6話 女体化ドラゴンと低レベル勇者
「はぁ……はぁ……なんだって言うんだクソォ……!!」
水面に映る影を殴るオレ様。
それでも消える事のない、オレ様の顔を見つめる褐色肌の人間のメスのような顔……オレ様が怒った表情をすると同じく怒った表情を浮かべ、口から炎を吐きだすと同じように炎を噴き出す水面のメス……
つまり、水面に映るメスは、オレ様自身だという事だ。
「ふっざけんなよ! なんで……なんでこんな弱っちそうなメスになるんだよ!!」
しかし、そんな事信じられるはずがなかった。
何故ならオレ様は産まれた時からオスで、しかもこんな人間とはかけ離れたドラゴンだ。
これはきっと悪い夢に違いない。そう思って水面を覗いても……そこに映るのは、絶望の表情を浮かべたメスの顔だった。
「クソォ……夢なら覚めてくれよぉ……」
拳を岩肌にぶつけながらそう言ったところで、この悪夢から目覚める事はない。
これが悪夢じゃなく現実だという事は、オレ様自身もわかっている。
わかってはいるが……認めたくはなかった。
「なんでこんな悪趣味な野郎が魔王になってるんだよ……ふっざけんなよクソがあああああ!!」
そう……これは、現魔王の魔力のせいだ。この身体になった時,なんとなくではあるが現状がわかった。それもこの忌々しい魔力のせいではあるが。
どうやら、この前の村にいた人間のメスと魔物を足して2で割ったような奴等は、全員この時代の魔王……サキュバス属の魔王の影響を受けた純粋な魔物みたいだ。『この時代』というのは、俺がいたはずの時代から500年は経っている……らしい。そんなもの普通に考えたら信じられっこないが、この気持ちの悪い魔力を通して魔王が伝えてくるし、時間が一気に進んでいるからこそ納得できる事が多々あるため信じるしかないだろう。
だがそれがどうした。認めたくないのには変わりは無い。
「があああああっ! 消えろ! 消えてくれええええっ!!」
水面を殴る。何度も何度も、水面が泡立とうが、水が跳ね暴れようが、映るメスが消えるまで殴り続ける。
だが、いくら殴ろうがもちろん消えるわけがない。波に揺らめく影はいつまでも残り続ける。
それはわかっているが、現実を直視したくないオレ様は、その腕を止めない。
「はぁ……はぁ……」
とはいえ、腹が減ってる今の状態では、殴り続けるというのも無理がある。この前人間を食べ損ね、その前後も全く何も食べていない。そのせいで腹が減って仕方がないのだ。
それ以上に、こんな事をしていても何も現状が変わらない事を理解しているので、水面を殴るのをやめた。
「あーくそ……腹減ったなぁ……」
そのまま力無くその場で倒れ込むオレ様。疲れたのもあるが、単純に腹が減って力が出ない。
身体が小さくなった分、食べる量も少なく済むかもしれないから、大量の人間でなく野生動物でも足りるかもしれない。だが、腹が減り過ぎて、その動物を狩りに行く気力すら起きない……
「あーあ、餌の方から舞い込んできてくれねえかなぁ……」
そんな気楽な事を言うが、そう上手くいくとは最初から思ってなどいない。それでも、ここから出るどころか、動く気力すら起きなかった。
このままメスになったこの姿を、まさに生き恥を晒すぐらいなら、飢え死にするのもいいかもしれねえ……ちょっとずつ、そう思えてきた。
「ふぅ……ん?」
そんな時、オレ様の鼻孔に、微かな香りが届いた。
「なんだこの匂い……悪かねえな……」
その香りは……なんだかとても美味しそうで……それでいて心地良いものだった。
どうやら何かが舞い込んできたようだ。なんて都合のいい事だろうか。
「ん〜……感じからして人間か? でも普通の人間の匂いじゃねえな……」
その何かは……違和感があるが、おそらく人間だろう。
ようやく飯にありつける……そう思い、最後の力を振り絞って立ち上がり、侵入者を撃退する準備をする。
「おいそこの貴様、何者だ?」
「うげっ気付かれた……」
匂いと気配のするほうへ声を掛けると、案の定人間のオスの声が聞こえてきた。
まさか気付かれないと思っていたのか、驚き慌てた様子を見せながらそのオスは姿を現した。
「お、俺は勇者アルサ! お前を退治しに来た!!」
「勇……者? どこがだ?」
「う、うるさい! まだ駆け出しだが悪いか!!」
自分の事を勇者と名乗る、アルサという名の目の前にいるオス。
たしかにオレ様に向ける剣や身に纏う鎧からは聖なる力を感じるし、恰好だけなら勇者と言えるかもしれないが……気迫もないし、正直勇者と呼べるような強さがあるとは思えなかった。
どうやらまだまだその称号にふさわしい実力が伴っていないらしい……それでオレ様をドラゴンだとわかって退治しに来るとは、よっぽどの自信家なのかバカなのか、それともこの時代のドラゴンはこのレベルでも倒されるほど弱い存在なのか……まあ、何にせよオレ様には敵うまい。
つまりは極上かつ手に入りやすい飯が向こうからのこのこと現れたという事で……なんと幸運なのだろうか。
「まあなんでもいい……その程度でオレ様を殺しに来るって事は、オレ様の腹の足しになっても文句は言えねえって事だよな?」
「ひっ……の、望むところだ! 俺こそお前を食ってやる!!」
「はあ? ぷっははは! キサマ面白い事言うな。気に入った。そっちからこい!」
「くっそぉ……嘗めやがって……」
腹が減り過ぎて頭がおかしくなったのだろうか。普段ならイラッとするような事でも、何故だか凄く面白いやりとりと感じてしまう。
それに……こいつを食ってやると言っているのに、こいつを食べている自分の姿が想像できない。というより、想像したくない。
自分の考えに自分が疑問を持つというなんとも奇妙な状況に軽く混乱しそうだが、今はそれどころではないので忘れる。
いくら足下にも及ばない雑魚と言っても、今は自慢の鱗に覆われていない部分が多いし、聖剣で運悪く急所を斬られたら流石に不味いので、戦いに集中する。
「ならばまずその嘗め腐った事を言う口を黙らせてやる……うわっ!?」
「おいおい……致命傷に繋がる部分への攻撃なんて注意してるに決まってるだろ?」
「ぐ……」
嘗められた事に腹を立てながら、首を狙って剣を振りかざしてきたアルサ。
だが、動きが単調過ぎるうえ、急所への攻撃はもちろん警戒済みなので当たるわけもなく、軽々と避けて尻尾で転ばせた。
「もう終わりか?」
「そ、そんな訳あるか! 喰らえ!!」
「おっと! 凄い魔術だな」
そのまま起き上がらなかったのでもう終わりかと思いきや、地面に着いた手を中心に魔法陣が広がり、巨大な火柱が上がった。
どうやら剣術よりは魔術のほうが得意みたいだ。火柱の温度はかなりのものらしく、洞窟の天井を焦がす。
「まあ、オレ様と比べたら全くたいした事はねえけどな」
「な……素手で掻き消した……だと……!?」
「炎ってのはな……こういうもんだよ! ボォォォォッ!!」
「う、うわあああっ!!」
とはいえ、スライム相手ならば仕留める事ができる炎でも、オレ様には火傷を負わせる事すらできない。
小さくなったとはいえ充分鋭利で頑丈な自身の爪で火柱を一裂きし、アルサに目掛けて火炎放射を浴びせる。
着込む鎧の加護のおかげで大事には至ってないが、実力の違いを見せつけ相手の戦意をごっそりと削ぎ落とすには充分だ。
「くそっ! こうなったら……」
「遅い!」
「うおっ、しまった!」
懐から何かしらの紙を取り出したアルサ。
何かはわからないが、切札っぽかったので、何かされる前に一瞬で近付き爪で切り裂いた。
「何をする気……ってこりゃ逃げる気だったのか。残念だがキサマの未来はオレ様の飯だ」
「くっそぉ……」
札に書かれている陣は転移系だったので、こいつはこの場から逃げるつもりだったか、もしくはそう見せかけて背後を取るつもりだったのだろう。
まあ、たとえ逃げたとしても、こいつの匂いは強いし、一度覚えたのだから相当遠くに移動しない限りはすぐに見つけられるだろう。
「もう万策尽きたか? それじゃあそろそろとど……!?」
悔しがるだけ悔しがり、次の手を打ってこないアルサ。
もうオレ様に対抗する手段がないと踏んで、止めを刺そうと奴に飛びかかろうとしたら……
「あ……うぐ……」
「……は? 何だいきなり……」
ふっと身体から力が抜け……気がついたらオレ様は地面に倒れていた。
「お、おい、急にどうした?」
「くっそ……力が……入らねぇ……」
ただでさえ何も食って無くて腹が減ってたところに、調子に乗って炎を吐いてしまったせいだろうか。
魔力が空になった揚句、空腹にも限界が来て、オレ様の身体がピクリとぐらいしか動かなくなってしまった。
「最悪だ……このタイミングでエネルギー切れかよ……」
「な、なんだかわからんが助かった……のか?」
目の前に勇者が居るタイミングで動かなくなってしまった身体……いくら足下にも及ばない雑魚と言えど、動けなければ急所への攻撃は避けられない。
普段なら鱗が護っているので聖剣だろうが伝説の剣だろうがそう易々と刃を通しはしない。だが、今の姿では、人間共よりはよっぽど頑丈だと言っても、聖剣の力があれば簡単に首を掻っ切る事ぐらいできるだろう。
「お、おい、大丈夫か? いきなり倒れたように見えたが……」
「うっせえ。腹減ってもう動けねえんだ。殺したければ殺せ」
どうしようもない。手詰まりだ。
まあ、生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がいいかもしれない、そう思ってたオレ様にどこぞの神が気を利かせてくれたのだろう。今となっては生きていたいと思うところもあるが、命乞いするのはオレ様のプライドが許さない。
「腹減ったって……動けない程腹が減ってるのか?」
「ああそうだよ。もう何日も食ってねえ。だからキサマを食おうとしてたんだよ……」
思えば、この時代に来てからはまともに飯を食ってない。この1ヶ月で食べた物と言えば、この洞窟にいた熊ぐらいだ。動けないほど腹が減っていてもおかしくは無い。
今まではいろいろあって忘れてたり、魔力でどうにか補えていたのだろうが……今はその魔力も尽き、限界に達したようだ。
「そうか……なら……」
