すみれ組の日常!
飛び交う怒号。鳴り響く金属音や爆発音に銃声。
もう何十年も続く戦争は、その国に住む人々を疲弊し続けていた。
既に戦う理由などなく、しいて言うならばただ相手に負けないためだけの争いは、多くの人達を疲れさせ、大人だけではなく子供達ですら犠牲にした。
戦争は、人々の怒りや悲しみ、苦しみの声を生み出し、この国に渦巻いていた。
この重く薄暗い空を晴らし、皆がのびのびと、生き生きと暮らす事ができる国。
子供達が犠牲になる事もなく、笑顔で元気に成長し、のびのびと暮らす事ができる国。
そんな国を夢見ながらも、身も心もボロボロで、無念を抱いたまま土に還り……
……………………
…………
……
…
「ふぅむ……」
「おや、今日はなんだか機嫌が悪いね。どうかしたの?」
「別にどうかしたってわけじゃないけど……ちょっと嫌な夢を見てね」
カラッと晴れた……とはいえここは暗黒魔界なのでそこまで明るくないが……晴れた天気とは違い、ちょっぴりどんより気分の朝。
愛する夫と共に朝食を食べていると、機嫌が悪い事を指摘されてしまった。
「まあ、アンデッドだって……それこそワイトだって悪夢ぐらい見るとは思うけど……不機嫌じゃあ子供達も心配するよ?」
「それもそうね。じゃあ、景気付けに朝から1発、いいかしら?」
「ダメって言ってもヤるつもりでしょ? 夢中になりすぎて遅刻しないようにね」
「わかってるって!」
今朝は悪夢を見たせいでちょっと不機嫌だったが……確かに夫の言う通り、機嫌が悪いままではいけない。
何故なら、私は保育士だからだ。ムッとしたまま子供達に会えば怖がってしまうかもしれない。
という事で、機嫌を直す為にも私は朝も早くから夫とベッドインして……
……………………
「で、遅刻したと」
「……はい」
気付けば家を出なければいけない時間などとうの昔に過ぎ、幼稚園に着いたのは午前の休憩時間だった。
「旦那様との時間を大切にするのはわかります。魔物として何も間違ってはいません。それが魔王であるお母様が目指している世界ですしね。特にワイトであるエーネ先生にとって精が大切なのも理解できます。で・す・が、あなたはこのまもむす幼稚園の保育士です。子供達を育てる先生です。無断遅刻は感心できませんし園児達も心配するのでその場合園に一報ぐらいくださいませんか?」
「いえその……景気付けに少しだけ性交を行っていたつもりでしたがいつの間にやら思っていた以上に時間が過ぎていましてね……」
「はぁ……同じ理由で無断遅刻してくる先生方とまっっったく同じ言い分ですね」
「う……」
ガッツリと遅刻した私は園長先生に呼び出され説教を受ける破目になってしまったのだ。
「まあ、一先ずは反省なさっているみたいですしいいでしょう。今後は気を付けてくださいね。園児達が待っていますよ」
「はい、気を付けます」
短く纏められた説教も終わり、私は自身が受け持つすみれ組へと向かった。
「はぁ……今度からは指だけにするかな……とにかく時間には気を付けよう……」
「あ、エーネ先生!」
「あうー!」
「おはようございます!」
「あら、おはようございますケミーちゃん、カリアちゃん」
その途中、お手洗いから戻ってくる途中らしいすみれ組のケミーちゃん達が私を見かけて挨拶してくれた。
「先生、今日はどうなさったのですか?」
「夫と深い愛を交わしていたら少々時間が過ぎてしまいましてね。皆には心配かけて申し訳なく思っていますわ」
「あいー!」
「まあ、それは仕方ありませんね。愛する旦那様との交わりは至福の時、そうお母様も仰っていますからね……ふああっ♪」
私が遅刻した理由を告げると、想像でもしているのかそう言いながら白い頬を薄く染め大きな魔力の鉤爪で顔を覆うケミーちゃん。
ケミーちゃんは私と同じワイトの女の子で、不死者の王としての風貌も持つお嬢様だ。私はケミーちゃんと違って力を蓄えゾンビからワイトになった所謂成り上がりなのだが、そんなのお構いなしに同じワイトとして憧れてくれているようで、私によく懐いてくれている。そしてよく私ともも組のマダル先生が開くお茶会に参加する子だ。
そんなケミーちゃんを慕いよく行動を共にしている、生気のない肌を持つカリアちゃんは、まだ成って間もないゾンビの女の子。産まれてそんなに経たないうちに死んでしまった元人間で、脳の劣化なども影響して今はまだうまく喋る事ができない。それでも身振り手振りで言いたい事はわかる。どうやら私の姿が見えなかったから心配させてしまっていたようだ。
「では今からのお勉強はエーネ先生が教えて下さるのですね」
「ええ、確か今日の午前中は魔術のお勉きょ……」
「あーエーネ先生だー!」
「あ、本当だ。どうやらただの遅刻だったみたいだね」
「わっ!? びっくりしたぁ……モネちゃん、リリアちゃん、おはようございます」
二人と共に教室に入ろうと扉に手を掛けようとした瞬間、白い影が二つ扉の向こうから突き抜けてきたので、私は思わずびっくりしてしまった。
「おっはよーございまーす! 先生今日はどしたのー?」
「エーネ先生の事だから、旦那さんとセックスしてて遅刻したのでは?」
「ま、まあその通りですわね。今朝嫌な夢を見てしまって、慰めてもらっていたら遅刻してしまいましたの」
「もう……そんなとこかなって思ってました」
「でもリリアちゃんすっごく心配してたよね! もしかしてエーネ先生の身に何かあったんじゃないかってずっと慌てふためいてたし!」
「あら、それは申し訳ございません」
「まあ……無事ならいいですよ」
飛び出してきた二人はモネちゃんとリリアちゃん。共にゴーストの女の子だ。
明るく元気なほうがモネちゃん。壁とか扉とか関係なく移動するのでいつも皆驚かせているちょっと困ったちゃん。でも無邪気で溌剌な子なので、皆と仲良しだ。
一方、大人しめで私を心配してくれていたほうがリリアちゃん。すみれ組の中でも一番大人っぽく、皆のまとめ役だ。
ちなみに二人とも元々は人間で、それぞれこの年齢でゴーストになっちゃっているという過去を持ち、特にモネちゃんのほうは親が誰かすらわからず、何故か顔が似ているという事であじさい組のメロちゃん(ミューカストード)一家と一緒に暮らしていたりするが、それでも悲しさを全然感じさせないぐらいゴースト生活を堪能している。
「それでは……こほん。おはようございます皆さん。遅刻して申し訳ございませんでした」
『おはようございますエーネ先生!』
そんな二人に謝ったところで、改めて教室に入り残りの園児達に謝罪を告げた。
「先生、遅刻はダメなんだぞ!」
「はい、ナリアちゃんの言う通り駄目ですわね。今度からは決してしないと約束しますわね」
「そう言うナリアちゃんも遅刻した事あるよね。私もだけど」
「た、確かにライナの言う通り我も遅刻した事はあるが……我やライナは朝が苦手だから仕方がない!」
「それ先生もだろうし、そもそもすみれ組の大半はそうだと思うけど……」
「ぐぬぬ……」
白い牙を覗かせ、ぐぬぬ……と悔しそうにしているこの子はナリアちゃん。トマトジュースが大好きな、貴族然とした典型的なヴァンパイアだ。
ヴァンパイアらしく朝は苦手みたいで、大抵はさくら組にいる双子の姉であるフリアちゃんに引き摺られながら毎朝園に来ている。まあ、フリアちゃんはダンピールなので力が入らないのは一概に太陽の影響だけではないと思うが。
そんなナリアちゃんに、天井にぶら下がったままズバッと言うこの子はワーバットのライナちゃん。彼女も太陽の下では臆病になってしまうが、教室内ではこのように強気な女の子だ。
吸血鬼と蝙蝠だからか、二人はとっても仲良しだ。
「しぇんしぇー、りゃんなしゃんとしぇっくしゅしてたってほんとれすか?」
「ええ。ミャーマちゃんも大きくなったら先生が遅刻しちゃった理由もわかるようになると思いますわよ」
「おちんちん、しゃぶしゃぶするとどんな味なんだろうなぁ……お父さん咥えさせてくれないからなぁ……」
「アタニちゃん、そういうのは好きな人にしてあげるのですよ」
「はーい」
ちょっと舌ったらずなミャーマちゃんも、カリアちゃんと同じくゾンビの女の子だ。彼女はゾンビの親から生まれた子であり、のんびりで優しい子だ。
そして、ペニスの味を想像しながらギザギザの歯の間から涎を垂らしているのは、いつも口の中に何かを入れていないと落ち着かないグールのアタニちゃん。今もそうだし毎日小骨を噛み噛みしている、こちらも生まれながらにグールの子だ。
「さてと、それでは早速お勉強のほうを始めますわね……って、イロンちゃん、起きなさい」
「すぅ……むにゃぁ……」
「あらあら……サリーちゃん、イロンちゃんを起こしてあげて」
「は、はい先生! むむむむ……」
「うわあっ!!」
早速魔術のお勉強を始めようとしたところ、一番前の席で石の如く固まったようにイロンちゃんが寝ていた。
なので、隣の席のサリーちゃんに起こすよう頼んだところ、身体を揺らす……どころか夢の中に入って悪夢を見せるという大胆な起こし方をしたので、イロンちゃんは跳び起きた。
