旅行0 きままな旅の軌跡
「わああああん……ひっ!? だ、だれ!?」
「……えっ!?」
この物語は、旅に憧れる17歳の人間の少女と、旅をしている8歳の幼き王女が出会ったところから始まりました。
「何でアメリちゃんはこんな場所に居るの?」
「アメリ?アメリは今一人で旅してるの! アメリはお姉ちゃんたちに会うために旅してたんだ」
幼き王女……リリムのアメリちゃんは自分の見知らぬリリム、つまり姉達を探すために旅をしていたのですが、一人でいたところを勇者に襲われ逃げた結果、お姉さん達の居場所がわかる魔法の地図を失くし、迷子になっていました。
「ねぇアメリちゃん。お姉さん達がどこにいるかわかる?」
「わかんない。どうしよう……」
「だったらさ、私と一緒に旅しない?」
「えっ? サマリお姉ちゃんと?」
そんなアメリちゃんを人間の少女こと私……サマリは、自分と一緒に世界中を旅しながら姉を探さないかと誘いました。
「一人より二人のほうがきっと旅も楽しいよ!」
「うん!!」
アメリちゃんも一人は寂しいと、悩む事もなくその誘いに同意してくれました。
「それじゃあ……」
「「いってきます!!」」
こうして、私と幼き王女のきままな旅が始まったのです。
……………………
「ごちそうさま!! やっぱりサマリお姉ちゃんのご飯はとっても美味しい!!」
「いやあ……そこまで真っ直ぐ言われると照れるよ。ところで……この小屋? テント? ……まあいいや。これって凄くない?」
「えっそうかなあ?」
外見は普通なのに、ベッドにキッチンやトイレとシャワー完備で内部が立派な小屋並に広い魔法の『テント』で寝食しながら、ゆったりとした旅は続きます。
「それじゃあ行こっかアメリちゃん!」
「うん! テトラストにしゅっぱーつ!!」
お姉さんの居場所を、最初に辿り着いた町に居たアメリちゃんの元付き人から聞き出したので、早速そこへ向かって歩き始めました。
「そこのリリム……もう逃さないぞ……今度こそ覚悟するんだな!!」
「あ……そ……そんな……どうして……?」
その途中、私と出会う前にアメリちゃんを襲った勇者が強襲して来たりもしましたが……
「そもそも魔物だからと言って子供を殺そうとするとかなんなの? バカなの? (中略) 本当にふざけないで!! 最低よ!!」
「そんな事言われたってさ、俺だって本当は殺したくは無いよ。魔物は怖いものだって言うから頑張って鍛えたけどいざ見てみたら人間の女子と見た目も中身もあんまり変わらないんだぜ? それを殺すとか俺ただの殺人鬼じゃんか。特に子供なんて可愛いから絶対にやだよ。(中略)でも『失敗しましたー』なんて言いながら帰ったら怒られて罰受けるわ役立たずとか罵られるわで嫌な思いするし最悪裏切り者のレッテル貼られて殺されるしどうしたらいいんだよーーー!!!!」
私の怒りに任せた言葉攻めにその勇者は心が折れてしまいました。仕方ないよね。
「だったらさ、教団なんてやめちゃって私達と一緒に旅しようよ!!」
「ええっ!? な、なんで俺を!?」
「だってアメリちゃんを殺さなかった場合帰れないんでしょ? しかも本人は殺したくないと言っている。だったらいいじゃん。今後もこうして襲ってくる勇者が居ないとは思えないし、強い人がいるのは心強いと思ったからね!」
そして、私に誘われるがままにその勇者、ユウロも共に旅をする事になったのです。
流石は元勇者。少女と幼女の旅の護衛として加入した彼は、かなり心強い存在でした。
「まずは一体。次はそこのリリムです……」
「誰だお前は!?」
「私はホルミ。そこにいる魔物を倒しに来た勇者です」
途中で大きな斧を装備した勇者ホルミと遭遇しましたが……
「くぅ……今度は絶対私が勝ちます! 覚悟しておいてください!!」
「おっけー。今度があったらその時はまた返り討ちにしてやるよ。今度は俺も本気出すから。せいぜい魔物に襲われないようになー」
ユウロとアメリちゃんのお陰でなんとか撃退、逃走する事ができたのです。
「ユウロお兄ちゃんが本当は優しい人だってのはわかってるんだけど……」
「恐怖のほうが勝ってて話しかけにくい……ってことかな?」
「そうなの……仲良くなりたいけど……」
最初こそ、殺し殺されそうになる関係だった為、アメリちゃんとユウロはぎこちなくもありましたが……
「……ん? もしかして手を繋いでほしいの?」
「うん! ダメ? ユウロお兄ちゃんともっと仲良くなりたくて……」
「……ありがとうアメリちゃんっ! はいっ!!」
二人とも優しいので、アメリちゃんにとってもすぐに頼れるお兄さんになりました。
「あなた……もしかして私と同じリリム?」
「うん! あなたがアクチお姉ちゃんですか?」
「ええ、そうよ。私はアクチ。あなたは?」
「アメリだよ!! はじめましてアクチお姉ちゃん!!」
そして、私達は3人で一緒にアメリちゃんのお姉さんと会ったのでした。
「せっかく来てもらったことだし、お客様として迎えさせてもらうわね。私とゆっくりとお話でもしましょ♪」
「うん!」
「「あ、お、お願いします」」
「ふふっ……そんなに緊張しなくてもいいわよ。もっと気楽にしてね♪」
最初に出会ったお姉さんのアクチさんは、柔らかい雰囲気を出しつつもカリスマ性を持つ、まさしくリリムなお姉さんでした。
「だからサマリちゃん、一つ提案g……」
「私はまだ魔物にはなりませんよ」
「……わかったわ。でもいつかはなるときが来ると思うわよ?」
そんなアクチさんに言われた、魔物にならないかという誘いが、少しの間私の頭の中に残ったりしながらも、私達は新たなお姉さんを探しに出発しました。
……………………
「らんらん♪」
そのまま次の目的地に向け歩き続けていた私達の目の前に……
「うらあああっ!!」
「……えっ!?」
「ワーウルフか!」
ワーウルフが一人、茂みから飛び出し襲ってきました。しかし……
「うわああ!! ぶがっ!!」
「おい、大丈夫か? そんでどうしていきなり襲ってきたんだ?」
「きゅぅ……」
「おーい! しっかりしろー!!」
アメリちゃんとユウロのコンビネーションが決まり、あっという間に伸されたのでした。
「あーあ、気絶しちゃった。やめたほうが良いって言ったのに……」
「うおっ! だ、誰だお前は!?」
「僕? 僕は椿。ジパング人だよ」
そして、草陰に隠れていたワーウルフの協力者、ジパング人のツバキから、どうしてワーウルフが襲ってきたのかの説明を受けました。
どうやら、このワーウルフことプロメは、自分の旦那さんを攫った賊から取り返すために協力者を探していたみたいで、襲ったのは実力があるかを図っていたそうです。なんとはた迷惑でしょうか。
「アタシの旦那をディナマの奴等から取り戻すのを手伝ってくれ!!」
「僕からもお願いするよ。大切な人を失うのは誰であろうと見たくないからね」
「いいぜ! 協力するよ!!」
とはいえ、大切な人が攫われて悔しい思いをしている人は放っておけないので、私達は協力する事にしたのです。
しかし……
「っ!! アメリちゃん危ない!!」
「え? きゃわわわわ!?」
「アメリちゃん!!」
いざその賊と戦ってみたら……まあこちらは元勇者、同クラスの侍、運動神経特化型魔物、そして幼くてもリリムのチームなので楽勝だったのですが、賊のリーダーが使用した雷の魔術に、油断したアメリちゃんが当たってしまったのです。
リーダー自体はその後すぐユウロとツバキとプロメの連携で倒したのですが、雷が命中し気絶したアメリちゃんは、ふらふらと崖のほうまで行ってしまいました。
私はアメリちゃんを助けるために崖から飛び出し、アメリちゃんを怪我させないように抱えたまま落下。
「サマリおね……サマリお姉ちゃん!? どうしたのそのケガ!? 血がいっぱいでてるよ!!」
「はは……ア……ち……ぶ………た……」
「しっかりしてサマリお姉ちゃん! 死んじゃ嫌だ!!」
勿論、ただの人間だった私が崖から落下してタダで済むわけもなく、すぐに近くの町の病院へと運ばれてユニコーンの治療を受けた甲斐もあって命こそ落とさなかったものの……
「私って今、足ついてますか?」
「……足は2本とも付いてはいますよ」
「ついて『は』いるって事は……私の足は……動かなくなって……ます……か?」
「……ごめんなさい……」
私の足は、動かなくなってしまっていた。
これでは旅を続ける事ができない……そう落胆していた時。
「えっと……サマリさんが皆さんと旅を続ける方法があります……」
看護師さんが、一筋の光を指し示してくれました。
「それは……何かしらの方法でサマリさんが魔物になる事です」
その方法は……私が魔物になる事でした。
「魔物は人間と比べて遥かに丈夫です。実際身体が弱く寝たきり状態だった人が魔物になったことで元気にはしゃぎまわることができるようになった例もあります。なのでもしかしたら足も治るかもしれません」
魔物化すれば、絶対ではないものの足が動くようになって旅も続けられるかもしれないと告げられたのですが……
「サマリは……人間を辞めてまで旅を続けるか、人間のまま一生を過ごすかで悩んでいるんだよ……」
「え!? なんで!? 魔物になったほうがアメリ達と旅できるし良いじゃん!」
「それでも! それでも……人間にとって魔物になるというのは、後戻りが出来ない……怖い選択なんだよ!!」
ユウロの言う通り、私は言われてすぐには魔物になる決心はつきませんでした。
旅をしているうちに魔物が怖い存在とは思わなくなったし、魔物になってもそう悪い事ではないと思えるようになっていたけれど……自分がいざ魔物になると言われたら、不安が押し寄せてきたのです。魔物になる事で今の自分が消えてしまわないか、私が私でいられないのではないかと考えてしまうのです。
それと、足が治るのが絶対ではないというのも、決断できない原因でした。反魔物領で育った私は、魔物になっても足が治らない場合、家へと帰る事すらできない……そんな考えが過ぎっていました。
「ん? あ、サマリお姉ちゃん!」
「……」
ですが、私は決めました。
「私を……アメリちゃんの手で……魔物にして」
魔物になって、旅を続けると決めたのです。
自分の足で、様々な人たちと一緒に世界を見て回るのが、幼い頃の自分の夢だったから……人間を止めてでも旅を続けたいと思ったから……魔物になる事を決心しました。
「じゃあ、いくよサマリお姉ちゃん……」
「うん……お願いねアメリちゃん」
「サマリお姉ちゃんの……足が治りますように!!」
ついに、その時がきました。
アメリちゃんがそう祈りながら魔力を私の身体に流し……私は魔物になったのです。
そして……
「足が……治ってる!!」
「本当に!?」
「うん!! ほら!!」
私は賭けに勝ち、足が動かせるようになりました。思わずその場でアメリちゃんと抱き合ってくるくると舞っていた程です。
余談ですが、この時はまだアメリちゃんとエッチな事はしていません。相手は幼い子供ですし、それでなくとも女の子同士だったので良くないと思ったからです。
とはいえ、この時私は魔物化が想像以上に気持ち良くて盛大にイッてしまいました。今思えば、どうせそうなるなら今後の為にもこの時エッチな事をしてもらっても良かったかなとも思いました。
「ねえアメリちゃん……私は何の魔物になったの?」
まあ、そんな感じに私はとある魔物に変化しました。それは腕や膝より下、それに胸元や腰周りにはクリーム色のもこもことした毛皮が覆っており、足には蹄が、腰からはもこっとした尻尾が生え、さらに、頭にはグルリと捻じ曲がった茶色い角がある種族、すなわち……
「ワーシープだよ!!」
「あ、なるほど……そのままか〜……」
そう、羊の魔物、ワーシープとなったのです。
何になるかはアメリちゃんに任せていたのですが、本人曰く「サマリお姉ちゃんみたいに優しくて、暖かくて、たまにちょっぴり恐くて、それでとっても頼りになって、サマリお姉ちゃんにピッタリだと思ったからだよ!!」との事でワーシープにしたそうです。
いずれにしても、魔物になった私は、まだ姿以外は特に変わっておらず、安心しました。
そして、足が治った事を他の皆に報告し、旦那さんの実家へと戻るプロメと別れ、4人で旅を続けました……
「何故こんな事を……テメェは何者だ!?」
「ボク? ボクは勇者だよ? キミみたいに魔物に魅入られちゃった人を処分してるだけだ」
「勇者だと!? テメェみたいな眼鏡掛けたインテリ系のガキが!?」
「そう……こんなガキでも勇者だよ。で、キミはそんなガキに殺されかけてる」
「ぐ……なぜ勇者が魔物を殺さない……」
「この聖剣で魔物なんて斬ったら魔物の血でボクも聖剣も汚れちゃうじゃんか。それに……」
「魔物が夫と認識した奴を殺したほうが、魔物にとってより大きな絶望を与えられるじゃん」
……私達の知らないところで、新たな脅威が迫っているとは露程も考えずに……
……………………
「次はどこに行こうか?」
「うーん……そうだね……ユウロはどこか行きたい場所ってある?」
「そんなの俺に振られても……そうだなぁ……」
魔物になった町を出発した私達は、途中で二人のリリム……黒勇者と呼ばれているお姉さんと学生服を着た異世界から来た夫を持つお姉さんに会いながら旅を続けていたのですが、そこで他のお姉さんの情報が途絶えたので適当に旅をしていました。
「うーん……ジパング?」
「ジパングか……あ〜私も行ってみたいかも!」
「アメリも行ってみたい!! ジパング行こうよ!!」
ですが、ユウロの何気ない一言により、ツバキの案内でジパングに向かう事にしたのです。
「あ、そうだ。一つ言い忘れてました。この先、魔物は生きて通れませんので……」
「オレに斬られてから行って下さいねっと!」
その道中、反魔物領の近くを通った事もあってエンジェルのセレンちゃんと勇者のセニックのコンビや……
「ほーらニオブ! ここで油断して正体明かすおバカな魔物が絶対に居ると思ったんだ! やっぱり見張っていて正解だったろ?」
「そうだね……ルコニの言うとおりだったよ! ヘプタリアの連中にバレないかヒヤヒヤしながらも見張っていて正解だったね!」
女勇者のルコニとその従者で魔法使いのニオブのコンビに遭遇したりしました。
今度の相手は盗賊ではなく、勇者を名乗る強者たち。流石にユウロやツバキも苦戦はしたのですが……
「今だアメリちゃん!! ホルミにやったアレを使うんだ!!」
「わかったよユウロお兄ちゃん!! 『メドゥーサグレア』!!」
「ぐっ!? クソ……このガキ……リリムだったのか……」
セニックはユウロとアメリちゃんのコンビネーションで動きを封じ……
「ふざけた事を……ではその刀を折れるまで魔力を高めるだけです!!」
「ちょっとそれは困ったな……」
「スキあり!! もこもこホールド!!」
「えっ!? あ、あなたは……すぅ…………」
セレンちゃんはツバキと私のコンビネーションで眠らせることに成功し、その場から逃げ出すことに成功しました。
それと、ニオブとルコニのほうは、ルコニの持つ双剣ジェミニの模倣能力に苦戦したりもしたのですが……
「だって、あの時は満月だったから……あれから半月たった今日は……」
「なーに呑気に喋ってんだ! 魔物のお前らから討伐してやるよ!!」
ルコニの持つ双剣ジェミニは、所謂呪いのアイテムだった。
「新月……」
「な、なんだこれは!? あ、あたしに何が……!?」
「やっぱりお姉ちゃん気付いてなかったんだね」
「なっ……あたしに何をしたんだ!!」
「アメリは何もしてないよ」
呪いのアイテムの効果で、ルコニは自身で気付かぬうちに魔物になっていたのです。
「お姉ちゃんは『ドッペルゲンガー』だから、月のない夜は変身できなず解除されているんだよ」
ずっと近くに居たニオブの想いに応える形で、ずっと人間の頃の姿へと変身していたドッペルゲンガーになっていました。
「僕もルコニの事がその頃から好きだった。それは姿や性格が変わっても、人間じゃなくなっても変わらない! どちらにしてもルコニはルコニなんだから!!」
「!!」
「むしろこうしてお互い好きだって言えたんだ! 勇者をやってたら言えなかった事だし、これで良かったんだよ!!」
「ニオブ……ありがとう!!」
なんだかんだあって戦闘どころじゃなくなり、一組の魔物と人間のカップルが誕生して一先ず危機は終わりました。
しかし、この時には既にもう一つの危機が私達のすぐ傍まで近付いていたのです。
「久しぶりだね椿……元気そうね……」
「そうか…ネレイスになって生きていたんだ……良かったよ……林檎」
それは、嵐の日に波に呑み込まれて亡くなったと思われていたツバキの幼馴染みのリンゴ。
「もこもこ白おんなぁああ!! 椿に触るなああああ!!」
「ひゃいいっ!? ごめんなさい!! ってもこもこ白女って私の事!?」
ネレイスになった彼女が、勘違いによる嫉妬心を剥き出しにしながら私に襲い掛かってきました。
「もこもこおおおおおおおおお!! アンタはわたしが駆除してやるうう!! 人の男に手を出した事を後悔しながら死ねえええええええええええええええええええええ!!」
「え、ええーっ!?」
「ち、違うぞ林檎!!」
「何が? 何が違うっていうの椿?」
「サマリは大切な旅仲間であってそういう関係じゃ……」
「サマリは大切ぅ? そう……わたしよりもサマリのほうが良いって言うのね……」
「え、違うから!! 僕の想いは林檎に向いたままだから!!」
「え……椿の想いはわたしに向いたまま……って事はサマリが無理矢理椿の事を…………ゆ・る・さ・ん!!」
「あ、いや、そうじゃなくt」
「殺す!! 椿を無理矢理自分のものにしている事を後悔させながら殺す!!」
「いや、だから……」
身勝手な勘違いから人の話もまともに聞けなくなるほど暴走していたリンゴ。なんてはた迷惑な人なのだろうと、この時は本気で考えていました。
「うひょえええええええええええ!?」
「お、おい林檎!! 何して……って危ない!!」
しかし、リンゴが私を殺そうと放った魔術が本人同様暴走し、使用者本人を崖まで吹っ飛ばされてしまいました。
「……セーフ!!」
「……えっ!?」
落ちる寸前でなんとか腕を掴む事ができ、崖から落ちずに済んだリンゴ。助けられてる間にようやく冷静になったようで、誤解も解く事ができました。
「はぁ……まあ襲われた本人が良いって言ってるから許すけど……もう少し人の話を聞いてほしいよ……」
「うぅ……ごめんなさい……」
反省したリンゴも、彼女らの故郷まで供に旅をする事になりました。ツバキの事で暴走しやすいですが、年齢が私と近い事もあって大いに盛り上がりました。
……………………
「つ」
「い」
「たー!!」
「おおげさだなぁ……」
「って何してるの?」
数日間の船旅の末、ついにジパングへと辿りついた私達。
お饅頭やジパング特有の山菜など、大陸では見掛けた事のない食べ物に舌鼓しつつ、ツバキとリンゴの故郷まで情景を楽しみながら歩いてしました。
「そこの旅人達、少し待ちなさい!」
「ん?なんだ?」
しかしその途中、私達の前に現れたカラステングさんが教えてくれた情報に、私達は一瞬で緊張に包まれてしまいます。
「大陸の教団と名乗る者達が町を侵攻しているのだ」
「そ、そんな……」
それは、二人の故郷が教団に侵攻されているという知らせ。
しかも、町を護る水神様……龍のアヤメさんまで倒されてしまっているという……どう考えてもピンチでした。
実際、私達が町に着いた時には既に町中で教団兵が暴れており、町の魔物達は全員眠らされ、その旦那さん達は広場へ集められ、それ以外の人間は全員大きな小屋へ詰められていました。
「エルビ様! 魔物を伴侶にしている者はこれで全員のようです!」
「ん、わかったよチモン。それじゃあ始めますか……キミ達が魔物なんかと結婚して子供まで作ったり作ろうとしているどうしようもないクソ達かい?」
「な!? テメェ……魔物なんかt」
「うるさいよ。クソが喋って良いと思ってるの?」
「ぐあっ!!」
そして広場には……プロメの旦那さんを攫った賊全員に重傷を負わせた少年勇者エルビや、その部下のチモンを始め何人かの兵士が立っていました。
寝ている魔物達には手を出さず、エルビは悪態を吐きながら魔物の旦那さんの一人の腕を手に持った剣で躊躇なく突き刺し、また別の人の顔面を殴ったりと、好き放題痛めつけていました。後々そんな行動をしていた事情は知る事になりますが、どちらにせよ彼の行いは到底勇者とは思えない酷いものでした。
「あ、そうだ。安心してよ。キミ達の死ぬ間際にはキミ達の愛しの魔物を起こしてあげるし、魔物達は殺さないでいてあげるからさ。よかったねボクが優しくて」
「くっ……」
そう、彼のとても胸糞悪いその言動は、心優しい幼い王女様を怒らせるには十分過ぎました。
「皆悪い事してないのに……なんで!? ふざけないでよ!! アメリもう怒った!! エルビさんなんか大嫌い!!」
私の制止も一切聞かず、怒りを露わにしてアメリちゃんは飛び出してしまいました。
「キミ達は誰だい? そこのリリムのガキの知り合いみたいだけど」
「知り合いだよ! 一緒に旅してるんだよ!!」
「ふーん……旅ね。じゃあボク達の事無視すればよかったのに。関わるなら容赦なく殺すよ?」
「僕に至ってはこの町が故郷だからね……無視できるわけないよ!」
「そうかい……どうやらキミ達もクソらしいね。だったらボクが殺してあげる……掛かってきなよ!!」
アメリちゃんを追いかけて広場へと飛び出したユウロ、ツバキも加わり、3人とエルビ達教団兵の闘いが始まります。
「無事アメリちゃんのところまで行けたようね……じゃあサマリ、わたし達も行こうか!」
「そうだね……うん、私頑張るよ!」
その裏で、私とリンゴは小屋に捕らえられている人達を解放するため、こっそりと小屋まで近付いていました。
広場での騒ぎのお陰で、そこには兵士がたった一人で見張りについているだけでした。その一人をリンゴの水系攻撃魔術で大ダメージを与え、隙を突いて私の眠りの毛皮を押し付け熟睡させることで撃退し、小屋の中へと侵入することに成功しました。
「お父さん! お母さん!」
「この檜の棒やけどな、ただの檜の棒やないんやで! なんと岩をこれで叩いても折れないどころか岩が砕ける程の強度なんや!! どや、これからまたこの町が教団の兵士どもに襲われたりした時にも役立つで!!」
「うーん……たしかに本当なら便利かもしれないけど……それで人叩いたらそいつ死んじまうんじゃ……」
「ああ、それは大丈夫や。先端に厚めの布を巻いておけば殴られたもんの頭かち割れまではせえへんよ。なんなら今このふわふわの布も付けたる。その分値段も上げさせてもらうけどな」
「そうか……なら買った! 上手くいけば今からでも役に立つかもしれないしな!」
「へへっまいどおおきに!!」
「……何してるの?」
そこでは、巻き込まれて一緒に捕まっていた旅の行商人のカリンが町民相手に商売をしていました。
カリンは魔物の刑部狸ですが、普段は精度の高い人化の術を使ってその正体を隠しているので人間達と一緒に小屋へと詰められていたようです。実際、リリムであるアメリちゃんを除いて私達もしばらくはカリンは人間だと思っていたので無理もありません。
「ほなあんたらはウチらを助けにきたん? にしてはまだ外が騒がしいけど……」
「あ、そうだ!! 今椿含め三人だけで広場であいつらと戦ってるの! この中で戦える人は協力して!」
「なんだって!? そりゃマズい! 皆、助けに行くぞ!!」
『オーッ!!』
呑気に商売していた事に若干呆れつつ、私達は捕まっていた人達に協力してもらい、広場で闘っているユウロ達を加勢しに行きました。
「はぁ……はぁ……皆大丈夫?」
「俺はなんとか……はぁ……アメリちゃんのおかげで無事だな……」
「アメリも大丈夫だよ……お腹空いたけど……」
助けに入った時、ユウロ達はエルビとチモンの二人に大苦戦しており、息も絶え絶えでなんとか立っている状況でした。
「アメリちゃん大丈夫!? 皆は!?」
「あ……リンゴお姉ちゃん!! アメリは大丈夫だよ! ありがとー!!」
「ちっ他に仲間がいたのか……こいつら相手にこの状況はさすがにキツいな」
「どうしますエルビ様」
「仕方ない……本当は嫌だけど退却せざるをえないね。そこのクソ共、覚えていろよ……次は必ず仕留めるからな!」
まさにアメリちゃんが斬られそうになる寸前で助けが間に合い、武装した町の人達全員で反撃に出た事によって、教団の人達を撤退へと追い込むことに成功しました。
「おい! 見ろよあれ!!」
「ま、町が燃えてる!!」
「くそっ! さっきの奴らがやりやがったんだ!!」
しかし、彼らは撤退間際に火を放ち、町全体を火の海にし始めたのです。この往生際の悪さは本当に教団や勇者とは思えませんが、そんな事を言っている場合ではありませんでした。
「皆の者落ち着くのだ!!」
「あ、『龍』のお姉ちゃん」
「ほれ緋央、起きぬか! 町が燃えておるから雨乞いの儀式を早急に行うぞ!!」
「うっ……待ってくれよ菖蒲、流石にキツい……」
「ほれ、お主が大好きなわしのおっぱいだぞ!! いつものようにしゃぶりつけ! いつものように赤子扱いしてやってもよいぞ!! ほーれ緋央ちゃーん、わしのおっぱいをたっぷりとお飲み〜」
「やめてくれ菖蒲……炎に焼かれる前に羞恥で焼け死ぬ……」
とはいえ、二人の故郷は水神信仰の町。気絶していた龍のアヤメさんが起き上がり、旦那さんと公然羞恥プレイもとい雨乞いの儀式を行い町中の火を消したので大事には至りませんでしたとさ。
その後は数日間ツバキやリンゴの家でお世話になり、とうとう出発の日。
「離れていても私達は供に旅した仲間……ずっと友達だよ!!」
「もうお前ら離れ離れになるんじゃねーぞ!!」
「元気でねツバキお兄ちゃん、リンゴお姉ちゃん!!」
「ああ……皆とはずっと友達だ!! そっちこそ元気でね!!」
「わたし達はずっと一緒にいるよ……そして、一緒にまた会おうね!!」
故郷に残る二人とお別れの挨拶を済ませ、私達は再びジパングの旅へと足を動かし始めました。
「ん〜と、そろそろええかな?」
「ん? カリンお姉ちゃんはなんで少し遠くに居たの?」
「いやあ……今までの旅にウチはいなかったから流石に遠慮せえへんと……」
入れ替わる形で加入した、人間のフリを続ける刑部狸のカリンとも一緒に。
……………………
「さあ、気合入れて行くよー!! ちゃちゃっとこの山を越えよー!!」
次の町を目指し、私達4人は山道を元気に超えていました。少し急いでいるのは、私自身毛が短くなってちょっと活発になっていたのと、この山には怪物が出るという噂があったからです。
そんな怪物に合わないように歩を速めていたのですが……暗くなってきたので『テント』を出して休もうとした時でした。
私達の耳に、小さく鈴の音が聞こえてきたのです。
「ん? なんだ……」
「な!? あれは……!!」
その音の正体は、小さな鈴を腰に付けた怪物……ウシオニの少女でした。
「……はっ!」
「なっ!! うぉああああぁぁぁぁ……」
「「ユウロ!!」」
「ユウロお兄ちゃん!!」
ウシオニの少女はしばらくこちらをじっと見ていましたが、突然糸でユウロを雁字搦めにし、なんと連れ去っていきました。
こうしちゃいられないと急いで追いかけていきましたが、ユウロは自力で脱出、そして一人でその少女を倒していました。流石は元勇者です。
そして私達が合流したところで、独りぼっちの少女はユウロを攫った理由を述べました。
「どうして俺を縛りあげて攫ったんだ? それと、一人にしないでってどういう事だ?」
「アンタを攫ったのは、初めてアタイを見てすぐ逃げなかった人間だから嬉しくって……もう何もわからない中、一人でいるのが嫌だったんだ……」
「何もわからない? それってどういうこと?」
「自分がなんて名前か、何歳なのか、何もわからないんだよ……」
その理由は……自分は過去の記憶がなく、独り寂しかったから、と。
彼女は一年ほど前にほぼ全ての記憶を失い、持っていた鈴以外の手がかりもない状態で、たった独りで生きていたのです。
それは、あまりにも悲しく、そして可哀相でした。だから私達は決めました。
「一人はもう嫌だ!! じゃあさ、旅に加えてもらっても……いいか?」
「もちろん!! これからよろしくね!!」
彼女を、私達の旅に加える事を。
「スズか……うん、気にいったよ! アタイはスズだ!」
こうして、腰に付けていた鈴から取って、仮の名前としてアメリちゃんが付けたスズという名前のウシオニが、私達の仲間に加わりました。
そして私達5人は、山を越えたところにあった町で新たなお姉さんの情報を得られたので、途中で大反対するカリンを言い包めながら向かった狐系魔物が多く住む大都市で観光や食料調達をしつつ、私達はそのお姉さんが住むという山まで向かいました。
「あ〜やっぱり男の子がいる!!」
「うわぁ……面倒なのが出てきた……」
その山の途中で大百足とちょっとしたトラブルが起きましたが、割って入ったアメリちゃんのお姉さん、メーデさんのお陰で無事解決しました。
ちなみにメーデさんがどんなお姉さんかというと……
「キミはリリム……って事はー、わたしの妹なのかなー?」
「うんそうだよ!! アメリって言うの!! アメリ会った事ないお姉ちゃんに会いたくて皆と旅してるんだ!!」
「そうなのぉ!? じゃあ〜……わたしはメーデ! よろしくねアメリ〜♪ それと皆さんも〜♪」
「うん! よろしくメーデお姉ちゃん!!」
すっごくおっとりそしてゆったりしているお姉さんでした。
曰くジパング人が好きだからジパングに住んでいるらしい。が、まだ旦那さんは居ませんでした。美人さんなのに不思議です。
「ところで皆さんは次どこに行かれるかは決めているのですか?」
「いえ……とりあえずは来た方角とは逆に行こうと思っていますが……」
「あ〜だったら〜ノーベちゃんの所に行くといいかも〜」
「ノーベ……ちゃん?」
「ノーベちゃんはわたしのすぐ下の妹の事よ〜。わたしと同じで〜ジパングに住んでるの〜」
そんなメーデさんの家で一晩お世話になった後、次は彼女の一つ下のお姉さん、ノーべさんの話を聞いたので、彼女に会いに行く事にしました。
道中、オーガ系の魔物達による宴会に飛び入り参加したり、ジパングの温泉宿に泊まったり、河童さんの胡瓜オナニーをこっそり見たりしながらも、私達はそのノーべさんの住む街に辿り着きました。
「えっと……あなたがノーベお姉ちゃんですか?」
「ああ、私がノーベだが……もしかして私の妹か?」
「うん! アメリって言うんだ!! 初めましてノーベお姉ちゃん!!」
「そうか……初めましてアメリ! ようこそ!!」
ノーべさんはお医者さんをしているお姉さんで、メーデさんとは逆に早口でハキハキとした姉御肌な女性でした。
「先生方、急患です!! 急いで診察室まで来て下さい!!」
「何!? それは大変だ! 行くぞノーベ!!」
「言われなくても! 皆さんはここで待っていて下さい!!」
「あ、はい。お仕事頑張って下さい!!」
お話をしている途中で急患が来たりもしましたが、旦那さんと二人で的確な治療を施し何事もなく仕事をこなしていました。
そんなカッコいい職人のお二人の為に私達は料理を振る舞い、夜はいっぱい盛り上がりました。
「そーだノーベお姉ちゃん。他のお姉ちゃんのこと知らない?」
「ん〜……すまない、何人か名前は知っている姉妹は居るがメーデお姉様以外はどこに居るのかは知らないんだ」
「そうなんだ……じゃあどうしようかな……」
そんなノーべさんに他の姉妹の居場所を聞いてみたのですが、心当たりはないとの事。すぐ上のメーデさん以外仲の良い姉妹は居なかったと言っていたので仕方ありませんが、私達は少し困ってしまいました。
「まあ適当に旅してればきっと誰かに会えるよ」
「それもそうだね!」
とはいえ、何時までも悩んでいても仕方ありません。という事で、私達はカリンの故郷を経由してから大陸に戻り、そこで手掛かりを探しつつ旅を続ける事に決めました。
そして、ノーべさんと別れ、カリンの故郷にたどり着いた私達でしたが……
「あ、花梨!! あんたちょうどええ時に戻ってきたんか!! 一時帰宅か修行を終えたんかは知らんがちょっと家に戻ってきてくれへんか!?」
「あ、お、オカン!! 久しぶりやな!! 残念ながら一時帰宅や!」
「そうか……って挨拶は後でええ! はよ家に!!」
そこで出くわしたカリンのお母さんから、カリンのお父さんが事故で大怪我をしたという知らせを受けました。幸いな事に命に別状はなかったものの、全身包帯だらけで動けない程の大怪我を負っていました。
「しばらくはウチが店の手伝いする。ゆっくり療養してや!」
「おう……すまんな花梨……」
「礼はウチやなくてこっちにな!」
「ん? その人達は……?」
「ウチと一緒に旅してた仲間や!! 皆大陸行きの船が出るまで手伝ってくれるって!!」
「そうか……ありがとうございます!!」
という事で、私達は大怪我を負ったカリンのお父さんの代わりに、大陸行きの船が出るまでお店のお手伝いをする事にしました。
アメリちゃんの接客効果で繁盛していたのもあってお店の手伝いは中々大変でしたが、人数が多いのもあって何とかこなしていけました。
「そういえばカリン……カリンはさ、4日後の大陸行きの船にアタイ達と一緒に乗るの? それとも、実家の手伝いを続けるの?」
「ああ、その事か……オトンの回復の程度次第やな……」
それと、カリンとはここで別れる事になりました。インキュバスとはいえ、流石に大陸行きの船が出るまでにカリンが心配しなくてもいい程に回復する事は叶わず、お店に残ることを決めたのです。
ただ、お父さんが回復したらまた旅に出て、しかも今度は大陸でするという事で、その時はまた一緒に旅をしようと約束しました。
「それじゃあ、バイバイカリンお姉ちゃん!!」
「またなカリン! 絶対大陸に来いよ!!」
「ああ! 皆……またな!! 絶対会おうな!!」
そして、船出の日。私達は別れを惜しみつつ、互いの姿が見えなくなるまで言葉を交わし、笑顔で別れたのでした……
「ねえ……なんかおかしくない?」
「ん? 何が?」
「ほら……なんか微妙に船が回っているような気が……ってこれまさか!?」
「う、渦潮dうわあっ!?」
しかし、そのまま無事に大陸に辿り着く事はありませんでした。
なんと、乗っていた船がカリュブディス達が起こした渦潮に巻き込まれて沈没し、私達は近くの無人島に遭難してしまったのです。
「これで遭難してなければ最高なんだけどなぁ……」
「そこ! 文句言ってないでもっと魚を獲る!」
ユウロを抱えてアメリちゃんが飛び、渦潮の範囲外に投げ出された私を抱えてスズが泳いだので全員無事ではありましたが、荷物は船と共に沈んだのでサバイバル生活を余儀なくされた私達。ユウロとスズが食料調達、アメリちゃんが上空から島の探索と、それぞれが役割を分担して、とりあえず生き残る為に頑張りました……無事助かった後はこれはこれで楽しかったと思えたのですが、この時は本気で先が不安でした。
「……ん? ねえユウロお兄ちゃん」
「どうしたアメリちゃん? 何かあったのか?」
「うん。あれ……湖の向こうの森のほうの木と木の間……おうちみたいなのがある」
「えっ!? あ、ホントだ!!」
しかし、状況は一変します。上空から湖を発見したアメリちゃんの案内で飲み水を汲みに行っていたユウロと二人、その近くに小さなボロ小屋が建っていたのを発見したのです。人こそ住んでいなさそうでしたが、雨風は凌げるかもという事で、焼いた魚を食べた後に全員でその小屋へと向かってみる事になったのです。
「で、その小屋ってあれのことか?」
「おう、そうだけど……あれ、おっかしーな? 何で明るいんだ?」
「んー……誰かいるのかな?」
そして二人の案内でその小屋へと向かってみたところ、なんと小屋の中からほんのりと灯りが漏れていたのです。しかも、アメリちゃん曰く魔物が中に居るとのこと。もしかしたら現状を打破できるかもという事で、私達は小屋の中へと入る事にしました。
そして、鍵が掛かっていなかった扉から入った瞬間……
「たああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うおっ!? な、なんdぐへあっ!!」
小屋の中に居た提灯お化けのボタンちゃんに、強盗と間違えられてユウロが蹴り飛ばされました。緊迫感の無さもあって小さな女の子とじゃれ合ってるだけにしか見えませんでしたが、とりあえずボタンちゃんを抑えて事情の説明をしました。
しかし、最初のうちは中々信じてもらえませんでした。ご主人様とやらが帰って来るまで小屋を護ると奮闘していたのです。ですが、そのご主人様はどこにいるんだとユウロが言った途端、少し泣き顔になり……
「ご主人様はきっと私の為に帰ってきてくれるんだ……」
「ご主人様は……帰ってきてくれる?」
「そうだ……絶対帰ってきてくれるんだ……私を捨ててどこかに行ったわけじゃないんだ……!!」
そう、自分に言い聞かせるように弱弱しく呟き、大人しくなりました。
まあ、結論から言うとボタンちゃんは捨てられたわけではなく、一旦無人島からジパングへと戻った時にトラブルが起きてこの島へと戻れなかっただけだったのですが、それはまた別のお話。具体的に言えば『私の大切なご主人様』。
兎に角、互いの事情もわかったので、私達はボタンちゃんの許可を得てその小屋で寝る事ができました。
「さて、海岸に来てみたはいいけど……」
「やっぱそうそう船なんか通ってこないか……」
そして次の日。私達は船が通りかかったりしないかなと願いながら海を見ていたら……
「あー!! やっぱりサマリ達だー!! 良かったここに居たんだー!!」
「あ、リ、リンゴ!! リンゴじゃん!! 久しぶり!!」
「久しぶりー!! 元気そうで良かったよ!!」
なんと、偶々カリンの実家まで買い物に来ていたリンゴが、乗っていた船の沈没情報を聞いて探しに来てくれたのです。しかも、海底に沈んだ私達の荷物まで持ってきてくれました。
助けを呼ぶにもこの無人島では船で何日も掛かると言われたので、『テント』が戻った私達はここで待ち、精が尽きかけているボタンちゃんだけ先にジパングに戻る事にしましたが……
「あの〜……ちょっとお話が聞こえたのですが……もしかして遭難者ですか?」
「そうだよシー・ビショップのお姉ちゃん。アメリ達遭難してるの」
「そうですか……でしたら、私達の船に乗ります? 私の夫が船長をしているので、この島で皆さんを私達の目的地である大陸の『リオクタ』でよろしければ乗せてもらえるようキッドに頼んでみますが……」
