連載小説
[TOP][目次]
12話 新たな闘いと変わらぬ決着
『お待たせしました! もう間もなく始まります、500年前の激闘再び! 元魔物狩りのタイト&ホーラ兄妹対我らが村長ティマ&ウェーラの対決です! 実況は私、ウェーラの娘のレニューと!』
『レニューの父でありウェーラのお兄様である私、エインが務めさせていただきます!』

コロシアムの控室にも届く実況席の声。実況を担当しているエインとレニュー親子の言う通り、間もなく決闘の時間だ。

「いよいよだね……」
「ああ……」

1ヶ月の準備期間でやれる事は全部やってきた。
エインがみっちり修行してくれたおかげで、少なくとも500年前とは比べられない程強くなっていると実感している。剣術も肉弾戦と同じ位には作戦に組み込める程となっていた。
ホーラのほうも宣言通りヴェンからたっぷり精を吸収したようで、既に自分に掛かっている肉体強化魔術は昔のそれと比べ大幅に質が向上しているのがわかる。

「ホーラ、その本の準備も万全か?」
「勿論。これがあればウェーラにも負けない」

俺は剣を携え、ホーラの強化魔術が掛けられたグローブとブーツを履き、またいくつか細工した小道具なんかを服に仕込んである。これら小道具は全部ホーラ自家製の魔道具で、魔術の心得のない俺でも扱えるようにしてある。
そして肝心のホーラは、リッチになってからそれっぽい恰好とか言ってずっと着ているボロボロのローブ以外身に付けておらず、その手には少し分厚い本を一冊持っているだけである。まあ、ヴェンに外では恥部を隠してと言われたらしく下着は身に付けているが、本当にそれ以外は丸腰だ。
しかし、この本こそホーラの自信作であり、また彼女自身の切り札でもある魔道具であった。淡々としていながらもいつになく強く感じる口調でウェーラにも負けないと言うだけあるだろう。

『本日は大勢の方にご来場いただきました。誠にありがとうございます! 皆様の期待に応えられるような闘いになると思いますので、こちらも頑張って盛り上げていきます!』
『えー、ただ私達の立場上若干ティマ様達贔屓な実況になる事もあるかもしれませんのでそこは御了承下さい。なるべく公平に行きたいですが、母のピンチに叫んでしまうかもしれません。特に父が』
『えーと、否定はできません』
『はははは……!!』

盛り上がる会場の声も耳に殆ど入ってこない程集中している……いや、集中というよりは緊張していた。
イベントという事もあって医療班が配置されており、昔と違い命の奪い合いは起こらないようになっている。とはいえ、互いに相手を殺す気で闘うのでそれなりに怖いものがある。
そんな中でも一番怖いのは、現在のティマの実力や戦法が不明瞭な点だ。昔と違い相手を死に追いやるような呪いを扱えなくなっているが、治癒系など補助系統の魔術を扱えるようになっている……ぐらいしか情報が無い。この時代に来てからは、ヨルム相手に共闘した時しか闘っているのを見ていないからだ。
つまり、かつての戦いでのデータがどれ程使えるのかがわからないので、始める前から対策しようにも限度がある。

『さて、開始までの間、しばしご歓談くださ……コラーそこの子鬼と狸! 喧嘩をするなら商売権利剥奪しますよ!!』
『えー。そこのお二方を始め皆さん場外乱闘は控えて下さいね。最悪追い出しますよ? こちらも今後格闘大会などを開催していこうと考えているので、喧嘩したいなら是非そちらへ出場願います』
『勿論自警団の皆さんやその他ヨルムさんなど力自慢のお方も大歓迎です!』
「あらら。香恋さんとモックさんまた喧嘩してるみたいだね……ってお兄ちゃん?」
「ん? あ、ああそうだな」

俺は緊張しているのだが、どうやらホーラはそこまででもないようだ。少なくとも俺と違い実況の声を聞き楽しむ余裕があるみたいだ。

「もう、緊張し過ぎ。準備はこれでもかってくらいしてきたんだし大丈夫。絶対勝てる……なんて事は言えないけど、少なくともボロ負けする事は無い」
「いや、しかしだな……」
「ま、硬く考え過ぎても仕方ないよ。あっちと同じく魔物になったからハッキリと言えるけど、今は昔と違って淫猥なのはあっても死に直結するような魔術は絶対に飛んで来ない。だから、何されても挽回するチャンスもある」
「そうかもしれないが……」
「それに、緊張してないのは確かに良くないけど、緊張し過ぎてたって身体が思うように動かず大きなミスに繋がる。そうならないようにもう少しリラックスしないと」

緊張し過ぎと言うホーラにその理由を言おうとして、強い口調をもってそれを阻止される。
そして、緊張し過ぎは良くないと指摘されてしまった。

「……そうだな。確かに無駄に色々考えて緊張し過ぎていたようだ」
「そうだよ。今までだってずっと引き分けで終わってたんだもの。その時より相手が強くなっていると言っても、こっちだって強くなった。簡単に負けるわけがない。でしょ?」
「ああ……!」

確かにホーラの言う通りだ。緊張し過ぎてもベストが出せないだけで良い事は無い。
俺達だって500年を埋められるほどではないとはいえ、短い期間でかなり強くなれた実感はある。簡単に負ける事は無いだろう。

「タイトさん、ホーラさん、そろそろ時間ですので入場門まで移動をお願いします」
「時間か……」
「みたいだね。頑張ろうね」

気合を入れ直したところで、係のファミリアが時間だと知らせに来た。
とうとう始まるティマとの闘い。適度な緊張を保ちつつ、一歩一歩踏みしめながら歩き始めたのだった。



……………………



『大変長らくお待たせしました! いよいよ始まります!』
『会場の皆様、お手洗い等準備は宜しいですか? それでは一つ、注意事項です』
『魔女達の結界によって観客席は護られていますが、ティマ様の扱う術によっては結界が一部破れてしまう可能性もあるので十分注意願います。また、結界の強度を保つ為にも興奮して観客席から身を乗り出さないようにしてくださいね』