サリーちゃんはナイトメアなのでそうした芸当もできる。現実ではおどおどしているけど、夢の中では元気溌剌だったり、こうして悪戯しているらしい。
「悪夢を見せて……とまでは言ってませんが、まあいいでしょう。おはようイロンちゃん」
「はぁ……おはようございます先生!」
イロンちゃんはガーゴイルなので本来ならば朝のこの時間は種族上石造になって寝ているのだからこの時間に眠くなるのは仕方がない。
それでも彼女がこうして寝ぼけた笑顔で話してくれているのは、彼女の首に掛かっているネックレスやこの教室の環境のおかげだ。
この教室は私の魔力で満ちており、不死者の国、すなわち常夜の状態になっている。だからライナちゃんは強気だし、ナリアちゃんやイロンちゃんも午前中から普通に動けるのだ。
そしてイロンちゃんのネックレスにも同等の魔力が込められており、身に着けている間は夜と同じように自由に行動できるというわけだ。まあ、それでも太陽の下は苦手で、日中は眠いみたいだけど。
このように活動時間を本来のものと変えている理由は、他のクラスの子とも交流するためである。やはり大勢のお友達が居たほうが良いからだ。
「さて、早速魔術のお勉強を始めたいと思いますが……私が居ない間、どこまで進みましたでしょうか?」
「簡単な魔術です……」
「このように身体強化する術をガウス先生が代理で……」
「わかりました。ありがとうチャイちゃん、パイアちゃん」
「はい……」
「どういたしまして……」
イロンちゃんも目覚めた事だし、早速魔術のお勉強に入る事にした。
とりあえず私が居ない間はガウス先生が教えていたと聞いていたが、内容までは聞いていなかったので、うちのクラスの中では特に魔術の扱いが上手いリッチコンビのチャイちゃんとパイアちゃんに聞いてみた。
どうやら自身の身体を丈夫にする魔術を教えていたらしい。軽い怪我などを防ぐような基本的なものとはいえ幼稚園児にとっては難しい術だが、簡単だと言ってあっさりとやってのける2人は凄いと思う。
「それでは前半の復習もかねて、魔力を自在に操作する練習から始めましょう」
『はーい!』
この12名の園児が、私が受け持っているすみれ組の元気な子供達だ。
そう、すみれ組とは、アンデッド型を中心に、主に夜型の魔物達が所属する常夜の教室なのだ。
……………………
「さて、鈴も鳴りましたし、朝のお勉強はここまでです」
「うーん……やっぱり魔力の扱いって難しいなぁ……夢に入るのはできるけど、それ以外は上手くできないなぁ……」
「あいあー!」
「コツ掴めば簡単……」
「そうは言いましても、コツを掴むまでが難しいですわ……」
「ぐぬぬ……貴族の我でも難しいぞ……」
「貴族と魔力って関係なくない?」
「ひゃしひゃに……」
遅刻した事もあって、あっという間にお昼の時間。
「さて皆さん、昼食の時間ですよ。手を綺麗に洗ってきましょう」
『はーい!』
それ以外の子は勿論、アンデッドだって立派にお腹は空く。
という事で、待ちに待ったお昼ご飯の時間。今日のお弁当は何だろうかと楽しく盛り上がりながら、ご飯を食べる前に皆で一緒に手を洗いに行く。
「はい、順番に並んで、1人1個ずつお弁当を受け取って下さいね」
「あっ、今日のお弁当には噛み応えのありそうなものが入ってる!」
今日のメニューは白パンにレタスとトマトのサラダ、コロッケ、エビフライに……
「アンデッドハイイロナゲキタケのソテーですわね……って、これライナさん達は食べられるのですか?」
灰色の傘に赤い血みたいな粘液が滴るキノコ……アンデッドハイイロナゲキタケのソテーが入っていた。
「ん? 私とイロンちゃんとサリーちゃんのは普通のキノコっぽいよ?」
「ええ。本来はエリンギのソテーです。どうやらルーニア先生が今朝園内に生えていたのを発見したらしく、そのままにしておいて誰かが間違えて食べてしまっても困るのでこうして美味しく食べられるアンデッド用に調理してもらったとの話ですわ」
「あうー♪」
「ちょっとズルい……って事もないか。私が食べたらお腹ピーさんになっちゃうし……」
「食べても問題ない私達が食べるのが一番いいだろうしね。美味しくいただいちゃおうか」
このキノコは人間が食べたら死ぬ……というかアンデッド型の魔物になってしまう。
それなら何も問題はないが、アンデッド型以外の魔物が食べた場合最低でも半日は腹痛で苦しむことになってしまうので、園の子供たちの大半にとっては危ない毒キノコであることには変わりはない。
しかし、私のようなアンデッド型の魔物であればアンデッドハイイロナゲキタケは旦那の精の次に美味しい食べ物だと言っても過言ではない程のご馳走だ。
という事で、今回はアンデッド型の子供達や先生には特別メニューが付いたというわけだ。
「それでは……」
『いただきまーす!』
メニューの間違いが無いようにお弁当を配り終えたので、皆で食前の挨拶を済ませ食べ始めた。
「はぐはぐ……ウマーイ!」
「あうー♪」
「カリアちゃんも美味しそうに食べてますわね」
「アンデッドハイイロナゲキタケは噛み応えも味も抜群だもん! カリアだって大喜びだよね!」
「あいー!」
本来この地域だとあまり食べる機会が無いのもあって、アンデッド型の子供達はほとんどの子が真っ先にアンデッドハイイロナゲキタケに齧りつく。
アタニちゃんは何度も噛んで味をじっくりと堪能しているし、ケミーちゃんも一口一口味わっている。カリアちゃんだって両手を上げて喜びを表現している。
「あむっ! おいひい!」
「我はキノコが苦手だが、このキノコは好きだぞ!」
「そういえばナリアちゃんって好き嫌い多いよね。好き嫌いが多いと大きくなれないよ?」
「うぐ……そう言うリリアちゃんは苦手な食べ物とかないのか?」
「ないよ。このアンデッドハイイロナゲキタケのように好きな食べ物ならあるけどね」
普段はキノコ類が苦手で、お昼ご飯に出てもこっそり残そうとしたり飲み物で無理矢理流し込んだりするナリアちゃんも、これは大喜びで自ら進んで食べる。
「うん、おいしい! 先生もおいしい?」
「ええモネちゃん、美味しく戴いていますわ。チャイちゃんとパイアチャンも美味しく食べていますか?」
「はい……♪」
「これ、大好きです……♪」
勿論、大好物なのは子供達だけではなく、私自身もそうだ。
正直に言えば私もナリアちゃんと同じくキノコ類は苦手だった。それでも食べないといけない時は食べたが、できれば食べたくない食べ物だった。
しかし、ゾンビになってこのキノコを始めて見た際、夫のソレの次ぐらいに美味しそうな匂いにつられて一口齧ってからは大好物になった。
というか、このキノコが苦手なアンデッド型の魔物はそういないのではないだろうか。普段はあまり表情の変わらないリッチコンビも、一口食べただけで目尻が垂れて口もにこっとしているのだから。
「うーん……そこまで美味しそうにされると私も食べたくなっちゃうなぁ……」
「や、やめたほうが良いよ……昔お父さんが間違えて食べて1日中お腹痛くて苦しんでたから……」
「はむっ……ふわあぁぁ……でも、普通のキノコのソテーも美味しいよね」
そんな皆の様子を見て、ちょっと羨ましがるライナちゃん。
とても美味しいのでぜひ食べさせてあげたいが……サリーちゃんの言う通り、アンデッド型の魔物とその夫のインキュバス以外が食べるともれなく酷い腹痛に襲われるのでお勧めはできない。
「今日の休み時間は何しようかな〜」
「ふあぁぁ……わたしは寝る……」
「じゃあ私はイロンちゃんの夢の中に入って一緒に遊ぼうかな」
「……実験」
「外は力が抜けるから我は教室で読書するぞ!」
「私もお外は苦手だからナリアちゃんと一緒に本を読もうかな」
「私は……どうしようかな」
美味しいお弁当を食べながら、皆はこの後の休み時間に何をしようかと盛り上がる。
暗黒魔界とはいえ、ノーザン先生を始めとした管理の先生が幼稚園周りの魔力を調整をしており、幼稚園付近は明るい太陽が照っている事もあって大体の子は室内で遊ぶようだ。
「ねえ、エーネ先生も一緒に遊ばない?」
「折角のお誘いですが、私はこれから午後のお勉強の用意をしつつ、マダル先生とお茶会ですので……そうそう、ご一緒に参加したい方がいらしたら是非とも」
「あ、私もご一緒したいです!」
「あーい!」
「私もどうしようか悩んでたし、参加してもいいですか?」
「ええリリアちゃん。是非ご参加ください」
「私はおひりゅねしましゅ」
「あい……」
私はもも組のマダル先生とこれからお茶会だ。
折角なので何人かの園児を誘い、一緒に楽しむ事にするのであった……
===========[ちょっと一息]===========
【もしもすみれ組の子がお化け屋敷に入ったら】
・ナリアちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「な、なんだ……ち、ちっとも怖くないからな……」
バアッ!!
