旅41 異世界の元少年と父侍と記憶
「あとどれぐらいで辿り着きそうなんだ?」
「う〜ん…今日中には着くんじゃねえかな……地図で見てみると今ここで、ルヘキサはすぐそこだし……つーかそろそろ見えてきそうだけどな……」
「でもまだ何も見えないね〜」
現在13時。
私達はシャインローズを出発した後、次の目的地である親魔物領『ルヘキサ』に向けて旅を続けていた。
ルヘキサにはアメリちゃんのお姉さんがいる可能性は低いのだが、ユウロ曰く『ドラゴン』がいるとの事だ。
ドラゴンと言えば私ですら存在を知っている程有名で、それでいて滅多にお目に掛かれない魔物だ……なので一目見てみたいという事で向かってみる事にしたのだ。
まあ…そうはいってもアメリちゃんはドラゴンぐらい何人も見た事あるだろう……なんせリリムだからね。
「どんな街だろうね〜」
「うーん…どうやら最近出来た街……って言っても俺達が生まれるより前には出来てる街だからある程度は発展してると思うけど…」
「反魔物領に在った6つの魔物の集落をドラゴンが一つにまとめた街かぁ…やっぱ抗争とかはありそうだよね」
「そうなんだよな…それだけが心配なんだよ。変な事件に巻き込まれなければいいんだけど…」
「まあその時はその時だ。今までだって結構巻き込まれてたりしたんでしょ?」
「あーまあそうだね。ディナマとかエルビとかいろいろあったなぁ…」
ルヘキサと言う街は、元々反魔物領に住んでいた魔物達をドラゴンがまとめあげて創った街との事だ。
それは言葉で言うだけなら簡単にまとめたように聞こえるけど、実際はいろいろと抗争が絶えなかったと思う。
魔物側にとっては自分達の平和な暮らしの為に、人間側にとっては土地を取り返すためにと、争いになる理由は簡単に思い付くもんな……
で、そんな街が今全く抗争が無いかと言えば…まだまだ周りは反魔物領、無いとは言えないだろう。
なので巻き込まれないか心配だ…今までもそこそこ巻き込まれた事あるから余計にだ。
「しかしまあ地図で見ると大きな街だよなぁ…」
「だね〜。本当に元は小さな集落だったのかなぁ……」
「わからないけど、街ってそういうものなんじゃないか?」
「まだかな〜……」
こんな感じに、これから訪れるルヘキサの街について皆と話しながら歩いていた、その時であった……
「魔物め!覚悟!!」
「ん?うわあっ!?」
脇道から教団兵だと思われる剣を持った男が飛び出してきて、私達に切り掛かってきた。
咄嗟に身体を捻らせたから当たらなかったけど…不意打ち過ぎてユウロも反応できて無かったし危なかった。
「な、何!?」
「悪しき魔物どもめ!ここで俺が倒してやる!」
「こらこら、一人で出しゃばるな新米。相手にウシオニがいるのが見えてないのか」
「あ、すみません隊長…」
それどころか、周りからぞろぞろと鎧を着た兵士達が出てきた。
小隊か何かなのか、全部で15人ほど出てきて……私達を囲いだした。
「ちょ、ちょっとなんですかいきなり!?」
「アメリたち何もしてないよ!?」
「……今はしてなくても魔物は悪だし何時かする……ってか?」
「……その通りだ。人間かインキュバスかは知らんが、貴様はよくわかっているな」
「まあ大体教団にいるまともな人間が魔物襲う理由はワンパターンだしな」
「……ふん、まあいい……では覚悟してもらうぞ!」
そして臨戦態勢に入る兵士の人達…
こっちもタダで殺される気は無いから抵抗する準備をするけど…正直多勢に無勢だ。
相手は15人に対して、こちらは私がまともに戦えない為3人……勝てる気はしない。
「アメリたち何もわるいことしてないもん!」
「そういう事で抵抗させてもらう…もちろん死ぬつもりも無いから」
「というか大勢で囲むなよそんなに一人じゃアタイ達を倒す自信がないのか?」
「スズ、挑発はしないで……」
それでもここで命を終わらせる気など私達には微塵も無い。
勝てないとしても…逃げられるように精一杯抵抗する事にした!!
「ワーシープと男は3人で、サキュバスの子供は2人で相手をしろ!そして相手を分散するんだ!また残りの者は俺と共にウシオニを相手するんだ!」
隊長と呼ばれていた人物が全体に指示を出す。
どうやら私とユウロに3人、アメリちゃんに2人、そして残り10人でスズの相手をするつもりらしい。
私達をバラけさせるのは間違ってないと思うし、たしかにウシオニは怪物と恐れられるほどの魔物……一見その指示は的確に思えるが……
「はっ!アタイが一番厄介か…その判断が甘いんだよ!!」
「アメリちゃん!ディナマの時にやってたあの広範囲に電撃走るやつ!」
「わかった!『エレクトリックディスチャージ』!!」
『う、うわあばばばばばば!?』
「くっ!?まさかこんな子供が強力な攻撃魔法を扱えるとは……」
だが私達の中で団体相手に一番強いのは、広範囲に攻撃魔法を放てるアメリちゃんなのだ。
隊長さんの言葉から察するに間違いなくアメリちゃんの事をただの幼いサキュバスと思い込んだのだろう……実際は魔王様の娘のリリムなのにね。
という感じで、全員アメリちゃんから強力な電撃を喰らうなんて思っても居なかったのだろう…隊長さん以外は回避や防御反応が間に合わずまともに電撃を浴びてしまった。
「というかアメリはリリム!」
「あ、アメリちゃんそれ今言わないほうが……」
「リリムだと?なるほど…これは貴様を最優先で狙わないとマズイな……」
「あーあ……皆、アメリちゃんを護るぞ!」
「うぅ……ごめんなさい……でもまちがえてほしくないもん……」
しかし、避けた隊長さんを始め何人かはまともに喰らったのにも関わらず起き上がってしまった。
しかもアメリちゃんがいつものように自分はリリムだって言い張っちゃったから無警戒だったアメリちゃんが一番警戒されてしまった。
「さて…今度はそう簡単には喰らわないぞ……」
「チッ……隙がないのがいやらしいな……」
このままじゃ長期戦になってしまいそう……そう思い始めた時だった。
「『クロッシングマーダー』!!」
「なっ!?ぐああっ!?」
「ん?なんだ?」
突然相手側に黒い線が……いや、斬撃が一本入り、斬られた教団兵達は倒れていった。
いったい何が起きたのだろうとその場で立ちすくんでいたら……
「大丈夫あなた達?」
「え……あ、はい……」
横から女の人の声が聞こえてきた。
声がしたほうを振り返って見てみると……
「えっと…あなたが助けてくれたのですか?」
「そうよ。誰も怪我は無い?」
「うん!ありがとうダークエンジェルのお姉ちゃん!」
そこには蒼い肌、漆黒の翼を持つエンジェル…ダークエンジェルがいた。
どうやらさっきの教団兵達を斬ったのはこのダークエンジェルさんらしい……おかげで助かった。
「ところで、あなた達は旅人か何か?」
「あ、うん。そんなところ。あんたは?」
「私?私はこの先にある街、ルヘキサの自警団の一員の、ダークエンジェルのレシェルっていう者よ」
どうやらこのダークエンジェルさん……レシェルさんは私達が向かっていた街、ルヘキサの自警団らしい。
「さて、こちらの事も話した事だし、ここでずっと長話するのはあまりよろしくないから移動するわよ。少し進んだところに仲間が待ってるからそこまでついてきてもらえるかしら?」
「あ、はい。わかりました」
教団兵の人達は先程の一撃で倒れているとはいえ、軽く気を失っているだけだ。
このままここで立ち話していて起き上がられると面倒なので、私達はレシェルさんの案内でこの場から移動する事になった。
…………
………
……
…
「おーいレイル君、ユウキ!」
「あ、レシェルさん!彼女達は……?」
「ドデカルアの奴等に襲われてたのを助け出したの。ルヘキサに向けて旅してたとこだったってさ」
レシェルさんについて行ってから10分弱。
私達はルヘキサだと思われる街が小さく見える丘で、レシェルさんの仲間だと思われる男性及びサキュバスと合流した。
「なるほど…男の子にワーシープにウシオニ、あと……サキュバスの女の子か……」
「う〜アメリはリリム!!」
「あーやっぱりリリムだったか…アメリちゃんって言うんだな。ゴメンな!」
「いいよ!えっと……」
「俺はレイル。レシェルさんと同じ自警団の人間さ」
男性の方はレイルさんと言うらしい。
なかなかの好青年だと思う…それに、多分奥さんがいるのだろう。
なんか最近魔物の身体に慣れてきたのか、男の人が魔物の奥さんまたはそれに近い関係がいるかどうかがおぼろげながらわかるようになってきた気がする……相変わらず種族とかはわからないけどね。
「それで僕はアルプの祐樹(ユウキ)。最近自警団に入った新人だけど、レシェルさんとレイルさんの足を引っ張らないように頑張ってます」
「ま、実際は足引っ張って無いかは微妙なラインだけどね〜」
「ええっ!?そ、そんな〜!!」
「嘘だって♪ユウキは凄く働いてくれてるし、そんなに足も引っ張って無いよ」
「うぅ……からかわないで下さいよ……」
そして残る一人の自警団新人のサキュバス……じゃなくてアルプはユウキさんというらしい。
たしかに言われてみれば少年っぽい顔つきだな……でも悪魔型の魔物って一目じゃ違い分かり辛いんだよね……
「それでお前さん達は?まだアメリちゃん以外名前聞いてないんだが……」
「あ、申し遅れました。ワーシープのサマリです。危ない所を助けていただき誠にありがとうございました」
「人間のユウロです。助けて下さりありがとうございます!」
「ウシオニのスズだ。アタイ達だけじゃどうなってたかわからなかったから助かったよ!」
「いやいや、礼は全部レシェルさんに言ってくれ。レシェルさんが嫌な予感がするって飛んで行ったから助けられたようなものだし、実際に助けたのもレシェルさんだしな」
レイルさんに言われてから気付いたけれど、そういえば私達はまだ名のっていなかった。
なので私達は順番に名前と感謝を述べたのだが……
「……あれ?」
「ん?どうしましたユウキさん?」
「いや……」
私達の紹介が終わった時点で、ユウキさんが首をかしげたのだ。
「…ねえ君、たしかユウロって言ったよね?」
「あ、はい……………………………………あ?」
「ねえ君、今僕を見て反応したよね?」
「……さあ?何の事です?」
いや、正確にはユウロを見て首をかしげていた。
そんなユウロもユウキさんを見て何か思った事があるらしいけど……露骨に誤魔化し始めた。
「いや、今更誤魔化しても意味無いよ……もしかして君って……」
「いやいや人違いですよ俺はユウロですもん」
「……まだ何も言ってないのにそういうって事は合ってるんだね」
「…………」
更に問い詰められて、更に露骨な誤魔化しをフライング気味にしてしまったユウロ。
もしかしてユウキさんとユウロは知り合いなのか?
