連載小説
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5話 古の竜と今の魔物
「ふぁ〜……今日も相変わらず平和だなぁ……」
「良いじゃねえか平和で。ウチはゆっくり寝て食べてとできるから平和で良いよ。ヒーナは嫌なのか?」
「まあ平和が悪いとは言わないけど……ちょっと刺激的な事が起きてもいいんじゃないかなって思っちゃうんだよね」

いつもと変わらぬ平和な村を、あたしはプリルと二人で見回りしていた。
自分で言うのもなんだが、昔から幼馴染みのメイと一緒に鍛えていたからか人間にしては強いあたし。それこそ今一緒にいるミノタウロスのプリルよりは強い。
あたしは戦うのが好きなのだが……それ故にこの村にはメイ以外に丁度良い相手がいないので、毎日退屈している。
自警団に入ればこの闘争本能も満たされるかと思ったが、ジェニア団長やタイトは強すぎるし、他は弱過ぎるしで、満足に戦える相手がいなかった。
まあ、たまに村長さんの命を狙ってやってくる勇者と戦えたりするのでそこまで不満はないが……最近はそういうことも少ないし、来ても雑魚だったりと、満足に戦えておらず、あたしはそういったハプニングでも起きないかとここ最近はいつも考えていた。

「大体夜に起きる事件なんて裏路地で魔物が男を襲ってるとかそんなものしかないじゃない」
「まあね。ウチもたまには刺激的な事が起きてもいいなと思わない事はないからわかるよ。かと言って事件が起きて仕事が増えるのも嫌だけど」
「まあね。あーあ、何か襲ってこないかな〜」
「平和を守る自警団がそんな物騒な事言うなし……」

まあ、プリルの言う通りあんまり何かが起こってくれたらそれはそれで困る。
それに対応せざるをえない状況が来るよりは平和な方が良い。それはわかっている。
ただ、たまには本格的な格闘家とかと戦いたいものだ……メイ相手でもいいが、彼女は昔から熱くなりすぎて時々やり過ぎるところがあるので、勤務がある日はご遠慮願いたい。

「あ、お疲れ様です」
「ん? ああセックさんとミーテちゃん。こんばんは」
「こ、こんばんはです……」

あれこれとプリルと言葉を交わしながら、村の外れの、明かりがほとんどない場所を見回りしていると、散歩中らしき小説家夫婦と出会った。

「こんな遅い時間に出歩くと夜襲してくる魔物がいて危ない……と言いたかったけど、二人ならまず大丈夫か」
「セックさんにはミーテちゃんがいるもんね。ところでこんな時間にどうかしたのですか?」

そもそも滅多に外出しない二人が散歩している事自体不思議だったが、深夜とも言える時間に村外れを出歩いている事に驚いたので理由を尋ねた。
もちろんこの二人の事はよく知っているので不審な事をしているとは思っていないが、一応仕事なので尋ねた。

「何、気分転換の散歩だよ。こうして身体を動かして刺激を与えたほうがアイデアも生まれるし、適度な運動になって身体も解れるからね」
「なるほど……でもミーテちゃんはポケットの中に入っているから運動してなくないか?」
「あ、その……」
「ミーテもさっきまでは飛んでいたよ。ただ疲れたのといつものように他の人と顔を合わせないように隠れてるだけさ」
「あーなるほど。いい加減あたし達村の住民には慣れてほしいものね」
「す、すみません……」

なんて事はない、ただの気分転換の散歩だ。
小説作者という机の前に座りっぱなしの職業である彼らだ。ずっと座りっぱなしでは疲れるから、こうして散歩する事で固まった身体をほぐしているのだろう。
もちろんこの二人は夫婦なので夜の営みという名の運動もしているとは思う……だが、リャナンシーと成人男性という体格差が故、程良い運動にはならないと思うので、こうして時間のある時に散歩をしているのだろう。

「まあ特に問題はないと思うけど、夜道だし不審者や足下には気を付けてね」
「何かあったらウチらに言えよ!」
「はい。それでは……」

ちょっとだけ注意して、また退屈な見回りに戻ろうとした、その時であった。





グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!





「うわっ!?」
「な、なんだ!? 何の音だ!?」

何の前触れも無く、突然村中に何かの叫び声みたいな音が響いた。

「今の声は……空からか?」
「うぅ〜……」
「耳痛い……何なのよいったい……」

まさか本当にハプニングが起きるとは……そう思いながら、音の発生源であろう空を見上げると……

「……何もない?」
「ああ……いや、ちょっと待て。夜空に紛れて何か黒い物が……!?」

目の前には真っ暗な夜空が広がっているだけで、別に何もないように見えた。
しかし、プリルには何かが見えたようで……とても驚いた表情で固まっている。

「いったいどうしたのよ?」
「……おい、喜べヒーナ。お前が待ち望んでいた他者が襲ってくる感じのハプニングだ……」
「へ? ……あ!? ああ……あ……」

プリルが見ている方向をジッと目を凝らして見てみると……微かにそれらしき物が見えた。
しかし……それは、あまりにも強大で……あたしが望んでいたものとはかけ離れていた。

「グルルル……美味そうな人間がひぃふぅみぃ……なんか人間に近い姿をしている変な魔物も居るな……まあいい、飯になる事には変わらない」
「な……ド、ドラゴン……!?」

それは……あたしの身長の何十倍もの大きさを持つ、真っ黒なドラゴンだった。
しかも……他の魔物達とは違い……禍々しくて嫌な雰囲気を纏った、危険なドラゴン。

「さて、悪いがオレ様は腹が減っている。キサマ達には飯になってもらおう」
「へ……な、何をする気!?」

そんなドラゴンが、飯になってもらおうと言いながら、旧時代の姿のまま手を伸ばしてきた。
今の魔物が人間を食べるはずがないのに、こいつは何を言っているのだろうか……そう考えたところで、嫌な予感がよぎった。

たしかタイトが来た時、昔の魔物は人間を普通に食べていたと言っていた……
目の前にいるこいつは、禍々しい魔力といい、人間に近い姿を取らないまま行動をしている事といい、タイトと同じく旧時代からこの時代に流れ着いた魔物なのではないだろうか……と。

「くっ!」
「おう? キサマは人間のメスのくせにちょっとはやるようだな」
「嘗めないでもらいたいわね……!」

もしそうであれば、捕まったら食べられてしまう。
流石のあたしも、旧時代の姿をしたドラゴンに掴まれたら振りほどく事ができないからだ。
だからあたしは、伸ばされた手に蹴りを入れて弾き飛ばした。
抵抗されるとは思っていなかったのか、ドラゴンは予想外だとあたしを褒めたが……嬉しくもなんともない。

「だがこっちのオスはどうかな?」
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「なっしまった!」
「クソ! セックさんとミーテちゃんを離せ!」
「あん? 妖精付きか。まあいいか」