「わあっ!! び、びっくり……し、してなんかないからな!」
強がりはするものの、年相応にビックリしてしまいます。
・サリーちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「ひあぁぁ……こ、怖いよぉ……」
バアッ!!
「ふぎゃあああああっ!!」バタンッ
お化けが苦手なので、普段出さない大声を出して気絶してしまいます。
・チャイちゃん&パイアちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「……」
「……」
バアッ!!
「……」
「……」
……
ノーリアクション。
・モネちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「ひゅ〜どろどろどろ……」
バアッ!!
「ばあっ!! きゃっきゃ♪」
むしろ驚かす側に回ります。
おしまい。
===========[一息終わり]===========
「さて皆さん、お昼休みは堪能しましたでしょうか。それでは午後のお勉強を始めますね」
『はーい!』
楽しいお茶会……もとい、お昼休憩も終わり、今からは午後の授業時間。
「午後からは何をするの?」
「今日はですね、この国の歴史についてのお勉強をします」
「歴史?」
「つまり、私たちが暮らしているこの国はどういう国だったか、どうして今みたいに魔界になったのかを皆でお勉強していくって事です」
「うむむ……難しそうだ……」
今日はこの国の成り立ちについてのお勉強だ。
この国は結構暗い歴史があるため、そのままだと子供達にとっては割と刺激が強いが……これも自分達が住んでいる場所がどういった場所なのかを知る為の大切なお勉強だ。
特に、このクラスを始め一部の園児にとっては関わってきたりもするので、なるべく噛み砕いて、物語調で皆に教えていこうと思う。
「それでは先生がお話をしていきますので、わからない事があったら手を挙げて聞いてくださいね」
『はいっ!』
園児達が私の話に耳を傾けているのを確認してから、ボードと資料を用いて話し始めた。
「昔々、それこそまだ魔物がまだ人を襲う化け物と言われていた時代のさらに昔の事です」
「先生! そんな時代があったのですか?」
「ええ。そうみたいです。大昔の魔物は一部を除いてこうしてお話もできず、人や動物を襲う生き物だったというお話です。私達がこうして幼稚園で学ぶ事ができているのは園長先生のお母様……つまり、魔王様のおかげなのですよ」
「へぇ〜」
まさか出だしから質問が来るとは思わなかったけれど、たしかに今の子供達からしたら、旧時代の魔物の事なんて知るはずもない。
人間だった頃の私のように反魔物国家の人間からしたら今の魔物だってそういう生き物だと思っていたりもするが、今の魔物として生まれたこの子達からしたらまさに夢物語だろう。
「さて、話を戻しますね。そんな大昔に、元々は砂漠だったこの場所に人々が集まり、小さな集落が誕生しました。それがこの国の始まりだったのです」
「えっ、この国って砂漠だったのか!?」
「そうですよナリアちゃん。その時の名残が、主にサボテン組の子達が暮らしている遺跡地区なのです。だからこそ、この国にはアヌビスやマミーの子もいるのです」
「そうなんだ……」
話を戻し、この国の歴史を語り始める。
本当は、砂漠のど真ん中であったこの場所に集まったのは隣国の奴隷達だったらしい。
人を人とは思わない処遇から逃げた人達が密かにオアシスを中心に作った国。それが、この国だったという事だ。
「砂漠のど真ん中だったという事もあって生きていくにはちょっと厳しい環境でしたが、それがかえって当時は恐ろしかった魔物や隣国など敵に狙われる事なく集落は着実に繁栄していったのです」
「そして、国になった……」
「ええそうですよパイアちゃん。集落はやがて国と言える規模まで大きくなって、集落の中心人物だった頭の良い人を王様にしたのです。それが、皆の知っているサボテン組のセルクス先生の曾お爺様ですよ」
「って事はセルクス先生って王様のおうちの人だったの!?」
「あれ? ライナちゃん知らなかったんだ。セルクス先生みたいなファラオって元々人間達の王様だった人が多いんだよ」
「ええ、リリアちゃんの言う通りです。ちなみに言っておきますが、セルクス先生は正真正銘この国が一度滅ぶ前の最後の王ですよ」
「あいいー!?」
そんな奴隷達の中でも力を持った者達を中心に集落は栄えていき、やがてセルクス先生の曽祖父が神に認められ、ファラオとして人々を導く役目を負った事により、元奴隷達の国とは思えない程力を付けた。
その人はファラオとしての力を振るい、人々を脅威から救っていたらしい。これは全てセルクス先生から聞いた事なので誇張が無いとは言い切れないが、概ね正しい歴史だろう。
「ん〜? 滅ぶ前の最後の王って事は……」
「ええ。そこから100年ちょっとのうちに、その国は亡くなってしまうのです」
「りょうしてれしゅかー?」
しかし、ファラオが導く王国も長くは続かなかった。
「現在でも詳しくはわかっていませんが、どうやら急激な気候の変化が起きたみたいです」
「急激な……きこー?」
「ええっと……とても暑くずっと晴れてるような国だったのに、いきなり寒くなったり大雨になったりしたみたいですよ」
「え……それだけで国がなくなっちゃったのか?」
「ええ。動物も植物も暑く乾燥していたところに適していたものですから、寒いところではすぐ駄目になってしまうのです。雨も降らないところでしたので、大雨の影響で洪水になり、それだけで多くの人や物が流されてしまいました……」
「ぞぞぞー……」
遠くの国の火山の噴火とか、神の悪戯とか、凶悪な魔物の仕業とかいろんな説はあるが、結局のところ原因は未だにわかっていない。
兎に角、この国は突然の環境変化による自然の驚異によって滅んでしまった。
なす術もなく滅んでいく王国を前にかつてセルクス先生も嘆いていたそうだ……まあ、それはそれ、これはこれというようで魔物としてのファラオ人生も謳歌しているので本人的にはそこまで気にしていないみたいだが。
「いつしか人は居なくなり、しばらくの間この国は緑がいっぱいの土地に変わっていました」
王も死に、民も死に、何時しかこの国には人が居なくなってしまった。
その代わり、環境の変化が起きたからか、今まではほとんど存在していなかった植物や虫たちがその後数百年もの間この国を支配する事になった。
この幼稚園の中心にある、ぼたん組のナヴィ先生が宿る大樹もその時に産まれたものらしい。自然界のマナは今の魔界時代よりもその時代のほうが濃かったとは本人の談だ。
「あれー? でも先生、今はいっぱいいろんな人が住んでるよ?」
「ええ、そうですよモネちゃん。それから長い年月が経ち、増えた人々は自分達の住むところを広げるためにこの土地にやってきて、ゆっくりと街を作ったのです」
「へぇー」
「まだ旧魔王時代だったので私達のような魔物こそいませんでしたが、それでも昔の王国と謙遜無いほどの人間が暮らしていたそうです」
「それで今のこの国ができたのですね」
「いえ、そうではありません。この時にできた国は、今と比べてもまだ小さなものでした。遺跡地区は手付かずでしたし、国自体この幼稚園の周り程しかなかったのです。簡単に言うとリリアちゃんや私のお家なんかはその時にあった国ですが、ナリアちゃんやチャイちゃん達が住む高原辺りとか、もも組の子達が多く住む大教会辺りとかはまたそれぞれ別の国だったのです」
「そーなんだー」
「ええ、この国は元々4つの小さな王国が一つになってできているのですよ」
しかし、月日が経ち人口も増加した事で、近くにできた小さな国の人間は国土を広げるためにここら一帯を開拓し、人間の文化ができた。
とはいえ、今と比べたらまだまだ小さな国だ。実際、今のこの魔界国家は周辺4国を纏めているので、そのうちの一つなら小さくて当たり前だろう。
「じゃあどうして今の国はこんなに大きくなったのー?」
「そうですね……それから数百年、それこそ魔王様が今のお方に変わってからもそれぞれの国はしばらくの間平和に暮らしていました。しかし、今から60年前……それらの国は互いの土地を奪い合うために戦争を始めてしまいます」
「ひっ……」
そんな小さな国がどうして大きくなったかというと……単に言えば領土の奪い合いが起きたからだ。
それまでも互いに火花を散らし合っていたいたらしいが……60年前、人口や食料、貧困問題、王族達の仲の悪さ、見栄などいくつもの要因が重なり合ってとうとう戦争にまで発展してしまった。
「せんそーって……多くの人が死んじゃったの?」
