11話 頑固な意地と密かな企み
「おいおい、本気かよ村長」
「ああ、本気だ」
タイトと決闘する事を決めた数日後。
「またなんでタイトと闘うのかねぇ……喧嘩したからってそんな事までする必要はないだろ?」
「五月蠅い。テメェにゴチャゴチャ言われる筋合いはない」
決闘に向け自室で魔力を集中させていたら、決闘の話を耳にしたらしいロロアが何故かは知らないが止めに入ってきた。
「宿敵関係が良いって……殺し合ってた頃のほうが良いって言うんならお望み通り殺してやる。それだけだ」
「それだけって……お前そんな事できると……」
「まあ無理だろうな。自分で言っててなんだが、本当に殺す気はない。だが、二度と動けないようにするぐらいならできるだろうな」
「おいおい……マジかよ」
「マジだ。と言うかさっきから何なんだお前は。ゴチャゴチャ五月蠅いって言ってるだろ?」
もちろんいらぬお世話だ。
あいつのお望み通り、昔みたいに殺し合いをしてやるだけ。他人にとやかく言われる筋合いはない。
「用がねえならさっさと帰れ……邪魔だ」
「ん、あ、ああ……」
殺気を籠めながら邪魔だと言い放つ。オレに気押されたのか、それとも止めても無駄だと悟ったのか、ロロアは思い通りに行かず微妙な表情を浮かべながら部屋を去っていった。
「さて……」
また一人になったところで、奴への殺意と自身の魔力を練り上げる。
やるからには全力を出す。その為には、普段無意識のうちに抑えている強大な魔力をも引き出す必要がある。あまり使いたくはないが、もしも切り札を使う事態になればそのためにも魔力を高めておかなければいけない。
自分で言うのも何だが、オレは膨大な魔力を持つバフォメット。その分魔力を全部引き出すにも時間が掛かる。サバトのほうはともかく、流石に村長の仕事をサボるわけにはいかないのでこればかりに集中できないが、タイトとの決闘までには間に合うだろう。
「覚悟しろよ、タイト!」
声に出し、決意を固めながら、一旦切れていた集中を取り戻すのであった。
====================
「……それで、本気で闘うのですね」
「何度言ったらわかる。俺は本気だ」
仕事を終え、帰宅しようとしたところで、自警団サポートのミラが話しかけてきた。
今日はサポートの世話になるような事をしていないよなと思っていたが、どうやら俺とティマとの決闘の噂を聞きつけてその真偽を確かめに来たらしい。
「過去に帰りたいってのも、今の魔物である私からしたらよくわからないですが……それにしたって村長さんと喧嘩しなくてもいいじゃないですか。失礼ながら言わせてもらいますが、いくらタイトさんでも一方的にやられるだけですよ」
「誰と喧嘩しようが、そして過去に帰りたいと思おうが俺の勝手だろ。お前にとやかく言われる筋合いはない」
勿論本当だ、そして俺は奴に勝ちこの村を出ていくと告げたら、こうしてやめるよう説得されているというわけだ。
別れるのが寂しかったり、昔はほぼ対等だったとしても500年のブランクがある中で今のティマと戦うのは無茶だと言うのはわかる。だからといって、俺の意思は変わらない。
「そうですけど……やっぱり、同じ職場で働く者としてはですね……」
「村から出ていくってだけならともかく、過去に帰ったらもう二度と会えなくなるんだから寂しいだろ?」
「それに、昔は殺し合っていた仲だと言われても、私達はタイトと村長さんが仲良くやっているところしか知らないからね。そりゃ喧嘩したら心配もするさ」
「フェイブ、それにレノアか……」
ミラと話しているうちにフェイブやレノアも気になっていたのか二人してこちらへ来たが、やはりその内容は俺を止めるものであった。
「寂しいと言うのはわからんでもないが……それでも、俺は帰りたい。もしフェイブ達が過去や未来に飛ばされたら、例えそこが平和だったとしてもきっと同じ事を考えるのではないか?」
「……そうか。それもそうかもしれないな」
だが、誰に何を言われようが俺の意思は変わらない。過去に帰る方法を探すべく、俺はこの村を出ていく事を決意したのだ。
それに……
「それにだ。帰る帰らない以前に、奴とは決着を着けねばなるまい。最初こそ違うが、いつからかあの宿敵と戦い勝つために強さを求め、自身の力を磨き上げていたのだからな。今は立場が違うし危険性もないみたいだから殺しこそしないが……それでも勝たなければならない相手だというのは違わない」
