連載小説
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8話 平和なおつかいと大きな損失
「ただ今戻りました。いつものように香恋とモックが小競り合いをしていた事以外は特に問題無しです」
「了解。お疲れ。プリルとノルヴェが帰ってきたら一緒に訓練に励んでくれ」
「わかりましたジェニアさん。それじゃあ先に行って準備しようか」
「そうだな」

ホーラが出張に行ってから3日が経過した。
俺はいつも通り自警団としての仕事をこなしている。今日はミーナと昼番で、先程まで見回りをしていた。

「そういえばミーナは肉弾戦主体なんだよな?」
「そうよ。一応自分の糸を使った縄も使うけどね。でも、そもそもどちらかというと直接戦闘は苦手なのよね」
「あー……というか俺ミーナが戦ってるところまともに見た事ないな」
「まあ、アルサの時はタイトご指名だったし、ヨルムの時は避難誘導の方をしていたからね」

そして今からは訓練の時間。
いつもの自主訓練ではなく、ジェニアさんから直々に言われた模擬戦での訓練だ。まずはミーナと手合わせし、プリルやノルヴェが戻ってきたら総当たりやチーム戦もやる予定だ。

「私はディッセと同じくトラップ中心よ。ディッセと違って小道具じゃなくて自分の糸や魔力がメインのね」
「そうなのか。今すぐ仕掛けたりはできるのか?」
「ええ。でも今から模擬戦をするのに目の前で作ってもトラップの意味無いしね。まあ簡単なものだと、単純に蜘蛛の巣を想像してもらえばいいわ」
「なるほど。さすがアラクネ」

そういえばミーナが実際に戦闘しているところを見た事ないなと思い、なんとなく戦い方を尋ねてみた。
どうやらアラクネらしい戦法を取っているようだ。身一つと言っても、魔物は人間以上に使える武器が多いのでいろんな戦い方ができるので面白い。

「ふふん! 感心したなら結婚してあげても良いわよ」
「何故そうなる。ジュリーも同じ事をよく言うが、俺は魔物と結婚する気はない」
「冗談よ冗談。タイトには村長さんが居るものね。自警団の人間は皆とっくに諦めてるわよ」
「だから何故そうなる。あいつは宿敵……まあ今となってはライバルってところか……とにかく一切そういう仲ではない!」
「あらそう? 私はお似合いだと思うけどね。結婚式のドレスなんかも家で作ってあげるわよ?」
「そういうのはホーラの方に言ってくれ。ヴェンとなんかいい感じだったらしいし、将来的には結婚もするだろうからな」
「あら。この前おしゃれな服を買って行ったと思ったらそういう事だったのね」

しかしまあ今の魔物は隙あらば求婚してきたり、恋の話をしてきたりするので、旧時代とはまた別の意味で困る存在だなとも思う。
特にここ最近はやたらと俺とティマを恋仲にしたい魔物が多い。こいつらといいティマの所の魔女といい……いい迷惑だ。
でもまあ、俺はともかくティマのほうはもう500歳を超えているので魔女達も早く伴侶を見つけてほしいと考えての行動だろう。それは良いが人を巻き込まないでほしいものだ。

「お待たせー」
「おっ、ようやく来たか」

と、ここでプリルとノルヴェが見回りから帰ってきた。

「んじゃ早速やろうぜ! ウチら女対お前ら男のチーム戦ね!」
「なんでそうなるのよ……別に反対はしないけどいきなり過ぎるわね」
「いやまあ、見回りしていた時に俺とプリルで話をしていてな。タイトってこの時代に来てからまだ2ヶ月半ぐらいで、あまり俺達と組んで戦ってないだろ?」
「ああ、まあ……訓練もメイとばかりしていたし、言われてみればノルヴェの戦い方も詳しくは知らないな」
「ま、という事で今回はタイトが他の奴と組んだ時もチームワークを発揮して戦えるようにしようと思ったんだ。それでまずは同性で性格は近いけど戦い方が全く違うノルヴェと組ませて訓練しようと思ったんだよ」
「なるほどねぇ……それは良いかもね」

帰ってきて早々プリルの案で、俺はノルヴェとタッグを組んでプリル&ミーナとの模擬戦を行う事になった。
確かノルヴェは弓と魔術をメインに扱う遠距離型の戦法を取っていたはずだ。確かにそう考えると近距離主体の俺とは戦い方は正反対だろう。

「それじゃあ早速始めましょうか」
「そうだな。それにしても早く村外れのコロシアム完成されねえかな……確かあそこってイベントがない時はウチら自警団の人間が訓練に使っても良いんだろ?」
「確かそのはず。企画に団長が関わってるから優先的に使わせてもらえるみたいだしね。ここより数倍も広いし動きやすいんだろうな……いつ完成するかタイトは村長さんから聞いてない?」
「いや聞いてない。だけど本格的に工事を始めたみたいだし、少ししたら完成するんじゃないのか? あれだけ大きいと年単位な気がするが、ジャイアントアント達の建設業は仕事がもの凄く速いとは聞くし……」
「確かに実際速いぞ。レノアとフェイブの家も頼んでからわずか2週間かからないぐらいで完成していたからな。もちろん家の強度とかには何の問題もない」
「そりゃ凄い……」

ちょっと雑談をしつつも、お互い得物を手に持って、俺達は訓練を開始したのであった……



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「ふぁ〜……いい天気ね〜」
「ホーラちゃん、眠っても良いが金品の管理はしっかりしてくれよ。盗まれても保証はしないよ」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。私以外の人がこの鞄を盗んで袋を開けると中からロープが飛び出してその人を雁字搦めにして動けなくする魔道具を仕掛けてあるので」
「おおそうかい。そりゃ盗賊も参るわな!」

ティマさんに頼まれた手紙を渡す為に、私はちょっと遠くにある中立国家とやらを目指し旅をしていた。
昼下がりのいい天気の中、山道とはいえ長々と馬車に揺られているとつい眠たくなるものだ。

「そういえばホーラちゃんはどこから来たんだい? 様子からして乗せたところの街から来たんじゃないんだろ?」
「え、ええ、まあ……」

昨日までは何人かいたが、昨日止まった町で全員降りたようで、今乗っているのは私と御者さんの二人だけ。
黙って旅するのも寂しいので、今日は朝からずっと御者さんとお話していた。