「ええ……でも安心してください。そのほとんどが今はゾンビやゴーストなどの魔物になって元気に過ごしていますわ。皆さんが普段利用している駅の駅員さんにスケルトンの方もいると思いますが、彼女も元はその戦争でお亡くなりになった男性ですよ」
「そうなんだ……」
始めこそ様々な理由からおっぱじめた戦争。だが、30年近くにも渡り繰り広げられた争いは、何時しか理由すらなくし、どの国もただ自国が負けない為だけに戦う事になった。
その戦争ではやはり多くの人間が死んでしまった。兵として駆り出された者は勿論、そうでない大人や小さな子供までもが犠牲になった。
そんな犠牲者も、流石に全員とまではいかないものの、遅かれ早かれアンデッド型の魔物として復活し、今も元気に暮らしている。
「と、言いますか……先生もその一人ですけどね♪」
『えーっ!!』
「……ふん」
「ん? リリアひゃん、りょうかししゃのれしゅか?」
「ううん、なんでも」
勿論、その戦争中に死んだ私もだ。
今はワイトとして夫や子供達と共に毎日楽しく暮らしているわけだ。
「それもこれも、その戦争の終結させた勇者様のおかげです。勇者様がその4国を纏めて魔界に堕としたので、戦争をやめて平和で愛の溢れる今の国ができたのです」
「先生……勇者って教団の人達?」
「良い質問ですねパイアちゃん。以前お勉強した通り、勇者というのは本来は教団に仕える強い人間を指しますわ。ただ、今お話した勇者様は、既に魔物になった元勇者です。ですが、実際に魔界化した事で4国の民を救っているので私達の国ではその者を勇者様と呼んでいるのです」
「へぇー、すごーい!」
そうやって楽しく過ごせるのは、この国に訪れた勇者が……正確にはダークマターとなった元勇者とその夫が大規模に魔力をばら撒いた事によってこの一帯が魔界化したおかげだ。
私は死んでいたので後から話を聞いただけだが、太陽の模様が描かれた純白のワンピースを着たダークマターの夫婦がある日ふらっと空から降りてきて、高密度の魔力が詰まったその黒い球を弾けさせたらしい。その結果他にもダークマターが発生し、連鎖的に4国全域に魔力が広がり瞬く間に巨大な魔界が形成され、戦争どころではなくなったとか。
ちなみにその時産まれたダークマターの一人がノーザン先生の元となったダークマターだそうだ。ノーザン先生が強力な力を持っているのは、強力な力を持ったダークマターから生まれたからだろうか。
「以上がこの国の歴史です。このように国は時代によって様々に形を変えていっているのですよ」
「そうなのですね! お勉強になりましたわ!」
「うむ、面白かったぞ!」
「あうー♪」
そんなこんなで今のこの国があるというわけだ。
このクラスのようにアンデッド型の魔物が多いのもその戦争があったせいだし、気候のわりに砂漠地方の魔物が多くサボテン組が成り立っているのも大昔は砂漠だった事が関係しているなど、多くの種族が通うこの幼稚園とこの国の歴史は意外と関係があったりするのだ。
「それでは皆さん、今からお配りする用紙に今日のお話のご感想を書いてみましょう。書き終えたらおやつの時間ですわ」
『はーい!』
「おやつ楽しみだ……硬いクッキーとかが良いな……じゅるり」
「アタニちゃん……おやつの前に感想……すやぁ……」
「イロンちゃんも起きてしっかり書いてくださいね」
今日のお勉強はここまで。あとはおやつを食べて子供達は帰りの時間だ。
みんなでわいわいとお話の感想を言い合い書き綴っているのを、私は教壇から微笑みながら見ているのであった。
……………………
「んー、疲れた。お疲れさまです園長先生、フラニちゃん」
「おつかれさまでした! さようならエーネ先生!」
「お疲れさまでした。エーネ先生、明日は遅刻しないでくださいね」
「う……わかっています」
そして、業務も終わり本物の夜。
園長先生に釘を刺されたり、そんな園長先生と一緒に帰るフラニちゃんに別れの挨拶を済ませ、私は幼稚園を出た。
「ふぅ〜、さて、今日は帰ったらどんなプレイを……」
「わっ!!」
「うわあっ!?」
そして門を潜り抜けたところで、壁から小さなゴーストが一人飛び出してきてきた。
あまりにも突然だったので私は驚き、大きな声を出しながら尻もちをついてしまった。
「いぇい! モネちゃん直伝驚かせ技大成功!」
「ビックリしたぁ……」
ヒリヒリとするお尻を擦りながら目の前を見ると……そこにいたのは、私のクラスの園児の一人、リリアちゃんだった。
「もぉー、居るなら居るで普通に出てきてよ『リリア』」
「ごめんごめん。『エーネ』を驚か……元気づけようかなと思って。今日の授業、昔を思い出してちょっと心苦しかっただろうしね」
「本音が漏れてるぞー……まあそれはともかく、それはそっちもでしょ? そうやって感想書いてあったし」
「まあね」
いや……幼稚園を出たからこう言い直そう。
「まったく、小さい子供はもうお家に帰ってないといけない時間よ?」
「む……私、エーネと同じ53歳なんだけど……」
私の幼馴染で親友のリリアがそこに浮いていたのだ。
「あら、生きている年齢だけなら私は50歳、リリアは5歳でしょ?」
「そうだけど……なんだか納得いかないな……どうしてエーネは魔界化してすぐゾンビになったのに、私はゴーストになるのにこんなにも掛かったんだろ……おかげで一緒に遊んでいた友達が皆大人になっててタイムトラベルでもした気分」
「さあ……モネちゃんやカリアちゃんもだけど、本当に幼く小さな子供は何故かアンデッド化が最近になったのよね」
リリアは幼馴染みだが、ゴースト化したのはつい2年程前だ。
物心ついた時から既に仲の良かったリリアは、3歳の時戦渦に巻き込まれてその命を落とした。
それから48年……戦争もとうに終わり魔界になって随分時が経ってから、彼女の魂はゴーストと化した。
何故こんなに死んだ子供の魔物化に時間が掛かったのかはよくわかっていない。一説では子供らしく好奇心で魂が遠くに飛んで行っていたのではないかと言われているが、本人達の記憶も自覚も無いので結局はわからずじまいだ。
「でも、なんだかんだ幼稚園生活も楽しいでしょ?」
「うん! 楽しいよ! ……じゃ、じゃなくて……わ、悪くないわね」
「ぷっ、もーそんな無理に大人ぶらなくてもいいじゃない。幼稚園児らしく素でいればいいじゃないの」
「だ、だって……エーネもアノン君もユー君も大人になってるんだもん……エーネとアノン君は結婚してるし、ユー君に至っては女の子になって旦那さんがいるし……」
「まあ、私達は皆大人になっていったからね。でも、あなたは今からゆっくりと大人になっていけばいいのよ。もう死んでるから、今度は死ぬ事無くのびのびと大人になれるのだから」
「……うん……」
リリアだけでなく、うちのクラスだとモネちゃん、カリアちゃんの二人も本来なら既に大人になっているような年に産まれている。
それでも幼稚園に通っているのは、国が人間として生きていた年齢+魔物化してからの年齢を実年齢として、それが幼稚園の年齢なら幼稚園に通わせるようにしたからだ。
実際、最近になってアンデッド化したのは幼くして亡くなった子ばかりだ。だからこそ、人間の時ではしてあげられなかった、笑顔で元気に日々の幼稚園暮らしをさせようという事だ。
「でもさ、素でないのはエーネもじゃん。今更ながら聞くけど、何あのなんちゃってお嬢様言葉は?」
「あ、あれは……まあ、ワイトとしてのイメージというか……ほら、ケミーちゃんも憧れてくれてるし……と、それはおいといて……あなた、本当にこの時間に外をうろちょろしてていいの? お母さん心配してない?」
「誤魔化したね……その心配はないよ。エーネのとこにお泊りするって言ってあるし。それに、今朝お隣さんに嫉妬してたから今頃パパと盛り上がってるよ」
「ああ……って、家に泊まるの?」
「いいでしょ? それに、性のお勉強もさせてよエーネ先生♪」
「もう、仕方ないわね」
そんなこんなで、私は幼馴染みもいるクラスの担任をしている。
よく考えるとちょっと奇妙だけど、それでも毎日が充実していて楽しい。
「ついでにアノン君とエッチな事も……」
「それは幼稚園児にはまだ早いわよ」
「ちぇ。仕方ない、実際に見ながら妄想で我慢するかな……でも盛り上がりすぎて明日も遅刻しないようにね?」
「わ、わかってるわよ……」
そんな園児であり幼馴染みでもあるリリアと楽しくお喋りしながら、私は家へと帰るのであった。
もう何十年も続く戦争は、その国に住む人々を疲弊し続けていた。
既に戦う理由などなく、しいて言うならばただ相手に負けないためだけの争いは、多くの人達を疲れさせ、大人だけではなく子供達ですら犠牲にした。
戦争は、人々の怒りや悲しみ、苦しみの声を生み出し、この国に渦巻いていた。
この重く薄暗い空を晴らし、皆がのびのびと、生き生きと暮らす事ができる国。