そして、その時が来た。

『さて、それでは選手に入場してもらいましょう! まずは500年前からの挑戦者、タイト&ホーラ兄妹!』

レニューのコールに合わせ、入場門から闘技場内へと歩む。
事情を知ってか知らずか、俺達の入場に合わせて盛り上がる観客達。今となっては見知った顔ばかりなのでまだ良いが、やはり奴との闘いを見世物にされるのは気に喰わない。
一方ホーラはそうでもないようだ。むしろ気合が入っているようにも見える。まあ、彼女の場合は愛する旦那が最前列で応援してくれているからだろう。まだ俺達しか入場してないのを良い事に、さっきからヴェンが居る方ばかり見ては微笑んでいる。

『ではもう一組にも入場してもらいましょう! 私達の主と母、ティマ&ウェーラ!』

俺達が闘技場の中央付近まで辿り着いたところで掛かる、ティマ達の入場コール。
もう一方の入り口のほうをジッと見る……影の中からゆっくりと現れた幼女二人。およそ一ヶ月ぶりに見る、ティマとウェーラだった。
ティマのほうは昔と変わらぬ杖を構え、ウェーラのほうはまた違った杖……というより、先端に小さなハートが付いたステッキを持っている。可愛らしい外見にはぴったりだが、俺達は見た事のない装備に警戒心を強めた。

「……」
「……」

そして二人は、少し間を開けて俺達の目の前で立ち止まった。
どちらも言葉を発さぬまま、数十秒間ただ相手を睨んで……というより、ジッと見ている。

「……よお、タイトよ。大人しくオレにぼこぼこにされに来たのか?」

そして、ようやく口に出した言葉は挑発だった。
ニヤッと口角を上げ、ぼこぼこにされる覚悟はできているのか、と。

「……ふん、随分と余裕そうじゃないか。それはこっちの台詞だ」

その雰囲気は、見た目や言葉こそ違えどかつてのティマのそれと同じだ。
懐かしくもあるこの感じに、俺も自然と笑みが零れ、挑発し返す。普段ならそのままホーラに罠探知をさせるが、流石に試合形式では罠など張っていないだろう。

『開始前に再度確認します。今から2対2で闘うのですが、かつての闘いの再現という事で、タイトとホーラは普通に二人と闘い、ウェーラはタイトを狙わず、ホーラを狙うかティマ様の補助に徹する、そしてティマ様はその逆という事で大丈夫ですね?』
「ええ。その通り。で、良いですよねティマ様?」
「ああ。タイトはオレの手で直々に半殺しにする。お前にはホーラの相手を任せる」
「成る程。聞いてた通り、そこまで再現するのね」

予め聞いていたが、どうやらかつてと同じようにウェーラが俺を直接狙う事は無いらしい。
随分と嘗められたものだ……とは言えない。実際、奴らはこれまでそれで俺達と引き分けてきたのだ。むしろ息を合わせ一人ずつ狙われたらこの時代に来る事なく死んでいただろう。

『それと、勝敗はあくまでもティマ様とタイトさんのどちらかが倒れた時点で着き、お母さんやホーラさんが元気でも終了……でいいですよね?』
「ええ。私達はあくまでサポート。メインはお二人ですからね」
「勿論、だからといって私達が手を抜くなんて事は無い。悪いけど、本気でこの根暗魔女を倒しにいく」
「そうね……掛かってきなさい。たかが魔物になって数ヶ月の生意気な小娘にできるものならだけどね」

そして、やはりこの闘いも俺かティマのどちらかが倒れた時点で終わりらしい。
まあ、昔と違いなんだかんだ言いつつホーラとウェーラは仲良くやっているし、それに対しても異論はない。

『さて……最終確認も終えましたし、早速始めましょう。4人とも、準備は宜しいですね?』

粗方ルールの確認を終えたところで……闘い始めの宣言が下される。

『では……決闘、始め!』

その言葉が終わると同時に、俺とティマは互いに距離を詰め、ホーラとウェーラは距離を取った。

「はあああっ!」
「……はあっ!」

後手に回ると不利になるのは今も昔も変わらない。だから俺は剣を構えて素早くティマに接近し、横振りで斬りかかる。勿論この剣は鈍ではないので、斬られぬよう反応したティマは杖の先端から魔力の鎌を生成し受け止める。
きいぃ……んと響く金属音。始まりと同時に起きた攻防で観客席が静かになったのもあり、コロシアム中に響いている。
そして、金属音に混じってウェーラが何かを呟いていた。ステッキの先端をティマに向けている事からきっと何かしらの補助呪文だと考え、即座にホーラに目配せする。

「淫猥の女神よ……」
「させないよ」
「与える痛みに快楽を……ふぇっ!?」

ホーラは頷くと手に持っていた本をパッと開き、そのページを自身の魔力を纏った手で強く押した。
すると間髪入れずにウェーラの足元に大きな魔方陣が展開し、そこから白い煙……というよりゴーストのそれと同じ無数の手が伸び、ウェーラの身体に纏わりつく。
実体は無いが感触はあるようで、白い手に胸とお尻を撫でられたウェーラはビクッと反応してしまい詠唱を止めた。

「ちっ邪魔されたか……っと!」
「余所見とは余裕だな!」

その間も俺は手を緩めずにティマに迫り続ける。
身長差を活かし、頭上から叩きつけるように振り下ろす。魔物故に小さくても力があり多少は押し返されるものの、刃が当たった瞬間に少しずつ後ずさりさせている。

「確かに、昔よりはよっぽど剣の腕を上げたようだが……余裕なのには変わりない!」
「ぐぅっ!」

だが、別にそれは押しているというわけではなく、ティマにとっては肩慣らし中だったようだ。
魔力の鎌で剣を受け止めていたティマだったが、より強く踏み込んで振り下ろした一撃に合わせ身体を横にスライドさせ、鎌を消した。
当たるものが無くなった結果空を斬りよろけてしまった隙を見逃さず、俺の懐に手を潜り込ませてゼロ距離で強い衝撃を放ってきた。おそらく無詠唱で魔力を空気の塊に変換させたのだろう。衝撃と共に大きく吹き飛ばされた。

