連載小説
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9話 永遠の別れと無限の知識
「少女の魂よどうか主の下へ還り……」

ぽつ、ぽつ、と、少し雨が降る日の夜。
空っぽの頭が拾った音は、雨音と誰かが泣く声。それと、フーリィが紡ぐ祈りの言葉だけだった。

「そして、安らかな眠りを与え給え……」

先日、村に住む一人の少女が死んだ。
その少女は村の外へ出ており、帰ってくる途中で事故に巻き込まれたらしい。
なんでもその地域は数日前に暴風雨が降っており、地盤がかなり緩んでいたらしい。そして、その少女が乗った馬車がその山道を通っていたそのタイミングで、大規模な土砂崩れが起きたみたいだ。
御者は土砂崩れが起きた時、衝撃で投げ出されていたおかげで大怪我こそ負ったが死なずに済んだらしい。だが少女は大量の土砂の下敷きになり……そのまま亡くなった。

「彼の者の魂が、再びこの地へ導かれるのを見守り給え……」
「う……うわあああああああああああああああああああああああっ!!」

その少女は……妹のホーラだった。

「ああああああああああああああああ、あっああああああああああああっ!!」

たった一人の、大切な家族だったホーラが死んでしまった。
ホーラの死を認めたくない。だが、認めたくなくても、ホーラの死は現実。
深い傷を付けたまま、死に装束を着て棺桶の中で眠るホーラは、二度と目覚めることはない。
直視したくない現実が、葬儀という形で重く圧し掛かり……だけれどもやはり認めたくない俺は、パニックになり取り乱す。
周りの目も気にせず、雨と混じった涙を流しながら、大声で泣き叫ぶ。

「うわああああああああああっああああああああああああああぁ……」
「落ち付け、タイト……今お前が取り乱したら、葬儀も滞ってしまう。それは、ホーラにも悪いだろ?」
「……」

そんな俺の背中を、いつになく優しく叩きながら、落ち付くように諭すティマ。
正直なところ、落ち付けるわけがない。残されたたった一人の家族を失ったのだ。落ち付くなんて不可能だ。
だが、確かにティマの言う通りだ。俺が取り乱したせいで、フーリィの言葉も一瞬止まってしまった。葬儀を長引かせては、死んだホーラにも悪い。

「取り乱すのは、また後だ……今は、兄としてしっかりとホーラを……見送るんだ……」
「……ああ……」

全くもって落ち付いてはいない。心は荒れている。だが、一応泣き叫ぶ事を耐える程には乱れを収めた。
いつもはすらすらと言葉を紡ぐティマが、たどたどしく言葉を発する。こいつだって、ホーラが無くなった事はそれなりにショックなのだろう。
俺の震えた背に置かれた手は、俺と同じように震えている。

「……あのバカ……何人間やめてるの……呪い殺すわよ……」

ショックなのは自分だけではない……周りの様子を見ると、他の参加者だって、それぞれホーラの死を嘆いていた。
ウェーラも下を向いたまま、何かをずっと呟いている。その声は、強くなった雨音のせいで聞こえない。
いつもホーラに対して呪い殺すなどと言っていた魔女は、内心どう思っているのだろうか。

『うえええ大おやぶ〜ん!!』
「……お母さん……」
「ひっく……大丈夫っす。ドニー達、ホーラちゃんを連れて来てくれてありがとうっすよ……」

わんわんと泣くゴブリン達。その中に一人だけ居るホブゴブリンが、モックの娘らしい。
彼女達は出張に行っているホーラと知り合い、仲良くなったらしい。大親分とはホーラの事だろうか、見知らぬゴブリン達は、わんわんと大声で泣いていた。
また、土砂に呑まれてボロボロになったホーラを掘り出し、ここまで丁寧に運んで来てくれた。感謝してもしきれない。

「ぐす……ホーラさん……」
「まだ若いのに……身体もボロボロになっちゃって……」
「痛かっただろうな……」

他にも、ホーラの葬儀に参加してくれた大勢の村人達が、それぞれ別れを惜しんでいる。
この時代の人達にとって俺達はまだ数ヶ月の付き合いしかないのに悲しんでくれている……それが、少しだけ嬉しかった。