子供達が犠牲になる事もなく、笑顔で元気に成長し、のびのびと暮らす事ができる国。
そんな国を夢見ながらも、身も心もボロボロで、無念を抱いたまま土に還り……
……………………
…………
……
…
「ふぅむ……」
「おや、今日はなんだか機嫌が悪いね。どうかしたの?」
「別にどうかしたってわけじゃないけど……ちょっと嫌な夢を見てね」
カラッと晴れた……とはいえここは暗黒魔界なのでそこまで明るくないが……晴れた天気とは違い、ちょっぴりどんより気分の朝。
愛する夫と共に朝食を食べていると、機嫌が悪い事を指摘されてしまった。
「まあ、アンデッドだって……それこそワイトだって悪夢ぐらい見るとは思うけど……不機嫌じゃあ子供達も心配するよ?」
「それもそうね。じゃあ、景気付けに朝から1発、いいかしら?」
「ダメって言ってもヤるつもりでしょ? 夢中になりすぎて遅刻しないようにね」
「わかってるって!」
今朝は悪夢を見たせいでちょっと不機嫌だったが……確かに夫の言う通り、機嫌が悪いままではいけない。
何故なら、私は保育士だからだ。ムッとしたまま子供達に会えば怖がってしまうかもしれない。
という事で、機嫌を直す為にも私は朝も早くから夫とベッドインして……
……………………
「で、遅刻したと」
「……はい」
気付けば家を出なければいけない時間などとうの昔に過ぎ、幼稚園に着いたのは午前の休憩時間だった。
「旦那様との時間を大切にするのはわかります。魔物として何も間違ってはいません。それが魔王であるお母様が目指している世界ですしね。特にワイトであるエーネ先生にとって精が大切なのも理解できます。で・す・が、あなたはこのまもむす幼稚園の保育士です。子供達を育てる先生です。無断遅刻は感心できませんし園児達も心配するのでその場合園に一報ぐらいくださいませんか?」
「いえその……景気付けに少しだけ性交を行っていたつもりでしたがいつの間にやら思っていた以上に時間が過ぎていましてね……」
「はぁ……同じ理由で無断遅刻してくる先生方とまっっったく同じ言い分ですね」
「う……」
ガッツリと遅刻した私は園長先生に呼び出され説教を受ける破目になってしまったのだ。
「まあ、一先ずは反省なさっているみたいですしいいでしょう。今後は気を付けてくださいね。園児達が待っていますよ」
「はい、気を付けます」
短く纏められた説教も終わり、私は自身が受け持つすみれ組へと向かった。
「はぁ……今度からは指だけにするかな……とにかく時間には気を付けよう……」
「あ、エーネ先生!」
「あうー!」
「おはようございます!」
「あら、おはようございますケミーちゃん、カリアちゃん」
その途中、お手洗いから戻ってくる途中らしいすみれ組のケミーちゃん達が私を見かけて挨拶してくれた。
「先生、今日はどうなさったのですか?」
「夫と深い愛を交わしていたら少々時間が過ぎてしまいましてね。皆には心配かけて申し訳なく思っていますわ」
「あいー!」
「まあ、それは仕方ありませんね。愛する旦那様との交わりは至福の時、そうお母様も仰っていますからね……ふああっ♪」
私が遅刻した理由を告げると、想像でもしているのかそう言いながら白い頬を薄く染め大きな魔力の鉤爪で顔を覆うケミーちゃん。
ケミーちゃんは私と同じワイトの女の子で、不死者の王としての風貌も持つお嬢様だ。私はケミーちゃんと違って力を蓄えゾンビからワイトになった所謂成り上がりなのだが、そんなのお構いなしに同じワイトとして憧れてくれているようで、私によく懐いてくれている。そしてよく私ともも組のマダル先生が開くお茶会に参加する子だ。
そんなケミーちゃんを慕いよく行動を共にしている、生気のない肌を持つカリアちゃんは、まだ成って間もないゾンビの女の子。産まれてそんなに経たないうちに死んでしまった元人間で、脳の劣化なども影響して今はまだうまく喋る事ができない。それでも身振り手振りで言いたい事はわかる。どうやら私の姿が見えなかったから心配させてしまっていたようだ。
「では今からのお勉強はエーネ先生が教えて下さるのですね」
「ええ、確か今日の午前中は魔術のお勉きょ……」
「あーエーネ先生だー!」
「あ、本当だ。どうやらただの遅刻だったみたいだね」
「わっ!? びっくりしたぁ……モネちゃん、リリアちゃん、おはようございます」
二人と共に教室に入ろうと扉に手を掛けようとした瞬間、白い影が二つ扉の向こうから突き抜けてきたので、私は思わずびっくりしてしまった。
「おっはよーございまーす! 先生今日はどしたのー?」
「エーネ先生の事だから、旦那さんとセックスしてて遅刻したのでは?」
「ま、まあその通りですわね。今朝嫌な夢を見てしまって、慰めてもらっていたら遅刻してしまいましたの」
「もう……そんなとこかなって思ってました」
「でもリリアちゃんすっごく心配してたよね! もしかしてエーネ先生の身に何かあったんじゃないかってずっと慌てふためいてたし!」
「あら、それは申し訳ございません」
「まあ……無事ならいいですよ」
飛び出してきた二人はモネちゃんとリリアちゃん。共にゴーストの女の子だ。
明るく元気なほうがモネちゃん。壁とか扉とか関係なく移動するのでいつも皆驚かせているちょっと困ったちゃん。でも無邪気で溌剌な子なので、皆と仲良しだ。
一方、大人しめで私を心配してくれていたほうがリリアちゃん。すみれ組の中でも一番大人っぽく、皆のまとめ役だ。
ちなみに二人とも元々は人間で、それぞれこの年齢でゴーストになっちゃっているという過去を持ち、特にモネちゃんのほうは親が誰かすらわからず、何故か顔が似ているという事であじさい組のメロちゃん(ミューカストード)一家と一緒に暮らしていたりするが、それでも悲しさを全然感じさせないぐらいゴースト生活を堪能している。
「それでは……こほん。おはようございます皆さん。遅刻して申し訳ございませんでした」
『おはようございますエーネ先生!』
そんな二人に謝ったところで、改めて教室に入り残りの園児達に謝罪を告げた。
「先生、遅刻はダメなんだぞ!」
「はい、ナリアちゃんの言う通り駄目ですわね。今度からは決してしないと約束しますわね」
「そう言うナリアちゃんも遅刻した事あるよね。私もだけど」
「た、確かにライナの言う通り我も遅刻した事はあるが……我やライナは朝が苦手だから仕方がない!」
「それ先生もだろうし、そもそもすみれ組の大半はそうだと思うけど……」
「ぐぬぬ……」
白い牙を覗かせ、ぐぬぬ……と悔しそうにしているこの子はナリアちゃん。トマトジュースが大好きな、貴族然とした典型的なヴァンパイアだ。
ヴァンパイアらしく朝は苦手みたいで、大抵はさくら組にいる双子の姉であるフリアちゃんに引き摺られながら毎朝園に来ている。まあ、フリアちゃんはダンピールなので力が入らないのは一概に太陽の影響だけではないと思うが。
そんなナリアちゃんに、天井にぶら下がったままズバッと言うこの子はワーバットのライナちゃん。彼女も太陽の下では臆病になってしまうが、教室内ではこのように強気な女の子だ。
吸血鬼と蝙蝠だからか、二人はとっても仲良しだ。
「しぇんしぇー、りゃんなしゃんとしぇっくしゅしてたってほんとれすか?」
「ええ。ミャーマちゃんも大きくなったら先生が遅刻しちゃった理由もわかるようになると思いますわよ」
「おちんちん、しゃぶしゃぶするとどんな味なんだろうなぁ……お父さん咥えさせてくれないからなぁ……」
「アタニちゃん、そういうのは好きな人にしてあげるのですよ」
「はーい」
ちょっと舌ったらずなミャーマちゃんも、カリアちゃんと同じくゾンビの女の子だ。彼女はゾンビの親から生まれた子であり、のんびりで優しい子だ。
そして、ペニスの味を想像しながらギザギザの歯の間から涎を垂らしているのは、いつも口の中に何かを入れていないと落ち着かないグールのアタニちゃん。今もそうだし毎日小骨を噛み噛みしている、こちらも生まれながらにグールの子だ。
「さてと、それでは早速お勉強のほうを始めますわね……って、イロンちゃん、起きなさい」
「すぅ……むにゃぁ……」
「あらあら……サリーちゃん、イロンちゃんを起こしてあげて」
「は、はい先生! むむむむ……」
「うわあっ!!」
早速魔術のお勉強を始めようとしたところ、一番前の席で石の如く固まったようにイロンちゃんが寝ていた。
なので、隣の席のサリーちゃんに起こすよう頼んだところ、身体を揺らす……どころか夢の中に入って悪夢を見せるという大胆な起こし方をしたので、イロンちゃんは跳び起きた。
サリーちゃんはナイトメアなのでそうした芸当もできる。現実ではおどおどしているけど、夢の中では元気溌剌だったり、こうして悪戯しているらしい。