なんて思っていたら……
「やっぱり君は、3年前に行方不明になってた吉崎君なんだね!」
「……な、何の事やら……」
「誤魔化しても無駄だよ!君はどこをどう見たって僕と同じクラスだった吉崎悠斗(よしざきゆうと)君じゃんか!」
「い、いや…だから違いますって……」
「ほら、僕は女の子になっちゃったけど、君と同じクラスの友達だった脇田祐樹(わきたゆうき)だよ!」
「い、いや、だから知りませんって……」
聞き慣れない……けど、どこかで聞いた事あるような呼び方でユウロの事をユウキさんは呼んだ。
「よし」なんとか…たしかジパングに来たばかりの時にカラステングさんがユウロの事をそう言っていた気がする。
それに3年前に行方不明になってたって……つまり……
「ユウキさんとユウロは同郷?」
「うん!僕と吉崎君は同じ日本出身…って言ってもわからない?」
「日本?それどこ?」
「なるほど……ユウキ以外にも居るものなんだ……」
どうやらユウロもユウキさんも日本という街出身らしいが……全く聞いた事無い。
名前の感じからしてジパングっぽいけど……いったいどこら辺にあるのだろうと思っていたら……
「えっとね……こことは違う世界って言ったらわかるかな?」
「……え!?」
「は!?」
「うそぉ!?」
なんとこことは違う世界……つまり異世界だと言われてしまった。
つまり、ユウロは……今までの旅で会った人で言うなれば、ユウタさんやシンヤさんと同じような場所出身だという事になる。
「そうなのユウロ?ユウロって異世界人だったの?」
「へ?いやだから何の話?」
「ユウロって誤魔化し下手だな…つまりそういう事なんだな?」
「何勝手に納得してるんだよ違うって言ってるじゃんか。ユウキさんが勘違いしてるだけだって」
真相を本人に聞いてみようとしても下手な誤魔化しばかりしてハッキリと言おうとしない。
誤魔化しってわかるのは……さっきからユウロの目が泳ぎっぱなしだからだ。
「ん〜……ねえユウロ君……」
「はいなんですか?」
と、ここでユウキさんが何か思いついたのか、ユウロに静かに話しかけて……
「今から自販機でジュース買ってきて」
「嫌ですよ!というか自販機なんてここら辺にあるんですか?」
「無いよ」
「じゃあいきなりなんですか!?俺はあなたの知り合いじゃないですって!!」
いきなりよくわからない会話を始めた。
何やらユウキさんがユウロに何かでジュースを買ってきてと頼んだっぽいけど……
「あのー……自販機ってなんですか?」
「自販機ってのは自動販売機の事でね、この世界には無い物だよ」
「……しまった……」
「そう、なんでユウロ君はこの世界に無い物の事を知ってるんだい?形とかなら他の別の世界から来た人に聞いたとか言えるかもしれないけど、全く疑問に思う事無く自販機の事は認識出来てたよね?」
「……」
どうやらこの世界には無い何かお店の事らしい。
自動って言ってるから人がいない販売店とかかな……?
まあそれはいいとして、ユウロはその自販機なるものについて知っている様子だった。
この世界には無い物を知っているという事はつまり……
「やっぱり君は……吉崎君なんだね?」
「……ああそうだよ……なんで脇田がここに、しかもアルプになっているんだよ……」
ユウロはユウキさんと同じ、異世界の日本って場所の出身だという事だ。
「じゃあユウロお兄ちゃんは別世界の人なの?」
「……そうだよ。俺はたしかに3年前にこの世界に飛んできた別世界の人間だよ……」
「本当なんだ……じゃあなんで今までその事を黙ってたの?たしかアレスに遇った時も自分の事じゃない風に言って誤魔化してたしさ、何時ぞやのカラステングさんの時だって……」
「別に……言いたくなかったし、言う必要もなかったからな……」
墓穴を掘った事でようやく自分がユウキさんの知り合いの異世界人だと認めたユウロ。
これで前にユウロが故郷には物理的に帰れないって言っていた理由がわかった……別の世界ならば転移魔法でも使えない限りそうそう帰れる場所では無い。
更には何時ぞやのカラステングさんが3年前より前の情報が無いと言っていたが、それはユウロが3年前まではこの世界にいなかったからだろう。
それにおそらくかなり前に言っていた「よく知っている異世界から来た人物」というのは自分の事だったんじゃないかな。
「まあユウロが異世界人、しかも本当はユウトって名前だったのに変えた理由とかは後々追求するとして……」
「おい……まあそれくらいだったら別にいいけど……」
「別にいいなら聞くとして……ついでですし、ルヘキサまで案内してもらえませんか?」
「もちろん最初からそのつもりだったけど?それにユウキと同じ別の世界の子もいるのなら色々と聞いてみたい事もあるしね」
「ええ〜レシェルさん達にも話をする流れですか?」
「あ、嫌ならいいけど。ドラゴンである団長にすぐ合わせてあげようと思ったのにな〜……」
「……わかりましたよ。じゃあ向かいながら話しますよ……」
半ば諦めと呆れた表情をしているが、一応ある程度の事は話してくれるつもりらしい。
という事で、私達はルヘキサに向けてレシェルさん達と歩き始めたのだった。
…………
………
……
…
「……で、どうして名前を変えたりしたの?というかどうやって世界を移動したの?」
「んーと……俺の話をする前にさ、脇田、どうしてお前がこっちにいるのか教えてくれよ」
「えっ僕?わかったいいよ」
現在14時。
私達はレシェルさんやレイルさん、それとユウキさんの案内でルヘキサに辿り着いた。
街中はどちらかというと魔物の方が多い感じだ……スライムやフェアリー、それにサキュバス(のはず)が仲良く喋りながら歩いていたり、ワーバットが路地裏で男の人とエッチな事してたり、エンジェルとダークエンジェルとリザードマンとグリズリーとインプの子供が人間の男の子2人と女の子1人と計8人で仲良く遊んでいるのが目に入った。
ちなみにエンジェルとダークエンジェルの二人の女の子はレシェルさんの妹さんの娘らしい…というか、レイルさんの実の娘との事。しかも妹のダークエンジェルの方はアメリちゃんと同い年だとか。
街そのものの様子も結構賑やかだ……武器屋に食料品売り場、それに呉服屋や(健全な)玩具屋などさまざまなお店が並んでいる。
そして私達が今向かっているのは、レシェルさん達が所属している自警団の本部である。
どうやら街の中心部にあるらしく、結構歩いているがまだ着かないようである。
という事で私はユウロから色々と事情を聞き出そうと思ったのだが……その前にとユウキさんの話になったのだ。
「んーとね〜…まず最初に言っておくと僕は一人で来たんじゃなくて、今は僕の夫になってる陽太(ヨウタ)って大学の同じサークルの子と一緒にこっちの世界に飛んだんだ」
「ふーん…そうか、3年前が高校2年だったからもう大学生だったか」
「そうそう、僕達がこの世界にやってきたのは4か月前かな…部室に置いてあった本に書かれていた事を興味本位で試したら……」
「こっちに来てたって事か…その本ってあれか。サキュバスの絵が載ってる茶色い本か?」
「そうそう、たしかそんなのだったよ。吉崎君もその本に書かれていた事をやったの?」
「まあな……」
どうやらユウロもユウキさんも、ユウロ達の世界にあった本に書かれていた何かを試したらこの世界に飛ばされていたらしい。
「本にかかれていたこと?」
「そうだよ。僕の場合は多分吉崎君と違って一緒にこっちに来た陽太と興味本位で試しただけなんだけどね……」
「それってどんな事が書かれてたんだ?」
「えっとね……」
……………………
「えっと……黒酢を四方に置いて……」
「おーい陽太ー。こんな所で何してるの?」
「ん?おお、祐樹か」
それはある晴れた冬の日の事だった。
この日は丁度大学も休みだったけど、僕は陽太に呼ばれて大学内にある人気の無い雑木林の中に行ってみた。
「ねえ何これ?何してるの?」
「ああ…えっとな、この本なんだけどさ……」
「あーそれって部室に放置してあったよくわからない本だよね。持ち出したの?」
「おう。誰も手を触れないから気になってね」
そこで陽太は地面によくわからない模様…今思えば転移魔法系の魔法陣だった…模様を描いて、更には周りに黒酢をビンに入れて四方を囲むように置いていた。
そんな奇妙な事をしている陽太の手の中には、部室の隅にぽつんと置かれていたハート模様がいくつも書かれていた茶色の本があった。
「でもその本ってたしか……」
「そう、夏休みに居なくなった先輩が読んでた曰くつきの本だよ」
「だよね……なんか怖いんだけど……」
しかし、その本は僕達のサークルの先輩の一人が、行方不明となる前日に読んでいた本だった。
普通に考えた場合突拍子もない考えだが、先輩はその本が原因で居なくなってしまったのではないかと僕達のサークルでは噂になっていた。
なぜならば……
「だから今試してるんだって。『幸せを掴みたいあなたへ』ってところに書かれた嘘くさいものをね」
「そのよくゲームとかで出てきそうな魔法陣みたいなものでしょ?」
「そうそう、これで何も起きなければ先輩が消えたのはこの本と全く関係の無い事だってわかるし、マジで何かが起きたらそれはそれで面白そうだしね」
「面白くは無いと思うけど……」
かなり嘘くさいが、その本に書かれているのは数々の呪いや空想生物の姿、それと最後のページに大きく書かれている魔法陣らしき模様だった。
しかもその魔法陣のページのタイトルは『幸せを掴みたいあなたへ』って書いてある…だけならまだいいのだが、どういう事かそのページを見た人によってタイトルが変わるらしいのだ。
実際他の人の話では、そこのページのタイトルは『モテたいあなたへ』だったりとか『この世界が嫌になったあなたへ』とか『遠くに行きたいあなたへ』とか、挙句の果てには『人外娘が好きなあなたへ』だったりしたらしい。
まあこれも今思えばどこかの誰か魔物がそう魔術を施したのだろうとは思うが……当時は見た人によってタイトルが変わるだなんて気味が悪くて誰もその本の事を気に掛ける事は無くなっていた。
そんなものを陽太は試そうとしていた。
「まあまあ、そう言わずに祐樹も手伝ってくれよ」
「いいけど…もし先輩と同じように僕達に何か起きたら責任取ってよね」
「おう!って言ってもそう何かが起こるとは思えないけどね」
そうやって陽太は言ったけど、僕は過去にも似たような前例を聞いた事が……そう、吉崎君が行方不明になった時の場合と似ていたからとても不安だった。
「で、何すればいいの?」
「そうだな…必要な準備は大体終わったから、あとはこの呪文みたいなのを言うだけだ」
「これ?二人で言う必要あるの?」
「ほら、ここに『複数人いたほうが効果的です』って書いてあるしさ。二人同時に言おうぜ?」
「わかったよ……じゃあ……」
そしてその不安は……
「せーの……」
「「『くかかせけめめのなすらこにみいるとちのなすちるみいるませめ』!!」」
「ど、どうだ……!?」
「え、え、な、何!?」
僕達が今この世界にいる事からわかると思うけど……
「う、うわあああああああああっ!?」
「なにこれえええええええええっ!?」
ものの見事に的中して、僕達は魔法陣から発生した光に飲み込まれたと思ったら…
「………あれ、ここどこだ?」
気がついたら僕は一人で全く知らない場所で……このルヘキサの近くの草原に陽太と離れ離れになって気絶して倒れていた。
「僕一人どこかにテレポートしたとか?いやまさかそんな夢じゃないのに…」
ガサガサッ!!
「…ん、何の音だ?」
そして状況を把握しきる前に、背丈ほどある草を掻き分ける音が聞こえてきて……
「男の子はっけ〜ん。やっぱりこれが精の匂いなんだ〜」
「え……えっ!?」
その草の間から出てきたのは、紅い瞳に栗色の長い髪の毛、そこそこ大きい胸を持った女の人…ここまではいい。
だが、その女の人は何か液体に濡れた薄桃色の尻尾と蝙蝠みたいな翼、それに小さい角を頭から生やして桃色の体毛が身体や手足を覆っていた。
そう、レッサーサキュバスさんが現れて……
「ハァハァ…もうお腹空いて我慢出来な〜い♪いただきまーす!」
「へ!?えっちょっとまっ!?」
「いーじゃん私に精子ちょーだい♪」
あっという間に下半身を裸にされて、強姦されてしまったんだ。
それはもうなんというか……童貞には天国を越えて地獄のセックスだった。
3回ほど膣内に強制中出しされた辺りで僕は気絶しちゃって……
「うーん…………はっ!?」
この世界にやってきた時は真昼だったけど、気絶から回復した時はすでに日が落ちていた頃だった。
そして……
「ふぅ〜良かった〜……ん?んんっ!?」
レッサーサキュバスさんが居なくなっていた事に気付き、安堵のため息を吐きながら胸に手を持って行ったところで……触った胸が柔らかい事に気づいて……
「あ、あれ……なんで女の子になってるの!?」
自分の身体が女の子のものになっているって気付いただけじゃなく……
「ってあれ?これ角?っていうか翼に尻尾も!?」
自分の身体からレッサーサキュバスさんのように…って言っても元々この色だけど…角や尻尾、翼が生えている事にも気付いて……
「ど、どうなって……ん?なんだこれ?」
『誰か知らない貴方へ。
まさか男性がサキュバスに成るなんて思わなかったの。
本当にごめんなさい!