「僕が……僕がもっと強力なお守りを作れたら……くそ……くっそおおおおおっ!!」
「落ち付いてヴェンくん……貴方のせいじゃないわ……」
「でも……でも……うわああああああああああああああああああ!」

そして、ホーラが惚れ、ホーラに惚れていたヴェンは……雨音に掻き消されない程大きな声で泣き叫んでいた。
血塗れになったホーラの首にはボロボロになったお守りが掛けられていた。
このお守りはヴェンが作ったものだそうだ。身に付けている者が危険に晒されたら自動で結界が張るようになっていたようだが……土砂崩れには耐えられなかったのだろう。その事を悔やんでいるようだ。
でも、ウェーラの娘が言う通り、彼は悪くない。
むしろ妹の無事を祈りそこまでやってくれたのだ……感謝こそすれど、責めることなどできない。

「どうか、安らかな眠りを……」

止まない雨と涙の中、ホーラの葬儀は着々と進むのであった……



……………………



「タイト、自警団の事だが……お前が立ち直るまでは来なくていい。流石にずっと来ないというのは困るが、気持ちが落ち着くまで最低でも2,3週間程度ならば休んでも構わないからな」
「……ありがとうございますジェニアさん……」

葬儀も終わり、棺桶に入ったホーラの遺体を墓下に埋めた。
手の届かない場所へと向かうホーラを見て、何とも言えない気持ちになる。何も考えられない。
そんな俺を見て、ジェニアさんは当分自警団を休んでもいいと言ってくれた。
流石にそれは悪い……と思いつつも、確かに仕事なぞこなせそうにない。

「じゃあ……気をしっかり持てよ」
「……はい……」

最後の家族を失った……到底受け入れられない。
悪夢であれば覚めてほしい……というか、悪夢であってほしかった。
今は堪えているが……一人になればきっと、また取り乱してしまうだろう。

「それではタイトさん、私はこれで……元気出してくださいね」
「ああ……ありがとう……」

葬儀はすべて終わったので、フーリィを始めとした教会の人達も帰っていく。

「しかし……いったいどうなるのでしょうね?」
「戻ってくるのはほぼ確実でしょうけど、どうなるかは楽しみね」
「私としてはやっぱりぃ……」

ほんの一部だけ、葬儀が終わった途端に盛り上がっている者もいた。
大半は同じ職場で働く魔物だが……こっちの気持ちを知ってか知らずか、すごく楽しそうに談笑しながら歩いている。
彼女達にとってはホーラはそこまで親しいわけではない。だから、気持ちの切り替えが早いのもわかる。
わかっているが……こちらとしては、少し腹も立つ。
大切な妹が死んだのに、何楽しそうにしているんだ、と。

「……」
「おいタイト、これからどうするんだ?」

少々イライラしたり、なんだか複雑な感情がごちゃ混ぜになっている俺に、気楽に話しかけてきたティマ。

「これから……?」
「おう、これから……」
「これからって何だ? こっちはホーラが……大切な家族が死んだんだぞ! これからもクソもあるか!!」
「お、落ち着けってタイト……」
「落ち着いていられるか! 落ち着いてなんか……クソッ!!」

そんな時に、気楽にこれからの事なんて聞くから、つい怒鳴ってしまった。
胸ぐらを掴み、体を持ち上げ、激しく揺らしながら怒鳴りつける。
突然の大きい声だからか、怒鳴り声が聞こえた数人がビックリしてこちらに振り向いた。
だが、俺は叫ぶのを止めない。いや、止まらない。

「こんな事になるならこんな時代なんかに……クソォ!!」
「だから落ち着けっての! お前がここで荒れたところでどうしようもないだろ!」
「うるさい! お前に……お前に俺の気持ちなぞわかるか!」