「もしかして親魔物領か何かかい?」
「え、いやその……」
「隠さなくても良いよ。おじさん、別に魔物に偏見は持っちゃいないからね。そんな便利な魔術を扱うのはそれこそ魔術に精通した場所でもないとね。それにこの馬車だってこれから向かう先は中立国家で魔物もいるのに、反魔物領出身者が好んで行くわけないからね。それとももしかして魔物だったりするかい?」
「あ、いえ。親魔物領から来ましたが人間ですよ」

出発してから3日は経ったものの、目的地までは5日とちょっとなのでまだまだ掛かる。
まあ、その分見た事もないような大金を渡されているので、盗賊には注意しつつもこの一人旅を楽しむ事にしている。結構美味しい物も食べているしね。

「まあ元は魔物を退治する側でしたけどね。村の親魔物領化など色々あって今は同じく魔物退治を生業としていた兄と一緒に魔物と仲良くしてます」
「へぇ。そりゃまた結構な職に就いてたんだね。どおりで盗賊を恐れないわけだ」
「人間の盗賊なんて呪いを飛ばしてくる陰湿な魔女や炎の雨を降らせるバフォメットなんかと比べたら全然怖い事ないですからね」
「そりゃ違いないね」

最近はずっと魔術研究室での仕事が忙しかったし、たまにはこうした気分転換も良いものだ。
これが終わったらまずはヴェンの家に行き、話を聞いたらまた頑張ろう。御者さんと話しながら、私はそんな事を考えていた。

「あ、そうだ。そういえばここら辺って盗賊は出るのですか?」
「んー、一応みたいなものはでるよ」
「はぁ……」

そういえば、注意するのはいいが盗賊がここら一帯で出現するのかと疑問に思ったので御者さんに聞いたところ、なんとも曖昧な答えが返ってきた。

「一応みたいなものってどういう……」
「見ていればわかると思うよ。多分そろそろ現れる頃だからね」
「は、はぁ……」

いったいなんだと聞き返しても、そのうちわかると返されたので何もわからない。
というか、みたいなものでも盗賊が現れるのにこんなにのんびりしていていいのだろうか……

『わあああっ!!』
「……ん?」
「おっ来たみたいだよ」

なんて思っていたら、突然頭上……というか山の上から可愛らしい女の子の叫び声が複数聞こえてきた。

「そこのお馬さん、ぽこんってされたくなければ食べ物置いてけー!」
「置いてけー!」
「お金はどうでもいいけど食べ物は置いてけー!」
「けー!」
「はいはい。ちょっと待っててね」

ぴょんっと馬車の前に跳び降りてきたと思えば、あっという間に前後左右を囲まれてしまった。
少女達は自分の身体よりちょっと小さいだけの棍棒を掲げ、食べ物を置いていけと脅してきた。

「……ゴブリン?」

その少女達は明らかに人間ではない。重そうな棍棒を軽々と振り回す姿もそうだが、何より頭から生えた一対の角と長く尖った耳が魔物だと語っている。
というか、顔や髪の色こそ違うが今のモックさんと体つきは大体一緒なのでこの子達はゴブリンだと思う。

「そうだよ。こんな感じに旅人を囲んで食べ物を奪って行く可愛らしい5人のコブリン盗賊団だよ。ほら、猪のお肉と一人2枚ずつクッキーだよ」
「わーい♪」
「ありがとー♪」
「おにくー♪」
「クッキー2枚もあるー♪」

人から食べ物を強奪しようと脅してくるので立派に盗賊だとは思うが、御者のおじさんは慣れているようで、荷物の中から用意してあったらしい猪の肉と数枚のクッキーを手渡した。
確かに、それら食料を受け取り、笑顔で喜んでいる4人の姿は可愛いと言えるだろう。

「……ん? 5人?」
「あれ? ドニーちゃんは?」
「えっ? あれー親分はー?」

しかし、可愛らしい5人の盗賊と言っていたが、何度数えても4人しかいない。
反応を見る限りだと実際5人目はいるみたいだが、今この場には居ない。いったいどこに行ったのだろうか。

「うわああああっ!?」
「あ、親分の声だー」
「おやぶー……ってわあっ!?」

と、またもや頭上から女の子の叫び……というか、今度は悲鳴が、小さな砂利などが落ちる音と一緒に聞こえてきた。
馬車から身を乗り出して山肌を見てみると……なんと、自分の身体の大きさと同じ棍棒と一緒に一人の少女が転がり落ちてきていた。

「あーれー……わわっ!」
「よっと! 大丈夫ですか親分?」
「うん〜だいじょーぶ〜。ありがと〜」
「大丈夫かね? 一体どうしたんだい?」
「一人遅れちゃって、ようやく森を抜けて山道を滑り降りていたらバランス崩しちゃったの〜……」

下にいたゴブリン達が集まり、転がっていた女の子をがっしりと止めた。言葉からしてこの子がゴブリン達のリーダーだろう。リーダーらしい特徴か、他の子達と違って胸が非常に大きい。ホブゴブリンといったところだろうか。
痛そうに頭を擦っているが、山といってもここはそこまで急な斜面ではないし、魔物なのでおそらくたいした怪我はないだろう。

「あっそうだ〜食べ物〜」
「はい親分さん。皆に猪のお肉とクッキー2枚ずつだよ」
「わ〜いありがと〜♪」
「良かったですね親分!」

御者さんからクッキーを受け取ってすぐにぱーっと笑顔になったところからしても、ダメージは対してなさそうだ。
嬉しそうに頬張る姿は確かに可愛い。今の魔物は男を手に入れるのに特化しているらしいが、これは男どころか子供好きの女性の心まで鷲掴みにするだろう。

「あのー、いいんですかね? 一応盗賊なのにこんなに甘やかして……」
「ああ、いいんだよ。彼女達はこうして食べ物を奪い取るけど、その代わりここら一帯の整備や、土砂崩れなんかの災害が起きた時の処理なんかをしてくれているからね。獰猛な獣や他の賊の退治までやってくれてるし、彼女達のおかげでここら辺の治安はとても良いんだ。だからこの食べ物はその報酬みたいなものだよ」
「へぇ。じゃあこの食べ物は最初からこの為に用意してあったのですか?」
「そうだよ。彼女達のおかげで僕達も安心して馬車を動かせるからね。だから僕達はあまり魔物に偏見は持っていないのさ」
「なるほど」

とはいえ、彼女達は盗賊には変わらないので、出すとこに出した方がいいのでは……と思ったが、どうやら彼女達は人の為になる事もしているようなので良い……という事でいいのだろうか。