更に言うと魔物化したらもう人には戻れないのよ。
なので貴女がサキュバスとしての幸せを掴める事を願うわ。
私もサキュバスとして幸せに生きていくわね。
それじゃあ私は自分と同じような事になっている人達を助けに行くわ。
PS.貴方の精子良かったわ。おかげで完全なサキュバスに成れて理性も取り戻せたわ。
ごちそうさま♪ありがとうね! 』
「……えー……」
自分の近くに落ちていた、そのレッサーサキュバスさんもといサキュバスさんが書き残した手紙を読んで茫然とした後……
「これからどうしよう……とりあえず陽太を探さないと…………陽太?」
陽太の事を考えたら胸がキュンとなって、下腹部が疼いてきちゃって……
自分が陽太の事を好きだって気付いて……
「陽太〜♪」
一先ずオナニーした後に陽太を探しに行って……
……………………
「それで反魔物領のドデカルアに飛ばされていた陽太をなんとか見つけ出して、すごく強い侍さんに追われながらなんとかルヘキサまで逃げてきて団長さんに助けてもらって、陽太と毎日シて使えるようになった魔術を駆使して自警団してるんだ」
「へぇー」
「ちなみに陽太はこの街で学校の先生みたいな事をしてるんだよ。子供達に勉強を教える姿はもうカッコよくて……」
「あー旦那の自慢はまた後でいいよ」
「むぅ……」
とりあえず長くなりそうな旦那さん自慢は打ち切らせてもらうとして、ユウキさんがどうしてアルプになってここにいるかの事情を聞いた。
どうやら不思議な本に書かれていた転移魔法、それと謎の呪文を唱えた事によってこの世界に強制転移されてしまい、そのままレッサーサキュバスに襲われて魔物化、そして一緒に来た人を『ドデカルア』って街で見つけルヘキサに来たという事か……
「ユウロも似たような感じ?」
「ん、まあな。俺の場合は別の場所の教会付近だけどな」
「へぇ……」
そしてユウロも似たようなものだったらしい。
ユウロも幸せを掴みたくてその本の内容を試したのだろうか?
なんて思ってたら……
「ま、俺の場合は『居場所を失ったあなたへ』だったけどな……」
「…………」
おそらく聞こえたのは私ぐらいしかいないような程小さな声で、気になる事を呟いたユウロ。
「それでユウロ、どうして名前を変えたの?」
「ん、ああ。それは……まあこの世界に来て最初に会った神父さんに名前を言った時に聞き間違えられてそのまま…まあいいやって思ってね」
「えっ!?それでいいの!?」
「まあ別に…悠斗って名前に思い入れがあったわけじゃないし、名前を変えた事でこの世界の住民になれたような気もしたからな」
でも私はその事には触れず、本来の目的であった名前を変えた理由を聞きだした。
だって……その呟いた声はどこか寂しそうで、悲しそうな声だったから…私はその事を聞きだす事が出来なかった。
=======[ユウロ視点]=======
「あ、ドラゴンのお姉ちゃんだ」
「おお〜っ!!本物のドラゴンだー!!」
「凄くカッコいいー!!」
「めっちゃ強そう!!」
「……なんだこいつらは?」
「団長…というか、ドラゴン見たさにこの街まで旅をしていてさっきドデカルアの奴等に襲われてた旅人達です」
「そうか……まあ褒められてるから悪い気はしないが……」
脇田達に案内されて俺達はルヘキサの自警団の本部に着いた。
自警団員だと思われるリザードマンやサハギン、それにネコマタなど様々な魔物や、もちろん人間の男女もそこには居た。
そこで少し待つように言われて、レシェルさんが連れてきた人物は……
「我はトロン。説明されたと思うが、この街の領主兼自警団の団長を勤めている」
「あ、どうも」
手足が緑色の鱗で覆われ鋭い爪が付いており、頭からは2本の角、そして背中からは1対の翼、腰からは長く太くしなやかな尻尾が生えている、まごう事無きこの世界でのドラゴンだった。
そのドラゴン…ルヘキサ自警団の団長であるトロンさんが名のったので、俺達も順に自己紹介をした。
なおアメリちゃん以外は俺を含め皆トロンさんを目を輝かせながら見ているが、見られている本人はまんざらでもなさそうなのでもっと見させてもらおう。
「それでレシェル、サマリ達を襲ったドデカルアの兵士達はどんな奴らだったのだ?」
「ただの雑魚だった。眼鏡の少年勇者でなければサーベル持った奴や侍の兵士でもなかったわよ。もちろん司祭達でもない」
「そうか…なら良かったが、奴等と対峙する時は慎重にな」
「ええ、もちろん」
そんな俺達の様子を他所に、レシェルさんと確認をし始めたトロンさん。
レシェルさんはここの自警団に入ってから長く、いうなればベテランなのでトロンさんからの信頼も人一倍強いのだろう。
しかし…今の話の中に気になるワードが……
「眼鏡の少年勇者……」
「ん?気になるのか?」
眼鏡の少年勇者…それとサーベルを持った奴……その二つはどこかで見覚えがあった。
「それって…エルビさん?」
「ああ、勇者はたしかそんな名前だったな……なんだ知り合いか?」
「いえ……」
やはり、ジパングの祇臣で遭遇した勇者…エルビだった。
という事は、おそらくサーベルを持った奴ってのはチモンの事だろう。
「知り合いというよりは、前に一度ジパングで対峙した事があるので…」
「なるほど…奴等ジパングに行っていたから最近まで見掛けなかったのか……」
どうやらあいつらはこの街の近くにあるドデカルアの教団に所属しているらしい。
これはまた面倒な事になりそうな予感がする……
「この前酷くやられていたミノタウロスもきっとあの眼鏡のせいだと思うけど…」
「そういえばそのミノタウロスはまだ意識は回復しないのか?」
「アフェル達が頑張ってますが…とりあえず一命は取り留めたようですが……」
「ふむ……同時期に襲われて逃げ込んできたワーウルフの夫妻の話といい、最近は妙に教団の奴等活発に動いているな……」
しかもここ最近で襲われた魔物も居るとか……
しかしエルビが魔物を襲うか……俺の予想だったらあいつが魔物を進んで襲うとは思えないが……
「まあ現状がわからない今下手に対策を立てようとても難しいか……」
「そうですよね……今は見回りを強化して、相手が何を仕掛けてきても対抗出来るように心掛けるぐらいですね」
「だな…最悪戦争なんかに成りかねないな……そうなると人手が足りないこちら側が不利だし、どうしたものか……」
とにかく今のルヘキサは物騒な状況であるらしい。
何事かが起こる前に街を去った方が良いかなぁ……と思った時だった。
「ねえねえトロンお姉ちゃん」
「ん?アメリだったか…なんだ?」
「アメリたちも手伝うよ!」
『……は?』
アメリちゃんが突然手伝うと言い出した。
誰もが予想しなかったアメリちゃんの言葉に、この場にいる全員が首をかしげていた。
「だってアメリエルビさんのことゆるせないもん!だから見回りとかアメリたちも手伝う!」
「……あのなぁアメリ、これはお遊びじゃないんだぞ!」
「わかってるよ!」
手伝うというのは、おそらく自警団の仕事……更に言えば教団との戦いの事だろう。
もちろんそんなものに俺達を巻き込むつもりなど無いだろう…トロンさんはアメリを窘めるように怒鳴り出した。
人間女性のような姿をしているとはいえ流石ドラゴン、もの凄い迫力である。
「でもアメリ魔物がひどい人の手できずつくの見たくないもん!」
「だがなあ!」
「それに今人手が足りないって言ったじゃんか!アメリたちエルビさんとたたかったことあるし足はひっぱらないと思うよ!」
「そ、そうかもしれないが……」
「それにアメリやお母さんは人間さんと魔物が仲良くくらすことをのぞんでいるんだもん!そのお手伝いでもあるもん!」
「い、いや、それはわかるが……」
しかし、アメリちゃんがそれに全く怯む事無く強く主張し続ける……流石リリム、魔王の娘はドラゴンよりも格上である。
そんなアメリちゃんの顔を真っ赤にしながら言う主張におされ、段々と力強く言えなくなってきて……
「だからアメリたちも手伝う!いい?」
「あーわかったわかった!じゃあ貴様達にも手伝ってもらう!これでいいな!!」
「あ、まあ……どうせこのまま旅をしようにも危険だろうし、俺達もこの問題が解決するまでは動かない方が良いかなって思いましたし……」
結局アメリちゃんに言い包められるような感じで、俺達は自警団の仕事を手伝う事になった。
まあよく考えてみれば、最近活発になっている教団に見つからずこの街を離れるのは難しいだろうし、安全になるまでは心強い味方となる自警団の手伝いをしていたほうがいいかもしれない。
「じゃあ俺は脇田……祐樹と一緒に見回り行ってきます」
「え、僕と吉崎君が?」
「折角同郷の奴とあったんで色々話そうかと……駄目ですか?」
「……いや、いいだろう。見たところお前もそこそこはやれそうだし、エルビの様なヤバい奴に合わなければ2人で大丈夫だろう」
という事で俺は脇田と一緒に見回りする事にした。
こいつと2人きりならまあ他の皆には聞かれたくない話もできるし、丁度良いだろう。
「じゃあ私とレイル君、それにスズちゃんで見回りしましょうか」
「アメリは?」
「アメリはもうすぐ報告で一時的に戻ってくるペアと報告を聞いた後行動してもらう。それまでは大人しく待機だ」
「わかった!あ、サマリお姉ちゃんはどうするの?」
「私は……戦えないので何か皆さんのサポートをしたいのですが…家事能力ならあります」
「そうか……なら清掃員達と本部の掃除を、その後で保護している人達や団員達の為の食事を作るのを手伝ってくれ」
「了解です!」
他の皆もそれぞれやることが決まったし、俺は脇田と見回りに出る事にしたのだった……
…………
………
……
…
「それで吉崎君、さっきは聞けなかった事聞いてみてもいいの?」
「ああ……ただまともに答えるとは思うなよ。答えたくない事には答えないからな」
「わかった」
俺は脇田と供にルヘキサの東にある森林地帯を見回りしていた。
ある程度は他愛の無い話をしていたが、ここで唐突に脇田が質問をしてきた。
「吉崎君さっきは名前を変えたからこの世界の住民になれた感じがしたって言ってたけど……もうあっちの世界には未練はないの?」
しかも、結構核心をついてくるような質問をしてきやがった。
なんて答えようか……
「そうだなぁ……ほぼ無いってのが正解だな。唯一友達と言えなくも無い関係だったお前もこっちにいるわけだし、他はもう見離されてたしな」
「……そうなの……」