なんと、偶々通りかかったシー・ビショップのお姉さんが乗っている船……というか海賊船で大陸まで送ってもらえる事になったのです。
という事で、私達はリンゴやボタンちゃんと別れ、船上での一波乱や新たなお姉さんとの出会いもありながらも無事大陸まで戻る事ができました。
……………………
「そんで、結局どこに行くんだ?」
「そうだね……やっぱり親魔物領を目指すべきかなと」
「ふぁ〜……勇者さんがアメリを倒しに来ちゃうもんね……」
そして、大陸に戻ってきた私達は、とりあえず近くの親魔物領を目指して歩み続けていましたが……
「まあなんだっていいんじゃね? お前らどうせここで死ぬんだから」
「ということでさようなら。『スピリットレセヴァー』! 『ホーリーフレイム』!!」
船が到着した港町にて偶然私達を見つけたエンジェルのセレンちゃんと勇者セニックのコンビに不意打ちを喰らい、なんとかそれは凌げたもののそのまま戦闘に入る事になりました。
「ふんっ、そんな単調な動き、ウシオニのアタイなら簡単に避けられるさ!」
「バーカ! んなわけねーだろ!! まずは一体!」
「え!? があっ!!」
「更に追撃です!! 『ホーリーブレード』!!」
「なっ!? があああああっ!!」
今回は別々に戦わず、息の合ったコンビネーションを繰り広げて戦う二人。力負けしてユウロが吹き飛ばされたり、空中から高速、高精度の連撃でスズが斬られたりしながらも、持ち前の頑丈さで何とか凌いでいる状態でした。
しかし、ここでアメリちゃんとスズが機転を利かせます。アメリちゃんがその強大な魔術で二人の気を引いている間に、スズが巨大な蜘蛛糸の網を作って二人に目掛けて射出したのです。
「わっ!? セレン、前を見ろ!!」
「えっ? 今度はなに……ってきゃあっ!!」
「よっし命中!! 上手くいったな!!」
「やったねスズお姉ちゃん!!」
見事命中し、空中を飛び回っていた二人は地に落ちました。もがけばもがく程に絡まるアラクネ属の糸に絡めとられた二人は身動きが取れません。そうなればやる事はただ一つ。
「さて……殴れるもんなら殴ってみなって言ってたよなあ……」
「ちょっ……ま……」
「やめ……来ないで……」
「まずはテメエのほうだ!!」
「ちょっとタンmぐぼぉっ!!」
「女の子だから顔は避けてあげるよ!!」
「いやそれあまり関係nぷきゅっ!!」
さっき斬られた仕返しと言わんばかりに、スズは黒い笑顔を浮かべながら二人を思いっきり力任せにぶん殴ったのです。ウシオニの全力パンチに、二人は一発で気絶してしまいました。その隙に私達は戦闘から離脱し、無事に親魔物領まで辿り着く事ができました。
「暑いな……」
「まあ砂漠だしね。でもユウロはいいじゃん、毛皮とかないんだしさ……」
「そうだぞ……これ結構暑くて大変なんだぞ……」
そして、その親魔物領にて喫茶店で飲み食いなど一通り観光した後、領主さんから新たなお姉さんの話を聞いた私達は、砂漠の中にあるオアシスに形成された都市を目指していました。砂漠越え用の装備で歩いていましたが、もふもふな私とスズは汗だくでふらふらになるくらい暑かったです。
「なんだ? 遭難者か?」
「子供一人でか? でもまあそうか。肌は白いから砂漠の住民ではなさそうだしな……」
「でも……まだ生きてるか? ピクリとも動かないけど……」
それくらい暑かったのもあって、なんと砂漠のど真ん中で倒れている人が居ました。
それは、子供のヴァンパイアであり……
「それにしてもアメリちゃん、やっぱりって……」
「はぁ……起きろー」
「ちょっと!? アメリちゃん何してるの!?」
そして、アメリちゃんの知り合いでした。
「はぁ……立て終わったから入るよ……」
「待ったアメリちゃん。その子の足を持ってどうするの?」
「どうするのって……テントに入れるんじゃないの?」
「いや引き摺って行くのは駄目だろ……俺が運ぶからアメリちゃんは水や濡れタオルの用意をしてくれ」
「んー……わかった……」
しかも、そのヴァンパイアの子……幼馴染みで自身の側近であるフランちゃんを見た途端、アメリちゃんは今までに見た事もない程不機嫌になりました。普段なら心優しいアメリちゃんが、意識が朦朧としているフランちゃんを引き摺って『テント』の中に放り込もうとする暴挙に出る程です。
「それでフラン、なんでアメリに会おうとしたの? ついてこないでって言ったよね?」
「あ、そ、それは……」
「なんで? ハッキリ言って」
「それは……あたしはアメリ様の側近として一緒に居るべきだからと……」
「っ……もういい!! 早くおうちに帰って!!」
「え、ですがそれは……」
「適当に歩いてたらどっかに着くだろうからそこから帰って! そしてもう二度とアメリの前に現れないで!!」
「うぅ……そんにゃぁ……」
それどころか、目を覚ましたフランちゃんに向かってブチギレながら強く拒絶するほどでした。勿論、強い口調で拒絶されたフランちゃんは泣き出してしまいました。
私達はフランちゃんを泣かせたアメリちゃんを叱りますが……
「側近なんてアメリにはいらない! フランがアメリの召使いだって言うのなら今すぐ帰って二度とアメリに会おうとしないでっ!!」
私達の説教など意に介さず、大きく足音を立てながら『テント』の出入り口へと向かい、そう叫びながら扉を怒り任せにバンッと強く開けて出ていってしまいました。
「ねえアメリちゃん……単刀直入に聞くけどさ、どうしてフランちゃんに対してそんなに怒ってるの?」
「……」
私はそんなアメリちゃんを追いかけていき、テントの影に腰を下ろしながらもまだイライラしているアメリちゃんにその理由を聞きだしました。
「つまり、アメリちゃんはフランちゃんと気兼ねなくお話できるような友達でいてほしいけど、フランちゃんはそうじゃないから怒ってるって事?」
「うん……」
それは、フランちゃんとは側近としてではなく親友として接したいアメリちゃんの我儘でした。偉いのは母である魔王で、自分ではない。常にそう言っているアメリちゃんらしい、可愛くも深刻な我儘です。
うんと小さい頃と同じように、敬語なども使わないで壁を作らず気さくにお話したいと願うアメリちゃん。本人もそれが自身の我儘でしかない事は理解していますが、それでも小さな女の子には納得できない事でした。私達が皆その寿命を全うし亡くなった後も生き続けるアメリちゃんは、同じく永い時を生きるフランちゃんと気兼ねなく話せる友人として一緒に居たいと、強く願っていたのです。
「アメリ様……ううん、アメリ……」
「……えっ!?」
そして、その願いは、フランちゃんにも伝わりました。
「ごめんね……敬語で話さないとアメリが困るって言われたから……」
「ううん……敬語なんて使ってほしくない。フランはアメリの友達だもん。アメリの側近かもしれないけど、それ以前にアメリの親友だもん!!」
「アメリ……!」
「ごめんねフラン……ごめん……」
「アメリは謝らなくていいよ。アメリを傷付けてたのあたしだもん……友達でいるって言ったのに、友達じゃなくなってたのあたしだもん……」
「ううん、フランは悪くない。フランは悪くないのにアメリがフランを遠ざけてた。だからアメリが悪い……だからごめん……」
お互いに向き合いながら、今まで離れていた分のごめんなさいを言い合いました。
「「ずっと一緒にいる友達だ! たとえ旦那さんができたって、お姉ちゃん達に何を言われたって、ずっと親友だよ!!」」
涙を浮かべながら、それでいて二人とも嬉しそうに、これからも親友でいる事を誓い合ったのでした。
それから、フランちゃんを一人で放っておくわけにはいかないので一緒に旅する事にしたのですが……
「ふにゅぅ……」
「もう……だからおうちに置いていったのに。絶対フランじゃ旅するの大変だもん……」
「あうぅ……太陽が眩しいよぉ……」
ヴァンパイアらしく日光が苦手で、更にはヴァンパイアの中では身体が弱いフランちゃんは、この砂漠では基本的にスズに背負われっぱなしになっていました。このままでは旅を続けるのは難しいので、フランちゃんは旅の途中で魔王城に住む人を見掛けたら一緒に帰ってもらう事にしたのです。
「うおー! ラクダに乗って砂漠を移動するってテンション上がるな!!」
「うん! たのしー!!」
「なんで二人ともそんな安定して乗れるの? 私落ちそうで怖……ひゃあ!?」
それはつまり見掛けるまでは一緒に旅を続けるという事で……フランちゃんも一緒に砂漠観光やピラミッドの探索をしたり、オアシスに作られたプールで遊んだりしました。
「おい、そこの魔物の集団。悪いがここでお前達を消させてもらう……」
「あなた誰ですか?」
「今から死に逝く者に言う名など無い」
「うわ……かなり礼儀がなって無い……とても主神を信仰している礼儀正しい人間とは思えないな……」
「……俺はシーボ、教団兵の一人だ」
勿論、楽しく遊んでいただけではありません。砂漠を越え、新たなお姉さんに会う為に魔界を横切ろうとした寸前で、私達はシーボと名乗る教団の精霊使いと遭遇し、そのまま戦闘になりました。
「覚悟しな……霧を出すぞ、イグニス! ウンディーネ!」
「くっ……姿をくらましたか……」
魔物化していない四精霊全員と契約を交わしているシーボは強敵で、逃げられない中全員で戦っていましたがかなり手こずりました。私もシルフの力で吹き飛ばされ、毛皮のお陰でそこまでではありますが怪我を負ったりしました。
「今だアメリちゃん!!」
「いっけぇー!!」
「な……なんだよこれ……!?」
戦闘不能にはなっていないものの、こちらには戦力にならない私や日中のフランちゃんが居る事もあって、このままではジリ貧になりかねない……という事で、私達はアメリちゃんの出した作戦に乗ってみる事にしました。
その作戦とは……
「う、うぅ……イテテ……ん? 痛い……?」
「な、何が起きて……あら?」
「もぉ〜、いきなりなんなのよ〜……およ?」
「うーん……んー?」
「そんな……魔物化したのか……?」
アメリちゃんが巨大な魔力の塊をシーボにぶつけ、契約している四精霊全員を魔精霊へと変えるものでした。
その企ては見事に決まり、魔精霊へと姿を変えた4人は、同じくインキュバスへと一瞬で変貌したシーボへと襲い掛かり、私達どころではなくなってしまいました。
これで安心して旅を続けられる……と思った矢先でした。
「はぁ……はあっ……」
「……ん? アメリちゃん……?」
「アメリ……アメリ!?」
リリムとはいえまだまだ幼いアメリちゃん。精霊4人を一気に魔物に変える程の魔力を、しかも一回で放出したのですから、彼女の魔力は完全に底を尽きていました。その結果、アメリちゃんは倒れてしまったのです。
「はうぅ……」
「大丈夫か?」
「うん……魔界に入ってからはちょっと元気になったよ……」
魔界に入り、空気中の魔力の濃度が上がったのもあって少しだけ元気になったものの、アメリちゃんのお腹の音が高らかになり続けている状態でした。
お腹の音が大合唱状態のままはちょっと可哀そうなので、私達は昼食を食べるために魔界にあった普通の食堂へと入る事にしました。
「あれ? ねえミリア、そこの子供ってあんたの妹なんじゃない?」
「え?」
「ん? アメリのこと?」
その食堂でご飯を食べていたら、なんと偶然にもアメリちゃんのお姉さんが友人と来店したのです。
「今までもそんな事無かった?」
「ここまでは初めてですが魔力が少なくなる事はありましたよ。今までは精補給剤を貰ったりとか、後は出会ったお姉さんに魔力を分けてもらったりとか……」
「へぇ……じゃあミリア、あんたがこの子に魔力を分けてあげたら?」
「そうね……分けてあげるわ。妹と関わるなんて滅多に無い良い機会だもの」
「ありがと……むにゅっ」
そのお姉さんに魔力を分けてもらう事によって、アメリちゃんは元気いっぱいになりました。ちなみに魔力を譲渡する際、お姉さんはアメリちゃんの頬っぺたをむにっとつまみながら流していましたが……これがきっかけなのかこの先々でアメリちゃんはよくほっぺたをむにっと摘まれる事が多くなったような気がします。まあ、可愛いから仕方ないかなと思いました。
「じゃあ行くわね……」
「……!?」
「はい、着いたわよ。それじゃ入りましょうか」
そのお姉さんからもう一人仲の良いお姉さんがいると言われ、早速会ってみないかと提案をされたので、私達は転移魔術でもう一人のお姉さんに会いに行きました。転移魔術は一瞬で遠くまで移動できるので毎回驚いてしまいます。
そこで大きなお風呂に入ったり、皆で楽しくお泊り会なんかをしながら、楽しいひと時を過ごしました。
そして次の日、私達は魔界の外まで送ってもらい、砂漠の町で教えてもらったお姉さんが住む領土を目指して旅を続けたのですが、その途中にあった大きな町で食料品を買っている最中に、また新たなお姉さんと出会いました。
「ロメリアお姉ちゃああああああああんっ!」
「ん? あ、アメrうわったあっ!?」
しかもそのお姉さん、初対面ではなくアメリちゃんの知り合いで、なんと今でも魔王城に暮らしている人でした。
「あ、そうだナーラお姉ちゃん。今もおうちに住んでるよね?」
「おうち……そうね。住んでるけどどうしたの?」
「あの……帰る時にあたしをおうちまで一緒に連れていってもらえませんか?」
それはつまり、魔王城で暮らしている人と一緒に帰ってもらうつもりだった、フランちゃんとのお別れの時がやってきたという事でした。
「ねえフラン、このウサギのぬいぐるみ……フランが持ってて」
「え……なんで?」
「このウサギ、アメリだと思って大事にしてね!」
「……うん! じゃあアメリ、あたしのウサギちゃんもアメリが持ってて!! 大事にしてね!!」
「うん!!」
そのお姉さんは一晩泊ってから帰るという事だったので、私は短くも楽しかった旅の思い出にとフランちゃん(と、そのお姉さん)に手料理を振る舞いました。
「じゃあフラン、またね!」
「うん、またねアメリ!!」
「……えへへっ!」
「……あはは……」
そして、フランちゃんとアメリちゃんは別れを惜しみながらも、これからも親友で居る事を互いに誓いあいながら……スーッと消えるように魔王城へと帰っていきました。
「えへっ、アメリお腹空いてきちゃった」
「そうだね。今から急いで作ればフランちゃんと同じタイミングでご飯食べられるかもね!」
「あ、アメリも手伝う!! そしてフランと一緒の時間に食べるんだ!」
そして、とても嬉しそうで、ちょっぴり寂しそうなアメリちゃんと一緒に、昼食を作り始めたのでした……
……………………
「はぁ……はぁ……なんだよこれいったい……」
「む、無法地帯にも……はぁ……程がある……」
「俺……はぁ……貞操護れる自信が無い……」
「諦めたら……はぁ……ダメだよユウロお兄ちゃん……」
フランちゃんと別れた後、私達は改めて目的の町へ向けて歩みを進めました。その町へ行くには多くの魔物が棲息する森を抜けていく必要があったので入ったのですが……こちらには誰の夫にもなっていないユウロが居たので、案の定多くの魔物に追われる事になりました。
ハニービーにグリズリーにワーラビットにアラクネと次から次へと襲ってくるので息つく暇もありません。夕方になり、人除けの魔術を施してあるアメリちゃんの『テント』に入って、ようやく休憩です。
「それじゃあお風呂入ろう!」
「うん! 行こうサマリお姉ちゃん!!」
「あ、ゴメン。今日は私ユウロと一緒に入るから」
「えっ?」
そして私は、ユウロが一人お風呂に入っている時に襲われない様に一緒に入る事にしました。勿論、それが全てであり、やましい気持ちは微塵もありません。
「……なんだよ? そんなにじろじろと見るなよ……」
「いや……案外がっしりした身体つきだなと思って……」
……まあ、今にして思えば、ユウロの裸姿を見たくて、あれやこれやと理由付けて一緒にお風呂に入りたかっただけだとは思いますが、それは完全に自分の意識外で、実際にやましい気持ちはありませんでした。
「……」
「へぇ……おちんちんってそんな形してるんだ……リンゴに聞いたのより小さい気がする」
「うるせぇ……感想言うな……マジで恥ずかしくて死にたくなる……」
エロハプニングこそ起きましたが、本当にやましさはありませんでした。
「まあユウロの見ちゃったし、私のも見る?」
「いいです。遠慮しておきます。そのままサマリに襲われる可能性も無いとは言い切れないのでお断りさせていただきます」
「だから私は無理矢理襲わないって。多分……」
この時は本当にやましい気持ちはなかったのです。信じて下さい。
実際、この後は特に何かしらのハプニングも起こる事なく就寝しました。残念です……
「死ね貴様ら!!」
「生きたままこの森を抜けられると思うなよ……!」
「うわあっ!? 逆切れかよ!!」
そんなこんなで残念な気分になっている暇もなく、次の日も森の中で全力疾走です。
この日も多くの魔物に襲われたり、その腹いせに魔物化していないエルフを馬鹿にしたら殺されかけたり、ホーネットに追いかけられたりと大変でした。
そして、森の中を彷徨っていても埒が明かないので、途中で出会った優しいフェアリーとピクシーのアドバイスに従って川沿いを進む事にしたのですが……
「ん? 何のおtうおわっ!?」
「え……ユウロ? ユウロ!?」
ちょっとした隙を突かれ、颯爽と現れたアマゾネスの女性にユウロが拉致られてしまいました。
「え?」
「うそ……」
「どういう……事?」
しかもそのアマゾネスは……
「なんで……私と同じ顔をしてたんだろ……」
私と、鏡写しの様にそっくりな顔をしていました。
「アメリちゃん追いつけるかな……」
「どうだろう……アメリはまだ見えるけど、あのサマリそっくりなアマゾネスの姿は見えないからなんとも……というかサマリ、あのアマゾネス親戚か?」
「いやそれは無いと思うけど……お父さんもお母さんも一人っ子だったって聞いたし、私に兄弟姉妹はいないし……」
「とりあえず似ている理由はサッパリわからないって事か……」
「うん、あそこまで似てると単なる親戚とも思えないけど……」
何故そっくりなのかはわかりませんが、兎に角追いかけないといけないので、機動力のあるアメリちゃんを先行させつつ、私達は森の中を全速で走りました。
「はぁ……お、俺の勝ちでいいな……」
「くっ……私が負けるなんて……」
しかし、ユウロはそのアマゾネス相手に自力で勝っていたので全く心配はありませんでした。相手がまだ未熟だったのもあり、なんとか一人で倒せたようです。
「お前は何者だ?」
「私はサマリ。似ている理由は私もサッパリわからないけど……えっと……」
「私はツムリだ。そうだな……この世の中似ている顔の者が数人居てもおかしくないとは思うけど、こうも似ていては……」
「だよね……でも私には姉妹は居ないし、偶然としか……」
地面に伏したアマゾネスのツムリを起こし、改めてそっくりだと認識。どことなく声まで似ています。しかし、私も、そしてツムリもそっくりな理由はさっぱりわかっていませんでした。
とりあえず不思議な偶然もあるという事にして、私達は森の外までツムリに案内してもらう約束をし、その代わりにやられて動けないツムリを集落まで連れていく事にしました。
「ま、あんた達の事情はわかった。明日森の出口まで送ろう。このダメ娘の事もあるし、今日は家に泊まっていきな。もちろん誰にも襲わせないから安心してほしい」
「ありがとうございます」
「じゃあ早速この家見て周っていいか? アタイこういう大きな家見るの好きなんだ!!」
「アメリも!! ダメ?」
「もちろんいいぞ。なんなら私の夫に案内させようか」
「あーっと……いいのならばぜひ」
「もちろん。ただこれから昼食の時間だから、その後でな」
そして、族長でありツムリの母であるセノンさんの家で一晩お世話になり、更に森の外まで案内してもらえる事になりました。森の中でも指折りの実力者が護衛してくれるので、私達も一安心です。
という事で、私達はツムリとお喋りをしてました。年齢も一つ違いで、見た目も喋り方もどことなく似ていたからまるで姉妹の様に感じ、私達はすぐに打ち解け合いました。
そして、話の流れで私がツムリに料理を教える事になったのですが……
「よーしじゃんじゃんやるぞー!」
「いいけど手だけは本当に切らないようにね。戦いの方にも支障が出るかもしれないからね」
「わかってるって! なんだかサマリが口うるさい姉ちゃんみたいに思えてきた……」
「大丈夫、私もツムリの事さっきから世話の焼ける妹みたいだと思ってるから」
「あっそう、悪うございましたね世話の焼ける妹で……ホント口うるさい姉ちゃんだ」
「悪うございましたね口うるさい姉で……というかこっちは心配して言ったんだけど?」
「心配し過ぎだって。そんな簡単に同じミスを繰り返さないよ」
「そう……ならいいけど、さっきからしそうで怖いから口うるさく言ってるだけですー」
「むっ……じゃあ見ていてよ! このお肉を手を切らずにサマリより早く切ってみせるから!」
「ほーやってみなさいよじゃあ私は鳥肉でツムリより早く切ってあげるわよ!」
とまあ、その途中で姉妹喧嘩のようになってしまい、競い合うことになりました。
とはいえ、毎日料理している私と料理初心者のツムリ、勝負したところで結果は明白なわけで……
「うあぁ……」
「どんなもんよ! だから言ったじゃないの。ほら手を見せて!」
「くやしいなぁ……あと痛い……」
「慣れないうちから無茶をすると怪我するから絶対にやらない事。わかった?」
「うん……」
勝負に拘った結果指をサックリと切ったツムリの手当てをして仲直り。私達はその後も仲良く料理を作り終えました。
「ふぅ…じゃああとはまた自己鍛錬で……おや?」
「あ、サマリ。いつからそこに?」
「あ、おはようございます」
そして次の日の朝、早起きした私は鍛錬中のツムリとセノンさんの様子を見ていました。
「まあ……私元人間だしね」
「サマリって元人間なんだ……アメリちゃんに魔物にしてもらったって事?」
「そうだよ」
そして、鍛錬を終えたツムリと、朝食の時間まで二人きりで話をしていました。
「なんか魔物らしくないなと思ってたけど、サマリも元人間だったんだね」
「うん……ん? サマリも? もしかしてツムリも元人間だったりするの?」
「うん。私の場合は人間だった時の記憶なんか無い程小さい頃にアマゾネスになってるからお母さんに教えてもらっただけなんだけどね」
「そうなんだ……ツムリも……」
「意外と似てるところ多いよね私達って……」
「だね……」
そこで知った、私達は互いに元人間だったという共通点。
「そろそろご飯かな……まだでもお手伝いしに行こうかな……」
「あ、そうだサマリ。さっき反魔物領出身って言ってたよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
「あのさ……サマリの出身地ってどんな名前?」
「トリスって名前のちょっとした森がある小さな村だよ」
「え……!?」
そして、その中で答えた私の出身地。何故そんなことを聞いてきたのか、私には最後まで分からずじまいでしたが、ツムリは一つ確証を得たようです。
「それじゃあお世話になりました!」
「バイバイセノンお姉ちゃん! ツムリお姉ちゃん!」
「ああ、皆も元気でな」
「サマリ! また機会があったら会おう!」
「うん! 元気でねツムリ!」
その確証を聞く事もないまま、私達は二人に護衛してもらいながら森を抜け、その先にあったジパング風の街で新たなお姉さんに会って、その街の温泉や式神の芸を堪能しました。
「それじゃあ帰ろうかお母さん……」
「ああ……なんだ、そんなにユウロを逃した事が悲しかったのか?」
「は? 何を言って……」
「涙。自分では気づいて無いのか知らないけど流れているぞ」
「え? あ……」
ツムリが得た確証、それは……
「別れたく無かったのはサマリのほうだよ……」
「ほぉ……自分に似ているからか?」
「ううん、似てるって事だけじゃない……」
「ではどうしてだ? まさかサマリに恋をしたとか言わないだろうな?」
「いやそれはないけど、でも恋しくはあるよ……サマリは、私の本当の姉ちゃんかもしれないから!!」
ツムリと私が、本当に血の繋がった姉妹だという事でした。
「お母さん昔、私の事話してくれたよね」
「あ、ああ……ツムリは私達の本当の娘では無く、当時借金で困っていた夫が私と出会う直前に人身売買しようと他人の赤ん坊を攫い、その攫われた娘がツムリだと言った話か?」
「うん……」
ツムリは元々誘拐された赤ん坊で、紆余曲折あってアマゾネス化してしまったのでセノンさん達が育てた女の子。そして、彼女が誘拐されたのは、私の出身地。ここまでそろって、他人の空似という事は無いでしょう。
「今度サマリに会ったら言ってみようと思うんだ……会えて嬉しかったよ、サマリ姉ちゃんってね」
そう言われたのは、もっともっと先のお話。本当の姉妹だと知った私達の間には、確固たる絆が生まれましたが……それは、またの機会に。
「ふん、ミノタウロスが聖なる武器を使うだなんててんでおかしいと思ったら元人間の勇者だったんだ。残念だったね人間やめる羽目になっちゃってさ」
「そ、そんな事……」
「ふーん……残念と思えないって事は、もうキミは立派な魔物。討伐対象だね。ま、本当なら魔物なんか殺したら穢れちゃうから殺さない主義なんだけど、キミは特別に殺してあげるよ」
「そ、それどこが特別なnきゃっ!?」
「あまり喋らないでよ。魔物の戯言なんか耳に入れたくないんだからさ」
そして始まる次のお話は……
「なぜ……魔物を、殺すのですか……魔物になったからわかります……魔物は、人間を愛しています……魔物は人を殺さないのに……どうしてあなた達は……」
「だまれええええええええっ!! 何が人を殺さないだ!! よくそんな事が言えたもんだ!! 私の娘は……私の妻の忘れ形見だった大切な一人娘は……貴様ら妖怪の手によって殺されたんだ!!」
不慮の事故によって引き裂かれた、とある一組の親子のお話。
「あ、そうそう、質問の答えなんだけどさ……ボクは魔物のその人間を愛するって部分が嫌いなんだ。あと、ボクは魔物以上に、魔物について行った男の方が嫌いなんだ……」
それと……
「そう……アイツみたいに、大切な存在だと言っていたのにほっぽり出して魔物とどこかに消える様なゴミなんか死ねばいいんだよ。だから、ボクはそんな男達を殺す。大切な存在よりも大切な魔物の前で、無残に死んでいく姿を見せながら殺す……」
心が歪んでしまった少年の、救済の物語。
……………………
「あとどれぐらいで辿り着きそうなんだ?」
「う〜ん……今日中には着くんじゃねえかな? 地図で見ると今ここで、ルヘキサはすぐそこだし……つーかそろそろ見えてきそうだけどな……」
「でもまだ何も見えないね……」
新たなお姉さんの手掛かりもなかったので、私達はとりあえずドラゴンが治めるという親魔物領、ルヘキサへ向けて旅をしていました。
「魔物め! 覚悟!!」
「ん? うわあっ!?」
しかしその道中で、そのルヘキサの近隣都市、反魔物国家のドデカルアの教団兵達に襲われてしまいました。
スズ、ユウロ、アメリちゃんとこちらの戦力のほうが上ではありますが、人数差がかなりあるので苦戦していました。
「『クロッシングマーダー』!!」
「なっ!? ぐああっ!?」
「大丈夫あなた達?」
「え……あ、はい……」
ちょっとずつ押され始めたその時、ルヘキサの自警団の人達が戦闘に割り入り、私達を助けてくれました。
その人達はダークエンジェルのレシェルさんと、レシェルさんの妹の旦那さんであるレイルさん、そして……
「やっぱり君は、3年前に行方不明になってた吉崎君なんだね!」
「な、何の事やら……」
「誤魔化しても無駄だよ! 君はどこをどう見たって僕と同じクラスだった吉崎悠斗(よしざきゆうと)君じゃんか!」
「い、いや、だから違いますって……」
「ほら、僕は女の子になっちゃったけど、君と同じクラスの友達だった脇田祐樹(わきたゆうき)だよ!」
「い、いや、だから知りませんって……」
吉崎悠斗と……いや、ユウロと同郷のアルプ、ユウキさん。しかも、彼の口から出た彼らの故郷は、異世界。
ここで初めて知りましたが、なんとユウロは異世界から来た人だったのです。
「やっぱり君は……吉崎君なんだね?」
「ああそうだよ……なんで脇田がここに、しかもアルプになっているんだよ……」
始めこそ誤魔化していましたが、ユウロは誤魔化すのが下手だったうえにユウキさんのトラップに引っ掛かった事でそれを認めました。
確かに俄かには信じられない話ですが、ここまでの旅の途中で別世界から来ている人に会った事もありましたし、別にそんなに隠す事でもないと思っていたのですが……
「ま、俺の場合は『居場所を失ったあなたへ』だったけどな……」
どうやら、かなりの訳があってこの世界に来たらしいので、私はしばらくの間その事に触れないようにしたのでした。
とまあ、ユウロを弄るのはほどほどに、顔見知りもいるので私達は保護という形でルヘキサの自警団の本部まで案内され、そこで団長のドラゴンさんとお話をしました。
「眼鏡の少年勇者……」
「ん? 気になるのか?」
その中で出てきた、ドデカルア所属の眼鏡の少年勇者……それは、以前ツバキとリンゴの故郷を襲っていた勇者エルビでした。
どうやら彼がこの近くに居る、しかも戦争に発展しそうな程両者に緊張が走っていると、明らかに危険な状態でこの国に来てしまったようです。
そんな情勢なら大事に至る前にここから立ち去ったほうが良いかなと考えていたのですが……
「ねえねえトロンお姉ちゃん」
「ん? アメリだったか……なんだ?」
「アメリたちも手伝うよ!」
『……は?』
なんと、未だエルビに腹を立てていたアメリちゃんが自らそう提案したのです。子供だから危ないと言っても聞きませんし、それどころか自身の魔王の娘という立場を利用してまで強く主張してくるのです。
流石のドラゴンでもリリムには頭が上がらない様で……とうとう折れて、私達に協力を仰ぐことになりました。私は本部で掃除や食事の準備を、他の皆は自警団の人達と共に国境付近の見回りへと行きました。
「さて、無駄話はここまでにしておこうぜ」
「え? どうしたの急にそんな真剣な顔して……」
「俺さ、つい最近までは教団の勇者やってたってのはさっき話したよな? その時にある程度殺気とかの気配は気付けるようになったんだけどさ……その殺気が俺達に向けて強く向けられてる」
そして、ユウキさんと一緒に見回りをしていたユウロは、ドデカルアに雇われた侍のおじさんと遭遇してしまいました。どうやらその侍はこの世界に来たばかりのユウキさんを襲った相手らしく、恐怖に怯えてしまったので、ユウロは相手を挑発しながら彼女を逃がしました。
「さておっさん、俺が相手だ!」
「……愚か、か……あははははは!」
「な、なんだ?」
そして、魔物である彼女を旧友だ、魔物は悪ではないと言ったユウロに対し、その侍……猪善はこう返しました。
「愚かなのはやはり貴様だ! 妖怪は悪ではないと騙されているのだからな!!」
「はあ!?」
「自分で確認した事無い? 笑わせるな!! 妖怪は私の娘、桜を殺した悪だ!!」
「え……!?」
妖怪……魔物は、自分の大切な娘を殺した悪だ、と。
「桜は、私の目の前で……妖怪ウシオニに殺された!!」
娘は、ウシオニに殺された。そう悲痛な叫びをあげながら、彼はユウロに斬り掛かりました。
怒り任せな攻撃ですが、相手はユウロより数段格上の相手なので、それでもかなり押され気味になり、なんとかやられないようにするのが精いっぱいです。
「おいユウロ! 大丈夫か!?」
「はぁ……この声はスズか……マズいスズ!! こっち来るな!!」
「何言ってるんだユウロ! アタイも助太刀するよ!!」
そんなユウロの元に、ユウキさんから援軍要請を受けたスズが加勢に入りました。
「私の娘を殺した者と同種が現れてくれるとは……無残な姿で殺してやる!!」
しかし、猪善の娘はウシオニに殺されたと思われているので、そんな中にウシオニであるスズが来てしまえば、余計怒ってしまうだけでした。
最早鬼の形相と言えるほど、怒りで顔を歪ませる彼。その気迫は、ユウロも思わず冷や汗を垂らしながら後退ってしまう程です。
けれども、スズは違いました。確かに気圧されてはいたのですが、それ以外に何故か懐かしさや温かさも感じていたようです。
リーン……
戦場に鳴り響く、記憶を失っていたスズが身に付けていた鈴の音。
「貴様!! 何故その鈴を身に着けているのだ!!」
「へ? この鈴の事?」
「そうだ! それは私の娘の……桜にあげた我が家に伝わる御守りだ! 貴様ごときが持っているはずの無い物だ!!」
きっかけは、その鈴の音でした。
「さく……ら……?」
「そうだ! 何故桜にあげた鈴を貴様が……もしや貴様かっ! 貴様が桜を殺したウシオニかあああっ!!」
その音の響きに共鳴するかのように、溢れ出てくる『声』。
『い……痛……い……』
『死に……たくない……』
『あり………がとう………』
猪善の娘の名を聞いた途端に、スズの頭の中に聞こえてきた、今にも死にそうな少女の声。
『刀を使いこなす父ちゃんってカッコいいな〜!』
『無茶はしないでね父ちゃん……』
『ほら! 父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ!』
猪善の持つ刀を見て流れてきた、元気な少女の声。
「くそ、いてぇ……スズ、逃げろ」
「思い……出した……」
「へ?」
そう、その声は
「そうだ……全部思い出したんだ……名前も……記憶も……」
その少女は
「アタイが桜だよ父ちゃん……」
ウシオニに殺されたと思われていた猪善の娘、桜の声。
それは、私達がスズと呼んでいた記憶喪失のウシオニの、失われた記憶の声でした。
「危ない父ちゃん!!」
「イテテ……急に何するんださく……え?」
「くっ間に合わ……ぐああっ!!」
桜は父と共に仕事の依頼があった町へ行く途中で、崖の上から気絶しながら降ってきたウシオニに巻き込まれ崖から落下し、瀕死の状態になったそうです。
「お前にアタシの血を浴びせて妖怪に……ウシオニにすればまだ……」
「アタイを……妖怪に……?」
このままでは助からない。近くの町にも運べない。そんな絶望的な状況で桜を巻き込み落ちたウシオニが出した提案は、回復力が優れている自身と同じウシオニにする事でした。
「でも、それはお前を人で居られなくするって事だし……それにウシオニになるから、場所によっては忌み嫌われるかもしれない……だから……」
「いいよ……それで死ななくていいんでしょ?」
「え……今なんて……」
「だから、アタイをウシオニに変えてもいいよ……それで生きて居られるんだったら……嬉しいよ……」
自身の経験から同族化する事を躊躇するウシオニでしたが、それでも生きてまた父に会いたいと願う桜はその案を受け入れました。
「あり……がとう……」
そして桜は、魔物化による急激な身体の変化と大怪我の影響で記憶を失い、何も知らないウシオニとして私達と出会ったのでした。
自分の身に何が起きたか、どうしてウシオニになったのか……思い出した記憶を、ユウロと猪善に伝えたスズ。
「嘘だ……嘘だ嘘だ!! 貴様が私の娘なものか!! 桜はウシオニではない!!」
しかし、ウシオニを強く恨む猪善は、その話を信じようとしませんでした。
「貴様は桜では無い!! 妖怪になった桜はもう死んだのと同じだ!! 桜の亡霊め、私の手で葬り去ってくれる!!」
それどころか、彼はヒステリックに叫びながら、スズを斬り裂かんとその刀を振り下ろしました。
「ふざけんなああああああああああああああああっ!!」
それを止めたのは……いや、それを聞いて怒ったユウロは、感情を剥き出しながら猪善に殴り掛かりました。今までの旅の中で一度も見せた事のない怒りを露わにしながら、今までにない力で彼の顔面を歪ませました。
「テメエのその行動で、どれだけ子供が傷付くのか考えた事もねえだろ!!」
「ぐ……う……」
「そういう身勝手な親の行動がな、子供には一番辛いんだよボケがっ!!」
「う……うぅ……」
どうしてユウロがここまで怒っているのか……その理由はまた後に判明しますが、兎に角娘に斬り掛かった彼に対して怒ったユウロは、その勢いのまま相手を気絶させてしまいました。
「本当に自分の娘が大切なら、どんな姿になろうが受け入れてやれよ!!」
「……」
「折角生きていた娘を、自分で殺そうとしてんじゃn」
「もうやめてくれユウロ!!」
しかし、気絶してもなお相手を殴りつけるユウロ。そんなユウロをスズが止めに入り、勝負は決着です。
気絶した猪善はルヘキサの牢屋で監禁する事になりました。そして、もう一つの決着を着けるために、スズは動きました。
「あのさ、父ちゃん……何も言わなくていいから、とりあえずこれ食べてよ……」
「……」
「ほら……父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ……」
「……」
スズは、自分の父の為に、父と、そしてスズ自身の大好物であるきんぴらを、思い出した記憶を頼りに作って、彼に食べさせたのです。
「……くそ……桜が作ったきんぴらと何も変わらないじゃないか……」
そのきんぴらを食べた彼は、とうとう目の前のウシオニが自分の娘だと認めたのです。
「父ちゃん……ただいまっ!」
「ああ……おかえり桜……そしてゴメンなぁ……」
「いいよ父ちゃん……わかってくれたからいい……」
「桜……もう……父ちゃんの前から居なくならないでくれぇ……」
「うん……うん……!」
ようやく、一組の親子は、一つの家族に戻れたのでした。
そして、これをきっかけに猪善さんはルヘキサ側につく事になったのですが、そんな彼から衝撃的な事が告げられました。
「人体実験を行っている……ってのは理由になるか?」
「ちょっと、人体実験って何よ?」
「『人間に魔物の魔力を定着させる』実験……たしかそう聞いていた」
ドデカルアではルヘキサから誘拐した人間……だけでなく、自国の貧民を使って人体実験をしている、と。
もちろん、それを聞いて黙っていられる人達はここには居ません。私達も引き続き協力し、その人達を解放するためにドデカルアへ攻撃を仕掛ける事が決まりました。
「久しぶりだねカリンお姉ちゃん!!」
「おう! 久しぶり!! 皆元気にしとったか?」
私達だけではありません。
大陸へ荷物を運ぶ依頼がありたまたま通りかかったカリンも……
「なるほど……アタシと別れてからそんな旅してたのか……」
「結局ツバキさんの幼馴染みの子は生きてたのですね」