「そう……」
過去に帰る帰らない関係なく、ティマとは決着を着けなければいけない。
過去の奴ともだが、この時代のティマとだってそうだ。それが俺の強さを求める理由でもあり、己を懸けた信念でもあるのだから。
「まあ、用がそれだけなら俺は帰るぞ。勿論、奴との決戦の日まではきちんと仕事はするから、それまではよろしくな」
「あ、ああ……」
兎に角、ティマと戦うと決まった以上ここでのんびり会話をしている時間はない。
タイムトラベルしてしまった自分と、その間を日々生きてきたティマとでは力の差が開いてしまっているのはわかっている。だからこそ、500年という時間を埋める為にも、一刻一刻を大切に使わなくてはならない。
という事で、俺は話を打ち切り家に帰ったのであった。
「ティマ、今度こそお前との決着を着けてやる!」
そう言葉に出し、自分を奮い立たせながら……
====================
「ダメだありゃ。もう仲直りする気はなさそうだ」
「こっちもそう。もう闘って村を出る事しか考えてないわ」
村外れの広場に集まった数人の人や魔物。
全員ティマさんとお兄ちゃんが決闘するという話を聞き集まった人達だった。
「はぁ……まったく、二人とも頑固なんだから……」
「本当ね……」
ミラさん達やロロアさんがそれぞれ仲直りするよう説得に行ったが、どうやら無駄骨だったみたいだ。
まあ……既に二人と最も親しい私やウェーラが説得失敗しているので、正直に言えば初めから期待はしていなかった。それでも駄目だった事には溜息がでてしまう。
「お兄ちゃんは頑固で血気盛んで鈍感だからともかく、ティマさんまで決闘でお兄ちゃんを倒す事しか頭に無いとは思わなかったよ……」
「まあ……意地でしょうね。あとティマ様は他人のには敏感だけど自身のは鈍感なのよね……」
お兄ちゃんのほうはともかく、少なくともティマさんのほうはお兄ちゃんに気があると思っていた。というか、魔物化した今だからハッキリとわかるが、確実に今のティマさんはお兄ちゃんの事を好意的に見ている……というか、魔物が旦那に向けるそれと同じ目をしている時がある。
だからこそ口論ぐらいはあってもここまではならないと思っていたのだが……見当が外れて、思わず頭を抱えてしまう。
「はぁ……これがただの喧嘩だったらまだ良かったんだけどね……」
「それね。なんで村を出てくかどうかって話になっているのやら……」
別に二人が喧嘩する事自体はそこまで重い事でもない。喧嘩を乗り越えてより深い関係になるかもしれないし、言い争っているのもあの二人らしいからだ。
問題は、なぜかそれが村を出ていくかどうかの問題まで発展しているという事だ。村を出たって事情を知らない他の者が過去に帰れる方法を真剣に考えてくれるとは思えないが、どうしても過去に帰りたいお兄ちゃんはその考えを自ら排除しているみたいだ。焦りとストレスで元々そんなにない冷静さが欠けているのだろうか。
「勝負するにしたってティマ様が勝てばいいだけですが……」
「いや……それはそれでお兄ちゃんは拗ねてティマさんと口もきかなくなると思うし、どちらにせよ今回ばかりは必死だから多分村を飛び出すよ。どっちが勝っても互いに後悔が残るだけだよ」
「ああ……言われてみればそんな気がするわね……そこに気付け無いなんてティマ様もかなり冷静さを欠いてるみたいですね」
このまま勝負してお兄ちゃんが勝てば、お兄ちゃんは絶対に村を飛び出してしまうだろう。
たとえティマさんが勝ったとしても、お兄ちゃんの事だから絶対に無許可で村を飛び出すだろうし、そうでなくても一生ティマさんの好意に答える事は無くなる。どちらにせよ困ったものだ。
「さてと、どうしたものか……」
「はぁ……」
現状に溜息しか出ない。正直あれこれ考えるより何もかも忘れてヴェンと性的な実験をしていたいと考えてしまう程手詰まりな状態だ。
でも、解決しないでいたら色々と困る。ヴェンと別れたくないので私はこの時代のこの村に残る気しかないが、だからといってお兄ちゃんとも別れたくない。何より妹としても、同じ魔物としてもあの二人を離れ離れにしたくない。
「……いや、待って……」