未練が無いとは言い切れないけど……それでもあるわけじゃないからこれでいい筈だ。
「じゃあさ…山本さんの事はもう大丈夫なの?もう忘れる事が出来たの?」
「……悪いけどそれには答えたくない…というか答えられないな……」
「……そう……」
山本さんの事は…未だに俺の中で整理がついていないから答えようがない……
どちらにせよもう俺には関係の無い世界の事だ…そう頭の中では思っているつもりでも、あの人の顔が脳裏にちらつく度に後悔が襲ってくる。
謝れなかった事や……感謝を言えなかった事を後悔して……それに、俺のせいだって思ってしまって……なかなか忘れることなんか出来ない。
「でもまあ楽しそうに彼女達と旅をしてるようでよかったよ。友達として嬉しく思う」
「まあ旅は楽しいよ。あいつらだっていい奴等だしな……あ、あいつらに余計な事言うなよ」
「わかってるよ。特に出生の事は、でしょ?」
「……わかってるならいい……」
それでも、今サマリ達と旅している俺は心の底から楽しめていると言える。
物珍しい物を見ている時やサマリの飯を食べている時は辛い事を思い出さないで済むのは凄く助かる。
アメリちゃんの笑顔を見てる時やサマリと話をしている時は、心がもの凄く安らぐ。
だからこそ…だからこそ俺の過去は知って欲しくない。
知ってしまったら…また人を傷付けそうで……それにまた見捨てられそうで……怖い。
「さて、これ以上この話をしても吉崎君が困るだけだし、ここは陽太についての話を……」
「お前旦那自慢したいだけだろ」
「あ、わかっちゃった?でも世の中の魔物娘なんてそんなものだよ」
「だろうな…旅の途中で出会ったアメリちゃんのお姉さんで旦那持ちの人は大体そんな感じだったよ」
「ははは……」
そんな俺の心情を察してくれたのか、ただ自分の旦那の自慢をしたいだけかはわからないが話題を変えてくれた脇田。
孤立していた俺と仲良くしてくれただけあってやっぱりこいつは良い奴だ……
だからこそ……
「さて、無駄話はここまでにしておこうぜ」
「え?どうしたの急にそんな真剣な顔して……」
「俺さ、つい最近までは教団の勇者やってたってのはさっき話したよな?」
「うん…それがどうかしたの?」
「その時にある程度殺気とかの気配は気付けるようになったんだけどさ……その殺気が俺達に向けて強く向けられてる」
今俺達に向けられている強い殺気から、少なくともこいつは護り通さねえとな。
「え!?って事はつまり……」
「ああ……おそらく教団の奴が俺達をどこかから見てる……」
丁度山本さんの話をし始めた時から感じていた強い殺気……どこから向けられているのかはわからないが、それでも教団の…しかも強い人が向けているという事はわかる。
「どこのどいつだか知らないが殺気がだだ漏れなんだよ!隠れてないで出てこい!」
ただこのままではどうする事も出来ないので、こちらは存在に気付いているから出てこいと叫んでみた。
「……ほう、私の殺気を感じ取るとは……ここらでは見掛けない顔だと思っていたが、どうやら手練な助っ人らしいな……」
「ジパング人のおっさんか……」
そしたら案外素直に、木々の間から刀を身に着けているジパング人の30代後半ぐらいの男性が現れた。
「げ……吉崎君気をつけて……」
「ん?どうした脇田……」
「僕がこの世界に来てからの出来事の話覚えてる?その時に言った、僕と陽太を追っていたすごく強い侍さんだよ…」
「なっ!?」
「ついでに言っちゃえばレシェルさんが言っていた侍の兵士でもあるよ…」
「マジかよ……」
しかも感じた通り、かなりの強者らしい…
二人で何とかできるかと言えば…正直微妙だ……
「さて妖怪……貴様はまた人間を誑かすのか?」
「う、うわぁ……」
それどころか、おそらく酷い目に遭わされたのだろう…脇田は恐怖に震えていた。
「バーカ俺は脇田との旧友なだけだ。そんなんじゃねえよ」
「ほう……では自ら進んで妖怪共の味方を……愚かな……」
「うっせえ自分で確認せずに教団の事を馬鹿正直に信じて魔物を悪だと決めつけてる奴の方がよっぽど愚かだね……おい脇田」
「な、何吉崎君…」
「今のお前じゃあ足手まといだ。だから急いでここから離れて援軍を呼んできてくれないか?」
「わ、わかった……吉崎君も気をつけて……」
「おう、まかせろ!」
そんな脇田を庇いながら戦うのは流石に厳しい…だから俺は相手を挑発しつつ、脇田をこの場から逃す事にした。
でもただ逃すだけだと俺が辛いので、援軍を呼んできてもらう事にした。
脇田もそれがわかったのか、特に文句などを言う事無くかなり速いスピードで本部の方に飛んで行った。
「さておっさん、俺が相手だ!」
「……愚か、か……あははははは!」
「な、なんだ?」
脇田が無事逃げていった事を確認してからおっさんの方に集中したら……おっさんは突然高笑いし始めた。
そして……
「愚かなのはやはり貴様だ!妖怪は悪ではないと騙されているのだからな!!」
「はあ!?」
「自分で確認した事無い?笑わせるな!!妖怪は私の娘、桜を殺した悪だと確認できておるわ!!」
「え……!?」
とても信じられない事を、おっさんは口にしたのだった。
「桜は、私の目の前で……妖怪ウシオニに殺された!!」
「なんだと……何かの間違いじゃねえのか?」
「間違いだったらどんなに良かった事か!!でも…一年前に桜が殺されたのは事実だ!!しかも死体すら残らないように殺したんだああああ!!」
「おっと!そう簡単に当たるかよ!」
そしてそのまま、怒りにまかせて突っ込んできた。
流石にそんな大振りは当たらない……俺は楽々横に飛び避けた……筈だった。
「甘い!!」
「なっ!?ぐおっと!!」
だが、縦に振り切る最中に突然軌道が変わり、横に飛び退いた俺の腹を斬り裂いた。
咄嗟に身体を折り曲げた事で幸いにも服が切れただけで済んだが、あと少しでもタイミングがずれていたら俺は真っ二つになっていた。
「死体が残らないようにだと?それじゃあ本当に死んだのかわからねえじゃねえか!!」
「ふん!崖から突き落とされて生きている人間がいるわけ無かろうが!必死に探したが、落下したと思われる場所にあったのは血の跡だけだった!どうせ妖怪は人を殺さないと思わせる為に死体を隠蔽したのだ!!」
「くっ……」
おっさんの話を考えてみたが…不可解な部分が多い。
しかしおっさんは魔物が自分の娘を殺したと絶対なる自信を持っている……これは説得でどうにかできるような相手ではなさそうだ……
「ちっ仕方ねえ……出来るとこまでやってやらあ!」
「来い!妖怪に肩を貸す人間の屑など私が成敗してくれよう!!」
相手の方がおそらく実力は上…俺が勝てる見込みは薄い……
それでも、せめて脇田が援軍を呼んでくるまでは一人でこのおっさんを相手にしなければならないので、俺は決死の覚悟で相手する事にしたのだった……
=======[スズ視点]========
「くそっ間に合えばいいが…!」
レイルさんやレシェルさんとルヘキサ内の見回りをしていたら、突然ユウロと一緒にいたはずの祐樹さんが慌てた様子で飛んできた。
ユウキさんから話を聞いたら、どうやらかなり強い教団の侍と一人で対峙しているとの事だった。
それを聞いたアタイは他の二人よりも速く街中を、そして森林地帯を跳ぶように駆け抜けていた。
とても強い相手に一人で立ち向かうなんてかなりの無茶だから……急いでユウロと合流しないといけない。
「はぁ……あ、あれか!?」
祐樹さんに聞いた場所目掛けて木々の間を跳び抜けたら…ユウロと黒髪の男が戦っているのが見えた。
どうやらユウロはまだ無事のようだが……所々血が流れているのが確認できるので、おそらくかなりおされているのだろう。
「おいユウロ!大丈夫か!?」
「はぁ……この声はスズか……マズいスズ!!こっち来るな!!」
「何言ってるんだユウロ!アタイも助太刀するよ!!」
ユウロを確認できたので声を掛けたら、こっちに来るなと言われてしまった。
そんな不利な状況下で何のつもりなのかは知らないが、助太刀しないとユウロが死んでしまうかもしれない中では素直に聞いていられなかった。
「バカ!お前が来ると……」
「ほう……これはこれは……まさかウシオニがいるとはなぁ……」
「なっなんだ?」
だからアタイはユウロのすぐ横に着地したのだが……アタイを見た途端にユウロが相手していた男の様子がおかしくなった。
いったいなんだろうと見ていたら……
「私の娘を殺した者と同種が現れてくれるとは……無残な姿で殺してやる!!」
まるで肉親の敵のように……いや、発した言葉からすればまさに肉親の敵なのだろう……アタイを射抜くように睨みつけてきた侍。
それはまさに鬼と言えるような形相だ……アメリが見たらきっと怯えて泣きだしてしまうかもしれない程だ。
実際アタイの隣に立っているユウロの頬に冷や汗が垂れている……それだけ怖い……はずなのだ。
それでも……アタイはその眼を、その姿を見て真っ先に感じたのは恐怖では無く……何故か懐かしさと暖かさだった。
自分でもおかしいと思うけど……何故だかそう感じるのであった。
「くっ……」
それでも威圧してくるものがあるので、アタイは思わず後ろに大きく後退りした。
リーン……
それと一緒に、アタイの腰に着けてある鈴が小さく鳴った。
小さいと言っても辺りは静かだから、この場にいる全員の耳に聞こえただろう。
だから……
「……貴様!!何故その鈴を身に着けているのだ!!」
「へ?この鈴の事?」
「そうだ!それは私の娘の……桜にあげた我が家に伝わる御守りだ!貴様ごときが持っているはずの無い物だ!!」
目の前の侍がこの鈴の事について、怒りを露に説明してきてもおかしくはない。
「さく……ら……?」
「そうだ!何故桜にあげた鈴を貴様が……もしや!!」
でもアタイは、この鈴が何かというよりも、この男が口にした娘の名前が妙に引っ掛かった。
『い……痛……い……』
『死に……たくない……』
『あり………がとう………』
「……!?」
「貴様かあっ!貴様が桜を殺したウシオニかあああっ!!」
アタイの脳内に突然、女の子の声が響いた。
しかも、今にも死んでしまいそうな、か細い声だった。
「娘の仇めえっ!死ねええええええええええっ!!」
「……はっ!しまっ……!?」
突然響いた声に…突然出てきた記憶に混乱していたアタイは、男が斬りかかってきたのに反応が出来なかった。
「させるかあああっ!!」
キィィン!!