「……ん? お前何して……」
俺と言葉を交わしていたアルサが、謎の行動を取り始めた。
勇者が動けない魔物を前にしてとどめを刺さないはずがない……のに、何故かアルサは聖剣を地面に置き、持っていた鞄を探り始めたのだ。
「……おいキサマ、これはいったい何のマネだ?」
「腹減ってるんだろ? 見た感じキッチンとかないからこんなのしかないけど……食えよ」
「なっ!?」
そして、取り出した物を……胡椒の香りが漂う大きなジャーキーをオレ様の前に差し出した。これではなかったものの、とても美味そうな匂いにオレ様のヨダレが止まらない。
しかし、これを差しだすとは、いったいどういうつもりなのだろうか。
「キサマ……何を企んでいる?」
「別に何も企んじゃいないさ。毒も塗ったりしてないから食えよ」
「それはわかっている。だからこそ何故こんなマネをするのか聞いているのだ」
「俺は動けない相手を殺すような卑怯な真似が嫌いなだけだ。正々堂々と打ち倒したいんだよ。何日も食ってないなら足りないだろうが、これで少しはマシになるだろ? だから食えよ」
どうやら、動けない相手を殺すのは意に反するらしい。たいした実力も無いくせに、こだわりだけは一丁前のようだ。
「……ふん! 勇者の施しなんか受けてたまるか!」
「高らかに腹の音を鳴らして涎が垂れ流れてる状態でそんな事言われても説得力無いぞ。いいから食えよ。味には自信がある。俺を食うよりよっぽど美味いぞ」
「……そこまで言うなら貰おうか……」
プライドで空腹はどうにもならないので、くれるというなら貰う事にした。
「むしゃむしゃ……たしかに美味いな。これお前が作ったのか?」
「まあ……遠征するなら必要な技術だなと思って干し肉始めある程度の料理は作れるが……」
「ほぉ……勇者と名乗るのはおこがましい程度の実力だが、飯は結構上手だな」
「むぐ……魔物に貶されても悔しくは無いし褒められても嬉しくは無い!」
一噛みする毎に肉の旨味としっかりしたスパイスが口の中で爆ぜる。ちゃっちい物であれ、空きっ腹にはとても豪華なごちそうだった。
「ふぅ……ちょっとは生き返ったぜ。もっと何かねえか?」
「お前わりとがめついな……すぐ食える物は無いが、焼けば食える物ならいくつか……」
味をかみしめているうちに、あっという間に無くなってしまった。
しかしまだまだ足りない。これだけでは全然腹は満たされない。
「おい……」
「ん? ひぃっ!?」
「なんかもっと美味そうな匂いがぷんぷんしてんじゃねえか……それを食わせろよ」
アルサが来た時から……いや、その時以上にアルサ自身からは美味しそうな匂いがしていた。
少し食った事で力が入るようになったのか、それともただ本能が働いているだけなのか、オレ様はスッと立ち上がり、アルサの肩に手を掛けた。
「なあいいじゃねえか……」
「お、おい! 顔近いぞ!!」
「あん? オレ様の顔が近いからなんだよ。どうせこの姿じゃ一口で丸呑みとかできねえし怖がる事は無いだろ?」
「べ、別に怖がっては……」
そして、そのままの勢いでアルサを地面に倒し、逃げられないように身体で抑えつける。無駄にでかくなった胸が丁度良い重しになっているような気がしないでもない。
顔を近づけて頼むと、何故か顔を真っ赤にして狼狽えるアルサ。目が泳いでいるが、いったいどうしたというのだろうか。
「ふーん……ぺろっ」
「うわっ!? な、何をする!!」
「いやあ美味そうな匂いがするからつい……それにやっぱ怖がってるじゃねえか」
「こ、怖くは無い! ちょっとビックリしただけだ!」
アルサの肉……という事ではなく、アルサ自身からいい匂いがするのだ。
思わずアルサの顔を犬みたいに舐めてしまった。だが、不思議と嫌じゃないし、腹はともかく、心が満たされるような感じがした。
「や、やめ……んぷっ!?」
「うお、くらっと……んんっ!?」
しばらくは頬や首を舐めていたが、途中で顔を上げた時に空腹のためか目眩がして、つい顔をガクッと下げてしまった。
オレ様の顔の下にはアルサの顔があるわけで……オレ様の唇に、何か少しかさついてはいるものの柔らかいものが……アルサの唇が押しつけられた。
そう、言ってしまえば、オレ様はアルサとキスをしてしまったのだ。
「お、おお、おま……!」
「……」
人間と、しかもオスとキスしてしまうとか、胃に物があれば即吐き出すぐらい気持ち悪いし、速攻で口周りを洗いたくなる。そしてこの事故を忘れるために、その対象を墨も残らないように焼き消す。それぐらい嫌な事だ。
それぐらい嫌な事のはずなのに……何故か嫌じゃなかった。
アルサとのキスは嫌じゃないどころか、他の事がどうでもよくなるぐらい、それだけをしていたいと思うぐらいに、良かった。
この心変わりを疑問に思うよりも、アルサとキスした事を喜んでいる自分がいた。
「き、ききき、キスを……」
「なんだよ別にいいじゃねえか。そんなに嫌だったか?」
「え、いや、その……あっと……い、嫌に決まってるだろ! 魔物からの接吻とか!」
「……ほお……そんなに嫌だったか……」
微妙ににやけて顔を真っ赤にして目を泳がせながら嫌に決まってると言っても説得力は無い。説得力は無いが……表面上だけでも嫌と言われた事に何故か腹が立った。
「だったら……よくなるまでやってやるよ!」
「は!? やめ……んぶぶっ!!」
腹が立ったので……嫌と言えなくなるまでキスしてやることにした。
顔を腕で押さえ、唇を押し付け、舌で固く閉ざそうとするアルサの唇を割り、舌を絡める。深く貪るように、ねっとりとアルサの唇を奪う。
「ちゅぱ……じゅる……れろ……ぷあっ」
「はぁ……はぁ……」
「はは、どうだ、気持ち良かっただろ?」
「はぁ……はぁ……そ、そんなこと……!」
「ほぉ……流石勇者、結構強情だなぁ」
息切れするまで、これでもかというぐらい接吻を続けた。離した唇を、銀色の橋が繋ぎ、すぐに崩れた。
興奮しているのか息が荒く、太股には硬いモノが当たる。それでもまだ自分が性的に興奮している事を認めないアルサに、オレ様は……
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
「うえっ、や、やめ……!」
さっきから太股に当たっている硬いモノを握るために、ズボンを強引に下ろして……
そこから、オレ様はあれこれ考える事を放棄したのだった……
…………
………
……
…
「んぐ、ふぁ〜……」
いつの間にか眠ってしまったようで、オレ様はたしかな満足感と共に目を覚ました。
「んー、いつ寝たっけか……ん?」
間を覚ましたオレ様の眼に入ってきたのは……ここのところ住処にしていた洞窟ではあるが……それ以外にも、普段無いものが視界に入った。
「すー……んん……」
まず、オレ様の近くには、全裸の人間のオスが寝息を立てながら横たわっていた。身体中に何かの液で濡れ、乾いた跡がある。
そして、オレ様自身も何も身に着けておらず、身体中が濡れていた……逸物が無くなった股間の間からは何かが垂れた跡が付いており、その先には白濁の水溜りができていた。
見た目といい、匂いといい、触った感触といい、どう考えてもこれは精液だ。
「うっわぁ……」
ここまで揃っていれば、オレ様が寝る前に何をしていたのかなんて簡単に想像できる。というか、別に忘れてはいない。あれこれ考えるのは止めたが、記憶するのは放棄していなかった。
オレ様は床で寝ている人間のオス……アルサと交わっていたのだ。
自分の身体をアルサに押し付け、盛ったメストカゲのように奴の上で腰を振り、胸を揉まれて喘ぎ、もっと出せと腰を捻る……何一つ忘れる事無く、アルサとの行為は覚えていた。
「これは……」
オレ様は誇り高きオスのドラゴンだ。それなのにオスと、しかも人間のオスと性行為に及んでしまった。しかも、少しおかしくなってたとはいえ自らの意思で、だ。
もうオレ様は外に出られない、いや、もう死ぬしかない。こんな恥ずかしくて情けない経験をして生きて行くなんてゴメンだ……
「……ふはは……♪」
……と、普段のオレ様なら思っているはずだ。
しかし、今のオレ様は……何故か嬉しく思い、色々と満たされていた。アルサを自分の物にしたという誇らしさが、心を高ぶらせていた。
満たされていたと言えば、いつの間にか動けない程の空腹感も解消され、お腹も満たされている。
おそらくだが、今の魔王がサキュバス属の奴という事が関係しているのだろう。サキュバスは元来オスの精液を食料とする魔物だ。その性質が全魔物に影響しているのなら、アルサの精液を子宮でたらふく食ったからお腹がいっぱいになったのだろう。
アルサの精液を、とても甘美でいくらでも食べていたいと思っているのも、そのせいだろう。でも、そう思っているのは、紛れもなくメスになった自分の意志だ。魔王のせいではない。
「おい、起きろアルサ」
「んん……はっ!」
「よっす。おはようさん」
「あ、ああ……そうか……やっぱり現実だったか……」
気持ちよさそうに寝ていたアルサを、身体を揺らして起こす。
目を覚ましたアルサは、まずオレ様の顔を見て、次にオレ様の身体を見て、最後に自分の身体を見た後、顔を真っ青にしてうなだれ始めた。どうやらオレ様との行為が夢ではない事を確認したのだろう。
「なんだよ……あんなに気持ちよさそうに喘いでオレ様のナカに精液をビュクビュクと出してたのに嫌だったとか言わねえよな?」
「くっそぉ……そう思えない自分にショックを受けてるんだよ……」
「そうかそうか♪」
どうやらきちんと気持ち良くは感じてくれていたようだ。なんだか嬉しく思う。
「これからどうしよう……魔物と交わったから勇者失格だしなぁ……」
「あん? そういうもんなのか?」
「そりゃそうだろ……お前責任とれよ……」
「責任って……女々しい事言うなぁ……男勇者ならもっと堂々としろよ」
だがまあ、たしかに魔物と性行為なんてこのご時世でも神が許すとは思えない。おそらくアルサはもう勇者として生きてはいけないだろう。
とはいえ、責任とれと言われても困るが……いや、いい事を思い付いた。
「責任、ねえ……いいぜ」
「え、いいぜって……」