「あら、何か思いついたの?」
何か良い手はないのか……とあれこれ考えていたうちに、ふと頭に過ぎった解決策があった。
それで万事解決するわけではないし、問題点もかなりの数がある。それでも、二人が闘ったうえでそれでもどうにかなる可能性を思いついたのだ。
「そうね……ウェーラ、私達も二人と一緒に闘う事にしましょ。かつてのような闘いと言うのなら、そのシチュエーションもね」
「……は? あ、ああー! 成る程そういう事ね。わかったわ」
それにはまず私とウェーラも二人と一緒に闘う必要がある。その事を伝えたらすぐにピンと来たようで、ウェーラも納得してその意見に賛同した。
「え、お、おい、どういう事だよ?」
「それはまあ当日になってからのお楽しみという事で」
「そうね。下手に教えて二人の耳に入れば全て水の泡だから」
どうやら他の人達は誰一人私達の企みにピンときてはいないようだが、それはそれで好都合だ。
下手に教えてもし二人の耳に入ればこの計画は実行できない。そうなれば余程いい案でも浮かばない限り二人の別れは避けられないのだから。
「ただ、その為には色々とやってもらわないといけないわね。ホーラは沢山精を蓄えておきなさいよ」
「わかってる。ヴェン、今日から毎日最低10発ね。インキュバスなら余裕でしょ?」
「え……えぇぇ……わかったけど、僕には何を企んでるかきっちり説明してよ?」
「勿論」
「タイトには……良い案があるわ。そっちはちょっと待っていなさい」
「わかった」
この計画を不自然なく実行するためには、少なくとも私とお兄ちゃんが500年をなるべく埋めるだけのパワーアップが必要だ。リッチとなった事で魔力が飛躍的に向上したからと言っても、ティマさんはおろかウェーラと比べたらまだ工夫すればどうにかなるなんてレベルでは済まないほどの差はある。
とはいえ私のほうはまだやりようがある。でもお兄ちゃんのほうがネックだが……ウェーラには何か案がある様子だ。
「さて、じゃああとは任せたわ。細かい話は仕事中、こっそりとね」
「ええ。それでは」
「な、何が何だが……」
「まあ……二人に任せましょ。タイトや村長さんの事を一番知っているのだもの。きっと何とかしてくれるわよ」
とりあえず自分達もその闘いに参戦する事を伝えるべく、私達は別れたのであった。
=====================
「……と、いうわけだから。良いよねお兄ちゃん」
「好きにしな」
「よし、じゃあ決定だね」
家で自主訓練していた時、帰宅したホーラから突然自分もティマと闘うと言ってきた。
前は止める気満々だったのにいきなりどうしたのかと思えば、どうやら止めても無駄だからという事でウェーラと相談し共に闘う事にしたらしい。イベントも兼ねているのなら、かつての戦いの再現のほうが盛り上がるから、と。
これは俺とティマの喧嘩だからホーラ達は関係無い……と言いたいところだが、確かにホーラが居てくれた方が奴とは闘い易い。どうせ見世物にされるならそっちのほうが村としては都合がいいのもわかる。
だから、一緒に闘うと言ってきたホーラには好きにしろと返事した。それを聞いたホーラは、やはり共に闘う気満々といったところだ。
「とりあえず私は自身の魔力を高める為にも食事の時間以外は基本ヴェンとセックスしてるつもりだから」
「お、おう……そうか」
「あと、そういう反応もやめてね。いくら今の魔物が合わないからって、実の妹と壁を作っても闘い辛いだけだよ」
「……わかった。善処する」
たしかに、いくらこの時代の魔物が苦手だといえ、共に闘う妹にまで苦手意識を持っていたらかつてのコンビネーションは発揮できないだろう。
とはいえ、言動やら性格やら変わり過ぎてて難しいものはある。そう言うのならば、せめてストレートな猥談は控えていただきたいものだ。
「さて、話が終わったなら俺はまた自主訓練を再開する。少しでも腕を磨いておかないと奴には勝てないからな」
「……」
そう言って腰を上げた俺に向け、何か言いたげな視線を送るホーラ。
正直な話、言いたい事はわかっている。そんな訓練だけで本当に500年の差は埋められると思っているのか、という事だろう。
それは、自分でも無理難題だと思っている。が、少しでもその差を埋める為にもやらなければならないのだ。