「そうだよ! プロメお姉ちゃんもネオムおじさんも元気そうだね!」
「まあな! アタシもネオムの両親に正式にお嫁さんって認めてもらったし、今はこうしてネオムと一緒に調査しに行ってるんだ!」
ルヘキサの近くで旦那さんの仕事の手伝いをしており、偶然巻き込まれてこの街に保護されていたプロメも……
「つーか一番驚いたのはニオブとルコニ、お前達がここで自警団やってた事だよ」
「まあ驚くわな。あたしだって見回りから一時的に戻った時にお前等がいて驚いたしな」
「僕達は君達と別れた後、遠くまで2人で旅してたからね。それで辿り着いた街がこのルヘキサってわけさ」
「あたし達って元勇者のコンビだからさ、あっという間に団長に認められて即戦力として投入されたってわけだ」
「なるほどな……」
私達と戦った後、この街に流れ着いて自警団に入っていた元勇者のルコニとニオブも……
「紹介します。こちらが先程話に上がっていた、転移魔法が得意な……」
「ミノタウロスのホルミです。この度は助けていただき誠にありがとうございました」
「あーっ!! あの時のサマリお姉ちゃんころそうとした勇者さんだ!!」
「えっ……あーっ! あなた達はたしかテトラスト付近で……」
「やっぱりそうか! お前あのホルミか!!」
そして、かつて旅立ったばかりの私達を襲った勇者……が装備のせいでミノタウロスへと変わっていたホルミも一緒に、その作戦へと加わったのです。どうやら、襲われた際のやり取りでエルビの事が気に掛かっているみたいでした。
私とプロメの旦那さんはサポート要員、残りの人達は戦闘員としてルヘキサの人達と共にドデカルアへと乗り込みました。
「では、これよりドデカルアの教会に乗り込む……皆、準備は良いな!」
『はいっ!!』
そして、ついにその時が来ました。
「よし、全員準備はできたな。行くぞ!」
『おおーっ!!』
ホルミの転移魔術で一気に移動し、決戦の幕開けです。
「こんな門一発で吹き飛ばしてやる!」
「うおらああああっ!!」
「ぶっ飛べ!! うおらあっ!!」
「わっ!? 正面、門がいとも容易く破られました!!」
「慌てるな! 数ではこちらが勝っているんだ、落ち着いて対処しろ!!」
数では圧倒的に不利ですが、プロメやスズなどパワータイプの魔物達に人数差など関係ありません。敵本部の門を宣言通り一発で吹き飛ばし、大暴れです。
「ねえお兄ちゃん達、アメリとぉ、一緒にぃ、仲良く……あそぼっ♪」
「う、うん! おじちゃん達でよければいいよ!」
「そうそう、な、何して遊ぶ?」
「アメリちゃんハァハァ」
「き、気持ち良くて愉しい遊びを教えてあげようか?」
「えっなになにー教えてー♪」
アメリちゃんもアメリちゃんで大暴れです。いつものように攻撃系の魔術は勿論、珍しく魅了魔術なんてものも使いロリコン大量製造……もとい、多くの兵士達を魅了して戦闘不能にしています。
「包帯持ってきました!!」
「ありがと、そのまま治療も手伝って!! まずはその包帯を頭にそっと、それでいてきちんと巻いて!」
「はいっ!」
私は戦闘はできないけど、私の戦いをしていた。運ばれてくる怪我人を手当てしたり、体力回復用の食事を作ったりと、私にできる事をしていました。
「あんたらみたいな雑魚の技コピーさせても意味無いしなぁ……最初から行くか! 接合!!」
「な、なんだあの剣!? 合体しやがった!」
「いっくぞおらあっ!!」
「う、うわああああああああああっ!?」
一方、乗り込み組は正面入り口を制圧し、内部に乗り込みました。
「血……赤……ンモオオオオオオオオオッ!!」
「うわあっ!?」
「行きますよ!! タウロの力を存分に味わいなさい!!」
「う、うわあああああああああああああバケモノだああああああああああっ!!」
「たった一振りで床をぶち抜きやがったぞあのミノタウロス!! あんなの相手にできるわけ無いだろ!!」
元勇者で伝説の名を持つ呪いのアイテム持ちのルコニとホルミのコンビによる快進撃で、内部に入ってからも楽々に相手をなぎ倒していきます。
「私はエルビに会いに……あっ……」
「あっ」
「あっ」
「きゃあああぁぁぁぁ…………」
しかしその途中、ホルミが自分の空けた穴に落ちるというドジをかましてしまいました。
とりあえずアメリちゃんとスズが落ちたホルミを追いかけていき、残りの人達はそのまま戦いを続ける事にしたようです。
「とりあえず奥に行ってみましょうか……」
「そうだね……」
アメリちゃんとスズはホルミが無事だったことを確認し、本隊と合流……せずに、落ちた場所の怪しさから少し探索を続けていたのですが……
「ひっ!? ま、魔物!?」
「な、なんでこんなところに魔物なんか……もう私達おしまいなんだぁ……」
「お願い……なんでもしますから命だけはどうか……」
「どうやら正解のようですね……」
「ああ……」
やはり、そこには人体実験を受けていた人達が監禁されていました。
私達の目的はこの人達の救出です。ホルミの斧で折をいとも簡単にぶち壊し、全員を解放して先導しながら地上へ向かいました。
「やれやれ……なんか下の階から破壊音が聞こえてきたと思ったら、まさか階段を使わずに下りていたなんてな……」
「あ……えーっと……たしかエルビさんと一緒にいた……」
「チモン。まあまともに名のってないから君が覚えて無くても仕方ないかな」
しかしその途中、エルビの側近で相当な実力者であるチモンが3人の前に立ち塞がります。
「なあホルミ、アメリ……」
「何スズお姉ちゃん?」
「ここはアタイにまかせて先行ってくれないか?」
皆を逃がす為、3人掛かりでも苦戦しそうな相手に、なんとスズは一人で足止めを引き受けました。
勿論、全くの無策ではありません。ウシオニが持つ高濃度の魔力の塊、即ち自身の血液を武器に、チモンの持つサーベルの使用を躊躇させて戦います。
「はっ、やっ! 掛かった!!」
「へっ……っ!?」
とはいえ、チモンの方も策はあります。直接斬れないならとサーベルを投げてスズの背に刺し、魔術を掛けてある鞘で打撃を与えスズ相手に果敢に攻めます。スズも殴られっぱなしではなく、刺さったサーベルを父親譲りの剣捌きで振るい、また糸で絡めて動きを封じ殴り飛ばします。
「げほっ……クソが……」
「さっきやられた分だよ!」
「ふざけやがって……こうなったら俺は全力で行くぞ!!」
「来いよ!アタイも全力で行かせてもらう!!」
互いに一撃が重く、緊張感と深いダメージが続き、余裕もなくなります。
「ぐっ……!!」
「ちっガードしたか……」
「いったぁ……あんた、もう返り血も気にしないって事か?」
「ああ……そんなのが怖くてお前を倒せるか!」
チモンも追い詰められ、とうとう返り血も気にせず隠し持っていた短剣で切り付けます。短剣ならではの素早さと手数の多さに、スズも回復が追い付かなくなってきました。
「これで……もう武器は無いか?」
「ああ……でも武器なんか無くても戦えるんだよ!」
「ぐっ……同感だね!!」
それでも自前の糸を使いなんとか短剣を弾き飛ばす事に成功、そのまま体力が底を尽くまで互いにノーガードの殴り合いが始まりました。
相手の顔が痣だらけになろうが、腫れようが、そして、高濃度の魔力のせいで性的に興奮しようが、相手が倒れるまで殴り続けました。
「お互い……はぁ……後一発分の体力か……」
「だな……じゃあ……」
「これで……」
「とどめだっ!!」
そして、互いに倒れる前の最後の一撃を同時に放ち……
「「うおらああああああっ!!」」
「「ぐふっ!!」」
互いの右頬に当たり、同時にダウンしました。
「でもこの勝負……アタイの勝ちだ……!」
「そうだな……素直に負けを認めよう……」
しかし、それはスズの目的通り、チモンの足止めには成功した事になります。スズのお陰で、アメリちゃん達は無事に監禁されていた人達を地上へと逃がす事に成功したのです。
「チモン、あんたもう……」
「……ああそうだよ……」
「どうするんだい?」
「何がだよ……」
「インキュバスになっても教団ってのは続けられるのか?」
「無理だな……少しは誤魔化せてもきっとすぐにバレる……」
「ふーん、そうか……」
そして、スズはインキュバス化したチモンとそのまま……まあ、あとは言わなくてもわかるかなと。とりあえず後で現場に到着した猪善さんは唖然としたそうです。
「さて……悪いけどこの先には進ませないよ」
「うわ……やっぱテメェはこっちにいたか……」
「まあボクはこの中では群を抜いて一番強いからね。司教達が逃げるまでの足止めを言い渡されちゃったってわけ」
場面変わって上階組。実験を仕切っていた司祭達を懲らしめるために階段を駆け上ったユウロ達の前に現れたのは、かつてツバキ達の故郷を襲っていた実力者、勇者エルビでした。
「あ、勝つ自信がないわけじゃないよ? それこそ誰一人として帰らなくてもボク勝てたしね」
「そう余裕なのも今のうちだ! 行くぞ!!」
「うらあっ!!」
「いやだってそんな事言われても実際に……」
「なっ!? あがっ!」
「こうやって……」
「うおっ!? ぐぅっ!?」
「ワーウルフとリザードマンの攻撃を余裕でかわして反撃まで出来ちゃうんだもの……『ヌムネスパウダー』!!」
「あぶっ……な、なんだ……?」
「か、身体が痺れて……動か……」
その強さは相当なもので、エルビに対抗できる自信があった魔物二人がいとも簡単に戦闘不能にさせられる程でした。
「さて……残るはクソ野郎君ただ一人だけど掛かって来ないの? キミだけは絶対に逃がしてあげないよ」
そのまま流れるように残りの魔物も身動きを封じられ、とうとう残るはユウロ一人になってしまいました。
相手は格上とはいえ、このままおずおずと引き下がるユウロではありません。いかなる手段を使ってでも倒そうと果敢に攻め続けました。
「ほらほらどうしたのクソ野郎君! そんなんじゃ簡単に殺しちゃうじゃないか!!」
「知るかっ!」
それでも実力差はかなりのもの。倒されないまでも、徐々に追い詰められてしまいます。
「しかしまあなんでかな……いや、キミの事だよ。どうして魔物なんかと一緒にいるんだい?」
「別に理由なんかねえよ。たまたま旅に誘ってきたのが当時人間だった女の子と幼い魔物の王女様だっただけだ」
「ふーん……ボクにはわからないよ。魔物について行こうだなんて気持ちはね。キミには大切な人はいなかったのかい?」
「……ああ、そんなもの既に失った後だ」
「そうか……」
そんな中で、余裕からかエルビは唐突にユウロへ疑問を投げかけました。
「つーかそんな事聞いてくるって事は……お前もしや自分の大切な人でも魔物に攫われたのか?」
「えっ……なんでそんな事を……」
それに答えたユウロは、今度はこちらの番だとエルビに問いかけました。
「魔物に大切な人がただ攫われただけなら魔物を恨むはず……でもお前は、本来被害者側にしか見えない男の方を恨むって事は……」
「やめろ……」
それは、今までのエルビの言動からユウロが推理した内容。なんて事は無い、一つの疑問と確信。
「お前自身を大切だと言ってくれていた人物が魔物に攫われ、捨てられたと思った……そうだろ?」
「やめろ」
しかしそれは、少年が一番触れられたくない事実(トラウマ)だった。
「そしてその人物は、おそらくお前が一番信頼を置いていたとても身近な人物。それはお前の兄や父親が……」
「やめろ!!」
ユウロを黙らせるため、怒りまかせに突っ込んでいくエルビ。先程までと違い余裕のないその力任せな攻撃は、回避の得意なユウロには当たりません。
「ボクは……父さんに捨てられたんだ!!」
「あっ?」
「父さんはボクの事を大切な息子だって言ってくれたのに、そんなボクを簡単に捨てて魔物なんかについて行ったんだ!! ボクは父さんが帰ってこない事に絶望感を味わった……でもそんなある日ボクの中に不思議な力が宿った。そして、数日経たないうちに教団の人達がボクの家にやってきた」
「それで父親は魔物について行ったと伝えられ、自分が勇者だと言われて教団に入ったと……」
「ああそうだ! ボクは父さん……クソ野郎を3ヶ月も待っていた事を後悔したよ!でもこれでボクはクソ野郎と同じクズ共も根絶やしに出来る! そう思いボクは頑張って強くなった!!」
「……」
「それはキミの様なクズを殺す為だ!! やがては父さんを……あのクズも殺す!!」
そして、自身の境遇を叫びます。今までの余裕もなく、強い恨みを籠めて、なぜ自分が魔物の夫達を嫌っているのかを、怒り任せに叫び続けます。
きっと、誰でもいいからこの心の奥底からの怒りをぶつけたかったのでしょう。しかし、彼がそれをユウロに告げたのは間違いでした。
3ヶ月待っても帰ってこない父親に絶望し、殺すと誓ったというエルビの言葉……
「死n……」
「甘ったれてんじゃねえよクソ眼鏡がっ!!」
「ぐふっ!?」
その言葉は、ユウロの怒り(トラウマ)に触れてしまったのです。
「お前さ……父親が自分からお前を捨てたって言われたのか?」
「ぐぞ……魔物の巣窟に向かって行ったんだ……3ヶ月も帰ってこなかったらそうとしか考えられないだrうぐっ!!」
「じゃあわかんねえじゃねえか!! たったの3ヶ月帰ってこなかっただけで何捨てられたとか言ってんじゃねえよ!!」
「くそっ……お前に何がわかる!? 自分が頼りにしていた人がずっと帰ってこないんだぞ!!」
「テメエよりはずっとわかってるよクソが!!」
ユウロ自身も怒り狂い、エルビに蹴って殴っての暴行を加えます。そう、攻撃ではなく、暴行。それは、子を躾けていると勘違いして虐待を加える親の様に。
それは、ユウロが一番したくない事。ユウロ自身の心の深層に刻まれてしまった、心的外傷でした。
「くっ、この……『エレクトロショック』!!」
「うおっ!?」
ぼこぼこにされながらも簡単な魔術を使い、なんとかユウロの暴力から脱出したエルビ。
「あ、本当にエルビが居ました!」
「ワーウルフにデュラハン、リザードマンなんかの戦闘向けの魔物が軒並み倒されてる……けど、相手も結構ボロボロのようだね」
「立っとるのはユウロだけか? プロメ達は倒れとるし……あれ? レシェルさんは?」
「あそこだ! どうやら窓の外で何かされているようだ……」
そこに駆け付けた、ルヘキサ側の援軍。その中には、ずっとエルビの事を気に掛けていたホルミも居ました。
「くっ! 当たれ!!」
「狙いが定まってないな……こんなものそう簡単に我は当たらない」
流石に多勢に無勢。しかも、先程の暴行により眼鏡すら失ったエルビに勝機はありませんでした。
それでも諦めない彼は、果敢にトロンさんへと攻めていきます。最後まで諦めずに魔物へと向かう姿は、確かに勇者と言えるかもしれません。
「あの団長さん」
「なんだホルミ?」
「自分が倒した人なら自分のものにして良いんですよね?」
「ああ……」
しかし、それもこれまででした。
「転送。まずは眠って下さい……」
「え……ぐぶっ!?」
ホルミが得意の転移魔術でエルビを瞬時に自分の目の前に持って行き、強烈な腹パンをお見舞いしました。
自身の身体ほどの大きさを誇る斧を振り回す怪力ミノタウロスの腹パンです。最早ボロボロになっていたエルビに耐えられるはずもなく、一発で気絶しました。
「これで私がエルビを連れて行っても問題ありませんよね?」
「あ、ああ……」
「では私はこれで。あとは雑魚しか居ないのでしたら私はいなくても良いですよね」
「ま、まあ……」
「それでは……また機会があればお会いしましょう……」
「お、おい……行っちゃったか……」
そのままエルビを抱えてどこかへ転移したホルミ。
「ん? 目が覚めたようですね」
「この声はホル……って、な、何してるんだ!?」
「何って……んっ……たしかパイズリとかいうものだったかと」
「そういう事聞いてるんじゃないよ!!」
その先で、気絶していたエルビにエッチな事をしていました。しかも拘束して抵抗できないようにしている徹底ぶりです。
「はぁ……はぁ……くそ、いったいなんだって言うんだよ……」
「いえ、いろいろと聞きたい事がありましてね。その前になんだか無性に襲いたくなっただけですから」
「酷いよその理由……まあ魔物なんてそんなとこだろうけど……」
あっという間に射精させ、エルビから抵抗の意思を排除したホルミは、ゆっくりと彼に語り掛けました。
「あなたのお父様は、あなたの事を捨ててなんかいませんよ」
「……は?」
彼女は、とある人物から依頼を受けていました。自分が負った怪我で帰れなかった間に、教団に連れ去られた息子を探してくれ、と。
その人物こそ、自分を捨てたと言っていたエルビの父でした。そう、彼が帰らなかったのは怪我の為。決してエルビを捨てたわけではありませんでした。
「そしてその間、イリジさんに惚れたトリーさんは一生懸命看護していたようです。ただ、イリジさんに告白しても「自分には大切な妻と、大切な息子がいるから」と断り続けていたそうです」
「そうなの? 嘘……じゃないよね?」
「あくまで私が本人達から聞いた話ですので、信じるかどうかはエルビ自身に任せます」
それどころか、リリムに迫られたのに強い意志で自分には亡くなった妻と息子がいるからと断りを入れていたのです。
「そんな……じゃあ……ボクは……」
「捨てられたどころか、今でも行方がわからないあなたの事を心配していますよ。あ、トリーさんもまだ見ぬあなたの事心配してたりもしますよ」
「っ……!!」
そう、魔物に誑かされた親に捨てられたというのは、彼の盛大な勘違いでしかなかったのです。
「じゃあ……ボクが今までしてきた事はなんだっていうんだ……」
「きっとイリジさんもオスミさんも気にしていないとは思いますよ?」
「それでも……それでもボクは両親に顔向けできないよ!!」
今まで自分がしてきた事は、いったい何であったのか……激しい後悔の念が彼に圧し掛かります。魔物として復活した母や、魔物と共に暮らす父に、合わせる顔がないと嘆きます。
「もしあなたが今までの自分がした事を後悔しているなら……これからどうしていくのかを親御さんに宣言して下さい」
「え……」
「私だって元勇者、あなたと同じく何人もの魔物を傷付けています。だけどもう過去にやった事は覆す事は出来ません。なので私はこれから今まで傷付けた者に謝りに行き、傷付けた以上に大勢の魔物や人々を助けたいと思っています。それが私にできる罪滅ぼし……と言えるかは微妙ですがね。あなたはどうしますか?」
「……」
そんな彼にホルミは優しく抱き着いて、そう語りかけました。
「一人で不安なら、私もあなたと一緒に罪滅ぼしの旅について行きますから……というか同行します」
「え……」
二人で一緒に、今まで傷付けてきた人達への贖罪をしましょう、と。
「どうやら私はあなたの事が気になって仕方ないようです。なのでこれからもずっと一緒に居させて下さい」
「仕方ないなぁ……どうせいいよって言わないとこれ解いてくれないんでしょ?」
「ありがとうございます」
こうして、一人の少年の心は救われたのでした。
この後マイペースなホルミにエルビは振り回される事になるのですが、それはまた別のお話。
「まあエルビとホルミの事はおいといて、急いで奥まで行って下さい。司教共は転移魔法で逃げるそうです」
「わかった。では貴様とカリンはレシェル達の救助をしておいてくれ。行くぞルコニ!」
「はい団長!!」
場面は戻り、ホルミ達が去った直後。一同呆気にとられながらも、残りの処理をサクッと終わらせ、戦争は終結しました。
怪我人こそ出たものの死者は双方ゼロ人。結果は私達の楽勝でした。教団の悪事も明るみに出た事もあってこれからも忙しくなりそうですが、今後小競り合いなどは減ると思います。
「死んだと思っていたがやっと会えた娘が一人で実力者と戦っていると聞いたから心配になり急いで駆けつけたらなんと娘はその男と性行為をしていた。しかも男が娘に性的暴行を加えているならば男の方を遠慮なくバッサリ斬れるが残念ながら逆でなんと娘がその男を強姦していた挙句私の存在に気付かぬままやれ愛してるだのやれイクだの言い続けてやっとこさ終わったと思ったら結婚するとか言い始めたのだが私はいったいどうすればいいのだ!?」
「知らんがな」
「魔物ってそんなものだと思います」
「アタシもそんなだしいいんじゃないかな」
「おめでとスズ!」
「認めん!! 私は絶対に認めんぞ!!」
なんて、悩めるお父さんも居る通り、今回の戦いで複数のカップルが誕生しました。
「まあイヨシさんの事はひとまず置いといて……スズはこれからどうするの? お父さんも記憶も夫も手に入ったわけだけど……」
「ああ、その事ね……旅は好きだからしたいけど、とりあえずはこのルヘキサでアタイは父ちゃんやチモンと一緒に暮らす事にするよ」
「そっか……」
その中の一人であるスズは、思っていた通りこの街で暮らす事に決めたようです。つまりここでお別れでした。
スズとは結構長く旅をしていたので寂しかったのですが、記憶も戻り、父と再会でき、夫もでき、しかも母もゴーストとして蘇った今、家族で過ごしたいのでしょう。寂しさを抑え、私達は再会を誓いつつここで笑顔で別れました。
「ウチは前言った通りとりあえず届け先のリリムのとこまでは同行するよ」
「アメリもそのお姉ちゃんに会いたい!! だからカリンお姉ちゃんよろしくね!!」
「おう、よろしゅうな!」
その代わり、一時的ですがまたカリンとの旅が再開しました。
また賑やかで楽しい旅が始まる、この時はそう思っていました。
「はぁっ……なんで……こんな事に……」
「……見つけたぞセレン……もう観念するんだ……」
「はぁ……セニック……」
しかし、とある悲劇が、私達の身近で起きていました。
「なんで……なんでこんな事に……」
「それは……お前が魔物と判断されたからだ……」
「……」
以前の戦いでスズの……ウシオニの血を浴びていたセレンちゃんは、エンジェルの身のまま魔物化してしまい、国から、かつてのパートナーであるセニックに追われていました。
「だからもう逃げないでくれ……」
「嫌です! ワタシはまだ……まだ死にたくは……」
「わかってるよ!! でも……もうどうしようもないんだ!!」
彼らの国では、魔物化=即死刑。それは、下位天使であるセレンちゃんも例外ではありません。
まだ死にたくないセレンちゃんは、セニックから必死に逃げていました。
「という事だ。諦めてくれ……」
「絶対に嫌です!!」
「オレだって嫌だよ!! でも仕方ないんだよ!!」
「仕方なくなんてないです!! それにワタシは……セニックの事が好きです!!」
「なっ……!?」
何故なら、セレンちゃんはセニックの事が好きだから。好きな人に殺されたくない、一緒に居たいから死にたくないのでした。
「セレン……ありがとう……」
その想いは、セニックにも伝わりました。
「セニ……っ!?」
「そして……ごめん……」
伝わりました。が、その想いを壊すかのように、彼女に刺さる凶器。
「せ、セニ……ク……」
「……じゃあなセレン……好きだって言ってくれて嬉しかったよ……」
胸を刺され、息も絶え絶えに倒れる彼女を一瞥し、セニックは去っていきました。
セレンちゃんは涙を零しながら、その意識を手放して……
……………………
「んっ……ぁ、あれ? ワタシ……いたっ」
そして、目を覚ましたセレンちゃん。
「……ってここどこ……?」
「大丈夫セレンちゃん?」
「はい……って、あなた達は……ワタシをどうするつもりですか!?」
たまたま倒れていた彼女を発見した私達は、『テント』に連れていき応急処置を済ませていました。その甲斐もあって一命を取り留めたセレンちゃんは、再び目を覚ます事ができたのです。
今まで敵対関係だった事もあり起き掛けこそ強く警戒し威嚇してきましたが、自身を助けてくれた事に気付き、またユウロに言い包められ、怪我の痛みやパートナーに殺されかけた辛さで泣きながらも事情を話してくれました。
「でもさ……それ自業自得じゃねえか。お前がスズを傷付けなければよかっただけdイテッ!?」
「そういう事言わないの!」
ユウロの言う通り、セレンちゃんがこんな目に遭ったのは、魔物だからといきなり襲い掛かった結果なので、自業自得と言えます。それは彼女自身もわかっている事で、その言葉に否定はしません。
一通り事情を聞いたので、お腹の音で空腹を訴えかけてきたセレンちゃんも一緒にご飯を食べる事にしました。もっと詳しく聞こうにも、一旦落ち着いた方が良かったからというのもありました。
「そういや、お前これからどうするつもりだ? 帰る……わけにはいかないんだろ?」
「ええ。それもこれもワタシが魔物なんかになったから……いえ、まだワタシは魔物なんかに……」
ご飯も食べ終え、落ち着きを取り戻したセレンちゃんに、これからどうするのかと聞きました。魔物化したので帰るわけにもいきませんし、きちんとした治療を受ける為にも病院へ向かう必要もあります。
そんな中で、彼女は未だに自分は魔物になっていないと思いたい趣旨の発言をしました。魔物に対し嫌悪の感情を抱いているので、無理もありません。
「魔物なんか……」
「ねえ……そんなに魔物になるのが嫌なの?」
「はあ? 当たり前ですよ!!」
このままだと、セレンちゃんは自分自身も嫌いになり、どうにかなってしまうのでは……そう思った私は、おせっかいと思いつつも彼女へと語りかけました。
「私はね、ちょっとした事故で足が動かなくなって……魔物になったら動かす事ができるかもと言われて、魔物になった。魔物になってでもやりたい事……旅を続けたかったから」
「やりたい事……あなたはそれで後悔しなかったのですか?」
「全くしてないと言ったら嘘になるよ。私の両親はアメリちゃんにすら怯える程魔物は怖いものと考えているし、魔物になった事を受け入れてもらえるかわからない。でも、人間を続けて足が動かなかったら、ただ後悔しか残らないから私は魔物になった」
「それで……あなたは変わらなかったのですか?」
「うん。私は私。人間でもワーシープでも変わらなかったよ」
魔物になっても、私は私、自分は自分なんだ、と。
「サマリ……でしたっけ? お粥や応急手当ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
その話を聞いて、少しは安心できたようで……ちょっとだけ心を開いて、彼女はお礼を述べたのでした。
「それじゃ確認するけど……次に向かうのはこのルージュ・シティってとこで良いんだな?」
「まあ3つの中じゃ一番大きいし、ヘクターンに向かう途中にあるしで丁度ええな」
「それで、その後はヘクターンを目指して……」
「そのまま……行くって事でいいんだよね?」
「はい……どうなるかはわかりませんが、ワタシはもう一度戻って、セニックに会いに行きたいです」
そして、中断していたこれからの予定。私達はまずセレンちゃんを拾った場所から一番近くにある街に立ち寄り、そこの病院でセレンちゃんの治療を済ませる事にしました。
それから当初の予定通り、カリンの客先が居る街へ行き、そこに居るらしいアメリちゃんのお姉さんに会いに行きます。
そして、その後は……セレンちゃんが暮らしていた反魔物領へ行く事にしました。魔物が行くには危険ですが、もう一度セニックに会いたいという彼女の希望を汲み取る事にしたのです。
もう一度会いたいのは、きちんと好きだと想いを伝える為。ハッキリとは言いませんが、一緒に堕ちてほしい、と。
「いや〜いい天気だ!」
「お、降ろして! 自分で歩けるから!!」
「駄目だよ、セレンちゃんは怪我人なんだからさ。あ、寝てても良いからね」
「ね、寝ないから!! 心地良い眠気が早速襲ってきてるけどワタシは寝ません!!」
そうと決まれば早速出発です。私は怪我人のセレンちゃんを背負って歩いていましたが、気恥ずかしさから背中で暴れて大変でした。
「じゃあしゅっぱーつ!」
「出発はええけど……さて、どう向かおうか……」
「そうだね……とりあえずの方角はわかるけど、それらしきものは見えないもんね」
しかし、問題はそれだけではありません。ここら一帯は緩い丘になっていますが、道がきちんと整備されているわけでもなく、また向かおうとした街どころか目立つ目印もないので、無事に辿り着けるのかという不安もありました。
「……ん?」
「なんや? 急に影が……んな!?」
「な、何あれ……?」
そんな時、私達の上空に、一機の空飛ぶ乗り物……ユウロ曰く飛行機が飛んできました。
「やっぱり……わたしの思った通り、妹だったのね」
そこから降りてきたのは、アメリちゃんのお姉さんでした。異世界から来た飛行機乗りの旦那さんと空の旅を楽しんでいたところ、空から私達……というかアメリちゃんを見つけたので、興味を持って降りてきたそうです。
「姫も後から他の人達と来てくださいよ?」
「もちろん!」
彼女達と私達の目的地は偶然にも一致していたので、案内してもらう事になりました。ただ、怪我人のセレンちゃんは一刻も早く治療を施してもらった方が良いということで、旦那さんの運転する飛行機で先に行く事になったのです。
「どうセレンちゃん? 身体大丈夫?」
「ええまあ。とりあえず治療及び手当はしてもらったから大丈夫……かな?」
「完治……はしてないようだな」
「まあそれは……でも傷はほとんど塞がったし、普通にしている分には痛みも無くなったから大分良くなったけどね」
到着後、治療を終えたセレンちゃんと合流し、二人にその街を案内してもらいました。
「あなた……魔物になって後悔したり、戸惑ったりはしなかったのですか?」
「う〜ん……最初はちょっと……でも、結局は魔物でも人間でも、私を大事にしなきゃって思ったらね。別に魔物だって皆優しいのよ?」
「そうですか……ありがとうございます」
大きな街なだけあって、そこには様々な人や魔物が居ました。その中には、当然のように元人間の魔物もいました。
何かを悩みながら、一歩引いた感じで観光していたセレンちゃんも、そういった人達には積極的に話しかけていました。それは、自分の中で答えを導く為でしょう。大勢の人と魔物が交流している様子を見て、ずっと何かを考えていました。
「セレンさん、先程魔物になったと言いましたよね?」
「ええ……」
「それはもう自分の中で受け入れています?」
「それは……」
「では……今日1日、この街を見てどう思いました?」
「……」
そして、一日掛けて街中の観光を終えたセレンちゃんの心には、大きな変化が訪れていました。
「セレンさんと同じように、僕達も、魔物達も生きている。人も魔物も平和に笑い合っている……そう感じましたか?」
「はい。ワタシ達と何一つ違う事無く、温かかった……」
絶対的な悪だと思っていた魔物も、自分達と何も変わらない。そこで生活し、人と共に笑い合っている。それを直に見て、認めたのです。
だからでしょう、魔物に対して心を閉ざしていた彼女は、ここから少しずつ心を開いていきました。
「でも、これでいいのかわからなくて……本当に魔物を受け入れていいのかと疑問が出て、何が正しいのか見当がつかない自分も居て……」
「それでいいのですよ。何が正しくて、何が間違っているのかなんて、そう簡単に答えは出ません。セレンさんには悩む時間がある。だからこそ自分の納得する答えが出るまで悩めばいいのです」
「そうですか……そう、ですね……」
それでも、今まで生きてきた中で根付いていた常識はそう簡単に変えられません。態度は軟化しましたが、悩みはまだまだ続きます。とはいえ、簡単に結論を出すような事でもないですし、彼女の旅はまだ続くので、その間に結論を出す事にしたそうです。
「おー、ここがヘクターンか!」
「魔界じゃないですかここ……」
「いやよく見てみぃ、あそこに人間女性がおるやろ? 成りかけとるけどまだ魔界化はしとらんようやで?」
「そうだねぇ」
という事で、セレンちゃんは私達との旅を続け、途中ちょっとしたトラブルに巻き込まれつつもカリンの目的地へと到着しました。そこは魔界化寸前の親魔物領で、アメリちゃんのお姉さんが統治している街でした。
「もしかして……ユーリムさんは他にも姉妹の居場所とかご存知ですか?」
「ええ! 多分会った事ない子も多いと思うけど……」
「えっホント!? おしえてユーリムお姉ちゃん!!」
「そうね……ここからならトリー、ロレン、キュリー辺りが近くに住んでるけど……知ってる?」
「ううん、3人とも知らない……」
「そっか。じゃあ出発前には教えてあげるけど……何時までこの街に居る予定とかってある?」
「いえ。一通りこの街を観光したら出発しようと思ったので……」
「じゃあ出発までここに泊まっていかないかしら? アメリとももっとお喋りしたいし……」
「いいのですか!? では、お言葉に甘えさせてもらいます!」
そこの領主、リリムのユーリムさんは気さくな人で、軽い感じに私達と接してくれます。
また、そんな人だからか今までのお姉さん達以上に多くの姉妹を知っているようで、近くに住むリリム達の情報も気軽に教えてくれたのです。
「あの……ユーリム様、そろそろ……」
「え〜いいじゃない! ちゃんとやる事はやってきたし、可愛い妹と戯れていたって……」
「いえ……先程も申したようにムイリさんにも用がありまして……」
「いいのいいのムイリなんて放っておきましょ! むにむに〜♪」
「おいこらユリリムー!! 人の客の足止めしてるんじゃないわよ!!」
「けぷっ!?」
そして、カリンが荷物を届ける依頼人を放置してアメリちゃんを弄っていたユーリムさんに、怒りながら飛び蹴りをかましたその依頼人、バフォメットのムイリさん。
「……よし、これでいい?」
「たしかに。ほなこれが商品や。あっとるな?」
「うん、合ってるわ。ご苦労さん。ゆっくり休んで行くといいよ。良いよねユーリム?」
「良いも何ももう家に泊める事になってるわよ。私……というか会った事ない姉妹に会いに来たって言う可愛い妹のアメリともっとお話したいからね」
そんな彼女はカリンの実家のお店に頼んでいたマジックアイテムを受け取り、それを使用して作り上げる装置で実験するためにとユウロの髪の毛もついでに取って屋敷の奥へと行ってしまいました。記憶や情報を引き出すとか言っていましたが、よく理解できなかった私達はあまり気にせず、そのままユーリムさんと楽しくお喋りをする事にしたのでした。
「……ここどこだ?」
そんなこんなでムイリさんの事はすっかり忘れていた次の日。私はユーリムさんが住むお城の中で自由見学中に一人迷子になりました。
「さて、早速見てみようかなっと……」
「すみませーん、誰かいますか……あっムイリさん」
そして、迷った先で私は何かを調整していたムイリさんと遭遇しました。
「んーまあ簡単に言えば、あんた達の記憶を見る装置よ」
「へ? 記憶を見る?」
「そ。あんた達が旅で見てきたものを見る装置。しつこい教団兵達が隠してる物とかないかを調べる為に作ってたんだけど、ちゃんと見れるかのテストがしたくてね。もちろんここで見た事は絶対に公言しないわよ」
その何かとは、彼女が試作していた記憶投影装置でした。ユウロの毛を奪っていったのは、この装置の試運転でユウロの記憶を見る為だったようです。
他人の記憶を勝手に見るのはどうかと思いましたが……あまり過去を語りたがらないユウロの記憶が気になったのもあり、私はムイリさんと一緒に見る事に決めました。
『あー……なんか眠いな……やっぱ毛が短くてもワーシープか。それにしても……じっくり見た事無かったけど可愛い寝顔してるなこいつ……』
「……」
「あら〜? なんか顔真っ赤ね?」
「いやまあ、普段料理以外で褒めないユウロが可愛いとか言ってくれたから恥ずかしいのと同時に嬉しくて……」
最初のうちこそ、今までの旅を振り返ったり、私の知らないところでユウロが可愛いと言ってくれたことに喜んだりと、のほほんとした気分で見ていたのですが……
「これ以上はマズイ?まだまだ遡れるけど……」
「あ、んと、その……これより前は旅してる時じゃないので……いやでも見てみたいかも……」
「んーまあ本人に黙っておけばいいんじゃない? 折角だから見ちゃいましょ。別世界の様子も映るかもしれないしね」
「それもそうですね……じゃあ見ちゃいましょうか」
ちょっとした好奇心で、私は出会う以前のユウロの記憶を見る事を選んでしまいました。
この選択は、最悪手だという事にも気付かずに。
『だ、誰? アメリに何の用なの?』
『悪いな、お前には死んでもらう……』
『えっ……なんで? アメリ何もしてないんだよ?』
『わかってる。俺もあまり乗り気じゃないけど、お前を殺して来いとおえらいさんが言うものでさ』
『嫌だ! アメリ死にたくない!』
『だったら俺から全力で逃げるんだな!!』
ユウロとアメリちゃんの初遭遇から始まった、私の知らないユウロの記憶。
「もしかしてだけど……この先は別の世界になるのかしら?」
「おそらくそうだと思います……」
教会に居る時の記憶まで遡り、何時しかこちらの世界に来た場面まで進みました。
もっと過去を知りたいという思いと、別の世界の景色を見てみたいという思いが相乗的に重ね合い、私は自重を忘れその先まで見てしまいました。
『居場所を失ったあなたへか……本当にこんなのに効果があるわけないのに、なにしてるんだろうな俺は……』
私が見た光景、それは、決して楽しいものではありませんでした。
『悠斗兄のせいだ!!』
『こ、こら! なんて事言うの!!』
『悠斗兄が山本パパを困らせたから、山本パパは無理して死んじゃったんだ!!』
『俺が山本さんを……追い詰めて……過労で……』
育ての親を自分のせいで亡くしてしまったかもしれないという後悔。
『ご、ごめんなざあいっ!!』
『うるせーよ! ごめんって言えばいいもんじゃねえんだよ! テメエが迷惑掛けたんだろうが、あ? 反省してんのか?』
『ひう……ごべんなざい!!』
『あん? 聞こえねえよ! もう一回ちゃんと言えy』
『こら! やめなさい悠斗君!』
悪い事をした弟同然の存在、拓真君に対して暴力を振るい、荒れてる姿。
『あのね……今日は翔君と遊んでたんだけど……』
『なんだ、喧嘩でもしたのか?』
『うん……』
『しかも頬が若干腫れてるから殴り合いっぽいな……何が原因だ?』
『おもちゃの取り合い……』
『ガキかお前ら! いやガキか……』
同じ施設に住む友達と喧嘩してしょんぼりしている、ちょっと可愛らしい姿もあるにはありましたが……
『山本院長! こちらに!!』
『な、なんだねこの段ボールは……名前は吉崎悠斗。拾ってやって下さい……ってなんだこれは!?』
『今朝寮に来た後見たらここに置いてありました。嫌な予感がして、とりあえず山本院長に……』
『と、とにかく蓋を開けるぞ! な、これは……』