しかし、ユウロが咄嗟に男が持つ刀を弾き飛ばし、アタイは大事に至らなかった。
そしてその飛ばされた刀は、アタイの近くの地面に突き刺さり……
『刀を使いこなす父ちゃんってカッコいいな〜!』
『無茶はしないでね父ちゃん……』
『ほら!父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ!』
「まただ……何なんだこの声は……!?」
その刀を見ていたら…またアタイの脳内に声が響いた。
今度はさっきと違って、元気な女の子の声が……
「くっ!邪魔をするなあ!!」
「ぐああっ!!」
「ユウロ!!」
アタイへの攻撃を邪魔された男は、思いっきり右腕を振り上げユウロに殴りかかった。
咄嗟に避けようとしたものの間に合わず頬を殴られたユウロは、そのままアタイの後ろまで飛ばされてしまった。
飛ばされたユウロの無事を確認しようと勢いよく振り向こうとしたら……
リーンリーンリーン……
その分激しく鈴の音が響き……
『大丈夫!だってアタイは父ちゃんの娘だから!!』
『この先の町が父ちゃんに仕事を依頼した人がいる町なんだね…どんな町かアタイわくわくしてるよ!』
『うーだって野菜美味しくないもん……』
『アタイにこんな綺麗な名前はもったいないよ…自分で言うのもなんだけど、アタイお転婆だしさ』
『いいじゃんかジパング人でもお肉美味しく思うんだもん!!』
『ねえ父ちゃん…母ちゃんってどんな人だったの?』
『父ちゃん、アタイの名前ってもしかしてそのままこの木から採ったの?』
『危ない父ちゃん!!』
『アタイを……妖怪に……?』
『いいよ……それで死ななくていいんでしょ?』
『あ……ああ………』
「…………」
「くそ……今度こそ貴様を……桜の仇を……」
そして、アタイの脳内に……
今まで空っぽだった部分が……唐突に埋まっていった。
「くそ……いてぇ……スズ、逃げろ…」
「…思い……出した……」
「へ?」
そう……アタイは……
「思い出したんだ……全部、今まで忘れていた事を!!」
「なんだって!?」
消えていたはずの記憶が全部蘇った……
「そうだ……全部思い出したんだ……」
それは、アタイが……
「名前も……記憶も……そして……」
元々ウシオニでは無く、人間だったという事を……
「アタイは……アタイが……」
どうしてウシオニになっているのかという事を……
「アタイが桜だよ父ちゃん……」
「な、なにいっ!?」
アタイが目の前の侍の……猪善父ちゃんの娘の……
桜だと言う事を……思い出したのだった。
「う〜ん…今日中には着くんじゃねえかな……地図で見てみると今ここで、ルヘキサはすぐそこだし……つーかそろそろ見えてきそうだけどな……」
「でもまだ何も見えないね〜」
現在13時。
私達はシャインローズを出発した後、次の目的地である親魔物領『ルヘキサ』に向けて旅を続けていた。
ルヘキサにはアメリちゃんのお姉さんがいる可能性は低いのだが、ユウロ曰く『ドラゴン』がいるとの事だ。
ドラゴンと言えば私ですら存在を知っている程有名で、それでいて滅多にお目に掛かれない魔物だ……なので一目見てみたいという事で向かってみる事にしたのだ。
まあ…そうはいってもアメリちゃんはドラゴンぐらい何人も見た事あるだろう……なんせリリムだからね。
「どんな街だろうね〜」
「うーん…どうやら最近出来た街……って言っても俺達が生まれるより前には出来てる街だからある程度は発展してると思うけど…」
「反魔物領に在った6つの魔物の集落をドラゴンが一つにまとめた街かぁ…やっぱ抗争とかはありそうだよね」
「そうなんだよな…それだけが心配なんだよ。変な事件に巻き込まれなければいいんだけど…」
「まあその時はその時だ。今までだって結構巻き込まれてたりしたんでしょ?」
「あーまあそうだね。ディナマとかエルビとかいろいろあったなぁ…」
ルヘキサと言う街は、元々反魔物領に住んでいた魔物達をドラゴンがまとめあげて創った街との事だ。
それは言葉で言うだけなら簡単にまとめたように聞こえるけど、実際はいろいろと抗争が絶えなかったと思う。
魔物側にとっては自分達の平和な暮らしの為に、人間側にとっては土地を取り返すためにと、争いになる理由は簡単に思い付くもんな……
で、そんな街が今全く抗争が無いかと言えば…まだまだ周りは反魔物領、無いとは言えないだろう。
なので巻き込まれないか心配だ…今までもそこそこ巻き込まれた事あるから余計にだ。
「しかしまあ地図で見ると大きな街だよなぁ…」
「だね〜。本当に元は小さな集落だったのかなぁ……」
「わからないけど、街ってそういうものなんじゃないか?」
「まだかな〜……」
こんな感じに、これから訪れるルヘキサの街について皆と話しながら歩いていた、その時であった……
「魔物め!覚悟!!」
「ん?うわあっ!?」
脇道から教団兵だと思われる剣を持った男が飛び出してきて、私達に切り掛かってきた。
咄嗟に身体を捻らせたから当たらなかったけど…不意打ち過ぎてユウロも反応できて無かったし危なかった。
「な、何!?」
「悪しき魔物どもめ!ここで俺が倒してやる!」
「こらこら、一人で出しゃばるな新米。相手にウシオニがいるのが見えてないのか」
「あ、すみません隊長…」
それどころか、周りからぞろぞろと鎧を着た兵士達が出てきた。
小隊か何かなのか、全部で15人ほど出てきて……私達を囲いだした。
「ちょ、ちょっとなんですかいきなり!?」
「アメリたち何もしてないよ!?」
「……今はしてなくても魔物は悪だし何時かする……ってか?」
「……その通りだ。人間かインキュバスかは知らんが、貴様はよくわかっているな」
「まあ大体教団にいるまともな人間が魔物襲う理由はワンパターンだしな」
「……ふん、まあいい……では覚悟してもらうぞ!」
そして臨戦態勢に入る兵士の人達…
こっちもタダで殺される気は無いから抵抗する準備をするけど…正直多勢に無勢だ。
相手は15人に対して、こちらは私がまともに戦えない為3人……勝てる気はしない。
「アメリたち何もわるいことしてないもん!」
「そういう事で抵抗させてもらう…もちろん死ぬつもりも無いから」
「というか大勢で囲むなよそんなに一人じゃアタイ達を倒す自信がないのか?」
「スズ、挑発はしないで……」
それでもここで命を終わらせる気など私達には微塵も無い。
勝てないとしても…逃げられるように精一杯抵抗する事にした!!
「ワーシープと男は3人で、サキュバスの子供は2人で相手をしろ!そして相手を分散するんだ!また残りの者は俺と共にウシオニを相手するんだ!」
隊長と呼ばれていた人物が全体に指示を出す。
どうやら私とユウロに3人、アメリちゃんに2人、そして残り10人でスズの相手をするつもりらしい。
私達をバラけさせるのは間違ってないと思うし、たしかにウシオニは怪物と恐れられるほどの魔物……一見その指示は的確に思えるが……
「はっ!アタイが一番厄介か…その判断が甘いんだよ!!」
「アメリちゃん!ディナマの時にやってたあの広範囲に電撃走るやつ!」
「わかった!『エレクトリックディスチャージ』!!」
『う、うわあばばばばばば!?』
「くっ!?まさかこんな子供が強力な攻撃魔法を扱えるとは……」
だが私達の中で団体相手に一番強いのは、広範囲に攻撃魔法を放てるアメリちゃんなのだ。
隊長さんの言葉から察するに間違いなくアメリちゃんの事をただの幼いサキュバスと思い込んだのだろう……実際は魔王様の娘のリリムなのにね。
という感じで、全員アメリちゃんから強力な電撃を喰らうなんて思っても居なかったのだろう…隊長さん以外は回避や防御反応が間に合わずまともに電撃を浴びてしまった。
「というかアメリはリリム!」
「あ、アメリちゃんそれ今言わないほうが……」
「リリムだと?なるほど…これは貴様を最優先で狙わないとマズイな……」
「あーあ……皆、アメリちゃんを護るぞ!」
「うぅ……ごめんなさい……でもまちがえてほしくないもん……」
しかし、避けた隊長さんを始め何人かはまともに喰らったのにも関わらず起き上がってしまった。
しかもアメリちゃんがいつものように自分はリリムだって言い張っちゃったから無警戒だったアメリちゃんが一番警戒されてしまった。
「さて…今度はそう簡単には喰らわないぞ……」
「チッ……隙がないのがいやらしいな……」
このままじゃ長期戦になってしまいそう……そう思い始めた時だった。
「『クロッシングマーダー』!!」
「なっ!?ぐああっ!?」
「ん?なんだ?」
突然相手側に黒い線が……いや、斬撃が一本入り、斬られた教団兵達は倒れていった。
いったい何が起きたのだろうとその場で立ちすくんでいたら……
「大丈夫あなた達?」
「え……あ、はい……」
横から女の人の声が聞こえてきた。
声がしたほうを振り返って見てみると……
「えっと…あなたが助けてくれたのですか?」
「そうよ。誰も怪我は無い?」
「うん!ありがとうダークエンジェルのお姉ちゃん!」
そこには蒼い肌、漆黒の翼を持つエンジェル…ダークエンジェルがいた。
どうやらさっきの教団兵達を斬ったのはこのダークエンジェルさんらしい……おかげで助かった。
「ところで、あなた達は旅人か何か?」
「あ、うん。そんなところ。あんたは?」
「私?私はこの先にある街、ルヘキサの自警団の一員の、ダークエンジェルのレシェルっていう者よ」
どうやらこのダークエンジェルさん……レシェルさんは私達が向かっていた街、ルヘキサの自警団らしい。
「さて、こちらの事も話した事だし、ここでずっと長話するのはあまりよろしくないから移動するわよ。少し進んだところに仲間が待ってるからそこまでついてきてもらえるかしら?」
「あ、はい。わかりました」
教団兵の人達は先程の一撃で倒れているとはいえ、軽く気を失っているだけだ。
このままここで立ち話していて起き上がられると面倒なので、私達はレシェルさんの案内でこの場から移動する事になった。
…………
………
……
…
「おーいレイル君、ユウキ!」
「あ、レシェルさん!彼女達は……?」
「ドデカルアの奴等に襲われてたのを助け出したの。ルヘキサに向けて旅してたとこだったってさ」
レシェルさんについて行ってから10分弱。
私達はルヘキサだと思われる街が小さく見える丘で、レシェルさんの仲間だと思われる男性及びサキュバスと合流した。
「なるほど…男の子にワーシープにウシオニ、あと……サキュバスの女の子か……」
「う〜アメリはリリム!!」
「あーやっぱりリリムだったか…アメリちゃんって言うんだな。ゴメンな!」
「いいよ!えっと……」
「俺はレイル。レシェルさんと同じ自警団の人間さ」
男性の方はレイルさんと言うらしい。
なかなかの好青年だと思う…それに、多分奥さんがいるのだろう。
なんか最近魔物の身体に慣れてきたのか、男の人が魔物の奥さんまたはそれに近い関係がいるかどうかがおぼろげながらわかるようになってきた気がする……相変わらず種族とかはわからないけどね。
「それで僕はアルプの祐樹(ユウキ)。最近自警団に入った新人だけど、レシェルさんとレイルさんの足を引っ張らないように頑張ってます」
「ま、実際は足引っ張って無いかは微妙なラインだけどね〜」
「ええっ!?そ、そんな〜!!」
「嘘だって♪ユウキは凄く働いてくれてるし、そんなに足も引っ張って無いよ」
「うぅ……からかわないで下さいよ……」
そして残る一人の自警団新人のサキュバス……じゃなくてアルプはユウキさんというらしい。
たしかに言われてみれば少年っぽい顔つきだな……でも悪魔型の魔物って一目じゃ違い分かり辛いんだよね……
「それでお前さん達は?まだアメリちゃん以外名前聞いてないんだが……」
「あ、申し遅れました。ワーシープのサマリです。危ない所を助けていただき誠にありがとうございました」
「人間のユウロです。助けて下さりありがとうございます!」
「ウシオニのスズだ。アタイ達だけじゃどうなってたかわからなかったから助かったよ!」
「いやいや、礼は全部レシェルさんに言ってくれ。レシェルさんが嫌な予感がするって飛んで行ったから助けられたようなものだし、実際に助けたのもレシェルさんだしな」
レイルさんに言われてから気付いたけれど、そういえば私達はまだ名のっていなかった。
なので私達は順番に名前と感謝を述べたのだが……
「……あれ?」
「ん?どうしましたユウキさん?」
「いや……」
私達の紹介が終わった時点で、ユウキさんが首をかしげたのだ。
「…ねえ君、たしかユウロって言ったよね?」
「あ、はい……………………………………あ?」
「ねえ君、今僕を見て反応したよね?」
「……さあ?何の事です?」
いや、正確にはユウロを見て首をかしげていた。
そんなユウロもユウキさんを見て何か思った事があるらしいけど……露骨に誤魔化し始めた。
「いや、今更誤魔化しても意味無いよ……もしかして君って……」
「いやいや人違いですよ俺はユウロですもん」
「……まだ何も言ってないのにそういうって事は合ってるんだね」
「…………」
更に問い詰められて、更に露骨な誤魔化しをフライング気味にしてしまったユウロ。
もしかしてユウキさんとユウロは知り合いなのか?