「悪夢を見せて……とまでは言ってませんが、まあいいでしょう。おはようイロンちゃん」
「はぁ……おはようございます先生!」
イロンちゃんはガーゴイルなので本来ならば朝のこの時間は種族上石造になって寝ているのだからこの時間に眠くなるのは仕方がない。
それでも彼女がこうして寝ぼけた笑顔で話してくれているのは、彼女の首に掛かっているネックレスやこの教室の環境のおかげだ。
この教室は私の魔力で満ちており、不死者の国、すなわち常夜の状態になっている。だからライナちゃんは強気だし、ナリアちゃんやイロンちゃんも午前中から普通に動けるのだ。
そしてイロンちゃんのネックレスにも同等の魔力が込められており、身に着けている間は夜と同じように自由に行動できるというわけだ。まあ、それでも太陽の下は苦手で、日中は眠いみたいだけど。
このように活動時間を本来のものと変えている理由は、他のクラスの子とも交流するためである。やはり大勢のお友達が居たほうが良いからだ。
「さて、早速魔術のお勉強を始めたいと思いますが……私が居ない間、どこまで進みましたでしょうか?」
「簡単な魔術です……」
「このように身体強化する術をガウス先生が代理で……」
「わかりました。ありがとうチャイちゃん、パイアちゃん」
「はい……」
「どういたしまして……」
イロンちゃんも目覚めた事だし、早速魔術のお勉強に入る事にした。
とりあえず私が居ない間はガウス先生が教えていたと聞いていたが、内容までは聞いていなかったので、うちのクラスの中では特に魔術の扱いが上手いリッチコンビのチャイちゃんとパイアちゃんに聞いてみた。
どうやら自身の身体を丈夫にする魔術を教えていたらしい。軽い怪我などを防ぐような基本的なものとはいえ幼稚園児にとっては難しい術だが、簡単だと言ってあっさりとやってのける2人は凄いと思う。
「それでは前半の復習もかねて、魔力を自在に操作する練習から始めましょう」
『はーい!』
この12名の園児が、私が受け持っているすみれ組の元気な子供達だ。
そう、すみれ組とは、アンデッド型を中心に、主に夜型の魔物達が所属する常夜の教室なのだ。
……………………
「さて、鈴も鳴りましたし、朝のお勉強はここまでです」
「うーん……やっぱり魔力の扱いって難しいなぁ……夢に入るのはできるけど、それ以外は上手くできないなぁ……」
「あいあー!」
「コツ掴めば簡単……」
「そうは言いましても、コツを掴むまでが難しいですわ……」
「ぐぬぬ……貴族の我でも難しいぞ……」
「貴族と魔力って関係なくない?」
「ひゃしひゃに……」
遅刻した事もあって、あっという間にお昼の時間。
「さて皆さん、昼食の時間ですよ。手を綺麗に洗ってきましょう」
『はーい!』
それ以外の子は勿論、アンデッドだって立派にお腹は空く。
という事で、待ちに待ったお昼ご飯の時間。今日のお弁当は何だろうかと楽しく盛り上がりながら、ご飯を食べる前に皆で一緒に手を洗いに行く。
「はい、順番に並んで、1人1個ずつお弁当を受け取って下さいね」
「あっ、今日のお弁当には噛み応えのありそうなものが入ってる!」
今日のメニューは白パンにレタスとトマトのサラダ、コロッケ、エビフライに……
「アンデッドハイイロナゲキタケのソテーですわね……って、これライナさん達は食べられるのですか?」
灰色の傘に赤い血みたいな粘液が滴るキノコ……アンデッドハイイロナゲキタケのソテーが入っていた。
「ん? 私とイロンちゃんとサリーちゃんのは普通のキノコっぽいよ?」
「ええ。本来はエリンギのソテーです。どうやらルーニア先生が今朝園内に生えていたのを発見したらしく、そのままにしておいて誰かが間違えて食べてしまっても困るのでこうして美味しく食べられるアンデッド用に調理してもらったとの話ですわ」
「あうー♪」
「ちょっとズルい……って事もないか。私が食べたらお腹ピーさんになっちゃうし……」
「食べても問題ない私達が食べるのが一番いいだろうしね。美味しくいただいちゃおうか」
このキノコは人間が食べたら死ぬ……というかアンデッド型の魔物になってしまう。
それなら何も問題はないが、アンデッド型以外の魔物が食べた場合最低でも半日は腹痛で苦しむことになってしまうので、園の子供たちの大半にとっては危ない毒キノコであることには変わりはない。
しかし、私のようなアンデッド型の魔物であればアンデッドハイイロナゲキタケは旦那の精の次に美味しい食べ物だと言っても過言ではない程のご馳走だ。
という事で、今回はアンデッド型の子供達や先生には特別メニューが付いたというわけだ。
「それでは……」
『いただきまーす!』
メニューの間違いが無いようにお弁当を配り終えたので、皆で食前の挨拶を済ませ食べ始めた。
「はぐはぐ……ウマーイ!」
「あうー♪」
「カリアちゃんも美味しそうに食べてますわね」
「アンデッドハイイロナゲキタケは噛み応えも味も抜群だもん! カリアだって大喜びだよね!」
「あいー!」
本来この地域だとあまり食べる機会が無いのもあって、アンデッド型の子供達はほとんどの子が真っ先にアンデッドハイイロナゲキタケに齧りつく。
アタニちゃんは何度も噛んで味をじっくりと堪能しているし、ケミーちゃんも一口一口味わっている。カリアちゃんだって両手を上げて喜びを表現している。
「あむっ! おいひい!」
「我はキノコが苦手だが、このキノコは好きだぞ!」
「そういえばナリアちゃんって好き嫌い多いよね。好き嫌いが多いと大きくなれないよ?」
「うぐ……そう言うリリアちゃんは苦手な食べ物とかないのか?」
「ないよ。このアンデッドハイイロナゲキタケのように好きな食べ物ならあるけどね」
普段はキノコ類が苦手で、お昼ご飯に出てもこっそり残そうとしたり飲み物で無理矢理流し込んだりするナリアちゃんも、これは大喜びで自ら進んで食べる。
「うん、おいしい! 先生もおいしい?」
「ええモネちゃん、美味しく戴いていますわ。チャイちゃんとパイアチャンも美味しく食べていますか?」
「はい……♪」
「これ、大好きです……♪」
勿論、大好物なのは子供達だけではなく、私自身もそうだ。
正直に言えば私もナリアちゃんと同じくキノコ類は苦手だった。それでも食べないといけない時は食べたが、できれば食べたくない食べ物だった。
しかし、ゾンビになってこのキノコを始めて見た際、夫のソレの次ぐらいに美味しそうな匂いにつられて一口齧ってからは大好物になった。
というか、このキノコが苦手なアンデッド型の魔物はそういないのではないだろうか。普段はあまり表情の変わらないリッチコンビも、一口食べただけで目尻が垂れて口もにこっとしているのだから。
「うーん……そこまで美味しそうにされると私も食べたくなっちゃうなぁ……」
「や、やめたほうが良いよ……昔お父さんが間違えて食べて1日中お腹痛くて苦しんでたから……」
「はむっ……ふわあぁぁ……でも、普通のキノコのソテーも美味しいよね」
そんな皆の様子を見て、ちょっと羨ましがるライナちゃん。
とても美味しいのでぜひ食べさせてあげたいが……サリーちゃんの言う通り、アンデッド型の魔物とその夫のインキュバス以外が食べるともれなく酷い腹痛に襲われるのでお勧めはできない。
「今日の休み時間は何しようかな〜」
「ふあぁぁ……わたしは寝る……」
「じゃあ私はイロンちゃんの夢の中に入って一緒に遊ぼうかな」
「……実験」
「外は力が抜けるから我は教室で読書するぞ!」
「私もお外は苦手だからナリアちゃんと一緒に本を読もうかな」
「私は……どうしようかな」
美味しいお弁当を食べながら、皆はこの後の休み時間に何をしようかと盛り上がる。
暗黒魔界とはいえ、ノーザン先生を始めとした管理の先生が幼稚園周りの魔力を調整をしており、幼稚園付近は明るい太陽が照っている事もあって大体の子は室内で遊ぶようだ。
「ねえ、エーネ先生も一緒に遊ばない?」
「折角のお誘いですが、私はこれから午後のお勉強の用意をしつつ、マダル先生とお茶会ですので……そうそう、ご一緒に参加したい方がいらしたら是非とも」
「あ、私もご一緒したいです!」
「あーい!」
「私もどうしようか悩んでたし、参加してもいいですか?」
「ええリリアちゃん。是非ご参加ください」
「私はおひりゅねしましゅ」
「あい……」
私はもも組のマダル先生とこれからお茶会だ。
折角なので何人かの園児を誘い、一緒に楽しむ事にするのであった……
===========[ちょっと一息]===========
【もしもすみれ組の子がお化け屋敷に入ったら】
・ナリアちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「な、なんだ……ち、ちっとも怖くないからな……」
バアッ!!