『酷い……なんでこんな事が……』
小さい頃、その施設の前に段ボールに詰められた状態で放置されているという、とても現実とは思えないような酷い場面が映り、私の頭は真っ白になりました。
『最初っから謝るような事してんじゃねえよ!!』
『あう……いたぃ……』
『ああん? 痛いじゃねえんだよ!』
『ごめんなさ、おかあさん……』
『うるさい! もう口を開くな!!』
『うぐぅ……』
追い打ちを掛けるように映されたのは、実の母親に酷い暴力を受ける場面。
『私が何をしたって言うの? なんでこんな事になったの!!』
『ぅ……』
『もうやだ……もう疲れた……こいつはムカつくだけだし、誰も助けてくれないし……』
『ぁ……おか……さ……』
『もうイヤだ!! こいつの面倒なんか見たくない!!』
そして……
『悠斗なんか、産まなければよかt……』
「あ、あれ……? あ……壊したのね……」
「はぁ……すみませんムイリさん……止め方わからなかったので……」
気が付いたら私は、その装置を壊していました。
ちょっとした好奇心に駆られ、知られたくない記憶を勝手に見てしまった私は、酷い後悔と罪悪感に襲われました。
「ん? ああサマリか。どうしたそんな暗い顔して?」
「あ、ユウロ……あの……ごめん」
「え? 何が?」
「その……ユウロの記憶……見ちゃった……」
「記憶を見たって……どういう事だ?」
「えっとね……ムイリさんが作ってた機械で……」
「あー昨日言ってたよくわからないやつか……あれ人の記憶を見るものだったのか……」
「うん……ゴメンね……」
だからこそ私は、すぐユウロに謝りました。
それが許される事でないにしても、謝罪したかったのです。
「はぁ……まあいいよ。どこまで見たんだ?」
「その……順に遡って……ユウロがお母さんに……その……」
「あーはいはい。母さんが産まなければ良かったって言ったところね……」
「っ……」
「まあそこまで知ったんなら全部話すか……でも、アメリちゃんや他の奴には言うなよ?」
しかし、ユウロは軽く溜息を吐きながらも、軽い感じで許してくれました。そして、自ら補完するように幼い頃の話をしてくれたのです。
「そこからは多分サマリの見た通りだ……俺は寮で皆と打ち解けて、拓真の奴と仲良くなって……ちょっとした事がきっかけで俺は拓真に手を出し、山本さんが俺のせいで死んで……」
「ユウロ……」
「嫌になるよな……自分が虐待されていたから、絶対辛いのはわかってるのに……俺は手を上げて暴行する事しか叱り方がわからないから……気付くと相手を殴ったり蹴ったりしながら説教してる……」
「……」
それは、耳を塞ぎたくなるような心苦しいお話。
「俺は……自分の本当の父さんの顔を全く知らねえんだ」
「……は?」
「いや、どうやら昔母さんと付き合ってたらしいけどさ、俺ができたと知って怖くなって逃げたそうだ」
「え……」
「しかも多額の借金を押し付け残したままだとさ。とんでもないクズときた」
「……」
それでも、記憶を見てしまった者として、きちんと最後まで聞きました。
「ま、俺はそんな屑と屑の間に産まれた子さ。だから、もし誰かを好きになって結婚して、子供を作ったとしたら……怖いんだよ」
「何が?」
「俺も父さんや母さんと同じようにならないか怖いんだ……子供が出来たのを知って逃げ出すかもしれないし、虐待するかもしれない。現に俺は何度も暴力を振ってる……そうなるかもしれないんだ!!」
自分の両親がそんなだから、自分もそんな人になるかもしれない。だからこそ、ユウロは誰かと恋仲になりたくないと言っていたのでした。
「だからさ、俺は……!?」
「大丈夫……ユウロは大丈夫……」
「サマリ……」
私自身は両親に愛されて育ったので、その苦しみはわかりませんし、共感する事もできません。
それでも、私は確信をもって言えます。
「ユウロなら絶対にそうならない。私が自信持って言えるよ!」
ユウロなら、絶対にそんな人にはならない、と。
「……ありがとうサマリ……」
私が強く抱きしめながらそう語ったからか、少し安心した声でユウロはお礼を述べたのでした。
「これは……お邪魔するのは悪いですね。しかしもどかしいですね……そのままくっついてしまえばいいものを……」
勿論、その様子をセレンちゃんが覗いているだなんて微塵も気が付いていませんでした。
……………………
「カリン、アズキさん達によろしくね!」
「おう! ウチも家に帰った後、オトンの怪我が治っとったらまた大陸に行く。そんで色々と情報集めて皆と合流するわ!」
「おう、待ってるぞ!」
実家の手伝いでここまで一緒に居たカリンと再び別れ、私達はセニックに会う目的の為に歩を進めます。
「この街を出ればいよいよペンタティアか……」
「はい……いよいよセニックがいる街になります」
「どうする? すぐ向かう?」
「う〜ん……そうしたい気持ちもありますが、急ぐ必要も無いと思うのでとりあえずいろいろ準備しながらこの街を観光しようと思います」
「うんうん! 折角来たんだからアメリいろいろ観たい!!」
「そういう事です。隣にこの街があったのは知ってましたが、魔界なので憎む事はあっても観光なんてした事無いですからね。魔物になった今なら関係無いですし、この機会に色々と回りたいです」
途中で迷子になり、偶然通りかかった街でアメリちゃんだけが正体を隠しているお姉さんに気付いたり、また別の街ではお城に住むお姉さんとバッタリ再会し、そのまま演奏会を開いてもらったりしながら、私達は目的地付近の明緑魔界までやってきました。
「牧場……ってなんです?」
「ん? ああ、この街一番の牧場さ。大勢のワーシープやホルスタウロスなんかが暮らしてる。もちろん牧場と言っても家畜扱いじゃなくてきちんと大勢の夫婦や家族で生活が成り立っているよ」
「ワーシープやホルスタウロス……家畜系の魔物か……毛やミルクを採っているって事ですね」
「そういう事。皆のびのびと過ごしてやる事はきちんとヤっているから、うちのホルスタウロスミルクは特濃でなくても濃厚で美味しいし、ワーシープウールもふわふわで心地良い眠りに誘ってくれる一級品さ」
「へぇ〜」
この魔界には大きな牧場があり、そこには大勢のワーシープやホルスタウロスなど畜産系の魔物が暮らしていると聞いた私達は、早速その牧場へと行ってみる事にしました。
魔物の牧場がどんなものなのか気になったり、それらから採れる品にも勿論興味はありましたが、私はそれ以上に自分以外のワーシープに会えることが楽しみでした。何故なら、私はここまで旅の途中で自分と同じワーシープと出会った事が無かったからです。
「彼から聞いたよ〜。あなたが元人間のワーシープだね〜」
「は、はい! サマリと言います!!」
「ふふ〜、そんなに硬くならなくてもいいよ〜。ワーシープになってみてどうだった?」
「そうですね……ワーシープになってから寝るのが好きになったし、寝起きはかなり良くなった気がしますね」
「んふふ〜そーだよねぇ。眠るの気持ちいいもんね〜♪」
そんな私の願望を聞いて下さり、私は早速他のワーシープとお話をして……
「ふぁ〜……なんだか眠たくなってきた〜……おやすみサマリちゃん……」
「ふぁ〜……私もふわふわってしてきたぁ……おやすみなさい……」
良い草木の香りが漂う日当たり良好な草原の上で、他のワーシープ達と一緒にお昼寝しました。
「あー、サマリお姉ちゃん寝ちゃったね」
「そうみたいですね……」
「はは……皆気持ちよさそうに寝ているようだね。ユウロ君はフリーの娘に襲われる可能性があるからオススメしないけど、君達も彼女達に交ざって一緒にお昼寝してみるかい?」
「ん〜……悩むけどアメリ他の場所も見たいからな〜」
「ワタシは軽くトラウマになってるのでパスしておきます」
「残念。君達みたいな白い小さな子が一緒に寝てると可愛らしいなと思ったんだけどな」
そして眠った私を放って、アメリちゃん達は牧場見学を続行したようです。
「それでワタシ達はどこへ案内されてるのですか?」
「まずはホルスタウロス達のところに行こうかなと。あ、赤いものは鞄の中にしまっておいてね。それと今なら乳搾り体験も出来るよ」
「アメリやりたい!!」
まずはホルスタウロス達の宿舎へと向かい、乳搾り体験をしたみたいです。
流石にユウロは遠慮しましたが、アメリちゃんはノリノリで、セレンちゃんは戸惑いながらもホルスタウロス達のおっぱいを搾ったとの事。曰く良い経験だったという話です。
「右手に見えるのがアルラウネ達の花畑です。男性としっぽりしている人が現在極上の蜜を生成中ですよ」
「しっぽりって……まあアルラウネの蜜って言うぐらいですし、そんなところだと思ってましたけど……」
「それと、作られた蜜を私達ハニービーが集めてたりもしてます。甘くて美味しくて栄養たっぷりといいとこ尽くしですからね」
「うわ……なんかアルラウネとハニービーが全身蜜まみれでやらしい事してんな……」
そのまま3人は農園の方へと向かいました。
道中でアルラウネの蜜の製造現場を見学しながら着いた先は魔界の特産品を育てている畑です。
「さて、魔界の特産物ゾーンに到着しました! まずはおなじみの虜の果実のエリアですね。お一ついかがですか?」
「食べたい!!」
「残りの御二方もどうぞ! もっと欲しくなるとは思いますが、一つでやめておけば魔物になる事もないですし、おいしいので是非どうぞ!」
「それなら……でも一つで止められるものですか?」
「……はいどうぞ!」
「「……」」
そこで虜の果実やねぶりの果実、まかいもなどを食した3人。
まあ、魔界の牧場だけあって少々刺激的な光景が広がっていたようで、セレンちゃんは赤面している場面が多く、ユウロも股間を固くしていたとの事。
「……おいサマリ、さっきから何してるんだ?」
「ん……気にしないで……」
それは、ずっと寝ていた私も一緒です。
微睡の中、周りに居たワーシープ達に身体中を愛撫――と言ってもスキンシップ程度のものですが――されていたり、旦那さんが居る人が草原でヤッたりしたところを見ていたので、軽く発情状態でした。
そんな中で男であるユウロが迎えに来たわけですから……私は意識しないうちに、ユウロを襲おうと身体を擦り付けたりしていました。
「それでお前はそのまま俺を襲うつもりなのか?」
「……」
ですが、ユウロがそう言った事により私は正気を戻し、その場で襲わずに済みました。
危うくユウロの気持ちを裏切りそうになった私は落ち込みましたが、ユウロはまた軽く許してくれました。
「これは……やはり手を差し伸べるべきでしょうかね……」
やはり、その様子を陰でこそっと見ていたセレンちゃんが何かを思い至った事なんて、知る由もありませんでした。
「動くな魔物ども!動いたら即殺す!!」
「く……やっぱばれてたか……」
ですが、それをすぐに行う事はできません。
私達が念入りに準備をして目的地へと向かっている途中で、それを嘲うかのように明緑魔界へ侵攻途中だったその国の教団兵士達と遭遇したからです。
「なんで……なんでこんなところに……セニック……」
「それはこっちの台詞だ……セレン、なんでこいつらとこんな場所に居るんだ……」
そして、その中にはセニックの姿もありました。
「それで、だ。セレン、どうしてお前は今ここに居るんだ? 魔物としての自分を受けいる事ができたと言うなら、何故反魔物領であるペンタティアに向かっていたんだ?」
「そんなの……決まってるじゃないですか!! ワタシはセニックの事が好きだと言ったはずです!! 好きな人と一緒に居たい、その想いであなたに会いにきたのです!!」
「っ……」
「セニックと一緒に居たい! セニックと愛し合っていたい!! それを伝える為に、ワタシはここまで来たのです!!」
セレンちゃんは、囲まれている状況だなんて一切気にする事なく、自分の胸中の想いをセニックへとぶつけました。
「お前自身はどうしたいんだ? 勇者セニックじゃなくて、セニックとしてだ」
「オレ自身……?」
「ああ。お前が勇者としての選択のほうが正しいしそうするべきだと思うならば俺達を斬り殺せばいい。つってもそう簡単に殺される気はないけどな」
「……」
「でも、だ。もし今のお前自身がセレンの想いに応えるほうが後に後悔しないって言うんだったら……あとはお前だったら俺以上にわかるよな?」
「……」
「勇者としての立場にこだわるな。セレンが大事なら、勇者である必要性なんて特にねえだろ。そんなくだらねえもの捨てちまえ。元勇者様からのありがたい言葉だぞ」
想いをぶつけられたセニックは、自身の立場と本当の気持ちに板挟みになり、答えを出せないでいました。
そんなセニックに対し、元勇者としてユウロがセニックへと語りかけました。勇者としての立場ではなく自分自身がどうしたいのかを考えろ、と。
「……ゴメンなセレン……そしてありがとう……」
「セニック……!!」
「オレもセレン、お前の事が好きだ……お前と一緒に居たいから勇者としての立場なんか捨てても良い……」
「セニック……ありがとう……」
そうして出した結論……今度は凶器など隠し持たず、セレンちゃんをただ力強く抱きしめ……やっぱり囲まれている事などお構いなしに、二人は接吻を交わしました。
「よしわかった。やはり前科持ちはまともに相手してはいけないという事だな。おい貴様ら。この裏切り者の犯罪者ごとこいつ等を殺せ!」
勿論、その様子を教団兵士達が黙って見逃すはずがありません。二人を含む私達全員を殺そうと命令を下しました。
しかし……その命令が実行される事はありませんでした。
「いったい何が……」
「きゃは♪ 折角のいい雰囲気をぶち壊すなんて……あなた達お仕置き決定!」
「それ、自分達も……」
「えっと、その……それもだけど……その、い、妹を助けるため……だよね?」
「なっ!? だ、誰……だ……!?」
何故ならば、ユーリムさんから連絡を受けたアメリちゃんのお姉さん達が3人もその場へと現れ、一斉に教団兵士達に襲い掛かったからです。
いくら屈強の兵士だとしても、上位にもなると一人で一国を堕とせるリリムを同時に3人も相手取るなど不可能です。一方的な蹂躙と共に一瞬にして壊滅してしまいました。
「ふぅ……とりあえず一安心だね」
「アメリちゃんを見てるとつい忘れがちだけど……リリムって恐ろしいな……」
「え〜?」
私達はお姉さん達に言われた通り、近くの小屋に避難し、そこでゆっくりと現状を確認していました。
「いつ……」
「ん? どうしたのですかセニック? 見せて下さい。これは……」
そんな中、急にセニックが痛みを見せました。どうやらセレンちゃんが堕ちた事で懲罰を受けていたみたいで、よく見れば身体中痣だらけです。
それを発見したセレンちゃんは、有無を言わせずセニックの治癒に当たり、別室へと移動しました。
「……ありゃあセニックのやつ無事に済まない気がするな」
「セレンお姉ちゃんの目が旦那さんがいる魔物のお姉ちゃんと同じだったもんね。たぶんチューしてからずっと高ぶってたと思う」
「そうだね。多分だけど出てきた時はセレンちゃんの色変わってそう」
その時の表情は獲物を前にした時の魔物のそれでした。私達がそう予想するのも無理ありません。
「ペニスが大きく膨らんでいますが……いったい何に興奮していたと言うのですかね?」
「え、いや……ち、治癒魔術が心地よくて……」
「嘘ですね。アメリやユウロに同じ事しても特に興奮してはいませんでしたから。ワタシに触られて興奮でもしたのですか? それともワタシに裸を見られて? まさかセニックがそんな変態だったとは……」
「え、いや、ちが……」
「そんなに顔を真っ赤にされながら言われても説得力はないですよ」
「セレン、お前何を……うっ……」
「何って……大きく膨らんでいるのですから、こういった事をされるのを望んでいるのでしょう?」
「い、いや違うぅ……こ、こんな事するのはよくなっああっ!」
「別にワタシ達は恋人同士ですし、何も問題はないかと。射精させて落ち着かせてあげますよ」
そして予想通り、治癒行為と称したセレンちゃんの行動は性行為へと発展していき……
「なんです? ここに挿れたいのですか?」
「え、いや……そういうわけじゃ……」
「ワタシと子作りしてもらえないのですか? 折角結ばれましたのに……セニックとの子供がほしいのですが……」
「あ……そ、そうだよな。これは子作りなんだよな……」
なんだかんだと言い訳を並べながら挿入まで持って行き……
「まさかこれで終わりではないですよね? ですが疲れているようですので、次はワタシから動いてあげましょう」
「なっ……おいセレン、お前……身体gふぁっ!?」
「ふふ……変態おちんぽはまだまだ硬いですね……これなら大丈夫でしょう♪」
肉欲に溺れたセレンちゃんは、ものの見事にダークエンジェルへと堕ちてしまいました。
「ごめんなさいセニック。もう少しだけパンデモニウムへ行くのは待っていただけないでしょうか?」
「は?あ、ああ、別にいい……ってか今行こうとしてたのかよ!」
「はい。嫌ですか?」
「……嫌じゃない。セレンと一緒にいられるならオレはどこへでも行くよ」
「ありがとうございます♪」
それでも、彼女は即パンデモニウムへと行く事は止めました。
「あ、それと、ちょっとサマリにお話があるので来てもらえませんか?」
「私に?」
「サマリにだけ話したい事ですので、アメリやユウロはここで待っていてくれませんか?」
「えー」
堕落の使徒が堕落的な生活を見送ってまでやろうとしている事、それは私とのお話。
意外と世話焼きなセレンちゃんがずっとやきもきしていた事を突き詰めるために、私と二人きりで話をします。
「別にユウロ個人に特別な想いを持っているわけではない、そう言うのですね」
「……あ、当たり前じゃんか。ユウロだってそう言うの望んで無いわけだし……なのに私がそんな事思ったら……ユウロに悪いじゃんか」
「そうですか……でも、それは本心ですか?」
「っ!?」
そして私は、セレンちゃんによって気付かされてしまいました。
「もう一度聞きます。あなたはユウロ個人に特別な想いは持ってないのですか?」
「だから、ユウロは彼女とか作ってはいけないから……」
「あーもう……ユウロにも都合があるのは知ってます! でも、今はそんな話をしているのではありません!! サマリ、あなた自身がユウロの事をどう思っているのかを聞いているのです!!」
「わ、私自身……が?」
「そうです! ユウロの都合なんて無視した自分の気持ちはどうかと聞いているのです!!」」
ずっと、考えないようにしていた事に、向き合わざるをえなくされてしまいました。
「私は……ユウロの事が……好きなんだ!」
そう、それは……私がユウロを好きだという事実。
ずっと考えないようにしていた、ユウロへの好意を引っ張り出されてしまったのです。
「でも……どうしよう……」
「何がですか?」
「私がユウロの事が好きでも、ユウロが困っちゃうよ……好きだって言ったら……ユウロに嫌われちゃうよぉ……」
でもそれは、その好きな人が頑なに避けている事。好きだ、子供も欲しいだなんて言ってしまえば、きっと嫌われてしまう。
そう考えた私は、どうしたら良いのかわからなくなり、思わず泣き始めてしまいました。
「泣かないでください。サマリは考えすぎです」
「えっ……?」
「好きだって、自分の気持ちを素直に伝えてしまえばいいのです。相手がどんな悩みを持っていようが、自分なら大丈夫だと言ってあげればいいのですよ」
そんな私に優しくそう語りかけてくれたセレンちゃん。きちんと想いを伝えれば大丈夫だと、慈愛に満ちた表情で言ってくれました。
「それでは……サマリ、しっかりするのですよ」
「……うん!」
伝えたい事を全部伝えきったセレンちゃんは、再会を約束してセニックとパンデモニウムへ行ってしまいました。
「お姉ちゃん達まだかな〜。アメリはやくお話したいな〜」
「そうだな……ん?サマリ、なんか近くないか?」
「き、気のせいだって。ほら、最近毛を伸ばしっぱなしだからちょっと感覚が変わってるんじゃない?」
「ふーん……まあ別にいいけどさ……」
気付かされてしまった私の恋心は、止め処なく溢れていくのでした……
……………………
「きゃは♪ おまたせ……ってなんか人数が減ってるわね」
「天使の夫婦、居ない……」
「あの二人は先にパンデモニウム……だったかな? なんかそんなところに行きました」
「お姉ちゃんたちに助けていただきありがとうございましたって伝えといてって言われたよ!」
「えっと……そういう事でしたら……あの……大丈夫です……」
兵達を余す事無く無力化してきた3人のお姉さん達が戻ってきたので、軽くお話をした後私はまたもリリム相手に料理を振舞う事になりました。
そんな中でも私の頭の中はユウロに対する想いでいっぱいでしたが……流石に失敗はせず料理は好評でした。
「うん。めっちゃ美味い! まあこれは俺が一番好きな味付けだしな!」
「え、そうなの!?」
「あん? どうしたサマリ? なんかニヤニヤして……」
「ふぇ? あ、いや、その……皆おいしそうに食べてくれるなーっと思ってさ。今日のはあまり作った事無いものだったからいつもより自信なかったからね」
ユウロに褒められ、思わずにやけてしまう自分。やはり一度意識してしまえば、その想いを抑える事はできません。
「ん……ふぅ……」
そんな私は、高ぶり収まらない身体を鎮めるため、皆が寝静まった後こっそりとベッドを抜け出し……シャワールームに向かい、魔物になってからどころか生まれて初めての自慰をしてしまったのです。
「ああっ、はああっ、ふあああああああっ!! っ!!」
ユウロに愛撫されていると妄想しながらの自慰は私の心も身体も高め上げ……いつしか絶頂を迎えました。
激しく潮を噴きながら、腰をがくがくと震わせ、シャワールームの床を濡らします。
「……はぁ……ん……♪」
勿論、たった一回自慰をしただけでその先解消されっぱなしなわけがありません。
その後も私は夜中、アメリちゃんやユウロが寝静まった後、『テント』の浴室で毎日慰めていました。
しかも、寝ているユウロの身体に密着して、匂いや身体つきを堪能してから行うという変態じみた事までやっていました。
「ふあっ、あっ……ん……え……!?」
そんな変態行為を堂々と行っていて、誰にも気付かれないはずがありませんでした。
「あ、アメリ……ちゃん?」
「……」
自慰を始めてから数週間経ったある日、激しく自慰に耽っていた私の前に、不機嫌さを隠していないアメリちゃんが一糸纏わぬ姿で現れたのです。
「……」
「ひあっ! あ、アメリちゃ、ああっ!! そこ、そこはひぃあはあぁ……!!」
幼くても立派な淫魔、しかも最上級のリリム。そんなアメリちゃんに、私は一方的に攻められ、一切の抵抗を許されず身体を震わせ喘ぎます。
「やああああっ! イクのがとまらないいぃぃ! ひああああぁぁ……」
胸を揉みしだかれ、乳首を舌で啄められ、性感帯の尻尾の付け根をぎゅっと握られ、そして白く可愛い尻尾で性器を突かれ……今思い出すだけでもゾクゾクとしてしまう程、小さな女の子に激しく犯されてしまいました。
「はぁ……はぁ……あめっ……ちゃん……はぁ……なん……こんな……」
「どう、すっきりした?」
「はぁ……うん……」
「じゃあ気持ち良かった?」
「ん……気持ち良かった……」
「よかった。アメリで気持ち良くさせられるか自信なかったけどこれならちょっとは大丈夫だね」
対面に居たアメリちゃんの全身を私が噴き出した体液でべとべとにするほど何回もイかせられた後、ようやく一息つくことができたので、どうしてこんなことをしたのか聞きました。
「だってお姉ちゃんここのところ様子がおかしかったもん。とくに最近はずっとそわそわしてた。だからアメリが一時的にスッキリさせてあげようと思ってやっただけ」
「あ……う……」
「やっぱり……ユウロお兄ちゃんのこと考えて興奮しちゃってるからオナニーしてたんだよね?」
「ち、ちが……」
「嘘は良くないよサマリお姉ちゃん。もしかしてと思って何日か前から寝たフリをしてたんだ。そしたらサマリお姉ちゃん起き上がってユウロお兄ちゃんの寝ている傍でいっぱいスーハーって息してたり頬擦りしてたり……」
「や、やめてアメリちゃん……恥ずかしいから……」
「一緒のお布団にこっそり入ったり、お股もみもみしたり、おっぱい押しつけたり、お兄ちゃんの手をおっぱいやおまんこに持っていったり……」
「やぁぁ、これ以上言わないでぇ……」
曰く、私が溜まっている様子が気がかりだったからちょっとでも解消してあげようという親切心との事。それ自体は有難かったのですが、同時に私のユウロに対する想いどころか恥ずかしい行動をハッキリ見ていたと赤裸々に語ってくるので、正直恥ずかしさのあまり消えてしまいたかったです。
「それでねお姉ちゃん。アメリが聞きたいのは、なんでお姉ちゃんはユウロお兄ちゃんに気持ちを伝えないでこっそりオナニーなんてしてるのかってこと」
「それは……」
「そうやって我慢してちゃダメだよ! サマリお姉ちゃん日が経つごとに体調悪そうだったもん。そんなんじゃ何時かおかしくなっちゃうよ!」
そのまま流れで説教コースに。8歳児に恋愛事で怒られる情けない17歳という図式が完成してしまいました。今でも本当に情けなかったなと思っています。
アメリちゃんは私に向かって、何故告白せずに自分の中で圧し留めて自慰だけでどうにかしようとしているのか、どうして一歩踏み出そうとしないのかと言ってきました。動かなければ何も変わらないんだと、私に強い口調で訴えてきます。
「あのね……ユウロはね……アメリちゃんが想像もつかないようなトラウマを持ってるんだよ? それなのに……私がそのトラウマを抉るような事したら……嫌われちゃうじゃんか……」
「そうなの?」
「そうだよ。好きなのに……そう言ったら嫌われちゃうんだもん……言えるわけないよ……」
しかしそれは、アメリちゃんがユウロの過去を知らないから言える事。知ってしまった私が言える事ではありません。それとなしにそう伝えたら、こう言い返されてしまいました。
「ふーん……でもさ、サマリお姉ちゃん……嫌われるってのは、サマリお姉ちゃんの想像でしかないよね?」
まさにその通りで、胸に秘める好意や子が欲しいと告白したらユウロに嫌われると思っているのは、私の勝手な想像でしかなかったのです。ユウロがそんな事で私の事を嫌いになるわけがない、本気で伝えたら応えてくれるとハッキリと言ったのです。
「そうだよね……わかった。明日……たとえ駄目だとしても、この想いを打ち明けてみるよ」
「それでいいんだよ! 自分のスキって気持ちを我慢するのは、ユウロお兄ちゃんにもサマリお姉ちゃん自身にも良くないもん!」
「うん……そういえばセレンちゃんにも同じような事言われてたな……」
アメリちゃんに後押しされる形で、私はユウロにこの想いを告白する事に決めました。
もし駄目だったとしても……いや、きっと大丈夫だと決意し、想いを打ち明ける事にしたのです。
「あ、あのさユウロ……」
「ん? 呼んだかサマリ?」
「うん……私の話、聞いてくれないかな……」
そして、その瞬間が訪れました。
「私……ユウロの事が大好き。だから……私の恋人に……そして夫になってください!」
自分の想いを素直に、真っ直ぐにユウロへと伝えました。
「あのさ、サマリ……」
「もちろん、ユウロの事情もわかってるよ。お母さんに虐待されてたから、自分の子供や奥さんにもそうしてしまうんじゃないかって怖さがあるのも、その相手を捨てて逃げちゃうんじゃないかって悩んでる事も……」
「だったら……」
「でもね、私がユウロの事が好きな気持ちも本物なんだよ。今までは我慢してたけど……もう我慢なんてできないよ! ユウロへの想いが、溢れて止まらないの! 今までユウロが魔物に攫われないようにしたり、襲われないようにしてたりした私がこんな事言って困るかもしれない……けど、もう自分の気持ちに嘘をつけないよ! 私はユウロが好きでどうしようもない! ユウロと結婚したいよ!! ユウロとの子供もほしいよ!! ユウロと……いつまでも一緒に愛し合っていたい……!!」
最初こそ、言い淀んでいたユウロ。でも、何かを言う前に私は更に思いの丈をぶつけます。
結婚したい、子供も欲しい、そして……いつまでも愛し合っていたい、と。
「……そうか……わかった……」
それを聞いたユウロの返答は……
「実を言うとな、その……俺もさ、サマリの事をな……正直に言うと、好意を抱いてた。もちろん、恋愛対象としてな……」
「え……本当……に?」
「でも……でもな……俺は……お前と恋人にはなれない」
「え……そん……な……」
悪い方への予想が当たり、恋人にはなれないというものでした。
「なんでって……そんなの、怖いからに決まってるからだろ!!」
「あ……」
「俺もサマリの事は好きだよ! サマリとずっと一緒に居たいさ! でもな……そんなサマリを傷付けちまうんじゃないかって思うと、怖くてたまらないんだよ! そんな事を考えるだけで、震えが止まらないんだよ!!」
その理由は、想像通り自身の過去のトラウマ由来でした。
「サマリは魔物だ……子供もほしいって言ってたし、きっと性行為をしないなんて無理だろ?」
「う、うん……」
「それでもし本当に子供ができた時……俺自身が逃げ出さない自信が無いんだ! 責任から逃げて、お前を見捨てない自信がないんだよ……!!」
「……」
自分も両親の様になってしまうのではないのかという不安が押し寄せ、どうしても気持ちを受け入れる事ができないのだと、私に打ち明けてくれました。
自分では私を幸せにできないから諦めてくれと、哀しそうに言ったのです。
「わかったよユウロ……ユウロの言いたい事は、全部わかった。でもね……」
少し前の私なら、そこで諦めていたかもしれません。
ですが、アメリちゃんに言われた言葉のお陰で、私は彼に確信を持って言えました。
それは……
「大丈夫だよ……ユウロは、大丈夫」
ユウロなら、そんな酷い親にはならない。私も子供も大切にしてくれる。絶対に道を間違える事なんてない。力強く抱きしめながら、私はユウロにそう囁きました。
私の知るユウロが逃げ出したり虐待したりなんてするはずがありません。私が好きになった男は、強くて優しくて、ちょっと頼りないところもあるけど護ってくれる、掛け替えのない存在なのだから。
「だからさ、安心して……そして、私の彼氏に、夫になってよ……」
「サマリ……」
それを聞いたユウロは、力強く私を抱きしめ返してくれて……
「でもさ……本当に俺なんかでいいのか?」
「ユウロでいい……ううん、ユウロじゃないと嫌だ」
「そっか……俺も……サマリだから、安心できる……」
ようやく恋心は実り……私達は、抱きしめ合ったまま口付けを交わしました。
「……えへへ……♪」
「はは……何だよその顔。すっごい笑顔浮かべながら泣いてんじゃねえよ」
「だって……嬉しくて込み上げてくるんだもん。ようやく想いが伝わって……幸せなんだもん……♪」
「バカ……なんか照れちまうじゃねえか……」
「あはは……照れたユウロってなんか可愛いな」
「なっ!? 可愛いとか言うなよ! んな事言ったらサマリだって寝顔はすげえ可愛いよ」
「ん〜……寝顔だけ?」
「あ、いや……どんな顔してても可愛いよ……」
「んっふふ〜♪ ありがと!」
晴れてカップルとなれた事で幸福が込み上げ、まるで身体がふわふわと浮かんでいるようでした。
今まで抑えていた分、歯止めが利かないようににやけてしまいます。周りが全く見えず、ユウロしか目に入っていませんでした。
「ベッドが一つ……だと……!?」
「大きいベッドだね……二人で寝られるぐらいにね」
「まあたしかにそうだけど……してやってくれたなアメリちゃんめ……」
もちろん、歯止めが利かないのは性欲もです。
アメリちゃんの『余計な』気遣いの一環で私とユウロは二人きりで旅館の一部屋、しかもベッドが一つしかない部屋に泊まる事になったので、ヤる事は一つ。
「まあ荷物は隅に置いておいて……じゃあとりあえずベッドに座ってお話でもしようよ」
「ああそうだな……よいしょっとうわっ!?」
「ふふ〜ん、捕まえた♪」
この日、私は初めて羊の皮を被った狼になりましたとさ。
「わ……なんか前に見た時よりおちんちん大きい……♪」
「そりゃお前……胸を押し付けられたら興奮もするさ……う……」
「なんか柔らかいけど、ちょっとずつ硬さが増してく……それになんか温かいな……」
「うぁ……」
すっかり発情した私は、初めての性行為に興奮しっぱなしです。
「凄い……これが射精……精液ってこんなに熱いんだ……♪」
「はぁ……ふぅ〜……」
「熱くて、ねばねばしてて……いい匂い……♪」
自分の手で射精させた精液を味わい、性欲はますます増大して……
「私の初めて……ユウロにあげちゃった……♪」
「い、痛くない……のか?」
「痛いよ。でも……そんなの気にならないぐらい気持ちいいの♪ ユウロと一つになれたんだって思うと、嬉しくて痛みなんてどこかいっちゃう♪」
ずっとできないでいた行為に、私は身も心もトロトロになって……
「ふあ、あ、あ、うっ……!!」
「ふあああああっ♪ あついのがあああぁぁ……♪」
私達は時間も忘れ、心地良い微睡と共にいつまでも繋がっていたのでした。
さて、ここまでは良かったのです。
問題は、アメリちゃんの『余計な』気遣いでした……
……………………
…………
……
…
「それで、アメリお姉ちゃんはどうなったの?」
ここは魔王城。城内にある大きな部屋の一室。
今、私達はアメリちゃんが主催のパーティーに参加していた。
その中で私達は自分達がしてきた長い長い旅のお話をしていたのだが……興味津々に聞いていた、白い髪で朱い瞳を持ったサキュバス……ではなく、リリムの女の子が興奮気味にお話の先を求めてきた。
「フエルちゃん、君のお姉ちゃんがそんな俺達の邪魔になると思いこんじゃって一人寂しく先に旅立っちまったんだよ。全くそんな事思ってなかったのにな」
「あーうん。そのちょっと前にサマリお姉ちゃんに勝手に思い込むなって言っておきながら自分もそう思い込んでたっていうね……はは……」
それに応えるのは、私の最愛の夫のユウロ。アメリちゃんも、女の子に向かって冷や汗を垂らし苦笑を漏らしながら補足した。
そう、アメリちゃんは私達とは別の部屋で寝泊まりした後、私達に黙って一人先に宿から出発していたのだ。その理由は『お姉ちゃんに会いたいっていうのはアメリの都合だし、それに二人の仲を邪魔しちゃいけないって思ったから』との事。
勿論私達はアメリちゃんの事を邪魔だなんて思った事は無く、むしろ歳の離れた可愛い妹のように思っていたので大慌て。宿を出発して急いで追いかけたというわけだ。
結局追い付く事はできたのだが、それもまたタイミングが良いのか悪いのか丁度アメリちゃんが襲われていたところだったので本当に大変だったというわけだ。一通り落ち着いた後説教タイムに入ったのは言うまでもない。
「あはは、アメリお姉ちゃんもおっちょこちょいだね!」
「うう……フエルにも笑われちゃった……」
アメリちゃんをおっちょこちょいだと笑うこのリリムの女の子の名前はフエルちゃん。出会った頃のアメリちゃんと同じ8歳の女の子で、私達によく懐いているアメリちゃんの妹だ。
出会ってから10年経ち、外見は美しい大人の女性へと成長したアメリちゃんだが、がっくりと項垂れてる可愛らしさは全然変わらないようだ。
「む〜!」
「ん? どうしたのドリー?」
と、そんな二人の様子を見ていたら、私の横に居る小さなワーシープの女の子が突然唸り声を上げた。
「やっぱり私も早く旅がしたい!!」
どうやら私達の旅の話を聞いて、自分も早く旅に出たいと強く思ったようだ。興奮で目を見開き、身体をぴょんぴょんと跳ねさせていた。
「……ふふ……」
「ん、なにお母さん? 私変な事言った?」
「いや、私が小さい頃と同じこと言ってるなって思ってね」
このワーシープの女の子の名前はドリー。もちろん、私とユウロとの間にできた愛娘で、今はまだ5歳の幼子だ。
今の私達は子育てに専念するため旅をしていない。親子だから似たのか、ドリー自身も旅をしたいという思いで溢れているので、とりあえず目安としてドリーが10歳になったら、今度はドリーも一緒にまた旅をしたいなとは考えている。でも、今はまだどっしりと腰を据えてドリーの成長を見守る事が大切だ。
「そうそう、また皆で旅に出ようね!」
「そうだな。その時はドリーも一緒だ!」
「フエルちゃんにもいっぱい旅のお話聞かせてあげるからな!」
「うん……世界中を、いっぱい旅しよう!!」
「うん! 私もみんなと世界中を旅する!!」
だから、何時の日か訪れるその日を夢見て、私達は世界中を旅する事を誓い合うのだった。
「そういえば……」
また旅しようと盛り上がっていたところで、ふと、フエルちゃんが口を挟んだ。
「今のお話の中にセーヤお兄ちゃんの事出てこなかったような……」
「あー……」
その名を口にした途端、アメリちゃんがほんのりと顔を赤くして辺りをきょろきょろとし始めた。まったく、わかりやすい事この上ない。
「セーヤ君はもうちょっと後だね」
「せや。あれ、アメリちゃんが10歳ぐらいの時やったな、やでちょいと先の話やな」
私達が今話した内容は、まだアメリちゃんが8歳のうちの出来事だ。ドリーを産んだのがアメリちゃんが13歳になるちょっと前だったので、まだまだ4年程旅をしていた事になる。
「セーヤ様の話になるとアメリはすぐ顔真っ赤になる……ラブラブだねぇ……」
「だ、だからそんなんじゃないって! あ、あいつはただの友達だから!!」
「でも婚約はしてるんでしょ?」
「こ、婚約と言っても小さい頃の口約束だから! そういうのじゃないから!」
「とか言って、アメリはセーヤ様以外眼中にないでしょ?」
「そ、そうだけど……うぅ……」
フランちゃんにも攻められ、色白の肌を真っ赤に染めるアメリちゃん。彼の事になると必死になるのも可愛いものだ。
「じゃあ、もっと旅のお話を聞かせて!」
「私も聞きたい!!」
旅の話はもっともっと沢山ある。それを知ったドリーとフエルちゃんはもっともっと話を聞きたいと強請ってきた。
「うーん、良いかなアメリちゃん?」
「全然大丈夫だよ。終わり時間は特に決まってないしね。でも、途中で眠くなったらきちんと寝るのよ?」
「はーい!」
「わかった!」
主催者の許可ももらえたので、私達はそのお願いを聞き入れる事にした。
「それじゃあ、アメリちゃんと合流したところから……」
だから、またここから語り始めよう。
幼き王女と気ままな旅行のお話を……
「……えっ!?」