「けほ……やはり差はあるか……」
「大丈夫?」
「ああ。ホーラの仕掛けのお陰でダメージはほとんど無い」

砂埃に少し咳き込みながら起き上がり、体勢を整える。
俺が来ている服はホーラお手製の魔力をシャットアウトする物だ。ティマの魔力は強大なので完全に相殺はできていないが、おかげでダメージ自体はそこまで大きくない。
とはいえ、易々と決められた事に少しショックを受ける。予想はできていたが、やはり500年の差は大きいようだ。

「ふん、呑気に会話してる余裕が……」
「えい」
「っと。強固な物理結界を一瞬でか。ホーラ……面白い物持ってるじゃねえか」
「研究成果。この闘いが終わったら詳しく報告するわ」

勿論体勢を整えるのをただ眺めているティマではない。パンッと自身の足を軽く叩いたと思えば、ケンタウロスの様なスピードを出しながらこちらへ向かってきた。どうやら足を強化したようだ。
しかし、こちらに近付くよりも前にホーラは本の別のページを開き、物理攻撃を阻む結界を発動させた。その勢いのまま咄嗟に蹄の蹴りを入れたティマだが、結界が破れる事は無かった。

『おーっと! 開始早々激しい攻防が両者によって行われます。これは一時も目を離せません!』
『どうやらホーラさんが持っている本には何か仕掛けがあるようですね。おそらくですが先程から高度な魔術を瞬時に発動しているのはそれが関係しているかと』
『ですね。あの規模の物を瞬時に出すのはウェーラもティマ様も不可能です。いくらホーラと言えど、何の仕掛けもなしには不可能だと思われます。と言いますか、レニューは何か知っているのでは?』
『まあ、魔術研究室で現在研究している物の応用だとは思いますね。公平性の為にも詳しくは言いませんが、あれを戦闘に応用したのであれば相当厄介ですね』

俺達の攻防に会場も盛り上がり、歓声が鳴り響く。
実況解説の言う通り、ホーラの本はある仕掛けがなされている魔道具だ。職場で研究している魔道具の応用と言っていたのでおそらくその仕掛けは相手に割れているとは思うが、だからといって咄嗟に対策できる物ではないみたいだ。

「お兄ちゃんはとりあえずそのまま強気で攻めて。今のやり取りからして全く食いつけないわけじゃないし、やりようもある」
「ああ。だが、情けない話俺単体では昔と違いハッキリとした差があるようだ。ホーラの直接的なサポートは必須だ。頼むぞ」
「勿論、任せて」

ティマが何かをする素振りは無いが、攻撃の届かぬところでステッキを振り回し踊っているウェーラの姿があるので、おそらく遠距離の魔術により数秒もしないうちに結界は壊されるだろう。
何が来ても対処できるように結界の中で一呼吸置き、剣をしっかり握りしめて構える。

『両者硬直状態が続きま……いや、これは……』
「……お兄ちゃん、聞いて。結界を自発的に解くから、その瞬間すぐウェーラに斬りかかって」
「え?」
「やられた。このままだと圧倒的不利になる。ティマさんは私が何とかするからよろしく」
「よくわからんが……わかった」

さあ一体何をするつもりなんだと思いながらウェーラのほうを注意深く見ていたら、突然ホーラがそう言ってきた。
何が何だかわからないが、リッチ化してから基本冷静沈着なホーラが少し慌ててそう言うので、少なくともマズい状況になりつつあるのだろう。魔術に関しては俺よりよっぽどホーラのほうが詳しいので、理由を問わず言う通りにしようと、駆け出す準備をした。

「……行くよ」
「ああっ!」
「させるかっ!」

ホーラが合図を出すと同時に俺は言われた通りウェーラ目掛けて走り出し、ぶつかる前に物理結界は消えた。
その行動はティマも予測できていたのか、俺が駆け出すと同時に再び鎌を生成し俺に向かって斬り裂かんと跳びかかってきた。
しかし、俺はチラッと確認して以降脇目も触れず、ティマの相手をせずに一直線に突き進む。
何故なら、宣言通りホーラが何とかすると信じているからだ。

「させない」
「ちいっ! お前本当に触手好きだな!」

実際にホーラはまた別のページを瞬時に開き、ティマの足元にねっとりとした触手を何本か召喚し、足を絡めとらせ動きを止めた。
この時代の触手らしくティマに厭らしい事でもしようと身体に絡もうとするが、気にする事なく鎌でバッサリ刈っていく。とはいえ十分な足止めにはなっていた。

「覚悟っ!」
「……ふっ」

俺はそのままティマに妨害される事なくウェーラの近くまで辿り着き、躊躇いなく剣を突き出す。
詠唱中なら手痛い反撃は無い。避けられる可能性はあるものの詠唱を止められるからどう転んでも大丈夫。だと思ったのだが……

「残念……少し遅かったようね」

ウェーラが手に持つ細いステッキで剣を受け止めると同時に、二タァ……と邪悪な笑みを浮かべながらそう言ってきたウェーラ。
剣を受け止めたステッキの頑丈さに驚く暇もなく、その雰囲気に警戒しすぐさまバックステップで距離を取ったのだが……

「いったい何を……んんっ?」
「ふふ、効いてきた様ね」

5歩ほど下がったところで、急に身体が熱くなってきた。
とはいえ別に発熱しているわけではない。熱は下腹部に集中しているところから……

「これは……発情させたのか?」
「その通り。この場に強制発情魔術を掛けたの。ちょっとした刺激は全て性的な快楽になってしまうわ。範囲はフィールド全域だから私達にも効果はあるけど、普段から性欲強めの魔物だからそこまで問題は無いわ」
「くっ……」
「そして、魂を分離しているホーラは私達以上に効き目は薄いわね。でも、いくら魔力を軽減する服を着ていても人間でしかも性経験のない貴方には効果抜群よねぇ……」

やはり、ウェーラが放った魔術は対象の性欲を高めるものだった。ステッキを小さく振りながら得意げに魔術の説明をするウェーラが、心なしか色っぽく見えるのはそのせいだろう。
物理結界で相手の攻撃を防いでいたつもりが、逆にこちらが隔離され相手の強大な魔術の発動を助けている形になっていたという事だ。してやられた。