なんて思っていたら……
「やっぱり君は、3年前に行方不明になってた吉崎君なんだね!」
「……な、何の事やら……」
「誤魔化しても無駄だよ!君はどこをどう見たって僕と同じクラスだった吉崎悠斗(よしざきゆうと)君じゃんか!」
「い、いや…だから違いますって……」
「ほら、僕は女の子になっちゃったけど、君と同じクラスの友達だった脇田祐樹(わきたゆうき)だよ!」
「い、いや、だから知りませんって……」
聞き慣れない……けど、どこかで聞いた事あるような呼び方でユウロの事をユウキさんは呼んだ。
「よし」なんとか…たしかジパングに来たばかりの時にカラステングさんがユウロの事をそう言っていた気がする。
それに3年前に行方不明になってたって……つまり……
「ユウキさんとユウロは同郷?」
「うん!僕と吉崎君は同じ日本出身…って言ってもわからない?」
「日本?それどこ?」
「なるほど……ユウキ以外にも居るものなんだ……」
どうやらユウロもユウキさんも日本という街出身らしいが……全く聞いた事無い。
名前の感じからしてジパングっぽいけど……いったいどこら辺にあるのだろうと思っていたら……
「えっとね……こことは違う世界って言ったらわかるかな?」
「……え!?」
「は!?」
「うそぉ!?」
なんとこことは違う世界……つまり異世界だと言われてしまった。
つまり、ユウロは……今までの旅で会った人で言うなれば、ユウタさんやシンヤさんと同じような場所出身だという事になる。
「そうなのユウロ?ユウロって異世界人だったの?」
「へ?いやだから何の話?」
「ユウロって誤魔化し下手だな…つまりそういう事なんだな?」
「何勝手に納得してるんだよ違うって言ってるじゃんか。ユウキさんが勘違いしてるだけだって」
真相を本人に聞いてみようとしても下手な誤魔化しばかりしてハッキリと言おうとしない。
誤魔化しってわかるのは……さっきからユウロの目が泳ぎっぱなしだからだ。
「ん〜……ねえユウロ君……」
「はいなんですか?」
と、ここでユウキさんが何か思いついたのか、ユウロに静かに話しかけて……
「今から自販機でジュース買ってきて」
「嫌ですよ!というか自販機なんてここら辺にあるんですか?」
「無いよ」
「じゃあいきなりなんですか!?俺はあなたの知り合いじゃないですって!!」
いきなりよくわからない会話を始めた。
何やらユウキさんがユウロに何かでジュースを買ってきてと頼んだっぽいけど……
「あのー……自販機ってなんですか?」
「自販機ってのは自動販売機の事でね、この世界には無い物だよ」
「……しまった……」
「そう、なんでユウロ君はこの世界に無い物の事を知ってるんだい?形とかなら他の別の世界から来た人に聞いたとか言えるかもしれないけど、全く疑問に思う事無く自販機の事は認識出来てたよね?」
「……」
どうやらこの世界には無い何かお店の事らしい。
自動って言ってるから人がいない販売店とかかな……?
まあそれはいいとして、ユウロはその自販機なるものについて知っている様子だった。
この世界には無い物を知っているという事はつまり……
「やっぱり君は……吉崎君なんだね?」
「……ああそうだよ……なんで脇田がここに、しかもアルプになっているんだよ……」
ユウロはユウキさんと同じ、異世界の日本って場所の出身だという事だ。
「じゃあユウロお兄ちゃんは別世界の人なの?」
「……そうだよ。俺はたしかに3年前にこの世界に飛んできた別世界の人間だよ……」
「本当なんだ……じゃあなんで今までその事を黙ってたの?たしかアレスに遇った時も自分の事じゃない風に言って誤魔化してたしさ、何時ぞやのカラステングさんの時だって……」
「別に……言いたくなかったし、言う必要もなかったからな……」
墓穴を掘った事でようやく自分がユウキさんの知り合いの異世界人だと認めたユウロ。
これで前にユウロが故郷には物理的に帰れないって言っていた理由がわかった……別の世界ならば転移魔法でも使えない限りそうそう帰れる場所では無い。
更には何時ぞやのカラステングさんが3年前より前の情報が無いと言っていたが、それはユウロが3年前まではこの世界にいなかったからだろう。
それにおそらくかなり前に言っていた「よく知っている異世界から来た人物」というのは自分の事だったんじゃないかな。
「まあユウロが異世界人、しかも本当はユウトって名前だったのに変えた理由とかは後々追求するとして……」
「おい……まあそれくらいだったら別にいいけど……」
「別にいいなら聞くとして……ついでですし、ルヘキサまで案内してもらえませんか?」
「もちろん最初からそのつもりだったけど?それにユウキと同じ別の世界の子もいるのなら色々と聞いてみたい事もあるしね」
「ええ〜レシェルさん達にも話をする流れですか?」
「あ、嫌ならいいけど。ドラゴンである団長にすぐ合わせてあげようと思ったのにな〜……」
「……わかりましたよ。じゃあ向かいながら話しますよ……」
半ば諦めと呆れた表情をしているが、一応ある程度の事は話してくれるつもりらしい。
という事で、私達はルヘキサに向けてレシェルさん達と歩き始めたのだった。
…………
………
……
…
「……で、どうして名前を変えたりしたの?というかどうやって世界を移動したの?」
「んーと……俺の話をする前にさ、脇田、どうしてお前がこっちにいるのか教えてくれよ」
「えっ僕?わかったいいよ」
現在14時。
私達はレシェルさんやレイルさん、それとユウキさんの案内でルヘキサに辿り着いた。
街中はどちらかというと魔物の方が多い感じだ……スライムやフェアリー、それにサキュバス(のはず)が仲良く喋りながら歩いていたり、ワーバットが路地裏で男の人とエッチな事してたり、エンジェルとダークエンジェルとリザードマンとグリズリーとインプの子供が人間の男の子2人と女の子1人と計8人で仲良く遊んでいるのが目に入った。
ちなみにエンジェルとダークエンジェルの二人の女の子はレシェルさんの妹さんの娘らしい…というか、レイルさんの実の娘との事。しかも妹のダークエンジェルの方はアメリちゃんと同い年だとか。
街そのものの様子も結構賑やかだ……武器屋に食料品売り場、それに呉服屋や(健全な)玩具屋などさまざまなお店が並んでいる。
そして私達が今向かっているのは、レシェルさん達が所属している自警団の本部である。
どうやら街の中心部にあるらしく、結構歩いているがまだ着かないようである。
という事で私はユウロから色々と事情を聞き出そうと思ったのだが……その前にとユウキさんの話になったのだ。
「んーとね〜…まず最初に言っておくと僕は一人で来たんじゃなくて、今は僕の夫になってる陽太(ヨウタ)って大学の同じサークルの子と一緒にこっちの世界に飛んだんだ」
「ふーん…そうか、3年前が高校2年だったからもう大学生だったか」
「そうそう、僕達がこの世界にやってきたのは4か月前かな…部室に置いてあった本に書かれていた事を興味本位で試したら……」
「こっちに来てたって事か…その本ってあれか。サキュバスの絵が載ってる茶色い本か?」
「そうそう、たしかそんなのだったよ。吉崎君もその本に書かれていた事をやったの?」
「まあな……」
どうやらユウロもユウキさんも、ユウロ達の世界にあった本に書かれていた何かを試したらこの世界に飛ばされていたらしい。
「本にかかれていたこと?」
「そうだよ。僕の場合は多分吉崎君と違って一緒にこっちに来た陽太と興味本位で試しただけなんだけどね……」
「それってどんな事が書かれてたんだ?」
「えっとね……」
……………………
「えっと……黒酢を四方に置いて……」
「おーい陽太ー。こんな所で何してるの?」
「ん?おお、祐樹か」
それはある晴れた冬の日の事だった。
この日は丁度大学も休みだったけど、僕は陽太に呼ばれて大学内にある人気の無い雑木林の中に行ってみた。
「ねえ何これ?何してるの?」
「ああ…えっとな、この本なんだけどさ……」
「あーそれって部室に放置してあったよくわからない本だよね。持ち出したの?」
「おう。誰も手を触れないから気になってね」
そこで陽太は地面によくわからない模様…今思えば転移魔法系の魔法陣だった…模様を描いて、更には周りに黒酢をビンに入れて四方を囲むように置いていた。
そんな奇妙な事をしている陽太の手の中には、部室の隅にぽつんと置かれていたハート模様がいくつも書かれていた茶色の本があった。
「でもその本ってたしか……」
「そう、夏休みに居なくなった先輩が読んでた曰くつきの本だよ」
「だよね……なんか怖いんだけど……」
しかし、その本は僕達のサークルの先輩の一人が、行方不明となる前日に読んでいた本だった。
普通に考えた場合突拍子もない考えだが、先輩はその本が原因で居なくなってしまったのではないかと僕達のサークルでは噂になっていた。
なぜならば……
「だから今試してるんだって。『幸せを掴みたいあなたへ』ってところに書かれた嘘くさいものをね」
「そのよくゲームとかで出てきそうな魔法陣みたいなものでしょ?」
「そうそう、これで何も起きなければ先輩が消えたのはこの本と全く関係の無い事だってわかるし、マジで何かが起きたらそれはそれで面白そうだしね」
「面白くは無いと思うけど……」
かなり嘘くさいが、その本に書かれているのは数々の呪いや空想生物の姿、それと最後のページに大きく書かれている魔法陣らしき模様だった。
しかもその魔法陣のページのタイトルは『幸せを掴みたいあなたへ』って書いてある…だけならまだいいのだが、どういう事かそのページを見た人によってタイトルが変わるらしいのだ。
実際他の人の話では、そこのページのタイトルは『モテたいあなたへ』だったりとか『この世界が嫌になったあなたへ』とか『遠くに行きたいあなたへ』とか、挙句の果てには『人外娘が好きなあなたへ』だったりしたらしい。
まあこれも今思えばどこかの誰か魔物がそう魔術を施したのだろうとは思うが……当時は見た人によってタイトルが変わるだなんて気味が悪くて誰もその本の事を気に掛ける事は無くなっていた。
そんなものを陽太は試そうとしていた。
「まあまあ、そう言わずに祐樹も手伝ってくれよ」
「いいけど…もし先輩と同じように僕達に何か起きたら責任取ってよね」
「おう!って言ってもそう何かが起こるとは思えないけどね」
そうやって陽太は言ったけど、僕は過去にも似たような前例を聞いた事が……そう、吉崎君が行方不明になった時の場合と似ていたからとても不安だった。
「で、何すればいいの?」
「そうだな…必要な準備は大体終わったから、あとはこの呪文みたいなのを言うだけだ」
「これ?二人で言う必要あるの?」
「ほら、ここに『複数人いたほうが効果的です』って書いてあるしさ。二人同時に言おうぜ?」
「わかったよ……じゃあ……」
そしてその不安は……
「せーの……」
「「『くかかせけめめのなすらこにみいるとちのなすちるみいるませめ』!!」」
「ど、どうだ……!?」
「え、え、な、何!?」
僕達が今この世界にいる事からわかると思うけど……
「う、うわあああああああああっ!?」
「なにこれえええええええええっ!?」
ものの見事に的中して、僕達は魔法陣から発生した光に飲み込まれたと思ったら…
「………あれ、ここどこだ?」
気がついたら僕は一人で全く知らない場所で……このルヘキサの近くの草原に陽太と離れ離れになって気絶して倒れていた。
「僕一人どこかにテレポートしたとか?いやまさかそんな夢じゃないのに…」
ガサガサッ!!
「…ん、何の音だ?」
そして状況を把握しきる前に、背丈ほどある草を掻き分ける音が聞こえてきて……
「男の子はっけ〜ん。やっぱりこれが精の匂いなんだ〜」
「え……えっ!?」
その草の間から出てきたのは、紅い瞳に栗色の長い髪の毛、そこそこ大きい胸を持った女の人…ここまではいい。
だが、その女の人は何か液体に濡れた薄桃色の尻尾と蝙蝠みたいな翼、それに小さい角を頭から生やして桃色の体毛が身体や手足を覆っていた。
そう、レッサーサキュバスさんが現れて……
「ハァハァ…もうお腹空いて我慢出来な〜い♪いただきまーす!」
「へ!?えっちょっとまっ!?」
「いーじゃん私に精子ちょーだい♪」
あっという間に下半身を裸にされて、強姦されてしまったんだ。
それはもうなんというか……童貞には天国を越えて地獄のセックスだった。
3回ほど膣内に強制中出しされた辺りで僕は気絶しちゃって……
「うーん…………はっ!?」
この世界にやってきた時は真昼だったけど、気絶から回復した時はすでに日が落ちていた頃だった。
そして……
「ふぅ〜良かった〜……ん?んんっ!?」
レッサーサキュバスさんが居なくなっていた事に気付き、安堵のため息を吐きながら胸に手を持って行ったところで……触った胸が柔らかい事に気づいて……
「あ、あれ……なんで女の子になってるの!?」
自分の身体が女の子のものになっているって気付いただけじゃなく……
「ってあれ?これ角?っていうか翼に尻尾も!?」
自分の身体からレッサーサキュバスさんのように…って言っても元々この色だけど…角や尻尾、翼が生えている事にも気付いて……
「ど、どうなって……ん?なんだこれ?」
『誰か知らない貴方へ。
まさか男性がサキュバスに成るなんて思わなかったの。
本当にごめんなさい!