「お邪魔しますよ」
「ん?」
と、その時、思わぬ客が我が家に来た。
「お前は……何の用だ?」
「まあまあ、そう邪険に扱わないで下さい。別にティマ様の命で動いているわけではありませんから」
やってきたのは……ティマの右腕的存在な召使で、ウェーラの夫であるエインだった。
「ならばどうしてここへ?」
「いえまあ、一つご提案がございましてね。私がこれからティマ様と決闘する日までタイトさんを鍛えてあげましょうかと」
「なんだと?」
そして、エインはいきなり俺を鍛えてやると言いだした。
「元々昔のティマ様と渡り合っていたあなた達の事です。今のあなた達では今のティマ様には到底敵わないとお気付きになっているのでは?」
「……ああ、その通りだ」
ハッキリと言われてしまったが、確かに今の俺達ではティマには敵わない。だからこそ激しい訓練をしていたのだが……少し焦り始める程度には成果がなかった。
「だからこそ、私がタイトさんを鍛えて差し上げますと提案しているのです。これでも私、ティマ様の父上を単独で打ち倒していますし、師匠としては申し分ないと自負しています」
「それは、そうだが……」
「ああ、何か企んでいるのではと疑っているのですか? それならご心配なく。ご存知の通り、お二人の決闘は村全体を盛り上げる為のイベントとして利用させてもらうつもりです。しかし、決闘の結果がティマ様の圧倒的勝利では盛り上がりにも欠けます。それは運営側のこちらとしても困るので、せめて見苦しくないように鍛えようというだけですから」
「ああそうかい」
その理由は気に喰わないが、確かにエインに鍛えてもらうというのは良い案だ。現状自分が知る人間の中では最も強く、元々機会があれば戦い方を教えてもらいたいと思っていた。
「しかし良いのか? ティマの命じゃないという事は勝手な行動なのだろう?」
「ええ。私としても色々と考えはありますからね」
「ん……?」
「まあそれはともかく、正直に言ってしまえば、今のティマ様に私は近付けませんから。貴方達と満足に闘うためか人間への恨みを無理やり引き出したりしているみたいですので。その最大のきっかけである私は何か事故があると危ないからと接触を固く禁じられておりますので。自分のできる事をしているまでです」
「ああ成る程、それで……」
それにしても、ティマの部下なのに態々宿敵である俺を鍛えて良いのかと思ったが、どうやらそちらはそちらで色々とあるらしい。
まあ、そういう事ならば話に乗ろう。ティマとの決闘だけでなく、この先の事も考えればここで強者から教わるのは願ったり叶ったりだ。
「……で、本当の所は?」
「一応全部本当の事ですが……勿論ウェーラからの依頼でもありますよ。ティマ様の幸せを願うのであれば、タイトさんという存在は必要不可欠ですから。残された時間で何とか食らいつける程度にはしてみせますので、そちらもお願いしますね」
「ええ勿論。ありがとうございます」
「何か言ったか?」
「いえ、ホーラさんにも確認を取っていただけです。それでは了解を得られたという事で、早速訓練に入りましょうか」
何かホーラともこそこそと話をしていたが、その内容は聞き取れなかった。
まあ、ホーラが礼を言ったみたいだし、その言葉通り何かの確認をしていたのだろう。あまり気にしない事にした。
「元々剣の扱いは素人だとはお聞きしましたが、中々様になっていますね」
「この時代に来てからメイに鍛えられたからな。だが、まだまだなのだろう?」
「ええ。とはいえ、これなら少し鍛えれば十分ティマ様とも渡り合えると思うので、こちらも訓練を積んでいきましょう」
という事で、エインを師匠とした訓練が始まった。
「ふっ、はっ、腰の入りが甘いですよ! それではティマ様はおろか私の娘のレニューすら倒せませんよ!」
「ぐっ、はあああっ!」
「タイトさんがパワータイプでも力任せでは駄目です。動きが読みやすいですよ!」
物腰は柔らかくも厳しい訓練だったが、ヨルムに引けを取らない実力者からの指導で、確かに力は付いていったのであった。
そして一月後、コロシアムが完成した。
いよいよ、ティマとの決着をつける時が来たのであった。
「ああ、本気だ」
タイトと決闘する事を決めた数日後。
「またなんでタイトと闘うのかねぇ……喧嘩したからってそんな事までする必要はないだろ?」