「ん? もう一人女の人が居たのか!」
「えっ?」
「お姉さんも食べ物置いてけー!」
「えっそう言われても……」

と、今まで私が居た事に気付いていなかったのか、私を発見したゴブリン達が食べ物をねだってきた。

「今食べ物は持ってないの」
「えー!」
「嘘じゃないか鞄の中見ても良い?」
「そ、それは……鞄の中のお金を取らないって言うなら……」
「お金はいらな〜い。お肉ほし〜!」
「ならまあ……でも危ない物もあるから変に触らないでね」

生憎だが今食べ物は持っていない。さっきお昼に全部食べてしまっていた。
大量にお金が入っているのであまり鞄の中は見られたくないが、お金はいらないと言うし、疑われて変に絡まれても大変なので見せる事にした。

「なんだこれー? 葉っぱー?」
「食べ物じゃないの?」
「それ食べたら身体が痺れて大変な事になっちゃうよ」
「じゃあいらない!」
「これは〜?」
「それは触手の種。食べたら身体の中で発芽して、最悪死んじゃうかも」
「ぞぞぞー……」
「ホーラちゃん、案外物騒な人だね……誤作動だけはしないでおくれよ……」

本当にお金には目もくれず、護身用に入れておいた魔道具を興味津々に見ているゴブリン達。

「……あれ〜? これって〜……」
「ああ。それはうちの村にいるゴブリンが作った獣避けの煙を出す筒だよ。同じゴブリンが作ったものだから何か感じたの?」

その中でも、モックさんが作った人畜無害な獣避けの煙を出す筒を、ドニーと呼ばれていたホブゴブリンはじーっと見ていた。
モックさんお手製で、魔界ハーブやその他薬品を混ぜ合わせて作った、どんな大型の獣どころか獣人型の魔物ですら嫌がって逃げてしまう煙を出す装置。もしもの為に買って持ってきていたのだが、何やら気になるものがあるようだ。

「ね〜、これを作ったゴブリンって誰〜?」
「これ? モックって言うティムフィトでお店を開いているゴブリンだけど……」
「あ〜やっぱり〜」

誰が作ったのか気になっていたみたいだから教えてあげたら、やっぱりと返ってきた。

「知り合いなの?」
「うん〜わたしのお母さ〜ん」
「へぇ……へ? お母さん!? じゃああなたモックさんの娘さん!?」
「うん〜」

モックさんの知り合いなのかと尋ねたら、まさかの娘だと言われた。
そういえば以前親元を離れた娘もいるって言っていた気がする。それがこのドニーの事だろう。

「私はホーラ。あなたのお母さんのモックさんとは友達なの」
「あ〜お母さんから名前聞いた事ある〜! 私は娘のドニーです〜。よろしくおねがいしま〜す!」
「すげえ……親分が頭下げてる……」
「この人親分より偉い!?」
「すげー」
「大親分だー!」
「お、大親分!?」

どうやらドニーの方もモックさんから話を聞いていたらしい。深々と頭を下げて挨拶をしてくれた。
しかもそのドニーが私に頭を下げた事によって、何故だか周りのゴブリン達にも慕われてしまった。

「お母さんは元気ですか?」
「うん、元気だよ。よく同じ村の刑部狸さんと殴り合いの喧嘩してるぐらいにはね」
「そうですか〜。今度皆と一緒に久しぶりに里帰りしようかなぁ……」
「親分の故郷ですか!? 是非行きたいです!」
「わたしも! あ、大親分、お肉どうっすか?」
「い、いいよ私は。皆で食べてよ。むしろ食べ物なくてごめんね」
「いえいえ、大親分からは貰えないですよ! じゃあ大親分やおじさんも一緒に食べましょう!」
「ははは、大親分とは凄く偉くなっちゃったね」
「こ、困るんだけどなぁ……」

しばらくの間、ドニーやゴブリン達とまったり過ごす事になったのであった。



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「は? 悪いもう一回言ってくれないか?」
「なあタイト、悪いけどお遣い頼まれてくれないか?」

訓練も終わり、家に帰って汗を流した後、ホーラが居ないので夕飯を食べに村の中心地へと向かった俺。

「もしかしてこの飯ってその代わりか?」
「いやそういうわけじゃねえよ。一人で食うのも寂しかったから誘っただけだ。今日に限って他の魔女は兄様や他の魔女同士で食べに行ってて一人だったからな」
「ふーん……まあそういう事にしてやるよ」
「あ、信用してねえなてめぇ」

最近はずっと外食続きだ。自分では料理などできないので仕方ないが、出費が地味に痛い。
それでも外食に頼るしかないので適当に店に入ろうとしたところで、数日前のようにティマとばったり会った。

「まあお前の作った飯は美味いし、実際助かったから頼まれてやっても良いが……その間の俺の仕事はどうなる?」
「そこはオレがきちんとジェニアに伝えておくさ。どのみち正式な依頼で誰か一人人間の中から雇うつもりだったし、この際と思ってな。ヨルムの輸送を頼むならどうせ行って帰っても一日で済むから、まだホーラもいねえだろうしな」
「そうか。じゃあ何も心配いらないか」

ティマは忙しい仕事の気分転換として夕飯を作ろうとしていたらしく、夕飯の材料を買いに来ていたところだった。
じゃあ一緒に飯は食えないかと思っていたら、ティマの方から飯に誘ってきたのでこうしてお世話になっているわけだ。
今日はシーザーサラダとチキンステーキだったが、どちらも今まで食べた中で最高のものだった。

「で、もう一回依頼内容を言ってくれないか?」
「ああ。タイトにはここから南に行ったところにある街『レミット』のサバトにこの箱を届けに行ってほしい。箱の中身はそこのサバトと共同で作っていた薬品が入っている。ちなみに見ない方が良いぞ。うっかりこぼして身体に掛かると大変な事になっちまう」
「ど、どうなるんだよ……」
「最悪の場合人間ではいられなくなるかもってとこだな。それ、魔女やファミリア達の化粧水みたいなものなんだよ。幼い身体の魅力を惹き立てる化粧水。もちろん魔力もふんだんに含まれてるから……」
「みなまで言うな。取り扱いには気をつけるよ」