『おや? タイトの動きが止まってしまいましたね。いったいどうしたのでしょうか?』
『どうやらお母さんはコロシアム内に居る者全員を対象に発情魔術を施行したようですね。観客席はサバトの魔女達が張った結界があるので大丈夫ですが、これはタイトさんにはキツいですね』
『つまりウェーラが少し性感帯に触れただけで射精に至ってしまうというわけですね。なんと羨まげふん恐ろしい事でしょうか』
「まあ、ルールもそうだしお兄様以外とヤる気はないから、私から貴方には一切手を出さないから安心して。でも……そんな状態でいつまでティマ様の攻撃に耐えられるかしらね?」
「はっ……!!」
「まあそういうこった。昔の戦いしか知らねえテメェじゃ今のオレ達に勝ち目はないんだよ」

そして、ホーラの妨害を振りきりゆっくりと近づいてきたティマ。普段は気にならないのに、大事な部分以外露出したその姿につい目を奪われ、身体が固まってしまう。
これでは相手の思うつぼだと、なんとか気をしっかり保ち剣を構えるが……先程よりも腰に力が入らない。

「ほら……よっ!」
「うっこれは……キツイな……」

そしてティマは俺から少し距離を取ったところで止まり、杖の先端から火球を発射してきた。
大きさは小さいがその分スピードがあるそれを紙一重で躱したが……掠めた所がチリチリと感じ、身体を高ぶらせる。
どうやら軽い痛みなんかも全部快感に置き換えられるみたいだ。奴らの言う通り俺は痛みと違い快感には慣れていないので、一発でもヒットしたら致命的だ。

「ほらほらほらっ!」

効いている事を確認したティマは、悪戯な笑みを浮かべながら火球を連発してきた。動きが直線的なのでなんとか当たらない様に左右にステップして避けられているが、少し膨らむ股間に動きが鈍くなっているので、普段なら楽々と躱せる攻撃も当たりかねず冷や冷やする。

「ホーラ! 何とかできるか?」
「ちょっときつ……」
「させないわ」
「くっ」

何とかなっているとはいえ、これでは防戦一方だ。
直接的な攻撃魔術ならともかく、空間で発動している魔術を破る術は俺にはない。ホーラに頼るしかないが、それは相手もわかっている事で、ウェーラがホーラの相手をしている。

「この……これでも喰らえ」
「むっ……本当にそれ厄介ね……」

ウェーラはホーラに向かって桃色のガスみたいなものをステッキから吹き付けているが、ホーラはそれを何とか躱しながら、新たなページを開き魔術を発動させる。
今度はウェーラの頭上に雪雲を召喚し、大きな雪玉を連続で降らせる。たまらずウェーラは攻撃を中断し、バリアを張って攻撃を防ぐ。
様子を見る感じ、言っていた通りウェーラにも負けていない。ただ、こちらに構っているほどの余裕はないようだ。

「おい、余所見する余裕あるのか?」
「うおっと!」

つまり……現状の打開は自分一人でするしかない。
少し攻撃が止んだと思えば飛んできた赤い球。それが目の前で急に爆発したがギリギリで跳び避け、地面に擦れた所が愛撫でもされたかのように感じるのをどうにか堪えながら、ティマと距離を保ち構える。
余裕の表れなのか、それとも何か理由があるのか、珍しく遠距離攻撃しかしてこないティマ。接近し過ぎると直接触れられ公衆の面前で凌辱を味わいかねないのでこちらにとっても都合が良い。とはいえ接近戦主体のこちらも攻撃手段が限られてくるのでなんとか打開したいところだ。

『やはり発情魔術が厳しいのか、タイトは防戦一方ですね』
『まあ、4人中1人だけ人間、しかも他3人は魔術で遠距離に対応できますが、剣や拳と近距離しかないタイトさんはまずそれを掻い潜る必要がありますからね。普段はホーラさんがそこをフォローしているとは思いますが、今はお母さんの相手で手一杯ですからね』
『それでも攻撃を掻い潜りティマ様に近付けても敏感な身体にぷにぷにの肉球が触れれば一発アウトですからね。難しい所だと思いますね』
「おいおい、オレはまだ一発もダメージを喰らってないのだが。やる気あるのか?」
「ああ……その通りだな」

ムラムラする気持ちを戦いに集中する事でどうにか抑え込みながら、反撃のチャンスを待つ。
こちらの仕掛けを警戒しているのか、素早く発動できる小型の魔術を連発しながら挑発してくるティマ。それを軽く聞き流しつつ、ティマの魔術を掻い潜りダメージを最小限に抑える。

「ほら、貴女の大好きな触手よ」
「使うのは好きだけど触手に犯されるのは嫌。全て燃やす」
「むっそんなものまで……1ヶ月でよくそんなに魔術を貯められたわね」
「アナタと闘り合うから、できる事を全てやったまで」

ルール上直接的な妨害は飛んでこない上、ホーラがほぼ互角に戦いウェーラを抑えているのでティマ一人に集中できる。奴がどう動くかで俺の動きも変わってくるので、あせらずじっくりと機会を窺う。

「チッちょこまかと……いい加減当たりやがれ!」
「誰が当たるかそんなへなちょこ」
「んだとぉ……!?」

一定の距離を保ちつつ攻撃を躱し続ける事数分。全然当たらない事で少しイライラとした様子を見せ始めたティマ。
これは一か八かのチャンスだ。そう思った俺は挑発し返してそのイライラを刺激する。

「なんだ。結局は500年前のほうが大規模で強力な魔術が使えた分強そうだな。メスになって闘いを忘れてお料理に没頭してちゃあ弱っちい魔術しか使えなくなっていても仕方ないか」
「ああ゛ん!? 言わせておけば……覚悟はいいだろうな!!」

余計苛立ちを募らせたティマに、もう一押しとばかりにおちゃらけながら煽る。その結果こちらの思惑通りぶちギレたティマは杖を強く地面に突き刺し、膨大な魔力を噴出させながら詠唱を始めた。