「五月蠅い。テメェにゴチャゴチャ言われる筋合いはない」
決闘に向け自室で魔力を集中させていたら、決闘の話を耳にしたらしいロロアが何故かは知らないが止めに入ってきた。
「宿敵関係が良いって……殺し合ってた頃のほうが良いって言うんならお望み通り殺してやる。それだけだ」
「それだけって……お前そんな事できると……」
「まあ無理だろうな。自分で言っててなんだが、本当に殺す気はない。だが、二度と動けないようにするぐらいならできるだろうな」
「おいおい……マジかよ」
「マジだ。と言うかさっきから何なんだお前は。ゴチャゴチャ五月蠅いって言ってるだろ?」
もちろんいらぬお世話だ。
あいつのお望み通り、昔みたいに殺し合いをしてやるだけ。他人にとやかく言われる筋合いはない。
「用がねえならさっさと帰れ……邪魔だ」
「ん、あ、ああ……」
殺気を籠めながら邪魔だと言い放つ。オレに気押されたのか、それとも止めても無駄だと悟ったのか、ロロアは思い通りに行かず微妙な表情を浮かべながら部屋を去っていった。
「さて……」
また一人になったところで、奴への殺意と自身の魔力を練り上げる。
やるからには全力を出す。その為には、普段無意識のうちに抑えている強大な魔力をも引き出す必要がある。あまり使いたくはないが、もしも切り札を使う事態になればそのためにも魔力を高めておかなければいけない。
自分で言うのも何だが、オレは膨大な魔力を持つバフォメット。その分魔力を全部引き出すにも時間が掛かる。サバトのほうはともかく、流石に村長の仕事をサボるわけにはいかないのでこればかりに集中できないが、タイトとの決闘までには間に合うだろう。
「覚悟しろよ、タイト!」
声に出し、決意を固めながら、一旦切れていた集中を取り戻すのであった。
====================
「……それで、本気で闘うのですね」
「何度言ったらわかる。俺は本気だ」
仕事を終え、帰宅しようとしたところで、自警団サポートのミラが話しかけてきた。
今日はサポートの世話になるような事をしていないよなと思っていたが、どうやら俺とティマとの決闘の噂を聞きつけてその真偽を確かめに来たらしい。
「過去に帰りたいってのも、今の魔物である私からしたらよくわからないですが……それにしたって村長さんと喧嘩しなくてもいいじゃないですか。失礼ながら言わせてもらいますが、いくらタイトさんでも一方的にやられるだけですよ」
「誰と喧嘩しようが、そして過去に帰りたいと思おうが俺の勝手だろ。お前にとやかく言われる筋合いはない」
勿論本当だ、そして俺は奴に勝ちこの村を出ていくと告げたら、こうしてやめるよう説得されているというわけだ。
別れるのが寂しかったり、昔はほぼ対等だったとしても500年のブランクがある中で今のティマと戦うのは無茶だと言うのはわかる。だからといって、俺の意思は変わらない。
「そうですけど……やっぱり、同じ職場で働く者としてはですね……」
「村から出ていくってだけならともかく、過去に帰ったらもう二度と会えなくなるんだから寂しいだろ?」
「それに、昔は殺し合っていた仲だと言われても、私達はタイトと村長さんが仲良くやっているところしか知らないからね。そりゃ喧嘩したら心配もするさ」
「フェイブ、それにレノアか……」
ミラと話しているうちにフェイブやレノアも気になっていたのか二人してこちらへ来たが、やはりその内容は俺を止めるものであった。
「寂しいと言うのはわからんでもないが……それでも、俺は帰りたい。もしフェイブ達が過去や未来に飛ばされたら、例えそこが平和だったとしてもきっと同じ事を考えるのではないか?」
「……そうか。それもそうかもしれないな」
だが、誰に何を言われようが俺の意思は変わらない。過去に帰る方法を探すべく、俺はこの村を出ていく事を決意したのだ。
それに……
「それにだ。帰る帰らない以前に、奴とは決着を着けねばなるまい。最初こそ違うが、いつからかあの宿敵と戦い勝つために強さを求め、自身の力を磨き上げていたのだからな。今は立場が違うし危険性もないみたいだから殺しこそしないが……それでも勝たなければならない相手だというのは違わない」
「そう……」
過去に帰る帰らない関係なく、ティマとは決着を着けなければいけない。