「そうだな……よし決めた! キサマは今日からオレ様専用の飯係だ。文句言わせねえし一生逃さねえからな!」
「……ふぁ!?」
アルサの料理の腕は結構良かった。それに、精の提供者という意味では、最高クラスだ。
だからオレ様は、アルサにはずっとそばにいてもらう事にした。
「お、おい! 俺に拒否権は!?」
「ない」
「そんなキッパリと……」
「いいじゃねえか。その分毎日気持ちいい事してやるからさ。それにどうせ行く宛て無いんだろ?」
「ぐ……わかったよ」
こんないいオスを手放すなんてありえない。オレ様が今まで集めたどんな宝石よりも、高価でかけがえのないものなのだから。
「まあ……いいか。どうやら俺の肉を食べるって事はなさそうだしな」
「あ……まあ、そうだな。うん、ないな」
言われて初めて気付いたが、もうオレ様の中で人間は食料と思わなくなっていた。
アルサはもちろんだが、他の人間を食う気もなんだか失せている。それどころか、以前まで人間を食っていた事すら思い出したくないし、思い出すだけで気持ち悪くなる。
おそらくだが、身体が今の魔物のものに完全に変化したのだろう。もう人間に近い姿をしたメスのドラゴンとして生きて行かないと駄目になってしまったが……そのおかげでアルサにあんな事やこんな事ができると考えれば、良かったのかもしれない。
「そうだ。おい」
「ん、なんだ?」
「一緒にいるのは良いが、それならせめて名前を教えろよ」
「あれ、言ってなかったか? オレ様はヨルムだ。これからよろしくなアルサ」
「ヨルムね。よろしく」
少し照れてそっぽを向いているアルサの顔は、今までの中で一番の宝のように思えた。
「……で、これからどうするんだ?」
「これからって……もう一戦ヤルか?」
「いややらねえよ。飯って言ってもここじゃあまともに調理できない……というか、生活すらままならないと思うんだが」
「あーまあ元々熊の住処だったしな」
胸を押し付けて誘ってやったのに乗らないからつまらん……とか言っている場合ではなさそうだ。
たしかにアルサが言う通り、ここで人間が生活するのは厳しいだろう。湧き水の溜まり場があるとはいえ、ただの洞穴だ。精以外のものを食べたい時もここじゃあ調理もできない。
「じゃあどこかに移り住むか。別にここじゃないと嫌ってわけでもねえし、どっちにしろ元の住処に置いてあった財宝がまだあるか確認するために外に出たいし」
「ああ、ここにずっと住んでたわけじゃないのか。元の住処にキッチンとかは?」
「どちらにしろない。もしあったとしても何百年も前だからとうに朽ちてるだろうしな」
「ん? まあよくわからないが、とにかく前の住処ってところもダメなわけだな」
住処云々で思い出したが、オレ様がコレクションしていた宝物が今どうなっているのかも気になった。
アルサさえいれば他の宝なぞもはやどうでもいいと言えばいいのだが、あれば売って生活費にもなるだろうし、アルサに自慢するためにも確認しておきたい。
「あーじゃあ……一応この近くに親魔物領の村があったな……」
「親魔物領? なんだそりゃ?」
「なんだって……魔物と人間が共存している領地だ。大きいものなら国家クラスのまであるな。ヨルムに会わなきゃ存在してる事自体が意味不明だったがまあ……今ならそういった場所があっても不思議じゃないって思えるな」
「へぇ……そんな場所が……」
それで結局どこで暮らすかを考えてみたところ、アルサ曰く親魔物領なる魔物と人間が共存している土地があるらしい。
今の自分のように、現在ならばたしかに共存する事は可能だから、そう言った場所もあるのだろう……と、考えたところで、ふととある場所が思い付いた。
「そういや……この前バフォメットとか人虎がいるのに人間も一緒にいた村があったな……」
「あ、知ってたのか。俺が言ってるのもそこの事だよ。まあ、一度勇者として乗り込んでるからすんなり受け入れてくれるかはわからないが……」
「そんな事言ったらオレ様なんか村の人間食ったり村の一部を燃やしたりしてるからな。まあでもダメ元で行ってみれば良いんじゃねえか?」
「お、おう。そうだな、行ってみるか」
この前襲った村も、人間と魔物が共にいたので、おそらくその親魔物領とかいう場所だろう。
今の時代からすれば結構な事をした気もするが……そこ以外は知らないのでそこに行ってみるしかないだろう。
「そうと決まれば早速行動開始だ。まずは前の住処に行ってみて、その後でその村に向かう」
「ああ。どうやっていく気だ?」
「そんなもん、こうだ!」
という事で、早速行動に移す事にした。
まずオレ様は、今の魔王の魔力をはじき飛ばし、かつての姿――とはいえ逸物は消滅したままだが――に変化する。こちらの姿のほうが早く飛べるし、アルサを背に乗せて飛びやすいからだ。
かつての姿と思っているように、もはやメスとしての身体が今の自分の姿だと完全に受け入れられたようだ。まあ、こんなゴツい姿ではアルサと交わる事もできないし、あの姿のほうが何かといいので問題は無いが。
「おお……漆黒のドラゴンとはカッコいいな……」
「だろ? オレ様は闇に紛れるのが得意な闇黒のドラゴン様だからな……って、そういえばなんでアルサはオレ様がここにいるって知ってたんだ?」
「ああ、実は数日前に偶然空を見上げたらふらふらと飛んでいるのが見えたんだよ。鱗が黒くて見辛かったが、燃えるように真っ赤な髪があったから結構目立ってたぞ」
「あーそうか。何故か髪の毛は真っ赤で明るかったな……まあ、これもアルサと出会うためだったと考えれば良いものだけどな♪」
「お、おう……恥ずかしい事をそんな真っ直ぐ言うなよな……」
この姿ではその髪も引っ込むので、さっさと用を済ませたいところだ。
という事で、オレ様はアルサを背に乗せて、まずは前の住処に向かったのであった。
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「ふぅ……慣れない事すると疲れるな……」
「お疲れ様ですタイトさん。母が冷やしたホル乳を用意してくれているので飲んで下さい」
「おおそうか。それはありがたい」
「んん〜ふぅ、肉体労働は疲れます……最近はデスクワーク中心でしたし、モルダとの交わりも最近はモルダ主動ばかりでしたからね……」
「ミラさんもお疲れ様です。サポートの人も今回は動かされてますからね……それだけ人手がほしいと言ったところでしょうか」
闇黒のドラゴンが村を襲ってから数日が経過した。
俺達自警団やティマ達サバトの魔女が頑張ったおかげで被害は大きくならずに済んだが、それでも村にある家の一部が焼け落ちたりしてしまったので、ここ数日はサポートメンバーを含む自警団員全員でその修復作業をしていた。
「そういえばヒーナの様子はわかるか?」
「彼女は元気よ。自警団なだけあってすぐにでも復帰できると思うわ。魔物化もしなかったようだし、後遺症もないわ」
「さすがヒーナさんですね……」
「セックさんのほうは吐き出されて地面に落ちた時に腕を骨折したけど、インキュバスだから完治すると思うわ。利き腕じゃないほうだから執筆にも影響は無いわよ」
「それはよかった。ミーテが心配そうな顔をしていたが、それなら安心だろうな」
今俺はディッセとミラと3人でディッセの家の屋根を修理していた。ミラは村の医者であるモルダと、ロロアと共に嫁いでいるので襲われる心配がなく安心して作業に集中できる。
まあ、組み合わせはティマが考えたので、おそらくそこまで配慮してくれたのだろう。
「はぁ……疲れた。というかティマ達も村の修復手伝えっての」
「悪いが魔女達には別の仕事を与えているし、身体が小さくこういった作業は苦手だから任せられねえんだよ。魔術に頼るにも、細かい作業だから幹部クラスぐらいじゃないと難しいしな」
「あら村長さん。どうかされましたか?」
「なに、どこまで修復できたか確認しに来ただけだ。すぐに書類整理に戻るから、今朝指示した通りに働いてくれよな」
サバトや魔術研究所の人間は修復作業を手伝ってくれないのでその事に文句を言ってたら、ティマ本人がヒョコっと屋根の下から顔を出した。
目の負担を軽減する魔術が掛けられているらしい眼鏡を額に乗せているところから、本当に書類整理の合間に様子を見に来ただけのようだ。
「お前自身はやらないのか?」
「バカ言え。この手で細かい修復作業なんてできねえよ。それに指示出す側が現場で動き回ってたら報告とか大変だろ?あとなタイト、お前が思ってる以上に村長の仕事って忙しいんだぞ」
「まあ、それもそうか」
「あれ? 村長さんは料理が上手なので細かい作業は得意だと思ってました」
「料理はもう慣れたからな。料理を始めて最初の10年ぐらいは酷かったんだぜ。まともに包丁すら握れなかったからな」
「それは意外ですね」
たしかにバフォメットの獣の手では釘を打ち込んだりは難しいかもしれない。そんな手なのに料理はかなりの腕前だから意外と器用なのかもしれない。
そういえばティマとの付き合いは長いが、こいつの事をあまり知らない気がする。しかも知っている事の大半は時間を移動する前の事なので今となっては変わっている事も多いだろう。
「そういえばどうしてティマは料理なんて始めたんだ?」
「んーまあ最初はただ興味が出たからってのと、料理ができるお母さん系少女ってのもいいかなとその時入った魔女を見て思った事かな。最初は失敗したりしつつも楽しくてやってただけだが、気付いたら趣味どころか特技になってたな」
「それは凄いですね……少し前にやっていたお料理教室も見事でしたしね。私は村長さんのおかげでモルダに美味しいご飯を作ってあげられます」
「は? お前料理教室なんてやってるのか?」
「前に飲食店経営の奴らが口を揃えて料理を教えてくれって言うものだからそれならとウェーラの案で一回だけ開いたんだよ。結構好評だったうえに少しサバト入信希望も増えて良かったからまた機会があればやるつもりだ」
やはり時代が変わり、色々とやっているらしい。料理が趣味で特技であるティマなんてこの時代にならなければ絶対にありえないものだった。
さすがに料理教室までやっているとは思っていなかったし、やはりこの時代は俺にとっては夢物語のように感じる。