不安定な心のせいか、自分でも何を言っているのかわからない。それでも、感情が荒れるがままに怒鳴る。
声だけじゃない。頭も何もかもが荒れ狂い……怒鳴り声と同時に、涙も溢れてくる。
もう心は滅茶苦茶だ。

「そりゃあわからなくはないけど……ってお前、もの凄い表情をしてるぞ?」
「あ? あぁ……」

ティマに当たり続けていたが、俺の顔を覗き込んだ後、もの凄い表情を浮かべていると指摘されてしまった。
あまりにも心配そうな表情を浮かべるティマを見て、ほんの少しだけ冷静さを取り戻し、怒鳴るのを止められた。
だが、心はまだグチャグチャな状態だ。とても冷静ではいられない。

「大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ……」

自分が宙に浮いているというのに心配されるほどのものらしいが、その表情を直す事はできそうもない。
というか、もう、自分がどんな表情を浮かべているのかすらわからない。

「本当に大丈夫なのか? 相当なんだが……」
「……すまん、当分の間一人にしてくれ……」
「あっおい!」

何も考えられない。何も考えたくない。
何もかもがわからない俺は、ティマにそれだけ伝え、手を放して逃げるように家に帰った。



====================



「本当に大丈夫なのか? 相当なんだが……」
「……すまん、当分の間一人にしてくれ……」
「あっおい!」

一人にしてくれと言い、オレを地面に落としてそそくさと墓地から走り去っていくタイト。

「まったく……なんだってんだ……」

いつもと違ってやたらと取り乱しているタイトに、オレもどうしたらいいかわからず、その場で立ち尽くすしかなかった。

「ホーラが人間やめただけなのに、あいつ取り乱しすぎだろ……」
「そりゃそうだろ。たった一人の家族が死んだら正気じゃいられんわな」
「ん? ああヨルムか」
「よう。夫婦喧嘩か?」
「誰が夫婦だっての。てかなんでお前ここにいるんだよ」

そんなオレの隣に、ヨルムがスッと現れて話しかけてきた。
確かこいつは葬儀には参加していなかったはずだが……

「ここは村外れだからな。さっきまではダークプリーストが仕事していたようだが、今からはオレ様が仕事する番だ。利用するやつが全員乗るまで待機中」
「ああ、なるほど」

どうやら仕事のために今来たらしい。
たしかに、ここから家まで遠いものもいる。老人や少女を中心に、ヨルムの改造台車を利用する者も多いだろう。

「で、だ。お前もあの女の子とは旧知の仲だったんだろ? それにしては特に悲しむ事なく平然としているようだが……」
「まあな。というかお前からそんな事言われると思わなかったぜ」
「あーまあ……オレ様は確かに今まで多くの人を食ってきたし、自分の家族も知らねえが……アルサが死ぬなんて考えたくねえからな。死んだら絶対暴れ狂う自信がある」
「だろうな。オレだって父様が死んだ時はずっと泣き続けてたしな……」

話は戻り、ホーラへの態度についてだ。

「言っておくが、別にホーラが死んだ事に何も思わないわけじゃないぞ」
「ふーん……にしてはやっぱり平気そうじゃねえか」
「まあ、な……」
「あん?」

別に、オレだってまったくショックがないわけではない。
まだ身体もオスだった頃からの知り合いが、突然亡くなったのだ。
今となっては部下みたいなものでもあるし、そもそもオレが出張なんて押し付けなければ死なずに済んだのだ。悔やむところもある。
だが……

「なんかあるのか?」
「そりゃあ……この村は魔界化してないとはいえ、空気中は勿論、土壌や河川中の魔力含有率は魔界産植物が育つ程度には高いし、そもそも何件か前例だってあるからな」
「あん? いきなりよくわからない事を……」

オレ達が調節しているのでこの村は人間界の親魔物領であるが、本来ならば暗黒魔界化していてもおかしくない程の魔物が住んでおり、また魔力も漂っている。
その証拠に、村外れの山では虜の果実を始め魔界産の植物が成っている。魔物化するには十分だろう。