更に言うと魔物化したらもう人には戻れないのよ。
なので貴女がサキュバスとしての幸せを掴める事を願うわ。
私もサキュバスとして幸せに生きていくわね。
それじゃあ私は自分と同じような事になっている人達を助けに行くわ。
PS.貴方の精子良かったわ。おかげで完全なサキュバスに成れて理性も取り戻せたわ。
ごちそうさま♪ありがとうね! 』
「……えー……」
自分の近くに落ちていた、そのレッサーサキュバスさんもといサキュバスさんが書き残した手紙を読んで茫然とした後……
「これからどうしよう……とりあえず陽太を探さないと…………陽太?」
陽太の事を考えたら胸がキュンとなって、下腹部が疼いてきちゃって……
自分が陽太の事を好きだって気付いて……
「陽太〜♪」
一先ずオナニーした後に陽太を探しに行って……
……………………
「それで反魔物領のドデカルアに飛ばされていた陽太をなんとか見つけ出して、すごく強い侍さんに追われながらなんとかルヘキサまで逃げてきて団長さんに助けてもらって、陽太と毎日シて使えるようになった魔術を駆使して自警団してるんだ」
「へぇー」
「ちなみに陽太はこの街で学校の先生みたいな事をしてるんだよ。子供達に勉強を教える姿はもうカッコよくて……」
「あー旦那の自慢はまた後でいいよ」
「むぅ……」
とりあえず長くなりそうな旦那さん自慢は打ち切らせてもらうとして、ユウキさんがどうしてアルプになってここにいるかの事情を聞いた。
どうやら不思議な本に書かれていた転移魔法、それと謎の呪文を唱えた事によってこの世界に強制転移されてしまい、そのままレッサーサキュバスに襲われて魔物化、そして一緒に来た人を『ドデカルア』って街で見つけルヘキサに来たという事か……
「ユウロも似たような感じ?」
「ん、まあな。俺の場合は別の場所の教会付近だけどな」
「へぇ……」
そしてユウロも似たようなものだったらしい。
ユウロも幸せを掴みたくてその本の内容を試したのだろうか?
なんて思ってたら……
「ま、俺の場合は『居場所を失ったあなたへ』だったけどな……」
「…………」
おそらく聞こえたのは私ぐらいしかいないような程小さな声で、気になる事を呟いたユウロ。
「それでユウロ、どうして名前を変えたの?」
「ん、ああ。それは……まあこの世界に来て最初に会った神父さんに名前を言った時に聞き間違えられてそのまま…まあいいやって思ってね」
「えっ!?それでいいの!?」
「まあ別に…悠斗って名前に思い入れがあったわけじゃないし、名前を変えた事でこの世界の住民になれたような気もしたからな」
でも私はその事には触れず、本来の目的であった名前を変えた理由を聞きだした。
だって……その呟いた声はどこか寂しそうで、悲しそうな声だったから…私はその事を聞きだす事が出来なかった。
=======[ユウロ視点]=======
「あ、ドラゴンのお姉ちゃんだ」
「おお〜っ!!本物のドラゴンだー!!」
「凄くカッコいいー!!」
「めっちゃ強そう!!」
「……なんだこいつらは?」
「団長…というか、ドラゴン見たさにこの街まで旅をしていてさっきドデカルアの奴等に襲われてた旅人達です」
「そうか……まあ褒められてるから悪い気はしないが……」
脇田達に案内されて俺達はルヘキサの自警団の本部に着いた。
自警団員だと思われるリザードマンやサハギン、それにネコマタなど様々な魔物や、もちろん人間の男女もそこには居た。
そこで少し待つように言われて、レシェルさんが連れてきた人物は……
「我はトロン。説明されたと思うが、この街の領主兼自警団の団長を勤めている」
「あ、どうも」
手足が緑色の鱗で覆われ鋭い爪が付いており、頭からは2本の角、そして背中からは1対の翼、腰からは長く太くしなやかな尻尾が生えている、まごう事無きこの世界でのドラゴンだった。
そのドラゴン…ルヘキサ自警団の団長であるトロンさんが名のったので、俺達も順に自己紹介をした。
なおアメリちゃん以外は俺を含め皆トロンさんを目を輝かせながら見ているが、見られている本人はまんざらでもなさそうなのでもっと見させてもらおう。
「それでレシェル、サマリ達を襲ったドデカルアの兵士達はどんな奴らだったのだ?」
「ただの雑魚だった。眼鏡の少年勇者でなければサーベル持った奴や侍の兵士でもなかったわよ。もちろん司祭達でもない」
「そうか…なら良かったが、奴等と対峙する時は慎重にな」
「ええ、もちろん」
そんな俺達の様子を他所に、レシェルさんと確認をし始めたトロンさん。
レシェルさんはここの自警団に入ってから長く、いうなればベテランなのでトロンさんからの信頼も人一倍強いのだろう。
しかし…今の話の中に気になるワードが……
「眼鏡の少年勇者……」
「ん?気になるのか?」
眼鏡の少年勇者…それとサーベルを持った奴……その二つはどこかで見覚えがあった。
「それって…エルビさん?」
「ああ、勇者はたしかそんな名前だったな……なんだ知り合いか?」
「いえ……」
やはり、ジパングの祇臣で遭遇した勇者…エルビだった。
という事は、おそらくサーベルを持った奴ってのはチモンの事だろう。
「知り合いというよりは、前に一度ジパングで対峙した事があるので…」
「なるほど…奴等ジパングに行っていたから最近まで見掛けなかったのか……」
どうやらあいつらはこの街の近くにあるドデカルアの教団に所属しているらしい。
これはまた面倒な事になりそうな予感がする……
「この前酷くやられていたミノタウロスもきっとあの眼鏡のせいだと思うけど…」
「そういえばそのミノタウロスはまだ意識は回復しないのか?」
「アフェル達が頑張ってますが…とりあえず一命は取り留めたようですが……」
「ふむ……同時期に襲われて逃げ込んできたワーウルフの夫妻の話といい、最近は妙に教団の奴等活発に動いているな……」
しかもここ最近で襲われた魔物も居るとか……
しかしエルビが魔物を襲うか……俺の予想だったらあいつが魔物を進んで襲うとは思えないが……
「まあ現状がわからない今下手に対策を立てようとても難しいか……」
「そうですよね……今は見回りを強化して、相手が何を仕掛けてきても対抗出来るように心掛けるぐらいですね」
「だな…最悪戦争なんかに成りかねないな……そうなると人手が足りないこちら側が不利だし、どうしたものか……」
とにかく今のルヘキサは物騒な状況であるらしい。
何事かが起こる前に街を去った方が良いかなぁ……と思った時だった。
「ねえねえトロンお姉ちゃん」
「ん?アメリだったか…なんだ?」
「アメリたちも手伝うよ!」
『……は?』
アメリちゃんが突然手伝うと言い出した。
誰もが予想しなかったアメリちゃんの言葉に、この場にいる全員が首をかしげていた。
「だってアメリエルビさんのことゆるせないもん!だから見回りとかアメリたちも手伝う!」
「……あのなぁアメリ、これはお遊びじゃないんだぞ!」
「わかってるよ!」
手伝うというのは、おそらく自警団の仕事……更に言えば教団との戦いの事だろう。
もちろんそんなものに俺達を巻き込むつもりなど無いだろう…トロンさんはアメリを窘めるように怒鳴り出した。
人間女性のような姿をしているとはいえ流石ドラゴン、もの凄い迫力である。
「でもアメリ魔物がひどい人の手できずつくの見たくないもん!」
「だがなあ!」
「それに今人手が足りないって言ったじゃんか!アメリたちエルビさんとたたかったことあるし足はひっぱらないと思うよ!」
「そ、そうかもしれないが……」
「それにアメリやお母さんは人間さんと魔物が仲良くくらすことをのぞんでいるんだもん!そのお手伝いでもあるもん!」
「い、いや、それはわかるが……」
しかし、アメリちゃんがそれに全く怯む事無く強く主張し続ける……流石リリム、魔王の娘はドラゴンよりも格上である。
そんなアメリちゃんの顔を真っ赤にしながら言う主張におされ、段々と力強く言えなくなってきて……
「だからアメリたちも手伝う!いい?」
「あーわかったわかった!じゃあ貴様達にも手伝ってもらう!これでいいな!!」
「あ、まあ……どうせこのまま旅をしようにも危険だろうし、俺達もこの問題が解決するまでは動かない方が良いかなって思いましたし……」
結局アメリちゃんに言い包められるような感じで、俺達は自警団の仕事を手伝う事になった。
まあよく考えてみれば、最近活発になっている教団に見つからずこの街を離れるのは難しいだろうし、安全になるまでは心強い味方となる自警団の手伝いをしていたほうがいいかもしれない。
「じゃあ俺は脇田……祐樹と一緒に見回り行ってきます」
「え、僕と吉崎君が?」
「折角同郷の奴とあったんで色々話そうかと……駄目ですか?」
「……いや、いいだろう。見たところお前もそこそこはやれそうだし、エルビの様なヤバい奴に合わなければ2人で大丈夫だろう」
という事で俺は脇田と一緒に見回りする事にした。
こいつと2人きりならまあ他の皆には聞かれたくない話もできるし、丁度良いだろう。
「じゃあ私とレイル君、それにスズちゃんで見回りしましょうか」
「アメリは?」
「アメリはもうすぐ報告で一時的に戻ってくるペアと報告を聞いた後行動してもらう。それまでは大人しく待機だ」
「わかった!あ、サマリお姉ちゃんはどうするの?」
「私は……戦えないので何か皆さんのサポートをしたいのですが…家事能力ならあります」
「そうか……なら清掃員達と本部の掃除を、その後で保護している人達や団員達の為の食事を作るのを手伝ってくれ」
「了解です!」
他の皆もそれぞれやることが決まったし、俺は脇田と見回りに出る事にしたのだった……
…………
………
……
…
「それで吉崎君、さっきは聞けなかった事聞いてみてもいいの?」
「ああ……ただまともに答えるとは思うなよ。答えたくない事には答えないからな」
「わかった」
俺は脇田と供にルヘキサの東にある森林地帯を見回りしていた。
ある程度は他愛の無い話をしていたが、ここで唐突に脇田が質問をしてきた。
「吉崎君さっきは名前を変えたからこの世界の住民になれた感じがしたって言ってたけど……もうあっちの世界には未練はないの?」
しかも、結構核心をついてくるような質問をしてきやがった。
なんて答えようか……
「そうだなぁ……ほぼ無いってのが正解だな。唯一友達と言えなくも無い関係だったお前もこっちにいるわけだし、他はもう見離されてたしな」
「……そうなの……」
未練が無いとは言い切れないけど……それでもあるわけじゃないからこれでいい筈だ。
「じゃあさ…山本さんの事はもう大丈夫なの?もう忘れる事が出来たの?」
「……悪いけどそれには答えたくない…というか答えられないな……」
「……そう……」
山本さんの事は…未だに俺の中で整理がついていないから答えようがない……
どちらにせよもう俺には関係の無い世界の事だ…そう頭の中では思っているつもりでも、あの人の顔が脳裏にちらつく度に後悔が襲ってくる。
謝れなかった事や……感謝を言えなかった事を後悔して……それに、俺のせいだって思ってしまって……なかなか忘れることなんか出来ない。
「でもまあ楽しそうに彼女達と旅をしてるようでよかったよ。友達として嬉しく思う」
「まあ旅は楽しいよ。あいつらだっていい奴等だしな……あ、あいつらに余計な事言うなよ」
「わかってるよ。特に出生の事は、でしょ?」
「……わかってるならいい……」
それでも、今サマリ達と旅している俺は心の底から楽しめていると言える。
物珍しい物を見ている時やサマリの飯を食べている時は辛い事を思い出さないで済むのは凄く助かる。
アメリちゃんの笑顔を見てる時やサマリと話をしている時は、心がもの凄く安らぐ。
だからこそ…だからこそ俺の過去は知って欲しくない。
知ってしまったら…また人を傷付けそうで……それにまた見捨てられそうで……怖い。