「その時はタイト、お前も参加するか?」
「え、俺は……その……遠慮しとくよ。男だし」
「おいおい、今時は男でも料理できないと大変だぞ。お前ホーラが嫁いだらどうするつもりだよ」
「むぐ……それはそうだが……」
たしかにティマの言う通り、料理の一つや二つぐらいはできたほうが良い気がする。
今は妹に全部任せているが、いつか妹が家を出て行く日も来るだろう。たとえ一緒に家に住む事になっても、旦那さんができたのに自分の為に料理を作ってもらうというのは些か気が引ける。
特に今、妹はどうやら同じ職場で働いている同い年の子と良い仲であるらしい。本人は色恋沙汰ではないと言っているが、顔を真っ赤にして普段以上に強い口調で言われても説得力がない。
まあつまり今絶賛恋をしている最中なので、実際に元の時代に帰る事が可能になっても、妹はこの時代に残るかもしれない。妹には幸せになってほしいので止める気は無いし、そうなった場合は俺一人で生活しないといけないから、料理をできるようにならないといけないとは思っているが……難しいものである。
「じゃあ村長さんが作ってあげるとかは?」
「は? なんでそうなるんだよ。一緒に暮らしているならともかく、毎日こいつの家に通うのは流石に無理だ」
「では一緒に暮らせばいいんじゃないですか?」
「なぜそうなる! この話はおしまいにして、お前達は修復作業に戻れ」
「わかりました」
かと言ってティマの世話になる事は無い。今の時代のティマなら仲良くやっていけるだろうと言っても、いくらなんでもそこまで世話になる気は無い。
そもそもティマと一緒に暮らしなぞしたらこいつが率いている変な宗教団体に加入されかねない。幼い少女至上主義だかなんだか知らないが、未発達な少女の身体に欲情するように洗脳されるなど言語道断だ。
別にそういった奴等を否定する気は無い。ティマの所にいる魔女を始めとした魔物は本当に子供の個体を除いてきちんと中身は大人になっているので非難する気もない。だが、自分が同じ立場になる気はもっとない。
「さて、ディッセの家も終わったし、次は隣か」
「あ、さっきも言ったと思いますがその前に冷えたホル乳貰ってくださいね。村長さんもいります?」
「オレはいらねえ。肉体労働してるわけじゃねえし、お前達以外にまだ見てないグループも居るしな。書類も溜まってるしすぐに次行かねえと」
「そうか……ん?」
ティマが話題を打ちきったし、そろそろ次の修復現場に向かおうとしたところで、不意にバサバサと羽音が聞こえてきた。
「あ、環奈さん」
「どうした環奈、また何かあったのか?」
「村長の言う通り。面白い組み合わせが来た」
「面白い組み合わせ……?」
上を見ると、丁度環奈がそこそこのスピードでこちらに降りてくるのが見えた。
どうやら何かがあったらしい。なんだかよくわからない事を、少しニヤニヤしながらティマに伝えた。
「何の話だ?」
「多分そろそろここに来る……ほら、噂をすればあそこに……」
「あそこに……ってあれは!?」
環奈が翼の先をある一点に伸ばしたので、その方角をジッと見ていると……遠くから黒い大きな影が近付いてくるのが見えた。
その影はだんだんと大きくなり……数日前に見た事がある形になった。
「闇黒のドラゴン!?」
「なっ、また来たのですか!?」
それは……今俺達が修復作業をせざるをえない原因を作った、闇黒のドラゴンだった。
「あーみたいだけど……なるほどな。思ったより早かったみたいだな」
「しかも相手がね。意外過ぎて一瞬疑ったわ」
「な、なんか落ち着いているが、大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫だろ。ドラゴンも、その背中に乗ってる奴もな」
「背中に乗ってる奴?」
また襲ってきたのか……と思ったが、落ち着く魔物勢からしてそうではなさそうだ。
それに、俺の眼では見えないが、誰か乗っているらしい。あのドラゴンが乗せる人物とはいったいどんな大物なんだろうか。
「お、知ってるやつがいた」
「あ、こいつらは……!!」
「えっお前はたしかあの時の……なんでだ?」
なんて思ったら、全然たいした人物ではなかった。
俺達を見つけた闇黒のドラゴンはゆっくりと、屋根の上に乗れるように変化した姿になりながら降りてきた。
その背中にしがみついていた男は……俺がこの時代に来てすぐに村に襲撃してきた、全く強くない勇者だった。
「よ、よう」
「なんだお前、こんなのに負けたのか?」
「こんなの言うな。あと別に負けてない。気に入ったから宝物にしただけだ。飯も精も極上だし優しいからな」
「あーそっちね」
ドラゴンの背に乗れるのは、昔からドラゴンを打ち倒し主だと認められた者ぐらいだった。それなのにこんな雑魚があんなに強いドラゴンの背に乗っているとは何事かと思ったが、どうやらドラゴン自体に気に入られて手篭めにされたみたいだ。
「で、大体予想はつくがこの村に何の用だ?」
「あーそうだ。バフォメット、この村で一番偉い奴知らねえか?」
「オレだ」
「そうかお前か。じゃあ頼みがあるんだが……」
そんな二人が何故この村に来たのかと思ったが、どうやらティマに用があるらしい。
「なんだ、この村に住ませろってか?」
「お、話が早いじゃねえか。その通りだ」
「別にいいぞ。空いてる家はたしか数件あったから、後で誰かに案内させるから好きな所に住め。金はもちろん払ってもらうが、働き始めてからでも構わねえぞ」
「金というか、金の代わりになりそうなものならこの袋にある。オレ様のコレクションだ」
どうやら二人ともこの村に住みたいみたいだ。
おそらく、今の魔物になったドラゴンと実力不足の勇者は共に暮らす事にしたのだろう。それで、知っている親魔物領、つまりこの村で暮らす事に決めたのだと思う。
二人ともこの村に襲撃しておいてよくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだと思ったが、現村長であるティマは二つ返事で了承してしまった。
「おい、いいのかティマ」
「そうですよ村長さん。勇者のほうはともかく、あのドラゴンですよ!?」
「別にいいぞ。確かにこのドラゴンのせいで仕事はいろいろと増えたが、それが理由で移住拒否する気はない。まあ、勇者のほうはたいした事ないからどうでもいいが、ドラゴンが問題起こしたら出て行ってもらうけどな」
「おまえら……俺をそういじめるなよ……」
「そうだぞキサマ達! アルサを馬鹿にするならオレ様も黙って無いぞ!!」
「あ、悪かったな。こっちも悪気はなかった。ただいかんせん弱いもんでな……」
「ぐ、まあそこは否定できないが……」
「ヨルムまで言うか……」
魔物組はもう気にしてないのか、別に反対はしないみたいだ。魔物にしかわからない安心できるものがあるのだろうか。
まあ、それなら俺も文句は無い。ドラゴンが暴れ出したら抑えられる気がしないが、ティマの事だから対策を練ってあるのだろう。
「それでさっきコレクションがどうこう言ってたが……」
「ああ。500年前にオレ様が溜めていた宝物のなかで特にお気に入りだったものが残ってたんだよ。おそらく巣穴の奥深くに隠すようにして置いてたから見つからなかったんだろうな」
ドラゴンが持っていた袋、その中からは……金の王冠や大きな宝石が付いているネックレスなど、高価そうなものが沢山でてきた。
素人目なので詳しい価値はわからないが、どれも家一軒ぐらい簡単に購入できるほどの価値はあるように見えた。
「こんだけありゃ家ぐらい土地ごと買えるだろ?」
「あ、ああ……オレにはきちんとした価値がわからないから、隣の街から鑑定人呼ばねえとハッキリとは言えねえが、余裕で足りると思うぞ。でもいいのか?」
「構わねえ。オレ様にはアルサがいれば充分だ♪」
「お、おい! あまりベタベタとくっつくなよ」
「そ、そうか……」
そう言いながら、アルサという名前らしい勇者を抱きしめるドラゴン。その姿は、大切な宝物を手放さないようにしているというか、好きな人に抱きついているようにしか見えない。
文句を言いつつも、アルサも満更でもなさそうだ。なんというかアツアツである。
「ベタベタすんな。ちょっとイラッとする」
「はは、羨ましいかバフォメット!」
「そういう事じゃねえけどイライラする。鬱陶しい」
「なんだよつれないなぁ……」
それに嫉妬しているかのようにイライラした様子を浮かべるティマ。オスとしての心が残っているから伴侶を作っていないとは言っていたが、それでも羨ましくは思うのだろう。
「まあいいや。とりあえずそれ持ってオレについてこい。色々手続きが必要だからな」
「おう、頼むわ」
「という事でオレは戻るわ。お前達もしっかり仕事しろよ」
「言われなくてもそのつもりだ。ではまたな」
「おう、またな」
まだイライラした様子を見せながらも、ティマはアルサとドラゴンを連れて自分の家へ向かって行った。
「私も団長の所に今の事を報告しに行ってくる」
「あ、はい。お疲れ様です環奈さん」
そして、すっかりいる事を忘れていたが、環奈もジェニアさんのもとへ飛び立っていった。
「……結局なんだったんでしょうか?」
「さあ……まあ、この村の住民が2人増えたって事かな?」
「そのようですね。まあ、魔物娘とその旦那の夫婦ですから、すんなりと受け入れられると思いますよ」
「そんなものなのか……」
この村に賑やかな住民が、しかもまた魔物が増えた。
村長が魔物なので仕方は無いが……なんというか村が魔物に乗っ取られた感じがして、少し寂しく思うところもある。
まあ、強い魔物とおまけに元勇者が村にいてくれるなら、より心強いだろう。同じ村で暮らす者同士、仲良くしたいと思う。
「さて、あいつらの事はティマがどうにかするだろうから、俺達は俺達のやるべき事をやろう」
「そうですね。あ、冷えたホル乳持ってきますね!」
「よろしくお願いしますねディッセ君」
喉越しが良く味の濃いホルスタウロスのミルクを飲み、一息付きながら、俺達は村の修復作業に戻ったのであった。
水面に映る影を殴るオレ様。