「炸裂する水泡よ、彼の者を包み込み踊れ!」
『おーっと! ここにきてティマ様の強力な攻撃魔術が発動しました! これはタイトさんピンチか!?』

ティマの杖先から飛び出した、半径が俺の背丈以上もある巨大で半透明な水泡。炸裂すると言ったところからしておそらく爆発性を持ったそれが、弧を描きながらこちらに向かって飛んできた。
避けようにもその速度は決して遅くは無く、また水泡の大きさからして飛び退いてもぎりぎり足にヒットしてしまう。実況の言う通りピンチだ。

「……ふっ」

とはいえ、ピンチなのは対策が無ければの話だが。

「はあああああっ!!」
「んなっ!?」

俺は飛んできた水泡を、持っていた剣の腹を使って殴り返した。
今まではただ魔術を打ち消すだけであったが、今回は反射する結界を剣に張ってあるからできる芸当だ。一回でも使えばそれ以降警戒されるだろうから、このように大きいものが出てくるまで使わないようにしていたのだが……上手くいったようだ。

「くっ……ぐああああっ!!」

跳ね返ってくるとは思っていなかったのか、回避が遅れたティマは自身で放った魔術に見事当たった。
吸い込まれるように水泡の中に捕らわれ、どうにか逃げようともがくうちに水泡の中が泡だらけになり……数秒もしないうちに大きく爆ぜた。こんなの喰らっていたら一溜りもなかっただろう。

『なななんと! タイトさんがティマ様の魔術を跳ね返しました! これは驚きです!!』
「はぁ……はぁ……ぐっ……クソったれが……!」

爆発による蒸気が晴れ、現れたティマは膝をついて荒い息を吐いていた。ボロボロとまではいかないが、結構ダメージを与えられたようだ。
とはいえ、このまま放置していても回復系の魔術を使われてしまうだけなので、間髪入れず次の行動に出る。

「おらあっ!」
「きゃっ!」

ティマがダメージで満足に動けないうちに、俺は持っていた剣をウェーラのほうに向けぶん投げた。
死角になっている位置から直接当たるように投げたが、間一髪のところで気付かれ避けられた。とはいえ、一瞬でも怯んだことによりホーラが魔術を発動できる。

「今だホーラ!」
「うん。反回復魔術、発動」

ホーラもわかっていたようで、ウェーラが怯んだ瞬間に詠唱を開始し回復系の魔術をダメージに変える魔術を発動した。この魔術はアンデッドと少なくとも過去では回復系に弱い身体だからか例え本を封じられても普通に使えるとの事で、相手に大きなダメージを与えたタイミングで使う事を最初から決めていたのだ。

「ちっ……間に合わなかったか……」
『なんと回復封じ! これはお母さん達にとって手痛いですね』
『過去から来たタイト達にとって、今のティマ様が闘いの中でできる事のうち知っている数少ないものですからね。十分対策を練っていたのでしょう。特に魔道具を使わずホーラ自身の魔術なので、例え道具を取られていても魔力自体が無くならない限り発動可能なのも強いですね』

ティマはこっちがウェーラに剣を投げている隙に膝をついた状態のまま少し回復していたみたいだが、発動と同時に止めたようだ。多少動けるようにはなったみたいだが、まだまだ多くダメージは残っており、しっかりとは立てないようだ。
だが、まだまだ発情効果も続いているので油断すればあっという間に逆転されるだろう。接近し過ぎても不利なので、俺はある仕掛けを起動させた。

「くっ……やってくれたわきゃふっ!?」
『おっとぉ!? 投げた剣がタイトさんの所へ戻っているようですね』
『流石に剣が動くと思っておらず見ていなかったウェーラの頭に偶然にも当たってしまったようですね。コブになっていなければいいですが……ああ、頭に傷ができていたらどうしよう……』
『お父さん、心配するのは良いですが実況中ですのでできれば心の中に抑えていてください』

剣の腕前がかなり上達したとはいえ、それでもこれまでのようにティマに弾かれ飛ばされてしまう可能性を考えた俺は、飛ばされた剣を回収できる魔道具をホーラに作ってもらっていた。なんでも磁力で引き寄せ合う石と遠隔操作魔術を応用させたもので、ボタン一つで戻ってくるようにしたらしい。
今回は自分で投げたわけだが、この発情状態で拳を使い闘ったとして、奴の柔らかボディに触れて変な気を起こしてしまう事もあるかもしれない。同じく接近戦にはなるものの、まだ剣があったほうが直接触れない分安全だ。
という事で懐に入れてあった魔道具のボタンを押し、投げ飛ばした剣を手元に引き寄せた。途中軌道上に居たウェーラの頭に剣のグリップが命中し大きく仰け反らせたのはラッキーだ。

「隙あり。あなたも高めてあげる」
「しまっ……ふああっ!」

その隙にホーラは本のページを開き、ウェーラの足元に大きな魔方陣を展開した。あれは確か魔方陣上に乗っている相手にも自分の身体に掛けてある淫らな魔術と同等の物を付加する物だと言っていた。普段魂を隠しているから冷静なのでそれがどれぐらいなのかはわからないが、特に触れられても居ないのに魔方陣上にいるウェーラが悶えているところからして相当だろう。

「ちっウェーラの奴油断したな。あんなものは魔方陣を掻き消せば簡単に解除できるが……」
「させるか!」
「まあそう来るだろうな!」

ウェーラのサポートを封じられ、ティマに勝てる可能性が少しでも上がっている今が絶好のチャンスだ。
俺は戻ってきた剣をしっかりと握り、相手が体勢を整える前に肩から斬りかかった。しかし、相手は自前の魔術を使って引き寄せた杖でそれを防ぎ、押し返してきたので俺は大きく後ろへと下がり再び構えた。

「魔術の類はさっきみたいに跳ね返されるかもしれないってんなら……肉弾戦だな。発情任せにチマチマ削るのも性に合わん」

ティマは杖を支えに立ち上がり、そうやって呟いた後目を瞑り集中した。そのうちに身体を淡い光が包み始め、少し空気が震えた。
肉弾戦という言葉からして、おそらく身体強化魔術を自身に掛けたのだろう。しかも相当なものなのか、魔術に通じていない自分ですら安易に近付けない類いのものだと感じた。