そんなドラゴンが次に標的にしたのは……まだ近くにいたセックさんだった。
大きく鱗に覆われた手が一瞬で伸びてきて、セックさんの身体を掴んでしまった。

「セックさん! 今助け……きゃあっ!」
「はははは! 注意力が足りないようだな!」

そんなセックさんを助けようと、ドラゴンの手を目掛けて飛び蹴りを入れようとしたのだが……セックさんを助けないとという気持ちが先走りし過ぎたのかドラゴンの動きに気付かず、蹴りを入れようと飛びあがったタイミングで、あたしの身体も掴まれてしまった。
腕に力を入れてどうにか脱出しようとするが、やはり単純な力は相手の方が勝っており、もがいてもビクともしない。

「それじゃあいただきます。あーん……」
「は、離しなさいよ!」
「くっそぉ……ミーテ、君だけでも逃げろ!」
「きゃっ!? セ、セック!」
「二人を離しやがれ……ぐああっ!!」
「ち、鬱陶しいな。キサマは後で食ってやるからしばらく大人しくしてな!」

身体中の力を込めて抜け出そうとするが、握られた手は全く解かれる様子を見せない。
もはや諦めたセックさんは、自由に動く右手でポケットの中にいたミーテちゃんを掴み、ドラゴンの手から投げ飛ばした。
また、プリルが装備していた斧でドラゴンの足元を叩き切ろうとするが……鱗が硬過ぎるのか、ダメージは全くなさそうだ。
それどころか、同じように硬い鱗に覆われた太い尻尾でプリルを殴り飛ばし、一撃で気絶させてしまった。

「それじゃああらためて……」
「くっこの……!」
「もう諦めて大人しくしろ。せめてもの優しさで噛まずに丸呑みしてやるからよ」
「それのどこが優し……きゃあああああっ!」

プリルは気絶、ミーテちゃんじゃ力では勝てない……もう、あたし達を助けられる人は近くに居ない。
食べられないようにするには自力でどうにかするしかなかったが、どれだけ力を込めても指を押し退ける事すらできない。
そして……あたしはセックさんと一緒に、ドラゴンの口の中に放り込まれてしまった。

「うわ、気持ち悪……うぶ!」
「いやっ、生暖かいしぬめぬめ……いやぁっ!」

宣言通り、鋭い歯で噛まれる事無くドラゴンの舌の上に乗せられ、きつい臭いを放つ大量の唾液と共に喉まで流し込まれる。
脱出しようにも、唾液で滑るうえ周りはぶにぶにしている舌しかなく掴めるものが何一つないし、そもそも臭いがきつくてまともに思考が働かないので身体も思うように動かないのだ。

「た、助け……」
「ミーテ……ごめ……」

食道を流れ落ちていくあたし達。段々視界が暗闇に包まれ、近くにいるセックさんの姿すら確認できなくなる。
あたしの必死に助けを呼ぶ声も、セックさんのミーテちゃんへの言葉も、ドラゴンの闇の中に吸い込まれていく。

「ぁ……」
「くそぉ……」

胃まで辿り着いたら、後は溶かされてしまうだけだろう。
そもそも辿り着く前に、酸素量が足りないのか息苦しくなり、意識が遠のいてきた。



「」



何かが聞こえたような気がした……けど、それを認識する前に、あたしは二度と目覚めないであろう眠りへとついてしまった……



====================



「あれ? ティマさん、こんな時間にこんな場所でどうしたの?」
「あん? ああ、ホーラか。オレはちょっとしたパトロールだ。お前こそこんな時間にどうしたんだ?」

警戒を始めてから今日で3日目の夜。
闇黒のドラゴンとやらが本当にこの世界に来ていたらと思い、あの会議の後からはこうして夜空を見張る事にしたオレ達。
村の外は環奈に任せてあるが、村の中までは大変だろうからオレ達のサバトで見張りを引き受けることにしたのだ。
自警団に任せようにも、絶対襲ってくると決まっていない相手への警戒を任せる事は、余計な負担を掛ける事になるのでできない。団長のジェニアがその日から発情期に入ってしまったのでなおさらである。
ただ、サバトの魔女達全員で村のあちこちに赴き、魔力を敏感に感知できるように意識を張り巡らせながら見張りを続けているが……実際にこの時代に居るのかは怪しいし、この村に来るかどうかすら定かではないので、若干弛み始めていた。
とはいえ、本当に居た場合、対応が遅れたらそれだけ被害者が出る可能性が増えてしまうので止められないでいた。
それだけ旧時代のドラゴンは危険な存在なのだ。

「私はヴェンの家で魔道具談義してたらこんな時間になっちゃっただけだよ。どうせお兄ちゃんはメイさんと訓練してて帰りは遅いから問題はないと思うけどね」
「ほぉ……ホーラはヴェンと仲良いんだな」
「同い年で同じ趣味持ってるからね」

今日オレは教会付近で見張りをしていた。
相手は夜の暗闇に紛れる……だから空を魔力を乗せ遠くまで見渡せるようにしながら見ていたのだが、ヴェンの家から帰宅中のホーラに声を掛けられた。
軽くあしらうのも悪いので、注意は空に向けながらも他愛のない話を始めた。

「へぇ……もしかして、ヴェンに恋しちゃったりとかしてるのか?」
「えっそ、そんな事はないよ! 仕事仲間を越えた友達なだけだよ! それ以上ではないから!」
「ふーん……」
「な、何なのそのニヤニヤした顔は……」
「いや、顔を真っ赤にしながら慌てた口調で言われてもなーと思ってな」
「べ、別にそういうのじゃないから! ティマさんが急に変な事言うからだよ!」

たまに仕事の様子を覗く事もあるが、ホーラは同じ職場で働くヴェンと本当に仲良さそうにしているのをその度に見掛ける。
その様子は友達以上恋人未満な感じで……ウェーラもさっさとくっ付けばいいのにとやきもきしていた。
タイトも既にヴェンの事は知っているし、以前奴に「もしホーラが旦那としてヴェンを連れてきたらどうする?」と聞いたところ「もう帰れないという前提でなら……彼なら悪い人間じゃないし、ホーラが選んだのなら口出しする気はない」と返されたので、二人ならそのままゴールインする事もできるだろう。
まあ、こうしてからかいこそするものの、オレの場合人の事言えたものじゃないので程々にしておく。

「もう……それはそうと見張りとか……何かあったの?」
「何かあったというよりは何かが起こる可能性が否定できないってとこだ。と言っても起きない可能性のほうが高いからサバトの幹部クラス以上の魔女と自警団の環奈だけで見張ってる」
「へぇ……どおりでお兄ちゃんは何も言ってないのにと思ったよ。ウェーラがなんか忙しそうでやたらこっちに仕事を回してくるのはそのせいなのね」
「まあな。まあお前達村の住民を護る為だから我慢してくれ」
「大丈夫。500年前のウェーラなら胡散臭いだけだけど、今のウェーラが私に頼みごとをしてくるって事は何か村に大きな問題でも起きているのかと思ってたからね」

何故見張りをしていたかを聞かれたが、余計な不安を与えても仕方がないので大雑把に説明した。
ホーラなら十分過ぎる戦力になるのでいざとなったら伝えるつもりではあるが、それは本当に襲ってきてからでも良いだろう。

なんて思っていたら……





グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!