それで二人で飯を食べていたのだが、先程急にファミリアを呼んで箱を持って来させたかと思えば、近くの街のサバトまで荷物を運んでくれないかと依頼されたのだ。

「というかお前らはそんな危ない薬を作っているのかよ……この世界の人間を全員少女愛好家にでもするつもりか?」
「これはそんな危ない薬でもねえよ。言っておくが魅力を惹き立てるだけであって相手を少女好きにするものじゃねえ。そこは本人の努力次第だ」
「……それ逆にこの薬の意味あるのか?」
「あるぞ。実際魔女達の兄様達は魅力がいつも以上にあると言ってたしな。もちろんサバトに無関係な人間にも試した。結果この薬を塗ったファミリア……ってまあこいつだが、見事に兄様をゲットしたからな」
「あいさー! 今日もお兄ちゃんにいっぱいパンパンされてびゅぅって美味しいのだしてもらいましたー❤」
「そ、そうか……そりゃ良かったな……」

どうも治安があまり良くないところを途中で通るようで、盗まれたりするといけないから自警団の誰かに依頼する予定だったらしい。
別にサバトの魔女達でも充分倒せるだろうし、ヨルムに頼むのならそれこそアイツ一人で良いんじゃないかと思ったのだが、どうやら相手はインキュバスを含め魔物の魔力や行動を封じる札を持っているらしい。自力での解除は可能ではあるが、例えリリムでも数分は封じられてしまうという凶悪な物らしい。
それで俺かヒーナかノルヴェかディッセに頼むつもりでいて、たまたま会った俺に頼む事にしたらしい。まあ、それに対するサポートや補償はしてくれるみたいなので、引き受ける事にしたのだ。

「なあ、前から気になってたんだが、そもそもサバトって何なんだ? 俺が知っているものと随分違う気がするのだが……」
「幼い少女の背徳と魅力を伝え、魔物らしく快楽に忠実であれという教義を持つバフォメットの宗教団体だよ。オレだってティムフィト支部のバフォメットとして布教活動頑張ってんだよ」
「宗教って……というか支部って本部もあるのかよ」
「魔王軍最高幹部のバフォメットが率いているものが魔王城にあるぜ。まあ、本部もそうだが基本はどこでも魔術や魔法道具の開発にもこのように取り組んでいるぞ。うちはそっち中心で、お前に行ってもらうウェンディのところは快楽の方中心と、傾向はそのサバト毎に好きなようにやってる感じだ」
「あっそう……そこら辺もきちんと今風になっているのね……」

話が纏まったところで、夕飯と雑談を再開した。ファミリアは俺に運んでもらう荷物を纏めに出て行ったので、また二人きりだ。

「じゃああれか。たまに村の中で見掛ける怪しい魔女達は勧誘している魔女か」
「怪しいとは何だ怪しいとは」
「いやだってなあ……買い物や散歩しているようには見えないし……なんか道行く人を男女関係無く声掛けてるし、『永遠の若さや高い魔力欲しくないですか?』とか言い方怪しいし……」
「嘘は言ってねえぞ。人間なんざ50年も行きてりゃ老いてしまうが、ウェーラを見ればわかるように魔女になれば何百年も若いままでいられ、かつ膨大な魔力も手に入る。何も間違っちゃいねえ」
「だからって人間を魔物に変えようとするなよ……」
「いいじゃねえかどうせ人間女性はいずれは皆魔物になるんだしさ」
「……案外怖いな今の魔物も……」

そういえば今までティマとゆっくり話をする機会なんてなかった。だから色々と聞いてみる事にした。
サバトはバフォメットを崇拝する魔女達によるおぞましい宴だったと思ったが、今のそれは確実に指しているものが違う。気になったので詳しく聞いてみたが……正直ちょっと後悔している。

「じゃあなんだ? ここの魔女達も元人間なのか?」
「全員じゃねえぞ。ウェーラの娘のオルタがウェンディの所にいるように、他のサバトの魔女の娘も何人かいるし、もちろんここのサバトで生まれた魔女もいる。まあ魔女が勧誘してオレが気持ちよーく魔女に変えてやった奴も多いけどな」
「……お前人間嫌いじゃなかったか?」
「お前と戦ってた時から少しずつ無くなってたんだし、そんなもん今の魔王のせいで半分人間みたいになった時点でほぼ解消されとるわ。ただ心は未だにオスだから、性交するならメスのほうが気分が良いんだよ」
「……お前の父親が聞いたらなんて言うんだろうな……」
「父様だって魔物なんだ。魂を呼び出しても今の魔物の思考になるから特に何も言わねえと思うぞ。しいて言うなら他と同じく早く兄様を見つけろって言うんじゃねえかな」
「……もう知らん……」

自分の中のティマ、及び魔物のイメージが覆されていく。
まあ自警団の奴らのせいで今の魔物の感じはわかってはいたが、元からの知り合いを見て感じる変化はとても大きい。
人間嫌いだったティマが女性と性交するのが楽しいだなんて言い始めるなんて夢にも思わなかった。結構ショックである。

「というかメスのほうが気分が良いって、お前男と身体を重ねた事あるのかよ」
「そりゃあな。これでもサキュバスの特性はあるもんで」
「ああそうか。でもお前が魔女達のように男を引っ掛けているだなんて想像もつかないな……」
「オレはバフォメットだから、アルサみたいに退治しようと乗り込んでくる輩が多いんだよ。まあ、今のところ全員タイトより弱っちかったから返り討ちにしてやってるけどな。それでその時にオレの自慢の身体を余す事なく使ってたっぷりと幼い少女の背徳と魅力を教えてやってるんだよ」
「お前……いろんな意味で少女が浮かべちゃいけない笑顔浮かべてるぞ……」

それになんだかティマが恐い。
昔のほうが強面ではあったが、今の女の子の顔で歪んだ笑顔なんて浮かべるから、ギャップのせいで余計に恐く感じる。

「まあ弱い奴には興味ねえし、つまみ食いした精液もあまり美味くねえしで結局魔女や他の幼女達のお兄ちゃんになってもらってるけどな。うちのサバトだけじゃないけど、結構サバトの構成員の中には元兵士や元勇者ってのも多いんだぞ。つっても自警団の人間のほうが強い程度の奴ばっかだけどな」
「そういえばエインは?」
「あいつはまた別だ。単純な強さならあいつのほうが上だからな。詳しくは聞いてねえけど、今の姿になって少ししてからウェーラと関係を持ったらしくてな。父様の仇だったもので一悶着はあったが、他のどんなやつよりも先にオレの従者、そして魔女の兄様になったよ。まあ、あいつの話はいつかあいつから聞いてくれ。ドラゴン相手でもまともにやり合える強さなんだ、お前だって参考になるところがあるだろう」
「そうだな。この前の一件で是非指示を願いたいと思っていたんだ。今度話を持ちかけてみるよ」