「いくぜ……!!」

そう言ったティマが前屈みになったと思ったら……姿が消えた。
いや……違う。

「ぐうっ!!」
「ほお、よく反応できたな」

ぞくっとした俺は咄嗟に剣の腹を下に叩きつけた。
やはりそこにはティマが居た。目で追いきれない速度でこちらの懐に潜り込み、掌底で鳩尾を狙ってきていた。

「だが、それだけじゃあ意味ないぜ?」
「ぐっ……」

直撃こそ防げたものの、スピードだけでなくパワーも上がっているみたいでぐいぐいと押されている。
このままではそのうち押し切られて転ばせられかねない。なので俺は力を右に流しつつ俺自身は左に避け、逆にティマのバランスを崩させた……が、物ともせずに振り返り、そのまま回し蹴りを入れてきたので、それも剣で受け止める。

「おらっ、このっ、そらっ!」
『肉体強化したティマ様を前にタイトさんなんとか防御! しかし反撃する余裕はなさそうです!』
「ふぁっ、や、やめ、乳首すっちゃぁ……ひああぁぁ……」
『一方お母さんはホーラさんの出した吸引型の触手に為す術もなく凌辱されていますね。お陰様で実況席も精臭が酷い事になっています。あ、お父さん乱入は駄目ですよ』

半分勘でティマの猛攻を防いではいるが、実況の言う通り反撃なんてとてもではないができそうにない。むしろ少しでも他の事をしようとすれば足元を掬われかねない。
一方ホーラのほうは上手くいっているようだ。ウェーラの動きを止められているのならばもうすぐこちらのサポートに入れるだろう。それまで何としても耐えなければならないが……

「くっ、この……はっ!?」
「はっ、もう壁だぜ? これで……終わりだ!」

跳び蹴り、回し蹴り、正拳突き、フック、アッパーとあの手この手で飛んでくる直接攻撃を後ずさりしながら剣で弾き躱し続けていたが……爪での斬り裂きを防いだところで、背中に硬く大きい物が当たった。それは、コロシアムの壁だった。
どうやら俺はまんまと壁際まで追い込まれていたらしい。してやったり顔を浮かべたティマは、身体を一瞬弓形に反らせ、一気に胴体目掛け殴り掛かってきた。

「がっ、ぐ……はあああああっ!!」
「ふん、何時まで耐えられるかな……?」

直撃したら一発で気絶まで持ち込まれる……そう判断した俺は、壁を支えに足と腕の力を使いティマの拳を剣で受け止めた。あまりにも強い力なので衝撃が身体を走り壁へと抜けたが、そのお陰で即気絶は回避できた。
しかしそれで引くティマではなく、俺を壁で押し潰さんと更に力を込めてくる。こちらも押し返そうと手足に力を一層込めるが、そう簡単にはいかず段々と手足や背中の痛みが大きくなっていく。

「耐えても痛いだけだぜ? 全てを諦めて降参しな!」
「誰がするかっ! お前だけには死んでも負けるわけにはいかん!!」

勝利を確信したのか、こちらの降参を促してくるティマ。
勿論、それを飲み込むわけにはいかない。過去に帰る為に……いや、たとえそれが無くても、俺はティマに負けたくない。降参するわけにはいかないのだ。
とはいえ、腕や足の筋肉が悲鳴を上げ始め、そろそろ限界が近い。このままではどう足掻いても負ける……と考え始めた時だった。

「その通り。負けるお兄ちゃんは見たくない。お待たせ」
「よし! うおおおおおおおおおおおおっ!!」
「クッソ……ぐあっ!」

粗方ウェーラの処理を終えたホーラがこちらに来て、俺のグローブやブーツに掛けられていた強化魔術をより強化した。そのお陰でティマの力を上回り……押し返した。
俺に押され倒れたティマに、剣を押していたほうの足を踏み込み蹴りで追い打ちを掛ける。昔と違い軽いのもあり、強化された靴で蹴られたティマの身体はコロシアムの対壁まで飛んで行った。

『なんと、お母さんをねとねとのぐちょぐちょにし終えたホーラさんが来た事によってタイトさんが逆転! ティマ様これは手痛い!!』
「はぁ……はぁ……助かった」
「ギリギリになった。念には念を入れ過ぎて危うく負ける直前だったけど、間に合って良かった」

ティマを蹴り飛ばしたので、次の攻撃が来るまでになるべく息を整える。発情魔術の効果が薄れてきたのか、それとも激しい攻撃を前に性欲なんて吹き飛んだのか、いつの間にやら股間のムラムラは治まっていた。
とはいえ、全くなくなったとは思えないので、おそらく酷い事になっているであろうウェーラのほうは見ないでおく。ホーラもこちらに来た事だし、きっとしばらく放置しておいても大丈夫だろう。

「さて、これで終わりじゃないよな……」
「うん……まだ何かやる気みたい。ティマさんの魔力がゆっくりと膨れ上がってる」

さて、正反対まで飛ばしたティマだが……蹴られた場所を抑え杖を支えにしながらふらふらと立ち上がった。あれで倒せるとは微塵も思っていなかったが、しっかり決まった事もあって結構深いダメージを与えられたみたいだ。

「ぜぇ……ぜぇ……くっ、ここまでやられるとは……仕方ねえ、こうなったらあれをやるしか……」

そんなティマはこちらに近付いてくる事なく、何かしようと自身の魔力を練っているみたいだ。遠距離の魔術なら剣で跳ね返されるのはわかっているはずだが、いったい何をするつもりだろうか。

『両者睨み合いが続いている状態です。どうやらタイトさん達はティマ様の出方を窺っている様子ですが……一方ティマ様は……とてつもない魔力を溜めてますね。ここまでのものは私も見た事がありません。いったい何をするつもりでしょうか?』

何かする前に止めを刺そうにも、奴が醸し出しているただならぬ雰囲気に近付くのを躊躇ってしまう。
ホーラも本を開いて構えてはいるものの、下手に自分からは攻めあぐねている状態だ。リッチになってから始めて見る冷や汗に、俺も緊張感が高まっていく。

「……はあああああああああああああああああああああああっ!!」

しばらく下を向いて黙っていたティマだったが……突然大声をあげ、いや咆哮した。
そして身体が光りに包まれたと思ったら、見る見るうちに輝きは大きくなっていき……

「……は?」
「なっ……!?」
『なななななんと! てぃ、ティマ様が……!!』

光が大きく膨らみ、弾けたと同時に現れたのは……

「……グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
『ティマ様が……巨大な化け物に変身しました!!』