「うわあっ!?」
「な、何!?」

遥か上空から、村中に大きな音が響き渡った。
この鳴き声は……おそらくドラゴンの咆哮だ。

「チッ……マジで魔力を感じねえのかよ……こんな近くに来るまでわからなかったなんて……」
「な、何なの?」
「さっき言った何かが起こる可能性があったものが本当に起きただけだ。あれは……村の北入口の方か!」

眼を凝らして夜空を見上げると……旧時代の姿をしたドラゴンが村に急降下しているのが見えた。
その姿は……まさに闇黒のドラゴンと呼べるものだった。
感じる魔力も、かつての魔物のように禍々しく恐ろしい物を纏っている……どうやらエインが言っていた事が的中してしまったようだ。

「ホーラ、今すぐ戦える準備はしてあるか?」
「えっまあ一応は……でも補助的な物しか今は持ち合わせてないよ」
「よしじゃあ一旦研究室に戻って必要なものを取って、それから村の北入口まで来てくれ。相手は旧時代のドラゴンだから半端な装備はしてくるなよ」
「え……は? 旧時代のドラゴン!? じゃあ今の咆哮って……」
「そう、ドラゴンだ。しかもおそらくお前達と同じように過去から来たな。どうも様子からして未だに今の魔王の魔力を跳ね返しているみたいだから、最悪村の住民が食べられちまうかもしれねえ。そうならないようにできるだけ早く準備して掛けつけてくれ!」
「わ、わかった。ティマさんも気を付けて! バフォメットって言ってもドラゴン相手じゃ……」
「わかってる! オレでもドラゴン相手に一人ではちょっとキツイ。だからなるべく早く来てくれ!」
「了解!」

戦闘準備が満足にできていないホーラ……まあ、教えてなかったので当たり前だが……そんなホーラにすぐに戦闘準備を済ませるように言った後、オレはドラゴンが降り立った場所まで駆け出し始めた。
転移魔術を使ってもいいが、転移先に待ち構えられてそこにドラゴンの足でも飛んできたら回避は困難だし、魔力を温存するためにも走って向かう。
もちろん、その間に犠牲者が出ない事を祈りながらだが……

「クッソ、誰も食われたりするなよ……!」

ドラゴンが降り立ったところに民家はないが……意味もなくあんなところに降りるとは考えにくい。
おそらく巡回中の自警団の人間か、散歩している住民の誰かがその場にいたのだろう……自警団の人間なら多少は抵抗できると思うが、そうでなければ急がないといけない。

「ウウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「……ん? 今何か叫び声が……いったいなんだ?」

そう考えながら走っていたら、目的地の方から微かに叫び声が聞こえてきた。
一体なんだろうと思いながらも、防御呪文を唱えながら、オレは自分が出せる一番速いスピードで、ドラゴンの降り立った場所まで急いだのだった……



====================



「よーし、今日はこんなもんでいいだろう」
「はぁ……め、メイ……もう少し楽な訓練ってないのか?」
「ない。早く剣の腕を上げたタイトと戦いたくてうずうずしているんだ。むしろもっと厳しくしたいところなんだぞ」
「お、お手柔らかに……」

自警団本部の訓練場で、俺は今日もメイと辺りがすっかり暗くなるまで剣の訓練をしていた。
毎度息も切れ切れになる程の訓練をしてくるが、そのおかげで自分でも剣の腕がみるみる上達しているのがわかる。
この時代に来たばかりの頃はメイ相手だと一瞬で剣を弾き飛ばされたりもしたが、今はある程度はまともにやりあえるようになったのがその証拠だ。
今になって言える事だが、たしかに当初の俺の剣の腕は酷かった。脇の締めも動きも甘かったと、今になって痛感する。

「お疲れ様です。お水をどうぞ」
「おう、ありがとうディッセ」
「メイさんも。相変わらず激しい訓練ですね」
「サンキュー! ぷはーっ! 身体をおもいっきり動かした後の水は美味い!」

俺達の訓練を見学していたディッセから水を受け取り、一口飲んで身体を落ち着かせる。
自分の勤務が終わった22時から始め、今終わって時計を確認したら日付が変わって少し過ぎていた……それだけずっと動きっぱなしであれば息が切れても仕方ないだろう。

「ディッセ、次はお前が訓練するか?」
「え、いえ僕はちょっと遠慮しておきます」
「まあお前は正面から戦うんじゃなくて罠を仕掛けたり不意打ちしたり、あとは変わった道具で変わった戦法取ったりとトリッキーな戦術使うけど……それでも基礎体力は向上させておいたほうが良いだろ」
「そ、それはそうですけど……あなた達の特訓に付き合ったら次の日筋肉痛で動けなくなりそうですもん……」
「はは、それは違いない。メイの特訓は厳しいからな」
「そうか? ヒーちゃんはずっとアタシと一緒に訓練してきたけど特に根をあげた事はなかったぞ?」
「ヒーナさんはなんというかほんと凄いですね……本当に人間なのかわからなくなってきます」
「ヒーちゃんは数年前アマゾネスの集落のボスに戦士として相応しいからと拉致られそうになって返り討ちにしたどころか舎弟にしたけど人間だ」
「本当にあいついったい何者だよ……下手すりゃ旧時代でも通用するぞ……」

一息付きながら、俺達三人でのんびりと会話をする。いつか元の時代に帰れるとしても、今は同じ仕事仲間なので、こうした交流も大事だ。
メイとはこうして訓練しているし、ジュリーは教育係としてつい最近まで絶対同じシフトに組まれていたので、特にこの二人との会話は多かった。
他の人とも時間さえあれば会話をするように心がけている……ミーナやプリルは事ある毎に俺を性的に襲おうとしてくるので面倒な所もあるが、普通に話をする分には楽しい。
特に同性であるオストやノルヴェとは気があう。フェイブはレノアとの惚気話が多いのでちょっと困る事もあるが、悪くはない。

「さて、そろそろ帰るか。明日は朝番だからもう4時間ぐらいしか寝れないし早く寝ないとな。ディッセは休みだっけ?」
「はい。なのでこうして夜遅くまで二人の訓練を見ていたのですよ」
「アタシは明日は昼からか……じゃあまだ起きてようかな。というか腹減ったし誰か飯作ってくれねえかな」
「サポートの人でここにいるのジェニアさんの旦那さんぐらいだろ? 彼は今ジェニアさんの相手しているだろうから流石に作ってもらえないんじゃないか?」
「だよなぁ……食料もないし、ヒーちゃんに分けてもらおうにも夜番でいないし……お前達家で何か作ってくれない?」
「俺は毎日ホーラに任せてる。つまり自分では作れない」
「僕もお母さんに作ってもらっているので料理はちょっと……」
「チッ……男でも料理ぐらいできるようになってろっての……まあアタシも自分で作れないから人の事は言えないけどさ……」

明日も仕事があるのでそろそろ帰ろうと、帰宅準備をしながら話を続けていた。

その時である。


ダァンッ!!