「それに、おそらくだけど両想いだし、互いに後悔しているだろうからまず間違いなく……」
「おい! だから何の話なんだよ!」
「あん? そりゃあ勿論……」

出発前の様子や、からかった時のホーラの態度、そして先程のヴェンの叫び……気持ち的な問題もない。
これ程想いが強ければ、まず間違いなくこの村に充満している魔力が結びつくはずだ。
そんな事を考えていたら、何の事かわかっていなさそうなヨルムが突っかかってきた。
いちいち言わなくてもわかるかと思ったが……

「……あ、そうか。旧時代は今と違ってそんなに起こる事でもなかったか。起きたとしても人間には喜ばしくない事だし……だからタイトのやつあそこまで取り乱してたのか……」
「おいコラ無視すんなチビ」
「まあ、いずれわかるさ」

冷静に考えてみたら、旧時代ではそう考えられるものではない事に気付いた。
それは、目の前にいるこの時代に来たばかりの魔物がわかっていないことからも明白だろう。同じ魔物ですらわかっていないのだから、人間であるタイトも知る由もない。だからあそこまで取り乱していたのだろうか。

「それよりいいのか? もう台車は満席のようだが……」
「おっといかん! 今すぐ出発するぞ!」

まあ、どちらにせよ数日以内にはこのドラゴンもタイトもわかるだろう。
別にこの葬儀で、ホーラと永い別れになるわけではないという事を。

「帰るぞウェーラ……って、お前まで落ち込んでるのかよ」
「はい……あくまでも人間としてのあの娘とはこれでお別れですからね……思うところはありますよ」
「……そっか。まあ、後生の別れってわけでもないんだ。むしろ、これからはより仲良くなれるだろ」
「だといいですけどね……」

タイトの事は心配だが、先程の様子からしてそっとしておいたほうがいい。あいつならきっと立ち直れるだろう。もし早まるような真似をしようと考えていたとしても、それを実行する前には解決しているはずだ。
それに、オレは村長としてやらなければいけない仕事もまだ沢山ある。一緒に住んでいるのならばともかく、あいつにばかり構ってはいられない。
という事で、まだ墓前で項垂れていたウェーラを呼び、共に家に帰ったのであった。



====================



…………



まっくら……



なにもみえない……



さむい……



おなかすいた……



うでのばす……



ぼろぼろ……



つちがある……



さむい……



せまい……



じゃま……



おなかすいた……



つちほる……



ぶあつい……



あなあいた……



おなかすいた……



そとでる……



くらい……



さむい……



ちょっとみえる……



おなかすいた……



くんくん……



いいにおい……♪



ふらふら……



さむい……



くんくん……



ふらふら……



いいにおい……♪



とびら……



くんくん……



あける……



くらい……



ふらふら……



またとびら……

「ぐす……ホーラ……」

こえきこえる……

「好きだったのに……ひっく……」

ないてる……

「帰ってきたら、告白しようって思ったのにぃ……」

こくはく……

「好きだったのに……うぅ……」

すき……

「もっと……もっとしっかりとお守りを作っていれば……」

すきぃ……❤

「わあああぁぁ……」

とびらあける……

「わぁぁぁ……ん?」

いいにおい……♪

「えっ? ええっ?」

ふらふら……

「な、何? 夢? いたた……」

おなかすいた……

「えっ、な、なんで……?」

おいしそう……

「ちょ、ちょっと待って! えっ、えっ!?」

このぬのじゃま……

「ま、まさか……」

ぼろん……

「うわっ!?」

おいしそう……❤

「ま、待ってホー……」

いただきます……❤

「はうっ!」

はむっ、じゅる……

「うぅ、ま、待って……ひうっ」

れる、じゅぽ、ずぞぞ……

「ふぁっ、だ、だめ……」

ちゅ、れる、じゅぅぅ……

「うぁ、で、でる……!」

んぶっ

「あっ、あぁ……」

ごく……

「ふぅ……はぁ……」

おいしい……❤

「な、なんでこんな……」

あたたかい……

「……ってちょ……わわっ!!」

もっとぉ……❤



====================



「……」

ホーラが死んでから3日が経った。

「はぁ……」

時間は経てども、俺は未だに立ち直れずにいた。

「……」

碌に食事も取らず、ずっと自室のベッドに顔を埋めている。
広い家の中で、ただ一人っきりで、ずっとベッドの上で横になっている。
何度日が昇ろうが、何度沈もうが関係なしに、ベッドに沈み続けている。