過去の奴ともだが、この時代のティマとだってそうだ。それが俺の強さを求める理由でもあり、己を懸けた信念でもあるのだから。
「まあ、用がそれだけなら俺は帰るぞ。勿論、奴との決戦の日まではきちんと仕事はするから、それまではよろしくな」
「あ、ああ……」
兎に角、ティマと戦うと決まった以上ここでのんびり会話をしている時間はない。
タイムトラベルしてしまった自分と、その間を日々生きてきたティマとでは力の差が開いてしまっているのはわかっている。だからこそ、500年という時間を埋める為にも、一刻一刻を大切に使わなくてはならない。
という事で、俺は話を打ち切り家に帰ったのであった。
「ティマ、今度こそお前との決着を着けてやる!」
そう言葉に出し、自分を奮い立たせながら……
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「ダメだありゃ。もう仲直りする気はなさそうだ」
「こっちもそう。もう闘って村を出る事しか考えてないわ」
村外れの広場に集まった数人の人や魔物。
全員ティマさんとお兄ちゃんが決闘するという話を聞き集まった人達だった。
「はぁ……まったく、二人とも頑固なんだから……」
「本当ね……」
ミラさん達やロロアさんがそれぞれ仲直りするよう説得に行ったが、どうやら無駄骨だったみたいだ。
まあ……既に二人と最も親しい私やウェーラが説得失敗しているので、正直に言えば初めから期待はしていなかった。それでも駄目だった事には溜息がでてしまう。
「お兄ちゃんは頑固で血気盛んで鈍感だからともかく、ティマさんまで決闘でお兄ちゃんを倒す事しか頭に無いとは思わなかったよ……」
「まあ……意地でしょうね。あとティマ様は他人のには敏感だけど自身のは鈍感なのよね……」
お兄ちゃんのほうはともかく、少なくともティマさんのほうはお兄ちゃんに気があると思っていた。というか、魔物化した今だからハッキリとわかるが、確実に今のティマさんはお兄ちゃんの事を好意的に見ている……というか、魔物が旦那に向けるそれと同じ目をしている時がある。
だからこそ口論ぐらいはあってもここまではならないと思っていたのだが……見当が外れて、思わず頭を抱えてしまう。
「はぁ……これがただの喧嘩だったらまだ良かったんだけどね……」
「それね。なんで村を出てくかどうかって話になっているのやら……」
別に二人が喧嘩する事自体はそこまで重い事でもない。喧嘩を乗り越えてより深い関係になるかもしれないし、言い争っているのもあの二人らしいからだ。
問題は、なぜかそれが村を出ていくかどうかの問題まで発展しているという事だ。村を出たって事情を知らない他の者が過去に帰れる方法を真剣に考えてくれるとは思えないが、どうしても過去に帰りたいお兄ちゃんはその考えを自ら排除しているみたいだ。焦りとストレスで元々そんなにない冷静さが欠けているのだろうか。
「勝負するにしたってティマ様が勝てばいいだけですが……」
「いや……それはそれでお兄ちゃんは拗ねてティマさんと口もきかなくなると思うし、どちらにせよ今回ばかりは必死だから多分村を飛び出すよ。どっちが勝っても互いに後悔が残るだけだよ」
「ああ……言われてみればそんな気がするわね……そこに気付け無いなんてティマ様もかなり冷静さを欠いてるみたいですね」
このまま勝負してお兄ちゃんが勝てば、お兄ちゃんは絶対に村を飛び出してしまうだろう。
たとえティマさんが勝ったとしても、お兄ちゃんの事だから絶対に無許可で村を飛び出すだろうし、そうでなくても一生ティマさんの好意に答える事は無くなる。どちらにせよ困ったものだ。
「さてと、どうしたものか……」
「はぁ……」
現状に溜息しか出ない。正直あれこれ考えるより何もかも忘れてヴェンと性的な実験をしていたいと考えてしまう程手詰まりな状態だ。
でも、解決しないでいたら色々と困る。ヴェンと別れたくないので私はこの時代のこの村に残る気しかないが、だからといってお兄ちゃんとも別れたくない。何より妹としても、同じ魔物としてもあの二人を離れ離れにしたくない。
「……いや、待って……」
「あら、何か思いついたの?」
何か良い手はないのか……とあれこれ考えていたうちに、ふと頭に過ぎった解決策があった。