それでも消える事のない、オレ様の顔を見つめる褐色肌の人間のメスのような顔……オレ様が怒った表情をすると同じく怒った表情を浮かべ、口から炎を吐きだすと同じように炎を噴き出す水面のメス……
つまり、水面に映るメスは、オレ様自身だという事だ。
「ふっざけんなよ! なんで……なんでこんな弱っちそうなメスになるんだよ!!」
しかし、そんな事信じられるはずがなかった。
何故ならオレ様は産まれた時からオスで、しかもこんな人間とはかけ離れたドラゴンだ。
これはきっと悪い夢に違いない。そう思って水面を覗いても……そこに映るのは、絶望の表情を浮かべたメスの顔だった。
「クソォ……夢なら覚めてくれよぉ……」
拳を岩肌にぶつけながらそう言ったところで、この悪夢から目覚める事はない。
これが悪夢じゃなく現実だという事は、オレ様自身もわかっている。
わかってはいるが……認めたくはなかった。
「なんでこんな悪趣味な野郎が魔王になってるんだよ……ふっざけんなよクソがあああああ!!」
そう……これは、現魔王の魔力のせいだ。この身体になった時,なんとなくではあるが現状がわかった。それもこの忌々しい魔力のせいではあるが。
どうやら、この前の村にいた人間のメスと魔物を足して2で割ったような奴等は、全員この時代の魔王……サキュバス属の魔王の影響を受けた純粋な魔物みたいだ。『この時代』というのは、俺がいたはずの時代から500年は経っている……らしい。そんなもの普通に考えたら信じられっこないが、この気持ちの悪い魔力を通して魔王が伝えてくるし、時間が一気に進んでいるからこそ納得できる事が多々あるため信じるしかないだろう。
だがそれがどうした。認めたくないのには変わりは無い。
「があああああっ! 消えろ! 消えてくれええええっ!!」
水面を殴る。何度も何度も、水面が泡立とうが、水が跳ね暴れようが、映るメスが消えるまで殴り続ける。
だが、いくら殴ろうがもちろん消えるわけがない。波に揺らめく影はいつまでも残り続ける。
それはわかっているが、現実を直視したくないオレ様は、その腕を止めない。
「はぁ……はぁ……」
とはいえ、腹が減ってる今の状態では、殴り続けるというのも無理がある。この前人間を食べ損ね、その前後も全く何も食べていない。そのせいで腹が減って仕方がないのだ。
それ以上に、こんな事をしていても何も現状が変わらない事を理解しているので、水面を殴るのをやめた。
「あーくそ……腹減ったなぁ……」
そのまま力無くその場で倒れ込むオレ様。疲れたのもあるが、単純に腹が減って力が出ない。
身体が小さくなった分、食べる量も少なく済むかもしれないから、大量の人間でなく野生動物でも足りるかもしれない。だが、腹が減り過ぎて、その動物を狩りに行く気力すら起きない……
「あーあ、餌の方から舞い込んできてくれねえかなぁ……」
そんな気楽な事を言うが、そう上手くいくとは最初から思ってなどいない。それでも、ここから出るどころか、動く気力すら起きなかった。
このままメスになったこの姿を、まさに生き恥を晒すぐらいなら、飢え死にするのもいいかもしれねえ……ちょっとずつ、そう思えてきた。
「ふぅ……ん?」
そんな時、オレ様の鼻孔に、微かな香りが届いた。
「なんだこの匂い……悪かねえな……」
その香りは……なんだかとても美味しそうで……それでいて心地良いものだった。
どうやら何かが舞い込んできたようだ。なんて都合のいい事だろうか。
「ん〜……感じからして人間か? でも普通の人間の匂いじゃねえな……」
その何かは……違和感があるが、おそらく人間だろう。
ようやく飯にありつける……そう思い、最後の力を振り絞って立ち上がり、侵入者を撃退する準備をする。
「おいそこの貴様、何者だ?」
「うげっ気付かれた……」
匂いと気配のするほうへ声を掛けると、案の定人間のオスの声が聞こえてきた。
まさか気付かれないと思っていたのか、驚き慌てた様子を見せながらそのオスは姿を現した。
「お、俺は勇者アルサ! お前を退治しに来た!!」
「勇……者? どこがだ?」
「う、うるさい! まだ駆け出しだが悪いか!!」
自分の事を勇者と名乗る、アルサという名の目の前にいるオス。
たしかにオレ様に向ける剣や身に纏う鎧からは聖なる力を感じるし、恰好だけなら勇者と言えるかもしれないが……気迫もないし、正直勇者と呼べるような強さがあるとは思えなかった。
どうやらまだまだその称号にふさわしい実力が伴っていないらしい……それでオレ様をドラゴンだとわかって退治しに来るとは、よっぽどの自信家なのかバカなのか、それともこの時代のドラゴンはこのレベルでも倒されるほど弱い存在なのか……まあ、何にせよオレ様には敵うまい。
つまりは極上かつ手に入りやすい飯が向こうからのこのこと現れたという事で……なんと幸運なのだろうか。
「まあなんでもいい……その程度でオレ様を殺しに来るって事は、オレ様の腹の足しになっても文句は言えねえって事だよな?」
「ひっ……の、望むところだ! 俺こそお前を食ってやる!!」
「はあ? ぷっははは! キサマ面白い事言うな。気に入った。そっちからこい!」
「くっそぉ……嘗めやがって……」
腹が減り過ぎて頭がおかしくなったのだろうか。普段ならイラッとするような事でも、何故だか凄く面白いやりとりと感じてしまう。
それに……こいつを食ってやると言っているのに、こいつを食べている自分の姿が想像できない。というより、想像したくない。
自分の考えに自分が疑問を持つというなんとも奇妙な状況に軽く混乱しそうだが、今はそれどころではないので忘れる。
いくら足下にも及ばない雑魚と言っても、今は自慢の鱗に覆われていない部分が多いし、聖剣で運悪く急所を斬られたら流石に不味いので、戦いに集中する。
「ならばまずその嘗め腐った事を言う口を黙らせてやる……うわっ!?」
「おいおい……致命傷に繋がる部分への攻撃なんて注意してるに決まってるだろ?」
「ぐ……」
嘗められた事に腹を立てながら、首を狙って剣を振りかざしてきたアルサ。
だが、動きが単調過ぎるうえ、急所への攻撃はもちろん警戒済みなので当たるわけもなく、軽々と避けて尻尾で転ばせた。
「もう終わりか?」
「そ、そんな訳あるか! 喰らえ!!」
「おっと! 凄い魔術だな」
そのまま起き上がらなかったのでもう終わりかと思いきや、地面に着いた手を中心に魔法陣が広がり、巨大な火柱が上がった。
どうやら剣術よりは魔術のほうが得意みたいだ。火柱の温度はかなりのものらしく、洞窟の天井を焦がす。
「まあ、オレ様と比べたら全くたいした事はねえけどな」
「な……素手で掻き消した……だと……!?」
「炎ってのはな……こういうもんだよ! ボォォォォッ!!」
「う、うわあああっ!!」
とはいえ、スライム相手ならば仕留める事ができる炎でも、オレ様には火傷を負わせる事すらできない。
小さくなったとはいえ充分鋭利で頑丈な自身の爪で火柱を一裂きし、アルサに目掛けて火炎放射を浴びせる。
着込む鎧の加護のおかげで大事には至ってないが、実力の違いを見せつけ相手の戦意をごっそりと削ぎ落とすには充分だ。
「くそっ! こうなったら……」
「遅い!」
「うおっ、しまった!」
懐から何かしらの紙を取り出したアルサ。
何かはわからないが、切札っぽかったので、何かされる前に一瞬で近付き爪で切り裂いた。
「何をする気……ってこりゃ逃げる気だったのか。残念だがキサマの未来はオレ様の飯だ」
「くっそぉ……」
札に書かれている陣は転移系だったので、こいつはこの場から逃げるつもりだったか、もしくはそう見せかけて背後を取るつもりだったのだろう。
まあ、たとえ逃げたとしても、こいつの匂いは強いし、一度覚えたのだから相当遠くに移動しない限りはすぐに見つけられるだろう。
「もう万策尽きたか? それじゃあそろそろとど……!?」
悔しがるだけ悔しがり、次の手を打ってこないアルサ。
もうオレ様に対抗する手段がないと踏んで、止めを刺そうと奴に飛びかかろうとしたら……
「あ……うぐ……」
「……は? 何だいきなり……」
ふっと身体から力が抜け……気がついたらオレ様は地面に倒れていた。
「お、おい、急にどうした?」
「くっそ……力が……入らねぇ……」
ただでさえ何も食って無くて腹が減ってたところに、調子に乗って炎を吐いてしまったせいだろうか。
魔力が空になった揚句、空腹にも限界が来て、オレ様の身体がピクリとぐらいしか動かなくなってしまった。
「最悪だ……このタイミングでエネルギー切れかよ……」
「な、なんだかわからんが助かった……のか?」
目の前に勇者が居るタイミングで動かなくなってしまった身体……いくら足下にも及ばない雑魚と言えど、動けなければ急所への攻撃は避けられない。
普段なら鱗が護っているので聖剣だろうが伝説の剣だろうがそう易々と刃を通しはしない。だが、今の姿では、人間共よりはよっぽど頑丈だと言っても、聖剣の力があれば簡単に首を掻っ切る事ぐらいできるだろう。
「お、おい、大丈夫か? いきなり倒れたように見えたが……」
「うっせえ。腹減ってもう動けねえんだ。殺したければ殺せ」
どうしようもない。手詰まりだ。
まあ、生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がいいかもしれない、そう思ってたオレ様にどこぞの神が気を利かせてくれたのだろう。今となっては生きていたいと思うところもあるが、命乞いするのはオレ様のプライドが許さない。
「腹減ったって……動けない程腹が減ってるのか?」
「ああそうだよ。もう何日も食ってねえ。だからキサマを食おうとしてたんだよ……」
思えば、この時代に来てからはまともに飯を食ってない。この1ヶ月で食べた物と言えば、この洞窟にいた熊ぐらいだ。動けないほど腹が減っていてもおかしくは無い。
今まではいろいろあって忘れてたり、魔力でどうにか補えていたのだろうが……今はその魔力も尽き、限界に達したようだ。
「そうか……なら……」
「……ん? お前何して……」
俺と言葉を交わしていたアルサが、謎の行動を取り始めた。