「はぁ……」

他に誰もいない広い家の中、溜息ばかりが響く。
何もする気が起きないので、ずっと泣き続けているか、溜息しかしていない。

「はぁぁ……」

この3日間、排便と睡眠以外はずっとベッドの上でこんな感じだ。多少水を飲んだだけで、食事すら取ってない。
自分で料理できないから……というわけではなく、ただ単に食欲が湧かない。
どちらにせよ、もう料理を作っていた妹はこの世にいないのだ……

「……ぐ……」

ホーラの事を思い出しただけで、また涙が溢れてくる。
もう何度も泣き、疲れているのに……まだまだ流れ落ちてくる……

「くそぉ……」

よくわからないまま未来に飛ばされた結果、ホーラは死んでしまった。
過去と違って魔物に殺される事はまずなくなり、死ぬ確率は下がっていたのに……妹は亡くなった。
こんな事なら、未来になんて来なければ良かった。
自分の意思で来たわけではないが、そう思わずにはいられない。

「ぐす……うぅ……」

だからと言って、今過去に戻れたとしても……もう、家族は誰もいない。
もし戻れたところで、一人となった俺は当時のティマとウェーラに殺されてしまうだろう。

でも、それでもいいかもしれない。

そうすれば、家族と会えるのだから。

「……ん?」

そんな事を考えていたら、この静かな家の中で、扉が開く音が微かに響いた。
聞こえてきた場所からして、おそらく玄関が開けられたのだろう。家に帰った時、鍵を閉めた記憶がないのでその可能性は高い。
泥棒はこの辺りの治安からしてまずない。ホーラが返ってきたわけがないし、どうせティマ辺りが用事か何かで勝手に入ったのだろう。
まあ、誰であれ俺は一切動く気はなかった。もう、動く気力さえ残っていない。

「……」

続いて、足音が聞こえてきた。
一切の迷いもなくこちらに近づいているので、この家の構造を知っている者だ。やはりティマだろう。
今、あいつと話をする気にはなれない。だから俺は、溢れ出る涙を抑える為に枕に顔を押し付ける。
既にずぶ濡れであるが……まだまだ濡れる事になる。流れる涙は止まらない。

「……」

足音が止まった。俺の部屋の前に……すぐそこにいるようだ。
でも、顔を上げる気力は湧かなかった。もう、何もしたくなかった。
だが……

「ただいま」
「……え?」

聞こえてきた声は、ティマのものではなかった。

「ただいま」
「え……ま、まさか……」

その声は……死んだはずの、ホーラのものだった。
何故そんな幻聴が……そう思いながら、俺はゆっくりと顔を上げて、声の持ち主のほうへゆっくりと振り向いた。

「お兄ちゃん、ただいま」
「そ、そんな……ホー……ラ?」

そこには、少し着崩れた死に装束を着た女性が立っていた。
無表情ではあるが……目を開き、口を動かしているそれは、紛れもなくホーラだった。

「な……なん……で……」
「食べてないみたい。作ってくるから待ってて……」

土の下の棺桶で眠っているはずの妹が目の前に立っている……何が何だかわからなかった。
動揺している俺を余所に、目の前のホーラは何かを作ると言って目の前から去って行った。

「これは……幻覚か?」

悲しみと、寂しさのあまり俺の頭はどうにかしてしまったのだろうか。
死んだ妹が目の前に立ち喋るなんて、そうとしか思えなかった。
何故なら、自分自身でホーラの遺体は確認している。生きていた可能性はゼロなのだから。