俺が飛ばした500年の間、ティマは色々な経験をしていたみたいだ。
両手の指を折り曲げながら今まで倒した者の数を数えていたが、1往復はしていたのでざっと10人以上は返り討ちにし、自分の配下にしてきたのだろう。
たしかに、ハッキリと数えた事はないが、この屋敷には大勢の人がいる。屋敷外にもティマを慕う者はいるみたいだし、それだけ彼女には積み上げてきた関係があるのだろう。

「あ、そうだ。お前も試してみるか?」
「あん? 何がだ?」
「オレの名器をだよ。反魔物派だったお前の事だし、どうせオナニーとかもしてねえんだろ? 抜ける時に抜いておかないと辛いぞ?」
「何を言ってるんだお前は……俺に少女を抱く趣味はない」

とはいえ、俺の中ではティマはあの暴力的なティマであって、人に性行為をしてみないかと吹っ掛けてくるような奴ではない。

「ところがどっこい。オレのつるプニ肌に包まれちっぱいを堪能しきつきつおまんこを味わった者は例え熟女趣味だった奴でも幼く純粋な身体を穢している事に快楽を覚え少女愛好家になっちまうからな」
「恐いわ! もうそれ洗脳じゃないか!」
「失礼な。別にこっちは何の細工もしてねえんだから一応拒む事もできるんだぞ。全滅してるだけでな。という事で試さねえか?」
「試さないよバカ」
「ちっ……つれないやつだなぁ……まあ試したくなったらいつでも言えよ」
「わかったよ……試したくなる事なんてないと思うけどな……」

まあ、これはこれで楽しい奴ではあるから嫌いではないが、なんだか調子が狂う。
ちょっとした寂しさを覚えつつ、俺はティマの飯に舌鼓を打ち続けたのであった。



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「ん〜やっと着いた〜。おじさん、ここまで長い間ありがとうございました」
「これも仕事だからね。貰える物もきちんと貰ってるし、何より楽しかったからこちらこそありがとう」

ドニーとの出会いなど様々な体験をした長い馬車旅も終え、ようやく目的の街に辿り着いた。

「さてと、宿を探して、帰りの馬車の手続きをしてからご飯を食べて渡しに行こう」

一応内密な手紙なので、受け渡しは今日の深夜という事になっている。もう夕方ではあるが、まだ渡しに行く時間には早かった。
なのでまずは宿を探し、身形を整えてから向かう事にした。

「確かに魔物の姿もちらちらあるけど、そんなに多くないし冷たい視線を浴びせている人もいるなぁ……」

周りを見ると、たしかに中立国家と言うだけあって魔物の姿もちらほら見られる。
とはいえ、うちのように堂々と街中を闊歩しているのではなく、どこかこっそりと生活しているようにも見える。
そんな魔物に向ける人の視線も、全部ではないが冷たい物もある。もちろん、子供同士は仲良く遊んでいたりと全員に敵視されているわけではないが、あまり快く思っていない大人も多いと感じた。

「まあ私だって本来はこっちの立場だったからなぁ……」

今でこそ魔物達に囲まれて仕事をしているので全く偏見は無いし、むしろ今の時代の魔物なら嫌う理由はそうない。教団の人間なら忌み嫌うだろうが、生憎私は主神信仰と言っても不真面目な部類なので、快楽に溺れているからと嫌う事もない。
そんな私だって、数か月前までは魔物が嫌いだった。正確には凶悪な魔物だが、モックさんのように凶悪ではない魔物はほんの一握りだったろうし、魔物が嫌いだったと言っても間違ってはいないだろう。
だから、魔物が嫌いな人の事もわかる。わかるけど……できれば子供達のように仲良くして欲しいとも思う。
だって、今の時代、私の両親のように魔物に殺されるなんて事、まず無いのだから……

「おっこの宿良さそうだ」

そうこうしているうちに、外見は結構しっかりしていそうだけど人が少なそうな宿を発見した。

「あのーすみません」
「はいー」
「あれ……魔物?」

中に入り、空き室があるかどうかを聞こうと宿の人を呼んで見たら、奥からメイド服らしきものを着た女性が現れた。
その女性は、頭から垂れている獣耳、そして腰からはもふもふと下長い尻尾が垂れているのが見えた。よく見たら足下も鱗のようなもので覆われているし、どう見ても魔物だろう。

「あ……魔物が働いている宿は嫌ですか?」
「あ、いえ。そういう事ではないですよ。部屋は空いていますか?」
「はい、空いていますよ。私達魔物が働いているせいか、客足は少ないものでして……」
「あ、そうなんですか……」

ここは中立国家だし、この国に来る相手も魔物に慣れていないものが多いのだろう。そのせいで、内装だって立派なのに客足が少ないようだ。

「では一泊お願いします。それと私、一応親魔物領から来たので魔物には慣れてますので、変に気を使わなくて大丈夫ですよ」
「あ、そうでしたか。ではお一人様用の空き部屋にご案内しますね」
「ありがとうございます。そういえば貴女はなんて魔物ですか? 如何せん村に居ない魔物は旧時代の姿しか知らないので……」
「私はキキーモラです」

そういえば、このメイド服を着ている従業員さんはなんて魔物だろうと聞いてみたところ、キキーモラだと返ってきた。言われてみれば手首には羽毛が生えているし、足も鳥の足っぽいと言える。
キキーモラと言えば、働き者には尽くすが怠け者は餌として食い殺すハーピーと狼を足したような魔物だったはずだ。まあ流石に今の時代怠け者でも食い殺す事はないだろう。

「この旅館の館長に仕えている者の一人ですが、私のせいで客足が遠のいているようで申し訳立たなくて……」
「いえいえ、きっといつか魔物に理解を示してくれる人も増えてくると思いますよ。魔物でも関係無く仲良く遊んでいる子供達を見てそう思いました」
「そうですか……そうだと良いですね。あ、このお部屋です」
「わあっ!」

案内された部屋は、セミダブルベッドと小さな机とクローゼット、そして個人トイレとシャワールームがあるだけの簡素な部屋だった。
とはいえ、内装はやはり綺麗であり、ランプだっておしゃれだ。そして何より、一つだけある正面の窓からは、綺麗に輝く大きな池がある公園が見えた。