「ハァ……ハァ……み、皆……ジェニア団長はどこ?」

大きな音を響かせながら、勢い良く入口のドアが開かれた。
扉の向こうには、滅多に本部には現れないカラステングの環奈が汗だくで立っていた。
さっきの俺以上に息を切らしているところから、村の外れにある見張り小屋から猛スピードで飛んできたようだ。
それはつまり……何か緊急事態が起きているという事である。

「あ、環奈さん。団長さんなら数日前からの発情期が続いているので自室で旦那さんと交わっているかと。急いでここに来たという事は何かあったのですか?」
「うん。聞いて、実は……」

環奈が緊急事態の内容を言おうとした、その瞬間……






グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!






「な、なんだ!?」
「うわっ!?」
「耳がっ!」
「くっ……もう来たのね!」

突然、村中に何か巨大生物の叫び声らしきものが響き渡った。
この鳴き声は……またちょっと種類が違うものなら聞いた事があるが、まさか……

「おい環奈! いったい何が起きている!?」
「あ、ジェニア団長。発情期はもう良いの?」
「今の雄叫びで吹き飛んだ! そんな事より何が起きているか早急に説明しろ!」

と、たじろいでいたら奥の扉が勢い良く開かれた。
今度はなんだとそちらを見てみると……険しい表情を浮かべたジェニアさんが立っていた。全裸で。

「ジェニア団長は発情していたから聞いてなかったかもしれないけど、3日前に村長が言っていたドラゴンが来た」
「ど、ドラゴン!?」
「そう。しかもタイト達が居た時代から来た、人類の敵であるドラゴンが」
「な……っ!?」

いったい何が起きたのかと思ったら……どうやらドラゴンが襲ってきたらしい。
あの咆哮からしてそうかと思ったが……それだけではなく、どうやら俺達が居た時代……つまり、魔王が交代する前の時代から来た魔物らしい。
どうやらティマ達が旧時代のドラゴンがいる情報は入手していたみたいだ。とはいえ一部の人にしか教えてなかった事からも信憑性はなかったのだろう……こうして本当に来たのだから、言わなかったのは失敗だと思うが。

「それってつまり……」
「人間はもちろん、私達魔物も平気で殺して食べる魔物。教団に知れたら一発アウト物」
「それ以前にこの村が壊滅しかねん。急いで行くぞ! メイとタイトは私と一緒に来い! ディッセは私の夫や宿舎にいる奴等と一緒に住民の避難誘導とモルダ達に怪我人を搬送するよう声を掛けておいてくれ!」
「了解です!」
「了解! 行くぞタイト!」
「おう!」

今の魔物と違い、人間はただの餌、殺しても問題無い存在だと思っている魔物……そんな魔物を放っておいたらこの村はあっという間に壊滅してしまうだろう。
ドラゴンと言えば今の時代でもなお地上の王者として名を馳せているような最上位の魔物だ……そんな魔物が何のストッパーも無しに襲いかかれば、今の時代の人間はもちろん、魔物だって下位種族ではまともに相手になるかわからない。
それどころか……あのティマだって一人では敵う相手かどうかわからない。あいつの今の実力はわからないが、相手を一発で死に追いやるような術は忘れたと言っていたからおそらく苦戦は強いられるだろう。
俺自身旧時代のドラゴンは遠くで見た事はあっても戦った事はないが、おそらく一番弱い固体でも一人や妹との二人がかりでは倒せなかったと思う。

「場所は北入口の方。ヒーナとプリル、それとセックとミーテがいるから、その4人を狙ったみたい」
「いかん! あいつらど言えど相手が相手だから早くしないとまずい!! 急ぐぞ!!」
「ま、待って団長さん!!」
「なんだディッセ? 今は一刻を争うから後にしてくれ!」
「いやでも……」

俺達は急いで本部を出て、ドラゴンがいる場所まで行こうとして、ディッセに止められた。

「えっと……その……」
「早く言えよディッセ! お前のせいで間に合わずヒーちゃんが死んでたら一生恨むからな!」
「わ、わかりました! その団長さん……」
「なんだ?」
「緊急事態でも裸で外に行くのは自警団としてマズイかと……」
「……あ……」

たしかに、ついさっきまで旦那さんと性行為に励んでいたジェニアさんは、現在一糸纏わぬ姿でずっと喋っていた。
ジェニアさんはようやく自分が裸だと気付いたようで、徐々に顔を真っ赤に染めた後、恥ずかしさを誤魔化すのに「気付いてたならこっそりと私だけに言わないか」とか「私の裸を見ていいのは夫だけだ」とか呟きながら軽くディッセを叩きつつ旦那さんに服を持ってきてもらい、それを早急に身に付けた。

「こっちよ。急いで」
「ぐ……なんて嫌な魔力だ……」
「タイト、旧時代のドラゴンってどれくらい強いんだ?」
「実際に戦った事がないから詳しくはわからないし、ドラゴンにもピンからキリまであると思うが……ドラゴンの中でも上位の者ならば、おそらく一人で勝てるのは当時の勇者、今でいう魔王の夫やその者とある程度渡り合えるような実力を持つ者ぐらいだろう」
「そこまでか……流石にワクワクするというよりは恐怖のほうがデカイな……」

きちんと隠すところを隠した後、環奈の案内のもと急いでドラゴンが降り立ったという北入口まで向かう俺達。
近付くにつれ感じる圧倒的な威圧感……この時代に来てから感じた事のなかった邪悪な気配だ。

「見えてきたわ」
「あれか! 確かに旧時代のドラゴンのようだ」
「ってあれはヒーちゃんとセック……あのドラゴン何をする気だ!?」

入口が見える場所まで移動した時、俺達の目の前に現れたのは……1体の巨大で真っ黒な鱗に覆われたドラゴンだった。
あまりの黒さに、一瞬闇に溶け込んでいるのかと思った程だ……開いた口がなければどこにいるかわからなかった。
そんなドラゴンが何故口を開けているのかと思ったら……手に持つ何かを口に運ぼうとしているみたいだった。
俺はまだ遠くて確認できていないが……メイ曰く、あのドラゴンが手に持っているのはセックとヒーナらしい。
その二人を……ドラゴンは、口の中へ放り込んだ。

「あーん。ごくんっ。んーやっぱ久々の人間は美味いぜ」
「クソォ! ヒーちゃんを返せー!!」
「ん? お、また餌の方からやってき……あん? 魔物? それとも魔物のフリした人間のメス? この村は良くわからん奴が多いな……まあいいか多分食えるだろう」
「クソッ! なんて硬いんだ!」