「わあっ!! び、びっくり……し、してなんかないからな!」
強がりはするものの、年相応にビックリしてしまいます。
・サリーちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「ひあぁぁ……こ、怖いよぉ……」
バアッ!!
「ふぎゃあああああっ!!」バタンッ
お化けが苦手なので、普段出さない大声を出して気絶してしまいます。
・チャイちゃん&パイアちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「……」
「……」
バアッ!!
「……」
「……」
……
ノーリアクション。
・モネちゃんの場合
ヒュ〜ドロドロドロ……
「ひゅ〜どろどろどろ……」
バアッ!!
「ばあっ!! きゃっきゃ♪」
むしろ驚かす側に回ります。
おしまい。
===========[一息終わり]===========
「さて皆さん、お昼休みは堪能しましたでしょうか。それでは午後のお勉強を始めますね」
『はーい!』
楽しいお茶会……もとい、お昼休憩も終わり、今からは午後の授業時間。
「午後からは何をするの?」
「今日はですね、この国の歴史についてのお勉強をします」
「歴史?」
「つまり、私たちが暮らしているこの国はどういう国だったか、どうして今みたいに魔界になったのかを皆でお勉強していくって事です」
「うむむ……難しそうだ……」
今日はこの国の成り立ちについてのお勉強だ。
この国は結構暗い歴史があるため、そのままだと子供達にとっては割と刺激が強いが……これも自分達が住んでいる場所がどういった場所なのかを知る為の大切なお勉強だ。
特に、このクラスを始め一部の園児にとっては関わってきたりもするので、なるべく噛み砕いて、物語調で皆に教えていこうと思う。
「それでは先生がお話をしていきますので、わからない事があったら手を挙げて聞いてくださいね」
『はいっ!』
園児達が私の話に耳を傾けているのを確認してから、ボードと資料を用いて話し始めた。
「昔々、それこそまだ魔物がまだ人を襲う化け物と言われていた時代のさらに昔の事です」
「先生! そんな時代があったのですか?」
「ええ。そうみたいです。大昔の魔物は一部を除いてこうしてお話もできず、人や動物を襲う生き物だったというお話です。私達がこうして幼稚園で学ぶ事ができているのは園長先生のお母様……つまり、魔王様のおかげなのですよ」
「へぇ〜」
まさか出だしから質問が来るとは思わなかったけれど、たしかに今の子供達からしたら、旧時代の魔物の事なんて知るはずもない。
人間だった頃の私のように反魔物国家の人間からしたら今の魔物だってそういう生き物だと思っていたりもするが、今の魔物として生まれたこの子達からしたらまさに夢物語だろう。
「さて、話を戻しますね。そんな大昔に、元々は砂漠だったこの場所に人々が集まり、小さな集落が誕生しました。それがこの国の始まりだったのです」
「えっ、この国って砂漠だったのか!?」
「そうですよナリアちゃん。その時の名残が、主にサボテン組の子達が暮らしている遺跡地区なのです。だからこそ、この国にはアヌビスやマミーの子もいるのです」
「そうなんだ……」
話を戻し、この国の歴史を語り始める。
本当は、砂漠のど真ん中であったこの場所に集まったのは隣国の奴隷達だったらしい。
人を人とは思わない処遇から逃げた人達が密かにオアシスを中心に作った国。それが、この国だったという事だ。
「砂漠のど真ん中だったという事もあって生きていくにはちょっと厳しい環境でしたが、それがかえって当時は恐ろしかった魔物や隣国など敵に狙われる事なく集落は着実に繁栄していったのです」
「そして、国になった……」
「ええそうですよパイアちゃん。集落はやがて国と言える規模まで大きくなって、集落の中心人物だった頭の良い人を王様にしたのです。それが、皆の知っているサボテン組のセルクス先生の曾お爺様ですよ」
「って事はセルクス先生って王様のおうちの人だったの!?」
「あれ? ライナちゃん知らなかったんだ。セルクス先生みたいなファラオって元々人間達の王様だった人が多いんだよ」
「ええ、リリアちゃんの言う通りです。ちなみに言っておきますが、セルクス先生は正真正銘この国が一度滅ぶ前の最後の王ですよ」
「あいいー!?」
そんな奴隷達の中でも力を持った者達を中心に集落は栄えていき、やがてセルクス先生の曽祖父が神に認められ、ファラオとして人々を導く役目を負った事により、元奴隷達の国とは思えない程力を付けた。
その人はファラオとしての力を振るい、人々を脅威から救っていたらしい。これは全てセルクス先生から聞いた事なので誇張が無いとは言い切れないが、概ね正しい歴史だろう。
「ん〜? 滅ぶ前の最後の王って事は……」
「ええ。そこから100年ちょっとのうちに、その国は亡くなってしまうのです」
「りょうしてれしゅかー?」
しかし、ファラオが導く王国も長くは続かなかった。
「現在でも詳しくはわかっていませんが、どうやら急激な気候の変化が起きたみたいです」
「急激な……きこー?」
「ええっと……とても暑くずっと晴れてるような国だったのに、いきなり寒くなったり大雨になったりしたみたいですよ」
「え……それだけで国がなくなっちゃったのか?」
「ええ。動物も植物も暑く乾燥していたところに適していたものですから、寒いところではすぐ駄目になってしまうのです。雨も降らないところでしたので、大雨の影響で洪水になり、それだけで多くの人や物が流されてしまいました……」
「ぞぞぞー……」
遠くの国の火山の噴火とか、神の悪戯とか、凶悪な魔物の仕業とかいろんな説はあるが、結局のところ原因は未だにわかっていない。
兎に角、この国は突然の環境変化による自然の驚異によって滅んでしまった。
なす術もなく滅んでいく王国を前にかつてセルクス先生も嘆いていたそうだ……まあ、それはそれ、これはこれというようで魔物としてのファラオ人生も謳歌しているので本人的にはそこまで気にしていないみたいだが。
「いつしか人は居なくなり、しばらくの間この国は緑がいっぱいの土地に変わっていました」
王も死に、民も死に、何時しかこの国には人が居なくなってしまった。
その代わり、環境の変化が起きたからか、今まではほとんど存在していなかった植物や虫たちがその後数百年もの間この国を支配する事になった。
この幼稚園の中心にある、ぼたん組のナヴィ先生が宿る大樹もその時に産まれたものらしい。自然界のマナは今の魔界時代よりもその時代のほうが濃かったとは本人の談だ。
「あれー? でも先生、今はいっぱいいろんな人が住んでるよ?」
「ええ、そうですよモネちゃん。それから長い年月が経ち、増えた人々は自分達の住むところを広げるためにこの土地にやってきて、ゆっくりと街を作ったのです」
「へぇー」
「まだ旧魔王時代だったので私達のような魔物こそいませんでしたが、それでも昔の王国と謙遜無いほどの人間が暮らしていたそうです」
「それで今のこの国ができたのですね」
「いえ、そうではありません。この時にできた国は、今と比べてもまだ小さなものでした。遺跡地区は手付かずでしたし、国自体この幼稚園の周り程しかなかったのです。簡単に言うとリリアちゃんや私のお家なんかはその時にあった国ですが、ナリアちゃんやチャイちゃん達が住む高原辺りとか、もも組の子達が多く住む大教会辺りとかはまたそれぞれ別の国だったのです」
「そーなんだー」
「ええ、この国は元々4つの小さな王国が一つになってできているのですよ」
しかし、月日が経ち人口も増加した事で、近くにできた小さな国の人間は国土を広げるためにここら一帯を開拓し、人間の文化ができた。
とはいえ、今と比べたらまだまだ小さな国だ。実際、今のこの魔界国家は周辺4国を纏めているので、そのうちの一つなら小さくて当たり前だろう。
「じゃあどうして今の国はこんなに大きくなったのー?」
「そうですね……それから数百年、それこそ魔王様が今のお方に変わってからもそれぞれの国はしばらくの間平和に暮らしていました。しかし、今から60年前……それらの国は互いの土地を奪い合うために戦争を始めてしまいます」
「ひっ……」
そんな小さな国がどうして大きくなったかというと……単に言えば領土の奪い合いが起きたからだ。
それまでも互いに火花を散らし合っていたいたらしいが……60年前、人口や食料、貧困問題、王族達の仲の悪さ、見栄などいくつもの要因が重なり合ってとうとう戦争にまで発展してしまった。
「せんそーって……多くの人が死んじゃったの?」