「結構いい部屋ですね。魔物が一人居るからって理由だけでここに泊まらないなんてもったいないよ!」
「ありがとうございます。まあ私だけじゃなくて、ここの従業員は皆館長の妻である魔物だけで構成されていますからね。苦手な人は苦手かと」
「は? 皆館長の妻?」
「副館長がバイコーンです」
「バイ……あー不純のユニコーンね……今の時代はハーレムを構築する魔物なんだ……」

どちらにせよ、従業員が魔物ってだけでここを避けるのは本当にもったいない。こんな綺麗な宿はここに来るまで一つもなかったし、ここまできれいな景色が見えた宿も存在しなかった。
それでいて1泊の値段も高くない。これは良い宿を見つけたと思う。また用があれば来たいぐらいだ。

「それではごゆっくりとくつろぎ下さい。夕食は1階の食堂で摂れます。が、10時には閉まるのでそれまでにお済ませ下さい。また、混浴にはなりますがジパング式の銭湯もございます。こちらも12時には閉めますので、ご利用の際はそれまでにお願いしますね」
「へぇ、銭湯なんてあるんだ……でも混浴かぁ……まあ、使う時は気をつけておきます」

荷物を置き、ベッドに寝転びながら景色を楽しんでから、私は帰りの馬車の手続きに行ったのであった。



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「よし着いたぞ。途中のトラブルの分はティマの奴からたっぷりと請求しておくから、お前は自分の用事を済ませてこい」
「ああ」

ティマに頼まれた用をこなす為、俺は同じくティマに依頼されたヨルムの背に乗せてもらい、レミットまで辿り着いた。

「というかお前、あんな奴楽勝だったんじゃないのか?」
「バカ言え。流石に不意打ちであんな札貼られてたらオレ様でもキツイわ。全身の力が抜けて痺れているからな。まともに火も吹けやしないんだぞ」
「あ、そうなのか。俺も貼られたけどなんともなかったからな。てっきり戦うのが面倒に思っているだけだと思った」
「んなわけあるか。たしかに弱い連中、それこそアルサよりも弱く戦う気も起きねえ奴等だったが、あの時はそんな連中にも勝てるかわからんぐらいには自分の動きが制限されてたんだよ」

途中、ティマの言っていた魔物の魔力や行動を封じる札を持った輩……賊のフリをした教団の過激な連中が襲ってきたが、難なく倒してしまった。
たしかにメイとの訓練のおかげで、自分でもわかるぐらい剣の腕が上達しているとはいえ、1対多という状況でも難なく倒せてしまったところが今の教団の情けなさを示しているだろう。

「まあ、懲らしめておいたから帰りはすんなり帰れるだろ。という事でお前はサバトやらにお届け物を届けに行ってこい。3時間後ここに集合な」
「ああ……ヨルムはその間どうするんだ?」
「オレ様は街をぶらぶらしてる。お前に付いて行くにしてもどうせ巨乳は立ち入り禁止らしいしな」
「あ、そうなんだ」

とにかく、レミットに到着したのでさっさと用事を済ませる事にする。
ティムフィトとレミット間は馬車なら1、2日掛かるが、旧時代の姿になったヨルム(が抱える台車)に乗ればなんと4時間、途中のトラブルさえなければ3時間ちょっとで済んだので、日帰りで帰る事ができるのだ。

「らしいぞ。だからオレ様はアルサの為に色々土産を物色する予定だ。あとティマ曰くレミット豚肉はすごく美味いらしいから、それを買ってアルサに調理してもらうつもりだ」
「へぇ……じゃあ俺もそれ買ってみようかな……自分じゃ調理出来ないが、帰ってきたらホーラに何か作ってもらおう」
「お前……もしかして単に肉焼く事もできないのか? アルサのほうが上手い飯を作れるから任せているが、オレ様でもそれぐらいはできるぞ」
「ぐっ……料理の手伝いをしてこなかったツケだよ……包丁の使い方もわからん」
「あ? そんなもん丸焼き……は人間には難しいか。まあティマにでも教えてもらえ」
「なんでここであいつの名前が出てくるんだよ……」
「確か料理上手だろ? アルサですら参考になると言うぐらいなんだし、教えてもらうには適任だろ」
「まあ確かにそうだが……まあいいや。じゃあ行ってくる。帰りもよろしくな」
「おう任せろ。金を貰ってるからにはきちっと仕事はするさ」

巨乳は立ち入り禁止という事で、ミノタウロスであるプリル以上の巨乳であるヨルムとはここで一旦別れ、ウェンディというバフォメットが長を勤めるサバトへ向かった。

「さてと、どこにあるやら……地図貰い忘れたから自分で探さないといけないのが難点だな……」

とはいえ、詳しい場所はわからない。
ティマも俺も他に注意する事が多かったせいもあり、サバトの詳しい場所を聞いていなかったのだ。行けばわかるかと思ったが、パッと見大きくて目立つ建物が多いのでどれがどれだかわからないのだ。

「せめて魔女か何かが居れば……」

「ちょっとそこの綺麗なお姉さーん、耳寄りなお話があるのらー」
「あ、間に合ってます。私の妹は魔女になりましたしね。それに私、大きくないとできない仕事してるので……」
「そうなのらー? じゃあ仕方ないのらー……」

「ん? あれは……ファミリアか?」

せめてサバト関係者が居れば……そう思っていたところで、女性を勧誘しようとしていたらしき魔獣の少女、ファミリアを見つけた。
ファミリアはバフォメットから生み出された人工的な魔物だったはずだ。つまりほぼ確実にサバトの関係者だろう。うちの村にいるファミリアも例外なくティマの配下だし、ウェンディとやらの配下の可能性は高い。

「なあそこのファミリア、ちょっといいか?」
「ん? お兄さんなんなのら?」
「お前、ウェンディというバフォメットが居るサバトを知っているか?」
「うん! だってのらはウェンディちゃんとこの魔女ちゃん達の使い魔なのら!」

という事で話し掛けてみたが、どうやらビンゴだったようだ。

「じゃあ案内してほしいのだが、頼まれてくれないか?」
「のら? でもお兄さんは他のバフォちゃんのお兄ちゃんっぽいのら。なんでウェンディちゃんに用があるのら?」
「そのバフォメット、ティマからの頼まれ事だよ。共同で作っていた物を届けにきたんだ」
「ああそうなのら? じゃあ案内するのら!」