この物語は、旅に憧れる17歳の人間の少女と、旅をしている8歳の幼き王女が出会ったところから始まりました。
「何でアメリちゃんはこんな場所に居るの?」
「アメリ?アメリは今一人で旅してるの! アメリはお姉ちゃんたちに会うために旅してたんだ」
幼き王女……リリムのアメリちゃんは自分の見知らぬリリム、つまり姉達を探すために旅をしていたのですが、一人でいたところを勇者に襲われ逃げた結果、お姉さん達の居場所がわかる魔法の地図を失くし、迷子になっていました。
「ねぇアメリちゃん。お姉さん達がどこにいるかわかる?」
「わかんない。どうしよう……」
「だったらさ、私と一緒に旅しない?」
「えっ? サマリお姉ちゃんと?」
そんなアメリちゃんを人間の少女こと私……サマリは、自分と一緒に世界中を旅しながら姉を探さないかと誘いました。
「一人より二人のほうがきっと旅も楽しいよ!」
「うん!!」
アメリちゃんも一人は寂しいと、悩む事もなくその誘いに同意してくれました。
「それじゃあ……」
「「いってきます!!」」
こうして、私と幼き王女のきままな旅が始まったのです。
……………………
「ごちそうさま!! やっぱりサマリお姉ちゃんのご飯はとっても美味しい!!」
「いやあ……そこまで真っ直ぐ言われると照れるよ。ところで……この小屋? テント? ……まあいいや。これって凄くない?」
「えっそうかなあ?」
外見は普通なのに、ベッドにキッチンやトイレとシャワー完備で内部が立派な小屋並に広い魔法の『テント』で寝食しながら、ゆったりとした旅は続きます。
「それじゃあ行こっかアメリちゃん!」
「うん! テトラストにしゅっぱーつ!!」
お姉さんの居場所を、最初に辿り着いた町に居たアメリちゃんの元付き人から聞き出したので、早速そこへ向かって歩き始めました。
「そこのリリム……もう逃さないぞ……今度こそ覚悟するんだな!!」
「あ……そ……そんな……どうして……?」
その途中、私と出会う前にアメリちゃんを襲った勇者が強襲して来たりもしましたが……
「そもそも魔物だからと言って子供を殺そうとするとかなんなの? バカなの? (中略) 本当にふざけないで!! 最低よ!!」
「そんな事言われたってさ、俺だって本当は殺したくは無いよ。魔物は怖いものだって言うから頑張って鍛えたけどいざ見てみたら人間の女子と見た目も中身もあんまり変わらないんだぜ? それを殺すとか俺ただの殺人鬼じゃんか。特に子供なんて可愛いから絶対にやだよ。(中略)でも『失敗しましたー』なんて言いながら帰ったら怒られて罰受けるわ役立たずとか罵られるわで嫌な思いするし最悪裏切り者のレッテル貼られて殺されるしどうしたらいいんだよーーー!!!!」
私の怒りに任せた言葉攻めにその勇者は心が折れてしまいました。仕方ないよね。
「だったらさ、教団なんてやめちゃって私達と一緒に旅しようよ!!」
「ええっ!? な、なんで俺を!?」
「だってアメリちゃんを殺さなかった場合帰れないんでしょ? しかも本人は殺したくないと言っている。だったらいいじゃん。今後もこうして襲ってくる勇者が居ないとは思えないし、強い人がいるのは心強いと思ったからね!」
そして、私に誘われるがままにその勇者、ユウロも共に旅をする事になったのです。
流石は元勇者。少女と幼女の旅の護衛として加入した彼は、かなり心強い存在でした。
「まずは一体。次はそこのリリムです……」
「誰だお前は!?」
「私はホルミ。そこにいる魔物を倒しに来た勇者です」
途中で大きな斧を装備した勇者ホルミと遭遇しましたが……
「くぅ……今度は絶対私が勝ちます! 覚悟しておいてください!!」
「おっけー。今度があったらその時はまた返り討ちにしてやるよ。今度は俺も本気出すから。せいぜい魔物に襲われないようになー」
ユウロとアメリちゃんのお陰でなんとか撃退、逃走する事ができたのです。
「ユウロお兄ちゃんが本当は優しい人だってのはわかってるんだけど……」
「恐怖のほうが勝ってて話しかけにくい……ってことかな?」
「そうなの……仲良くなりたいけど……」
最初こそ、殺し殺されそうになる関係だった為、アメリちゃんとユウロはぎこちなくもありましたが……
「……ん? もしかして手を繋いでほしいの?」
「うん! ダメ? ユウロお兄ちゃんともっと仲良くなりたくて……」
「……ありがとうアメリちゃんっ! はいっ!!」
二人とも優しいので、アメリちゃんにとってもすぐに頼れるお兄さんになりました。
「あなた……もしかして私と同じリリム?」
「うん! あなたがアクチお姉ちゃんですか?」
「ええ、そうよ。私はアクチ。あなたは?」
「アメリだよ!! はじめましてアクチお姉ちゃん!!」
そして、私達は3人で一緒にアメリちゃんのお姉さんと会ったのでした。
「せっかく来てもらったことだし、お客様として迎えさせてもらうわね。私とゆっくりとお話でもしましょ♪」
「うん!」
「「あ、お、お願いします」」
「ふふっ……そんなに緊張しなくてもいいわよ。もっと気楽にしてね♪」
最初に出会ったお姉さんのアクチさんは、柔らかい雰囲気を出しつつもカリスマ性を持つ、まさしくリリムなお姉さんでした。
「だからサマリちゃん、一つ提案g……」
「私はまだ魔物にはなりませんよ」
「……わかったわ。でもいつかはなるときが来ると思うわよ?」
そんなアクチさんに言われた、魔物にならないかという誘いが、少しの間私の頭の中に残ったりしながらも、私達は新たなお姉さんを探しに出発しました。
……………………
「らんらん♪」
そのまま次の目的地に向け歩き続けていた私達の目の前に……
「うらあああっ!!」
「……えっ!?」
「ワーウルフか!」
ワーウルフが一人、茂みから飛び出し襲ってきました。しかし……
「うわああ!! ぶがっ!!」
「おい、大丈夫か? そんでどうしていきなり襲ってきたんだ?」
「きゅぅ……」
「おーい! しっかりしろー!!」
アメリちゃんとユウロのコンビネーションが決まり、あっという間に伸されたのでした。
「あーあ、気絶しちゃった。やめたほうが良いって言ったのに……」
「うおっ! だ、誰だお前は!?」
「僕? 僕は椿。ジパング人だよ」
そして、草陰に隠れていたワーウルフの協力者、ジパング人のツバキから、どうしてワーウルフが襲ってきたのかの説明を受けました。
どうやら、このワーウルフことプロメは、自分の旦那さんを攫った賊から取り返すために協力者を探していたみたいで、襲ったのは実力があるかを図っていたそうです。なんとはた迷惑でしょうか。
「アタシの旦那をディナマの奴等から取り戻すのを手伝ってくれ!!」
「僕からもお願いするよ。大切な人を失うのは誰であろうと見たくないからね」
「いいぜ! 協力するよ!!」
とはいえ、大切な人が攫われて悔しい思いをしている人は放っておけないので、私達は協力する事にしたのです。
しかし……
「っ!! アメリちゃん危ない!!」
「え? きゃわわわわ!?」
「アメリちゃん!!」
いざその賊と戦ってみたら……まあこちらは元勇者、同クラスの侍、運動神経特化型魔物、そして幼くてもリリムのチームなので楽勝だったのですが、賊のリーダーが使用した雷の魔術に、油断したアメリちゃんが当たってしまったのです。
リーダー自体はその後すぐユウロとツバキとプロメの連携で倒したのですが、雷が命中し気絶したアメリちゃんは、ふらふらと崖のほうまで行ってしまいました。
私はアメリちゃんを助けるために崖から飛び出し、アメリちゃんを怪我させないように抱えたまま落下。
「サマリおね……サマリお姉ちゃん!? どうしたのそのケガ!? 血がいっぱいでてるよ!!」
「はは……ア……ち……ぶ………た……」
「しっかりしてサマリお姉ちゃん! 死んじゃ嫌だ!!」
勿論、ただの人間だった私が崖から落下してタダで済むわけもなく、すぐに近くの町の病院へと運ばれてユニコーンの治療を受けた甲斐もあって命こそ落とさなかったものの……
「私って今、足ついてますか?」
「……足は2本とも付いてはいますよ」
「ついて『は』いるって事は……私の足は……動かなくなって……ます……か?」
「……ごめんなさい……」
私の足は、動かなくなってしまっていた。
これでは旅を続ける事ができない……そう落胆していた時。
「えっと……サマリさんが皆さんと旅を続ける方法があります……」
看護師さんが、一筋の光を指し示してくれました。
「それは……何かしらの方法でサマリさんが魔物になる事です」
その方法は……私が魔物になる事でした。
「魔物は人間と比べて遥かに丈夫です。実際身体が弱く寝たきり状態だった人が魔物になったことで元気にはしゃぎまわることができるようになった例もあります。なのでもしかしたら足も治るかもしれません」
魔物化すれば、絶対ではないものの足が動くようになって旅も続けられるかもしれないと告げられたのですが……
「サマリは……人間を辞めてまで旅を続けるか、人間のまま一生を過ごすかで悩んでいるんだよ……」
「え!? なんで!? 魔物になったほうがアメリ達と旅できるし良いじゃん!」
「それでも! それでも……人間にとって魔物になるというのは、後戻りが出来ない……怖い選択なんだよ!!」
ユウロの言う通り、私は言われてすぐには魔物になる決心はつきませんでした。
旅をしているうちに魔物が怖い存在とは思わなくなったし、魔物になってもそう悪い事ではないと思えるようになっていたけれど……自分がいざ魔物になると言われたら、不安が押し寄せてきたのです。魔物になる事で今の自分が消えてしまわないか、私が私でいられないのではないかと考えてしまうのです。
それと、足が治るのが絶対ではないというのも、決断できない原因でした。反魔物領で育った私は、魔物になっても足が治らない場合、家へと帰る事すらできない……そんな考えが過ぎっていました。
「ん? あ、サマリお姉ちゃん!」
「……」
ですが、私は決めました。
「私を……アメリちゃんの手で……魔物にして」
魔物になって、旅を続けると決めたのです。
自分の足で、様々な人たちと一緒に世界を見て回るのが、幼い頃の自分の夢だったから……人間を止めてでも旅を続けたいと思ったから……魔物になる事を決心しました。
「じゃあ、いくよサマリお姉ちゃん……」
「うん……お願いねアメリちゃん」
「サマリお姉ちゃんの……足が治りますように!!」
ついに、その時がきました。
アメリちゃんがそう祈りながら魔力を私の身体に流し……私は魔物になったのです。
そして……
「足が……治ってる!!」
「本当に!?」
「うん!! ほら!!」
私は賭けに勝ち、足が動かせるようになりました。思わずその場でアメリちゃんと抱き合ってくるくると舞っていた程です。
余談ですが、この時はまだアメリちゃんとエッチな事はしていません。相手は幼い子供ですし、それでなくとも女の子同士だったので良くないと思ったからです。
とはいえ、この時私は魔物化が想像以上に気持ち良くて盛大にイッてしまいました。今思えば、どうせそうなるなら今後の為にもこの時エッチな事をしてもらっても良かったかなとも思いました。
「ねえアメリちゃん……私は何の魔物になったの?」
まあ、そんな感じに私はとある魔物に変化しました。それは腕や膝より下、それに胸元や腰周りにはクリーム色のもこもことした毛皮が覆っており、足には蹄が、腰からはもこっとした尻尾が生え、さらに、頭にはグルリと捻じ曲がった茶色い角がある種族、すなわち……
「ワーシープだよ!!」
「あ、なるほど……そのままか〜……」
そう、羊の魔物、ワーシープとなったのです。
何になるかはアメリちゃんに任せていたのですが、本人曰く「サマリお姉ちゃんみたいに優しくて、暖かくて、たまにちょっぴり恐くて、それでとっても頼りになって、サマリお姉ちゃんにピッタリだと思ったからだよ!!」との事でワーシープにしたそうです。
いずれにしても、魔物になった私は、まだ姿以外は特に変わっておらず、安心しました。
そして、足が治った事を他の皆に報告し、旦那さんの実家へと戻るプロメと別れ、4人で旅を続けました……
「何故こんな事を……テメェは何者だ!?」
「ボク? ボクは勇者だよ? キミみたいに魔物に魅入られちゃった人を処分してるだけだ」
「勇者だと!? テメェみたいな眼鏡掛けたインテリ系のガキが!?」
「そう……こんなガキでも勇者だよ。で、キミはそんなガキに殺されかけてる」
「ぐ……なぜ勇者が魔物を殺さない……」
「この聖剣で魔物なんて斬ったら魔物の血でボクも聖剣も汚れちゃうじゃんか。それに……」
「魔物が夫と認識した奴を殺したほうが、魔物にとってより大きな絶望を与えられるじゃん」
……私達の知らないところで、新たな脅威が迫っているとは露程も考えずに……
……………………
「次はどこに行こうか?」
「うーん……そうだね……ユウロはどこか行きたい場所ってある?」
「そんなの俺に振られても……そうだなぁ……」
魔物になった町を出発した私達は、途中で二人のリリム……黒勇者と呼ばれているお姉さんと学生服を着た異世界から来た夫を持つお姉さんに会いながら旅を続けていたのですが、そこで他のお姉さんの情報が途絶えたので適当に旅をしていました。
「うーん……ジパング?」
「ジパングか……あ〜私も行ってみたいかも!」
「アメリも行ってみたい!! ジパング行こうよ!!」
ですが、ユウロの何気ない一言により、ツバキの案内でジパングに向かう事にしたのです。
「あ、そうだ。一つ言い忘れてました。この先、魔物は生きて通れませんので……」
「オレに斬られてから行って下さいねっと!」
その道中、反魔物領の近くを通った事もあってエンジェルのセレンちゃんと勇者のセニックのコンビや……
「ほーらニオブ! ここで油断して正体明かすおバカな魔物が絶対に居ると思ったんだ! やっぱり見張っていて正解だったろ?」
「そうだね……ルコニの言うとおりだったよ! ヘプタリアの連中にバレないかヒヤヒヤしながらも見張っていて正解だったね!」
女勇者のルコニとその従者で魔法使いのニオブのコンビに遭遇したりしました。
今度の相手は盗賊ではなく、勇者を名乗る強者たち。流石にユウロやツバキも苦戦はしたのですが……
「今だアメリちゃん!! ホルミにやったアレを使うんだ!!」
「わかったよユウロお兄ちゃん!! 『メドゥーサグレア』!!」
「ぐっ!? クソ……このガキ……リリムだったのか……」
セニックはユウロとアメリちゃんのコンビネーションで動きを封じ……
「ふざけた事を……ではその刀を折れるまで魔力を高めるだけです!!」
「ちょっとそれは困ったな……」
「スキあり!! もこもこホールド!!」
「えっ!? あ、あなたは……すぅ…………」
セレンちゃんはツバキと私のコンビネーションで眠らせることに成功し、その場から逃げ出すことに成功しました。
それと、ニオブとルコニのほうは、ルコニの持つ双剣ジェミニの模倣能力に苦戦したりもしたのですが……
「だって、あの時は満月だったから……あれから半月たった今日は……」
「なーに呑気に喋ってんだ! 魔物のお前らから討伐してやるよ!!」
ルコニの持つ双剣ジェミニは、所謂呪いのアイテムだった。
「新月……」
「な、なんだこれは!? あ、あたしに何が……!?」
「やっぱりお姉ちゃん気付いてなかったんだね」
「なっ……あたしに何をしたんだ!!」
「アメリは何もしてないよ」
呪いのアイテムの効果で、ルコニは自身で気付かぬうちに魔物になっていたのです。
「お姉ちゃんは『ドッペルゲンガー』だから、月のない夜は変身できなず解除されているんだよ」
ずっと近くに居たニオブの想いに応える形で、ずっと人間の頃の姿へと変身していたドッペルゲンガーになっていました。
「僕もルコニの事がその頃から好きだった。それは姿や性格が変わっても、人間じゃなくなっても変わらない! どちらにしてもルコニはルコニなんだから!!」
「!!」
「むしろこうしてお互い好きだって言えたんだ! 勇者をやってたら言えなかった事だし、これで良かったんだよ!!」
「ニオブ……ありがとう!!」
なんだかんだあって戦闘どころじゃなくなり、一組の魔物と人間のカップルが誕生して一先ず危機は終わりました。
しかし、この時には既にもう一つの危機が私達のすぐ傍まで近付いていたのです。
「久しぶりだね椿……元気そうね……」
「そうか…ネレイスになって生きていたんだ……良かったよ……林檎」
それは、嵐の日に波に呑み込まれて亡くなったと思われていたツバキの幼馴染みのリンゴ。
「もこもこ白おんなぁああ!! 椿に触るなああああ!!」
「ひゃいいっ!? ごめんなさい!! ってもこもこ白女って私の事!?」
ネレイスになった彼女が、勘違いによる嫉妬心を剥き出しにしながら私に襲い掛かってきました。
「もこもこおおおおおおおおお!! アンタはわたしが駆除してやるうう!! 人の男に手を出した事を後悔しながら死ねえええええええええええええええええええええ!!」
「え、ええーっ!?」
「ち、違うぞ林檎!!」
「何が? 何が違うっていうの椿?」
「サマリは大切な旅仲間であってそういう関係じゃ……」
「サマリは大切ぅ? そう……わたしよりもサマリのほうが良いって言うのね……」
「え、違うから!! 僕の想いは林檎に向いたままだから!!」
「え……椿の想いはわたしに向いたまま……って事はサマリが無理矢理椿の事を…………ゆ・る・さ・ん!!」
「あ、いや、そうじゃなくt」
「殺す!! 椿を無理矢理自分のものにしている事を後悔させながら殺す!!」
「いや、だから……」
身勝手な勘違いから人の話もまともに聞けなくなるほど暴走していたリンゴ。なんてはた迷惑な人なのだろうと、この時は本気で考えていました。
「うひょえええええええええええ!?」
「お、おい林檎!! 何して……って危ない!!」
しかし、リンゴが私を殺そうと放った魔術が本人同様暴走し、使用者本人を崖まで吹っ飛ばされてしまいました。
「……セーフ!!」
「……えっ!?」
落ちる寸前でなんとか腕を掴む事ができ、崖から落ちずに済んだリンゴ。助けられてる間にようやく冷静になったようで、誤解も解く事ができました。
「はぁ……まあ襲われた本人が良いって言ってるから許すけど……もう少し人の話を聞いてほしいよ……」
「うぅ……ごめんなさい……」
反省したリンゴも、彼女らの故郷まで供に旅をする事になりました。ツバキの事で暴走しやすいですが、年齢が私と近い事もあって大いに盛り上がりました。
……………………
「つ」
「い」
「たー!!」
「おおげさだなぁ……」
「って何してるの?」
数日間の船旅の末、ついにジパングへと辿りついた私達。
お饅頭やジパング特有の山菜など、大陸では見掛けた事のない食べ物に舌鼓しつつ、ツバキとリンゴの故郷まで情景を楽しみながら歩いてしました。
「そこの旅人達、少し待ちなさい!」
「ん?なんだ?」
しかしその途中、私達の前に現れたカラステングさんが教えてくれた情報に、私達は一瞬で緊張に包まれてしまいます。
「大陸の教団と名乗る者達が町を侵攻しているのだ」
「そ、そんな……」
それは、二人の故郷が教団に侵攻されているという知らせ。
しかも、町を護る水神様……龍のアヤメさんまで倒されてしまっているという……どう考えてもピンチでした。
実際、私達が町に着いた時には既に町中で教団兵が暴れており、町の魔物達は全員眠らされ、その旦那さん達は広場へ集められ、それ以外の人間は全員大きな小屋へ詰められていました。
「エルビ様! 魔物を伴侶にしている者はこれで全員のようです!」
「ん、わかったよチモン。それじゃあ始めますか……キミ達が魔物なんかと結婚して子供まで作ったり作ろうとしているどうしようもないクソ達かい?」
「な!? テメェ……魔物なんかt」
「うるさいよ。クソが喋って良いと思ってるの?」
「ぐあっ!!」
そして広場には……プロメの旦那さんを攫った賊全員に重傷を負わせた少年勇者エルビや、その部下のチモンを始め何人かの兵士が立っていました。
寝ている魔物達には手を出さず、エルビは悪態を吐きながら魔物の旦那さんの一人の腕を手に持った剣で躊躇なく突き刺し、また別の人の顔面を殴ったりと、好き放題痛めつけていました。後々そんな行動をしていた事情は知る事になりますが、どちらにせよ彼の行いは到底勇者とは思えない酷いものでした。
「あ、そうだ。安心してよ。キミ達の死ぬ間際にはキミ達の愛しの魔物を起こしてあげるし、魔物達は殺さないでいてあげるからさ。よかったねボクが優しくて」
「くっ……」
そう、彼のとても胸糞悪いその言動は、心優しい幼い王女様を怒らせるには十分過ぎました。
「皆悪い事してないのに……なんで!? ふざけないでよ!! アメリもう怒った!! エルビさんなんか大嫌い!!」
私の制止も一切聞かず、怒りを露わにしてアメリちゃんは飛び出してしまいました。
「キミ達は誰だい? そこのリリムのガキの知り合いみたいだけど」
「知り合いだよ! 一緒に旅してるんだよ!!」
「ふーん……旅ね。じゃあボク達の事無視すればよかったのに。関わるなら容赦なく殺すよ?」
「僕に至ってはこの町が故郷だからね……無視できるわけないよ!」
「そうかい……どうやらキミ達もクソらしいね。だったらボクが殺してあげる……掛かってきなよ!!」
アメリちゃんを追いかけて広場へと飛び出したユウロ、ツバキも加わり、3人とエルビ達教団兵の闘いが始まります。
「無事アメリちゃんのところまで行けたようね……じゃあサマリ、わたし達も行こうか!」
「そうだね……うん、私頑張るよ!」
その裏で、私とリンゴは小屋に捕らえられている人達を解放するため、こっそりと小屋まで近付いていました。
広場での騒ぎのお陰で、そこには兵士がたった一人で見張りについているだけでした。その一人をリンゴの水系攻撃魔術で大ダメージを与え、隙を突いて私の眠りの毛皮を押し付け熟睡させることで撃退し、小屋の中へと侵入することに成功しました。
「お父さん! お母さん!」
「この檜の棒やけどな、ただの檜の棒やないんやで! なんと岩をこれで叩いても折れないどころか岩が砕ける程の強度なんや!! どや、これからまたこの町が教団の兵士どもに襲われたりした時にも役立つで!!」
「うーん……たしかに本当なら便利かもしれないけど……それで人叩いたらそいつ死んじまうんじゃ……」
「ああ、それは大丈夫や。先端に厚めの布を巻いておけば殴られたもんの頭かち割れまではせえへんよ。なんなら今このふわふわの布も付けたる。その分値段も上げさせてもらうけどな」
「そうか……なら買った! 上手くいけば今からでも役に立つかもしれないしな!」
「へへっまいどおおきに!!」
「……何してるの?」
そこでは、巻き込まれて一緒に捕まっていた旅の行商人のカリンが町民相手に商売をしていました。
カリンは魔物の刑部狸ですが、普段は精度の高い人化の術を使ってその正体を隠しているので人間達と一緒に小屋へと詰められていたようです。実際、リリムであるアメリちゃんを除いて私達もしばらくはカリンは人間だと思っていたので無理もありません。
「ほなあんたらはウチらを助けにきたん? にしてはまだ外が騒がしいけど……」
「あ、そうだ!! 今椿含め三人だけで広場であいつらと戦ってるの! この中で戦える人は協力して!」
「なんだって!? そりゃマズい! 皆、助けに行くぞ!!」
『オーッ!!』
呑気に商売していた事に若干呆れつつ、私達は捕まっていた人達に協力してもらい、広場で闘っているユウロ達を加勢しに行きました。
「はぁ……はぁ……皆大丈夫?」
「俺はなんとか……はぁ……アメリちゃんのおかげで無事だな……」
「アメリも大丈夫だよ……お腹空いたけど……」
助けに入った時、ユウロ達はエルビとチモンの二人に大苦戦しており、息も絶え絶えでなんとか立っている状況でした。
「アメリちゃん大丈夫!? 皆は!?」
「あ……リンゴお姉ちゃん!! アメリは大丈夫だよ! ありがとー!!」
「ちっ他に仲間がいたのか……こいつら相手にこの状況はさすがにキツいな」
「どうしますエルビ様」
「仕方ない……本当は嫌だけど退却せざるをえないね。そこのクソ共、覚えていろよ……次は必ず仕留めるからな!」
まさにアメリちゃんが斬られそうになる寸前で助けが間に合い、武装した町の人達全員で反撃に出た事によって、教団の人達を撤退へと追い込むことに成功しました。
「おい! 見ろよあれ!!」
「ま、町が燃えてる!!」
「くそっ! さっきの奴らがやりやがったんだ!!」
しかし、彼らは撤退間際に火を放ち、町全体を火の海にし始めたのです。この往生際の悪さは本当に教団や勇者とは思えませんが、そんな事を言っている場合ではありませんでした。
「皆の者落ち着くのだ!!」
「あ、『龍』のお姉ちゃん」
「ほれ緋央、起きぬか! 町が燃えておるから雨乞いの儀式を早急に行うぞ!!」
「うっ……待ってくれよ菖蒲、流石にキツい……」
「ほれ、お主が大好きなわしのおっぱいだぞ!! いつものようにしゃぶりつけ! いつものように赤子扱いしてやってもよいぞ!! ほーれ緋央ちゃーん、わしのおっぱいをたっぷりとお飲み〜」
「やめてくれ菖蒲……炎に焼かれる前に羞恥で焼け死ぬ……」
とはいえ、二人の故郷は水神信仰の町。気絶していた龍のアヤメさんが起き上がり、旦那さんと公然羞恥プレイもとい雨乞いの儀式を行い町中の火を消したので大事には至りませんでしたとさ。
その後は数日間ツバキやリンゴの家でお世話になり、とうとう出発の日。
「離れていても私達は供に旅した仲間……ずっと友達だよ!!」
「もうお前ら離れ離れになるんじゃねーぞ!!」
「元気でねツバキお兄ちゃん、リンゴお姉ちゃん!!」
「ああ……皆とはずっと友達だ!! そっちこそ元気でね!!」
「わたし達はずっと一緒にいるよ……そして、一緒にまた会おうね!!」
故郷に残る二人とお別れの挨拶を済ませ、私達は再びジパングの旅へと足を動かし始めました。
「ん〜と、そろそろええかな?」
「ん? カリンお姉ちゃんはなんで少し遠くに居たの?」
「いやあ……今までの旅にウチはいなかったから流石に遠慮せえへんと……」
入れ替わる形で加入した、人間のフリを続ける刑部狸のカリンとも一緒に。
……………………
「さあ、気合入れて行くよー!! ちゃちゃっとこの山を越えよー!!」
次の町を目指し、私達4人は山道を元気に超えていました。少し急いでいるのは、私自身毛が短くなってちょっと活発になっていたのと、この山には怪物が出るという噂があったからです。
そんな怪物に合わないように歩を速めていたのですが……暗くなってきたので『テント』を出して休もうとした時でした。
私達の耳に、小さく鈴の音が聞こえてきたのです。
「ん? なんだ……」
「な!? あれは……!!」
その音の正体は、小さな鈴を腰に付けた怪物……ウシオニの少女でした。
「……はっ!」
「なっ!! うぉああああぁぁぁぁ……」
「「ユウロ!!」」
「ユウロお兄ちゃん!!」
ウシオニの少女はしばらくこちらをじっと見ていましたが、突然糸でユウロを雁字搦めにし、なんと連れ去っていきました。
こうしちゃいられないと急いで追いかけていきましたが、ユウロは自力で脱出、そして一人でその少女を倒していました。流石は元勇者です。
そして私達が合流したところで、独りぼっちの少女はユウロを攫った理由を述べました。
「どうして俺を縛りあげて攫ったんだ? それと、一人にしないでってどういう事だ?」
「アンタを攫ったのは、初めてアタイを見てすぐ逃げなかった人間だから嬉しくって……もう何もわからない中、一人でいるのが嫌だったんだ……」
「何もわからない? それってどういうこと?」
「自分がなんて名前か、何歳なのか、何もわからないんだよ……」
その理由は……自分は過去の記憶がなく、独り寂しかったから、と。
彼女は一年ほど前にほぼ全ての記憶を失い、持っていた鈴以外の手がかりもない状態で、たった独りで生きていたのです。
それは、あまりにも悲しく、そして可哀相でした。だから私達は決めました。
「一人はもう嫌だ!! じゃあさ、旅に加えてもらっても……いいか?」
「もちろん!! これからよろしくね!!」
彼女を、私達の旅に加える事を。
「スズか……うん、気にいったよ! アタイはスズだ!」
こうして、腰に付けていた鈴から取って、仮の名前としてアメリちゃんが付けたスズという名前のウシオニが、私達の仲間に加わりました。
そして私達5人は、山を越えたところにあった町で新たなお姉さんの情報を得られたので、途中で大反対するカリンを言い包めながら向かった狐系魔物が多く住む大都市で観光や食料調達をしつつ、私達はそのお姉さんが住むという山まで向かいました。
「あ〜やっぱり男の子がいる!!」
「うわぁ……面倒なのが出てきた……」
その山の途中で大百足とちょっとしたトラブルが起きましたが、割って入ったアメリちゃんのお姉さん、メーデさんのお陰で無事解決しました。
ちなみにメーデさんがどんなお姉さんかというと……
「キミはリリム……って事はー、わたしの妹なのかなー?」
「うんそうだよ!! アメリって言うの!! アメリ会った事ないお姉ちゃんに会いたくて皆と旅してるんだ!!」
「そうなのぉ!? じゃあ〜……わたしはメーデ! よろしくねアメリ〜♪ それと皆さんも〜♪」
「うん! よろしくメーデお姉ちゃん!!」
すっごくおっとりそしてゆったりしているお姉さんでした。
曰くジパング人が好きだからジパングに住んでいるらしい。が、まだ旦那さんは居ませんでした。美人さんなのに不思議です。
「ところで皆さんは次どこに行かれるかは決めているのですか?」
「いえ……とりあえずは来た方角とは逆に行こうと思っていますが……」
「あ〜だったら〜ノーベちゃんの所に行くといいかも〜」
「ノーベ……ちゃん?」
「ノーベちゃんはわたしのすぐ下の妹の事よ〜。わたしと同じで〜ジパングに住んでるの〜」
そんなメーデさんの家で一晩お世話になった後、次は彼女の一つ下のお姉さん、ノーべさんの話を聞いたので、彼女に会いに行く事にしました。
道中、オーガ系の魔物達による宴会に飛び入り参加したり、ジパングの温泉宿に泊まったり、河童さんの胡瓜オナニーをこっそり見たりしながらも、私達はそのノーべさんの住む街に辿り着きました。
「えっと……あなたがノーベお姉ちゃんですか?」
「ああ、私がノーベだが……もしかして私の妹か?」
「うん! アメリって言うんだ!! 初めましてノーベお姉ちゃん!!」
「そうか……初めましてアメリ! ようこそ!!」
ノーべさんはお医者さんをしているお姉さんで、メーデさんとは逆に早口でハキハキとした姉御肌な女性でした。
「先生方、急患です!! 急いで診察室まで来て下さい!!」
「何!? それは大変だ! 行くぞノーベ!!」
「言われなくても! 皆さんはここで待っていて下さい!!」
「あ、はい。お仕事頑張って下さい!!」
お話をしている途中で急患が来たりもしましたが、旦那さんと二人で的確な治療を施し何事もなく仕事をこなしていました。
そんなカッコいい職人のお二人の為に私達は料理を振る舞い、夜はいっぱい盛り上がりました。
「そーだノーベお姉ちゃん。他のお姉ちゃんのこと知らない?」
「ん〜……すまない、何人か名前は知っている姉妹は居るがメーデお姉様以外はどこに居るのかは知らないんだ」
「そうなんだ……じゃあどうしようかな……」
そんなノーべさんに他の姉妹の居場所を聞いてみたのですが、心当たりはないとの事。すぐ上のメーデさん以外仲の良い姉妹は居なかったと言っていたので仕方ありませんが、私達は少し困ってしまいました。
「まあ適当に旅してればきっと誰かに会えるよ」
「それもそうだね!」
とはいえ、何時までも悩んでいても仕方ありません。という事で、私達はカリンの故郷を経由してから大陸に戻り、そこで手掛かりを探しつつ旅を続ける事に決めました。
そして、ノーべさんと別れ、カリンの故郷にたどり着いた私達でしたが……
「あ、花梨!! あんたちょうどええ時に戻ってきたんか!! 一時帰宅か修行を終えたんかは知らんがちょっと家に戻ってきてくれへんか!?」
「あ、お、オカン!! 久しぶりやな!! 残念ながら一時帰宅や!」
「そうか……って挨拶は後でええ! はよ家に!!」
そこで出くわしたカリンのお母さんから、カリンのお父さんが事故で大怪我をしたという知らせを受けました。幸いな事に命に別状はなかったものの、全身包帯だらけで動けない程の大怪我を負っていました。
「しばらくはウチが店の手伝いする。ゆっくり療養してや!」
「おう……すまんな花梨……」
「礼はウチやなくてこっちにな!」
「ん? その人達は……?」
「ウチと一緒に旅してた仲間や!! 皆大陸行きの船が出るまで手伝ってくれるって!!」
「そうか……ありがとうございます!!」
という事で、私達は大怪我を負ったカリンのお父さんの代わりに、大陸行きの船が出るまでお店のお手伝いをする事にしました。
アメリちゃんの接客効果で繁盛していたのもあってお店の手伝いは中々大変でしたが、人数が多いのもあって何とかこなしていけました。
「そういえばカリン……カリンはさ、4日後の大陸行きの船にアタイ達と一緒に乗るの? それとも、実家の手伝いを続けるの?」
「ああ、その事か……オトンの回復の程度次第やな……」
それと、カリンとはここで別れる事になりました。インキュバスとはいえ、流石に大陸行きの船が出るまでにカリンが心配しなくてもいい程に回復する事は叶わず、お店に残ることを決めたのです。
ただ、お父さんが回復したらまた旅に出て、しかも今度は大陸でするという事で、その時はまた一緒に旅をしようと約束しました。
「それじゃあ、バイバイカリンお姉ちゃん!!」
「またなカリン! 絶対大陸に来いよ!!」
「ああ! 皆……またな!! 絶対会おうな!!」
そして、船出の日。私達は別れを惜しみつつ、互いの姿が見えなくなるまで言葉を交わし、笑顔で別れたのでした……
「ねえ……なんかおかしくない?」
「ん? 何が?」
「ほら……なんか微妙に船が回っているような気が……ってこれまさか!?」
「う、渦潮dうわあっ!?」
しかし、そのまま無事に大陸に辿り着く事はありませんでした。
なんと、乗っていた船がカリュブディス達が起こした渦潮に巻き込まれて沈没し、私達は近くの無人島に遭難してしまったのです。
「これで遭難してなければ最高なんだけどなぁ……」
「そこ! 文句言ってないでもっと魚を獲る!」
ユウロを抱えてアメリちゃんが飛び、渦潮の範囲外に投げ出された私を抱えてスズが泳いだので全員無事ではありましたが、荷物は船と共に沈んだのでサバイバル生活を余儀なくされた私達。ユウロとスズが食料調達、アメリちゃんが上空から島の探索と、それぞれが役割を分担して、とりあえず生き残る為に頑張りました……無事助かった後はこれはこれで楽しかったと思えたのですが、この時は本気で先が不安でした。
「……ん? ねえユウロお兄ちゃん」
「どうしたアメリちゃん? 何かあったのか?」
「うん。あれ……湖の向こうの森のほうの木と木の間……おうちみたいなのがある」
「えっ!? あ、ホントだ!!」
しかし、状況は一変します。上空から湖を発見したアメリちゃんの案内で飲み水を汲みに行っていたユウロと二人、その近くに小さなボロ小屋が建っていたのを発見したのです。人こそ住んでいなさそうでしたが、雨風は凌げるかもという事で、焼いた魚を食べた後に全員でその小屋へと向かってみる事になったのです。
「で、その小屋ってあれのことか?」
「おう、そうだけど……あれ、おっかしーな? 何で明るいんだ?」
「んー……誰かいるのかな?」
そして二人の案内でその小屋へと向かってみたところ、なんと小屋の中からほんのりと灯りが漏れていたのです。しかも、アメリちゃん曰く魔物が中に居るとのこと。もしかしたら現状を打破できるかもという事で、私達は小屋の中へと入る事にしました。
そして、鍵が掛かっていなかった扉から入った瞬間……
「たああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うおっ!? な、なんdぐへあっ!!」
小屋の中に居た提灯お化けのボタンちゃんに、強盗と間違えられてユウロが蹴り飛ばされました。緊迫感の無さもあって小さな女の子とじゃれ合ってるだけにしか見えませんでしたが、とりあえずボタンちゃんを抑えて事情の説明をしました。
しかし、最初のうちは中々信じてもらえませんでした。ご主人様とやらが帰って来るまで小屋を護ると奮闘していたのです。ですが、そのご主人様はどこにいるんだとユウロが言った途端、少し泣き顔になり……
「ご主人様はきっと私の為に帰ってきてくれるんだ……」
「ご主人様は……帰ってきてくれる?」
「そうだ……絶対帰ってきてくれるんだ……私を捨ててどこかに行ったわけじゃないんだ……!!」
そう、自分に言い聞かせるように弱弱しく呟き、大人しくなりました。
まあ、結論から言うとボタンちゃんは捨てられたわけではなく、一旦無人島からジパングへと戻った時にトラブルが起きてこの島へと戻れなかっただけだったのですが、それはまた別のお話。具体的に言えば『私の大切なご主人様』。
兎に角、互いの事情もわかったので、私達はボタンちゃんの許可を得てその小屋で寝る事ができました。
「さて、海岸に来てみたはいいけど……」
「やっぱそうそう船なんか通ってこないか……」
そして次の日。私達は船が通りかかったりしないかなと願いながら海を見ていたら……
「あー!! やっぱりサマリ達だー!! 良かったここに居たんだー!!」
「あ、リ、リンゴ!! リンゴじゃん!! 久しぶり!!」
「久しぶりー!! 元気そうで良かったよ!!」
なんと、偶々カリンの実家まで買い物に来ていたリンゴが、乗っていた船の沈没情報を聞いて探しに来てくれたのです。しかも、海底に沈んだ私達の荷物まで持ってきてくれました。
助けを呼ぶにもこの無人島では船で何日も掛かると言われたので、『テント』が戻った私達はここで待ち、精が尽きかけているボタンちゃんだけ先にジパングに戻る事にしましたが……
「あの〜……ちょっとお話が聞こえたのですが……もしかして遭難者ですか?」
「そうだよシー・ビショップのお姉ちゃん。アメリ達遭難してるの」
「そうですか……でしたら、私達の船に乗ります? 私の夫が船長をしているので、この島で皆さんを私達の目的地である大陸の『リオクタ』でよろしければ乗せてもらえるようキッドに頼んでみますが……」
なんと、偶々通りかかったシー・ビショップのお姉さんが乗っている船……というか海賊船で大陸まで送ってもらえる事になったのです。