過去の奴自身を彷彿とさせる、巨大な山羊頭の魔獣だった。

『ふぅ……あ、あのティマ様の姿は……まさに旧魔王時代のバフォメットのそれですね。おそらく自身の持つ膨大な魔力によってドラゴンの様に一時的に魔王交代前の姿に変身したのでしょう』
『なんと!? ではあれは魔王交代前のティマ様という事でしょうか?』
『身体自体はヨルムと同じく牝になっているでしょうが、その通りだと思います。私も昔のティマ様の姿は見た事ありませんが、ティマ様の父上の面影があります。それにしても、ティマ様は旧時代の姿になる事を頑なに拒んでいたはずですが……』
「ああ、この姿は嫌いだ。今の姿のほうが可愛いし動きやすいが、この姿は怖いし醜いからな。だからこそ……」

500年前と違い全体的に少し丸みがあり、また身体の大きさも一回り程大きいが、その姿は俺の良く知るティマそのものだった。
懐かしいこの感じに、俺は思わず気分が高調し……

「だからこそ……この姿を見て楽しそうに笑ったテメェに腹が立つんだよ!!」

自然と、笑みが零れた。

「くたばれ、タイト!」
「うおっ!」

その事に腹を立てたティマは、間髪入れず目の前まで転移し、その太い腕を使い殴り掛かってきた。
大きくなった分先程までより動きは多少遅くなったのでギリギリ躱せたが……その分威力は大幅に上がっており、パンチの風圧だけで身体がグラつき足がよろける。

「流石にこれは不味い……せめて動きを止めなきゃ」

風圧に巻き込まれ尻餅をつきながらも、ホーラはどうにか捲れていく本のページに手を挿み、用意してあった中では一番強力な拘束魔術を発動させる。
それはティマの足元に大きな沼を作り、身体を沈めて全身の身動きを取れなくするものだったのだが……

「ふん。こんなちゃっちい魔術なんて効くか!」
「きゃあっ!!」

足元が少し沈んだところで、ティマはそう言いながら自分の両手を沼の中へ突っ込み……勢いをつけその沼を破り裂いた。力任せな破られ方をした影響か、ホーラの本がそれと同時に勢いよく弾け飛び燃えてしまった。
つまり、この段階でこちらで用意した物のほぼ全てが使えなくなってしまった。どちらにせよ一番強力なものを簡単に打ち破られたので結果は変わらないが、これで大幅にこちらの戦力がダウンしてしまいピンチだ。

「こうも簡単に……改善が必要」
「言ってる場合じゃない。ホーラ、後は俺の強化に集中しろ」
「わかってる。他の用意してない私にできるのはそれぐらいだからね」

とはいえ、別に本が無ければホーラは魔術が使えないというわけではない。元から肉体強化や簡単な遠隔操作魔術は身に付けていたし、リッチ化してからは死霊魔術や淫らなものなども扱えるようになっている。
ルール上ホーラにティマの攻撃が及ぶ事は無いし、ウェーラの動きを封じられている今、ホーラには離れた場所で俺自身の強化に徹してもらう事にした。

「ってお兄ちゃん、後ろ」
「うだうだと話をする余裕なんざあるのか?」
「しまっ……ぐああっ!!」

しかし……その事をホーラと話している隙にティマは俺の真後ろに立ち……両手あわせの拳を頭上から振り下ろした。
油断した俺は直撃し、地面に叩きつけられた。その驚異的な威力はもはや発情魔術なんて意味を成しておらず、強い痛みに息が詰まる。
一瞬気が遠くなったものの、ホーラがギリギリのところで俺の身体を丈夫にしてくれたのか、なんとか持ち堪えられた。それでも、今の一撃でこちらの体力は大幅に削られてしまった。

「ぐ……つぅ……」
「ちっ、ホーラの防御力強化が間に合っていたか……だが、これで終わりだ!」

痛みに耐えながらもなんとか立ち上がろうとする俺を、黙ってみているティマではない。終わりだと言いながら、再び身体を弓形に反らして俺の顔目掛けて殴り掛かってきた。先程より強化されたそれを剣で防ぐのは無理だ。
防ぐのは無理なら……避けるしかない。

「ふ……んっ!」
「何……つぅっ!」

先程のダメージで素早く大きく躱すのは難しい。だから俺はその場に立ったまま、後ろ向きに倒れこんだ。それと同時に、奴の拳目掛けて剣を突き出す。
俺の頭上を掠めた拳は、その勢いもあって深く剣が突き刺さる。流石のティマも強い痛みを感じたのか顔が歪む。

「お、おおおおおおっ!」
「わっ……あぐっ!?」

それだけでは終わらず、更なる追撃を掛ける。後ろ向きに倒れ剣を突き刺した俺は、頭の後ろへ持ってきた手を地面に付け、そのままバク転する。そして足が上に向かうタイミングでティマの腕を足で挟み、その勢いで投げ飛ばした。
ズシンッとひっくり返して壁に叩きつけられたティマは、身体を擦りながら起き上がる。その動きにキレが無いのは、確実にダメージは溜まっているだろう。

「ぎっ……クソがっ!」

立ち上がったティマは拳に刺さった剣を引き抜き、力任せにへし折った。
これでもう剣は使えない。ここからはもう、己の身だけで闘うしかない。

「ふぅ……うおおおおおおっ!!」
「ぐっ……グオオオオオオオッ!!」

痛みに耐え、叫んで気合を入れてティマに跳びかかり、ボディに一発入れる。弱っているティマは避けもせず、盛り上がった腹筋で受け止めるも強化された拳には抵抗しきれずよろける。
しかしそれで倒れるティマではなく、同じく叫びをあげて気合を入れ直し、大きな腕で薙ぎ払ってきた。

「ふっ、うおらあああああああああああああっ!!」
「がっ、ぐっ、負けるかあああああっ!!」

それをしゃがんで躱し、ティマの懐へと潜り込みその胴体へラッシュを掛ける。一発一発己の持てる力を出し切り、抉るように拳を打ち込む。
しかしティマは怯む事無くこちらに殴られながらも踏ん張り、俺の身体を両腕で押さえつけ、そのまま投げ飛ばした。