「さて、これ以上この話をしても吉崎君が困るだけだし、ここは陽太についての話を……」
「お前旦那自慢したいだけだろ」
「あ、わかっちゃった?でも世の中の魔物娘なんてそんなものだよ」
「だろうな…旅の途中で出会ったアメリちゃんのお姉さんで旦那持ちの人は大体そんな感じだったよ」
「ははは……」
そんな俺の心情を察してくれたのか、ただ自分の旦那の自慢をしたいだけかはわからないが話題を変えてくれた脇田。
孤立していた俺と仲良くしてくれただけあってやっぱりこいつは良い奴だ……
だからこそ……
「さて、無駄話はここまでにしておこうぜ」
「え?どうしたの急にそんな真剣な顔して……」
「俺さ、つい最近までは教団の勇者やってたってのはさっき話したよな?」
「うん…それがどうかしたの?」
「その時にある程度殺気とかの気配は気付けるようになったんだけどさ……その殺気が俺達に向けて強く向けられてる」
今俺達に向けられている強い殺気から、少なくともこいつは護り通さねえとな。
「え!?って事はつまり……」
「ああ……おそらく教団の奴が俺達をどこかから見てる……」
丁度山本さんの話をし始めた時から感じていた強い殺気……どこから向けられているのかはわからないが、それでも教団の…しかも強い人が向けているという事はわかる。
「どこのどいつだか知らないが殺気がだだ漏れなんだよ!隠れてないで出てこい!」
ただこのままではどうする事も出来ないので、こちらは存在に気付いているから出てこいと叫んでみた。
「……ほう、私の殺気を感じ取るとは……ここらでは見掛けない顔だと思っていたが、どうやら手練な助っ人らしいな……」
「ジパング人のおっさんか……」
そしたら案外素直に、木々の間から刀を身に着けているジパング人の30代後半ぐらいの男性が現れた。
「げ……吉崎君気をつけて……」
「ん?どうした脇田……」
「僕がこの世界に来てからの出来事の話覚えてる?その時に言った、僕と陽太を追っていたすごく強い侍さんだよ…」
「なっ!?」
「ついでに言っちゃえばレシェルさんが言っていた侍の兵士でもあるよ…」
「マジかよ……」
しかも感じた通り、かなりの強者らしい…
二人で何とかできるかと言えば…正直微妙だ……
「さて妖怪……貴様はまた人間を誑かすのか?」
「う、うわぁ……」
それどころか、おそらく酷い目に遭わされたのだろう…脇田は恐怖に震えていた。
「バーカ俺は脇田との旧友なだけだ。そんなんじゃねえよ」
「ほう……では自ら進んで妖怪共の味方を……愚かな……」
「うっせえ自分で確認せずに教団の事を馬鹿正直に信じて魔物を悪だと決めつけてる奴の方がよっぽど愚かだね……おい脇田」
「な、何吉崎君…」
「今のお前じゃあ足手まといだ。だから急いでここから離れて援軍を呼んできてくれないか?」
「わ、わかった……吉崎君も気をつけて……」
「おう、まかせろ!」
そんな脇田を庇いながら戦うのは流石に厳しい…だから俺は相手を挑発しつつ、脇田をこの場から逃す事にした。
でもただ逃すだけだと俺が辛いので、援軍を呼んできてもらう事にした。
脇田もそれがわかったのか、特に文句などを言う事無くかなり速いスピードで本部の方に飛んで行った。
「さておっさん、俺が相手だ!」
「……愚か、か……あははははは!」
「な、なんだ?」
脇田が無事逃げていった事を確認してからおっさんの方に集中したら……おっさんは突然高笑いし始めた。
そして……
「愚かなのはやはり貴様だ!妖怪は悪ではないと騙されているのだからな!!」
「はあ!?」
「自分で確認した事無い?笑わせるな!!妖怪は私の娘、桜を殺した悪だと確認できておるわ!!」
「え……!?」
とても信じられない事を、おっさんは口にしたのだった。
「桜は、私の目の前で……妖怪ウシオニに殺された!!」
「なんだと……何かの間違いじゃねえのか?」
「間違いだったらどんなに良かった事か!!でも…一年前に桜が殺されたのは事実だ!!しかも死体すら残らないように殺したんだああああ!!」
「おっと!そう簡単に当たるかよ!」
そしてそのまま、怒りにまかせて突っ込んできた。
流石にそんな大振りは当たらない……俺は楽々横に飛び避けた……筈だった。
「甘い!!」
「なっ!?ぐおっと!!」
だが、縦に振り切る最中に突然軌道が変わり、横に飛び退いた俺の腹を斬り裂いた。
咄嗟に身体を折り曲げた事で幸いにも服が切れただけで済んだが、あと少しでもタイミングがずれていたら俺は真っ二つになっていた。
「死体が残らないようにだと?それじゃあ本当に死んだのかわからねえじゃねえか!!」
「ふん!崖から突き落とされて生きている人間がいるわけ無かろうが!必死に探したが、落下したと思われる場所にあったのは血の跡だけだった!どうせ妖怪は人を殺さないと思わせる為に死体を隠蔽したのだ!!」
「くっ……」
おっさんの話を考えてみたが…不可解な部分が多い。
しかしおっさんは魔物が自分の娘を殺したと絶対なる自信を持っている……これは説得でどうにかできるような相手ではなさそうだ……
「ちっ仕方ねえ……出来るとこまでやってやらあ!」
「来い!妖怪に肩を貸す人間の屑など私が成敗してくれよう!!」
相手の方がおそらく実力は上…俺が勝てる見込みは薄い……
それでも、せめて脇田が援軍を呼んでくるまでは一人でこのおっさんを相手にしなければならないので、俺は決死の覚悟で相手する事にしたのだった……
=======[スズ視点]========
「くそっ間に合えばいいが…!」
レイルさんやレシェルさんとルヘキサ内の見回りをしていたら、突然ユウロと一緒にいたはずの祐樹さんが慌てた様子で飛んできた。
ユウキさんから話を聞いたら、どうやらかなり強い教団の侍と一人で対峙しているとの事だった。
それを聞いたアタイは他の二人よりも速く街中を、そして森林地帯を跳ぶように駆け抜けていた。
とても強い相手に一人で立ち向かうなんてかなりの無茶だから……急いでユウロと合流しないといけない。
「はぁ……あ、あれか!?」
祐樹さんに聞いた場所目掛けて木々の間を跳び抜けたら…ユウロと黒髪の男が戦っているのが見えた。
どうやらユウロはまだ無事のようだが……所々血が流れているのが確認できるので、おそらくかなりおされているのだろう。
「おいユウロ!大丈夫か!?」
「はぁ……この声はスズか……マズいスズ!!こっち来るな!!」
「何言ってるんだユウロ!アタイも助太刀するよ!!」
ユウロを確認できたので声を掛けたら、こっちに来るなと言われてしまった。
そんな不利な状況下で何のつもりなのかは知らないが、助太刀しないとユウロが死んでしまうかもしれない中では素直に聞いていられなかった。
「バカ!お前が来ると……」
「ほう……これはこれは……まさかウシオニがいるとはなぁ……」
「なっなんだ?」
だからアタイはユウロのすぐ横に着地したのだが……アタイを見た途端にユウロが相手していた男の様子がおかしくなった。
いったいなんだろうと見ていたら……
「私の娘を殺した者と同種が現れてくれるとは……無残な姿で殺してやる!!」
まるで肉親の敵のように……いや、発した言葉からすればまさに肉親の敵なのだろう……アタイを射抜くように睨みつけてきた侍。
それはまさに鬼と言えるような形相だ……アメリが見たらきっと怯えて泣きだしてしまうかもしれない程だ。
実際アタイの隣に立っているユウロの頬に冷や汗が垂れている……それだけ怖い……はずなのだ。
それでも……アタイはその眼を、その姿を見て真っ先に感じたのは恐怖では無く……何故か懐かしさと暖かさだった。
自分でもおかしいと思うけど……何故だかそう感じるのであった。
「くっ……」
それでも威圧してくるものがあるので、アタイは思わず後ろに大きく後退りした。
リーン……
それと一緒に、アタイの腰に着けてある鈴が小さく鳴った。
小さいと言っても辺りは静かだから、この場にいる全員の耳に聞こえただろう。
だから……
「……貴様!!何故その鈴を身に着けているのだ!!」
「へ?この鈴の事?」
「そうだ!それは私の娘の……桜にあげた我が家に伝わる御守りだ!貴様ごときが持っているはずの無い物だ!!」
目の前の侍がこの鈴の事について、怒りを露に説明してきてもおかしくはない。
「さく……ら……?」
「そうだ!何故桜にあげた鈴を貴様が……もしや!!」
でもアタイは、この鈴が何かというよりも、この男が口にした娘の名前が妙に引っ掛かった。
『い……痛……い……』
『死に……たくない……』
『あり………がとう………』
「……!?」
「貴様かあっ!貴様が桜を殺したウシオニかあああっ!!」
アタイの脳内に突然、女の子の声が響いた。
しかも、今にも死んでしまいそうな、か細い声だった。
「娘の仇めえっ!死ねええええええええええっ!!」
「……はっ!しまっ……!?」
突然響いた声に…突然出てきた記憶に混乱していたアタイは、男が斬りかかってきたのに反応が出来なかった。
「させるかあああっ!!」
キィィン!!
しかし、ユウロが咄嗟に男が持つ刀を弾き飛ばし、アタイは大事に至らなかった。
そしてその飛ばされた刀は、アタイの近くの地面に突き刺さり……
『刀を使いこなす父ちゃんってカッコいいな〜!』
『無茶はしないでね父ちゃん……』
『ほら!父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ!』
「まただ……何なんだこの声は……!?」
その刀を見ていたら…またアタイの脳内に声が響いた。
今度はさっきと違って、元気な女の子の声が……
「くっ!邪魔をするなあ!!」
「ぐああっ!!」
「ユウロ!!」
アタイへの攻撃を邪魔された男は、思いっきり右腕を振り上げユウロに殴りかかった。
咄嗟に避けようとしたものの間に合わず頬を殴られたユウロは、そのままアタイの後ろまで飛ばされてしまった。
飛ばされたユウロの無事を確認しようと勢いよく振り向こうとしたら……
リーンリーンリーン……
その分激しく鈴の音が響き……
『大丈夫!だってアタイは父ちゃんの娘だから!!』
『この先の町が父ちゃんに仕事を依頼した人がいる町なんだね…どんな町かアタイわくわくしてるよ!』
『うーだって野菜美味しくないもん……』
『アタイにこんな綺麗な名前はもったいないよ…自分で言うのもなんだけど、アタイお転婆だしさ』
『いいじゃんかジパング人でもお肉美味しく思うんだもん!!』
『ねえ父ちゃん…母ちゃんってどんな人だったの?』
『父ちゃん、アタイの名前ってもしかしてそのままこの木から採ったの?』
『危ない父ちゃん!!』
『アタイを……妖怪に……?』
『いいよ……それで死ななくていいんでしょ?』
『あ……ああ………』
「…………」
「くそ……今度こそ貴様を……桜の仇を……」
そして、アタイの脳内に……
今まで空っぽだった部分が……唐突に埋まっていった。
「くそ……いてぇ……スズ、逃げろ…」
「…思い……出した……」
「へ?」
そう……アタイは……
「思い出したんだ……全部、今まで忘れていた事を!!」
「なんだって!?」
消えていたはずの記憶が全部蘇った……
「そうだ……全部思い出したんだ……」
それは、アタイが……
「名前も……記憶も……そして……」
元々ウシオニでは無く、人間だったという事を……
「アタイは……アタイが……」
どうしてウシオニになっているのかという事を……
「アタイが桜だよ父ちゃん……」
「な、なにいっ!?」
アタイが目の前の侍の……猪善父ちゃんの娘の……
桜だと言う事を……思い出したのだった。
12/11/17 23:53更新 / マイクロミー
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