自分の幼馴染みが食べられたを直に見たメイは……空にも届くのではないかと言う程炎を勢いよく燃え上がらせ、今まで見た事もない程の怒りで歪ませた顔を浮かべながら、一瞬にして間を詰め足に切り掛かった。
だが、ドラゴンの鱗はそこら辺の金属よりずっと硬い……サラマンダーの全力の力を持ってしても、表面の鱗を少し削るだけだった。

「クソッ! ヒーちゃんを……」
「メイ! 下がれ!!」
「ヒーちゃんをかえ……うわっ!?」
「アツアツのトカゲ……もしかしてサラマンダーと人間のハーフか? ま、焼いた肉も美味いからいいか」

自分の幼馴染みが食われた事への怒りで我を忘れて攻撃を繰り返すメイ。
そんなメイに向かって手を振りおろすドラゴン……鱗が護っているからか、メイの炎はいつもと違い見た目通り熱いのにも関わらず、問題無く炎を裂いてメイの頭上に振り下ろす。
素早く振り下ろされているとは言え、普段のメイならそんなものは軽々とかわせるのだが……怒りでジェニアさんの声すら聞こえていなかったようで、簡単に捕まってしまった。

「メイ!」
「まったく……世話の焼ける……」

このままではメイも食べられてしまう……どうにかしようと動こうとした瞬間、隣にいたジェニアさんがそう呟いた後……



「ウウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」




力強い咆哮を、さっきのドラゴンの咆哮と同等以上にひねり出し……

「な、なん……」
「ハアアッ!!」
「グオッ!?」

瞬歩でドラゴンの腹部に潜りこみ……腹に向かい掌底を繰り出した。

「が……あ……ぐええっ」
「ヒーちゃん!」
「セック!」

硬い鱗を持つドラゴンと言えど、その衝撃は身体の内部に響いたようで……さっきまでの余裕の表情から一変、悶え苦しむ表情を浮かべながら、ジェニアさんの掌底が当たった部分……つまりお腹を押さえていた。
だが、手に持っていたメイを投げ捨てこそしたものの、倒れる素振りは微塵も見せなかった。
しかし、衝撃はよっぽど強かったらしく、腹に入っていたもの……ヒーナとセックの二人を吐きだした。

「ヒーちゃんしっかりしろ!」
「う……」
「意識はない……が、まだ生きてる」
「セック〜!!」

二人ともドラゴンの体液まみれで、意識もないどころか、呼吸すらまともにしてないようだが、身体がビクッと反応したりしている為、死んではいないようだ。
とはいえ、このまま放置していては死んでしまう可能性もある……

「メイ! 二人を病院まで運べ! 今ならまだ助かる!」
「え、でもアタシが離れても……」
「幼馴染みが食われた怒りで冷静な対処ができない奴がいても足手まといだ。それに、お前が急いで病院に運ばないと二人とも死ぬかもしれないんだ。わかったなら早く行け!」
「は、ハイ! プリルは……」
「プリルは飛ばされて気絶しているだけだ。サバトからの援軍が到着次第任せる事にする」
「了解!」

という事で、ジェニアさんは冷静さを失っていたメイに、二人を病院まで運ぶように命令した。
メイは戦力が減る事を心配したが、ジェニアさんの言う通りもたもたしていたら二人とも死んでしまうかもしれないため、二人を担いで村の病院まで掛けて行った。
勿論、そんなメイに振り落とされないようにしっかりと掴まったミーテも一緒にだ。

「ぐ……ぐぞぉ……キサマ……ふざけた事しやがって……」
「ふざけているのは貴様だ。私の部下を勝手に食べないでもらおう」
「部下だと……?」

ダメージが通ったとは言え、やはりドラゴン。
ちょっとの時間で回復したようで、もうふらつく事無くしっかりと立ち、ジェニアさんを殺意を込めて睨みつける。

「オレ様の知ってる姿とは若干違うが、お前は人虎じゃないのか?」
「ああそうだ。私は人虎だ」
「なら何故魔物のキサマが人間の部下を持つ? 言い方からして奴隷ではないのだろう? 上司と部下という関係で人と共にいるとか、キサマには魔物としてのプライドがないのか?」
「……ふっ。貴様は何も知らないのか。ここは貴様が居るべき時代ではないのだ」
「あ……? 良くわからん事言うな。キサマも食うぞ?」

どうやらこのドラゴンは自分が時間移動をした事に気付いていないようだ。
まあそれもそうだろう。俺だってすぐ会ったのがティマでなければとてもじゃないが信じられなかったのだから。

「まあ馬鹿にわかるとは最初から思っていない。私の部下を傷付けた罪、そしてこの村の住民を食べようとした罪、しっかりと償ってもらう!」
「バ……!? オレ様を馬鹿呼ばわりするとは許せねえ……虎女、キサマは食わずに殺す!!」

ジェニアさんが煽った事で怒ったドラゴンは、明確な殺意を剥きだしにしながら鋭い爪を振り下ろす。

「ハアァッ!!」
「ぐっ、このクソ猫があっ!!」
「猫とは心外だな。私は虎……くっ」

息を大きく吐きながら気合を入れて、迫りくる爪を腕で弾き飛ばしたジェニアさん。
しかし、それで止まるドラゴンでは無く、余計に怒って連続で乱れ打つように爪を振りかざしてくる。
一発一発を的確に弾くが、ドラゴンの一撃はとても重く、着々と表情に余裕が無くなっていく。
一方でドラゴンは余裕そうだ。やはり基本的な体力と力と魔力……もはや全部が格上なのだろう。

「私達も行くわよ」
「ああ。ジェニアさん、助太刀す……」
「そこの人間と鳥は黙って見てな! ブォォォォォオッ!」
「きゃっ! 熱い……はっ!!」
「おわっ!? クソッ、これじゃ近付くのも一苦労だ……ってそれどころじゃなさそうだな!」

俺と環奈はジェニアさんを助太刀しようと動いたが、近付く前に灼熱の炎を身体に浴びせられた。
俺は後ろへ、環奈は上空へ飛びなんとかかわしたが、メイのそれとは違いその炎に触れたら大火傷では済まないだろう。
それどころか、奴が吐いた炎のせいで近場の木や草が燃え始めた。このままではあっという間に村が火の海になってしまう。

「環奈! 急いで大量の水を……」
「その必要はねえ! 雨よ、鎮火しろ!」
「ティ、ティマ!」
「あん? なんで急に雨なんか……」

そうなってはマズイと思い、急いでどこかから水を調達して火を消そうとしたところに、良いタイミングでティマが駆け付けてきた。
見慣れた杖の先から灰色の雲を噴き出し、燃えている草木に向けて大量の雨を降らせた。
あっという間に炎は消え去り、火事の心配はなくなった。