『両者譲らぬ肉弾戦! これはどっちが勝つかわからなくなってきました!』

投げられた俺は受け身を取り、ティマが居る方を見ると……そこには既にティマの姿はなかった。
それと同時に後ろから気配を感じたので、咄嗟に回し蹴りをしたら……何度か使っている転移魔術か、やはりそこにティマがおり、俺の足は殴り掛かろうとしていた奴の腕に当たった。
パンチが直撃せず安堵したのも束の間、その足をもう片方の手で掴み取られてしまった。

「ふふ……捕まえたぁ!」
「くっ離せ……がああっ!」

そのまま身体ごと足を宙に持ち上げられ、勢いよく地面に叩きつけられた。
一度だけではなく二度、三度……砂埃で視界が狭くなるぐらい何度も何度も叩きつけられる。
既に満身創痍の中、地面に激しく叩きつけられ続けるこの状況ではそう遠くないうちに気絶してしまう。そうなる前に俺は、何度目かわからない叩きつけの瞬間、、上半身でブリッジの姿勢を取った。

「ぐふ……がああああっ!」
「んな……ぐえっ!?」

そのまま握られていないほうの足に力を入れ、ティマの脇腹を蹴り上げた。
普段なら防げそうなその行動に、流石のティマも俺と同じく満身創痍では対応できずにまともに喰らい、怯んだティマは俺の足を離した。

「はああっ!」
「ぐえっ!? ふぎゃっ! がっ!?」

その一瞬の隙に俺は跳ね上がり、鳩尾に一発食らわせ、更に足を引っ掛けて地面に転ばせた。
そのまま俺はティマの身体に馬乗りし、その山羊面の額に拳を打ち下ろした。

「おらあああああああああああああああああっ!!」
「ぐぁっ! がっ! ぶはっ!」

そのまま額や顎、鼻など急所を中心に顔面を殴り続ける。最近の幼女顔に拳を入れるのは抵抗があるが、かつての宿敵相手に躊躇などない。攻撃力の底上げのために旧時代の姿を取ったようだが、それが仇となったようだ。
相手もただ殴られ続けているのではなく、俺を振り払おうと時々身体を起こそうとしたり殴り掛かろうとする素振りを見せたりするが、その瞬間に鳩尾を貫き身体の動きを止めさせる。

「はああああああ……ああ……あっ……!?」
「はぁ……はぁ……ごほっ、ふぅ……ようやっと効きやがったか……」

ティマの眼の焦点が合わなくなり、白目を剥いてきた。このままいけば勝てる……そう確信したのも束の間、突然全身が痺れたように動かなくなってしまい、いとも簡単に弾き飛ばされてしまった。
これは……前にも一度経験した気がした。あの時も馬乗りして猛ラッシュを決めていたら、身体を覆う魔力を電気に変換させられた結果感電し、身体が麻痺してしまったのだのだった。

「くっ……はぁ……さて、今度はこっちから殴らせてもらうぜ?」

むくりと起き上がったティマは、息も絶え絶えの状態ながらも、歪んだ笑顔でそう言って握りこぶしを作る。全魔力をその拳に集中させているのか、起き上がったと同時に姿も今の可愛らしいものへと戻ったが、その拳から感じる力は先程よりもヤバいものだ。
そして、ふらふらとしながらも一歩ずつこちらに近付く。このままでは殴り倒され決着がついてしまうだろう。

それは、嫌だった。

「ぐっぐおおおおおおあああっ!」
「なっ!? まだ痺れてるはずなのに立ちやがっただと……!?」

俺はただ殴られない為に、痺れて動かない身体に鞭を打ち気合で立ち上がる。
かなり無茶をしているのでこの後数日間は動けないかもしれない。でも、それでもよかった。

今、ティマに負けたくないから。

「だ、だがそんな状態じゃ満足に動けねえ筈だ! 恐れる事は無い! くたばれっ!!」

立ち上がった俺は、かつてのように右拳にすべての力を集中させ……

「喰らぐふぉぉぉっ!!」
「むぐぁっ!!」

奴が俺の腹部へと拳を突き出したその刹那、俺は拳を正面へ……奴の頬へと叩きこんだ。
この極限状態では躊躇も何もない。奴のぷにぷにとした頬からはミシミシと骨が軋む音が聞こえた。勿論それは、奴の手が食い込む俺の腹部からもだ。

「が……あ……あぁ…………」
「ぐ……そ……がぁ…………」

互いが互いの身体へ力を込めた拳をめり込ませていたが……かつての闘いと同じように二人とも力が抜けていき……その場で倒れてしまった。

『なんと! 両者ノックダウン!! タイトさん対ティマ様はまさかまさかの決着、引き分けです!』

どうやら昔と変わらず相打ちに終わってしまったようだ。そんな悔しさを胸に、俺は最後の一撃にもたらされた痛みに耐えきれず……そのまま意識を手放したのであった。











「……なんとか作戦通り引き分けで終わったみたいね。さて、ここからどう二人を良い雰囲気に持って行く?」
「ぅ……ぁぁ……お兄様ぁ……❤」
「……やり過ぎたか。まあ、当分は二人とも気絶しているだろうし、まずはお互いに性欲発散させてからね」
「うぁ……うん……わかったぁ……お兄様のおちんぽでずぽずぽぉ……❤」
「キャラ崩壊酷いわね。じゃあ4時間後ぐらいにそっちの控室で。まあ、魔方陣の効果は消えてるしそれまでに満足するでしょう。それまで私もヴェンと楽しませてもらうわ」
17/02/20 22:12更新 / マイクロミー
戻る 次へ

■作者メッセージ
という事で今回はタイトvsティマin現魔王時代版でした。
久々に書いたバトル回でしたが、いかがだったでしょうか?
ちなみにこの話の後に0話を読み直してみると……?

次回は……気絶しているティマが見た夢、それは……そして、いよいよその時。ティマとタイト、二人の関係は……の予定。
確約はできませんが、このまま完結まで突っ走って行きますよ! 残り2話です!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33