ観覧車に行く事になった。
そこでわたしは告白する……

「……」
「あれ?八木さんちょっと顔が恐いよ?どうかしたの?」
「ふぇ!?あ、いや大丈夫なんでもない……」
「そう?ならいいけど……」

そう思うと緊張でガチガチになってしまう。
今日1日、自分からしたら良い雰囲気だったけど、大場君がわたしの事どう思っているかイマイチわからないでいた。
凄く優しくしてくれたり、傍から見るとカップルのように思えてるんじゃないかなと思う事もあったけれど……それも大場君自身が優しいからであって別にわたし自身にはなんの感情も持ってないのではと思えてしまう。

「観覧車か〜。小さい時に家族で行った遊園地で乗って以来だな」
「わたしも似たようなものだよ。そもそも遊園地自体あまり行かないからね」
「え、そうなの?最後に乗りたいって言うからてっきりこだわりがあるのかと……」
「んーまあ一日の終わりはそれが良いかなと思っただけだよ……」

それでもわたしは……今日、このあとの観覧車の中で大場君に告白する。
悪い結果だろうが、良い結果だろうが、結果は言わないとわからないのだから……

「さてと、あとどれぐらいで……」

「おい、大丈夫なのかよあれ……」
「親は何してたんだ……」

「……ん?」

再三覚悟を決めて観覧車に向かう途中、ざわざわと人混みが出来ていた。

「どうかしたのですか?」
「ああ、あれ見てみろ……」
「あれ?」

一体どうしたんだろうと、人混みにいた男性に聞いてみたところ、ある一点を指差された。
その方向を見てみると……

「なっ!?」
「わわっ!?」

ジェットコースター「ヘルハリケーン」の骨組みの中央辺り……ナイトメアの小さい女の子が震えながらその骨組みに捕まっていた。
おそらく親が目を離しているうちに興味本位で登ってしまい、降りれなくなってしまったのだろう……必死にしがみついて下を向かないようにしているのがここからでもわかる。

「おい!誰か飛べる奴はいないのか!?」
「飛ぶ事は出来るけど……ああも入り組んだ場所だと大人じゃ無理だわ!せめて一番外側に出てくれたらいいんだけど……」
「無茶だ!あの子はもう一歩たりとも動けそうにない……むしろ動いてしまうと落ちる可能性もあるぞ……」

たしかに今は絶妙なバランスを取れているようで落ちる気配は無いが、動くとなると話は別だ。
ケンタウロス属特有の馬の胴体が邪魔であそこから動くのは無理があるだろう……むしろどうやって数十メートルも登れたのかが不思議なぐらいだ。

「おい、レスキューは誰か呼んであるのか?」
「ああ、今向かっていて、もう少しで到着らしい。従業員が親御さんにそう言っていたのを聞いた」
「そうか。ジェットコースターも止めてあるようだし、一先ず安心か……」

でもこのままだといずれあの女の子の体力が尽きて落ちてしまう……そう思っていたが、どうやら既にレスキュー隊は呼んであるらしい。

「どうやら大丈夫そうだね大場く……」

それなら安心だねと、隣に居る大場君に声を掛けた。

「……あれ?大場君?」

しかし……隣に居たはずの大場君は、いつの間にか忽然と姿を消していた。

「あれ……どこ行ったんだ?大場くーん!」

別にわたしは大きく動いてないのではぐれるとは思っていなかった……必死に大きな声を上げて大場君を探す。

「なっ!?おい、何だあの少年は!?」
「何をしてるんだ……まさかあの女の子を助けに!?」
「おい!無茶をするな少年!!戻ってこい!!」

すると……少し落ち着いていた野次馬が騒ぎ始めた。
どうやらさっきの少女を助けようとしている少年がいて、骨組みを登っているらしい……ってまさか!?