それで万事解決するわけではないし、問題点もかなりの数がある。それでも、二人が闘ったうえでそれでもどうにかなる可能性を思いついたのだ。
「そうね……ウェーラ、私達も二人と一緒に闘う事にしましょ。かつてのような闘いと言うのなら、そのシチュエーションもね」
「……は? あ、ああー! 成る程そういう事ね。わかったわ」
それにはまず私とウェーラも二人と一緒に闘う必要がある。その事を伝えたらすぐにピンと来たようで、ウェーラも納得してその意見に賛同した。
「え、お、おい、どういう事だよ?」
「それはまあ当日になってからのお楽しみという事で」
「そうね。下手に教えて二人の耳に入れば全て水の泡だから」
どうやら他の人達は誰一人私達の企みにピンときてはいないようだが、それはそれで好都合だ。
下手に教えてもし二人の耳に入ればこの計画は実行できない。そうなれば余程いい案でも浮かばない限り二人の別れは避けられないのだから。
「ただ、その為には色々とやってもらわないといけないわね。ホーラは沢山精を蓄えておきなさいよ」
「わかってる。ヴェン、今日から毎日最低10発ね。インキュバスなら余裕でしょ?」
「え……えぇぇ……わかったけど、僕には何を企んでるかきっちり説明してよ?」
「勿論」
「タイトには……良い案があるわ。そっちはちょっと待っていなさい」
「わかった」
この計画を不自然なく実行するためには、少なくとも私とお兄ちゃんが500年をなるべく埋めるだけのパワーアップが必要だ。リッチとなった事で魔力が飛躍的に向上したからと言っても、ティマさんはおろかウェーラと比べたらまだ工夫すればどうにかなるなんてレベルでは済まないほどの差はある。
とはいえ私のほうはまだやりようがある。でもお兄ちゃんのほうがネックだが……ウェーラには何か案がある様子だ。
「さて、じゃああとは任せたわ。細かい話は仕事中、こっそりとね」
「ええ。それでは」
「な、何が何だが……」
「まあ……二人に任せましょ。タイトや村長さんの事を一番知っているのだもの。きっと何とかしてくれるわよ」
とりあえず自分達もその闘いに参戦する事を伝えるべく、私達は別れたのであった。
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「……と、いうわけだから。良いよねお兄ちゃん」
「好きにしな」
「よし、じゃあ決定だね」
家で自主訓練していた時、帰宅したホーラから突然自分もティマと闘うと言ってきた。
前は止める気満々だったのにいきなりどうしたのかと思えば、どうやら止めても無駄だからという事でウェーラと相談し共に闘う事にしたらしい。イベントも兼ねているのなら、かつての戦いの再現のほうが盛り上がるから、と。
これは俺とティマの喧嘩だからホーラ達は関係無い……と言いたいところだが、確かにホーラが居てくれた方が奴とは闘い易い。どうせ見世物にされるならそっちのほうが村としては都合がいいのもわかる。
だから、一緒に闘うと言ってきたホーラには好きにしろと返事した。それを聞いたホーラは、やはり共に闘う気満々といったところだ。
「とりあえず私は自身の魔力を高める為にも食事の時間以外は基本ヴェンとセックスしてるつもりだから」
「お、おう……そうか」
「あと、そういう反応もやめてね。いくら今の魔物が合わないからって、実の妹と壁を作っても闘い辛いだけだよ」
「……わかった。善処する」
たしかに、いくらこの時代の魔物が苦手だといえ、共に闘う妹にまで苦手意識を持っていたらかつてのコンビネーションは発揮できないだろう。
とはいえ、言動やら性格やら変わり過ぎてて難しいものはある。そう言うのならば、せめてストレートな猥談は控えていただきたいものだ。
「さて、話が終わったなら俺はまた自主訓練を再開する。少しでも腕を磨いておかないと奴には勝てないからな」
「……」
そう言って腰を上げた俺に向け、何か言いたげな視線を送るホーラ。
正直な話、言いたい事はわかっている。そんな訓練だけで本当に500年の差は埋められると思っているのか、という事だろう。
それは、自分でも無理難題だと思っている。が、少しでもその差を埋める為にもやらなければならないのだ。
「お邪魔しますよ」
「ん?」
と、その時、思わぬ客が我が家に来た。