という事で、私達はリンゴやボタンちゃんと別れ、船上での一波乱や新たなお姉さんとの出会いもありながらも無事大陸まで戻る事ができました。
……………………
「そんで、結局どこに行くんだ?」
「そうだね……やっぱり親魔物領を目指すべきかなと」
「ふぁ〜……勇者さんがアメリを倒しに来ちゃうもんね……」
そして、大陸に戻ってきた私達は、とりあえず近くの親魔物領を目指して歩み続けていましたが……
「まあなんだっていいんじゃね? お前らどうせここで死ぬんだから」
「ということでさようなら。『スピリットレセヴァー』! 『ホーリーフレイム』!!」
船が到着した港町にて偶然私達を見つけたエンジェルのセレンちゃんと勇者セニックのコンビに不意打ちを喰らい、なんとかそれは凌げたもののそのまま戦闘に入る事になりました。
「ふんっ、そんな単調な動き、ウシオニのアタイなら簡単に避けられるさ!」
「バーカ! んなわけねーだろ!! まずは一体!」
「え!? があっ!!」
「更に追撃です!! 『ホーリーブレード』!!」
「なっ!? があああああっ!!」
今回は別々に戦わず、息の合ったコンビネーションを繰り広げて戦う二人。力負けしてユウロが吹き飛ばされたり、空中から高速、高精度の連撃でスズが斬られたりしながらも、持ち前の頑丈さで何とか凌いでいる状態でした。
しかし、ここでアメリちゃんとスズが機転を利かせます。アメリちゃんがその強大な魔術で二人の気を引いている間に、スズが巨大な蜘蛛糸の網を作って二人に目掛けて射出したのです。
「わっ!? セレン、前を見ろ!!」
「えっ? 今度はなに……ってきゃあっ!!」
「よっし命中!! 上手くいったな!!」
「やったねスズお姉ちゃん!!」
見事命中し、空中を飛び回っていた二人は地に落ちました。もがけばもがく程に絡まるアラクネ属の糸に絡めとられた二人は身動きが取れません。そうなればやる事はただ一つ。
「さて……殴れるもんなら殴ってみなって言ってたよなあ……」
「ちょっ……ま……」
「やめ……来ないで……」
「まずはテメエのほうだ!!」
「ちょっとタンmぐぼぉっ!!」
「女の子だから顔は避けてあげるよ!!」
「いやそれあまり関係nぷきゅっ!!」
さっき斬られた仕返しと言わんばかりに、スズは黒い笑顔を浮かべながら二人を思いっきり力任せにぶん殴ったのです。ウシオニの全力パンチに、二人は一発で気絶してしまいました。その隙に私達は戦闘から離脱し、無事に親魔物領まで辿り着く事ができました。
「暑いな……」
「まあ砂漠だしね。でもユウロはいいじゃん、毛皮とかないんだしさ……」
「そうだぞ……これ結構暑くて大変なんだぞ……」
そして、その親魔物領にて喫茶店で飲み食いなど一通り観光した後、領主さんから新たなお姉さんの話を聞いた私達は、砂漠の中にあるオアシスに形成された都市を目指していました。砂漠越え用の装備で歩いていましたが、もふもふな私とスズは汗だくでふらふらになるくらい暑かったです。
「なんだ? 遭難者か?」
「子供一人でか? でもまあそうか。肌は白いから砂漠の住民ではなさそうだしな……」
「でも……まだ生きてるか? ピクリとも動かないけど……」
それくらい暑かったのもあって、なんと砂漠のど真ん中で倒れている人が居ました。
それは、子供のヴァンパイアであり……
「それにしてもアメリちゃん、やっぱりって……」
「はぁ……起きろー」
「ちょっと!? アメリちゃん何してるの!?」
そして、アメリちゃんの知り合いでした。
「はぁ……立て終わったから入るよ……」
「待ったアメリちゃん。その子の足を持ってどうするの?」
「どうするのって……テントに入れるんじゃないの?」
「いや引き摺って行くのは駄目だろ……俺が運ぶからアメリちゃんは水や濡れタオルの用意をしてくれ」
「んー……わかった……」
しかも、そのヴァンパイアの子……幼馴染みで自身の側近であるフランちゃんを見た途端、アメリちゃんは今までに見た事もない程不機嫌になりました。普段なら心優しいアメリちゃんが、意識が朦朧としているフランちゃんを引き摺って『テント』の中に放り込もうとする暴挙に出る程です。
「それでフラン、なんでアメリに会おうとしたの? ついてこないでって言ったよね?」
「あ、そ、それは……」
「なんで? ハッキリ言って」
「それは……あたしはアメリ様の側近として一緒に居るべきだからと……」
「っ……もういい!! 早くおうちに帰って!!」
「え、ですがそれは……」
「適当に歩いてたらどっかに着くだろうからそこから帰って! そしてもう二度とアメリの前に現れないで!!」
「うぅ……そんにゃぁ……」
それどころか、目を覚ましたフランちゃんに向かってブチギレながら強く拒絶するほどでした。勿論、強い口調で拒絶されたフランちゃんは泣き出してしまいました。
私達はフランちゃんを泣かせたアメリちゃんを叱りますが……
「側近なんてアメリにはいらない! フランがアメリの召使いだって言うのなら今すぐ帰って二度とアメリに会おうとしないでっ!!」
私達の説教など意に介さず、大きく足音を立てながら『テント』の出入り口へと向かい、そう叫びながら扉を怒り任せにバンッと強く開けて出ていってしまいました。
「ねえアメリちゃん……単刀直入に聞くけどさ、どうしてフランちゃんに対してそんなに怒ってるの?」
「……」
私はそんなアメリちゃんを追いかけていき、テントの影に腰を下ろしながらもまだイライラしているアメリちゃんにその理由を聞きだしました。
「つまり、アメリちゃんはフランちゃんと気兼ねなくお話できるような友達でいてほしいけど、フランちゃんはそうじゃないから怒ってるって事?」
「うん……」
それは、フランちゃんとは側近としてではなく親友として接したいアメリちゃんの我儘でした。偉いのは母である魔王で、自分ではない。常にそう言っているアメリちゃんらしい、可愛くも深刻な我儘です。
うんと小さい頃と同じように、敬語なども使わないで壁を作らず気さくにお話したいと願うアメリちゃん。本人もそれが自身の我儘でしかない事は理解していますが、それでも小さな女の子には納得できない事でした。私達が皆その寿命を全うし亡くなった後も生き続けるアメリちゃんは、同じく永い時を生きるフランちゃんと気兼ねなく話せる友人として一緒に居たいと、強く願っていたのです。
「アメリ様……ううん、アメリ……」
「……えっ!?」
そして、その願いは、フランちゃんにも伝わりました。
「ごめんね……敬語で話さないとアメリが困るって言われたから……」
「ううん……敬語なんて使ってほしくない。フランはアメリの友達だもん。アメリの側近かもしれないけど、それ以前にアメリの親友だもん!!」
「アメリ……!」
「ごめんねフラン……ごめん……」
「アメリは謝らなくていいよ。アメリを傷付けてたのあたしだもん……友達でいるって言ったのに、友達じゃなくなってたのあたしだもん……」
「ううん、フランは悪くない。フランは悪くないのにアメリがフランを遠ざけてた。だからアメリが悪い……だからごめん……」
お互いに向き合いながら、今まで離れていた分のごめんなさいを言い合いました。
「「ずっと一緒にいる友達だ! たとえ旦那さんができたって、お姉ちゃん達に何を言われたって、ずっと親友だよ!!」」
涙を浮かべながら、それでいて二人とも嬉しそうに、これからも親友でいる事を誓い合ったのでした。
それから、フランちゃんを一人で放っておくわけにはいかないので一緒に旅する事にしたのですが……
「ふにゅぅ……」
「もう……だからおうちに置いていったのに。絶対フランじゃ旅するの大変だもん……」
「あうぅ……太陽が眩しいよぉ……」
ヴァンパイアらしく日光が苦手で、更にはヴァンパイアの中では身体が弱いフランちゃんは、この砂漠では基本的にスズに背負われっぱなしになっていました。このままでは旅を続けるのは難しいので、フランちゃんは旅の途中で魔王城に住む人を見掛けたら一緒に帰ってもらう事にしたのです。
「うおー! ラクダに乗って砂漠を移動するってテンション上がるな!!」
「うん! たのしー!!」
「なんで二人ともそんな安定して乗れるの? 私落ちそうで怖……ひゃあ!?」
それはつまり見掛けるまでは一緒に旅を続けるという事で……フランちゃんも一緒に砂漠観光やピラミッドの探索をしたり、オアシスに作られたプールで遊んだりしました。
「おい、そこの魔物の集団。悪いがここでお前達を消させてもらう……」
「あなた誰ですか?」
「今から死に逝く者に言う名など無い」
「うわ……かなり礼儀がなって無い……とても主神を信仰している礼儀正しい人間とは思えないな……」
「……俺はシーボ、教団兵の一人だ」
勿論、楽しく遊んでいただけではありません。砂漠を越え、新たなお姉さんに会う為に魔界を横切ろうとした寸前で、私達はシーボと名乗る教団の精霊使いと遭遇し、そのまま戦闘になりました。
「覚悟しな……霧を出すぞ、イグニス! ウンディーネ!」
「くっ……姿をくらましたか……」
魔物化していない四精霊全員と契約を交わしているシーボは強敵で、逃げられない中全員で戦っていましたがかなり手こずりました。私もシルフの力で吹き飛ばされ、毛皮のお陰でそこまでではありますが怪我を負ったりしました。
「今だアメリちゃん!!」
「いっけぇー!!」
「な……なんだよこれ……!?」
戦闘不能にはなっていないものの、こちらには戦力にならない私や日中のフランちゃんが居る事もあって、このままではジリ貧になりかねない……という事で、私達はアメリちゃんの出した作戦に乗ってみる事にしました。
その作戦とは……
「う、うぅ……イテテ……ん? 痛い……?」
「な、何が起きて……あら?」
「もぉ〜、いきなりなんなのよ〜……およ?」
「うーん……んー?」
「そんな……魔物化したのか……?」
アメリちゃんが巨大な魔力の塊をシーボにぶつけ、契約している四精霊全員を魔精霊へと変えるものでした。
その企ては見事に決まり、魔精霊へと姿を変えた4人は、同じくインキュバスへと一瞬で変貌したシーボへと襲い掛かり、私達どころではなくなってしまいました。
これで安心して旅を続けられる……と思った矢先でした。
「はぁ……はあっ……」
「……ん? アメリちゃん……?」
「アメリ……アメリ!?」
リリムとはいえまだまだ幼いアメリちゃん。精霊4人を一気に魔物に変える程の魔力を、しかも一回で放出したのですから、彼女の魔力は完全に底を尽きていました。その結果、アメリちゃんは倒れてしまったのです。
「はうぅ……」
「大丈夫か?」
「うん……魔界に入ってからはちょっと元気になったよ……」
魔界に入り、空気中の魔力の濃度が上がったのもあって少しだけ元気になったものの、アメリちゃんのお腹の音が高らかになり続けている状態でした。
お腹の音が大合唱状態のままはちょっと可哀そうなので、私達は昼食を食べるために魔界にあった普通の食堂へと入る事にしました。
「あれ? ねえミリア、そこの子供ってあんたの妹なんじゃない?」
「え?」
「ん? アメリのこと?」
その食堂でご飯を食べていたら、なんと偶然にもアメリちゃんのお姉さんが友人と来店したのです。
「今までもそんな事無かった?」
「ここまでは初めてですが魔力が少なくなる事はありましたよ。今までは精補給剤を貰ったりとか、後は出会ったお姉さんに魔力を分けてもらったりとか……」
「へぇ……じゃあミリア、あんたがこの子に魔力を分けてあげたら?」
「そうね……分けてあげるわ。妹と関わるなんて滅多に無い良い機会だもの」
「ありがと……むにゅっ」
そのお姉さんに魔力を分けてもらう事によって、アメリちゃんは元気いっぱいになりました。ちなみに魔力を譲渡する際、お姉さんはアメリちゃんの頬っぺたをむにっとつまみながら流していましたが……これがきっかけなのかこの先々でアメリちゃんはよくほっぺたをむにっと摘まれる事が多くなったような気がします。まあ、可愛いから仕方ないかなと思いました。
「じゃあ行くわね……」
「……!?」
「はい、着いたわよ。それじゃ入りましょうか」
そのお姉さんからもう一人仲の良いお姉さんがいると言われ、早速会ってみないかと提案をされたので、私達は転移魔術でもう一人のお姉さんに会いに行きました。転移魔術は一瞬で遠くまで移動できるので毎回驚いてしまいます。
そこで大きなお風呂に入ったり、皆で楽しくお泊り会なんかをしながら、楽しいひと時を過ごしました。
そして次の日、私達は魔界の外まで送ってもらい、砂漠の町で教えてもらったお姉さんが住む領土を目指して旅を続けたのですが、その途中にあった大きな町で食料品を買っている最中に、また新たなお姉さんと出会いました。
「ロメリアお姉ちゃああああああああんっ!」
「ん? あ、アメrうわったあっ!?」
しかもそのお姉さん、初対面ではなくアメリちゃんの知り合いで、なんと今でも魔王城に暮らしている人でした。
「あ、そうだナーラお姉ちゃん。今もおうちに住んでるよね?」
「おうち……そうね。住んでるけどどうしたの?」
「あの……帰る時にあたしをおうちまで一緒に連れていってもらえませんか?」
それはつまり、魔王城で暮らしている人と一緒に帰ってもらうつもりだった、フランちゃんとのお別れの時がやってきたという事でした。
「ねえフラン、このウサギのぬいぐるみ……フランが持ってて」
「え……なんで?」
「このウサギ、アメリだと思って大事にしてね!」
「……うん! じゃあアメリ、あたしのウサギちゃんもアメリが持ってて!! 大事にしてね!!」
「うん!!」
そのお姉さんは一晩泊ってから帰るという事だったので、私は短くも楽しかった旅の思い出にとフランちゃん(と、そのお姉さん)に手料理を振る舞いました。
「じゃあフラン、またね!」
「うん、またねアメリ!!」
「……えへへっ!」
「……あはは……」
そして、フランちゃんとアメリちゃんは別れを惜しみながらも、これからも親友で居る事を互いに誓いあいながら……スーッと消えるように魔王城へと帰っていきました。
「えへっ、アメリお腹空いてきちゃった」
「そうだね。今から急いで作ればフランちゃんと同じタイミングでご飯食べられるかもね!」
「あ、アメリも手伝う!! そしてフランと一緒の時間に食べるんだ!」
そして、とても嬉しそうで、ちょっぴり寂しそうなアメリちゃんと一緒に、昼食を作り始めたのでした……
……………………
「はぁ……はぁ……なんだよこれいったい……」
「む、無法地帯にも……はぁ……程がある……」
「俺……はぁ……貞操護れる自信が無い……」
「諦めたら……はぁ……ダメだよユウロお兄ちゃん……」
フランちゃんと別れた後、私達は改めて目的の町へ向けて歩みを進めました。その町へ行くには多くの魔物が棲息する森を抜けていく必要があったので入ったのですが……こちらには誰の夫にもなっていないユウロが居たので、案の定多くの魔物に追われる事になりました。
ハニービーにグリズリーにワーラビットにアラクネと次から次へと襲ってくるので息つく暇もありません。夕方になり、人除けの魔術を施してあるアメリちゃんの『テント』に入って、ようやく休憩です。
「それじゃあお風呂入ろう!」
「うん! 行こうサマリお姉ちゃん!!」
「あ、ゴメン。今日は私ユウロと一緒に入るから」
「えっ?」
そして私は、ユウロが一人お風呂に入っている時に襲われない様に一緒に入る事にしました。勿論、それが全てであり、やましい気持ちは微塵もありません。
「……なんだよ? そんなにじろじろと見るなよ……」
「いや……案外がっしりした身体つきだなと思って……」
……まあ、今にして思えば、ユウロの裸姿を見たくて、あれやこれやと理由付けて一緒にお風呂に入りたかっただけだとは思いますが、それは完全に自分の意識外で、実際にやましい気持ちはありませんでした。
「……」
「へぇ……おちんちんってそんな形してるんだ……リンゴに聞いたのより小さい気がする」
「うるせぇ……感想言うな……マジで恥ずかしくて死にたくなる……」
エロハプニングこそ起きましたが、本当にやましさはありませんでした。
「まあユウロの見ちゃったし、私のも見る?」
「いいです。遠慮しておきます。そのままサマリに襲われる可能性も無いとは言い切れないのでお断りさせていただきます」
「だから私は無理矢理襲わないって。多分……」
この時は本当にやましい気持ちはなかったのです。信じて下さい。
実際、この後は特に何かしらのハプニングも起こる事なく就寝しました。残念です……
「死ね貴様ら!!」
「生きたままこの森を抜けられると思うなよ……!」
「うわあっ!? 逆切れかよ!!」
そんなこんなで残念な気分になっている暇もなく、次の日も森の中で全力疾走です。
この日も多くの魔物に襲われたり、その腹いせに魔物化していないエルフを馬鹿にしたら殺されかけたり、ホーネットに追いかけられたりと大変でした。
そして、森の中を彷徨っていても埒が明かないので、途中で出会った優しいフェアリーとピクシーのアドバイスに従って川沿いを進む事にしたのですが……
「ん? 何のおtうおわっ!?」
「え……ユウロ? ユウロ!?」
ちょっとした隙を突かれ、颯爽と現れたアマゾネスの女性にユウロが拉致られてしまいました。
「え?」
「うそ……」
「どういう……事?」
しかもそのアマゾネスは……
「なんで……私と同じ顔をしてたんだろ……」
私と、鏡写しの様にそっくりな顔をしていました。
「アメリちゃん追いつけるかな……」
「どうだろう……アメリはまだ見えるけど、あのサマリそっくりなアマゾネスの姿は見えないからなんとも……というかサマリ、あのアマゾネス親戚か?」
「いやそれは無いと思うけど……お父さんもお母さんも一人っ子だったって聞いたし、私に兄弟姉妹はいないし……」
「とりあえず似ている理由はサッパリわからないって事か……」
「うん、あそこまで似てると単なる親戚とも思えないけど……」
何故そっくりなのかはわかりませんが、兎に角追いかけないといけないので、機動力のあるアメリちゃんを先行させつつ、私達は森の中を全速で走りました。
「はぁ……お、俺の勝ちでいいな……」
「くっ……私が負けるなんて……」
しかし、ユウロはそのアマゾネス相手に自力で勝っていたので全く心配はありませんでした。相手がまだ未熟だったのもあり、なんとか一人で倒せたようです。
「お前は何者だ?」
「私はサマリ。似ている理由は私もサッパリわからないけど……えっと……」
「私はツムリだ。そうだな……この世の中似ている顔の者が数人居てもおかしくないとは思うけど、こうも似ていては……」
「だよね……でも私には姉妹は居ないし、偶然としか……」
地面に伏したアマゾネスのツムリを起こし、改めてそっくりだと認識。どことなく声まで似ています。しかし、私も、そしてツムリもそっくりな理由はさっぱりわかっていませんでした。
とりあえず不思議な偶然もあるという事にして、私達は森の外までツムリに案内してもらう約束をし、その代わりにやられて動けないツムリを集落まで連れていく事にしました。
「ま、あんた達の事情はわかった。明日森の出口まで送ろう。このダメ娘の事もあるし、今日は家に泊まっていきな。もちろん誰にも襲わせないから安心してほしい」
「ありがとうございます」
「じゃあ早速この家見て周っていいか? アタイこういう大きな家見るの好きなんだ!!」
「アメリも!! ダメ?」
「もちろんいいぞ。なんなら私の夫に案内させようか」
「あーっと……いいのならばぜひ」
「もちろん。ただこれから昼食の時間だから、その後でな」
そして、族長でありツムリの母であるセノンさんの家で一晩お世話になり、更に森の外まで案内してもらえる事になりました。森の中でも指折りの実力者が護衛してくれるので、私達も一安心です。
という事で、私達はツムリとお喋りをしてました。年齢も一つ違いで、見た目も喋り方もどことなく似ていたからまるで姉妹の様に感じ、私達はすぐに打ち解け合いました。
そして、話の流れで私がツムリに料理を教える事になったのですが……
「よーしじゃんじゃんやるぞー!」
「いいけど手だけは本当に切らないようにね。戦いの方にも支障が出るかもしれないからね」
「わかってるって! なんだかサマリが口うるさい姉ちゃんみたいに思えてきた……」
「大丈夫、私もツムリの事さっきから世話の焼ける妹みたいだと思ってるから」
「あっそう、悪うございましたね世話の焼ける妹で……ホント口うるさい姉ちゃんだ」
「悪うございましたね口うるさい姉で……というかこっちは心配して言ったんだけど?」
「心配し過ぎだって。そんな簡単に同じミスを繰り返さないよ」
「そう……ならいいけど、さっきからしそうで怖いから口うるさく言ってるだけですー」
「むっ……じゃあ見ていてよ! このお肉を手を切らずにサマリより早く切ってみせるから!」
「ほーやってみなさいよじゃあ私は鳥肉でツムリより早く切ってあげるわよ!」
とまあ、その途中で姉妹喧嘩のようになってしまい、競い合うことになりました。
とはいえ、毎日料理している私と料理初心者のツムリ、勝負したところで結果は明白なわけで……
「うあぁ……」
「どんなもんよ! だから言ったじゃないの。ほら手を見せて!」
「くやしいなぁ……あと痛い……」
「慣れないうちから無茶をすると怪我するから絶対にやらない事。わかった?」
「うん……」
勝負に拘った結果指をサックリと切ったツムリの手当てをして仲直り。私達はその後も仲良く料理を作り終えました。
「ふぅ…じゃああとはまた自己鍛錬で……おや?」
「あ、サマリ。いつからそこに?」
「あ、おはようございます」
そして次の日の朝、早起きした私は鍛錬中のツムリとセノンさんの様子を見ていました。
「まあ……私元人間だしね」
「サマリって元人間なんだ……アメリちゃんに魔物にしてもらったって事?」
「そうだよ」
そして、鍛錬を終えたツムリと、朝食の時間まで二人きりで話をしていました。
「なんか魔物らしくないなと思ってたけど、サマリも元人間だったんだね」
「うん……ん? サマリも? もしかしてツムリも元人間だったりするの?」
「うん。私の場合は人間だった時の記憶なんか無い程小さい頃にアマゾネスになってるからお母さんに教えてもらっただけなんだけどね」
「そうなんだ……ツムリも……」
「意外と似てるところ多いよね私達って……」
「だね……」
そこで知った、私達は互いに元人間だったという共通点。
「そろそろご飯かな……まだでもお手伝いしに行こうかな……」
「あ、そうだサマリ。さっき反魔物領出身って言ってたよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
「あのさ……サマリの出身地ってどんな名前?」
「トリスって名前のちょっとした森がある小さな村だよ」
「え……!?」
そして、その中で答えた私の出身地。何故そんなことを聞いてきたのか、私には最後まで分からずじまいでしたが、ツムリは一つ確証を得たようです。
「それじゃあお世話になりました!」
「バイバイセノンお姉ちゃん! ツムリお姉ちゃん!」
「ああ、皆も元気でな」
「サマリ! また機会があったら会おう!」
「うん! 元気でねツムリ!」
その確証を聞く事もないまま、私達は二人に護衛してもらいながら森を抜け、その先にあったジパング風の街で新たなお姉さんに会って、その街の温泉や式神の芸を堪能しました。
「それじゃあ帰ろうかお母さん……」
「ああ……なんだ、そんなにユウロを逃した事が悲しかったのか?」
「は? 何を言って……」
「涙。自分では気づいて無いのか知らないけど流れているぞ」
「え? あ……」
ツムリが得た確証、それは……
「別れたく無かったのはサマリのほうだよ……」
「ほぉ……自分に似ているからか?」
「ううん、似てるって事だけじゃない……」
「ではどうしてだ? まさかサマリに恋をしたとか言わないだろうな?」
「いやそれはないけど、でも恋しくはあるよ……サマリは、私の本当の姉ちゃんかもしれないから!!」
ツムリと私が、本当に血の繋がった姉妹だという事でした。
「お母さん昔、私の事話してくれたよね」
「あ、ああ……ツムリは私達の本当の娘では無く、当時借金で困っていた夫が私と出会う直前に人身売買しようと他人の赤ん坊を攫い、その攫われた娘がツムリだと言った話か?」
「うん……」
ツムリは元々誘拐された赤ん坊で、紆余曲折あってアマゾネス化してしまったのでセノンさん達が育てた女の子。そして、彼女が誘拐されたのは、私の出身地。ここまでそろって、他人の空似という事は無いでしょう。
「今度サマリに会ったら言ってみようと思うんだ……会えて嬉しかったよ、サマリ姉ちゃんってね」
そう言われたのは、もっともっと先のお話。本当の姉妹だと知った私達の間には、確固たる絆が生まれましたが……それは、またの機会に。
「ふん、ミノタウロスが聖なる武器を使うだなんててんでおかしいと思ったら元人間の勇者だったんだ。残念だったね人間やめる羽目になっちゃってさ」
「そ、そんな事……」
「ふーん……残念と思えないって事は、もうキミは立派な魔物。討伐対象だね。ま、本当なら魔物なんか殺したら穢れちゃうから殺さない主義なんだけど、キミは特別に殺してあげるよ」
「そ、それどこが特別なnきゃっ!?」
「あまり喋らないでよ。魔物の戯言なんか耳に入れたくないんだからさ」
そして始まる次のお話は……
「なぜ……魔物を、殺すのですか……魔物になったからわかります……魔物は、人間を愛しています……魔物は人を殺さないのに……どうしてあなた達は……」
「だまれええええええええっ!! 何が人を殺さないだ!! よくそんな事が言えたもんだ!! 私の娘は……私の妻の忘れ形見だった大切な一人娘は……貴様ら妖怪の手によって殺されたんだ!!」
不慮の事故によって引き裂かれた、とある一組の親子のお話。
「あ、そうそう、質問の答えなんだけどさ……ボクは魔物のその人間を愛するって部分が嫌いなんだ。あと、ボクは魔物以上に、魔物について行った男の方が嫌いなんだ……」
それと……
「そう……アイツみたいに、大切な存在だと言っていたのにほっぽり出して魔物とどこかに消える様なゴミなんか死ねばいいんだよ。だから、ボクはそんな男達を殺す。大切な存在よりも大切な魔物の前で、無残に死んでいく姿を見せながら殺す……」
心が歪んでしまった少年の、救済の物語。
……………………
「あとどれぐらいで辿り着きそうなんだ?」
「う〜ん……今日中には着くんじゃねえかな? 地図で見ると今ここで、ルヘキサはすぐそこだし……つーかそろそろ見えてきそうだけどな……」
「でもまだ何も見えないね……」
新たなお姉さんの手掛かりもなかったので、私達はとりあえずドラゴンが治めるという親魔物領、ルヘキサへ向けて旅をしていました。
「魔物め! 覚悟!!」
「ん? うわあっ!?」
しかしその道中で、そのルヘキサの近隣都市、反魔物国家のドデカルアの教団兵達に襲われてしまいました。
スズ、ユウロ、アメリちゃんとこちらの戦力のほうが上ではありますが、人数差がかなりあるので苦戦していました。
「『クロッシングマーダー』!!」
「なっ!? ぐああっ!?」
「大丈夫あなた達?」
「え……あ、はい……」
ちょっとずつ押され始めたその時、ルヘキサの自警団の人達が戦闘に割り入り、私達を助けてくれました。
その人達はダークエンジェルのレシェルさんと、レシェルさんの妹の旦那さんであるレイルさん、そして……
「やっぱり君は、3年前に行方不明になってた吉崎君なんだね!」
「な、何の事やら……」
「誤魔化しても無駄だよ! 君はどこをどう見たって僕と同じクラスだった吉崎悠斗(よしざきゆうと)君じゃんか!」
「い、いや、だから違いますって……」
「ほら、僕は女の子になっちゃったけど、君と同じクラスの友達だった脇田祐樹(わきたゆうき)だよ!」
「い、いや、だから知りませんって……」
吉崎悠斗と……いや、ユウロと同郷のアルプ、ユウキさん。しかも、彼の口から出た彼らの故郷は、異世界。
ここで初めて知りましたが、なんとユウロは異世界から来た人だったのです。
「やっぱり君は……吉崎君なんだね?」
「ああそうだよ……なんで脇田がここに、しかもアルプになっているんだよ……」
始めこそ誤魔化していましたが、ユウロは誤魔化すのが下手だったうえにユウキさんのトラップに引っ掛かった事でそれを認めました。
確かに俄かには信じられない話ですが、ここまでの旅の途中で別世界から来ている人に会った事もありましたし、別にそんなに隠す事でもないと思っていたのですが……
「ま、俺の場合は『居場所を失ったあなたへ』だったけどな……」
どうやら、かなりの訳があってこの世界に来たらしいので、私はしばらくの間その事に触れないようにしたのでした。
とまあ、ユウロを弄るのはほどほどに、顔見知りもいるので私達は保護という形でルヘキサの自警団の本部まで案内され、そこで団長のドラゴンさんとお話をしました。
「眼鏡の少年勇者……」
「ん? 気になるのか?」
その中で出てきた、ドデカルア所属の眼鏡の少年勇者……それは、以前ツバキとリンゴの故郷を襲っていた勇者エルビでした。
どうやら彼がこの近くに居る、しかも戦争に発展しそうな程両者に緊張が走っていると、明らかに危険な状態でこの国に来てしまったようです。
そんな情勢なら大事に至る前にここから立ち去ったほうが良いかなと考えていたのですが……
「ねえねえトロンお姉ちゃん」
「ん? アメリだったか……なんだ?」
「アメリたちも手伝うよ!」
『……は?』
なんと、未だエルビに腹を立てていたアメリちゃんが自らそう提案したのです。子供だから危ないと言っても聞きませんし、それどころか自身の魔王の娘という立場を利用してまで強く主張してくるのです。
流石のドラゴンでもリリムには頭が上がらない様で……とうとう折れて、私達に協力を仰ぐことになりました。私は本部で掃除や食事の準備を、他の皆は自警団の人達と共に国境付近の見回りへと行きました。
「さて、無駄話はここまでにしておこうぜ」
「え? どうしたの急にそんな真剣な顔して……」
「俺さ、つい最近までは教団の勇者やってたってのはさっき話したよな? その時にある程度殺気とかの気配は気付けるようになったんだけどさ……その殺気が俺達に向けて強く向けられてる」
そして、ユウキさんと一緒に見回りをしていたユウロは、ドデカルアに雇われた侍のおじさんと遭遇してしまいました。どうやらその侍はこの世界に来たばかりのユウキさんを襲った相手らしく、恐怖に怯えてしまったので、ユウロは相手を挑発しながら彼女を逃がしました。
「さておっさん、俺が相手だ!」
「……愚か、か……あははははは!」
「な、なんだ?」
そして、魔物である彼女を旧友だ、魔物は悪ではないと言ったユウロに対し、その侍……猪善はこう返しました。
「愚かなのはやはり貴様だ! 妖怪は悪ではないと騙されているのだからな!!」
「はあ!?」
「自分で確認した事無い? 笑わせるな!! 妖怪は私の娘、桜を殺した悪だ!!」
「え……!?」
妖怪……魔物は、自分の大切な娘を殺した悪だ、と。
「桜は、私の目の前で……妖怪ウシオニに殺された!!」
娘は、ウシオニに殺された。そう悲痛な叫びをあげながら、彼はユウロに斬り掛かりました。
怒り任せな攻撃ですが、相手はユウロより数段格上の相手なので、それでもかなり押され気味になり、なんとかやられないようにするのが精いっぱいです。
「おいユウロ! 大丈夫か!?」
「はぁ……この声はスズか……マズいスズ!! こっち来るな!!」
「何言ってるんだユウロ! アタイも助太刀するよ!!」
そんなユウロの元に、ユウキさんから援軍要請を受けたスズが加勢に入りました。
「私の娘を殺した者と同種が現れてくれるとは……無残な姿で殺してやる!!」
しかし、猪善の娘はウシオニに殺されたと思われているので、そんな中にウシオニであるスズが来てしまえば、余計怒ってしまうだけでした。
最早鬼の形相と言えるほど、怒りで顔を歪ませる彼。その気迫は、ユウロも思わず冷や汗を垂らしながら後退ってしまう程です。
けれども、スズは違いました。確かに気圧されてはいたのですが、それ以外に何故か懐かしさや温かさも感じていたようです。
リーン……
戦場に鳴り響く、記憶を失っていたスズが身に付けていた鈴の音。
「貴様!! 何故その鈴を身に着けているのだ!!」
「へ? この鈴の事?」
「そうだ! それは私の娘の……桜にあげた我が家に伝わる御守りだ! 貴様ごときが持っているはずの無い物だ!!」
きっかけは、その鈴の音でした。
「さく……ら……?」
「そうだ! 何故桜にあげた鈴を貴様が……もしや貴様かっ! 貴様が桜を殺したウシオニかあああっ!!」
その音の響きに共鳴するかのように、溢れ出てくる『声』。
『い……痛……い……』
『死に……たくない……』
『あり………がとう………』
猪善の娘の名を聞いた途端に、スズの頭の中に聞こえてきた、今にも死にそうな少女の声。
『刀を使いこなす父ちゃんってカッコいいな〜!』
『無茶はしないでね父ちゃん……』
『ほら! 父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ!』
猪善の持つ刀を見て流れてきた、元気な少女の声。
「くそ、いてぇ……スズ、逃げろ」
「思い……出した……」
「へ?」
そう、その声は
「そうだ……全部思い出したんだ……名前も……記憶も……」
その少女は
「アタイが桜だよ父ちゃん……」
ウシオニに殺されたと思われていた猪善の娘、桜の声。
それは、私達がスズと呼んでいた記憶喪失のウシオニの、失われた記憶の声でした。
「危ない父ちゃん!!」
「イテテ……急に何するんださく……え?」
「くっ間に合わ……ぐああっ!!」
桜は父と共に仕事の依頼があった町へ行く途中で、崖の上から気絶しながら降ってきたウシオニに巻き込まれ崖から落下し、瀕死の状態になったそうです。
「お前にアタシの血を浴びせて妖怪に……ウシオニにすればまだ……」
「アタイを……妖怪に……?」
このままでは助からない。近くの町にも運べない。そんな絶望的な状況で桜を巻き込み落ちたウシオニが出した提案は、回復力が優れている自身と同じウシオニにする事でした。
「でも、それはお前を人で居られなくするって事だし……それにウシオニになるから、場所によっては忌み嫌われるかもしれない……だから……」
「いいよ……それで死ななくていいんでしょ?」
「え……今なんて……」
「だから、アタイをウシオニに変えてもいいよ……それで生きて居られるんだったら……嬉しいよ……」
自身の経験から同族化する事を躊躇するウシオニでしたが、それでも生きてまた父に会いたいと願う桜はその案を受け入れました。
「あり……がとう……」
そして桜は、魔物化による急激な身体の変化と大怪我の影響で記憶を失い、何も知らないウシオニとして私達と出会ったのでした。
自分の身に何が起きたか、どうしてウシオニになったのか……思い出した記憶を、ユウロと猪善に伝えたスズ。
「嘘だ……嘘だ嘘だ!! 貴様が私の娘なものか!! 桜はウシオニではない!!」
しかし、ウシオニを強く恨む猪善は、その話を信じようとしませんでした。
「貴様は桜では無い!! 妖怪になった桜はもう死んだのと同じだ!! 桜の亡霊め、私の手で葬り去ってくれる!!」
それどころか、彼はヒステリックに叫びながら、スズを斬り裂かんとその刀を振り下ろしました。
「ふざけんなああああああああああああああああっ!!」
それを止めたのは……いや、それを聞いて怒ったユウロは、感情を剥き出しながら猪善に殴り掛かりました。今までの旅の中で一度も見せた事のない怒りを露わにしながら、今までにない力で彼の顔面を歪ませました。
「テメエのその行動で、どれだけ子供が傷付くのか考えた事もねえだろ!!」
「ぐ……う……」
「そういう身勝手な親の行動がな、子供には一番辛いんだよボケがっ!!」
「う……うぅ……」
どうしてユウロがここまで怒っているのか……その理由はまた後に判明しますが、兎に角娘に斬り掛かった彼に対して怒ったユウロは、その勢いのまま相手を気絶させてしまいました。
「本当に自分の娘が大切なら、どんな姿になろうが受け入れてやれよ!!」
「……」
「折角生きていた娘を、自分で殺そうとしてんじゃn」
「もうやめてくれユウロ!!」
しかし、気絶してもなお相手を殴りつけるユウロ。そんなユウロをスズが止めに入り、勝負は決着です。
気絶した猪善はルヘキサの牢屋で監禁する事になりました。そして、もう一つの決着を着けるために、スズは動きました。
「あのさ、父ちゃん……何も言わなくていいから、とりあえずこれ食べてよ……」
「……」
「ほら……父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ……」
「……」
スズは、自分の父の為に、父と、そしてスズ自身の大好物であるきんぴらを、思い出した記憶を頼りに作って、彼に食べさせたのです。
「……くそ……桜が作ったきんぴらと何も変わらないじゃないか……」
そのきんぴらを食べた彼は、とうとう目の前のウシオニが自分の娘だと認めたのです。
「父ちゃん……ただいまっ!」
「ああ……おかえり桜……そしてゴメンなぁ……」
「いいよ父ちゃん……わかってくれたからいい……」
「桜……もう……父ちゃんの前から居なくならないでくれぇ……」
「うん……うん……!」
ようやく、一組の親子は、一つの家族に戻れたのでした。
そして、これをきっかけに猪善さんはルヘキサ側につく事になったのですが、そんな彼から衝撃的な事が告げられました。
「人体実験を行っている……ってのは理由になるか?」
「ちょっと、人体実験って何よ?」
「『人間に魔物の魔力を定着させる』実験……たしかそう聞いていた」
ドデカルアではルヘキサから誘拐した人間……だけでなく、自国の貧民を使って人体実験をしている、と。
もちろん、それを聞いて黙っていられる人達はここには居ません。私達も引き続き協力し、その人達を解放するためにドデカルアへ攻撃を仕掛ける事が決まりました。
「久しぶりだねカリンお姉ちゃん!!」
「おう! 久しぶり!! 皆元気にしとったか?」
私達だけではありません。
大陸へ荷物を運ぶ依頼がありたまたま通りかかったカリンも……
「なるほど……アタシと別れてからそんな旅してたのか……」
「結局ツバキさんの幼馴染みの子は生きてたのですね」
「そうだよ! プロメお姉ちゃんもネオムおじさんも元気そうだね!」