「ハァ……ハァ……」
「大丈夫かジェニア? 他の奴等も怪我はないか?」
「村長さん……私は大丈夫だ。タイトと環奈もその様子から火炎放射はきちんと避けたようだし大丈夫だろう。ただ、プリルがやられている」
「うぅ……す、すみません……ウチは戦えそうにないです……」
「プリル、あなたは自分で病院行けそうなら行って。無理なら援軍が来るまでおとなしく離れてなさい」
「あ、ああ……おとなしく離れてる事にするよ……クッソぉ……」

突然の雨に戸惑うドラゴンの隙をついてなんとか後退り、荒れた息を整えるジェニアさん。
同じく雨に打たれて目を覚ましたプリルもこちらに近付いてきたが……ふらふらとしており、とてもじゃないが戦う事はできないだろう。

「ティマ、ホーラや他の魔女達は?」
「別行動中だったから今は居ない。だが、幹部クラスにはすぐ動けるように言ってあるし、たまたま一緒にいたホーラに呼びに向かわせもしたからじきにくるはずだ」
「そうか……相手はかなり強い。気をつけろよ」
「おい」

ティマ以外には来ていないのかと思い確認してみたら、一応こちらに向かっているところだという。
相手は相当強い。だが、あのティマやウェーラが味方ならこんなに心強い事はない。
魔女達がいれば押し退けられるかもしれない。そう考え、気をつけるようにティマに言ったところで、ドラゴンが話し掛けてきた。

「そこの小娘、キサマは何者だ?」
「あん? オレの事か?」
「ああそうだ。キサマから魔獣バフォメットの魔力を感じる。その山羊みたいな格好といい、ただの人間じゃないんだろ? もしやバフォメットと人間のハーフか?」
「違う。オレは純粋なバフォメットだ。まあお前にはわからないとは思うが、今の魔物は皆このように人間の女性と同じ姿をしてんだよ」
「は? どいつもこいつも訳のわからない事を……キサマら全員そんなにオレ様を怒らせたいみたいだなあ……!!」

ティマは何も嘘はついていないが、理解ができないが故にドラゴンは怒りだした。

「人間に味方する魔物なぞ気に食わねえ……死ね!」
「がっ!」
「ぐっ!」
「わあっ!?」
「おわっ!」

やはり先程までは全く本気ではなかったようだ。
翼を大きく広げたかと思えば、一瞬のうちに奴の姿が消え、気が付けば鋭い痛みと共に身体が宙に浮いていた。
服が破れ腹に引っ掻いたような跡があるところから、どうやら目にも止まらぬ速さで奴が俺達の間に飛び込み、そのまま手足の爪で切り裂いたようだ。
ただ、立ち位置が良かったのか、俺の傷はそこまで深くなかった。どうにか着地して状況を確認したところ、ジェニアさんはその筋肉のおかげでたいした怪我にはなっておらず、環奈は体重が軽いから大きく飛ばされてはいるものの、風圧で一気に飛んだからか切り傷はない。

「チッ……ちびバフォメットめ……思った以上にやるようだな……」
「伊達に長生きはしてねえよ……っと!」

そしてティマは……なんとドラゴンの攻撃を一人受け止めていた。
どうやら不意打ち対策に予め防御結界魔術を使っていたらしい。火花を散らしながら、ドラゴンの鋭利な爪を受け止めているティマがいた。

「タイト! お前は右から行け! ジェニアは左、環奈は上だ!」
「おう!」

腕を弾いた後、俺達にそう指示を出したティマ。
言われた通り俺達はすぐに体勢を直してドラゴンに近付く。

「鬱陶しいハエ共が! バラけてこようが無駄だ!」
「くっ、図体がでかいくせに素早い!」

しかし、翼を羽ばたかせ突風を起こし、周囲に渦巻くように火を吐きだしたりと、広範囲に亘る攻撃を繰り出してくるうえ、こちらがなんとか防御するぐらいしかできない程素早く切り裂いてきたりして、思うようには近付けなかった。

「ハッ! やあっ!」
「カラステングの秘術を喰らいなさい!」
「ドラゴンであろうが負けん!」
「クソ! 本気で鬱陶しいぞキサマら……はっ!?」
「よくやったお前達! 巻き込まれないように各自離れろ!」

だが、それでもなんとか掻い潜ってできるだけ近付いたり、伸びてきた腕にカウンターを決めて、ちょっとずつダメージを入れ意識をこちらに向ける。
とはいえ、相手は硬い鱗で覆われた生物だ。先程ジェニアさんが不意打ちで掌底を繰り出した腹のように柔らかい場所でない限り、こちらの打撃攻撃が易々と通るとは思えない。その時と違いドラゴンは油断していないので簡単に急所を狙えるとも思えない。
だからこそ、俺達は相手の気を引くための囮だ。本命は、ティマの放つ巨大魔術である。
ドラゴンが放ったものより強力で巨大な火の玉を飛ばすティマ。いくらドラゴンと言えど、団即は遅くはないし、距離も近いので避けられるはずがなかった。

「おいおい……地上の王者を嘗めるな!!」
「んなっ!? オレの魔術を切り裂きやがった!」

だが、ドラゴンは避けるまでもなく、腕一つでティマの魔術を掻き消してしまった。
相手を即死にする魔術は使えないとはいえ、ダメージを負わせるのには充分な威力に思えたのだが……相変わらずケロッとしていた。

「死ねクソ共が!」
「ぐあっ!!」

そして、丸太の如く太い尻尾を鞭のように撓らせ、俺達を一掃した。全員衝撃で身体が宙に浮く。
なんとか腕でガードしたので気絶まではしていないが、重い一撃に顔が歪む。

「よし、いただ……」
「うおおっ!」
「うぐっ、ちっ……じゃあそこの鳥女から喰って……」
「させるか!」
「ちいっ! またしてもバフォメットか……邪魔だクソチビ!!」

宙に浮き、満足に見動きの取れない俺を食べようと口を開けて飛びながら向かってきたドラゴン。
だが、簡単に食べられるような俺ではない。だらしなく開いた奴の顎に足を引っ掛けて互いの軌道をわずかにずらし、奴の下顎に当たる形でかわした。
もちろん奴に当たったので少し痛いが、食べられて人生が終わるよりはよっぽどマシだろう。
俺を食べ損ねたドラゴンは、舌打ちをしながらターゲットを環奈に変えた。だが、それも地面に着地したティマが即座に重力を操る魔術でも使ったのか、ふらふらしながら宙に浮く環奈を急速に地面に叩きつけることによって回避させた。

「うぐぅ……村長もう少し優しく助けて」
「贅沢言うな。ドラゴンの夜食になるよりはいいだろ。それよりも気合を入れ直せ。ここから一気に畳み掛けるぞ!」
「畳み掛けるだあ? 何寝惚けた事言ってるんだ? キサマらの攻撃なんぞ痛くも痒くもねえ……ん?」