勇者が動けない魔物を前にしてとどめを刺さないはずがない……のに、何故かアルサは聖剣を地面に置き、持っていた鞄を探り始めたのだ。
「……おいキサマ、これはいったい何のマネだ?」
「腹減ってるんだろ? 見た感じキッチンとかないからこんなのしかないけど……食えよ」
「なっ!?」
そして、取り出した物を……胡椒の香りが漂う大きなジャーキーをオレ様の前に差し出した。これではなかったものの、とても美味そうな匂いにオレ様のヨダレが止まらない。
しかし、これを差しだすとは、いったいどういうつもりなのだろうか。
「キサマ……何を企んでいる?」
「別に何も企んじゃいないさ。毒も塗ったりしてないから食えよ」
「それはわかっている。だからこそ何故こんなマネをするのか聞いているのだ」
「俺は動けない相手を殺すような卑怯な真似が嫌いなだけだ。正々堂々と打ち倒したいんだよ。何日も食ってないなら足りないだろうが、これで少しはマシになるだろ? だから食えよ」
どうやら、動けない相手を殺すのは意に反するらしい。たいした実力も無いくせに、こだわりだけは一丁前のようだ。
「……ふん! 勇者の施しなんか受けてたまるか!」
「高らかに腹の音を鳴らして涎が垂れ流れてる状態でそんな事言われても説得力無いぞ。いいから食えよ。味には自信がある。俺を食うよりよっぽど美味いぞ」
「……そこまで言うなら貰おうか……」
プライドで空腹はどうにもならないので、くれるというなら貰う事にした。
「むしゃむしゃ……たしかに美味いな。これお前が作ったのか?」
「まあ……遠征するなら必要な技術だなと思って干し肉始めある程度の料理は作れるが……」
「ほぉ……勇者と名乗るのはおこがましい程度の実力だが、飯は結構上手だな」
「むぐ……魔物に貶されても悔しくは無いし褒められても嬉しくは無い!」
一噛みする毎に肉の旨味としっかりしたスパイスが口の中で爆ぜる。ちゃっちい物であれ、空きっ腹にはとても豪華なごちそうだった。
「ふぅ……ちょっとは生き返ったぜ。もっと何かねえか?」
「お前わりとがめついな……すぐ食える物は無いが、焼けば食える物ならいくつか……」
味をかみしめているうちに、あっという間に無くなってしまった。
しかしまだまだ足りない。これだけでは全然腹は満たされない。
「おい……」
「ん? ひぃっ!?」
「なんかもっと美味そうな匂いがぷんぷんしてんじゃねえか……それを食わせろよ」
アルサが来た時から……いや、その時以上にアルサ自身からは美味しそうな匂いがしていた。
少し食った事で力が入るようになったのか、それともただ本能が働いているだけなのか、オレ様はスッと立ち上がり、アルサの肩に手を掛けた。
「なあいいじゃねえか……」
「お、おい! 顔近いぞ!!」
「あん? オレ様の顔が近いからなんだよ。どうせこの姿じゃ一口で丸呑みとかできねえし怖がる事は無いだろ?」
「べ、別に怖がっては……」
そして、そのままの勢いでアルサを地面に倒し、逃げられないように身体で抑えつける。無駄にでかくなった胸が丁度良い重しになっているような気がしないでもない。
顔を近づけて頼むと、何故か顔を真っ赤にして狼狽えるアルサ。目が泳いでいるが、いったいどうしたというのだろうか。
「ふーん……ぺろっ」
「うわっ!? な、何をする!!」
「いやあ美味そうな匂いがするからつい……それにやっぱ怖がってるじゃねえか」
「こ、怖くは無い! ちょっとビックリしただけだ!」
アルサの肉……という事ではなく、アルサ自身からいい匂いがするのだ。
思わずアルサの顔を犬みたいに舐めてしまった。だが、不思議と嫌じゃないし、腹はともかく、心が満たされるような感じがした。
「や、やめ……んぷっ!?」
「うお、くらっと……んんっ!?」
しばらくは頬や首を舐めていたが、途中で顔を上げた時に空腹のためか目眩がして、つい顔をガクッと下げてしまった。
オレ様の顔の下にはアルサの顔があるわけで……オレ様の唇に、何か少しかさついてはいるものの柔らかいものが……アルサの唇が押しつけられた。
そう、言ってしまえば、オレ様はアルサとキスをしてしまったのだ。
「お、おお、おま……!」
「……」
人間と、しかもオスとキスしてしまうとか、胃に物があれば即吐き出すぐらい気持ち悪いし、速攻で口周りを洗いたくなる。そしてこの事故を忘れるために、その対象を墨も残らないように焼き消す。それぐらい嫌な事だ。
それぐらい嫌な事のはずなのに……何故か嫌じゃなかった。
アルサとのキスは嫌じゃないどころか、他の事がどうでもよくなるぐらい、それだけをしていたいと思うぐらいに、良かった。
この心変わりを疑問に思うよりも、アルサとキスした事を喜んでいる自分がいた。
「き、ききき、キスを……」
「なんだよ別にいいじゃねえか。そんなに嫌だったか?」
「え、いや、その……あっと……い、嫌に決まってるだろ! 魔物からの接吻とか!」
「……ほお……そんなに嫌だったか……」
微妙ににやけて顔を真っ赤にして目を泳がせながら嫌に決まってると言っても説得力は無い。説得力は無いが……表面上だけでも嫌と言われた事に何故か腹が立った。
「だったら……よくなるまでやってやるよ!」
「は!? やめ……んぶぶっ!!」
腹が立ったので……嫌と言えなくなるまでキスしてやることにした。
顔を腕で押さえ、唇を押し付け、舌で固く閉ざそうとするアルサの唇を割り、舌を絡める。深く貪るように、ねっとりとアルサの唇を奪う。
「ちゅぱ……じゅる……れろ……ぷあっ」
「はぁ……はぁ……」
「はは、どうだ、気持ち良かっただろ?」
「はぁ……はぁ……そ、そんなこと……!」
「ほぉ……流石勇者、結構強情だなぁ」
息切れするまで、これでもかというぐらい接吻を続けた。離した唇を、銀色の橋が繋ぎ、すぐに崩れた。
興奮しているのか息が荒く、太股には硬いモノが当たる。それでもまだ自分が性的に興奮している事を認めないアルサに、オレ様は……
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
「うえっ、や、やめ……!」
さっきから太股に当たっている硬いモノを握るために、ズボンを強引に下ろして……
そこから、オレ様はあれこれ考える事を放棄したのだった……
…………
………
……
…
「んぐ、ふぁ〜……」
いつの間にか眠ってしまったようで、オレ様はたしかな満足感と共に目を覚ました。
「んー、いつ寝たっけか……ん?」
間を覚ましたオレ様の眼に入ってきたのは……ここのところ住処にしていた洞窟ではあるが……それ以外にも、普段無いものが視界に入った。
「すー……んん……」
まず、オレ様の近くには、全裸の人間のオスが寝息を立てながら横たわっていた。身体中に何かの液で濡れ、乾いた跡がある。
そして、オレ様自身も何も身に着けておらず、身体中が濡れていた……逸物が無くなった股間の間からは何かが垂れた跡が付いており、その先には白濁の水溜りができていた。
見た目といい、匂いといい、触った感触といい、どう考えてもこれは精液だ。
「うっわぁ……」
ここまで揃っていれば、オレ様が寝る前に何をしていたのかなんて簡単に想像できる。というか、別に忘れてはいない。あれこれ考えるのは止めたが、記憶するのは放棄していなかった。
オレ様は床で寝ている人間のオス……アルサと交わっていたのだ。
自分の身体をアルサに押し付け、盛ったメストカゲのように奴の上で腰を振り、胸を揉まれて喘ぎ、もっと出せと腰を捻る……何一つ忘れる事無く、アルサとの行為は覚えていた。
「これは……」
オレ様は誇り高きオスのドラゴンだ。それなのにオスと、しかも人間のオスと性行為に及んでしまった。しかも、少しおかしくなってたとはいえ自らの意思で、だ。
もうオレ様は外に出られない、いや、もう死ぬしかない。こんな恥ずかしくて情けない経験をして生きて行くなんてゴメンだ……
「……ふはは……♪」
……と、普段のオレ様なら思っているはずだ。
しかし、今のオレ様は……何故か嬉しく思い、色々と満たされていた。アルサを自分の物にしたという誇らしさが、心を高ぶらせていた。
満たされていたと言えば、いつの間にか動けない程の空腹感も解消され、お腹も満たされている。
おそらくだが、今の魔王がサキュバス属の奴という事が関係しているのだろう。サキュバスは元来オスの精液を食料とする魔物だ。その性質が全魔物に影響しているのなら、アルサの精液を子宮でたらふく食ったからお腹がいっぱいになったのだろう。
アルサの精液を、とても甘美でいくらでも食べていたいと思っているのも、そのせいだろう。でも、そう思っているのは、紛れもなくメスになった自分の意志だ。魔王のせいではない。
「おい、起きろアルサ」
「んん……はっ!」
「よっす。おはようさん」
「あ、ああ……そうか……やっぱり現実だったか……」
気持ちよさそうに寝ていたアルサを、身体を揺らして起こす。
目を覚ましたアルサは、まずオレ様の顔を見て、次にオレ様の身体を見て、最後に自分の身体を見た後、顔を真っ青にしてうなだれ始めた。どうやらオレ様との行為が夢ではない事を確認したのだろう。
「なんだよ……あんなに気持ちよさそうに喘いでオレ様のナカに精液をビュクビュクと出してたのに嫌だったとか言わねえよな?」
「くっそぉ……そう思えない自分にショックを受けてるんだよ……」
「そうかそうか♪」
どうやらきちんと気持ち良くは感じてくれていたようだ。なんだか嬉しく思う。
「これからどうしよう……魔物と交わったから勇者失格だしなぁ……」
「あん? そういうもんなのか?」
「そりゃそうだろ……お前責任とれよ……」
「責任って……女々しい事言うなぁ……男勇者ならもっと堂々としろよ」
だがまあ、たしかに魔物と性行為なんてこのご時世でも神が許すとは思えない。おそらくアルサはもう勇者として生きてはいけないだろう。
とはいえ、責任とれと言われても困るが……いや、いい事を思い付いた。
「責任、ねえ……いいぜ」
「え、いいぜって……」
「そうだな……よし決めた! キサマは今日からオレ様専用の飯係だ。文句言わせねえし一生逃さねえからな!」
「……ふぁ!?」