「ええ……でも安心してください。そのほとんどが今はゾンビやゴーストなどの魔物になって元気に過ごしていますわ。皆さんが普段利用している駅の駅員さんにスケルトンの方もいると思いますが、彼女も元はその戦争でお亡くなりになった男性ですよ」
「そうなんだ……」
始めこそ様々な理由からおっぱじめた戦争。だが、30年近くにも渡り繰り広げられた争いは、何時しか理由すらなくし、どの国もただ自国が負けない為だけに戦う事になった。
その戦争ではやはり多くの人間が死んでしまった。兵として駆り出された者は勿論、そうでない大人や小さな子供までもが犠牲になった。
そんな犠牲者も、流石に全員とまではいかないものの、遅かれ早かれアンデッド型の魔物として復活し、今も元気に暮らしている。
「と、言いますか……先生もその一人ですけどね♪」
『えーっ!!』
「……ふん」
「ん? リリアひゃん、りょうかししゃのれしゅか?」
「ううん、なんでも」
勿論、その戦争中に死んだ私もだ。
今はワイトとして夫や子供達と共に毎日楽しく暮らしているわけだ。
「それもこれも、その戦争の終結させた勇者様のおかげです。勇者様がその4国を纏めて魔界に堕としたので、戦争をやめて平和で愛の溢れる今の国ができたのです」
「先生……勇者って教団の人達?」
「良い質問ですねパイアちゃん。以前お勉強した通り、勇者というのは本来は教団に仕える強い人間を指しますわ。ただ、今お話した勇者様は、既に魔物になった元勇者です。ですが、実際に魔界化した事で4国の民を救っているので私達の国ではその者を勇者様と呼んでいるのです」
「へぇー、すごーい!」
そうやって楽しく過ごせるのは、この国に訪れた勇者が……正確にはダークマターとなった元勇者とその夫が大規模に魔力をばら撒いた事によってこの一帯が魔界化したおかげだ。
私は死んでいたので後から話を聞いただけだが、太陽の模様が描かれた純白のワンピースを着たダークマターの夫婦がある日ふらっと空から降りてきて、高密度の魔力が詰まったその黒い球を弾けさせたらしい。その結果他にもダークマターが発生し、連鎖的に4国全域に魔力が広がり瞬く間に巨大な魔界が形成され、戦争どころではなくなったとか。
ちなみにその時産まれたダークマターの一人がノーザン先生の元となったダークマターだそうだ。ノーザン先生が強力な力を持っているのは、強力な力を持ったダークマターから生まれたからだろうか。
「以上がこの国の歴史です。このように国は時代によって様々に形を変えていっているのですよ」
「そうなのですね! お勉強になりましたわ!」
「うむ、面白かったぞ!」
「あうー♪」
そんなこんなで今のこの国があるというわけだ。
このクラスのようにアンデッド型の魔物が多いのもその戦争があったせいだし、気候のわりに砂漠地方の魔物が多くサボテン組が成り立っているのも大昔は砂漠だった事が関係しているなど、多くの種族が通うこの幼稚園とこの国の歴史は意外と関係があったりするのだ。
「それでは皆さん、今からお配りする用紙に今日のお話のご感想を書いてみましょう。書き終えたらおやつの時間ですわ」
『はーい!』
「おやつ楽しみだ……硬いクッキーとかが良いな……じゅるり」
「アタニちゃん……おやつの前に感想……すやぁ……」
「イロンちゃんも起きてしっかり書いてくださいね」
今日のお勉強はここまで。あとはおやつを食べて子供達は帰りの時間だ。
みんなでわいわいとお話の感想を言い合い書き綴っているのを、私は教壇から微笑みながら見ているのであった。
……………………
「んー、疲れた。お疲れさまです園長先生、フラニちゃん」
「おつかれさまでした! さようならエーネ先生!」
「お疲れさまでした。エーネ先生、明日は遅刻しないでくださいね」
「う……わかっています」
そして、業務も終わり本物の夜。
園長先生に釘を刺されたり、そんな園長先生と一緒に帰るフラニちゃんに別れの挨拶を済ませ、私は幼稚園を出た。
「ふぅ〜、さて、今日は帰ったらどんなプレイを……」
「わっ!!」
「うわあっ!?」
そして門を潜り抜けたところで、壁から小さなゴーストが一人飛び出してきてきた。
あまりにも突然だったので私は驚き、大きな声を出しながら尻もちをついてしまった。
「いぇい! モネちゃん直伝驚かせ技大成功!」
「ビックリしたぁ……」
ヒリヒリとするお尻を擦りながら目の前を見ると……そこにいたのは、私のクラスの園児の一人、リリアちゃんだった。
「もぉー、居るなら居るで普通に出てきてよ『リリア』」
「ごめんごめん。『エーネ』を驚か……元気づけようかなと思って。今日の授業、昔を思い出してちょっと心苦しかっただろうしね」
「本音が漏れてるぞー……まあそれはともかく、それはそっちもでしょ? そうやって感想書いてあったし」
「まあね」
いや……幼稚園を出たからこう言い直そう。
「まったく、小さい子供はもうお家に帰ってないといけない時間よ?」
「む……私、エーネと同じ53歳なんだけど……」
私の幼馴染で親友のリリアがそこに浮いていたのだ。
「あら、生きている年齢だけなら私は50歳、リリアは5歳でしょ?」
「そうだけど……なんだか納得いかないな……どうしてエーネは魔界化してすぐゾンビになったのに、私はゴーストになるのにこんなにも掛かったんだろ……おかげで一緒に遊んでいた友達が皆大人になっててタイムトラベルでもした気分」
「さあ……モネちゃんやカリアちゃんもだけど、本当に幼く小さな子供は何故かアンデッド化が最近になったのよね」
リリアは幼馴染みだが、ゴースト化したのはつい2年程前だ。
物心ついた時から既に仲の良かったリリアは、3歳の時戦渦に巻き込まれてその命を落とした。
それから48年……戦争もとうに終わり魔界になって随分時が経ってから、彼女の魂はゴーストと化した。
何故こんなに死んだ子供の魔物化に時間が掛かったのかはよくわかっていない。一説では子供らしく好奇心で魂が遠くに飛んで行っていたのではないかと言われているが、本人達の記憶も自覚も無いので結局はわからずじまいだ。
「でも、なんだかんだ幼稚園生活も楽しいでしょ?」
「うん! 楽しいよ! ……じゃ、じゃなくて……わ、悪くないわね」
「ぷっ、もーそんな無理に大人ぶらなくてもいいじゃない。幼稚園児らしく素でいればいいじゃないの」
「だ、だって……エーネもアノン君もユー君も大人になってるんだもん……エーネとアノン君は結婚してるし、ユー君に至っては女の子になって旦那さんがいるし……」
「まあ、私達は皆大人になっていったからね。でも、あなたは今からゆっくりと大人になっていけばいいのよ。もう死んでるから、今度は死ぬ事無くのびのびと大人になれるのだから」
「……うん……」
リリアだけでなく、うちのクラスだとモネちゃん、カリアちゃんの二人も本来なら既に大人になっているような年に産まれている。
それでも幼稚園に通っているのは、国が人間として生きていた年齢+魔物化してからの年齢を実年齢として、それが幼稚園の年齢なら幼稚園に通わせるようにしたからだ。
実際、最近になってアンデッド化したのは幼くして亡くなった子ばかりだ。だからこそ、人間の時ではしてあげられなかった、笑顔で元気に日々の幼稚園暮らしをさせようという事だ。
「でもさ、素でないのはエーネもじゃん。今更ながら聞くけど、何あのなんちゃってお嬢様言葉は?」
「あ、あれは……まあ、ワイトとしてのイメージというか……ほら、ケミーちゃんも憧れてくれてるし……と、それはおいといて……あなた、本当にこの時間に外をうろちょろしてていいの? お母さん心配してない?」
「誤魔化したね……その心配はないよ。エーネのとこにお泊りするって言ってあるし。それに、今朝お隣さんに嫉妬してたから今頃パパと盛り上がってるよ」
「ああ……って、家に泊まるの?」
「いいでしょ? それに、性のお勉強もさせてよエーネ先生♪」
「もう、仕方ないわね」
そんなこんなで、私は幼馴染みもいるクラスの担任をしている。
よく考えるとちょっと奇妙だけど、それでも毎日が充実していて楽しい。
「ついでにアノン君とエッチな事も……」
「それは幼稚園児にはまだ早いわよ」
「ちぇ。仕方ない、実際に見ながら妄想で我慢するかな……でも盛り上がりすぎて明日も遅刻しないようにね?」
「わ、わかってるわよ……」
そんな園児であり幼馴染みでもあるリリアと楽しくお喋りしながら、私は家へと帰るのであった。
16/06/26 22:44更新 / マイクロミー
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