体制を整えるためにドラゴンから距離を取る俺とジェニアさん。
同時に複数人で四方から攻撃しようにも、やたら素早く動けるこのドラゴン相手では効果が薄い。
それに、奴の身体を覆う黒い鱗が本当に邪魔だ。これのせいでこちらの攻撃はほぼダメージが通らない。
このままこの小人数で相手していても倒す事はできないだろう。まだ団長とティマの二人は元気だが、俺はメイとの訓練後という事もあって身体に大きな疲労感があるし、元々直接戦闘タイプでない環奈はすでに満身創痍だ。このままではこちらが全滅しかねない。

このままでは、だが。

「お兄ちゃん! まだ生きてるー?」
「ティマ様、準備に手間取りましたがサバトの魔女部隊、ただいま参りました」
「よく来たお前達! あのドラゴンを大人しくさせるぞ!」
「く……餌になる運命の雑魚がぞろぞろと……鬱陶しい!」

複数の足音が聞こえてきたので後ろを振り返ってみると、呼んだと言っていた妹やウェーラ、それにティマの召使であるアインに部下の魔女達十数名がこちらに向かってきていた。
実際の強さはわからないが、ティマが安心したような表情を浮かべているところからして、魔女達も相当強いのだろう……入れ替わりで環奈は自身も怪我を負ったからと離れたところで待機していたプリルを病院へ運んで行ったが、戦力的にもこれなら行けるかもしれない。

「もうここはやめだ。腹減ってる時にこんな疲れてムカつく事やってられねえ……」

なんて事を思った矢先、ドラゴンが突然そんな事を言い始めた。
そのまま去ってくれるのであれば安心できる……が、そうはいかないみたいだ。

「全員死にな」

そう言い放ち、奴は上空に跳び上がり……巨大な火の玉を顔の前に作り始めた。
先程ティマが放ったものよりも大きくなり、下手すれば村の4分の1は覆うんじゃないかというほどまで巨大化した……おそらく、その火球を村に落とし、俺達を焼き殺すつもりなのだろう。

「A班は水系魔術、B班は氷雪系魔術、C班は村を結界で保護しろ! ウェーラとホーラはそれぞれ魔女の補助、そしてエインと自警団はオレと一緒にドラゴンを引きとめろ!」
『はいっ!!』
「え……わざわざ去ってくれるドラゴンを引きとめるのか?」
「ああ。あいつを今の状態で野放しにして人間を食べたら今の魔物と人間との関係が最悪崩れちまう可能性だってあるからな……あと少しで良いと思うからとりあえず足止めするんだ」
「あと少し? ……ああ、そういう事か。了解!」

もちろん、それを指をくわえて見ているわけにはいかない。
ティマの指示のもと、村を護る為、そして、ドラゴンがこの場を離れないように動き始める。
魔女達や妹は火の玉の消化に全力を注ぐ……手に持つ杖の先から水流や水弾、吹雪などを発生させ火の玉に当てる。ウェーラは魔女一人一人に何かしら……おそらく魔力の流れを良くする補助呪文を掛け、妹は魔女達の周りに魔力を回復させる陣を聖水と触手を駆使して素早く描く。
それでもなかなか消しきれはしないうえ、火の玉からは火の粉……というには大き過ぎる炎が飛び出し家の屋根や草木を燃やす……とはいえ、少しずつ弱まっているため村一帯が焼け野原になる事は避けられそうである。
火のほうは魔女達に任せ、俺はジェニアさんと一緒に、魔術で風船のように軽くなったティマとエインをドラゴン目掛け高々と投げた。

「あのチビ共、やはり魔女だったか……子供ばかり集めて気色わりいな……」
「別に実年齢は100歳越えのお婆ちゃんだっているぜ」
「幼い子供の魅力がわからないなんて、やはりあなたと私は気が合いそうにありませんね」
「なっ!? キサマいつの間に……ぐあっ!」

ドラゴンの背後に飛んだティマ達は、エインの持つ大剣に重力魔法を掛け、油断して反応が遅れたドラゴンの背中に叩きつけた。
いくら頑丈な鱗を持つから斬撃は効かないとはいえ、重量のある剣で叩きつけられればそれだけ衝撃もあり、ドラゴンは地面へと墜落した。

「くっそ……腹減ってるからか思うように動けねぇ……」
「それは好都合……今こそ貴様の命、私が葬り去る!!」
「おいエイン! 気持ちはわかるが……殺すなよ?」
「……ええ、わかってますよティマ様。ですが、おそらく殺す気で行かないと足止めもできないかと」
「……わかっているなら良い。殺したら今度こそオレがお前を殺すから、覚悟しておけよ」
「了解しました。では……!!」

そのままドラゴンと対峙し始めたエイン。
彼が戦うところは一度として見た事はないが、剣を構える姿と気迫でかなりの強者だとわかる。

「オレ様の命を葬る……キサマ如きができるとでも?」
「ああ……私は貴様を殺したくてずっと鍛えていたからな……ハッ!!」
「ぐっ……オレ様の鱗を切り裂くだと……!?」

いや……エインはかなりの強者だ。今まで誰も削りきれていなかった鱗を、たったひと振りで切り裂いたのだから。
おそらく脆い部分を狙ったのだろうが、それを一目で見極めるのは相当な実力を持っている証拠だ。

「クソッ! 勇者でもないただの人間のくせに!!」
「ただの人間でも、恨みの力とそれ以上の愛の力で強くなれるんですよ」

背中、腕、尻尾、顔、足、腹、翼と、ドラゴンの身体へ猛攻を仕掛け、的確にダメージを与える。
ドラゴンもただ黙ってやられてはおらず、爪で切り裂き尻尾で叩きつけ、口から灼熱の炎を浴びせるが、剣で弾き魔術で受け止め、ダメージを最小限に抑えている。

「……なんか会話が物騒だったんだが……」
「その理由はこいつをどうにかしてから詳しく教えてやるよ。だからオレ達はエインと共にあいつを止めるぞ」
「おう!」

目の前の攻防にまともに割り込めるとは思えないが、それでもここでボーっと見ているわけにはいかない。
だから、俺とジェニアさんはティマの治癒魔術でダメージを取り除き、奴の急所を狙うために近付き、自らの拳で鱗ごと打ち抜く。腕に力を入れ、爪を立て腹を抉る。
エインが与えるダメージよりは小さくても、何度も与えれば蓄積されて大きなものになる。

「ぐぁ、ふざけるな! オレ様は地上の王者、ドラゴンだ! こんな雑魚共におされるなんて……クソがあああっ!!」

吹き飛ばされては接近し、拳を防がれては蹴りを入れ、噛みつかれそうになれば顎を撃ち抜き……必死に攻撃を続けるうちに、奴にも焦りの色が見え始めた。
空腹状態であり、本来の力が出ず、頭もそう回転していないからこそ追い詰められているのかもしれない……それは、俺達にとって幸運な事だった。