「……なっ!?」


もしやと思ってさっきの骨組みのほうを見ると……まさかの大場君が女の子を助けようと動いていた。

「何してるの大場君……!!」

大場君は困っている人は見過ごせない性質ではあるらしいが……まさかここまで無茶をするとは思っていなかった。

「せめてわたしも飛べたら……」

残念ながらわたしは飛行魔術なんか高度な物は使えない。今の御時世そこまで魔術が必要な事も無いため、大学に行ってから本格的な魔術の勉強をしようと思っていたからだ。
人間を魔女に変えるなど本能的に魔力を扱う事は出来るのだが……今そんなものは出来ても仕方が無い。

「見てるしか出来ないなんて……!!」

大場君は着々と女の子に近付いている。
今日は風が強めだが、とりあえずは危なげも無く近付いているようだ。
それでも足場は悪い……気を抜けば落ちてしまうかもしれない……
ハラハラした気持ちでただ見てるしか出来ない……なんとももどかしい。

「もうちょっと……あと少し……」

こちらの気持ちとは裏腹に、順調に女の子の下に近付いている大場君。
このまま何もなければいいが……

「よし……あっ!?」

……なんて思ったせいか、突然目を開いていられない程の突風が吹き始めた。
大きく揺れる木の枝……地上に居るわたしですらちょっと飛ばされそうになる程だ、高い場所に居る大場君はもっと強い風を受け、吹き飛ばされてしまうかもしれない。
無事かどうかを、強い風の中なんとか目を開けて確認した。

「……ほっ……」

タイミングが良かったのか、それとも咄嗟にそうしたのかはわからないが、骨組みををしっかりと握り、背中でしっかりと支えられる位置で止まっていた。
あれならもっと強くなっても大丈夫だろう……女の子の方もなんとか持ちこたえたようで、かわらずしがみついたままだ。

「……よし、あとはそのまま無事に……」

風も弱まり、再び動き始めた大場君。
そこから1分足らずで、無事女の子の下まで辿り着く事が出来た。

「……何やってるのよ……また強い風が吹いてきたらどうするの……!」

しかし、相手は『ナイトメア』の女の子……臆病なうえにどうやら人見知りでもあるらしい。折角助けに来た大場君に怯えてその場から全く動こうとしなかった。
なんとか説得しているようだが、イヤイヤと首を横に振っている。
それでもなんとか説得……というか半分程無理矢理に女の子を抱え、ゆっくりと慎重に下り始めた。
わたしも落ち着かない……だから、なるべくジェットコースターの近くまで近付いた。

「よしよし、そのまま大人しくしていてくれよ」
「うん……」

微かにだが大場君と女の子の声が聞こえる場所まで移動したわたし。
警備の人の事もあり、これ以上は近付けないのでここで大場君の無事を祈る事にした。

「その調子……あとはゆっくりと下りれば……!!」

大人しく大場君に捕まる女の子……ちょっぴり羨ましい…なんて思えるような状況では無い。
足を踏み外さないようゆっくりと、そしてしっかりと一歩ずつ下り始める大場君。
片手で女の子を支えているため、登ったときよりも足を踏み外してしまう可能性は高い……
見ているとハラハラする……けど、見ていないと余計落ち着かない……

「はぁ……はぁ……よし、もう少し……」

一歩ずつ、ゆっくりと地上に近付いてきた大場君。
あと少し下りれば助かる……そう思った時だった。



ビュオオオオオッ!!



「!?」
「わっ……!!」





『きゃああああああああああああああああああああっ!!』





さっきよりも一段と強い突風が吹いて、大場君の足元を掬った。
突然の事で大場君は対処できず……骨組みを踏み外してしまった。

「うわあああああああっ!」

「だめっ!!大場くーん!!」
「こらっ!危ないからここから入ろうとするな!」
「離して!!大場君が……大場君が!!」

女の子を護るように抱え込みながら自由落下していく大場君……
わたしは大場君を受け止められないかと大場君が落ちるだろう場所まで行こうとして……どちらにせよここからじゃ間に合わないだろうけど……それでも向かわずにはいられなかったが、警備員に止められてしまった。
このままじゃ大場君は地面に叩き付けられて、死んでしまうかもしれない……そんなの嫌だった。


でも……わたしにはどうする事も出来なかった……


落ちていく大場君を……ただ見ているしか出来なかった……



「うわああああああ……っ!」



ぽふんっ



「……ん?」


そして、為すすべもなく地面に叩きつけられた大場君は……何故かふわりと着地した。

なんで?