「まあな! アタシもネオムの両親に正式にお嫁さんって認めてもらったし、今はこうしてネオムと一緒に調査しに行ってるんだ!」
ルヘキサの近くで旦那さんの仕事の手伝いをしており、偶然巻き込まれてこの街に保護されていたプロメも……
「つーか一番驚いたのはニオブとルコニ、お前達がここで自警団やってた事だよ」
「まあ驚くわな。あたしだって見回りから一時的に戻った時にお前等がいて驚いたしな」
「僕達は君達と別れた後、遠くまで2人で旅してたからね。それで辿り着いた街がこのルヘキサってわけさ」
「あたし達って元勇者のコンビだからさ、あっという間に団長に認められて即戦力として投入されたってわけだ」
「なるほどな……」
私達と戦った後、この街に流れ着いて自警団に入っていた元勇者のルコニとニオブも……
「紹介します。こちらが先程話に上がっていた、転移魔法が得意な……」
「ミノタウロスのホルミです。この度は助けていただき誠にありがとうございました」
「あーっ!! あの時のサマリお姉ちゃんころそうとした勇者さんだ!!」
「えっ……あーっ! あなた達はたしかテトラスト付近で……」
「やっぱりそうか! お前あのホルミか!!」
そして、かつて旅立ったばかりの私達を襲った勇者……が装備のせいでミノタウロスへと変わっていたホルミも一緒に、その作戦へと加わったのです。どうやら、襲われた際のやり取りでエルビの事が気に掛かっているみたいでした。
私とプロメの旦那さんはサポート要員、残りの人達は戦闘員としてルヘキサの人達と共にドデカルアへと乗り込みました。
「では、これよりドデカルアの教会に乗り込む……皆、準備は良いな!」
『はいっ!!』
そして、ついにその時が来ました。
「よし、全員準備はできたな。行くぞ!」
『おおーっ!!』
ホルミの転移魔術で一気に移動し、決戦の幕開けです。
「こんな門一発で吹き飛ばしてやる!」
「うおらああああっ!!」
「ぶっ飛べ!! うおらあっ!!」
「わっ!? 正面、門がいとも容易く破られました!!」
「慌てるな! 数ではこちらが勝っているんだ、落ち着いて対処しろ!!」
数では圧倒的に不利ですが、プロメやスズなどパワータイプの魔物達に人数差など関係ありません。敵本部の門を宣言通り一発で吹き飛ばし、大暴れです。
「ねえお兄ちゃん達、アメリとぉ、一緒にぃ、仲良く……あそぼっ♪」
「う、うん! おじちゃん達でよければいいよ!」
「そうそう、な、何して遊ぶ?」
「アメリちゃんハァハァ」
「き、気持ち良くて愉しい遊びを教えてあげようか?」
「えっなになにー教えてー♪」
アメリちゃんもアメリちゃんで大暴れです。いつものように攻撃系の魔術は勿論、珍しく魅了魔術なんてものも使いロリコン大量製造……もとい、多くの兵士達を魅了して戦闘不能にしています。
「包帯持ってきました!!」
「ありがと、そのまま治療も手伝って!! まずはその包帯を頭にそっと、それでいてきちんと巻いて!」
「はいっ!」
私は戦闘はできないけど、私の戦いをしていた。運ばれてくる怪我人を手当てしたり、体力回復用の食事を作ったりと、私にできる事をしていました。
「あんたらみたいな雑魚の技コピーさせても意味無いしなぁ……最初から行くか! 接合!!」
「な、なんだあの剣!? 合体しやがった!」
「いっくぞおらあっ!!」
「う、うわああああああああああっ!?」
一方、乗り込み組は正面入り口を制圧し、内部に乗り込みました。
「血……赤……ンモオオオオオオオオオッ!!」
「うわあっ!?」
「行きますよ!! タウロの力を存分に味わいなさい!!」
「う、うわあああああああああああああバケモノだああああああああああっ!!」
「たった一振りで床をぶち抜きやがったぞあのミノタウロス!! あんなの相手にできるわけ無いだろ!!」
元勇者で伝説の名を持つ呪いのアイテム持ちのルコニとホルミのコンビによる快進撃で、内部に入ってからも楽々に相手をなぎ倒していきます。
「私はエルビに会いに……あっ……」
「あっ」
「あっ」
「きゃあああぁぁぁぁ…………」
しかしその途中、ホルミが自分の空けた穴に落ちるというドジをかましてしまいました。
とりあえずアメリちゃんとスズが落ちたホルミを追いかけていき、残りの人達はそのまま戦いを続ける事にしたようです。
「とりあえず奥に行ってみましょうか……」
「そうだね……」
アメリちゃんとスズはホルミが無事だったことを確認し、本隊と合流……せずに、落ちた場所の怪しさから少し探索を続けていたのですが……
「ひっ!? ま、魔物!?」
「な、なんでこんなところに魔物なんか……もう私達おしまいなんだぁ……」
「お願い……なんでもしますから命だけはどうか……」
「どうやら正解のようですね……」
「ああ……」
やはり、そこには人体実験を受けていた人達が監禁されていました。
私達の目的はこの人達の救出です。ホルミの斧で折をいとも簡単にぶち壊し、全員を解放して先導しながら地上へ向かいました。
「やれやれ……なんか下の階から破壊音が聞こえてきたと思ったら、まさか階段を使わずに下りていたなんてな……」
「あ……えーっと……たしかエルビさんと一緒にいた……」
「チモン。まあまともに名のってないから君が覚えて無くても仕方ないかな」
しかしその途中、エルビの側近で相当な実力者であるチモンが3人の前に立ち塞がります。
「なあホルミ、アメリ……」
「何スズお姉ちゃん?」
「ここはアタイにまかせて先行ってくれないか?」
皆を逃がす為、3人掛かりでも苦戦しそうな相手に、なんとスズは一人で足止めを引き受けました。
勿論、全くの無策ではありません。ウシオニが持つ高濃度の魔力の塊、即ち自身の血液を武器に、チモンの持つサーベルの使用を躊躇させて戦います。
「はっ、やっ! 掛かった!!」
「へっ……っ!?」
とはいえ、チモンの方も策はあります。直接斬れないならとサーベルを投げてスズの背に刺し、魔術を掛けてある鞘で打撃を与えスズ相手に果敢に攻めます。スズも殴られっぱなしではなく、刺さったサーベルを父親譲りの剣捌きで振るい、また糸で絡めて動きを封じ殴り飛ばします。
「げほっ……クソが……」
「さっきやられた分だよ!」
「ふざけやがって……こうなったら俺は全力で行くぞ!!」
「来いよ!アタイも全力で行かせてもらう!!」
互いに一撃が重く、緊張感と深いダメージが続き、余裕もなくなります。
「ぐっ……!!」
「ちっガードしたか……」
「いったぁ……あんた、もう返り血も気にしないって事か?」
「ああ……そんなのが怖くてお前を倒せるか!」
チモンも追い詰められ、とうとう返り血も気にせず隠し持っていた短剣で切り付けます。短剣ならではの素早さと手数の多さに、スズも回復が追い付かなくなってきました。
「これで……もう武器は無いか?」
「ああ……でも武器なんか無くても戦えるんだよ!」
「ぐっ……同感だね!!」
それでも自前の糸を使いなんとか短剣を弾き飛ばす事に成功、そのまま体力が底を尽くまで互いにノーガードの殴り合いが始まりました。
相手の顔が痣だらけになろうが、腫れようが、そして、高濃度の魔力のせいで性的に興奮しようが、相手が倒れるまで殴り続けました。
「お互い……はぁ……後一発分の体力か……」
「だな……じゃあ……」
「これで……」
「とどめだっ!!」
そして、互いに倒れる前の最後の一撃を同時に放ち……
「「うおらああああああっ!!」」
「「ぐふっ!!」」
互いの右頬に当たり、同時にダウンしました。
「でもこの勝負……アタイの勝ちだ……!」
「そうだな……素直に負けを認めよう……」
しかし、それはスズの目的通り、チモンの足止めには成功した事になります。スズのお陰で、アメリちゃん達は無事に監禁されていた人達を地上へと逃がす事に成功したのです。
「チモン、あんたもう……」
「……ああそうだよ……」
「どうするんだい?」
「何がだよ……」
「インキュバスになっても教団ってのは続けられるのか?」
「無理だな……少しは誤魔化せてもきっとすぐにバレる……」
「ふーん、そうか……」
そして、スズはインキュバス化したチモンとそのまま……まあ、あとは言わなくてもわかるかなと。とりあえず後で現場に到着した猪善さんは唖然としたそうです。
「さて……悪いけどこの先には進ませないよ」
「うわ……やっぱテメェはこっちにいたか……」
「まあボクはこの中では群を抜いて一番強いからね。司教達が逃げるまでの足止めを言い渡されちゃったってわけ」
場面変わって上階組。実験を仕切っていた司祭達を懲らしめるために階段を駆け上ったユウロ達の前に現れたのは、かつてツバキ達の故郷を襲っていた実力者、勇者エルビでした。
「あ、勝つ自信がないわけじゃないよ? それこそ誰一人として帰らなくてもボク勝てたしね」
「そう余裕なのも今のうちだ! 行くぞ!!」
「うらあっ!!」
「いやだってそんな事言われても実際に……」
「なっ!? あがっ!」
「こうやって……」
「うおっ!? ぐぅっ!?」
「ワーウルフとリザードマンの攻撃を余裕でかわして反撃まで出来ちゃうんだもの……『ヌムネスパウダー』!!」
「あぶっ……な、なんだ……?」
「か、身体が痺れて……動か……」
その強さは相当なもので、エルビに対抗できる自信があった魔物二人がいとも簡単に戦闘不能にさせられる程でした。
「さて……残るはクソ野郎君ただ一人だけど掛かって来ないの? キミだけは絶対に逃がしてあげないよ」
そのまま流れるように残りの魔物も身動きを封じられ、とうとう残るはユウロ一人になってしまいました。
相手は格上とはいえ、このままおずおずと引き下がるユウロではありません。いかなる手段を使ってでも倒そうと果敢に攻め続けました。
「ほらほらどうしたのクソ野郎君! そんなんじゃ簡単に殺しちゃうじゃないか!!」
「知るかっ!」
それでも実力差はかなりのもの。倒されないまでも、徐々に追い詰められてしまいます。
「しかしまあなんでかな……いや、キミの事だよ。どうして魔物なんかと一緒にいるんだい?」
「別に理由なんかねえよ。たまたま旅に誘ってきたのが当時人間だった女の子と幼い魔物の王女様だっただけだ」
「ふーん……ボクにはわからないよ。魔物について行こうだなんて気持ちはね。キミには大切な人はいなかったのかい?」
「……ああ、そんなもの既に失った後だ」
「そうか……」
そんな中で、余裕からかエルビは唐突にユウロへ疑問を投げかけました。
「つーかそんな事聞いてくるって事は……お前もしや自分の大切な人でも魔物に攫われたのか?」
「えっ……なんでそんな事を……」
それに答えたユウロは、今度はこちらの番だとエルビに問いかけました。
「魔物に大切な人がただ攫われただけなら魔物を恨むはず……でもお前は、本来被害者側にしか見えない男の方を恨むって事は……」
「やめろ……」
それは、今までのエルビの言動からユウロが推理した内容。なんて事は無い、一つの疑問と確信。
「お前自身を大切だと言ってくれていた人物が魔物に攫われ、捨てられたと思った……そうだろ?」
「やめろ」
しかしそれは、少年が一番触れられたくない事実(トラウマ)だった。
「そしてその人物は、おそらくお前が一番信頼を置いていたとても身近な人物。それはお前の兄や父親が……」
「やめろ!!」
ユウロを黙らせるため、怒りまかせに突っ込んでいくエルビ。先程までと違い余裕のないその力任せな攻撃は、回避の得意なユウロには当たりません。
「ボクは……父さんに捨てられたんだ!!」
「あっ?」
「父さんはボクの事を大切な息子だって言ってくれたのに、そんなボクを簡単に捨てて魔物なんかについて行ったんだ!! ボクは父さんが帰ってこない事に絶望感を味わった……でもそんなある日ボクの中に不思議な力が宿った。そして、数日経たないうちに教団の人達がボクの家にやってきた」
「それで父親は魔物について行ったと伝えられ、自分が勇者だと言われて教団に入ったと……」
「ああそうだ! ボクは父さん……クソ野郎を3ヶ月も待っていた事を後悔したよ!でもこれでボクはクソ野郎と同じクズ共も根絶やしに出来る! そう思いボクは頑張って強くなった!!」
「……」
「それはキミの様なクズを殺す為だ!! やがては父さんを……あのクズも殺す!!」
そして、自身の境遇を叫びます。今までの余裕もなく、強い恨みを籠めて、なぜ自分が魔物の夫達を嫌っているのかを、怒り任せに叫び続けます。
きっと、誰でもいいからこの心の奥底からの怒りをぶつけたかったのでしょう。しかし、彼がそれをユウロに告げたのは間違いでした。
3ヶ月待っても帰ってこない父親に絶望し、殺すと誓ったというエルビの言葉……
「死n……」
「甘ったれてんじゃねえよクソ眼鏡がっ!!」
「ぐふっ!?」
その言葉は、ユウロの怒り(トラウマ)に触れてしまったのです。
「お前さ……父親が自分からお前を捨てたって言われたのか?」
「ぐぞ……魔物の巣窟に向かって行ったんだ……3ヶ月も帰ってこなかったらそうとしか考えられないだrうぐっ!!」
「じゃあわかんねえじゃねえか!! たったの3ヶ月帰ってこなかっただけで何捨てられたとか言ってんじゃねえよ!!」
「くそっ……お前に何がわかる!? 自分が頼りにしていた人がずっと帰ってこないんだぞ!!」
「テメエよりはずっとわかってるよクソが!!」
ユウロ自身も怒り狂い、エルビに蹴って殴っての暴行を加えます。そう、攻撃ではなく、暴行。それは、子を躾けていると勘違いして虐待を加える親の様に。
それは、ユウロが一番したくない事。ユウロ自身の心の深層に刻まれてしまった、心的外傷でした。
「くっ、この……『エレクトロショック』!!」
「うおっ!?」
ぼこぼこにされながらも簡単な魔術を使い、なんとかユウロの暴力から脱出したエルビ。
「あ、本当にエルビが居ました!」
「ワーウルフにデュラハン、リザードマンなんかの戦闘向けの魔物が軒並み倒されてる……けど、相手も結構ボロボロのようだね」
「立っとるのはユウロだけか? プロメ達は倒れとるし……あれ? レシェルさんは?」
「あそこだ! どうやら窓の外で何かされているようだ……」
そこに駆け付けた、ルヘキサ側の援軍。その中には、ずっとエルビの事を気に掛けていたホルミも居ました。
「くっ! 当たれ!!」
「狙いが定まってないな……こんなものそう簡単に我は当たらない」
流石に多勢に無勢。しかも、先程の暴行により眼鏡すら失ったエルビに勝機はありませんでした。
それでも諦めない彼は、果敢にトロンさんへと攻めていきます。最後まで諦めずに魔物へと向かう姿は、確かに勇者と言えるかもしれません。
「あの団長さん」
「なんだホルミ?」
「自分が倒した人なら自分のものにして良いんですよね?」
「ああ……」
しかし、それもこれまででした。
「転送。まずは眠って下さい……」
「え……ぐぶっ!?」
ホルミが得意の転移魔術でエルビを瞬時に自分の目の前に持って行き、強烈な腹パンをお見舞いしました。
自身の身体ほどの大きさを誇る斧を振り回す怪力ミノタウロスの腹パンです。最早ボロボロになっていたエルビに耐えられるはずもなく、一発で気絶しました。
「これで私がエルビを連れて行っても問題ありませんよね?」
「あ、ああ……」
「では私はこれで。あとは雑魚しか居ないのでしたら私はいなくても良いですよね」
「ま、まあ……」
「それでは……また機会があればお会いしましょう……」
「お、おい……行っちゃったか……」
そのままエルビを抱えてどこかへ転移したホルミ。
「ん? 目が覚めたようですね」
「この声はホル……って、な、何してるんだ!?」
「何って……んっ……たしかパイズリとかいうものだったかと」
「そういう事聞いてるんじゃないよ!!」
その先で、気絶していたエルビにエッチな事をしていました。しかも拘束して抵抗できないようにしている徹底ぶりです。
「はぁ……はぁ……くそ、いったいなんだって言うんだよ……」
「いえ、いろいろと聞きたい事がありましてね。その前になんだか無性に襲いたくなっただけですから」
「酷いよその理由……まあ魔物なんてそんなとこだろうけど……」
あっという間に射精させ、エルビから抵抗の意思を排除したホルミは、ゆっくりと彼に語り掛けました。
「あなたのお父様は、あなたの事を捨ててなんかいませんよ」
「……は?」
彼女は、とある人物から依頼を受けていました。自分が負った怪我で帰れなかった間に、教団に連れ去られた息子を探してくれ、と。
その人物こそ、自分を捨てたと言っていたエルビの父でした。そう、彼が帰らなかったのは怪我の為。決してエルビを捨てたわけではありませんでした。
「そしてその間、イリジさんに惚れたトリーさんは一生懸命看護していたようです。ただ、イリジさんに告白しても「自分には大切な妻と、大切な息子がいるから」と断り続けていたそうです」
「そうなの? 嘘……じゃないよね?」
「あくまで私が本人達から聞いた話ですので、信じるかどうかはエルビ自身に任せます」
それどころか、リリムに迫られたのに強い意志で自分には亡くなった妻と息子がいるからと断りを入れていたのです。
「そんな……じゃあ……ボクは……」
「捨てられたどころか、今でも行方がわからないあなたの事を心配していますよ。あ、トリーさんもまだ見ぬあなたの事心配してたりもしますよ」
「っ……!!」
そう、魔物に誑かされた親に捨てられたというのは、彼の盛大な勘違いでしかなかったのです。
「じゃあ……ボクが今までしてきた事はなんだっていうんだ……」
「きっとイリジさんもオスミさんも気にしていないとは思いますよ?」
「それでも……それでもボクは両親に顔向けできないよ!!」
今まで自分がしてきた事は、いったい何であったのか……激しい後悔の念が彼に圧し掛かります。魔物として復活した母や、魔物と共に暮らす父に、合わせる顔がないと嘆きます。
「もしあなたが今までの自分がした事を後悔しているなら……これからどうしていくのかを親御さんに宣言して下さい」
「え……」
「私だって元勇者、あなたと同じく何人もの魔物を傷付けています。だけどもう過去にやった事は覆す事は出来ません。なので私はこれから今まで傷付けた者に謝りに行き、傷付けた以上に大勢の魔物や人々を助けたいと思っています。それが私にできる罪滅ぼし……と言えるかは微妙ですがね。あなたはどうしますか?」
「……」
そんな彼にホルミは優しく抱き着いて、そう語りかけました。
「一人で不安なら、私もあなたと一緒に罪滅ぼしの旅について行きますから……というか同行します」
「え……」
二人で一緒に、今まで傷付けてきた人達への贖罪をしましょう、と。
「どうやら私はあなたの事が気になって仕方ないようです。なのでこれからもずっと一緒に居させて下さい」
「仕方ないなぁ……どうせいいよって言わないとこれ解いてくれないんでしょ?」
「ありがとうございます」
こうして、一人の少年の心は救われたのでした。
この後マイペースなホルミにエルビは振り回される事になるのですが、それはまた別のお話。
「まあエルビとホルミの事はおいといて、急いで奥まで行って下さい。司教共は転移魔法で逃げるそうです」
「わかった。では貴様とカリンはレシェル達の救助をしておいてくれ。行くぞルコニ!」
「はい団長!!」
場面は戻り、ホルミ達が去った直後。一同呆気にとられながらも、残りの処理をサクッと終わらせ、戦争は終結しました。
怪我人こそ出たものの死者は双方ゼロ人。結果は私達の楽勝でした。教団の悪事も明るみに出た事もあってこれからも忙しくなりそうですが、今後小競り合いなどは減ると思います。
「死んだと思っていたがやっと会えた娘が一人で実力者と戦っていると聞いたから心配になり急いで駆けつけたらなんと娘はその男と性行為をしていた。しかも男が娘に性的暴行を加えているならば男の方を遠慮なくバッサリ斬れるが残念ながら逆でなんと娘がその男を強姦していた挙句私の存在に気付かぬままやれ愛してるだのやれイクだの言い続けてやっとこさ終わったと思ったら結婚するとか言い始めたのだが私はいったいどうすればいいのだ!?」
「知らんがな」
「魔物ってそんなものだと思います」
「アタシもそんなだしいいんじゃないかな」
「おめでとスズ!」
「認めん!! 私は絶対に認めんぞ!!」
なんて、悩めるお父さんも居る通り、今回の戦いで複数のカップルが誕生しました。
「まあイヨシさんの事はひとまず置いといて……スズはこれからどうするの? お父さんも記憶も夫も手に入ったわけだけど……」
「ああ、その事ね……旅は好きだからしたいけど、とりあえずはこのルヘキサでアタイは父ちゃんやチモンと一緒に暮らす事にするよ」
「そっか……」
その中の一人であるスズは、思っていた通りこの街で暮らす事に決めたようです。つまりここでお別れでした。
スズとは結構長く旅をしていたので寂しかったのですが、記憶も戻り、父と再会でき、夫もでき、しかも母もゴーストとして蘇った今、家族で過ごしたいのでしょう。寂しさを抑え、私達は再会を誓いつつここで笑顔で別れました。
「ウチは前言った通りとりあえず届け先のリリムのとこまでは同行するよ」
「アメリもそのお姉ちゃんに会いたい!! だからカリンお姉ちゃんよろしくね!!」
「おう、よろしゅうな!」
その代わり、一時的ですがまたカリンとの旅が再開しました。
また賑やかで楽しい旅が始まる、この時はそう思っていました。
「はぁっ……なんで……こんな事に……」
「……見つけたぞセレン……もう観念するんだ……」
「はぁ……セニック……」
しかし、とある悲劇が、私達の身近で起きていました。
「なんで……なんでこんな事に……」
「それは……お前が魔物と判断されたからだ……」
「……」
以前の戦いでスズの……ウシオニの血を浴びていたセレンちゃんは、エンジェルの身のまま魔物化してしまい、国から、かつてのパートナーであるセニックに追われていました。
「だからもう逃げないでくれ……」
「嫌です! ワタシはまだ……まだ死にたくは……」
「わかってるよ!! でも……もうどうしようもないんだ!!」
彼らの国では、魔物化=即死刑。それは、下位天使であるセレンちゃんも例外ではありません。
まだ死にたくないセレンちゃんは、セニックから必死に逃げていました。
「という事だ。諦めてくれ……」
「絶対に嫌です!!」
「オレだって嫌だよ!! でも仕方ないんだよ!!」
「仕方なくなんてないです!! それにワタシは……セニックの事が好きです!!」
「なっ……!?」
何故なら、セレンちゃんはセニックの事が好きだから。好きな人に殺されたくない、一緒に居たいから死にたくないのでした。
「セレン……ありがとう……」
その想いは、セニックにも伝わりました。
「セニ……っ!?」
「そして……ごめん……」
伝わりました。が、その想いを壊すかのように、彼女に刺さる凶器。
「せ、セニ……ク……」
「……じゃあなセレン……好きだって言ってくれて嬉しかったよ……」
胸を刺され、息も絶え絶えに倒れる彼女を一瞥し、セニックは去っていきました。
セレンちゃんは涙を零しながら、その意識を手放して……
……………………
「んっ……ぁ、あれ? ワタシ……いたっ」
そして、目を覚ましたセレンちゃん。
「……ってここどこ……?」
「大丈夫セレンちゃん?」
「はい……って、あなた達は……ワタシをどうするつもりですか!?」
たまたま倒れていた彼女を発見した私達は、『テント』に連れていき応急処置を済ませていました。その甲斐もあって一命を取り留めたセレンちゃんは、再び目を覚ます事ができたのです。
今まで敵対関係だった事もあり起き掛けこそ強く警戒し威嚇してきましたが、自身を助けてくれた事に気付き、またユウロに言い包められ、怪我の痛みやパートナーに殺されかけた辛さで泣きながらも事情を話してくれました。
「でもさ……それ自業自得じゃねえか。お前がスズを傷付けなければよかっただけdイテッ!?」
「そういう事言わないの!」
ユウロの言う通り、セレンちゃんがこんな目に遭ったのは、魔物だからといきなり襲い掛かった結果なので、自業自得と言えます。それは彼女自身もわかっている事で、その言葉に否定はしません。
一通り事情を聞いたので、お腹の音で空腹を訴えかけてきたセレンちゃんも一緒にご飯を食べる事にしました。もっと詳しく聞こうにも、一旦落ち着いた方が良かったからというのもありました。
「そういや、お前これからどうするつもりだ? 帰る……わけにはいかないんだろ?」
「ええ。それもこれもワタシが魔物なんかになったから……いえ、まだワタシは魔物なんかに……」
ご飯も食べ終え、落ち着きを取り戻したセレンちゃんに、これからどうするのかと聞きました。魔物化したので帰るわけにもいきませんし、きちんとした治療を受ける為にも病院へ向かう必要もあります。
そんな中で、彼女は未だに自分は魔物になっていないと思いたい趣旨の発言をしました。魔物に対し嫌悪の感情を抱いているので、無理もありません。
「魔物なんか……」
「ねえ……そんなに魔物になるのが嫌なの?」
「はあ? 当たり前ですよ!!」
このままだと、セレンちゃんは自分自身も嫌いになり、どうにかなってしまうのでは……そう思った私は、おせっかいと思いつつも彼女へと語りかけました。
「私はね、ちょっとした事故で足が動かなくなって……魔物になったら動かす事ができるかもと言われて、魔物になった。魔物になってでもやりたい事……旅を続けたかったから」
「やりたい事……あなたはそれで後悔しなかったのですか?」
「全くしてないと言ったら嘘になるよ。私の両親はアメリちゃんにすら怯える程魔物は怖いものと考えているし、魔物になった事を受け入れてもらえるかわからない。でも、人間を続けて足が動かなかったら、ただ後悔しか残らないから私は魔物になった」
「それで……あなたは変わらなかったのですか?」
「うん。私は私。人間でもワーシープでも変わらなかったよ」
魔物になっても、私は私、自分は自分なんだ、と。
「サマリ……でしたっけ? お粥や応急手当ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
その話を聞いて、少しは安心できたようで……ちょっとだけ心を開いて、彼女はお礼を述べたのでした。
「それじゃ確認するけど……次に向かうのはこのルージュ・シティってとこで良いんだな?」
「まあ3つの中じゃ一番大きいし、ヘクターンに向かう途中にあるしで丁度ええな」
「それで、その後はヘクターンを目指して……」
「そのまま……行くって事でいいんだよね?」
「はい……どうなるかはわかりませんが、ワタシはもう一度戻って、セニックに会いに行きたいです」
そして、中断していたこれからの予定。私達はまずセレンちゃんを拾った場所から一番近くにある街に立ち寄り、そこの病院でセレンちゃんの治療を済ませる事にしました。
それから当初の予定通り、カリンの客先が居る街へ行き、そこに居るらしいアメリちゃんのお姉さんに会いに行きます。
そして、その後は……セレンちゃんが暮らしていた反魔物領へ行く事にしました。魔物が行くには危険ですが、もう一度セニックに会いたいという彼女の希望を汲み取る事にしたのです。
もう一度会いたいのは、きちんと好きだと想いを伝える為。ハッキリとは言いませんが、一緒に堕ちてほしい、と。
「いや〜いい天気だ!」
「お、降ろして! 自分で歩けるから!!」
「駄目だよ、セレンちゃんは怪我人なんだからさ。あ、寝てても良いからね」
「ね、寝ないから!! 心地良い眠気が早速襲ってきてるけどワタシは寝ません!!」
そうと決まれば早速出発です。私は怪我人のセレンちゃんを背負って歩いていましたが、気恥ずかしさから背中で暴れて大変でした。
「じゃあしゅっぱーつ!」
「出発はええけど……さて、どう向かおうか……」
「そうだね……とりあえずの方角はわかるけど、それらしきものは見えないもんね」
しかし、問題はそれだけではありません。ここら一帯は緩い丘になっていますが、道がきちんと整備されているわけでもなく、また向かおうとした街どころか目立つ目印もないので、無事に辿り着けるのかという不安もありました。
「……ん?」
「なんや? 急に影が……んな!?」
「な、何あれ……?」
そんな時、私達の上空に、一機の空飛ぶ乗り物……ユウロ曰く飛行機が飛んできました。
「やっぱり……わたしの思った通り、妹だったのね」
そこから降りてきたのは、アメリちゃんのお姉さんでした。異世界から来た飛行機乗りの旦那さんと空の旅を楽しんでいたところ、空から私達……というかアメリちゃんを見つけたので、興味を持って降りてきたそうです。
「姫も後から他の人達と来てくださいよ?」
「もちろん!」
彼女達と私達の目的地は偶然にも一致していたので、案内してもらう事になりました。ただ、怪我人のセレンちゃんは一刻も早く治療を施してもらった方が良いということで、旦那さんの運転する飛行機で先に行く事になったのです。
「どうセレンちゃん? 身体大丈夫?」
「ええまあ。とりあえず治療及び手当はしてもらったから大丈夫……かな?」
「完治……はしてないようだな」
「まあそれは……でも傷はほとんど塞がったし、普通にしている分には痛みも無くなったから大分良くなったけどね」
到着後、治療を終えたセレンちゃんと合流し、二人にその街を案内してもらいました。
「あなた……魔物になって後悔したり、戸惑ったりはしなかったのですか?」
「う〜ん……最初はちょっと……でも、結局は魔物でも人間でも、私を大事にしなきゃって思ったらね。別に魔物だって皆優しいのよ?」
「そうですか……ありがとうございます」
大きな街なだけあって、そこには様々な人や魔物が居ました。その中には、当然のように元人間の魔物もいました。
何かを悩みながら、一歩引いた感じで観光していたセレンちゃんも、そういった人達には積極的に話しかけていました。それは、自分の中で答えを導く為でしょう。大勢の人と魔物が交流している様子を見て、ずっと何かを考えていました。
「セレンさん、先程魔物になったと言いましたよね?」
「ええ……」
「それはもう自分の中で受け入れています?」
「それは……」
「では……今日1日、この街を見てどう思いました?」
「……」
そして、一日掛けて街中の観光を終えたセレンちゃんの心には、大きな変化が訪れていました。
「セレンさんと同じように、僕達も、魔物達も生きている。人も魔物も平和に笑い合っている……そう感じましたか?」
「はい。ワタシ達と何一つ違う事無く、温かかった……」
絶対的な悪だと思っていた魔物も、自分達と何も変わらない。そこで生活し、人と共に笑い合っている。それを直に見て、認めたのです。
だからでしょう、魔物に対して心を閉ざしていた彼女は、ここから少しずつ心を開いていきました。
「でも、これでいいのかわからなくて……本当に魔物を受け入れていいのかと疑問が出て、何が正しいのか見当がつかない自分も居て……」
「それでいいのですよ。何が正しくて、何が間違っているのかなんて、そう簡単に答えは出ません。セレンさんには悩む時間がある。だからこそ自分の納得する答えが出るまで悩めばいいのです」
「そうですか……そう、ですね……」
それでも、今まで生きてきた中で根付いていた常識はそう簡単に変えられません。態度は軟化しましたが、悩みはまだまだ続きます。とはいえ、簡単に結論を出すような事でもないですし、彼女の旅はまだ続くので、その間に結論を出す事にしたそうです。
「おー、ここがヘクターンか!」
「魔界じゃないですかここ……」
「いやよく見てみぃ、あそこに人間女性がおるやろ? 成りかけとるけどまだ魔界化はしとらんようやで?」
「そうだねぇ」
という事で、セレンちゃんは私達との旅を続け、途中ちょっとしたトラブルに巻き込まれつつもカリンの目的地へと到着しました。そこは魔界化寸前の親魔物領で、アメリちゃんのお姉さんが統治している街でした。
「もしかして……ユーリムさんは他にも姉妹の居場所とかご存知ですか?」
「ええ! 多分会った事ない子も多いと思うけど……」
「えっホント!? おしえてユーリムお姉ちゃん!!」
「そうね……ここからならトリー、ロレン、キュリー辺りが近くに住んでるけど……知ってる?」
「ううん、3人とも知らない……」
「そっか。じゃあ出発前には教えてあげるけど……何時までこの街に居る予定とかってある?」
「いえ。一通りこの街を観光したら出発しようと思ったので……」
「じゃあ出発までここに泊まっていかないかしら? アメリとももっとお喋りしたいし……」
「いいのですか!? では、お言葉に甘えさせてもらいます!」
そこの領主、リリムのユーリムさんは気さくな人で、軽い感じに私達と接してくれます。
また、そんな人だからか今までのお姉さん達以上に多くの姉妹を知っているようで、近くに住むリリム達の情報も気軽に教えてくれたのです。
「あの……ユーリム様、そろそろ……」
「え〜いいじゃない! ちゃんとやる事はやってきたし、可愛い妹と戯れていたって……」
「いえ……先程も申したようにムイリさんにも用がありまして……」
「いいのいいのムイリなんて放っておきましょ! むにむに〜♪」
「おいこらユリリムー!! 人の客の足止めしてるんじゃないわよ!!」
「けぷっ!?」
そして、カリンが荷物を届ける依頼人を放置してアメリちゃんを弄っていたユーリムさんに、怒りながら飛び蹴りをかましたその依頼人、バフォメットのムイリさん。
「……よし、これでいい?」
「たしかに。ほなこれが商品や。あっとるな?」
「うん、合ってるわ。ご苦労さん。ゆっくり休んで行くといいよ。良いよねユーリム?」
「良いも何ももう家に泊める事になってるわよ。私……というか会った事ない姉妹に会いに来たって言う可愛い妹のアメリともっとお話したいからね」
そんな彼女はカリンの実家のお店に頼んでいたマジックアイテムを受け取り、それを使用して作り上げる装置で実験するためにとユウロの髪の毛もついでに取って屋敷の奥へと行ってしまいました。記憶や情報を引き出すとか言っていましたが、よく理解できなかった私達はあまり気にせず、そのままユーリムさんと楽しくお喋りをする事にしたのでした。
「……ここどこだ?」
そんなこんなでムイリさんの事はすっかり忘れていた次の日。私はユーリムさんが住むお城の中で自由見学中に一人迷子になりました。
「さて、早速見てみようかなっと……」
「すみませーん、誰かいますか……あっムイリさん」
そして、迷った先で私は何かを調整していたムイリさんと遭遇しました。
「んーまあ簡単に言えば、あんた達の記憶を見る装置よ」
「へ? 記憶を見る?」
「そ。あんた達が旅で見てきたものを見る装置。しつこい教団兵達が隠してる物とかないかを調べる為に作ってたんだけど、ちゃんと見れるかのテストがしたくてね。もちろんここで見た事は絶対に公言しないわよ」
その何かとは、彼女が試作していた記憶投影装置でした。ユウロの毛を奪っていったのは、この装置の試運転でユウロの記憶を見る為だったようです。
他人の記憶を勝手に見るのはどうかと思いましたが……あまり過去を語りたがらないユウロの記憶が気になったのもあり、私はムイリさんと一緒に見る事に決めました。
『あー……なんか眠いな……やっぱ毛が短くてもワーシープか。それにしても……じっくり見た事無かったけど可愛い寝顔してるなこいつ……』
「……」
「あら〜? なんか顔真っ赤ね?」
「いやまあ、普段料理以外で褒めないユウロが可愛いとか言ってくれたから恥ずかしいのと同時に嬉しくて……」
最初のうちこそ、今までの旅を振り返ったり、私の知らないところでユウロが可愛いと言ってくれたことに喜んだりと、のほほんとした気分で見ていたのですが……
「これ以上はマズイ?まだまだ遡れるけど……」
「あ、んと、その……これより前は旅してる時じゃないので……いやでも見てみたいかも……」
「んーまあ本人に黙っておけばいいんじゃない? 折角だから見ちゃいましょ。別世界の様子も映るかもしれないしね」
「それもそうですね……じゃあ見ちゃいましょうか」
ちょっとした好奇心で、私は出会う以前のユウロの記憶を見る事を選んでしまいました。
この選択は、最悪手だという事にも気付かずに。
『だ、誰? アメリに何の用なの?』
『悪いな、お前には死んでもらう……』
『えっ……なんで? アメリ何もしてないんだよ?』
『わかってる。俺もあまり乗り気じゃないけど、お前を殺して来いとおえらいさんが言うものでさ』
『嫌だ! アメリ死にたくない!』
『だったら俺から全力で逃げるんだな!!』
ユウロとアメリちゃんの初遭遇から始まった、私の知らないユウロの記憶。
「もしかしてだけど……この先は別の世界になるのかしら?」
「おそらくそうだと思います……」
教会に居る時の記憶まで遡り、何時しかこちらの世界に来た場面まで進みました。
もっと過去を知りたいという思いと、別の世界の景色を見てみたいという思いが相乗的に重ね合い、私は自重を忘れその先まで見てしまいました。
『居場所を失ったあなたへか……本当にこんなのに効果があるわけないのに、なにしてるんだろうな俺は……』
私が見た光景、それは、決して楽しいものではありませんでした。
『悠斗兄のせいだ!!』
『こ、こら! なんて事言うの!!』
『悠斗兄が山本パパを困らせたから、山本パパは無理して死んじゃったんだ!!』
『俺が山本さんを……追い詰めて……過労で……』
育ての親を自分のせいで亡くしてしまったかもしれないという後悔。
『ご、ごめんなざあいっ!!』
『うるせーよ! ごめんって言えばいいもんじゃねえんだよ! テメエが迷惑掛けたんだろうが、あ? 反省してんのか?』
『ひう……ごべんなざい!!』
『あん? 聞こえねえよ! もう一回ちゃんと言えy』
『こら! やめなさい悠斗君!』
悪い事をした弟同然の存在、拓真君に対して暴力を振るい、荒れてる姿。
『あのね……今日は翔君と遊んでたんだけど……』
『なんだ、喧嘩でもしたのか?』
『うん……』
『しかも頬が若干腫れてるから殴り合いっぽいな……何が原因だ?』
『おもちゃの取り合い……』
『ガキかお前ら! いやガキか……』
同じ施設に住む友達と喧嘩してしょんぼりしている、ちょっと可愛らしい姿もあるにはありましたが……
『山本院長! こちらに!!』
『な、なんだねこの段ボールは……名前は吉崎悠斗。拾ってやって下さい……ってなんだこれは!?』
『今朝寮に来た後見たらここに置いてありました。嫌な予感がして、とりあえず山本院長に……』
『と、とにかく蓋を開けるぞ! な、これは……』
『酷い……なんでこんな事が……』