「お前は……何の用だ?」
「まあまあ、そう邪険に扱わないで下さい。別にティマ様の命で動いているわけではありませんから」
やってきたのは……ティマの右腕的存在な召使で、ウェーラの夫であるエインだった。
「ならばどうしてここへ?」
「いえまあ、一つご提案がございましてね。私がこれからティマ様と決闘する日までタイトさんを鍛えてあげましょうかと」
「なんだと?」
そして、エインはいきなり俺を鍛えてやると言いだした。
「元々昔のティマ様と渡り合っていたあなた達の事です。今のあなた達では今のティマ様には到底敵わないとお気付きになっているのでは?」
「……ああ、その通りだ」
ハッキリと言われてしまったが、確かに今の俺達ではティマには敵わない。だからこそ激しい訓練をしていたのだが……少し焦り始める程度には成果がなかった。
「だからこそ、私がタイトさんを鍛えて差し上げますと提案しているのです。これでも私、ティマ様の父上を単独で打ち倒していますし、師匠としては申し分ないと自負しています」
「それは、そうだが……」
「ああ、何か企んでいるのではと疑っているのですか? それならご心配なく。ご存知の通り、お二人の決闘は村全体を盛り上げる為のイベントとして利用させてもらうつもりです。しかし、決闘の結果がティマ様の圧倒的勝利では盛り上がりにも欠けます。それは運営側のこちらとしても困るので、せめて見苦しくないように鍛えようというだけですから」
「ああそうかい」
その理由は気に喰わないが、確かにエインに鍛えてもらうというのは良い案だ。現状自分が知る人間の中では最も強く、元々機会があれば戦い方を教えてもらいたいと思っていた。
「しかし良いのか? ティマの命じゃないという事は勝手な行動なのだろう?」
「ええ。私としても色々と考えはありますからね」
「ん……?」
「まあそれはともかく、正直に言ってしまえば、今のティマ様に私は近付けませんから。貴方達と満足に闘うためか人間への恨みを無理やり引き出したりしているみたいですので。その最大のきっかけである私は何か事故があると危ないからと接触を固く禁じられておりますので。自分のできる事をしているまでです」
「ああ成る程、それで……」
それにしても、ティマの部下なのに態々宿敵である俺を鍛えて良いのかと思ったが、どうやらそちらはそちらで色々とあるらしい。
まあ、そういう事ならば話に乗ろう。ティマとの決闘だけでなく、この先の事も考えればここで強者から教わるのは願ったり叶ったりだ。
「……で、本当の所は?」
「一応全部本当の事ですが……勿論ウェーラからの依頼でもありますよ。ティマ様の幸せを願うのであれば、タイトさんという存在は必要不可欠ですから。残された時間で何とか食らいつける程度にはしてみせますので、そちらもお願いしますね」
「ええ勿論。ありがとうございます」
「何か言ったか?」
「いえ、ホーラさんにも確認を取っていただけです。それでは了解を得られたという事で、早速訓練に入りましょうか」
何かホーラともこそこそと話をしていたが、その内容は聞き取れなかった。
まあ、ホーラが礼を言ったみたいだし、その言葉通り何かの確認をしていたのだろう。あまり気にしない事にした。
「元々剣の扱いは素人だとはお聞きしましたが、中々様になっていますね」
「この時代に来てからメイに鍛えられたからな。だが、まだまだなのだろう?」
「ええ。とはいえ、これなら少し鍛えれば十分ティマ様とも渡り合えると思うので、こちらも訓練を積んでいきましょう」
という事で、エインを師匠とした訓練が始まった。
「ふっ、はっ、腰の入りが甘いですよ! それではティマ様はおろか私の娘のレニューすら倒せませんよ!」
「ぐっ、はあああっ!」
「タイトさんがパワータイプでも力任せでは駄目です。動きが読みやすいですよ!」
物腰は柔らかくも厳しい訓練だったが、ヨルムに引けを取らない実力者からの指導で、確かに力は付いていったのであった。
そして一月後、コロシアムが完成した。
いよいよ、ティマとの決着をつける時が来たのであった。
17/01/09 22:57更新 / マイクロミー
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