「ふぅ……なんとか間に合ったようじゃな……」
「あ……義姉さん……」

とりあえず大場君は助かったらしい……それがわかり、少し落ち着いてから様子をみると……大場君の近くに見知らぬバフォメットがいた。
大場君の漏らした言葉から、どうやら大場君のお義姉さんらしい。

「兄上の言った通りじゃ……明人はこういうのを放っておけないからもし知っていたらきっと助けようと無茶してるって言っておったぞ」
「う……」
「後で俺が事情を園の人達にきちんと話すから先に行って、マズそうならナイトメアの女の子とついでに明人を助けてくれと言われての。転移魔法で入口まで行った後、兄上の身分証明書とわしの身分証明書を見せて軽く事情を説明したら一応入園許可をもらえたから現場まで向かったら案の定じゃったわい。わしが魔術でクッションを作らなかったらお主も女の子もただでは済んで無かったんじゃぞ?」
「ありがとう義姉さん……兄貴にも礼を言っておかないとな……」

お義姉さんが連絡を聞いて駆けつけてきたおかげで、間一髪で助かったみたいだ。

「ほれ、後の事はわしや兄上に任せてお主はデートの続きでもしておれ。彼女がそわそわしながら待っておるぞ?」
「えっ?あ……八木さん……」
「……」

助かってホッとすると同時に、わたしの中に別の感情が混み上がってきた……

「ごめん八木さん」
「……」


その感情は……


「待たせちゃっt」



パンッ!!



「って……!?」
「……馬鹿じゃないの……」


大場君に対する、怒りだった。


わたしは、近付いてきた大場君の左頬を、右手で叩いた。

「え……八木さん?」
「何してるのよ大場君……なんで登ったの?」

肉球のせいで痛み自体はほぼ無いようだが、自分が平手打ちなんてされるとは思ってなかった大場君はとても驚いた顔をしている。
でも、わたしは大場君にそれほど怒っていたのだ。

「なんでって、あの女の子を助ける為に……」
「だからなんで大場君が行ったのかって聞いてるの!」
「それは……困ってる女の子を助けたかったから……」
「だからってどうして無茶するの!?結果的に余計危険な目に遭ってるじゃない!!」
「それは……ごめん……」

もしお義姉さんが間に合ってなかったら……大場君だけで無い、女の子だって命が危なかったのだ。
大きな突風が来てもしがみついていたのだから、おそらく大場君が登らなければ女の子も普通に救助できたはずだ……言い方は悪いが、大場君の無茶のせいで女の子が危険な目に遭ってしまったのだ。その事に怒っていた。

「今回は助かったけど、もしかしたら大場君死んじゃってたのかもしれないんだよ!?無茶なんかしないでよ!!」

もちろん、わたしが怒っている理由はそれだけでない……大場君が無茶をした事自体にも、わたしは怒っていた。
そもそも遊び疲れた後なのだから、体力も集中力もそんなに残ってない状況だ。誰がどう考えても無茶である。
そんな中で救助に行ったところで無事に済むとは誰が考えたって思えなかった……どうして大人しくレスキューを待とうと思わなかったのか。

「大場君が死んだらどうするの?」
「うん……」

わたしは怒っていた……好きな人が自分の命を捨てに、しかも他人の命すら巻き込みかねないのに行った事に怒っていた。

だからこそ……


「でもさ、俺が落ちてもしっかりと抱えていれば大丈夫かなって……俺の命なんてたいした事ないし、最悪女の子だけでもって思ってさ……」
「……っ!!」


この、大場君の自分の命なんかたいした事ないという発言に……

「ふざけないでっ!!」
「へっ……!?」

わたしの怒りは頂点に達して……感極まって、涙を流しながら……大場君の顔面を強く握りしめた拳で打ち抜いた。

「いっつ……」
「もう大場君なんて知らない!!バカー!!」

そう叫んだあと、一人ポカンとしている大場君を残したまま、わたしはこの場から駆け足で去って家に帰った。




「……はぁ……まったくもう……何やってるんだか……」


帰りの電車の中で、少し冷静になった自分に……


「……はぁ……別に大場君は善意でやってただけじゃん……なんでああも怒ったかなわたし……」


嫌悪感と後悔……


「……なんでもう知らないだなんて言っちゃったのかなぁ……はぁ……」


そして虚しさをもたらしながら……
13/03/17 08:41更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
相変わらず長くなってしまったので分割。
二人の関係がどうなるのか、またあまりエロくないエロは後編で。

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