「いや……でもこの匂いは……」

だが、しばらくベッドの上で呆然としていたら、家のキッチンからいい匂いが漂ってきた。
肉の焼ける匂い……これは、買ってあったレミット豚肉を焼いているみたいだ。何も食べてなかった俺の鼻を通り、胃を刺激する。
とてもじゃないが、これまで幻覚とは思えなかった。
だから俺は立ち上がり、ふらふらと覚束ない足取りでキッチンまで向かった。

「ホーラ……」
「もうすぐできる。座って待ってて」
「あ、うん」

そこには、たしかに調理中のホーラが立っていた。
さっきは暗かったので気付かなかったが、妙に青白い肌には、つけていたはずの傷がなかった。
いったい何が起こっているのか……頭の中でまともに整理できないまま、言われるがままにダイニングの椅子に座って待つ。

「完成。簡単だけど、とにかく食べて」
「あ、ああ……」

コトンと置かれた皿の上に乗ったポークソテー。
空腹には強すぎる刺激を受け、戸惑いながらも口に運ぶ。

「……美味い……」
「それはよかった。味覚は変わってない」

このポークソテーは美味しかった。
素材自体いいものではあるが……いつも通りの、ホーラの料理だった。
という事は、目の前にいるホーラはまさにホーラだろう。

「でもなんで……どうして死んだはずのホーラが……」
「まだわかってない。食べないから、頭回ってない」
「え?」

でも何故死んだはずのホーラが目の前にいるのだろうか。
その疑問をぶつけたら、無表情のまま溜息を吐かれ、一つのキーワードを発した。

「アンデッド。わかる?」
「アンデッド……ああ、なるほど」

アンデッド。それは、命が失われているのにも関わらず活動を続ける魔物の総称だ。

「つまり……ホーラはゾンビになったという事か」
「正確には違う。大体あってる」

つまり、死んだホーラがこうして目の前にいるのは、ホーラ自身がアンデッド化……つまりゾンビ属の魔物になったかららしい。
たしかに、それならやけに肌が青白いのも納得がいく。死人であれば、その身体に血色はない。

「にしては、わりと意識はハッキリしてるし、言動も普通のような……」
「今の魔物、全種族サキュバス。アンデッドも」
「なるほどね……」

しかし、アンデッド型の魔物にしては人間の時の記憶を強く残し、また言動もそこそこはっきりしていた。
普通上位のアンデッドでもなければ、いや、たとえ上位のアンデッドでもここまではっきりと意思疎通が図れるのは稀だ。酷ければ呻き声しか出せないはずである。
そんな疑問が湧き出たので聞いてみたが……そういえば、今の魔物は全種族サキュバスの特徴を持っているのであった。
サキュバスであれば、男を誘惑するのに一定の知識や意思は必要だろう。

「まあ、私の場合、ある程度精を搾った」
「へ? あ……」

いや、それ以上に、サキュバスらしく精を自身の魔力や力に変えているからこそここまでしっかりとしているのだろう。
もう精を搾ったというホーラの太腿を見ると、どう考えてもアレな白い液体が垂れていた。

「ほぼ無意識だけど、お兄ちゃんの前、ヴェンのところ行ってきた。そういう約束」
「そ、そうか……」
「好きって言われた。遠慮なくおまんこ、ヴェンのペニス嵌めて中出し」
「お、おう、そうか……」

どうやらアンデッド型の魔物になったホーラは、真っ先にヴェンの元へ行き、そのまま性交を行ったみたいだ。
一切そういった性的な事に興味すらなかった妹が一切の嫌悪感がないどころか当たり前の事のように話す姿に、大きな違和感と得体の知れない怖さを感じた。

「温かで美味しい精液、胃と子宮にいっぱい。色々と回復した」
「ああ、だからゾンビにしては肌に付いてた筈の傷がないのか」
「だからゾンビじゃない。身体と脳の回復に魔力使ってる。服作れない」
「えっじゃあいったい……」
「リッチ」
「ああ、リッチか……まあ、ホーラは魔術が得意だったしおかしくない……のか?」