アルサの料理の腕は結構良かった。それに、精の提供者という意味では、最高クラスだ。
だからオレ様は、アルサにはずっとそばにいてもらう事にした。
「お、おい! 俺に拒否権は!?」
「ない」
「そんなキッパリと……」
「いいじゃねえか。その分毎日気持ちいい事してやるからさ。それにどうせ行く宛て無いんだろ?」
「ぐ……わかったよ」
こんないいオスを手放すなんてありえない。オレ様が今まで集めたどんな宝石よりも、高価でかけがえのないものなのだから。
「まあ……いいか。どうやら俺の肉を食べるって事はなさそうだしな」
「あ……まあ、そうだな。うん、ないな」
言われて初めて気付いたが、もうオレ様の中で人間は食料と思わなくなっていた。
アルサはもちろんだが、他の人間を食う気もなんだか失せている。それどころか、以前まで人間を食っていた事すら思い出したくないし、思い出すだけで気持ち悪くなる。
おそらくだが、身体が今の魔物のものに完全に変化したのだろう。もう人間に近い姿をしたメスのドラゴンとして生きて行かないと駄目になってしまったが……そのおかげでアルサにあんな事やこんな事ができると考えれば、良かったのかもしれない。
「そうだ。おい」
「ん、なんだ?」
「一緒にいるのは良いが、それならせめて名前を教えろよ」
「あれ、言ってなかったか? オレ様はヨルムだ。これからよろしくなアルサ」
「ヨルムね。よろしく」
少し照れてそっぽを向いているアルサの顔は、今までの中で一番の宝のように思えた。
「……で、これからどうするんだ?」
「これからって……もう一戦ヤルか?」
「いややらねえよ。飯って言ってもここじゃあまともに調理できない……というか、生活すらままならないと思うんだが」
「あーまあ元々熊の住処だったしな」
胸を押し付けて誘ってやったのに乗らないからつまらん……とか言っている場合ではなさそうだ。
たしかにアルサが言う通り、ここで人間が生活するのは厳しいだろう。湧き水の溜まり場があるとはいえ、ただの洞穴だ。精以外のものを食べたい時もここじゃあ調理もできない。
「じゃあどこかに移り住むか。別にここじゃないと嫌ってわけでもねえし、どっちにしろ元の住処に置いてあった財宝がまだあるか確認するために外に出たいし」
「ああ、ここにずっと住んでたわけじゃないのか。元の住処にキッチンとかは?」
「どちらにしろない。もしあったとしても何百年も前だからとうに朽ちてるだろうしな」
「ん? まあよくわからないが、とにかく前の住処ってところもダメなわけだな」
住処云々で思い出したが、オレ様がコレクションしていた宝物が今どうなっているのかも気になった。
アルサさえいれば他の宝なぞもはやどうでもいいと言えばいいのだが、あれば売って生活費にもなるだろうし、アルサに自慢するためにも確認しておきたい。
「あーじゃあ……一応この近くに親魔物領の村があったな……」
「親魔物領? なんだそりゃ?」
「なんだって……魔物と人間が共存している領地だ。大きいものなら国家クラスのまであるな。ヨルムに会わなきゃ存在してる事自体が意味不明だったがまあ……今ならそういった場所があっても不思議じゃないって思えるな」
「へぇ……そんな場所が……」
それで結局どこで暮らすかを考えてみたところ、アルサ曰く親魔物領なる魔物と人間が共存している土地があるらしい。
今の自分のように、現在ならばたしかに共存する事は可能だから、そう言った場所もあるのだろう……と、考えたところで、ふととある場所が思い付いた。
「そういや……この前バフォメットとか人虎がいるのに人間も一緒にいた村があったな……」
「あ、知ってたのか。俺が言ってるのもそこの事だよ。まあ、一度勇者として乗り込んでるからすんなり受け入れてくれるかはわからないが……」
「そんな事言ったらオレ様なんか村の人間食ったり村の一部を燃やしたりしてるからな。まあでもダメ元で行ってみれば良いんじゃねえか?」
「お、おう。そうだな、行ってみるか」
この前襲った村も、人間と魔物が共にいたので、おそらくその親魔物領とかいう場所だろう。
今の時代からすれば結構な事をした気もするが……そこ以外は知らないのでそこに行ってみるしかないだろう。
「そうと決まれば早速行動開始だ。まずは前の住処に行ってみて、その後でその村に向かう」
「ああ。どうやっていく気だ?」
「そんなもん、こうだ!」
という事で、早速行動に移す事にした。
まずオレ様は、今の魔王の魔力をはじき飛ばし、かつての姿――とはいえ逸物は消滅したままだが――に変化する。こちらの姿のほうが早く飛べるし、アルサを背に乗せて飛びやすいからだ。
かつての姿と思っているように、もはやメスとしての身体が今の自分の姿だと完全に受け入れられたようだ。まあ、こんなゴツい姿ではアルサと交わる事もできないし、あの姿のほうが何かといいので問題は無いが。
「おお……漆黒のドラゴンとはカッコいいな……」
「だろ? オレ様は闇に紛れるのが得意な闇黒のドラゴン様だからな……って、そういえばなんでアルサはオレ様がここにいるって知ってたんだ?」
「ああ、実は数日前に偶然空を見上げたらふらふらと飛んでいるのが見えたんだよ。鱗が黒くて見辛かったが、燃えるように真っ赤な髪があったから結構目立ってたぞ」
「あーそうか。何故か髪の毛は真っ赤で明るかったな……まあ、これもアルサと出会うためだったと考えれば良いものだけどな♪」
「お、おう……恥ずかしい事をそんな真っ直ぐ言うなよな……」
この姿ではその髪も引っ込むので、さっさと用を済ませたいところだ。
という事で、オレ様はアルサを背に乗せて、まずは前の住処に向かったのであった。
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「ふぅ……慣れない事すると疲れるな……」
「お疲れ様ですタイトさん。母が冷やしたホル乳を用意してくれているので飲んで下さい」
「おおそうか。それはありがたい」
「んん〜ふぅ、肉体労働は疲れます……最近はデスクワーク中心でしたし、モルダとの交わりも最近はモルダ主動ばかりでしたからね……」
「ミラさんもお疲れ様です。サポートの人も今回は動かされてますからね……それだけ人手がほしいと言ったところでしょうか」
闇黒のドラゴンが村を襲ってから数日が経過した。
俺達自警団やティマ達サバトの魔女が頑張ったおかげで被害は大きくならずに済んだが、それでも村にある家の一部が焼け落ちたりしてしまったので、ここ数日はサポートメンバーを含む自警団員全員でその修復作業をしていた。
「そういえばヒーナの様子はわかるか?」
「彼女は元気よ。自警団なだけあってすぐにでも復帰できると思うわ。魔物化もしなかったようだし、後遺症もないわ」
「さすがヒーナさんですね……」
「セックさんのほうは吐き出されて地面に落ちた時に腕を骨折したけど、インキュバスだから完治すると思うわ。利き腕じゃないほうだから執筆にも影響は無いわよ」
「それはよかった。ミーテが心配そうな顔をしていたが、それなら安心だろうな」
今俺はディッセとミラと3人でディッセの家の屋根を修理していた。ミラは村の医者であるモルダと、ロロアと共に嫁いでいるので襲われる心配がなく安心して作業に集中できる。
まあ、組み合わせはティマが考えたので、おそらくそこまで配慮してくれたのだろう。
「はぁ……疲れた。というかティマ達も村の修復手伝えっての」
「悪いが魔女達には別の仕事を与えているし、身体が小さくこういった作業は苦手だから任せられねえんだよ。魔術に頼るにも、細かい作業だから幹部クラスぐらいじゃないと難しいしな」
「あら村長さん。どうかされましたか?」
「なに、どこまで修復できたか確認しに来ただけだ。すぐに書類整理に戻るから、今朝指示した通りに働いてくれよな」
サバトや魔術研究所の人間は修復作業を手伝ってくれないのでその事に文句を言ってたら、ティマ本人がヒョコっと屋根の下から顔を出した。
目の負担を軽減する魔術が掛けられているらしい眼鏡を額に乗せているところから、本当に書類整理の合間に様子を見に来ただけのようだ。
「お前自身はやらないのか?」
「バカ言え。この手で細かい修復作業なんてできねえよ。それに指示出す側が現場で動き回ってたら報告とか大変だろ?あとなタイト、お前が思ってる以上に村長の仕事って忙しいんだぞ」
「まあ、それもそうか」
「あれ? 村長さんは料理が上手なので細かい作業は得意だと思ってました」
「料理はもう慣れたからな。料理を始めて最初の10年ぐらいは酷かったんだぜ。まともに包丁すら握れなかったからな」
「それは意外ですね」
たしかにバフォメットの獣の手では釘を打ち込んだりは難しいかもしれない。そんな手なのに料理はかなりの腕前だから意外と器用なのかもしれない。
そういえばティマとの付き合いは長いが、こいつの事をあまり知らない気がする。しかも知っている事の大半は時間を移動する前の事なので今となっては変わっている事も多いだろう。
「そういえばどうしてティマは料理なんて始めたんだ?」
「んーまあ最初はただ興味が出たからってのと、料理ができるお母さん系少女ってのもいいかなとその時入った魔女を見て思った事かな。最初は失敗したりしつつも楽しくてやってただけだが、気付いたら趣味どころか特技になってたな」
「それは凄いですね……少し前にやっていたお料理教室も見事でしたしね。私は村長さんのおかげでモルダに美味しいご飯を作ってあげられます」
「は? お前料理教室なんてやってるのか?」
「前に飲食店経営の奴らが口を揃えて料理を教えてくれって言うものだからそれならとウェーラの案で一回だけ開いたんだよ。結構好評だったうえに少しサバト入信希望も増えて良かったからまた機会があればやるつもりだ」
やはり時代が変わり、色々とやっているらしい。料理が趣味で特技であるティマなんてこの時代にならなければ絶対にありえないものだった。
さすがに料理教室までやっているとは思っていなかったし、やはりこの時代は俺にとっては夢物語のように感じる。
「その時はタイト、お前も参加するか?」
「え、俺は……その……遠慮しとくよ。男だし」