用件を伝えたら、素直に案内をしてくれる事になった。なのでこのファミリアに付いて行く。

「お兄さんはそのバフォちゃんと長いのら?」
「ん、まあ長いぞ」
「そうかなのらー。じゃあ毎日兄妹淫らな事してるのら?」
「ま、毎日じゃないがな。い、妹がそういう気分じゃない時はただ抱きしめたりする事もある。その分、か、可愛い妹にねだられたら断れないけどな!」
「いい話なのらー♪」

このファミリアはどうやら俺をティマの旦那であると思ったようだ。怪しまれないように話を合わせるが、どうにも恥ずかしい。
まあ、そのおかげで他の魔物に襲われずに済んでいるので、これぐらいはどうという事はない。

「しかし、この現状を見るに流石だなぁ……」
「ん? 何か言ったのら?」
「あ、いや別に。独り言だよ」
「そうなのら? じゃあいいのらー。そういえばその首からぶら下げてる山羊ちゃんペンダントは何なのら?」
「こ、これは……い、妹が作ってくれたお守りさ! 可愛いと思わないかい?」
「思うのら!」

そもそも何故俺がティマのお兄ちゃんと思われているのかと言うと……ティマから渡された、奴の魔力が込められたペンダントを首からぶら下げているからだ。
本人曰く、これから滲み出るバフォメットの魔力が身体を纏う事によってバフォメットの夫が放つ魔力と同じ状態にする事ができるそうで、その場合よっぽど俺に惚れた魔物以外からはアプローチされる事はなくなるらしい。
実際、目の前のファミリアは俺をティマの兄と認識し、襲ってくるどころかサバトに勧誘する気すらない。効果があるのかは半信半疑だったが、きっちりとあるみたいだ。
ただ、ティマは言い忘れていたみたいだが、ヨルム曰くこれは一種の呪いの装備品と同じであり、長い間身に付けていると本当にバフォメットの魔力を受けたインキュバスになってしまうらしい。そうなるとただのバフォメットホイホイになるらしいので、早急に返す為にも早々と用事を終わらせたいところだ。

「さあ着いたのら! ウェンディちゃーん、お客さんなのらー!」

案内され到着した場所は、ティマの屋敷と負けず劣らず大きい建物であった。
やはり大人数を収容ずる必要がある為か、小さい本人達とは反対に大きい建物である必要があるのだろうか。

「おお、待っておったぞ。お主がティマ殿の遣いの者じゃの?」
「はい。タイトと言います。あなたがウェンディさんですか?」
「そうじゃ。ワシがウェンディじゃ。ささ、中に入るのじゃ。のらも案内御苦労じゃったの。褒美のマシュマロじゃ」
「のらー♪」

建物の奥から、ウェーラに似た魔女とティマと同じ姿のバフォメットが現れた。こうして他のバフォメットを見ると、今のバフォメットは本当に幼い少女の姿をしているのだと実感する。

「そういえばそっちの魔女は……」
「オルタです。タイトさんが察している通りウェーラの娘です。母が昔から何時も世話になっていたそうで」
「ああまあ……こちらこそ。ウェーラには特に妹が世話になっている」
「そういえばお主はタイムトラベルでこの時代に来たらしいの。オルタから聞いたぞ」
「私は母から聞きました。一応定期的に連絡は取っていますし、小さい頃からお二人の事はよく母やティマ様から聞いていました」
「そうか」

客室らしき場所に案内されている間も、二人と他愛のない話をした。
魔女のほうはやはり話に聞いていたウェーラの娘だったようだ。妹であるレニューのそっくりだったし、何よりウェーラを明るくした感じだったからそうだと思っていた。

「しかしまあ、ティマ殿もかつての宿敵を兄殿にするとは……長らく兄殿を作る気はないとは言っておったが、昔の知り合いに惚れてしもうたか」
「あ、ああ……まあそうみたいですね。それでティマに言われて持ってきた物なんだが……」
「おおそうじゃ。例の薬品は完成したのかの?」
「はい。この通り。効果は既に実証済みらしいです」
「ほほぉ……やはりティマ殿のサバトは技術面で優れておるのぉ……」

客室に連れてこられたので、早速例の薬品を渡す。
別に変な部屋ではないが、ウェンディの趣味かやけにピンク色の装飾が多く落ち着かないので早々に立ち去りたいところだ。

「後はこちらでも成分を調べ、量産できるか考えて、できたら実用にするかの。オルタ、後は任せたぞ」
「了解ですウェンディ様」
「さて、タイト殿。こちらからも渡したいものがあるからもう少し待ってもらえんかの?」
「了解しました。ですが、ここまで運んでもらったドラゴンを待たせているのでできるだけ早めに済ませてもらいたい」
「そこは問題無しじゃ。用意はしてあるからの。後は持ってきてもらうだけじゃ。じゃからとりあえずお茶でも飲みながら雑談に付き合ってもらいたいの」

とはいえ、きちんと仕事はするべきなので、少なくともウェンディが渡したいものを持ってくるまでは大人しくここにいる事にする。

「それで、タイト殿はティマ殿とは仲良くやっておるのかの?」
「え、ええまあ……」
「なんか歯切れが悪いのぉ……ワシに浮気するかの?」
「それはしませんよ。あっちからしたら500年ぶりの再会とはいえ、こちらからしたら1週間程度でいきなり何もかもが変わっていたので未だに戸惑うところがありまして……」
「そこまでハッキリ否定せんでも……でもまあそうじゃろう。ワシは新魔王時代に産まれたから知らんが、昔は凶悪な山羊の魔獣じゃったと聞くからのぅ」
「え? 老人口調ですしてっきりティマより年上かと……」
「失礼な。ティマ殿よりは300歳以上年下じゃよ。それに、バフォメットの喋り方はワシのほうがデフォルトじゃ!」
「えっそうなんですか?」

待っている間、ボロが出ないように注意しながら、ウェンディと会話をする。

「ティマ殿は変わらぬようじゃの。あんな男っぽい喋り方しておったら少女の可愛らしさが半減すると思うんだがの」
「いや、あれはあれで可愛い所があるかと。ギャップとでも言いますか……それこそその老人口調もギャップみたいなものですし」
「まあ、そうかもしれんの。どちらにせよ兄上ができて羨ましいのじゃ。兄上であるお主に言っても苦笑いされるだけだがの」
「は、ははは……」

単純に可愛い、可愛くないだけで言うならば、ティマは可愛いと言えるだろう。奴であると認識していなかった初見では、その可愛らしさで人間を騙し殺す魔物かと思ったほどだった。
とはいえそれは妹、小さな女の子としての可愛さだ。サバトの連中からしたらそれは正解だが、俺の基準からしたら結婚相手にはならない。