「死ねえ雑魚共がああああああああっ!!」

そして……とうとうその時が来たようだ。

「ぐおおおおおおおおおおおおおお……おお……あ……あ?」

怒り狂ったドラゴンが、俺達の攻撃をその身に受けながらも、先程村に落とした火球よりもさらに二回り程大きな火球を作っている最中に、動きが止まった。

「よし! タイト、エイン、ジェニア、奴から離れろ!!」

別に体力が尽きたわけではないだろう……だが、魔力、体力ともに結構消費したドラゴンの身体は、活動維持のためにも外気の魔力を取り込んでいただろう。

「あ、ああ……な、なんだこれ……身体が……あつ、い……」

そう、現在の魔王の影響を大きく受けた、サキュバスの魔力を、だ。

「ば、バフォメット……キサマ、オレ様に何をした……!!」
「オレは何もしてないぜ? しいて言うなら、現代の魔王がお前の身体を作り変えてるだけだ」
「なん……だと……? 現代の魔王って……くあぁ……」

つまりこのドラゴンは、今の魔物と同じ身体に……サキュバスの特徴を持った、人間女性のような見た目とドラゴンを合わせたような姿に変わっていっているのだ。
ティマ曰く身体は魔王が交代した時にわりとすぐに変わったと言っていた。いくらドラゴンのような強力な魔物でも、1ヶ月も経っていれば身体が変化するだけの魔力は蓄えているだろう。

「ぐおぉ……身体が……軋む……!!」

黒い鱗や翼、鋭い爪や角はそのままだが、段々とその大きさが小さくなっていく。
見上げる程の大きさだったドラゴンの身体が……じわじわと縮んていく。それこそ、俺よりほんの少し背が高いだけぐらいに。
それと同時に、ごつい爬虫類の顔だったのが、鱗が引っ込み柔らかな褐色の肌が表面に出てきて、また口が小さくなり鋭い牙も八重歯程度に変わり、人間の女性と同じような柔らかなものになった。
それは腕や腹部、太もも辺りも同じで、びっしり覆っていた黒い鱗は半分以上が褐色の艶やかな肌へと変化した。平らだった胸も、何かを蓄えるかのように徐々に膨らんでいく。
そして、頭部からは燃えるように真っ赤な髪が伸びてきて……漆黒の翼と太い尻尾と角、それと鋭い手足を兼ね揃えた女性……おそらく現代版ドラゴンの姿へと変化した。

「くはぁ……な、なんだよこれ!? というかオレ様の声、高くなってねえか!?」
「そりゃあそうだろ。なんたってメスになってるからな」
「はあ!? そんな馬鹿な……って何だこの脂肪の塊は!? それに股がスースーしやがる!」

自身の変化に戸惑いを隠せない様子のドラゴン。
それもそうだ。若干の面影こそあれど、先程までの姿とはかけ離れているし、声だって重低音だったのに今やメイやジェニアさんなどの女性にしては声が低い人達よりも高くなっている。
それ以上に性別すら変わっているようだ……俺だっていきなり女性になっていたら驚くだろうし、困った表情を浮かべるのも無理はないだろう。

「キサマ……オレ様に何をしやがった!!」
「だからオレは何もしてねえっての。というか、お前ならもうわかってるんじゃないのか?」
「く……知るか知るか知るか!! ふざけるなクソが!! こんな展開認めるものか!!」

いくら叫んでも、この時代の魔力に適応した時点で元の身体には戻れない。
どうやらドラゴン系だと少しの間旧時代の姿にもなれるようだが、基本は今の姿だ。本当の意味で戻る事はもうない。

「ふっざけんなああああああああああ!!」

自分の身に起こった事を信じたくないドラゴンは、その場で翼を広げ、全速力で飛び去った。
まるで現実からも逃げ出そうとするかのように。

「あっ待て!!」
「いやもういい。放っておいても問題ねえ。ああなってしまったらもうあいつに人間を殺すなんて意思は持てねえよ。それどころか数年後にはメストカゲにでもなってるだろうよ」
「そうですね……ああなれば奴はもう人を襲いませんでしょう……」
「なんだエイン、やっぱり殺したかったか?」
「……いえ、怨むという気持ちはもう捨て去ったので……」
「……ならいいさ……」

急いで後を追おうとしたが、ティマに止められたうえ、闇に溶け込む力は健在のようであっという間に見失ってしまった。
まあ、今の魔物の身体になったので、もう人を食べるという事はできないだろうし、当分の脅威は去ったと言えよう。

「しかし……実力不足を感じたな……」
「まあいいんじゃねえか? 一応追っ払ったし、当分あれより強いのが来るとも思えないしな。日頃の訓練を怠らなければいいだろ。それより今は村の復旧だ。ほとんど防いだとはいえ、一部の家は屋根とか燃えちまったからな」
「そうだな……だが、今は休ませてくれ……」
「悪いが念のため自警団の奴は全員で朝まで見張りをしてもらいたい。その代わり明日の自警団の仕事はオレ達サバトが引き受けるからさ」
「はぁ……仕方ない、頑張るさ……」
「帰ったらご飯が食べられるように準備しておくから、頑張ってねお兄ちゃん!」
「おう……」

疲れた身体に鞭を打ちながら、俺はジェニアさんや戦いに参加してない同僚と一緒に、漆黒の夜が明けるその時まで見張りをしたのであった……
14/02/27 00:25更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
ティマ「さて、あえて名指しはしないが、とりあえずアポなしでオレを他の作品に登場させるのはやめてくれないか。こっちは今や村長の仕事をしていて結構忙しい時は忙しい。たしかに4話のように暇な時もあるが、これから投稿予定の7話や8話のように手が離せないときだってあるんだよ。だからオレに出演してほしい時はきちんと事前に言ってくれないと予定が組めなくて困った事になるんだ。今回はその作品で一言言うだけだし他に影響が無かったからいいが、オレの評価に関わるような事があると困るから絶対に無断出演だけはしないでくれよな」
ウェーラ「ティマ様(はじめ他キャラやロリリムなど)に出演依頼をしたいのでしたら、直接言う…のは難しいので、メールかついったーとかいうもので一言告げるか、感想欄に感想と一緒に書いて下さい。ちなみにレスポンスの速さは今言った順番です」


今回は旧時代のドラゴンとのバトル回でした。まあ、バトル苦手なのであっさりしていてイマイチ迫力には欠けるかもしれませんが…
ちなみに真の決着は次回だったりします。

という事で次回は、現代の魔物と同じ身体になってしまった暗黒のドラゴンことヨルムが、隠れ家で身体の異変に悶えているところにある人物が侵入してきて…の予定。

最近忙しいうえに何作か同時に書いてるせいで中々お話を更新できませんが、絶対に完結はさせるので気長にお待ち下さい。
あと↑の通り、名前だけでも絶対に連絡は下さい。自分の知らないところで使われたくないんです。

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