「おいおい、今時は男でも料理できないと大変だぞ。お前ホーラが嫁いだらどうするつもりだよ」
「むぐ……それはそうだが……」
たしかにティマの言う通り、料理の一つや二つぐらいはできたほうが良い気がする。
今は妹に全部任せているが、いつか妹が家を出て行く日も来るだろう。たとえ一緒に家に住む事になっても、旦那さんができたのに自分の為に料理を作ってもらうというのは些か気が引ける。
特に今、妹はどうやら同じ職場で働いている同い年の子と良い仲であるらしい。本人は色恋沙汰ではないと言っているが、顔を真っ赤にして普段以上に強い口調で言われても説得力がない。
まあつまり今絶賛恋をしている最中なので、実際に元の時代に帰る事が可能になっても、妹はこの時代に残るかもしれない。妹には幸せになってほしいので止める気は無いし、そうなった場合は俺一人で生活しないといけないから、料理をできるようにならないといけないとは思っているが……難しいものである。
「じゃあ村長さんが作ってあげるとかは?」
「は? なんでそうなるんだよ。一緒に暮らしているならともかく、毎日こいつの家に通うのは流石に無理だ」
「では一緒に暮らせばいいんじゃないですか?」
「なぜそうなる! この話はおしまいにして、お前達は修復作業に戻れ」
「わかりました」
かと言ってティマの世話になる事は無い。今の時代のティマなら仲良くやっていけるだろうと言っても、いくらなんでもそこまで世話になる気は無い。
そもそもティマと一緒に暮らしなぞしたらこいつが率いている変な宗教団体に加入されかねない。幼い少女至上主義だかなんだか知らないが、未発達な少女の身体に欲情するように洗脳されるなど言語道断だ。
別にそういった奴等を否定する気は無い。ティマの所にいる魔女を始めとした魔物は本当に子供の個体を除いてきちんと中身は大人になっているので非難する気もない。だが、自分が同じ立場になる気はもっとない。
「さて、ディッセの家も終わったし、次は隣か」
「あ、さっきも言ったと思いますがその前に冷えたホル乳貰ってくださいね。村長さんもいります?」
「オレはいらねえ。肉体労働してるわけじゃねえし、お前達以外にまだ見てないグループも居るしな。書類も溜まってるしすぐに次行かねえと」
「そうか……ん?」
ティマが話題を打ちきったし、そろそろ次の修復現場に向かおうとしたところで、不意にバサバサと羽音が聞こえてきた。
「あ、環奈さん」
「どうした環奈、また何かあったのか?」
「村長の言う通り。面白い組み合わせが来た」
「面白い組み合わせ……?」
上を見ると、丁度環奈がそこそこのスピードでこちらに降りてくるのが見えた。
どうやら何かがあったらしい。なんだかよくわからない事を、少しニヤニヤしながらティマに伝えた。
「何の話だ?」
「多分そろそろここに来る……ほら、噂をすればあそこに……」
「あそこに……ってあれは!?」
環奈が翼の先をある一点に伸ばしたので、その方角をジッと見ていると……遠くから黒い大きな影が近付いてくるのが見えた。
その影はだんだんと大きくなり……数日前に見た事がある形になった。
「闇黒のドラゴン!?」
「なっ、また来たのですか!?」
それは……今俺達が修復作業をせざるをえない原因を作った、闇黒のドラゴンだった。
「あーみたいだけど……なるほどな。思ったより早かったみたいだな」
「しかも相手がね。意外過ぎて一瞬疑ったわ」
「な、なんか落ち着いているが、大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫だろ。ドラゴンも、その背中に乗ってる奴もな」
「背中に乗ってる奴?」
また襲ってきたのか……と思ったが、落ち着く魔物勢からしてそうではなさそうだ。
それに、俺の眼では見えないが、誰か乗っているらしい。あのドラゴンが乗せる人物とはいったいどんな大物なんだろうか。
「お、知ってるやつがいた」
「あ、こいつらは……!!」
「えっお前はたしかあの時の……なんでだ?」
なんて思ったら、全然たいした人物ではなかった。
俺達を見つけた闇黒のドラゴンはゆっくりと、屋根の上に乗れるように変化した姿になりながら降りてきた。
その背中にしがみついていた男は……俺がこの時代に来てすぐに村に襲撃してきた、全く強くない勇者だった。
「よ、よう」
「なんだお前、こんなのに負けたのか?」
「こんなの言うな。あと別に負けてない。気に入ったから宝物にしただけだ。飯も精も極上だし優しいからな」
「あーそっちね」
ドラゴンの背に乗れるのは、昔からドラゴンを打ち倒し主だと認められた者ぐらいだった。それなのにこんな雑魚があんなに強いドラゴンの背に乗っているとは何事かと思ったが、どうやらドラゴン自体に気に入られて手篭めにされたみたいだ。
「で、大体予想はつくがこの村に何の用だ?」
「あーそうだ。バフォメット、この村で一番偉い奴知らねえか?」
「オレだ」
「そうかお前か。じゃあ頼みがあるんだが……」
そんな二人が何故この村に来たのかと思ったが、どうやらティマに用があるらしい。
「なんだ、この村に住ませろってか?」
「お、話が早いじゃねえか。その通りだ」
「別にいいぞ。空いてる家はたしか数件あったから、後で誰かに案内させるから好きな所に住め。金はもちろん払ってもらうが、働き始めてからでも構わねえぞ」
「金というか、金の代わりになりそうなものならこの袋にある。オレ様のコレクションだ」
どうやら二人ともこの村に住みたいみたいだ。
おそらく、今の魔物になったドラゴンと実力不足の勇者は共に暮らす事にしたのだろう。それで、知っている親魔物領、つまりこの村で暮らす事に決めたのだと思う。
二人ともこの村に襲撃しておいてよくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだと思ったが、現村長であるティマは二つ返事で了承してしまった。
「おい、いいのかティマ」
「そうですよ村長さん。勇者のほうはともかく、あのドラゴンですよ!?」
「別にいいぞ。確かにこのドラゴンのせいで仕事はいろいろと増えたが、それが理由で移住拒否する気はない。まあ、勇者のほうはたいした事ないからどうでもいいが、ドラゴンが問題起こしたら出て行ってもらうけどな」
「おまえら……俺をそういじめるなよ……」
「そうだぞキサマ達! アルサを馬鹿にするならオレ様も黙って無いぞ!!」
「あ、悪かったな。こっちも悪気はなかった。ただいかんせん弱いもんでな……」
「ぐ、まあそこは否定できないが……」
「ヨルムまで言うか……」
魔物組はもう気にしてないのか、別に反対はしないみたいだ。魔物にしかわからない安心できるものがあるのだろうか。
まあ、それなら俺も文句は無い。ドラゴンが暴れ出したら抑えられる気がしないが、ティマの事だから対策を練ってあるのだろう。
「それでさっきコレクションがどうこう言ってたが……」
「ああ。500年前にオレ様が溜めていた宝物のなかで特にお気に入りだったものが残ってたんだよ。おそらく巣穴の奥深くに隠すようにして置いてたから見つからなかったんだろうな」
ドラゴンが持っていた袋、その中からは……金の王冠や大きな宝石が付いているネックレスなど、高価そうなものが沢山でてきた。
素人目なので詳しい価値はわからないが、どれも家一軒ぐらい簡単に購入できるほどの価値はあるように見えた。
「こんだけありゃ家ぐらい土地ごと買えるだろ?」
「あ、ああ……オレにはきちんとした価値がわからないから、隣の街から鑑定人呼ばねえとハッキリとは言えねえが、余裕で足りると思うぞ。でもいいのか?」
「構わねえ。オレ様にはアルサがいれば充分だ♪」
「お、おい! あまりベタベタとくっつくなよ」
「そ、そうか……」
そう言いながら、アルサという名前らしい勇者を抱きしめるドラゴン。その姿は、大切な宝物を手放さないようにしているというか、好きな人に抱きついているようにしか見えない。
文句を言いつつも、アルサも満更でもなさそうだ。なんというかアツアツである。
「ベタベタすんな。ちょっとイラッとする」
「はは、羨ましいかバフォメット!」
「そういう事じゃねえけどイライラする。鬱陶しい」
「なんだよつれないなぁ……」
それに嫉妬しているかのようにイライラした様子を浮かべるティマ。オスとしての心が残っているから伴侶を作っていないとは言っていたが、それでも羨ましくは思うのだろう。
「まあいいや。とりあえずそれ持ってオレについてこい。色々手続きが必要だからな」
「おう、頼むわ」
「という事でオレは戻るわ。お前達もしっかり仕事しろよ」
「言われなくてもそのつもりだ。ではまたな」
「おう、またな」
まだイライラした様子を見せながらも、ティマはアルサとドラゴンを連れて自分の家へ向かって行った。
「私も団長の所に今の事を報告しに行ってくる」
「あ、はい。お疲れ様です環奈さん」
そして、すっかりいる事を忘れていたが、環奈もジェニアさんのもとへ飛び立っていった。
「……結局なんだったんでしょうか?」
「さあ……まあ、この村の住民が2人増えたって事かな?」
「そのようですね。まあ、魔物娘とその旦那の夫婦ですから、すんなりと受け入れられると思いますよ」
「そんなものなのか……」
この村に賑やかな住民が、しかもまた魔物が増えた。
村長が魔物なので仕方は無いが……なんというか村が魔物に乗っ取られた感じがして、少し寂しく思うところもある。
まあ、強い魔物とおまけに元勇者が村にいてくれるなら、より心強いだろう。同じ村で暮らす者同士、仲良くしたいと思う。
「さて、あいつらの事はティマがどうにかするだろうから、俺達は俺達のやるべき事をやろう」
「そうですね。あ、冷えたホル乳持ってきますね!」
「よろしくお願いしますねディッセ君」
喉越しが良く味の濃いホルスタウロスのミルクを飲み、一息付きながら、俺達は村の修復作業に戻ったのであった。
14/04/10 22:45更新 / マイクロミー
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