「お待たせしました」
「おお、来たか。ほれ、これが渡してほしいものじゃ」
「これは手紙と……箱?」
「中身は結晶じゃよ。この近辺ではよく取れるのじゃ。以前ティマ殿がこちらに来た時に綺麗じゃと目を輝かせておったからの。薬品作りに協力してくれたお礼じゃよ」
「そうですか。きっとティマも喜びます」

しばらく話していたら、魔女が小さなケースと手紙を持ってきた。
ケースの中身は危ないものではなく、どうやら以前ティマが欲しがっていた綺麗な結晶らしい。
それらを受け取り、俺は席を立つ事にした。

「さて、では俺はそろそろ帰ります。美味しいお茶と楽しいお話ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ楽しかったぞ」

一礼して、そそくさとこのピンクの空間から立ち去ろうとした。

「お主とはまた会いたいのう。できれば今度は本当にティマ殿の兄上になったお主とな」
「えっ……?」

だが、そう言われて思わず立ち止まって振り向いてしまった。

「気付かぬと思ったか? 若輩者とはいえバフォメットを嘗めるでないぞ。ティマ殿にも伝えておいてくれんかの」
「あ、ああ……わかりました」
「まあ、そうやってわざわざワシらに取られんようにしておるという事は、お主はティマ殿にとって大切な存在らしいの。過去の事は忘れろとは言わんが、仲良くしてやってほしいのじゃ」
「そう……ですかね。まあわかりました」
「頼んだぞ。それではまたの」
「ええ、また」

どうやらペンダントの細工にはとうに気付いていたらしい。
仲良くやってくれと頼まれながら、俺達は別れた。

「やはりいつの時代もバフォメットという魔物は油断ならないものだな……」

今のティマからかつての威圧や恐怖を感じていなかったので忘れていたが、バフォメットという魔物は全魔物の中でも上位の存在で、決して油断していい相手ではないという事を思い出した。

「さて、集合までまだ時間はあるし、空いた小腹を埋めつつホーラへの土産も考えるか」

改めて恐ろしさを認識したところで、気持ちを切り替えヨルムとの集合時間まで俺もレミットの観光をする事にした。
順調にいけば数日後には帰ってくるであろう、本当の妹にあげるお土産を探す為に、俺は賑わっている商店街へ足を運んだのであった。



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「親分! こっちです!」
「早く土砂をどかさなきゃ〜! このままじゃ下敷きになった人達が死んじゃうよ〜!!」
「はい! 急ぎましょう!!」


「ん……うぅ……」

遠くの方から微かに聞こえた声を聞き、私は目を覚ました。

「な、何が……いっ!?」

目を覚ましたと同時に、全身からくる酷い痛みに襲われた。
しかも、痛むところを抑えようとして、身体が全く動かない事にも気付いた。まるで何かに押し潰されているかのように、ピクリとも動けないのだ。

「こ、これはいったい……」

目を開けているのに、ほとんど目の前が見えない。というか、左目に至っては何も見えない。
微かに見える右目で捕えた物は、濡れた土と小石らしき、土色のものだった。
何故このような状態なのか……たしか私は無事にやりとりを終え、ティムフィトへ向けて帰っている途中だったはずだ。

「かはっ!? げほっ、げほ……」

状況が掴めずにいると、突然胸に痛みが走り、咳込んだ。
咳の中に血が混じっていたようで、口の中に血の味が広がる。
それに、息苦しい。この空間の酸素が少ないみたいだ……

「ふぅ……かはっ、ちが……これは……」

いや、酸素も少ないだろうが、それだけではないみたいだ。
唯一少しだけ動かせる頭を動かし、暗闇に慣れてきた目が捕えた物。それは、私の身体から大量に流れている、私の血だった。
考えたくないが、おそらく私は本当に押しつぶされているのだろう。この息苦しさも、肺が潰れているからだ。

「あ……やだ……」

自分の状態を確認したせいで、予感してしまった……自身の死。
誰がどう考えたってもう自分は助からないだろう。奇跡的に命が助かるとも思えない。むしろ今意識が戻った事が奇跡的な事だろう。

「死にたく……ないよぉ……」

そんないらない奇跡のせいで思い知らされた自分の死による恐怖に怯え、涙が流れる。
いくら泣いても助かりはしないが、それでも涙は止まらない。

「やだぁ……生きたいよぉ……」

まだ、たった18年しか生きていないのだ。
もっと生きていたい。
でも、死んでしまう。

「うぐ……ひっく……いだい……」

小さい頃に両親が殺され、陰湿な魔女に執拗に命を狙われ、気付いたら500年後にタイムトラベルして……思えば、踏んだり蹴ったりな人生だった。
それでも、ここで終わらせたくない楽しい人生だった。それに、まだまだやりたい事だってある。だからまだ死にたくない。

「げほっ、ぐふっ!! かはっ……」

息ができず、意識も薄れてきた。
さっきまで感じていた痛みも、痺れと共に何も感じなくなってきた。
いよいよ、死が近いのだろう……

「お兄ちゃん……ウェーラ……みんな……」

何も、考えられなくなってきた。
会いたい人達の名前を呟いても、どうしようもないが、呟いてしまう。
何も考えず、呟いてしまう。

「……ヴェン……」

そして、今一番会いたい、最も愛おしい人物の名前を呟く。
大好きで、恋人に成りたかった……結婚したかった相手の名前を呟いて……








そのまま私は、意識と共に命を手放したのだった。
14/08/17 21:27更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
あれです。きままな旅の旅9と同様のフラグです。わかる人はこれでピンと来ると思います。

今回は前回ティマにおつかいを頼まれたホーラと、同じくティマにおつかいを頼まれたタイトが、それぞれのおつかいをしているお話でした。
何やら終わり方が不穏な事になっていますが、上記の通りです。

ウェンディ「のう……ワシの喋り方のほうがデフォルトじゃよな?」
残念マイクロミーのSSの中では珍しいほうです
ウェンディ「なんじゃと!?」

次回は、命を落としたホーラの葬式。大切な妹を失ったタイトの傷は深く、寝込んでしまう。しかし、その場に現れた人物が……の予定。

前回から随分と空いてしまいましたが、どれだけ掛かっても完結までは書き切るつもりです。
細かい部分以外は最後まで決まっているので少なくとも展開が思いつかずにエターなる事はないです。
という事で、これからもよろしくお願いします。

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