ゾンビに、いや、本人曰くリッチになったホーラは、相変わらず無表情のまま淡々と喋る。
ここまで感情が薄い妹は初めて見るが……これも魔物化の影響だろうか。

「それにしても全然元気ないし、やっぱりちょっと喋り方がおかしいな。まあアンデッドが元気っていうのもおかしいが……」
「魂を分離、性交時でも冷静。感情も薄く感じる」
「そう……なのか?」
「魂入り経箱、ヴェンの家。あと、まだ回復足りない。うまく喋れない」
「そ、そういうものなのか?」
「本当はもっと欲しかった。ヴェンの体力切れ。魔術による肉体改造余地あり」

今は元気のげの字もないが、元々ホーラは元気な子だった。この変化も、リッチ化した事が関わっているみたいだ。
なんだか、妹の姿をした別人の相手をしているみたいだ。
もしかしたらこのホーラは偽物で、俺に対する誰かの嫌がらせなのでは……なんて考えが頭に過ぎった。

「というか……本当にホーラなんだよな?」
「そうだけど。疑ってる?」
「それは……あまりにも性格というか話し方が違うから……」
「はぁ……お兄ちゃん12歳、大泣きした話する?」
「よしわかった。どうやら本物のホーラのようだな」

ホーラしか知らない俺の恥ずかしい秘密を知っているという事は、このリッチは正真正銘ホーラという事だ。
しかし……それはそれで少しショックだった。

「はぁ……」
「何?」
「いや、ホーラが魔物になって……ちょっとショックだ。なんで魔物になってしまったのかとな……」
「ヴェンに会いたくて蘇った。ヴェンも私好きだった。だからリッチになった」
「そうか……ホーラ自身はそれで良かったのか? 魔物になって嫌ではないのか?」
「大した事ない。私は私。それに、魔物化しない、ずっと墓の中」

本人は平気そうだが、やはりすんなりと受け入れる事はできない。
とはいえ、ホーラ自身が言った通り、リッチにならなければ今もずっと墓の中で眠っていただろう。
再びこうして会話ができているのは、何よりもホーラがリッチ化したからだ。そう思えば、悪い事ばかりではないのかもしれない。
というか、そうやって割り切らないとやっていけない。

「まあ……過去に帰るのは諦めたほうがいいだろうな……」
「帰る気ない。帰りたいの?」
「一応は……やっぱりこの時代は自分には合わない気がしてな……」
「……」

何よりも、ホーラが魔物になったので過去に帰るという選択肢は諦めたほうがよさそうだ。
過去に帰ればその時代のリッチになる。それは、俺を始め村の人達が襲われてしまう可能性があるからだ。
それに、リッチになってまでヴェンと気持ちが通じ合っているのだ。引き離すのも悪い。

「お兄ちゃん、ティマさんと結婚」
「だからどうしてあいつが出てくる。あいつはオスだぞ」
「むぅ……とにかく、こっちで幸せ見つける」
「ああ……前向きに考えるよ」

ホーラ自身は既に過去に戻る気はないみたいだ。
かといって、俺一人で戻っても……それこそまた独りぼっちだ。

「あっ」
「何?」
「そういえば言い忘れてたなと……おかえりホーラ」
「……ただいま」

これからの事を思い悩みながらも、とりあえずは戻ってきた妹の事を喜んだのであった。
15/03/01 23:45更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
お久しぶりです。長らくお待たせしてすみませんでした!
前回から半年以上経ってしまいました……今後はもうちょっと早く続きを出せるように気をつけます。4月から色々と環境が変わるので確約はできませんがね……

という事で今回は死んだホーラがリッチ化してしまった話でした。
大体の人が予想できていたと思いますがね…魔術が好きで得意なホーラはやっぱりリッチでしょうとねw
まあ、これで『ホーラの戦闘力』も強化されました……そして、予定していた大きな話の区分は残すところあと一つになりました。
という事で、次回から最終章に当たる話に入ります。

次回は……またしても過去の夢を見たティマ。一方、タイトは過去に帰る事を諦めきれずに……の予定。

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