小さい頃、その施設の前に段ボールに詰められた状態で放置されているという、とても現実とは思えないような酷い場面が映り、私の頭は真っ白になりました。
『最初っから謝るような事してんじゃねえよ!!』
『あう……いたぃ……』
『ああん? 痛いじゃねえんだよ!』
『ごめんなさ、おかあさん……』
『うるさい! もう口を開くな!!』
『うぐぅ……』
追い打ちを掛けるように映されたのは、実の母親に酷い暴力を受ける場面。
『私が何をしたって言うの? なんでこんな事になったの!!』
『ぅ……』
『もうやだ……もう疲れた……こいつはムカつくだけだし、誰も助けてくれないし……』
『ぁ……おか……さ……』
『もうイヤだ!! こいつの面倒なんか見たくない!!』
そして……
『悠斗なんか、産まなければよかt……』
「あ、あれ……? あ……壊したのね……」
「はぁ……すみませんムイリさん……止め方わからなかったので……」
気が付いたら私は、その装置を壊していました。
ちょっとした好奇心に駆られ、知られたくない記憶を勝手に見てしまった私は、酷い後悔と罪悪感に襲われました。
「ん? ああサマリか。どうしたそんな暗い顔して?」
「あ、ユウロ……あの……ごめん」
「え? 何が?」
「その……ユウロの記憶……見ちゃった……」
「記憶を見たって……どういう事だ?」
「えっとね……ムイリさんが作ってた機械で……」
「あー昨日言ってたよくわからないやつか……あれ人の記憶を見るものだったのか……」
「うん……ゴメンね……」
だからこそ私は、すぐユウロに謝りました。
それが許される事でないにしても、謝罪したかったのです。
「はぁ……まあいいよ。どこまで見たんだ?」
「その……順に遡って……ユウロがお母さんに……その……」
「あーはいはい。母さんが産まなければ良かったって言ったところね……」
「っ……」
「まあそこまで知ったんなら全部話すか……でも、アメリちゃんや他の奴には言うなよ?」
しかし、ユウロは軽く溜息を吐きながらも、軽い感じで許してくれました。そして、自ら補完するように幼い頃の話をしてくれたのです。
「そこからは多分サマリの見た通りだ……俺は寮で皆と打ち解けて、拓真の奴と仲良くなって……ちょっとした事がきっかけで俺は拓真に手を出し、山本さんが俺のせいで死んで……」
「ユウロ……」
「嫌になるよな……自分が虐待されていたから、絶対辛いのはわかってるのに……俺は手を上げて暴行する事しか叱り方がわからないから……気付くと相手を殴ったり蹴ったりしながら説教してる……」
「……」
それは、耳を塞ぎたくなるような心苦しいお話。
「俺は……自分の本当の父さんの顔を全く知らねえんだ」
「……は?」
「いや、どうやら昔母さんと付き合ってたらしいけどさ、俺ができたと知って怖くなって逃げたそうだ」
「え……」
「しかも多額の借金を押し付け残したままだとさ。とんでもないクズときた」
「……」
それでも、記憶を見てしまった者として、きちんと最後まで聞きました。
「ま、俺はそんな屑と屑の間に産まれた子さ。だから、もし誰かを好きになって結婚して、子供を作ったとしたら……怖いんだよ」
「何が?」
「俺も父さんや母さんと同じようにならないか怖いんだ……子供が出来たのを知って逃げ出すかもしれないし、虐待するかもしれない。現に俺は何度も暴力を振ってる……そうなるかもしれないんだ!!」
自分の両親がそんなだから、自分もそんな人になるかもしれない。だからこそ、ユウロは誰かと恋仲になりたくないと言っていたのでした。
「だからさ、俺は……!?」
「大丈夫……ユウロは大丈夫……」
「サマリ……」
私自身は両親に愛されて育ったので、その苦しみはわかりませんし、共感する事もできません。
それでも、私は確信をもって言えます。
「ユウロなら絶対にそうならない。私が自信持って言えるよ!」
ユウロなら、絶対にそんな人にはならない、と。
「……ありがとうサマリ……」
私が強く抱きしめながらそう語ったからか、少し安心した声でユウロはお礼を述べたのでした。
「これは……お邪魔するのは悪いですね。しかしもどかしいですね……そのままくっついてしまえばいいものを……」
勿論、その様子をセレンちゃんが覗いているだなんて微塵も気が付いていませんでした。
……………………
「カリン、アズキさん達によろしくね!」
「おう! ウチも家に帰った後、オトンの怪我が治っとったらまた大陸に行く。そんで色々と情報集めて皆と合流するわ!」
「おう、待ってるぞ!」
実家の手伝いでここまで一緒に居たカリンと再び別れ、私達はセニックに会う目的の為に歩を進めます。
「この街を出ればいよいよペンタティアか……」
「はい……いよいよセニックがいる街になります」
「どうする? すぐ向かう?」
「う〜ん……そうしたい気持ちもありますが、急ぐ必要も無いと思うのでとりあえずいろいろ準備しながらこの街を観光しようと思います」
「うんうん! 折角来たんだからアメリいろいろ観たい!!」
「そういう事です。隣にこの街があったのは知ってましたが、魔界なので憎む事はあっても観光なんてした事無いですからね。魔物になった今なら関係無いですし、この機会に色々と回りたいです」
途中で迷子になり、偶然通りかかった街でアメリちゃんだけが正体を隠しているお姉さんに気付いたり、また別の街ではお城に住むお姉さんとバッタリ再会し、そのまま演奏会を開いてもらったりしながら、私達は目的地付近の明緑魔界までやってきました。
「牧場……ってなんです?」
「ん? ああ、この街一番の牧場さ。大勢のワーシープやホルスタウロスなんかが暮らしてる。もちろん牧場と言っても家畜扱いじゃなくてきちんと大勢の夫婦や家族で生活が成り立っているよ」
「ワーシープやホルスタウロス……家畜系の魔物か……毛やミルクを採っているって事ですね」
「そういう事。皆のびのびと過ごしてやる事はきちんとヤっているから、うちのホルスタウロスミルクは特濃でなくても濃厚で美味しいし、ワーシープウールもふわふわで心地良い眠りに誘ってくれる一級品さ」
「へぇ〜」
この魔界には大きな牧場があり、そこには大勢のワーシープやホルスタウロスなど畜産系の魔物が暮らしていると聞いた私達は、早速その牧場へと行ってみる事にしました。
魔物の牧場がどんなものなのか気になったり、それらから採れる品にも勿論興味はありましたが、私はそれ以上に自分以外のワーシープに会えることが楽しみでした。何故なら、私はここまで旅の途中で自分と同じワーシープと出会った事が無かったからです。
「彼から聞いたよ〜。あなたが元人間のワーシープだね〜」
「は、はい! サマリと言います!!」
「ふふ〜、そんなに硬くならなくてもいいよ〜。ワーシープになってみてどうだった?」
「そうですね……ワーシープになってから寝るのが好きになったし、寝起きはかなり良くなった気がしますね」
「んふふ〜そーだよねぇ。眠るの気持ちいいもんね〜♪」
そんな私の願望を聞いて下さり、私は早速他のワーシープとお話をして……
「ふぁ〜……なんだか眠たくなってきた〜……おやすみサマリちゃん……」
「ふぁ〜……私もふわふわってしてきたぁ……おやすみなさい……」
良い草木の香りが漂う日当たり良好な草原の上で、他のワーシープ達と一緒にお昼寝しました。
「あー、サマリお姉ちゃん寝ちゃったね」
「そうみたいですね……」
「はは……皆気持ちよさそうに寝ているようだね。ユウロ君はフリーの娘に襲われる可能性があるからオススメしないけど、君達も彼女達に交ざって一緒にお昼寝してみるかい?」
「ん〜……悩むけどアメリ他の場所も見たいからな〜」
「ワタシは軽くトラウマになってるのでパスしておきます」
「残念。君達みたいな白い小さな子が一緒に寝てると可愛らしいなと思ったんだけどな」
そして眠った私を放って、アメリちゃん達は牧場見学を続行したようです。
「それでワタシ達はどこへ案内されてるのですか?」
「まずはホルスタウロス達のところに行こうかなと。あ、赤いものは鞄の中にしまっておいてね。それと今なら乳搾り体験も出来るよ」
「アメリやりたい!!」
まずはホルスタウロス達の宿舎へと向かい、乳搾り体験をしたみたいです。
流石にユウロは遠慮しましたが、アメリちゃんはノリノリで、セレンちゃんは戸惑いながらもホルスタウロス達のおっぱいを搾ったとの事。曰く良い経験だったという話です。
「右手に見えるのがアルラウネ達の花畑です。男性としっぽりしている人が現在極上の蜜を生成中ですよ」
「しっぽりって……まあアルラウネの蜜って言うぐらいですし、そんなところだと思ってましたけど……」
「それと、作られた蜜を私達ハニービーが集めてたりもしてます。甘くて美味しくて栄養たっぷりといいとこ尽くしですからね」
「うわ……なんかアルラウネとハニービーが全身蜜まみれでやらしい事してんな……」
そのまま3人は農園の方へと向かいました。
道中でアルラウネの蜜の製造現場を見学しながら着いた先は魔界の特産品を育てている畑です。
「さて、魔界の特産物ゾーンに到着しました! まずはおなじみの虜の果実のエリアですね。お一ついかがですか?」
「食べたい!!」
「残りの御二方もどうぞ! もっと欲しくなるとは思いますが、一つでやめておけば魔物になる事もないですし、おいしいので是非どうぞ!」
「それなら……でも一つで止められるものですか?」
「……はいどうぞ!」
「「……」」
そこで虜の果実やねぶりの果実、まかいもなどを食した3人。
まあ、魔界の牧場だけあって少々刺激的な光景が広がっていたようで、セレンちゃんは赤面している場面が多く、ユウロも股間を固くしていたとの事。
「……おいサマリ、さっきから何してるんだ?」
「ん……気にしないで……」
それは、ずっと寝ていた私も一緒です。
微睡の中、周りに居たワーシープ達に身体中を愛撫――と言ってもスキンシップ程度のものですが――されていたり、旦那さんが居る人が草原でヤッたりしたところを見ていたので、軽く発情状態でした。
そんな中で男であるユウロが迎えに来たわけですから……私は意識しないうちに、ユウロを襲おうと身体を擦り付けたりしていました。
「それでお前はそのまま俺を襲うつもりなのか?」
「……」
ですが、ユウロがそう言った事により私は正気を戻し、その場で襲わずに済みました。
危うくユウロの気持ちを裏切りそうになった私は落ち込みましたが、ユウロはまた軽く許してくれました。
「これは……やはり手を差し伸べるべきでしょうかね……」
やはり、その様子を陰でこそっと見ていたセレンちゃんが何かを思い至った事なんて、知る由もありませんでした。
「動くな魔物ども!動いたら即殺す!!」
「く……やっぱばれてたか……」
ですが、それをすぐに行う事はできません。
私達が念入りに準備をして目的地へと向かっている途中で、それを嘲うかのように明緑魔界へ侵攻途中だったその国の教団兵士達と遭遇したからです。
「なんで……なんでこんなところに……セニック……」
「それはこっちの台詞だ……セレン、なんでこいつらとこんな場所に居るんだ……」
そして、その中にはセニックの姿もありました。
「それで、だ。セレン、どうしてお前は今ここに居るんだ? 魔物としての自分を受けいる事ができたと言うなら、何故反魔物領であるペンタティアに向かっていたんだ?」
「そんなの……決まってるじゃないですか!! ワタシはセニックの事が好きだと言ったはずです!! 好きな人と一緒に居たい、その想いであなたに会いにきたのです!!」
「っ……」
「セニックと一緒に居たい! セニックと愛し合っていたい!! それを伝える為に、ワタシはここまで来たのです!!」
セレンちゃんは、囲まれている状況だなんて一切気にする事なく、自分の胸中の想いをセニックへとぶつけました。
「お前自身はどうしたいんだ? 勇者セニックじゃなくて、セニックとしてだ」
「オレ自身……?」
「ああ。お前が勇者としての選択のほうが正しいしそうするべきだと思うならば俺達を斬り殺せばいい。つってもそう簡単に殺される気はないけどな」
「……」
「でも、だ。もし今のお前自身がセレンの想いに応えるほうが後に後悔しないって言うんだったら……あとはお前だったら俺以上にわかるよな?」
「……」
「勇者としての立場にこだわるな。セレンが大事なら、勇者である必要性なんて特にねえだろ。そんなくだらねえもの捨てちまえ。元勇者様からのありがたい言葉だぞ」
想いをぶつけられたセニックは、自身の立場と本当の気持ちに板挟みになり、答えを出せないでいました。
そんなセニックに対し、元勇者としてユウロがセニックへと語りかけました。勇者としての立場ではなく自分自身がどうしたいのかを考えろ、と。
「……ゴメンなセレン……そしてありがとう……」
「セニック……!!」
「オレもセレン、お前の事が好きだ……お前と一緒に居たいから勇者としての立場なんか捨てても良い……」
「セニック……ありがとう……」
そうして出した結論……今度は凶器など隠し持たず、セレンちゃんをただ力強く抱きしめ……やっぱり囲まれている事などお構いなしに、二人は接吻を交わしました。
「よしわかった。やはり前科持ちはまともに相手してはいけないという事だな。おい貴様ら。この裏切り者の犯罪者ごとこいつ等を殺せ!」
勿論、その様子を教団兵士達が黙って見逃すはずがありません。二人を含む私達全員を殺そうと命令を下しました。
しかし……その命令が実行される事はありませんでした。
「いったい何が……」
「きゃは♪ 折角のいい雰囲気をぶち壊すなんて……あなた達お仕置き決定!」
「それ、自分達も……」
「えっと、その……それもだけど……その、い、妹を助けるため……だよね?」
「なっ!? だ、誰……だ……!?」
何故ならば、ユーリムさんから連絡を受けたアメリちゃんのお姉さん達が3人もその場へと現れ、一斉に教団兵士達に襲い掛かったからです。
いくら屈強の兵士だとしても、上位にもなると一人で一国を堕とせるリリムを同時に3人も相手取るなど不可能です。一方的な蹂躙と共に一瞬にして壊滅してしまいました。
「ふぅ……とりあえず一安心だね」
「アメリちゃんを見てるとつい忘れがちだけど……リリムって恐ろしいな……」
「え〜?」
私達はお姉さん達に言われた通り、近くの小屋に避難し、そこでゆっくりと現状を確認していました。
「いつ……」
「ん? どうしたのですかセニック? 見せて下さい。これは……」
そんな中、急にセニックが痛みを見せました。どうやらセレンちゃんが堕ちた事で懲罰を受けていたみたいで、よく見れば身体中痣だらけです。
それを発見したセレンちゃんは、有無を言わせずセニックの治癒に当たり、別室へと移動しました。
「……ありゃあセニックのやつ無事に済まない気がするな」
「セレンお姉ちゃんの目が旦那さんがいる魔物のお姉ちゃんと同じだったもんね。たぶんチューしてからずっと高ぶってたと思う」
「そうだね。多分だけど出てきた時はセレンちゃんの色変わってそう」
その時の表情は獲物を前にした時の魔物のそれでした。私達がそう予想するのも無理ありません。
「ペニスが大きく膨らんでいますが……いったい何に興奮していたと言うのですかね?」
「え、いや……ち、治癒魔術が心地よくて……」
「嘘ですね。アメリやユウロに同じ事しても特に興奮してはいませんでしたから。ワタシに触られて興奮でもしたのですか? それともワタシに裸を見られて? まさかセニックがそんな変態だったとは……」
「え、いや、ちが……」
「そんなに顔を真っ赤にされながら言われても説得力はないですよ」
「セレン、お前何を……うっ……」
「何って……大きく膨らんでいるのですから、こういった事をされるのを望んでいるのでしょう?」
「い、いや違うぅ……こ、こんな事するのはよくなっああっ!」
「別にワタシ達は恋人同士ですし、何も問題はないかと。射精させて落ち着かせてあげますよ」
そして予想通り、治癒行為と称したセレンちゃんの行動は性行為へと発展していき……
「なんです? ここに挿れたいのですか?」
「え、いや……そういうわけじゃ……」
「ワタシと子作りしてもらえないのですか? 折角結ばれましたのに……セニックとの子供がほしいのですが……」
「あ……そ、そうだよな。これは子作りなんだよな……」
なんだかんだと言い訳を並べながら挿入まで持って行き……
「まさかこれで終わりではないですよね? ですが疲れているようですので、次はワタシから動いてあげましょう」
「なっ……おいセレン、お前……身体gふぁっ!?」
「ふふ……変態おちんぽはまだまだ硬いですね……これなら大丈夫でしょう♪」
肉欲に溺れたセレンちゃんは、ものの見事にダークエンジェルへと堕ちてしまいました。
「ごめんなさいセニック。もう少しだけパンデモニウムへ行くのは待っていただけないでしょうか?」
「は?あ、ああ、別にいい……ってか今行こうとしてたのかよ!」
「はい。嫌ですか?」
「……嫌じゃない。セレンと一緒にいられるならオレはどこへでも行くよ」
「ありがとうございます♪」
それでも、彼女は即パンデモニウムへと行く事は止めました。
「あ、それと、ちょっとサマリにお話があるので来てもらえませんか?」
「私に?」
「サマリにだけ話したい事ですので、アメリやユウロはここで待っていてくれませんか?」
「えー」
堕落の使徒が堕落的な生活を見送ってまでやろうとしている事、それは私とのお話。
意外と世話焼きなセレンちゃんがずっとやきもきしていた事を突き詰めるために、私と二人きりで話をします。
「別にユウロ個人に特別な想いを持っているわけではない、そう言うのですね」
「……あ、当たり前じゃんか。ユウロだってそう言うの望んで無いわけだし……なのに私がそんな事思ったら……ユウロに悪いじゃんか」
「そうですか……でも、それは本心ですか?」
「っ!?」
そして私は、セレンちゃんによって気付かされてしまいました。
「もう一度聞きます。あなたはユウロ個人に特別な想いは持ってないのですか?」
「だから、ユウロは彼女とか作ってはいけないから……」
「あーもう……ユウロにも都合があるのは知ってます! でも、今はそんな話をしているのではありません!! サマリ、あなた自身がユウロの事をどう思っているのかを聞いているのです!!」
「わ、私自身……が?」
「そうです! ユウロの都合なんて無視した自分の気持ちはどうかと聞いているのです!!」」
ずっと、考えないようにしていた事に、向き合わざるをえなくされてしまいました。
「私は……ユウロの事が……好きなんだ!」
そう、それは……私がユウロを好きだという事実。
ずっと考えないようにしていた、ユウロへの好意を引っ張り出されてしまったのです。
「でも……どうしよう……」
「何がですか?」
「私がユウロの事が好きでも、ユウロが困っちゃうよ……好きだって言ったら……ユウロに嫌われちゃうよぉ……」
でもそれは、その好きな人が頑なに避けている事。好きだ、子供も欲しいだなんて言ってしまえば、きっと嫌われてしまう。
そう考えた私は、どうしたら良いのかわからなくなり、思わず泣き始めてしまいました。
「泣かないでください。サマリは考えすぎです」
「えっ……?」
「好きだって、自分の気持ちを素直に伝えてしまえばいいのです。相手がどんな悩みを持っていようが、自分なら大丈夫だと言ってあげればいいのですよ」
そんな私に優しくそう語りかけてくれたセレンちゃん。きちんと想いを伝えれば大丈夫だと、慈愛に満ちた表情で言ってくれました。
「それでは……サマリ、しっかりするのですよ」
「……うん!」
伝えたい事を全部伝えきったセレンちゃんは、再会を約束してセニックとパンデモニウムへ行ってしまいました。
「お姉ちゃん達まだかな〜。アメリはやくお話したいな〜」
「そうだな……ん?サマリ、なんか近くないか?」
「き、気のせいだって。ほら、最近毛を伸ばしっぱなしだからちょっと感覚が変わってるんじゃない?」
「ふーん……まあ別にいいけどさ……」
気付かされてしまった私の恋心は、止め処なく溢れていくのでした……
……………………
「きゃは♪ おまたせ……ってなんか人数が減ってるわね」
「天使の夫婦、居ない……」
「あの二人は先にパンデモニウム……だったかな? なんかそんなところに行きました」
「お姉ちゃんたちに助けていただきありがとうございましたって伝えといてって言われたよ!」
「えっと……そういう事でしたら……あの……大丈夫です……」
兵達を余す事無く無力化してきた3人のお姉さん達が戻ってきたので、軽くお話をした後私はまたもリリム相手に料理を振舞う事になりました。
そんな中でも私の頭の中はユウロに対する想いでいっぱいでしたが……流石に失敗はせず料理は好評でした。
「うん。めっちゃ美味い! まあこれは俺が一番好きな味付けだしな!」
「え、そうなの!?」
「あん? どうしたサマリ? なんかニヤニヤして……」
「ふぇ? あ、いや、その……皆おいしそうに食べてくれるなーっと思ってさ。今日のはあまり作った事無いものだったからいつもより自信なかったからね」
ユウロに褒められ、思わずにやけてしまう自分。やはり一度意識してしまえば、その想いを抑える事はできません。
「ん……ふぅ……」
そんな私は、高ぶり収まらない身体を鎮めるため、皆が寝静まった後こっそりとベッドを抜け出し……シャワールームに向かい、魔物になってからどころか生まれて初めての自慰をしてしまったのです。
「ああっ、はああっ、ふあああああああっ!! っ!!」
ユウロに愛撫されていると妄想しながらの自慰は私の心も身体も高め上げ……いつしか絶頂を迎えました。
激しく潮を噴きながら、腰をがくがくと震わせ、シャワールームの床を濡らします。
「……はぁ……ん……♪」
勿論、たった一回自慰をしただけでその先解消されっぱなしなわけがありません。
その後も私は夜中、アメリちゃんやユウロが寝静まった後、『テント』の浴室で毎日慰めていました。
しかも、寝ているユウロの身体に密着して、匂いや身体つきを堪能してから行うという変態じみた事までやっていました。
「ふあっ、あっ……ん……え……!?」
そんな変態行為を堂々と行っていて、誰にも気付かれないはずがありませんでした。
「あ、アメリ……ちゃん?」
「……」
自慰を始めてから数週間経ったある日、激しく自慰に耽っていた私の前に、不機嫌さを隠していないアメリちゃんが一糸纏わぬ姿で現れたのです。
「……」
「ひあっ! あ、アメリちゃ、ああっ!! そこ、そこはひぃあはあぁ……!!」
幼くても立派な淫魔、しかも最上級のリリム。そんなアメリちゃんに、私は一方的に攻められ、一切の抵抗を許されず身体を震わせ喘ぎます。
「やああああっ! イクのがとまらないいぃぃ! ひああああぁぁ……」
胸を揉みしだかれ、乳首を舌で啄められ、性感帯の尻尾の付け根をぎゅっと握られ、そして白く可愛い尻尾で性器を突かれ……今思い出すだけでもゾクゾクとしてしまう程、小さな女の子に激しく犯されてしまいました。
「はぁ……はぁ……あめっ……ちゃん……はぁ……なん……こんな……」
「どう、すっきりした?」
「はぁ……うん……」
「じゃあ気持ち良かった?」
「ん……気持ち良かった……」
「よかった。アメリで気持ち良くさせられるか自信なかったけどこれならちょっとは大丈夫だね」
対面に居たアメリちゃんの全身を私が噴き出した体液でべとべとにするほど何回もイかせられた後、ようやく一息つくことができたので、どうしてこんなことをしたのか聞きました。
「だってお姉ちゃんここのところ様子がおかしかったもん。とくに最近はずっとそわそわしてた。だからアメリが一時的にスッキリさせてあげようと思ってやっただけ」
「あ……う……」
「やっぱり……ユウロお兄ちゃんのこと考えて興奮しちゃってるからオナニーしてたんだよね?」
「ち、ちが……」
「嘘は良くないよサマリお姉ちゃん。もしかしてと思って何日か前から寝たフリをしてたんだ。そしたらサマリお姉ちゃん起き上がってユウロお兄ちゃんの寝ている傍でいっぱいスーハーって息してたり頬擦りしてたり……」
「や、やめてアメリちゃん……恥ずかしいから……」
「一緒のお布団にこっそり入ったり、お股もみもみしたり、おっぱい押しつけたり、お兄ちゃんの手をおっぱいやおまんこに持っていったり……」
「やぁぁ、これ以上言わないでぇ……」
曰く、私が溜まっている様子が気がかりだったからちょっとでも解消してあげようという親切心との事。それ自体は有難かったのですが、同時に私のユウロに対する想いどころか恥ずかしい行動をハッキリ見ていたと赤裸々に語ってくるので、正直恥ずかしさのあまり消えてしまいたかったです。
「それでねお姉ちゃん。アメリが聞きたいのは、なんでお姉ちゃんはユウロお兄ちゃんに気持ちを伝えないでこっそりオナニーなんてしてるのかってこと」
「それは……」
「そうやって我慢してちゃダメだよ! サマリお姉ちゃん日が経つごとに体調悪そうだったもん。そんなんじゃ何時かおかしくなっちゃうよ!」
そのまま流れで説教コースに。8歳児に恋愛事で怒られる情けない17歳という図式が完成してしまいました。今でも本当に情けなかったなと思っています。
アメリちゃんは私に向かって、何故告白せずに自分の中で圧し留めて自慰だけでどうにかしようとしているのか、どうして一歩踏み出そうとしないのかと言ってきました。動かなければ何も変わらないんだと、私に強い口調で訴えてきます。
「あのね……ユウロはね……アメリちゃんが想像もつかないようなトラウマを持ってるんだよ? それなのに……私がそのトラウマを抉るような事したら……嫌われちゃうじゃんか……」
「そうなの?」
「そうだよ。好きなのに……そう言ったら嫌われちゃうんだもん……言えるわけないよ……」
しかしそれは、アメリちゃんがユウロの過去を知らないから言える事。知ってしまった私が言える事ではありません。それとなしにそう伝えたら、こう言い返されてしまいました。
「ふーん……でもさ、サマリお姉ちゃん……嫌われるってのは、サマリお姉ちゃんの想像でしかないよね?」
まさにその通りで、胸に秘める好意や子が欲しいと告白したらユウロに嫌われると思っているのは、私の勝手な想像でしかなかったのです。ユウロがそんな事で私の事を嫌いになるわけがない、本気で伝えたら応えてくれるとハッキリと言ったのです。
「そうだよね……わかった。明日……たとえ駄目だとしても、この想いを打ち明けてみるよ」
「それでいいんだよ! 自分のスキって気持ちを我慢するのは、ユウロお兄ちゃんにもサマリお姉ちゃん自身にも良くないもん!」
「うん……そういえばセレンちゃんにも同じような事言われてたな……」
アメリちゃんに後押しされる形で、私はユウロにこの想いを告白する事に決めました。
もし駄目だったとしても……いや、きっと大丈夫だと決意し、想いを打ち明ける事にしたのです。
「あ、あのさユウロ……」
「ん? 呼んだかサマリ?」
「うん……私の話、聞いてくれないかな……」
そして、その瞬間が訪れました。
「私……ユウロの事が大好き。だから……私の恋人に……そして夫になってください!」
自分の想いを素直に、真っ直ぐにユウロへと伝えました。
「あのさ、サマリ……」
「もちろん、ユウロの事情もわかってるよ。お母さんに虐待されてたから、自分の子供や奥さんにもそうしてしまうんじゃないかって怖さがあるのも、その相手を捨てて逃げちゃうんじゃないかって悩んでる事も……」
「だったら……」
「でもね、私がユウロの事が好きな気持ちも本物なんだよ。今までは我慢してたけど……もう我慢なんてできないよ! ユウロへの想いが、溢れて止まらないの! 今までユウロが魔物に攫われないようにしたり、襲われないようにしてたりした私がこんな事言って困るかもしれない……けど、もう自分の気持ちに嘘をつけないよ! 私はユウロが好きでどうしようもない! ユウロと結婚したいよ!! ユウロとの子供もほしいよ!! ユウロと……いつまでも一緒に愛し合っていたい……!!」
最初こそ、言い淀んでいたユウロ。でも、何かを言う前に私は更に思いの丈をぶつけます。
結婚したい、子供も欲しい、そして……いつまでも愛し合っていたい、と。
「……そうか……わかった……」
それを聞いたユウロの返答は……
「実を言うとな、その……俺もさ、サマリの事をな……正直に言うと、好意を抱いてた。もちろん、恋愛対象としてな……」
「え……本当……に?」
「でも……でもな……俺は……お前と恋人にはなれない」
「え……そん……な……」
悪い方への予想が当たり、恋人にはなれないというものでした。
「なんでって……そんなの、怖いからに決まってるからだろ!!」
「あ……」
「俺もサマリの事は好きだよ! サマリとずっと一緒に居たいさ! でもな……そんなサマリを傷付けちまうんじゃないかって思うと、怖くてたまらないんだよ! そんな事を考えるだけで、震えが止まらないんだよ!!」
その理由は、想像通り自身の過去のトラウマ由来でした。
「サマリは魔物だ……子供もほしいって言ってたし、きっと性行為をしないなんて無理だろ?」
「う、うん……」
「それでもし本当に子供ができた時……俺自身が逃げ出さない自信が無いんだ! 責任から逃げて、お前を見捨てない自信がないんだよ……!!」
「……」
自分も両親の様になってしまうのではないのかという不安が押し寄せ、どうしても気持ちを受け入れる事ができないのだと、私に打ち明けてくれました。
自分では私を幸せにできないから諦めてくれと、哀しそうに言ったのです。
「わかったよユウロ……ユウロの言いたい事は、全部わかった。でもね……」
少し前の私なら、そこで諦めていたかもしれません。
ですが、アメリちゃんに言われた言葉のお陰で、私は彼に確信を持って言えました。
それは……
「大丈夫だよ……ユウロは、大丈夫」
ユウロなら、そんな酷い親にはならない。私も子供も大切にしてくれる。絶対に道を間違える事なんてない。力強く抱きしめながら、私はユウロにそう囁きました。
私の知るユウロが逃げ出したり虐待したりなんてするはずがありません。私が好きになった男は、強くて優しくて、ちょっと頼りないところもあるけど護ってくれる、掛け替えのない存在なのだから。
「だからさ、安心して……そして、私の彼氏に、夫になってよ……」
「サマリ……」
それを聞いたユウロは、力強く私を抱きしめ返してくれて……
「でもさ……本当に俺なんかでいいのか?」
「ユウロでいい……ううん、ユウロじゃないと嫌だ」
「そっか……俺も……サマリだから、安心できる……」
ようやく恋心は実り……私達は、抱きしめ合ったまま口付けを交わしました。
「……えへへ……♪」
「はは……何だよその顔。すっごい笑顔浮かべながら泣いてんじゃねえよ」
「だって……嬉しくて込み上げてくるんだもん。ようやく想いが伝わって……幸せなんだもん……♪」
「バカ……なんか照れちまうじゃねえか……」
「あはは……照れたユウロってなんか可愛いな」
「なっ!? 可愛いとか言うなよ! んな事言ったらサマリだって寝顔はすげえ可愛いよ」
「ん〜……寝顔だけ?」
「あ、いや……どんな顔してても可愛いよ……」
「んっふふ〜♪ ありがと!」
晴れてカップルとなれた事で幸福が込み上げ、まるで身体がふわふわと浮かんでいるようでした。
今まで抑えていた分、歯止めが利かないようににやけてしまいます。周りが全く見えず、ユウロしか目に入っていませんでした。
「ベッドが一つ……だと……!?」
「大きいベッドだね……二人で寝られるぐらいにね」
「まあたしかにそうだけど……してやってくれたなアメリちゃんめ……」
もちろん、歯止めが利かないのは性欲もです。
アメリちゃんの『余計な』気遣いの一環で私とユウロは二人きりで旅館の一部屋、しかもベッドが一つしかない部屋に泊まる事になったので、ヤる事は一つ。
「まあ荷物は隅に置いておいて……じゃあとりあえずベッドに座ってお話でもしようよ」
「ああそうだな……よいしょっとうわっ!?」
「ふふ〜ん、捕まえた♪」
この日、私は初めて羊の皮を被った狼になりましたとさ。
「わ……なんか前に見た時よりおちんちん大きい……♪」
「そりゃお前……胸を押し付けられたら興奮もするさ……う……」
「なんか柔らかいけど、ちょっとずつ硬さが増してく……それになんか温かいな……」
「うぁ……」
すっかり発情した私は、初めての性行為に興奮しっぱなしです。
「凄い……これが射精……精液ってこんなに熱いんだ……♪」
「はぁ……ふぅ〜……」
「熱くて、ねばねばしてて……いい匂い……♪」
自分の手で射精させた精液を味わい、性欲はますます増大して……
「私の初めて……ユウロにあげちゃった……♪」
「い、痛くない……のか?」
「痛いよ。でも……そんなの気にならないぐらい気持ちいいの♪ ユウロと一つになれたんだって思うと、嬉しくて痛みなんてどこかいっちゃう♪」
ずっとできないでいた行為に、私は身も心もトロトロになって……
「ふあ、あ、あ、うっ……!!」
「ふあああああっ♪ あついのがあああぁぁ……♪」
私達は時間も忘れ、心地良い微睡と共にいつまでも繋がっていたのでした。
さて、ここまでは良かったのです。
問題は、アメリちゃんの『余計な』気遣いでした……
……………………
…………
……
…
「それで、アメリお姉ちゃんはどうなったの?」
ここは魔王城。城内にある大きな部屋の一室。
今、私達はアメリちゃんが主催のパーティーに参加していた。
その中で私達は自分達がしてきた長い長い旅のお話をしていたのだが……興味津々に聞いていた、白い髪で朱い瞳を持ったサキュバス……ではなく、リリムの女の子が興奮気味にお話の先を求めてきた。
「フエルちゃん、君のお姉ちゃんがそんな俺達の邪魔になると思いこんじゃって一人寂しく先に旅立っちまったんだよ。全くそんな事思ってなかったのにな」
「あーうん。そのちょっと前にサマリお姉ちゃんに勝手に思い込むなって言っておきながら自分もそう思い込んでたっていうね……はは……」
それに応えるのは、私の最愛の夫のユウロ。アメリちゃんも、女の子に向かって冷や汗を垂らし苦笑を漏らしながら補足した。
そう、アメリちゃんは私達とは別の部屋で寝泊まりした後、私達に黙って一人先に宿から出発していたのだ。その理由は『お姉ちゃんに会いたいっていうのはアメリの都合だし、それに二人の仲を邪魔しちゃいけないって思ったから』との事。
勿論私達はアメリちゃんの事を邪魔だなんて思った事は無く、むしろ歳の離れた可愛い妹のように思っていたので大慌て。宿を出発して急いで追いかけたというわけだ。
結局追い付く事はできたのだが、それもまたタイミングが良いのか悪いのか丁度アメリちゃんが襲われていたところだったので本当に大変だったというわけだ。一通り落ち着いた後説教タイムに入ったのは言うまでもない。
「あはは、アメリお姉ちゃんもおっちょこちょいだね!」
「うう……フエルにも笑われちゃった……」
アメリちゃんをおっちょこちょいだと笑うこのリリムの女の子の名前はフエルちゃん。出会った頃のアメリちゃんと同じ8歳の女の子で、私達によく懐いているアメリちゃんの妹だ。
出会ってから10年経ち、外見は美しい大人の女性へと成長したアメリちゃんだが、がっくりと項垂れてる可愛らしさは全然変わらないようだ。
「む〜!」
「ん? どうしたのドリー?」
と、そんな二人の様子を見ていたら、私の横に居る小さなワーシープの女の子が突然唸り声を上げた。
「やっぱり私も早く旅がしたい!!」
どうやら私達の旅の話を聞いて、自分も早く旅に出たいと強く思ったようだ。興奮で目を見開き、身体をぴょんぴょんと跳ねさせていた。
「……ふふ……」
「ん、なにお母さん? 私変な事言った?」
「いや、私が小さい頃と同じこと言ってるなって思ってね」
このワーシープの女の子の名前はドリー。もちろん、私とユウロとの間にできた愛娘で、今はまだ5歳の幼子だ。
今の私達は子育てに専念するため旅をしていない。親子だから似たのか、ドリー自身も旅をしたいという思いで溢れているので、とりあえず目安としてドリーが10歳になったら、今度はドリーも一緒にまた旅をしたいなとは考えている。でも、今はまだどっしりと腰を据えてドリーの成長を見守る事が大切だ。
「そうそう、また皆で旅に出ようね!」
「そうだな。その時はドリーも一緒だ!」
「フエルちゃんにもいっぱい旅のお話聞かせてあげるからな!」
「うん……世界中を、いっぱい旅しよう!!」
「うん! 私もみんなと世界中を旅する!!」
だから、何時の日か訪れるその日を夢見て、私達は世界中を旅する事を誓い合うのだった。
「そういえば……」
また旅しようと盛り上がっていたところで、ふと、フエルちゃんが口を挟んだ。
「今のお話の中にセーヤお兄ちゃんの事出てこなかったような……」
「あー……」
その名を口にした途端、アメリちゃんがほんのりと顔を赤くして辺りをきょろきょろとし始めた。まったく、わかりやすい事この上ない。
「セーヤ君はもうちょっと後だね」
「せや。あれ、アメリちゃんが10歳ぐらいの時やったな、やでちょいと先の話やな」
私達が今話した内容は、まだアメリちゃんが8歳のうちの出来事だ。ドリーを産んだのがアメリちゃんが13歳になるちょっと前だったので、まだまだ4年程旅をしていた事になる。
「セーヤ様の話になるとアメリはすぐ顔真っ赤になる……ラブラブだねぇ……」
「だ、だからそんなんじゃないって! あ、あいつはただの友達だから!!」
「でも婚約はしてるんでしょ?」
「こ、婚約と言っても小さい頃の口約束だから! そういうのじゃないから!」
「とか言って、アメリはセーヤ様以外眼中にないでしょ?」
「そ、そうだけど……うぅ……」
フランちゃんにも攻められ、色白の肌を真っ赤に染めるアメリちゃん。彼の事になると必死になるのも可愛いものだ。
「じゃあ、もっと旅のお話を聞かせて!」
「私も聞きたい!!」
旅の話はもっともっと沢山ある。それを知ったドリーとフエルちゃんはもっともっと話を聞きたいと強請ってきた。
「うーん、良いかなアメリちゃん?」
「全然大丈夫だよ。終わり時間は特に決まってないしね。でも、途中で眠くなったらきちんと寝るのよ?」
「はーい!」
「わかった!」
主催者の許可ももらえたので、私達はそのお願いを聞き入れる事にした。
「それじゃあ、アメリちゃんと合流したところから……」
だから、またここから語り始めよう。
幼き王女と気ままな旅行のお話を……
19/01/05 01:50更新 / マイクロミー
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